焼酎文化のリ・デザイン 地方創成への挑戦

焼酎文化のリ・デザイン ─ 地方創成への挑戦
写真
(40mm×30mm
程度)
坂口光一 [email protected]
ユーザーサイエンス部門
工学研究院 環境社会部門・教授
■自己紹介
専門は地域経済、感性産業、まちづくり。バックグ
こうしたなか、総合新領域学府ユーザー感性学専攻
の院生たちとともに 2012 年、
「焼酎文化リ・デザイン」
ラウンドは都市工学。1980 年から 1996 年まで、前職
の取り組みを PTL(プロジェクトチーム演習)として
の財団法人九州経済調査協会において、「地域」をフ
開始した。焼酎をテーマとする取り組みは、PTL とし
ィールドに、産業、経済、まちづくりとさまざまな視
ての展開に加え、2013 年 7 月には九州 7 県の焼酎蔵元
点から調査、研究に従事してきた。1996 年に同協会か
の参加を得て「九州の伝統的文化である本格焼酎の振
ら九州大学(工学部所属)に移り、ベンチャービジネ
興に向けた活動を行い、焼酎文化の発展に寄与するこ
スラボラトリーや経済学府産業マネジメント専攻(ビ
と」を目的に、
「SHO-CHU プロジェクト」(注 1)を起
ジネススクール)において、起業家精神(アントレプ
ち上げ、今日に至っている。
レナーシップ)講座やベンチャー企業論講座等を担当。
2005 年度以降は、統合新領域学府ユーザー感性学専攻
の担当教員として、ユーザーサイエンスの研究と実践
展開にあたっている。
■焼酎から ─ 地方創成への挑戦
焼酎(厳密には本格焼酎)は九州が擁する代表的な
地域産業の一つであり、焼酎をめぐる取り組みは地方
一口に「地域」といっても時代によって、とりあげ
創成への挑戦として大きな可能性をもっている。こん
る問題や方法、そして地域をめぐる政策は大きく変わ
にち、地方創成に求められているのは、経済やものづ
ってきた。かつては東京一極集中を背景に「国土の均
くりの範囲にとどまらず、社会のあり方やライフスタ
衡ある発展」「自立的経済圏の形成」という点から地
イルのリ・デザイン、さらには価値観の変革までも含
域経済の構造的側面が問題とされ、国土政策や企業誘
めた、立体的な取り組みである。九州の地域資源であ
致政策が重視された。成熟・人口減・高齢社会が大き
る「焼酎」はまさに、ものづくりのみならず、ライフ
なテーマとさるようになってからは、「地域産業のク
スタイル、地域ブランド、文化的アイデンティティ・・
リエイティブな展開」
「コミュニティデザイン」という
等、地域の自律的で持続的な社会創生の要の部分を担
観点から地域への関心が高まりをみせている。そして、
うことができると可能性をもっている。
2014 年には政府の「まち・ひと・しごと創生本部」が
地域の自律性と持続性は、言うまでもなく地域資源
発足し、「地方(地域)創生」への模索が始まってい
としての潜在可能性と、潜在可能性を現実の力に転化
る。そこでの問題意識は、「人口急減・超高齢化とい
していく人材力、創造的発想、仕組み、さらにはそれ
う我が国が直面する大きな課題に対し政府一体とな
らの好循環・好結合いかんに依存する。
って取り組み、各地域がそれぞれの特徴を活かした自
律的で持続的な社会を創生できるよう」にすることで
あるとされる(まち・ひと・しごと創生本部のホーム
ページより)。
地域資源としての潜在可能性という視点で九州の
焼酎をみると、①オンリーワン
多様かつ自由
④地域統合性
②ナンバーワン
③
⑤歴史文化性という 5
つの特徴をあげることができる。しかし、これらの可
ない。おまけに本格焼酎の 93%は九州において生産さ
能性は地域資源としての再発見がなされない限り、従
れている。九州が断トツのシェアを誇る産品である。
来型の伝統産業、ローカルビジネスの範囲にとどまら
「九州=焼酎、焼酎=九州」という言い方に誇張はな
ざるをえない。反面で、新たな視点をつかむことがで
い。焼酎は九州を統合する文化文明の横糸であり、九
きれば、地方創成のみならず、世界に向けた九州から
州のシンボルないし代名詞といってよい。
の文化発信につなげていくことができると考える。
⑤歴史文化性
①オンリーワン
焼酎は日本西南において土地の作物と水をもとに、
蒸留技術はメソポタミアに起源をもち、中世の錬金
術師によって確立されたものが、アジアやヨーロッパ
麹菌を用いた発酵プロセスに西域渡来の蒸留技術が
など世界各地に伝播し、ウィスキー、ブランディ、ウ
重合して生まれた、世界オンリーワンの酒(蒸留酒)
ォッカ、焼酎といった多様な蒸留酒文化をもたらした
である。日本からアジアへの玄関口ともいうべき九州
とされる。日本における焼酎の歴史は文書記録上にス
において、様々な文明、文化、歴史、自然が出会う中
コッチウィスキーと同様、500 年前後の歴史をもつ。
で、焼酎という世界でも希な個性をもつ酒が育まれて
古来、
「命の水(アクア・ヴィテ)」即ち医薬品として
いった。
も珍重されてきた蒸留酒(スピリッツ)は、九州に製
(現在流通している韓国のソジュ/焼酒は、連続蒸留
法が渡来した後、庶民の暮らしと密着しながら独自の
されたエタノールに甘味料などを加え、工業的に製造
進化をたどってきた。焼酎は酒(アルコール)という
されたものであり、伝統的な回分式蒸留で製造される
次元を超え、九州の歴史文化を写す鏡であり、九州の
本格焼酎とは大きく異なる)
魂(スピリッツ)そのものでもある。
②ナンバーワン
九州で焼酎を製造する蒸留所数は 7 県で 334 を数え
る。この数字は英スコットランド地方に存在するシン
■カテゴリーの認知形成とメタ・マーケティング
世界酒文化への貢献という大きな視野のなかで、
グルモルト蒸留所数 100 の 3 倍あまり。九州はスコッ
「和食」に引き続き、「焼酎」のユネスコの世界無形
トランドを上回る「世界最大の蒸留酒地域」といって
文化遺産への登録が今後の検討テーマとして、俎上に
よい。九州が世界ナンバーワンの蒸留酒生産地である
のぼってくるではないだろうか。沖縄の泡盛は 2014
事実はほとんど知られていないが、オンリーワンとあ
年から泡盛を世界無形文化遺産への登録をめざす準
わせ、九州焼酎の突出した存在感が浮上する。
備委員会が発足した。今後は九州 7 県と沖縄県が一つ
③多様かつ自由
になって、泡盛と本格焼酎をあわせ「焼酎」としての
芋、米、麦、蕎麦、栗、胡麻と焼酎の原料はじつに
登録をめざすことも考えられる。
多様である。作り方も、麹の種類、醸造法、蒸留法、
けれども、文化遺産としての魅力、地域資源として
濾過法、貯蔵法など、様々なバリエーションがあり、
の潜在可能性を現実の力に転換し、地元の産業経済を
今も進化し続けている。飲み方も、お湯割り、水割り、
巻きこんだ好循環を形成していくにあたっては、以下
ロック、カクテルと変幻自在である。九州という「南」
の次の 3 つのハードルが存在する
の地で、庶民の酒として愛されてきたこともあって、
①「焼酎」という蒸留酒のカテゴリーが、海外あるい
多様性とオープンネス、自由さは他に類をみない。
は外国人の認知はほぼゼロという現状がある。sake と
④地域統合性
違い、SHOCHU という単語は海外の辞書に存在していな
334 の蒸留所(焼酎蔵元)は九州全域に偏在してい
い。
る。一つのカテゴリー産品が個性と多様性をともない
②若者の「酒離れ」が進むなか現代の嗜好やライフス
つつ、7 県全域にかくも網羅的に展開する事例は他に
タイルにあわせたイメージ変革が求められること。
③場づくりやコミュニケーションにおける、共感形成
は、今日ニューヨーカーたちによって発見されつつあ
契機としての焼酎の可能性が十分に理解されていな
る。居酒屋に焼酎ファンが集い、コミュニケーション
いこと。
の輪が広がりをみせている。この小さなうねりは、
「シ
SHO-CHU プロジェクトではこうしたハードルを次の
ェア」を軸に価値観の変革をめざす現代の社会運動と
ような方向性と方法論で乗りこえていく模索を重ね、
も軌を一つにした現象と捉えられるのではないか。
その有効性と課題について実践研究を重ねている。
2014 年度後期のユーザー感性学専攻の PTL では、
「乾
①「焼酎」のカテゴリーブランディング
杯の花を咲かせよう」というコンセプトで、焼酎コミ
個別商品にフォーカスしていく伝統的な手法を超
え、
「焼酎」というカテゴリーの注目(attention)と
認知の形成に焦点をあわせた、メタ(上位)レベルの
ュニケー ションの楽しさや幸福感 を動画で表現 し
YouTube で発信(注 2)
。SHO-CHU の新たなイメージづ
くりの取り組みを実施していった。
ブランディング・アプローチである。具体的には、次
のような展開を行っている。
・芋、米、麦といった原料区分や産地を超え、焼酎
■プラットホームの構築へ
SHO-CHU プロジェクトがめざす焼酎文化の発展には、
(SHO-CHU)というカテゴリーを前面に出したイベ
広域(オール九州)の取り組みとグローバルな発信が
ント開催やコンテンツ発信
不可欠である。しかし、国内市場をめぐる競争が激化
・焼酎の製造工程である麹発酵への注目を喚起し、
するなかで、個別の企業、産地、あるいは県単位では
焼酎の新たなイメージ形成を念頭においた「発酵音
生き残りのための部分最適志向が加速され、全体最適
プロジェクト」
(日本酒造組合中央会の委託研究)
に向けた取り組みへのきっかけはつかみにくい。そう
の展開
したなかで、中立的な大学のポジションが重要になっ
②「焼酎」から「焼酎スタイル」へ
従来のモノやスペックの次元に、モードやスタイル
という次元を加えた、より立体的なアプローチを行っ
ている。業種・業界の壁をこえた、異分野との掛け算、
以外な手法との組合せなど、驚きと共感を念頭におい
た展開をめざしている。
焼酎文化に多面的にアプローチしていく「焼酎カレ
ッジ」を蔵元、研究者、外国人など多様なゲスト・ス
ピーカーを交え、九州大学社会連携講座として開催
(2014 年度は 3 期 11 回開催)
。開催の場所にこだわり
(第 1 期:D&DEPARTMENT FUKUOKA、第 2 期:櫛田神社、
てくると考える。そこでは従来の産学連携にとどまら
ず、大学がハブとしての役割を積極的に担い、
「産−学
−産」の連携を生みだしていくことが求められる。
SHO-CHU プロジェクトでは今後とも、大学の役割を
念頭に、焼酎文化の自律的・継続的発展のためのプラ
ットホームづくりを探求していく予定である。もちろ
ん、プラットホームは継続性を実現するために事業性
を生みだしていくことが不可欠である。2020 年には海
外を視野に入れた事業性呼び込みも視野に、「世界蒸
留酒オリンピック in 九州」を平和の祭典として実現
したいと考えている。
第 3 期:天神・親不孝通りのミュージック・バー等)
、
女性や若者の参加を動機づけていった。カレッジ後半
は BAR タイムとして焼酎コミュニケーションを楽しむ
セッティングにして、モード志向を展開していった。
③乾杯の花を咲かせよう ─ 焼酎の楽しさを発信
民衆の酒として、焼酎は「場」とともにあり、特異
な文化を形成してきた。この場ともにある焼酎の魅力
<注>
1.SHO-CHU プロジェクト
https://www.facebook.com/shochu.project
2.乾杯の花を咲かせよう
http://goo.gl/SKPfbl