014 "もったいない" は美しい J - Kateigaho

J apanese tex t
2011年 秋/冬号 目次 日本語編
■ 巻頭特集
014
"もったいない" は美しい
ノーベル平和賞を受賞した環境保護活動家、ワンガリ・マータイ女史が紹介してから世界
に知られるようになった言葉「もったいない」。「もったいない」はモノを粗末に扱うことを
嫌う精神を表す言葉。謙虚な心。ものを大切に思う、だから少しでもそれは美しくあったほ
うがいい。つつましさを映すもう一つの心 ”もったいない” をさまざまな工芸に訪ねます。
016
「もったいない」は東北に始まる
東北に生まれた二つの工芸、南部裂織(なんぶさきおり)、南部菱刺(なんぶひしざし)
の作り手たちを訪ねました。女性たちが時間をかけてコツコツと積み上げてきた手仕事の
集積は、美しいパターンを生み出しました。それは今、とてもモダンな美しさに満ちている
のです。
026 甦るテキスタイル
もしかしたら捨てられていた使い古された布の切れ端。でも、もしあなたが美意識を持続
させるなら、その布は形を変えて美しく甦ります。そんな布の切れ端の三つのストーリー。
034 始末の心—いかに美しく使いきるか
吉岡幸雄(染織家)× 柳順子(仕覆作家)
共に歴史ある布を扱う仕事にあり、手作りの美しさと重みを知っている二人のトーク。この
二人の「始末の精神」の話には耳を傾けるべき価値があります。
038 美はかけらに宿る
破片、断片、余分、半端。意識しなければ見捨てられてしまうモノのかけら。それにもう
一度命を与えてみたら? それはもっともっと美しく、さらに愛すべきものになります。
■ 特集
052 海を渡った民藝―国外最大級 モンゴメリーコレクション初公開
幕末後、貴重な民藝の数々が海を越えてヨーロッパに渡りました。「民藝は、毎日の生活の
中で使って、生を得るもの」と語るモンゴメリーさんは、スイス・ルガーノの自宅で、貴重
な器を日々の暮らしに生かしています。私たちが忘れかけていた、新たな民藝の魅力が見
えてきます。
066 南砺ライフ―豊かなる文化、暮らしと人
合掌造りの集落が郷愁を誘う、世界遺産の里・五箇山から、雅な庵唄が響く中、豪奢な屋台
が街中を行く祭で賑わう城端まで。富山県の南砺市にある4つのエリアに住む人たちのライフ
スタイルや自然、町の情景を追い、南砺の魅力を伝えます。
098 日本美発見―75人のキュレーターがお薦めする秘蔵の美術品
全国21の美術館、75人のキュレーターに、お薦めの美術品を教えて頂きました。エキスパー
トが語る、その理由に耳を傾けると、日本美術を楽しむ新たな世界が広がります。
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Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 目次 ]
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2011年 秋/冬号 目次 日本語編
009
Works 枯 画・文=篠田桃紅
010
イーハトーブ雪物語 写真=奥山淳志
詩人・宮沢賢治が心に描いた理想郷「イーハトーブ」は、東北地方の岩手県のあたりらしい。
不思議な物語が生まれそうな雪深い里の冬景色の中へ。
082
被災地に現れた世界一のレストラン ― NYスターシェフ、釜石で炊き出し
地震と津波に襲われた東北の被災地、釜石市をニューヨークのトップシェフ8人が訪れまし
た。被災者に世界一のランチを提供したとっておきの一日。
090
おだしを楽しむ料理 ― 和食の味の決め手はこれ
だしをうまく取ることができれば、和食の味の土台はほぼ完成したようなもの。手軽で美味しい
だしの取り方と、そのだしを生かした料理を土井善晴さんに教えて頂きました。
115
アーティスト・インタビュー
●清川あさみ:美と神秘に魅せられ、採集する
美少女を動植物に見立て、写真に刺繍を施した独特の作品世界で魅了する清川あさみ。華
やかさと可愛らしさの奥に妖艶さや残酷さが潜む作品世界の、インスピレーションの源とは。
●畠山直哉:写真が語る自然の物語
普段あまり人が足を踏み入れない場所や、気に留めることもない光景を「風景」として切
り取ってきた写真家、畠山直哉。展覧会を控え、自然とは何か、写真を通じてもう一度考
えてみたい、というその眼差しに迫る。
118
アート&エンタテインメント
アーヴィング・ペンと三宅一生/草間彌生 回顧展/ヨコハマトリエンナーレ2011 /東京
ファッションの現在形/松井冬子展「世界中の子と友達になれる」/オノ・ヨーコ 平和へ
の祈り/近江の神仏/イケムラレイコ展「うつりゆくもの」/河瀬直美「朱花の月」/シア
ター・カンパニー ARICA /パパ・タラフマラ ― 30周年、そして解散/三池崇史「一命」
/音楽と講義のライブイベント「ぼくらの文楽」/結城座 糸操り人形劇入門塾/大浅草観
光祭/が~まるちょばサイレントコメディー JAPAN TOUR
122
書店リスト/提供協力会社
123
定期購読
125
デジタルマガジンと和文テキストのご案内
126
KIEパートナーホテル
130
次号予告
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2011年 秋/冬号 日本語編
Works
宗派を超えて「世界全体の幸福」を祈り、創作したのである。
枯
そのような賢治の思想を支えたのが岩手の自然だった。
画・文=篠田桃紅
賢治は、過酷でありながらも人を生かし続ける岩手の自然と
p.009
古来、日本では、
『枯れ』を、究極の美とする感覚があった。
心深くで交感し、言葉を紡ぎ出していった。おそらく賢治は、
見えないものを見る、聞こえない声を聞く能力を持っていた
『生』(なま)『盛り』(さかり)よりも、『枯れ』に、美のみ、
のだろう。賢治の作品中には雪や氷が織り成す情景が数多
を見ようとする、感覚、それを磨き抜かれた美とするこころ
く登場するのだが、賢治は雪をまるで生命が宿る生き物のよ
が、極く自然に培われてきた。
うに描いた。
栄枯盛衰、その負を、殊に、美しとする心情、初め、盛り、
たとえば、4 月の岩手に必ず訪れる春の吹雪を描ききった
よりも、終り、をたたえる、そういう美学が、育ってきたのは、
「水仙月の四日」
。この物語に登場する雪狼(ゆきおいの)も、
日本、という島の自然そのもののすがた、相、というものへ
雪わらしも、雪婆んご(ゆきばんご)も、そのすべてが「雪」
の思いのかたちなのではないかと……。
なのである。賢治にとって雪とは、笑ったり泣いたり、走っ
ご
たりする自らと同じ生命だったのかもしれない。
人は、風土に育てられるというが、世界観もまた土地に
自然
育てられるのであろう。雪と氷の凛とした気配を帯びた言葉
イーハトーブ雪物語
で、祈りの物語を紡いできた賢治の作品に触れるたび、そ
写真・文=奥山淳志
う思う。
p.010
詩人・童話作家の宮沢賢治が心象世界に生み出した架空の
地、
イーハトーブ。賢治の故郷である東北・岩手がそのモチー
(p.011)
フだという。物語の生まれた土地の白い景色の中へ。
雪の日、空と大地の境目はなくなり視界は白に閉ざされる。宮沢賢治は、
関東以北、「東北」と呼ばれる土地は、日本列島のなかで
は高緯度に位置し、それゆえに冬が長い。また、日本海か
童話の中で雪や風に人格を与え、その動きを通して複雑な空の色や風
の動きを精緻に描写した。
(p.013)
らの湿った大気が豪雪を生むのも東北の特徴だ。
冬の風景の変化はダイナミックだ。山の雪雲は大きく膨らみながら予想
長い冬と降り積もる雪のなかで、どのような暮らしを作り
できない速さで里までやって来る。2 月、厳寒期の満月の夜には、雪明
出していくか。雪に閉ざされ、保存食で冬を過ごした数十
かりが白夜のようだ。(岩手県雫石町)
年前の暮らしと今は大きく異なるが、長い冬は変わることな
く毎年訪れ、家の造り、食、行事など、生活の様々なシー
ンで今も冬と雪が意識される。雪と冬は、ある意味、この土
地の永遠のテーマである。
岩手の詩人・宮沢賢治(1896 − 1933)はわずか 37 年間
という人生にもかかわらず短歌、詩、童話など、多岐にわたっ
て創作活動を行った。創作の一番大きなテーマは彼独自の
世界観による「祈り」だった。賢治は法華経信者であったが、
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Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ Works・自然 ]
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2011年 秋/冬号 日本語編
もったい
ない
Recycle とは違うモノに対する敬意がこめられた言葉で、こ
"もったいない" は美しい
れに匹敵する言葉が世界にはないという点だった。語源は
仏教の言葉なので、モノに対する慈愛とでもいうべきもの
が現代人の心の根底にある。モノの命と存在を全うさせると
撮影=小林庸浩、佐藤竜一郎、太田宏昭、鈴木一彦
いえばいいのだろうか。最後まで使い切るから結果的に無
文=編集部、塚田恭子 コーディネーター=横瀬多美保
駄が出ない。
取材協力=山田節子、高森寛子(スペースたかもり)
p.014
それはエコではあるけれど、環境のためにやっているわけで
はない。「もったいない」はモノを粗末に扱うことを嫌う言葉。
モノを最後まで美しく使い切る、知恵と美学だ。
そして、モノを大切に思うゆえに、だからそれは美しくあっ
たほうがいい。大切なことは、そのものに対する敬意や愛
情は、形や様式として美しくある、ということだ。モノに最
後まで美しさを与え続けるのだ。
たとえば、古くなった布を一度裂いて、それを新たに織る
さきおり
裂織。世界中に裂織の文化があり、日本でも伝統的からモ
(p.015)
左・南部裂織は、古くなった布を裂いた緯糸と、木綿の経糸で織る。織
ダンまでさまざまな裂織が織られている。もっともプリミティ
り機は手織り機の地機。経糸を腰で吊って張力を調整しながら織り進め
ブなものは東北の青森県十和田で今も織られる南部裂織
ていく。
だ。南部の名称は江戸時代の南部藩に由来する。
ヌキ
右・緯糸になる緯。古い布を裂いて丸められている。
およそ 200 年前に生まれた南部裂織の特徴は、何よりも
個性豊かで鮮やかな色遣いだ。特に、冬場暖を取るための
(p.017) キャプション
南部裂織の色鮮やかな炬燵掛け(炬燵布団)の数々。炬燵は、熱源と
炬燵に使う裂織の炬燵掛けの鮮やかさは、雪深い東北のど
なる炭などの上に炬燵やぐらを置き、炬燵掛けで覆ったところに足を潜
ちらかといえばモノトーンの風景の中に突如南国が現れた
り込ませる暖房器具。家族団欒の象徴でもある。
かのような気さえする。炬燵掛けを織ってきた北国の女性た
ちの豊かな色彩感覚に驚くのだ。
南部裂織保存会の会長・吹越雅子さんはいう。
「南部では赤い色が強調されてく
るんです。伝統民家の南
部曲がり屋の内部は暗くて、中の囲炉裏で木を燃やすから
「もったいない」は東北に始まる
柱や梁も煤で黒々としている。そこに少しでも明るさを求め
1
たのでしょう。炬燵掛けの縁がみな赤い額縁仕立てなのは、
p.018
うちの中に災いを入れないという意味があります。火事にな
「もったいない」— 5 〜 6 年前に、ノーベル平和賞を受賞し
らないという意味もあり『火伏せの赤』と言われました。赤
た環境保護活動家、ワンガリ・マータイ女史がこの日本語
は魔除けの色です」
に共感し、世界に広める運動をしたので、その意味をよく知っ
十和田では、炬燵掛けのほか前垂れ(エプロン)や帯な
ている人もいるかもしれない。
ども裂織で作られた。これらもまた色彩豊か。
「もったいない」はモノを粗末に扱うことを嫌う精神を表す
故・黒澤明監督は 1990 年公開の映画『夢』の第 8 話「水
言葉。たとえば、誰かが「まだ使える」ものを捨てようとし
車のある村」の中で南部裂織の衣装帯・前垂れ 200 点が役
た時、
「捨てるのはもったいない」と戒めをこめて使われる。
者・エキストラたちに着せられた。日本でありながら映画の
ワンガリさんが着目したのは、この言葉は単なる Reuse や
中のシーンはどこかエキゾチックだ。
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Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ もったいない ]
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れただけではない。裂織の織られた細々とした、でも慎まし
(p.019)
南部裂織保存会 匠工房。50 を超す地機が並ぶ。週に 1 回の裂織の教
室に集まった南部裂織保存会の人々。
く温かい家庭があった時代を人々は思い出したのだ。
保存会の会員は現在 220 人。夫の転勤をきっかけに始め
左ページ・南部裂織の炬燵掛けと座布団。炬燵掛けは六尺四方。木綿
の経糸に対して色とりどりの布が緯糸に使われているのがわかる。
た人、母親の体験教室に付き添ってそのまま入ってしまった
人、米軍基地勤務の夫をもつアメリカ人女性、教室ではそ
れぞれが思い思いに自分の作品づくりを楽しんでいる。
p.021
南部裂織は一時は消えかけた織物だった。
元々、寒冷な気候ゆえ綿を生産できなかった東北では、
古くから麻や藤、科(シナ)といった布を自分で織っていた。
そんな中、綿は貴重品だった。江戸時代に大阪から北前船
(p.021)
炬燵掛けと前垂れだけでなく、タペストリー、卓上ラグ、バッグなど、
古い布はさまざまな形で甦る。いずれも会員たちの作品。
南部裂織保存会 匠工房「南部裂織の里」
青森県十和田市大字伝法寺平窪 37-21 道の駅とわだぴあ内
Tel. & Fax 0176-20-8700
で運ばれてきた綿の布は貴重で、大切に使われた後、重ね
て刺し子にし使われ、最後には布を裂いて縦糸に麻、横糸
写真左から、南部裂織保存会の畑中幸子さん、佐々木蔦子さん、三好
に裂いた布を織り込んで裂織にし、夜着や帯、前垂れなど
千佳さん。それぞれ自作の前垂れをつけて。「自分の思い通りの色が表
に仕立てられ、それは女性たちの収入源でもあったのだ。
現できた時が嬉しい」と佐々木さん。
しかし、高度経済成長の波に乗った 1970 年代、世は既
に使い捨ての時代、裂織は誰からも見向かれなくなり、一
家に一台あった地機もほとんど姿を消していた。
1936 年生まれの菅野瑛子が裂織と出会ったのはそんな頃
南部菱刺という私の時間
p.023
だった。1971 年、叔母の形見分けの中に見つけた裂織の
ひしざし
あもう
紫の帯に菅野は心奪われる。何よりもその色と風合いが美
青森県八戸市に住む菱刺の作家、天羽やよいさんは刺すた
しかった。菅野はその裂織のルーツを探しはじめ、南部裂
めに生まれてきたような人だ。飾り気のない部屋のいつも
織の伝承者を見つけて師事し、技術を自ら学んだ。そして、
の座卓で、静寂の中、毎日黙々と針を横に動かし刺していく。
裂織と出会った 4 年後に消えかけた裂織を伝え継ぐために
図案に合わせて縦糸の数を数え、糸によりをかけながらひ
南部裂織保存会を設立する。現会長の吹越さんが今は亡き
たすら刺し続ける。ひたすら続けていくと少しずつ模様の幅
菅野瑛子を振り返る。
が縦に広がっていく。
「保存会も設立から 36 年目を迎えました。菅野先生は小学
「刺繍と違うのは、菱刺は自分の時間が見えるということで
校の先生をやっていたので、南部裂織をどう伝えていくかと
す」
考えた時に、
まず教室を考えたんです。つまり学校のカリキュ
刺すことで自分を確認する。幸せな時間を一人過ごす。
ラムの形をとったんですね。でも、その頃は裂織なんかに
菱刺は青森県の県南の海岸側に伝わる刺し子だ。木綿を
夢中になってと、周囲から冷たい目を向けられていました」
着ることを許されなかった農民たちが、麻の衣類を丈夫に
しかし、菅野の作る作品と活動は展覧会やメディアを通し
温かくするために女性たちによって行われた。菱刺は青森
て、大きく評価されていった。南部裂織の美しさが再評価さ
のこぎん刺しと似ているが、こぎんが縦糸の奇数目を刺して
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いくのに対し、菱刺では偶数目を刺す。従ってこぎんでは最
甦るテキスタイル
小の目が 1 目になるが、菱刺では 2 目になる。だから、こ
ぎんでは正方形になる四角形は、菱刺ではひしゃげて菱形
になる。その菱形が一枚の布の中でさまざまなシンフォニー
をなす。
天羽さんはもともと東京の出身だ。夫の都合で八戸に越
してきて、菱刺と出会う。全然興味のない菱刺と何回か偶
p.027
使い古された布も愛着があるゆえ捨てられない。大切に、手
間をかけて、美しく甦れ。
(p.027)
然の接点があったのだが、天羽さんの関心を芽生えさせた
衣類や布団はすり切れたり破れたりすると他の布でその部分だけ繕われ
のが『南部つづれ菱刺し模様集』という 1984 年当時出版
た。小さい布が継ぎ足された。継ぎ接ぎの布「襤褸」は、人々の布へ
された一冊の本だった。著者は在野の民俗学者・田中忠三
の思いと生きるための工夫が無作為に結晶した美を、見るものに感じさ
郎。400 種以上の伝統的な菱刺の紋様が丹念な調査によっ
せる。布団の生地としてこの襤褸が使われていたのは明治〜大正時代
て集められていた。
「見ていてただ気持ちがよかった。それですぐに始めたんで
す」
ぼ
ろ
だが、使われている布の中に江戸時代のものも含まれている可能性は
高い。いずれも高級な藍染めの布なので関西方面で使われていた可能
性が高い。
針と布と一体となった自分の時間をその時既に天羽さん
は予見していたのだ。
p.029
命支える布たち
(p.023)
農作業や漁業でくたびれて破れ穴が開いた仕事着は、日々
天羽やよいさん。東京から八戸に来て菱刺に魅了された。最初の出会
いは、集団検診の検査車の中、担当の技師がなぜか突然見せてくれた
菱刺の写真だったという。
働き続けた労働の証だった。しかしそれはボロボロになっ
ても粗末に扱われることはなく、破れ目に小布をあてがわれ
たり、一度ほどいて新たにつなぎ合わされたりしながら大切
ぼ
ろ
右・染めて、織って、刺すというそのすべてを一人で行う。ケースの木
に着られた。継ぎ接ぎだらけの着物や布団は、襤褸と呼ば
綿糸は、ヤマモミジ、ヨモギ、クズ、シロツメクサなどで染めたもの。
れる
(26-27 ページ)
。襤褸はその美しさから既に世界でアー
ト・テキスタイルとして認知され、ファッションデザイナーや
左ページ・現在、展覧会に向けて 20 本の帯を製作している。これはそ
のうちの一本。半折の帯の模様はすべて 2、4、6・・といった偶数目で
成り立っている。
現代美術のコレクターに買い集められている。
重なり合う模様や独特のパターンは何回もの継ぎ接ぎの
結果として偶然できたもの。人々の布を大切に思う気持ちと
生きるための工夫が無作為に生み出したものだ。けれど中
(p.025) くら
梅の花、べこの鞍、雉子の足、算盤玉などの菱刺の紋。大切な一枚の
には、そこにアート的な感性や意図が明らかにはさまれてい
布に向かいひたすら刺してきた東北の女たちが生み出した美だ。世界
るはずと思わされるものも少なくない。慎ましい日々の暮ら
各地でも見られるうろこ紋などもある。田中忠三郎著『南部つづれ菱刺
しにおいて、作り手は皆家庭の女性たちであった。女性た
し模様集』より図案を一部転載。
ちの貴重な布に対する強い愛着が、襤褸に何らかの美意識
を生み出さないといえるだろうか。大切だからこそ役割を美
しく全うさせたいという布への思いの片鱗が、この襤褸の随
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ もったいない ]
6
所に見て取れる。
バッグを作ることを思いつく。内張には沖縄紅型や大漁旗な
襤褸だけではない。関西から東北沿岸の航路を行き来し
ど、バッグごとに異なる貴重な布を使う。
た北前船によって運ばれてきた古木綿などの布地は、使い
「でも実はこの酒袋は昔から再利用されていたらしいです。
古された後も裂織や菱刺で甦り、あるいは古い布どうしを組
着物や帽子、ベストなどの素材に使われていたそうです」
み合わせて新たな着物にするなどして、繰り返し形をかえて
しかし実際、これを手にして革のように重厚な感触を実感
大切に扱われた。東北など寒い地方のかつての住居では、
すると、これは思いがけない副産物(プレゼント)という気
家の中に囲炉裏はあっても、民家の天井は高く、土間は冷
がする。
えびえとし、隙間風は容赦なく入ってくる。寒さから身を守
小さな革工房を六高寺さんと訪ねた。革職人の木村巧さ
るために一枚の布さえ無駄にはできなかったのである。
んは、近所の主婦の財布の修理から有名ブランドの超高級
バッグまで手がける職人で、自身は学会にも出席するほど
の蝶マニアというユニークな人。
(p.029)
焦げ茶色の酒袋が型紙をあてられ木村さんの手元で鮮や
左ページ・「どんざ」はいわゆる仕事着。かつて農業や漁業で着られた
もので、全国に見られる。たいていは刺し子で補強されているか裂織で
作られていた。これもどっしりと重い。
はぎじゅばん
上・江戸から明治の初めにかけて着られた接襦袢。古い小袖や長襦袢
を継ぎ接ぎすることによって、生まれ変わった着物だ。東北・秋田県の
にし も
な
い
かに切り取られる。これが美しいバッグになるだろうことが
なんとなく想像できる。革職人の木村さんはやっと出会った
大切なパートナーだ。
六高寺さんは木村さんが加工過程で残す酒袋の切れ端を
西馬音内で毎夏行われる盆踊りでは接襦袢を着た女性たちが一斉に踊
持ち帰る。その切れ端は小さなポーチになり、そのまた切
る。
れ端は名刺入れに。美酒作りで人々に潤いを与えてきた酒
ざんし
下左・絣の余りの糸である残 糸と、それで織られた残糸織。本来規則
的な模様を描く絣が不規則な模様を描く。
袋は、六高寺さんの愛を受けてさらに美しく変貌する。
下右・お宮参りの子供の着物。明治頃。
p26 〜 29 の衣類すべて「古民芸もりた」東京都港区南青山 5-12-2
Tel. 03-3407-4466
(p.030)
酒袋で作ったバッグ(サイズ大)。酒造りの過程で酒袋を繕った「むか
で縫い」の縫い目がまたいい味を出している。バッグの大きさは 3 種。
p.031
このバッグの素材が何かわかりますか?
価格は 5 万〜 13 万円。問い合わせは、HITOMONOKOTO Tel. 03-3446-0407 www.hitomonokoto.com
(p.031)
さかぶくろ
酒 袋は日本酒をつくる際に清酒に濾すための木綿の袋だ。
上・バッグの内側の布は、贅沢に一点一点異なる布が使われている。
酒造りが近代化した今は使われない。酒袋は繰り返し使わ
半纏が使われているのも面白い。
れる過程で防腐のため柿渋を繰り返し塗られる。柿渋は渋
柿の若い果実から搾った汁を発酵させ濾したもので、漆の
右・内側の布の余り裂は、最後にはペーパーウェイトやシールになる。
左・革職人の木村巧さん。
下塗りなどに防腐・防水の目的で塗られたりする。柿渋を塗
り重ねた酒袋は次第に革のような光沢と質感を持ち始める。
ろっこうじ
HITOMONOKOTO のディレクター、六 高寺菜穂さんは、
この質感に惚れ込み、捨て去られがちなこの酒袋を使って
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ もったいない ]
7
p.032
始末――手縫い雑巾
文 = 山口昌伴 撮影 = 松井茂信 コーディネート = 福田典子
昔、機織りは各家の女性の仕事だった。家族の衣装は、わ
p.034
始末の心
いかに美しく使いきるか。
工夫のないところに美意識は生まれない
撮影 = 小林廉宜、鈴木一彦、小林庸浩、佐藤竜一郎
が家の機織りでまかなった。布を扱う女手は丹精こめて機織
りで織りあげられた布の値打ちを身体で知っていたから、大
しふく
―対談 吉岡幸雄(染色家)栁 順子(仕覆作家)
事にした。
よしおか さ ち お
衣装に耐えなくなった布地は、蒲団のかわに直した。蒲
吉岡幸雄 染色家。京都府生まれ。「染司よしおか」5 代目当主。東大
団から雑巾に、はたきに仕替えて、使い切った。布は使い
寺のお水取りをはじめ、数々の古社寺の伝統行事に従事。
古すと新たな役に立つよう仕替えられた。布一枚が第二の
生命、第三の生命へと転生をくりかえした。素材の転用、転
やなぎ じゅんこ
栁 順子 福岡県生まれ。1987 年より独学で仕覆の制作を始める。東
京で仕覆教室「絲遊会」を主宰。
生をはかる工夫を、京ことばで始末といった。あの家の嫁
は始末のよい嫁、といわれれば最高のほめことばだった。
始末とは、始めから末まで配慮がゆきとどくことをいった。
吉岡 僕のところでは毎朝、染料を煎じるんですけど、これ
例えば、織り上げられた布の始めから末まで、折角の素材
は翌日に残せないものだから、煎じすぎないように一日に使
を無駄なく、再活用を重ねる、始末は現代の言葉でいうな
う分をちゃんと量りなさいと、わりとやかましくいっています。
ら再利用、リユース、エコロジー。ものごとを始めだけでな
あと、毎朝のように藁や木を燃やして灰を作ります。染色に
わら
あ
く
く、末まで考え詰めていくこと、それぞれの文化が厚みをも
使う灰汁をとった後残った灰は、うちではもう使わないけれ
ちはじめている。
ど、陶芸をやっている人に差し上げるとか。そういうことは、
わりと普段からやっていますね。
昔は家のすみに必ず1枚や2枚やあった手縫いの雑巾。京都の世古房
江さんの縫い目の美しい「花ふきん」を頂いた時の感動は懐かしさだ
けではなかった。布をいとおしんでひと針ひと針刺していく、そんな仕
事を続けてきた暮らしを受け継ぐ自分の血が騒いだのだろうか。残念な
栁 陶芸家のかたは灰を釉薬に使いますから、有効に使っ
てもらえるんですよね。
吉岡 染料として使う藍も紅花も、成分をとった残りのもの
ことに世古さんは 1998 年急逝されたが、近所に住む鳥谷節子さんがそ
は畑に返します。土に返せば有機的な栄養分になっていき
の技術を受け継いでいる。
ますから。
とりたに せ つ こ
栁 私はどんな布の切れ端も、必ずとっておくんです。一見、
(p.032)
廊下の奥の籠の前と洗面器にかかっているのは世古房江さんが丹精こ
めて縫い上げた「花ふきん」。十字刺しや柿の花刺しを楽しんでいたと
いう。
何の役に立つんだろうと思われるかもしれませんが、切れ端
を見れば、その布がどんなふうに作られたか、考える手立
てになりますし。
手前は、子供の着古した T シャツや縫い目美しく刺した鳥谷さんの雑巾。
吉岡 色の組み合わせを考えるにしても、材料は多いほど
このページ・靴下もゴムがのびると無用の長物。柄と遊んで一部を糸で
参考になるんですから、切れ端は立派な色見本ですよ。だ
刺し、ユーモラスな雑巾に生まれ変わった。身辺の古い衣類は、何で
けど、若い子は 3 センチくらい残った布を、平気でゴミ箱に
も活用できそうだ。かつて手で織った布が、貴重だった頃を思い出す。
ほかすから、僕は怒るんです。
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ もったいない ]
8
栁 仕覆には必ず和紙を使うんですけど、今の人たちは和
必要になるんですよね。大人のきものを始末して、丈を合
紙を真ん中からきってしまうから、無駄が多くて。手漉き和
わせて仕立て直したり、子どものでんち(袖なし半纏)を作っ
紙は大変な工程を経て作られているものですから、きちんと
たり。そういう始末ができない人は、悪妻といわれてしまう。
使いきって、ものの命を全うするべきなんですけど……。和
吉岡 「始末せなあかんな」というのは大人たちの口癖だっ
紙や布を大切に扱ってもらえないと、見ているだけで痛まし
たし、子どもの頃、怒られるときにいわれることの半分以上は、
い気持ちになってしまいます。
はんてん
「もったいない」という言葉でしたから。
吉岡 小さな端布や和紙を残す伝統は、すでに正倉院の時
栁 もったいないとありがたいは、セットで使われていまし
代から見られるんです。正倉院には 5000 点ほどの染織品
たね。私はもったいないというのは、心のお行儀の問題だ
が残っているけど、小さな切れ端は 2 万点近くあるんですよ。
と思うんです。けちというのは心が貧しいことですけれど、
切手 1 枚ほどのサイズの小さな紙も大切に残して、それが
もったいないは心の清々しさであり、躾としての始末の心に
後に屏風に貼ったものが去年は展示されました。
は、貧富の差は関係ありませんから。
栁 島国であったこと、外国人がいなかったこと、特定の宗
吉岡 それと、普段は米や味噌を貸し借りしたり、多めに作っ
教を国教としなかったこと、そしてこれがいちばん大きな要
たおかずは鍋ごと隣近所に分けたりするけれど、自分のとこ
素だと思いますが、四季があること。日本独自の「ものを始
ろにお祝い事があれば、ちゃんと掛け袱紗をしてものを配る
末する」という文化とその根底にある美意識は、この四つ
とか、昔はハレとケのメリハリがしっかりあったでしょう。
の条件が重なって熟成されていったのではないかと、私は
栁 ご近所に持って行くのは子どもの役目でした。子ども心
思っているんです。
にも、ハレの日にはお重を持ってきちんと挨拶してと、心の
吉岡 四季の移ろいに対する濃やかさは、ずっと息づいて
お行儀を習っていたから、あれはやはり躾も兼ねていました
いますね。
ね。
栁 雪月花、花鳥風月などは、日本人の美意識の原点でしょ
吉岡 あと、1970 年代以降、既製品が増えすぎたことがよ
う。それと国が狭いことで、4 〜 5 世紀から入ってきた諸外
くないんじゃないかと、僕は思うね。洋服でも、でき上がっ
国の文物が行き渡るのが早かった。
たものに自分の身体を合わせているでしょう。オーダーメイ
吉岡 日本人は昔から舶来品好きでしたから。大陸から入っ
ドをすると、どこに無駄があるかよくわかりますよ。
てきた舶載裂でも早くから裂手鑑、今でいう布のお手本帖
栁 オーダーメイドの本当の豊かさ、贅沢さが知られてい
を作っています。加賀百万石の前田家のような大名家でさ
ないんですね。
ぎれ
かがみ
しつけ
ぶくさ
え、仕覆を作って、記録としてきちんと残しているんです。
もったいないと美意識は、共存する
四季のある国の「もったいない」
ふんぞうえ
吉岡 お釈迦さんの時代から、お坊さんたちは糞掃衣とい
吉岡 子どもの頃は、旬という言葉を知らないままに、季
う、人が捨てた衣類をつづり合わせて作った袈裟を着てい
節のものを愛でたり、食べたりしていましたよね。その食材
たように、もったいないという感覚は決して日本だけのもの
がいちばんおいしい時期に食べようとすれば、根っこの先ま
ではないと思います。ただ、その感覚が美意識に通じてい
で大切に食べようという精神性が、おのずと生まれてくるん
る日本独自のものといえば、やはり表装の世界でしょうね。
じゃないかな。
栁 唐絵なども日本に入ってきたときから表装されていたわ
栁 着るものにしても、四季があるがゆえに折々のものが
けではなくて、書院造りとともに発展したものですし。
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ もったいない ]
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吉岡 昔は表具布なんてものはなくて、余った和紙やお坊
さんが着ていた袈裟のお古などをどう組み合わせるか考え
て、屏風や軸装に再生したわけですから。
栁 先ほど話に出た舶載裂も、最初はきれいな反物ですよ
ね。だけど、時の権力者が身にまとう立派なものだったから、
(p.035)
上・紅花で糸を染める。乾燥した紅花を洗い流し、花に含まれる黄色
わら あ
く
を取り、藁灰汁に入れて揉み出しながら色を出す。吉岡さんの工房で。
ろう
下・栁さんの仕覆作品。手前から蠟引きの更紗、茜染めの手紡ぎ木綿、
インド更紗。
始末する段になっても美しく始末したいわけです。だから始
(p.036) 末というのは、普遍性のあるものに行いたいことなんです。
上・明治から大正の頃、和紙も織に使われた。紙布という。古い大福
布を生かしたいと思うのは、それが二度と生まれてこないか
帳などを裂いて縒った和紙を緯糸に使う。墨文字がところどころ見える。
もしれないからで、だからこそ意匠を考え、より美しいもの
下・縞模様の布の切れ端を集めた縞帳。農村では家庭で機織りをする
に再生させたい、と。
吉岡 そういう意味ではお茶も、もったいないの美意識の
し
ふ
しまちょう
ことは珍しくなかった。自分で織った作品や布の切れ端などを集め、織
り柄の見本帳とした。
発展とかかわりがあるでしょう。
(p.037)
栁 お茶とともに発展する、作庭、建物、工芸も、四季に
栁さん製作の印の袴。木綿布で仕覆を作る過程で出る、余り裂で作ると
合わせて意匠を凝らすわけですが、侘びたものを美しいと
いう。和紙の芯を入れ、裏打ちされた精緻な仕事は、「もったいない」
思うのは、始末の心があるからでしょうね。
という。もともと古布を残したいという思いで仕覆を作り始めたという栁
ば
さ
ら
吉岡 婆娑羅や足利時代は、まだ唐もの趣味できらびやか
さんは、端切れも捨てられず、小瓶に溜めている。
じょうおう
だけど、紹 鷗、利休のお茶になると、欠けた茶碗を愛で、
井戸茶碗を探してきたり。いわば廃物利用ですよ。侘び寂
び的なものをありがたがるというのは、もったいないの精神
美はかけらに宿る
と大いにかかわっている。
栁 欠けたお茶碗を繕い、そこに新たな美しさを見出すの
は創意工夫です。限られたものをどう使い、どう見せるか。
p.038
美意識は創意工夫のもとに生まれるものです。
木、土、紙、布。命あるものから生まれたかけらたちは、美
吉岡 ものを始末するには、発見が必要なんですよ。その
しい姿に再生する。
ものをどんなふうに使うか、ものを従来の使い方を応用して
考える。つまり、自分でちゃんと見立てをすることが大事な
仏都・会津で生まれた祈りのかけら
ことで、そのためには自分自身を鍛えておかないといけな
京都や奈良、鎌倉や平泉と並び、仏都として知られる福島
い。
ものはら
栁 物原(窯跡の捨て場)から拾ってきた器も、こくそ漆で
県の会津若松市は、16 世紀後半に発展した会津塗と呼ばれ
継いで蒔絵を施せば、味わいが出ます。繕うことを前提に
る漆の文化が花開き、特に蒔絵の技法で名高い。ここで創
拾ってくれば、ものの命も再生されるんですよね。
業 110 年余りの仏壇・仏具のメーカー「アルテマイスター」
吉岡 繕い次第で完品よりも、ずっとよくなることがありま
はかつて、伝統産業の低迷期にあって新しい祈りのかたち
すから。もったいないが美しいに通じるには、オーダーメイ
を模索していた。 ドということが鍵かもしれないな。
ものとひと、伝統と現代をつなげるという信条のもと、数々
の商品企画開発やプロデュースを手掛けてきた山田節子さ
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んをコーディネーターに迎えてから、10 年。山田さんは、
る上質の木材の存在感がある。可愛らしい絵柄はカジュア
主力商品である仏壇に加える新しい祈りのかたちの提案とし
ルな趣きながら、漆の装飾と、ピタリと蓋が閉まる手ごたえ
て、特に「厨子」にこだわった。仏壇は、仏像や先祖代々
には、会津仏具の塗師や木工職人の伝統技が息づいている。
の位牌を安置し、礼拝するためのもの。対して厨子は、古
大切な思い出の品を収めたり、日用の小物入れにしたりと、
くより経典など大切なものを収めて祀った「小さな祈りの箱」
使い方は自由だ。
と言える。例えば家庭では、位牌をひとつだけでも、一家
ふと、この小箱たちはアルテマイスターのショールームの
の守り神の像などを好きなように入れても良い。生活の場
一角で目を引かれたものを連想させた。それは、「うてな厨
に取り入れる自由度がとても高い点に着目し、山田さんは、
子」という、デザイナーや工芸家たちによる小さな品。両
現代の暮らしに祈りを取り戻せるようにとの願いを託した。
手にすっぽりと収まる大きさの、マッチ箱状やさまざまな箱
左ページの、明るい色合いの材を拭き漆で仕上げ木目を
を開けると、仏像を思わせるオブジェが登場する。生活空
活かした厨子には、アルテマイスターの職人たちが脈々と
間のどこに置いても場所を取らないし、なにより、旅先など
受け継いできた、唐木細工の技が活きている。現代の生活
にも携えて祈りの対象を肌身離さず持っていられるのが良
空間にもすんなり溶け込むモダンさと、留め具の伝統的な
い。現代のモバイル厨子とでも呼ぶべきか、山田節子さんの
蓮華のモチーフの組み合わせの妙が、伝統産業の新たな有
「祈りの拠り所を身近に」という想いが究極の形になったか
り方を物語る。中に収められた、陶芸家・米田文さん作の
のようだ。では、いわば仏壇の生まれ変わりである、この蒔
仏さまの、どこかユーモラスなその姿は祈りをより身近に、
絵小箱たちもまた、そんな身近な拠り所になるのではない
自由に感じさせてくれる。
か。そう思うと、手の中の小箱がことさら愛しく見え、どこ
今、山田さんの舵取りで、アルテマイスターの若手たち
へでも携帯したくなった。
を中心に新たなプロジェクトが始動している。仏壇を製造す
る過程で、それまでは燃料として燃やされるか廃棄されてい
た余りの材を利用した、「人と木」というオリジナル商品の
開発だ。
祈りの道具を作る老舗が模索した、自由な祈りのかたち
(p.041)
四季のモチーフや、会津の民芸品(起き上がり小法師)の柄は、黒檀、
けやき えんじゅ
楓、欅、槐の木材の色合いとの相性も計算されている。 W47 x D47 x H30 欅 ¥5,500 楓・槐 ¥5,000 黒檀 ¥5,800
は、ものの命を尊ぶ「もったいない」の精神への足掛かり
となった。
(p.039)
p.043
米どころでもある会津若松の明媚な田園地帯に、アルテマ
仏壇の余材のかけらが生まれ変わる。コーディネーターの山田節子さん
( 左上写真・右 ) が伝統産業の現場の若い世代を牽引する。
(右)これも祈りのための箱。蒔絵 線香入れ 大 ¥4,800 小 ¥3,800
イスターの工場はある。工場の従業員は 200 人にのぼり、
業界屈指の職人数を抱える。仏壇の商品となる大きな木材
のパーツを黙々と組む現場には、女性も多く、世代交代も
進みつつある。 アルテマイスターのトレードマークは、なんといっても木
p.041
目を美しく活かした拭き漆の商品。木材にはひときわこだわ
仏壇の余材のかけらから生まれた「人と木」の蒔絵の小箱
りがある。特に仏壇の両開きの扉に使う木材は、中心に美
たち。手に載せると、想像した以上に重く、仏壇に使われ
しく木目が出るように、木取りを吟味する。木挽き師は、木
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ もったいない ]
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目や虫食い、割れ目などを読んで、丸太から板にそして商
は深まらない。虫食いなどを避けていかに余材を有効利用
品のパーツへ製材する過程で、どの部分を切り出すか、木
するか、それぞれの木の個性に触れ、希望の木目を探し当
目のどの表情を引き出すか、腕を揮う。1本何十万円もす
てる。
る丸太の材が、製材すると、虫食いなどで使えないことが分
2010 年に「人と木」プロジェクトがスタートしてから間も
かったりすることもあるので、原材料となる丸太の仕入れを
なく1 年。次代を担う若手と、多くの職人たち、100 余年の
するときのプレッシャーは相当だという。
伝統に培われた技を巻き込んで、美しい祈りのかけらたち
選ばれた木目以外の部分は、あまり目立たない裏側の部
が生まれ変わっていく。
分や、仏具などの小さな品に転用されるが、それでも余分
な断片は出てきてしまう。以前はそうした余材は、冬場、工
場の暖房設備の燃料として焼却されたりしてきた。本来、仏
壇や仏具になる材は、黒檀や紫檀、寿命が延びる縁起の良
い木とされるエンジュなど、高価な物が多い。祈りのための
(p.042)
木製の定木の温もりは、どこか懐かしい。桑、桜、栃と、材により全く
風合いが異なる。「人と木」の現場は細かい手仕事での作業がほとんど
だが、この定木は機械で切り出している。
木の文具 定木セット ¥5,000
商品を作っていながら、命あるものから分け与えられた財産
を無駄にしてしまう。実はそんな矛盾を抱え続けてきた職人
アルテマイスター「新しい祈りのかたち」と「人と木」展
や社員たちの間では、いつしか「もったいないよね」が共
小さな厨子たちと「人と木」シリーズの、東京で初の展示会が開催され
通語になっていた。
る。
そんなわだかまりを、山田節子さんの画期的な一案が解
きほぐした。若手を中心とした「勉強会」を開き、仏壇の
余材で小箱や文具など、身近で使える小物の製作を提案。
会期:2011 年 8 月 31 日 ( 水 ) ~ 9 月 5 日 ( 月 ) 6 日間
会場:松屋銀座 7 階 和の座ステージ http://matsuya.com
実演:彫り師 遠藤清光よる実演。3 日 ( 土 )、4 日 ( 日 ) の 2 日間
身の回りで、祈りのかけらを活かすのだ。製材所の片隅に
詰まれていた端材の山は、宝の山になった。
(p.043)
長年、伝統のものづくりに携わってきた職人たちも、この
左から・十二支篆書判 W33 x D33 x H39 各 ¥3,500
新時代のプロジェクト「人と木」に参加し、積極的に若手と
交流している。仏像や仏具の木彫師である田邉守さんは、
「人
削って書く、木の文具セット ¥6,000 と、新作として発表される家の形の
鉛筆削り
てんしょ
と木」の篆 書判の制作を担当。程よいボリューム感など、
自身のこだわりが詰まっている。仏具の蒔絵を担当する部門
にいる五十嵐裕子さんは、プロジェクトの中心メンバーとし
て、蒔絵の小箱の絵柄の考案など、開発当時から関わって
金継ぎ—破損した器を漆や金で繕う
p.045
きた。普段は伝統の様式に沿った花柄の図案を位牌などに
こ い え りょうじ
施しているが、「人と木」の商品は自分なりにデフォルメを
左のページは、日本を代表する現代の陶芸家、鯉江良二さ
加えて表現できるのが、ひと味違った楽しさだという。
んの茶碗だ。繊細な紅葉の絵柄が蒔絵で施されており、白
木への思いを育むため、普段は工場での作業を担当しな
い焼き肌と、黒い漆のコントラストがモダンだ。46 頁にも
い若手たちも、定期的に職人たちと現場に立ち、材の加工
あるように、鯉江さんの作品には金継ぎをしたものが数多く
を体験する機会を大切にするようになった。新しい商品の
ある。それは、東京・銀座にある黒田陶苑のオーナー、黒
開発をするにも、実際、木材に触ってみないと木への理解
田和哉さんとの出会いから始まった。
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ある日、黒田さんは鯉江さんの作品が窯から焼きあがる
時に、彼の工房を訪ねた。すると、窯から出てきた作品の
器は使い込むことで、味わいを増してくるもの。その過程では、
ほとんどが焼成中に割れていたのだ。「それは、酷い状況で
人間と同じように怪我をすることもある。それを繕うのが金
したよ。何日間も汗を流して、徹夜して窯を焚いて、焼きあ
継ぎだ。漆を接着剤とした日本独自の陶磁器の修理技術で、
がったものが、ほぼ全て使い物にならなかったのです。後
怪我をした器をより美しく再生させる方法だ。金継ぎをした
p.047
で知ったのですが、鯉江さんは、いつも冒険的な焼成をす
器は、まさにこの世にひとつしか存在しないデザインだ。
る作家なので、窯の中で壊れてしまうことが多いのです」と
「金継ぎは、お金も時間もかかりますから、新しいものを買っ
黒田さんは話す。しかし、鯉江さんは、
「また作ればいいや!」
たほうが早いけれど、思い入れがある器は、やはり繕いを
と平然と笑っていたそうだ。お弟子さん達が肩を落としてい
してでも残したいと思うのです」と話すのは、東京銀座・黒
るのを見て、黒田さんは思わずこう言った。「この作品を金
田陶苑の黒田和哉さん。
継ぎしましょうか!」
一方、古陶片を継ぎ合わせて、新たな器を再生する呼び
この時から、黒田さんは鯉江さんの工房を訪ねる時は、
継ぎが始まったのは、江戸中期頃。なかでも昭和に入って
いつも窯焼きで壊れた器を持ち帰って、金継ぎをするように
数多くの呼び継ぎ茶碗を作ったのが、書に、絵画に、料理に、
なったと話す。「鯉江先生の作品は、金継ぎすると、同じ形
陶芸にと、あらゆるジャンルでその才能を発揮した、北大路
や色の器でも、全く異なる器に変身するのです」
魯山人だ。古陶片に器を学んだ魯山人は、昭和5年、当時、
完璧に焼き上がった器以上に、欠けてしまった器を美しく
瀬戸とひとくくりにされ、あまり重きを置かれていなかった
再生させる。モノの新しい見方や遊び心があれば、モノの
美濃の古窯の発掘調査に取り組み、収集した好みの陶片を
一生に終わりはない。
「私の割れた器を生き返らせてくださっ
組み合わせて、数多くの呼び継ぎ茶碗を作った。
て、作家としてこれほど幸せに思うことはありません」と鯉
「古窯址で、踏みしめられていた陶片を自らの目と足で見出
江さんは微笑んだ。
し、それを一つの形にしていくという作業は、陶器への深い
愛情がなければできないことでしょうね」と、話す黒田さん
(p.044)
は、魯山人の呼び継ぎ茶碗について、器が醸し出すその品
日本を代表する現代陶芸家、鯉江良二の茶碗。窯の中で焼成中に欠けて
のよさに、魯山人の趣味が出ていると言う。
しまった部分を漆で成型して、その上に金蒔絵を施している。蒔絵師の技
パッチワークともいえる呼び継ぎの醍醐味は、なんといっ
と遊び心で、「“ パーフェクト ” を超えた器になった」と、喜ぶ鯉江さん。
ても、その組み合わせによって作られる器の新たな景色だ。
呼び継ぎ茶碗は、陶片の数が多いほど、おもしろさを増し
(p.045)
ていくもの。
3点の写真にある器は、全て昔の人が金継ぎをしたもの。
「欠けた器を繕い、さらにそれを使い込み、愛でる。その
左上・桃山時代の志野と織部の徳利。両方とも首の部分が欠損してしまっ
感性のあり方は、おそらく中国や韓国にもない、日本独特
たものに、同じような径のものを探し出して、金繕いをして、繋いでいる。
左下・韓国・李朝時代の刷毛目茶碗。欠損部分に、波模様の蒔絵を施し
ている。
の美意識でしょう」
撮影 = 太田宏昭 文=塚田恭子
上・左上部分が欠けてしまっていたので、同じような形の陶片を探し出し
て、金で継いでいる。
(p.047)
黒田陶苑の歴史は北大路魯山人との関係を抜きには語れない。黒田陶
苑社長の黒田和哉さん。
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■黒田陶苑
工芸もそうだが、最初にいなくなるのは、材料の生産者や
東京都中央区銀座 7 丁目 8 番地 6 号
道具の作り手なのである。
Tel. 03-3571-3223 源吾さんが今回作った風炉先屏風は、吉岡さんの染めた
11:00 ~ 19:00
和紙の余り紙をデザインのポイントに使っている。余り紙と
ひ
い がわ
とり
こ
し
左ページ、左上・蒔絵茶碗、鯉江良二作 現代作家の中で、継ぎを積
いえども、島根の斐伊川和紙、福井の鳥の子紙など、素性
極的に行う鯉江さん。蒔絵師との金継ぎコラボレーション作品で、黒田
を知ればいわば名家の出ともいえるものばかりだ。
陶苑で個展を開いたこともある。右上・ 引出黒茶碗 / 鯉江良二作 重
屏風は名経師として知られ、現代の住まいや建築に合う
厚な面持ちの茶碗に入った金の線。重くてくっつきにくい陶片同士を継
和紙の意匠を追求してきた源吾さんならではのデザインだ
ぎ合わせるのは、蒔絵師の仕事。相当の技術と経験が必要だという。
が、使われた余り紙の和紙自体が優れた手技よってのみで
左下・ 利休信楽、桃山時代、菊の模様を大胆にあしらった、高大寺絵
巻の金継ぎ。繕いに欠かせない蒔絵の技術を使ったその意匠が、圧倒
的な存在を放っている。右下・白磁茶碗、鯉江良二作 真二つに割れた、
その割れ方があまりに見事だったので、直したいと思ったと話す黒田さ
んの言葉がなるほどと思える、美しい金継ぎ。
きる工芸品であるから、これはデザインであると同時に和紙
がかわいらしく額に収まったようなものなのだ。
コーディネート=横瀬多美保
(p.049)
p.048
余った和紙を美しく
上の二つの作品は表と裏の関係。通常使うことはないという赤と緑のホ
ライズンが新鮮だ。左の墨染めの和紙を使った作品は、透かしてみると
美しい。
名経師の鈴木源吾さんには過去にも本誌のページにたびた
び登場していただいている。経師とは襖や屏風を貼ったり、
p.050
書画の表装を行う職人のことで、つまり和紙を扱うプロであ
る。源吾さんは京都の染色家・吉岡幸雄さん(35 ページの
布を飾る
対談に登場)と仕事でコラボレートし、吉岡さんが草木染め
ま
い
お もとこ
した美しい和紙を使うことがよくある。
表装家・麻殖生素子さんにとって、裂は軸や屏風を引き立
「吉岡が染めた和紙はどんなに小さい使い残しでもとってお
てる大切な要素の一つ。古布の収集は、表装の仕事を始め
く。吉岡が染めるために選んだ和紙は染めやすいいいもの
る以前、学生の頃から今に続く。時代を経た古物全般に愛
だし、彼が和紙を苦労して集めて染めていることを知ってる
着を抱き、古布の持つ独特の儚さ、存在感に惹かれていっ
からね」と源吾さん。
たと話す。
源吾さんが小さな箱を開けると、そこには吉岡さんが染
「いずれ塵となる宿命であっても、時がもたらす美しさとし
めたさまざまな色の和紙の切れ端が収まっていた。その価
てできるだけ傷んだ部分も切り捨てず、その古裂本来の風
値を知らなければ、おそらく捨ててしまいかねない小さな和
合い、魅力を生かしたい。裂に薄い和紙を貼る、裏打ちと
紙の断片の数々。
いう仕事によって布裂が今に甦るとき、感動せずにはいられ
しかし和紙の価格は年々高騰しているという。和紙の漉き
ません」
手がいなくなって、使う側の需要も少なくなった。何より和
麻殖生さんは、藍染の布団地から更紗などの種々の織り、
こうぞ
紙の原料となる楮 の栽培者が減ってきているのだ。どんな
刺繍と、ありとあらゆる布で新しい作品を作ってきた。現在
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の京都府や兵庫県に位置する丹波で主に農家の人によって
作られていた、絹と木綿の手織りの「丹波布」、また、沖縄
特産の芭蕉の繊維から採った糸で織った「芭蕉布」なども
作品に取り入れてきた。後に表装の仕事にかかわるように
なった頃には、金襴緞子(金を織り込んだ、最も高級とさ
れる染織)、袈裟裂(僧侶が肩からかける長方形の布)など
も自作に使うようになった。
右の写真にあるように、今回は江戸期の小袖刺繍裂を使っ
た、新しい布飾りを提案して頂いた。「刺繍は、布の中でも
格式の高いものとされています。刺繍ならではの質感に、
昔の女性の豊かな心模様が溢れているようで、魅力を感じ
ます」と、麻殖生さんは話す。これは、小袖の柄を現代の
住空間でダイナミックに生かしている。小袖全体に大きく配
された、はっとするほど大胆な柄のエネルギーをそのまま
に、黒地の布で6幅一組の軸に仕立てている。
一方、左の写真は、硬質なアクリル素材の写真立てに刺
繍裂を入れている。光で透かされて、繊細で細かい手仕事
の絵柄が目に飛び込む。 時が醸す古布の布味を愛し、なる
べくそのまま使いたいという麻殖生さんの思いが形になった
もの。
(p.050)
右ページ・アクリル素材の写真立てに刺繍裂を飾る。刺繍柄の切り取り
箇所で、印象も大きく変わる。
上・小袖の前と後ろ身頃に施された、大きく枝を広げた伸びやかな柄
の刺繍裂をそのまま6幅の軸に収めた作品。白い小袖地も時を経て、
豊かな布味を発揮している。縦 79 ×横 22.5㌢(1幅)。
麻殖生さんの布のコレクション。
左・表装・屏風作家として活躍する麻殖生素子さん。シャープで大胆な
表現で、この道に新風を吹き込んでいる。
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J apanese tex t
2011年 秋/冬号 日本語編
民藝
世紀の白い磁器と、母親から貰った清水焼の酒器(p.61)に
海を渡った民藝
―国外最大級
モンゴメリー・コレクション初公開
魅了されたジェフリー・モンゴメリーさんは、今日に至るま
で、民藝の美術品の収集にひたすら情熱を傾けている。収
集を始めた当時は、自分の収集していたものが、日本の美
撮影=阿部 浩 文=編集部
術品であるとか、それが「民藝」という分野に属するとは、
p.052
知らなかったと話す。ただ、心惹かれるものを集めていた
イタリアとの国境からわずか数キロメートル北に位置するスイ
だけだった。結果的に、日本の「民藝」と称されるものが
ス南部の町、ルガーノに日本国外最大の規模と質を誇る民藝
集まったのだ。
のコレクションがある。ジェフリー・モンゴメリーさんが、過
「日本の美術は、他のアジアの国の美術品とは全く異なりま
去 30 年間にわたり収集した数は 700 点以上。彼の民藝に
す。例えば、鳥を描いた一枚の絵があるとします。中国の
対する想いは強い。素朴で力強い民藝の美は、単なる日本
絵の中の鳥は、まるで羽が動いているようにリアルで素晴ら
の文化のひとつではなく、世界の大切な遺産だと語る。
しい。でも、日本の絵の中の鳥は、今この瞬間に飛び去っ
てしまうような躍動感があるのです」
(p.052)
左・「これが何なのか全く知りませんでした。ただ、この美しい彫刻のよ
けやき
うなフォルムと、樹齢約 200 年の欅 の木目に無性に惹かれたのです」
とモンゴメリーさんは語る。これは自在鉤という、日本家屋の囲炉裏の
理屈や知識ではなく、自分の直感でモノに秘められた美
しさを見出すモンゴメリーさんは、日本の庶民が使ってきた
生活道具の中にある、「素朴な美」に惹かれると話す。「自
上につるし、鍋や釜などの位置を調節するために作られた道具。
在鉤や器など、木や土などの自然の素材から作られたモノ、
右・モンゴメリーさんは、家族や友人を自宅に招く時、大切なコレクショ
何十年、何百年もの間、数多くの人の手に渡り、大切に使っ
ンの器を使う。壁に掛かっているのは、明治時代に作られた筒描(布団
てきたモノの中には、エネルギーがみなぎっているのです」。
カバー)
。水屋箪笥は江戸後期のもの。テーブルと椅子は、ジョージ・
鑑賞するために作られた絵画や彫刻などのアートと異なり、
ナカシマの作品。
自在鉤のように、自然の素材から作られ、生活の必需性か
ら生まれた形や色は、素朴で力強い美がある。モンゴメリー
(p.054)
上・18 世紀の琉球漆器(直径 21㌢)。第二次世界大戦前に西洋に渡っ
さんは、こう続ける。「民藝は、単なる日本文化の一つでは
ていたため、沖縄戦の壊滅的な被害を免れた。骨董の琉球漆器は、日
なく、人類の偉大なる遺産だと思うのです。この実利主義
本でも珍しい。
が加速する世の中で、根源的なもの、本質的なものに人間
右・リビングルームの棚には、江戸後期~明治初期につくられた鉄瓶や
は帰するという、普遍的な認識を形にしたものだと思うので
鉄製の酒器、茶釜、置物などが並ぶ。一番右側、上から二番目にある
のは茄子形の鉄瓶、モンゴメリーさんのお気に入り。イギリス製の鳥の
置物 (Guy Tuplin 作 ) と組み合わせて、鉄器のコレクションを飾っている。
す」
モンゴメリーさんは、掛け物や置物、器などのお気に入
りのコレクションを時折倉庫から取り出して、部屋のディス
プレイを入れ替える。大切な友人や家族との集まりには、
大切な器に手料理を盛り、骨董の焼き物に庭の草花を生け
1
る。彼のコレクションは、ルガーノの自宅で使われ、更にそ
スイス・ルガーノで生き続ける民藝
の美しさを増している。生きたコレクションなのだ。
p.057
幼い頃、ノルウェイ人だった母方の祖母から譲り受けた 18
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詣が深く、料理人としても素晴らしい腕を持っています。ティ
(p.057)
左ページ、左上・地元のオリーブを盛っているのは、沖縄出身の人間
国宝、金城次郎作の線彫魚文皿。
右上・食後のエスプレッソは、伊万里の蕎麦猪口(江戸時代作)に入れて。
下の写真2点・河井寛次郎作の花器。
チーノ州は、気取らない郷土料理や地元のぶどう園ででき
たワインを供する田舎風のレストランがあることで有名な地
域で、
その多くは古い石造りの建物にあります。例えばグロッ
上・自宅のリビングからは、真っ青なルガーノ湖が一望できる。
ト・デル・オルティーガは 150 年以上前から、シンプルで
右上・自宅から近くの山には、愛犬2匹とよく散歩に出かける。
美味しい料理を何世代にもわたって常連客に提供してきまし
右下・ボートで約 20 分南下すれば、イタリアとの国境に出る。
た。それから、フェラーロ家のリストランテ・カミーノは、シー
フード料理で有名なお店です。この二軒のレストランと懇意
(p.059)
左ページの写真・手前は瀬戸の柳文石皿(18 世紀後半~ 19 世紀前半)。
石皿は、日本の民家の台所には必ず 1 枚や 2 枚あったもの。丈夫で日々
の食事に使われた。ティーポットとティーカップは、モンゴメリーさんが
にしているジェフリーは、自らのコレクションの中でもお気
に入りの品をシェフたちに試験的に使ってもらいました。日
本の食器類には馴染みのないシェフたちも、食べ物と器が
ドイツで購入した現代作家のもの。左・明治時代の京焼唐草文皿にス
互いに引き立つよう直感的に盛り付けたところ、こちらの食
イスのチョコレートを入れて。下・ティータイムにくつろぐモンゴメリー
欲をそそる料理が完成しました。シーフードサラダを日本の
夫妻。壁に掛けられているのは、鳳凰文の筒描(布団カバー)。
お皿に盛り付けたシェフフェラーロ氏は感想を聞かれ、貝殻
の形をした器は「料理をまるで子供のように抱きかかえてい
るようだ」と話していました。
p.059
■ 味覚と感性
文=マイケル・ダン
真に芸術を理解する人は、ほぼ間違いなく美食家であるこ
とを、美術商の人間なら誰でも知っています。私も何年も
前に、日本の骨董品を売っていたときにこのことを実感しま
した。食事やワインを味わうという喜びに興味のない顧客に
は、最高の品を見せても無駄だとわかったからです。食べ
1
海外で最高にして最大級の
民藝コレクションとの出会い
文=マイケル・ダン
p.060
物やワインの味がわからない人は、殆どと言っていいほど、
初めてジェフリーに会ったのは、1990 年のある夜のこと。
芸術や美の世界を理解できないのです。お茶の道具、お酒
私は、その日夕食を一緒にすることになっていた人から、民
の徳利や盃、季節ごとのご馳走を供する器などが、値段も
藝の展覧会に行かないかと誘われた。会場は地元の著名建
つけられないほど高価な芸術作品として扱われる日本では、
築家、マリオ・ボッタの設計でルガーノに新しくできたゴッ
この考えは当たり前のことでしょう。ふさわしい器に見た目
タード銀行ビルだ。暑い夏の午後、マッジョーレ湖から山道
も美しく盛り付けられた食べ物は、食欲をそそる――どんな
をずっとドライブしてきた私には、アートよりもイタリアンレ
アートディーラーもこのことをよくわかっています。だから、
ストランでの冷たい飲み物の方が魅力的に思え、正直なとこ
彼らの持っている美味しいお店の最新情報は信頼できるの
ろ、展覧会にはさほど興味をそそられなかった。だが、誘
です。
いにのったお陰で、私はそれまで日本民藝館と倉敷民藝館
ジェフリー・モンゴメリーは日本の骨董品を日々の暮らし
でしか見たことのなかった、質の高い骨董の工芸品を目に
の中で楽しむ一方で、名高い北イタリア料理についても造
することとなった。それは、私の想像を絶する選りすぐりの
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 民藝 ]
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品々だった。しかも、そのコレクションのオーナーであるジェ
述のゴッタード銀行での展覧会を機に、彼のコレクションは
フリー・モンゴメリーにも会えたのだ。この幸運な出会いか
国際的な注目を集めることとなった。それ以来、彼のコレク
ら、私はジェフリーと彼のパートナー、マリアンジェラと親
ションは、その一部をさまざまに組み合わせて、世界各地
交を深め、ここ 20 年間は新たな作品の収集や展示会や執
の美術館などで展示されている。現在まで 30 回を超える展
筆活動を通じて、私も彼のコレクションの拡大に関わってき
覧会が、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館、チュー
た。現在、モンゴメリー・コレクションの総数は 765 作品。
リッヒのベルリーヴ美術館、ニースのアジア美術館、ニュー
うち陶磁器が 300 以上、織物が 142、お面や神道の神像な
ヨークのジャパン・ソサエティー・ギャラリーなどで開催さ
どの彫刻が 135、さらに漆器や絵画、昔ながらの家具など
れた。こういった国際的な展覧会は多数の入場者を集め、
が多数含まれている。
マスコミの批評も好意的だった。さらに展覧会に合わせる
さて、アメリカ国籍を持つジェフリーが、いかにしてスイ
形で、彼のコレクションは著名な学者の評論を付して多くの
スで民藝の収集家となったのだろうか。ジェフリー本人によ
書籍やカタログに収められ、結果的にヨーロッパ言語で書
れば、ペルージャとフィレンツェでイタリア語を勉強した後、
かれた民藝の最良の参考資料となっている。ヴィクトリア&
1969 年にルガーノに居を構え、時計販売会社にしばらく勤
アルバート博物館東洋部上級学芸員のルパート・フォーク
めた後、旧市街地の中世の古い建物内に自分好みのデザイ
ナーの言葉を借りれば、「ジェフリー・モンゴメリーのコレク
ンやアート性を備えた品々を売る店を開いたのだという。陶
ションは、日本国外に存在する民藝作品の最高級の集合体
磁器や実用美術品をヨーロッパ中の工芸家から買い集めて
として広く認識されている」のだ。
いた彼は、作品探しの最中に日本の骨董品に出くわすこと
日本の民藝作品は、どうして西洋の鑑賞者の感性を揺さ
があった。明治から戦前にかけて日本に暮らした欧米の旧
ぶるのだろうか。民藝作品の多くは、欧米人には殆ど馴染
家の放出品が市場に出回ることがあったのだ。この頃、彼
みのない、消滅寸前の日本の伝統的な生活様式に特有の品
が手に入れて今も所蔵しているものの多くは、今となっては
物であることを考えると、よけいに不思議に思う。ひとつの
日本ですらなかなかお目にかかれない逸品揃いで、他に類
答えとして考えられるのは、こういった工芸作品は、作り手
を見ないものがいくつもある。中でも室町時代の作品と思
の心が直接、見る人に伝わるからなのかも知れない。現代
われる表情豊かな木彫りの狼像は、私が知る限り、どの美
美術の展覧会で、多くの人が頭を抱えてしまう言葉の壁や
術館や出版物でも見たことがないほど、独特な作品である。
知性の難問といった障害とは無縁の世界だから。形や材質
また、彼の所蔵する沖縄漆器も非常に珍しいものだ。これ
の美しさはそのまま目に入るし、この作品とともに暮らすと
らは、第二次世界大戦のはるか昔に西洋に渡っていたため
心地よく、満たされそうだとすんなり感じとれる。ジェフリー
に、沖縄戦の壊滅的な被害から免れたのである。ジェフリー
はこの言葉にならない美しさをよく認識し、自らの鑑識眼と
は店でヨーロッパの工芸品を販売していたが、自らが見出し
知識を駆使して、並外れた作品の数々を欧米で収集してき
た日本の民藝は手放しがたく、それが自らのコレクションに
た――まだ民藝への関心が薄く、競争相手となるバイヤー
なったのだという。民藝の研究や発掘に夢中になって一、
がほぼ皆無だった時代から。現在、彼のコレクションは国
二年が過ぎたとき、仕事をする時間が殆ど残ってないことに
際的なアートディーラーの間でよく知られる存在となった。
気づいた彼は店をたたみ、フルタイムで収集活動にあたる
そして今でも、美術品市場に民藝の作品が登場し、それ
ことにした。
がジェフリーの厳しい鑑識眼にかなったときは、彼のコレク
ジェフリーはかねてより、自らの楽しみのために民藝作品
ションに加えられるのである。
を集めてきた。その情熱は今も変わらない。ところが、前
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18
マイケル・ダン
や美術品を楽しんで使ったり、飾ったりしている。
イギリス生まれ。40 年以上前に来日し、美術品の取引や執筆業に従事。
自然の素材から作られた、素朴な味わいの日本の生活道
2001 年には、ニューヨークのジャパン・ソサエティーの招聘学芸員とし
て展覧会『Five Tastes』を企画。ジャパン・タイムズ等に寄稿多数。著
書に『Inspired Design, Japan’s Traditional Arts』
(5 Continents Editions
刊)
、『Five Tastes, Traditional Japanese Design』
(Abrams 刊)、共著に
具は、このスイス・ルガーノの自宅にすんなり溶け込んでい
る。民藝は、使い手によって、様々な文化のものと融合す
る普遍性を兼ね備えているのだ。
『The Art of East Asia』
(Koenemann 刊)がある。
(p.060)
(p.063)
モンゴメリー・コレクションには、計 47 の恵比寿様や大黒様の像がある。
左ページ、左上・染色型紙の青と白に合わせた、イギリス製の牛の置
木彫が大半だが、中には青銅やいん石を彫ったと思われるものもある。
物とチベットのカーペット。チェストは 18 世紀スイス南部のもの。
恵比寿様は、海の神様、豊漁の神様。一方大黒様は、五穀豊穣を表し
左下・マリアンジェラさんは寝室に 18 世紀前期の琳派調の屏風を、絵
ている。恵比寿様や大黒様は、商家によく置かれていた。
画のように壁に飾っている。
(p.061)
リス製の渡り鳥の置物。
リビングルームで寛ぎ、濱田庄司作の器を手にするジェフリー・モンゴ
右下・本来、着物を染める道具として使われていた型紙だが、モンゴメ
メリーさん。その他、17 世紀の二川焼の皿、16 世紀の備前の徳利、
リー夫妻の手にかかるとアートに変わる。
室町時代の丹波焼、18 世紀の常滑の花器など、お気に入りの作品が並
上左・マリアンジェラさんは、日本の籠を収集している。花を生けるの
ぶ。部屋の隅にあるのは、江戸時代の仏像。右の写真にある清水焼の
が大好きだ。
左上・モンゴメリーさんは、アンティークの動物の置物が大好き。イギ
酒器を母親から譲り受けたことがきっかけで、モンゴメリーさんは日本
上右・愛犬のルパードとココを家族の一員のように可愛がるモンゴメリー
の民藝に興味を持ち始めた。松、竹、梅の花の絵が描かれている。
さん。
p.063
1
無名の職人が生み出した、比類のない美
日本の古い生活道具や美術品は、モンゴメリー夫妻の手に
掛かると、まるで新しい命を得たかのようだ。現代の日本の
文=マイケル・ダン
日常生活では使われない、または捨てられてしまうようなも
p.064
のも、彼らの自宅では新しい使い道を得て輝いている。例
民藝の何がそれほど特別なのでしょうか? 柳宗悦に言わせ
えば、上の写真のランプの台は、動物や魚の絵を漆で施し
れば、ごく普通の無名の、しかもその殆どが無学である職人
た 19 世紀の茶釜。これは、茶道具の一種で、日本でもお
たちが、自然素材を使って荘厳な美しさを秘めた作品を創り
茶の席以外にはほとんど使われないが、モンゴメリーさん
出すことに意味があったのです。彼の著作を読めば、私たち
は、これをソファの両脇にあるランプの台として使っている。
も本当の審美眼を持てるかも知れません。
左の写真にある、透明の額にフレームされているのは、
着物などを染色するための型紙。型紙のコレクションは約
日本の究極の美学を西洋人にも意味明瞭に説いたことで知
400 枚ある。北イタリアやスイス南部のアンティークの家具
られる作家・思想家で、著書『英文版 柳宗悦評論集 The
や、イギリスの置物などと組み合わせて、日本の古い道具
Unknown Craftsman』
(講談社インターナショナル刊 1972
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 民藝 ]
19
年)で手工芸品の美を分析したのが、柳宗悦(1889-1961)
例えば、陶磁器のどの角度からも美しく見えるように絵が描
です。この大変独創的な著作の中で、柳は日常使いの物の
かれているものや、意図的に曲面を使ったものも美のあり
中にこそ、並外れた美が見出せるのだと説いています。本
方を心得ています。その上で、彼は、日本の職人の美の表
物の職人によって創り出された物にこそ圧倒的な美しさがあ
現の仕方、あえてデザインをしない空白のスペースの使い
る。一方、芸術家が美しいものを意図的に作ろうとしても、
方に魅了されると言います。つまり、図柄の中で彩色されて
大抵は失敗するだけだというのが柳の考えです。もちろん
いない部分が、彩色部分を引き立てて強調するという、西
近代以前には、殆どすべての物が、時間をかけて使いこむ
洋美術の構図規範からまったくかけ離れた、非常に先進的
ほどに美しさを増す自然素材で作られていたという歴史的背
な芸術的センスが感じられると言うのです。
景も考慮する必要はあるでしょう。それに比べて現代の合成
近代まで、日本の職人の社会的地位は低く、生活は苦し
素材は、新品のときには見た目も感触も心地よくない上に、
かったようです。では、文化や教養のない身分の低い職人が、
あっという間に劣化していくのですから。
どうやってあれほど美しい作品を創り出したのでしょうか。
芸術や美の追求においてはるかに先進的だった日本の茶
伝統的に日本の職人は、まず見習いとしてもっとも厳しく辛
人は、よく考えて選び抜かれた日常使いの道具類に美しさ
い下働きをこなしながら、先輩の仕事ぶりを見て学びました。
を見出していました。例えば、質素な朝鮮陶磁器の中には、
やがて実際に制作をするようになると、その腕前がどこま
やがて値段もつけられないほど高価な貴重品となったもの
で上がるかで、将来が決まりました。柳は職人について、
もありました。当初、朝鮮や中国から輸入された品々は、
次のように理論づけています。まず職人個人は「自力」、つ
その芸術性や希少性から高く評価されていましたが、その
まり知性とは関係なく、その人の魂から直接わきおこる内的
後、千利休などの茶人は、ごく普通の日本の応用美術品の
な力を引き出すのです。一方、窯元などで共に働く職人集
美的価値を認めるようになりました。それからまもなく、陶
団は「他力」
、つまり全員の能力の総計以上の魔法のパワー
磁器、金属細工、竹かご細工の職人は、茶人から注文を受
を引き出すのです。こういった内なる力で産み出された作
けるようになります。都市部、特に文化の都であった京都
品は、たちまち感受性のある人たちに真価を評され、また、
の洗練された趣味人向けの、道具や花器の制作依頼でした。
そこから得られる深い喜びは、理由や思想を超えて、人々
そもそも日常使いの品々は、当たり前のものとして、気に
の心に伝わるのです。
も留められていませんでした。柳は、おそらく工業の時代の
現代的素材への反動もあって、自然素材で作られた品物が
柳宗悦(1889-1961)
持っている本来の美しさに、私たちの目を向けさせてくれた
思想家。濱田庄司、河井寛次郎などの陶芸家と交友を持ち、「民藝」運
のでしょう。今日、20 世紀半ば以降のモダンアートのトレン
ドである抽象的な作品に注目が集まりますが、だからこそ、
はいぐすり
動を起こし、後に東京に日本民藝館を設立。彼の著作は日本が急激に
工業化する時代に、誠実に作られた工芸品の美しさを、多くの人々に気
づかせてくれた。
多くの人が中世の壷の灰釉の染みや、古い時代の木製の自
在鉤の彫刻的な形に惹きつけられるのです。ジェフリー・
(p.065)
モンゴメリーは日本文化に強い愛着を感じており、日本の工
左ページ・20 世紀を代表する民藝の大家による陶芸作品を庭に配置し
芸品の目利きでもあります。彼はある民藝を見ると、「これ
た。背の高い瓶はバーナード・リーチ作、その隣(時計回り)の瓶は島
だ!」と言います。つまり、単純に言葉では表現できないほ
どの美しさが溢れ出る傑出したものだという意味です。
もちろん彼は、装飾的なデザインの美も理解しています。
岡達三作、抽象的な「二匹の魚」が描かれた浅い皿は濱田庄司(18941978)作、花の浮き出し模様が入った皿と瓶は河井寛次郎(1890-1966)
作。
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20
せっき
右・江戸時代後期に瀬戸の窯で大量生産された炻器の一種である石皿
の三例。石皿は、自然や民俗的な図柄を下絵付け用の青や酸化鉄で迅
速に描くのが特徴。その愉快で無邪気な特質が多くの日本の民藝ファン
を魅了している。
■ 柳宗悦—暮らしへの眼差し—
柳宗悦の没後 50 年と、彼が創立した日本民藝館 75 周年を
記念して、彼の仕事を紹介する展覧会が開かれる。会場は
5章に分かれており、第1章では、彼が身辺で使用してい
た品や、家族や友人たちとの写真や書籍などを展示する。
第3章の「柳宗悦の眼」では、彼が3年間かけて日本全国
をまわり、木喰仏を研究した際の書籍や、実筆原稿などを
紹介。1938 年に初めて訪れた沖縄で収集した紅型や、陶器、
漆器なども展示される。
また、日本民藝館名誉館長でプロダクトデザイナーとして
活躍する長男・柳宗理の仕事も展示される。展示数は、約
250 点。
会期:2011 年 9 月 15 日から 9 月 26 日
時間:10 : 00 〜 20 : 00 (最終日は 17 時閉場。入場は閉場の 30 分前まで)
会場:松屋銀座 8 階 イベントスクエア
東京都中央区銀座 3-6-1
電話:03-3567-1211
入場料:1000 円(一般)
左上・沖縄の紅型衣装(19 世紀)
右上・独楽盆 19 世紀
いずれも日本民藝館蔵
下・会場では、旧柳宗悦邸の応接間を再現し、民藝運動を支えた、バー
ナード・リーチ、濱田庄司、河井寛次郎、棟方志功などの個人作家の
作品を展示する。柳邸に集まった仲間たちとの交友の一端も紹介する。
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21
J apanese tex t
2011年 秋/冬号 日本語編
旅
1183 年に源氏との合戦に敗れた平家の落ち武者たちが、
南砺ライフ
山間に隠れ住んだことが始まりという伝説がある。どこか謎
豊かなる文化、暮らしと人
めいた哀愁をたたえた歴史は、落人たちが伝えたとされる
伝統民謡「麦屋節」の響きにも感じられるようだ。
撮影=佐藤竜一郎 文=編集部
五箇山の集落に見られる茅葺きの三角屋根は、日本家屋
p.066
の構造を高く評価し研究していたドイツの建築家ブルーノ・
合掌造りの集落が郷愁を誘う、世界遺産の里・五箇山。雅
タウトが、1953 年の著書の中で絶賛した「合掌造り」とい
な庵唄が響く中、豪奢な技の粋を尽くした屋台が街中を行く
う建築様式。以来、合掌造り集落の景観は世界的にも知ら
じょうはな
祭で賑わう、絹織物で栄えた町・城端。オーガニック農業と
れるようになり、
日本でもその価値が再認識されることになっ
いう生き方がコミュニティに根付いた、砺波平野の散居村。
た。岐阜県の白川郷とならび、1995 年に世界遺産に登録さ
伝統の木彫技術が、新世代に受け継がれる町・井波。富山
れた五箇山は、2009 年にはミシュラン・グリーンガイド・ジャ
県の南砺市にある 4 つのエリアに住む人たちの、ライフスタ
ポンの三ツ星を獲得。今も人々の生活の場となっている「生
イルや町の情景を通し、その魅力を伝えます。
きた世界遺産」の価値がまた新たに見出されている。
古いものは 400 年も前に建てられた五箇山の合掌造りは、
その名の通り、両手を合わせた祈りの形になっているような
(p.066)
世界遺産の郷・五箇山の相倉集落の冬。ここだけ時の流れが止まった
屋根が特徴。雪を下ろしやすくするための急勾配や、釘や
かすがいを一切使わずに荒縄だけで丸太を縛り合わせて組
かのように、ひっそりと茅葺き屋根の家屋が立ち並ぶ。
んだ高度な伝統技術は、数百年も風雪に耐える頑丈な構造
を生んだ。かつて、田畑仕事のない冬には土間では和紙作
1
りが、夏場には屋根裏で養蚕が、高い構造になった床下で
五箇山―世界遺産の山郷
塩硝作りが盛んに行われた。年間を通して生産の場でもあっ
p.068
た合掌造りの家屋は、この地の気候と先人の生活に即した
知恵が詰まった、作業場としての優れた機能も備えていた。
(p.068)
しょうしち
このページ・合掌造りの宿・庄 七で、 囲炉裏を囲んで。 宿の主人・
いけはたよしきみ
池端良公さんや女将のきよさんがもてなす、地元の滋味溢れる料理と酒
を楽しむ。
ひたたれ
右ページ、右上・囲炉裏端で催される、「こきりこ踊り」。笠と直垂の勇
壮な装束と、「ささら」という打楽器の響きが独特な、秋の祭りの伝統
舞踊。
五箇山の集落の一つ、相倉集落の築 200 年余りの合掌造
しょうしち
いけはた よしきみ
りの家屋で、民宿・庄七を営む池端良公さんは、名物女将
のきよさんとふたりで宿をきりもりする。ともに腕をふるう五
箇山の伝統料理の数々には、山菜など山の幸から、宿泊客
も収穫体験ができる朝採れ野菜などが並ぶ。宿のもてなし
には、移ろう季節とともにある昔ながらの郷の暮らしを伺い
知ることができる。春は障子の貼り替え、初夏は田畑の準
富山県南西部に位置する五箇山の集落は、冬は 2m を超す
備や山菜採り、実りの秋には収穫と、ひとつひとつの行事
雪が降り積もる有数の豪雪地帯。道路網が整備されていな
が季節が巡る歓びに溢れているようだ。しかし集落の人た
かった昭和初期までは、雪の季節は徒歩での山越えか、庄
ちにとっては、昔と変わらない一年の営みを繰り返し続けて
川の流れが唯一の交通手段で、平野部から完全に孤立した
いるだけのことなのだろう。五箇山は、今も日本の原風景
場 所 だった。この 地 に 人々が 暮らすように なった の は、
の面影を残しながら、時を刻み続ける。
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Autumn / Winter 2011 Vol. 28[旅 ]
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のひとつひとつに匠の技が注がれている。絹織物で繁栄した城端の財力
1
城端―祭囃子が響く雅な町並み
と文化交流により、祭りの文化が花開いた。
p.070
右上・神様をお迎えする「山宿」の奉仕は町内の当番制。家に代々伝
ほお
わるとっておきの屏風や、お供え物を飾り、朴や藤など季節の花を生け
年に一度、6 人の神様がこの町にやってくる。神様はそれぞ
て準備する、一世一代の晴れの日だ。
れ、美しく飾られた客間に迎えられ、一晩の宿を取った後、
右・鯛やちまきなど、めでたい品尽くしの御膳で祝う。
翌日は一日中、町中を巡る。昼は初夏の爽やかな風の中で、
夕暮れからは幻想的な提灯の明かりに照らされ、神様たち
の笑顔と町の賑わいが溶け合う。5 月はここ城端が祭りに華
やぐ季節だ。
16 世紀に浄土真宗の寺町として成立し、絹織物の産地と
はたば
して栄えた城端。昔ながらの木造の機 場や土蔵などが見ら
れる町並みは、ここで 300 年近く続いてきた「城端曳山祭」
の最中、工芸美術館さながらの彩りに溢れる。神様を一晩
お迎えする「山宿」と呼ばれる家の飾り付けをはじめ、そ
の御神像を乗せて町中を巡行する 6 台の「曳山」、そして移
動式楽団ともいうべき「庵屋台」。全てに、匠の技の粋が凝
らされている。
京都のお茶屋や、江戸の料亭など、艶やかで粋な遊びの
場を精巧に模した庵屋台の中から漏れ聞こえるのは、紋付
袴姿の若連中による三味線や笛の音にのせた「庵唄」。しっ
とりと響く恋の唄は、いながらにして “ お座敷遊び ” を体感
できるという、本来は神事である祭りにちょっとした遊び心
を取り入れたここならではの趣向だ。ゆっくりと進む行列に、
道行く人たちは思い思いに曳山の意匠に見入ったり、庵唄
に耳を傾けたり。このゆったりとしたペースもまた、曳山祭
の魅力だ。
曳山祭は、冬が明け、田植えの季節を迎える喜びととも
にあった春の祭り。30 年ごとに一家で勤める山宿の当番も、
家内円満・招福への祈りを家族や町内で分かちあうための
伝統として、この町で受け継がれている。
p.073
曳山祭で目を楽しませてくれる様々な技には、城端の伝統
しろうるし
が息づいている。“ 幻の白漆 ” と謳われる「城端蒔絵」の技
おはら
を430 年以上この地で伝え継いでいるのが、蒔絵師の小 原
じ ご う え も ん
治五右衛門家。7 代目治五右衛門が、それまで不可能とさ
れてきた白の発色を編み出して以来、白蒔絵法の発展は城
端の歴史とともにあった。
小原家は、この一子相伝、門外不出の技をもって代々、
曳山や神像の肌の部分などの装飾を担ってきた。現在、16
よしとも
代目治五右衛門を名乗る好喬さんは、日本画家でもある 15
代目の父・好博さん、友禅着物作家の母・陽子さんとともに、
親子 3 人で曳山や庵屋台の装飾の修復に携わっている。
庵唄連中の笛の奏者としても、毎年曳山祭に参加してき
た好喬さん。若い仲間たちには、邦楽の技術をもっと磨い
てもらいたいという。白漆の秘法も、祭りに活かされる様々
な技も、しっかりと伝えていくことが「城端のこの家に生ま
れた人間としての責務」と語る。もっと大きな都市部に創作
拠点を移しては、という勧めもあるが、城端でやることに意
味がある、と譲らない。自分たちだけの技に誇りを持つ、
父や祖父の姿を傍らで見て育ち、曳山祭もまた、常に身近
にあった。
「この 5 月 4 日と 5 日の祭りこそが、一年の始まりだという
気がするんです。子どもの頃は、曳山に乗せてもらうのが楽
しみでした。提灯が灯る夜は、危ないからと乗せてもらえな
(p.070)
いんですが、暗くなるまで山の中に隠れて、こっそり乗った
上・曳山の装飾。井波の木彫や、城端や金沢の漆塗り、同じ富山県・
りして」と笑う。この町と祭りを心から愛し、支えてきたひと
高岡の金属工芸など、細かな金具に至るまで、上質な材を使った細工
りだ。
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[旅 ]
23
マダチ」という様式の住居は、当時の農家の憧れのステー
(p.073)
タスシンボルとして、競うように建てられたという。どっしり
左ページ・2002 年に重要無形民俗文化財に指定された城端曳山祭。高
と大きな 2 面の瓦屋根と白の漆喰の壁に黒いハリのコントラ
さ 6 メートルにも達する曳山は巨大な車輪をきしませながら、ゆっくりと
男衆に引かれていく。悪霊を鎮めるとされる獅子舞も、祭りの昼の風景
に賑わいを添える。
ストが、スギ木立の中で映える、風格のある佇まいだ。美し
く整備された庭をもつ家も多く見られるようになり、広々とし
た敷地にゆったりと住まう、散居村ライフの営みが繰り広げ
このページ、時計回りに・小原好博さん、陽子さん、16 代目小原治五
られてきた。
右衛門・好喬さん。朱・黄・黒など漆の基本色に白が加わることで、ピ
ンクなどの中間色やぼかしの表現が可能になり、城端蒔絵の特徴である、
日本画のような具象的な意匠が生まれた。
(p.075)
かんじょうじ
上・閑 乗寺公園から望む、散居村の夕景。見渡す限り、網目のように
広がる水田の間に農家が点在する、稲作の国を象徴するひとつの風景
が広がる。
散居村――砺波平野に根付いた
オーガニックという生き方
下・水田に囲まれた中に佇む、特徴的な散居村のアズマダチの住居。
p.074
五箇山から流れ込む庄川と、小矢部川のふたつの川に挟ま
天井が高く、襖を取り払って広く使える座敷の広間は、家の格式の象徴
だった。
れるように、富山県の南西部に位置する砺波平野は、豊富
な水に恵まれた大地。どこからでも田畑に水をひくことがで
きるため、この地には「散居村」という農村の形態が発達
した。世界各国に見られる農村地帯の中でも、それぞれの
p.077
農家を小さな林が取り囲み、それらが、水田が広がる中に
この散居村にあるひとつの農園を中心に、有機農法という
無数の小島が浮かんでいるように点在する風景は、この地
絆で結ばれたネットワークがある。簔口潔さんが経営する
「み
ならでは。江戸時代初期に急速に広がった散居村は、幾筋
のふぁーむ」は、
日本での有機農産物を法的に認定する「有
もの支流になっていた庄川の流れを整備し、網の目のよう
機 JAS」認証第一号を 2004 年に受けている農園。現在、
に用水路が巡らされ、農地の開拓が進んだ。
コシヒカリや野菜を栽培し、オーガニックという考え方のも
住居を囲む「カイニョ」とも呼ばれる屋敷林は、三方を
と美味しくて安全な食の普及にも取り組む。毎年地元の子ど
山に囲まれた盆地の気候の中で冬は風雪を防ぎ、夏は木陰
も達に、田植えや稲刈り体験をさせているほか、セミナーの
を作り涼しく過ごせる機能を発揮する。成長が早いスギや、
講師なども務め、新たに農業に就こうとしている若い世代の
ケヤキなど、建築材としても優れる木が多く植えられ、それ
コンサルタント的存在ともなっている。
らは燃料にもなり、灰になれば畑の肥料としても有効利用さ
野菜の栽培にはもっと力を入れていきたいという蓑口さ
れる。柿や梅、栗などの木からの収穫は、この地域の名物
ん。こだわりのニラは、地元の料理人など多くの固定客にも
である干し柿や、梅干などの保存食になる。田畑とともに実
評判だ。畑で刈りたての青々と元気なニラをかじってみると、
りの宝庫ともなる屋敷林と、農地と住居とが一体化して、そ
臭みが全くなく、甘さの中に辛みが爽やかだ。「美味しい」
れそのものが里山のひとつの完璧なカプセルとなっている。
と言う瞬間の、人の目の輝きを見るのが蓑口さんの何よりの
明治後期からこの地域に多く見られるようになった「アズ
楽しみという。
みのぐちきよし
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[旅 ]
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日本におけるオーガニック農業はまだ、発展進歩の過程。
妻。二人とも関東の出身ながら、孝明さんは地元の彫刻師
自分にとっては道楽でしかないけど、と小さく笑いながら、
に師事し、早苗さんは高岡市で漆の勉強をしたのち、この
「次世代にとっては第一の人生も同然。美味しいことと、売
地に拠点を構えた。 れること。このポイントを守って、生業としていくことをしっ
井波の木彫は、豪華でダイナミックな寺社の装飾が転じ
かり目指してほしい。」化学肥料を使わずに、健やかな農作
て、現在は欄間や置き物など、受注製作される住宅用のも
物を育む土作りから、雑草の駆除まで、手間のかかる有機
のが中心になっている。欄間のほか、学問の神様「天神様」
農法だけに、1 軒の農家の出荷量は当然限られる。苦労も
の像や「雛人形」など、伝統的なモチーフが好まれてきた。
絶えないはずだ。「でも、食べることに直接つながる農業は、
その井波で今、田中夫妻をはじめとする若い世代が、新し
本来シンプルで楽しい生き方なんです」と、蓑口さんの薫
い表現を発揮し活躍している。この日トモル工房に集まった
さ か い すすむ
陶を受けた若い農業家のひとり、坂井晋さんは言う。「まず
のは、木彫だけでなく、漆、陶芸など様々なジャンルの若
は、南砺の人たちに『美味しい』と食べてもらえる分だけで
手作家たち。地元で活動する彼らの表現は、細密なものから、
も、心を込めて作っていきたい」坂井さんが受け継ぐ、蓑
有機的でモダンなフォルムまで様々だ。そしてほぼ全員が、
口さんの想いが、散居村の大地に根を張ろうとしている。
富山県外の出身。この地に根付いて、刺激し合える仲間た
ちとともに、伝統に新たな風を吹き込んでいる。 古い民家を改築したトモル工房には田中夫妻の作品と並
(p.075)
左ページ・散居村の大地で育まれた有機野菜で結ばれるコミュニティの
み た に ひさとし
んで、孝明さんが好きで集めているという色とりどりのガラ
面々が集まった。三谷尚敏シェフによる有機野菜のイタリア料理を堪能
ス瓶や木の実、そして 2 人の子ども達の創作も棚を賑わし、
する。お手製のフラワーアレンジメントは、地元の花農家「千華園」の
その全てが作品のインスピレーションとなる。ものを慈しむ
しゅうこ
石村修子さんのお土産。蓑口潔さんと坂井晋さんの農園の採れたての
心と、ものを作る喜びが溢れている空間だ。
有機野菜は、どれも元気な大地の味だ。
早苗さんが「ここにいると、自分の作品が柔らかく、優し
このページ、中・蓑口潔さん
下、左から・富山でも有数の花農家の 2 世代目、石村修子さん。地元
のゲストハウス「梅原邦荘」で懐石料理を振る舞う奥村和夫さん。坂井
くなっていくのが分かるんです。自然がいつもそばにあって、
有機的なものを見ているからでしょうね」とこの町の魅力を
語ると、孝明さんは、
「僕は井波へきて 15 年ほど経ちますが、
晋さん一家。
色々な人に守られ、応援してもらいながらやってきました。
子供達もここで生まれ育ち、僕たち家族にとっても “ ふるさ
と ” ができた気分なんです」と頷いた。
井波彫刻のほとんどの作品は、表面にヤスリをかけずに、
全てノミで仕上げるのが特徴。ノミの跡が残る、素朴な質
井波――木の香る町の伝統と明日
感だ。そんな木彫のように、どこかふんわりと温かく明日を
p.078
照らす光が、ここに点っている。
井波は、石畳の町並みにノミと槌の音が響き、楠が香る、
木彫で知られる町。町の顔である古刹・瑞泉寺から続く参
道界隈には、木彫の工房が軒を連ねる。 たかあき
(p.079)
左ページ・木彫の伝統の、次世代を担う若手作家たち。
その中のひとつ、「トモル工房」の田中孝明さんと早苗さ
このページ・田中孝明さんと早苗さんが創作の拠点とし、一家で住まう「ト
んは、それぞれ木彫と、漆の作品を手掛ける工芸作家の夫
モル工房」。そら豆がスプーンにのっている様をそのまま彫り出したもの
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[旅 ]
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や、どんぐりがついたカメラなど、田中孝明さんの作品は思わず笑みが
左・瑞泉寺の勅使門に施された「獅子の子落とし」(部分)の彫刻。作
こぼれてしまうものばかり。5 日間で作り上げ、自身が一番お気に入りだ
り手のノミの勢いが感じられるような、力強さだ。井波彫刻の祖とも言
と語る「タイの女の子」や、誰かさんにそっくりな「冬支度」など、人
われる、番匠屋七左衛門の、寛政 4 年 (1792 江戸期 ) の傑作。
ばんしょうや し ち ざ え も ん
形作品はどれも木彫でありながら柔らかさに溢れる。
右ページ、左上から時計回りに・前川大地さんは、陶芸作家の奥様、
わとさんの磁器の作品を手に。色を練り込んで層にした白磁を削り模様
を出している。大地さん自身も、田中孝明さんの師匠でもある父・正治
p.080
さんに師事し、木彫師として活動する。
井波の木彫の起こりは、250 年近く前まで遡る。瑞泉寺が火
一家も日常使っている、田中早苗さんの漆塗りのお椀。
事で消失し再建される際に、京都から本願寺の御用彫刻師
屯所和成さんの、「根付」の作品。「恵比寿様」や「獅子」などの細密
が派遣された。その彫刻師、前川三四郎が伝えた技が、宮
な細工に、ユーモアが漂う。
大工の中でも特に細かな装飾に長けている職人たちによっ
て、寺社の彫刻として発展したとされる。
とんしょ かずなり
村田佳彦さんの木彫作品。日常、何気なく目にする動物や野鳥を象った
シリーズ。
井波彫刻として特に名高い「欄間」は、障子や襖で仕切
られた和室の、明かり取りと通風口を兼ねた装飾。かつて
はこの、鴨居と天井の間に設置される欄間が入って初めて
家が完成すると言われ、日本家屋になくてはならないもの
だった。透かし彫りが、表と裏の両面から観賞できるように
なっている欄間を彫る際、木彫師は表面の図案だけを頼り
にバランスを考えながら、裏も彫り進めるという熟練の技を
要する。そこには井波の木彫の基本が全て凝縮していると
され、これができてこそ一人前と言われる。
まさじ
田中孝明さんが、師匠・前川正治さんの下での弟子時代
のことを語ってくれた。「意外に思われるかもしれませんが、
欄間など井波の彫刻は、親方が、形をざっくりと掘り出す『粗
落とし』をして、最後の仕上げは弟子にさせるんです」
。師
匠がしっかりと築いた土台に、弟子が技を重ねていく。先人
が残してきた伝統が新しい形としてまさに次世代へと受け継
い
ま
がれている、現在の井波が見えたような気がした。
(p.080)
上・明治~大正期の名工、初代・南部白雲による欄間「日本三景」。天
井近くに取り付けられる欄間には、下から仰ぎ見るよう計算された細工
ふくりん
が施される。枠から飛び出して立体的に彫られた「覆輪こぼし」と呼ば
れる部分が特に、木彫師の技の見せどころ。( 井波彫刻総合会館蔵 )
欄間の彫刻に取り組む、前川正治さん。
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[旅 ]
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J apanese tex t
2011年 秋/冬号 日本語編
ごちそう
t
デビッド・ブーレイ(ブーレイ)
NY シェフ、東北へ──
被災地・釜石に現れた世界一のレストラン
撮影=佐藤竜一郎、瀧上憲二 文=編集部
p.083
岩手県釜石市は、人口 4 万人弱、製鉄と漁業の町だ。3.11、
東日本を襲った津波はこの町に、死者・行方不明者数 1,180
フランスのポール・ボキューズ、ジョエル・ロブションに師事した後、NY
で独立。6 月に和食の店 brushstroke もオープンしたばかり。
クレイグ・コウケツ(フォース・ウォール・レストラン・グループ)
Park Avenue のエグゼクティブシェフとして注目され、現在 6 店舗を展開
する Fourth Wall Restaurants Group のパートナー。
人、家屋倒壊数 3,723 戸という被害をもたらした。愛する人
や家を一瞬で失った人々の悲しみの集積は簡単に文字にはで
ビル・テレパン(テレパン)
きない。東北沿岸の多くの町と同様、悲しい出来事がここで
ダニエルの元で働いた後、アッパーウェストの住宅街に自らの店をオープ
も起きたのだ。
ン。Zagat でベスト・ニューカマーに選ばれた。
震災から約 3 か月経った 7 月 3 日の日曜日。ニューヨーク
のスターシェフたち 9 人が釜石を訪れた。被災者をとってお
きの料理で元気づけるために。
(p.082-083)
ダニエル・ブールー(ダニエル)
おいしいものが人を幸せにする
p.087
「ニューヨークでチャリティをしてきましたが、集まったお金
ミシュラン三ツ星に輝くDaniel ほか 7 つの店を経営。米国料理人協会の
がどこに行くのかわからないし、被災した人々の顔が見えな
選ぶ「2011 年最優秀シェフ」
。今回のプロジェクトのリーダー。
い。そんな時この話が持ち上がった。私は食べ物や美味し
オノ・タダシ(祭り)
1980 年、日本からカリフォルニアに渡り、シェフ修業。La Caravella の主
任シェフを勤めた後、モダン日本料理の店 Matsuri をオープン。
いお料理は人を幸せにする力があると信じているのです」と、
シェフグループのリーダー、ダニエル・ブールー。
「レストラン」の場所は市内の陸上競技場。幅
50 メートル
にわたりテントが張られ、ケースに小皿の料理を取っていく
フランソア・パイヤール(フランソア・パイヤール・ベーカリー)
カフェテリアスタイルだ。各シェフが一皿ずつ担当し、すべ
ダニエルのオープンからパティシェとして活躍。1997 年に自らのショップ
て取れば 9 種類のフルコース。馴染みのある味付け、年配
Payard を NY にオープン。東京にも出店している。
パトリス・マルティノー(ピーター)
ザ・ペニンシュラ東京のレストラン、ピーターの料理長。ダニエルに 6
年間いたこともあり、今回は日本で会場や調理設備などの準備を進めた。
の人たちを考慮した食感など、食べる側へのさまざまな配慮
がなされた。
デビッド・ブーレイは、黒豚を酒と醤油で煮込み、味の決
め手は黒トリュフ。「Wakiya の脇屋友詞さんのアイディアを
もらいました」
フロイド・カルドス(ノースエンド・グリル)
味噌や酒粕を使ったのはビル・テレパン。「和食を料理す
インド・ボンベイ出身。NY のモダン・インド料理の店 Tabla で主任シェ
るのは初めて。でも和食は好きなので、味付けは馴染みの
フを務め、現在は有名店 North End Grill の主任シェフ。
マイケル・ロマーノ(ユニオン・スクエア・ホスピタリティ・グループ)
あるものです」
「日本のカレーを試食して、スパイスのレシピを一から作り
Union Square Cafe のパートナーかつシェフ。NY で高評価を受ける 13 の
ました」と、チキンカレーを作ったフロイド・カルドス。
レストランの経営に関わる。全米規模の数々の賞を受賞。
冷製スパゲッティにカラスミを使ったマイケル・ロマーノは
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Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ ごちそう ]
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「日本人の友人にアイディアをもらいました。ニューヨークで
話の発端は、5 月の中旬、旧知の間柄である、新日本製
試作して美味しくできたので喜んでもらえるはず」
。
鉄の執行役員の藤原真一氏と、エックスコール・エナジー・
スイーツ担当のフランソア・パイヤールは「卵やバターな
アンド・リソーセズの CEO、アーニー・スレイジャー氏のダ
どフランス料理で使うものは使わずに豆腐が中心です」
。
ニエルでのディナーの席だった。新日鉄の工場がある釜石
最終的な来場者はおそらく2000 人以上。用意した料理は
市を支援したいというのがアーニーさんの思いだったが、
約 1100 人分で、日本側スタッフは料理が足りないと冷や汗
シェフ・ダニエルも話に加わって今回のプランが持ち上がる。
をかいたが、シェフたちに動じた様子はない。量を調整し、
数日後、ダニエルは、食のイベントなどのコーディネーター
あるいはメニューを修正し、列に並んだ最後の一人まで食
であるコムカルチャーの瀧上妙子さんにイベントのヘッド
事を提供し、レストランと変わらない誠意と笑顔をもって釜
コーディネーターを依頼。瀧上さんが快諾し、実行が決まっ
石の人々に接した。日本語で「お待たせしました。おいしい
たのだ。エックスコールが全費用をもつことが決まった。
ですよ」と一人一人に皿を手渡す。
イベント 1 か月前にダニエルから声がかかったパトリス・
「これだけの人たちに料理を通して自分が何かをしてあげら
マルティノーは日本在住のシェフとして受入態勢を整える役
れるというのはとても幸せなこと。シェフであること自体幸せ
だ。「こんな大変なことになるとは思いませんでした。シェ
です」とクレイグ・コウケツ。
フたちが来日する際の細かい準備や手配、会場探しや下見
そのシェフたちの思いを釜石の人々も笑顔と感謝で受け止
で釜石にも通いつめて、この 2 週間は 1 日 24 時間フルに
めた。初めて食べる料理を手にした人々は「おいしい!」と
働いていたような感じです」
誰もが嬉しそうだ。思いもしなかったピクニック。平和な空
1000 人分の 9 種類の料理を厨房もない場所で料理する
気が満ちる。美味しい料理は本当に人に笑顔をもたらすの
のだ。食材は? 料理の準備はどこで?
だ。
シェフたちは東北の食材にこだわった。原発事故に伴う
「今日、
地球上で一番素晴らしいレストランはここです!(The
風評被害の渦中にある東北の生産者たちを、安全が証明さ
」
best restaurant on earth today is here!)
れている食材を自ら使うことで応援したい思いがあったから
このダニエルの言葉を皆が幸せな気分で聞いていた。
だ。
食材調達を担当したシェラトン・グランデ・トーキョーベイ・
ホテルの料飲部長・宮崎 敦さんがいう。
(p.087)
「最初ダニエルは東北、特に釜石の食材を使いたいと言っ
ノンアルコールのワインも会場で提供された。
てきましたが、釜石では無理。東北全体で見ても漁業のダ
メージが大きく水産物は不可能。野菜も流通がまだ混乱し
ていて、とにかく量が揃わない。それになにしろメニューが
届いてからイベント当日まで1か月しかなかった」
p.088
宮崎さんは奔走し、ビーフは東北の複数の県から、ウニ
「被災者のかたがたにほっとしていただきたい。ニューヨー
やホタテは生だけでなく冷凍ものも含めるなどし、安全が厳
クだけでなく世界中の人たちが頑張ってほしいと思っている
格にチェックされているもので、可能なかぎり食材と量を東
ことも伝えたい」と話すレストラン「祭り」のシェフ、
タダシ・
北から集めた。岩手・宮城の鶏もも肉、岩手のお米・ひと
オノは東京出身。イベントへの参加は願ってもないことだっ
めぼれ、青森のにんにく、りんご……。
た。
イベント前の二日間、料理の準備に厨房を提供したのは
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ ごちそう ]
28
シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル。量が量だ
けに厨房の尋常でない慌ただしさも予想されたが、準備初
日の午後 3 時頃に行ってみると既に厨房はゆったりとした雰
囲気。シェフたちをアシストしたのは、ザ・ペニンシュラ東京、
シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル、帝国ホテル
の本職シェフたち。彼らも NY シェフと同じ思いでこのプロジェ
クトに参加していた。
「私たちは、きょうのイベントが失われた命や財産の代わり
にはならないことを知っています。しかし、このイベントを
通して、釜石の皆様に一つのメッセージをお送りできたと信
じています。世界中の人々が皆様のことを忘れずにいること、
皆様のことを今も心配していること、そして、今まで通りの
日が取り戻せるまで世界は休まないだろうということを」
イベント終了後、アーニー・スレイジャーさんが家庭画報
国際版に寄せてくれたこのコメントの内容は、充分に釜石
の人々に伝わったと思える。
(p.088)
会場から離れた避難所からも、お年寄りでも来られるように 10 ルートの
バスが用意された。準備段階から加わった新日鉄、日鐵商事の社員に
加え、大阪市立大学の学生ボランティアたちがサポートに加わり、早朝
から慌ただしく準備を進めた。イベント終了後、シェフたちを乗せたバ
スは、沿岸の津波の被災地を訪れた。いまだ惨禍の後も生々しい現場
を厳粛な面持ちで見つめる。
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ ごちそう ]
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J apanese tex t
2011年 秋/冬号 日本語編
料理
和食の基本は、昆布と鰹節のだし
おだしを楽しむ料理
――和食の味の決め手はこれ
p.092
昆布とかつお節でとるだしは、和食の土台を作る。火加減
とタイミングにさえ注意すれば、この2つのシンプルな素材
料理=土井善晴 撮影=鍋島徳恭 スタイリング=綾部恵美子 から、うまみをたっぷり引き出すことができる。昆布に含ま
協力=関澤真紀子
れるグルタミン酸と、かつお節に含まれるイノシン酸が合わ
さると、相乗効果でうまみが数倍にもなるのだ。美味しいだ
p.090
かつお
しの秘訣は、良質の素材を使うこと。
昆布と鰹節を主とした素材から手軽にとれるだしは、和食の
江戸時代中期から、大阪には舟で北海道や東北から大量
基本、味の決め手です。この二つの素材を組み合わせると、
の昆布が運ばれてきた歴史があり、古くから昆布は大阪の
相乗効果でたっぷりとうまみのきいただしができます。だしを
味とされてきた。今でも、だしに使う真昆布の約 9 割が大
うまくとることができれば、味の土台がほぼできあがったよう
阪に入荷している。創業 100 年を超える「こんぶ 土居」は、
なもの。だしの繊細な風味に注目し始めた一部のフレンチの
大阪の下町風景が残る空堀 ( からほり ) の商店街に佇む。こ
シェフたちは、だしを独自の料理に取り入れ始めています。
こで扱われる昆布は、天然真昆布の中でも最高品質とされ
料理研究家、土井善晴さんから、おいしいだしのとり方と、
る函館・川汲浜産。洗練された甘みを含むだしが取れる。
だしを生かした温かい家庭料理を教えていただきました。
一方東京では、同じ江戸時代中期から、庶民が濃厚なか
つお節が入っただしを好むようになった。現在も多くの料理
人から厚い信頼を受けている老舗かつお節専門店「秋山商
(p.091 上 )
おしま
北海道の南、渡島半島近海でとれ、昆布の王様と称される天然真昆布。
店」(左の写真)は、東京・築地市場にある。「削り節は、
その最高銘柄「白口浜」の中でも別格なのがこの川汲浜の真昆布。香
鮮度が命」を信条に、毎日数種類、計 600 キロもの削りた
りよく、甘みのあるだしは絶品だ。
ての魚を店頭に並べている。和食の味の決め手は、薄く淡
しろくちはま
い桃色をした削りたてのかつお節だ。
(下)
①「特上削り節」は、血合い抜きのかつお節を使った最高級品(血合
■こんぶ 土居
いとは、魚の身の中央にある赤黒い部分)。透明で繊細なだしがとれる。
大阪市中央区谷間 7-6-38
②「かつお上削り節」は、血合い入り削り節の最上級品。上品な風味
Tel. 06-6761-3914
だが、血合い抜きよりこくの強いだしがとれる。
9:00 〜 18:00
③「混合削り節」は、かつおを多めに宗田がつお、むろあじ、さばを
日曜・祝日定休
混合している。汎用性が高く、家庭料理に適している。
毎月第2土曜日「日本一のだしのとり方教室」開催 要予約
い と が き
④「糸 賀喜」は、築地の秋山商店の初代が考案した業界初の糸がき。
白く美しいめじろまぐろの糸削りは、発売以来のヒット商品。
■秋山商店
⑤「本かつお削り節」は、こくのあるだしがとれ、煮物などに向く。
東京都中央区築地 4-14-16
築地場外東通り
Tel. 03-3541-2724
5:30 〜 13:30
日曜、祝日および市場が休みの日は定休。築地市場内に支店あり
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Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 料理 ]
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土井善晴 (どい・よしはる)
❺ 布巾に残った削り節は、絞らない。
日本の伝統食材を研究し、理にかなった美味しい家庭料理の作り方を雑
誌やテレビを通して伝えている。著書も多数。料理のテレビ番組では、
約 20 年間レギュラー講師を務めている。フランス料理と日本料理の修
業をしている。
(p.093)
●さわらの焼きびたし
鉢:辻村史郎
●家庭だし
昆布とかつお削り節をともに水から煮立て、うまみを強く引
き出した家庭だしは、味噌汁や煮物などの家庭料理の基本
●きざみうどん
磁器:山口利枝 作 暮らしのうつわ花田
となる。弱めの中火でゆっくりと琥珀色になるまで煮立てれ
●豆腐とわかめの味噌汁 ば、誰でも簡単に美味しいだしがとれる。
椀:角工房 作 ギャラリー日日
盆:赤木明登 作 ギャラリー日日
❶ 鍋に水5カップと昆布10㌢、かつお削り節20㌘を入
れる。昆布は乾いた布巾で表面の汚れを拭き取ってから使
う。
❷ 弱めの中火で時間をかけて沸騰させ、表面に浮いてくる
●湯豆腐
手前の皿:辻村史郎
土鍋:杉本寿樹 作 暮らしのうつわ花田
あくを丁寧にすくい取りながら、充分に煮立てる。
❸ 汁が澄んできたら火を止め、昆布を取り除く。堅く絞った
さらしの布巾をざるに広げ、汁を静かにこす。
p.094
❹ 最後に布巾をぎゅっと絞り、汁を完全にこし取る。
だしのハーモニーを楽しむ、あつあつ料理
複数の具材から出るだしが合わさると、思いも寄らぬおいし
●一番だし
一番だしは、昆布とかつお節を順番に、うまみだけを丁寧
に抽出したもの。家庭だしに比べ一手間かかるが、薫り高く
繊細で澄んだだしがとれる。
さが生まれることがある。ここでは、冬の旬味とうまみたっ
ぷりの素材を取り合わせた、ご馳走 4 点を紹介する。
(p.094-095)
●和風パエリア (家庭だしと、海老と貝の煮汁) 器クレジット 長谷製陶(イガモノ東京店)
❶ 水5カップに昆布10㌢を浸し、3時間以上おいて充分
にもどす。昆布は乾いた布巾で表面の汚れを拭き取ってか
●金目鯛の茶碗蒸し (白身魚の煮汁)
ら使う。
器クレジット 長谷製陶(イガモノ東京店)
❷ 鍋に①を移して弱めの中火にかける。昆布が浮いてきた
ら取り出す。
❸ 昆布だしが静かに煮立ったところにかつお削り節を入れ、
●塩鮭の鍋 (家庭だしと、塩鮭の煮汁)
器クレジット 奥の鉢(工藤和彦作):暮らしのうつわ 花田
レンゲ(谷口吏作):ギャラリー日日
すぐに火を止め、1 ~ 2 分おいて削り節が沈むのを待つ。
❹ 硬く絞ったさらしの布巾をざるに広げ、③を静かにこす。
●鶏と白菜鍋 (帆立貝柱、煮干、鳥の骨の煮汁)
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 料理 ]
31
昆布は、日本独自のだしの元
p.096
昆布だけでとっただしは控えめな味だが、料理する素材の
持ち味を生かしてくれる。乾物である昆布からうまみを引き
出すには、時間をかけて十分にもどすことが肝要。ここでは、
昆布だしを使った料理を2点紹介しよう。
●大豆昆布(昆布そのものを入れて煮含めたうまみたっぷりの豆)
p.097
レシピ
<特筆がない場合は、材料は全て4人分>
豆腐とわかめの味噌汁
木綿豆腐 … ……………………………………………… 2/3丁
わかめ(もどしたもの)… ……………………………… 60㌘
家庭だし … ………………………………………… 3 1/2カップ
●田楽 (昆布だしに漬けた豆腐や根菜類)
味噌 … …………………………………………………… 60㌘
●昆布だし
❶ わかめは食べやすく切る。豆腐はさいの目に切る。
昆布のみでとるシンプルなだし。良質な昆布を使えば、素
❷ 鍋に家庭出汁を入れて、中火で温め、豆腐を加える。
晴らしいうまみが出る。
❸ 豆腐が浮いてきたらわかめを加え、火を止めて味噌を溶
き入れる。再び中火にかけ、煮立ちかけたらすぐに火を止め、
❶ 昆布 10㌢は、乾いた布巾で表面の汚れを拭き取り、分
椀によそう。
量の水に3時間以上浸してもどす。
❷ 鍋に①を移し、中弱火で時間をかけて温める。
❸ 煮立ったらあくを除き、汁が澄んできたら火を止め、昆
きざみうどん
布を取り出す。
ゆでうどん ………………………………………………… 4玉
油揚げ … ………………………………………………… 2枚
青ねぎ(斜め切り)… …………………………………… 適量
うどんだし
昆布 … …………………………………………… 10㌢1枚
かつお削り節・さば削り節… ……………………… 各 20㌘
水 … ………………………………………………… 8 カップ
薄口醤油 … ………………………………………… 1/2カップ
みりん ………………………………………………… 1/4カップ
❶ 鍋にうどんだしの材料を入れて弱めの中火で煮立て、あ
くを取って布巾でこす。
❷ 油揚げは細切りにする。
❸ うどんを熱湯で温め、湯をきる。それを温めた丼に入れ、
油揚げと青ねぎをのせて、熱くしたうどんだしをかける。
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 料理 ]
32
さわらの焼きびたし
❶ 鍋に昆布を敷き、水をたっぷり注ぎ入れて、火にかける。
さわら(切り身)… ……………………………………… 4 切れ
❷ 別の鍋につけだしの材料を入れて弱めの中火で煮立て
塩 … ……………………………………………………… 適量
て、あくを取って布巾でこす。
酒 … …………………………………………………… 1/2カップ
❸ ①が沸騰したら、大きめのやっこに切った豆腐を入れる。
つゆ
温かいつけだしと薬味を添える。豆腐がゆらっとしたらすく
家庭だし……………………………………………… 3 カップ
い上げ、いただく。
かつお削り節 … ……………………………………… 10㌘
薄口醤油 … ……………………………………… 小さじ 1 弱
酒 … ………………………………………………… 大さじ 1
和風パエリア
菜の花 … ………………………………………………… 適量
米 … …………………………………………………… 2カップ
黄柚子の皮 … …………………………………………… 適量
頭付きの海老 … ………………………… 6 尾(1尾約 40㌘)
はまぐり(中 砂だしする)……………………………… 10 個
❶ さわらは皮に一本、身に一本串を打ち、両面に塩をふり、
鶏もも肉 … ……………………………………………… 150㌘
強火の遠火で焼く。9 分通り火が通ったら、酒を両面に回し
玉ねぎ … ………………………………………………… 100㌘
かけ、香ばしく仕上げる。
干ししいたけ(もどす)… ………………………………… 3 枚
❷ 菜の花は、塩ゆでにして水にとり、食べやすく切る。黄
干し海老 … ……………………………………………… 20㌘
柚子の皮はあられ切りにする。
山椒の実 … …………………………………………… 大さじ 2
❸ 鍋に家庭だしを入れて中火にかけ、沸騰直前にかつお削
せり … …………………………………………………… 1/3束
り節を加える。煮立ったら火を止め、布巾でこし、薄口醤油
家庭だし … ……………………………………… 洗い米と同量
と酒で調味する。
(洗い米とは、米を水で洗ってざるにあげ、1 時間ほどおい
❹ 器にさわらを盛って、③のだしをはり、菜の花を添えて、
たもの)
黄柚子を散らす。
醤油 … ………………………………………………… 大さじ 1
塩 … ……………………………………………………… 適量
サラダ油 … …………………………………………… 大さじ 2
湯豆腐
木綿豆腐 … …………………………………………… 3 ~ 4 丁
❶ 米は洗ってざるに上げ、1時間ほどおいて洗い米にする。
昆布 … …………………………………………… 15-20㌢1枚
❷ 海老は背わたを取り除く。鶏もも肉は一口大に切り、軽
つけだし
く塩をふる。玉ねぎは1㍉厚さの薄切りにし、干ししいたけ
昆布 … …………………………………………… 5㌢角1枚
は1㌢厚さに切り、干し海老は粗みじん切りにする。
かつお削り節 … ……………………………………… 10㌘
❸ 土鍋にサラダ油大さじ1を熱して海老を炒め、塩を軽く
水 … ………………………………………………… 1/2カップ
ふる。焼き色がついたらいったん取り出す。
醤油 … ……………………………………………… 1 カップ
❹ サラダ油大さじ1をたし、鶏肉、玉ねぎ、干しえびを炒
みりん ………………………………………………… 1/2カップ
める。火が通ったら家庭だしを注ぎいれ、海老をもどし、は
薬味 (刻みねぎ、おろししょうが)… ……………… 各適量
まぐり、干ししいたけ、山椒の実を加えて煮立てる。
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 料理 ]
33
❺ はまぐりの口が開いたら取り出し、洗い米と醤油を加えて
一口大に切る。
ひと混ぜし、ふたをして弱火で 12 分炊く。
❷ 金時にんじんとせりは、6 ~ 7㌢長さのせん切りにする。
❻ 炊き上がったら 10 分蒸らし、はまぐりをもどして、ざく切
❸ 塩鮭は食べやすい大きさに切る。
りにしたせりを散らす。
❹ 土鍋に家庭だしを入れ、塩鮭を加えて火にかける。煮立っ
たらあくを取り、えびいもを加えて温める。食べる直前にに
んじんとせりを加えてさっと火を通す。
金目鯛の茶碗蒸し
金目鯛(切り身)… ……………………………4 切れ(320㌘)
卵 … ……………………………………………………… 2個
鶏と白菜鍋
煮汁
<2人分>
酒・水 … ………………………………………… 各1カップ
鶏骨つき肉 … …………………………………………… 180㌘
薄口醤油・みりん ………………………………… 各大さじ2
白菜(芯の柔らかい部分)… …………………………… 適量
あさつき(小口切り)… ………………………ポン酢 各適量
煮汁
昆布 … ……………………………………………… 5㌢ 1 枚
❶ 金目鯛は、腹骨や小骨を取り除く。
煮干し … ………………………… 5 本(頭と腹わたを除く)
❷ 鍋に煮汁の材料を入れて中火で温め、①を加える。煮立っ
干し貝柱 … ……………………………………………… 2 個
たらあくを取り、弱火にして落としぶたをし、3~4分煮立
干ししいたけ(もどす)… ……………………………… 2 枚
てて火を止め、そのまま冷ます。
水 … ………………………………………………… 3 カップ
❸ 冷めたら魚を取り出し、器に入れる。
薄口醤油 … …………………………………………… 大さじ 1
❹ 卵を溶きほぐし、冷ました煮汁を2カップ分加えて混ぜ
合わせ、こす。
❶ 土鍋に鶏肉と煮汁の材料を入れて火にかける。煮立った
❺ ③に④を注ぎ入れ、蒸気の上がった蒸し器に入れ、ふた
らあくを取り、10 分ほど煮る。
を少しずらして中火強で 15-20 分蒸す。あさつきを散らし、
❷ 薄口醤油で調味し、白菜を加えて火を通す。
ポン酢を添える。
田楽
塩鮭の鍋
白田楽味噌
<2人分>
白味噌 … ……………………………………………… 250㌘
塩鮭(辛口)……………………………………………… 100㌘
酒 … ………………………………………………… 大さじ 3
えびいも … ………………………………………1 個(300㌘)
砂糖 … …………………………………………… 大さじ 1 1/2
金時にんじん … ………………………………………… 50㌘
昆布だし … ………………………………………… 1/2カップ
せり … …………………………………………………… 60㌘
卵黄 … ………………………………………………… 1 個分
家庭だし … …………………………………………… 3 カップ
里いも … …………………………………………………… 8 個
大根 … …………………………………………………… 1/3本
❶ えびいもは皮をむいて下ゆでし、水で洗ってぬめりを取り、
こんにゃく… ……………………………………………… 1/2枚
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 料理 ]
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焼き豆腐 … ………………………………………………… 1 丁
❷ 鍋に煮汁の材料を入れ、軽く温めて砂糖を溶かす。
長ねぎ(白い部分)… …………………………………… 2 本分
❸ 大豆を入れ、
そのまま一晩おく。浮いてきた豆は取り除く。
昆布 … ……………………………………………… 10㌢ 1 枚
❹ 昆布は 1㌢角に切る。
薬味 ❺ ③を強めの中火にかけ、煮立ったらあくを丁寧に除いて
青ねぎ
弱火にし、落としぶたと鍋ぶたをして豆が柔らかくなるまで
粗ずり白ごま
1時間ほど煮る。
七味唐辛子 … ……………………………………… 各適量
❻ 昆布を加えてざっと混ぜ、再び落としぶた、鍋ぶたをして、
煮汁が1/3の量になるまで弱火で 2 〜 3 時間煮含める。途中
❶ 白田楽味噌を作る。鍋に白味噌、酒、砂糖、昆布だしを
で何度か鍋返しをし、味をみて塩を加える。
入れて弱火にかけ、木べらでとろみが出るまで練り混ぜ、火
❼ 全体がふっくらと煮上がったら、そのままさまして味をな
を止めて卵黄を加え、手早く混ぜ合わせる。器に移し、粗
じませる。
熱を取る。
❷ 土鍋に昆布を入れてたっぷりの水を注ぎ、1時間ほどお
く。
❸ 里いもは六方むきにする。大根は皮をむいて半月切りに
し、面取りをする。それぞれの米のとぎ汁で柔らかくゆでる。
❹ こんにゃくは 1㌢厚さの手綱こんにゃくにし、下ゆでして
水にとる。
❺ 焼き豆腐は、食べやすい大きさに切り、長ねぎは 2㌢長
さに切る。
❻ ③〜⑤にそれぞれ串を打つ。
❼ ②を中火弱にかけ、沸いてきたら⑥を適宜入れ温めなが
らいただく。①を湯せんで温め、薬味とともに添える。
大豆昆布
大豆 … ……………………………………… 2 カップ(320㌘)
昆布 … …………………………………………………… 40㌘
煮汁 水 … ………………………………………………… 8 カップ
砂糖 … ………………………………………………… 80㌘
醤油 … ……………………………………………… 大さじ 3
塩 … ……………………………………………………… 適量
❶ 大豆は洗ってざるに上げ、水気をきる。
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 料理 ]
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J apanese tex t
2011年 秋/冬号 日本語編
美術館
で日本美術を展示するのは、主に本館だ。2 階は、縄文か
日本美発見
ら江戸まで時代を追いながら日本美術全体の流れが分かる
—75 人のキュレーターがお薦めする
秘蔵の美術品
仕組み。部屋ごとに、各時代背景に関する英語解説もあり、
短時間で日本美術の概要を掴める。ボランティアによる英語
撮影=鈴木一彦(P.098 ~ 101 と 104 人物・外観・空間、P.105 ~ 107
人物)構成・文=鈴木博美
p.098
歴史や文化、生活が強く反映されている日本美術作品には、
現代にまで脈々と受け継がれる日本の美意識や思想が秘めら
れている。日本美術の全貌を学べる美術館 21 軒を厳選。日
本美術のスペシャリストである館長や学芸員が、所蔵作品を
通して、日本美術鑑賞のコツを伝授してくれた。日本美術に
対する関心と理解を深めながら美術館を巡れば、そこにはた
だ見ているだけでは気が付かなかった、新しい美の世界が
待っている。
でのガイドツアーも月2回程催している。それに対し 1 階は、
彫刻、漆工、刀剣など分野別の展示がされており、興味の
ある分野をじっくりと鑑賞することができる。
日本の古美術品の特質として、作品の脆弱さがある。和
紙や絹に天然顔料を用いて描かれた絵画も、石ではなく木
を材にした仏像も、光や温湿度の変化など、環境からのダ
メージを受けやすい。それ故、一つの作品が常時出陳され
ることはない。例えば傷みやすい浮世絵は 4 週間、日本絵
画は 6 週間と、頻繁に展示替えが行われる。お目当ての作
品を見るためには時機を計らなくてはならないが、逆に訪
れるたびに前と違った作品に出会えるというのも「総合文化
展」の魅力だ。日本美術をより深く楽しむために、4 人の学
芸員に各専門分野での鑑賞のポイントをご指南いただいた。
(p.098)
■東京国立博物館 東京都台東区上野公園 13-9 Tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間/ 9 時 30 分~ 17 時(時期によって延長あり) 休館日/月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始
書— 書は線の芸術。読まずとも美は見出せます
www.tnm.jp
副館長・島谷弘幸
芸術であると同時に、文字としての実用性もある書の鑑賞
*注 1・国の指定を受けている作品について、作品名の前に国宝は●、
重要文化財は◎、重要美術品は○で示した。
*注 2・すべての美術館において、入館可能な時間は閉館時刻の 30 分
~ 1 時間前。訪問の際には要注意。
は、日本人でも難しいと感じることが多い分野。しかし、“ 読
めない ” ことをハードルにせず、まずは作品の前に立ちじっ
くりと線を眺めてみることで、美を見出すことができます。
書はいわば線の芸術。まずは全体のバランスを、そして近
くに寄り一文字が次の一文字へと呼応しながら繋がっている
筆線を鑑賞してみてください。「白氏詩巻」と「升色紙」は、
1
漢字と仮名と、文字の種類は違っていても、共に全体のバ
各分野のエキスパートが案内する
日本美術の味わい方
ランス、文字と文字との間合いの心地良さ、筆線の美しさ
p.100
1872 年に開館した日本最古の博物館である東京国立博物館
を備えた格調高い作品。ダイナミックな筆線の「三十六歌
仙帖」などは、華やかな料紙装飾も見所です。
は、日本を中心とした東洋諸地域の文化財を収蔵し、6 つ
上/●白氏詩巻 藤原行成筆 平安時代・寛仁 2 年 (1018) 2012 年
の建物で展示を行う日本最大の博物館である。
「総合文化展」
2 月 7 日~ 3 月 18 日本館 2 室 ( 国宝室 ) にて展示。下左/●升色紙 Copyright - Sekai Bunka Publishing Inc. All rights reserved.
Reproduction in whole or in part without permission is prohibited.
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 美術館 ]
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伝藤原行成筆 平安時代・11 世紀 8 月 9 日~ 9 月 19 日本館 3 室に
楓図屏風」「山野行楽図屏風」「木曽街道六十九次」は、時
て展示。下右/三十六歌仙帖 近衛信尹筆 安土桃山時代・17 世紀
世やモチーフ、作風は違っても、どれも日本人の遊びの心や、
9 月 27 日~ 11 月 6 日本館 8 室にて展示。
理想の光景をテーマにした作品。当時の人々のように自由
p.101
陶磁— 想像を広げると日本の美意識が見えてくる
学芸研究部長・伊藤嘉章
に絵の中に入り込んで遊んでみれば、日本絵画の新たな魅
力に気が付くはずです。
上/◎山野行楽図屏風 ( 左隻 ) 与謝蕪村筆 江戸時代・18 世紀 生活道具でありつつも機能の追求だけでない、モノの美し
2012 年 2 月 14 日~ 3 月 25 日本館 7 室にて展示。下右/●観楓図屏
さを愛でる日本人の心が伝わってくるのが陶磁。その心に触
風 ( 部分 ) 狩野秀頼筆 室町~安土桃山時代・16 世紀 11 月 15 日
れるためには、イメージを膨らませて鑑賞するのがおすす
~ 12 月 11 日本館 2 室 ( 国宝室 ) にて展示。下左/木曽街道六十九次
めです。例えば「旅枕花入」は、一見不均一で地味な印象。
宮ノ越 歌川広重筆 江戸時代・19 世紀 7 月 26 日~ 9 月 19 日(前
しかし、野花を活け室内に飾られている様子を思い描くと、
後期で全て入れ替え)本館 10 室にて展示。
そこには自然な野の世界を演出するために、歪みを好んだ
美意識を見ることができるのです。茶の湯の食事「懐石」
から生まれた「織部洲浜形手鉢」では、食材を盛った様子
を思い描いて見てください。「色絵月梅図茶壺」では、壺の
中にすっぽりと入ったつもりで、梅の樹下から月を見上げる
華やかな世界を堪能しましょう。作品から想像を広げること
で、日本の美意識をより強く感じられることでしょう。
彫刻— 仏像鑑賞を介して、いにしえの人々の祈りに触れる
東洋室長・浅見龍介
日本では近世までの彫刻のほとんどが仏像でした。祈りの
対象だった像を介して、いにしえの人々の思いに触れること
ができることが仏像の魅力です。「十二神将立像」は衣装や
ポーズが違う群像全てが動きや迫力に満ちた、彫刻的にも
上/織部洲浜形手鉢 美濃 江戸時代・17 世紀 蓑進氏寄贈 10 月
優れた作品。光を当てると輝く、日本独自の水晶製の目で
4 日~ 12 月 11 日本館 4 室にて展示。左上/旅枕花入 備前 江戸時代・
表現した現実感に富む表情もポイントです。仏像が多い分、
みのすすむ
17 世紀 広田松繁氏寄贈 10 月 4 日~ 12 月 11 日本館 4 室にて展示。
「伝源頼朝坐像」など俗人の古い肖像彫刻は稀少な存在と
左下/◎色絵月梅図茶壺 野々村仁清 江戸時代・17 世紀 8 月 30
いえます。収蔵する彫刻の中でとりわけ貴重といえるのが、
日~ 2012 年 2 月 12 日本館 13 室にて展示。
法隆寺伝来の「伎楽面」
。1300 年以上の時を人の手によっ
て継がれてきた、現存する日本最古の面です。面を傷めぬ
絵画—
よう一切移動させず、収蔵している部屋を年に 3 回のみ公
絵の中に自由に入り込んで遊ぶ
開しています。
絵画彫刻室長・田沢裕賀
日本絵画は時代背景と強い結びつきを持っています。幅広
中央/◎伎楽面 酔胡従 飛鳥時代・7 世紀 11 月 8 日~ 12 月 4 日法
いコレクションを生かした「総合文化展」の時代順展示では、
隆寺宝物館 3 室にて展示。右/◎十二神将立像 ( 伝浄瑠璃寺伝来 ) 貴族文化が花開いた平安の大和絵、僧や文化人が中心と
鎌倉時代・13 世紀 7 月 12 日~ 10 月 2 日本館 14 室にて展示。左/
なった中世水墨画、戦国の世に御用絵師が描いた障壁画や
屏風、江戸庶民が愛した浮世絵など、時流と絵画の関係性
◎伝源頼朝坐像 鎌倉時代・13 ~ 14 世紀 9 月 2 日~ 12 月 11 日本館
3 室にて展示。
を知ることができます。かつて絵画は暮らしと密接な関係に
あり、人々の心情と共感できるものが求められました。「観
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 美術館 ]
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11 ● 秋冬山水図「山水図の水墨表現を極めた逸品です」楊鋭/ 学芸企画部企画課 国際交流室 2012 年 1 月 2 日~ 2 月 5 日
日本最大のコレクションから
日本美術の全貌を知る
12
p.102
国宝 87 件、重要文化財 631 件を含む、11 万件を超えるコ
レクションの中でも、どれを見るべきか。東京国立博物館の
学芸部に在籍する 77 名の内 55 名から、一番お気に入りの
1 点を教えていただいた。作品を守り伝え、研究し、展示公
開することを通して日々日本美術に向き合う彼らだからこそ、
各作品が持つ魅力を熟知。選ばれたのは、日本美術を知る
ために見ておきたい作品ばかりだ。多くの作品の画像をホー
色絵牡丹唐草文大皿「力強いところ」今井敦/学芸企画部博物
館教育課長 11 月 20 日まで、及び 2012 年 2 月 14 日~ 5 月 6 日
13 ○ 猪形土製品「愛らしい」藤田千織/学芸企画部博物館教育課 教育普及室 研究員
14
黒麻地石垣紅葉氷文字模様帷子「今見てもスタイリッシュ」 川岸瀬里/学芸企画部博物館教育課 教育普及室
15 ◎ 聖母像(親指のマリア)「自分で展示をしてみて、その美しさに
改めて感動したから」神辺知加/学芸企画部博物館教育課 教育講座室 主任研究員
16 ◎ 本館の屋根の鬼瓦「博物館を災害から守り、皆を歓迎する屋根
の上のガードマン的存在」鈴木みどり/学芸企画部博物館教育
課 ボランティア室長 ミュージアム・エデュケーター ムページで公開しており、展示情報も確認できる。
17
火焔土器「レプリカでは表現できない生き生きとした表現が好き
です」田島夕美子/学芸企画部博物館教育課 ボランティア室
11 月 6 日まで展示中
作品画像はすべて東京国立博物館所蔵 展示期間が記載されていない作品は、現在展示予定なし
18 ● 古今和歌集(元永本)「字と料紙がきれい」髙橋裕次/ 学芸企画部博物館情報課長 書
指定 好きな所蔵品「好きな理由」
名前/所属 • 役職 専門 展示期間
1 ● 古今和歌集(元永本)「書と料紙・文字のコラボが見事」 島谷 弘幸/副館長 研究調整役
2 ◎ 龍螺鈿盆「文様の素晴らしさ」松本伸之/学芸企画部長 東洋美術史
3 ● 銅鐸「洗練された弥生の美」井上洋一/学芸企画部企画課長
学芸研究部調査研究課考古室長 2012 年 5 月 27 日まで展示中
4 ● 納涼図「涼風を感じられる画面」松嶋雅人/学芸企画部企画課
特別展室長 日本絵画
5 ● 松林図屏風「この絵の前に立つと時間を忘れます」横山梓/ 学芸企画部企画課 特別展室 研究員 日本陶磁
6 ◎ 洛中洛外図屏風(舟木本)「画中に旅している気分になれる」 19 ● 納涼図「親子水入らずの様子に癒されます」村田良二/ 学芸企画部博物館情報課 情報管理室長 博物館情報学
20 ◎ 褐釉蟹貼付台付鉢「焼きものとは思えないカニのリアルさ」 佐藤祐介/学芸企画部博物館情報課 情報管理室
21
学芸企画部博物館情報課 情報資料室長
22
自在蛇置物「巳年生まれ(1965)なので」木下史青/ 学芸企画部企画課 デザイン室長 展示デザイナー
8
表慶館「美しい建築だから」矢野賀一/学芸企画部企画課 デザイン室 主任研究員 展示デザイナー
9
見返り美人図「シンプルだから」勝沼早苗/学芸企画部企画課
デザイン室
10 ● 鷹見泉石像「まなざし」遠藤楽子/学芸企画部企画課 国際交流室 研究員
白狐「日本の森の美しさがあるから」小林牧/学芸企画部 広報室長
23
火焔土器「かっこ良いから」飛川玲奈/学芸企画部 広報室
24 ◎ 風神雷神図屏風「圧巻のデザイン力」小島佳/学芸企画部 広報室
25
髙木結美/学芸企画部企画課 特別展室
7
菩薩立像「異国の神を敬う気持ちにあふれる」鷲塚麻季/ 行書虹県詩巻「最晩年の奥深さ」富田淳/学芸研究部列品管理
課 課長
26 ● 埴輪 挂甲の武人「日本列島で育まれた造詣の素晴らしさ」 古谷毅/学芸研究部列品管理課 主任研究員 日本考古学 2012 年 6 月 10 日まで展示中
27 ● 竹斎読書図「とても繊細なところ」救仁郷秀明/学芸研究部列
品管理課 登録室長 日本絵画担当学芸員 9 月 19 日まで展示中
28
太刀 銘 安綱(名物 童子切安綱)
「物質がもつなにかを、職人の
技が露わにしている良い例である」河内晋平/学芸研究部列品
管理課 登録室
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 美術館 ]
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29 ◎ 小袖 白綾地秋草模様「美しい」佐々木佳美/学芸研究部列品管
47 ◎ 洞山渡水図「修理した作品だから」荒木臣紀/学芸研究部保存
理課 登録室 日本染織史 10 月 24 日まで展示中
30
黒曜石の石鏃「透きとおって美しい」及川穣/学芸研究部列品
管理課 登録室 考古学
31 ◎ 遮光器土偶「太古の営みを感じる為」井出浩正/学芸研究部列
修復課 環境保存室主任研究員
48 ◎ 青磁茶碗 銘馬蝗絆「修理したものに価値が付加されたこと」 土屋裕子/学芸研究部保存修復課 保存修復室主任研究員
49
品管理課 登録室
32
旧儀式図画帖「昔の宮廷生活がいきいきと描かれているから」
猪熊兼樹/学芸研究部列品管理課 貸与特別観覧室 主任研究員
工芸史
33 ● 松林図屏風「大好きな祖母が大好きなので」三輪紫都香/ 学芸研究部列品管理課 登録室
34 ◎ 釈迦涅槃図(平安時代)「まつげが素敵だから」安藤香織/ 学芸研究部列品管理課 登録室
35 ● 孔雀明王像「胸のざくろが赤く輝いているから」瀨谷愛/ 学芸研究部列品管理課 平常展調整室 研究員 日本絵画
36 ◎ 伊能忠敬の測量図「地図もアートです」田良島哲/学芸研究部
調査研究課長
土偶「力強さと親しみやすさ」川村佳男/学芸研究部保存修復
課 保存修復室研究員 東洋考古
50 ◎ 夏秋草図屏風「構図、風をも感じる空間」鈴木晴彦/学芸研究
部保存修復課 保存修復室 保存修理技術者
51
平家納経 ( 模本 )「精巧さと美しさに感動した」米倉乙世/学芸
研究部保存修復課 保存修復室 保存修理技術者
52 ● 孔雀明王像「美しい」沖本明子/学芸研究部保存修復課 保存修復室 修理技術者(東洋絵画)
53 ◎ 青磁茶碗 銘馬蝗絆「修理も含めて美しい」北川美穂/学芸研究
部保存修復課 保存修復室 保存修理技術者 54 ◎ 埴輪 猿「簡潔ながらすぐれた芸術性」望月幹夫/特任研究員
日本考古
55
東海道五十三次「少しホッとする」後藤健/特任研究員
37 ◎ 洛中洛外図屏風(舟木本)「絵の中の人が生きている」 田沢裕賀/学芸研究部調査研究課 絵画・彫刻室長 日本絵画
担当学芸員
38 ● 観楓図屏風「楽しさと怪しさが共存しているから」金井裕子/ 学芸研究部調査研究課 11 月 15 日~ 12 月 11 日
日本で初めての日本画専門美術館
p.104
39 ◎ 山野行楽図「繊細で柔らかな空気」大橋美織/学芸研究部調査
研究課 絵画・彫刻室任期付研究員 2012 年 2 月 14 日~ 3 月
25 日
山種美術館
40 ● 白氏詩巻「こんな字を書きたい」恵美千鶴子/学芸研究部調査
研究課 書跡・歴史室 2012 年 2 月 7 日~ 3 月 18 日
明治から現代までの日本画を主軸に約 1800 点を所蔵する
41 ◎ 男山蒔絵硯箱「蒔絵の美しさが凝縮されているから」 竹内奈美子/学芸研究部調査研究課 工芸室長 ~ 11 月 20 日まで展示中
らテーマを決めて年 6 ~ 7 回の企画展を開催しています。
42
作家と直接交流を重ねる中で蒐集された作品が中核をなす
43
茨城県筑西市女方遺跡出土 人面付壺型土器「顔の表現がある
蔵骨器だから」品川欣也/学芸研究部調査研究課 考古室研究
員 日本考古
装飾付須恵器「人や馬の小像が愛らしい」山田俊輔/学芸研究
部調査研究課 考古室研究員
44 ◎ 熱国之巻「熱帯の開放的な雰囲気が感じられる」浅見龍介/ 学芸研究部調査研究課 東洋室長
45 ● 紅白芙蓉図「中国絵画ですが、日本にしかない日本人が愛した
中国絵画の神品なので」塚本麿充/学芸研究部調査研究課 東洋室研究員 中国絵画史
46 ● 檜図屏風「大胆かつ豪壮」神庭信幸/学芸研究部保存修復課長
館長・山﨑妙子
山種美術館は、日本初の日本画専門美術館。様々な角度か
創立者・山﨑種二の「絵は人柄である」という理念のもと、
のがコレクションの特徴。今年は、創立 45 周年という節目
を記念する特別展を開催。所蔵作品の中でも代表的な名品
約 80 点を、前期・後期で全作品を入れ替えて一挙公開す
る類稀な機会となります。 日本が開国した明治時代以降、美術界にも西洋の情報が
流入しました。日本の画家たちは西洋絵画の技法や思想に
影響を受け、様々な新たな表現を生み出します。私は、そ
こに近代日本画の面白味があると感じます。例えば、村上
華岳の「裸婦図」はダヴィンチの「モナリザ」やインドの
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女神を想起させつつも、端正な線描は日本の仏画の技法に
所蔵しています。年 6 回開催される企画展のうち、約半分が
則っています。奥村土牛の「醍醐」にみられるような色彩で
絵画、残りが日本や中国の陶磁の展示です。中でも注目し
画面を構成するアプローチは、土牛が敬愛したセザンヌの存
たいのが、毎年 2 回企画している『日本の美・発見シリーズ』
。
在を感じさせます。その他、かつて幻の画家と称された天才
絵とかけ離れた生活をしている現代人にむけ、日本美術の楽
画家・速水御舟の最高傑作「炎舞」(重要文化財)や、日本・
しみ方を再発見してもらいたいと意図した、所蔵品を中心と
西洋・東洋の伝統と真正面から向き合い自身の造形に昇華
した展覧会です。今秋の展示作品でおすすめなのが、屏風
させた竹内栖鳳の「班猫」(重要文化財)なども、近代日本
という形を活用した視覚のトリック満載の「十二ヵ月離合山
美術の歴史を辿る上でも重要な作品です。美術館では、不
水図屏風」
。一幅が独立した山水図でありながら、全体を通
定期で英語と仏語によるガイドツアーを催しています。
しても一つの壮大な景観として見ることができる趣向となっ
ています。近くに寄って見てみれば、色の点描だけで光のき
上/◎炎舞 速水御舟 大正 14(1925)年 絹本彩色。「山種美術館
45 周年記念特別展 ザ・ベスト・オブ・山種コレクション」後期 2012
年 1 月 3 日~ 2 月 5 日に展示。
らめきを表す、新印象派を先取りしたかのような画技も見事
です。「松に鴉・柳に白鷺図屏風」は、親子愛をテーマにし
た、心の琴線に触れるような情感を感じられる作品です。
左上/◎班猫 竹内栖鳳 大正 13(1924)年 絹本彩色。左下/裸婦
図 村上華岳 大正 9(1920)年 絹本彩色。上/醍醐 奥村土牛 昭和
最上/◎十二ヵ月離合山水図屏風(右隻) 池大雅 明和6年(1769)
47(1972)年 紙本彩色。すべて、
「山種美術館 45 周年記念特別展 ザ・
「日本の美・発見Ⅴ 大雅・蕪村・玉堂と仙厓―笑いの心」9 月 10
ベスト・オブ・山種コレクション」にて展示(班猫と裸婦図は前期 11
日~ 10 月 23 日にて展示。上から 2 番目/絵唐津丸十文茶碗 古唐津
月 12 日~ 12 月 25 日、醍醐は後期 2012 年 1 月 3 日~ 2 月 5 日に展示)。
桃山時代(16 世紀末~ 17 世紀初)。上/松に鴉・柳に白鷺図屏風(右
隻) 長谷川等伯 桃山時代 「日本の美・発見Ⅵ 長谷川等伯と狩野
派」10 月 29 日~ 12 月 18 日 にて展示。右/指月布袋画賛 仙厓 ■山種美術館
東京都渋谷区広尾 3-12-36 Tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
江戸時代 出光美術館門司で開催の「仙厓―禅とユーモア」9 月 9 日
開館時間/ 10 時~ 17 時 ~ 10 月 30 日にて展示。
休館日/月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始および展示替え期間
■出光美術館
www.yamatane-museum.jp
東京都千代田区丸の内 3-1-1 帝劇ビル 9 階 Tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間/ 10 時~ 17 時(金曜は 19 時まで)
見過ごしていた絵画の楽しみ方を再発見する
p.105
出光美術館
休館日/月曜(祝日の場合を除く)、年末年始および展示替え期間
www.idemitsu.co.jp/museum
やつなみ
学芸課長代理・八 波浩一
「美術品は人の芸術作品であり、そこには日本人として独創
と美がなくてはならない」と語っていたという美術館創設者・
出光佐三。出光美術館では、19 歳で購入したコレクション
第一号の「指月布袋画賛」をはじめ、日本一の古唐津コレ
自然と人との親和性を物語る花鳥画
根津美術館
学芸主任・野口剛
クションなど、出光氏が 70 年余りの歳月をかけて蒐集したも
洗練されたモダンな建物の中の 6 つの展示室で、工芸や仏
のを中心とする、国宝 2 件を含む 1 万件ものコレクションを
教美術など多岐にわたる質の高い作品を鑑賞できるのが根
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津美術館です。7 件所蔵する国宝の中でも、館の代表作品
といえるのが「燕子図屏風」。四季折々の動植物をモチーフ
上/◎泰西王侯騎馬図屏風 桃山時代(17 世紀初) 「南蛮美術の光と
にした絵画は “ 花鳥画 ” と呼ばれ、古くから盛んに描かれた
影」10 月 26 日~ 12 月 4 日にて展示。左/藍色チロリ 江戸中期 18
ジャンルです。一方「春日社寺曼荼羅」には、自然に神が
宿るという日本古来の思想と仏教が融合した、独特の造形
世紀 8 月 10 日~ 10 月 10 日「あこがれのヴェネチアン・グラス」に
て展示。
美を見ることができます。自然を愛し大切にしてきた日本人
■サントリー美術館
の心を、作品鑑賞と、都会のオアシスと言われる日本庭園
東京都港区赤坂 9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア 3 階 の散策で感じてみてください。
Tel. 03-3479-8600
開館時間/ 10 時~ 18 時(金・土曜は 20 時まで)
上/●燕子図屏風(右隻) 尾形光琳筆 江戸時代(18 世紀)根津美
休館日/火曜(祝日の場合を除く)、1 月 1 日および展示替え期間
術館蔵 「KORIN 展―国宝『燕子花図』とメトロポリタン美術館所蔵『八
http://suntory.jp/sma
橋図』
」2012 年 4 月 21 日~ 5 月 20 日にて展示。左/春日社寺曼荼羅(部
分) 南北朝時代(14 世紀)根津美術館蔵 「春日の風景―麗しき聖地
のイメージ」10 月 8 日~ 11 月 6 日にて展示。
緻密な職人技に圧倒される蒔絵の世界
■根津美術館 東京都港区南青山 6-5-1 Tel. 03-3400-2536
開館時間/ 10 時~ 17 時 休館日/月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始および展示替え期間
www.nezu-muse.or.jp
三井記念美術館
学芸員・小林裕子
三井記念美術館では、三井家の上層階級の社交や生活の中
で、300 年以上にわたり収集された文化財を収蔵していま
す。三井家は、特に京都の工芸を積極的に庇護。象彦の漆
器もその一つです。金銀煌く豪華さは一瞥で感じられます
日本人の暮らしと親密な美しいものを収集
サントリー美術館
学芸部長・石田佳也
が、多彩な技法や材料をじっくり観察すると、そこには新た
な驚きがあります。単眼鏡を持参して間近に見れば、圧倒
されるほどに細密な美しい世界に気付くことでしょう。また、
重要文化財の 54 点の能面も見逃せない作品です。神仏の
“ 生活の中の美 ” を理念にした古美術工芸を収集し、現在の
世界と人の世界を往来するストーリーの中で使われる能面
所蔵品は 3000 件以上。以前はあまり人気の無かったガラス
は、日本人が考える神々の姿が造形化されたもの。日本人
に、いち早く美的価値を見出したのもサントリー美術館でし
の精神性が最も込められた彫刻の一つといえます。
た。絵画であると同時に生活調度品でもある屏風が、バラ
エティ豊かに揃っているのもコレクションの特徴です。「泰
上/唐花唐草蒔絵経箱 象彦 ( 西村彦兵衛 ) 製 明治~昭和初期 「華
西王侯騎馬図屏風」は桃山時代に花開いた南蛮美術の代表
麗なる〈京蒔絵〉―三井家と象彦漆器―」9 月 17 日~ 11 月 13 日にて
作で文化的意義も高い作品です。屏風は、広げると自立し
展示。左上/◎孫次郎(ヲモカゲ) 伝孫次郎作 室町時代 「三井家
て間仕切りや視線除けに。閉じれば一人で抱えて運べる程
コンパクトになり、絵を守る役割も果たすフレキシブルな存
伝来 能面と能装束―神と幽玄のかたち―」11 月 23 日~ 2012 年 1 月
28 日にて展示。
在。たった一隻でガラリと場の雰囲気を変えてしまう、屏風
■三井記念美術館
ならではの世界観を体感してみてください。
東京都中央区日本橋室町 2-1-1 三井本館 7 階 Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 美術館 ]
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Tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
に日本で初めて作られた磁器である伊万里焼のコレクション
開館時間/ 10 時~ 17 時 が充実しており、日本人の食文化と直結した美しい器の数々
休館日/月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始および展示替え期間等
www.mitsui-museum.jp
を鑑賞することができます。一点一点をじっくり見てみると、
描き込みの丁寧さや細かさに、そして器形・色・模様のバ
ラエティの豊かさに驚かされることでしょう。中でも、将軍
や幕府への献上品として作られた鍋島焼は、最高の技術と
専門美術館ならではの幅広い浮世絵コレクション
p.107
太田記念美術館
学芸員・赤木美智
浮世絵専門美術館として 12000 点以上の作品を所蔵。毎月
材料を用いた作品。隅々にまで神経が行き届いている完成
度の高さと、斬新なデザイン性が見所です。不定期で英語・
仏語・中国語によるガイドツアーを催しています。
左/染付 魚形皿 伊万里 江戸時代(17 世紀中期) 「伊万里の技と粋
全ての作品を替え、多彩なテーマで展覧会を催しています。
―古伊万里で学ぶ焼物のいろは」7 月 3 日~ 9 月 25 日にて展示。右下
ここでは、誰もが知る人気絵師の名品ばかりでなく、玄人好
/色絵 牡丹文 瓶 伊万里 江戸時代(17 世紀中期) 「海を渡った伊万
みの作品までお楽しみいただけます。浮世絵は木版画と、
「吉
里焼展―鎖国時代の貿易陶磁」10 月 2 日~ 12 月 23 日にて展示。左下
原格子先の図」などの肉筆画に分けられます。貴重な肉筆
画が充実しているのも、館の特色です。「王子不動之滝」は、
江戸のパワースポットを描いた木版風景画。滝の両側の均
/色絵 壽字宝尽文 八角皿 鍋島 江戸時代(17 世紀末~ 18 世紀初) 「祝福のうつわ―伊万里・鍋島名品選」2012 年 1 月 4 日~ 3 月 25 日に
て展示。
等なぼかしに、高度な刷りの技術が見られる作品です。ふ
■戸栗美術館
んどしで滝に入ってゆく姿など、江戸の人々の営みが伺える
東京都渋谷区松涛 1-11-3 Tel. 03-3465-0070 のも浮世絵の楽しみです。
開館時間/ 10 時~ 17 時 休館日/月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始および展示替え期間
右/名所江戸百景 王子不動之滝 歌川広重 安政 4 年 (1857) 「江
www.toguri-museum.or.jp
戸のパワースポット」9 月 1 日~ 9 月 25 日にて展示。上/吉原格子先
の図 葛飾応為 文政~安政(1818 ~ 1860)頃。
■太田記念美術館
東京都渋谷区神宮前 1-10-10 Tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間/ 10 時 30 分~ 17 時 30 分 休館日/月曜(祝日の場合は翌日)、毎月末の展示替え期間、年末年始
www.ukiyoe-ota-muse.jp
王朝文化に端を発する琳派の美意識に触れる
MOA美術館
学芸員・尾西勇
MOA 美術館は、絵画、彫刻、工芸など多分野にわたる東
洋古美術の優品を所蔵しています。中でも人気が高いのが、
王朝文化に端を発する琳派のコレクションです。毎年、梅
花咲く2 月頃だけ展示する
「紅白梅図屏風」は館の代表作品。
焼き物を学べる陶磁器専門美術館
戸栗美術館
学芸員・杉谷香代子
東洋陶磁約 7000 点を所蔵する戸栗美術館では、江戸時代
重厚なリズム感と装飾性は光琳画業の集大成といわれ、日
本美術の最高傑作の一つとも評される作品です。今秋には、
源氏物語に取材した「秋好中宮図」などをはじめとする、
所蔵琳派作品の展覧会も開催します。国宝指定されている
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国産陶磁の中でも、華やかな野々村仁清作「色絵藤花文茶
思うようになりました。つまり、食わず嫌いにならず、フラッ
壺」も常時展示。太平洋を望む雄大な景色や、庭園散策も
トかつ自分なりの目線で楽しめばいい。力のある作品に触
お楽しみいただけます。
れれば、たとえ予備知識がなくても作品の良さは伝わってく
るはずです。まずは、自分のお気に入りの一点を見つけて
右上/●紅白梅図屏風 尾形光琳 江戸時代(18 世紀)。左上/◎秋
みて下さい。
好中宮図 尾形光琳 江戸時代(18 世紀) 「所蔵琳派展 光悦・光琳・
乾山・抱一」10 月 14 日~ 11 月 16 日にて展示。
上/◎豊公吉野花見図屏風 ( 左隻 ) 桃山時代 ~ 9 月 25 日「細見美
術館アートキャンパス 2011」にて展示。右/◎金銅春日神鹿御正体 ■ MOA 美術館
南北朝時代(14 世紀) ~ 9 月 25 日「細見美術館アートキャンパス
静岡県熱海市桃山町 26-2 Tel. 0557-84-2511 2011」にて展示。下/雪中雄鶏図 伊藤若冲 江戸中期。右下/桜に
開館時間/ 9 時 30 分~ 16 時 30 分
小禽図 酒井抱一 江戸後期。*常設展はなく、掲載作品は常には観
休館日/木曜(祝日の場合は開館)、年末年始
覧できません。
www.moaart.or.jp
■細見美術館
京都市左京区岡崎最勝寺町 6-3 Tel. 075-752-5555 美術の楽しみ方は、西洋も日本も現代も同じです
p.108
細見美術館
開館時間/ 10 時~ 6 時 休館日/月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始および展示替え期間
www.emuseum.or.jp
館長・細見良行
細見美術館のコレクションは、時に日本美術の教科書と称さ
れるように、日本の美術工芸のほとんどの分野と時代を網羅
しているのが特徴です。「金銅春日神鹿御正体」などの平安
から南北朝時代の仏教美術や神道美術、室町時代の水墨画
雄大な自然と美しい芸術に心洗われる
p.109
MIHO MUSEUM
学芸部長・片山寛明
や工芸、「豊公吉野花見図屏風」をはじめとする桃山時代
茶道具、仏教美術、工芸などの日本美術から世界の古代美
の華麗な屏風や茶道具。中でも人気が高いのが江戸絵画で
術まで約 2000 点を所蔵。日本美術作品は、主に企画展で
す。「雪中雄鶏図」は、今注目の伊藤若冲の作品。作品で
展示しています。今秋は、仏教、神道美術の宝庫と呼ばれ
生計を立てる必要がなかった若冲の作品は、時間と高価な
る近江に位置する土地柄を活かし、近江伝来の仏像や仏画、
絵具を惜しげなく使い、思うままに描いているところも魅力
工芸を中心とした展覧会を開催。通常お堂の中に祀られて
のひとつです。「桜に小禽図」などの琳派作品は、江戸時
いる神仏が会する類稀な機会となります。日本の仏教美術
代の鎖国が生んだ、日本人にしか描けない、日本人の深層
だけでなく、ガンダーラなどの古代仏教美術も鑑賞できるの
心理にある美意識の世界。そのため欧米のコレクターにも
も、東西文化を併せたコレクションが揃う MIHO MUSEUM
人気が高いのでしょう。私は、学生時代に訪れた米国の美
ならではの特徴と言えるでしょう。壮大な自然に抱かれた桃
術館で、真っ暗な空間に仏像が浮かび上がり、屏風が露出
源郷をイメージして作られた心地よい空間で美に触れ、心
展示されている様子を見て、日本では気が付かなかった日
洗われる時を過ごしてください。
本の古美術の繊細さを感じたことがあります。その頃から、
西洋も日本も現代も、美術の見方や楽しみ方は同じだと強く
右/◎持国天立像 平安時代末期~鎌倉時代初期(12 世紀)。 上/
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舎利容器 中央アジア・ガンダーラ 紀元前 1 世紀。2 点共に、「神仏
います近江―天台仏教への道」9 月 3 日~ 12 月 11 日にて展示。
日本の美意識と思想を伝える楽焼
樂美術館
らくきちざえもん
館長・十五代樂吉左衛門
■ MIHO MUSEUM
滋賀県甲賀市信楽町田代桃谷 300 Tel. 0748-82-3411
樂美術館は、樂焼窯元の樂家 4 50 年以上にわたる歴史の
開館時間/ 10 時~ 17 時 中で、樂家歴代が次代の参考にと残した茶道工芸美術品を
休館日/春夏秋の季節開館中は月曜、冬季は休館
収蔵しています。写真は、内在する美的要素が対極的な位
www.miho.or.jp
置に存在している、初代の代表作。獅子像は激しい動きと
力強い量感に満ち、一方茶碗は全ての表層の装飾を捨象す
る方向で造形を成立させ、静かな存在感のみが現前してい
茶道具の取り合わせで季節感を味わう
野村美術館
学芸員・奥村厚子
茶の湯と能楽に深く傾倒した実業家、二代目野村徳七の蒐
集した作品を所蔵し、お茶に関わる展覧会を多く開催してい
ます。今秋は、“ 秋の取り合わせ ” をテーマに企画展を開催。
ます。日本の茶碗はただの容器ではなく、人生を語り、自
然との関わりを暗示し、深い思想と心の融和を実現させるも
の。月に1回、手で触れる鑑賞会も催しているので、ぜひ
自らの身体を通して新しい世界を体験してみてください。茶
碗はまさに掌の中の宇宙なのですから。
下/黒樂茶碗 銘「面影」 初代長次郎 16 世紀 9 月 4 日~ 12 月
緩やかなウェーブを描く薄作りの口に高度な技が見られる菊
23 日「樂と永楽そして仁清~京の陶家「侘と雅」の系譜」にて展示予定。
花文様の水指や、螺鈿でキリギリスを描いた香合など、秋
左/◎二彩獅子 初代長次郎 1574 年
をモチーフにした茶道具の数々を展示。美しい作品から、
四季折々の移ろいを愛でてきた日本人の繊細な感受性を感
じられることでしょう。一口に茶道具といっても、種類はさま
ざま。茶室を模した展示スペースや、抹茶を頂ける立礼席
では、道具を本来あるべき位置に配置し、どのように飾り使
■樂美術館
京都府京都市上京区油小路通一条下る Tel. 075-414-0304
開館時間/ 10 時~ 16 時 30 分
休館日/月曜(祝日の場合を除く)、展示替え期間
www.raku-yaki.or.jp/museum/
われるのかを知ることもできます。
左/色絵菊花紋水指 野々村仁清 江戸時代 17 世紀。下/蛩香合 原羊遊斎作 江戸時代 19 世紀。2 点共に「秋季展 錦秋のころ」9 月
3 日~ 12 月 4 日の内、前期~ 10 月 16 日に展示
100 点以上の仏教彫刻を常設で展示
p.110
奈良国立博物館
学芸部企画室長・稲本泰生
■野村美術館
京都府京都市南禅寺下河原町 61 Tel. 075-751-0374
仏教が伝来した中心地であった地域性を反映し、仏教に関
開館時間/ 10 時~ 16 時 30 分 秋季 (9 月 3 日~ 12 月 4 日 ) 、春季 (3
する美術工芸品を展示しています。常設で観覧できる仏像
月上旬~ 6 月上旬 ) のみ開館。休館日/開館中は月曜(祝日の場合は
などの仏教彫刻は 100 点以上。飛鳥時代から鎌倉時代のも
翌日)
。夏季冬季は休館。
www.nomura-museum.or.jp
のが主軸となっており、常設しているものとしては質量とも
に日本一といえるでしょう。「薬師如来坐像」は、香りの強
いカヤの木を使い、一本の材から見事な立体感を彫り出し
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 美術館 ]
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た平安時代の傑作。エッジがたったシャープな衣の起伏に、
素晴しい彫刻刀さばきを見ることができます。仏教を守る
ガードマン役である「多聞天立像」は、力強い造形が魅力。
身近な生活の中に美を求めた感性を知る
p.111
大和文華館
学芸員・植松瑞希
怒りの表情や、鎧を通して現れる屈強な体、胸や腰周りの
重厚さが特徴です。さまざまな仏像を豊富な展示作品で見
大和文華館の収蔵作品は、個人のまとまったコレクションを
比べられるというのも、館の魅力といえます。仏堂の内部を
基盤としたものではなく、「東洋の美のための国際的に通用
ご ひ け ま ん
飾るために作られた「牛皮華鬘」のような工芸品、正義のヒー
へき じゃ え
する施設を作る」という理念の元、作品の観賞価値を重視
ローとして鬼を退治する神の姿を描いた「辟 邪 絵」などの
して収集されたところに特徴があります。国宝 4 件を含む
絵画、仏の言葉を金泥で綴った「金光明最勝王経」といっ
2000 件の所蔵品は、年間約 8 回開催される所蔵品を中心
た書跡は、年に 4 ~ 5 回開催する名品展でご覧いただけま
にした展覧会で、展観内容に合わせて順次公開しています。
す。仏教美術作品は、豪華な素材や最高の技術を用いて、
漆黒の背景に金が浮かび上がり、豪華絢爛さが際立つ「蒔
特別丁寧に作られたものばかり。作品から、仏への真摯な
絵秋草文盆」
。器体から溢れるほど大きく描かれた夕顔と、
信仰心を感じることができることでしょう。毎年 10 月頃には、
白の釉薬で綴られた和歌の情趣が溶け合う見事な意匠構成
普段非公開の正倉院に収められた宝物が出陳される「正倉
の「色絵夕顔文茶碗」
。破継の手法を用いた染紙で遠方の
院展」も開催されます。
山を表し、霞や松林、鳥などを銀泥で書き加えて自然を描
出した「石山切」
。それぞれ表現は異なりますが、どれも日
最上段左/●薬師如来坐像 平安時代 9 世紀。最上段右/◎多聞天
常の生活の中で使う道具や紙に、装飾的な美しさを求めた
立像 平安時代 11 ~ 12 世紀。上から 2 段目/●牛皮華鬘 平安時
日本人ならではの感性が伺えます。身近にある美を題材に
代 11 世紀。上/●辟邪絵 平安~鎌倉時代 12 世紀。下/●金光
した「翰墨随身帖」は、花の美しさはもちろんですが、モチー
明最勝王経 奈良時代 8 世紀。
仏像 2 点は基本的には常時陳列されていますが、展示替えや貸出しの
ため展示されていない場合があります。それ以外の作品は、年 4 回程
フに対する作者の愛情が滲み出ている作品です。大和文華
館は、東洋美術を鑑賞するのに相応しい空間をと、周囲を
開催する「名品展」にて出品期間を限って公開。どちらも、ホームペー
文華苑と呼ばれる自然に囲まれた環境に作られました。ま
ジで出品情報を確認してから訪問してください。
た、展示室中央には、竹が植えられた中庭も設けられてい
ます。美術を鑑賞するのに疲れたら、竹の清々しい緑や四
内観/なら仏像館第 2 室 -1。展示されている仏像は、貸出しなどで出
陳されていない場合があります。撮影・奈良国立博物館
■奈良国立博物館
奈良県奈良市登大路町 50 Tel. 050-5542-8600(ハローダイヤル)
開館時間/ 9 時 30 分~ 17 時(時期によって延長あり)
休館日/月曜(祝日の場合は開館、翌平日を休館)、1 月 1 日
www.narahaku.go.jp
季折々の草花に眼を休め、再びゆっくりと作品に向き合う…
そんな楽しみ方ができるのも魅力です。
下/蒔絵秋草文盆 ( 高台寺蒔絵 ) 桃山時代 (16 世紀末~ 17 世紀初 )
「漆工展」8 月 13 日~ 10 月 2 日にて展示。上/色絵夕顔文茶碗 尾
形乾山作 江戸時代中期 「乾山と木米」10 月 9 日~ 11 月 13 日にて
展示。右/伊勢集断簡 石山切 平安時代後期 12 世紀 「書の美術」
2012 年 1 月 6 日~ 2 月 19 日にて展示。右下/翰墨随身帖 田能村竹
田筆 江戸時代後期 「花の美術」2 月 25 日~ 4 月 8 日にて展示。
■大和文華館
奈良県奈良市学園南 1-11-6 Tel. 0742-45-0544
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/◎墨梅図 絶海中津賛 室町時代。
開館時間/ 10 時~ 17 時
休館日/月曜(祝日の場合は開館、翌平日を休館)、年末年始および展
示替え期間
■正木美術館
www.kintetsu.jp/yamato
大阪府泉北郡忠岡町忠岡中 2-9-26 Tel. 0725-21-6000
開館時間/ 10 時~ 16 時 30 分 秋季 (10 月 1 日~ 11 月 27 日 ) 、春
季のみ開館。
中世禅林文化を体感する水墨画と墨蹟
p.112
休館日/水曜(祝日の場合は翌日)、展示替え期間。夏季冬季は休館。
http://masaki-art.museum.jp
正木美術館
副館長・高橋範子
国宝 3 点を含む 1200 点の東洋古美術を所蔵。収蔵品の約
半分を占めるのが、鎌倉・室町時代の水墨画と墨蹟の名品
群で、中世禅宗社会の文化遺産として高い評価を頂いてい
ます。水墨画は、鎌倉時代に禅宗文化として中国から日本
非凡な審美眼を持つコレクターの熱き想いに触れる
p.113
藤田美術館
学芸員・藤田清
に伝来。当時の中国に倣い、画僧と呼ばれる画の上手な禅
藤田美術館は、明治時代に活躍した実業家・藤田傳三郎と
僧によって、墨一色の水墨画が禅寺の中で描かれるように
その息子達が、明治から大正に収集した東洋古美術を収蔵
なりました。おそらく、色を排したモノクロームの世界は、
しています。明治維新後、大切に伝えられてきた美術品の
なにものにも拘らない、無の境地を追求する禅の精神に合っ
多くが海外に流出。これを憂いた藤田は散逸を防ごうと、
「仏
ていたのだと思います。墨を紙面に殴りつけるように、荒く
功徳蒔絵経箱」といった仏教美術や、「古瀬戸肩衝茶入」
大胆な筆が重ねられてゆく「山水図」や、輪郭線を持たず
などの茶道具を中心とした蒐集を熱心に行いました。その
墨のなだらかな階調だけで描かれた「瀟湘八景図」は、風
審美眼の高さは、個人蒐集品ながら、後に「紫式部日記絵詞」
光明媚な中国の情景。当時の禅僧たちは、このような画を
をはじめ 9 点もの作品が国宝指定を受けた事からもうかが
見ながら、行った事のない憧れの地に想いを馳せました。
うことができます。藤田家邸宅内に建てられた蔵を改装した
枝の肉太な墨線が柔らかく心地よい「墨梅図」も、ただそ
展示室で、毎年春と秋に展覧会を開催。展示数は約 40 ~
の可憐さを鑑賞するだけでなく、梅花の向こうに中国の情
50 点で、精選された日本美術に出逢えます。
景を尋ねたのです。墨一色だからこそ、イメージを限りなく
広げられるのが水墨画の醍醐味。実物を眼前にし、画の中
右/●仏功徳蒔絵経箱 平安時代(11 世紀)
「藤田傳三郎の軌跡」
の静謐な世界にとっぷりと包み込まれてみれば、自分の心も
2012 年 3 月 10 日~ 6 月 17 日にて展示。左/◎古瀬戸肩衝茶入 銘
段々と静かになっていくことに気付くことでしょう。「滴凍」
などの墨蹟は、禅僧によって書かれた書。その筆跡に、遠
い昔の高僧の人柄や心情を感じ、時を超え対面しているか
のように感じられる所に面白味があります。
ざいちゅうあん
在中庵 室町時代(15 ~ 16 世紀)
「コレクター藤田傳三郎の審美眼」9
月 10 日~ 12 月 11 日にて展示。上/●紫式部日記絵詞 第 5 段 鎌倉時代
(13 世紀)
「藤田傳三郎の想い」2012 年 9 月 8 日~ 12 月 9 日にて展示。
■藤田美術館
大阪府大阪市都島区網島町 10-32 Tel. 06-6351-0582
右/◎山水図 雪舟筆 室町時代。上/瀟湘八景図のうち洞庭秋月 等
開館時間/ 10 時~ 16 時 30 分 秋季 (2011 年 9 月 10 日~ 12 月 11 日、
春筆 室町時代。左端/滴凍 一休宗純墨蹟 室町時代。上 3 点共に、
2012 年 9 月 8 日~ 12 月 9 日 ) 、春季 (2012 年 3 月 10 日~ 6 月 17 日 )
「秋季展 墨痕―託された想い」10 月 1 日~ 11 月 27 日にて展示。左
は開館。
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 美術館 ]
46
休館日/月曜(祝日の場合は翌日)、夏季冬季は休館。
www.city.okayama.jp/museum/fujita
茶道具に潜む抽象美と具象美を味わう
香雪美術館
せんかい
学芸員・仙海義之
朝日新聞の創業者であり、近代数奇者として著名な村山龍
空気感を味わう大画面と、細部を観る絵巻
逸翁美術館
あやか
学芸員・宮井肖佳
独創性豊かな実業家・小林一三の 5000 点余りの蒐集品を
所蔵。中でも、南画・俳画の与謝蕪村や、叙情豊かな四条
派の祖である呉春のコレクションが充実しています。「白梅
図屏風」は館の代表作と言える作品。藍色の絹地を背景に、
墨と胡粉だけで月光の下に大きな枝を広げる梅を描いてい
ます。周りの空間にまで澄んだ空気感が広がる、大画面の
作品です。「大江山絵詞」のように文字と絵が交互に書かれ
た絵巻は、本来手元で観賞されていたもの。一度に広げて
平が蒐集した日本・東洋美術を収蔵。武家出身である村山
氏のコレクションは、刀剣などの武具に始まり、仏教美術や、
書画など多岐にわたります。中でも、中核をなしているの
が数々の茶道具の優品です。茶道具観賞の妙味は、抽象的
な美にあります。「たかさこの」などの書跡は、単に字の美
しさや文章の内容ではなく、それを書いた人物を想い敬う、
よすがとして拝されました。「朝日影」に表現された柄や造
形は、まさに抽象芸術です。その一方「回也香合」など、
日本人は具象的な小さな細工物も得意でした。手にとった
感じを想像しながら観賞してみれば、きっとそれぞれの作品
の持ち味が伝わってくることでしょう。
見るのではなく、徐々にロールアップさせながら、右から左
上中/小倉色紙「たかさこの」 藤原定家 鎌倉時代(13 世紀)
。右上
へとストーリーを追って楽しんでいました。人々の生き生き
/志野茶碗 銘「朝日影」 美濃 桃山時代。左上/庸軒好 回也香合
とした様子が、細部まで書き込まれているのが魅力です。
土佐光成絵 江戸前期 「炉辺の道具」11 月 12 日~ 12 月 18 日に
上/◎白梅図屏風 呉春 江戸後期 「早春展 呉春の俳画と写生画―
特別公開 重文『白梅図屏風』―」1012 年 1 月 14 日~ 3 月 4 日にて展
示。下/◎大江山絵詞 南北朝 14 世紀 「秋季展 絵巻―大江山酒呑
童子・芦引絵の世界―」9 月 17 日~ 12 月 4 日の内、前期~ 10 月 23
日まで展示。
■逸翁美術館
て展示。
■香雪美術館
兵庫県神戸市東灘区御影郡家 2-12- 1
Tel. 078-841-0652 フリーダイヤル 0120-410-652
開館時間/ 10 時~ 17 時 春季・秋季のみ開館。
休館日/展覧会会期中は無休。夏季冬季は休館。
www.kosetsu-museum.or.jp
大阪府池田市栄本町 12-27 Tel. 072-751-3865
開館時間/ 10 時~ 17 時 休館日/月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始および展示替え期間
www.itsuo-museum.com/top.html
日本一の横山大観コレクションと壮大な日本庭園
p.114
足立美術館
おりおく
学芸員・織奥かおり
近代日本画を中心とした展示と、16 万 5000 平米もの広大
な日本庭園を共に楽しめるのが足立美術館です。近代日本
画壇の巨匠たちの作品を中心に約 1500 点を収蔵。季節ご
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 美術館 ]
47
とに展示替えを行い、さまざまなテーマで特別展を開催し
右上/富嶽三十六景 凱風快晴 葛飾北斎 天保2~5年(1831 年
ています。コレクションの中でも著名なのが、明治以降の日
頃)。左上/風流なくてななくせ 遠眼鏡 葛飾北斎 享和(1801 年頃)
。
本絵画界をリードした横山大観の作品、約 120 点。常時 20
点前後をご覧いただけます。最も絢爛豪華な作品でファン
も多い「紅葉」は、毎年恒例で秋に展示しています。日本
上/東海道五十三次之内 庄野 白雨 歌川広重 天保 4 ~ 5 年(1833
年頃)。3 点共すべて「開館 15 周年記念 浮世絵名品 300 選」10 月 1
日~ 11 月 27 日(前後期で全て入替え)にて展示
画は見た目に美しいだけでなく、季節の移ろいや、
「娘深雪」
■山口県立萩美術館・浦上記念館
のような美人画においては性格までもが描き出されるもの。
山口県萩市平安古 586-1 Tel. 0838-24-2400 画に込められた、内容美や精神的な部分も味わってみてく
開館時間/ 9 時~ 17 時
ださい。
休館日/月曜(祝日の場合は開館)、年末年始および展示替え期間
www.hum.pref.yamaguchi.jp
上/紅葉(左隻) 横山大観 昭和 6 年(1931)「横山大観名品選」9
月 1 日~ 11 月 30 日にて展示。左/娘深雪 上村松園 大正 3 年 (1914)
■足立美術館
島根県安来市古川町 320 Tel. 0854-28-7111
開館時間/ 4 ~ 9 月は 9 時~ 17 時 30 分、10 ~ 3 月は 9 時~ 17 時まで
休館日/無休
www.adachi-museum.or.jp
江戸の人々の喜楽を追体験できる浮世絵
山口県立萩美術館・浦上記念館
学芸専門監・鈴木浩平
萩出身の実業家・浦上敏朗氏が蒐集した、浮世絵と東洋陶
磁を中心とした作品を収蔵。開館 15 周年の今年は、5200
点の所蔵浮世絵の中から厳選した名品展を開催します。北
斎の「富嶽三十六景」、広重の「東海道五十三次」の中で
も代表的なものなど、人気作家の有名作品を一挙に展示。
世界に現存する 3 点の内、最も保存状態が良い「風流なく
てななくせ」など、貴重な作品もご覧いただけます。これら
の作品は江戸時代、錦のように美しいことから “ 錦絵 ” と名
付けられた多色刷りの木版画。当時は、最新情報を伝える
メディア媒体の役割を担っていました。江戸の市井の人々が
感じていた楽しみや喜び、洒脱な感性が、浮世絵から伝わっ
てきます。
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ 美術館 ]
48
J apanese tex t
2011年 秋/冬号 日本語編
インタビュー
女採集」から約 100 点、
それ以外の作品が約 100 点。衣装、
イラストレーション、映像なども一堂に集められ “ あさみワー
アーティスト・インタビュー
ルド ” が出現する。
美女たちを動植物に見立てて採集する、見立てのインス
清川あさみ
ピレーションはどこから湧くのかと問うと「彼女の映像を 10
―美と神秘に魅せられ、採集する
分くらい見てキーワードを書き出していると、アイディアが
撮影=藤本賢一 取材=白坂ゆり 文=松丸亜希子
浮かびます」
。では、あなた自身を見立てるならという質問
p.115
には、「アリかな」という答え。仕留めた獲物を小柄な体で
美しいものをモノにしたいという欲求の赴くまま、目に飛び
せっせと運ぶ、採集家・清川あさみのイメージが浮かんだ。
込んできた美女たちを狙っては、嬉々として針と糸で採集す
彼女のコレクションを拝みに水戸に足を延ばそう。
る清川あさみ。少年が夢中になる昆虫採集のように、自身
が撮った写真に針を刺して刺繍を施し、ビーズやスパンコー
清川あさみ 美女採集
ルを縫い付けた「美女採集」で知られるアーティストだ。き
11 月 3 日〜 2012 年 1 月 22 日
らきらした素材のテクスチャーが際立った華やかさと可愛ら
しさの奥に潜む、 妖艶さと残酷さが透けて見える耽美な作
■水戸芸術館現代美術ギャラリー
茨城県水戸市五軒町 1-6-8
http://arttowermito.or.jp
品に多くの人が魅了される。
ビーズなどの素材が入った瓶が並ぶ、実験室のようなアト
(写真)
リエを訪ねた。1979 年生まれの清川は、文化服装学院在
「美女採集」と絶滅危惧種を掛け合わせた新作「4つの場所」
学中にファッション誌のモデルとしてスカウトされ、モデル
モデル:真木よう子 ©Asami Kiyokawa
活動と並行してアート活動を始めた。なぜターゲットは女性
なのか。「女性って本当に怖い。身体の変化も含め、 怖い
までの不思議さに惹かれます。こんなに採集しているのに
得体が知れない。それが魅力。保存して未来に残したい」
と語り、「制作に際し、作品のモデルとは相談しません。採
畠山直哉
―写真が語る自然の物語
撮影=沼知理枝子 取材・構成=白坂ゆり
集したいときに私が捕まえるだけ」と笑う。動植物を箱に入
p.116
れたり、ホルマリン漬けにしてきれいに並べたりする標本感
登山風景のような「テリル」と題された写真。それは自然
覚だという。現在の獲物は日本人がメインだが、映画好き
の山ではなく、人為的にできた山である。現在は産業遺跡
という彼女は海外の女優にも興味津々だ。
となっている、フランスの鉱山跡地のぼた山を写したものだ。
6 月に発行された絵本『もうひとつの場所』には、約 230
また、洞窟のような「シエル・トンべ」
(フランス語で「崩落
の絶滅・絶滅危惧種の生物をモチーフにした作品が並ぶ。
した天井」の意)は、パリ東端のヴァンセンヌの森にある地
途絶えた種に息を吹き込み、彼らにとってより楽しい桃源郷
下採掘場跡を撮ったものである。
に蘇生させる行為にはどこか切なさが漂い、社会的なメッ
1985 年に石灰岩の採掘場を撮影して以来、自然や都市
セージも感じる。
の建造物を対象に、人々があまり気に留めない光景を「風景」
11 月から始まる水戸芸術館での展覧会は、美術館規模で
として切り取ってきた写真家の畠山直哉。10 月からの個展
の初個展。展覧会タイトルにもなっているライフワーク「美
では「自然」をテーマにするという。7 月、一足先にその構
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Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ インタビュー ]
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想をうかがった。
いわゆるネイチャー・フォトや自身の人生をさらす私写真を
「展覧会名は『ナチュラル・ストーリーズ』と名付けました。
ナイーブなものとして避けてきた。
僕の写真には鉱物や岩石を扱ったものが多いので、美術館
「写真とは何かと考えたとき、自然の法則に乗っ取った出来
よりも自然史博物館(ナチュラル・ヒストリー・ミュージアム)
事の現れを写真と考えることもできます。写真そのものが自
で扱っているものに近いのかなと思っていました。『ヒスト
然ともいえる。だとしたら、レンズのこちら側にある自然、
リー』と『ストーリー』は語源が同じ。ならば、時系列的な
つまりフィルムや印画紙、撮っている人間の本性についても
自然『史』より、時間的・空間的な広がりを持つ自然『誌』
見極めないとならないはずなのに、そのように省察された
として、僕なりの自然に関するおはなしを展開させようと思っ
私写真をほとんど見たことがありません。『ネイチャー』とは
たのです」
本性、どうしてもそうしてしまう性のことを意味します」。そ
人間も動物のように、自然から資源を採取し、生きる場
う言って、『クライング・ゲーム』という映画に出てくる、カ
所を構築しなければ生きていけない。そのため、人間は自
エルの背に乗って川を渡ろうとしたサソリの例え話を教えて
然とできるだけ安定した関係を保とうと試行錯誤を繰り返
くれた。サソリは途中でカエルを刺してしまい、溺れるとわ
し、一方で自然は人間に統制されることなく超然と変化し続
かっているのになぜ刺すのかとカエルが問うと、サソリはこ
けている。3 月 11 日の東日本大震災をはじめ、地球上で頻
う答える。「It’s in my nature(それが僕の性だから)
」
発している自然災害にどう対処して生きていけばいいのか。
また、例えば被写体に恋してしまうことがあるように、写
さが
神話や宗教はとうに効力を失い、近代科学は見直しを迫ら
真には映像と現実の境目を曖昧にする魔力がある。「制御で
れている。芸術や文学に何ができるのかも問われている。
きない暴れ馬のような力だから、これに身をまかせて巻き起
「差し迫った状況で、求められているのは答えかもしれませ
こる感情こそが写真体験だと思い込む人も多い。それを芸
ん。けれど、容易に結論が出せないことは深く考えて、その
術と呼んでも間違いではないけれど、大人のふるまいでは
歩みのなかから納得できる時間そのものを生み出していくし
ないんです。大波乱の人生を送らないと写真が撮れないな
かない。はやる気持ちはわかりますが、結論を急いで端折
んてことはない。教育や啓蒙によって、写真は誰にでも開
るのではなく、そこに向かうプロセスにおける時間こそが大
かれる民主的なものだと思います」
事だと思います」
歴史では掬い取れない、と同時に、個人の人生をも超え
畠山が、小説家のフィリップ・フォレストに宛てた手紙にこ
て圧倒的に存在する写真。それらを見る私たちが言葉を生
んな一節がある。「風景は、そこに実体として存在していた
み出すとき、自然と人間の新しい物語が転がり出すだろう。
ものではなく、僕たちが詩を詠んだり、写真を撮ったりする
ことによって初めて、僕たちの眼前に価値ある姿として現れ
畠山直哉展 ナチュラル・ストーリーズ
てくる」
。それは自然との間に物語を生み出すこと。それが一
10 月 1 日〜 12 月 4 日
方的だとしても、自然に対して働きかけ続けなければならな
い。「この真っ暗な世界で、言葉と写真を灯火のようにして、
■東京都写真美術館
東京都目黒区三田 1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
www.syabi.com
次の一歩を踏み出さなければならない」とも綴っている。
「自然とは何か、写真を通じてもう一度考えてみたい」と語
(p.116 右下)ア・バード、ブラスト #130 2006 年
る畠山は、本展で初めてパーソナルな写真を発表すること
(p.117)右上・テリル# 2607 2010 年
に決めた。津波によって破壊された郷里である岩手県陸前
高田市の光景や、震災前に撮っていた人物写真。
これまでは、
左下・シエル・トンべ #4414 2007 年
右下・陸前高田市気仙町長部 2011 年 4 月 4 日
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J apanese tex t
2011年 秋/冬号 日本語編
1957 年のこと。ニューヨークを拠点に、水玉や網などのモ
アート
チーフで埋め尽くした絵画やインスタレーション、全身を水
文=白坂ゆり
玉で 覆 い「ハプ ニング」と呼 ば れるパフォー マンスを、
p.118
服が結んだ交流
アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue
1973 年に帰国するまで繰り広げた。ワタリウム美術館では、
この時代の映像作品やドキュメント写真と、近年のインスタ
レーションなどを展示中だ。なお、2011 年から 2012 年に
かけ、ソフィア王妃芸術センター(マドリッド)
、ポンピドゥー
20 世紀を代表する写真家のアーヴィング・ペンが、『ヴォー
センター
(パリ)
、テートモダン(ロンドン)
、ホイットニー美術
グ』誌上で初めてISSEY MIYAKE の服を撮影したのは 1983 年。
館(ニューヨーク)を巡る大規模な回顧展も開催中。また、年
「こんな見方があったのか」と驚いた三宅は、その後 1987
明け、大阪の国立国際美術館では新作絵画などを発表する。
年から 99 年まで 13 年間にわたり年 2 回、パリコレクション
で発表した服の撮影を、ニューヨークにいるペンに依頼した。
11 月 27 日まで
その間、三宅は一度も撮影に立ち会わず、ペンもショウを
ワタリウム美術館
見ることなく、自由な視覚的対話が続いたという。パリ―東
東京都渋谷区神宮前 3-7-6
京―ニューヨークを行き来し、全撮影に立ち会った三宅デザ
イン事務所の北村みどりがディレクションする本展では、一
www.watarium.co.jp
( 写真 )
連のプロセスをアニメーションで再現。ペン撮影、田中一
アヴァンギャルド ファッション 1970 年 ニューヨーク
光デザインのポスターを一挙展示するほか、大型プロジェク
Photo by Thomas Haar ©Yayoi Kusama
ションも駆使して写真群を紹介する。
9 月 16 日~ 2012 年 4 月 8 日
21_21 DESIGN SIGHT
東京都港区赤坂 9-7-6
www.2121designsight.jp
視点を変えて
ヨコハマトリエンナーレ 2011「OUR MAGIC HOUR
―世界はどこまで知ることができるか?-」
港湾都市・横浜で 3 年に 1 度開かれる現代アートの国際展。
( 写真 )
4回目の今年は、横浜美術館と、物流倉庫を再生した日本
ISSEY MIYAKE コレクションポスター、1994 年春夏コレクション
郵船海岸通倉庫 (BankART Studio NYK)をメイン会場に屋内
写真/アーヴィング・ペン
ポスターデザイン&タイポグラフィ/田中一光
Photograph copyright by The Irving Penn Foundation
外で展示。横尾忠則、ダミアン・ハーストら 79 名の現代アー
ティストの作品を中心に、イサム・ノグチやルネ・マグリッ
トなど横浜美術館のコレクションも一部加えて構成された。
「OUR MAGIC HOUR―世界はどこまで知ることができるか?
世界への挑戦
草間彌生 Kusama’s Body Festival in 60’s 展
―」をテーマに、世界や日常の不思議、魔法のような力、
神話、アニミズムなどを表現した作品を通じて、忘れ去られ
た価値観や、人と自然との関係について見直す。日用品を
80 歳を超えてなお精力的に制作を続けるアーティスト、草
緻密なインスタレーションに変貌させる岩崎貴宏の作品な
間 彌 生。 彼 女 が 世 界 に向 けて第 一 歩を踏 み 出した の は
ど、視点が変わる驚きがある。
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Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ アート & エンタテインメント ]
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11 月 6 日まで
横浜美術館 神奈川県横浜市西区みなとみらい 3-4-1
日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK) 神奈川県横浜市中区海岸通 3-9
その他周辺地域
伝統と現代の融合
松井冬子展―世界中の子と友達になれる―
展覧会名にもなった《世界中の子と友達になれる》は、少女、
www.yokohamatriennale.jp
藤の花、黒い帯状のスズメバチ、赤ん坊のいない揺りかご
( 写真 )
る予兆を描いた絵画だ。油彩画を学んだ後に日本画に転向
岩崎貴宏《Out of Disorder(Complex)》2009 年
し、若手のなかでも第一線をいく松井冬子の、初の大規模
Courtesy of the artist and ARATANIURANO
な個展が開かれる。明治期以前の古典技法を研究し、現代
などをモチーフに、緊張が狂気に変わる直前の、心が壊れ
の日本画に多い紙ではなく、絹本に天然顔料を用いて、恐
怖やナルシシズム、性など現代的なテーマを、繊細かつ挑
変革するファッション
感じる服 考える服:東京ファッションの現在形
流行のサイクルを追いかけるよりも、着る人の人生に寄り添
い、生き方が変わるような服に出会いたい。日本の伝統や
足元を見つめ直すとともに、新しい時代のリアリティを追求
しつつ、ユニークなクリエイションを展開している 10 組の
デザイナーをピックアップ。オリジナルのテキスタイルを生
発的に描いてきた。視覚表現を通じて、見えない精神的・
肉体的な「痛み」に向き合う姿勢が共感を呼んでいる。新
作に加えて、初期からの創作の魅力をデッサンや下絵など
も併せて解き明かす。
12 月 17 日~ 2012 年 3 月 18 日
横浜美術館 神奈川県横浜市西区みなとみらい 3-4-1
www.yaf.or.jp/yma
かした服づくりを行うミナ ペルホネン(皆川明)やミントデザ
インズ(勝井北斗・八木奈央)、日本の美意識を掘り起こす
ファッションを「衣服(クロー
マトフ ( 堀畑裕之・関口真希子 )、
ズ)」としてだけでなく社会を変革する思想や活動としてとら
( 写真 )
《世界中の子と友達になれる》
2002 年 絹本着色、裏箔、雲肌麻紙 個人蔵(横浜美術館寄託)
えるリトゥンアフターワーズ(山縣良和)などを紹介する。現
在進行形の日本のファッションデザインの可能性を探る。
10 月 18 日~ 12 月 25 日
東京オペラシティ アートギャラリー 東京都新宿区西新宿 3-20-2
心の復興
第8回ヒロシマ賞受賞記念 オノ・ヨーコ展「希望の路」Yoko Ono 2011
www.operacity.jp/ag
世界最初の被爆地である広島から、世界の恒久平和と人類
2012 年1月 14 日~ 4 月 1 日
の繁栄を願う「ヒロシマの心」を、美術を通して世界へ訴
神戸ファッション美術館
www.fashionmuseum.or.jp
(写真)
ミントデザインズ 2011 年春夏コレクション 写真提供/文化出版局
えるべく創設された「ヒロシマ賞」
。その第 8 回の受賞者、
オノ・ヨーコの受賞記念展が開催中だ。60 年代から人々の
想像力に働きかけ、観客が実際に参加する作品を繰り広げ、
夫のジョン・レノン亡き後も平和運動を続けている。ヒロシ
マとナガサキ、東日本大震災の悲劇を経験した人々への鎮
魂と、未来への希望の路を示す新作インスタレーションを展
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ アート & エンタテインメント ]
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開。オノは、人類の叡智と、いざというときに意識の奥から
引き出される人間の超能力に賭けている。観客が願いをし
たためて木に結ぶ《ウィッシュ・ツリー(願かけの木)
》に
(写真)
重要文化財《木造大日如来像》(快慶作) 鎌倉時代
大津市・石山寺蔵 撮影/寿福 滋
も参加しよう。
10 月 16 日まで
広島市現代美術館 広島県広島市南区比治山公園 1-1
不思議な存在
イケムラレイコ うつりゆくもの
www.hcmca.cf.city.hiroshima.jp
キャベツの頭を持つ男、すーっと浮かび上がり消えていく少
( 写真 )
女、岩の中にふと見える怪物……。「私は自分自身のことを、
ジョン・レノンとオノ・ヨーコ《戦争は終わった!》
芸術家というよりは媒体だと思うことがあります。巫女のよう
1969 年 ニューヨークのタイムズ・スクエア
に、 何かに動かされていると感じるんです」と語るイケムラ
レイコは、不思議な存在を創造するアーティストだ。70 年
代以降、スペイン、スイスと移り住み、現在はドイツのベル
祈りがかたちになるとき
三館連携特別展 神仏います近江
リンとケルンに拠点を置く。東洋的感覚と西洋的感覚を融合
し、存在と無、自然と文明といった境界を超えるような世界
琵琶湖を中心に四方を山に囲まれた近江(現在の滋賀県)
観を持つ。そんな彼女の絵画やドローイング、テラコッタ彫
は、奈良や京都に続く、神道美術や仏教美術の宝庫だ。こ
刻約 145 点を展示する日本で初の本格的な個展が開催中
の秋、3つの会場を巡りながら近江の宗教文化に触れる展
だ。シンプルな素材による詩的な作品群に、か弱きものへ
覧会が開かれる。信楽の MIHO MUSEUM では、最澄らによ
の愛情が感じられる。
る、日本仏教の母山とされる天台仏教の確立までをたどる。
瀬田の滋賀県立近代美術館では、平安から鎌倉、室町時代
までの質の高い仏像を公開。大津の大津市歴史博物館では、
仏教が広まる際に土着の信仰と折衷され、神と仏が融合し
10 月 23 日まで
東京国立近代美術館 東京都千代田区北の丸公園 3-1
www.momat.go.jp
11 月 8 日~ 2012 年1月 22 日
た日吉大社にまつわる美術品を紹介する。なかでも僧侶の
三重県立美術館 三重県津市大谷町 11 番地
姿をした素朴な神像に心惹かれる。
www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum
9 月 3 日~ 12 月 11 日
「天台仏教への道」
( 写真 )
《黒に浮かぶ》1998-99 年 豊田市美術館蔵 撮影/林 達雄
MIHO MUSEUM 滋賀県甲賀市信楽町桃谷 300
9 月 17 日~ 11 月 20 日
「祈りの国、近江の仏像」
滋賀県立近代美術館 滋賀県大津市瀬田南大萱町 1740-1
10 月 8 日~ 11 月 23 日
「日吉の神と祭」
大津市歴史博物館 滋賀県大津市御陵町 2-2
www.biwako-visitors.jp/shinbutsu
Autumn / Winter 2011 Vol. 28[ アート & エンタテインメント ]
53
エンタテイ
ンメント
足に目を凝らす。そして、緻密に仕掛けられた繊細な装置
がやおら動き出し、 魔法のような時間が訪れる。そんな
文=工藤索太郎、松丸亜希子
p.120
ARICA の新作は、大震災を経て立ち上がる「ラブゲーム」。
11 月は横浜トリエンナーレ連携プログラム「新・港村」内
で上演、2012 年 2 月初旬から中旬には次の新作「恋は闇
/ Love in Blind」も予定されている。―A.M.
古都・奈良の色
朱花(はねづ)の月
もがり
「萌の朱雀」で新人監督賞を、「殯の森」でグランプリを受
賞し、カンヌ国際映画祭と縁の深い河瀨直美監督。今年の
同映画祭コンペティション部門で上映され、スタンディング
9 月 27 日〜 30 日 森下スタジオ S スタジオ 東京都江東区森下 3-5-6
「LOVE GAME LOVE」in YOKOHAMA
BankART Life Ⅲ / 新・港村 Café Live
オベーションで迎えられた新作は、河瀨の故郷である古都・
11 月 3 日 奈良が舞台。万葉集に詠まれた飛鳥地方の3つの山を1人
新・港村(新港ピア) 横浜市中区新港 2-5 の女と2人の男に投影し、古代から連綿と続く人間の営みと
www.aricatheatercompany.com
感情の揺らぎを繊細に綴る。染色家の主人公・加夜子が好
む、血のように鮮やかで儚く褪せやすい「朱花」。濃い緑が
まぶしい田園風景、ゆっくり上る大きな月、小さな虫や鳥な
(写真)
ARICA: KIOSK
photo: Katsu Miyauchi
ど、自然の豊かな色があふれる映像は河瀨監督自身が撮影
したもので、過去と現在が交錯する神秘的な空気、その場
の温度や湿度も伝わってくる。―A.M.
9 月 3 日より、ユーロスペース、TOHO シネマズ橿原ほか全国で公開
www.hanezu.com
(写真)
©2011「朱花の月」製作委員会
30周年、
そして解散
パパ・タラフマラ ファイナルフェスティバル
1982 年、演出家の小池博史を中心に結成されたパパ・タ
ラフマラ。ダンス、演劇、アート、音楽など、ジャンルを越
境したユニークな公演を次々に生み出し、国内外で高く評価
されてきたパフォーミングアーツ・カンパニーだが、30 周
年を機に、2012 年 3 月に解散することが発表された。過去
魔法のような時間
Theater Company ARICA「LOVE GAME LOVE」
の代表作、チェーホフをベースにした「三人姉妹」
、国境を
テーマとする「島」シリーズの原点「島」
、リクエストの多
い名作「SHIP IN A VIEW」、子供も楽しめる童話シリーズ「白
パフォーマーの安藤朋子、演出の藤田康城、詩人の倉石信
雪姫」を上演し、
トークやシンポジウムも開催されるこのフェ
乃、プロデューサーの前田圭蔵、音楽家の猿山修らを中心
スティバルが、グランドフィナーレとなる。身軽になって原
に 2001 年に設立され、10 周年を迎えるカンパニー。廃墟
点に立ち戻りたいと語る小池の次なるチャレンジを期待して
のような地下空間だったり、 がらんとした倉庫だったり、
待ちたい。―A.M.
ARICA の公演は会場に足を踏み入れた瞬間から刺激的だ。
ライブ演奏と安藤の語りに耳を澄まし、彼女の一挙手一投
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「三人姉妹」12 月 20 日〜 22 日 北沢タウンホール 東京都世田谷区北沢 2-8-18
「島」2012 年 1 月 13 日〜 15 日
森下スタジオ C スタジオ 東京都江東区森下 3-5-6
「SHIP IN A VIEW」2012 年 1 月 28 日〜 29 日
シアター 1010 東京都足立区千住 3-92
千住ミルディス 1 番館 10 階
「白雪姫」2012 年 3 月上旬 音楽と講義のライブイベント
ぼくらの文楽
東京から新幹線と在来線で約 3 時間、縄文遺跡を復元した
山形県の体験型施設「古代の丘縄文村」で、2 日間にわたっ
て開催される総合文化フェスティバル。音楽と講義の 2 ス
北沢タウンホール 東京都世田谷区北沢 2-8-18
テージ制で、音楽ステージには、コトリンゴ、タテタカコ、
http://pappa-tara.com/fes
トクマルシューゴ、七尾旅人、LITTLE CREATURES、キセル、
レキシ、栗コーダーカルテットら日本人アーティストが出演
(写真)
上・「島 〜 island」photo: Hiroshi Koike 左・「SHIP IN A VIEW」
するほか、ポーランドのジャズバンド Pink Freud も初来日
する。写真評論家できのこ文学研究家の飯沢耕太郎、東北
芸術工科大学で教鞭を執る画家の鴻崎正武と三瀬夏之介、
子供の環境教育が専門の農学博士・山﨑裕ら、異なるジャ
ンルのオーソリティーたちが出演する講義ステージも充実。
命を懸けて守る
一命
江戸時代初頭、名家の扉を叩き、その門前で切腹を願い出
た津雲半四郎。家老は彼に、数ヶ月前に同様に訪ねてきた
若い浪人の話をする…。侍の生き様と死に様を、スタイリッ
シュでスペクタキュラーな 3D の映像美で魅せる三池崇史監
―A.M.
9 月 17 日・18 日 古代の丘縄文村 山形県長井市草岡 2768-1
http://bokuranobungaku.com
(写真)
督の新作。生活に困窮する浪人たちの苦悩、愛する者たち
上・トクマルシューゴ
を命懸けでどう守るかというテーマは現代にも通じ、心に響
右・コトリンゴ
く。「十三人の刺客」に続きジェレミー・トーマスがエグゼ
クティブプロデューサーを、彼と「ラストエンペラー」で組
んだ坂本龍一が音楽を担当。歌舞伎役者の市川海老蔵が初
老の浪人・半四郎に扮し、静かな佇まいの侍から一変、雪
が舞う中で 80 人を相手に目力で威圧する立ち回りまで、圧
倒的な存在感の怪演を披露する。―A.M.
伝統を体験する
結城座 江戸糸あやつり人形遣い 入門塾
1635 年には公演を行っていたという記録がある、江戸時代
から続く伝統のある糸繰り人形劇団・結城座。ピアノ線や針
10 月 15 日より、全国で公開
www.ichimei.jp
(写真)
©2011 映画「一命」製作委員会
金などを使う欧米のマリオネットと違い、柔らかい糸で人形
を操る。古典だけでなく、シェイクスピア劇や新作も上演し、
海外公演にも意欲的だ。劇団が開催する入門塾では、人形
の実技のほか、日本舞踊や殺陣、セリフ術や鳴物、演劇史
など理論の講義も行う。人形を人間のように動かし、演技
ができることが目標で、そのために自分の身体がどのように
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動いているかを意識するところからスタートする。人形をまっ
11 月 1 日~ 2012 年 5 月 31 日
すぐ立たせるだけでも最初は難しいが、プロを目指す人も、
浅草寺 東京都台東区浅草 2-3-1
糸操り人形を体験したい人も参加できる。講義は日本語で
行われるが、学ぶ意欲があれば海外からの参加者も歓迎。
―S.K.
隅田公園 東京都台東区花川戸
ほか浅草界隈
www.e-asakusa.jp
(写真)
2012 年 1 月まで開講中
左・平成中村座 右下・浅草寺の夜景
結城座 東京都小金井市貫井北町 3-18-2
「乱歩・白昼夢」
11 月 8 日・9 日
渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール 東京都渋谷区桜丘町 23-21
12 月 3 日
大阪府茨木市市民総合センター 大阪府茨木市駅前 4-6-16
心で感じるパフォーマンス
が~まるちょば サイレントコメディー
JAPAN TOUR 2011
モヒカンにサングラスがトレードマーク。パントマイムをベー
12 月 5 日
スに、独自のパフォーマンス「サイレントコメディー」を作
神戸アートビレッジセンター 兵庫県神戸市兵庫区新開地 5-3-14
り上げる「が〜まるちょば」は、これまで 28 ヶ国以上で公
www.youkiza.jp
演 を 行 い、 一 年 の 約 半 分 は 海 外 で 活 動。2007 年 に は
(写真)
左・古典公演「本朝廿四孝」
(2007 年アヴィニヨン演劇祭)
右・入門塾の人形実技
「Newsweek 日本版」で「世界が尊敬する日本人 100」に
選ばれた。そんな彼らが、神奈川芸術劇場を皮切りに、約 3ヶ
月にわたって北海道から鹿児島まで日本列島を縦断し、31
会場でライブを行う。ライブ感あふれる「が~まる SHOW」、
サイエンスフィクションを題材とした新作長編などが用意さ
れているという。世界が認めたアーティストの、言葉に頼ら
江戸を感じる
大浅草観光祭
2012 年 5 月、東京スカイツリーが開業。この最新の観光名
所の足元にある浅草では、旧き日本、江戸を体感できる大
ず、ハートで感じるパワフルなステージをじっくり楽しんで。
―A.M.
9 月 9 日~ 11 日
神奈川芸術劇場 神奈川県横浜市中区山下町 281
浅草観光祭が開催される。今年 11 月に幕を開ける平成中
10 月 7 日〜 10 日
村座は、江戸時代の浅草にあった芝居小屋・中村座を模し
森ノ宮ピロティホール 大阪府大阪市中央区森ノ宮中央 1-17-5
た劇場。当時のように舞台と客席の距離が近い空間で、現
10 月 22 日
代を代表する歌舞伎俳優たちによる公演が、演目を替えな
ももちパレス 福岡県福岡市早良区百道 2-3-1
がら 7 ヶ月にわたり行われる。来年 3 月からはエンタテイン
メントの中心だった浅草奥山が再現され、劇場の外も江戸
11 月 11 日〜 13 日
名鉄ホール 愛知県名古屋市中村区名駅 1-2-1 名鉄百貨店(本館)10 階
11 月 15 日~ 20 日
の町に変わる。当時を模した飲食店や土産物店が並び、日
天王洲 銀河劇場 東京都品川区東品川 2-3-16
シーフォートスクエア内 2 階
本の伝統的な曲芸や大神楽などの大道芸が披露される。
ほか全国 31 会場で公演
―S.K.
www.gamarjobat.com
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N ext Issue
2011年 秋/冬号 次号予告 日本語編
■ 巻頭特集
おいしい日本──食材の王国を楽しむ
雪が解け、植物が芽吹く季節。春、さまざまな食の恵みが海や大地に現れ始めます。
春から夏にかけて、近海に現れる魚、畑に実る夏野菜……。
お皿の中にまで春を喜ぶ気持ちは美しく表現され、目でも楽しみながら春の美味を楽しむ幸せ。海の幸、山の幸。
北から南まで、個性豊かな食材に恵まれた列島各地の食文化は新発見の連続。
■ 特集
バスタブは癒しの瞑想空間
バスタブは汗を流して体をきれいにするだけの場所ではありません。
たとえば木のお風呂で、清らかなさらさらした湯にひたる喜びは何にもかえがたいもの。
緊張した精神を解放するお風呂文化が、今、新しい形で海外にも広がっています。お風呂と水の文化の徹底研究。
屏風のインテリア・アート
一双の屏風。それを置くだけで見慣れた空間が視覚的・立体的に変化します。
描かれている絵の画風もさまざま。風景もあれば書もある。何を選ぶかによって場の空気も変わってきます。
世界有数の屏風コレクターを訪ねて屏風を楽しむインテリアを教わります。
一度は訪ねてみたい京都の桜
春、桜の名所は数多けれど、歴史的な建造物と桜の景色をあれこれ堪能できるのはやはり京都です。
桜でもさまざまな品種があるので、1か月近くにわたって桜を楽しめるのも京都の特徴。
京都在住の京都人たちが「私の好きな桜」を案内します。この特集でひと味違う通の京都歩きを。
*特集は変更になる可能性があります
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