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「作曲家の肖像」
シリーズVol.97 〈スーク〉
Composers
“Portrait of Composers”Series Vol.97〈Suk〉
山野 雄大
YAMANO Takehiro
スーク:組曲《おとぎ話》op.16
チェコの生んだ最も人気の作曲家といえばドヴォルザーク
(1841 ~
ということになるけれど、彼の弟子であるヨゼフ・スーク
(1874
1904)
~ 1935)の抒情と幻想溢れる作品群ももっと広く愛されてほしい。師
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をはじめ先人からの影響から出発した彼は、R.シュトラウスやドビュッ
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シーなど同時代に活躍した作曲家たちの書法を巧みに取り入れ、緻
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密な筆致から陰翳豊かで独特の広がりも持つ傑作を生んでいった。
チェコ西部ボヘミアの農村に生まれたスークは、幼くして楽才を発
揮。11歳でプラハ音楽院に進みヴァイオリンを学びながら作曲も本
格的に学び始め、ドヴォルザークにも師事。その教え子たちの中で
も最も将来を嘱望される存在だった。
1892年夏、スークはドヴォルザークに招かれてその別荘を訪れた
と出逢う。やがて
とき、師の娘で14歳のオティーリエ(1878 ~ 1905)
2人は恋におちるのだが……その頃、スークは劇音楽の作曲を依頼
TOPICS
されていた。詩人・劇作家ユリウス・ゼイエル(1841 ~ 1901)の戯曲
『ラドゥースとマフレナ』への音楽だ。 ──困難に打ち勝ち真の愛を
実らせる恋人たちの物語には、作曲にもスーク自身の恋愛が反映さ
れつつ……完成した劇付随音楽はオーケストラだけでなく独唱・合唱
(1897 ~ 98年/ op.13)、プラハ国民劇場での初
も要する大作となり
も大好評を博した。
演(1898年4月6日)
ところがこの劇音楽、そうそう再演されるものでもなく、スークは
from TMSO
ここから新たにオーケストラ用の組曲を編み直すことにした。それが
というわけだ。元のお話
組曲《おとぎ話》 op.16(1899 ~ 1900年)
をご存知なくとも楽しめる組曲になっているが、粗筋も交えて各曲を
ご紹介しておこう。
第1曲
「ラドゥースとマフレナの誠の愛と苦難」 王子ラドゥースは、
森で狩りをするうちに敵国の領地へ迷い込んで捕らわれてしまう。と
ころが、鎖につながれたラドゥースに心寄せた王女マフレナは、彼を
助けようとはかり……惹かれ合う2人は王子の国へと逃げ出す。
朗々と歌いはじめる冒頭主題に、王子の面影をみていただこうか。
続けてヴァイオリン独奏が歌うのは、美しき王女の主題(リムスキー=
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コルサコフ《シェヘラザード》も想起させる)。中ほど、不気味なホル
ンに導かれて音楽が風雲急を告げるのは、ラドゥースの父ストイミー
ル王の死を知らせる場面の音楽。やがて若い2人の愛にも苦難が襲
うだろう。
第2曲
「間奏曲 白鳥と孔雀の戯れ」 この組曲は4楽章から成る交
て明るくはじまるこの曲はさしずめスケルツォというところ。
第3曲
「間奏曲 葬送の音楽」 敵国の王女マフレナの助けで逃げ出
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した王子ラドゥースだが、帰還して知ったのは父ストイミール王の崩
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御。緩徐楽章にあたるこの第3曲は、王を悼む歌から編まれたもの。
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第4曲
「ルナ王妃の呪いと愛の勝利」 捕らわれのラドゥースを助け、
自らの国を捨てた王女マフレナだったが、彼女の母である王妃ルナ
の呪いによって、ラドゥースの記憶から愛するマフレナの存在が消え
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響曲のような構成になっているのも面白いが、ポルカのリズムに乗せ
失せてしまう。悲しみに沈むマフレナは、その身を城の前に立つポプ
ラの樹へと変えてしまった。しかし、その樹が伐られた時に再び運命
は変わる。ラドゥースが樹から流れ出した血に触れると呪いは解け、
TOPICS
彼の脳裏に愛の記憶が……マフレナが蘇る。 ──音楽は愛の勝利
を歌い上げて大団円。
戯曲はスロヴァキア民話に基づくが、5世紀インドの詩人・劇作家
カーリダーサによる戯曲『シャクンタラー』(18世紀以来、翻訳を通
してゲーテをはじめヨーロッパの芸術家たちにも影響を与えた)
など世
界各地に類話がみられる物語でもある。ちなみに、劇音楽の初演が
成功した余韻も醒めやらぬ1898年秋には、スークもめでたく恋人と
from TMSO
結婚。この曲に聴かれる独奏ヴァイオリンのメロディは、作曲家が恋
人オティーリエに寄せた思いでもある。物語でも現実でも、幸福は成
就した。
作曲年代: 1899 ~ 1900年
初
演: 1901年2月7日 プラハ オスカル・ネトバル指揮チェコ・フィル
楽器編成: ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネッ
ト2、 バスクラリネット、ファゴット2、 ホルン4、トランペット2、トロ
ンボーン3、テューバ、ティンパニ、シンバル、タムタム、 大太鼓、
トライアングル、 ハープ、 弦楽5部
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スーク:交響詩《夏の物語》op.29
幸福は儚い。 ──1904年5月に敬愛してやまぬ師であり義父のド
ヴォルザークが亡くなる。打撃をうけたスークだが、運命はその手を
緩めない。 翌1905年7月、愛妻オティーリエが27歳で亡くなってし
まうのだ。身を裂くような悲嘆はスークの作風を変える。2人の死に
衝き動かされて生まれた傑作《アスラエル》交響曲op.27(1905 ~
から、スークは深い思念をオーケストラ表現に托しひらいてゆく。
06年)
交響詩《夏の物語》 op.29(1907 ~ 09年)、交響詩《人生の実り》
op.34(1912 ~ 17年)、交響的作品《エピローグ》 op.37 (1920
と、壮大なスケールで人生と愛、美への憧憬を描いた傑作
~ 29年)
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群が連作のように生まれるのだ。
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《アスラエル》交響曲で死と深く向かい合ったスークは、その先へ
──自然のなかへ生の慰めを見出そうとするかのように《夏の物語》
を書いた。5楽章からなるこの大作に、特定の「物語」を読む必要は
ない。スークの音楽は、自然の力と輝きみなぎる「夏」に力を得るよ
うに、あるいはその力の残酷を深く見つめるように響き、深化してゆ
く。
第1楽章
「生命と慰めの声」 静寂の緊張を弱音器つきのホルンが
押しひらくと、《アスラエル》の世界から先への旅が始まる
(モティー
フも関連する)。絶望に叩きのめされた人が生きる意味を再び見出し
TOPICS
てゆくかのような……自然の力の中に蘇る、生命の感覚。
第2楽章
「真昼」 静かな弦のさざめきの中から、前楽章の冒頭と
同じく弱音器つきのホルンが呼び声のような和音で新しい場面をひら
くのだが、今度は低弦の厚い響きを伴いながら、ピッコロとバスクラ
のどか
(しかしどこか哀しい)歌を呼ぶ。 穂の揺れる広々し
リネットの長 閑な
た畑に日射しが照りつける真昼……といったイメージだろうか、金管
に響く荘重なコラール風の動機も意味深げに聞こえながら、自然と
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想念の交差は徐々に昂揚し、遠ざかる。
第3楽章
「間奏曲 盲目の楽士たち」 全曲のなかでこの楽章だけは
室内楽的な印象が際立つ。ハープ2台の伴奏に、イングリッシュホル
ン2本の長い長い歌が哀愁をこめて呼び交す。途中でヴァイオリンお
よびヴィオラの独奏が代わりながらも、ひたすらに歌はさすらいゆく。
ある時、スークは生地からほど近い街で、哀しげな歌を繰り返しな
がら歩いてゆく旅回りの貧しい楽士を見かけた。《おとぎ話》の元に
なった劇《ラドゥースとマフレナ》が再演されたとき
(1907年)の改訂
追補には、その経験も反映されている。当楽章はその《ラドゥースと
マフレナ》改訂素材から転用されたもので、作曲家の人生の転変を
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重ねるとまた感慨を覚えずにいられない。
第4楽章
「幻影の力」 不気味な浮遊感のなか断片的な動機が飛
び交いながら始まる楽章は、やがて急速な8分の3拍子に転じ、幻
想のさまざまな貌が跳躍するスケルツォ風の音楽へ。中間部で音楽
はアンダンテにテンポを落とし、執拗な刻みのうえに息長い歌とさま
ざまな楽想が絡み合いながら、昂揚と変幻をみせ……ふたたび急速
な8分の3拍子へ。 強烈な一撃が乱舞を断ち切ると、さざめきの中
に音楽は鎮まり、消えてゆく。
第5楽章
「夜」 旅路の果てにたどりつく夜の世界。冒頭楽章など
これまでに登場したモティーフも聞こえつつ、再び「生命と慰めの声」
に耳を傾けるような……しかし、日射しに灼かれた昼の世界とは異な
る音楽は、巨大な夜想に魂を溶かすように、印象深い終結部へ。
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スークの旅は、生の葛藤と愛の幸福を描く次の交響詩《人生の実
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り》へ続いてゆくのだが、この交響詩《夏の物語》は、それ自体でひ
とつの大きな想念の宇宙を響かせる傑作となったのだ。
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作曲年代: 1907 ~ 09年
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る境地がそこに響く。コラール風の楽想を軸に多彩なイメージも広が
演: 1909年1月26日 プラハ カレル・コヴァジョヴィツ指揮チェコ・フィル
《夏の物語》に寄せて
《夏の物語》は、おそらくスークの最も印象派的な作品で、
穏やかで瞑想的です。《アスラエル》終結部の雰囲気に始まり、
魂が癒やされる道を示しています。この作品でスークは、自身
のより深く長い癒やしの旅を試みます。音楽によるセラピーといっ
てもよいでしょう。この曲は色彩豊かなオーケストレーションをも
ち、親愛なる聴衆の皆様にお届けする価値があると思います。
第3楽章には2本のイングリッシュホルンの素晴らしいデュエット
があり、大変ユニークです。ドラマに満ちた、美しいオーケスト
ラの音色をお楽しみください。
(ヤクブ・フルシャ)
from TMSO
マエストロ
ひとこと
メッセージ
TOPICS
楽器編成: フルート3
(第3はピッコロ持替)、 オーボエ2
(第2は第2イングリッ
シュホルン持替)、 イングリッシュホルン、クラリネット3
(第3はバス
クラリネット持替)、ファゴット2、コントラファゴット、 ホルン6、トラ
ンペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル、
タムタム、シンバル、大太鼓、オルガン(任意)、ピアノ、チェレスタ、
ハープ2、 弦楽5部
©堀田力丸
「作曲家の肖像」シリーズ Vol.97
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