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速報
平成 27 年特許法改正
-職務発明制度見直しの概要-
平成 27 年特許法等の一部を改正する法律が本年 7 月 10 日に公布されました。
今回の改正では、職務発明制度(特許法 35 条)が見直され、現行法の基本原則
が一部大きく変更されます。
<目 次>
1. 現行法の職務発明制度
2. 現行法の問題点
3. 改正の概要
4. 改正の具体的内容
5. まとめ
6. 今後の問題点
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1. 現行法の職務発明制度
(1) 現行特許法は、自然人のみが発明を創作できるという観点から、発明完成
によって発生する「特許を受ける権利」は発明者に原始的に帰属する発明者
主義を採用しています。
(2) 職務発明においても発明者主義をとりつつ、契約等により従業者は特許を
受ける権利や特許権を使用者に承継することが可能で、この場合は相当の対
価(補償金)を請求する権利を認める権利主義を基本理念としています。
(3) しかし、契約等に従って発明者に対価が支払われた場合においても、相当
の対価の算定をめぐって発明者から高額の対価請求訴訟が続発し、対価の額
の算定が争われました(オリンパス事件等)。
(4) そこで、訴訟のリスクとコストの低減を図るため、対価が相当であるため
には、対価の決定から支払いまでの全過程を総合評価して「相当の対価」が
不合理でないことを必要とする旨の規定が平成 16 年改正で追加されました。
2. 現行法の問題点
平成 16 年改正法の下での対価請求訴訟はほとんどなく(判例では野村證券事
件(東京地裁平成 26 年 10 月 30 日判決)が目立つにとどまる)、「相当の対価」
1
に関する予測性はある程度確保されてきたと考えられます。しかし、その後、
産業界からは、現行法は、近年の企業におけるイノベーションの変化に対応で
きなくなっていると指摘されてきました。その主な理由は以下の通りです。
(1) 対価算定の困難化による訴訟リスクの再燃
近年、発明は、一人の発明者でなくグループ単位で行われ、しかも、発明
者の他にも多くの従業者が発明完成に協力するのが一般的であり、また、一
つの製品に数百・数千の特許が使用されることもあります。このような一発
明多人数関与や一製品多特許化によって、発明者の受ける対価の算定が複雑
化して困難になり、訴訟リスクが再燃するおそれが生じています。
(2) 権利帰属の不安定化
現行法は職務発明について予約承継を認めていますが、権利承継について
以下のような問題が生じていました。
① 二重譲渡の問題
完成した発明は発明者に原始的に帰属するため、発明者から使用者への
承継とは別に第三者への二重譲渡も可能です。特許を受ける権利の二重譲
渡は出願が対抗要件であるため、(特許後に法定通常実施権は取得できる
としても)使用者が特許を受ける権利自体を取得できなくなるという問題
がありました。
② 共同発明の問題
複数の企業間や研究機関との共同研究開発によって生み出された発明
は、共有関係の権利処理が困難になる場合があります。例えば、異なる企
業に属する複数の研究者が完成した共同発明について、自社の発明者の共
有持分を他社に譲渡する場合のみならず、自社に承継する場合でも他の共
有者の同意が必要となるため、権利関係の処理が困難となり、権利帰属が
不安定になるという問題もありました。
3. 改正法の概要
上記各問題点の解消を求める産業界からの強い要請により、今回の改正が行
われることになりました。
(1) 発明者主義の一部修正(改正 35 条 3 項)
契約・勤務規則等の定めによりあらかじめ使用者(企業等)に特許を受ける
権利を取得させるように定めることが可能となり、このような定めをしたと
きは、特許を受ける権利は発明が完成した時点から使用者に帰属(使用者原
始帰属)します。ただし、現行法と同様の発明者主義を維持することも選択
できます。
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(2) 発明者が受ける報酬(改正 35 条 4 項)
発明者が受けることができる報酬が「相当の対価」から「相当の利益」す
なわち「相当の金銭その他の経済上の利益」に変更されます。
(3) 経済産業大臣による指針の公表(改正 35 条 6 項)
発明者の受ける報酬の内容を決定するための手続について経済産業大臣が
指針を定めて公表する規定が追加されます。
4. 改正の具体的内容
(1) 発明者主義の一部修正
①
改正法は、発明者主義の原則は維持しつつも、契約・勤務規則等によっ
て定めた場合に限り、使用者が特許を受ける権利を原始的に取得すること
を認めます。使用者原始帰属が選択可能となったにすぎず、一律に変更さ
れるわけではありません。したがって、使用者原始帰属の定めがない限り、
発明者が原始取得することは現行法と同じで変更はありません。
②
使用者原始帰属の定めがあれば、特許を受ける権利を発明者から承継す
ることに起因する上述の二重譲渡の問題は確実に解消され、また、共同発
明の問題も迅速な権利関係の処理が可能となります。
③
なお、職務発明の定義は現行法と同様で、また、職務発明ではない発明
は、予約承継も使用者原始取得もできないことに変更はありません。
(2) 発明者に対する報酬
①
現行法は、職務発明について発明者の受ける報酬を「相当の対価」と規
定し、これは金銭と解されています。平成 16 年改正により「相当の対価」
の予測可能性はある程度確保されて訴訟リスクは低減しましたが、前述の
ような一発明多人数関与や一製品多特許化に起因する対価訴訟リスクが再
燃するおそれが指摘されました。
そこで、発明者の報酬を金銭に限らず、昇進や昇格、金銭以外の報奨等
といった経済上の利益、あるいはこれらと金銭を組み合わせることによる
報酬を条文上可能とするため、
「相当の対価」を「相当の利益」すなわち「相
当の金銭その他の経済上の利益」と変更し、上述の訴訟リスクの低減を図
ることとしました。
②
改正法が規定する、発明者が受けるべき「相当の利益」は、使用者が特
許を受ける権利を原始取得する場合だけでなく、現行法と同様に承継取得
した場合にも適用されます。
すなわち、発明者の受ける「相当の利益」は、使用者が特許を受ける権
利を原始取得する定めがあっても承継取得のままでも区別はありません。
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(3) 経済産業大臣による指針の公表
①
改正法が特許を受ける権利の原始取得を使用者である企業に認めたこと
により、使用者、特に大企業の優越が助長されるようになってはなりませ
ん。改正法の下でも、研究者・発明者の発明に対するインセンティブを確
保することが前提になります。しかし、使用者と従業者の自主的な取り決
めに一任すると各企業等の間で「相当の利益」について大きな差異が生じ、
その結果、従業者の発明意欲を阻害する可能性があります。
②
このため、
「相当の利益」について、使用者と従業者の利益の調整を円滑
化して訴訟リスクを低減するため、経済産業大臣は産業構造審議会の意見
を聴いてガイドラインを公表することを条文に規定しました。このガイド
ラインはまだ公表されていませんが、施行日までには公表されることにな
ります。
5. まとめ
改正法が現行法から変更されるのは以下の 3 点であり、その他については現
行法と実質的に変更はありません。
(1) 特許を受ける権利について、契約や勤務規則の定めにより、使用者原始取
得を選択することが可能となる点
(2) 発明者の受ける報酬は「相当の利益」として金銭以外も可能となる点
(3) 「相当の利益」の基準決定の考慮事項について、経済産業大臣がガイドラ
インを公表する点
6. 今後の問題点
改正法施行日(2016 年 4 月 1 日の見込み)以降、使用者原始取得を選択する
場合、企業は従業者と新たな契約を締結するか、従業者は新たな勤務規則に合
意する必要があると考えられますが、特に大企業の場合、研究者も多く、技術
開発に携わるすべての従業者からその旨の合意を得られない事態も想定されま
す。この場合、その後の権利関係や相当の利益の決定がさらに錯綜する懸念が
あります。施行前に十分な準備が必要と解されます。
以上
2015 年 7 月
©SEIWA PATENT & LAW
(IP 情報室)
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<参 考>
条文新旧対照表
現行第 35 条
改正第 35 条
1 使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」
という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方
公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使
用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至っ
た行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去
の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)につい
て特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受け
る権利を承継した者がその発明について特許を受けたと
きは、その特許権について通常実施権を有する。
1 使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」
という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方
公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使
用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至っ
た行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去
の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)につい
て特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受け
る権利を承継した者がその発明について特許を受けたと
きは、その特許権について通常実施権を有する。
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明
である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける
権利を若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため仮
専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた
契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明
である場合を除き、あらかじめ、使用者等に特許を受け
る権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、又は
使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定
することを定めた契約、勤用実施権を設定することを定
めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
3 従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則
その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受け
る権利を取得させることを定めたときは、その特許を受
ける権利は、その発生した時から当該使用者等に帰属す
る。
3 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務
発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許
権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設
定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職
務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した
場合において、第三十四条の二第二項の規定により専用
実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の対
価の支払を受ける権利を有する。
4 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務
発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、
使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため
専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他
の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実
施権を設定した場合において、第三十四条の二第二項の
規定により専用実施権が設定されたものとみなされたと
きは、相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七
項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有す
る。
4 契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価につ
いて定める場合には、対価を決定するための基準の策定
に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状
況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定
について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を
考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが
不合理と認められるものであつてはならない。
5 契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益につ
いて定める場合には、相当の利益の内容を決定するため
の基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行わ
れる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相
当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの
意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところによ
り相当の利益を与えることが不合理であると認められる
ものであつてはならない。
6 経済産業大臣は、発明を奨励するため、産業構造審議
会の意見を聴いて、前項の規定により考慮すべき状況等
に関する事項について指針を定め、これを公表するもの
とする。
5 前項の対価についての定めがない場合又はその定め
たところにより対価を支払うことが同項の規定により不
合理と認められる場合には、第三項の対価の額は、その
発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に
関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇
その他の事情を考慮して定めなければならない。
7 相当の利益についての定めがない場合又はその定め
たところにより相当の利益を与えることが第五項の規定
により不合理であると認められる場合には、第四項の規
定により受けるべき相当の利益の内容は、その発明によ
り使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して
使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の
事情を考慮して定めなければならない。
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