2326 スパコン私達の履歴書 前号に引き続き、日立製作所でスーパーコンピュータを開発されていました 小高様、河辺様のお話です。前回は、S-810を開発するまでのお話でした。今回 は、その後と技術に関するお話、それから若い人へのメッセージを語っていた だきました。 小高 俊彦 (株)日立製作所フェロー 河辺 峻 明星大学情報学部学部長、教授 (Vol.15, No.1 2010から続く) Q5:技術者からマネージャになられて仕事は変わりま したか? (小 高)私 は、S-810出 荷 の 後、HITAC M-680H と い う 汎用コンピュータの開発に携わって、その時には、 段々、開発の全体を調整していくような役割に、実装 技術とか、前にお話した生産技術のところもあります けれど、設計だけではなく全体の進行を調整していく ような役割が増えてきました。河辺さんは、S-810の 後、S-820[6] に向かうのですね。 (河辺)S-810は小高さんがプロジェクトリーダーだった のですけど、その後の後継機は、3世代位まで、私がプ ロジェクトマネージャーになりました。やっぱり、重 要顧客と会話する機会が随分増えて、お客様と話をす ると、必ず、こういう機能が欲しいとか、分子科学研 究所でいうとインデックスアドレッシングを速くしろ とかですね。ここの性能が速いのがいいとか、そうい うことをいろいろと仰ってくださった。そういうのを 聞いて、次の開発にフィードバックするというのが、 国産のスーパーコンピュータの良さなので、そういう アーキテクチャを追加していくことが可能でした。作 る側と使う側の会話がすごく重要だと思いました。い ろんなことを言ってくださるユーザが大切なのです。 小高さんの場合は、有馬先生、柏木先生だったのかも しれませんね。 (小高)そうですね。有馬先生、柏木先生の高速計算 への思いに何とか応えたいという思いがありました。 1983年 出 荷 の S-810の 後、S-820、S-3800[7] と 河 辺 さ ん が ず っ と 担 当 さ れ た。S-820は、M-680H と ほ ぼ 同 じ実装技術を使って、そして M-880の開発があって、 S-3800があります。この図3は参考文献 [1] の引用なの で汎用大形コンピュータについて書いたものですが、 M-200H の後に、S-810、M-680H の少し後に S-820があ る。S-820は1987年出荷ですから2年後にスーパーコン ピュータが出る。M-680H の頃からそうですね、その頃 からスーパーコンピュータは河辺さんが担当して、一 緒にやっていたという感じです。 (42) 図3 コンピュータシステムの進展と日立が開発した大形 コンピュータシステム 参考文献 [1] より 図4 HITAC S-820 提供:株式会社日立製作所 計算工学 小高 俊彦・河辺 峻 (小高)例えば、ベクトルレジスタの部分とか、乗算加 算器のように繰り返し性の高いところは、できるだけ 集積度の高い LSI に詰めてしまいたいのです。それは 繰り返し性があって数多く使われることで、専用のも のを作りたくなるのです。しかし、プリント基板に載 せる一般的な LSI と同じパッケージサイズにしなけれ ばいけない。そうすると熱の問題も出てきますから、 集積度を上げて熱を沢山出すと冷却がむずかしくなる し、回路のスピードを若干落としてトランジスタの発 熱を抑えて冷却できるようにすると、河辺さんの方で うまく設計上のバランスが取れるのかどうか、そうい う議論の中でいいところを探らなければいけない。特 にメモリを高速化し、その実装の集積度を上げると、 発熱の密度が高くなります。私どもは S-810では空冷で やっていましたので、空気で冷える限界というところ に、熱を押さえ込まなければいけない。その辺りがい つも課題だったですね。一方、コストの問題は重要な ので、完成して出荷する時にあるリーズナブルなコス ト、つまり歩留まりがある程度の所にいかないといけ ないわけですから、半導体を生産するときに、そこの 見通しをつけなければいけない。チャレンジし過ぎて しまうと、そこの歩留まりが上がらない可能性があり ますし、チャレンジしないと性能が出ない。そのギリギ リの所はどこかという議論をしていたように思います。 図5 HITAC S-3800 提供:株式会社日立製作所 (河辺)その頃、小高さんは汎用コンピュータとスー パーコンピュータの両方に責任をもっていて、私は スーパーコンピュータの開発を進めていましたね。 (小高)私は全体の調整役。河辺さんが、スーパーコ ンピュータの担当者と話しながら、どういう機能を追 加していくかとか、性能としてどこまで頑張れるかと か。やはり、汎用コンピュータよりも周波数を上げな くてはいけないので、実装技術としては同じようなも のを使いますが、どうしても頑張らなきゃいけないと ころがスーパーコンピュータ側にありまして、LSI をさ らに集積度を上げたものを特別に作ってもらうことが できるかなど開発部門と詰めたりしていました。 (河辺)むずかしい問題ですね。エンジニアの感覚とか 知識とか、将来に対する見識の問題ですね。 (小高)半導体のプロセス技術は年々進んで行きますか ら、今、容易にできる技術を使っているとチャレンジ ングではないので、私達も他社の方もそうだったと思 いますが、どこをギリギリで狙っていくかが重要なポ イントでした。シーモア・クレイのチャレンジング精 神は、その上を行っていたかもしれません。シーモア・ クレイのチャレンジ目標は、私達から見るととても刺 激がありましたね。 (河辺)例えば新しい半導体を開発しなければならない とすると、日立全体の中でどういうものを開発をして いくかという問題になりますから。私はスーパーコン ピュータとして、こういうものを作りたいという中か ら、どういう半導体が必要か決めるのですけれど、私 はどちらかというと要求する立場で、小高さんは、お 金と技術とから決めていく立場だった。 (小高)それぞれ、実装技術を専門にやっている人と か、半導体技術を専門にやっている人とかの人達の意 見を聞いて、出荷する頃にリーズナブルなコストでで きる集積度はどの位か、どこまでやったらいいかとい うことの意思決定をしなければいけなかったですね。 出荷する頃に歩留まりがある範囲以内に必ず上がって くるような技術に対して、数年前にチャレンジしなけ ればいけない。この辺が非常に難しい課題ですね。 (河辺)特に高速メモリの部分、ベクトルレジスタに使 う高速メモリとかは、本当に技術の最先端の部分でや らなければいけないので、いろいろ議論した覚えはあ ります。 Vol.15, No.2 2010 2327 Q6:最後に若い人へのアドバイスをお願いします。 (河辺)個条書きにしました。 ・夢を持ってその実現のためにおおいに努力する。 ・そうすると「天は自ら助くるものを助く」 Heaven helps those who help themselves. ・その夢はいつのまにか実現する。 夢というのは、「坂の上の雲」みたいに、それに向かっ て努力することが重要かなと思います。小高さんから 引き継いで、プロジェクトマネージャーになると、い ろいろと大変なことがあるのですが、でも一所懸命努 力していると、何かある時に誰か思いがけない人が 助けてくれる。社内でもそうですし、社外のお客様 だってそうです。私は大田区の公立中学だったのです (43) 2328 スパコン私達の履歴書 けど、その時、スパルタな英語の先生がいて、いくつ かの文章を覚えろというのがありました。その中に、 「Heaven helps those who help themselves.」 というのがあ り、何故覚えているかと申しますと、意味がよく分か らなかったからなのです。「天は自ら助くるものを助く」 と訳すのですけれど、どういう意味かなと思って。文 法上は関係代名詞が使われている例として覚えたので すが。確かに努力していると、誰か助けてくれる人が 出てくるのです。すると、自分が持っていた夢が、い つの間にか実現する。若い人へのアドバイスという意 味では、「 夢を持って、その実現のために継続的に努 力する 」 が、やっぱり大切で、いろいろな問題とか出 てくるけど、それに対して援助の手を差し伸べてくれ る人が出てくる。不思議なのですよね。それがお客様 だったりすることもあります。 (小高)私の場合、メッセージは6項目あるのですが、そ の内、特に1と3かなと思います。 1.開発には若い人のエネルギーが必要である。 2.開発には道具の準備が必要。 3.努力に値する人生が開ける。 4.自分の夢を思い続けることが大切。 5.努力していると多くの人が助けてくれるときがくる。 6.変化に対応し続けることが大切。 私の開発の経験から感じてまして、やっぱり若い人は 重要ですね。次に道具の準備が必要で、いろいろ準備 してから頑張る。努力すると努力に値する人生が開け る。そのためには、自分の夢を思い続けることが重 要。努力していると、多くの人が助けてくれる。 (河辺)若い人は体験としてこのことをよく知らないので す。でも努力していると5番が来る。人が助けてくれる。 (小高)そして、一番強いメッセージ「努力に値する人生 が開ける」については、次のようにつながっています。 ・開発の仕事はいつも順調にいくとは限らない。 努力の継続が大切である。 仕事が好きであると、努力の継続ができる。 ・努力の継続により、 多くの人が協力してくれるときがくる。 担当したい仕事(自分の夢)を担当できるときがくる。 →努力に値する人生が開ける。 これは私の経験なのですけど、スーパーコンピュータ のような高速のコンピュータを「作れるといいな」と 思っていると、事業として、そういうものを作ろうと いうことになりました。そういう時に、上司から見る と、小高はこういうのが好きそうだということで、担 当してみないかという話が来るわけです。ですから、 ずっと夢を持っていると、それを周りの人にも分かる ようにしていると、そういうことが出来る時が来ると いうことですね。こういうことを、若い人に伝えたい なと思っています。 これからは、技術が変わり、マイクロコンピュータ の性能がドンドン上がってきましたから、ここでお 話したように沢山の LSI を開発して作っていくという のではなく、並列に並べてスケーラブルに実現してい く。むしろ、仕事を並列のコンピュータに割と苦労し ないでも配っていくソフトウェア的な道具だとか、そ ういうものが必要となって来るということになると思 います。コンピュータ(サーバ)でもストレージでも バーチャル化が進んできました。特にストレージはか なりバーチャル化が進みましたので、例えばデータの 論理的なファイル名でアクセスした時に、物理的なス トレージとしてはどこに格納されるのか、ユーザから 見えなくなっています。コンピュータ(サーバ)の方 でも、そういうことが進むでしょう。マイクロコン ピュータが沢山あって、どこでどう仕事が分担されて いくのか直接見えないけれども、計算が高速で行われ て結果が出てくる。そういう仕組みがだんだん作られ ていくのではないでしょうか。 (河辺)結局、その技術というのは、各要素でそれぞれ が連続的に進歩するのではなくて、ギクシャクしなが ら、進歩するところは大きく進むし、進歩しないとこ ろは遅れたままでギクシャクして行く。でもそういう のを解決するのがエンジニアなので、ギクシャクしな がら行くのもいいじゃないかと思っているのです。並 列の方にドンドン行って、ソフトウェアの開発は、こ れから大変になると思います。 (小高)河辺さんと基本的に一致しているのは、要素技 術はアンバランスに進歩するということ、そこのバラ ンスを取るのが、システム設計側の仕事だということ です。例えば、DRAM の集積度はドンドン上がって来 ますよね。10年で50倍位のペースで上がっています。 一方アクセスタイムは、せいぜい2倍から3倍とか。シ ステムサイドから見ると、容量が上がったら、アクセ スタイムも速くなってくれないと性能が上がって行 かないわけです。それを仮想的にでも速く見せるため に、そのキャッシュメモリの技術が上がっている。一 次キャッシュ、二次キャッシュ、三次キャッシュ、と レベル3まであります。それでシステム的にはバランス を取ろうとしているわけです。結局、技術がアンバラ ンスに成長するところを、システム技術でどうバラン スを取るかが重要です。この例は DRAM の話ですが、 いろいろな所にそういう問題が出て来ます。そこを解 決する方法が大事であるというのは、河辺さんと私で 非常によく似た感覚なのです。 (河辺)これからもそうだと思っています。そこが本当 にエンジニアの腕の見せ所ですね。アンバランスな技 術の進歩をどう埋め合わせていくかというのは。 (44) 計算工学 小高 俊彦・河辺 峻 (石谷)昔、スーパーコンピュータが出てきた時、スー パーコンピュータで計算しても、その結果をネット ワークで送れないという話がありました。次世代スパ コンができると、また、そういう話が復活しそうです。 とは考えてもみませんでした。周りで見ている人達、 生産技術や製造部門の人が、「やってやるよ」と。これ さえ解決すればいいんだけどと話をしていると、皆が 助けてくれるのですね。そういう時が来る。山登りで いうと8合目あたりで宙づりになっている。周りが、あ れは何とかしてやらないといけないと思いだす。こう いうのは、とっても印象深いのです。大きな開発をや ると、必ずそういうことがいくつか出てくる。そうい うことを、是非、若い人に伝えたいのです。経験しな いと、実体験していないとなかなか理解できないと思 うのですが。予め先を考え過ぎてしまうと、チャレン ジしにくいのです。 (小高)そうですね。ものすごい量のデータベースができ て、それをどう活かすかがこれから問題になりますね。 (河辺)それはまた、そこで考えれば、いろいろな案が 出て来るように思います。単なる数字の羅列ではだめ で、これから可視化技術が重要ですね。 (佐々木)コンピュータから出た膨大なデータを、また コンピュータに入力して解釈する。統計処理とか、数 学とかを情報技術を使って解釈しないといけない。人 間が理解するのに時間がかかるようになって来てい る。知識を使ったり、特長を抽出したり、分類したり は大学で始まっています。可視化技術は見せるだけで はなく、クラスタリングするとか、意味を付ける技術 が大事じゃないかと思っています。 (河辺)私は、ある日、大学からのお誘いがあって大学 に行くことにしました。現在、大学に勤務しています が、学生相手は若返って楽しいです。若い人はエネル ギーがあるので、きっかけさえあればいいのだと思い ます。「Heaven helps those who help themselves.」 は、150 年位前に書いた人の本 [8] の最初のページにあるので す。その中には、ニュートンは学生時代は成績はビリ から2番目だとか、ジェームス・ワットも劣等生だった とか。つまり小さい頃は出来なかったけど大成してい る人が多い、逆に小さい頃の天才少年とか天才少女は 大成しにくい。何故かというのが書いてあるのです。 答えはですね、辛抱するとか、努力するとか、特に辛 抱するというのを、人間は持たなきゃいけないって書 いてあるのです。結局、小さい頃からの天才は辛抱す ることを必要としないので大成しにくい。逆に出来の 悪い人ほど、辛抱を強いられているので、何かきっか けさえ掴めば大きく伸びますよと。 2329 (河辺)その本によると、よいお手本を示しながら穏や かな訓練をさせるのがいいと書いてあるのです。そこ で、ガミガミ言ってはいけない。よい手本とは、言う より実行して見せなさいということですけど。実践的 な教育をやって、成長してくれればよく、親は成長が 遅い時にいらいらするなとも書いてあります。じっく りやりなさいって。これは教育の本質的なところです ね。もっともこの部分はなぜか訳されていなくて、原 本を読まないといけませんが。 (小高)若い人は伸びる時にすごく伸びますから、ある 時何かのきっかけで自信をつけると、3年で見違えるよ うになりますね。早い人は3年もかからない、2年でも。 (河辺)遅い人でも一仕事、一プロジェクトが終わると 若い人は成長しますね。(了) (小高)努力していると、多くの人が助けてくれる時が 来るのですよね。 (河辺)苦労している人間は、辛抱することを覚えてし まうのですね。今若い人は苦労することについては、 直ぐに「できません」とか言って諦めてしまう。まずは 行動する力を身につけることが大切と思います。 (小高)前にお話したプリント基板の裏に部品を実装す ることについてですが、当時、私は製造部門に頼める Vol.15, No.2 2010 インタビュー後、日立製作所本社ビル前にて (左から、佐々木直哉さん、小高俊彦さん、河辺峻さん) [2009年7月8日(水) (株)日立製作所 研究開発本部(東 京、丸の内センタービル)にて] (45) スパコン私達の履歴書 2330 ■参考文献(前号を含む) [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 小高俊彦、“「ユビキタス」への歩み”、日立評論創刊一千 号記念特別号、日立評論、Vol.87, No.5, pp.28-33,(2005) 国立科学博物館「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」、 第00042号 ス ー パ ー コ ン ピ ュ ー タ HITAC S-810、 ス ー パーコンピュータ HITAC S-820−国産初期のスーパーコ ンピュータ−、(2009) http://www.kahaku.go.jp/institution/sts/material/index.html “小特集 最近のコンピュータ技術の動向とスーパーコ ンピュータ”、日立評論、Vol.65, No.8, pp.1-34,(1983) シドニー・ファーンバック(著)、長島重夫(訳)、“スー パーコンピュータ”、pp.155-182, パーソナルメディア、 (1988) 桑原 裕/丸山 瑛一(編)、野中 郁次郎(監)、“MOT 技 術 経 営・ 歴 史 の 検 証” (MOT テ キ ス ト・ シ リ ー ズ)、 pp.32-35, 丸善、 (2007) “小特集 スーパーコンピュータ”、日立評論、Vol.69, No.12, pp.1-86,(1987) “特集 創造の領域を拡大するスーパーコンピュータシ ステム”、日立評論、Vol.75, No.5, pp.1-68,(1993) Samuel Smiles:Self-Help: With Illustrations of Character, Conduct, and Perseverance, Oxford University Press.(2002) [自助論(竹内均[訳])、三笠書房(2002)] インタビューを終えて 担当編集委員から Cray-1 で始まったスーパーコンピュータの時代に、国産 のメーカはどう対応したのかを垣間見るお話でした。国 産機では時代の最先端の LSI が使われ、そのための苦労 も少なくなかったようです。若い人へのメッセージにつ いて、お二人が偶然、同じご意見をお持ちだった点は、 お二人も驚いていらっしゃいました。この点が、非常に 印象的でした。 また、とても温厚な人柄のお二人ですが、その内に秘め た情熱と勇気は並々ならぬものをインタビューで実感で きました。特に、 「今、容易にできる技術を使っていると チャレンジではないので、... どこをギリギリで狙っていく かが重要なポイントでした。 」という言葉がとても胸に響く ものでした。 (佐々木 直哉) 今回の記事は、元 NEC の渡辺様の記事もありましたの で、是非、日立の開発者の方にもと考えていましたとこ ろ、日立製作所より分子研に出向されていました米沢東 夫様及び彼の先輩諸氏のご尽力で、小高様、河辺様をご 紹介して頂きました。関係者の皆様には大変お世話にな りました。この紙面を借りて御礼申し上げます。また、 残念ながら、この記事をまとめている最中に、元日立製 作所の村田健郎様逝去の訃報が届きました。心からご冥 福をお祈り申し上げます。 (石谷 隆広) (P31 より続く) The theme of Expo’ 90 was gardening and greenery. We were interested in creating another scientific visualization that exceeded our original creation in“We are Born of Stars.” In the first film, we followed the Big Bang through star and planet evolution, through the formation of molecules, protein, DNA strands and eventually life itself. We created a 3D visualization of how we were, indeed, born of stars. Continuing our previous story, and in keeping with the theme of the exposition, we chose to follow sunlight, its interaction with plants and create a visualization showing how the sun’ s energy eventually ends up providing all of us with the ability of motion. The story line shows light energy from the sun, converted via photosynthesis to sugars, which are then consumed by humans and converted into the energy needed to move muscles. We wanted to show the entire chain of reactions from sunlight to human motion. (P48 へ続く) (46) 計算工学
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