3 英語俳句の作り方

英語俳句の作り方
英語俳句の作り方
安倍冨士男 2005 年9月21日
英語俳句にチャレンジする生徒用の資料
出典:http://www.alc.co.jp/clubalc/haiku/eigohaiku/index.html
共催 World Haiku Club
執筆 瀧口 進
第1回 「俳句のこころ」を世界に伝えよう
日本の皆さん、はるかイギリスからこんにちは。
このたび、皆さんとご一緒に英語俳句を勉強していくことになりました瀧口
です。イギリスに住み着いてから今年の7月で 30 年になります。第1回は総
論とします。
俳句は俳諧の連歌のころからざっと 500 年、芭蕉没後 300 余年、子規没
後 100 年、戦後日本だけでなく、北米を中心に世界に広まり始めて 50 年、
そして今回私が扱っているように、推定 70 カ国語で愛好される「世界俳句」
という名の存在となって約 10 年--という風に時間的にとらえることができま
す。
世界の俳句人口などは国連の統計にもないし、きちっとした調査もされて
いないので不明であり、「俳句をやる人間」の定義の仕方によって大幅に数
が揺れるはずですから、正確なことはだれにもわからないでしょう。それでも
日本では何百万人という単位であるのに対し、日本以外では何千、多くて
何万人という規模でしょう。
別の見方でとらえると、例えば日本の俳句3団体がそれぞれ会員数1万人
という線なのに対し、海外で最大の米国俳句協会(HSA)でさえ、会員数はた
かだか 700~800 人--イギリスでは 250 人、ドイツやイタリアなどではまたぐ
んと数が落ちるという状態です。つまり、日本の俳句人口は桁違いに多く、
言ってみれば「俳句超大国」といったところ。アメリカがやっと「俳句大国」で、
その他は「俳句中国」と、そして膨大な数の「俳句小国」ということになりま
す。
それにもかかわらず、俳句は世界的なブームを迎えています。日本の場
合は経済のバブルと同様、俳句もバブル現象であった部分が少なからずあ
るため、現在、規模は縮小傾向にあり、むしろもっと正常な線に落ち着く過
程にあると見たほうがよいでしょう。
国際関係論のような言い方をしますと、世界における俳句ブームは戦後
一貫してアメリカが主導権を握ってきました。それに言語、その他で密接な
関係をもつカナダが加わって、北米俳句圏を形成し、さらにオーストラリア、
ニュージーランド、イギリスなど英語圏の各国が追随する形で大きな“英語
帝国主義圏”を世界全体に広げています。万国共通語の英語の力、そして
国家としてのアメリカの力がここでも大いにものを言っていることがおわかり
になるでしょう。
フランス語、スペイン語、アラビア語など、多くの国家や民族が使っている
言語も終始押され気味なのです。これが俳人の数や俳句関係出版物の多
寡の問題だけなら、大したことはないのですが、俳句の手法や精神にもや
はり大きな影響があります。大ざっぱに言うとアメリカ俳句が世界的に幅をき
かせ、ほかの国の俳人は大なり小なりそれに唯々諾々と従っているといった
ところです。
「世界俳句」のもう一つの特徴は、日本と世界の間に悲劇的なコミュニケー
ション・ギャップがある--ということです。各種の要因がそうさせているのです
が、最大の原因はやはりここでも言語の障壁ということになります。世界の中
で日本語のできる人間の数は僅少であり、また、英語で俳句をどんどん平
気で書ける日本人も少ないでしょう。そこにこの英語俳句教室の最大の意
義があるわけです。
実はこれからご説明するいろいろな理由から、英語俳句は実際に始めて
みればそんなに難しくはないのです。
というのも、文法などにあまりとらわれない自由な形の俳句が英語の世界
ではできあがっているからです。しかも短詩であるだけでなく、極短詩とも言
える短さがはやっているので、日本人が苦手な長く難しい構文など必要な
いわけです。
もっと都合がよいことに、コチコチにならずに気軽な気持ちで書いたほうが
むしろ立派な英語俳句ができるのです。これはそうした気軽さが「かるみ」に
つながり、すっきりしたいい俳句になりやすいからです。
外国人にとって一番難しいのは「俳句のこころ」を理解することですが、日
本人は潜在的にそれをもっており、しかも俳句を少しでもかじっていれば漠
然とでもわかっているので、絶対的に有利なわけです。
そういうわけでこの英語俳句教室では、気軽に自由な気持ちで楽しみな
がら勉強しましょう。次回から各論ですが、まず英語俳句の form(詩形)につ
いて、つまり5-7-5の扱い方、3行形式などについて勉強します。第3回
からは季語または無季、そして英語俳句作成のガイドライン、音ないし音楽
性の問題、イメージ(絵)の問題、文法上のまとめ、英語俳句作成上のタブ
ー(やってはいけないこと)などについて述べ、最終回は結論に当てます。
では、次回まで。本日は私の英語俳句を一句ご紹介して終わりとします。
my watchdog-trembling with fear
of approaching thunder
と記述されています。こうした説明が学校の教科書などに広く取り入れられ
たため、俳句といえば杓子(しゃくし)定規に 5-7-5 シラブル(音節)となり、
逆に言えばこの形さえあればすべて俳句と呼ぶ--という安易な仕儀となっ
てしまいました。では現在の状況はどうなのでしょう。
●シラブルかビートか
結論から言えば、5-7-5 syllables はお払い箱とまでは行かずとも、完全に
下火になっています。いまだにこれに固執する俳人は守旧派と揶揄(やゆ)
され、発言するときは遠慮しいしい謝りながら物をいう有様です。
これは、ミニマリストが天下を取ってのさばっているためです。このため 3-
4-3 など極短の詩形が好まれ、ついに単語ひとつの俳句さえ登場する世
の中になってしまいました。これは単に俳句の長さだけの問題にとどまらず、
一句に盛り込む情報量、リズム、英語そのものの質(文法はじめ)、引いては
俳句のもたらす風格、形のよし悪し、フィーリングにも関わってくる問題なの
で事は重大です。どちらが正しいのか、もう少し基本的なところを見てみまし
ょう。
●禅ブームが俳句の形を決めた?
そもそも俳句を世界に紹介した人間は、古くは明治時代イギリスの Basil
Hall Chamberlain、フランスの Paul-Louis Couchoud、それに例の小泉八雲
(Lafcadio Hearn)などですが、大規模になったのはやはり第二次世界大戦
後です。イギリスの R. H. Blyth(1898-1964)がピカ一で、これにアメリカの
Harold G. Henderson、James W. Hackett などが加わり、戦後のアメリカ中心
西洋俳句の基礎固めをしました。その後、ビート時代(1950 年代アメリカで
起きた、保守的価値観に反逆し人間解放を求める運動の時期)の Gary
Snyder、Allen Ginsberg、そして Jack Kerouac、Kenneth Yasuda、Alan Watts、
William Carlos Williams、メキシコの Octavio Paz などが俳句を急速に広めま
した。
前述の Blyth が鈴木大拙に弟子入りし自ら禅僧となったのも刺激となって、
戦後アメリカでは禅ブームが巻き起こりました。このころの俳句は禅の影響
が極端に強いのが特徴です。これが英語俳句の form にも強く影響していき
ます。
基本の基本を突っ込んで分析すると、犯人はほかならぬこのシラブルとい
う言葉だということに気がつきます。すなわち、英語でいう syllable と日本語
での字音は似て非なるもの、ほぼ全面的に関係がないものなのです。
詳細は言語学者に譲るとして、英語の syllable はリズムに関するもので、す
べての字をひとつひとつ同じ重さで発音する単調な日本語には当てはまら
ないのです。
日本語の字音は正しくは beats(拍)とか phonemes(音素)と称すべき日本
語の発音の最小単位で す。a single vowel(単母音「あ」とか 「う」)か、
consonant(子音)と vowel が密接に融合したもの(k プラス a で ka、すなわち
「か」)で、英語の syllable とは数え方からしてまったく異なっています。このよ
うな異種のものを英語でまねようとしたところが初手から間違っていたわけで
す。
例えば、"English"は 2 syllables なのに日本風に発音すると 6 beats にもな
ってしまいます。同様に"milk"は 1 syllable(日本風 3 beats)、"understand"
は 3 syllables(8 beats)、"baseball"は 2 syllables(6 beats)といった具合です。
これをイギリスの国歌で試してみましょう。
God save our gracious (5 English syllables)
Queen/ Long live our noble Queen (7 English syllables)
God save our Queen/ Send...[her victorious] (5 English syllables)
ところが、同じ歌詞を日本風発音で読むとこうなります。
ゴッドセイ (5 Japanese beats)
ブ・アワ グレーシャ (7 Japanese beats)
ス・クイーン (5 Japanese beats)
つまり、日本風発音にすると、「神よ、われらの尊き女王陛下を救い給え」
とだけしか言えないわけです
Henderson の、小品ながら名著とされる『俳句入門(Haiku in English)』に象
徴されるように、この初期の時代には、人々は日本の俳句の決まりや技法を
そのまま踏襲しようとしました。有季定型をはじめ、彼らなりに消化した日本
の俳句の特徴を周知徹底させたため、西洋俳句の原型が固まったと言って
いいでしょう。特に詩形が目につきやすく、取っつきやすかったので、このこ
ろの流派は俗に"five-seven-five form"と呼ばれていました。
エンサイクロペディア・ブリタニカの俳句の項には、"...Japanese poetic
form of 17 syllables arranged in three lines of 5, 7, and 5 syllables each..."
●ルール順守から本質探しへ
さらに日本語の五七調は、語呂として気持ちがよく、文学的・詩歌的なリズ
ムとして一千何百年もかけて定着したもので、英語とは縁もゆかりもない代
物です。さすがのアメリカ人も 50 年俳句をやっているうちにそこに気づいて、
「英語の5-7-5では長すぎて情報量が多すぎ、俳句の brevity(短さ)の
感じが出ない」と結論し、今度はどんどん削り始めました。
北米俳句のバイブル的な存在となった句集に Cor van den Heuvel 編の
"The Haiku Anthology"というのがありますが、そこからいくつか見てみましょ
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英語俳句の作り方
う。
lily: (2 English syllables)
out of the water… (5 English syllables)
out of itself (4 English syllables)
[written by Nicholas Virgilio]
summer moon -- (3 English syllables)
the only white (4 English syllables)
in the afternoon sky (6 English syllables)
[written by William J. Higginson]
i end in shadow (5 English syllables)
[written by Bob Boldman]
最後のは一行句(one liner)で、まだ稀(まれ)ですが、一部で流行っていま
す。そのほか2行、4行の句もかなり普通になってきており、5行のものさえ出
てきました(5行は英語短歌と混同されるきらいがありますが……)。
英語俳句ではなぜ行替えを行うのでしょう。これは、verse(詩)の語源であ
るラテン語の vertere が、to turn、すなわちページを繰ったり、書き物の行を
改めることを意味し、行替えが詩の本質的な部分として発展してきたためで
す。行替えのない詩は詩と呼べないのです。上記のように一行句が出てき
たのは、俳句を伝統的西洋詩から完全に引き離す"反乱"の結果と言えま
す。
the smell of earth
Eating のように現在進行形にするのはよくないという人もいますが、語数が
少なくてすみ、文字どおり「今食べている」という動作が進行中である感じが
出て、臨場感を高める効果があります。
new potatoes の後のダッシュは「切れ字」の代わりの役割を果たしますが、
こういう「間」というか pause をつくるものを caesura といいます。
3行目の the smell of earth がこの俳句のテーマになります。3行目には、こ
うしたテーマや意外な事柄(驚き)などを盛り込むのがコツです。新ジャガを
食べているという当たり前なことの後に、土の匂いともってくるところが「オ
チ」になるわけです。
これをもうちょっとひねってみましょう。土の匂いをかぐのでなく、思い切っ
て「食べる」にしてしまいます。
new potatoes I eat
the smell of earth too
これを「新じゃがや土のにほひも共に食ふ」の英訳としてやっても結構で
す。最後のピリオドも、省略してしまうことがほとんどですから、日本人には
楽チンです。
pussy willow
jacaranda,
cherry blossoms
bluebells
daffodil
Easter
long day
May Day
mountain rose
pheasant
fireworks
rose
loon
hydrangea
balcony
beetle
cicada
chickadee
drought
flood
flies
gnats
ice cream
acorn
autumn equinox
deer
dragonfly
geese
gossamer
Japanese
anemone
leaves turning
colour
bare tree
Christmas
buzzard
cold
cough
fox
hare
rabbit
hunting
Indian summer
North wind
owl
falling leaves
以上、極短の英語俳句を瞥見(べっけん)したので、最後に5-7-5の英
語俳句がどんなものか、比較の意味で見てみましょう。
after father's wake
the long walk in the moonlight
to the darkened house
[written by Nicholas Virgilio]
Between two mountains
the wings of a gliding hawk
balancing sunlight
[written by David Elliot]
今では「長ったらしい」と言われていますが、よくよく読んでみると、5-7-
5もまんざら捨てたものではないような気になってきます。要は作者が声を出
して読んでみてスラスラと調子よい響きがあり、しかも brevity の感覚が出て
いれば成功という気がします。長さやリズムは作っている個々別々の句に決
めさせればよいのではないでしょうか。
第 3回 季 語 を折 り込 んで俳 句 を作 ろう
前回は、現在の英語俳句の場合、5ー7ー5のシラブルは事実上無視して
よい--というのが骨子でした。今回は、季語がどう扱われているかを見てみ
ます。
●イメージしやすい「雪の夜」と「秋の暮れ」
次に、海外でも季語のチャンピオンのひとつ、「雪」の夜を想起してみてく
ださい。snow at night としますか。表に出てみると門灯の当たっているところ
と、影の部分がくっきりと対照的です。特に人々が日中つくった足跡が、真
っ暗に底深く見えます。
footprints look deep
in the outside light snow at night
意外と簡単でしょう。体言止めのような調子で、トントンともってくればもう英
語俳句です。
今度は一茶風のものをちょっとかじります。「秋の暮れ」という典型的な季
語をかまえ、autumn evening とぴったりの訳語をつけましょう。そこでやせた
猫(skinny cat)を見るのですが、どうも見ている自分自身もひもじくて、惨めも
いいところです。
with a skinny cat
I share hunger autumn evening
「秋の暮れ」はもちろん the end of autumn でもよいわけです。現在は大文
字を使わないのが流行で、「私」の"I"にすら小文字の"i"を使います。文法
なんかじゃんじゃん無視してしまうので、これも日本人にとっては願ってもな
いことでしょう。
●「8月が冬」の国もある時代の季語
実は、俳句に季語を必ず入れるべきかどうかは、現在、意見が分かれてい
ます。前回取り上げた5ー7ー5と異なり、単なる約束事を通り越して、その
国の自然観から詩人の人生観など根本的な条件に直接影響するため、問
題はかなり複雑なのです。
同時に人間中心(英語では anthropocentric)の西洋世界では、皮肉なこと
に、俳句をやるからには自然を重んじる俳句のルールに従わなければいけ
ないという教条主義めいた心理も働いています。
また、川柳と俳句の識別方法が誤解されているきらいもあります。「基本的
に自然を扱うのが俳句、人間を扱うのが川柳」というような、単純で便利すぎ
る分け方に固執するあまり、季語に関しても奥深い議論がなく、賛成派と反
対派が単純な黒白論争を繰り返すに留まっているのです。世界の各地で異
なる自然環境、違った季節感をどう扱うかなどの根本的な対策は皆無に近
い状況です。
そこで、世界俳句クラブ(WHC)では、新しい季語の在り方を世界各地で探
る運動の口火を切りました。"Haiku Cycle"というのがそれで、WHC の
Academic Director & Editor であるアメリカの Denis Garrison 氏の創意工夫
によるものです。
簡単に言うと、1月から毎月、世界の各気象圏から俳句を募集し、異なる
季節感、気象条件を反映した季語を含む俳句で 12 カ月をつづっていこうと
いうものです。Garrison 氏の"Haiku Cycle"をぜひ一度見てみてください。
海外で、季語に関して一番重要な役割を果たしている人物はアメリカの
William J. Higginson です。彼の季語に関する著書は『The Haiku Seasons:
Poetry of the Natural World』(季語に関する総論)と『Haiku World: An
International Poetry Almanac』(季語の解説と各国での使用例、事実上の国
際歳時記)の2冊で、国際季語のバイブルとなっています。
●新ジャガイモを季語にすると…
まず、論より証拠でいくつか有季英語俳句をつくってみましょう。やり方は
日本語で思いついた俳意を英語で表現するか、初手から英語で発想する
か、そのいずれかです。
今、新ジャガイモ が出回っていま す。そ こでこ れを季語に選び、new
potatoes と行きましょう。掘ったばっかりで、口に放りこむとまだ土の匂いが
残っています。the smell of earth と、ここまではスルスルと来ましたが、はてこ
の2つをどう結びつけるか。日本人には一番やさしいミニマリスト調でやると:
eating
new potatoes -
こうした季語、すなわち season words を、日本人は大体把握しているはず
ですが、以下に海外で特に人気を集めている季語を挙げてみます。参考に
してみてください。
春
夏
秋
冬
butterfly
heron
morning dew
snow
frog
egret
fog
frost
lilacs
mayflies
cricket
duck
crocus
cuckoo
harvest moon
short day
whelk
hummingbird
watermelon
narcissus
Valentine's Day lily
milky way
icicle
それでは最後に、季語をうまく使った佳句の例をいくつか見てみましょう。
Autumn twilight:
the wreath of the door
lifts in the wind. (Nick Virgilio)
touched by the moon
pines
heavy with snow (Raffael de Gruttola)
petals
from an unseen cherry tree
drift past my window (Robert Gibson)
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英語俳句の作り方
Summer stillness
the play of light and shadow
on the windchimes (Peggy Willis Lyles)
cold saturday drawn back into bed
by my own warmth (John Stevenson)
a nature's poem,
left on the last leaf-words fade
Kyoko Matsushima
(WHC 世界句会 First Place Winner)
winter seclusion-the last leaf clings
to a bare branch
-naia
(WHC 世界句会 Honorable Mention)
第 4回 英 語 俳 句 の基 本 ルール「道 しるべ」を知 ろう
前回までの3回で、(1) 5-7-5 syllables は少数の守旧派を除けば守られ
ていない、(2) 季語はあってもなくてもよい、などの点を述べて来ました。そ
のため、「なあーんだ英語俳句は簡単至極」と思われたかもしれません。確
かにそのとおりなのですが、今回は作成に際しての「道しるべ」のいくつかを
ご紹介しましょう。
(1) The Haiku Moment
日本ではだれも知らないのに、英語俳句では何度も繰り返し聞かされる
「道しるべ」の王者ともいうべきものです。代表作を見てみましょう。
returning quail
call to us from the moment
of which he speaks
これは『Heron's Nest』というインターネット俳句雑誌の主宰、Christopher
Herold 氏の俳句です。1991 年の北米俳句大会の折、有名な James W.
Hackett 氏夫妻のガーデンパーティーで、ハケット氏が俳句について熱弁
を振るっているちょうどその瞬間、鶉の一群が大空をよぎった--という内容
です。
このように、俳句は森羅万象の一瞬をスナップ写真のようにとらえるものだ、
というのが英語俳句の真髄で、金科玉条ともなっています。
The old pond;
A frog jumps in, -The sound of the water. (R. H. Blyth 訳)
芭蕉の「古池や」の句は世界でもバイブルとなり、上記のものを含め 170 以
上の英訳があるほど崇拝されていますが、この蛙が飛び込み水音を立てた
その瞬間というとらえ方が the Haiku Moment 哲学をさらに強固にしたようで
す。
例えば以下のような訳だと、the Haiku Moment は弱まる--とされていま
す。
A lonely pond in age-old stillness sleeps...
Apart, unstirred by sound or motion ... till
Suddenly into it a little frog leaps. (Curtis Hidden Page 訳)
違いがおわかりいただけたでしょうか。
それではもう2つほど、the Haiku Moment の機能に目を付けた英語俳句を
見てみましょう。
summer solstice、すなわち夏至は太陽の位置を意識する日ですが、そん
な日に例えば fridge(冷蔵庫)のような、日常的なものに当たる陽光の位置
が変わっていることに瞬間的に気づいたとします。すると、ふだん思いもしな
い詩的経験が一瞬のうちにとらえられ特別の意味をもちます。
summer solstice
the sun reaches a new place
on the fridge
この句はイギリスの John Crook の作で、World Haiku Festival 2000 の世界
俳句コンテストで2等賞に輝きました(日本の俳意をよく理解していたこの俳
人は癌との戦いに敗れ 2001 年4月に他界しました)。
次の句は、Jack Kerouac 氏作です。
Evening coming -the office girl
Unloosing her scarf.
非常にシンプルな言葉を使って、スカーフを外そうとゆるめた瞬間をうまく
とらえています。
実は、芭蕉の俳句の根底には豁然(かつぜん)として大悟す、という禅の
影響が強くあります。「古池や」も、決して瞬間をとらえただけの句ではない
のです。ところが、英語俳句においては、瞬間的な俳句の詩的経験と禅の
悟りが同義語とされてしまったようです。
ただ、英語俳句が the Haiku Moment 一点張りにしていることの弊害はあっ
ても、日本人にとって英語俳句づくりのヒント、すなわち「道しるべ」としての
価値はあるでしょう。こうした観点で、ぜひ一句作ってみてください。
(2)Minimalist(ミニマリスト)
日本の建築、インテリアデザイン、音楽、ファッションなどは、海外で「ミニ
マリスト(最小限の表現で最大の効果を上げようとする方法論をもってい
る)」として扱われがちです。minimal なものの真骨頂である俳句にも、当然
それは求められています。
具体例を挙げてみましょう。
wet, crowded train
from somewhere the smell
- freshly baked bread
雨の日の込み合った電車の中で、不快な思いを我慢しているとどこからと
もなく焼きたてのパンの匂いがしてきた--という簡単な内容の俳句です。発
想としてはいいのですが、もう少しすっきりさせる必要があります。
wet, crowded train
the smell
of freshly baked bread
句としての形が整いました。このように混雑した感じをなくし、すっきりわか
りやすくするために前置詞を省略したり、接続詞などを思い切って削ってし
まうことは、英語俳句で有効な手段とされています。これが第2の「道しるべ」
です。
ただし、最近はあれも切り捨て、これも切り捨てしほとんど何も残らないよう
にしてしまう傾向が強くなっています。上記の句は、インターネットの俳句メ
ーリング・リストにコメントや添削依頼付きで投句されたのですが、最終的に
は
crowded train
from somewhere
fresh bread
と、厳しい庭師にとことんまで剪定(せんてい)された躑躅(てきちょく=ツツ
ジ)のようになってしまいました。作者はオランダ在住のオーストラリア人
3/8
Robert Scott 氏です。ここまで削ると混雑した汽車とパンの匂いの関連性が
わからなくなり、後者が唐突になってしまいます。どうせなら from も取ってし
まったら、と言いたくなりますね。
3)Juxtaposition(取り合わせ)
これもまた行き過ぎさえなければ便利な「道しるべ」です。日本語で言う
「取り合わせ」や「掛け合わせ」を英語にしたもので、芭蕉が強調し、西洋人
にも理解しやすいコンセプトであるのため引っ張りだこになっています。関
係のあることを2つ併置する手法と、一見まったく関係のないことを併置する
手法の2種類があります。
例えば、summer swallows(夏燕)といきましょう。せっかく巣を作り、燕の子
を育てているのに、人間様が騒がしい party をするので迷惑を被っている-とします。
summer swallows
defending their nest
against the party guests
ここでは summer swallow と party guests が juxtaposition になっています。
lone red-winged blackbird
riding a reed in high tide -billowing clouds (Nicholas Virgilio)
この句の red-winged blackbird と clouds は一見何の関係もありませんが、
こうして juxtapose してみると一つの絵としての効果が出ます。関係ないもの
の併置が成功した例と言えるでしょう。
「取り合わせ」をせず、対象を1つに限るのを、芭蕉は「一物」と呼んで嫌い
ました。英語俳句でも、どちらかというと厚みのない退屈な俳句とされるよう
です。
(4)Poetry ではない
「俳句は『詩』ではない」などと言ったら、日本人はギョッとするでしょう。とこ
ろが、英語俳句の世界ではそう言われています。したがって poetry の手法
を俳句で使うことはけしからぬ、となります。
なかでもしょっちゅう問題になるのが、anthropomorphosis(人間化)とか
personification(擬人化)と呼ばれる手法で、「たんぽぽが笑っている」とか
「烏が孤独でさみしい」などと言ってはいけない、とされています。詩的で大
げさな感傷も、俳句には禁物。さらには西洋の詩は"I"、すなわち自分が中
心になっているので、俳句に「私」を入れてはまかりならぬ、とも言われます。
「旅人と我が名呼ばれん…」と芭蕉が詠んだように、本来、俳句には「私」が
どんどん出てくるのですが。
ですから、これらは一応禁止事項になっていますが、初心者でしかも日本
人の場合は構わず使ってしまいましょう。ただし、センチメンタルな感じが過
度にならないよう留意はしたいものです。
a lone daffodil
waits for others to catch up -remaining cold
lone は singleの意味ですが、もちろん lonely を想起させる効果があります。
しかし、lonely とやってしまうと作者が自分の孤独感を黄水仙に投影したこと
になり、「感情移入」が強すぎることになるでしょう。
poetry 反対派は黄水仙が wait などしない、人間がやることを植物にやらせ
るのは anthropomorphosis だと攻撃します。しかし、初春のころにはだれもが
「早く黄水仙が咲かないかな」と思っており、真っ先に開いた花にはすぐ気
がつきます。こうした残りの花が咲くのを心待ちにする気持ちを、上記のよう
英語俳句の作り方
な形で表してもいいと思います。
(5)読者参加型
英語俳句の大きな特徴の一つに、「作者が何でもかんでもやってしまって
はいけない」「解釈や鑑賞で読者に大きな役割を与えなければならない」と
いうのがあります。すべてを説明しつくして、読者に想像やほかの解釈の余
地を与えない俳句は嫌われます。
moonless night
I throw a beetle
into deep darkness
この俳句には、「なぜ黄金虫を闇のなかに放るのか」という説明がなく、さ
らに「黄金虫が暗黒と重なって何か不吉なことを予言しているのだろうか」と
いった想像が可能なため、読者の活躍する余地がたくさんあります。
(6)resonance(響き、余情)
最後の「道しるべ」は resonance(響き、余情)です。作者の経験が読者の
経験と重なり合い、響き合うようなものがよい俳句とされています。その例を
一つ挙げて今回のレッスンを閉じましょう:
New Year's Eve:
pay phone receiver
dangling
(Nicholas Virgilio)
第 5回 俳 句 の中 の音 とイメージを鑑 賞 しよう
今回は趣向をがらりと変えて、英語俳句における音楽性と絵画性などのコ
ツを勉強しましょう。多少高度なので、すぐに俳句作りに生かすことはできな
いかもしれませんが、ほかの人の作品を鑑賞し、いずれは自分の作品に生
かす上で参考になると思います。
●擬音が作りだすリズム
どの国の詩であってももともと歌から出発しているので、音楽性はつきもの
です。前回ふれたように、英語俳句では伝統的な英語の詩と俳句を区別す
る傾向が強いので、英語詩にある音楽性も敬遠されがちですが、私はむし
ろ積極的に活用することをお勧めしたいと思います。WHC(世界俳句クラ
ブ)でも今まさに音楽性復活を叫ぶ声が高まり、それを織り込んだ俳句が
続々と投句されている最中です。例えば、
klip klop of flip flops loose change jungles
in my pockets (Kevin Ryan)
これは英国の俳人の最新作ですが、いきなり1行目から onomatopoeia(擬
音語・擬声語)をうまく活用しています。flip flop というのは浜辺などで履く草
履のような履物ですが、ピタ・パタと歩くたびにする音を読み込み、2語にし
て調子を付けた名詞。klip klop というのは Ryan 氏によると flip flop をさらに
面白くするために歩くたびに聞こえる音を文字化し造語したとのこと。また2
行目はポケットに小銭をたくさんかかえ込んでいるため、ジャラジャラ音がし
ている感じがよく出ています。Pockets そのものも klop や flops と音感で呼応
させています。
試しに一句作ってみましょう。たとえば軽い足取りで小刻みに歩く様を
pit-a-pat というのをご存じでしょうか。少女たちがアイスクリーム屋に急いで
集まる様子を英語俳句にしてみたら:
pit-a-pat
girls rush in ice cream vender
●rhyme(押韻)の愉しみ
次に、WHC からほかの例を見てみます。アメリカの女流俳人の作:
cracked sidewalk
the raindrop's silence
shattered (Debi Bender)
これはいわゆる alliteration(頭韻)を活用したもので、s で始まる単語を複
数使うことによって音による効果をねらっています。sidewalk はアメリカ英語
で歩道のこと。raindrop's のアポストロフィー・エスが alliteration に入るかどう
かで意見が分かれましたが、s の音がそこにあること自体は確かで、音楽性
は間違いなく出ています。
それだけでなく cracked や shattered そのものに歩道が破れ、穴があく感じ、
静寂が破られる感じが出て、音がその中に含有されています。同じ Bender
さんがこの英語俳句教室のためにわざわざ作ってくれたのが次の作品で
す。
chopping block
cook and cod exchange
a long look (Debi Bender)
まず c で始まる単語が alliteration を形成、加えて cook と look がいわゆる
internal rhyme(中間韻)を形成しています。それに o の音がふんだんに使
われていることにもお気づきでしょう。さらに block、cook そして look がすべ
て k の音で終わっています。
もう一つ、alliteration のよくきいた英国の Paul T. Conneally 氏の作品を紹
介しましょう:
Such freshness!
Sycamore seeds spinning
In a puddle (paul t conneally)
この alliteration というのを少し練習してみましょう。f を選びます。花
(flowers)が飛ぶ(fly)、盛んに(fast and furious)、どの花にしましょうか、そうそ
うにせアカシアなど(false acacia) - はらはらとにせアカシアの花吹雪- とで
も洒落てみましょうか:
flowers fly
fast and furious false acacia
●絵画を描くように句を編む
さて、次に英語俳句の絵画性を考えてみましょう。これは image(イメージ
論)につながり、英語俳句に大きく影響してきました。Ezra Pound の有名な
詩「地下鉄の駅にて」はその象徴となっています:
The apparition of these faces in the crowd;
Petals on a wet, black bough.
Pound の詩が実際に俳句(当時はまだ発句と言っていました)かどうか、の
議論はいまだに尽きませんが、ここで重要なのはその絵画性および根幹と
なる image です。
a crow in the snowy pine...
inching up a branch,
letting the evening sun through (Nicholas Virgilio)
雪のなかの松の木と烏-もうそれだけで一幅の絵になりますが、その烏が
少しずつ止まっている枝の上のほうに移ったため、今まで隠れて見えなかっ
た夕陽が急に射してきた、という情景を描いた句です。どうですか? 強烈
なイメージでしょう。俳句で絵をかいていると思えばいいわけです。
4/8
やってみましょう。夏の花火(fireworks)を主題に、風(wind)を吹かせてその
花火が傾くイメージを出してみます:
wind blows making fireworks in the sky
bend over
これは実は「風吹いてかたよる空の花火かな」という子規の句です。子規
が句による写生を主張し、実際、数多くの水彩画も残したことは、世界の俳
人にかなり知られています。
それでは、河の向こう岸に咲く桜(cherry)が水(water)に映る美しさを、流れ
る雲(drifting clouds)にたとえて絵にしてみましょう:
a row of cherry trees
across the water drifting clouds
翡翠(ひすい=カワセミ:kingfisher)は美しい鳥ですが、それが飛翔(flight)
する姿は さ らに美し さを増しま す。魚を探すため枝から枝へ移る動作
(changing branches)、川の水、緑陰など絵画性に富んだ俳句を詠んでみま
しょう。
changing branches the kingfisher's flight
gets bluer
このように、英語俳句は言葉でつづった絵と音楽とも言えます。これに匂
い、触覚を加え、取り合わせなどのテクニックを加味して句を厚みのあるもの
にしていくわけです。
第 6回 独 特 の文 法 ルールを知 ろう
英語俳句にかなり慣れてきたところで、今回は最も基本的な文法のおさら
いをし、足腰を鍛えておくことにします。しかし初回から指摘してきたように、
英語俳句はあまり文法などにとらわれず自由にやるのが身上なので、気楽
に行きましょう。「まず、詩ありき」です。
●冠詞の含む豊かな意味合いとは?
日本人が死ぬまで苦しめられるのが冠詞…。不定冠詞、定冠詞、無冠詞
の3つしかないくせに、使うとなるとなかなかの曲者だからです。英語話者で
あるアメリカ人やイギリス人でさえ、俳句を作る際にはこれらを無視しがちで
すが、私たちは一応正しくかつ有効に使うよう努力しましょう。
ほかならぬ日本人、阿部貢氏(Photo-haiku コーナー監修者)が WHC(世
界俳句クラブ)の勉強会に添削請求で投句した句が大変な好評でした。
on the reception desk
a warm book tells the weather hottest summer
the book in her hand
tells me the weather hottest summer
作者自身が図書館の受付(reception desk)に座っているので、作者の立
場からは"the"、つまり「私が座っているその特定の」desk ということになりま
す。そうでなくても図書館内に1カ所しかなく、かつ特定の機能をもった desk
なので、ほとんど固有名詞に近いということで"the"なのです。
もし、受付が館内に3つも4つもあり、そこで初めて話のなかに出てくる場
合は"a"、すなわちいくつかある不特定の受付のうちの1つにすぎない、とい
うことになります。
その話のなかで同じ受付に再びふれる場合は、すでに言ったその受付
(すなわち、特定)ということで"the"になります。ただし、常識的に受付は普
英語俳句の作り方
通一カ所にしかないので、特殊な場合を除けば"the"が付くと思っていいで
しょう。the taxi rank とか the information centre とか the Central Station など
も、みな同じ理屈です。
借りた1冊の本をだれかが返しにきたわけですが、それを受け取ってみる
と熱いので、屋外の酷暑がわかったという感覚。作者にしてみればどんな本
が返されるかは不明である、というより、どの本でも関係ないわけですから、
不特定の本の1つが返ってきた--すなわち"a"になるわけです。
これが例えば「少し前に電話で返しにくると言っていたその本」とか、「自分
が読みたくてうずうずしていたその本」というように、作者の頭のなかで「特定
の」ものになっていれば"the"を使うことが可能で、その場合俳句を読む人
間には作者が特定の本について語っていることがすぐわかります。
これを無冠詞にすると文法的に間違っているだけでなく、その辺のところ
がわけがわからなくなります。日本人は英文法に鈍感なのでそんなにすぐピ
ンとはきませんが……。
こう見てくると、the weather もおわかりでしょう。そうです、アメリカやブラジ
ルの weather ではなく、また日本であっても「一般的な気候や天候」ではな
い、作者が今、現に体験しているその「特定の」weather を言っているわけで
す。
2番目の俳句では、あれこれどの本でもよいのではなく、受付に本を返し
にきた女性から渡されつつある本、という「特定の」本であるため"the" book
となりますね。
●時制は「現在」を重視する
英語俳句では here and now、つまり「今、ここで起こっている現象・事実」が
俳句なのだとの捉え方が定着しています。したがって過去形は嫌われ、大
半の句が現在形で詠まれています。その是非はともかくとして、一応現在形
を主体とし、必要に応じて過去形や完了形を採用することにしましょう。
autumn evening
my hospital window
becomes a mirror (Zinovy Vayman)
暮れやすい秋の夕刻、いつの間にか外は暗くなり、気がつくと窓ガラスに
室内の光景が映っていた--という一種の驚き、発見の面白さを詠んだ句で
すが、現在形を使って、今まさにそれが起こり、そのことに気づいたばかりと
いう臨場感を巧みに表現しています。
確かに、"became"とすると歴史上の事実を述べているようで味気なくなり
ます。日本語の場合、過去形「…なりにけり」を使っても、そのときのことを今
言っているような感覚がありますが、これは日本語の特殊性で、英語では過
去のことは過去でしかありません。
1つの工夫として、gerund(動名詞、-ing 形)を使う手があります。「gerund
はできるだけ避けるべし」というのが英語俳句においては支配的な考え方で
すが、うまく使えるときには積極的に用いましょう。
A bitter morning:
Sparrows sitting together
Without any necks. (James W. Hackett)
これは、WHC の名誉総裁でもある有名なハケット氏のこれまた有名な俳
句ですが、gerund(ここでは sitting)をうまく活用しているため、寒い朝に首
をすくめて温めあう雀たちの姿が鮮やかに浮かんできます。
それではまとめとして、夏の夕方、外で涼んでいるときに目にした、黄昏の
なかを蝙蝠(こうもり)が飛び回る様子を句にしてみます。まず、evening cool
と始めて、蝙蝠(bats)と一緒にそれを経験している感じを現在形で表しま
す。
evening cool I share it with
flying bats
●神経質になる必要はない、単数と複数
これも日本人が死ぬまで苦しめられる業のようなものですが、英語俳句で
はたとえ間違っても大勢に影響がないだけでなく、逆に効果を高めることさ
えあります。まあ、リラックスして取り組みましょう。
芭蕉の「古池や」の俳句が格好の例です。『One Hundred Frogs(百匹の
蛙)』という本がありますが、ここには「古池や」の英訳が 100 以上の載せられ
ています。大半の句が a frog と単数扱いにし、frogs と複数扱いにしているの
はごく少数です。
The ancient pond
A frog leaps in
The sound of the water. (Donald Keene 訳)
オーソドックスな訳例の1つですが、1匹の蛙が飛び込んで静寂を破り、そ
のあとはまたもとの静寂に戻った、という通説を反映しています。それに対し
-an old pond:
noises of frogs
leaping in (Hisao Kanaseki 訳)
とすれば古池がもっとガヤガヤとにぎわい、音もかなりなものとなり、俳句の
性格をかなり変えてしまいます(余談ですが、この2つの訳例は冠詞の勉強
にも最適なので復習してください)。
では、「蜻蛉(かげろう)に追ひ越されゆくわが歩み」を材料に英語俳句を
作ってみます。a mayfly とするか mayflies とするかがここでの問題です。
人間の眼は複数の蜻蛉を一度にとらえることができますから、事実どおり
句にするとしたら後者、複数の蜻蛉のなかの1匹に注目してその面白さを追
うのであれば前者--ということになります。つまり、この場合は文法ではなく
好みで、さらに言えば、どちらが詩として俳句として優れているかで決めるわ
けです。
mayflies keep on
overtaking my slowing
foot steps
●英語俳句では邪魔者(?)の動詞
動詞は英語俳句では厚遇されていません。動詞の使用によって俳句を
sentence、すなわちクダクダした文章を読むような退屈なものにしてはいけ
ないとされているからです。「文章体となっては俳句にならない」とも言われ
ます。
その代わりにイメージ重視型、日本語の「体言止め」のような手法が重宝
がられています。
winter leaf
just one slow turn
before landing (Emile Molhuysen)
この句は動詞の派生語をきわめて洗練された形で駆使しています。turn
は動詞から来ながら文法的には名詞で、ゆっくり回転している様をよく表し
ています。landing は大地に着く動詞的表現ですが、実際には動名詞。むき
だしの動詞を避けながら、動詞の機能は活用する巧みなやり方と言えます。
5/8
Air-raid alarm the traffic light changes
for no one. (Ljubinka Tosic)
この句は、バルカン半島で戦争が続いていたころに詠まれました。空襲警
報が鳴って市民が防空壕に隠れ、交通はストップし、人っ子一人いなくなっ
た町で、交通信号だけはいつものように赤になったり青になったりしている
--という凄然(せいぜん)たる光景を描いた佳句ですが、changes という現在
形がこのように効果を上げている例もめったにありません。
●代名詞は"I"の使い方に注意
日本語では代名詞を省いたりほとんど使わなかったりするので、英語俳句
のルールも難しいのではないかとお考えでしょうか。実は非常に簡単なので
す。
まず、私の代名詞"I"はあまり使わないよう気をつけること。そのほかの you,
your や he, his, him および she, her などの代名詞はよく使われます。特に恋
の句に多いようです。もちろん、"I"も自分のエゴがあまり前面に出ない限り
は OK です。
fetching firewood
I open the door
to moonlight (Janice Bostok)
これを、"I"を使わないため無理に opening とか the door opens などにした
ら、俳句が台無しになります。自分がまきを取るため外に出ようと扉を開けた
ら、皓々(こうこう)たる月の光が辺り一面を照らしていた--というふうに自分
の経験を語っているのです。
それでは最後に、三人称で何か作ってみましょう。
夜更かしをして仕事を片付け、いざ寝ようと寝室に入るとします。カーテン
を引いた部屋に moonlight(月光)が差し込んでいるため、ベッドの自分の寝
る側に、つまずきもせず行き着けたとホッと安心している感じ。
guided by the moonlight
I reach for my side of bed
without waking her up
"her"がだれなのか、妻なのか恋人なのか、はっきりさせないところがよい、
ということになっています。
第 7回 英 語 俳 句 の「禁 じ手 」とは?
いよいよ英語俳句教室も終盤戦に入りました。これまで「すべきこと」に集
中してきましたので、今回は「してはいけないこと」とまではいかずとも、「でき
るだけ避けたほうがいいこと」をまとめて、英語俳句制作の指針を積極・消極
の両側から固めることにします。
●最大のタブー「擬人化」
第4回でも軽くふれましたが、personification とか anthropomorphosis とか
言われる「擬人化」はタブーの一つです。
a lone daffodil
waits for others to catch up remaining cold
これは、「水仙のひとつ咲きたる余寒かな」という句を英語にしてみたもの
ですが、勉強会で発表した際、さんざんたたかれました。
水仙は自然に勝手に咲いたのであって、ほかの水仙が咲くのを人間様の
ように「待ったり」はしない、またほかの水仙も別に人間がやるように「追いつ
こう」とはしない、というわけです。Einfuehlung(感情移入<ドイツ語>)の一種
英語俳句の作り方
ともいえましょう。
これは「己を没却する」という禅の思想の影響に加え、正岡子規が唱えた
写生説を文字どおり受け取りすぎたためと思われますが、英語俳句の世界
ではかなり確固たるタブーになっています。
前回取り上げた阿部貢氏の図書館の返却本の句を覚えていますか? あ
の句は勉強会でいろいろな人に添削され、多くの“改訂版”をくぐり抜けまし
たが、"a warm book tells the weather"という一節にやはり「これは擬人化だ」、
「本が天気について告げてくれるわけがない」との意見が出て、結局次の形
に落ち着きました。
July afternoon -a returned library book
hot to the touch
●直喩・隠喩はダメだけど…
simile(直喩)および metaphor(隠喩)も英語俳句ではタブーです。直喩は
日本の俳句でもあまり感心されませんが、隠喩は芭蕉の昔からよく使われて
います。
Once over the sea,
winter winds can no longer
return home again.
これは山口誓子の有名な「海に出て木枯帰るところなし」の英訳ですが、
誓子自身のことばによると、この句は神風特攻隊を詠ったものだということで
す。事情を知らない読者にはそんなことはわかりません。こうしたギャップを
回避するため、英語俳句では自分の実体験を素直にそのまま表わすのが
よいということになっています。
もう一度、前章に掲げた私の句をご覧ください。冒頭の a lone daffodil は、
実は世界俳句運動を前進させようとしている私自身の metaphor なのです。
世界に俳句が花咲く春をもたらそうとする気持ちがある一方、あとについてく
るもの(まだ開いていないほかの水仙)がどうしても遅れがちに見える--とい
うパイオニアの孤独を詠っています。こうした種明かしさえしなければ、暗喩
を織り込むことは可能です。
●物語ること・文章化にご注意!
俳句を narrative(物語風)にしたり、普通の文章のようにしてしまうこともタ
ブーです。前回の文法・動詞の章ですでにある程度説明済みですが、これ
をやると俳句らしくなくなるだけでなく、読者が解釈したり、想像したりする余
地がゼロになってしまいます。
また、日本の俳句を英訳する際、訳者によってはわかりやすくするため原
句にない説明を訳のなかに入れますが、これも同じ理由で嫌われます。
merry jokes
break my heart
at Christmas
「冗談の胸裂くる夜やクリスマス」
宗教心の薄れてきたイギリスでも、クリスマスは今なお、家族や友達が集ま
ってご馳走を食べ、お酒をふんだんに飲み、プレゼントを分かち合う愛と幸
福の象徴です。クリスマス・クラッカーを2人で引っ張り合って破裂させ、中
から出てきたなぞなぞやジョークの紙を、みんなで読み合っては大笑いする
のです。
ところが、そんなことができない人々が世界中には無数にいます。笑いさ
ざめけばさざめくほどそれらの不幸な人たちのことが思われて、かえって刺
されるように心が痛む--という気持ちをこの句は詠っています。
ところが、これは「『文章』になっていてよくない」そうなのです。「一行にし
てみなさい」と言われました。Merry jokes break my heart at Christmas.--な
るほど文章でした。 結局、添削が入って次のような句になりました。
Christmas jokes augmented sorrow
over the poor
もう一例挙げてみましょう。
たき火をしていると、たきつけ用の紙束の中からの古い日記が出てきまし
た。仕事の書類や企画の関係資料など、自分の過去の一部を伝えるような
文書も入っています。火にくべようかくべまいかさんざん迷った後、たき火の
真ん中に放り込みました。
A brief history
of my life
perishes in the bonfire
このままでは「文章」で、narrative でもあります。次のように改めましょう。
bonfire part of my life
gone
●作者のでしゃばりはご法度
前述のように、英語俳句は「自分を前面に押し出してはならない」という禅
思想の影響を強く受けているため、俳句のなかに作者が入りすぎてはいけ
ない、否、いっさい入るべきではない--と考えられています。
例えば、いつも眺めて楽しむ美しい丘があるのですが、これが冬のある日、
霧のため見えなくなってしまいました。そこで、「冬霧に気に入りし丘盗られ
けり」というのを:
winter fog
has stolen my favourite
hillside
とやったのですが、勉強会で「自然の丘を自分のもののように扱ってしかも
stolen、つまり盗んだというような作者の勝手な解釈を濫用している」と批判
されてしまいました。ちなみにこの句は
hillside behind the winter fog
hidden
と直して、ようやく勘弁してもらいました。
●詩となってはいけない
第4回でも紙幅を割いて説明したのでご記憶かと思いますが、なぜか、英
語俳句は詩ではない--とされています。したがって詩にある特徴や prosody、
つまり詩のしきたりはみな使えないということになります。
aloof from the crowd
gazing down at the lake a lone golden daffodil
これは自然詩人ワーズワースの有名な水仙の詩をもじって俳句にし、詩人
の生家(湖沼地帯)でのフェスティバルに WHC(世界俳句クラブ)が講演
会・ワークショップを行って参加した際のポスターに使用された俳句です。ワ
ーズワースのおかげで地元の新聞にも載りましたが、英語俳句の世界では
顰蹙(ひんしゅく)を買うでしょう。
まず、水仙が aloof、つまり超然とするなど「詩の世界」の話で俳句には向
かない。水仙が gaze、つまりじっとなにかを凝視したりもしない、水仙には眼
がないのだから--と、poetic licence を許してくれません。
6/8
また、lone という言葉も「単独の、一本の」という意味であることはわかるが、
lonely(さびしい)と掛詞になっているので、詩的表現となりよくない--という
わけです。
このほかにも美辞麗句、rhyming(押韻)、美や感動の大げさな表現など、
詩の世界で重要な表現上の工夫はあまり使わないに越したことはありませ
ん。
●全部語りつくすのは興ざめ
英語俳句では、cause and effect も避けられています。原因を述べ、かつそ
の結果まで示すと驚きの要素がなくなり、当たり前の句になってしまうからで
す。すべての説明が行き届いていると、読者のやることがなくなってしまう-ということもあります。悪い例を挙げてみましょう。
passing shower left on the farm track
puddles
「にわか雨が降って農道に水たまりがいくつもできた」という句ですが、雨
が降れば水たまりができるのは当然じゃないか、という因果関係のつまらな
さに加え、あまりにすべてがわかってしまって、読者が無視されている点が
いけないということになります。
以上が主要な「やらないほうがいい」とされている項目です。少なくとも初
心者のうちは、これらを避けて作ってみましょう。だんだん上手になってきた
ら、俳句の内容によってはこれらも活用するようにされることをお勧めしま
す。
最 終 回 英 語 俳 句 づくりのシンプルな極 意
長かったようでついに最終回が来ました。英語俳句の作成法に関し、これ
までのレッスンを振り返りながら、述べるチャンスがなかったことも含めてまと
めてみましょう。
俳句を作る際の全般的な「構え」というか、精神論からいえば「明るく楽しく
やろう」というのが重要です。この態度で英語俳句をやっている人は、どんど
ん伸びています。
●難しく考えない
初回から強調してきたように、「英語俳句は難しい」という観念をまず完全
に捨ててしまうことが肝心です。特に英語俳句作りを、最初から「英語の勉
強」と思うことは禁物。英語俳句を作っているうちに、副産物として英語のほ
うもいつの間にかできるようになった、という方向を心がけてください。「英語
俳句は楽しいものだ」という点を初手から頭の中に焼きつけることです。
tea gone cold,
cools me
紅茶(日本茶でもいいですが)が冷たくなってしまったが、飲んでみると、
かえって冷たくておいしかった--という感じを詠んだ句ですが、ちっとも難し
くないでしょう。冠詞もなく、大文字もなくピリオドもなく、楽々というところです。
英語俳句では感じたことが素直に言えるのです。
●日本語の俳句を作ってから、それを英訳することをしない
日本語で俳句を作ろうとすれば、当然、日本語俳句でしか通用しないよう
な俳語、季語、行事その他を含めることになります。その後、それを無理矢
理英訳しようとしても、不可能かきわめて困難です。
最初から英語で発想するのが理想的ですが、それがまだ難しければ、思
英語俳句の作り方
いついた俳句のテーマをどういう風に表現するか(表現のやり方はいくらで
もあります)あれこれ考え、英語になりそうな言葉や構成を探します。そうして
とにかく英語の言葉を充ててみることです。
たとえば京都の東山で正月を過ごし、舞妓さんの羽根つきを眺めていると
しましょう。
at Higashiyama,
a New Year's shuttlecock
quietly
falls down,
like dancing
まず Higashiyama といっても世界ではほとんど通用しません。また、日本独
特の羽子板や羽子を英語で表現することは不可能です。そして、あの京都
の雰囲気、東山界隈の風景、日本の正月の感覚などを伝えるのも不可能に
近いと言えましょう。
原句は高浜虚子の「東山静に羽子の舞ひ落ちぬ」です。この場合、東山と
か羽子とか日本語の俳句にしてしまってから英訳するとうまくいかないので
す。そこで:
children in Kyoto enjoying the first
New Year's game
などといった、別の表現にしてしまう必要があります。
●献立と材料とご馳走
英語俳句の作成を料理に例えれば、材料は冷蔵庫にいっぱいあり、レシ
ピも一通りに偏る必要はなく、香辛料や醤油、砂糖、塩のさじ加減は料理人
によっていろいろ違いがあって当然--ということになります。
なお冷蔵庫の中身は、ニンジンやさば、豚肉などの材料段階で英語にし
てしまうことをお勧めします。それらを並べるだけで 、英語俳句のおおまか
な形はでき上がるからです。あとは一行の長さや各行の順序、何を一番中
心にするかなど、これまでのレッスンで学んだ「レシピ」をうまく使い、おいし
いご馳走にしてしまうだけです。
前回取り上げた図書館の句をもう一度ここで見てみましょう。
July afternoon -a returned library book
hot to the touch
言いたいこと(どんなご馳走にするか、つまりテーマ)は酷暑で、このすさま
じい暑さをどういう材料を使い、どのレシピに従って料理するか。アイスクリ
ームがどんどん溶けるとか、流汗淋漓(りんり)とか、日射病で倒れるとかい
ろいろ材料はあるわけですが、ここでは図書館の本を材料にします。
July と hot は日本的に言えば「季重なり」ですが、夏をはっきり出すのに七
月というのは効果的です。貸し出し本が帰ってきた、という材料。手に取って
みると熱いのでびっくりした、という材料。これをうまくレシピに沿って料理す
ると、このようなおいしい英語俳句が食卓を賑わすことになります。
●焦点をはっきり
日本語の俳句でもそうですが、焦点がぼけていたり、いくつか複数のテー
マにまたがっていたりする英語俳句はよくないとされています。これは、二つ
以上の要素を一つの俳句で扱う juxtaposition(日本語の俳句の「取り合わ
せ」に当たる)の時、特に注意が必要です。
例えば:
pine tree's silhouette
full moon
owl's hoot
松の影越しに満月を見ていると梟(ふくろう)の声が聞こえた、と誠に俳句
らしい光景なのですが、松、月、鳥と材料が多すぎてどれが焦点なのかわ
かりません。少し工夫して、
full moon
against the pine's silhouette owl's hoot
とか、逆に、
an owl hoots against the pine's silhouette
full moon
とかにもっていけば、月ないし梟が主題となって焦点がはっきりするでしょ
う。
●主語・主題・テーマ
日本語は主語があいまい、英語は主語が明確、と相場は決まっています。
英語俳句でもそうでしょうか。答えは「原則然り、ただし例外あり」というところ
です。
waiting for the bus
dry leaves
run up the slope
という句を見てみましょう。この場合、主語は当然、バスを待つ人、つまり作
者であって、読者の読み違えはないと思われるため省略してもよいでしょう
か。実は文法的に厳しく言うと、このままでは枯葉が主語となり、その枯葉が
バスを待っているというへんてこなことになります。従って1行目を at the bus
stop に変えるなどの工夫をします。
このことに加え、文法的な主語と俳句全体の主題が異なることが往々にし
てあります。この句ではバスを待って寒々しい思いをしている人間が重要な
のでしょうか。それとも坂道を風に吹き飛ばされている枯葉が中心でしょう
か。
今書かれているままだと後者になり、それが主題ということになります。そし
て、(バスが来るまでは)そういう光景をただおとなしく見ているほかない作者
を含めた、寒気と寂寥感の冬の風景がテーマということになります。
ちなみに人間が中心、枯葉が添え物とすると、
waiting for the bus
I get dry leaves swirling
round my ankle
つまり、寒い思いをしてバスを待ちわびている自分の足元に、風に吹かれ
た枯葉がからまってくる、あの感じです。
●正しい言葉を選ぶ
travel by a night train
the destination
radiant morning
ある日本人の句ですが、"brilliant morning"としていたのをアメリカの友人
の指導で訂正したそうです。終着駅の朝日は車窓いっぱいに輝き、寝ぼけ
眼にまぶしい--そういった場合は、radiant がふさわしいというのが理由でし
た。
確かにこの2つの形容詞をこの俳句に関して比較する限り"radiant"のほう
7/8
に軍配が上がりそうですが、小生の診断では"brilliant"も決して間違った選
択でなく、かなりいい線まで行っていると思います。ただし、終着駅まで眠り
こけてきた眼に、ある一点から燦燦(さんさん)と日が差し込んでいる様は、
"radiant"が正確に表しています。"brilliant"はもっと日中で、車内の金属物
などに日の光がきらきら当たっている感じでしょうか。
このように、2つの言葉が意味的にかなり近い時は、正しくないほうの言葉
を避けることが重要になります。余談ながら第2行には"at"が欲しいような気
がします。
●英語か米語か
英語とひと口に言っても、お家元の英国と、元植民地で現在は人種の坩
堝(るつぼ)であるアメリカ、その北隣のカナダ、さらに豪州や南アとでは、語
彙もスペルも表現も違い、イギリスではアメリカ英語を外国語と呼ぶこともあ
るほどです。
それに加え、インド、香港、シンガポールなどの母国語と英語が対等にな
っている国々、英語が日常当たり前のように使われている国々を考えると、
その違いは計り知れません。このため、同じ英語圏の人間同士でも、相手
の俳句の意味がわからないことは珍しくありません。とすれば、日本人はどこ
の英語に頼ればよいのでしょうか。
a red porche
races through the storm
freeway motorboat
これも日本人の友人の句ですが、激しい雨の中、高速道路を走っていた
ときのことを詠んでいます。高速道路は当初、"superhighway"としていました
が、イギリスではそれはインターネットに関する専門用語であるとの指摘を受
け、アメリカ英語の freeway に変えたそうです。和英辞典だけを頼りにしては
いけないという一例ですが、イギリス英語では、高速道路は"motorway"--そ
れでは一体どっちを使ったらよいか、ということになります。
この問いに答えはありません。強いて言えば、国際関係論と個人の好み、
ということになります。初回で強調したように、アメリカ発の英語俳句が世界
では最も勢力が強く、俳句人口も団体数も書籍や雑誌の発行数も、日本を
除けばアメリカが断トツなので、アメリカ英語で俳句を書いたほうが受け入れ
られるチャンスは多いでしょう。
しかし、アメリカ英語ではピンと来ないというイギリス人や、イギリス英語のフ
ァンの人はどうしてもイギリス英語でなければ駄目だということになります。
なお、よく英語俳句に出てくる語で、英米で異なるのは(カッコ内がイギリス
英語)、sidewalk (pavement), parking lot (car park), yard sale または garage
sale(該当語なし), gas station (petrol station), fall (autumn), trash (rubbish)
などです。
●大文字・小文字
アメリカの影響で、俳句をすべてまたはほとんど小文字で書くことが流行
になっています。極端な場合、私の"I"を小文字にしたり、固有名詞、それも
国名や大都市名まで小文字にする人がいます。
いろいろ理由はあるわけですが、私は"I"と固有名詞に関する限り大文字
で押し通すことを強くお勧めします。"america"ではあの強大国が小さく縮ん
でしまいますし、"i believe..."は虚偽の謙虚さのようで、本当に信念がある
のか疑わしくなります。それ以外は、小文字を使うと確かに平明な、親しみ
やすい感じが出てきて俳句に適合するようです。
一方、第1行目の最初の単語の頭文字を大文字にする手法も時々見受け
られます(その場合ピリオドで結ぶ)。これは結構ですが、各行の最初の文
英語俳句の作り方
字を大文字にするのは避けたほうがいいでしょう。次の2つを見比べてみて
ください。
Alone at last
I wonder where
Everyone is.
alone at last
i wonder where
everyone is
2つ目がカナダの有名な俳人 George Swede の作品で、小文字俳句の典
型的な例です。上は、それを全部大文字に書き替えてみたものです。大文
字にすると、一人になったこと、みんなどこに行ってしまったのかということを、
下手に強調しすぎて嫌味になっていることがわかります。
しかし、"I"を小文字にしているところは私にはかえって嫌味に見えます。
読者によっては誤植だろう、と思う人もいます。文化的な観点からは西洋人
にとって"I"を小文字にすることは、コペルニクス的転換といっていいほど思
い切ったことだと想像されます。
以上全8回にわたって、目の前にいない読者の皆さんと英語俳句をコツコ
ツ勉強してきました。目の前にいないとはいえどこかで心が通じていると感じ
ており、お名残り惜しいのですが、一応お別れの時がきました。いくらかでも
お役に立つことができたとしたら幸いです。
とにかく難しく考えないで、じゃんじゃん作ってみることが一番大切です。
WHC(世界俳句クラブ)でも、2001 年秋には日本人だけを対象にした初歩
的な英語俳句のメーリング・リストをインターネットに設ける予定です。それ
以外にも、既存の WHC の各種メーリング・リストやオンライン世界俳句雑誌
(http://www.worldhaikureview.org/)がありますので、ぜひ覗いてみてくだ
さい。歓迎いたします。
「習うこと」に加え、とにかくどんどん「慣れること」です。最初は数をこなす
ことが重要です。では“再会”を楽しみにしつつ:
flying geese
never forget where
to return
8/8