地域社会と外国人̶「共に生きる」社会に向けて̶ 鈴木 江理子 国士舘大学文学部 准教授 外国人の受入れにおいて「共生」という言葉 が語られることが多くなっている。本来「共生」 日本で働く外国人「単純労働者」 周知のとおり、専門的・技術的労働者は積極 は生物用語(Symbiosis)で、別種の生物が同じ 的に受け入れ、いわゆる「単純労働者」は受け ところに住み、相互に助け合いながら共同生活 入れないというのが、外国人労働者に対する日 を営むことだが、1980年代には、 「自然と人間と 本政府の基本方針であり、政府はこの方針を20 の共生」、「技術と人間との共生」といった比喩 年以上堅持している。バブル景気の人手不足以降、 的な使い方がされるようになっている。その後、 いわゆる「単純労働者」受入れの是非が外国人 いわゆる「ニューカマー」と呼ばれる外国人が 労働者受入れ議論の争点でもあるのだが、出入 地域社会に増加するなかで、異なる言語や習慣 国管理及び難民認定法(以下「入管法」と表記 をもつ彼/彼女らとホスト住民である日本人が する)上の「専門的・技術的労働者」とは就労 「共に生きる(Living together) 」ためのあり方と を目的とする14の在留資格に該当する労働者で して、この言葉が使われるようになっている。 あり、これ以外の労働者はいわゆる「単純労働者」 「共生」は、当初、主に市民社会のグラスルー に分類される。例えば、インドネシアやフィリ ツ的な運動において用いられていたが、2006年 ピンとの経済連携協定(Economic Partnership 3月には、総務省が『多文化共生の推進に関す Agreement:EPA)を通じて受入れが進められて る研究会報告書−地域における多文化共生の推 いる介護士や、日本の優れた技術等を途上国に 進に向けて』をとりまとめ、地方自治体に対し 移転することが目的とされている技能実習生の て多文化共生施策推進の必要性を説いている。 職種は、いわゆる「単純労働」に分類されるの 総務省の報告書に先だって「共生」に取り組ん である。つまり、両者の区別は、入管法上の恣 でいる自治体も多い。日本経済団体連合会の『外 意的な線引きに過ぎず、後者に分類される労働 国人受け入れ問題に関する提言』(2004年4月) 者が必ずしも技能や技術、知識を必要としない でもこの言葉が使用されている。 職種に従事しているわけではないことを最初に 今や「共生」は外国人受入れのキーワードと 断っておきたい。 もなっているようであるが、その意味するとこ さて、政策的にはいわゆる「単純労働者」を ろは、言葉の使用者のなかで必ずしも一致して 受け入れていない日本であるが、実際には多数 いないのではないだろうか。そこで、本稿では、 の「単純労働者」が日本で働いている。1980年 外国人をめぐる日本の政策と実態を概観したう 代後半以降社会問題化した非正規滞在者1、1989 えで、地域社会の視点から外国人と日本人が「共 年の入管法改定(翌90年施行)によって製造業 に生きる」ことについて考察してみたい。 が集積する特定地域を中心として急増した日系 南米人、国際貢献を目的とする研修生・技能実 1 「非正規滞在者」とは、一般的には「不法滞在者」と呼ばれる外国人を指す。①「不法」という言葉が「犯罪」と結び付けられ やすい表現であること、②合法的な滞在資格をもたないことが必ずしも当該外国人の責ではない場合があること、③入管法第 50条第1項に在留特別許可(法務大臣の裁決の特例として、「不法」滞在者などの退去強制対象者に対して合法的な滞在資格を 付与すること)の規定があることなどの理由から、筆者は「非正規滞在者」という言葉を使用する。 ’ 10.5 6 鈴木 江理子(すずき えりこ) 国士舘大学文学部准教授。 お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修 了。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。 博士(社会学) 。専門社会調査士。第一生命ライフデザ イン研究所、フジタ未来経営研究所、現代文化研究所、 立教大学兼任講師等を経て2010年4月より現職。移民 政策学会理事・編集委員、大阪経済法科大学アジア太 平洋研究センター客員研究員、 (特活)多文化共生セン ター・東京理事、多文化共生教育研究会運営委員など を兼任。 日本の外国人政策や外国人労働者、国際人口移動、 地域社会の多文化化などについて研究するかたわら、 外国人支援の現場でも活動している。 主な著書は以下のとおりである。 ○『日本の移民政策を考える─人口減少社会の課題』 (共著、明石書店,2005年) ○「外国人労働者受け入れ政策」河野稠果・吉田良生 編著『国際人口移動の新時代』(原書房,2006年) ○『在留特別許可と日本の移民政策─「移民選別」 時代の到来』(共編著、明石書店,2007年) (共 ○『「多文化パワー」社会─多文化共生を超えて』 編著,明石書店,2007) ○「多文化社会の到来」阿藤誠・津谷典子『人口減少 時代の日本社会』(原書房,2007年) ○『日本で働く非正規滞在者─彼らは「好ましくな い外国人労働者」なのか?』(単著,明石書店,2009 年,平成21年度冲永賞) 習生、アルバイトする留学生などである。たと 残念ながら、関係省庁やハローワーク、自治体 え「専門的・技術的労働」に分類される職種に などの公的機関が、外国人に対して、彼/彼女 従事していなかったとしても、彼/彼女らの労 らが理解できる言語でそのような情報を積極的 働が日本社会を支えていることは確かである。 に伝えようと努力しているようにはみられない。 多くの場合、外国人は、NPOや労働組合、同国 外国人労働者をめぐる不平等 人などからの口コミを通して、自らの労働者と 日本の労働行政の根幹を支えている労働基準 しての権利を知るのである。しかしながら、自 法と職業安定法は国籍による差別を禁止してい らの権利を知ったとしても行使できない(ある る。つまり、法律上は労働者に対する内外人平 いはしない)場合が少なくない。非正規滞在者 等が保障されているのである。 の場合には「不法」という負い目ゆえに行使し さらに、1988年、旧労働省は「職業安定法、 ないことも多いが、合法的な就労者であっても 労働者派遣法、労働基準法等労働関係法令は、 「外国人だから」と権利の主張を控えることが少 日本国内における労働であれば、日本人である なくない。とりわけ、雇用環境が悪化している と否とを問わず、また、不法就労であると否と 時には、 「労使対等」の実現が日本人労働者以上 を問わず適用されるものである」という通達を に外国人労働者にとって困難になり、制度的平 出しており、労働関連法における内外人平等は 等が侵害されるのである。 就労資格の合法・非合法にかかわらず適用され 一方で、雇用主が外国人の権利を軽視してい ることになっている。つまり、合法的な就労資 る場合もある。 「外国人だから」という差別的な 格をもたない非正規滞在者であっても、労働災 理由で、日本人労働者よりも安い賃金で雇用し 害や賃金未払いその他労働関係法違反に対して たり、夜勤や重筋労働ばかりを割り当てたり、 労働者としての権利を主張することができるの 有給休暇を与えないといった雇用差別がしばし である。 ば報告されている。基準省令で日本人労働者と だが、実態としては、非正規滞在者のみでな 「同等額以上の報酬」が規定されている「専門的・ く、合法的な就労資格をもつ外国人においても 技術的労働者」ですら、賃金その他の処遇で差 内外人平等が保障されていないことが多い。そ 別的な取扱いをうける場合もある。加えて、日 の理由の1つには、外国人自身が日本における 立就職差別事件2の判決から30年以上がたってい 権利についてよく知らないという事情がある。 るにもかかわらず、いまだ外国人に対する就職 2 在日コリアンである朴鐘碩氏は通名(日本名)で日立製作所からの採用通知書を受け取ったが、後日、会社は朴氏が外国人で あることを知り、その採用を取り消した事件である。これに対して朴氏が会社を告訴した結果、1974年の地裁判決で朴氏が全 面勝訴した。会社側が控訴を断念したことによって判決は確定し、朴氏は日立製作所に入社することになった。 ’ 10.5 7 差別はなくなっていない。そのうえ、公務員の 年末数値)韓国・朝鮮籍を除くとその割合は6 採用制限や任用制限といった国籍条項による制 割近くにも達している(図表1の「外国人B」 )。 度的な不平等も存在している3。 また、産業別労働者の内訳をみると、日本人と 外国人、もしくは特定の国籍によってその分布 労働市場の階層化 がかなり異なっており、ブラジル人の場合には 空前の人手不足に直面したバブル景気の時代、 6割以上が製造業に従事している(図表2) 。こ 日本政府がいわゆる「単純労働者」の受入れを のほか、外国人雇用状況報告やJITCO4白書など 選択しなかった理由の1つとして、労働市場の の統計資料、研究者や労働組合、自治体等によ 二重構造化に対する懸念が挙げられた。しかし る実態調査などからも国籍やエスニック・グルー ながら、現実には日本は外国人「単純労働者」 プによる労働市場の階層化を指摘することがで を受け入れており、国籍によって職業別・産業 きる。不安定な雇用につながりやすい間接雇用も、 別分布に偏りがみられる。 外国人労働者̶とりわけ日系南米人̶では、 国勢調査を用いて日本人と外国人の職業別労 日本人労働者と比べてその割合が高くなってい 働者の内訳を比較すると、日本人では生産工程・ る。加えて、労働三悪(賃金未払い、労働災害、 労務作業者が28.1%であるのに対して、外国人で 不当解雇)の被害者となる確率も高い。 は49.7%と半数近くを占めている(図表1の「外 さらに、2008年の経済危機以来の日系南米人 国人A」 )。特別永住者が7割以上を占める(2005 労働者の大量解雇や雇止め、契約途中の研修生・ 図表1 職業別労働者の内訳 専 門 的・ 技 術 的 職業従事者 管 理 的 職業従事者 事 務 従 事 者 販 売 従 事 者 サービス 職業従事者 保安職業 従 事 者 農林漁業 作 業 者 運 輸・ 通信従事者 生産工程・ 労務作業者 分類不能の 職 業 日本人 (N=60,733,598) 13.8% 2.4% 19.5% 14.6% 10.0% 1.7% 4.8% 3.4% 28.1% 1.8% 外国人A (N=772,375) 12.7% 2.1% 7.6% 8.6% 11.8% 0.2% 1.4% 1.6% 49.7% 4.4% 外国人B (N=549,531) 13.7% 0.9% 4.9% 5.0% 9.5% 0.1% 1.7% 0.7% 58.9% 4.5% 注)「外国人A」とは外国人全体の数値であり、「外国人B」とは韓国・朝鮮籍を除いた外国人の数値である。 出所:総務省統計局HP「平成17年国勢調査結果」をもとに筆者作成 3 外国人の公務員への採用を法律で禁止しているのは外務公務員法のみであるが、1953年の内閣法制局による「当然の法理」と いう見解によって、日本国籍を有しない者が国家公務員になることはできない。一方、地方公務員については、1973年に兵庫 県川西市、尼崎市などが一部職種に限って国籍条項を撤廃したのを皮切りに、徐々に制限が緩和され、全職種の採用制限を撤 廃する自治体もでてきている。しかしながら、任用制限はいまだ残っており、外国人が管理職に昇進する道は閉ざされている。 4 JITCOとは㈶国際研修協力機構の略称であり、団体監理型事業を実施する目的で、法務省、外務省、労働省(現厚生労働省) 、 通産省(現経済産業省)、建設省(現国土交通省)の五省共管(後に農林水産省も加わる)により1991年に設立された機関であ り、研修生・技能実習生の受入れ支援や受入れ機関の指導・管理などの業務を行っている。 ’ 10.5 8 図表2 産業別労働者の内訳 農 林 漁 業・ 業・ 業 鉱 業 建 設 業 製 造 業 電気・ガス・ 熱 供 給・ 水 道 業 情 報 通 信 業 運 輸 業 卸 売・ 小 売 業 金 融・ 保 険 業 日本人(N=60,733,598) 4.9% 0.0% 8.8% 17.1% 0.5% 2.6% 5.1% 18.0% 2.5% 外国人(N=772,375) 1.4% 0.0% 5.8% 36.2% 0.0% 2.4% 2.5% 10.1% 1.2% 韓国・朝鮮人(N=222,844) 0.4% 0.1% 11.3% 13.8% 0.0% 2.5% 5.1% 16.2% 2.5% 中国人(N=182,488) 3.2% 0.0% 3.7% 45.1% 0.0% 4.0% 1.6% 10.6% 0.6% ブラジル人(N=139,819) 0.3% 0.0% 2.0% 63.9% 0.0% 0.2% 1.4% 2.4% 0.1% 不動産業 飲 食 店, 宿 泊 業 医 療,福 祉 教 育 , 学習支援業 日本人(N=60,733,598) 1.4% 5.2% 8.8% 4.4% 1.1% 14.3% 3.5% 1.8% 外国人(N=772,375) 1.0% 11.4% 2.3% 5.7% 0.1% 15.3% 0.2% 4.5% 韓国・朝鮮人(N=222,844) 2.9% 15.3% 5.4% 2.8% 0.1% 17.1% 0.1% 4.3% 中国人(N=182,488) 0.5% 13.3% 1.7% 2.6% 0.1% 8.0% 0.1% 4.8% ブラジル人(N=139,819) 0.0% 0.9% 0.6% 0.7% 0.0% 23.8% 0.1% 3.5% 複 合 サービス業 公 務 分類不能の サ ー ビ ス (他に分類さ (他に分類さ 産 業 事 業 れないもの) れないもの) 出所:総務省統計局HP「平成17年国勢調査結果」をもとに筆者作成 技能実習生の帰国といった報道をみれば、多く であろう5。また、同じ外国人であっても在留資 の外国人労働者がいかに周縁的な労働市場にお 格などの法的地位によって権利状況は異なって かれているかを理解することができるであろう。 いる(図表3) 。身分または地位にもとづく在留 そして、前述した外国人労働者に対する制度 資格をもつ日系人は経済的な理由から生活保護 的な不平等や実態としての不平等は、このよう を申請することができるが、 「留学」の在留資格 な階層化を一層進行させることになる。 をもつ者は、日本での生活に困ったとしても生活 保護を申請することはできないのである。 外国人からみた日本社会の不平等 外国人にとっての不平等は、労働をめぐるも のばかりではない。 参政権や義務教育など、日本社会において、 このような制度的不平等以外に、実態として の不平等も数多く存在している。就職差別や雇 用差別に加えて、住居差別、外国人に対する差 別的な言説、学校や職場における「日本的な」 外国人は日本人と同等の権利が認められていな 評価基準などである6。これらの不平等は、外国 い。むしろ、居住国の国籍をもつ者(=国民)と 人の社会参加を阻害し、彼/彼女らを社会的に もたない者(=外国人)との間に権利の差がある 周縁化させる原因にもなっている。 ことは、国民国家においては当然のことといえる 教育を例にとってみれば、義務教育からの排 5 この点に関して、国境を越えた人の移動の進展をふまえて、国民国家における国籍付与のあり方を議論する必要があるだろう。 6 国籍上の外国人ばかりではなく、日本国籍を取得した元外国人やダブルの子どもなど、エスニックな文化的起源を外国にもつ 日本人も、実態としての不平等を経験している。 ’ 10.5 9 図表 3 法的地位と諸権利の現状 合法的滞在者 活動にもとづく在留資格 身分または地位にもとづく在留資格 非正規滞在者 国民 在留期間が 1年未満の者 裁 判 訴訟権あり 退 去 強 制 常に退去強制 の可能性あり 在 留 期 間 なし 永住者 在留期間が 1年以上の者 非永住者 (一般)永住者 定められた活動を行っていれ ば、退去強制事由に該当しな い限り、退去強制されない 退去強制事由に一定の人道的制限が追加され ている(特別永住者に対しては、内乱の罪な 退去強制なし ど国家に対する重大な罪に関わった場合のみ) 各在留資格によって定められた在留期間 (90日∼ 3年) 学齢期の子どもの教育 希望者に対しては一条校への入学を許可(恩恵的措置) 職 不許可 業 選 択 国 民 健 康 保 険 加入資格なし 生 護 受給資格なし 得 申請資格なし 得 申請資格なし 権 なし 永 国 参 活 住 保 権 籍 取 取 政 特別永住者 在留資格の範囲内で許可 無期限 義務教育 自由 社保適用事業所で雇用されている者以外は国民健康保険加入資格あり 受給資格あり(ただし権利ではなく準用) 原則、10年以 上の居住実績 権利として 受給資格あり 取得要件の 緩和 原則、5年以上の居住実績 (日本人の配偶者や子どもなどに対する要件の緩和あり) あり 出所:鈴木2007「多文化社会の到来」阿藤誠・津谷典子編著『人口減少時代の日本社会』原書房 除、一条校7における日本人を前提とした日本語 ぼっている。教育における不平等によって労働 による教育は、親の就労状況などに起因する家 市場の階層化は再生産され、固定化されていく 庭の問題とともに、外国籍の子どもたちの教育 であろう。 上の「失敗」をもたらす要因となっている。不 就学や不登校、低い高校進学率は、外国籍の子 どもたちの教育問題としてしばしば指摘されて 「新たな住民」の到来に対する地域社会の 取組み いるとおりである。社会に出るための十分な資 では、さまざまな不平等によって社会経済的 源をえることなく、若くして労働市場に参入す に周縁化されやすい外国人を、地域社会はどの る外国籍の子どもも多い。国勢調査をみても、 ように受け入れればよいであろうか。 15歳∼ 19歳人口のうち主に仕事をしている者の ニューカマーと呼ばれる「新たな住民」が増 割合が日本人では7.4%であるのに対して、外国 加するなかで、地域NPOや学校、自治会や自治 人全体では21.7%、ブラジル人では49.7%にの 体など多様なアクターが、新たに生じた「問題」 7 「一条校」とは、学校教育法第一条に定められている学校を指す。 ’ 10.5 10 への対応を推し進めている。情報の多言語化、 2つの視点:差異の承認と格差の是正 日本語学習機会の提供、生活相談窓口の設置、 外国人受入れのあり方として、「共生」と並ん 交流イベントや異文化理解講座の開催、外国籍 で「統合(Integration) 」という言葉が、日本で の子どもの就学支援などの取組みが、既に各地 も使用されている。これは、本来、移民(外国人) で行われている。「共生」という言葉を使用して 受入れ先進諸国における移民(外国人)政策の いるかどうかは別として、異なる言語や習慣を 理念の1つであり、 「同化(Assimilation) 」や「多 もつ「新たな住民」と「共に生きる」ための幾 文化主義(Multiculturalism) 」が文化的な側面を 多の試みを、私たちは目にすることができる。 重視しているのに対して、移民の権利義務を保 しかしながら、このような取組みや努力を高 障し、社会参加を促していくことを目指した実 く評価しつつも、敢えて不十分であることを指 践的なものである。つまり、たとえ制度的な平 摘しなければならない。なぜなら、このような 等が実現されていたとしても、実態としての不 試みにもかかわらず、依然として不平等が社会 平等や差別が存在するために社会経済的に周縁 のあらゆるところに偏在しており、日本人と外 化されやすい移民(外国人)に対して、教育や 国人との間に社会経済的格差が生じつつあるか 雇用機会などを提供することによって非周縁化 らである。冒頭で取り上げた総務省の報告書は、 (Demarginalization)するための理念なのである。 「多文化共生」を「国籍や民族などの異なる人々が、 日本における「統合」の定義は、 「(多文化) 互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を 共生」と同様、使用する者によって一様ではなく、 築こうとしながら、地域社会の構成員として共 両者がほぼ同じ意味で用いられる場合もある。 に生きていくこと」と定義しているが、残念な 一般的には、前者が社会全体の統一性という視 がら、現状の取組みでは、日本人住民と外国人 点から「社会経済的な格差の解消」に、後者が 住民が「対等な関係」を築くまでに至っていない。 グラスルーツ的な視点から「文化的差異の承認」 例えば、週数時間程度の日本語学習では、外国 に重点をおいて使用されることが多い。 人住民が社会に対して自らの意思を表明したり、 どちらかと言えば同化主義的圧力の強い日本 教育や就労を通じて社会的上昇を遂げることは 社会において、エスニック・マイノリティのア 困難である。そもそも、居住国の国籍をもち、 イデンティティ保持やエンパワーメント8という 公用語を母語とし、主流文化を習得している者 点で、文化的差異の承認は重要な理念である。 と比較して、そうでない者は圧倒的に不利な状 その一方で、国籍や母語などエスニックな指標 況に、すなわち不平等な状況におかれているの によって労働市場が分断化されつつある日本の である。 現状を鑑みれば、社会経済的格差の是正は、社 会全体の安定的な発展という観点からも重視さ れるべきであろう。つまり、 「違い」の承認に加 8 エンパワーメントとは、文字通り「力をつけること」であるが、とりわけ、市民運動においては、マイノリティ(少数者)や 社会的弱者など、自らの潜在的可能性を社会において十分に発揮することができていない人や集団に対して用いられることが 多い。 ’ 10.5 11 えて「同じ」にするための取組みが重要なので 取扱いを受けることに対して「やむをえない、 ある。 仕方がない」と回答している。外国人住民の立 場にたって地域社会を見渡してみれば、 「外国人 格差是正への取組み 図表3に示した通り、日本社会には制度的不 お断り」や「不審な外国人はいませんか?」な どという差別的な表現の看板に気づくであろう。 平等が存在している。折しも、永住外国人に対 そのような不平等(差別)の放置は、不平等を する地方選挙権付与の是非が話題になっている 一層浸透させてしまう原因ともなる。したがっ が、外国人にとっての制度的不平等が合理的不 て、「共に生きる」住民に対する不平等を黙認す 平等なのか差別的な不平等であるのか、社会や ることなく、その存在に目を配り、意識的に是 時代の変化に応じて再検討する必要があるだろ 正のための努力を行うことが、地域社会に対し う。もちろん、差別的な不平等であれば速やか ては求められる。 に是正されるべきである。 恐らく、差別的な制度的不平等や実態として だが現実には、差別的な不平等であるかどう の不平等が是正されたとしても、なおも格差は かの判断は意見が分かれ、制度改正に至るには 残るであろう。そのような格差に対抗するため 相当の時間を要する。前述の永住外国人に対す には、積極的差別是正措置の導入も検討すべき る地方選挙権法案が最初に国会に提出されたの である。外国ルーツの子どもの高校進学を支援 は1998年である。それゆえ、自治体など地域社 するために、一定条件を満たす生徒に対して特 会レベルでのより迅速な対応が求められること 別入学枠や入試特別措置といった配慮を行う都 になる。既に神奈川県川崎市をはじめとするい 道府県が増えつつある9。今後は、教育に限らず、 くつかの自治体では、外国人諮問会議の設置と 地域社会で生じている格差の実態を積極的に把 いう形で、参政権をもたない外国人住民が自ら 握し、是正のための措置を講ずる必要があるだ の意思を地域社会に反映するシステムを構築し ろう。 ている。地方公務員の国籍条項撤廃の動きも、 差別的な不平等に対する自治体の対応といえよ 「共に生きる」社会に向けて う。そして、このような自治体の取組みの背景 さて、バブル崩壊以降、実質賃金の上昇抑制 には、グラスルーツ的な地域社会からの運動の や非正規雇用の拡大など「雇用の劣化」が指摘 蓄積がある。 されている。国際的な企業間競争が激化するな これに対して、実態としての不平等について かで、安価な労働力、Just-in-Timeで調達できる は、多くのホスト住民がその存在に無自覚であっ 柔軟な労働力、日本人が敬遠するような労働も たり、無関心であることが多い。2007年6月に 厭わず引き受ける従順な労働力に対する需要が 実施された内閣府の人権擁護に関する世論調査 一層高まっている。企業のみが利己的にそのよ では、半数以上の日本人が、外国人が不利益な うな労働力を求めているのではない。商品の消 9 詳細については、中国帰国者・サハリン帰国者支援HP(http://www.kikokusha-center.or.jp/joho/shingaku/shingaku_f.htm)を参 照されたい。 ’ 10.5 12 費者やサービスの利用者である私たち自身もそ 不平等な状況におくことなく、互いの違いを尊 れを容認しているのである。そして、そのよう 重し、そこで生活し、働くすべての人びとが「共 な労働力の供給源として、研修生・技能実習生、 に生きる」社会を模索しなければならない。 日系南米人、非正規滞在者などの外国人「単純 地域社会が多様であるのと同様に「共に生き 労働者」たちが活用されている。つまり、 「共生」 る」社会に向けた取組みも多様である。地域社 の必要性が叫ばれ、地域レベルや国レベルでの 会が変化すれば、そこに暮らす住民も変化する。 施策が進められている一方で、不平等な労働者 到達すべき「共生」社会という目的地が存在し に対する需要が拡大しているのである。このよ ているわけではない。 「共に生きる」とは、すべ うな現実のなかで不平等を解消することは決し ての構成員による絶え間ない努力のプロセスな て容易ではない。 のである。加えて、さまざまな取組みのために さらに、外国人のなかには、地域社会で生活 は今以上のコストが必要となってくるであろう10。 し、働いているにもかかわらず「共に生きる」 外国人労働者受入れの議論と同様に、 「共生」が 社会の構成員として想定されていない者もいる。 コストの観点から検討されることもある。だが 数年後の帰国を前提としている研修生・技能実 一方で、異なる国籍や文化的背景をもつ者が「共 習生、商品の市場での需要に応じて就労場所が に生きる」ことは、地域社会にとって可能性の 変わるために居住地域を頻繁に変えざるをえな 宝庫でもあるはずだ。 い日系南米人、合法的な滞在資格をもたない非 国内外の状況を勘案すれば、日本社会は一層 正規滞在者などは「(多文化)共生」の議論から 多文化化するであろう。真に「共に生きる」社 排除されがちである。そこで、格差是正の取組 会への道は幾多の困難をともなうであろうが、 みとともに、「共生」社会の構成員はだれである 「負担」ばかりに目を向けるのではなく、多文化 かという問いかけも重要になってくる。グロー 化する地域社会をいかに魅力あるものにするか バリゼーションと人口減少が進行するなかで、 という視座から考えてみてはどうだろうか。 それぞれの地域は、特定のだれかを排除したり、 10 2007年3月、特別交付税に関する省令が改定され、市町村の財政需要に対して特別交付税を配分する項目として、新たに「在 留外国人の急増対策」が追加された。 ’ 10.5 13
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