関西ベンチャー第3号 - 関西ベンチャー学会

ISSN 2185-3541
関西ベンチャー学会誌
日本学術会議協力学術研究団体指定 府日学第1395号
Vol.3
February,2011
論 文
機械ユーザー向けメンテナンスサービスの収益性 ∼サービスベンチャーの収益性評価∼
京都大学 経済学研究科博士後期課程 石尾 和哉
クラウドソーシングによる特許調査ビジネスについての一考察
北海道大学 国際広報メディア観光学院 博士課程 内田 有哉
フランスにおけるCG、アニメーション教育現場から学ぶ日本のクリエーター養成
−CG専門学校〔SUPINFOCOM(シュパンフォコム)〕との提携についての一考察−
大阪府社会福祉協議会 福祉人材支援室 佐々木千賀子
中小企業・ベンチャー企業クラスター地域の比較研究
新潟経営大学 宮脇 敏哉
企業事例研究
ベンチャー起業:経営リスクとレピュテーションマネジメント ∼株式会社 CHAPTER11の起業事例∼
大阪市立大学大学院 経営学研究科 村上 薫
研究ノート
職業体験施設を考える
日本経済新聞社大阪本社クロスメディア大阪営業局 坂川 弘幸
講 演
講演録 「産業構造転換期におけるベンチャー企業の役割」
法政大学学事顧問 清成 忠男
(2010年3月6日 第9回年次大会基調講演)
The Kansai Association for Venture and Antrepreneur Studies
2-1-15, Nishi-Ai, Ibaraki, Osaka, Japan
関西ベンチャー学会
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
目 次
論 文
機械ユーザー向けメンテナンスサービスの収益性 ……………………………… 1
~サービスベンチャーの収益性評価~
京都大学 経済学研究科博士後期課程 石尾 和哉
クラウドソーシングによる特許調査ビジネスについての一考察 ……………… 13
北海道大学 国際広報メディア観光学院 博士課程 内田 有哉
フランスにおけるCG、アニメーション教育現場から学ぶ
日本のクリエーター養成 …………………… 27
-CG専門学校〔SUPINFOCOM(シュパンフォコム)〕との提携についての一考察-
大阪府社会福祉協議会 福祉人材支援室 佐々木千賀子
中小企業・ベンチャー企業クラスター地域の比較研究 ………………………… 51
新潟経営大学 宮脇 敏哉
企業事例研究
ベンチャー起業:経営リスクとレピュテーションマネジメント ……………… 59
~株式会社 CHAPTER11の起業事例 ~
大阪市立大学大学院 経営学研究科 村上 薫
研究ノート
職業体験施設を考える ……………………………………………………………… 69
日本経済新聞社大阪本社クロスメディア大阪営業局 坂川 弘幸
-1-
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
講 演
講演「産業構造転換期におけるベンチャー企業の役割」 ……………………… 75
法政大学学事顧問 清成 忠男
(2010年3月6日 第9回年次大会基調講演)
役員体制 ………………………………………………………………………………………… 86
学会規約 ………………………………………………………………………………………… 88
法人会員規約 …………………………………………………………………………………… 92
編集後記 ………………………………………………………………………………………… 94
関西ベンチャー学会副会長兼事務局長 米倉 穰(追手門学院大学教授)
-2-
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
論 文
機械ユーザー向けメンテナンスサービスの収益性
~サービスベンチャーの収益性評価~
Analysis of profitability of maintenance service for
the companies to use machines
Abstruct:service business Ventures for machine user companies to maintain machines are thought to
have a business chance.
This thesis is to make clear service profitability for both providers and users. Analysis of profitability
of maintenance service is thought to be usuful for increasing both service supply and demand. Analysis
makes clear users have WTP(Willingness To Pay)for services to increase machine value. And
conditions which make“machine value increasing > service cost”are made clear. Learning effect of
maintenance works is one of the elements to be considered. And the information of service profitability
for machine users makes users’WTP increase. So such information can be usuful for service marketing
activities.
京都大学 経済学研究科博士後期課程 石 尾 和 哉
Kazuya Ishio
Graduate school of economics, Kyoto University
(キーワード:収益性、メンテナンスサービス、WTP)
1.問題意識
1-1 定義
家庭向けハウスクリーニングサービスの需要が
巡回保守メンテナンスサービスは、機械の日常
年々増加しているが、そこにヒントを得て企業向
的な保守データを観測することによって潜在的な
け、特に工場現場に対する高付加価値のサービス
不具合を事前に発見し、不具合が故障として顕在
事業を提案したい。
化する前に発見し、予防的に部品取替等によって
工場において各種の工作機械を使用するが、筆
故障させることなく機械の寿命を長期化させるも
者の経験上、人材・ノウハウの欠如のために十分
のと定義する。
な保守メンテナンスを行っていないケースも多い。
その結果、故障率が増加し利益を損なう結果に
1-2 前提
なっていると推測されるが、そこに着目して工作
⑴ 巡回保守メンテナンスサービスは故障率低減
機械に対する巡回保守メンテナンスサービスの事
によって機械本体の稼働率向上、即ち製品本体
業化が可能かどうか、収益性を検討する。
価値の向上を目的としている。即ち、本体価値
従来サービスマーケティングの分野においては、
向上額=故障コスト低減額、であるとする。
サービスの収益性を客観的に計測するための手法
⑵ メンテナンスサービスにおいては、人的サー
を取り上げた論文はCiNii等で検索した限りにお
ビスが基本であり、取替部品代は原則として
いては発表されておらず、本論文はサービスメ
ユーザー負担であることから、人件費以外にま
リットを客観的に評価するためのひとつの手法の
とまったコストは不要である。
提示という点で、学説への貢献となると考える。
尚、論文の前提として、下記の定義と前提を置
2.メンテナンスサービス効用の仮説
いた上で検討を進める。
下記の仮説を本論文において検証したい。
-1-
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
2-1 巡回保守メンテナンスサービスによる本
3-3 故障削減回数d(n,β)について 体価値向上金額とサービスコストはいずれも巡
⑴ 故障率の定義とモデル式
回頻度を変数とする関数であり、メンテナンス
故障率とは、ある時点まで可動状態であったア
サービスの効用を最大にする条件が導出できる。
イテムが、引き続く単位時間内に故障が発生する
確率である(福井、2006)。従って 故障率=総
2-2 上記の場合、メンテナンスサービスの効
故障件数÷総動作時間 である。
用がプラスであれば、サービスプロバイダー、
瞬間故障率のモデル式は時間tの関数として ユーザー共にメリットを得ることができる。
λ⒯=β・t β-1/a と表せる(真壁・鈴木・益
田 2002)。機械部品の場合の故障率のモデル式
2-3 巡回保守メンテナンスサービスは習熟効
は β>1で設定し、時間の経過に従って故障率
果が働くことから、累積作業量が増加するに
が漸増する型であると言われている。
従ってコストが低減し「本体価値の向上額-
⑵ モデル式の展開
サービスコスト」の差分は一層拡大する。
①巡回保守メンテナンスを行うことにより、機械
が初期状態に戻り、そこから改めて劣化が始ま
3.モデル式の導出
ると考える。
3-1 メンテナンスサービスの効用を最大にす
②そうすると、1年間にメンテナンスをn回行い
る条件としてのメンテナンス回数を導出するた
ながら1年間経過する場合の年間故障率は、0
めにモデル式を設定する。
年目から1/n年目までの平均故障率を算出し
効用最大化
て、それをn倍することで算出できる。
=MAX(本体価値向上額-サービスコスト)
1年間
=MAX(故障コスト/回×故障削減回数-メン
1/n年
テナンスコスト/回×メンテナンス回数)
この式の中には3つの関数が含まれており、そ
メンテナンス
れぞれのモデル式を以下に設定することによって
メンテナンス
メンテナンス
③平均故障率は瞬間故障率λ⒯=β・t β-1/aを
効用最大化条件を導出する。
積分することで求められるから、0年目から1
3-2 故障コスト/回f(n,α)について
/n年目までの平均故障率は下記の通りである
故障コストは機械停止に伴う不稼動損失と修理
(真壁・鈴木・益田 2002)。
コストから構成されるが、いずれも巡回回数に無
∫01/nλ⒯dt÷(1/n-0)=[tβ/a]01/n÷1/n
関係であり、一定であると考えられる。従って、
={(1/n)β/a-0β/a}÷1/n=n1-β/a
f(n,a)=F(定数)となる。尚、機械停止に伴
さらに1年間の平均故障率(件/年・台)はそ
う不稼動損失の内訳は、1修理技術者の駆付時間、
れをn倍することで下記の通りとなる。
2故障原因調査時間、3部品調達時間、4修理時
年間故障率=(n1-β/a)×n=n2-β/a
間、などである。
④巡回メンテナンスが0の時(n=0)の年間平
均故障率(件/年・台)は下記の通りである。
また修理コストの中身は、技術者の人件費と取
替部品コストから構成される。
∫01λ⒯dt÷(1-0)
=[tβ/a]01=⑴β/a-0β/a=1/a
⑤従って巡回メンテナンスが0の時と比較して、
巡回メンテナンスを年間n回実施した際の年間
-2-
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
平均故障件数の削減数d(n,β)(件/年・台)
d(n,β)=故障削減回数=(1-n2-β)/a、
は、上記③、④から下記の通りである。
s(n,γ)=メンテナンスコスト/回=(tn-γ×b)×n、
d(n,β)=(1/a)-n
2-β
/a=(1-n
)/a
n:メンテナンス回数、
2-β
β、a:定数、
3-4 メンテナンスコストs(n,γ)
t:最初の作業時間、γ:習熟係数、
⑴ メンテナンスコスト
b:メンテナンス技術者の時間コスト
s(n,γ)=技術者人件費単価×(移動・検査・部
4.メンテナンスによる故障コスト削減事例への
品取替時間)である。
当てはめ
(注)取替部品コストは通常の老朽化に伴うもの
はユーザー負担であるため、除外して考える。
4-1 故障コスト/回f(n,α)について
またメンテナンスサービスは夜間不稼動時間内
工作機械メーカーA社の実際の故障コストの内
に行うため機械停止損失は発生しないものとす
訳は下記の通りであり、トータル故障コストf⒩
る。
=386,000円(定数)である。
⑵ 習熟効果によるメンテナンスコスト低減
(故障1件当りのコストの内訳)
サービスプロバイダーのサービス提供にかかる
機械停止に伴う損失として、駆付時間20時間・
費用の中で、検査・部品取替時間については巡回
14万円、調査時間3時間・2.1万円、部品調達時
回数が増加することにより習熟効果が働き、1回
間20時間・14万円、修理時間3時間・2.1万。修理
当りの巡回コストは逓減する可能性がある。従っ
コストとして、技術者の人件費26時間・6.4万円。
てサービスプロバイダーの利益拡大の可能性があ
総合計38.6万円。
る。巡回保守メンテナンス時間の習熟効果の一般
(注)チャージ7,000円/時間(工作機械メー
式 s=tn-γ
カー調べ)、故障コストの数値は工作機械メー
s:繰返し後の作業時間、t:最初の作業時間、
カーA社の修理技術者8名へのアンケートの平
n:巡回回数、γ:習熟係数
均値。
習熟率:繰り返し回数が2倍になった時、作業
時間が低減した率。習熟率=(1/2)γである。
4-2 故障削減回数d(n,β)について
尚、建築工事では0.75~0.95であるという先行研
表1は大手工作機械メーカーA社の事例(1981
究がある。(三根・椚、2003)
年以降の出荷済み機械388台、2004年~2008年
さらに巡回メンテナンスにおいて習熟効果が見
における故障件数2,970件について分析)である。
られるかどうか、事例において検証する。 巡回保守メンテナンス回数が0回である機械1台
当りの年間の平均故障発生件数は1.89件(但し最
3-5 効用を最大にする年間巡回回数nの算出
大5件・最低1件の幅がある)。一方、年1回の
<モデル式>
巡回保守メンテナンスを行なった機械の年間故障
最大効用
件数が1.28回に減少する。さらに巡回回数を増や
=MAX(本体価値向上額-サービスコスト)
すほど故障件数は低減することがわかった。尚、
=MAX(故障コスト/回×故障削減回数
その関係をグラフにすると図1の通りであり、故
-メンテナンスコスト/回×メンテナンス回数)
障削減回数dと巡回保守メンテナンス回数nとの
=MAX(f(n,α)×d(n,β9-s(n,γ)×n)
間には下記の近似式を得た。
=MAX(486000×(1-n
)/a-(tn
2-β
×b)×n)
-γ
但し、F=故障コスト/回、
-3-
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
表1:巡回保守メンテナンス回数と年平均故障率
s:繰返し後の作業時間、t:最初の作業時間
n:巡回回数、γ:習熟係数
年平均巡回回数
(回/年・台)
0
1
2
3
4
年平均故障件数
(件/年・台)
1.89
1.28
0.98
0.92
0.84
故障削減件数
(件/年・台)
-
0.61
0.91
0.97
1.05
故障削減メリット
(万円/年・台)
0
29.6
44.2
47.1
51.0
4-4 事例へのあてはめ
工作機械メーカーA社の15名・過去31か月の巡
回件数・巡回工数のデータを基に、累積巡回件数
と1件当りの巡回時間及び人件費を算定した。
累積巡回件数と1件当り人件費
筆者作成
1件当り人件費︵円︶
故障削減件数︵件/年・台︶
故障削減件数(件/年・台)
1.20
1.00
0.80
0.60
0.4
y = 0.6x
0.40
2
R = 0.9369
0.20
0.00
0
2
4
年平均巡回回数
50,000
45,000
40,000
35,000
30,000
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
0
-0.2104
y = 31370x
R2 = 0.7463
1台当り累積巡回件数
図3:累積巡回件数とメンテナンス1件当り人件費
筆者作成
6
n(回/年・台)
図1:年平均巡回メンテナンス回数と故障削減件数
筆者作成
尚、データの季節要因等の特殊要因を除去する
d⒩=0.6n0.4(R2=0.9369)
数を対象機械の台数である78台で割ることで、1
また前述の通り故障コストは1回当り38.6万円
台当り平均巡回数に置き替えた。また巡回員の時
であるから、年平均巡回回数nと故障削減メリッ
間コストを2,500円として、巡回時間に掛け合わ
トの関係は図2のグラフのようになる。
せることにより、累積巡回回数と時間コストとの
故障削減メリット︵万円/年・台︶
関係を導いた。
巡回回数と故障削減メリット
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
-5
ために6か月移動平均を取った。また累積巡回回
以上の結果のグラフから近似式を下記の通り得
た。習熟効果を加味した巡回1件当り人件費は
s⒩=31370n-0.2(R2=0.7463)となった。
4-5 最大効用
d⒩=0.6n0.4、s⒩=31370n-0.2であるから
0
1
2
3
4
5
最大効用
巡回回数(回/年・台)
図2:巡回メンテナンス回数と故障削減メリット
筆者作成
=MAX(f(n,α)×d(n,β)-s(n,γ)×n)
=MAX(386000×(0.6n0.4)-(31370n-0.2)×n)
=MAX(231600n0.4-31370n0.8)
4-3 メンテナンスコストs(n,γ)
巡回保守メンテナンス時間の習熟効果の一般式
s=tn-γ
-4-
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
表5:工作機械メーカーA社の過去31か月の巡回件数・巡回工数のデータ
2007年
9 月
1台当り累積巡回件数(回/台)
1件当り人件費(円)
1件当り人件費(円)
1件当り人件費(円)
1件当り人件費(円)
1件当り人件費(円)
2008年
2 月
0.8
0.9
1.1
36,000
29,500
33,595
35,613
35,290
36,313
2008年
4 月
2008年
5 月
2008年
6 月
2008年
7 月
2008年
8 月
1.3
1.7
2.0
2.2
2.5
2.7
35,215
32,935
28,063
28,330
24,771
23,941
2008年
10 月
2008年
11 月
2008年
12 月
2009年
1 月
2009年
2 月
3.1
3.4
3.6
3.8
4.0
4.2
22,914
23,510
26,625
26,450
27,013
27,451
2009年
4 月
2009年
5 月
2009年
6 月
2009年
7 月
2009年
8 月
4.7
4.9
5.4
5.9
6.3
6.5
30,675
34,286
20,739
18,178
17,036
19,661
2009年
9 月
1台当り累積巡回件数(回/台)
2008年
1 月
0.6
2009年
3 月
1台当り累積巡回件数(回/台)
2007年
12 月
0.4
2008年
9 月
1台当り累積巡回件数(回/台)
2007年
11 月
0.2
2008年
3 月
1台当り累積巡回件数(回/台)
2007年
10 月
2009年
10 月
2009年
11 月
2009年
12 月
2010年
1 月
2010年
2 月
2010年
3 月
6.9
7.1
7.5
7.8
8.1
8.3
8.8
19,594
18,497
19,126
20,703
20,786
19,555
18,336
筆者作成
はn=17である。
サービス効用
サービス効用︵円︶
450,000
400,000
350,000
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
50,000
0
∴巡回回数17回/年の時が効用最大416,710円と
なる。
5.サービスプロバイダー利益の検証
次に、本体価値向上金額>サービスコストであ
るならばサービスプロバイダーは利益が得られる
0
20
40
60
80
ことを検証したい。
100
巡回メンテナンス回数(回/年)
前項より、本体価値向上金額>サービスコスト
図4:巡回メンテナンス回数とサービス効用
筆者作成
である条件が導出できることがわかった。それで
は上記の関係が成り立つ場合に、サービスを提供
ここで巡回による故障削減効果は巡回0の時の
するプロバイダーは利益が得られるのかどうか、
故障回数1.89回を越えない。従って故障削減回数
検証したい。
d⒩=0.6n ≦1.89の条件で巡回回数nの最大値
0.4
-5-
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
5-1 論証
ユーザーのWTP(支払意思価格)が決定され
る要因とその分析によって検証する。サービス
のWTPは一般にそのサービスがもたらす効用と、
同等のサービスを提供している他の供給者からの
提示価格によって決定される。従って下記のこと
が言える。
⑴ 本体価値の向上額>WTS>サービスコスト
という条件でサービスプロバイダーが設定した
WTS(販売意思価格)は、本体価値の向上と
いうユーザーメリットがWTSを上回り、経済
合理性からユーザーは受け入れると考えられる。
⑵ またメンテナンスサービスは設計情報を要す
ることから製造メーカーもしくはメーカーと保
守委託契約を結んだサービスプロバイダーが独
占することが通例であり、無競争である。従っ
てユーザーメリットが出ている範囲内において
WTS=WTSが成り立つと考えられる。
⑶ 従って
「本体価値の向上額>WTS>サービスコス
ト」の関係が成り立ち、サービスプロバイダーは
利益が得られる(サービスプロバイダー利益=
表2:メーカーの保守・メンテナンスサービスに
対するコストの支払意思(複数選択)
保守・メンテ
ナンスサービ
企業数(%)
スに対するW
TP
具体的な内容
リーズナブルな金額範
囲なら、保守契約を
①保守契約に
93社(74) 結んで機械トラブルを
支払意思あり
最小限にできるいいサ
ポートを受けたい。
保守・故障時対応の良
②良い保守・
さに定評のあるメー
故障対応なら
カーで、製品品質・機
64社(51)
製品価格増を
能が同等なら、製品価
格が1~2割高くても
許容
選びたい。
サポートや保守・メン
テナンスには事前費用
③保守サービ
は支払いたくない。復
スへのコスト 15社(12)
旧に時間を要しても故
支払意思無し
障の都度、費用を支払
い修理する。
機械本体の品質・機能
が若干劣っていても、
④製品品質・
保守・メンテナンス・
機能より保守
23社(18)
故障の対応が無料で、
メンテ無料を
良い対応のメーカーを
選択する
選びたい。
WTS-サービスコスト)。
筆者作成
5-2 サービスプロバイダー利益の事例あてはめ
⑵ ユーザーアンケートによるWTPの分析
ユーザーアンケートによって、当該サービスへ
第1回アンケートにおいて、有償保守契約を望
の意識を調査し、さらにWTPを調査する。(補
む企業93社に限定して、初年度の無償保証期間を
注1)
過ぎた2年目以降の保守契約に複数のコースを示
⑴ アンケートによりユーザーのサービスに対す
して、それぞれ1年間の保守費用として機械本体
る意識を調査。ユーザーアンケートの結果、機
価格の何パーセントまで支払うか質問した(複数
械稼働率を維持するための保守サポートに対し
回答可。交換部品代は実費負担。補注2)。
ては対価を支払う意思が認められ、優れたサー
その結果、保守・メンテナンスサービスについ
ビスにはコストを支払う意識が認められる(表
て、ユーザー企業は高サービスに対しては相応の
2)。
コスト負担を考えていることが明確になった。特
に、巡回保守サービスは年1回当り年間3.3万円
の平均支払意志価格が確認できた。
⑶ サービスプロバイダー利益の検証
1回当りの巡回コストは習熟効果によって、
y=31370n-0.2である。
-6-
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
また巡回1回当りのWTPはy=33333である
ないから」24社(38.7%)、「躊躇することはな
(補注1)。巡回1回の場合の巡回コストは
い」20社(32.3%)、「外部への保守費用は予算
31,370円であり、巡回回数がそれ以上になればさ
化しにくいから」17社(27.4%)、「保守は内部
らに巡回コストは低減する。従って巡回を1回以
で行うべきという考えが社内に強いから」16社
上行うならば、巡回コストは常にWTPを下回り、
(25.8%)などの回答があった。
サービスプロバイダーに利益が出る。
6-2 長期保証サービスの工作機械への適用
6.ディスカッション ~長期保証付き保守メン
住宅メーカーが提供している長期保証契約の仕
テナンスサービスモデルの工作機械への導入
組み(定期点検及び必要な補修を行うことを条件
他業界の知見を工作機械業界に応用することで
に長期保証を提供)を工作機械業界に導入するこ
より有効なサービスモデルを作ることを考えたい。
とでサービスプロバイダー、ユーザー両方をトー
タルしたベネフィットの増大を実現し、双方にメ
6-1 保守メンテナンスサービスに対するユー
ザーニーズの調査
リットのある仕組みを作ることを検討したい。
一般に保証とは顧客が購入した商品の機能につ
サービス需要を喚起する方策を検討するため
いて、通常使用の範囲内であれば所定期間内の性
に、工作機械ユーザーの購買実権者への2回目の
能・機能をサービスプロバイダーが約束する契約
アンケートを行い保守メンテナンスサービス契約
であり、具体的には故障の無償修理、さらには修
を結ぶに当たって躊躇する原因を調査し、回答企
理で復旧できない場合の製品取替を指す。
業数62社を得た(補注2)。その結果、「保守を
それに対して保守メンテナンスとは、定期的に
したから故障しない、という保証はないから」と
製品の保守メンテナンスを行うことで故障・不具
いう回答が37社(59.7%)にのぼったが、これは
合そのものを防止し、製品寿命を長くすることを
メーカーの保守メンテナンスの効果は経験してみ
目的としている。
ないとわからない、といういわゆる経験属性が高
保守メンテナンス
いサービスであり、さらには不具合原因が様々に
考えられることから、信用属性が高い側面も併
せ持つことから起因した結果であると考えられ
通常の寿命
寿命長期化
る。従ってサービスプロバイダーは保守メンテナ
ンスを行うと同時に、その効果に対する事前の信
頼性を高める政策を取る必要がある。そのために
保 証
は多年の実績を積み重ねることで業界における良
い評判を確立し、ブランド力を構築する、という
現在工作機械業界では1~3年の初期保証のみ
方法が最もオーソドックスな方法であるが、難点
であり、長期保証制度を提供しているメーカーは
は長期間の時間を要することであり、どんな企業
ない。また保守メンテナンス契約も一部企業で提
でもできるわけではない。もし新たに保守メンテ
供されているが、業界関係者によると普及度は高
ナンスサービスを立ち上げた時点ですぐに信頼を
くない。従って大多数のユーザーは無保証、無保
得るためには、保守メンテナンス結果に対する保
守の状態で機械を運用しており、故障リスクは大
証を付ける方法が考えられる。この点の効果と収
きい。一方でメーカー側にとっても大型工作機械
益性を検討したい。(注)アンケート結果はそ
の保証、メンテナンスは大きな費用になるリスク
のほかに「保守しなくても故障しないかも知れ
があり、制度化に踏み切れない状態である。
-7-
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
そこで住宅メーカーが導入している長期保証モ
尚、このモデルにおけるサービスプロバイダー
デルである定期点検と有償の必要補修を行うこと
の収益性は、表1の事例においては、年平均巡回
で長期保証を提供する、というモデルの導入を検
件数が4回の場合、年平均故障件数が0.84回であ
討したい。具体的な制度案は次の通りである。
り、1回あたりの修理コストは前述の技術者人件
⑴ サービスプロバイダーとユーザーは、初期保
費6.4万円であるから、年間修理代は0.84回×6.4
証期間(購入後1~3年間)を過ぎた後は有償
万円=5.4万円/年・台となる。巡回保守メンテ
保守メンテナンス契約を結び、年間1~数回の
ナンスを6回行うならば、年4回のときより故障
保守メンテナンスと年1回程度のオーバーホー
件数は増えることはないはずであるから、年間修
ルを行う。
理代は5.4万円以下である。
⑵ 保守メンテナンス時に発見された不具合は修
理・部品交換を行う(部品代のみ有償)。
また表5の事例の場合、巡回1回あたりのコス
トは習熟度の低い初期段階でも約3.6万円以下で
⑶ 以上の条件が充たされたユーザーに対して、
ある。
サービスプロバイダーは一定期間(通常は次回
従ってWTPが55.1万円であるなら、巡回メン
の保守メンテナンスまでの間)における故障発
テナンス6回分のコストと故障の場合の年間修理
生時の無償修理を行う。
代の合計27万円を十分まかなった上で、利益をだ
ユーザーにとってのメリットは、稼動期間長
せる。
期化による収益メリット、及び突然の不稼動に
よる生産ストップという不安を除去する効果が
6-4 サービス価格形成について
ある。
工作機械ユーザーの購買実権者について第1回
またサービスプロバイダーにとっては保守メ
アンケートで回答を得た123社に再度アンケート
ンテナンス契約自体での収益確保がメリットで
調査を行い、回答数62社を得た(補注2)。そ
ある。
の結果、サービスの効果を開示することにより
WTPが増加することがわかった。
6-3 ユーザーのWTP調査
巡回メンテナンス1回当りのWTPは、第1
そこで保証として「保守メンテナンスとオー
回目のアンケートでは、3.3万円であったが(表
バーホールを行えば無償保証期間を1年間延長す
3)、第2回目アンケートでは、年6回の巡回メ
る」という方法を提示してWTPを調査した。尚、
ンテナンスで29.4万円、即ち1回当り4.9万円に上
全ての場合において保守メンテナンスの結果、故
昇した(表4)。
障率が低減することによるユーザー企業の利益効
果を、「メーカー調べ」と明示した上で開示した。
表3 巡回回数とWTPの関係
(補注2)
年間巡回回数
6
12
24
尚、WTPは当該サービスを契約すると回答し
WTP(年間)
200,000円
400,000円
800,000円
た企業の支払意思価格の平均値とした。また無償
1回当りWTP
3.3万円
3.3万円
3.3万円
保障の場合、部品代は通常はユーザー負担である。
筆者作成
以上の結果は表4の通りであるが、無償保証を
併用することによってWTPが増加することがわ
これはサービスの無形性を補完し、一定の効果
かった。これはサービスプロバイダーの保守メン
が得られる手法として有効なサービス・マーケ
テナンスサービスの信頼性を高めると同時に、
ティングであると考えられる。
ユーザーメリットを高めた結果であると考えられる。
-8-
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
表4:各保守契約におけるユーザー企業の利益効果・WTP平均
保守契約のメニュー
1 巡回保守メンテ(年6回)
ユーザーに開示した利益効果
(「メーカー調べ」と注記)
年平均50万円
2 巡回保守メンテ(年6回)と
オーバーホール年1回で無償保証 年平均90万円
1年間延長
WTP平均
契約希望
企 業 数
29.4万円
(min0~max80万円)
21社
55.1万円
(min5~max150万円)
23社
筆者作成
7.結論
本論文冒頭にあげた仮説は下記の通り検証でき
(補注1)第1回アンケート:大型工作機械にお
た。さらに追加的に明らかにした知見をまとめる。
けるメンテナンス・サービスに関する意向を調査。
2009年7月実施、全国の大型工作機械ユーザー
7-1 巡回保守メンテナンスサービスによる本
体価値向上金額とサービスコストはいずれも巡
237社を無作為抽出して、各社の購買実権者を対
象とした。回答数126社(53.2%)を得た。
回頻度を変数とする関数であり、メンテナンス
サービスの効用を最大にする条件が導出できた。
(補注2)第2回アンケート:保守契約に関する
意識・WTP(支払意思価格)を調査。
7-2 上記の場合、メンテナンスサービスの効
2010年4月実施、第1回目に回答を得た126社
用がプラスであれば、サービスプロバイダー、
の中で回答者不明の3社を除く123社に再アン
ユーザー共にメリットを得ることができること
ケートを依頼。回答数62社(50.4%)を得た(表
が明らかになった。
3)。
7-3 巡回保守メンテナンスサービスは習熟効
引用文献
果が働くことから、累積作業量が増加するに従っ
福井泰好『入門信頼性工学』第1版、森北出版、
てコストが低減し「本体価値の向上額-サービ
スコスト」の差分は一層拡大することが明確に
真壁肇・鈴木和幸・益田昭彦
なった。
『信頼性入門』、日科技連、2002年、210-211ページ。
2006年、12ページ。
三根直人・椚隆
(参考)工作機械業界
「内装・設備工事における作業の習熟効果」、
金属加工を行うための機械を製造・販売。日
日本建築学会計画系論文集(568)、
本の工作機械業界では、旋盤とマシニングセン
タが受注の約7割を占める主力製品である。機種
別受注額構成:旋盤32.2%、研削盤7.6%、ボール
盤3.8%、専用機3.7%、その他15.6%、マシニング
センタ37.1%。生産総額:1兆3011億円、2008年。
(出所:日本工作機械工業会)
-9-
2003年、109-116ページ。
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
要 旨
但し巡回による故障削減効果は巡回0の時の故
機械ユーザー向けメンテナンスサービスの収益性
障回数1.89回を越えない。
~サービスベンチャーの収益性評価~
従って故障削減回数d⒩=0.6n 0.4≦1.89の条件
石尾和哉 京都大学 経済学研究科博士後期課程
で巡回回数nの最大値はn=17である。
∴巡回回数17回/年 の時が効用最大416,710円
1.本論文の目的
となる。
工場現場に対する高付加価値のサービス事業と
して、工作機械に対する保守メンテナンスサービ
4.実際の機械ユーザーへのアンケートによる
スの事業化が可能かどうか、収益性を検討する。
WTP(支払意思価格)調査
そこで「巡回保守メンテナンスサービスによる本
アンケートによりユーザーのサービスに対する
体価値向上金額とサービスコストはいずれも巡回
意識を調査。その結果、機械稼働率を維持するた
頻度を変数とする関数であり、メンテナンスサー
めの優れた巡回保守メンテナンスサポートに対し
ビスの効用を最大にする条件が導出できる」とい
ては対価を支払う意思が認められ、具体的に巡回
う仮説を立てて、モデル式を設定し、効用最大化
メンテナンスサポート年1回の当り年間3.3万円
条件を導出し、実際の企業データで事例に当ては
の平均支払意志価格が確認できた。
めを行う。
5.サービスプロバイダー側の利益の検証
2.メンテナンスサービスの効用最大化モデル式
は下記の通りである。
1回当りの巡回コストは習熟効果によって、y
=31370n-0.2(n:年間巡回回数)である。
最大効用
またユーザーアンケートによれば、巡回保守
=MAX(本体価値向上額-サービスコスト)
メンテナンス1回当りのWTPはy=33333であ
=MAX(故障コスト/回×故障削減回数
る。巡回1回の場合の巡回コストは31,370円であ
-サービスコスト/回×メンテナンス回数)
り、巡回回数がそれ以上になれば習熟効果によっ
=MAX(f(n,α)×d(n,β)-s(n,γ)×n)
て、さらに巡回コストは低減する。従って巡回を
)/a-(tn-γ×b)×n)
=MAX(486,000×(1-n
2-β
但し、F=故障コスト/回、
1回以上行うならば、巡回コストは常にWTPを
下回り、サービスプロバイダーに利益が出る。
d(n,β)=故障削減回数=(1-n
2-β
)/a、
s(n,γ)=サービスコスト/回=(tn-γ×b)×n、
6.メンテナンスサービスに対する事前信用の強
化対策
n:メンテナンス回数、β、a:定数、
t:最初の作業時間
保守メンテナンスの効果は経験してみないとわ
γ:習熟係数、
からない、といういわゆる経験属性が高いサービ
b:メンテナンス技術者の時間コスト
スであるため、ユーザーは有償契約を躊躇するこ
とがわかった。そこで事前に信用を強化するため
3.工作機械メーカーA社の実際の数値に当ては
に「保守メンテナンスとオーバーホールを行えば
めて最大効用を求めると下記の通りである。
無償保証期間を1年間延長する」というプランを
最大効用
提示してWTPを調査したところ、WTPが増加す
=MAX(f(n,α)×d(n,β)-s(n,γ)×n)
=MAX(386000×(0.6n )-(31370n
0.4
-0.2
=MAX(231600n -31370n )
0.4
0.8
ることがわかった。これはサービスプロバイダー
)×n)
の保守メンテナンスサービスの信頼性を高めると
同時に、ユーザーメリットを高めた結果であると
- 10 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
考えられる。
7.結論
1 ユーザーは製品本体の価値増大につながる
サービスについては対価支払の意思を持ってい
ることが明らかになった。
2 製品本体価値増大>サービスコスト となる
条件を導出することができた。
3 特にサービス提供コストの習熟効果を加味す
ることにより、サービスプロバイダー・ユー
ザーの双方が利益を得る条件を導出できること
が明らかになった。
4 サービス効果の開示によりWTPは増加させ
ることができることが明らかになった。
以 上
- 11 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
- 12 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
論 文
クラウドソーシングによる特許調査ビジネスについての一考察
Consideration about Patent Investigation Business by Crowd Sourcing
北海道大学 国際広報メディア観光学院 博士課程 内 田 有 哉
Yuya Uchida
Doctor Course,
Graduate school of International Media, Communication, and Tourism Studies,
Hokkaido University
(Keywords:特許制度、クラウドソーシング、集合知)
はじめに
には、特許庁に出願し、一年から五年ほどの審査
現在日本は経済的不振が続き、多くの人々がそ
を受けた後に登録されなければならない。特許権
れを克服しようと努力している。特に技術立国と
を取得した者は、主に二つの権利を有することと
しての復活を求める声を聞くことが多い。しかし、
なる。一つは、その特許を専用実施できる事で、
いかに素晴らしい技術群を日本が習得しても、そ
他者に権利の使用を認める時は、使用料を使用者
れを特許などで権利化し、証明することができな
に課すことできる。もう一つは、その発見をさら
いのであれば、それを利益に還元することができ
に研究しようとする人々の研究を禁止する権利で
ない。この権利化の過程は多くの時間と労力を必
ある。この特許権の存続期間は、特許出願の日か
要としており、その円滑な運営が望まれる。本研
ら20年間であり、原則的にその期間経過後はだれ
究は、そういった特許制度の円滑化と産業の活性
でもその発明を利用することができる。
化の一助になる事を期待している。
1-2 特許と企業利益
1.特許認定にまつわる背景
多くのベンチャー企業において、有意な発明が
1-1 特許制度
なされている。その企業は発明による優位性を得
特許とは、新しい製品製造技術の開発などの発
るため特許出願し、権利化を行っている。この権
明を行った者に独占的な権利である特許権を与え
利を最も有効に活用している産業がアメリカの製
ることによって、発明を奨励し、産業の発展に寄
薬業界である。製薬業界は、巨額費用がかかる
与することを目的としている。特許庁の審査にお
研究開発から、多くの重要な特許権を入手して
いては、産業の発展に有益で特許権を与えるに値
おり、最も特許制度への依存度が高い業界であ
すると考えられる発明のみが受け入れられる。産
る。そして、アメリカの製薬産業の市場規模は非
業上利用可能なこと、すでに知られていたり、利
常に大きい。農業と同じように人類が生存してい
用されているような発明ではないこと(新規性)、
くうえで絶対必要で、その需要が無くなることは
その技術分野における通常の知識を持っている者
ありえない。そして、その企業業績は特許制度の
がすでに知られている発明等にもとづいて簡単に
隆盛に伴って、大きな成長を遂げている。1980年
開発することのできるような発明ではないこと
代頃までの利益率は、一般的な産業と同水準で
(進歩性)、などの条件を満たすものだけが特許
あったが、2002年アメリカの優良企業群フォー
権を与えられる。発明について特許権を得るため
チュン500の中に名を連ねる製薬企業10社の利益
- 13 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
は、他のフォーチュン500に名を連ねる490社の利
慮した当時のレーガン政権は、パテント政策を推
益総額を越したのである(マーシャ・エンジェル
1
し進める事とした 。知的所有権の保護強化策に
2005)。さらに、2000年以降の世界製薬大手十
は権利成立の容易化・保護範囲の拡大・独禁法緩
社の営業利益率は20%代を維持している。一般的
和なども含まれ、これはレーガン政権下で「ヤン
な企業が10%を超すことがめったにないことから
グ・レポート」(1985年)で明確に示された。つ
考えて、この数値は異常なほど高い(岩谷 賢伸、
まり、この政策は、アメリカの自国企業の保護を
吉川 浩史 2008)。
目的としており現在世界中に広まる特許制度は、
アメリカではビジネスモデル(ここでのビジネ
アメリカの制度を基本としている事から、企業利
スモデルはビジネスの仕組みや方法)の特許取得
益の保護が目的となっている。
の動きも活発化している。火付け役となったのは
ハブ・アンド・スポーク特許をめぐっての係争で
1-3 特許制度の弊害
ある。同特許は複数の投資信託とひとつのポート
1-3-1 特許権の所有権
フォーリオを有機的に結びつける情報処理システ
この特許権とは何のためにあるのか。企業が利
ムに対するもので、権利保持者のSFG社はSS銀
益を上げるためにあるのか。それとも発明者の功
行を特許侵害で訴えた。これによってビジネス手
労を称えるためにあるのか。少なくとも現在の日
法に消極的だったアメリカ特許庁の態度を突き崩
本では前者が大きなウェイトを持っているようで
し、以後次々とソフトやビジネス手法に特許が認
ある。かつての日本企業では、業務上の発明は、
められることになった。また、ネットビジネスで
純粋に個人のアイデアというよりは、組織として
も特許戦略が重要な経営要素として認知されるよ
の活動の一環であった。発明や特許に対する報酬
うになってきた。特許は現実に、競争相手への圧
はあくまでも微々たるものであって、企業がその
力、商品販売促進、株価の評価向上などに利用さ
特許によってどれだけ莫大な利益を得たとしても、
れるからである。しかし、ときにビジネスモデル
その対価を要求する事に否定的な風潮が強かった。
特許があまりにも単純かつ権利が広範囲に渡る
1997年に行われた発明協会の調査によれば、一定
ことから「安易な特許認定」という批判もある。
額の報償を規定している企業が自社で特許を実施
(青山 紘一 2003)
した場合も、その発明報奨金額の最大は30万円に
一般的な通説として、特許法はエジソンなどの
過ぎなかったうえ、単に特許を登録しただけの場
発明者に、その労力に見合う褒賞を与えるための
合は、平均1万5,000円から3万8,000円といった
法律と考えられているが、現行の特許法は、必ず
ところであった。(㈶日本発明協会 1997)
しもそういった考えのもとに成立したものではな
しかし、元日亜化学の中村修二氏が2001年に企
い。知的所有権を新たな輸出産品として保護強化
業を訴えるという異例の形をとり、企業に発明の
して国際的産業競争力を強化しようとした1980年
「相当の対価」を要求した。これにより、従業員
代、アメリカの製造業界は日本などの製造業メー
2
が企業を訴える事例が増加した 。この問題は特
カーにシェアを奪われており、研究開発力では世
許権の所有権、またはそれに伴う利益が、企業と
界一であったが、その技術を模倣され、その技術
開発者のどちらに帰するか、非常に曖昧なことを
力が経済面に反映されていなかった。この事を憂
示している。
1
パテント政策とは特許または知的財産全体を保護する政策のことである
例 味の素社 人工甘味料「パルスイート」製法特許訴訟
日立製作所 光ディスク読み取り装置に関する特許訴訟
2
- 14 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
1-3-2 国際特許
1-3-3 パテントトロール
日本の特許権は日本国内だけに認められるもの
近年これまでに述べた特許制度の問題などから
で、他国でも発明の権利化を望むのであれば、特
パテントトロールが現れてきた。パテントトロー
許出願する必要があり、直接その国に特許出願
ルとは一種の蔑称であり、厳密な定義は存在しな
する事と、国際出願(PCT)をする必要がある。
いが、ここでは自ら保有する特許権をもとに、資
当然複数の国への出願は、手続きや特許調査など
本力のある企業を特許侵害で訴える事を生業とす
で多額の費用がかかる。それにも関わらず、グ
る団体と定義する。このパテントトロールが保有
ローバル化によって国際出願が増えてきており、
する特許は、自身の発明によるものだけでなく、
3
研究開発型ベンチャー企業は多額の費用をかけ
他者から安価に購入したものも含まれる。そうし
なくてはならない。特許出願を先進8カ国にする
た特許の中には、その特許の存在すら誰にも気づ
だけでも、少なく見積もっても一千万円以上の費
かれず特許権侵害されているサブマリン特許と呼
用がかかる。これでは資金力の乏しいベンチャー
ばれるものが存在する。こういったものが存在す
企業は出願できない。
る事が、現行の特許制度の限界を示しており、パ
よって産官学連携を推し進める人々は、各国が
テントトロールは率先してこのサブマリン特許を
独自の知的財産法を持つのではなく、世界的な統
見つけようとする。パテントトロールはこのサブ
一基準に取るべきであると考えている。しかし、
マリン特許などを価値の分からない所有者から安
現実には主権を持つ国家が多数ある中で統一基準
価に購入し、特許侵害で訴えることが多い。また、
を打ち立てることは困難である。また、打ち立て
パテントトロールの多くは、概ねその特許を用い
たとして、そこにいかにして実行力を持たせるか
た製造・生産などは行っていないのが特徴であり、
が難しい。条約や、協定にて統一基準を打ち立て、
仮に保有特許を無断で利用されていようとも、直
可能な限り多くの国に参加してもらう事が最低限
接的な損害を受けることはない。特許情報は膨大
必要となる。
で関係性は非常に複雑であり、完全に把握してい
本来、特許審査制度は、1つの国際機関の統轄
る者はなく、多くの企業が気づくことなく特許侵
のもとで、各国にその支部を置くことが企業や発
害をしてしまっている可能性を有している。そし
明者とっては望ましい。そのようになれば、発明
て、訴えられた企業は、裁判所から差し止め命令
者は、各国に出願をする必要がなくなり、各国に
が出される事もある。差し止め命令が出された場
出願する資金力のない開発者や経営者にとっては、
合、生産中止に追い込まれ、企業にとって大きな
実質的に保護が手厚くなり、インセンティブの確
損失となる。そのため、こういった特許侵害請求
保も充実することになる。しかし、特許制度の国
に対して企業は多額の和解金を支払う事で概ね短
際的な統一は、経済活動に関する国の主権を侵害
期間で和解しようとする。企業側としては訴えら
する可能性を有しているだけでなく、各国の行政
れることで生産の中止などに追い込まれるコスト
処理能力に差があるため実現は難しい。また特許
の方が、訴訟の和解金より大きい場合が多く、可
を取り扱う弁理士業界の間ではこの件はあまり真
能な限り早く訴えを取り下げさせたいのである。
剣に議論される事は無い。彼らにとっては、出願
一方、パテントトロールは、可能な限り損害の可
が各国毎に多数なされる現状の方が、より多くの
能性を高くして、和解金の金額を釣り上げようと
仕事を得る事ができるという利点があるからであ
する事から、企業に深刻な損害を与えないように
る。
しながら、訴訟を長引かせようとする傾向があ
3
特許庁 特許行政年次報告書2010年版 より
- 15 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
る。(榊原 憲 2009)(大熊靖夫・佐橋美雪・薛
1980年から1990年代に、大きく改正されもしたが、
惠文・Joe Brennan 2007)
それは特許の効力を強めるものであり、本質的な
変化はしていない。
1-3-4 特許審議の長期間化
特許として認定されるには、特許の三大要素、
現在、日本で特許出願が認定されるまでに、約
「新規性、進歩性、産業の利用可能性」を有して
1年から5年ほどの長期間を必要としている。こ
いなくてならない。当然、周知されている公開情
れは発明を使ったビジネスを考えているものに
報では、それを得ることはできない。1980年当時、
とっては、大きな障害となる。審議長期化の最大
特許庁が技術関連の公開情報として考えていたの
の原因は、先行特許の調査に多大な労力と時間が
は、マスメディアや技術書や著名な学会誌などと
必要であるためである。膨大な特許資料の中から、
言える。しかし、それから30年が経過し、イン
先行特許の有無の調査は、非常に多くの情報を調
ターネットが全世界に普及した現在、一般に公開
査しなくてはならない。それは特許庁によって認
されている情報は膨大な量となってきている。例
定された既存特許についてだけではなく、学術団
えば、個人がインターネット上に公開した発明は、
体で発表された情報も含める。そのため、特許審
すでに公開されたものと判断することも不可能で
議官は自身の専門ではない分野の高度な特許情報
はない。加えて、インターネットの普及は、過去
を、完全に理解し関連情報を把握する事が求めら
においては英語やフランス語など主要言語による
れる。しかし、実際にはそういった能力を有する
情報のみ注視していれば良い時代は終わりを告げ、
人材は極めて稀である。そして、場合によっては
中国語やアラビア語など日本では習得者の少ない
調査対象も膨大となるため、調査には多大な人員
言語にも精通していなくては、インターネット上
を必要とする。しかし、日本の特許審議官は、現
の公開情報を確認することは不可能と言える。
在でも2,000人に届かない。アメリカなどと比し
インターネット上の情報の増大は止まる事を知
ても半分以下の規模であり、審議官一人当たりの
らず、今後第三世界のインターネットの浸透に
特許審議件数もアメリカの3倍以上ある。このよ
よって、異なる言語の情報は爆発的に増えていく。
うな状況にあるため、2004年には20万件ほどで
この情報の増大に対応できる情報機関は存在しな
あった特許審査順番待ち件数は、2009年度には71
い。その点から考えると、特許の新規性を調査す
万件にもなっている。そしてそれらに加え、2009
る事を一行政機関に委ねるのは不可能でしかない。
年度の新たな特許出願数は約30万件に上っている
現状は未だ、十分な調査が行われていなかったも
(特許庁 2010)。昨年行われた特許庁の特許制
のを特許として認定したとしても、稀に企業が訴
度研究会でもこの問題は、特許制度の問題点とし
訟に巻き込まれるだけで、あまり問題が表面化し
て挙げられている。こういった現状では適正な審
ていない。しかし、今後この公開情報の増大が続
議がなされる事は難しい。また特許を出願する側
いた場合、特許制度の根幹を揺るがしかねない事
も、自身の発明に新規性があるかどうか確認する
態に陥る事が懸念される。
術を持っていない状況にある。そして、このよう
また、誤った特許認定に関する問題も生じてい
な状況がパテントトロールと呼ばれる特許訴訟を
る。その象徴的な事件として、オーストラリアで
専門に行うものを呼び込む事となっており、その
は2001年にジョン・マイケル・ケオフによって車
リスクは多くの製造業に痛手となり、産業を停滞
輪の発明が申請され、特許を取得した事件がある。
させる要因となる。
これと同様に過去に発明がされていながら、その
特許権は、日本では1952年に制定された特許法
存在を気づく事無く特許認定してしまう事例が多
によってそれが定義され、法的根拠を得ている。
4
数存在する 。加えて、特許情報そのものを誤解
- 16 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
している事例も散見される。
理学などの広範な各種科学技術知識、特許法に関
する詳細な知識が最低限求められる。加えて、昨
2 特許調査の現状
今は英語力だけでなく、中国語などの語学力も問
特許権所有権の曖昧性、他国への申請のコスト
われてきている。こういった職種の雇用は、主に
高、パテントトロールの隆盛、特許調査の長期間
大企業や特許調査会社が行っているが、大企業に
化、これらの諸問題の要因は、特許制度の構造的
おいてもその人材規模は小さく、特許調査会社の
欠陥、特許情報の増加、調査力の不足に帰するこ
専任サーチャーは数十名ほどが一般的である。
とが多い。この中で改善が見込める要素は調査力
3 特許調査のクラウドソーシング利用
についてである。
現状の特許制度においては、調査力が不足して
2-1 サーチャー
いるため、特許庁も充分な調査をすることができ
特許調査実務の一般的に特許調査会社などの
ない。企業などでは、自社の専門職員が行うか、
サーチャーによって行われる。サーチャーとは、
もしくは外部の特許調査会社に委託する。しかし、
インターネット上のデータベースなどの検索に特
この種の会社は専門調査員数十人規模の小規模の
化した専門職の名称である。「情報検索技術者」、
ものが多く、必ずしも充分な調査を行うわけでは
「データベースサーチャー」5 と呼ばれることも
ない。
ある。主な業務は、膨大なデータベースの中から
そのため、それらの調査を専門家ではなく、ク
必要な情報を探り当てて、情報を必要としている
ラウド(大衆)にしてもらうビジネスモデルを提
人に伝達することである。通常サーチャーには、
案する。つまり、特許庁や企業から調査の依頼を
パソコン、ネットワーク、データベースなどに関
受けて、過去に発明やそれに類するものがあるか
する専門的な知識が要求される他に、どのような
どうかの調査を、専用サイトでクラウドソーシン
情報がどのようなデータベースにファイリングさ
グするというものである。クラウドソーシングと
れているのかについての知識や、それを引き出し
は、アウトソーシングのように企業業務を、外部
てから分析したり、加工したりする技術、さらに
の企業に委託するのではなく、インターネットを
は依頼人に対してそれをわかりやすく提供する能
通じて、広範囲に委託を求めるものである。特許
力などが求められる。
調査のクラウドソーシングの際、依頼内容を多く
サーチャーには、情報技術の他に、生物学や物
の人々にも理解できるよう編集し、広く公開する。
特許行政年次報告書2008年版〈統計・資料編〉より
IT用語辞典バイナリ
5
- 17 -
クラウド
4
特許情報提供
・特許調査依頼
・手数料
・クラウドへの
褒賞
特許庁・企業
クラウド
ソーシング
運営会社
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
クラウドソーシング事例
ナインシグマ
アイデア募集型
イノベーション情報の募集
TopCoder
アイデア募集型
常時プログラミングコンテスト開催
CrowdSPRING
アイデア募集型
クリエイター各種デザイン募集
C-TEAM
アイデア募集型
リクルート社によるバナーデザイン募集
oDesk
タスク依頼型
プログラミングタスクを依頼
Amazon Mechanical Turk
タスク依頼型
企業からの各種タスクを依頼。アマゾン社運営
Lancers
タスク依頼型
企業からの各種タスクを依頼
そして、特許認定が不可能となる事を示す先行特
でいた。もちろん社内に地質学などに通じた専門
許情報や公開情報を発見した者は、調査依頼者か
家もいたが、その成果は芳しくはなかった。そこ
ら報酬を与えられる。また、仮に同じ情報が提示
でゴールドコープの首脳は、自社の地質データを
された場合、先に提示してきたものに報償を与え
公開し、一般の人々にアイデアを求めた。この
る。
時、ゴールドコープは優れたアイデアに対して総
額57万ドルの報償を用意していた。地質学者から
3-1 クラウドソーシング
多くのアイデアがもたらされたが、同時に学生や
クラウドソーシングの典型例としては、化学分
コンサルタント、数学者や軍士官など、様々な分
野のクラウドソーシング企業 InnoCentive, Inc.
野の人々からの提案があった。そこにあったアイ
がある。InnoCentiveの仕組みは、まず問題を
デアは、地質学に関連するものばかりでなく、先
抱える企業にシーカー(答えを求めるもの)と
端物理、人工知能、コンピューターグラフィック
して、その研究開発に関する問題を提示しても
スなど、地質学者が思いもつかないような分野か
らう。この時、企業はその名前を出す必要はな
らのアイデアだった。最終的に、この時のクラウ
い。そして、それを受けたソルバー(答える者)
ドソーシングは大成功に終わり、ゴールドコープ
が解決案を提示し、五千ドルから十万ドルの報奨
は高い収益性を持つ企業に生まれ変わった。(ド
金を受け取るのである。例えば、長年化学関連
ン・タプスコット 2007)
の開発部門を勤めあげ、定年退職した知識、経
クラウドソーシングには様々な種類のものがあ
験共に豊富な技術者が、このInnoCentiveにて提
るが、主に二種類に分類することができる。先に
示された製薬製造手法の効率化の問題を解決し、
述べたInnoCentiveやゴールドコープなどのよう
二万五千ドルの報償を得ている。このとき、その
なアイデア募集型と、アマゾン社などが提供する
問題解決に企業はすでに当初の予算を超える費
タスク依頼型のものである。このタスク依頼型は、
用を費やしていた。現在、ボーイングやダウな
企業から作業を受注し、それをクラウドに依頼す
どのアメリカの大企業からの依頼を受け、9万
るというものである。これはある種の人材派遣会
人以上、175カ国の化学者がこれに参加している。
社と捉えることもできる。
(InnoCentive,Inc. 2010)
クラウドソーシングを研究開発の面ではなく、
また、クラウドソーシングは必ずしも特定の分
社会的な側面から考えた場合、非常に大きな影響
野の専門知識のみを必要としているわけではない。
が考えられる。この手法は海外の人材を活用する
かつてカナダの金鉱山会社ゴールドコープは新た
事を容易にしている。それはつまり、インドのプ
な鉱脈を発見することができず、経営不振に喘い
ログラマーが母国にいながら、アメリカの技術者
- 18 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
と同等の報酬を得ることができるのである。そう
・特定製品でのみ有効なライセンスの禁止
なった場合、企業は安価な人材利用が可能となる
・他のソフトウェアを制限するライセンスの禁止
が、先進国の人件費の高い国々では、国民が雇用
・ライセンスは技術中立的でなければならない
機会を奪われ、失業率を悪化させる可能性を有し
これらの項目は知識の集積と伝播を目的とした
ている。
ものとなっている。これは自社技術情報の非公開
の考えを良しとする企業の考えと対立するもので
3-2 集合知の先行事例
ある事から、長年オープンソースは企業や企業家
このようなインターネットを用いた知識集約の
6
達と対立することとなった。しかし、現在ではビ
思想を集合知やウィキノミクスと呼ぶ 。この集
ジネスの手法も多様化し、このオープンソースを
合知の成功例として最たるものがオープンソース
元に様々なビジネスモデルも生まれており、経済
というものであり、クラウドソーシングにとって
的な効果も現われている。一例として、オープン
数少ない先行事例と言える。オープンソースとは、
ソース・ソフトウェアの信頼性評価ビジネスなど
インターネット上に無償で公開されており、改
が挙げられる。
変・再配布する事を認めたソフトウェアの総称で
オープンソースの研究開発の意見交換などは、
7
ある 。現在オープンソースは、インターネット
インターネット上のコミュニティによって行われ
上で様々なソフトウェアに使われている。その中
る。ここに世界中から集まる人々の知見が、オー
には大規模なメインフレームや、非常に複雑なオ
プンソース・ソフトウェアに大きな開発力を生む
ペレーションシステムなども含まれる。そして
こととなる。このオープンソースの開発において
オープンソースの大きな特徴は、オープンソース
重要な概念に「伽藍とバザール」というものがあ
を元に改変したソフトウェアも改変・再配布の自
る。これは1997年にオープンソースの第一人者エ
由を課される事である。つまり、オープンソース
リック・S・レイモンドによって提唱された概念
を元に企業が新しくソフトウェアを開発したとし
である。伽藍とは大規模かつ複雑なソフトウェア
ても、その企業はその開発したソフトウェアに著
を、熟練プログラマーからなる少数精鋭の開発者
作権を主張する事ができないのである。こういっ
が、詳細な設計をしながら開発する開発スタンス
た法的な拘束が記されたものをオープンソースラ
を指している。商用ソフトウェアウェアによく見
イセンスという。その契約の主な内容は、以下の
られるソフトウェア開発であり、中世ヨーロッパ
8
十項目からなっている 。
のギルドなどに類似している。そして、バザール
・自由な再頒布
は不特定多数のプログラマーが自発的に開発に参
・ソースコードの公開
加する開発スタンスでる。その光景はまるで市場
・派生物ソフトウェア
のバザールのようである。現在では、従来のもの
・作者のソースコードの完全性
とは異なったソフトウェア開発スタンスであるバ
・個人やグループに対する差別の禁止
ザール方式の有効性が示されるようになった。
・利用する分野(fields of endeavor)に対する
エリック・S・レイモンドはオープンソースの
差別の禁止
・ライセンスの分配
長所を、オープンソースが普通のソフトウェア開
発と同じように達成感などを与えるだけに留まら
6
志村正道著「集合知とWEB」2009
The Open Source Initiative(http://opensource.org/)
8
The Open Source Initiative・The Open Source Definition(http://opensource.org/docs/osd)
7
- 19 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
ず、エンドユーザーがソフトウェアの共同開発者
のである。しかしながら、その利便性はそれらの
にしてくれることであると述べている。加えて、
欠点を補う余りあると言える。(ドン・タプス
オープンソースでは、ユーザーは意見や改善点を
コット 2007)
開発者に言うだけではなく、自らも開発に参加す
以上の例からも分かるように、研究資金などの
ることができるような環境の重要性を主張してい
少ない者が新規参入する場合、この集合知の活用
る。
は非常に有効であり、同時に知識を収集するシス
さらに、オープンソースは多くのプログラマーに
テムとしてこれ以上のシステムは現行存在しない。
よってチェックされるため、自動的にデバッグを
この事から、特許調査に集合知を用いたクラウド
されることとなる。デバッグはソフトウェア開発
ソーシングを用いることは、理にかなった事と
の中でも非常に大きな労力を使う過程である。プ
言える。また、InnoCentive社におけるクラウド
ログラミング開発の多くはテストとバグ修正の繰
ソーシングのように、情報提供者が革新的なアイ
り返しであり、これを改善する事は難しいが、こ
デアを創出する必要がなく、提供者が既知の情報
れらの過程にかかる時間をオープンソースでは大
を提示するだけであることから、提供者は非常に
きく減少させられる。
容易に参加する事ができる。
また、オープンソース・コミュニティに参加す
る人たちは自発的に参加している。会社員のよう
4-1 ビジネスモデル
に確実に長期間所属しないこともあるが、基本的
このクラウドソーシングを用いた特許調査ビジ
に意欲が高く、またスキルも高い。エリック・
ネスを、ベンチャー企業として立ち上げた場合、
S・レイモンドは、多くの人々がオープンソース
高い収益性が認められる。そして、それは単純な
開発に関わる動機は金銭的なものではなく、自己
利益だけに留まらず、先に述べた特許問題の解決
満足とプログラマー業界における評判という、つ
する可能性を有していたり、今までの調査とは異
まり名誉からなっていると述べている。
なった特許調査を提供する事ができる。
オープンソース・コミュニティでは開発される
このビジネスモデルの主な収益は、特許庁や企
ソフトウェアはたびたび改良され、更新される。
業からの依頼手数料となる。それらの調査の一部
その更新されたソフトウェアは、多くの開発者が
分でも仕事として得る事ができれば、膨大な数の
利用し、ソフトウェアの改善点などの情報がオー
受注が可能である。仮に、特許申請に関する調査
プンソース・コミュニティにフィードバックされ
ができなかった場合においても、企業からの特許
る。そして、新たなソフトウェアが改良、更新さ
調査の需要は期待できる。特に、資金力不足から、
れるという循環が生まれているのである。(エ
特許調査コストを割くことのできないベンチャー
リック・レイモンド 1999)
企業や中小企業などからの調査依頼の見込みは大
集合知の例で、近年最も有名な例はジミー・
きい。
ウェールズらによって始められたWikipediaであ
そしてこのビジネスモデルの起業コストは極め
ろう。これは、インターネット上に公開されてい
て安価に済ませる事ができる。会社を経営するた
る百科事典で、任意の人物が編集に参加すること
めに最低限必要となる固定費以外コストは、サー
ができる。このWikipediaは、百科事典の市場で
バー費用とセキュリティ管理費用、特許情報管理
高いシェアを誇るブリタニカと比べて、情報量を
者の人件費と広告費となる。これらの費用は、事
圧倒している。しかし、このWikipediaは情報の
業や利益の拡大と共に増加していくため、経営上
信頼性という意味で、大きな問題を有している。
なんら問題とならない。
つまり恣意的な情報の改編の可能性を有している
- 20 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
表1 「日本における重点8分野の年間特許登録件数」
2004年
ライフサイエンス
2005年
2006年
2007年
2008年
6,691件
6,807件
7,522件
9,121件
11,735件
13,849件
15,648件
19,083件
25,334件
26,835件
環境
1,098件
1,365件
1,442件
1,841件
1,928件
ナノテクノロジー・材料
5,569件
5,611件
6,825件
9,215件
10,452件
エネルギー
1,296件
1,342件
1,683件
2,272件
2,504件
ものづくり技術
2,564件
2,779件
3,139件
4,065件
4,380件
社会基盤
772件
913件
1,170件
1,441件
1,432件
フロンティア
133件
129件
144件
285件
220件
情報通信
出典:特許庁統計資料 2009
4-2 市場・資源
それだけの特許調査依頼があれば、クラウドソー
日本の2009年度の特許出願数は約30万件に上る。
シング参加者を誘引するには十分であり、ビジネ
それは企業以外の一般発明者からのものも含まれ
スを継続していく事が可能である。なお、一般的
る。特許庁は毎年これほどの規模の特許調査を迫
に特許調査会社における調査価格は、一件数万円
られる。仮に1人の職員が1件の特許審査を一ヶ
から十数万円である。
月かけて完全に行った場合、一年間で12件しか特
許審査をする事ができず、30万件の審査を行うた
4-3 人的資源
めには、二万五千の人員が必要となってくる。こ
このビジネスモデルにおいては、クラウドソー
れだけの人員を集めることは極めて難しいうえ、
シングへの参加者の質や数が商品価値に直結する。
給与を支払うことを考えると財政的に不可能であ
そのため人材の獲得は非常に重要な事項となる。
る。
日本は教育水準が高く、技術者数も他国に比べて
このような状態にあるので、安価に特許調査す
多い。しかし、それにも関わらず、その人的資源
る術が望まれている。このビジネスモデルにおい
を有効に活用できていない。例えば、近年は団塊
ては、主な支出はクラウドソーシングに必要な
の世代が退職をしたが、そういった年代の技術者
サーバーの維持管理費や最低限の固定費などであ
が有している知識は必ずしも後進者に伝えられて
る。そして30万件の内の1パーセントの調査をす
いない。また、昨今は博士号取得者の多くが、自
る事ができるのであれば、特許調査手数料を一般
身の知識や才能を生かすことができずにいる。こ
的な特許調査料の十分の一以下に設定したとして
のような人材は非常に多く、昨今はポスドク問題
も、支出を賄うことが可能である。また、企業か
として文部科学省も対応を迫られている。こう
らの特許調査は産業利用可能性が高く、収益の大
いった人々はクラウドソーシングの参加者として
きいことから、高い需要を見込む事ができる。企
非常に望ましいと言える。彼らをクラウドソーシ
業が主に関心を持つ分野の特許登録数を表1に示
ングに勧誘することができれば、クラウド参加者
す。表1にあるように特許登録数は年々増加する
の人材供給は充分に満たすことができるだろう。
傾向にある。そして、実際の特許出願やその予備
調査はこの数倍に達する事から、仮にライフサイ
4-4 ビジネスモデルの優位性
エンス分野の限った特許調査に特化した場合でも、
① 新規性・独創性
今後千件以上の特許調査が見込むことができる。
既存の特許調査ビジネスにおいては、数名の調
- 21 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
査専門家(サーチャー)が数日調査を行っている。
も万全の調査ができず、パテントトロールの危惧
一方、このビジネスは、特許調査にクラウドソー
が残るとしても、大多数の人間が発見できなかっ
シングという手法を用いて調査する事となる。ク
た先行特許をパテントトロールが発見できる可能
ラウドソーシングという手法自体も新しいもので
性は低いと言える。
あり、それを特許調査の分野で活用するビジネス
特許庁が独自にクラウドソーシングを用いた特
は他には見られない。また、主な業務も、一般的
許調査を行う事もできるが、報酬を提供する者が
な調査会社のような調査業務ではなく、クラウド
報酬の審査を行うのでは透明性、客観性が確保で
ソーシングの管理運営やそれに付随する編集活動
きない。特に日本の行政はアメリカなどと比べる
や広報活動が主となる。また、既存の特許調査ビ
と未だ情報公開制度の歴史も浅く、十分な信用を
ジネスと違い、顧客対象を、大手研究開発型企業
情報提供者から得ることは難しい。また企業が独
だけでなく、特許庁やベンチャー企業をも対象と
自に行う事もできるが、自身がクラウドソーシン
している。
グをした場合、自社の弱点をパテントトロールに
② コアコンピタンス
公開するに等しい。
クラウドソーシングによる数千、数万の集合知
加えて、クラウドソーシングを取りまとめて扱
による調査は、様々な分野からの人々のもとに行
う事は、各機関や企業が行うより効果が高い。仮
われるため、サーチャーによる調査にはない利点
に一企業が突発的にクラウドソーシングを行った
を有している。一般的な調査ではサーチャーが特
としても、その募集情報を広くクラウドソーシン
許マップなどのデータベースから情報検索を行う。
グへの参加を望んでいる人々に伝えることは難し
しかし、データベースは全ての技術情報を体系的
い。広範囲に伝えるためには、そのための広報費
に網羅しているわけではない。また、研究対象と
用を割かなくてはならないが、継続的にクラウド
なるキーワードが別の呼称で使われている可能性
ソーシングの募集を行っている場であれば、クラ
もある。そういった場合においては、サーチャー
ウドソーシングへの参加を望む人々に周知させる
が特許情報と同種の情報を発見する事は難しい。
事は容易である。
しかし、クラウドソーシングによる特許調査の場
合は、不特定多数の人々に情報の有無を問い掛け
4-5 ビジネスモデルの特徴
るため、仮にデータベース外にあった場合や、異
ⅰ 信用力
なった呼称を用いられていたとしても、発見でき
このビジネスモデルの大前提として、企業やク
る可能性がある。また、学会やインターネット上
ラウドソーシング参加者たちからの信用(守秘義
などで公開された技術情報は公開情報であり、そ
務・中立性・公平性)が必要となる。企業にとっ
の技術情報は特許化ができない。いかに情報検索
て、特許調査の内容は場合によっては企業に大き
技術を駆使しても、膨大な情報の海からそういっ
な損害を与えかねないので、情報セキュリティは
た情報を数名の人間で探し当てることが難しい場
極めて厳重に行わなくてはならない。またクラウ
合もあり、そこでは人海戦術的なクラウドソーシ
ド参加者からの信用がなければ、質の高い調査を
ングが有効であると言える。
行なうことはできない。例えば、クラウド参加者
調査コストは成功報酬と手数料のみであるため、
によって、クラウドソーシングで集められた情報
他のクラウドソーシングの例から費用は専門家を
が適正に処理され、公正に審査されて褒賞を与え
雇用するよりも遥かに安価となる。よって、既存
ていないと危惧されるような場合、参加者は仮に
の特許調査よりも安価に多くの労力を用いた調査
重要な発見をしたとしても、報告することはない。
が期待できる。また、仮にこのビジネスを用いて
よって、このような危惧を払拭しなくてはならな
- 22 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
い。そのための方法として、このクラウドソーシ
い最大の理由は、この特許調査がどれほど信頼で
ングにおいて行われた情報のやり取りは、一定期
きるか分からない点にある。誤った情報を提供さ
間過ぎた後に情報提供者にすべて公開する事とす
れる可能性は否定できない。この事はオープン
る。
ソースにおいても同様の懸念が持たれ、不安材料
ⅱ 特許情報の編集
の一つとなっていった。
特許申請の書類は、概ね専門用語が多数出てく
しかし、クラウドソーシングによる特許調査は、
る。これはその分野の専門家でも理解することが
オープンソースと同様に、提供される情報も不特
難しい。そのため、特許情報を多くの人々に理解
定多数の人々の目に晒すことによって、誤情報の
9
できる文章に翻訳する科学コミュニケーター の
混入を防ぐ事ができる。これはオープンソース・
存在が不可欠となる。
コミュニティにおけるデバック処理に通じるもの
ⅲ 初期費用
である。つまりビジネスにおける品質管理を無償
このビジネスは他のネットワークビジネスと同
で行える。また、Wikipediaなどにあるような意
じく、生産活動を行わないことため、初期費用が
図的な誤情報の提供を行う者に対しては、参加資
他のベンチャー企業よりも安価にすませる事がで
格を無くすなどの措置をとる事が可能であるため、
きる。最悪、レンタルサーバーと運営者があれば
情報の信頼性は高く維持する事が可能である。
起業は可能である。
5 おわりに
4-6 事業推進にあたっての予想される課題、
問題点
現行の特許制度は、産業振興を促進する反面、
産業の発展を阻害しているとも言える。産業の空
ⅰ 初期の調査力
洞化が叫ばれる昨今、こういった弊害は多くの
クラウドソーシングによる調査を行う時、起業
人々に悪影響を与えると言える。そのための改善
初期段階における特許調査力は極めて低い。その
策を行政が行うべきではあるが、現状の苦しい国
ため、クラウド参加者の増加が急務である。ベン
家財政を鑑みるに、大きな予算を必要とする改善
チャー企業などから、可能な限り安価で特許調査
策の実施は難しい。こういった状況において、ク
を請負い、クラウドソーシング参加者を増加させ
ラウドソーシングを用いた特許調査ビジネスは、
る必要がある。
行政・産業界・研究者など、どの分野の人々に
ⅱ 調査情報過多
とっても利益を得ることができる。そして、仮に
調査対象の特許情報に対して、対処しきれない
ビジネスが失敗に終わったとしても、必要とする
ほどの関連情報がもたらされる可能性がある。こ
投資が極めて少ないため、損失が他のベンチャー
の問題は、本事業が大規模なものとなった際に起
ビジネスよりも少なく、ローリスクなビジネスモ
こるものである。そういった場合においては、ク
デルと言える。
ラウドソーシングの参加者の中から、関連分野に
詳しい人材に協力を仰ぐことで、解決する事がで
参考文献
きる。なお、必要であれば協力者を雇用する事で
[1]青山 紘一著 解決する事ができる。
「ビジネスモデル特許最前線」、工業調査会、
ⅲ 特許情報の誤情報
2003年。
現在、こういった特許調査ビジネスが行われな
[2]岩谷 賢伸、吉川 浩史著
9
科学館学芸員やサイエンスライターなど科学知識を一般の 人々に伝播する事を専門とした者
- 23 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
「収益性の回復に挑む米国医薬品業界」
資本市場クォータリー、2008年春号、236256ページ。
[3]InnoCentive,Inc.
(http://www2.innocentive.com/)2010.12.20
[4]エリック・レイモンド著
「伽藍とバザール」 光芒社、1999年。
[5]大熊靖男・佐橋美雪・薛惠文・
Joe Brennan著
「米国、日本、台湾におけるパテントトロール」
特技懇誌No.244,2007年、89-100ページ。
[6]榊原憲著「死蔵特許」一灯舎、2009年。
[7]特許庁
「特許審査迅速化・効率化推進本部の設置に
ついて」、2005年。
[8]ドン・タプスコット著
「ウィキノミクス」 日経BP社、2007年。
[9]日本発明協会 1997年。
[10]マーシャ・エンジェル
「ビックファーマ」篠原出版新社、2005年、
21-24ページ。
- 24 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
要 旨
ソーシングすることを指す。アウトソーシングは、
特許認定を審査する際に、当然審査する側はす
外部の専門家に業務を依頼するが、クラウドソー
でに発明されているかどうかについて調べなくて
シングは、開かれたコミュニティ(主にネット
はならない。しかし、過去に同様な発明がなされ
上)においてクラウド(大衆)にそれを依頼、ま
ていたかどうかを確認する作業は、砂浜からダイ
たは公開する。このビジネスモデルは、外部から
アを見つけるようなものであり、膨大な時間と労
特許調査依頼を受けるという部分は、一般的な特
力を必要とする。また有名な特許事件として車輪
許調査会社と変わらず、その調査方法にクラウド
特許事件のようなものがある。2001年、オースト
ソーシングを用いるのである。なお、ここでのク
ラリアのジョン・マイケル・ケオフによって車輪
ラウドソーシング参加者は、理系分野における専
の発明が申請され、特許を習得したのである。こ
門学生以上の者とする。そして、有効な発見や意
れと同様に過去に発明がされていながら、その存
見を出した者には、調査会社から褒賞を与えるこ
在を気づく事無く特許認定してしまう事例が多数
ととする。このビジネスは安価で質の高い特許調
存在する。こういった現状では公正な特許審査が
査を実現する事ができる。こういった特許調査は
なされるかは疑わしい。昨年行われた特許庁の特
ベンチャー企業にとっては、非常に好ましいもの
許制度研究会でも、こういった問題は特許制度の
であり、同時にこのビジネスを起業する際の費用
問題点として挙げられている。また特許を出願す
が極めて低く見積もる事ができることから、有望
る側の人間も、自身の発明に新規性があるかどう
なベンチャービジネスモデルとしても期待できる。
かを確認する術を持っていない。こういった背景
なお、このビジネスは、社会起業としての側面を
からパテントトロールと呼ばれる存在が現れてき
持ち合わせている。先に述べた特許制度の社会問
た。パテントトロールとは、主に自ら保有する特
題を緩和する効果がある。しかし、それ以上に人
許権をもとに資本力のある企業を特許侵害で訴え
材の有効活用による社会的効果が望める。例えば、
る団体などの総称である。これらの多くは概ね特
現在日本では多くの技術者や学者が、その知識や
許を用いた生産などは行っていないのが特徴であ
才能を有効に使うことなく過ごしている。しかし、
る。この特許侵害請求は概ね短期間で和解する。
このビジネスのクラウドソーシングに参加すれば、
企業側としては訴えられることにより、製造の中
その知見を社会に有効に使うことができる上、こ
止などに追い込まれるため、可能な限り早く特許
のクラウドソーシングの参加を通じて雇用の創出
侵害を取り下げさせようとして、手早く和解金を
に繋がる可能性もある。
支払う事が多いからである。
このように現状の特許制度においては、調査
Consideration about patent investigation
力が不足から様々な問題が露呈している。しか
business by crowd sourcing
し、予算や人員の問題から特許庁も充分な調査を
Summary:
することができない。企業などでは、自社の専門
The patent system of Japan has many
職員が行うか、もしくは外部の特許調査会社に委
problems now. That is a problem to take a long
託する。しかし、この種の部門や会社は専門調査
time for the patent investigation and vagueness
員数十人規模の小規模のものが多く、必ずしも充
of the patent recognition. The major cause is
分な調査を行なうわけではない。そこで「クラウ
that nobody has the ability to investigate a
ドソーシング」を用いた特許調査ビジネスを提案
patent enough. However, a great amount of time
する。クラウドソーシングとは、企業などがイン
and the labor are necessary for the complete
ターネットを介して、クラウド(大衆)にアウト
patent search. Therefore, it is much difficult
- 25 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
for government and the enterprise to search
technical information completely.
Then, it proposes the patent investigation
business that uses crowd sourcing. Crowd
sourcing indicates the enterprise does
outsourcing to crowd on the Internet.
Outsourcing is requesting the business from
an outside specialist. On the other hand, crowd
sourcing is requesting the business from Crowd
in the opened community. The crowd sourcing
participant has academic background more than
a technical school student in the science field.
The enterprise that requests the investigation
gives a prize money to the person who offered
an effective opinion. This business can achieve a
high-quality patent search by few costs. Such a
patent search is very desirable for the venture
company. Moreover, the cost is extremely
low when establishing. Therefore, this patent
investigation business can be expected as a
good venture business model.
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
論 文
フランスにおけるCG、
アニメーション教育現場に学ぶ日本のクリエーター養成
―CG専門学校〔SUPINFOCOM(シュパンフォコム)〕との提携についての一考察―
Training of Animation Creators in Japan from the Educational Institution of CG and Animation in
France
-A Study on the Cooperation with The SUPINFOCOM, A Technical School Of CG-
大阪府社会福祉協議会 人材支援室 キャリア支援専門員 佐々木 千賀子
Chikako Sasaki
The Staff for Supporting Personnel Career,
Chamber of Personnel Support,
The Conference of Social Welfare in Osaka Prefecture
(キーワード:人材育成、アニメーション、地域活性化)
はじめに
的な評価を得た『AKIRA(1989)』の大友克洋
「日本が輸出できるものは野球選手とアニメー
氏、『千と千尋の神隠し(2003)』で米国アカデ
ション」という冗談があるように、日本のアニ
ミー賞、ベルリン映画祭金熊賞を受賞した宮崎駿
メーション市場は2兆円を超え(2003年経済産業
氏、数々のハリウッド映画に影響を与えた『攻殻
省調べ)、現在、世界で上映されているアニメー
機動隊(1995)』の押井守氏ら、一部のクリエー
ションの6割強は日本の作品といわれている。国
ター個人のカリスマ性に起因するもので、日本の
内でも、地上波デジタル放送等のメディアの多
国家的な取り組みの成果とは言いがたい。日本国
様化に伴い、CG、アニメーション等のコンテン
内にはアニメーションやCGの高等教育機関は未
ツ・ビジネスにはさらなる需要の拡大が想定され
だに整備されず、人材育成は制作現場に委ねられ
る。国内外で期待されるアニメーション産業だが、
ている。仕事を通じて直接覚えるのが業界の通例
制作現場に目を向けると、①制作工程のアジア流
となっているのである。
出、②人材育成の空洞化、③労働環境の整備等の
また、ヨーロッパに目を向けると、3Dアニ
問題が山積している。これまで日本の「下請け」
メーションで頭角を現すフランスにはもともと
に甘んじていた韓国や中国等アジア諸国では、国
「bande dessinee(バンデシネ)」という漫画の
立の教育機関が設立され、着々と国家的な取り組
伝統があり、漫画やアニメは第9芸術と位置づけ
みがなされている。子供、ファミリーが対象のア
られ、国の文化資産と見なされている。古くから
ニメーションが一般的であったところに、日本は、
国立もしくは商工会議所の運営による半官半民の
若者をターゲットとした、いわゆるジャパニメー
教育機関が設置され、少数精鋭主義の高度な教育
ションで新ジャンルを確立し、世界を凌駕したが、
が行われている。とくに、IT化を目指す地方都
日本をモデルとしてアジア諸国が急成長する現状
市では、地域産業の担い手を育成するための職業
で、その将来は安泰とはいえない。
訓練や人材育成に熱心に取り組まれている。企業
とくに、クリエーターの育成に関して、国家的
誘致を有利に展開し、地域活性化のための産業転
な取り組みが遅れている。これまでの輝かしい業
換を促す鍵を握るのが人材育成と考えられている
績は、アニメの認識を大きく変えたことで世界
からである。施設建設、インフラ整備等のハード
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
先行の日本とは全く違ったアプローチである。
○ 調査対象:
本調査研究は、こういったフランスのCG、ア
⑴ Ecole Nationale Superieure Arts Decoratifs
ニメーション教育現場を視察することによって、
(ENSAD/パリ国立高等装飾美術学校:通称
日本との比較研究及びクリエーター養成の実用モ
アールデコ)パリ
デルを提示することを目的とする。筆者はクリ
⑵ Gebelins L’ecole De L’image(ゴブラン映
エーターではない。しかし、1999年から2年半に
わたって「スタジオジブリ」に在籍し、宮崎駿監
像高等教育学校)パリ
⑶ Supinfocom(シュパンフォコム) ヴァラ
督の下で映画企画の職務を通じてかけがえのない
経験をさせていただいた。その経験から、日本の
ンシエンヌ
⑷ Ecole Des Metiers De La Creation(EMCI
エンタテイメント産業に少しでも貢献することを
願って止まない。
/CG制作職業学校) アングレーム
○ 調査研究方法:
・各教育機関の概要調査(特徴、カリキュラム、
〔調査研究の経緯と概略〕
生徒数、運営方針等)、現地視察
本調査研究は、筆者が2003年から2007年にかけ
・関係者インタビュー
て沖縄県に在住した際、県のデジタルアニメー
・資料収集、作品収集
ション制作推進員としてアニメーション産業誘致
・最終学年生の卒業作品審査(シュパンフォコム)
事業に関わったことから始まった。当時、沖縄県
・ワークショップ開催(シュパンフォコムと提携)
は“沖縄県マルチメディアアイランド構想(1997
-2010)”のもとに、観光とITの両輪で発展を
1.日本のアニメーション制作における人材育成
の現状と問題点
遂げようとしていた。当構想では、情報サービス、
コンテンツ制作、ソフトウェア開発の3つの段
1)制作工程の一部がアジア諸国へ転出
階によるIT化プランが立案された。しかし、CG、
アニメーションの作画には「原画」と「動画」
アニメーション等の制作現場が東京に集中し、動
があるが、その「動画」と「デジタル仕上げ」が、
画、仕上げ等一部の行程がアジア諸国に発注され
人件費の安い韓国、中国などアジアの国々へ大量
るシステムができていることから、他府県がコン
に発注されている。その結果、国内の動画を中心
テンツ制作に参入するのは難しい。そこで、沖縄
にアニメーションを志す人が減り、動画制作者を
県がそれらコンテンツ産業を誘致するには何から
経て原画制作者になるという構造から当然「原
着手すべきかという点で、筆者は人材育成に着目
画」も手薄になり、業界全体の弱体化を招いてい
し、当時急成長を遂げていたフランスのCG教育
る。日本の製造業の空洞化が懸念されると同様に、
現場の調査研究を行った。
アニメーションの制作工程の空洞化も深刻さを増
○ 調査目的:フランスのCG、アニメーション
している。さらに、それら下請けに甘んじていた
教育現場の調査、及び日本の人材
諸国が国家政策として設備投資、人材育成に乗り
育成への転用の研究
出し、日本を猛追している状況にある。
○ 調査期間:2003年6月25日〜7月4日
2006年6月25日〜7月10日
2)人材育成の空洞化
アニメーション産業の急成長にもかかわらず、
(〔奨励研究〕科学研究補助金)
2008年6月25日〜7月5日
日本国内には高等教育機関と呼べる施設が整って
いない。既存の専門学校は商業ベースの上に成り
(〔奨励研究〕科学研究補助金)
2010年7月7日〜7月13日
立っていることは否めず、入学時に生徒を厳選す
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ることが難しいことから教育レベルの統一が望め
2.国家資産として取り組まれているフランスの
CG、アニメーション教育機関
ず、高度な職業訓練には至っていない。アニメー
ターたちは現実的には制作現場で仕事を通じて直
フランスは、アメリカや日本の商業アニメとは
接技術を身につけるのが通例となっている。しか
一線を画した芸術性、個性の際立った作品で高い
し、商業活動を担う制作会社には人材育成のため
評価を得ている。国際的なアニメ・イベントでも
の経済的、時間的な余裕はない。人材育成にも空
評価が高い。フランスではどのような教育がなさ
洞化が起こっている。また、高等教育機関の不在
れているのか、またクリエーターにはどのような
はそのまま教材、教師の不備につながり、日本で
環境が必要なのかを考察するため、アールデコな
の教育は科学的な根拠のない極めて情緒的、流動
どのフランスのCG、アニメーションの教育現場
的な状態に置かれている。人材育成の空洞化はそ
の調査を実施した。
のまま作品想創造力、開発力の弱体化につながり、
2003年に渡仏した6月末は、フランスでは卒業
好調の日本アニメーション産業の将来に影を落と
シーズンにあたり、大学も含めた各教育機関で一
すにちがいない。
斉に卒業制作の審査が行われていた。ヴァランシ
エンヌ市のCG専門学校「シュパンフォコム」で
3)厳しい労働環境
は、審査員の一員として審査会に参加する機会に
先述の通り、2兆円規模といわれるアニメー
恵まれ、同校の教師やヨーロッパのアニメ関係者
ション産業だが、その利益はそのまま制作現場に
と交流する貴重な経験を得た。
反映される構造にはなっていない。アニメーショ
ン業界には、一定の収入や社会環境が保障されて
2-1 パリ国立高等装飾美術学校(アールデコ)
いる職場はまだまだ少なく、アニメーターたちは
長時間にわたって拘束され(1日平均労働時間:
10.8時間)、傾けた時間と労力に見合う収入を得
ているとは言いがたい(図1参照)。最初は夢を
抱いて飛び込んでいく若者も年月とともに心身と
もに疲弊し、他の職業に転職を余儀なくされるこ
とも珍しくない。各プロダクションが自立したビ
ジネスを確立してアニメーターの環境の改善を図
ると同時に、アニメーション産業を国家資産と位
図2 アールデコ正面
置づける行政の対策が必至と考える。
図1 アニメーターの平均年間総収入(税込
み)と世間水準の比較(単位:万円)
アニメーター
世間水準
10〜19歳
50.0
226.2
20〜29歳
131.4
342.9
30〜39歳
292.1
484.1
40〜49歳
471.7
618.3
50〜59歳
505.9
758.9
(2005年日本芸能実演家団体協会調べ)
図3 ポストモダンの建築家による内部
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パリ国立高等装飾美術学校(以下、アールデ
○インタビュー
コ)は、パリ大学の各学部が点在するセーヌ左岸
Serge Verney(セルジュ・ベルニー)氏
の一角にある。半円形にカーブを描く正面入口を
入ると左に受付、右にギャラリーがあり、その間
フランス・ディズニーをはじめ、フランス国内
の通路を進むと、白い天井を除いて、壁も床もド
のいろいろなスタジオで、作画、ストーリーボー
アも鮮やかなオレンジ色で統一された強烈な印象
ド(絵コンテ)、特殊効果等を手がけ、現在は同
の空間に入り込む。天井が低く、圧迫感がある。
大学アニメーション科講師。
アールデコ・アニメーション科講師
著名なポストモダン建築家フィリップ・スタルク
氏の設計とのことだ。
――生徒は一学年何名くらいですか?
アールデコはルイ15世によって1766年創設、
14、5名。多くても18名を超えることはありま
1877年に国立の美術学校となった。アニメーショ
せん。
ン学科は少数精鋭、芸術性を重視する教育が行わ
――授業内容は?
れている。
1、2年で一般教養、美術史、映画史などの基
礎を学びます。これは、学生がコンピュータ・オ
1)卒業作品の審査の様子
タクになることを防ぐためです。3年になると、
学校を訪問した当日、卒業審査会が開かれてい
いろいろな課題をやります。伝統的な作り方を学
た。二日間にわたって、12名の4年生が審査員に
ぶわけです。4年になると、自由に自分の作りた
向けて作品をプレゼンテーションした。校内地下
いものを一年かけて作ります。それが卒業作品に
にある写真スタジオで行われた審査会では正面に
なるわけですが、(従来の作り方ではなく)どん
大スクリーンが設置され、50~60名分の観客席の
なテクニックを使ってもかまいません。
最前列が審査員席で、その他は学生に開放されて
――技術だけでなく総合的に学べるようになって
いた。卒業審査を受ける4年生及び3年生の学生
いるのですね。
が着席していた。
フランスでは、何か一つでなく、複数の能力を持
審査員のメンバーは、教授3名、外部の審査員
つ人が求められています。ストーリーや脚本、作
2名(評論家、映画配給会社等)の計5名。学生
画、デザイン、プロデュース…。ですから大学で
1名に約45分の審査時間がとられる。それぞれの
はいろいろなことを学ばせます。何か一つでなく。
フィルムの長さは7分~12分。グループ制作では
――卒業作品の審査で重要視されることは何です
なく、個人が一作品に取り組んでいた。学生が作
か?
品についての概略を説明したあとにその作品が上
まず、発想と方法論が一致していること。さら
映され、上映終了後、審査員との質疑応答がある。
に、個性が重視されますのでオリジナリティが大
学生はスクリーンの前に立ち、審査員からの質問
事です。つまりステレオタイプでないもの。言う
に一人で答え続ける。
までもないことですが、完成していることが最低
芸術性重視の定評通り、卒業作品の多くは抽象
の条件です。完成していないものは受け付けられ
的で自由でストーリー性に乏しい。素材や手法、
ません。時間内に完成させることが、世の中に出
色彩、音等の映像を構成する要素のコラボレー
て期限やお金などの制約の中で制作していくこと
ションといった趣で、際立ったキャラクターや台
への訓練になるのですから。
詞は登場しない。審査には学生の制作意図や創造
――審査員の構成は?外部の人が審査に加わるの
性、表現力が重視される。
は何故ですか?
教授3人、外部2人です。外部の審査員は評論
- 30 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
家と映画配給会社の人で、外部から審査員を入れ
るのは、広い視点を取り入れるためです。それと、
マスコミや仕事の現場に学生の作品をアピールす
る目的もあります。学生の卒業後の就職につなげ
ていきたいのです。
――学生は卒業作品を作る資金はどうしているの
ですか?
学校が援助します。素材や施設を自由に使える
ような処置をとっています。また、作品の中で使
図5 アニメーション映画科教室
われる音楽を弟が作曲するとか、各自が工夫して
作っています。彼らに一番必要なものは資金より、
技術の高さで定評のあるゴブラン映像高等教育
むしろ時間でしょう。
学校(以下、ゴブラン)は創立30年、商工会議所
――アールデコの特徴は何ですか?
が母体となって半官半民で運営され、学校そのも
ゴブラン(ゴブラン映像高等教育学校)と比較
のが商工会議所の建物の一角に設置されている。
してお話しましょう。ゴブランは徹底して技術を
昔、ゴブラン織りの職人の町だったことからゴブ
習得させます。しかし、アールデコは芸術性と個
ランと呼ばれるようになった地区にある。アール
性を大事にしています。卒業制作には方法論を強
デコが芸術性や自由な表現力を重視するのに対し
制しません。何を使っても、どういう作り方をし
て、徹底的に技術を習得させることで高い評価を
てもいいのです。3Dでなければいけないという
受ける高等教育機関である。以前は2年制だった
ことはないのです。
が、2003年から3年制になった(現在は6年制)。
――アニメーションの学校経営で一番大事なこと
は何だと思いますか?
○インタビュー
中心になる人が何をするかにかかっています。他
Helene BEAU(エレーネ・ボウ)氏
の学校との違いも出さなければなりませんし。個
人的に考えたことをすればいいのだと思います。
※ヒアリングは1時間に及んだが、概略を下記に
それがきっと大勢の人に認められるのです。
ゴブラン映像高等教育学校広報担当
掲載する。
――科目について
2-2 ゴブラン映像高等教育学校
以下の6つの学科がある
-写真科
-マルチメディア科
-印刷科
-アニメーション映画科
-グラフィックデザイン科
-生涯教育科
※すべての学科において入学までにBEP(2年の
美術教育課程)を経ていなければならない
――入学試験について
図4 商工会議所内にあるゴブラン入り口
一学年の定員は25名程度ですが、毎年800人く
らいの入学希望者が受験する。試験は筆記と面接。
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面接では、映画の分析を行う。初回で入学試験に
――卒業について
合格する生徒もいるにはいるがごく少数である。
採点は20点満点で10点が合格ライン。遅刻、出
平均3~5回の試験を経て入学してくる。ゴブラ
席率、先生とのコミュニケーション等も採点に含
ンはアニメのエリート集団といえる。
まれる。留年の制度はないので合格できなかった
《入学審査の条件》
場合は退学となる。しかし、退学者は毎年10パー
・バカロレア(大学入学資格)を合格している者
セントにも満たない。アニメへの興味の薄い人が
・デッサン力(受験生はすでに別の機関でデッサ
辞めていく傾向にある。
ンの基礎訓練を終えている)
新設された3学年では、2Dを続けるか、3D
・アニメーションへの意識が高く、社会への好奇
心を持っていること
に専門化するかを選択する。その進路に関しては、
生徒の希望を聞いた上で、学校側が決定する。3
授業の水準は高い。ついていけないくらいに高
学年には、他校生やプロの編入も受け入れる。
い。通常、アニメーションは現実の仕事を通じて
習得していくものだが、フランスの場合はそれほ
2−3 シュパンフォコム
ど仕事が多いわけではないので、卒業してもなか
なかスタジオへ入れないのが現実。オン・ザ・
ジョブができないので、応用の利く人材を育てる
教育方針をとっている。就学中にいろいろな技術
を身につけさせる。
――1年生のカリキュラムについて
ストーリーボード(絵コンテ)、シナリオ、
キャラクターデザイン、レイアウト、デッサン、
クロッキー、人体解剖、パースペクティブなど。
・理論も重視している。映画史や映画分析などの
授業がある。“アニメ・バカを作らないため”
図6 シュパンフォコムCG科教室
の幅広い知識を学ばせる。
・国内のみならず外国で仕事をすることも考えて
英語教育にも力を入れている。
パリからTGV(新幹線)で北へ2時間余り、
ベルギー国境に近い工業都市ヴァランシエンヌに
・コンピュータソフトの使い方(フォトショップ、
フラッシュ、3Dはマヤなど)。
忽然とフランスでトップクラスのデジタルアニ
メーションの専門学校がある。このシュパンフォ
・定期的に企業研修もあり、レポートを提出しな
ければならない。
コムは、ここ数年、アヌシーやシーグラフ等の国
際的なコンペティションで賞を総嘗めにして世界
1年目で基礎を学び、2年目で小作品を制作す
を驚かせている。創立20年でパリのゴブランと1、
る。1年で学んだ方法論を使ってどうやって作品
2を争うレベルまで急成長した。ゴブラン等の他
を作るかにチャレンジするわけだ。作品制作はグ
の学校が2Dをカリキュラムに取り入れているの
ループ作業で進めていく。これは、全体の流れを
に対し、3Dに特化した教育が当校の特徴である。
知ってもらうことと、アニメーションは共同作業
ヴァランシエンヌ市の郊外にある学校は、入り
なので、社会に出てから困らないようにチーム
口を入ると吹き抜けのロビーのようなスペースが
ワーク等を訓練する目的がある。
あり、正面の奥にCG科の教室がある。教室は日
本の学校で一般的な視聴覚教室のイメージとは大
- 32 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
きく違っていた。作業場のような雑然とした場所
フランスは古くから芸術家や職人が大事にされ
に機材が雑然と並んでいた。その機材のスペック
る国である。シュパンフォコムの学生の作品に
も台数も十分ではないとのことだ。生徒たちが自
はその伝統が感じられる。画家の絵筆や職人の
分の作品を作るためにコンピュータを取り合いす
道具がコンピュータに変わったかのようにコン
る風景が想像された。世界が注目する高度な3
ピュータの使い方が洗練されていることが、世
DCG作品が生み出される場所は、極めて質素で
界を見渡しても貴重である。2Dアニメーショ
謙虚な空間だった(図6参照)。
ンを好む日本人の目や感性にも受け入れられや
シュパンフォコムはヴァランシエンヌ市商工会
すいと思われる。
議所によって地元の活性化のための職業訓練校と
③入学時に生徒を厳選する
して設立された。「最初、生徒は二人しかいませ
3日間にわたって実施されるシュパンフォコム
んでした」と、校長のMarie-Anne-FONTENIER
の入学試験には筆記、実技、面接があるが、ト
(マリー・アンヌ・フォントニエ)氏は語った。
リッキーとまで言われるその風変わりな内容は
しかし、現在は、定員20〜30名のところへ全フラ
有名である。これは、優等生ではなくユニーク
ンスから700~800人が受験する。
な素質を持った人材を発掘するための試みであ
る。
1)学校の特徴
④一般教養を身につけさせ、生徒の視野を広げる
先述の通り、ヴァランシエンヌ市の産業の
入学1年目はコンピュータに触れない。美術史、
ニーズに応える人材の育成を目的として、商
映画批評、色彩学、英語などを幅広く学ぶこと
工会議所によって設立された職業訓練校の1
によって生徒の視野を広げ、好奇心を触発し、
つとしてスタートした。現在は、増設された
創作に必要な知識や教養を蓄積させる。2年目
SUPINFOGAME(シュパンフォゲーム)ととも
から卒業作品の制作を通じてCG技術を身につ
に、市の中心的な教育機関と位置づけられている。
ける。
北フランスの工業都市の名もない職業訓練校とし
⑤第一線で活躍している現役のクリエーターが指
て設立され、3DCGに特化した教育により、わ
導にあたる
ずか20年でフランス国内はもとより、世界的に高
生徒に最も新しい情報を伝えるため。また、就
い評価を受ける教育機関へと驚異的な成長を遂げ
職へのリエゾンの役割もある。
た。同校の特徴は以下の通りである。
⑥共同作業の困難と喜びを経験させる
①専門性を作らない
卒業作品の制作には1人であたることはできな
在学中に映画制作のすべての行程を経験させる。
い。2~4人のグループで制作することが決め
細分化された行程の一部分だけを習得するので
られている。CGやアニメ制作の現場はつねに
はなく、全行程を知ることは創作活動において
共同作業である。学生のうちからチームで制作
極めて重要である。全行程を経験することで応
する技術を学ばせている。
用性のあるクリエーターに成長し、就職の際の
⑦英語教育を取り入れている
選択肢の幅も広がる。単に技術者ではなく、監
日本やアメリカのように大きなアニメ制作会社
督を含む1つの部隊を指揮する人材の育成を目
が国内にないので外国のプロジェクトに参加せ
指している。
ざるを得ないフランスの事情が影響しているが、
②高度なデジタル技術を指導するが、コンピュー
海外での制作や、外国人とのコラボレーション
タを使った形跡を感じさせない自然な仕上がり
に定評がある
も視野に入れて、英語に力を入れている。
⑧技術の習得ではなく、ものを創ることを学ぶ
- 33 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
テーマを見つけ、物語を作り、絵を描き、アニ
目指して企業誘致に力を入れ、重工業や自動車工
メーションを制作するという、総合的な教育を
業の誘致に成功した。現在は失業率10パーセント
与えている。オタクを作らない方針で、一般教
程度に経済が回復している。日本のトヨタの工場
養を身につけ、生徒の潜在的な能力を覚醒させ、
もあり、4,000人余りの工場労働者を雇用するな
その能力を作品に結びつけるという教育方針と
ど、地域活性化に貢献している。商工会議所は企
ノウハウを確立している。
業誘致にあたり、移転してくる企業に対して、①
土地、②人材、③資金に関して支援を行っている。
2)学科
ヴァランシエンヌ市の強みとして、①100km圏内
・基礎科(1年)
に3,000万人の人口(ベルギー、ドイツに国境を
美術史、映像概念、モデルスケッチ、クロッ
接している)、②交通の利便性、③生活の質の高
キー、応用芸術、デッサン用語、ゲシュタルト理
さの3点を強調している。
論、視覚表現、パースペクティブ、静物デッサン、
誘致した企業のために人材を供給するのは、商
創造性、意味分析、タイポグラフィー、色彩、英
工会議所の大事な役割である。シュパンフォコム
語、コミュニケーション、映画分析、ビデオ/フ
は市の経済回復とIT化において二人三脚で成長
レーミング、アニメーション序論、コンピュー
を続けた。商工会議所は、シュパンフォコムの成
タ・ソフト、事後効果 等
功の理由を、①いい先生をスカウトしたこと、②
・CG(コンピュータ・グラフィクス)科(2
外部との交流を盛んにして学校の存在をアピール
年)
したこと、③ベルギー、ドイツに国境を接し、イ
シナリオ、絵コンテ、音響、レイアウト、アニ
ギリスにも近いという地の利、と考えている。国
メーション、プロデュース、ポスト・プロダク
際的な活動をするには適した場所で、地域の特徴
ション、コンピュータ・ソフト 等
を最大限に生かしてやっていくことが正攻法と考
※CG科以外に、ゲーム科、マルチメディア科が
えている。
ある
シュパンフォコムの経営に関して、国からの助
※基礎科、CG科に加えて研究科が創設され、現
在は6年生となっている
成金は受けていない。商工会議所の資金(企業か
らの出資)と学校の授業料で運営されている。授
業料は年間約5,000ユーロ(60〜70万円)で、公
3)ヴァランシエンヌ商工会議所の取り組み
立の学校の学費が無料というフランスでは高額で
ヴァランシエンヌ市があるノール・パ・ド・カ
はあるが、それに対応する技術が身に付くと関係
レ地方はかつて鉄鋼で繁栄した地域だった。しか
者は自信を持っている。
し、いまから約30年前、鉄鋼産業の衰退によって
シュパンフォコムの知名度が上がるごとに、全
鉱山が閉鎖された。当時、ヴァランシエンヌ市の
仏から生徒が集まるようになってから――生徒だ
住民のほとんどが鉱山就労者であったため、一時
けでなく、その両親や親戚などいろいろな人が
期、市の失業率が30パーセントを上まわった(最
やってくる――さまざまな産業や企業の誘致がし
高時35パーセント)。職を失った人々は流出し、
やすくなったとのことで、シュパンフォコムが地
市が壊滅状態になる中、商工会議所は地元住民に
域再生の起爆剤の役割を担ったといえる。現在、
手に職をつけてもらうためにさまざまな職業訓練
商工会議所では大規模なマルチメディアセンター
校を設立した。シュパンフォコムも職業訓練校の
建設の計画があり、そこには大学、専門学校、I
1つとして、生徒2名からスタートした。
T関連の企業が入る予定だ。商工会議所も入り、
市は、地元住民の人材育成とともに産業転換を
今後は、企業誘致に留まらず、誘致した企業や人
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材をバックアップして新たな産業を産み出そうと
している。
がどう解決するかを見極めます。
②外部から優秀な先生をリクルートしたこと。第
一線で働いているプロの教師が最先端の技術を
○インタビュー
指導します。つねに時代の変化についていくこ
Marie. Anne. FONTENIER
とが大事です。
(マリー・アンヌ・フォントニエ)氏
③少人数制。一人の教師の目が行き届くのは20人
シュパンフォコム、ュパンフォゲーム校長
程度が最大です。
④研修を行ってつねに生徒をフォローアップしま
す。芸術性、創造性を高めるためです。
⑤Cahier des charges(受注条件明細書)のよう
なものを出し、それに沿った作品制作等の課題
を与えて実践的な指導をしています。
⑥グループワークを重視しています。生徒はチー
ムで制作するメリットと困難さを学びます。
⑦生徒の作品を積極的にアピールしたこと。卒業
制作などの催しを設けては人に集まってもらっ
てPRしています。
図7 マリー・アンヌ・フォントニエ校長
――毎回、盛大に卒業審査会を開くのですか?
無名の専門学校を世界的に高い評価を受ける学
今年は15周年でとくに盛大なのですが(2003
校に育て上げた立役者。生徒の絶大な信頼と人気
年)、シュパンフォコムほど大々的にする学校は
を得るカリスマ的な存在である。
外にありません。外部の審査員に参加してもらう
のは、卒業生の就職や仕事のためもあります。ま
――学校運営で一番大事にされていることは何で
た、生徒には、外国人がその国によってどう評価
すか?
するのかを知るのがよい経験になります。
第一に、生徒。入学時に、芸術性、創造性のあ
――今後の目標は何ですか?
る子を選ぶことです。コンピュータができなくて
それはヒミツです(笑)。現時点での目標は、
もいいのです。優等生ではなく、内に何かよいも
新設したアルル校(2002年創設)と、今年から新
のを持っている子を見抜くことがポイントです。
設したTVゲーム科(2003年)を充実させ、成功
次に、アニメーションを制作する上で守るべきこ
させることです。また、将来は、外国の大学と提
とをきちんと教えることです。技術的なこと、期
携したいと考えています。
限を守ること、予算内で仕上げること等です。最
(シュパンフォコムはベルギーに近い北部にあ
後に、(映画やコマーシャルなどの制作は)グ
るため、南部にも作ってほしいとの要望に応えて
ループ作業なので、チームで仕事をする能力を身
アルル校が設立された)
につけさせることです。
――何か学校運営へのアドバイスがあればお願い
――シュパンフォコムの成功の要因は何だと思わ
します。
れますか?
どのような生徒がいるかが一番大事ですが、生
①入学試験。何か良い素質を持っている子を見出
徒の質を高めるためにも、よい教師を集めること
すために、入念な入試を行います。トリッキー
です。そして、いろいろな学校と提携すること。
(ひっかけ問題)ともいえる問題を与えて生徒
さらに、国際的な視野を持つことです。そういう
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意味では、ヴァランシエンヌは人口約20万人の中
生徒はそれぞれ2人から4人のグループで制作
規模都市ですが、ベルギー、ドイツと国境を接し
している。約5、6分の作品を完成する制作期間
ている地の利があります。
は2年。ストーリーの構築およびシナリオ、絵コ
ンテ等に1年、CG制作に1年というのが平均し
4)卒業制作作品審査会(2003年)
た時間配分。順番に生徒たちの名前が呼ばれ、大
2003年春、シュパンフォコムに視察依頼を行っ
スクリーンで作品が上映される。全22作品を通じ
たところ、承諾と同時に視察の日程が指定されて
て一つとして同じ傾向の作品はなかった。テーマ
いた。指定された日に到着すると、その日は卒業
も手法もじつにヴァリエーションに富んでいた。
審査会当日で、筆者が審査員の一人に選定されて
それぞれの作品に、表現、技術上のチャレンジと
いた。若者の将来に関わる重要な審査を引き受け
ともに、芸術性の高さに感心させられた。また、
る資格はないと辞退すると、「東洋の人が当校の
音や音楽を重要なファクターとして効果的に使う
卒業作品を見たことはない。あなたには東洋人と
ことに卓抜していた。キャラクターが際立つ日本
いう資格がある。ぜひ参加してほしい」とのマ
の作品とはあきらかに傾向が違っていた。
リー・アンヌ校長の説得で、ハプニング的に審査
審査員の審査のポイントは、①アニメーション
員として卒業審査を行った。あらゆる機会を活用
的な面白さ、②表現上の手法と芸術性、③チャレ
して生徒の作品を多くの人にアピールするという
ンジ精神の3点だったと思われる。採点は20点満
校長の姿勢を目の当たりにするような出来事だっ
点で、12点以上が合格とされる。観客が退場した
た。
後の上映館に全審査員が集まり、意見を交わしな
CG科3年の卒業作品審査会は、フランスの大
がら採点した。各審査員が申請した点数の平均点
手シネマコンプレックス「GAUMON」の上映館
が生徒たちの獲得点数になる。12点以下の作品は
を借りて以下のような要領で開催された。
なかった。この獲得点数に日常の成績等が考慮さ
《時間割》
れて卒業の是非が決まるが、すべての審査員の合
6月26日㈭ 9:00~20:00審査会:18作品
意の下に生徒全員の卒業が確認された。
27日㈮ 9:00~13:00審査会:4作品
審査結果の発表後、卒業式に移行し、さらに15
14:00~ 15周年イベント
周年イベントへと進行していった。イベントには
審査員意見交換、採点
過去数年間の卒業生が招待されていて、舞台上か
19:00~ 審査発表および
ら現役生に向けて、卒業後の活動をアピールする
卒業証書授与式
というプログラムがあり、先輩たちが社会でどの
20:30~ 過去の卒業作品の上
ような仕事に就いているのかを知ることができた。
映会
『マトリックス・リローデット』等ハリウッド映
22:00~ フェアウェルディナー
画に参加した卒業生もいたが、フランスには日本
《審査における着眼点》
やアメリカに見られる大きなアニメーション制作
・シナリオと絵コンテのクォリティ
会社がないので、インディペンデントな活動をし
・演出のクォリティ
ているか、仲間数人と会社を作っているケースが
・イメージのテクニックのクォリティ
多い。仕事としてはCMやゲーム、キャラクター
・イメージの芸術性のクォリティ
関連に従事。卒業後に芸術的な作品を作る機会は
・アニメーション
限られるが、助成金を得て自主制作作品を作る機
・ポストプロダクションのクォリティ
会もあり得るとのことである。フランス全体の失
業率が高いことともあり、生徒の就職先の確保は
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3.フランスのCG、アニメーション教育の特徴
各学校の共通の課題である。
と日本との比較
フランスのアニメーション制作現場は個人ある
いは小プロダクションの横断的な集合であり、大
3−1 フランスの特徴
手制作会社が縦型にリードする日本の制作現場と
①少数精鋭主義
は形態を異にしている。1つのプロジェクトにさ
取材した4校とも、応募者が多数にもかかわら
まざまな人材が結集し、プロジェクトの終了とと
ず、1学年の定員を20~30名(アール・デコ大
もに解散する。また次のプロジェクトに結集し、
学は15~18名)と少人数に限定していた。
また解散する。こういった制作形態が繰り返され
・それ以上になると全員に目が届かなくなる
ていることから、より多くの能力を身につけてい
(ゴブラン)
るほうがチャンスに恵まれやすい。各学校でも現
・一人の教師が面倒をみられるのがそれくらい
実の制作現場を想定して、応用力のある人材を育
てようとしている。卒業後は日本で仕事がしたい
の人数(シュパンフォコム)
②地元の商工会議所が母体となっている
というCG科3年の学生の話を聞いた。
ゴブラン、シュパンフォコム両校とも手に職を
シュパンフォコムに合格したときは嬉しかった
つけるための職業訓練校として商工会議所に
です。何しろ、800人の中の30人でしたから。授
よって設立されている。商工会議所経営の専門
業についていくのは本当に大変でした。ほとんど
学校は日本には見られない傾向だ。
眠る時間はありませんでした。
③入学時に良い素質を持つ人材を発掘する
日本で仕事をするにはどんな問題があるでしょ
生徒の質が鍵で、大量に入学させるのではなく
うか。いま、日本語を勉強し始めています。私は
素質を見抜いて生徒を厳選している。
スタジオジブリの作品が好きなのですが、ジブリ
④現役のクリエーターを教師に迎えていること
で働くのは難しいのでしょうね。ジブリでなくて
現実の制作現場での最新技術や情報を授業に導
もいいのですが、どうしたら日本で仕事が見つけ
入することが教師に望まれている。また、卒業
られるかアドバイスをいただけないでしょうか。
生の就職先を確保することはどの学校でも重大
もちろんここは3Dの学校なので3Dをやってい
な課題であり、現役の教師は企業とのリエゾン
ますが、2Dもやりましたので2Dでもかまいま
としても重要な役割を果たす。
せん。日本でアニメーションの仕事がしたいのは
⑤カリキュラム
もちろんですが、私は日本の文化や日本そのもの
感覚や情緒ではなく、科学的理論や教育哲学が
に興味があるのです(CG科3年 男性)。
確立されている。美術史や映画分析などの学課
を設けて生徒に幅広い視野と好奇心を持たせる
努力がなされている。
・アニメ・バカを作らない(ゴブラン)
・コンピュータ・オタクにならないよう
(アール・デコ、シュパンフォコム)
⑥応用の利く人材を育てる方針
1つの技術の習得ではなく、技術を応用できる
人材を育てようとしている。アニメ大国の日本
図8 卒業制作作品
では制作現場は分業化され、スペシャリストの
集まりとなるが、フランスでは一人の人間が複
数の工程において柔軟に対応できるマルチな人
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材が必要とされている。
日本の人材育成は技術教育に偏りがちである。
⑦英語を取り入れている
アニメーションの制作現場も細分化され、狭い
海外での活動を視野に入れて、国際的に通用す
領域で機能する技術職で形成されている。一方、
るためには英語が必要と考えられている。
フランスでは応用の効く人材、マルチな能力を
⑧生徒の自由度が高い
育てようとしている。さらに、シュパンフォコ
生徒の自主性が尊重され、教師は生徒の創作活
ムでは生徒の創造性やオリジナリティの開発に
動のバックアップに徹する。
チャレンジし続けている。それはとりもなおさ
ず、技術者ではなくクリエーターの養成である。
3−2 日本の特徴
技術の伝達は一定の理解力と訓練の上に可能と
上記特徴と日本における人材育成の相違点は、
思われるが、コンテンツ制作は個人の感性や創
①運営母隊、②国際的な視野、③育成する人材像
造性に頼るところが大きい。技術者を大量に養
の3点と思われる。これらは相違点であると同時
成しても、指揮する人材(クリエーター、監
に、日本の人材育成へのヒントでもある。
督)がいなければコンテンツは生み出されない。
①国家資産と位置づけた教育環境の整備
世界を見渡しても、創造性を高める教育を提供
フランスの専門教育の運営母体が国または商工
する教育機関は希有である。シュパンフォコム
会議所であるのに対し、日本の場合は国家資産
との提携は、クリエーター養成のために必要な
としての認識が十分とはいえない。アニメー
カリキュラム、教育方針、教師等の日本への導
ションが数少ない世界に通用する産業に発展し
入となる。
たにもかかわらず、その人材育成は民間施設に
委ねられている。その役割を担っている各種専
4.シュパンフォコム日本校誘致の可能性
門学校は経営上より一定量の生徒数を集めざる
4−1 背景と目的
を得ないことから、少数精鋭の高度な教育は難
昨今、CG合成は映画やエンタテイメント分野
しい。日本にも国家的な環境整備が急務である。
を中心にめざましい普及を遂げ、その表現技術
②アジアの拠点としての日本の役割と戦略
は日々進化し続けている。アニメーション映画
シュパンフォコムがあるヴァランシエンヌ市は
『ハウルの動く城』や『スカイクロラ』などで
パリから高速鉄道で2時間余り離れているが、
の2Dアニメと3DCG合成、また、『ターミネー
商工会議所及びシュパンフォコムはパリを意識
ター』や『トランスフォーマー』などの実写と3
した展開をしていない。むしろ、ベルギー、ド
DCGの融合による映像表現は記憶に新しい。コ
イツと国境を接し、イギリスにも近い立地を活
ンテンツ制作におけるCGの導入は、生産性向上
かして国際的な視野の中で発展してきた。地の
の可能性も包含する面から今後ますます広く一般
利に立脚した発展という意味では、日本はアジ
化すると予想される。さらに、CG合成は、CM制
ア諸国のエンタテイメント産業の拠点となる可
作やマルチメディアにも共通する映像制作のデ
能性を多分に持っている。とくに大阪、福岡、
ジタル化の世界的動向であり、フル3DCGアニ
沖縄等は対東京という構図ではなく、アジアに
メーションも欧米を中心に制作され、CG制作技
向けた展開には有利な立地にあるといえる。地
術は現在及び今後の映像産業において中核となる
方から世界へ発信して行く戦略を持つべきであ
技術である。
る。
今回、提携を試みるシュパンフォコム専門学
③技術教育に留まらないクリエーター養成への取
り組みが必要
校は、世界最大のCG祭「Siggraph(シーグラ
フ)」や、アヌシー・ザグレブ・オタワ・広島の
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4大国際アニメーションフェスティバルなどで毎
ランスでトップクラスであり、世界的にも著名
回賞を総なめにし、CG専門学校としての実力は
なデジタルアニメーション高等教育機関である
世界的に著名である。各国からの同校との提携や
SUPINFOCOM(シュパンフォコム)との提携に
海外分校設立の申し入れが相次ぐ中、インド校が
よるCG教育カリキュラムの導入およびクリエー
開校したものの(2009年)、日本はマリー・アン
ター育成機関設立の可能性を試みたい。
ヌ・フォントニエ校長の信任が厚く、カリキュラ
シュパンフォコムの成功がヴァランシエンヌ市
ム提供に関する優先的交渉権を得て提携の具体化
の地域振興の一翼を担った例をモデルとして、日
が可能である。提携によって、同校が20年の年月
本の地方都市における人材育成および教育機関を
をかけて培った世界が称賛するカリキュラムの日
触媒とした高度地域振興の実験的事業が可能と考
本への導入が実現するのである。
える。シュパンフォコム学生、卒業生、関係者の
フランスはBande dessinee(バンデシネ)の伝
参加を得ることによって、アニメ制作に従事した
統を有し、EU最大のアニメーション消費国であ
い若者に、仏アニメ留学に匹敵する教育環境を提
る。MANGA(日本の漫画及び日本のアニメー
供できるであろう。
ション)人気は高く、仏アニメーターで日本でア
その結果、CG、アニメの制作現場が集中する
ニメを制作したいという希望者は少数ではない。
東京に対して、人材育成を担うポジションを確立
とくに3Dアニメーションに抜きん出た技術と感
することが可能となる。本事業の技術伝達であ
性を持ち、日本やアメリカとは一線を画する独自
るCGアニメ合成処理を加えた新たな制作工程は、
の創造性を確立している。しかし、残念ながらフ
現在東京中央線沿線に軒を並べるアニメ・プロダ
ランスに関するアニメ産業の情報は日本には極め
クションから韓国、中国などアジア諸国へ流出し
て少なく、その作品はあまり紹介されていない。
ている動画制作、デジタル仕上げ工程に対抗し、
そこで、フランスの3DCGと日本の2Dアニメと
海外流出の制作作業の還流を可能にし、CG、ア
の融合による新たな映像表現の可能性の追及は、
ニメ特化型映像産業の立ち上げとなる。
今後の日本のエンタテイメント産業および芸術表
シュパンフォコムが世界に熱望される理由の1
現において画期的な展開が期待される。そのため
つとして、その教育が単に技術教育ではなく(高
の賢明かつ現実的な一選択肢としてシュパンフォ
度な技術がベースになっているが)、個人の創造
コムと提携した3DCG教育の導入が考えられる。
性を覚醒させるところにあり、監督養成学校とも
呼ばれていることを述べておきたい。
4−2 事業概要
マンガやアニメーションは日本が世界をリード
《事業展開について》※図15参照
する一大産業に成長したが、先述の通り、制作者
1)第一段階として、シュパンフォコムCGカリ
たちが置かれている労働環境は旧態依然として低
キュラム導入とCG人材育成のワークショップ
賃金・長時間労働であり、とくに人材育成におい
の開催
ても論理性および科学的根拠に著しく欠けている。
シュパンフォコムのCGカリキュラムをベース
今後の更なる成長のためには、これらの産業を国
に、日本型カリキュラムの設定を行い、教育を受
の重要産業として、また文化資産として位置づけ
けながら試作トレーニングを実施。育成機関設立
た育成システムが急務である。
へ移行するためのシミュレーションとして、単期
そこで、マンガやアニメーションなどコンテン
間で結果が出せる実践的教育実施スケジュールを
ツ制作の将来を担う高度人材育成を目的とした
検討する。
産官学による地域振興プロジェクトとして、フ
2)日仏提携CG、アニメーション人材育成機関
- 39 -
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「SUPINFOCOM JAPON(シュパンフォコム
日仏コラボレーション制作チームによる日本と
日本校)」設立
フランスのタイムラグを利用した制作実験を試み
シュパンフォコムのカリキュラム、教育者を得
る。日本チームが昼の間は制作にあたり、日暮れ
て、少数精鋭の生徒に高度な技術伝達、人材育成
とともにその日の仕事を終える。やがてフランス
を行う教育機関を設立する。生徒募集は日本全国
に朝が訪れると、シュパンフォコムチームが働き
に留まらず、アジア諸国にも拡大する。
始める。この分業体制により、1日の制作時間の
3)日仏コラボレーション制作チームの結成
倍増が見込め、短期での効率のよい創作活動が期
教育機関の設立と平行して、日本国内のアニメ
待できる。クリエーターの長時間労働の改善も見
プロダクション、アニメーターの有志を結集し、
込める。
CG、アニメーションのプロダクション体制を立
5)ヨーロッパのCGイベント「e-magiciens
ち上げる。2Dアニメーターに対しても上記CG教
(イ・マジシャン)」誘致
育を行い、3DCGアニメーターとしても制作で
イ・マジシャンはヨーロッパ各国の大学や専
きるような人材育成と制作体制構築を狙う。
門学校が加盟して彼らの学校の作品や自主制作
フランス側は、シュパンフォコムの現役学生お
作品を上映するCG、アニメ・フェスティバルで、
よび卒業生によるチームを作り、日本と同時進行
シュパンフォコムが事務局を務めている(毎年1
で作品の制作に従事する。両者の参加により技術
回、3日にわたってヴァランシエンヌ市で開催さ
の相互補充が可能であり、チームワークによる作
れる)。
業の重要性を学ぶことができる。世界のアニメ
フランス、イギリス、ドイツ等のEU諸国をは
フェスティバルに通用する作品を制作する。
じめ北欧、ポルトガル、カナダ・ケベック州等の
4)日仏共同によるアニメーションの制作
CG学校の作品が一挙に上映されるとともに、シ
図15
- 40 -
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ンポジウム等のさまざまなイベントが行われ、学
な笑みを浮かべて、「生徒にはたくさんの課題
生や学校関係者、映画関係者、コンピュータ関係
を出します。次から次へと課題を与えて生徒を
者等が交流する。学生にとっては就職活動の場で
課題漬けにして、彼らを眠る時間もないほど追
もあり、映像産業関係者にとっては将来有望な若
いつめます。追いつめられて究極状態になるこ
者を見出す場ともなっている。
とで創造性が鍛えられるのです。その試練を経
イ・マジシャンの特徴は、CG教育でヨーロッ
るごとに創造的な人間になっていきます。周囲
パ諸国を連携していることにある。国際的なCG
が創造的な環境にあれば、環境に影響されて生
やアニメのフェスティバルは各地に見られるが、
徒は自ずと創造性を覚醒させます」と、答えた。
国際的学園祭ともいうべき当催しは他に類を見な
ストレスとプレッシャーの中で生徒の創造性を
い。シュパンフォコムと提携することによって、
育てているという。何らかの能力を身につける
当イベントの誘致およびアジア版開催の可能性
には、ある一時期、××漬けという濃密な時間
が考えられる。e-magiciens Asie(イ・マジシャ
を過ごす必要があることは理解できる。しかも、
ン・アジア)を開催することによって、日本全国
それら課題は実践的かつ論理的にコントロール
のCG、アニメ学校、さらにアジアの学校との連
されたカリキュラムとして長年の間に培われた
携が促進され、その拠点が形成できると考える。
ものである。創造性を開発するカリキュラムを
ゼロから作り上げるには莫大な時間と労力がか
4−3 なぜシュパンフォコムなのか
かる。すでに確立されたものを活用できるので
専門教育において、日本との相違点は、フラン
あればそれを選択するのが最短距離で、賢明と
スでは商工会議所が専門学校の設立や経営を担っ
言えるであろう。
ていることである。各地の商工会議所が地元の人
②問題解決能力
材育成のために各種専門学校を支援することによ
1つの作品が完成に至るまでにはいくつもの壁
り、学校は商業活動を免れ、少人数の生徒に行き
や障害に直面するが、同校の生徒はいかなる状
届いた教育をもたらすことができる。そういった
況でも解決策を見出して乗り越えていくたくま
小規模の専門学校が各地に無数にある中で、シュ
しさを身につけている。生徒の誰もが共通して
パンフォコムは3DCGに特化した高度な教育で
口にするのは、「高性能のパソコンや最新ソフ
他の追随を許さない異色の注目校の地位を確立し
トがなくてもいい。与えられた環境で最高のも
ている。パリから離れた北フランスの工業都市に
のを作ってみせる」。
開校しながら、全仏のみならずヨーロッパ、アメ
この“シュパンフォコム魂”ともいうべき底力
リカ、アジアなど世界各国から誘致を打診され、
は、先述した質素な制作環境で培われる。マ
2009年10月インドのIT会社により初の海外提携
リー・アンヌ校長は言っている。「生徒には満
が成立した。同校の教育が世界的に認められるの
足な環境を与えていません。欠乏しているもの
は、単に高度なCG技術ではない。同程度の技術
を自力で補いながら作品を完成させるプロセス
の指導は他の教育機関にも望めるだろう。しかし、
で、彼らはどんな状況でも創作できる真の実力
シュパンフォコムを知る誰もが同校を特別と考え
を獲得するのです」。
る理由は、生徒に身につけさせる①創造性、②問
題解決能力にある。
これらの創造性を覚醒させるカリキュラムと、
①創造性
自立心、自主性を育てる教育方針――シュパン
同校生徒の作品の創造性について、マリー・ア
フォコムとの提携により、同校が20年の年月を傾
ンヌ校長に話を聞いたことがある。校長は微妙
けて確立した世界に通用する教育プログラムの導
- 41 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
5.学校設立の波及効果
入が可能となるのである。
1)地域の活性化とイメージアップ
4−4 シュパンフォコム日本校設立に関して
芸術、エンタテイメント、情報系の高等教育機
1)海外での学校展開はあり得るのか
関を誘致することによって地域のイメージアップ
シュパンフォコムは、フランス国内には、ヴァ
につながり、人々が住みたいと思う人気のある街
ランシエンヌ校(1988年創立)、アルル校(2002
となる。住人数の増加によって、各自治体は税収
年創立)の二校があるので、これ以上国内に設立
の増加も望める。
するつもりはない。海外展開や海外の教育機関と
2)日本、フランス、アジアの文化交流、人材交
の提携を考えている。まずヨーロッパと考えてい
流が展開
たが、世界中からオファーがきている。
各地から若者や留学生が集まることによって、
2)提携の条件は何か
地元住民に新しい価値観がもたらされ、地域に変
-カリキュラムはいわば著作権のようなものだ
化や活気が産み出される。クリエーターや研究者
から、提携する場合はロイヤリティを支払っても
が活動、交流することが新たな技術開発につなが
らう。たとえば、アルル校は依頼があって設立し
り、ビジネスチャンスが創出される。
たが、毎年何パーセントかのロイヤリティが本校
3)地域から世界へ情報発信、文化発信が可能
に支払われている。
情報インフラの普及によりグローバル化が急促
-学校運営はこれまで時間をかけて築いてきた
進される昨今、一地域からの情報発信の機会は格
ブランドのようなものだから、ブランドの価値を
別に拡大された。インフラおよびIT技術を使っ
守るために運営のすべてにおいて、本校長が決定
て何を発信するか、コンテンツ(=発信するも
権をもつこと。
の)が重要で、学校や研究機関がその開発を担う
3)教師について
ことができる。
要請に基づいてシュパンフォコムから派遣する。
4)地域の情報化、企業誘致、産業転換への寄与
また、必要に応じて、日本人講師がシュパンフォ
情報、技術、産業の交流、誘致、集積が行われ
コムで研修を受けるのも可。
ることが地域振興には不可欠で、それらを促進さ
4)「シュパンフォコム日本校」を設立すること
せるのは「人」であり、人材育成がその鍵となる。
は可能か
5)新技術、新システム、ビジネスチャンス等の
現在たくさんの国からオファーを受けている。
創出
とくにアメリカと台湾は熱心だ。2009年にインド
2Dと3DCGの融合による映像表現が新しい
校が開校した。しかし、会いに来て直接相談して
ジャンルを切り開く。タイムラグを利用した24時
くれた熱意に配慮して、日本に対してあらゆる協
間制作体制、サテライト・システムによる遠隔授
力は惜しまない。日本の文化やアニメーションは
業や会議等
フランスでも人気があり、その人材育成に感心が
ある。
【参考資料】
5)まず何から始めればいいか
日仏共同デジタルコンテンツ
レポートを出してほしい。何をしてほしいのか、
創出人材育成プロジェクト
母体はどこか、代表者は誰かなどの運営体制を明
創る沖縄ワークショップ
確にすること。
「SUPINFOCOM IN OKINAWA」
―3Dアニメーション映画コース―
○期間:2007年8月1日㈬~9月30日㈰
- 42 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
授業時間/月曜~金曜
方法と技術を習得する。制作に関する全領域に対
9:00~16:00(16:00~ラボ)
する基本知識の指導を受け、実地に制作すること
○場所:沖縄県浦添市産業振興センター「結の街」
により、将来、小規模グループを指揮し、自身の
○講師:シュパンフォコム卒業生4名
映画を制作するために必要な能力を得ることを可
Pierre-Gilles STEHR(ピエール・ジル・ステー)氏
能にする。研修の時間は限られているので、すべ
Thomas CASTELLANI(トマ・カステラニ)氏
ての項目のため時間をとることはできないが、第
Aurelie FRECINOS(オレリー・フレチノ)氏
一目標は各項目間の技術的、予算的、芸術的意義
Thomas LEONARD(トマ・レオナード)氏
の関りを正当に評価することである。第二の目標
○受講生:8名
としてグループ作業に大きな意味があり、制作プ
(沖縄県在住7名、東京都在住1名)
ロセスを通して、学生たちはお互いのアイデアを
○主催:創る沖縄実行委員会
戦わせ、優れた技術的決断を行い、共通目標に関
○後援:沖縄県、浦添市、浦添商工会議所
して合意することを学ぶ。アニメーションは個人
○協賛:日本航空
の作業ではありえない。共同作業の現実に直面す
○事務局:創る沖縄実行委員会
ることは将来の職業知識として不可欠である。
佐々木千賀子(琉球大学非常勤講師)
〔技術的目標〕
石川隆士(琉球大学准教授)
研 修 期 間 中 に 各 グ ル ー プ が そ れ ぞ れ 3 0秒の
濱川均(内閣府沖縄総合事務局)
ショートアニメーション映画を制作すること。こ
真喜屋力(桜坂劇場支配人)
こでも、時間制限と学生のレベルを考慮して、映
○必要機材
画は技術より芸術的創造性と想像力を第一に重視
・PC(学生1人に1台および教授用1台)
したものとする。この研修の学生は技術者ではな
インテルPentiumプロセッサ、OS :Microsoft
くクリエーターになることを目的とする。教授グ
Windows XP professionnel、グラフィックカー
ループは、学生の創造性が物質的不可能に制限さ
ドBonne Carte graphique(256Mo)、CD-
れてしまい、自身の選択から逸脱しないよう注意
DVD書き込みディスク、20インチモニター、
することが必要である。同時に、納期、予算、技
マウス、高速10Mインターネット接続、グラ
術的制限などの概念を理解するのも研修の重要な
フィックタブレット
目的である。提出予定をきちんとたてることによ
・カラープリンタ1台
り、研修終了時の問題や遅れを回避することがで
・スキャナ1台
きる。そのため、コースの最初から、授業後行う
・デジタルカメラ(500万画素)1台
学生個人の残業が重要となってくる。
※PCはすべてネットワーク接続
〔研修〕
○ソフトウェア
■8月1日
3DS Max、After Effects CS2 Photoshop CS
学生および教授の紹介、短編映画の上映、研修
2 Illustrator CS Premiere CS2 Quicktime
の概要の説明など。
Pro Firefox Xnview
・学生自己紹介
○研修内容(講師ピエール・ジル・ステー氏の研
・コースのプログラムと目的の説明
修カリキュラムによる):
―3Dアニメーション映画の制作にかかわる技
術項目の概観
〔研修目標〕
―グループ作業
3Dアニメーション映画の制作を通じて、その
―将来チームを指揮するために必要な自立心の
- 43 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
養成
—照明とレンダリング。テクスチャなしの固定画
―想像力の解放とイメージの創造
像の練習
―最短30秒のアニメーション映画をグループで
—学習事項を応用した復習演習:静物のモデリン
創造し制作する
グとレンダリング(例:テーブルの上の果物)
―拘束事項、納期を守り、技術的制限を回避す
—アニメーション。タイミング、タイムライン
る等
という概念。MAXのアニメ用インターフェイ ■8月2日~3日
ス:キー、トラックビュー
さまざまな映像の鑑賞と討議
■9月3日~26日 最終小フィルム作品制作:
―最初の3D映画「トロン」の抜粋、シンプルさ
—共通性と補完性を考慮して学生2人のグループ
と視覚的効果を強調
を作る。最初に台本に取りかかる。
―SUPINFOCOMのフィルムの上映、上映後、討
—重要な制限としては30秒を超えてはならないと
論する
いうこと。
■8月6日~10日
—人物のアニメーションは禁止。複雑なスキニン
3D作品制作の行程の実践
グやセットアップをしようとしてはいけない。こ
アイデア
の研修は初歩指導であり、学生を技術的というよ
あらすじ
り創造的な方向に進ませるものと考えるべきであ
脚本
る。
ストーリーボード(絵コンテ)
■9月27日 作品プレビュー
音声モデル
■9月28日 終了作品審査および修了式
2Dアニメーション (2D Dynamoの動画上映)
○審査および修了認定:
3Dアニメーション(3D Dynamoの動画上映)
・審査に関して 12点以上(20点満点)の得点で
モデル製作
合格とする
セットアップ(rigging, skinning)
審査員 屋良文雄氏(審査員長)、マリー・ア
UV、テクスチャ
ンヌ・フォントニエ氏(シュパンフォコム校長)
音声決定
等7名
アニメーション
・修了認定に関して 以下の条件を満たすこと
照明
1.授業出席率90パーセント
効果
2.制作の全行程を履修
構成
3.作品の完成
コマ送り
研修生8名全員が上記の審査および修了認定を
映像と音声の合成
経て修了した。
ミキシング
○一般公開:
■8月13日~31日
2007年9月29日~10月5日
技術指導
桜坂劇場(沖縄県那覇市)
—3D空間、移動、ナビゲーション、空間座標
2007年11月23日~2008年1月22日
—モデリング、ポリゴンの考え方、 面、頂点、
沖縄タイムス・ホームページ
モデリング練習
○授賞等:
—テクスチャとシェード、ビットマップとベクト
・「デジタル映像祭2007」
ルのテクスチャの概念、実習
最優秀賞:仲宗根浩・内山嗣康
- 44 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
<Forbidden Plants>
優 秀 賞:和田水季・住谷聡<Funny Candy>
作品内容:
・植物が生物の力をかりて繁殖していくように、
※ 優秀賞(四選)、最優秀賞(1選)
植物キャラ『シリコ』のフェロモンに誘い出さ
・フランスのCGフェスティバル「e-magiciens
れた大型生物キャラ『ハナサク』が、シリコの
2007(イ・マジシャン)」出展
種を宿したハートを。
・背景は極力シンプルに白で表現し、情景を表す
○修了作品:
ために最小限の色味を入れる。サイケな色相の
1.FUNNY CANDY
キャラクターを際立たせる。
3.IEDE
図9 Funny Candy
研修生:和田夏季、住谷 聡
作品内容:
図11 IEDE
・お菓子屋さんに並べられていたキャンディが目
覚め、人間に食べられてしまうことを恐れて、
研修生:林 哲史、喜屋武智江
人間を驚かして逃げ出す。逃げ出した先に待ち
作品内容:
受けているものとは⁉
・女の子に粗末に扱われた家は『家出』を決行。
・背景は、おいしそうな色。
旅の道中で修行をしたり、怖い目にあったりと
様々な出来事が起こる。女の子と家は仲直りが
2.Forbidden Plant ~禁断の植物~
できるのか?
・背景は序盤は色を少なくだんだんと色を増やし、
カラフルにしていく。キャラクターは極力シン
プルに設定
4.超時空戦士アンコウ
研修生:玉城慎之輔、呉建政
作品内容:
・地球の平和を守るため、机の上に降り立ったロ
ボット『アンコウ』。無関心生物『ゴキ』を退
図10 Forbidden plants
治するために、様々な兵器を駆使するが、こと
研修生:内山嗣康、仲宗根浩
ごとく自滅。結局はゴキの電気スタンドと成り
- 45 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
果てるアンコウであった。
Aurelie FRECINOS(オレリー・フレチノ)
・背景セットは写真取り込み、照明はデスクスタ
生徒はとてもクリエイティブです。それぞれの
ンドのみ。短い時間でテンポ良くギャグを入れ
グループでとても内容のおもしろいストーリーが
ていく。
出来上がりました。このワークショップの目的は
創造力を育てることが大事で、アイデアや考えを
表現するやり方を学んでもらうことでした。現段
階でも生徒の創造力はとてもすばらしい。今後は
それを表現する技術を学んでいってほしいと思い
ます。3Dやアニメーションについて引き続き
もっと学び、想像力と創造力を伸ばしていって将
来に生かしてもらいたい。
Thomas LEONARD(トマ・レオナード)
期間が短かったので、生徒にとってこのワーク
ショップでの作業はとても大変だったと思われま
すが、生徒たちはよく吸収してストーリーを作り
図12 超時空戦士アンコウ
上げ、作品を作り上げよう、完成させようとよく
○講師:
がんばりました。沖縄の静かな環境で生徒も集中
Pierre-Gilles STEHR(ピエール=ジル・ステー)
して作業に取り組み、ストーリーを考えることが
生徒のCGや映画制作へのモチベーションと興
できたのではないでしょうか。これが忙しい都会
味は高く、彼らは夜を徹して制作に励んだ。
でのワークショップだったならストーリーも違っ
今後はもっと絵画力とソフトウェアを使いこな
たものになっていたでしょう。完成した作品は観
す技術を身につけてほしい。私たちはアニメー
客みんなが驚くような作品になっていると思いま
ション映画の概観をうまく伝えたと思うし、生徒
す。
たちは彼らがやり遂げたことに誇りと満足感を感
生徒たちがみんなが新しい技術を身に付けもっ
じているにちがいない。
とステップアップし、それを生かせる道を見
Thomas CASTELLANI(トマ・カステラニ)
つけられるように祈っています。
自分が今まで学んできたCG、アニメーション
を、今度は自分が誰かに教える立場にたつという
ことはとても貴重ですばらしい経験になりました。
生徒に感謝したいと思います。
それぞれがいろんなバックグラウンドを持って
いて、アイデアもそれぞれで異なり、その多様な
意見がミックスし、融合していいストーリーが出
来上がりました。これからさらに技術を身につけ
て自分の考えや気持ちを表現できるようになって
ほしいです。生徒たちはみんなやる気に満ち、ま
じめに取り組んできたのを見てきました。作品が
上映されて、観客の反応を見るのが本当に楽しみ
です。
- 46 -
図13 ワークショップ風景
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
SUPINFOCOM VALENCIENNES
PROMOTION 2008(DVD)
SUPINFOCOM ARLES PROMOTION
2008(DVD)
Les e-magiciens 2008(DVD)
SUPINFOCOM 20ANS(42films)(DVD)
SUPINFOCOM VALENCIENNES
PROMOTION 2010(DVD)
図14 ワークショップ風景
参考文献
財団法人自治体国際化協会(編著)
1998「フランスにおける地域開発⑴
-その制度の変遷と事例-」
CLAIR REPORT第163号
財団法人自治体国際化協会(編著)
2001「フランスの地方分権15年」
CLAIR REPORT第221号
財団法人自治体国際化協会(編著)
2003「フランスの新たな地方分権 その1」
CLAIR REPORT第251号
財団法人自治体国際化協会(編著)
2002「フランスの地方自治」財団法人自治体国際
化協会
山本雅亮
2001「先(DVD)端技術産業で頑張るフランス
の田舎-ハノーバー博について思うこと-」
Tインダストリーレポート1月号、p.31-38
SUPINFOCOM VALENCIENNES
PROMOTION 2005(DVD)
Les e-magiciens 2005(DVD)
SUPINFOCOM VALENCIENNES
PROMOTION 2006(DVD)
Les e-magiciens 2006(DVD)
SUPINFOCOM VALENCIENNES
PROMOTION 2007(DVD)
Les e-magiciens 2007(DVD)
- 47 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
《日本文》
the Educational Institution of CG and Animation
フランスにおけるCG、アニメーション教育現
in France
場に学ぶ日本のクリエーター養成
―A Study on the Cooperation with The
—CG専門学校〔SUPINFOCOM(シュパンフォ
SUPINFOCOM, A Technical School Of CG―
コム)〕との提携の考察—
(Abstract)
(要約)
The Animation and games are powerful
アニメーションやゲーム等は世界に通用する日
Japanese contents in the world. The scale of its
本の有力コンテンツである。その市場規模は2兆
market exceeds two trillion yen and Japanese
円以上で、世界で上映されているアニメーション
animation films shown in the world are above
の6割強は日本の作品と言われている。しかし、
60%. But these brilliant achievements are mainly
それらの輝かしい業績は、宮崎駿氏、押井守氏等
the outcome of some charismatic creators’
のカリスマ的なクリエーター個人の創造性と感性
creativity and sensitivity such as Mr. Hayao
に起因するもので、日本政府がこの分野に着目す
Miyazaki and Mr. Mamoru Oshii.
るのは遅かった。中国、韓国等のアジア諸国が国
government was very slow to recognize this
家的ビジネスとして人材育成に取り組む中、日本
important field. The Asian countries like Korea
では最近ようやく環境が整備されつつも、国立の
and China already engaged their national
教育機関は未だ存在しない。人材育成は制作現場
businesses in nurturing of animation creators,
に委ねられ、極めて情緒的、流動的な状態に置か
whereas in Japan, although the environment of
れている。
this field is being built, there is no national school
また、日米とは一線を画し、3D分野に強いフ
whatsoever to nurture specialists. Nurturing
ランスでは、漫画、アニメを第9芸術と位置づけ
good animators are committed to emotional and
て奨励し、世界のアニメ祭で輝かしい成果をあげ
fluid conditions in Japan because it is still in the
ている。フランスはもともと産学連携に秀で、何
hands of production sides.
事においても人材育成を重視する傾向にある。そ
Currently, France, which makes a clear
こで、フランスのアニメーションの教育現場を
distinction from Japan and the United States,
視察し、日本の人材育成との比較を試みた。そ
excels in 3D field, and the manga and animation
の過程で、世界的に高い評価を受けているCG専
are promoted by being placed as the ninth arts.
門学校シュパンフォコムに注目し、カリキュラ
French films accomplished good results in the
ムの導入を検討した。その一段階として、沖縄
world-famous animation festivals. France is
県浦添市で2ヶ月にわたる日仏共同3Dアニメー
traditionally skillful at the cooperation between
ション制作ワークショップ「SUPINFOCOM IN
industry and the academic world, and nurturing
OKINAWA」を開催し、フランスの3D技術と
specialists is usually regarded as very important.
日本の2D技術の融合による生産性の向上と、当
Given that, I investigated the educational
校の指導による新たな映像表現の可能性の提示を
institutions of making animation films in
試みた。
France and tried to compare with Japanese
Japanese
ones. Through the process, I found a school
《英文》
which is evaluated worldwide.
Training of Animation Creators in Japan from
“SUPINFOCOM”is located in the countryside
- 48 -
The school,
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
in the northern France. After the research I
introduced the curricula of the school into Japan,
and as the first stage, I held“SUPINFOCON IN
OKINAWA”which is a workshop for making
3D animation films in corporation with Japan and
France over a period of two months in Urasoe
city, Okinawa, for presenting the possibility of
enhancing the productivity by the collaboration
with 3D techniques of France and 2D of Japan
and the innovative image creations under the
guidance of“SUPINFOCOM”.
- 49 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
- 50 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
論 文
中小企業・ベンチャー企業クラスター地域の比較研究
Comparative examination in small and medium enterprises and a venture business cluster area
新潟経営大学 宮 脇 敏 哉
Miyawaki Toshiya
Niigata University of Management
要旨
日本における中小企業の調査を四ヶ所でおこなった。
中小企業の経営戦略がどのようになっているか、さらに新技術開発が可能なのかを検討した。
多くの中小企業を調査して、検証をおこなって、結果を提示できたと考える。
結果として新技術によって環境機器を開発できる可能性があると明らかになった。
Summary:
Small and medium enterprises were investigated at four points in Japan.
It was considered whether a new technical development happened to and the management strategy of
small and medium enterprises were investigated.
As a result it was revealed that there is a possibility that environmental equipments can be developed
by the new technology.
はじめに
する先端技術開発型および新ビジネスモデル型企
日本における中小企業・ベンチャー企業クラス
業」である。
ター地域の調査研究は、2008年東大阪市(東大阪
ベンチャーキャピタルの定義は「果敢に挑戦す
市地域研究助成金)をかわきりに2009年燕市・三
るベンチャー企業に果敢に投資するファイナンス
条市(新潟経営大学共同研究助成金)、2010年大
企業」である。
田区・北九州市(新潟経営大学共同研究助成金)
また、調査項目に出てくる「先端技術」は、
を対象として行った。研究テーマは「その地域に
「一般にまねのできない技術」、「一般技術」は、
おける先端技術、経営戦略を使った環境機器の開
「他社がまねのできる技術」とする。
発可能性」であり、東大阪市500社、燕三条両市
(以下燕三条とする)500社、大田区300社、北九
1.研究の目的
州市500社に対してアンケート調査を行った。調
日本を代表する中小企業・ベンチャー企業クラ
査対象企業は各地の製造業リストにより、無作為
スター地域4ヶ所(東大阪市・燕三条・大田区・
に抽出し、多くの項目を調査分析した。本研究に
北九州市)を比較研究することによって、地域
おいてはクラスター4ヶ所の10項目について中小
4ヶ所日本全体の中小企業・ベンチャー企業の現
企業・ベンチャー企業クラスター地域の比較研究
在の状況を明らかにすることができると考えた。
を行った。
特に経営戦略からみた中小企業・ベンチャー企業
中小企業の定義は、中小企業基本法1963年施行、
を要諦として取り組んだ。また、環境機器の開発
1999年改定の量的定義により、「製造業資本金
に関しては、新技術開発能力やコアコンピタンス
3億円以下、従業員300人以下、卸売業1億円以
があって初めて取り組めるものであり、本研究に
下、従業員100人以下、小売業5,000万円以下、50
よって日本の中小企業・ベンチャー企業のパラダ
人以下、サービス業5,000万円以下、100人以下」
イムが明らかになると考える。
である。ベンチャー企業の定義は、「果敢に挑戦
- 51 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
2.研究の特徴と仮説
条41社(41.1%)、東大阪36社(37.0%)、北九州
2008年から2010年に掛けて、日本を代表する中
市33社(35.5%)、大田区21社(30.0%)であった。
小企業・ベンチャー企業クラスター地域の1,800
(%はその地域における回答数に対するものであ
社に対してアンケート調査を行った。これまでも
る)
大田区と東大阪市の比較研究などは行われていた
調査地域におけるアントレプレナー度は、燕三
が、筆者の知る限り、アンケート調査に基づく東
条、東大阪市、北九州市、大田区の順で低くなっ
大阪市・燕三条・大田区・北九州市の4ヶ所にお
ている。地域の歴史は別にして、中小企業・ベン
ける比較検討は行われていない。よって、本研究
チャー企業クラスター地域としては燕三条が新し
は今までになかった研究分析である。
く、大田区が古いことが判明した。
仮説として「日本を代表する中小企業・ベン
70
チャー企業クラスター地域4ヶ所には多くのベン
60
50
チャーキャピタルおよびファンドが投資行動を
行っている」とした。
今後の日本経済発展の中心は、中小企業・ベン
チャー企業クラスター地域にあると考えている。
40
燕三条
30
東大阪
20
北九州
10
大田区
0
さらに、新製品開発を勘案すると環境対応機器開
発が一つのポイントになると思われる。
図表1 現代表者は起業家ですか
3.アントレプレナー
アントレプレナー(起業家)は、何もない所か
4.企業の成長ステージ
ら出現する。アントレプレナーは無の状態からし
4ヶ所の地域における中小企業・ベンチャー企
か発生していない。ある日、突然に「起業する」
業は、現在どのステージにいるのかを回答しても
という意思決定によって、アントレプレナーが企
らった。各ステージがあるが、シード期は種まき
業を起こしてスタートアップすることになる。多
期であり、これからの企業である。スタートアッ
くの意思決定が行われ中小企業・ベンチャー企業
プ期は、まさにスタートしたばかりの企業である。
が誕生している。起業に対するアントレプレナー
アーリーステージ期は、急成長期にある企業であ
の考えは「果敢に挑戦する」であり、失敗を恐れ
る。グロース期は安定成長期に入っている企業で
ずに前進する。起業家が多く育たなければ、その
ある。
地域の経済発展は見込めないのである。
60
調査の第1質問において、取りあげたのが、本
50
研究対象クラスター地域はアントレプレナーに
40
30
よって形成されたのかという問いであった。アン
燕三条
20
トレプレナーが多ければ、その地域が新しく将来
東大阪
10
性があると考えた。将来性があるということは、
北九州
0
大田区
その地域において起業する人が多くなり、その結
果企業立地に繋がると考える。
図表1において、現在の代表者がアントレプレ
図表2 現在の成長ステージ
ナーであるかの4ヶ所におけるデータを比較した。
「アントレプレナーである」と答えたのが、燕三
図表2において、各地域における中小企業・ベ
- 52 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
ンチャー企業のステージを提示した。4ヶ所の地
目指していないが80社(88.9%)であり、東大阪
域に共通したのがグロース期への集中であった。
市では目指しているが1社(0.9%)、目指してい
グロース期においては、燕三条35社(38.9%)、
ないが79社(77.5%)となっている。そして、北
東大阪市39社(38.3%)、北九州市50社(42.3%)、
九州市では目指している2社(2.2%)、目指して
大田区30社(42.3%)であった。グロース期は安
いない79社(84.9%)であり、大田区では目指し
定成長期であるので、中小企業・ベンチャー企業
ている、目指している1社(1.4%)、目指して
のクラスター地域としては、大変良い状況ではあ
いない58社(82.8%)であった。中小企業・ベン
るが、地域の将来性としてはシード期と考えた企
チャー企業クラスター地域の4ヶ所においては、
業が多数あった東大阪市が有望であると考えられ
株式上場を目指す企業は1~2社であると明らか
る。それは次のステージへステップアップする企
になったが、他のクラスター地域においても目指
業が多く、1社でも2社でもIPO企業へと繋がる
している企業は1~2社であると推定される。
からである。さらに、北九州市がスタートアップ
期であると考えた企業が他の3地域よりも多かっ
6.貴社の製品は先端技術か、一般技術か
たことは、東大阪についで有望であると考えられ
はじめにの項でも述べたが、「先端技術」は、
る。
「一般にまねのできない技術」、「一般技術」は、
「他社がまねのできる技術」とする。各企業には
5.株式上場を将来目指しているか
コアコンピタンス(中核能力)が必要不可欠であ
企業設立時に多くのアントレプレナーが掲げる
り、4ヶ所のクラスターでは同じようなグラフが
のが株式上場(IPO)である。株式上場を目指す
形成されたが、先端技術の所で違いが出ている。
ことは、創業者利益追求と地域貢献が達成できる
70
ことである。アントレプレナーは、株式上場を目
60
指す必要があると考える。それは、起業した企業
50
40
を社会に送り、社会に貢献する企業を育てること
燕三条
30
は地域発展の要諦をなすからである。
東大阪
20
北九州
10
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
大田区
0
燕三条
図表4 貴社の製品は先端技術か
東大阪
北九州
図表4において各企業のコアコンピタンスの状
大田区
況が明らかになった。先端技術を持っている企業
が多いのが大田区であり、次が燕三条、北九州、
東大阪市の順番となっている。大田区は航空機産
図表3 株式上場を将来目指しているか
業のメンテナンス用部品加工や医療用精密機械製
図表3において各地域の企業が、株式上場に対
造などが立地しているために、先端技術が多いと
してどのような考えを持っているかが明らかに
考えられる。燕三条ではレアメタル加工、研磨加
なった。4ヶ所に共通していることは、株式上場
工技術が多く蓄積されたクラスターであり、暗黙
を目指していない企業が多数を占めていることで
知度の高いクラスターと言える。北九州市は製鉄
ある。燕三条では目指しているが2社(2.2%)、
のクラスターであるが、近年のロボット産業、自
- 53 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
動車製造業の立地によって先端技術が蓄積されて
であった。北九州市ではイノベーション企業であ
いると考えられる。東大阪市は日本を代表する螺
る17社(18.3%)、一般企業である58社(62.4%)
子・ボルト加工産地であり、絶対外れない螺子を
であり、大田区ではイノベーション企業である23
開発するなど先端技術が多く存在している。
社(32.9%)、一般企業である37社(52.9%)で
調査によると燕三条の先端技術であるは14社
あった。
(15.6%)、一般技術である63社(70.0%)であり、
70
60
50
40
30
20
10
0
東大阪市では先端技術であるは先端技術である
は8社(7.8%)、一般技術である64社(62.8%)
であった。そして、北九州市では先端技術で
あるが13社(14.0%)、一般技術であるが62社
燕三条
東大阪
北九州
(66.6%)であり、大田区では先端技術であるが
大田区
23社(31.5%)、一般技術であるが41社(56.2%)
であった。
図表5 貴社はイノベーション企業か
7.イノベーション企業
イノベーションとは「変化・変革」、「技術革
8.ベンチャーキャピタルからの出資
新」である。シュンペーターの「新結合」からイ
多くの成長企業に対して投資行動するのがベン
ノベーションは生まれている。シュンペーターは
チャーキャピタルである。企業がシード期に出資
第二次産業革命時に内燃機関が登場し、それまで
を受けるのがエンジェルおよびエンジェルファン
と違った時代に入ったと述べている。しかし、当
ドであり、その後スタートアップ期より、ベン
時は遅い蒸気機関車よりも早い郵便馬車の連結を
チャーキャピタルおよびファンドが参入する。ベ
求める声があったが、今変化が起こっていて遅い
ンチャーキャピタルおよびファンドは日本国内の
蒸気機関車を早くするとこによって時代が変化す
有望な企業を発掘して果敢に投資している。本調
ると述べた。
査を行うにあたって仮説として「日本を代表する
その後、ドラッカーによって時代は変化しなけ
中小企業・ベンチャー企業クラスター地域4ヶ所
ればならないとイノベーションの重要性が説かれ
には多くのベンチャーキャピタルおよびファンド
た。ドラッカーは「企業家はイノベーションを行
が投資行動を行っている」した。
い」、「イノベーションを企業家の道具とする」
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
と述べた。さらに、イノベーションは富を創造す
る能力を資源に与え、それどころか、イノベー
ションが資源を創造すると述べた。
図表5において各クラスターにおけるイノベー
ション企業度が明らかになった。イノベーション
企業であると回答した企業数を見ると、大田区を
燕三条
東大阪
北九州
大田区
トップに北九州市、そして燕三条・東大阪市と続
いている。燕三条では、イノベーション企業であ
る14社(15.4%)、一般企業である63社(69.2%)
図表6 ベンチャーキャピタルからの出資があるか
であり、東大阪市では、イノベーション企業であ
図表6においてベンチャーキャピタルからの出
る14社(13.7%)、一般企業である67社(65.7%)
資状況が明らかになった。燕三条ではあるが1社
- 54 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
(1.1%)、ないが84社(93.3%)であり、東大阪
系、北九州市はどちらでもない1社と言う結果が
市はあるが2社(2%)ないが80社(78.4%)で
得られた。
あった。さらに、北九州市はあるが1社(1.1%)、
ないが89社(95.7%)であり、大田区はある0社
9.コアコンピタンス
(1.1%)、ないが67社(93.3%)であった。
中小企業・ベンチャー企業にとっての経営戦略
日本を代表する中小企業・ベンチャー企業クラ
で要諦となっているのがコアコンピタンスである。
スター地域には多くのベンチャーキャピタルが参
大企業に果敢に挑戦するためには、他社のまねの
加していると仮説を立てたが、検証の結果として
できない中核技術が必要不可欠となっている。コ
ベンチャーキャピタルの導入が少ないことが判明
アコンピタンス経営と言う言葉が定着している現
した。
在では、各企業内部において自社のコアコンピタ
ンスは何なのかを確定する必要がある。そして、
120
コアコンピタンスをブラックボックス化して競争
100
優位を保ち、企業経営を行わなければならない。
80
図表9における調査結果から、コアコンピタン
燕三条
60
スを多く持つクラスターは大田区であり、続いて
東大阪
北九州
40
東大阪市、燕三条、そして、北九州市となってい
大田区
る。
20
0
無回答
1社
2社
3社
40
35
図表7 ベンチャーキャピタル何社から出資を受けているか
30
25
図表7においてベンチャーキャピタル何社から
20
出資を受けているかは、燕三条が1社から出資を
15
受けている企業が1社であり、東大阪市では2社
5
燕三条
東大阪
10
北九州
大田区
0
からと3社から出資を受けているが各1社であっ
た。さらに、北九州市の1社も1社から出資を受
けている。
図表9 コアコンピタンスの有無
120
図表9においてコアコンピタンスの有無の結
100
果がでている。燕三条ではあるが31社(34.4%)、
80
60
燕三条
40
東大阪
20
北九州
0
大田区
ないが34社(37.8%)であり、東大阪市ではある
が36社(35.3%)、ないが35社(34.3%)であった。
そして、北九州市ではあるが31社(33.3%)、な
いが33社(35.5%)であり、大田区ではあるが37
社(37.8%)、ないが24社(34.3%)であった。
図表8 出資を受けているベンチャーキャピタル上位3社の経営母体
10.環境対応製品開発
次に図表8において出資を受けているベン
本調査における要諦の一つは環境対応製品開発
チャーキャピタル上位3社の経営母体を調査した
が可能かである。4ヶ所の調査の最終目的は、経
が、燕三条は独立系1社、東大阪市は1社が銀行
営戦略を駆使して環境対応製品開発が今後の企業
- 55 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
が生き残る道の勘案であった。つまり、製品開発
比較検討によって、大田区を筆頭に北九州市、東
をおこなう時に、どの製品が将来性があるか考え
大阪市、燕三条共に環境対応製品開発が可能であ
ると、パラダイムとしての環境が一つの要素に
ると明らかになった。
なっている。図表10において特徴としては、すで
に環境対応製品開発をしたと回答した企業が多く
図表11 クラスター地域の環境対応製品開発可能性
クラスター地域
存在したことであった。大田区をトップに北九州
可能性企業数と地域における%
市、そして、東大阪市、燕三条の順であった。ま
1.燕三条
19社(20.7%)
た、環境対応製品開発が可能であると多くの企業
2.東大阪市
25社(24.5%)
が回答している。東大阪市をトップに北九州市、
3.北九州市
26社(27.6%)
そして、大田区、燕三条と続いている。
4.大田区
25社(35.8%)
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
本研究の結論
中小企業・ベンチャー企業クラスター地域4ヶ
所の10項目に亘る比較研究を行ったが、第一に日
燕三条
本各地にあるクラスターが同じような傾向を示し
東大阪
北九州
ていることが明らかになった。第二に仮説であっ
大田区
た「日本を代表する中小企業・ベンチャー企業ク
ラスター地域4ヶ所には多くのベンチャーキャピ
タルおよびファンドが投資行動を行っている」で
図表10 新たな環境対応製品開発は可能か
あるが、各クラスター地域においては0~2社の
図表10による新たな環境対応製品開発は可能
ベンチャーキャピタルおよびファンドからの投資
かの問いに積極的な回答を得ている。可能かに
しか確認できなかった。よって、クラスター地域
ついて燕三条では、はいが15社(16.7%)、いい
においては、ベンチャーキャピタルおよびファン
えが28社(40.2%)、すでに開発しているが4
ドの動きはあまり見られないと言える。第三に
社(4%)であり、東大阪市では、はいが19社
4ヶ所において判明した特徴としては、燕三条で
(18.6%)、いいえ41社(40.2%)、すでに開発し
は、現代表の起業家の割合が高いが、株式上場は
ている6社(5.9%)であった。北九州市では、は
目指していない傾向がある。東大阪市ではコアコ
いが18社(19.1%)、いいえが28社(29.8%)、す
ンピタンスを持つ企業が多く、環境対応製品開発
でに開発している8社(8.5%)であり、大田
に対する考えがはっきりしており、意見が明確に
区では、はいが16社(22,9%)、いいえが22社
出ている。北九州市では現代表者が起業家でない
(31.4%)、すでに開発している9社(12.9%)で
との回答が多く、クラスター形成の歴史を感じる
あった。
ことができ、さらに、成長ステージではグロース
ここで、「はい」と「すでに開発している」を
期であるとの回答が多くあった。大田区では先端
環境対応製品開発可能と見ると、以下のようにな
技術、イノベーション企業、コアコンピタンス共
る。
に回答が多く、高い技術力を保持している。そし
図表11による各クラスターにおける比較検討に
て、環境対応製品開発の技術力も高い水準にある
よって、クラスター全体企業数の各%を計算する
ことが明らかになった。
ことにより、各クラスターにおける環境対応製品
開発可能企業数が推定可能となる。クラスターの
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
今後の課題
日本を代表する中小企業・ベンチャー企業クラ
スター地域を3年間に亘り調査研究し、4ヶ所の
クラスターを比較研究できた。しかし、4ヶ所の
調査で日本全体の傾向が述べられるか再考する必
要があると考える。今回の研究対象クラスター地
域の規模が大きく、結果として同じような傾向が
判明したのかもしれない。よって、今後の課題と
しては、規模の関係にとらわれずに、他の地域の
調査研究を行う必要があると考える。
おわりに
3年間に亘って調査研究を行い一定の結果を出
せたことは、良かったと思われる。しかし、当初
想定した調査内容が多岐に亘り、焦点がぼやけた
かもしれない。当初は各クラスター地域の企業が
先端技術により、環境対応製品を創出するための
研究であり、経営戦略を使った環境機器の開発可
能性を探るとした。よって、調査項目に経営戦略
のイノベーション、コアコンピタンス、シナジー
(4ヶ所の比較研究では登場してない)などを採
用した。
また、仮説としたベンチャーキャピタル関連に
ついては、想定から大きなずれがあり、仮説、検
証、結果の研究の重要性を再認識した。今後は貴
重な調査項目を、さまざまな手法で再度研究分析
して、クラスター研究を続ける
- 57 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
- 58 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
企業事例研究
ベンチャー起業:経営リスクとレピュテーションマネジメント
~株式会社 CHAPTER11の起業事例~
Venture Business:Business Risk and Reputation Management
~The company case of Chapter 11 Co.,Ltd ~
大阪市立大学大学院 経営学研究科 村 上 薫
(キーワード:起業意欲、経営リスク、レピュテーション)
はじめに:“ベンチャースピリッツの醸成”
氏は、筆者が教授として「ビジネス・リスクマネジ
新規創業企業にとって、成長への道は険しい。
メント」、「ベンチャー企業論」の講義を担当して
成長プロセスを維持して存続していくには、その
いた某経営大学院(ビジネススクール)で、筆者の
途中において幾多の困難が待ち受けている。一
科目の受講者、いわゆる教え子である。受講してい
般によく言われる研究開発型起業では死の谷
た時分から起業の意思を心の底に抱いていた。)
(The Valley of Death)、ダーウィンの海(The
Darwinian Sea)そして暗黒の砂漠(The Desert
1.ベンチャー企業の現代的概念
in dark)などが待ち受けている。ベンチャー
本稿で使用する概念について先行研究を考察
生存率は5年危機が最も叫ばれており、業種に
することにより、整理してみたい。一般にベン
よっては3年危機説まである。実際、昭和62年以
チャー、ベンチャー企業、ベンチャービジネス、
降に設立されたベンチャー企業は5年生存率が約
アントレプレナー、アントレプレナーシップ、企
70~50%、10年になると約45~35%というデータ
業家、起業家、企業家精神、起業家精神など実に
もある(村上薫2004、他)。
さまざまな概念があふれている。
本稿で取り上げたベンチャー企業は創立7年目
① ベンチャー、ベンチャー企業
であり、5年生存を果たし、さらに険しくなる6
ベンチャービジネス
~10年に突入している。そのベンチャー企業の創
ベンチャービジネス(Venture business)とい
業者はいかなるベンチャースピリッツを持ち、人
う用語は1970年に日本に初めて紹介された概念で
材を確保し、組織化し、人材育成を行い、取引先
ある(清成、1971)。最近ではあまり使用しない
から好ましい評判を得ているかについて検証して
傾向があるが、現代社会でビジネスという用語が
みたい。
日常的にも使用され定着されている用語であり、
ここで“ベンチャー企業”という表現をしてい
ベンチャーキャピタルなど定着していると考えら
るが、ベンチャーの定義の仕方によっては当ては
れるゆえ、筆者はあえてベンチャーという用語と
まらないかもしれない。しかし、最近の経済環境
ビジネスという用語を合体させて使いたい。筆者
の悪化、将来の見通しの暗さといった閉塞的状況
は、この用語が新規創業した企業が遂行しようと
下で何がしかの意思を持って起業意欲がある創業
する事業、あるいは既存企業が新規に展開しよう
者を取り上げることは、起業への関心を高めるの
とする事業をうまく表現していると考えている。
に貢献すると考え、事例として取り上げた。
次にベンチャー、ベンチャー企業とは何かとい
(ここで取り上げた企業の創業経営者の亀井寿光
う問題にぶち当たる。先行研究は極めて多くの含
- 59 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
蓄ある概念規定を示している。「創造的新規開業
ベンチャー企業とは、単に物まね・横並び的に何
企業」(清成、中村、平尾ら)として、知識集約
か利益をあげたいという願望から安易にビジネス
型をイメージした概念、既存の中小企業に対する
を遂行するだけの存在ではないということ、そこ
位置づけのイメージとして「成長意欲の強い起業
には意欲が感じられる起業家の存在があることは
家に導かれ、リスクを恐れない、若い企業で何ら
いうまでもない。
かの新規性を持っている企業」(松田ら)、シュ
最も的確かつ簡潔にアントレプレナーを規定し
ンペーターのいうイノベーション(革新性)を強
ているのが経済学者ペンローズ(Penrose,1959)
く意識し、中心に据えた「イノベーションクリ
である。ペンローズはアントレプレナーの要件を
エーターとしてのベンチャー(製品・サービスの
⑴新しい市場創出(New Market Creation)、⑵
革新性、新規市場創造)」の概念(清成、中村、
企業を起こすこと(To create an enterprise)で
大滝、坂本ら)、そして「成長」を強調し、ベン
あるとして、通常の企業経営者(Manager)の
チャー企業の要件としている例(松田、水野、大
役割と対比して規定した。通常の企業経営者の役
滝ら)、「独自性、新規事業、独立性」をクロー
割は⑴アントレプレナーのアイデアを実行に移す
ズアップさせ強調している例(忽那、明石、山
こと、⑵通常の管理業務を遂行することである
田)、「アントレプレナーシップ」を要件とする
と規定した(Hirata,Okumura,1995参照)。ペン
例(ティモンズ、松田、坂本)、「起業家活動と
ローズの規定は企業体内部(いわゆる企業内アン
革新性(イノベーション)」を要件とする例(金
トレプレナー)を意識したものであるが、鋭く企
井)、その他、リスク、ビジョン、規模・歴史を
業経営者との対比でアントレプレナーとは何かを
強調している例もある(金井、2002)、「革新的
表現している。この観点からすると、アントレプ
着眼点、コアとしての技術・サービス・ビジネス
レナーは“起業家”と表現するのが理解しやすい
モデル、意欲性、社会(市場)進出」を強調する
だろう。
例もある(村上、2004)。
筆者は以前ベンチャー企業を「起業家の革新的
② アントレプレナー、アントレプレナーシップ
な着眼点をもとに創出された技術・サービスやビ
アントレプレナーとは創業する人であり“起業
ジネスモデルを武器に、意欲的に社会(市場)へ
家”と同一概念であると考える。筆者はアントレ
うって出る企業」と規定したが、概念は時代の環
プレナーを「自分の革新的着眼点を具体的に社会
境変化と共に変わってくる。技術・サービスおよ
(市場)へ提供する意欲を持ち企業を起こす“起
びビジネスモデルで何ら際立った新規性を持たな
業家”」であると規定する。そしてアントレプレ
くて起業計画した創業者が事業を考えるプロセス
ナーシップを経営学的視点から「ビジネス創造プ
の途中で、その事業環境で欠落している何か、不
ロセスの実行能力」と考えたい。
足している何かを発見した場合もある。そういう
最近のベンチャー起業は経済社会状況を反映し
起業例も広くベンチャー企業として含めたいと考
て明るい話題は多くない。平成19年度中小企業白
える。したがって、現代的なベンチャー企業の概
書ではタウンページデータベースによる事業所
念を「起業家の革新的な着眼点を持って創業した
数、開業率と廃業率は、2001年から徐々に減少傾
企業、あるいは創業過程で何らかの新規性・独自
向は続いており2006年9月時点で開業率が4.6%
性を発見し、それをコアに意欲的に社会(市場)
に対し廃業率は7.5%と2001年9月以降ほぼ同じ
参加を意図する企業」と定義し、ベンチャー企業
ような傾向を示している。事業所数は2001年9月
の要件として「革新的着眼点の存在、コアになる
時点で691.6万社、2006年9月では609.7万社と5年
ものの存在、意欲的な起業家の存在」を挙げる。
間で約80万社の減少を示している。開業率は2001
- 60 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
年9月で4.5%であるのに対し、2006年9月では
設立年月日:2004年5月11日
4.6%とほぼ横ばい、廃業率は2001年9月で7.1%
資本金:1,000万円
に対して2006年9月時点では7.3%と微増を示し
売上高:非公開
ている。開業率では「情報・通信」の開業率が最
社員数:29名(平均年齢:30歳代前半)
も高く推移し、「事業活動関連サービス」の開業
経営理念:ベンチャースピリッツの醸成・飽く
率が上昇傾向にあると指摘している。廃業率の推
なき挑戦
移では、2001年度下期から2002年度の上期にかけ
取引銀行:三菱東京UFJ銀行、みなと銀行
て、ITバブルの崩壊の影響を受けて「情報・通
業務内容:システム開発業務(受託業務)、
信」の廃業率が一時的に高いが、しかし現在は落
人材派遣業務。
ち着いてきていると指摘している(中小企業白書、
ホームページ:http:// www.chapter11.co.jp
2007)。
政府肝いりでスタートした大学発ベンチャーは
1)起業
文部科学省科学技術政策研究所の2008年度末時点
創業者の亀井寿光氏は1976年熊本県生まれの現
における調査によると、新規設立件数が減少する
在34歳である。大学卒業後、アメリカに1年余り
一方で、株式公開、売却、清算などにより大学発
遊学し、アメリカ社会を肌で感じてきた経験を
で設立されたベンチャーに発展と整理という両極
持っている。その後に関西国際空港にて地上職
端の現象が見られていると述べている。また大学
(グランドホスト)の職(アルバイト)に就き、
発ベンチャーの関与者である研究者は産学連携や
40歳代の上司の姿を見て、自分の将来に不安を覚
ライセンシング意識が強く、特許取得や、特許出
えた。1年後、25歳頃に遅まきながら就職活動を
願から新たな共同研究へ発展した経験が多いこと
始め、業界選択のために工場系のアウトソーシン
も明らかにしている。大学発ベンチャーの設立
グ(ラインの請負)会社に入社した。そこでは多
累計は1.963社で、2004年度と2005年度の252社を
数の企業から請負業務を受注していたことから、
ピークに減少し、2008年度では90社に落ち込んで
多方面の業界を現場サイドから見ることができた。
いる。分野別ではライフサイエンスと情報通信の
更に請負の仕組み、ノウハウ(チーム作り、組織
上位2産業分野で大半を占めるとの結果である。
作りなど)を学んだ。これが後々の起業後に役に
大学発ベンチャーが起業後の活動は、株式公開
立つとは亀井氏はまだ判っていなかった。
が20社、売却が37社、清算・休眠が109社。特に
その会社の30歳代の経営者(起業家)の姿、生き
清算・休眠は毎年約20件を数えている。政策研究
ざまを見て、自分も起業への関心を持つように
所が指摘するように、大学発ベンチャーの課題は
なった。そしてマネジメントを学ぶことが重要だ
起業数の増加より設立後のマネジメントの問題に
と感じて、筆者が教授をしているビジネススクー
移行してきたと分析する。言うまでもなく、設立
ル(経営大学院)に入学した。亀井氏が26歳の頃
後のマネジメントの方が企業の存続と成長には不
であった。そのビジネススクールでは彼が最年少
可欠な重要事項である。
であり、30歳代から60歳代までの多種多様な企業
に勤務する同級生の働きながら学ぶという姿に強
2.企業プロフィール
烈な刺激を受けた。彼にとっては、一流企業で働
企業名:株式会社Chapter 11
きながら、それでも学びたいという熱意を持ち、
代表者:亀井寿光
大学院に来ている人もいるのだと大いなる刺激と
本 社:兵庫県神戸市
なった。
オフィス:東京都、京都市。
亀井氏の起業の最初の動機はアメリカから帰
- 61 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
国後の最初の職場での40歳代の上司の姿を見て、
に続いている。さらにIT業界にはジレンマがあ
自分自身の「将来に不安を感じた」ことであっ
る。ほぼ40歳代以上には仕事は少ないことがあげ
た。モリスによると起業動機には13の動因がある
られる。亀井氏はそれに対して帰属意識を与えら
(Morris,1998)。その内、6つがネガティブ動
れるような組織を作りたいと意欲を燃やしている。
因であり、あとの7つはポジティブ動因である。
それは彼が考える企業モデルに通じている。帰属
亀井氏の動因の一つはネガティブ動因の「生存」
意識の強い組織には社員の定着率が高く、すると
動因にあたる。他方はポジティブ動因の中の「自
社員の流動による技術移転・流出のリスクは少な
分の立場を向上させたい欲求」に合致する。それ
く、企業は高収益へとつながるという企業モデル
は自分の人生をコントロールしたい、自分の努力
になると当時は考えた。その結果、事業ドメイン
が報われる状況に自分の身を置いてみたいという
は、IT産業におけるアウトソーシングサービス
欲求の表れである。
事業ということになった。
2)起業する業種選択
3)創業時の経営リスクの克服
亀井氏が選択した業種は広い意味でのIT業界
一般に起業する場合、以前勤務して慣れ親しん
であった。IT系ベンチャーは日本における第三
でいた業界に関連する事業を開始する場合が業界
次ベンチャーブームといわれている1994年~2000
関連知識も持っているため不安感が少なく、始動
年には産・官・学によるベンチャーインフラが整
しやすい。しかし、亀井氏の場合はどうであった
備され、IT系分野の市場に大きな期待が掛けら
だろうか。
れた時代であった。1994年のアクセス、96年のヤ
ア)経営者・営業責任者として
フー、デジタルデザイン、98年のメガフージョン
実は亀井氏にはIT事業環境についての理解は
など有名企業が多数輩出した時期である。その後、
無かった。いわゆるIT出身者でなく、IT業界は
第三次ベンチャーブームはITバブル崩壊と金融
未経験者である。一方、アウトソーシングの仕組
貸し渋りにより終焉を迎えた。亀井氏がIT分野
は経験上知識を得ていたのである。これは起業家
にこだわるのは、ITバブル崩壊があったとして
にとって問題点(リスク)を、起業を考える時点
も、それでも将来にはITは必要な事業分野であ
で抱えていたことになる。事業経営上、専門性が
り、決して今後消滅する技術ではないと確信して
高い業界ほど最初に業界実務が未経験ということ
いたからである。
は、業界特有の小さい波の動きがわからない、つ
具体的にIT業界を選択した理由として亀井氏
まり波をつかめないという不安がある。次にプロ
はまず限りなく大きな将来性があること、工場請
グラミングの経験が無いということである。仕事
負モデルよりプログラミングの収益性が高いこと、
を受注する際の交渉時に頻繁に飛び交う専門用語
IT業界には特有のフリーランスがあること、つ
がわからなかった。営業展開上、これでは仕事に
まり専門性が高いこと、企業に帰属する意味が少
ならない、起業後の営業展開に大きなハザードと
ないことといった業界特性を挙げている。専門資
なる。亀井氏は克服するために毎日のように関連
格職種の流動性の高さと組織への帰属意識の低さ
する書籍などを読破し、自己研鑽に没頭した。
は医療業界でも同様に見られ、医師や看護師とい
イ)人材確保
う専門性が高い職種は組織の帰属意識は高くなく
個人事業でなく、法人事業である限り、組織を
他機関への流動性はかなり高い。またIT業界の
ひっぱっていく起業家として不充分であるテクニ
仕事の受注の流れはちょうどゼネコンと同様に元
カルな知識・経験を補う人材確保が急務である。
請から始まり、下請け、孫受けとチェインのよう
中小企業白書によると、創業・開業の準備期間中
- 62 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
の苦労として、質の高い人材確保は開業資金の確
4.企業指針(Corporate Credo)
保(48.6%)に次いで31.6%を占めている。つま
株式会社Chapter11のクレドは「対外的に、コ
りスムーズな事業展開には専門性が高い業界ほど
ンピューターを駆使して、多彩なコミュニケー
質の高い人材確保が極めて重要である。亀井氏は
ションを武器に、グローバルに挑戦しつづける
人的資源に関して「良い人材が背後におれば、仕
企業でありたい。そして、対内的にはChapter11
事は必ずやってくる」というポリシーを持ってい
メンバーが、心地よい空間で、魅力ある仲間と
る。その為に亀井氏が人材採用に際して取った行
共に、生涯を通じて自身の魅力を高める為の機
動は、応募者全員一人ひとりに時間をかけ、直接
会を提供できる場である事に責任を持った企業
面談し、じっくりと相手を観察したことである。
であり続けたい。」とある。それはホームペー
これは人材採用であると同時に、自分自身が人を
ジに掲載されている図に表現されている。その
見る目を養ったことに通じたと語る。最近は、新
図にはChapter11を中心に置き、その周囲を11
卒学生もそうであるが、就職面接のマニュアル化
の「C」が取り囲んでいる。11の「C」とは社
が進み、応募者がほとんど同じ答えを出すような
名のChapter11の頭文字の「C」を11個使用し
悪習がはびこってきている。これでは自分の会社
て表現されている。それらは、Communication
にマッチする人材かどうか判定は難しい。亀井氏
(コミュニケーション)、Challenge(挑戦、
のように時間をかけてじっくりと話すことで応募
チャレンジ)、Company(会社、社員、仲間)、
者の本当の姿が浮かんでくる。このようにして亀
Comfortable(快適さ、心地の良い)、Charm
井氏の不足するテクニカルな部分を補う人材が確
(魅力)、Career(生涯、キャリア)、Capability
保できた。まさに亀井氏のポリシーである「良い
(能力、伸びる素質、将来性)、Chance(好機、
人材が背後にいれば、仕事は必ずやって来る」基
チャンス)、Care(配慮、気配り、責任)、
盤つくりとなった。これが技術力を持つ企業で、
Computer(コンピューター)、そしてColorful
下請け企業としての評判を獲得する基盤となる要
(多彩な、華やかな)である。
因となった。
5.株式会社Chapter11の事業概要
3.会社名
株式会社Chapter11の事業はアウトソーシング
株式会社Chapter11という、知る人ぞ知る意味
サービス事業である。Chapter11のホームページ
を持つ社名であり、一般には日本語の社名にはな
によると、具体的な事業として、エンジニアリン
りにくい意味を持つ社名である。意味を知ればか
グ事業、サービス提供事業、システムコーディ
なりインパクトが強い社名である。
ネイト事業、市販のパッケージの導入支援事業、
これは亀井氏によると、理念として掲げる「ベ
ハードウェア機器の紹介・販売事業そしてホーム
ンチャー精神の醸成とあくなき挑戦」という“不
ページ制作事業と六事業から構成されている。中
退転の決意”を社名に表現したとのことである。
でも、エンジニアリング事業、サービス提供事業
亀井氏がChapter11という用語を知ったのは、
とシステムコーディネイト事業はコア事業である。
ビジネススクールでエンロンのケース分析を行っ
エンジニアリング事業は“地図情報システム”
たときであった。意味はアメリカの破産法である。
を応用した顧客の現場の課題解決を柱としてい
つまり会社名に破産法と命名したわけである、起
る。取引口座としての「顧客」管理からone to
業家として縁起が良くない名詞を社名に付けたが、
oneマーケティングを意識した「顧客」管理への
知る人ぞ知る意味であり、初対面でも話題性があ
転換を実現することが目標である。これは例えば
る会社名である。
新聞販売店における販売拡張営業支援への応用を
- 63 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
始めとして、会員組織、病院・介護施設、訪問販
早くしてもらうように交渉が可能な業界での事業
売などへの応用が実践されている。またGIS開発
展開であることである。
ツールの開発も手がけている。次のサービス提供
2004年5月設立登記の資本金は1万円(自己資
システムは業務パッケージシステムの提供と運用
金1万円)である。その後2年間は借入なしの経
が中心となる。中心は特定業務パッケージシステ
営ができた。現在は1千万円の資本金である。
ム開発企業に社員を派遣して開発業務に着手する
支援サービスである。さらにGISの応用としてア
7.起業直後の経営
ンケートとGISを組み合わせて顧客とテリトリー
起業直後の経営に関して、一般的に作成されて
の分析サービスも手がけている。第三のシステム
いる事業計画はたてていなかった。理想的事業計
コーディネイト事業とは、実務に即した情報シス
画は絵に描いた餅であるため、それでは日常生活
テムの構築が主要業務である。まず業務の把握か
はすごせない。技術系ベンチャーでよく聴く話で
ら始まり、分析そして業務改善へとサポートがつ
あるが日銭商売をして資金を稼がないと日常の給
ながっていく。これは人事。財務会計分野、医
与支払い等の運営資金が不足する。したがって、
療・介護分野、そして販売、顧客管理、CRM分
理想的事業計画は頭のなかで考えておき、日常生
野でサービスが提供されている。当然、システム
活に必要な資金を稼ぐ営業計画だけはたてていた。
企画、構築、プログラム開発に始まり、メンテナ
つまり目の前にある仕事を受注し、こなしていた
ンスまでカバーしている。
ということであった。テクニカルな会話ができな
このように、システムの提案、システムの開発
いのは大きなハザードであったが、京阪神の各企
を中心にした顧客ニーズへのスピーディな対応で
業(ITソフト会社)を規模とは関係なく1社1
きる機動力が売り物であり、亀井社長以下社員全
社営業に回った。大手企業からは当然のごとく門
員が挑戦する精神を持っている。
前払い、孫受け企業が話を聞いてくれる程度で
ビジネススキームとして、第一にシステム部が
あった。実は、亀井氏にとっては、この営業訪問
アウトソーシングされた請負業務(開発が中心)
で話をすること自体が業界の特殊な用語、専門技
を処理し、納品するというスキームと、次にシス
術用語、現場サイドのニーズなどを学ぶ場として
テム部のエンジニアがIT環境を有する顧客に出
大きな価値があった。
向いて処理し、開発するというスキームの両面を
8.マーケティング戦略と評判
持っている。
IT分野のアウトソーシングサービス事業にお
6.設立資金調達
けるマーケティング戦略について亀井氏は差別化
中小企業白書でも示されているように創業・開
戦略を採用した。後発創業ゆえ、コストリーダー
業の準備期間中の苦労の一番目にほぼ半数の創業
シップ戦略はとれない。創業当初のターゲットは
者が開業資金の調達を挙げている(48.6%)。ア
下請け、孫請け企業から確実に仕事を受注できる
イデアを具現化するための資金不足は「死の谷」
ことに集中した。大手企業や元請企業はターゲッ
に落下するリスク可能性が高くなることを意味す
トにしなかった。亀井氏自ら即断即決を基本にし
る。
て他社よりスピーディな意思決定する判断を売り
亀井氏の事業ドメインはIT業界におけるアウ
物にした。このスピーディな意思決定と亀井氏が
トソーシングサービス事業である。その資金調達
選抜した専門職群の質の良い成果が取引先の評判
に対する考え方は、事業自体が仕入れ不要の労働
を呼び事業展開において重要な基盤となった。
集約型事業であること、業界慣例として支払いを
- 64 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
評判(Reputation)を構成する要素には製品・
遅れて表面化するのは、IT投資は意思決定の最
サービス、労働環境、社会的責任、ビジョンと
後になるため、であると亀井氏は語る。
リーダーシップ、財務的成果がある(Larkin,
2003)。製品・サービスの評判を構築するには品
10.経営リスクマネジメント
質が重要な要因である。アウトソーシングサービ
事業成長の足をひっぱるリスクについて、亀井
ス事業の品質には他社と差別化するコアな部分が
氏は人材確保を挙げる。業界慣習として多くのエ
必要である。亀井氏の営業におけるテクニカル知
ンジニア(プログラミング技術者)は自分の専門
識・経験の不足は致命的な欠陥とも言えるが、そ
的スキルが向上し、それにつれて賃金が右肩上が
れを亀井氏が長時間かけて面接し集めた優秀な人
りになるのが通例である。特にフリーランス技
材がカバーすることで、トップのスピーディな意
術者は自分の腕次第で稼げるので高給取りも多
思決定と優秀な社員の技術説明がうまくかみ合い
い、また手取りが急上昇するケースも多い。一方、
相乗効果を生みだした。当時、それが強みとなっ
Chapter11では賃金の上昇カーブは緩やかである
たと亀井氏は回顧する。
ため、退職者が多発するリスクがある。
取引先の信用を地道に蓄積することは、それが
前述したように、人材の定着性がサービス商品
評判をつくり出すことになる。評判をマネジメン
を品質と評判の基ゆえ、人材確保の戦略を転換す
トすることは、いくら企業側が評判を意図的に作
ることが必要ではないかと感じられる。亀井氏は
り出そうとしても簡単に作り出せるものではない。
賃金アップを確保するには、ビジネスのターゲッ
あくまで顧客側に例えば「いい仕事をする」など
トを変えていくことの必要性も感じている。つま
の評価意識が自然に芽生えないと良い評判は生ま
り、今まで地道にしてきた下請け、孫請けから、
れてこない。Chapter 11に仕事を依頼すると、問
元請をターゲットにするという商流を変えていく
題が解決できるという評判は業績にリンクした。
考えを持っている。
3年目あたりでやっと顧客の信頼が得られ、将来
もう一つのリスクは成長戦略との兼ね合いがあ
の展望が見えてきたと亀井氏は話す。創業から2
る。それは大きな成長には今のままでは限界があ
年目までは、いわゆる日銭稼ぎのために亀井氏個
るということである。それは、今までのターゲッ
人として本業以外の仕事もせざるを得なく、収入
トが下請け、孫請けなどであるため、企業名が表
を会社に入れることになった。これは技術系ベン
にでていないということである。過去の日本の家
チャーでもよく聞く話である。4年目になって初
電産業でも、アメリカの流通企業のOEMとして
めて亀井氏が想定していたレベルに達した。
家電を製造し輸出してきた経験があるが、それと
同様に下請けやOEM製造では自社ブランド名は
9.成長プロセス
表には出てこない。
現在、7年目である当該企業の成長のプロセス
自社ブランドを表に出すことにより、この状
を概観すると、初年度から3年目までは徐々に成
況を打開することがChapter11の将来の存続・
長していたが、急成長を見せたのは4年目からで
成長につながると亀井氏は考えている。また
ある。しかし、第6期(2009年4月から2010年3
Chapter11で働くエンジニアにとっても新しい分
月)において売上減少した。亀井氏によると、業
野への挑戦は技術者冥利につき、モチベーション
界の趨勢として主要企業であるFS社、I社、N
が高まると考えられる。
社、F社なども売上は下落している。それは発注
元の企業がリーマンショックによって不況の波に
11.組織形態
洗われていることが原因である。時期的に影響が
創立当初から組織は大きく変えていない。代表
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
取締役の下に取締役会が位置し、その下に総務部、
理解しているからである。もはや高価格で購入す
営業部、システム部の3部構成である。2007年度
る時代ではないということである。ソフト市場に
からシステム部の中に第1部と第2部を設け、更
は新規参入が増えてくると予測する。それは特許
に2008年度からシステム部の中に1課、2課を設
切れを使った製品である、医薬品業界でいうとこ
置して、機能的に活動できる体制を構築した。人
ろのゾロ品に類似する現象である。そこでは優位
材不在の創立時には亀井氏自身が総務と営業機能
性をどこに求めるか、付加価値をどこに求めるか、
を分担していた。
新規性をどこに求めるかが今後の企業家として克
このような専門職中心の企業組織を考える上で、
服すべき大きな課題であると考えられる。
社員全員がシステムエンジニアとして専門職であ
るならば、オーケストラ型組織形態も視野に入れ
まとめ
ていいのではないかと思われる。亀井氏の強力な
亀井社長が創業したChapter11はとりたてて驚
リーダーシップの下に、社員全員が専門職として
くほどの「新規性」はない、IT系ベンチャーは
自律的に知識を習得し、技術を向上させていくな
山ほど存在する。創業してから発見した着眼点が
らば、亀井氏はコンダクター(指揮者)として、
あっても「革新的着眼点」といえるほどのもので
専門職(者)を業務ごとにつなぎ合わせ(ネット
はない。「コア」になる技術は持っていなかった。
ワークをつくり)、一つの仕事を完遂するような
「意欲性」は多いにある。「社会性」もあるとい
仕組みも効果的ではないかと考えられる。これは
える。従って、本稿の冒頭で解説したベンチャー
今後の課題である。IT専門職として組織に人材
企業概念とはいえない創業であるかもしれないが、
を定着させると共に、効率よく働いてもらうため
現在の閉塞した社会経済環境下で創業するチャレ
には、IT専門職の関心を高め、モチベーション
ンジ精神は評価できる。創業から7年目を迎えて
を高める分野(腕がふるえるような新しい業務)
いることは、起業後の死の谷(資金調達という意
を開拓することも必要となろう。
味での)はうまく渡りきり、現在は暗い砂漠に差
し掛かっている段階である。目標を見失わないよ
12.今後の事業展開
うに砂漠を一歩ずつ歩み、存続し成長するための
亀井氏は事業拡大戦略を志向している。今まで
戦略を考えることが重要であることはいうまでも
は下請け志向ゆえ、取引先では評判は獲得できて
ない。自社ブランド開発戦略は、現在の下請け的
いるが業界全体では知名度は皆無であり、サービ
事業形態では発注元の景気に大きく左右される下
ス品質の評判は獲得できていない。つまり下請け
請け企業の宿命ともいえるリスクを保有している
では社名はどこにも出てこない。丁度、日本の家
が、それを打破しないと安定した存続・成長は見
電企業が海外進出時に手がけたOEM製造と同様
込めないと考えられる。これからの企業家として
である。売上には寄与するが海外市場では自社商
の亀井氏の手腕に期待したい。
品ブランド名が消費者に伝わらない、ということ
ここで株式会社Chapter11をあえて取り上げ
は将来の事業展開では不利であることを意味する。
たのは、ITベンチャーというと何か極めて新規
亀井氏は、商品開発戦略として自社ブランドを
的・画期的な開発がメディアで取り上げられ脚光
構築する希望を持っている、つまり自社でソフト
を浴びているが、全ての起業がそうであるとは限
開発し、上市したいという希望である。また多角
らないということを示したいとともに、社会には
化戦略として、権利関係が切れたソフトを使い、
Chapter11のような創業も存在し、社会に何がし
それに付加価値をつけて販売したいと考えている。
かの貢献をしているということを示したかったか
それは亀井氏自身が将来の競争環境を次のように
らである。こういう起業も意欲を持って社会に
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
打って出るベンチャーといっていいのではないだ
レナーの戦略思考技術』ダイヤモンド社、2002
ろうか。
年。
(本事例研究は2010年10月5日、株式会社Chapter11
10.ロナルド・J・オルソップ著、トーマツCSR
の神戸市の本社にて筆者による亀井寿光氏へのイン
グループ訳、『レピュテーション マネジメン
タビューおよびメール情報をベースにして作成され
ト』日本実業出版社、2005年。
た。多忙な中、日程を調整していただき、事例研究
11.Sexton, D. L. &
Entrepreneurship : Creativity and Growth.
に取り上げることを快諾していただき、さらにイン
タビューに快く応じていただいた亀井社長に記して
Bowman-Upton, N. B.
MacMillan Publishing Company, 1991.
感謝する。)
[参考文献]
1.中小企業庁編『中小企業白書平成19年度版』、
㈱ぎょうせい。
2.Hirata, M. & Okumura, A. Networking
and entrepreneurship in Japan. pp:109~123
in International Entrepreneurship edited by
Birley and Ian C, MacMillan, Routledge, 1995.
3.株式会社 Chapter11 ホームページ
4.科学技術政策研究所「大学発等におけるベン
チャーの設立状況と産学連携・ベンチャー活動
に関する調査」2010年9月。
5.Larkin, Judy (2003).Strategic Reputation
Risk Management
PALGRAVE MACMILLAN, NY.
6.Morris, Michael H.(1998)
Entrepreneurial Intensity :Sustainable
Advantages for Individuals, Organizations,
and Societies. QUORUM BOOKS 、Westport,
CT.USA
7.村上薫、「ベンチャービジネスと成長戦略…
国際ブランド導入に見るベンチャー成長戦略の
一事例…」関西ベンチャー学会 国際化研究部
会発表論文、2004年1月、および『中小企業白
書 平成11年版』P.228より。
8.Penrose, E.T.(1959)The Theory of the
Growth of the Firm. Basil Blackwell & Mott.
LTD.
9.リタ・マグレイス, イアン・マクミラン著、
大江建監訳、社内起業研究会訳、『アントレプ
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
要 旨
昨今の社会経済環境不安定化において積極的に
チャレンジして起業する事例は一時ほど多くない。
しかし、そのような中で積極的に起業を目指し,
起業家になった若い人の存在を取り上げる。決し
てベンチャーという概念にぴったり合致するとは
いえないが、心に秘めたる起業意欲を持って船出
した株式会社Chapter11の創業者の事例を取り上
げ、起業への関心を高める一助になれば幸いであ
る。当該事業分野は広い意味でのIT分野である
が、ITとはいっても、受託事業を専門にするア
ウトソーシング業である。船出から経営リスクに
直面し、いかにリスクを避け、委託先から信頼を
勝ち取り、業務の評判を獲得して企業経営者に成
長したかを検証する。獲得した評判を基礎に、将
来の存続・成長にとって不可欠な新たな事業展開
について、直面する経営リスクについてどのよう
に考えているかも検証する。
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
研究ノート
職業体験施設を考える
Consideration about Occupation Experience Institutions
日本経済新聞社大阪本社クロスメディア大阪営業局 坂 川 弘 幸
Hiroyuki Sakagawa
Cross-media Advertising & Business Osaka Bureau, Nikkei inc.
(キーワード:成り切り、もてなし、歩留まり)
はじめに
以上先まで取れない状況になっていた。経営は黒
関西ベンチャー学会文化資産部会では、2009年
字だという。
11月から2010年4月にかけて、「職業体験施設を
関西ベンチャー学会文化資産研究部会では、
考える」をテーマとする例会を4回連続で行った。
2009年11月に「キッザニア甲子園」を、2010年2
今も多くの利用客で賑わう「キッザニア甲子園」
月に「私のしごと館」を視察。それぞれの施設を
と、閉館に追い込まれた「私のしごと館」という、
運営するキッズシティージャパンと、株式会社コ
2つの職業体験施設を実際に視察し、なぜ明暗が
ングレのスタッフに、現状についての説明を聞い
くっきりと分かれることになったのかを考えるこ
た。
とによって、職業体験施設が成功するための条件
・単純な比較はできないものの、両者の来場客に
を明らかにしようというのがその内容である。4
は2.7倍の開きがあった。私のしごと館の30万
回の議論を通じ浮かび上がってきた、職業体験ビ
人という数字は海遊館(約180万人)などと比
ジネス成功の条件を、自分なりに整理し、私見と
較すると健闘していると見られなくもないが、
して以下に記してみたい。
職業体験ゾーンだけでなく、適性診断コーナー
や展示学習コーナーなどを併設していたことを
キッザニア甲子園と私のしごと館の比較
考え合わせると、やはり少ないと言わざるを得
日本における有名な職業体験施設としては、独
ない。
立行政法人雇用能力開発機構が関西文化学術研究
・両者の決定的な差はまずアクセス。私のしごと
都市(学研都市)内に建設した「私のしごと館」
館は、大阪から行く場合、JR学研都市線経由
と、株式会社キッズシティージャパンが東京と甲
で京橋から祝園まで45分、近鉄けいはんな線経
子園に展開する「キッザニア」があるが、私のし
由で本町から学研奈良登美ヶ丘まで40分かかり、
ごと館は2010年3月末をもって閉館、残された
そこからさらにバスまたはタクシーを使わなけ
建物の有効利用策が問題となっているのに対し、
ればならなかった。キッザニア甲子園は阪神電
キッザニアの場合は2006年開館の東京が年間およ
鉄甲子園駅から徒歩で行ける圏内。ちなみに、
そ90万人、2009年開館の甲子園も年間およそ80万
キッザニア東京も江東区の豊洲駅(東京メトロ
人の入場者を集める盛況となっている(注1)。
及びゆりかもめ)から徒歩8分と交通至便な地
週末の予約は東京の場合3カ月前に売り切れるほ
にある。
どで、甲子園も視察時には、週末の予約が1カ月
・入場料はキッザニアの方が高いが、これは職業
(注1)2010年10月26日付日本経済新聞朝刊14ページ
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
体験料がコミになっている。私のしごと館の
・体験できる仕事の種類は倍近くの差があった。
体験料は職業にもよるが、一体験あたり300~
しかも私のしごと館は京都や奈良などの伝統工
1,000円の体験料が別途必要だった。一日3種
芸にやや偏りがちであった。(ただし、しごと
類以上の職業を体験した場合、むしろ私のしご
館には親子で楽しめる特別体験など、キッザニ
と館の方が高くつくケースが想定された。
アにはないメニューもあった)
両施設の概要は、表にして比較してみると次の通りである。
私のしごと館
関西文化学術研究都市
京都府精華・西木津地区
開
キッザニア甲子園
西宮市甲子園八番町
ららぽーと甲子園
館 2003年10月
建 設 主 体
2009年3月
独立行政法人雇用能力開発機構
(運営は㈱コングレに委託)
㈱キッズシティージャパン
敷 地 面 積 約80,000平方メートル
従 業 員 数
約6,000平方メートル
約10名(国が運営していた時には44名い 正社員10名(契約社員含めると約50)他ア
た)他契約社員約200名
ルバイト約700名
年 間 来 場 客 約30万人
約80万人(推定)
体験可能職業 45種類
80種類
入
場
料
一般700円、大学生500円
中高生300円、小学生200円、(体験料別)
大人1,800円、こども3,100円(平日第2部料
金)~4,300円(休日第1部料金)
近鉄京都線・新祝園駅またはJR学研都市
線・祝園駅下車 バス7分、
阪神甲子園駅下車、徒歩8分
ア ク セ ス
近鉄けいはんな線・学研奈良登美ヶ丘駅下
車 バス15分
(2010年2月現在)
(2009年11月現在。料金は2011年2月現在)
閉館した私のしごと館
く掲出することができるが、しごと館ではスポン
両者を視察した限りでは、職業体験の方法にも
サーの名前を掲出することはできないという違い
明確な違いがあった。キッザニアが子供たちに
もあった。これらの違いはつまるところ、民間の
「楽しみながら職業体験をしてもらう」という考
エンターティンメントビジネスであることと、官
えを明確に打ち出し、後述するようにテーマパー
営の職業体験施設・研修施設であることの違いで
クとして「なりきり体験」ができる一種独特の空
ある。
間を演出しているのに対し、小学生から高校生ま
官業であっても、施設を存続させるためには採
での幅広い層を対象としている私のしごと館には、
算を考える必要があるが、私のしごと館の場合は、
そういった空間の演出は見られなかった。また、
最初から採算を度外視したとしか思えない、甲子
キッザニアでは若いスーパーバイザーによる和気
園球場2個分の約8ヘクタールの広大な土地に、
あいあいとした雰囲気での職業指導が行われてい
延べ床面積だけでも約35,900平方メートルという、
るが、私のしごと館の指導は本物の職人。厳しい
海遊館より巨大な施設を作った(総工費は581億
雰囲気での指導が行われていた。
円)ため、光熱費を初めとする経費が、ピーク時
さらに、キッザニアでは各種の職業体験ができ
には年間20億円ほどかかっていた。
るパビリオンごとに、スポンサーが自社名を大き
2008年9月に民間企業のコングレが運営委託を
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
受けてからは、ピーク時に44名いた従業員数を10
ある。また、ままごと遊びが大好きな子供たちは、
名に減らし、使用する電力の業者も入札にかける
将来何になりたいかをたずねると、種類は限られ
など、経費の徹底的な削減に踏み切っている。そ
るものの、たいていははっきりと答えることがで
れでも年間およそ10億円の収入に対し、経費は15
きる。大人になって何かの職業につき、おカネを
億円ほどで、大幅な赤字は解消されず、閉館に追
稼ぎたいというのは、ほとんどの子供たちが持っ
い込まれた。
ている夢なのである。
キッザニア甲子園が用意している職業は、私の
人気を集めるキッザニア甲子園
しごと館の2倍近いおよそ80種類。しかも、私の
一方の「キッザニア甲子園」はキッズシティー
しごと館が伝統工芸などやや偏りがあるのに対し、
ジャパンが運営する、純粋な民間ビジネスであ
ものづくりからサービス、医師や消防士に至るま
る。この職業体験テーマパークをメキシコで創始
で、バラエティーに富んでいる。このため、キッ
したキッザニア創業者のハビエル・ロペス氏によ
ザニアの内部がそのまま、あらゆる店や施設が集
ると、キッザニアの事業モデルには2つの側面が
まる「街」となっている。子供たちはこの「街」
あり、教育と娯楽を融合した「エデュテインメン
で仕事をし、「キッゾ」という通貨の給料をもら
ト」を提供すると同時に、スポンサー企業にとっ
い、その通貨で買い物をしたり銀行預金したりと
てのユニークな広告媒体になることであるという
いうことまでできる。自分たちが「街の主人公」
(注2)。
になれるのである。
民間ビジネスが社会の一員として追求しなけれ
また、キッザニアに入るためにはパスポートが
ばならない使命は、次の2つである。
必要であり、パスポートを使って入場ゲート(実
①明確な使命感・目的感を持って、社会に貢献し
物大の旅客機の機首部分を展示するなど凝った作
続けること
りになっている)をくぐると、縮尺3分の2の街
②ビジネスを継続させるため、売り上げ拡大とコ
という、日常の風景から離れたまったくの「異空
スト管理の意識を持ち、利益を追求すること
間」が出現する。この「異空間」というのは、実
キッザニア甲子園を視察して感じたのは、この
は子供たちに夢を持ってもらうための大切な要素
2つの目的を追求する姿勢が明確に感じられるこ
だ。東京ディズニーランド(TDL)が大成功し
とである。それが今のところ、新しい職業体験ビ
ている大きな要因も、TDL内部から外の景色が
ジネスを成功に導いている理由だと考える。
まったく見えないという工夫をして「異空間」を
①について言えば、もともとキッザニアの事業
作り上げていることだからである。
モデルはメキシコで生まれたものであり、それは
子供たちはこの異空間で、様々な職業を体験す
「どんな境遇で育った子供にも、職業が自由に選
ることができ、しかもスポンサーが用意した制服
べるという夢を持ってもらえる場所を提供した
まで着用することができるので、完全に「成り切
い」という発想から生まれたということ。その使
る」ことができる。子供と保護者共通のブレス
命感がキッズシティージャパンに受け継がれてい
レットを入場時に身に付けるという、場内で迷子
る。
になっても安心なシステムを採用しているため、
次代を担う子供たちに「夢を与える」というの
子供たちは安心して親から離れ、一人で職業人に
は、大切な社会的使命である。すべてのテーマ
「成り切る」。
パーク・遊園地はその使命感で動いているはずで
この「成り切り」こそが、最大のミソである。
(注2)2010年10月26日付日本経済新聞朝刊14ページ
- 71 -
JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
給料受け取りも含めて「成り切り」を体験した子
付き添いの親たちも含めて、企業に対する来場者
供たちは、ほかの仕事もしたいという動機にから
のイメージ向上につながるという意思が働いてい
れることは十分考えられる。滞在時間が最大6時
るのは間違いない。親にその企業の製品やサービ
間と限られ、せいぜい4~5種類くらいの仕事し
スを今まで以上に利用してもらうのはもちろん、
か1回では体験できないことから、彼らはリピー
子供たちが将来、その企業への就職を考えるよう
ターとなって何回も訪れることだろう。
にまでなってくれればという思惑も働くだろう。
そのことはTDLのリピーターの多さでも証明
また、このスポンサー名を大きく掲げることが
される。古くは1970年の大阪万博が6,400万人も
できる点は、「企業イメージを損ねてはまずい」
の入場者を集めたのも、奇抜なパビリオンが林立
ということで、それぞれが、指導員へのOJT教育
する「異空間」に圧倒された入場者が、何回もこ
を徹底するなど、内容の充実を図り参加者を増や
の「異空間」を体験したいというリピーターと
す努力をすることにもつながっていると考えられ
なったためと考えられる。
る。これが体験者同士の口コミなどで伝わり、実
なお、TDLによると、リピーターを増やすた
際に入場者を増やすという好循環を呼んでいるの
めのもう一つの大事な要素は接客態度、徹底した
ではないか。
「おもてなし」だそうだが、この点もよほど指導
キッザニア甲子園は80種類の仕事を用意してい
員への教育が徹底しているのだろう。キッザニア
るが、1種類あたりの参加人数は10人程度と制限
甲子園を視察した限りでは、申し分がなかった。
があり、キッザニア甲子園全体でも入場可能人員
指導員はすべてアルバイトであり、アルバイトへ
は1日(2回の入れ替え制)3,000人ほどだ。こ
の教育は入社時にキッズシティージャパンの教育
のため常にほぼ満員の状況で歩留まりは良い。ま
担当が2日間かけて行うのみ、あとはOJTとのこ
た、これだけの種類の仕事を用意しているにもか
とだが、彼らの優しくしかも熱心な指導ぶりを目
かわらず、正社員は10名で、前述したように指導
の当たりにする限り、これは驚嘆すべきことだと
員を含め大半はアルバイト。コスト意識も徹底し
思う。アルバイト自身にやりがいを持たせること
ている。
に成功している証であるからである。
今後の課題
◇
キッザニアが新しい事業モデルと呼ぶ、教育と
娯楽を融合した「エデュテインメント」。この職
リピーターを増やすことは、②の売り上げ拡大
業体験ビジネスモデルが今後さらに発展を続ける
―利益追求にとっても、大事なことである。何度
かどうかの課題としては、まず、厳しい経済情勢
も来なければ全部の職業が体験できないほど、多
が続く中で、いかにスポンサーをつなぎとめ、ま
くのスポンサーを集めることに成功したことが、
た、新たなスポンサーを開拓することができるか
まずビジネスとして順調なスタートが切れた大き
ということが挙げられよう。キッザニア甲子園の
な要因である。
収入の内訳は、スポンサー収入が30~35%、入場
キッズシティージャパンによると、企業の社会
料収入が50%、残りが飲食店などの売り上げと
的責任(CSR)に対する要請が高まる中で、「子
なっており、意外にスポンサー収入のウエートが
供たちに働くことに対する夢を与え、楽しく学べ
高いからだ。
る場を提供する」という趣旨に賛同する企業が多
また、リピーターをどれだけの期間引き付けら
いということだが、もちろん、キッザニア内では
れるか。80種類の仕事があるといっても、人に
スポンサー名を大きく掲げることができるので、
よっては、やりたくない仕事があるのも確かであ
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
る。また、もらえる給料も1回あたり8キッゾ。
一方、昨年3月末で運営を停止した私のしごと
最大6時間フルに働いたとしても、鉛筆1本買え
館に関しては、残された土地と建物がどのような
る程度とのことであり、この見返りの少なさに、
形で有効活用されるかが、今後の最大関心事であ
飽きる子供が出ることも考えられる。
る。私のしごと館を所管する雇用・能力開発機構
(ただし、働いて給料を得ることがいかに大変
は、土地と建物を昨年5月から8月まで一般競争
かを実感させるうえでは、この設定はいい設定だ
入札にかけていたが、買い手がなくいったん中止
と考える。キッザニアに対しては、「一方的に安
した。一昨年末に開かれた地元自治体の長らで作
い給料で働かせ、労働者の権利意識を植え付けな
る有効活用検討委員会で、「用途として商業施設
いのは問題である」との批判があるが、この批判
は除外する」としたため、今後も買い手が現れる
は的はずれである)
かどうかは疑問だ。ただ、建物解体には30億円ほ
飽きを来させないためには、職業体験以外のイ
どの巨費がかかる見通しで現実的ではない。学研
ベント(ショーなど)をさらに充実させ、エンタ
都市の中心地区に位置するこの巨大施設が有効利
テインメント性を高まることも1つの手だろう。
用できるかどうかは、学研都市の将来にも関わる
また、職業の種類や内容をさらに充実させること
大きな問題である。
も1案である。キッザニア東京では、やりとりに
英語だけを使う職業体験も始まっている(注3)。
また、キッザニア東京と甲子園では「アウトオ
ブキッザニア」と呼ぶ、キッザニア施設内では
体験できない屋外の職業体験にも乗り出してお
り、すでに実際行われた甲子園の高校野球の取材
体験などでは、申し込みが殺到したとのことであ
る。今後は農業や林業などの就労体験プログラム
も本格的に進めるとのことだが、キッザニアの売
りである「異空間」における体験ではなくなるた
め、子供たちがどのような反応をするのか。その
成否が注目される。
ちなみに、私のしごと館では、親も子供と同じ
ブースに入って仕事体験をするという特別体験の
仕組みがあり、閑散とした館内でこのコーナーだ
けは一定の人気を集めていた。キッザニアではこ
の仕組みは採用していないが、確かに「異空間」
ではなくなるものの、この仕組みが子供たちにど
ういう影響を与えるかも、施行してみる価値はあ
るだろう。
◇
(注3)2010年10月15日付日経MJ11ページ
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第9回 関西ベンチャー学会年次大会から
大会委員長 文能 照之(近畿大学経営学部教授)
ベンチャー企業が注目されてから30年余りが経過したものの、我が国では未だ米国のように経済活動
の中核的役割を果たすベンチャー企業が育っていない。産業構造が大きく転換している今、ベンチャー
企業の誕生や輩出に必要な要件とは何であろうか。その解を求め、昨年の第9回年次大会では、ベン
チャー企業に造詣の深い法政大学学事顧問の清成忠男先生をお招きし、「産業構造転換期におけるベン
チャー企業の役割」について基調講演を頂戴した。次頁以降に先生のご了解を得、そのご講演の内容を
掲載させていただくことがかなった。是非この機会に目を通し、ベンチャー企業の誕生・成長・発展に
役立てていただければ幸甚である。
【大会概要】
⑴ 日 時 2010年3月6日㈯
⑵ 会 場 近畿大学東大阪キャンパス20号館・21号館(東大阪市小若江3-4-1)
⑶ テーマ 「産業構造転換期におけるベンチャー企業の役割」
⑷ 主 催 関西ベンチャー学会
⑸ 共 催 近畿大学経営学部
⑹ 後 援 近畿経済産業局 大阪府 関西経済連合会 大阪商工会議所
日本政策金融公庫 関西ニュービジネス協議会 日本経済新聞社
【大会プログラム】
⑴ 11:00 開会挨拶
⑵ 11:10~11:40 年次総会
⑶ 11:40~13:00 会員研究発表
⑷ 14:00~15:20 学生ビジネスプラン発表
⑸ 15:30~16:30 基調講演(法政大学学事顧問 清成忠男氏)
⑹ 16:40~17:40 パネルディスカッション
コーディネーター 吉田和男教授(京都大学大学院経済学研究科教授)
パネリスト 清成 忠男氏(法政大学学事顧問)
森中 一郎氏(エフアンドエム㈱代表取締役社長)
大野 長八氏(大野アソシエーツ代表)
福崎 文伸氏(近畿経済産業局産業部創業・経営支援課長)
⑺ 18:00~19:30 懇親会・表彰式
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From the 9th Annual Conference
of
The Kansai Association for Venture and Entrepreneur Studies
Committee Chairman Teruyuki BUNNO(Kinki University)
More than 30 years have passed since new ventures began to recognize their high growth
potential in Japan. But most of them have not matured or played a core role in economic activities as
seen in similar ventures in the U.S..
Now, since the industrial structure has changed drastically, what is necessary in order to give birth
to new venture businesses and help them to grow up one after another? To seek the answers in the
9th annual conference last year, we invited Professor Tadao KIYONARI, who is a special adviser at
Hosei University and a leader in this field, and asked him to give the keynote lecture under the title
“The roles of new ventures in the industrial structure transition”.
The content of his lecture can be found on the following pages. We appreciate that he gave us a
permission to post it. Please take this opportunity to ponder his ideas, ideas that we hope will lead to
the birth, growth and development of new Japanese business ventures.
【Outline of Conference】
⑴ Date:March 6, 2010
⑵ Conference site:Kinki University
⑶ Keynote Address:“The roles of new ventures in the industrial structure transition”
⑷ Host:The Kansai Association for Venture and Entrepreneur Studies
⑸ Co-hosts:Faculty of Business Administration , Kinki University
Aegis:Kansai Bureau of Economy,Trade and Industry;Osaka Prefectural Government
Kansai Economic Federation;Osaka Chamber of Commerce And Industry
Japan Finance Corporation;New Business Conference, Kansai;Nihon Keizai Shimbun, Inc.
【Program】
⑴ 11:00 Opening Greetings
⑵ 11:10~11:40 Annual Meeting
⑶ 11:40~13:00 Workshop
⑷ 14:00~15:20 Business Plans Presentation by Students
⑸ 15:30~16:30 Keynote Lecture
⑹ 16:40~17:40 Panel Discussion
Coordinator:Kazuo YOSHIDA(Professor at Kyoto University)
Panelist: Tadao KIYONARI(Special adviser at Hosei University)
Ichiro MORINAKA(President of F&M Co., Ltd.)
Chohachi OHNO(President of OHNO Associates)
Ayanobu Fukusaki
(Department Chief at Kansai Bureau of Economy, Trade and Industry)
⑺ 18:00~19:30 Get-together; Awards Ceremony
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第9回年次大会基調講演 講演録
「産業構造転換期におけるベンチャー企業の役割」
法政大学学事顧問 清 成 忠 男
法政大学の清成と申します。今日は「産業構造
ネットワーク化が重要だというのが、今日の話の
転換期におけるベンチャー企業の役割」という
筋書きになります。
テーマで話させていただきます。
昨年の暮れ、12月30日に政府は「新成長戦略」
この半世紀を振り返ってみると、30年間は成長、
を発表しました。そこでは、供給面よりも需要面
その後の20年間は停滞しています。この20年間と
に力を入れると書かれています。需要と供給のど
いうのは、名目のGDPが500兆円前後で全然伸び
ちらを重視するかということには少し違和感があ
ていません。20年間、横ばい状態です。したがっ
りますが、需給ギャップが今、大体30兆円となる
て、一人当たりの所得でみても、大体300万円前
と、やはり需要の回復が非常に重要になるわけで
後で、これも横ばいです。アジアをはじめとした
す。
多くの国々では伸びていますが、日本だけが伸び
その政府の「新成長戦略」では、特にライフイ
ていないのです。
ノベーションと、グリーンイノベーションが出さ
そういう低迷の中で、どのようなことが起こっ
れています。ライフという言葉は、生命という意
ているかといえば、中小企業がまず減少していま
味もあれば、生涯、生活や、寿命など、実はいろ
す。例えば個人企業の数、非農林の個人企業の数
いろ意味があります。このライフイノベーション
を2009年の一番新しい数字(暦年)で見ると479
というと、身近なものが非常に多いのと、それか
万です。ところが20年前は、699万、大体700万
らグリーンイノベーション、環境関連がどうして
くらいです。したがって、20年間に200万以上も
も中心になってくると思いますが、両方とも、や
減少しているわけです。それから、『中小企業
はり草の根で解決していかなければなりません。
白書』で中小企業数を見ても1986年の533万から
しかし、この「新成長戦略」には、誰がイノ
2006年には420万へと113万減っています。これが
ベーションの担い手となるのかが全然書かれてい
公表された一番新しい2006年の数字で、現在の正
ません。私は、草の根のイノベーションの時代に
確なところは分かりませんが、とにかく減少して
は、やはり地域とベンチャー企業を軸にして成長
います。どの分野で減少しているかをみると、製
戦略を考える必要があると思います。無論、これ
造業と小売業、最近では建設業で大きく減ってい
だけでは十分とはいえず、分野によっては大企業
ます。サービス産業は大体横ばいで、減少してい
が担い手となってどうすればいいんだという話
ないことになります。だから、これから創業をど
が当然あるわけですが、少なくとも地域とベン
う活発化させていくかが経済の活性につながると
チャー企業を軸にした成長戦略を、今、政府は考
思います。
えるべきです。
それには、創業の活発化が一つの鍵になります。
さて、本題に入りますけれども、1月27日、オ
しかし、現状では創業は低迷していますので、創
バマ大統領が一般教書演説を行いました。時差が
業を活発化させるにはクラスターの政策が有効で
あるため日本では翌日28日の新聞にその内容が掲
あること、そのときに、このクラスターの全国
載されています。原文を全部、Webで取って子
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細にみると、日本の新聞等では紹介されていない
カの過剰消費が止まったため、内需に目を向ける
部分が随分あります。今回の金融経済危機前まで、
というのが中国の新しい経済モデルです。そうす
アメリカは過剰消費の国だと言われていましたが、
ると内陸が問題になる。特に農村、失業者も多い
消費から供給サイドを重視するようになった。企
し消費も低い、そこの底上げを図ると、それが内
業の国際競争力の強化、これを大統領は重視して
需拡大になるわけです。もうアメリカに輸出する
いるわけです。つまり、輸出を振興し、結果とし
わけにはいかないので、経済成長モデルを大胆に
て雇用を拡大しようとしているのです。その際
変えようとしているのです。
に、中小企業の果たす役割が期待されているので
一方日本はどうかといえば、「日本は中国にイ
す。大統領は、頑張っている中小企業を紹介する
ンフラを輸出できる」という話になります。日本
とき、必ず地域を挙げています。何かと地方の中
は人口が減少するからこれからも外需に期待する
小企業は元気がよいという言い方をしているわけ
ところがあり、内需だけではどうもやっていけな
です。このことから、中小企業と地域を軸にした
いという空気が非常に強くなっているわけです。
成長戦略を考えているらしいということが分かる
とにかく中国とインドはマーケットが非常に大
わけです。
きい。それから理数系教育が非常に充実している
大変面白いのは、大統領の一般教書演説の中で、
ことと、大量に外国留学、特にアメリカに留学し
ライバルの国を三つ挙げています。中国、インド、
ている人が多い。シリコンバレーはICでもって
ドイツがそれで、この3カ国というのは数学と科
いるというのは、もう十数年前から言われていま
学に投資をしています。それからもう一つは、非
す。シリコンバレーがICでもっているという場
常に速い経済改革を進めていることを指摘してい
合のICは、インテグレーテッド・サーキットで
ます。この一般教書が発表されるときには、まだ
はなくて、インド人と中国人だと言われるほどで
出ておりませんでしたが、3月3日にEU、ヨー
す。
ロッパ委員会は、EUの2020年までの戦略を発表
大量にアメリカへ人が行っていると、最近の日
しています。スマートな、サステイナブルな、そ
本経済新聞が紹介しているのは、中国とアメリカ
して総合的な、そういう成長を考えています。こ
の頭脳融合のことを指しているわけです。アメリ
こでもやはり中小企業を重視しています。
カの先端技術が中国とくっつくことを言っている
中国とインド、これは人口大国です。とにかく
のです。
人口が二つとも10億を超え、すさましい人口大国、
例えば、アメリカの一流の研究型大学への留学
巨大市場で、持続的成長を遂げています。それか
生は中国が圧倒的に多い。特にドクターコースの
ら、オバマ大統領は、速い経済改革を中国もイン
学生を出身大学別に調べてみると、北京大学、精
ドも進めていると言っております。「待ってはく
華大学と上海交通大学、この3大学が上位に出て
れないのだ」と。だから、アメリカは第2位に
きます。それからもう一つは、インドからの留学
なってはいけない、トップを狙うべきだという言
生です。ということで、頭脳融合という、言い得
い方をしているわけです。
て妙な表現だと思いますが、そういうことが進み
今、中国では全人代会議が開かれています。昨
始めています。
日、今日の新聞を見ますと、明らかに経済成長モ
それから、中国もインドも市場経済を活用する
デルを転換しているのが分かります。これまで中
ようになった。社会主義からの離脱がますます進
国は、輸出主導できたわけです。日本がかつて
んでいます。企業家活動、アントレプレナーシッ
行ったように、輸出と公共投資で成長するという
プが非常に旺盛であって、かつアメリカとリンク
パターンです。ところがそれを支えていたアメリ
しているわけです。
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昨日の日本経済新聞に、医療ですね、中国やな
領も中国とインドに触れているというのは、よく
んかで医療を進めるため日本の技術の輸出を経済
分かる話です。
産業省がバックアップするという記事が載ってい
しかし、中国・インドとともに、なぜドイツに
ました。けれども、インドは既に医療大国になっ
ついて触れているのかということですね。なぜド
ています。例えば、アメリカで検査をするとその
イツなのか。2010年の『経済白書』が1月29日に
検査データがデジタルで「あっ」という間にイン
ドイツで発表されています。これを見ると、三つ
ドに送られ、アメリカ留学から帰った医者が診断
の点が重視されています。一つは市場の重視。そ
をするというわけです。すると診断コストは従来
れから2番目が企業家風土を改善すること。ベン
の3分の1で済むと言われています。のみならず、
チャー企業の育成ということです。それから3番
最近は、病院までアメリカの客を引き受けるとい
目が教育・研究・新技術による成長戦略です。中
うことです。客というか患者を引き受けるという
でも企業家風土を改善しようということ、そのた
ことになるわけです。治療を受けるためにホテル
めに市場を活用しようとしています。
並みの立派な病院に入っても、コストは3分の1
ドイツの経済政策の基調は、第二次世界大戦
だと。英語が分れば、可能になるわけです。
後、一貫して新自由主義です。この新自由主義と
成長モデルは中国とインドでは、若干違いがあ
いうのは、ドイツ流の新自由主義、ヨーロッパ流
ります。中国は製造業から入って成功しているわ
と言ってもいいのですが、アメリカ流とは違いま
けですが、インドは逆にサービス産業から入って
す。根っこはもともと同じですが。アメリカの場
います。最初はコールセンターです。さまざまな
合にはフリードマンの系統ということになります。
サービス産業、サービスというのはグローバルセ
ドイツの場合では、両大戦間に問題提起がされて、
ンターに行って、それから今、製造業になってい
戦後のドイツの経済政策の基調になった新自由主
るのです。両国とも、このグローバル企業をどん
義は、秩序資本主義とも言われ、市場経済を支え
どん迎えていることから、高い経営資源がどんど
る秩序が大事だというものです。秩序というのは
ん入って来ています。
政策であり倫理観であり、さまざまな制度です。
それから、最近の中国は、中国人が新しいビジ
こういうものがしっかりしないといけない。つま
ネスモデルを考えています。1月の日本経済新聞
り競争のルールをきちんと作ろうというわけです。
に、これは多分ソニーの人が言ったことだろうと
日本では新自由主義というと、全然、中身を理
思うのですが、「中国では一流企業というのは
解しないで批判する人たちが非常に多く、自由主
ルールを作る企業、二流企業が技術開発。三流企
義と新自由主義をゴチャゴチャにしています。何
業が物作り」というのが出ていました。一流企業
故「新」が付いているのかと言われるのですが、
のルール作りは何かというと、新しいビジネスモ
自由主義はどちらかというと性善説が発端で、予
デルをつくることと、もう一つは、その際に国際
定調和で、個々の企業が、あるいは個人が私的な
標準化を狙うことです。
利益を追求すると、これが全体の利益に合致する
今、電気自動車について、ヨーロッパとアメリ
というものです。ところが、現実には寡占とか独
カと日本が国際標準モデルを作ることで、凌ぎを
占とか、不公正な競争が起こってくるわけです。
削っています。日本は、携帯電話で見事に負けた
そうすると政府が介入して自由は守らなければな
わけですが、やはり国際標準化は非常に重要です
らないという独禁政策の典型となるのです。それ
し、中国もインドも、非常に人口が大きいことか
が新自由主義です。したがって新自由主義という
ら、やはりさまざまな技術の国際標準化がこれか
のは性悪説です。全く自由主義とは違うわけです。
らとなっています。そういう意味で、オバマ大統
この辺りがゴチャゴチャになってしまっているわ
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けです。それで、改めてドイツは新自由主義とか
情報をすでにキャッチしており、それで大統領の
かわりを確認しているわけです。
一般教書演説に出てきたのだと思います。
それから、もう一つ、「経済政策月例報告」と
さて、そこで、それじゃ一体イノベーション、
いうのが毎月出ています。昨年の12月にクラス
草の根のイノベーションということで、なぜイノ
ター・ネットワークという政策をドイツ政府が実
ベーションが必要かといえば、経済のパラダイ
施して、それが10年経って成功しているのです。
ム・シフトということなのです。持続可能な発展
全ドイツにクラスターをつくり、今、大体120く
が避けられなくなるとともに、人口減少社会への
らいあり、それらの全国ネットをつくり、中小企
移行ということです。
業、ベンチャー企業を元気にしているわけです。
実は、今日ここにご出席の人たちは、学生さん
それから、今年に入ってから出てきた政策にな
を含めて大学の関係の方が多いと思いますけれど
りますが、「創業者の国ドイツ」というキャン
も、今、政府は成長戦略を策定しているわけです。
ペーンを張っています。これは連邦の経済技術省
それで、各省ごとに成長戦略をつくらせて、それ
という省と、民間ですね、官民挙げて進めると。
を統合するという手法で行っています。我々から
民間では商工会議所が中心となっていますが、と
すると逆じゃないかと思うのです。まず日本全体
にかく官民挙げて創業を活発化させようというこ
の骨太の方針を明確に定め、それを各省にブレー
とです。
クダウンしていくのが本筋かと思います。しかし、
昨日あたりもWebで見てみますと、特に失業
そうした能力は、政府の国家戦略室にはないとい
者が多いわけですから、失業者に教育訓練を十
うわけです。そうすると、脱官僚と言いながら、
分に行い、創業してもらおう、あるいは大学発
各省の官僚に依存せざるを得ないという話になる
ベンチャーを勧めるということです。大学発ベ
わけです。
ンチャーと言っても、経営の経験がないから失
文部科学省の新成長戦略への提案というのがあ
敗するだろうというので、コーチを付けるわけ
ります。これをみると労働力人口が減ってきてい
です。コーチファインダーというのが各州にい
る。それから人口減少社会ですから、消費人口も
て、個々のベンチャー企業に応じてコーチを探し
減るということです。そうするとやはり、もうイ
出し、そのベンチャー企業に投入するのです。だ
ノベーションで生産性を上げていくことが大事に
から、コーチが付いて、企業家と一緒に会社を経
なってくる。それから需要面では、やはり東アジ
営している。一定期間経ったらその評価を行うわ
アでの経済活動の一体化の進展。つまり外需、東
けです。評価をすると、どこに問題点があるかを
アジアの需要を取り込むという話になります。そ
調べ上げて、資金が不足していればさらに投入し、
のため大学は、東アジア地域を視野に入れた人材
経営資源の上で一体何が不足しているかをチェッ
育成、留学生対策が必要になります。
クし必要時に次々と投入し、失敗を少なくして成
そうすると大学教育で、職業教育的な色彩を強
長を加速化するということを行っています。制度
めていくとか、東アジア向けの実践的な教育を実
的にはハイテク創業者基金を設置して行っている
施する、こういうのが実は文部科学省の提案の中
わけです。日本は、この制度を真似て「産業革新
に入っていますが、そのために実際にどんなカリ
機構」をつくりました。けれども、昨日のテレビ
キュラムが必要なのか、その中には何なのかにつ
では大企業の水ビジネスに資金を投入するという、
いては、全く考えあぐねている段階かという感じ
ちょっと違うのではないかという感じがします。
がするわけです。
とにかくドイツはベンチャー企業に非常に重点
とにかくイノベーションを行うには、そのため
を置いているのです。多分、アメリカはこういう
の人材をつくらなければならない。そうすると、
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イノベーションとは一体何なのかと。これは新し
それでなぜフィンランドが「つかの間の発展な
い社会的な経済的な価値を創造することであって、
のか」というと、成功したのはたった二つの産業
例えば技術革新という狭い意味ではなく、広い意
しかないからです。ITと林業だと。確かにノキ
味で捉える必要がある。政府はライフイノベー
アがあって、携帯で大成功しました。しかし、世
ション、グリーンイノベーションと以前から言っ
界のイノベーションセンターがアジアに移って
ていたことですが、これらへの取組を盛んに行い
いるにもかかわらず、アジアに対しては、フィ
新しい事業機会を次々と創出し、新産業を次々と
ンランドは何の布石も打っていない。それから、
生み出していくと。担い手は企業家、ベンチャー
これからのイノベーションは、オープン・イノ
企業になるわけです。
ベーションになるため、フィンランドでは無理
実は3月3日に発表されたEUの新成長戦略で
だと言っているわけです。これまでのイノベー
も、全く同じことを言っているわけです。新産
ションが企業内で完結しているクローズド・イノ
業をつくろう。やはり担い手は中小企業、ベン
ベーションであるのに対してオープン・イノベー
チャー企業と言っています。アメリカ大統領の
ションというのは、複数の企業がつながっていく、
一般教書でも、ベンチャー企業が取り上げられ、
チェーン展開していくような企業連鎖のイノベー
キャピタルゲイン課税を軽減し、投資を活発にす
ションを意味します。
ると言っているわけです。
だから、東大阪で人口衛星に取り組んだという
ただイノベーションといっても、どうもオープ
のは、東大阪の複数の企業の技術を集めている
ン・イノベーションの時代です。日本ではフィン
わけで、ある意味ではオープン・イノベーショ
ランドの評判が非常に良いです。数多くの調査結
ンになります。シリコンバレーというのはオー
果、教育関係を見ても、フィンランドが上位に来
プン・イノベーションです。シリコンバレーで
ています。ところが、2008年、『フィンランド 働いていた人でUCバークレーの教授となった
つかの間の発展』という報告書が出ました。これ
H. Chesbroughは、オープン・イノベーションを
はフィンランドがアメリカの学者二人に調査を依
2003年に問題提起しています。各企業が自分たち
頼し纏めたものです。この二人は、二人ともベン
の持っている技術をオープンにしたら、それだけ
チャー企業を研究している人です。一人がSabel
技術の展開幅が広がるわけです。
という人です。この人はコロンビア大学の教授
もちろんオープン・イノベーションにも限界が
で政治学者ですが、イタリアを調査しています。
あり、クローズドする部分も、当然選択的にしな
「The Third Italy」という、第3のイタリアと
ければならない。しかし、特に基幹部品、スー
いう企業家活動が非常に活発な地域を調べ、これ
パー・モジュールというのは外部の企業には分ら
が21世紀のモデルだと、中小企業の専門的なネッ
ない。なかなか作ることができない。こういうも
トワーク化を大いに強調しました。それからも
のは、ブラックボックス化することになるので
う一人、A. Saxenianという、カリフォルニア大
しょうけども。あと、この基幹部品と他のさまざ
学バークレー校の社会学の女性の教授です。A.
まな部品を結びつけるところを次々とオープンに
Saxenianはシリコンバレーの調査を行い、自分
すると、基幹部品の展開幅が広がっていくわけで
の出身地のボストンと比較し、シリコンバレーの
す。同時に、規格化・標準化が必要というわけで
方が優れていると報告したのです。なぜ優れてい
す。このクラスター間で、こういうスーパー・モ
るかと言えば、「シリコンバレーは、オープンだ
ジュールというようなものを生産できるところが、
から」というわけです。この二人とも私は個人的
コアになっていくわけです。
によく知っていますが、非常に優れた人達です。
東京大学の藤本隆宏さんが、組立産業を二つに
- 81 -
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分類ました。組み合わせ型と、擦り合わせ型と呼
分あると思います。この会社は1990年にスタート
んでいます。組み合わせ型というのは、モジュー
したベンチャー企業で、シリコンバレーにも関心
ルを組み合わせる。典型はパソコンなどです。し
を持っていますが、今、中国とタイにも進出して
たがって、デバイスやコンポーネントを組み合わ
います。とにかくオープン・イノベーションで、
せる。例えばICはインテルの製品を使うという
イノベーションを加速化することです。
のと、それからキーボードだとか、マウスだとか、
それから、クラスターの内部構造がやはり変
いろいろあるわけです。これが全部モジュール化
わってきます。かつては、どっちかというとハブ
されていて、これらをアッセンブリーする。大し
になるような企業があって、そこが単独でネット
た技術を必要とせず製品が完成するのです。だか
ワークをしていると。それが、クラスターの中で
らこれは台湾から中国本土へ持っていってしまう
もオープンになる、企業と企業が非常に複雑な結
わけです。
びつきをしていくということになるわけです。
これに対して藤本さんが言っているもう一つの
そういうことで、もちろん個々の企業を育成す
擦り合わせ型というのは、技術と技術を擦り合わ
る、そういう政策も重要ですが、資金はあまり掛
せ精緻化していかなければならない。自動車の部
けられない、つまり、今、日本は財源がない。す
品と完成品がその典型だと言うわけです。こうい
るとやっぱりソフトな政策しか実施できないわけ
う考え方を応用的に展開すると、スーパー・モ
です。そうすると、イノベーションクラスターで
ジュールということがあり得るのです。つまりモ
まとめて面倒を見るという方が速い。
ジュールといっても、非常に高度なものがあるわ
それで今、世界中がクラスターに着目していま
けです。
す。大学がコアになる産学官の連携です。それで、
例えば岩手県の盛岡に、アイカムス・ラボとい
このベンチャー企業がクラスターの中で、ハブの
う会社があります。ここは優れた機構技術を持っ
ような役割を果たすと。ベンチャー、中堅企業で
ています。超精密の歯車がベースになった機構技
すね。そういうクラスターの重要性は、異質人材
術です。それで、マイクロアクチュエーターを開
が交流するところにメリットがあります。日本は
発しています。これをさらに、マイクロシリンジ
どちらかというと、これまで同質の人材が集まる
というバージョンの基幹部品にすると、バイオ関
という。だから、会社なんかでも、同質の人材を
係のさまざまな機器に展開できるわけです。この
ヘッドとした。そうすると、和が重視されるし、
ような展開をするとき、インターフェースをオー
確かにTQC(Total Quality Control:統合的品質
プンにすれば良いわけです。こういうスーパー・
管理)の世界では非常に有効な、つまり改善とい
モジュールで他が真似できないものは、例えば長
う場合には良いですが、イノベーションには弱い。
野県や浜松周辺にたくさん作れる企業があり、ベ
だから今、異質の人材を集めるという時代が来て
ンチャー企業が殆ど中心となりこれをやっている
います。
わけです。
それから、今、先端技術も一つではない。例え
それから、東大阪にもこのような企業が相当数
ばバイオを考えても、バイオとITと、それから
あるのではないかと見ています。例えば東大阪に
ナノテクと、いろんな展開があるわけです。先端
下西技研工業という会社がありますが、ここもや
技術そのものも、今、融合化される傾向にありま
はりこういう基幹部品、スーパー・モジュールの
す。そうすると、技術領域が違うと人種が違うほ
生産に成功しています。しかも、その展開幅を次
どの差異があります。だから例えばスマートグ
から次へ広げています。年商35~36億に発展する
リッド、スマートな送電網ということになってく
のは、多分この会社だけでなくて、東大阪には随
ると、いろんな技術をシステム的にあつらえなが
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
らやっています。こういう場合にやはり異質人材
問題は、開発の場合、岩手大学の工学部と共同
をマネジメントしていくことが必要になります。
開発を行い、商品の展開幅を広げていることから、
それから、クラスター一つひとつではなくて、
岩手では産学官連携が比較的上手くいっていると
クラスターのネットワーク化も必要です。そうす
いえます。つまり上手くいっているところは、成
ると、ネットワークのプラットフォーム組織が重
長過程で他の地域のベンチャー企業とつながって
要になってきます。実はドイツの場合には9分野、
いく、こういう可能性が非常に大きいわけです。
それから20地域でクラスターのネットワークが張
今、バイオ関係が展開していますけれど、まさに
り巡らされ、120拠点ができています。そこの中
付き合いが当然重要になるわけです。
心にこのプラットフォーム組織があって、そこが
それから長野県は、諏訪、佐久や、上田、坂城
各クラスターの評価をしたり、あるいは指導をし
それから伊那など、いろいろなところに集積があ
たり、場合によってはクラスターの運営がコミッ
ります。諏訪ではDTF、つまりデスク・トッ
トしたりするというようなことが、実はあるわけ
プ・ファクトリーズという仕組みがあります。デ
です。
スクトップで使う機器を開発する。試験検査機器
こういう、そのネットワーク化ということにな
が多いのですが、これも精密機器です。
れば、投資する方も投資がやり易くなります。京
14社のコンソーシアムですが、そのうちの一社
都にフューチャーベンチャーキャピタルがありま
が三協精機で、今度のオリンピックで銀メダルを
す。京都大学を卒業して住友銀行に入社し、住友
取った長島選手が所属している会社です。今、三
銀行を辞めて、アジア投資のベンチャーキャピタ
協精機は、日本電産の子会社になっています。日
ルに入って、そこを辞めて独立のベンチャーキャ
本電産が諏訪でM&Aをしたのです。相互に技術
ピタル、全国の地域に投資をするという特徴を
を出し合うというオープン・イノベーションとい
持っています。つまり、地域のベンチャー企業を
う形で。これはデスクトップで生産ができる、デ
発掘しているわけです。
スクトップで扱う機器を作っている、という特徴
先ほど話した盛岡のアイカムス・ラボは、
があるわけです。それから、同時に諏訪地方では、
フューチャーベンチャーキャピタルの投資先で
諏訪圏工業メッセを開いています。世界中から人
す。なぜ盛岡かと、皆さん不思議に思われるかも
を呼んで、そこでこういう技術の展示・交流会を
しれませんが、盛岡にはアルプス電気の工場があ
行ってます。各地でこういうものがあります。
りました。これが撤退し大企業の工場が一つなく
それから浜松、東三河地域ですね。浜松には、
なったわけです。そうすると、技術屋さんたちは、
浜松ホトニクス、小柴先生をバックアップした会
皆、転勤するか、辞めるかどちらかを選択するこ
社で有名ですが、ほかにもベンチャー企業が結構
とになり、地元出身の技術屋さんには、会社興す
あります。今、東三河の方には、ニデックという
ことを選んだ人が多く、それで今、20社くらい会
企業があります。これも年商400~500億の会社に
社が誕生しているわけです。すべて独立会社で
なりますが、眼科医機械の日本のトップメーカー
す。これが開発会社から製作会社になると、相互
です。自分の領域では、世界のトップと言っても
に組めるわけです。アイカムス・ラボは、そのう
いいわけですが、これが蒲郡にあります。
ちの開発会社の1社です。盛岡の出身で、上智大
このような企業が、クラスターを形成していく
学の理工学部を卒業後、盛岡にUターンしアルプ
傍ら、大学も、浜松ホトニクスがつくった光電子
ス電気に入社し、会社を興しているわけです。ベ
の大学院大学のほか、浜松医大、静岡大学工学部、
ンチャーキャピタルの指導を受けて、なかなか今、
それから豊橋技術科学大学があります。この4大
意欲的な展開をしておられます。
学が連携を組みクラスターが形成されつつあるわ
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
けです。こうしたことは、全国各地で実現される
産学官連携拠点を中心に地域の再生を図ることが
可能性があり、多分、全国では40ぐらいできるの
考えられています。
ではないかと思っています。それを全部つなげた
多分、東大阪は、大変有力な拠点になり得ると
ら、非常に早い展開ができるわけです。
思いますし、関西には、例えば、神戸は医療産業
実は先々週、文部科学省で、旧科学技術庁の所
都市があります。今、バイオ関連の民間企業など、
管の中川副大臣にレクチャーしてほしいというの
100社以上が進出しています。しかし、立派な業
で、この話をしました。やはり財源が乏しいとこ
績を残しているかというと、まだそこまで至って
ろで、既存の集積をどう生かすか。こういうよう
いない。大学も集まってくる。理化学研究所も来
なことは、フィンランドではとてもできないと考
るというところです。そうすると、あそこに行け
えていいわけです。
ば、何か期待できる、ということで次々進出して、
これまでの日本の政策というのは、経済産業省
今、100社を超えたわけです。これが期待どおり
の所管の産業クラスターと、文部科学省所管の知
にいかないと、撤退という話になってくるわけで、
的クラスターが並行して行われていました。実際
ちょうど今が境目になっているわけです。だから、
には知的クラスターは大学中心の基礎研究と応用
こういうのを失敗させないために、やはりクラス
研究という形で、一方産業クラスターはその先の
ター政策を上手く展開していくこと、特にプラッ
開発されたものを、どのように製品化するかが政
トフォーム組織に話は戻りますが、草の根的に連
策目的でした。これを両省が協力することで、無
携してい行くことが重要なわけです。
駄をなくした産学官連携拠点というのを、昨年度
神戸の医療産業都市の場合には、京都大学の総
スタートさせようとしたわけです。グローバル拠
長を務められた井村先生がお医者様で、プラット
点をまず5カ所を採択し、地域中核拠点を10カ所、
フォーム組織の長をやっておられた関係で、京都
すでに採択しているわけです。全体で40近くあっ
大学や大阪大学との関係を視野に入れながら展開
た応募の中から、これだけに絞ったわけです。
していくというところがあるわけです。ところが
ところが例の事業仕分けで無残にも全部切られ
京阪奈の集積は、集積といってもバラバラに立地
てしまいました。だから事業仕分けにかかわる人
しているだけで、ネットワークが形成されていな
たちの、能力のなさを暴露したわけです。スー
い。筑波と同じ状況です。そういう意味で、さま
パーコンピューターよりも、即効薬的で非常に重
ざまなクラスターが日本にありますが、もう少し
要な政策だったのをカットしてしまった。無論、
手直しをしないと、なかなか難しいだろうと思わ
民主党の方に猛烈な抗議が行われたわけです。だ
れます。
から、知的クラスターの方は、予算が半分くらい
長野県のスーパー・モジュール供給拠点、浜松
復活しています。そして、今後の展開は、もう文
東三河の光・電子技術イノベーション創出拠点。
部科学省や経済産業省だとか言わずに、全省庁横
これらは二つとも、昨年の産学官連携拠点に採択
断的にやるという方向になると思います。
されたものですが、この連携拠点には予算は別に
そういうことで、開発型ベンチャー企業をどん
付かないのです。地方は国からの補助金が付くか
どん増やしていく。開発型ベンチャー企業は、加
ら実施するというのが非常に多いです。そうでは
工型の中小企業を生かせていないです。日本には
なくて、地元が主体的になって展開しなければ駄
加工型の中小企業はたくさんあります。技術もあ
目です。そうすると、地元で決めたことをきちん
ります。しかし開発力は弱い。このまま放置する
ともう一回形成し直す、再形成といった方がいい
と、仕事がなくなってしまいます。そのため、日
かもしれませんが、それがやはり鍵になるという
本のクラスターを40カ所から50カ所くらい作って、
感じがするわけです。
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
とにかくこの20年間、ベンチャー企業にとって
は非常に不利な状況が続き、にもかかわらず1990
年代半ばから2000年代の初めの大体10年くらいの
間に、新興の3市場合わせて1,000社を超える株
式公開がありました。それが止まってしまった。
その後、創業が案外減ってしまっているというこ
とがあるわけです。これをもう一回、どうやって
復活させたらいいかということです。
それで、先ほどアメリカのオバマ大統領がドイ
ツに着目した。ドイツの創業の状況を見ると、創
業が活発です。それから中国も活発。当然アメリ
カも活発というわけです。そういう国が、やはり
新しい産業をつくっていくことになっていくだろ
うと思います。
だから私は今、ベンチャー企業支援をもう一回
見直すこと、そして、すべて政策におんぶすると
いうことではなくて、やはり業界団体・地域が
バックアップするということが必要だと思います。
官民挙げて、民の果たす役割が非常に大きいと思
います。
予定されている時間が来ておりますので、私の
話はこれぐらいにしまして、あとで議論したいと
思います。どうもご清聴ありがとう。(拍手)
(文責:文能照之)
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2009-2010年度 第五期役員体制
氏 名
所 属 先
学 会 役 職
吉田 和男
京都大学大学院経済学研究科教授
会長
京都研究部会主査
塩沢 由典
中央大学商学部教授
名誉会長
(理事兼顧問)
米倉 穰
追手門学院大学経営学部教授
副会長、事務局長
国際化研究部会主査
日野 孝雄
神戸常盤大学
神戸国際医療交流財団理事
副会長
医療福祉主査
文化資産幹事
深堀 謙二
大阪市
大阪市立大学大学院工学研究科客員研究員
常任理事
村上 薫
大阪市立大学大学院経営学研究科特任教授
常任理事
国際化研究部会幹事
清水 宏一
㈱時有人社代表取締役
亀岡商工会議所専務理事
(京都学園大学)
常任理事
文化資産部会主査
藍木 秀
㈱ドーチェ、㈱メディケア代表取締役
常任理事
医療福祉幹事
林 茂樹
大阪工業大学知的財産学部教授
常任理事
知的財産主査
文能 照之
近畿大学経営学部教授
常任理事
大学発ベンチャー主査
釣島平三郎
太成学院大学教授
常任理事
文化資産
坂川 弘幸
日本経済新聞社大阪本社
常任理事
文化資産、医療福祉
小西 一彦
追手門学院大学教授
ベンチャービジネス研究所長
常任理事
ベンチャーマーケティング研究部会主査
大野 長八
大野アソシエーツ代表
常任理事
松村 敦子
㈲アクティア代表取締役
常任理事
吉永 徳好
吉永公認会計士・税理士事務所長
有限会社吉永マネジメントサービス 取締役
常任理事
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氏 名
所 属 先
学 会 役 職
定藤 繁樹
関西学院大学副学長
経営戦略研究(ビジネススクール)教授
ニューブレクス㈱ 顧問
理事
稲垣 耕作
京都大学准教授
理事
山本 浩二
大阪府立大学教授
理事
兼松 泰男
大阪大学教授
理事
高増 明
関西大学教授
理事
宮脇 敏哉
新潟経営大学経営情報学部教授
理事、九州研究部会主査
高田 栄治
ひびき証券株式会社
理事
宮田由紀夫
関西学院大学国際学部
理事
杉田 定大
早稲田大学
先端科学・健康医療融合研究機構客員教授
同志社大学大学院
総合政策科学研究科客員教授
理事
藍木 秀実
大阪府立大学
学生理事
日野 薫郎
同志社大学
学生理事
岸 秀隆
トーマツ公認会計士
監事
今田 哲
監事
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関西ベンチャー学会 規約
制定 2001年2月12日
第1章 総 則
(名 称)
第1条 本会は、関西ベンチャー学会(The Kansai Association for Venture and Entrepreneur Studies)
と称する。
(事務局)
第2条 1.本会の事務局は、別途定める。
第2章 目的および事業
(目 的)
第3条 本会は、関西におけるベンチャーの発展に資するため、ベンチャー企業や一般企業・非営利組
織の起業活動、およびその促進政策等について理論的・実証的研究を行うとともに、起業家活
動の実践や支援および産学協同などの推進に寄与することを目的とする。
(事 業)
第4条 本会は、前条の目的を達するため、次の事業を行う。
1.研究発表会(大会および研究部会)の開催
2.学会誌、その他刊行物の発行
3.講演会、シンポジウムなどの開催
4.その他、理事会において適当と認めた事業
第3章 会 員
(種 類)
第5条 1.本会の会員は、次のいずれかに該当するもので、正会員一名の推薦を受け、常任理事会の
審査を経て、理事会で承認されたものとする。
i.正会員 ベンチャーの分野で専門の学識を有するもの、起業経験者および起業志望者、
ベンチャー支援者、新産業政策担当者、大学等における技術の事業化に関係するものな
どで、規約第3条の目的に貢献することのできる個人。
ⅱ.学生会員 前項に準ずる研究あるいは活動を行っている大学院生および大学生 。
ⅲ.特別賛助会員 本会の目的に賛同し、事業を賛助する法人、団体、または個人
2.新入会員の選考基準については、別途、内規に定める。
第6条 本会に会員名簿を備え、所定事項を記載するものとする。
(会 費)
第7条 1.会員は、別途定める会費を納めなければならない。
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
2.会費の変更は、総会において承認を受けなければならない。
(退 会)
第8条 会員は、次の場合には、退会したものとする。
1.本人が退会を届け出たとき
2.会費の滞納(2年)により、理事会が退会を相当と認めたとき
3.本会の品位を汚すなどの事由により、理事会において退会をやむをえないと認めたとき
第4章 機 関
(役 員)
第9条 本会に、次の役員を置く。
1.理事 30名程度うち、会長 1名副会長 若干名常任理事 10名程度
2.顧問 定員はとくに設けない。
3.監事 3名以内
(理 事)
第10条 1.理事のうち半数以上は、正会員の中から正会員の投票により選出される。
2.投票により選出された理事の任期は2年とする。ただし、再任を妨げない。
3.残る15名以内の理事は、会長が地域、分野などを考慮して正会員の中から指名する。ただ
し、理事会の承認を要する。
4.任期は2年とするが、再任を妨げない。
5.理事の選出規則については、別途定める。
(会長、副会長、常任理事)
第11条 1.会長および副会長の任期は2年とする。ただし、再任を妨げない。
2.会長は、投票により選出された理事の互選により選出される。
3.副会長若干名は、理事会の承認を経て、会長が選任する。
4.常任理事は、理事会の承認を経て、理事の中から会長が選任したものとする。
5.副会長は、会長を補佐し、会務を執行する。
6.会長に事故ある時は、会長が指名した副会長が、その職務を代行する。
指名し得ないときは、副会長の互選により一名が会長の職務を代行する。
(顧 問)
第12条 1.顧問の定員については特に定めないが、理事会が必要に応じて推薦し、決定する。
2.顧問の任期は2年とする。ただし、再任をさまたげない。
3.顧問は、重要事項について理事会の諮問に応じる。
4.顧問は、理事会に対し文書で、あるいは理事会に出席し、意見を述べることができる。
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
(監 事)
第13条 1.監事は3名以内とし、理事会が指名し総会で承認を受ける。
2.監事の任期は2年とする。
3.監事は、会計および会務執行の状況を監査する。
(理事会)
第14条 1.理事会は、会長、副会長、理事から構成される。
2.理事会は、会の運営に関する重要事項を審議する。
3.理事会は、必要に応じて監事に出席を求めることができる。
(常任理事会)
第15条 1.理事会に常任理事会をおく。
2.常任理事会は、会長・副会長、常任理事から構成される。
3.常任理事会は、会の運営に関する経常的事項および理事会から委嘱を受けた事項を審議する。
4.常任理事会は、理事会にはかるべき重要事項を審議する。
5.理事は、常任理事会開催について通知を受け、必要に応じて常任理事会に出席して意見を
のべることができる。
(総 会)
第16条 1.会長は、毎年1回、会員の定時総会を招集しなければならない。
2.会長は、必要があると認めたときは、臨時総会を招集することができる。
3.会員の5分の1以上の者が、会議の目的たる事項を示して請求したときは、会長は臨時総
会を招集しなければならない。
第17条 1.総会の議事は、出席会員の過半数をもって決定する。
2.総会は、次の事項を議決する。
i.規約および規則の変更
ⅱ.決算、事業報告および予算、事業計画などの承認
ⅲ.会費の変更
ⅳ.会の解散
ⅴ.その他、会長が特に必要と認めた事項
(委員会)
第18条 業務の円滑な推進を図るため、理事会の承認を経て、学会に委員会を設置することができる。
委員会の種類、運営については、別途規定に定める。
(部 会)
第19条 正会員は、正会員10名以上の参加をもって、理事会に対して、部会(分科会)の設置を要求す
ることができる。
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
第5章 資産および会計
(資 産)
第20条 本会の資産は、会費、寄付金、その他の収入による。資産の支出は、理事会の議決を経て、総
会が承認した予算にもとづいて行う。
第21条 本会の会計年度は、毎年12月1日より、11月30日までとする。
第6章 規約の変更および解散
(規約の変更)
第22条 本規約の変更には、総会の議決を要する。
(解 散)
第23条 本会の解散は、理事会または会員の5分の1以上の提案にもとづき、総会において出席会員の
3分の2以上の賛成を得なければ、これを行うことができない。
付 則
1.学会規約は、2001年2月12日から施行する。
2.本会の設立準備委員会の会員は、本会の設立とともに、本会の正会員となる。
3.第1回総会前に、本会設立準備委員会によって、会長、副会長、常任理事、理事または監
事の職務を行うことを委嘱された者は、本則の規定にかかわらず就任する。
4.設立総会前に、設立準備委員会によって推薦された者は、第5条の規定にかかわらず本会
の会員となることができる。
5.規約第21条の規定にかかわらず、設立後最初の会計期間は、設立総会から一年経過後の3
月31日までとする。
6.理事会は、設立総会後1年半以内に理事選出規則案を総会に提出しなければならない。設
立後2年経過以降の役員は理事選出規則および本規約に基づいて選出される。
7.規約第21条は、2007年12月1日から施行する。
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関西ベンチャー学会 法人会員 規約
(会員)
第1条 本会の法人会員は、正会員一名の推薦を受け常任理事会の審査を経て、理事会で承認されたも
のとする。
2 本会には法人会員に加えて新たに賛助会員を置く。賛助会員の承認は法人会員と同じ手続きを
取るものとする。
第2条 本会に法人会員と賛助会員の名簿を備え、所定事項を記載するものとする。
(特 典)
第3条 次の学会事業に法人会員は一社五人まで、賛助会員は一社一人無料で参加できるものとする。
1.例会
2.各研究部会
3.講演会、シンポジウム
4.その他、理事会において適当と認めた事業
第4条 法人会員と賛助会員は本会の発行するNews letterに無料で企業広告できるものとする。
第5条 法人会員と賛助会員の年次大会への参加は、正会員一名と同じ条件とする。
(会 費)
第6条 法人会員と賛助会員は次の会費を納めなければならない。
1.法人会員:90,000円(年額)賛助会員:20,000円(年額)
2.年次大会費(正会員一名と同じ条件)
3.各種学会主催の有料事業(正会員一名と同じ条件)
第7条 会費の変更は、総会において承認を受けなければならない。
(退 会)
第8条 法人会員と賛助会員は、次の場合、退会したものとする。
1.法人会員または賛助会員が退会を届け出たとき
2.会費の滞納(2年)により、理事会が退会を妥当と認めたとき
3.本会の品位を汚すなどの事由により、理事会において大会をやむを得ないと認めたとき
(会計年度)
第9条 本会の会計年度は、毎年12月1日より11月30日までとする。
付 則
1.法人会員規約は、2008年1月1日から施行する。
2.賛助会員規約は、2011年3月12日から施行する。
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
関西ベンチャー学会誌 投稿規程
1.投稿規程
①投稿者は、原則として関西ベンチャー学会の会員とする。
②投稿原稿は完成原稿とし、関西ベンチャー学会の研究目的に即したテーマのもとに、日本語あるい
は英語で書かれた未公刊論文とする。
③本誌に掲載された論文等を執筆者が他の出版物等(web等を含む)に転用する場合には、予め文
書により関西ベンチャー学会の承認を受けると同時に、その出版物に「関西ベンチャー学会誌」
(No…、刊行年、月)に掲載された論文であることを明記しなければならない。
④図表は本文での挿入箇所を明示して、合計で2ページ以内とする。
⑤引用文献については、本文では(著者名と出版年)を明示し、原稿の終わりに引用文献目録をアル
ファベット順に表示するものとする。
⑥投稿に際しては原稿および論文要旨(日本語の場合2,000字以内、英文の場合700語以内)を電子
メールで事務局に送付するものとする。
⑦投稿原稿の採否は編集委員会が委嘱する2名のレフリーの審査に基づき編集委員会が決定する。
⑧原稿料は支払わない。ただし、20部の抜きずりを無料で送付する。
⑨投稿原稿等は一切返却しない。
2.論文の種類
研究論文
研究ノート
資料
書評など
3.原稿の書式
A4版、横書き、20ページ以内
10.5ポイントのワープロ仕上げ
1ページ当たり 22文字×39行×2(2段組み)完成原稿
キーワード:3~5語程度
和文と英文タイトル
タイトルの次に200~300字程度の英文概要(Abstract)を入れる
執筆者の和文英文ネーム、所属
4.発 行
年間1~2回
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JOURNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENEUR STUDIES Vol.3
編集後記
学会誌Vol.3を無事皆様にお届けすることがで
ションを基底に、エレクトロニクス、化学、バイ
きた。とりわけ今回は、投稿希望者も多く一部は
オ・医療、その他先端技術の企業戦略、国家政策
お断りしなければならない状況であった。査読論
等についてグロ―バルな観点から研究を行う」と
文、事例研究、研究ノ―ト、昨年の大会基調講演
するものである。もう一つは、「文化資産研究部
要旨と年を重ねるごとに内容も充実してきた。皆
会」から「文化観光研究部会」へ、そのコンセプ
様には会員の研究成果をぜひご一読いただきたい。
トは「文化の産業活用を模索し、観光立国の方策
さて、来る3月12日には、関西ベンチャ―学会
を探る研究を行う」とするものである。これらの
が10周年記念年次大会「テ―マ:オ―プン・イノ
研究部会から新たな研究成果を期待できるものと
ベ―ションと新たな起業家精神の醸成」を、また
思う。皆様どうぞ奮ってご参加いただきたい。
同学会国際化研究部会が第100回の記念例会を開
次に、学会活動の国際化である。学会の中には、
催することになった。2001年2月12日の学会設立
海外の著名人を招聘するという講演会もあるが、
宣言によると、「関西ベンチャ―学会は、関西を
これからは学会自ら海外に出かけて行き、海外の
ベンチャ―精神に富んだ社会とするために、ベン
大学、研究所、企業等と連携、情報交換、現地開
チャ―起業家、ベンチャ―支援担当者、ベンチャ
催をする必要もあるのではなかろうか。幸い、関
―研究者たちが一堂に集まり、意見と情報を交換
西はアジアの国々と交流が深いので関西ベンチャ
し、取るべき政策等を研究する場として設立され
―学会も国際的な活動を推進していきたいものだ。
た」としている。最近の部会参加者の中には、日
最後に、起業家の育成であるが、ある調査によ
本ベンチャ―学会があるのに、なぜ関西ベンチャ
ると、開業時の平均年齢は42~44歳が最も多いと
―学会を立ち上げたのかとの質問をされる方があ
いう。開業者の中で7.7%は60歳以上のシニア起
るが、この趣旨をよく受けとめていただきたい。
業家であり、存在感を示している。一方、最近の
ただし、設立後10年も経過すると、初期の目的が
某新聞社主催の学生ベンチャ―・プレゼン大会に
時代の要請にマッチしないことも起こりかねない。
出席してみたが非常に盛況であり、参加者も一般
学会、研究部会は常に世界に目を向け、フロン
の企業家の方が多い。関西ベンチャ―学会はこれ
ティア精神に溢れていなければならないからである。
らの独立旺盛なシニア、壮年、学生とネットワー
そのような中で、2011年度から二つの研究部会
クを組み、関西経済の活性化につなげていきたい
がリニュ―アルすることになった。一つは、「国
ものだと考える。
際化研究部会」から「グローバル・イノベ―ショ
関西ベンチャー学会副会長兼事務局長 ン研究部会」へ、そのコンセプトは「イノベ―
米倉 穰(追手門学院大学経営学部教授)
<vol.3> 平成23年2月28日
<編集・発行> 関西ベンチャー学会 事務局
茨木市西安威2-1-15 追手門学院大学 ベンチャービジネス研究所内
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ISSN 2185-3541
関西ベンチャー学会誌
日本学術会議協力学術研究団体指定 府日学第1395号
Vol.3
February,2011
論 文
機械ユーザー向けメンテナンスサービスの収益性 ∼サービスベンチャーの収益性評価∼
京都大学 経済学研究科博士後期課程 石尾 和哉
クラウドソーシングによる特許調査ビジネスについての一考察
北海道大学 国際広報メディア観光学院 博士課程 内田 有哉
フランスにおけるCG、アニメーション教育現場から学ぶ日本のクリエーター養成
−CG専門学校〔SUPINFOCOM(シュパンフォコム)〕との提携についての一考察−
大阪府社会福祉協議会 福祉人材支援室 佐々木千賀子
中小企業・ベンチャー企業クラスター地域の比較研究
新潟経営大学 宮脇 敏哉
企業事例研究
ベンチャー起業:経営リスクとレピュテーションマネジメント ∼株式会社 CHAPTER11の起業事例∼
大阪市立大学大学院 経営学研究科 村上 薫
研究ノート
職業体験施設を考える
日本経済新聞社大阪本社クロスメディア大阪営業局 坂川 弘幸
講 演
講演録 「産業構造転換期におけるベンチャー企業の役割」
法政大学学事顧問 清成 忠男
(2010年3月6日 第9回年次大会基調講演)
The Kansai Association for Venture and Antrepreneur Studies
2-1-15, Nishi-Ai, Ibaraki, Osaka, Japan
関西ベンチャー学会