第15章 生殖器系

第15章
生殖器系
せいしよく き けい
この章では、男性の生 殖 器系 reproductive system と、女性の生殖器系、ヒトの誕生について説明します。
男性の生殖器系の役割は、男性ホルモンの生成や、精子の形成、精子を女性の生殖器に運ぶことです。
せいそう
せいかん
せいえき
男性の生殖器は、精子と男性ホルモンを生成する精巣や、精子を運ぶ精管、精液を構成する分泌物を産生す
せいのう
ぜんりつせん
にょうどうきゅうせん
いんけい
る付属腺(精嚢と前立腺、尿 道 球 腺)、陰茎から構成されています。
女性の生殖器の役割は、卵子を形成し、女性ホルモンを生成し、交接時に陰茎や精子を受け入れ、胎生期に
胚子・胎児を宿し栄養を与え、胎児を分娩し、さらに乳児に栄養を与えることです。このように異なる数多く
の機能をおこなうために、女性の生殖器は男性のものに比べて複雑になっています。
らんそう
女性の生殖器は、卵子の形成と女性ホルモンの生成をする卵巣、排卵された卵子を子宮に運び受精が生じる
らんかん
しきゅう
ちつ
にゅうぼう
卵管、胚子・胎児を宿す子宮、陰茎を受け入れ産道となる腟、母乳を産生し授乳させる乳 房から構成されて
います。
じゆせい
はい し
たいばん
ヒトの誕生では、受精や胚子、胎児、胎盤などについて説明します。
第1節
男性生殖器
1.精子とホルモンをつくる精巣
いんのう
精巣testisは、陰嚢のなかに存在する一対の卵形の
せいせん
性腺で、長さは4~5cm、幅は約2.5cm、厚さは約3cmで
す。
精巣は、最初、胎児の腹腔のなかで腎臓の近くで発育
そけいかん
しますが、通常、出産の約2カ月前に腹腔から鼡径管を
通過し、陰嚢へと下降します。腹腔の中に精子が留まる
と、精子の形成ができなかったり、ガン化することがあ
ります。
はくまく
精巣は、厚い白い結合組織である白膜で被われていま
す。白膜は、精巣の後縁で肥厚し内部に伸び、不完全な
仕切りをつくります。白膜の肥厚部と仕切りは、精巣
じゅうかく
縦 隔を構成します。縦隔の内部への広がりは、精巣
ちゅうかく
中 隔と呼ばれ、精巣を不完全ながら200~300個の円錐形
図15-1 精巣から分泌されるホルモンを模式的に示す
の精巣小葉に分けます。
各小葉には、1~4本の直径が約0.2mmぐらいの細い曲
によって一日に数百万個の精子が形成されます。
せいさいかん
また、曲精細管の管壁には、支持細胞(セルトリン細
がりくねった曲精細管seminiferous tubule があります。
胞)が存在しています。支持細胞はアンドロゲン結合タン
曲精細管は精子を形成するところです。
精巣門では、精細管は曲がらずに複雑な網目状になり、
せいそうもう
パク質を分泌し、さらに卵胞刺激ホルモンの分泌を抑制
するインヒビンB inhibin B も分泌します。
精巣網をつくります。
かんしつ
曲精細管の間に存在する間質細胞は、男性ホルモンの
1個の精巣には、約千本の曲精細管があり、曲精細管
せいそ
の管壁に存在する精祖細胞が細胞分裂で増殖することに
テストステロン testosterone を生成します。テストス
- 187 -
ふにん
テロンの生成は、腺下垂体から分泌される黄体形成ホル
精子の数が1 mL あたり2千万個以下では、不妊にな
モンの調節をうけて思春期頃に始まります。テストステ
るといわれています。
ロンは、前立腺や精嚢、皮膚などで5a-リダクターゼに
よって強力な活性を有するジヒドロテストステロンに変
もし、射精が起こらなければ、精子は精路で吸収され
ます。
換されます。
テストステロンは、精子の形成を促進し、精嚢や前立
2.陰嚢
腺を発達させ、タンパク質合成を促進し、男性の二次性
いんのう
陰嚢 scrotum は、精巣を健康な精子の形成に必要な
徴の発現に重要な役割を果たします。さらに、テストス
テロンは、男性の性欲を強めます。
温度(通常の体温よりも約3度低い)に維持するために欠
せいさく
精巣に分布する血管やリンパ管、神経などは、精索に
かせないものです。
よって骨盤腔とつながります。精巣に分布する精巣動脈
陰嚢は、濃く色素沈着をおこした皮膚で被われた袋状
そ け い ぶ
は、腹大動脈から直接分枝します。右精巣静脈は、直接、
のもので、鼡径部からぶら下がっています。内部の陰嚢
下大静脈に注ぎますが、左精巣静脈は、通常、左腎静脈
腔は腹腔の続きで、内表面は腹膜で被われています。陰
に合流します。
嚢の外表面の正中上には盛上がった組織である陰嚢縫線
ほうせん
リンパは腹大動脈の周囲のリンパ節に流れます。
が観察できます。陰嚢の内部にある陰嚢中隔よって左右
精巣に分布する精巣神経は、第十胸髄や第十一胸髄由
の二つの部屋に分けられます。各部屋には一個の精巣が
来の神経が腎神経叢などを経由したものです。
入ります。
しわ
①精子の形成
陰嚢の皮膚は、やや黒ぽっく、薄く、皺がみられ、メ
思春期以後、腺下垂体(前葉)から分泌される卵胞刺激
ラニン色素と汗腺に富みます。この皮膚には皮下脂肪が
ホルモンが曲精細管の管壁にある精祖細胞を刺激し、精
見られず、真皮の深層に平滑筋の層が膜状になって存在
子を形成するようになります。つまり、精祖細胞が急速
します(肉様膜)。
せいぼ
そけいかん
に増加し、有糸分裂を繰り返しながら成長し、一次精母
精巣は、通常、出生前に鼡径管を通り、陰嚢へと下降
げんすう
細胞に変わります。一次精母細胞は減数(還元)分裂によ
します。その際に、精管や血管、神経なども引張られて
って2個の二次精母細胞になります。二次精母細胞の染
ついていきます。これらは精巣挙筋や鞘膜に包まれ、
色体は23個で、一倍体です。その後、二次精母細胞は二
せいさく
精索を形成します。
次分裂によって4個の精子細胞(染色体は23個)へと成長
肉様膜と精巣挙筋は精巣を一定の温度に維持する上で
します。精子細胞は徐々に成熟し精子(染色体は23個)に
重要な役割があります。寒ければ収縮し陰嚢を体幹に近
なります。精祖細胞から精子細胞になるまでは、通常、
づけ、暑ければ伸び体幹から遠ざけます。
74日間ぐらいかかります。
陰嚢には、大腿動脈から分枝した外陰部動脈や、内陰
②精子の構造
部動脈から分枝した後陰嚢枝、下腹壁動脈から分枝した
精子は、頭や頚、尾から構成されています。頭には濃
精巣挙筋動脈などから血液が供給されます。
べんもう
陰嚢の皮膚のリンパは、通常、浅鼡径リンパ節に流れ
縮した核があります。尾は1本の強力な特殊化した鞭毛
ます。
で、精子の移動をおこないます。
陰嚢に分布する神経は、腸骨鼡径神経や陰部大腿神経
◆射精
え いん
精子は、精管や射精管、尿道などを経由し、精嚢と前
しゃしゅつ
立腺、尿道球腺などの分泌物とともに体の外に射 出され
の陰部枝、会陰神経の後陰嚢神経、後大腿皮神経の会陰
枝などからの分枝です。
しゃせい
ますが、この現象が射精です。射精が起こっている間は、
精管の壁の平滑筋が収縮し、精子が尿道に向かって移動
3.精子が通る精路
するのを助けています。
1回の射精の量は、通常、2.5~3.0mL ぐらいで、こ
の液には、健康なヒトでは約3億個の精子が含まれます。
曲精細管からの精子は精巣網を通り、精巣からの出口
である細い精巣輸出管に入ります。これらの管は精巣上
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体にある太い管につながります。
道球腺などからの分泌物でつくられ、このなかに精子が
①精巣上体
浮かんでいます。これらの腺は、絶え間なく少量の分泌
せいそうじようたい
精巣 上 体 epididymis は、精巣の後外側面に存在し
物を分泌し、性的刺激で多量に分泌します。
ます。精巣上体は細長い形のもので、頭と体、尾から構
①精嚢
せいのう
1対の精嚢 seminal gland は、精管に注ぎ、長さが
成されます。
頭のなかで精巣の細い管は精巣上体管につながります。
約5 cm の嚢状の腺です。この腺の分泌物は、粘着性が
精巣上体管は非常に長く、6 m を越えますが、良く
あり、アルカリ性で、やや黄色を示し、精液の約60%を
曲がり、わずか3.8cm ぐらいの長さの場所に収まって
占めます。この分泌物には、精子のエネルギーとなる栄
います。精巣上体管の管壁には偽重層(多列)円柱上皮や
養素やフルクトース fructose(果糖)、ビタミン C など
平滑筋が見られます。
が含まれます。プロスタグランジン prostaglandin も存
ぜんどう
精巣上体尾からの出口では精管につながります。
在しますが、これは子宮や卵管に逆の蠕動を生じさせ、
精巣上体と精管の始めの部位とで精子を貯えています。
卵子に向かう精子の動きを助けます。
さらに、精巣上体は精子の成熟に貢献します。曲精細管
精嚢には、下膀胱動脈と中直腸動脈とから分枝した動
から取り出した精子は動きが悪く、受精する能力はあり
脈が分布し、骨盤神経叢からの神経が分布します。
ません。しかし、精巣上体で約20日間止まっているうち
②前立腺
ぜんりつせん
前立腺 prostate は、1個で、底部の幅は約4 cm で、
に、精子は成熟し動けるようになります。
②精管
膀胱から出た直後の尿道を取り囲むように存在します。
せいかん
精管 ductus deferens は、陰嚢から鼡径管を通り、骨
前立腺の分泌物は、精液の約20%を占めます。この液
盤腔に向かう細い管で、直径が約4 mm で、長さが約
も粘着性があり、乳白色で弱酸性(約 pH6.5)を示し、
40cm のものです。骨盤腔に入った精管は膀胱の側面か
クエン酸や各種の分解酵素などを含み、精子の活動を助
ら後面にまわります。
けます。
精管の壁は、内表面を被う粘膜と中間の厚い筋層、外
前立腺には、下膀胱動脈や内陰部動脈、中直腸動脈な
表面を被う疎性結合組織などで構成されています。粘膜
どから分枝した動脈が分布します。前立腺には、下下腹
上皮の大部分は線毛がない円柱上皮ですが、近位の停止
神経叢由来の神経が多数分布します。
がん
部の近くでは偽重層円柱上皮となり、そのなかの背が高
高齢者で見られる前立腺肥大や前立腺癌が発生すると、
い細胞は不動毛を持っています。粘膜固有層には、弾性
前立腺が大きくなり、尿道を圧迫して、尿の出が悪くな
線維が存在します。
ります。
精管には、多数の自律神経が分布していますが、大部
③尿道球腺
にようどうきゆうせん
尿 道 球 腺 bulbo-urethral gland は、左右に1個ず
分のものは骨盤神経叢由来の交感神経です。
精管のなかでは、精子は数カ月間受精する能力を維持
cm)で、会陰膜の上で尿道隔膜部の外側に存在します。
できます。
尿道球腺の導管(長さは約3 cm)は、会陰膜から約
③射精管と尿道
せいのう
つあって、エンドウ豆によく似た形と大きさ(直径が約1
しゃせいかん
精管と精嚢からの管が合流して射精管となります。こ
の管は短く、前立腺を貫通して、尿道の前立腺部に開口
2.5cm 下方にある尿道の床に開口し、尿道に分泌物を
出します。
します。
性的興奮時に、この腺は数滴のアルカリ性の透明な液
尿道は尿と精液とを運び、陰茎を通過してこれらを体
を射精の前に分泌し、酸性の尿道を中和するとともに、
陰茎の表面をなめらかにします。
の外に出します。
4.精液をつくる付属腺
精液は粘着性のある乳白色の液で、精嚢や前立腺、尿
- 189 -
表15-1 精液に含まれる組成
からの刺激によって始まります。つまり、陰茎に関係し
いんぶ
精子(平均1億個/mL)、pH 7.35~7.50、比重は1.028
た骨格筋(球海綿体筋や坐骨海綿体筋など)(陰部神経の分
精巣・精巣上体に由来する液体成分(微量)
枝が支配)の収縮や陰茎の小動脈(内陰部動脈の分枝)の拡
前立腺(15~30%) スペルミン、クエン酸、コレステ
張によって開始します。続いて、陰茎の勃起組織(陰茎海
ロール、リン脂質、プラスミン、
綿体や尿道海綿体)が血液で満たされ、静脈が圧迫され血
亜鉛、酸性フォスファターゼ
液の流出を阻害し、陰茎を膨脹させ、硬くします。通常、
フルクトース(1.5~6.5mg/mL)、コ
射精が終了すると、性的興奮が起こらない、つまり勃起
リンリン酸、エルゴチオネイン、
が起こらない不応期(約2時間)が存在します。これらの
アスコルビン酸、フラビン、プロ
一連の活動は、仙髄から始まる骨盤内臓神経や陰部神経
スタグランジン
によって調節されています。
ないいんぶ
精嚢(40~80%)
はい
緩衝物質
動脈血は、内陰部動脈の分枝である陰茎背動脈や陰茎
リン酸、炭酸水素塩、ヒアルロニ
しん
深動脈、尿道球動脈などによって供給されます。また、
ダーゼ
静脈血は、いくつかの静脈によって内陰部静脈や内腸骨
静脈に注ぎます。
5.陰茎
いんけい
陰茎 penis は、性的交接(性行為)によって精子を女性
6.男性の生殖器の老化
ぼっきせい
の生殖器に運ぶ勃起性の交接器です。
きとう
男性の精巣での男性ホルモンと精子との形成は、20歳
陰茎の先端は拡張し、亀頭と呼ばれます。陰茎の皮膚
ほう ひ
のなかで、あまり皮膚に密着していない部分は包皮と呼
代の前半から段々と衰え始めますが、通常のヒトでは長
ばれるヒダを形成し、亀頭の近位部を被い、折れまがっ
く精子を形成する能力を維持できます。少数の人(10%未
ています。亀頭には、多数の感覚神経線維が分布するた
満)では高齢者になっても精子の形成能力を維持し、80歳
めに、陰茎では最も敏感な部位で、特に亀頭冠や包皮
頃までも維持できます。
しょうたい
老化によって前立腺と精嚢の分泌量が減少するととも
小 帯は鋭敏です。
陰茎の皮膚より深層には3本の円柱の勃起組織があり
に粘着性も低下します。
かいめんたい
ます。そのうちの1対は陰茎海綿体で、この腹側には尿
また、男性ホルモンの減少に伴って約60%の高齢者の
道海綿体があります。これらの海綿体は、血液を貯め、
男性では前立腺の肥大がおこります。前立腺が肥大する
膨脹することのできる大きな静脈洞から構成されます。
と、尿道が圧迫され、尿の出が悪くなります。
陰茎の勃起は、仙髄由来の副交感神経(骨盤内臓神経)
表15-2 男性の生殖器に分布する神経と働き
起 始
交感神経
Th11~L2
経 由
分 布
下下腹神経叢
尿道球腺
分泌(尿道の潤滑)
精管・精嚢
収縮(精液の尿道前立腺部
・前立腺
副交感神経
S2~S4
骨盤内臓神経
働 き
への射出)
内尿道括約筋
収縮(精液の逆流の防止)
尿道海綿体・
血管拡張(勃起)
陰茎海綿体
体制運動神経
S2~S4
陰部神経
球海綿体筋・
坐骨海綿体筋
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収縮(射精)
第2節
女性生殖器
1.卵子とホルモンをつくる卵巣
らんそう
1対の卵巣 ovary は、卵子と女性ホルモン(エストロ
ゲン estrogen、プロゲステロン progesterone)を産生し
ます。
卵巣は、骨盤の外側壁近くに存在し、何本かの線維性
結合組織の靭帯によって一定の位置に固定されています。
卵巣の前面は、卵巣間膜と呼ばれる腹膜のヒダによって
子宮広間膜に付着します。血管や神経が、卵巣間膜を通
さく
って卵巣門に出入りします。固有卵巣索は、卵巣の内側
端を子宮に固定します。卵巣提索は卵巣を骨盤壁に固定
します。
卵巣は、1層の上皮組織(卵巣中皮:微絨毛を有する立
図15-2 卵巣のホルモンを調節する機構を示す
方上皮)によって外表面が被われています。この上皮組織
の直下には、白膜と呼ばれる結合組織があります。白膜
二次卵母細胞が受精できないときには、黄体は変性し、
は卵巣皮質の外側部にあたり、残りの皮質は細胞を数多
く含んだ結合組織から構成されます。この部位を卵巣支
新しい月経周期が始まります。変性した黄体では、線維
質といい、種々の成熟段階の卵細胞が見られます。
性の組織塊が形成され、白体となります。その後、白体
どんしょく
思春期頃になると、いくつかの一次卵胞が、卵胞刺激
は、大食細胞によって貪 食され、徐々に小さくなります。
45歳ぐらいから卵巣内における卵胞の成熟が段々と少
ホルモン(FSH)(腺下垂体ホルモンの一種)の働きによ
りさらに成熟し、卵胞液を含む卵胞洞を有する二次卵胞
なくなり、月経の回数が徐々に減少し、ついには停止し
となります。さらに、通常では、26~30日間隔で一個の
ます。この時期を更年期と呼び、最後の月経以後を閉経
割合で、二次卵胞から完全に成熟した直径が2.5cm ほ
期といいます。
こうねんき
どの成熟卵胞(グラーフ卵胞)が形成されます。二次卵胞
卵巣の最内側部は、卵巣髄質といい、多数の血管やリ
や成熟卵胞に存在する卵胞膜細胞と卵胞細胞とで、エス
ンパ管、神経などを含んだ疎性結合組織で構成されてい
トロゲンを合成・分泌し、子宮粘膜の増殖を促進します。
ます。
卵巣には、腹大動脈から枝分かれする卵巣動脈が分布
月経周期の中頃に、腺下垂体(前葉)から分泌される黄
体形成ホルモン(LH)の急激な増加により、通常は単一
します。卵巣の静脈血は、卵巣静脈によって運び出され
の成熟卵胞が破裂し、二次卵母細胞は卵巣壁から腹膜腔
ます。右卵巣静脈は下大静脈に注ぎますが、左卵巣静脈
はいらん
内に放出されます。この現象が排卵です。通常、排卵さ
は左腎静脈に合流します。
リンパは、外側大動脈リンパ節と大動脈前リンパ節と
れた二次卵母細胞は直ちに卵管に吸い込まれます。排卵
した二次卵母細胞は、通常、精子と十数時間以内に受精
に流れる経路などがあります。
卵巣には、仙髄からの骨盤内臓神経(副交感神経)と腰
できなければ、まもなく死滅します。
排卵後の成熟卵胞では、黄体の形成が始まります。黄
体からはプロゲステロンとエストロゲンとが分泌されま
髄からの交感神経とが分布します。
◆卵子の形成
らん そ さいぼう
す。プロゲステロンは、新しい成熟卵胞の発育と排卵を
卵子は卵巣で形成されます。卵巣の卵祖細胞は、精祖
抑制する働きがあります。もし、妊娠すれば、黄体はさ
細胞と異なり、出生以前にすでに数十万個観察でき、出
らに大きくなり、妊娠3カ月ぐらいまでプロゲステロン
生以後に新しく形成されるものはありません。
胎生期に卵祖細胞は大きさが増加し、出生までに第一
を分泌し続けます。
- 191 -
減数分裂の前期で停止した状態の一次卵母細胞(70万~
ます。さらに人工流産の手術で卵管炎が起こることもあ
200万個)になります。幼年期の間、この状態が続きます。
ります。嫌気性菌やマイコプラズマも反復性の卵管炎を
その間に、大部分の卵子は閉鎖卵胞となり、思春期の初
発症させます。初回の卵管炎によって約15%のヒトが卵
めには、約40万個の一次卵母細胞が存在するだけです。
管が閉鎖し不妊になり、3回以上卵管炎になった場合に
思春期の初期(12~13歳頃)になれば、腺下垂体(前葉)
から分泌される卵胞刺激ホルモンの働きにより毎月2~
は約75%が不妊となります。
【子宮外妊娠】
3個の卵胞が発育するようになります。卵胞が成熟する
子宮外妊娠は、子宮以外に受精卵が着床することによる
に従って、一次卵母細胞は第一減数分裂を完成し、2個
病気ですが、もっとも頻度が多いのは卵管に着床するこ
の細胞を生じます。2個の細胞は大きさが不均衡で、小
とです。受精卵の成長により卵管が破裂し、下腹部にお
さい細胞は一次極体と呼ばれ、大きな細胞は二次卵母細
ける激痛と、多量の出血をおこします。診断や治療が遅
胞といいます。その後、二次卵母細胞は成長を続けます
れると、多量出血で死亡することがあります。
が、第二減数分裂は受精まで完了しません。一次極体は、
その後分裂して2個の細胞になります。
3.子宮
2.卵子が通過する卵管
図15-20に示すように、子宮 uterus は、骨盤腔に存在
し、中腔の器官でナシの形をしています。非妊娠の状態
らん
排卵時、成熟した卵子は腹腔に放出されますので、卵
かん
での成人の子宮の大きさは、長さが約7 cm で、最も広
管 uterine tube の腹腔口は卵子を直ぐに取り込める位
い部位での幅は約5 cm です。子宮は、直腸の前方で膀
置にあります。卵管の長さは約12cm で、その自由端は
胱の後方に位置し、通常、前傾前屈の状態で存在します。
ぜんけいぜんくつ
ろうと
卵管漏斗と呼ばれます。卵管漏斗の先端には長い指のよ
生殖が可能な時期になれば、子宮は毎月妊娠の準備を
さい
うな突出物である卵管采があります。
します。そして、妊娠が始まれば、子宮は胎児を宿しま
はい し
卵管の内表面は線毛を有する粘膜で被われ、縱走する
す。小さい胚子は子宮の壁に埋まり、自立して生活でき
卵管ヒダが内表面に見られます。粘膜上皮は単層円柱上
るまで止まります。自立が可能になれば、子宮壁は強力
皮で、背の高い線毛を持った円柱細胞と、線毛が無く微
にかつ規則正しく収縮し、胎児を分娩します。妊娠がお
絨毛を有する分泌細胞とが存在します。粘膜の深層には
こらなければ、子宮の内面の粘膜がはく離し捨て去られ
2層の平滑筋の層(輪筋層、縦筋層)があります。外層は
ますが、この過程が月経です。
げっけい
漿膜です。
8本の靭帯が骨盤腔に子宮を固定します。子宮広間膜
卵管は、卵巣動脈と子宮動脈から血液が供給されます。
は二重の臓側腹膜のヒダであり、子宮を骨盤壁に付着さ
卵管にも交感神経と副交感神経とが分布します。卵管
せます。子宮動脈・静脈や神経は、この靭帯の間を通り
の外側半分の領域には迷走神経由来の副交感神経が分布
ます。恥骨頚靱帯や基靱帯、直腸子宮靱帯は、子宮を仙
し、内側半分の領域には骨盤内臓神経由来の副交感神経
骨や直腸、膀胱などに固定します。また、子宮円索は、
が分布します。交感神経は、第十胸髄から第二腰髄由来
卵管が入る部位よりも少し下の子宮から始まり、鼡径管
の節前神経線維が分布します。この器官の感覚情報は、
を通過し、大陰唇まで伸びています。
き じんたい
えんさく
だいいんしん
交感神経を通じて伝わります。
子宮の主要な部位は子宮体です。卵管の入口よりも上
ぼうだいぶ
卵管に入った卵子は、卵管漏斗や卵管膨大部、卵管
方で丸い部位を子宮底といいます。下部は子宮頚と呼び
きょうぶ
ちつぶ
峡部、卵管子宮部などを通り、子宮に運ばれます。
ます。子宮頚の一部は腟に突出し、この部位を腟部とい
【卵管炎】
います。子宮体の空洞は子宮腔と呼び、子宮頚の狭い空
けいかん
ちつ
卵管炎は、膣から子宮頚や子宮腔を通過しながら子宮内
りんきん
洞を子宮頚管といいます。子宮体と子宮頚管との結合部
膜炎を起こした淋菌やトラコーマクラミジアなどが卵管
は内子宮口で、子宮頚管の下端は狭くなり、外子宮口と
に入り、炎症を起こしたものです。クラミジアによる卵
呼びます。子宮頚管は、流産の防止に貢献します。
管炎では、症状が軽く、治療せずに放置する傾向があり
- 192 -
正常な子宮では、子宮体と子宮頚との間に屈折が見ら
れ、子宮体は腟に対してほぼ直角の位置にあります。子
【子宮内膜症】
宮体は、膀胱の上面に存在し、前方かつ少し上方に向い
子宮内膜症は、子宮内膜が子宮以外の部位で発育し、激
ています。
しい生理痛や、多量の出血を伴う月経困難、不妊、性行
子宮体と子宮頚の壁は3層から構成され、子宮内膜、
筋層、漿膜です。漿膜は腹膜の一部で、疎性結合組織の
支持層と中皮細胞とから構成されます。外側では漿膜は
為時の痛みなどを引き起こします。発育する部位は、骨
盤腔が多い。
【子宮頚癌】
がん
子宮広間膜と続き、前方では反転して膀胱の上を被いま
女性が罹る癌の中で、乳癌のつぎに多いのが子宮頚癌で
す。後方では同じく反転して直腸を被うが、この際に直
す。子宮頚癌の原因は、性的接触で感染するヒトパピロ
腸子宮窩(ダグラス窩)をつくります。起立位では、直腸
ーマウイルスです。多くの男性が持っているウイルスで、
子宮窩の凹みが骨盤腔で一番低い場所となります。
性的交渉が始まれば、多くのヒトが感染する可能性があ
壁の中間の層は厚い筋層で、区分が明瞭でない3層の
ります(50%近く)。感染しても多くの場合、免疫力によ
平滑筋から構成されています。平滑筋線維は結合組織の
って治り、一部が前癌状態になります。さらに、その一
間にいくぶんか散在し、各層の筋線維は異なる方向に走
部が癌に進行することになります。先進国では、性的交
行します。内側層と外側層との平滑筋は子宮の長軸に平
渉が始まる前の女性にヒトパピローマウイルスに対する
行に配列し、両者の間に存在する最も厚い血管層のもの
ワクチンの接種が推奨されています。
は輪状あるいはラセン状に存在します。
子宮の最内側の層は粘膜で、子宮内膜と呼びます。内
4.腟
膜の薄い深層は基底層といわれ、筋層とつながっていま
ちつ
す。子宮内膜の厚い表層は、機能層と呼ばれます。機能
腟 vagina の働きは、性行為時に陰茎を受け入れ、月
層は、単層円柱上皮で構成されています。機能層には、
経時には剥離した子宮内膜の排泄口となり、また出産時
深層に向かって伸びる子宮腺(単一管状腺)があります。
には産道の下部となります。
子宮腺は、分泌期に、糖タンパク質やグリコーゲンなど
を離出分泌によって分泌します。
腟は、直腸の前方で、膀胱と尿道の後方に存在し、か
なり拡張できる弾力性のある筋性の管で、約45度の傾き
卵巣は毎月新しい卵子を形成しますが、子宮内膜も周
期性を示します。毎月、子宮内膜は卵巣からのエストロ
で上後方に向き、前壁の長さは約7.5cm、後壁は約9
cm です。
ちつこう
ゲンやプロゲステロンに反応して妊娠の準備をします。
腟は、子宮頚から腟前庭の腟口まで伸びています。腟
そのために、子宮粘膜の機能層は厚くなり、血管に富み、
は子宮頚の下端を取り囲み、腟壁と子宮頚との間の陥凹
分泌が盛んになります。もし、妊娠が起こらなければ、
部を腟円蓋と呼びます。この後部は前部や側部に比べて
機能層は月経期に剥離します。月経の周期は、通常、26
広くなっています。腟は、通常、空虚なので、前壁と後
~30日間隔で規則正しく起こります。
壁とは互いに接していて、ほとんど隙間はありません。
ちつえんがい
子宮には、内腸骨動脈から枝分かれした子宮動脈が分
二つの縦走する膣粘膜ヒダが前壁と後壁にみられ、多数
布します。子宮の静脈は、動脈に伴行する子宮静脈です。
の横走するヒダも存在します。腟が大きくなる時にはヒ
子宮に分布している神経は、仙髄から始まる副交感神
ダが伸びます。腟粘膜の上皮は、非角化重層扁平上皮で
経と腰髄から始まる交感神経です。
す。
◆出産
膣の内部は、子宮からの分泌物でいつも湿った状態に
じんつう
40週間におよぶ妊娠期間が終わりに近づくと、陣痛が始
まり、胎児を出産、その後、胎盤が娩出されて終わります。
陣痛が起こっている間は、子宮底や子宮体の平滑筋が間
欠的に収縮し、子宮頚はゆるみ拡大します。陣痛が進むに
保たれています。また、膣内には、アシドフィルス菌が
常在しています。この菌が乳酸を産生し、腟の内部の
pH を4.9から3.5の間に保ち、膣に侵入する微生物の増
殖を抑えています。
つれて、子宮の収縮が強まり、回数が増加します。
膣口の縁と開口部の一部は処女膜と呼ばれる、血管に
子宮頚が十分に拡張し子宮が強く収縮する間に、妊婦が
富んだ薄い粘膜のヒダで被われています。通常、初めて
息をこらえ力むと、胎児の出産を助けることができます。
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より小さい小前庭腺は、外尿道口の近くに開口し、やは
の性行為によって破裂し、処女膜痕になります。
動脈叢が膣の周囲に存在し、内腸骨動脈の分枝の子宮
動脈や膣動脈からの血液が流れます。筋層のなかには静
り性的興奮時に粘液を分泌します。これらの腺は性病を
発症させる細菌で感染しやすい。
脈叢が存在し、静脈は内腸骨静脈に注ぎます。上部のリ
外陰部には、内腸骨動脈から枝分かれした内陰部動脈
ンパは内腸骨リンパ節や外腸骨リンパ節に流れ、中央部
と、大腿動脈から分かれた外陰部動脈とが分布します。
のものは内腸骨リンパ節、膣口に近い部位は浅鼡径リン
静脈は、大きな静脈叢を形成し、内腸骨静脈へと流れ
ます。この部位のリンパは、浅鼡径リンパ節に注ぎます。
パ節に流れます。
また、この部位には、陰部神経の分枝が分布します。
膣には、仙髄からの副交感神経と腰髄からの交感神経、
陰部神経による体性感覚神経などが分布します。
6.乳房
5.女性の外陰部
にゅうぼう
にゅうせん
母乳の産生は、乳 房 breast の深層にある乳 腺の働
ちきゅう
だいいんしん
いんかくきとう
女性の外陰部には、恥丘、大陰唇、小陰唇、陰核亀頭、
きに因ります。乳房は、大胸筋の表層に存在し、乳房
ちつぜんてい
ていじんたい
腟前庭などがあります。
提靱帯などで胸筋筋膜に固定されています。
恥丘 mons pubis は、恥骨結合の上を被っている脂肪
個々の乳房には、15~20個の乳腺葉が存在し、乳腺葉
組織の高まりで、皮膚が膨れた部位です。思春期以後に
はさらに結合組織によって乳腺小葉に分けられます。腺
いんもう
は、この部位に粗い陰毛が生えます。恥丘には多数の触
細胞はブドウの房の様に並び腺房を形成します。腺房か
覚受容器があり、非常に敏感な部位です。
らの導管は合流し、乳 管となります。各乳腺葉からは1
にゅうかん
1対の大陰唇 labium majus は、男性の陰嚢に相当す
本の乳管がでます。これらの乳管は乳頭に個々に独立し
るもので、恥丘から腟口の後ろにかけて広がっている皮
て開口しますが、その前に少し拡張します。この拡張部
膚のヒダです。大陰唇には、脂肪組織や脂腺、アポクリ
を乳管洞と呼びます。乳管は、別々に開口するために、
ン汗腺が多数存在あります。通常、左右の大陰唇は正中
開口数は15~20個もあります。
で接しており、その下の生殖器を保護します。思春期以
乳腺葉の周囲にある脂肪組織は、乳房の大きさを決め、
後には、この外側の表皮が色素沈着を示し、粗い陰毛が
乳房の軟らかさをつくっています。非妊娠期の乳房の大
生えます。この部位には感覚受容器が豊富に存在します。
きさは、母乳の分泌能力に影響をおよぼしません。
小陰唇 labium minus は、うすい皮膚のヒダで、大陰
乳頭の内部には平滑筋が存在し、この筋が収縮すれば
唇の深層に存在し、男性の陰茎の海綿体部に相当します。
乳頭を勃起させます。乳頭の周囲には乳 輪が見られます
大陰唇と異なり、小陰唇では、毛や脂肪組織、アポクリ
が、ここにはアポクリン汗腺の一種類である乳輪腺が存
ン汗腺がほとんど無く、脂腺がたくさんあります。
在します。
にゅうりん
左右の小陰唇が前方で合流し、陰核 clitoris となりま
す。陰核は、陰茎と同様の勃起組織で構成されており、
妊娠すると、乳輪のメラニン色素の量が増えたり、乳
輪腺が大きくなります。
内部には一対の小さな陰核海綿体があります。陰核亀頭
乳頭とその周囲には触覚受容器が多数存在します。吸
glans of clitoris は、血管が豊富な小さな勃起組織で、
飲などで刺激されると、その刺激が視床下部に伝わり、
男性の陰茎亀頭に相当するものです。陰核亀頭を被う皮
神経下垂体(後葉)からオキシトシン oxytocin の分泌が
膚は薄く陰核包皮と呼ばれ、多数の神経終末が分布し敏
増加し、乳汁分泌(射乳)を増やします。
感な部位です。
乳房には、腋窩動脈の分枝である外側胸動脈と内胸動
左右の小陰唇で囲まれた部位は腟前庭 vestibule とい
脈・肋間動脈からの分枝などが分布します。
い、前方には外尿道口、後方には腟口がみられます。
乳房の内側部のリンパは胸骨傍リンパ節に流れ、外側
男性の尿道球腺に相当する一対の大前庭腺は、腟口の
部のものは腋窩リンパ節に注ぎます。
両側に開口し、性的興奮時に粘液を分泌します。一群の
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表15-3 100mLの初乳や母乳、牛乳に含まれる成分の比較
成
分
ヒトの初乳
-
水分(㌘)
ヒトの母乳
88
牛 乳
88
ラクトース(㌘)
5.3
6.8
5.0
タンパク質(㌘)
2.7
1.2
3.3
カゼインと乳アルブミンとの比率
-
1: 2
3: 1
脂肪(㌘)
2.9
3.8
3.7
ナトリウム(mg)
92
15
58
カリウム(mg)
55
55
138
カルシウム(mg)
31
33
125
鉄(mg)
0.09
0.15
0.1
せず、エストロゲンの生成能力も低下します。さらに、
7.女性の生殖器の老化
子宮や卵管、膣、小陰唇、陰核亀頭なども萎縮し始めま
へいけい
女性の生殖器における老化の典型的な変化は閉経です。
す。
閉経は生理がなくなることで、45歳から55歳の間ぐらい
閉経によるエストロゲン量の低下は、一時的な体の不
から始まります。閉経は卵巣の機能の生理的な低下を意
調を引き起こします。たとえば、神経系への影響として
はんこん
味し、卵巣は主に瘢痕組織に変わり、もはや卵子を形成
は、「いらいらする」、「顔が火照る」、「一時的なめ
まい」などの症状を訴えます。
第3節
ヒトの誕生
ヒトの生命は、母体からの一つの細胞(卵子)と父体か
ます。
らの一つの細胞(精子)との合体によって始まります
この時期では、内細胞塊は、隣接する二つの細胞集団
じゅせい
卵子と精子との融合が受精で、通常は、排卵後、
に分化します。一つの細胞群は、胚子を包む細胞になり、
らんかん
がいはいよう
外胚葉 ectoderm といい、残りの細胞集団は、胚子の内
24時間以内に卵管の外側部でおこります。
ないはいよう
卵子と精子が融合すれば、両者の細胞の内容物は混合
面に並ぶものになり、内胚葉 endoderm と呼びます。
され、両親からの遺伝情報をもった単一の細胞となりま
その後、内胚葉の細胞集団の中に空間が出現し、
らんおうのう
す。単一の状態は一時的で、一連の有糸分裂によって、
卵黄嚢を形成しますが、卵黄嚢は最終的には胎児の全長
らんかつ
卵割(分割)がおこり、多数の細胞が生まれます。
を走行する管(消化管)を作ります。
最初、これらの細胞は卵管や子宮の中にある液体から
栄養をとります。
外胚葉の細胞の中で内胚葉に隣接した領域では、細胞
数が大きく増加します。この部位は、最終的にはヒトの
そうじつはい
がいひけい
卵割で生じた丸い細胞集団の塊を桑実胚と呼びます。
外表面を被う細胞集団(外皮系)と、特殊な過程によって
その後、桑実胚の中心部に液に満たされた空洞が形成
神経系とを形成します。外胚葉の残りの細胞は、液で満
はいし
され、細胞の分化が始まり、将来の胚子 embryo になる
たされた風船のような細胞集団を作ります。この風船は
内細胞塊と、表層に一層に並ぶ細胞集団(栄養膜)とに分
拡大して胚子全体を包み、第二の内側の膜を形成します。
はいばんほう
ようまく
かれます。この状態を胚盤胞といいます。
ようすい
この膜は羊膜と呼ばれ、羊膜腔を形成し、羊水を含んで
受精後7日目頃に、胚盤胞は、栄養膜の細胞から酵素
を分泌し、子宮壁を溶かし、そのなかに進入し、収容さ
います。この段階では、胚子は2~3週令で、2 mm
前後の長さです。
ちゃくしょう
れます。胚子が子宮粘膜に入り込む現象を着
ちゅうはいよう
床と呼び
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15日目前後に、内胚葉と外胚葉との間に中 胚 葉
mesoderm の細胞集団が出現します。
の血液と胎盤で薄い仕切りを隔てて接しますが、通常は
中胚葉は急速にその数と重要性を増し、結合組織や筋
みゃくかん
決して混合しません。胎盤では、酸素や二酸化炭素、栄
せきさく
組織、血液、脈 管などを形成します。脊索は、原始的な
養素、老廃物などが関門を通過して急速な交換がおこな
脊柱ですが、中胚葉の細胞集団として発育します。この
われます。また、胎盤は数種類のホルモン(絨毛性ゴナド
段階になれば、胚子の体は、体節と呼ばれる約35個のブ
トロピンなど)を産生します。
ロックの組織が縦列に並んだものとして観察できます。
これらの体節は、時期的にはそれぞれ独立して発育しま
3カ月目には器官の形成がほぼ完了し、それ以後の主
な過程は形の大きさが急激に増加することです。
すが、徐々に体節は消失していきます。体節の名残が、
成人となっても椎骨や肋骨として存在します。
最初の2カ月~3カ月間を胚子期と呼び、残りの7カ
月~8カ月間を胎児期といいます。
胎生の2カ月目になれば、胚子は急速に成長し、最終
的なヒトの形に似てきます。頭側端は拡張し、他の端に
多くの先天性異常は、胚子期における外来的要因(母体
の風疹や薬物の服用など)によっておこります。
3カ月の段階では、胎児の全長は8 cm 前後で、体重
は明確な尾を形成します。この尾は数カ月間存続します。
胚子の両側面には、2対のずんぐりした体肢芽と呼ば
れる突出物が出現します。まもなくこの突出部位は長く
も50g 前後ですが、これ以後は急速に成長します。胎児
が大きくなるにしたがって子宮も増大します。
なり、上肢と下肢になります。
5カ月目になれば、胎児は骨格筋を使って体肢や体幹
8週の終わりには、胚子はまったくヒトの様子を示し、
を動かし、母体は体内で胎児の動きを感じます。
大きな頭や良く作られた顔、指を持った手と足、動いて
いる心臓、循環器系などが存在します。
妊娠の残りの期間に、胎児は大きくなり、自力で外環
境に対処が可能になります。未熟な状態で出産すれば、
新生児(未熟児)を生存させるためには特殊な養育設備が
しかし、全長は約30mm で胚子は2枚のセロハンの
じゅうもうまく
様な膜(深層の羊膜と表層の絨 毛 膜)で包まれた羊水に浮
必要となります。
さいたい
しゅっさん
かんでいます。胚子の腹部は、臍帯 umbilical cord と
呼ばれる紐状の構造物によって、絨毛膜の特殊な部分で
10カ月の終りに、出 産という一連の過程が始ります。
胎児を保護していた子宮は、その役割を変え、子宮の壁
たいばん
ある胎盤 placenta に付いています。
にある平滑筋の収縮で胎児を母体の外に放出します。
成熟した胎盤は、直径が15~25cm で、厚さが3 cm
出産(分娩)は、胎児にとっては重大な出来事です。
新生児の肺では、成人と同じ機能となり、呼吸活動を
ぐらいの円盤で、重さは500~600g ぐらいになります。
たい じ
臍帯には、胎児 fetus から胎盤へ向かう血液を運ぶ2
開始します。循環器系においても重要な変化が生じて、
本の臍動脈(静脈血)と、胎盤から胎児に帰ってくる血液
多くの血液が肺を通過し、もはや臍帯には血液が流れな
を運ぶ1本の臍静脈(動脈血)とが存在します。
くなります。腎臓もその機能を開始し、新生児は空腹に
胎児にとっては、胎盤は肺と腎、消化管が合わさった
なり食事を与えなければなりません。
ものに等しい働きをします。胚子や胎児の血液は、母体
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