危機管理システム研究学会 第11回年次大会 2011年6月4日(土) 損害保険を利用した医療事故の 被害者救済の可能性 日本興亜損害保険㈱ 佐藤 大介 1 自己紹介 2011年1月 本学会入会 損害保険会社の社員 ・日本興亜損害保険㈱より2008~2010年度に (財)損害保険事業総合研究所に出向 ・本研究は、損保総研出向時に行った研究を 発展させたもの(後記参考文献1) 2 1 研究の目的 損害保険というリスク分散手法 医療事故の被害者救済制度に利用できないか 3 研究の背景 医療事故の被害者救済制度が求められている 1.日本医師会(法制委員会)の報告書 ①医師に過失がある医療過誤による障害に対しては、医師賠償責任 制度の充実により医師が相応の賠償を行う。 ②医師側に過失がないのに不可避的に生じる重大被害に対しては、 救済を図るため、国家的規模での損失補償制度を創設し、同時に 裁判外の公的な紛争処理機構を設立する必要がある。 出典:『医療事故の法的処理とその基礎理論』に関する報告書 日本医師会雑誌第68巻第2号(1972.7) 2.日本弁護士連合会の意見書 国は被害者の救済と医療の安全と質の向上を目的として、全ての 医療事故を対象とした「医療事故無過失補償制度」を創設すべき 出典:『「医療事故無過失補償制度」の創設と基本的な枠組みに関する意見書』 (2007.3) 4 2 研究の背景(つづき) 医療事故の被害者救済制度が求められている 3.日本国政府 規制・制度改革事項:医療行為の無過失補償制度の導入 概要:誰にでも起こりうる医療行為による有害事象に対する補償を 医療の受益者である社会全体が薄く広く負担をするため、 保険医療全般を対象とする無過失補償制度の課題等を整理し 検討を開始する。<平成23年度検討開始> 出典:「規制・制度改革に係る方針」(平成23年4月8日閣議決定) 5 研究の背景(つづき) 損害保険 →国の被害者救済制度に利用されている 例. 自動車損害賠償責任保険、地震保険 海外事例 →医療事故の無過失補償制度が見られる 例.フランス、スウェーデン、ニュージーランド など (後記13~15ページ参照) 6 3 制度のポイント ①医療事故専門のADR機関の創設 ADR(裁判外紛争処理)機関による過失認定 医療機関に過失:医療機関が損害賠償を行う 現行の医師賠償責任保険(民間 損保商品)で賠償資力を確保 医療機関は無過失:国による被害補償を行う 7 スキーム図① 過失あり 救済申立 被害者 医療機関による損害賠償 (医師賠償責任保険) 専門ADR機関 医療機関の過失認定 過失なし 国の無過失補償制度 8 4 制度のポイント ②国の無過失補償制度 ・被害の程度に応じた定額補償 自賠責保険の事例:死亡3000万円、後遺障害4000~75万円、 傷害120万円。(後遺障害は16の等級ごとに支払限度額を設定) ・定額補償に民間損害保険を利用 全社統一の保険商品、損害保険料率算出機構に よるデータ収集・保険料算出 (自賠責、地震保険と同様) ・当該損害保険は政府再保険によりリスク負担 9 スキーム図② 医療機関 保険料 再保険料 保険会社 被害程度による定額補償 被害者 契約・ 支払 データ の提供 政府 保 険 料 算 出 再保険金 財源:社会保険料 損害保険料率算出機構 10 5 無過失補償制度の解説 ①定額補償 ・保険という手法に乗せるための方法 医療の無過失事故に関する十分なデータがない →保険料算出が困難 ・保険料=発生頻度×損害額 で算出される →損害額を限定すれば保険料算出に可能性 →定額補償(収支状況により金額の変更可能) 11 無過失補償制度の解説 ②政府再保険 ・社会全体でリスク負担するための方法 保険業界と政府との間の保険契約 →政府が保険責任の一部・全部を負担する ・自賠責保険、地震保険で利用実績がある →自賠責保険では保険会社に十分な担保力が 蓄積されたため、2002年に廃止 →データの蓄積により民間で採算がとれれば 政府の再保険引受割合を変更できる 12 6 参考資料 フランスの補償制度 医療事故専門のADR機関が過失有無の鑑定や医療紛争の調停を行う 「地方医療事故損害調停・補償委員会」のメンバー 司法官、患者団体代表、医療従事者、病院管理者、補償公社、保険会社 損害賠償の専門家など 医療機関に過失責任→医療機関が賠償(民間賠償責任保険に加入義務) 無過失→国立医療事故補償公社が補償 財源:公的医療保険者である疾病保険機関からの交付金など 被害救済は一定の重度損害に限定 恒久的に機能喪失25%以上、就労不能が連続して6か月以上など ADR機関の裁定に不服があれば損害賠償請求訴訟が可能 13 参考資料 スウェーデンの補償制度 患者保険という医療機関に加入義務のある保険による無過失補償制度 補償対象:不適切な医療によって被った、避けられたはずの損害 予見性の低い損害、発生可能性の非常に低い損害に限定 補償対象外:基準に満たない軽い損害、重篤な状態に対するリスクを 伴う医療を行った場合など 補償額は低額(件数的には約36万円相当未満が多い) 財源:患者保険の保険料+国民の社会保険料 補償の決定は6か月~長くとも1年 決定に不服があれば再審査請求、仲裁手続が可能。さらには訴訟も可能 補償額の基準:損害の回避可能性に基づく 医療機関の過失立証が不要→医療機関も補償申請に協力的 14 7 参考資料 ニュージーランドの補償制度 自動車、労災など各種事故による身体傷害に対する無過失補償制度 医療事故は「治療傷害」という位置づけ 補償対象:治療を原因とする身体傷害、不必要な治療および治療の不測 の結果による身体傷害 補償対象外:被害者の受診前の健康状態に基づく身体傷害、受診をいた ずらに引き伸ばした結果の身体傷害 公的企業体「事故補償法人」から、治療・リハビリの現物給付、所得保 障の給付がなされる 財源:医療機関、国民、政府が拠出する治療傷害口座勘定 被害者が被害発生後12か月以内に事故補償法人に補償申請 →事故補償法人は申請受理から2か月以内に審査し補償可否を決定 損害賠償請求訴権、労災補償法を廃止して、統一的な補償を給付 15 統一テーマとの関係 リスク管理とリスクコミュニケーション ・リスク管理(医療事故防止) ⇒個々の医療提供者 ・リスクコミュニケーション(事故の被害者救済) ⇒社会的リスクの負担は社会全体で行う、という 合意形成が必要 16 8 参考文献 1:大羽宏一、佐藤大介「医療事故の被害者救済のあり方」 『大分大学経済論集第62巻第3・4合併号』2010.12 2.フランスの補償制度 ・山野嘉朗「フランス賠償医学展望(その5)」『賠償科学No.28』 2002.12、「フランス賠償医学展望(その6)」『賠償科学No.30』 2003.12 ・山口斉昭「医療事故被害者救済制度について」 『賠償科学No.30』 2003.12 ・工藤哲郎「フランスにおける医事責任法の改正について」『判例タイ ムズ No.1176』2005.6 ・我妻学「フランスにおける医療紛争の新たな調停・補償制度」首都大学 17 東京『法学会雑誌第46巻第2号』2006.11 引用・参考文献(つづき) 3.スウェーデンの補償制度 ・岡井崇、木村武彦、重光貞彦、石渡勇「医療事故における無過失補償 制度」『周産期医学第34巻第12号』2004.12 ・伊集守直、藤沢由和「国内外における医療事故・医事紛争処理に関する 法制的研究-スウェーデンにおける無過失補償制度とその財源に関する 検討-」『平成19年度厚生労働省科学研究費補助金(医療安全・医療 技術評価総合研究事業)研究協力報告書』 ・伊集守直、藤沢由和「医療事故の予防と患者補償制度-スウェーデン における制度設計の実態-」『経営と情報第21巻第1号』2008 ・千葉華月「医療事故における被害者の救済-スウェーデン患者傷害法 からの示唆」『損害賠償法の軌跡と展望』2008.5 18 9 引用・参考文献(つづき) 4.ニュージーランドの補償制度 ・伊藤高義「ニュージーランド事故補償法運用上の問題点」『損害賠償 制度と被害者の救済、ジュリスト臨時増刊 』No.691 1979年 ・浅井尚子「ニュージーランド事故補償制度の30年」『判例タイムズ』 No.1102 2002.11 ・浅井尚子「ニュージーランドの医療事故補償制度に学ぶ」『日医 ニュース第1052号』2005.7 ・甲斐克則「ニュージーランドにおける医療事故と被害者の救済」 『比較法学第42巻第1号』2008.4 ・宍戸伴久「外国における医療事故補償制度-ニュージーランドと英国の 場合-」国立国会図書館『レファランスNo.690 平成20年7月号』 2008.7 19 10
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