第4章プラスチックのストレスクラック性 表1クレーズおよびクラックの用語定義(JISK6900一夏994) 用 語 定 義 クレーズ (見掛け)密度の低い重合材料で橋かけされた プラスチック成形品の割れ不良では,初期段階で クラックが発生し,それが成長して破壊に至る。 衝 撃破壊のように瞬時に破壊する場合でも,破断面を 観察すると破壊の起点にはクラックが発隼した痕跡 が観察される。このため割れ不良の原因究明では, その前兆であるクラックの発生の有無に注目して, 原因の解明が行われることが多い。 しかしクラックについては,つぎのような点で, 現場の技術者にとっては対応の難しい問題の1つに く,確率的な取り扱いをしなければならない。 なっている。 筆者は,PC成形品の割れ事故の原因究明に関連 ①クレーズ,クラック,ソルベントクラック,環 境応力亀裂(ESC)などの用語があり,不良原因と の関係が明確でない。 ②クレーズについては,学問的な研究報告が多い が,クラックについては,破壊の問題の一部として とらえられており,クラックに関する報告や技術資 ひび割れ) craze クラック き裂) rack った挙動を示す。 ⑤プラスチックの粘弾性的挙動と深く関係するの で,金属材料の考え方をそのまま適用できない。 ⑥一定のひずみが負荷される場合と一定の応力が 負荷される場合では,クレーズまたはクラックの挙 動は異なる。 欠陥 材料の外面またはその全厚さを貫通している または貫通していない割れ目で,重合材料 はその割れ目の壁の間は完全に引き離され いる。 して,プラスチックのストレスクラック性について, 技術データの取得と関連文献を集積した。事故原因 の究明については,後の稿で述べるとして,ここで はこれらの資料をもとにして,ストレスクラックの 基本的な考え方や挙動について述べる。 4−1.クレーズとクラック 料は比較的少ない。 ③プラスチックの種類によって,クレーズまたは クラックの発生の仕方が異なる。 ④ソルベントクラックでは,プラスチックの種類 と溶剤,その他の薬液などの組み合せによって異な 別できるプラスチックの表面またはその下 「クレーズ」と「クレイズ」という用語があるが, 英語では「craze」であり,同じ意昧である。JISで はクレーズという用語を用いているので,本稿では, クレーズと表現する。また,クレーズが発生する現 象を「クレージング」と称している。一方,クラッ クという言葉がある。JISでは両用語の定義は表1 に示すとおりである。 同表の定義はやや難解であるが,要は,図1のよ うに,クレーズ(ひび割れ) は亀裂の中に分子の配 向鎖が存在するもので,クラック(亀裂)は,割れ ⑦クレーズまたはクラックの発生は 確率的な現象であり,使用条件によっ 配向した 分子鎖 てすべての製品に発生するわけではな 空隙\ *Seiichi HONMA,本間技術士事務所所長 (a) クレーズ (b) 〒254−0811神奈川県平塚市八重咲町19−23 図1 クレーズとクラックの形態 Vol.55,No.3 クラック 87 目の中が完全に空隙になっている。 [クレーズ] クレーズは,応力下において発生する現象ではあ るが,局部的な分子鎖の配向により,密度が低く, あ左かもスポンジのようなボイドを含んだ構造にな っている。クレーズの屈折率を測定し,Lorenz占Lor・ enzの式から計算したクレーズ中のボイドの含有率 は40∼60%で,ボイドの径は約29nmとの報告もあ る1)。クレーズは,その周辺におけるポリマーとの屈 折率の違いにより,光をかざしてみれば肉眼でも観 察できる。しかし微小なクラックとは,厳密な区別 はできず,光学顕微鏡や透過型電子顕微鏡などで判 別しなければならない。また,局部的は配向である ため,溶媒との接触や,ガラス転移温度以上で熱処 理すると消失することで,クラックとは識別できる。 クレーズは,つぎの特長がある。 ①クレーズは,PS,PMMA,PCのような非晶性 プラスチックに多くみられる現象である。ただ,PP やPAでも低温での変形ではクレーズが発生すると る。クレーズの発生するまでは時問は誘導時問であ り,分子量が大きく,負荷応力が大きく,温度が高 いと誘導時間は短くなる。また,誘導時間が無限大 であれば,クレーズは発生しない。クレーズの成長 段階では・同様に分子量・負荷応力・温度などの影 響を受ける。 また,クレーズが成長するとクレーズ界面が増加 して局部的に応力緩和が起こるので,クレーズの成 長速度は徐々に遅くなる傾向がある。クレ・一ズの停 止段階では,上述のような局部的応力の緩和,クレ ーズ周辺部がせん断変形を起こすことによるクレー ズとの結合力の増加,ボイドのような不連続部分に クレーズが出会うことによる停止などがある。 ⑥クレーズは,通常の空気中だけではなく,溶剤 中でも発生するとの報告もある4〕。 ⑦ポリマーアロイ材料では,クレーズを意図的に 発生させて・ひずみエネルギーを吸収させることに よって衝撃強さを改良している。PP,PA,POM, PCなどはゴム成分とのアロイ化によって,またゴ の報告もある2〕。 ム成分を含むABS,PPEIHIPS,PCIABSなどは, ②クレーズは局部的な分子鎖の配向により成形品 表面や内部の欠陥から発生する場合や,クラックの 衝撃時にクレーズ生成によって衝撃エネルギーを吸 収して,衝撃強さ特性を改良している。 先端に発生する場合がある。 [クラック] ③クレーズには,降伏点より低いひずみで発生す るもの (クレーズ1〉と,降伏点より大きいひずみ で発生するもの(クレーズIDがある。 クレーズは,プラスチック製品の破壊にすぐに結 びつく危険性はないが,クラックは製品の強さの低 下や破壊に結びつく。したがって,製品設計上で問 題になるのは,クラッ、クの方である。クレーズとク ラックの現象的な違いは上述のとおりであり,クラ ックの中は空隙であるので,クラック先端のアール は小さいため,応力下では応力が集中してクラック ④PS,PMMA,SAN,PCなどについて,クラ ック先端に発生するクレーズを電子顕微鏡で観察す ると,図2のような3種類がある31。 (i〉PSのようにフイブリル化したクレーズ1 (ii)SANのように大きく見掛け上均一に変形し たクレーズIIと,小さなフイブリル化したクレーズ 1が共存するもの (iii)pcのように大きな均一なクレーズIIの中 に,小さなフイブリル化したクレーズ1が存在する もの ⑤クレーズの生成機構にっいては,つぎの3つの 段階に分かれるといわれる。すなわち,クレーズの 発生するまでの開始段階5成長段階,停止段階であ が急速に成長し, 破壊に至る。 クラックは,クレーズ中の局部的に配向した分子 鎖中のボイドがつながり,クラックヘ成長すると言 われているので,クレーズはクラックの前駆的現象 と考えられる。ただ,クレーズは非晶性プラスチッ クやゴム成分を含むポリマーアロイ系材料に観察さ れるだけであり,すべてのプラスチックにクレーズ が発生するわけではない。最初からクラックが発生 し破壊する材料も多い。クレーズが発生してクラッ o 陛 (b)SAN (a〉PS 図2 88 o o (c)PC 非晶性ポリマーのクラック先端に発生すクレーズ模式図 プラスチックス クヘと成長するプラスチックと,最初からクラック が発生するプラスチックを区別するクライテリア 難毒. は,学問的にも解明されていないq 筆者が経験した実験的事実からすると,つぎのよ うに材料が脆性化するような条件では,最初からク ラックが発生することが多い。 ①結晶性プラスチックの場合 (結晶化度も影響する) ②非晶性プラスチックでも,分子量の低い場合ま たは可塑剤などを添加し匙が低下している場合 ③ソルベントクラックを発生させるような溶剤ま たは薬品と接触する場合 ④ひずみ速度が速い場合や応力集中を起こす欠陥 が存在する場合 ⑤温度が低い場合 ⑥応力が多軸に作月す多場合 ⑦ガラス繊維,その他のフィラーなどを充填した 材料の場合 プラスチック製品の使用限界からみると,使用の 可否を決める上でクラ ック発生の有無は重要な情報 である。クラックは破壊の起点となるので,製品の 寿命を予測する場合には,クラック発生の有無を観 察することが多い。したがって,クレーズからクラ ックヘ成長した場合でも,または最初からクラック が発生した場合でも,製品の使用限界を調べる目的 ではクラック発生の有無を観察すればよい。 クレーズの場合は開始段階,成長段階,停止段階 に分けられ,クレーズの生成によって,応力は開放 されて最終的には停止するが,クラックの場合には, 応力集中によって成長して製品が破壊する段階まで 進むことが多い。このため,クラックは破壊の前駆 的現象として,クラックの開始段階に注目して試験 することになる・つまり・クラックの発生するまで の時間(誘導時間)1クラックを発生させない最大応 力(限界応力)などに注目して試験する。一般的に は・製品の使馬期間でクラックが発生しない最大応 力を限界応力として設計値にすることになる。 クラックの湯合も分子量,負荷応力,温度などが 影響する.また,破壊の項でも述べたように,クラ ックの発生については,傷,ボイド,未反応物,異 物などの欠陥部が応力集中源になるので,欠陥部の 存在もクラックの発生のしやすさに影響する・ 陶 (a)未処理 (C) 5日問処理 ヤ∫ (b) 3日間処理 (d)8日問処理 写真1 PCの煮沸水処理後の破面写真 文献もあるが,実際にこのような現象の起こってい る試験片の破壊試験を行うと,発生個所が起点にな って脆性破壊するので,ここではクラックと表現す る。このクラックは,透湿性がよく,温水で加水分 解しやすいPCに特有の現象のように思われる.こ のクラックはつぎのような特長があり,上述のクラ ックとは明らかに発生機構が異なっている. ①応力が負荷されていない試験片でも,クラック が発生する。 ②クラックは,ランダムな方向に発生する。 ③クラックは,試験片の内部に発生するこヒが 多い。 ④試験片を破壊し,破断面を観察すると,年輪状 の模様が観察される。 PC試験片を温水中に浸漬すると,水分子はPC 中の不均一は部分,たとえば,分子鎖末端,低分子 [温水によるク ラックコ 分,異物,ポイドなどの欠陥部に選択的に吸収され, プラスチック全般にみられる現象ではないが・PC では温水中では特異なクラック(スタークラックと も呼ばれる1が発生する・クレーズと表現している 吸着される水分が増加するとともに,欠陥部分での 表面圧が高まり,内圧による応力がPCの限界応力 以上になったときにクラックが発生すると考えられ VDL55,NG 3 89 表2ストレスクラック性の評価方法〔原理) 方 法 定応力法(一定の応力を負荷する方法) 定ひずみ法(一定のひずみを負荷する方法} 曲げ法 引張法 曲げ法 引張法 初期長さLに対し,」Lだ 試験片のスパγ中央にたわ 試験片に荷重を負荷し,一 試験片のスパン中央に荷重 け変形させて,一定時間後 みδを与えて,一定時間後 定時間後に,クラック発生 を負荷し,一定時間受に試 験片下面の最大繊維応力の に,クラック発生の有無を に試験片下面の最大繊維応 の有無を観察する。 観察する。 発生する面におけるクラッ 力の発生する面におけるク ク発生の有無を観察する, ラック発生の有無を観察す 試験法 岬 弊 る。 正ノ2 試験片 乙〆2 試験片 轟 轟 L 荷重:一定 δ=一定 △L=一定 一一 荷重:一定 σ;ε・E σ=引張応力 6‘ P σ;一・E 且 3PL σ厭−研 ε:ひずみ(」LIL) 発生応力 伽、τ=最大繊維応力 σ1引張応力 σ照ズ最大繊維応力 δ二たわみ P;荷重 P荷重 乙:スパン間距離 A=試験片断面積 お試験片厚み 彦:試験片厚み E;引張弾性率 E二引張弾性率 (初期 応力) σ…=ア’E’s む;試験片’幅 ゐ:試験片幅 E:曲げ弾性率 E=曲げ弾性率 ↓:スパン間距離 る。特に,温水の温度が高いと,この種のクラック は発生しやすくなる、クラックが発生すると見掛け の表面圧は低下し,一時的にクラックの成長は停止 する。しかし,水分の吸着は継続しているので,再 び圧は高まリクラックは成長する。このようにクラ ックの成長,停止を繰り返すため, 破断面に年輪状 の模様が観察されると推定される。 をクラックと表現して限界応力を求めれば,安全側 の設計基準になる。 また,このような現象は, 試験片の表面近傍では, また,クレーズは直接破壊には直接は結びっかな いこともあるため,クレーズとクラックを区別して 表現すると,かえって混乱を与える懸念がある。 少2−1.ストレスクラック性の評価方法 プラスチックのストレスクラック性を評価する方 法としては・試験片に一定のひずみ(定ひずみ)ま 欠陥部の表面圧が高まると試験片表面へ向かって圧 たは一定の応力(定応力)を負荷した状態で放置し, が抜けやすいので,内部層に発生すると解釈される。 クラックの発生するまでの時間を測定する方法がと PC射出成形品を煮沸水に1∼8日浸漬した後の 破断面を観察すると, 写真1に示すような状態であ この試験については1特に決められた試験規格は られる。 ったり。写真のように,処理時間が長くなるとともに ないので,実験者の創意工夫により行われている・ 延性から脆性破壊に転じ,年輪状のクラックを起点 としたほぽ円形の破壌の核が観察された。 ただ,試験方法は応力緩和試験法(JIS K7107−19β7) 4モ.ストレスクラック 空気中の温室,湿度下で,プラスチック成形品に 応力が存在する条件下で発生するクラックを「スト レスクラック」と称する。プラスチックによっては, 先行してクレーズが発生する場合もあるが,ここで はクラックと表現する。学問的には,クレーズをク ラックと表現するのは,正確性を欠いてはいるが, クレーズもクラックヘ成長し,破壊に結びつく可能 性はあるので,ここではクラックという表現をとる ことにする。製品設計の立場からすれば,クレーズ 9D やクリープ試験法(JIS K7108−1R99)の方法も参考に なる。 試験片へのひずみや応力の負荷方法を原理的に示 すと,表2に示すとおりである。同表のように,引 張試験と曲げ試験の方法がある。透明な材料の場合 はクラックの観察は容易であるが,不透明品の場合 は初期に発生する小さなクラックを観察することは 困難である。不透明品の場合は,一定時問荷重また は変形を与えた後に試験片を取り出して強さを測定 し,強さの保持率または破断伸びの保持率で評価す る方法もある。また,クラックの発生はばらつきや すいので,1つの条件での試料数は多くして,クラッ プラスチックス 60 表苫ストレスクラックに影響する材料要因 クラックの 発生過程 誘導時問 要 因 項 目 奎50 晶性 分子量の大きさ,分子量分布 子末端構造,分岐化,架橋化 体規則性 晶構造,結晶化度 陥部 分子分,残留不純物,ボイド, 分子量 子構造 ポリマアロイ 化材料 畏40 彙 躍v 舞 ム 報30 曜 ロ3.0×IO4 i 02.4×104 1 △2.2XlO4 物,傷などの存在 クラックの 播 ミ 20 10D 101 1〔F 105 1〔戸 105 106 モルホロジー ィラーの配向 クラック発生誘導時間(min) 図3 PCのストレスタラック誘導蒋間に対する分子量の 影響(定ひずみ下) 図4PCのストレス 4 ま 甜 醗 鼠 クラック誘導時間 3 2 lo4 1伊 44.1MPa。 2壁.4MPa 39.2MPa 34.3MPa _1〔〕2 49.OMP 、日 に対する温度の影響 δ10’ (定ひずみ下) 罷10。 一 @ o 懸/0、1一 『 1 捲10−2 10、3− 0 loc IOI IO= 103 クラツク発生誘導時間(皿耐 104 図5PCのクリープ破 壊時間と温度の関係 LO’4 2,5 3.0 1/T X I O4 旦25 100 75 50 箆 温度(℃) ク発生確率で評価することも必要である。 定ひずみ法では,時間経過とともに応力緩和が起 こるので,ある応力以下では長時間後クラッタが発 生しなくなるので,この最大応力を限界応力として いる。定応力では・一定の応力が常に作用している ので,クラックが発生すると,成長して間もなく破 断するので,クリープ破断時間を測定していること が多い。 4−2−2,ストレスクラック特性 ストレスクラックは,結晶性プラスチックより非 晶性プラスチックの方が発生しやすい傾向がある。 この理由は,結晶性プラスチッタでは,強固な結晶 構造になっているため,クラックの発生や成長を抑 制することによるもにと思われる。非晶性プラスチ ックでは,ガラス転移温度以下においては,応力下 では・欠陥部が起点になってクラックが発生すると・ クラック先端で応力が集中し,成長して破壊に至る ことが多い。特に,温度の高い条件ではクラックが 発生しやすくなる。 クラックの発生と成長が,材料のストレスクラッ ク性の良否を決めることになる。クラックが発生す るまでの誘導時問を長くしたり,クラックの成長を Vo1.55,No.3 抑制することによって,材料の耐ストレスクラック 性は向上する。ストレスクラックには,分子量,結 晶化度,欠陥部の存在などはクラヅク発生の誘導時 間に影響する。また,クラックの成長に関しては, ポリマーアロイのモルホロジーやフィラーの配向な どが影響する。それぞれの要因を表3に示す、 プラスチックの分子量は高い方がストレスクラッ クは発生しにくくなる。これは,分子量が高くなる と分子の絡み合いが増えるためである。図35PはPC について,定ひずみ下で分子量を変えた場合にっい て誘導時間や負荷応力との関係を測定した結果であ る。ここで,最大応力は初期ひずみによる応力であ る。定ひずみの場合には,負荷時間中に応力緩和が 起こり,応力の値は小さくなるので,長時間側では クラックは発生しにくくなる傾向があるために,図 のように時間とともに横軸に平行に近づくような特 性曲線となる。負荷応力に対しては,分子量が高い 方が大きな応力に耐え,誘導時間も長くなることが わかる。 また図4は,PCにっいて定ひずみ下での誘導時 間と温度の関係である。この試験は曲げひずみを与 えてクラックが発生するまでの時間を測定したもの 臼1 である。温度が高くなると,ひずみが小さくてもで もクラックは発生する。また,誘導時問も温度の上 昇につれて短くなることがわかる。 一方,定応力下でのストレスクラック性は,クリ 4一目.ソルベント・クラック 一般的には,「環境応力亀裂」とも呼ばれている。 英語では「Environm㎝tal Stres$Cracking」といい, 略して一ESC」とも呼ばれている。応力と環境要因 ープ破断試験の場合と殆ど同じ挙動を示す。つまり, クリープ破断試験では,まず試験片にクラックが発 生し,このクラックが成長して破断する。非強化の プラスチックでは,クラックが発生してから破断す るまでの時間は比較的短いので,クラックが発生す るまでの時間を測定するよりは,破断した時聞で誘 導時間を代用することが多い。 図55〕は,PCにっいて定応力下での負荷応力とク リープ破断時間の関係である。同図から,温度が高 くなると,破断時間(誘導時間に相当)は短くなる ことがわかる。また,応力は大きいほうが当然のこ (化学薬品)作用でクラックが発生する現象である。 実用的には溶剤だけではなく油,界面活性剤,その 池の化学薬品なども同様な作用をするものがある。 金属材料においても,応力と薬品の共同作用で,ク ラックが発生することを応力腐食と称しているが, ソル搾ントクラックもこれによく似た現象である。 ソルベントクラックの発生機構 は,溶剤(または 化学薬品〕中にプラスチック成形品を浸漬または接 触すると,まず成形品中へ溶剤が浸透する。プラス チックは溶剤によってポリマー分子鎖が動きやすく なりガラス転移温度は低下する。ポリマー分子が動 きやすくなる状態で,残留ひずみが存在すると,こ とながら破断時間は短くなる。 の部分で局部的にひずみは緩和す (単位1㎜) (単位l mm) せん 試験片ホルダ (単位lmm) えられる。 畜薯 試腎 蔵亘 興 硬質 モく 9絶1 藤.媚 (a) ガラ て,表面圧のような2次元的な圧 力が高まり,プラスチックの引張 破壊応力を超えたときにクラック が発生するとの考え方もある。し かし,ソルベントクラックは,応 力が存在する場合に発生するとい う実験事実からすると,前者の考 え方の方が理にかなっていると思 詰 ベントストリップ法試験片,器具 〔〕.025L 試験片 (試料の厚さ0.1cmの 場合) O.〔〕201 一…・ りo.015 畷 ト 6 0.OlO ノノ ノノ ノ ノノ / エ ー!/∫!∫! O,OO5 4.OGm ◇つー 、 留 』_1α㏄m±針 図7 1!4楕円法の治具潟よび試験片の セット状態 92 他の仮説としては,不均一部分 への溶剤分子の選択的凝集によっ 試験 (b) 図6 る。このような急激な局部的緩和 によってクラックが発生すると考 0 50 10 万(cml 図8 1/4楕円法における位置と 発生するひずみの関係 われる。 4−3−1.ソルベントクラックの 試験方法 ソルベントクラック性を評価す る方法は,材料をスクリーニング する方法,ストレスクラックの限 界応力を測定する方法など,目的 によって使い分けされている。ま た,プラスチックに対するソルペ ントクラック性は,接触する溶剤 または化学薬品によって個性的な 挙動を示すので,つぎに述べる方 法で,個別に評価を行っているの が現状である。 プラスチックス (1)ベントストリップ法 L〆2 ベントストリップ法はアメリ カのベル・テレフォン社が開発 した方法である。表面に非貫通 薬液 試験片 / 一 δ A 切欠きを入れた試験片をU字 形に曲げ,所定の薬液中に放置 して,クラックが発生するまで の時間を測定する方法である。 試験片 δ { 疋 δ1一定 〔a) 2点支持法 (b)両端拘束法 図野定ひずみのソルベン トクラック試験方法(曲げ試験法) 本方法は,ASTMI693やJIS Z1706 1995(ポ1ノエチレンびん)で規定されてし 】る。 例えば,JISZ−1706の方法はつぎのとおりである。 製品(びん)側面の縦および横の方向から,38× 13mmの試験片をそれぞれ5個ずつ切り出す。 図6(a)のように,試験片の中央部の長辺に平行 して19mm・深さG.5∼O.6mmの切れヨをつけ・切 れ目を外側にして切れ目が横になるように折り曲 げ,図6(b)の試験片ホルダに順次10個取り付け る。試験片ホルダを図6〔C)の硬質ガラス管の中に の位置と発生ひずみの関係を(1−1)式から求めると, 図8のようになる。このようなひずみを発生させた 状態の試験片に試薬を接触させて放置すると,ある ひずみ以上ではクラックが発生する。図8のように, エの位置以上のひずみでクラックが発生したとする と,クラックの発生しないひずみε・を読み取ること ができる。衡と引張曲げ弾性率Eから(1 2)式によ り限界応力碗を求めることができる。ただし,この ようにして求めた応力は,応力緩和を考慮していな いれて,試験片ホルダの上端より10mmの高さま い初期応力である。 で試薬を入れるせんをする。 この方法では応力レベルを連続的に変えられるの で,1つのテストピースで限界応力を測定できる利 点がある。この試験に用いる試験片は,押出成形し たシートを用いることが多いので,射出成形品に適 用する場合には,押出成形品と射出成形品の違いを このセットを,50℃±0,5℃に保持された恒温槽水 に入れ放置する。試験片IO個のうち5個に亀裂が生 じるまでの時間をストレスクラッキング時問とす る。ここで試薬は当事者間の協定で決めることにな っている。ちなみに,ASTM1693では,環境液はノ ニル・フェニル・ポリオキシエチレン・工タノール 考慮しなければならない。 たとえば,図7に示すように,長軸IOcm,短軸4cm の楕円を4っに切った形状に,板状のテストピース を取り付ける・発生するひずみεは次式で与えられ (3)ひずみ負荷および応力負荷法 試験片にひずみまたは応力を負荷した状態で,薬 品に浸漬または接触することによって,クラックの 発生限界応力を測定できる。試験片としては,引張 試験片を用いる方法と曲げ試験片を用いる方法があ る。試験に当たっては,成形時の残留ひずみをアニ ール処理してひずみを除去しておく必要である。 ①定ひずみテスト 定ひずみテストは,テストピースに一定のひずみ を与えて試験する方法である。この試験方法は,2項 で述べたように,応力緩和が起こるので,時間とと もに応力はある程度まで減少する。つまり,時間と ともに応力は減少するので,長時間側ではクラック を用いるとされている。 この方法は,PE容器類に使用した場合のソルベ ントクラック性を評価するのに使用されfおり,材 料をスクリーニングするのに有効な方法であるが, ソルベントクラックの限界応力を測定する方法とし ては適切ではない。 (2)1/4楕円法 この方法もベル・テレフォン社が開発した方法で, ペルゲンの1〆4楕円治具と呼ぱれるものを用いる。 る。 はしにくくなる傾向がある. ε=[0,02x(1−0.0084エ2)皿3『21≠2……・一(1−1) 試験方法としては,図9(a〉のように,試験片を ただし,バ板厚,必:到7に示す位置 また,ひずみεによるよって発生する応力σ(初篤 点支持で中央部に荷重を加えて,一定のたわみを与 えることによってひずみを発生させる方法と,シー トのような成形品では図9(b)のように,試験片の 両端を拘束して変形させることによって一定のたわ みδを与える方法がある。たわみδに対応して試験 片表面に最大引張応力を発生させることができる。 応力)は,フックの弾性限界では次式で与えられる。 σ=E×ε……………・一一一……・一(1 2) ただし,E;曲げ弾性率 たとえば,肉厚1mmのシートを用いて,1/4楕円 V①1.55、No,3 93 2 表4 1/4楕円法によるPCのソルベントクラッタ限界応力・1 界応力 クラックの ターン MPa) 外観bl クラック 系 統 溶 剤 名 メタノール アルコール類 芳香族 化水素類 脂肪族 化水素類 クラック 系 統 溶 剤 名 MPa) 5.3 A 7.2 A ソプロパノール タノール 6.9 A 5.3 A クタノール 6.7 A ベンゼン 5.8 ルエン シレン ハロゲン化 一工7.715.44.0 .2シクロルエタン 化水素類 ロロホルム 塩化炭素 アセタール系 テトラヒドロフラン 13.5 オキサン ケトン類 14.2 チルエチルケトン チルイソプチルケトン エステル類 酢酸メチル .5 15.9 酸エチル 多価アル ール類 oC 2.8 6.0 工.5 CCC 2.3 AAAA 4.8 クロヘキサン CC .3 アセトン .8 23.9 ターン 外観b】 CCC .7 ペンタン キサン プタン クラックの DCCB メチレンクロライド 26.9 A タノール プロパノール 界応力 メチルセロソルブ 13.8 チルセロソルブ AA 6.9 a)浸漬条件 2D℃ 1分間浸潰 b)クラックのパターン,外観,A=応力方向に直角に小さなクラッ クが発生する,B=不規則方直に大きなクラックが発生する, C:膨潤溶解しながらクラックが発生する,D:溶解するのみでクラックが発生せず 3φX6 ち 凶。、。臥 − N囚 の やN 丸型1,⑤マグネチェッ ク・スターラう⑥紫外線 照窮ランプ,⑦ファンナ ⑧試験槽,⑨シャフト, ⑪ストツパ〔11A,U B),⑪差動トランス, ‘ 寸 図10C型試験片の形接 ll国 評岨、 ①試験片,②ヒータ,③ 感温部,④液槽(箱型・ ⑫分銅,⑬ロード・セ ル,⑭試験片を拡げる ハンドル,⑮波板付偏 ◎驚、 隅 11 !X、 !12\ 一二._.ム 曽 光板,⑯温度調節器,⑰ 悉抗線ひずみ計アン プ,⑱ひずみ指示計,⑲ 差動トランス式変位 計,⑳変位指示計,⑳ペ 匡一 「ヨ ” 一丁ππ ン青ンコーダ 21 一ココ 国 図11 C型試験法の装置6} 矩形断面の試験片について,曲げ荷重Pとたわみ 並系は次式で示される。 δの関係は,次式で示される。 6≠ PL3 δi4励≠3”……∵”……一一…噂臼(1−3〉 ここで,L=スパン間距離,6=試験片幅, ∫二試験片厚み,E:曲げ弾性率 一方,曲げ荷重Pと最大引張応力σm。x(最大繊維 応力)は,以下の式で表される。 3PL 触二2δ!z…”…”……”…甲””’一”(1−4) (1−3)式と(1 94 の式から,たわみδと応力σ燃の関 σ…=万Eδ (1』5〉 ただし,ポ試験片厚み,ム=スパン間長さ したがって,(1r5)式から,たわみδを変えれば応 力σの値を変えることができる。 あらかじめ,たわみを変化させた試験片を準備し て,最大応力の発生する面に試薬を塗布するか,薬 品中に浸漬して放置する。一定時聞経過後にクラッ クの発生の有無をチェックすることによって, クラ ックの発生しないたわみを測定できる。っまり,ク プラスチックス ラックの発生しない最大のたわみδがわかれば, 5)式から限界応力を知ることができる。実際に (1 は,この試験法は定ひずみの試験であるので,1/4楕 円法の場合と同様に,応力緩和によって,応力は時 間とともにある程度まで減少するので,実際にクラ ックが発生するときの応力は初期応力の値より小さ くなっているが,設計上では初期応力の値を用いる のがよいであろう。 一方,引張試験片を用いたストレスクラック試験 は,第3章で述べた応力緩和測定装置で,試験片を 目視観察できるような装置にするか,クラックが発 生する際にひずみが急に緩和するので,応力緩和特 性曲線の挙動ヵ弐変化する点から求める方法もある。 ②定応力テスト法 試験片に荷重を負荷することにより,一定の応力 が発生する状態でクラックの発生の有無をチェック する方法である。前項の定ひずみのテスト法に比較 すると,一定の応力が試験片に常に負荷されている ので,条件としては過酷になる。定応力テスト法は 第3章で述べたクリープ破壊試験において,一定の 時間後にクラックが発生した後,成長して破壊する が,ストレスクラック試験では,クラックの発生を 調べる試験と考えればよい。 200 (1)ヘキサン 貧 ら Σ 石 (皿)m一クレゾール 図12 ソルベント 遠 昧100 (H)酢酸工一チル クラック限界 題 応力の温度依↑ 存性9) 0 表5 限界応力の温度依存性に基づく溶剤の分類(PC)91 分類 1 温度上昇とともに限 エタノール・ブタノール・イソ 応力の減少するも ロパノール・ペンタン・ヘキ ンヘプタン・シクロヘキサ ・メチルセロソルブ・エチル ルソルブ・ブチルセロソル ・ジイソプチルケトン・四塩 炭素 II 温度上昇とともに限 酢酸エチル・酢酸ブチル・酢酸 応力の増加するも ソブチル・セロソルブアセテ ト・メチルエチルケトン・メ ルイソブチルケトン・アセト ・シクロケキサノン・ベンゾ ルトルオール・キシロール・ で荷重Pを変えることによって,試験片中央に発生 する応力を変えるができる。また,引張試験片の場 合は,荷重の大きさを変えれば, 応力の大きさを変 (4)C型試験片による方法 大石不二夫氏らによって開発された方法で,図10 に示すようなC型の試験片を用いる5)。この試験片 は,つぎの利点がある。 ①試験片に曲げ変形を与えやすい。 ②円管状であるため,力学的取り扱いが簡単で 溶 剤 例 限界応力の挙動 試験方法としては,曲げ試験片の場合は,(1−4)式 えることができる。 60 15 10 30 ∼温度(℃〉 トラクロノレエタン・1.2 ジク ルエタン・クロロホルム 1正1 測定温度範囲内で限 血 クレゾール 応力に極少値を示 もの IV クラックを生じない メチレンクロリド・水 の ③ストレスクラックの場合より,かなり低い応力 ある。 レベルでクラックが発生する。 ③旋盤加工による試験片の加工が容易である。 ④薬品の影響はプラスチックの種類によって異な ④チャックを浸さずに,試験片の中央部を液中浸 る。たとえば,っぎの例がある。 漬しやすい。 ・PC,変性PPE,ABS樹脂:有機溶剤,油, 試験装置と試験片のセット状態を図11に示す。こ の装置を用いれば,定ひずみおよび定応力の両方の グリース,可塑剤 ・POM:塩酸水溶液 ・PA=塩化亜鉛水溶液 ・PE=界面活性剤 表4は,1/4楕円法によるPCの各種溶剤に対す るソルベントクラック性を調べた結果である7)。溶 剤の種類によって限界応力の値は異なっており,特 に規則性も認められない。溶剤の中でも,芳香族炭 試験を行うことができる。 4−3−2.ソルベントクラック特性 ストレスクラックの場合に比較して,ソルベント クラックは以下のような特長がある。 ①クラックの発生するまでの時間が短い。 ②クラックの成長速度も速い。 VoL55,No.3 95 化水素,ハロゲン系炭化水素,アセタール系,ケト ン類などについては,限界応力は低い値になってい る。同表において,クラックの発生状態も観察して いるが,4塩化炭素のように,低い応力でクラックが 不規則に発生するものや,膨潤溶解しながら低い応 力でクラックが発生するもの,メチレンクロライド のように溶解するのみでクラックの発生しないもの など,さまざまである。一方,溶剤との関係では, SP値(溶解パラメータ)との関係で限界ひずみを整 理した報告もあるが,はっきりした関係は得られて いない8)。 温度の影響については,薬品によって複雑な挙動 を示す。図12は,1/4楕円法によるPCのソルベン トグラック限界応力に対する液温の影響である8)。 同図のように,温度が上昇すると,限界応力が低下 するタイプ(1),限界応力が高くなるタイプ(II), 限界応力が極小値を示すタイプ(III〉,クラックを生 じないもの(IV)などがある。いろいろな溶剤の温度 に対する挙動を4っのタイプに分類すると表5のよ うになる。 96 この結果からも,溶剤の化学構造のみによっては 決まらないことがわかる。たとえば,塩素化炭化水 素でも,4塩化炭素は1の分類に入るが,テトラクロ ルメタン,1,2一ジクロルメタン,クロロホルムなど はIIに,メチレンクロリドはIVの分類に入る。 く参考文献> 1)R.P.Kambour:J.Polym,Sci.PartA,2p.1,159/1,163 (工964) 2)成澤郁夫,高分子材料強度学,p.107,オーム社(工982) 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