東京近郊における在日フィリピン人の抑うつ状況とその関連要因 Prevalence and Risk-factors of Depression in Filipino Residents in the Environs of Tokyo, Japan 髙木直美 所属 神谷保彦 本田純久 長崎大学大学院国際健康開発研究科 1.はじめに 近年、在日外国人を取り巻く環境は大きく変化した。移住に伴うストレスに加え不景気 の煽りを受けた在日外国人に対し、精神的サポートの必要性が増している。さらに在日外 国人は言葉の障壁や生活習慣の違いから孤立しやすく、精神的な健康を保ちにくいといわ れている。本研究の目的は、在日フィリピン人の抑うつ状況を調査し、抑うつに関連する 要因を明らかにすることである。 2.方法 2011 年 9 月から 11 月までの 3 か月間に、東京近郊にあるカトリック教会延べ 15 か所 において自記式質問紙による調査を行った。調査に参加した在日フィリピン人の対象者数 は 250 名である。 対象者に対し調査の目的を説明し、プライバシー保護の遵守を約束した。 収集した情報は、個人が特定できないようにコード化し厳重に管理・保管した。なお本研 究は長崎大学大学院国際健康開発研究科倫理委員会の承認を得て実施した。 調査において収集した情報は、社会経済的属性、労働条件、宗教的属性、ソーシャル・ サポート、生活満足度、生活適応度および抑うつ状況であった。抑うつ状況を測る尺度に は Center for Epidemiologic Studies Depression Scale(以下「CES-D」)を用い、CES-D 得点が 16 点以上を高得点群(抑うつ群)、16 点未満を低得点群(対照群)とした。CES-D 得 点分類(高得点群、低得点群)と上記調査項目との間の関連について、二変量解析および 多重ロジスティック回帰分析により統計解析を行った。 3.結果 年齢または性別が不明、および CES-D の欠損項目が 5 つ以上ある人を除いた 203 名を 本研究の分析対象とした。対象者の性別は男性 35 名、女性 168 名、平均年齢は 40 歳、滞 日期間の平均は 13 年であった。婚姻状況は既婚者が 137 名、独身者が 62 名、配偶者の国 籍は日本人が 91 名、フィリピン人が 50 名であった。また回答者の約 9 割が何らかの健康 保険に加入していた。 抑うつ状況について、 対象者の 42%が抑うつ群であり、CES-D 平均得点は 15.0 点であっ た。CES-D 得点分類と相関のみられた(P<0.1)項目と抑うつ状況との関連について、多重 ロジスティック回帰分析を行った。その結果、「経済状況」「健康状態」「日本語能力」「情 報的支援の有無」 「放射能による健康影響への不安」の 5 項目が抑うつに有意な要因であっ た。 4.考察 1996 年に実施された在日フィリピン人を対象とした先行研究と比較すると、本研究のほ うが CES-D 平均得点において 2.5 点低かった(Hirano, 1999)。先行研究の対象者に比べて、 本研究の対象者は日本での生活が長期である人や配偶者と一緒に住んでいる人が多かった ことから、日本での生活に適応するための条件が比較的整っている人々だったことがうか がえる。また本研究において送金金額と抑うつ状況の関連は有意な関連が認められなかっ たが、先行研究では送金金額による負担が抑うつ状況に影響を与える要因であると指摘し ている。こうした送金状況の違いも調査結果に影響した可能性がある。 また、在日フィリピン人の抑うつ群は、経済的な困難、言語の壁、医療機関等の情報不 足により、満足な医療が受けにくい状況にあると考えられる。経済状況や日本語能力、病 院についての情報の有無は、受診行動に大きな影響を及ぼすと思われる。受診の遅れや治 療の中断は健康状態に影響を与え、健康の悪化が抑うつに影響している可能性もある。 難しい状況や緊急性の高い問題が生じたとき、言葉の不自由さからくる生活情報の不足 は深刻な状況をもたらす。とくに原子力発電所事故による情報の錯綜は、日本語能力に限 界のある人々に不安や心配を与えたと考えられる。そのため、在日外国人に不足しがちな 保健医療情報を含めた情報支援が求められる。 5.結論および今後の課題 教会はフィリピン人にとってストレスに対処するうえで重要な場であり、こうした場作 りの促進は在日外国人のメンタルヘルスに良い影響を与えると考えられる。在日外国人、 とくに経済的に恵まれず、日本語能力に限界があり、情報支援を得られにくい人々に対し て、精神的サポートを含めた医療支援が急務である。 謝辞 プライバシーに触れることになる調査に快く協力してくださったフィリピン人の皆様 に深く感謝申し上げます。カトリック東京国際センターの Fr. Ogshimer Restituto と有川 憲冶副所長のご協力と支えなくして本研究を実施するはできませんでした。厚くお礼申し 上げます。また多くのご協力とご示唆をいただきましたカトリック東京国際センターのス タッフの皆様および教会関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
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