こちら - 鶴川さくら会

講
「精神科病棟への入り口」
義
―
任意入院の在り方、今後の措置入院の方向性
枝
―
窪
俊
夫
20160912
はじめに
ナルシス:Narcisse (仏)、Narkissos
、ナルシシズム、ナルシ
シスト
ギリシャ神話で、ニンフ nymph―山野・河川・樹木・洞穴などの
精霊。若くて美しい女性の姿で、歌と踊りを好む―のエコー(こだ
ま)を失恋させた美少年。水に映る我が姿に恋して死に、水仙 に化
英 daffodil―オランダ語 de affodil、冥土や楽土に咲く不凋花
した。○
から。
cf. ブラザース・フォア「七つの水仙 seven daffodils」
自己愛なる厄介なもの!
基盤に適応不良を有する者の内で、自己愛が肥大化すると、現実
との乖離を生じ、更に現実感の喪失にも至り、今置かれている自身
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の条件を、
「自分がこんな境遇にあるのはおかしい」、
「もっと優遇さ
れるべきなのに」と不当性を訴えるようになり、やがて被害妄想へ
と発展する。
自己愛を満たす限られた空間・世界に埋没し、往々にして引き籠
もり現象を来たす。
そこでは、支配性が強化され、攻撃性を増して横暴な振る舞いと
暴力が日常化する。その対象となるのは、家族、特に、より弱者で
ある女親であることが多い。
更に自己愛の肥大化は増大し、いつか自らを神となし、あるいは
神に選ばれし者という神格化、神託化が起こり、今回の犯人も自ら
を「救世主」と供述していることが伝えられている。これまでの被
害妄想はいつからか代償性に誇大妄想へと変転し、辛うじて人格の
崩壊を回避する防衛機制がはたらく。
津久井やまゆり園の事件、犯人の精神病理
今回の津久井やまゆり園の事件について、犯人は、神である自分
が、あるいは神に代わって無用な存在である障害者を成敗してやる
という意識の下、深夜に助けを求めることもかなわない重複障害者
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を刃物で次々に刺し殺すという犯行に至っており、その悍しい犯行
にも全く躊躇する様子をみせず、自首し、堂々と「やってのけたの
は俺だ」と犯行声明を誇示しさえする強い達成感と、誇大妄想を背
景にした全く身勝手で、勘違いの選良意識とが窺われる。
そこには、現実には適応不良により社会から脱落し、社会的にも
経済的にも恵まれない条件下での生活が長期化しており、彼の内に、
こうした悪条件を一気に大挽回することを可能にするという挑戦が
あった。
適応障害が増えている感があるが、確かに学術一般、特に IT 技能
の急速な高度化、それに伴う社会体制の変革など適応するのが難し
い社会になっていることが背景にあろう。
かつて精神病者が処遇された座敷牢にあっても、劣悪な環境・条
件で、人間並みの扱いこそされなかったが、抹殺されることはなく、
少なくとも彼らの生存権は守られていた。こう考えると、今回の犯
行は重大だ。
薬物の影響
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もう一つの事件の要因として、薬物の影響があり、これなくして
はここまで凄惨な犯行には至らなかったであろうと考えられる。
某宗教団体のイニシェーションと呼ばれた手法も、同じメカニズ
ムによるものである。
犯行直後に不敵な笑みを浮かべた犯人の映像が流れたが、時間の
経過とともに薬物の影響は薄れたと思われ、やがて顔を覆い隠そう
とする仕草をみせるようにもなり、現実への直面化が些かはなされ
たものと推測される。
存在するものは否定されない社会のありよう
生理学の二大原則に、
「個の保存」と「種の保存」がある。文字通
り個体である自分が生き残るために、また種を滅ぼさないために、
生きものは命を賭けるということだ。
これは生きものにとって、その両者ともが大切と謳うものだが、
国家を主体とする社会を形成する人類にあっては、後者が前者に優
先・重大視される傾向があるように思われる。つまり、
「種」>「個」
を思わせることが、しばしば発生する。
戦争然りで、こうなると人間の業・宿命とでも考えざるを得ない。
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存在するものといって、確かに、人類の敵とされて来た、疫病の
源、古くはコレラ、ペスト、進んで結核、エイズ、エボラ出血熱、
ジカ熱などの細菌、ウィルスはにっくき存在として世界が協力して
撲滅の努力をして来たのは、個・種の保存の原則に適うぎりぎりの
ラインである。
医療・介護の経済学
支えられる側と、支える側の数・力量とのバランスという問題が
現実的にあり、支えを必要とする人間の増大に伴い、支える人の負
担は増大の一途を辿り、人類として、社会としてどこまで耐えられ
るだろうか。
医療も、介護も、我が国に於いて、経済学上非生産的なものであ
り、あくまで予算として計上された枠内で賄われており、いくらシ
ャンデリアで飾り立てても、ステーキにキャビアを乗せたスペシャ
ルメニューで患者・利用者をもてなしても、ホテルやレストランと
違って、決められた額以上の請求をすることは許されない。
先の都知事選で、二人の候補が公約に介護職の給料月額10万円
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アップを謳ったが、財源と全国的バランスに触れることなく、全く
無責任の極みだ。
世界に冠たる我が国の皆保険制度だって、いつまで持つことだろ
うか怪しいものだ。
高齢者問題を考えたら、ことは現実的に差し迫っている。現在は
まだタブー視されているが、安楽死だって、そう遠からず議論のテ
ーブルに乗ることだろう。
cf.「ソイレント・グリーン」。チャールストン・ヘストン主演
教育も問題!
先進国といわれる国は、どこも受験戦争に追われる競争社会だ。
個人の、将来より優位な立場を確保しようという鎬合いには興味も
ない。
教育者は「世の中のためになる、人の役に立つ人間になれ」と、
その教育理念をかざすが、その言は「役に立たない人間は、生きる
価値がない」とも聞こえ、切り捨てにならないだろうか。
「不要なものは排除する」、としたら、今回の事件に相通ずるもの
があるように思えてならない。
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前言を繰り返すが、それ以前に、
「存在するものは否定せず、可能
な限り支える」姿勢こそが、教育の原点として早期より叩き込まれ
るべきことに思う。
ダウン症の児を持つ母親の、
「この子がいてくれるだけでいいんで
す」という一言は重かった。
事件は法を、制度を動かす
ライシャワー駐日米大使刺傷事件 1960
精神衛生法 (1950)改正 1965
① 保健所に精神衛生相談員を配置し、訪問指導、相談業務を強
化
② 精神衛生センター(現、精神保健福祉センター)の設置
③ 通院医療費公費負担制度の新設
④ 検察官、警察官らによる、通報・届け出制度の強化
⑤ 措置入院制度の強化:緊急措置入院制度の新設
宇都宮病院事件 1983
精神保健法 1988
① 任意入院制度の導入
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② 入院時に書面による人権尊重や権利等の告知制度を設ける
③ 入院の必要性や処遇の妥当性を審査する精神医療審査会を
設置
④ 精神障害者の社会復帰を促進するため、精神障害者社会復
帰施設(援護寮、授産施設等)に関する規定を設定
池田小学校事件 2001
心神喪失者等医療観察法 2003 公布、2005 施行
犯罪を犯した精神障害者の処遇に関し、司法ルートに乗らず、
治療的処分がなされたケースについて、退院後も、保護観察制度に
近いフォロー
そして、今回の事件後、厚生労働省は、
① 措置入院の入院や退院時の判断の妥当性の検討
② 措置入院の退院後の継続的な医療の確保と、自治体・地域との
連携
③ 警察など関係機関との情報共有を論点とする「検証・検討チー
ム」を立ち上げる
議員の中には、措置入院した者に GPS を装着さすべきだという意
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見もあると聞き、更には戦中の治安維持法に当たるものとして、精
神神経学会も強く反発し、成立を拒んだ保安処分の復活も一部の紙
上で取り上げられている。
多数の障害者が犠牲となった今回の事件の結果、障害者の自由度
が不当に狭められることになるとしたら、何とも皮肉で悲劇的なこ
とと言わざるを得ない。
治療と社会防衛と
精神科治療が担う役割に、精神障害を負った個人の治療とともに、
精神障害者による犯罪の被害者になるのを防ぐという社会防衛的要
素がある。
確かに治療によって、精神障害者が病状がらみで犯罪を起こすこ
とを回避できれば、それは患者自身にとってもハッピーなことであ
る。
しかし、精神科医が後者の役割を過大に引き受けてその期待に応
えようとするのは非常に危険なことであり、あってはならない。か
つてのナチス、ソビエト、我が国の治安維持法を振り返ればその恐
ろしさたるや歴然としている。
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現代の医療現場でも、薬漬けや根拠の乏しい電気ショック療法の
乱用などといったかつて一部の精神科病院でみられた事件の再発が
みられることになろう。
任意入院 voluntary admission 導入に至るまで
精神病者監護法 1900 (明治 33)
① 監護義務者の選任、市区町村長に代理義務
② 監護義務者は医師の診断書を添え、警察署を経て地方長官に
願い出て、許可を得なくてはならない
③ 行政官庁に監置を監督する権限を与える
として、私宅監置を容認
精神病院法 1919
(大正 8)
監護から、医療の対象へ
精神衛生法 1950 (昭和 25)
私宅監置を廃止
精神衛生鑑定医制度の設置
精神保健法 1988 (昭和 63)
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きっかけとなったのは、宇都宮病院事件 1983 (昭和 58)
この改正により、精神病院(当時:現在は精神科病院)への入院
は、本来が患者本人の任意の意志によるべきとされ、所謂 informed
consent の概念を導入した任意入院制度が打ち出された。それまで
は保護義務者の同意を基に多くの入院手続きが成されて来ており、
いかに当事者の意志が無視されていたかが問われた結果の改正であ
った。
精神保健福祉法下の入院形態
現在の精神保健福祉法には、①任意入院、②医療保護入院―本人
は入院の必要性を受け容れられない場合に、精神保健指定医による
入院が必要という診断の下、代わって保護者の同意を以て入院とな
る、③措置入院―二名の精神保健指定医がともに入院治療を要する
精神病と診断し、更には近い将来、自傷・他害の恐れがあると判断
した場合、県知事の命により入院となる、の三つの入院形態がある。
認知症における任意入院、どこまで?
さて、認知症患者自らが精神科医療機関で入院治療を受ける必要
性を理解し、受け容れることができるかという問題だが、任意性発
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揮の可能性の根拠となる疾患の重篤度、種々の認知度を測るテスト
といってどれも一面的なもので、診断の決定的な要因となるもので
はない。まして長谷川式は簡便性こそ優れているといえ、確度の高
いものとは言い難い。
また最新の技術を駆使した画像診断にしても実際の認知症との合
致度はまだまだ危うく、いずれも参考資料に止まると言ってよい。
結局は、診察に当たる臨床医の判断・裁量に委ねられることにな
るが、これこそが信頼性に関してバカにしたものでない。もちろん、
まとまな医者に当たればという話ではあるが。
精神保健指定医の資格更新講習では、中学生程度の理解・判断
能力があれば、任意入院に応じられるとすると回答されている。
つまるところ、「今日からはここで療養しましょうね」と言って、
「はい、分かった」と言ってくれるか、少なくとも「ここに入るの
は、どうしてもいやだ」と言わないなら、入院に応じてくれたもの
として、任意性を確認したと言ってよいように思うのだが、どんな
ものだろうか。
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今回の実地審査に訪れた医師の言うように、認知症の高齢者とは
いえ、精神保健法の下での入院であるなら、統合失調症や、うつ病
やらの精神科本来の疾患に際して行なう手続きと同様に成されるべ
きだというのも理屈としては理解できないではない。
が、それはそれとして、実際論としての運用の幅をもう少し広く
取るのが現場の実情に即していると確信して疑わないのだが、不幸
にして今回こうした指摘を受けた以上、お上のいうことだから不承
従わざるを得ない。
当院における任意入院―わたしの、さくらの言い分
ご承知の通り、当院は精神科病院の枠の下、つまりは精神保健福
祉法に則って、高齢者の主に認知症を中心とした方達を受け容れる
医療機関である。
入院して来るのはすでに他院で一時治療を経過しているケースが
殆どであり、本人も家族も、安定した治療、療養の継続の場を求め、
もっと言うなら安穏に最後を迎えられる場をと願って当院に来てい
るのが実情だ。
居る場所が移り、ベッドが変わったからといって、これまでには
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ない煩雑な手続きを求められるのは唐突に過ぎ、ここまでの介護・
付き添い等で疲弊した状態にある家族が混乱を来たすのも充分に予
測され、そうした事態は避けたいと思って来たし、これまで都の、
「成
る可く任意入院を促進・導入するように」という実地審査の際の指
導もあって、緩やかな体制の下、例えば、家族の代筆署名による同
意書作成を以て、認知症者にあっても任意入院でよしと対応して来
たが、今回の厚生労働省による実地審査に立ち会った一医師の「自
筆署名ができないなら、任意入院はあり得ない」と指摘されては、
これまでの対応を変更せざるを得まい。
となれば必然、医療保護入院とせざるを得ないケースの増加が予
想され、指定医の業務負担の増大化、PSW の事務的作業の増加が見
込まれるが、真摯に対応して行く方針であり、すでに指摘に耐えら
れる方策を始めているのをご承知いただきたい。
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