解答作成のヒント 記事を読む それでは、さっそく記事の内容を確認していきましょう。今回の記事は、一 人で食事を取る子どもや、家庭の事情で満足に食べられない子どもたちのため に、誰かと話しながら食事ができるような場所を提供しようとする、山口県宇 部市の和食店の取り組みを紹介したものです。 このように、一人で食事を取らざるをえない子どもたちのための食堂は「子 ども食堂」と呼ばれており、宇部市だけではなく、全国的な取り組みとして広 がっています。 店の経営者の西村まゆみさんがこの取り組みを始めたきっかけは、彼女自身 の経験によるものだと記事には書かれています。彼女は、女手一つで二人の子 どもを育ててきましたが、一緒に食事ができるのは朝食のみであり、子どもた ちの話を聞けるのも慌ただしい朝の時間だけに限られていたと言っています。 このように家庭の事情によって、家族とともに食事ができず、子どもが一人 で食事をすることを「孤食」と呼んでいます。2009 年の全国家庭児童調査(厚 生労働省)によると、1週間のうち家族でそろって食事を取る日が「ほとんど ない」あるいは「1日のみ」とした回答は、朝食では約 42%、夕食では約 17% でした。 こうした背景には、家族形態やその成員の生活習慣の多様化があります。近 年増加している共働き世帯・ひとり親世帯の子どもや、学習塾など夜遅くまで 習い事をしている子どもは、家族と一緒に食事をする機会を持つことが難しく なっています。かつては家族そろって食事をすることが当たり前でしたが、現 在ではむしろ家族そろっての食事のほうが珍しくなっているのかもしれません。 さらに、西村さんの長男の話を踏まえると、「孤食」は、家族間のコミュニ ケーション不足にもつながっており、最悪の場合、子どもが非行に走るなどの 問題も起こりかねないということが分かります。 1 解答の方向性を考える では、記事の内容をおさえたところで、解答をどのように組み立てていくべ きかを考えてみましょう。 小論文の解答を考えるとき、課題文から問題点を読み取り、その分析と解決 策を示すというのがオーソドックスなパターンです。しかし、今回はそうした 方法ではあまりうまくいきません。なぜなら、記事で紹介されている取り組み 自体が「孤食」に対する一つの解決策と考えることができるからです。課題文 に解決策が述べられている場合に、受験生がしばしば行なってしまいがちなの が、課題文の内容に賛同し、それを繰り返すだけで解答を終えてしまうことで す。これでは、小論文としての独自性を示すことはできません。 それではどのように考えればよいのでしょうか。改めて今回の記事を確認す ると、この取り組みのきっかけについては述べられていますが、そもそも「孤 食」にはどのような問題点があるのかということについてはあまり触れられて いません。したがって、今回はこの「孤食」の問題点を分析することで、答案 に独自性を出していこうと考えました。 ☆「孤食」の問題点の考察 あることがらの問題点を浮かび上がらせるには、それと対立することがらの 利点と比較することが効果的です。今回の「孤食」に対立する概念は他者とと もに食事を取ること、つまり「共食」です。ここでは「孤食」と「共食」を対 比しながら、それらの特徴を考えてみましょう。 〔例〕 「孤食」 「共食」 ① 自分の好きなものを、好きなだけ、 ① 一緒に食事を取る人の都合(好き嫌 好きな時間に食べることができる。 い、時間など)に合わせる必要がある。 ② 一人の食卓は寂しい。 ②かつては家族や共同体の成員と食事 を取ることが当たり前だった。 以上の例を踏まえて、今回は二つの観点から「孤食」の問題点を探ってみよ うと思います。 2 まず、①から考えてみましょう。「孤食」の場合、「自分の好きなものを、 好きなだけ、好きな時間に食べることができる」というのが利点であるように 見えます。しかし、自分一人で食事を用意する場合には、栄養配分を考えず好 物ばかりを食べてしまったり、インスタント食品やファーストフード、スナッ ク菓子など手軽にすませられるものを選びがちです。これでは子どもの身体の 発育に必要な栄養を取ることができません。 また、一人きりの食事の場合、だらだらとテレビを見ながら食事をしてしま うなど、食事の始めと終わりが明確に定まらないことが多くなります。その結 果、際限なく食べたり、逆に食欲がわかなくなるなど、食事のリズムが乱れて しまうことが考えられます。食事に関する生理が崩れてしまうのです。その点、 「共食」の場合には、他者と一緒に食事を取るために、自然と食事の時間が規 則正しいものになったり、相手の健康を慮って栄養のバランスを考えたりする ようになるでしょう。これは「共食」の利点と考えられます。 次に②について考えてみましょう。一人の食事が「寂しい」というのは感情 論で、一見小論文にはあまり有効ではないように思えます。しかし、感情は人 間にとってなくてはならないものです。一人の食事が味気ないと思うのは、か つては家族とともに食事を取ることが当たり前だったからでしょう。そうだと すれば、「共食」には何か大きな意義があったと考えることができます。 「同じ釜の飯を食う」ということわざがあります。これは同じ共同体に属す る者が、同じものを食べることによって共同意識を持つことを指します。それ が転じて、「同じ釜の飯を食った仲」と言えば、同じ生活をともにした親しい 仲間を意味するようになりました。ことわざとして意味が残るくらい昔から、 食事とは、家族や共同体の連帯感を維持するためのツールであったと考えるこ とができるでしょう。現在でも、わたしたちは歓迎会や食事会など、他者と食 事をともにする機会を積極的に作ろうとしますが、これは、そうした食事の場 をきっかけとして、その共同体の団結力や絆が強まることを経験的に知ってい るからだと言えます。 また、食事は相手とコミュニケーションを図るためのきっかけにもなります。 たとえば、同じものを食べていても、わたしたちの味の感じ方は人それぞれ違 います。食事を作った人が、一緒に食べている人に味の様子を尋ねるのは、視 覚や聴覚とは違って、味覚が容易に共有できるものではないからです。そして、 味に関する感想を聞けば、次の食事を作る際には、自分の好みだけではなく、 相手の感覚や意見に沿うように工夫を凝らすようになるでしょう。このように、 3 目の前の食べ物を、相手がどのように味わっているのかについて会話を交わす ことは、相手の感覚や思いに自分の気持ちを寄り添わせる力をつける契機にも なるのです。 このように考えると、「孤食」による問題点としては、単に一人の食事が味 気ないというだけではなく、それによって「共食」の場にはあった「他者との 関係性」が失われてしまうということも指摘できそうです。そして、「孤食」 によって、他者との健全な関係を築く力が失われてしまえば、記事にも指摘さ れているように、子どもが非行に走るなど、社会的な孤立を招く危険もありま す。これは、人間が社会の中で生きていくための根幹を揺るがす大きな問題で あると言えるのではないでしょうか。 そうだとすると、記事で紹介された取り組みは、単に食事を提供し、子ども の健康や身体の生理を調えるためだけではなく、「他者との関係性」を築く場 の再生を図る点で意義を持つと考えられます。 解答例の構成について 以上の考察をまとめたものが、解答例です。 まず、第一段落では、「孤食」の問題に対応するために、全国的に「子ども 食堂」の取り組みが広がっていると述べました。また、第二段落では、まず「孤 食」の表面的な問題点として、「人間の食に関する生理の乱れ」を説明し、第 三段落では、さらに大きな問題点として、「孤食」によって失われる「他者と の関係性」を指摘しました。最終段落ではそれまでの議論を踏まえた上で、記 事で紹介された取り組みが「他者との関係性」を回復する場を創り出している と結論づけて、まとめを行っています。 最後に 今回は、「食」をテーマに社会の問題点を考えていきました。「食」は、「私」 を形づくる、人間の活動のなかでも最も重要な営みの一つです。「食」をテー マにした社会問題は、「食品偽装」や「異物混入」などさまざまなものが報道 されています。こうした問題についても、テレビやインターネットの話題とし てではなく、自分自身の問題として積極的に考えていってもらいたいと思いま す。 (田中 友美) 4
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