セイヨウミツバチにおける女王の血筋 あらすじ はじめに 方法

2006.12.14 工藤 直
セイヨウミツバチにおける女王の血筋
を持つ単一の遺伝子座を考え、世代行列を作ると、古典的な Hardy‐Weinberg 集団において r と
Moritz RFA, Lattorff HMG, Neumann P, Kraus FB, Radloff SE, Hepburn HR (2005) Rare Royal Families in +の間に安定平衡が生じ得るかどうか検定できる(Table 2)。このモデルで r オスの適応度は、淘汰
Honeybees, Apis mellifera. Naturwissenschaften 92(10):488–491. 係数 s の分減少すると考えた(sWm = 1‐s)。また少し極端だが、r を 2 つ持つメス幼虫は必ず女王
になると仮定した。従って、rr 女王幼虫が r+幼虫よりも、r+幼虫は++幼虫よりもいつも優先的に
あらすじ
養育される。成虫女王の適応度はすべての遺伝子型で等しい(Wf = 1)。女王幼虫の遺伝子型の適
セイヨウミツバチ(Apis mellifera)の女王は繁殖をコントロールしている。女王の幼虫はワー
応度が可変的であったり部分的であったりするような別のシナリオは、自然選択の仮定を緩め、
安定平衡が生じ得るパラメーター空間を膨張させてしまう。こういったパラメーター設定を使っ
て、平衡頻度は以下の式で与えられる。 カーに選ばれ、特別な食料(royal jelly)を与えられることで、女王としてのカーストが決定づけら
れる。女王はたくさんのオスと交尾するため、コロニー内には多くのサブファミリーが共存する。
その結果、女王生産をめぐってサブファミリー間で競争が起きてもおかしくない。本報では、ミ
ツバチ女王はランダムに選ばれるのではなく、ワーカーでは極端に低頻度の『ロイヤル』サブファ
ミリーが優先的に女王として養てられていることを示す。 p = (1/s) – 1 (for 0 < p < 1) ここで、0.5 < s < 1 であれば 2 つの対立遺伝子間で安定共存する。一方、s ≤ 0.5 であれば対立遺
伝子 r は集団中に固定する(Fig. 1a)。女王幼虫を養育する Table 2 以外の条件では、まだ他にもた
くさんの平衡状態の可能性がある。つまり、オスとメスの適応度にトレードオフがあれば、対立
はじめに
セイヨウミツバチの女王はかなり多くのオスと交尾するため、最大 45 にも及ぶサブファミリー
遺伝子 r が固定も消滅もしない、かなり大きなパラメーター空間が存在する。 (父系)がコロニー内に共存している。しかし温暖な気候のもとでは、女王は生涯を通じて極少数
の新女王しか生産しない。そのため、新女王を輩出するサブファミリーは限られる。このような
状況では、ワーカー同士が自身のサブファミリーの女王をひいきして育てようと激しく競争する
Table 1 Results of the statistical tests to evaluate the difference between queen and worker subfamilies in the eight colonies 可能性がある(血縁選択説)。しかし、女王生産における縁者びいきの検証実験は、否定的な結果
が得られた理、統計的に有意な差が検出できないものが殆どである。と言っても、全くランダム
ではなく、特定のサブファミリーの個体が高確率で新女王になる。自然選択によって潜在的な生
殖能力の遺伝的変異は小さくなり、女王生産のチャンスはすべてのサブファミリーに平等になる
はずである。その現象は、個体の適応度の増加にはコロニーレベルの適応度が代償になるという
平衡選択で説明されてきた。私達は、女王になる確率の増加が、個体の直接的な適応度だけに基
づいて、オスとメスの適応度のトレードオフから説明できるケースを紹介する。その結果、ワー
カーでは極めて低頻度の血統が、ロイヤル・ファミリーとなる遺伝的構成が生じる。 方法
ワーカーbrood のサンプルは南アフリカのケープミツバチ(A.m.capensis) 3 コロニーから 261 個
体、ドイツの A.m.carnica 5 コロニーから 221 個体集めた。サブファミリーの頻度と分布は、少な
Table 2 Fitness values and frequencies of queens and males in a population with a locus that determines くとも 8 つのマイクロサテライト領域を用いて brood の遺伝子型から決めた。コロニーから女王
rearing female larvae to queens を取り除き、女王生産を促した。14 日後に新女王の蛹をケープミツバチのコロニーから 32 個体、
A.m.carnica のコロニーから 144 個体サンプリングした。女王サンプルのサブファミリーもワー
カーと同じ遺伝子座を用い決定した。遺伝子型に基づいて、女王幼虫もワーカーと同じサブファ
ミリーへと割り振った。サンプリングエラーによるサブファミリー数の偏りは、標準的な方法で
是正した。 それぞれのコロニーでサブファミリー数の 5 分の 1 ずつの小群(5 分の 1 群)へグループ分けし、
それぞれの小群でワーカーと女王の頻度を記録した。これによりサブファミリー数が異なるコロ
ニー間の比較が可能になる。この頻度の違いは Monte Carlo RxC 2.21 で検定した(100,000 回反復)。 オスとメスの適応度のトレードオフ仮説を検証するために、male haploid population genetic model を検証した。幼虫を女王に育てさせようとする対立遺伝子 r とそうではない対立遺伝子+
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れない。しかし、本報のモデルが実際に
女王幼虫を選択する至近要因を反映して
いるのであれば、ワーカー・カーストで
は稀な父系がロイヤル・ファミリーとな
るのかもしれない。 結果
8 個のコロニーで、サンプル個体はコロニーあたり 10~59 のサブファミリーが検出された。全
部で 258 の内 45 のサブファミリーは、ワーカーでは検出されなかったが新女王では多くみられ
た。サブファミリーの分布は 8 個のコロニー全てにおいて、ワーカーと女王でかなりの違った
(Table 1)。このことは、コロニー内の選択過程が女王養育に影響しているということを示してい
る。女王は、ワーカーでは見られないサブファミリーから優先的に育てられていた(Fig. 1b, 1c)。
多回交尾の度合いと rare サブファミリーの数に強い正の相関性があるということは、多回交尾し
た女王のコロニーでこの現象がより顕著になっていることを示す。実際に、ワーカーでは最も
rare なサブファミリーグループの、緊急時に養育された女王頻度への寄与度を計算すると、女王
の交尾回数に対して正の相関があった(r=0.86; N=8; p=0.006)。一方、ワーカーではそのような相
関はなかった(r=0.03; N=8; p=0.939)。多くの父系から構成されているコロニーで royal サブファミ
リーの効果がより顕著なので、前報では父系が比較的少なかったので検出できなかった可能性が
ある。 考察
緊急時の女王のほとんどが、ワーカーでは検出されなかったか、あるいはごく僅かであった
rare なサブファミリーから養育されていた。もし新女王が各サブファミリーから無作為に選ばれ
ていれば、その頻度はワーカーと変わらないはずである。また縁者びいきがあるとの仮説でも説
明できない。なぜなら、発育中の女王幼虫の栄養面の要求を満たし続けるのに、同じ家系のワー
カーがたくさん必要なはずだからである。数少ない rare サブファミリー由来のワーカーがみな世
話係になり、女王巣房を探し出し、全姉妹(super‐sisters)だけに投資するということも考えにくい。
多くの先行研究でも、この可能性は支持されていない(Breed et al. 1994)。 女王でのサブファミリー構成はワーカー幼虫の場合とは違っているので、女王に養育される幼
虫が世話係にとって魅力的なのかもしれない。ミツバチにおいて、幼虫の rearing attractiveness
の遺伝的変異は何度も示されてきた。どの遺伝学的研究においても、ワーカーでもっとも多いサ
ブファミリーは女王で少なく、その逆もまた成り立っていた。もし rare サブファミリーの幼虫が
優先的に女王へと養育されるのならば、考えられうる説明には 2 つある。❶頻度依存選択的な過
程で、ワーカーが rare な遺伝子型を好んで女王にしようとすることだ。この説を除外することは
できないが、こういったメカニズムを支持するような理論的な論拠も実験的な根拠も存在はしな
い。❷父親の繁殖形質における変異に拠るというものだ。オスの適応度は、精液の受精能や精子
の量にも依存する。実際、オスの適応度はかなりばらつく。ワーカーにほとんど子孫のいないオ
スが、繁殖メスの大部分の父親だった。このことはオスとメスの個体の適応度のトレードオフを
示唆しているのかもしれない。もし、精液の量が少なかったり、精液の受精能が低かったりする
オスが、女王に養育されやすいより魅力的なメスを生産するのであれば、メスの適応度をあげる
結果となる。Table 2 の集団遺伝学モデルの結果は、オスとメスの生殖虫に関する広い適応度空
間に亘って、安定平衡が発生し得ることを示している。こういったオスとメスのトレードオフは
近年、別の昆虫でも見つかっており、今回の結果を支持するものと言える。ただし、緊急時の女
王養育が通常の女王養育と必ずしも同じとはいえない。通常の場合は女王は特別に作られた王台
に産卵する。このため、サブファミリー頻度は通常時と緊急時の女王養育で同じではないかもし
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