第22回世界哲学大会についての報告

学会事情
第 22 回世界哲学大会についての報告
金 承 哲*
2008 年7月30日より8月5日まで,韓国のソウル大学を会場にして,
第22 回世界哲学大会(XXII World Congress of Philosophy)が国際哲学連
盟(International Federation of Philosophical Societies)と韓国哲学会(Korea
Philosophy Association)の主催で開催された。今回の大会の全体的主題は
「今日の哲学を考え直す」(Rethinking Philosophy Today)であった。この大
会の歴史は,1900 年,フランスのパリで開かれた第1回大会にさかのぼり,
1948 年からは5年ごとに開催されている。この大会がアジアで開かれた
のは今回が初めてという。今回の大会は,54 分科の478 セッションに分か
れて,全世界からおよそ 2000 名に近い哲学者たちが集まった。
ソウル大学の大講堂(文化館)で行われた開会式では,本大会の組織委
員会長の李明賢氏と国際哲学連盟会長のピーター・ケンプ(Peter Kemp)
氏による開会宣言および挨拶,韓国の国務大臣の韓昇洙氏による祝辞,韓
国伝統文化を披露する華麗な公演などが行われた。全体的には,英米系の
分析哲学的議論がヨーロッパ系のいわゆる伝統的哲学を圧倒する雰囲気で
あったといわれる。このことは,いわゆる知名度の高い参加者の面々から
も伺えた。
筆者としては,専攻がキリスト教神学であるということもあって,アメ
* 金城学院大学宗教主事,人間科学部教授
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金城学院大学キリスト教文化研究所紀要
リカの脱構築主義神学者のマーク・テイラー(Mark C. Taylor)氏の招請
講演を聴くのを楽しみにしていた。以前,氏の『さまよう──ポストモダ
ン的無/神学』(Erring: A postmodern A/theology Chicago University Press,
1984)を読んで大きく啓発されたことがあり,彼の思想を禅仏教と関連さ
せて書いた論文を送って氏から返事をいただいた思い出もあって,氏の講
演を傾聴しようとしたのである。
もう一人,筆者が聴きたかったのはドイツのペーター・スローターダイ
ク(Peter Sloterdijke)の講演であったが,氏は予定とは異なり大会に不参
であった。氏の「人間園の規則」(Die Regeln für Menschenpark)という講
演がユルゲン・ハーバマスとの激論を引き起こしたことは有名であり,遺
伝子工学による人間の操作を旧来の人文主義を切り替えるものとして読み
取る氏の思想にはとても興味をもっていたので,氏の不参加は非常に残念
であった。
筆者は,幾つかの講演会やセッションに参加する一方,主には世界哲
学大会との連携で開かれた第6回国際ヤスパース学会に出席した。「文明
の葛藤とコミュニケーション──カール・ヤスパース哲学の今日的意義
について」(Kulturkonflikte und Kommunikation: Zur Aktualität von Jaspers’
Philosophie)というテーマの下で開かれた今回のヤスパース学会は,ドイツ
のマインツ大学のアンドレアス・チェサーナ(Andreas Cesana)教授が全
体の責任者としての指揮役を担った。ヤスパースにとってもっとも重要な
概念である「コミュニケーション」が,現在の社会において持ちうる意義と
可能性について活発な議論が行われた。ヨーロッパと米国からも多くの学
者たちが出席し,日本ヤスパース学会からも,福井一光氏(鎌倉女子大学),
中山剛史氏(玉川大学),堤正史氏(大阪成蹊大学),原一子氏(聖学院大学)
を含む十数名の学者が出席され,研究成果が発表された。筆者も,「宗教
多元主義に面しての哲学的信仰」(Der philosophische Glaube angesichts des
religiösen Pluralismus)というタイトルで発表し,8月3日の12回目の発
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第22回世界哲学大会についての報告
表会では座長を務める機会も与えられた。
また,大会の最終日にあった「宗教多元主義──レイモン・パニカーの
思想を中心に」というセッションに出席し,ジョセプ・プラーブ(Joseph
Prabhu)氏(カリフォルニア州立大学)と Young Chan Ro 氏(ジョージ・メ
イソン大学)とともに講演を行った。筆者の講演は「アジア的視点からの
宗教多元主義再考」(Rethinking religious pluralism from an Asian perspective)
と題するものであった。そして,この論文は,発表場に参加していたアブ
ラヒム・カーン(Abrahim Khan)氏(トリニティ神学大学教授)の提案に
よって,氏が編集長を務めている『トロント神学ジャーナル』(Toronto
Journal of Theology)(2008年,2号)に掲載されることになった。(英文
の校正には金城学院大学キリスト教文化研究所客員研究所員であるドライ
デンいづみ氏ご夫妻に大きくお世話になった。この場を借りて御礼を申し
上げる。)
知の饗宴といわれた今回の世界哲学大会に出席できたことを大変嬉しく
思い,感謝している。ちなみに,次回の第 23回世界哲学大会(2013年)は,
欧米哲学の発祥地であるギリシアのアテネで開催される予定である。
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