市場に切り 込む

市場に切り
込む
合成ダイヤモンド
工具市場に影響を
与える建設・石材産業の動向
ケネス A. フッカー著
2011年11月
はじめに
従来の技術よりはるかに優れた利点
を持つ合成ダイヤモンド切削工具
は、建設・石材産業において早くか
ら受け入れられてきた。そして現
在、合成ダイヤモンド切削工具は分
野によっては80%以上の市場シェアを
有している。しかしながら、さらに
製品改良を進め、市場で成長する余
地はまだ残されている。本稿では、
今後数年間にわたりこのような改良
と成長に影響すると思われる要素に
ついて検討してみよう。
ユーザのニーズを促す市場要素
世界的な債務危機とその結果生じた
市場の不安感により、特にアメリカ
やヨーロッパの建設産業は大打撃を
受けた。建設プロジェクトが減少
し、プロジェクト受注の競争が激化
しているため、建設請負業者は受注
を継続したければ入札額を低く抑え
なければならない。また、特に公的
なインフラ・プロジェクトでは、
期限内にプロジェクトを完了した場
合には報奨金を提供し、遅延があっ
た場合には罰金を課す傾向も現れて
いる。建設請負業者がこのような条
件下で営業を続けるには、生産性を
高め、コストを低く抑える必要があ
る。そのため、高速かつ効率的な切
削が可能で、寿命が長く、低コスト
のダイヤモンド工具を求め続けてい
る。
採石場や製造工場を含む建材メーカ
ーも、同じようなコスト抑制の圧力
に直面している。厳しい競争環境の
中で、切削工具のコストおよび工具
が全生産コストに与える影響はどち
らも重要な要素である。
今後数年間、建設業の好況が見込ま
れているアジア市場では、人件費上
昇の圧力がある。賃金が上昇すれ
ば、企業は生産性を向上させ、可能
な限り他のコストを削減しようとす
るだろう。
プラスの側面としては、新築工事の
減少は一般に修繕やリノベーション
のプロジェクトの増加につながる。
これらの工事では、コンクリートな
どの既存の建材を切断、穿孔、研磨
する目的でダイヤモンド工具を使用
する機会が大幅に増える。修繕プロ
ジェクトの多様な条件下では、コン
クリートとスチール製の補強材を両
方とも切断できる工具や、例えば湿
式切削と乾式切削の両方に十分対応
可能な工具が求められるため、柔軟
性が重視される。
建設工具市場は専門ユーザと
ユーティリティ・ユーザで構
成され、両者のニーズはそれ
ぞれ異なる
建設市場におけるダイヤモンド工具
のユーザーは、2種類に分けることが
でき、それぞれ異なる要望や要件が
ある。一方のユーザーは、大規模な
解体や改築プロジェクトでよく行わ
れている、コンクリートの切断やド
リル加工を専門に行う請負業者のグ
ループである。もう一方は、言わば
「ユーティリティ」ユーザーと呼ば
れるようなグループである。このグ
ループには、DIYをする人や、仕事の
一部として硬い建材を切断またはド
リル加工する必要のある人が含まれ
る。工具メーカーは様々な製品およ
び方法で、これら2つのセグメントに
訴求している。また、ダイヤモンド
メーカーも様々な砥粒とマトリック
ス材を製造して、異なるニーズを満
たそうとしている。
世界的に進行しているもう一つの傾
向として、労働安全衛
切断専門の請負業者は、
生と環境問題への関心
建設請負業者は、高 一般にダイヤモンド工具
の高まり、さらにこれ
を集中的に使用する必要
速かつ効率的な切削 がある。切断請負業者と
らに対応した関連規制
の普及があげられる。
が可能で、寿命が長 機器メーカーのための業
この傾向は、粉塵の低
く、低コストのダイ 界団体Concrete Sawing
減と管理に効果的なダ
ヤモンド工具を求め and Drilling Association
イヤモンド工具の需要
(CSDA)(フロリダ州クリア
続けている。
を今後も促すと予想さ
ウォーター)のエグゼクテ
れる。またこの傾向に
ィブ・ディレクターである
よって、低振動・低ノ
パトリック・オブライエン
イズ設計の工具や機器への要望も高
によると、業歴の長い業者は、過去
まると思われる。
10年間の工具テクノロジーの飛躍的
な進歩に対し、コストは相対的に低
下していると言う。「かつてダイヤ
市場に切り込む
ケネス A. フッカー著
2011年11月
モンド工具のコストは請負業者の総
収入の約14%を占めていました。それ
が6~7%に下がり、今では4%未満とい
う例もしばしばあります」とオブラ
イエンは語る。
業務の性質も変化した。「この業界
では、以前は優れた切断技術を持つ
人たちが何台かの工具を買って起業
したものでした。現在は収益性を高
めるために、適切なビジネス手法を
確立することをより重視するように
なっています。請負業者は作業のス
ピードアップを可能にする工具や機
器を導入し、生産性を高め、固定間
接費をカバーしようとしています。
また、業務により発生するスラリー
や使用済みのブレードセグメントの
リサイクルなど、新しいサービスも
展開しています」とオブライエンは
語る。
切削専門の請負業者は、切削速度、
生産性、ブレードの寿命の向上を歓
迎し、その価値を認識している。CSDA
の現会長で、Hard Rock Concrete
Cutters社(イリノイ州ホイーリン
グ)を経営するジム・ドゥヴォラチ
ェックは、この4年間の性能向上によ
り、生産性が3倍に伸びたケースもあ
ると話す。「私はいつも特定の素材
をより適切かつスピーディーに切削
できる新製品を探しています。メー
カーの代理店に依頼して、テストし
たブレードの中から、取り扱う骨材
と相性のよいものを選んで供給して
もらっています。地域によって使わ
れる骨材が異なるため、効率的にコ
ンクリート切断を行えるブレードの
タイプも変わってきます」とドゥヴ
ォラチェックは話す。
成功している工具メーカーは
ターゲット顧客に合わせた取
り組みを実施
スカンジナビア半島全域で製品を販
売しているダイヤモンド工具メーカ
ーLevanto社(本社:フィンランド・
カウニアイネン)でマーケティン
グ・ディレクターを務めるパトリッ
ク・サンドマンによると、同社は専
門請負業者の市場に特化した製品を
提供していると言う。「様々な理由
からスカンジナビアではコンクリー
トに非常に硬い骨材が使われていま
す。この地域の機械メーカーは強力
で先進技術を取り入れたコンクリー
ト切断マシンを開発してきました。
そのため、こうした機械で使用でき
るダイヤモンド工具を設計しなけれ
ばなりませんでした。
人件費が高く、生産性が非常に重要
であるため、弊社の顧客はスムーズ
でスピーディーな切削が可能な工具
を求めています。さらに工具寿命の
長さも期待されています。顧客に
は、これらの要件を満たすために必
要なコストについて理解してもらお
うと努力していますが、建設業界で
は価格はまだ非常に大きな要素で
あり、最終利益が決め手となること
もしばしばです」とサンドマンは話
す。
Beijing Gang Yan Diamond Products
社(北京安泰钢研超硬材料制品)
は、切断専門の請負業者とユーティ
リティ・ユーザーの両市場向けに工
具を生産する中国企業で、製品の80%
を輸出している。副社長のリウ・リ
ィボ博士によると、2つのグループの
要件はそれぞれ異なり、工具の購入
に影響を与えているため、同社は違
う戦略を使ってこれらの要件を満た
していると言う。「プロ向け市場で
は、切削速度、安全性、ブレードの
寿命などの切削性能が最も重要なニ
ーズであり、次いで価格、納期、サ
ービスが重視されます。弊社の研究
開発部は営業チームと協力して、顧
客のニーズにマッチした製品作りに
取り組んでいます。ユーティリティ
市場では、価格が最も重視され、次
いで製品の見栄えやパッケージが重
視されます。工具が適度な切削性能
を備えていれば、こうした顧客に受
け入れられます。このため、弊社は
ユーティリティ向け切断製品の標準
化を行い、競争的な価格を維持しな
がら、パッケージの品質を強調して
います」とリウは話す。
石材産業は世界的に拡大し、
生産性を重視
石材産業部門は建設市場の場合とは
異なり、ダイヤモンド切断工具や機
器の使用頻度によるグループ分けは
行われていない。その代わり、この
部門は機能ラインに沿って、採石場
と石材の切断、成形、仕上げを行う
加工工場の二つに分けられる。採石
場は世界の様々な場所で古くから存
在しているが、西ヨーロッパやア
メリカ以外の採石場では先進機器の
採用が増加し始めたところである。
加工工場も伝統的な中心地である西
ヨーロッパ以外の場所で急増して
いる。両部門とも顧客は確かな価値
のあるダイヤモンド工具を求めてお
り、価格よりも寿命と切削効率を重
視している。
Cold Spring Granite社(ミネソタ州
コールドスプリング)は、採石から加
工まで全てを網羅した自社の切断工
具の生産および販売を行っている。
ダイヤモンド・ライトツール部門営
業部長のジョッシュ・ライトマイヤ
ーによると、Cold Spring社は採石
およびスラブ切断の両方の目的でダ
新たな利用分野がもたらす新
たな成長の機会
建設部門には、合成ダイヤモンド工
具の需要が確実に増加する分野がい
くつかある。
研磨コンクリートは、小売業、工
業、商業、住宅用の建物の床の仕上
げ材に代わる人気の高い新しい建材
である。寿命が長く、メンテナンス
をあまり必要とせず、環境に優しい
建材であることから人気が高まり、
構造や製品の仕上げに使われてい
る。
Concrete Polishing Association
of America (CPAA)の会長を務める
ブラッド・バーンズは、現在研磨
コンクリートは米国の床材市場の3
~4%を占め、今業界で最も急成長し
ていると話す。「研磨コンクリート
の床材は、あらゆるタイプの建物の
新築およびリノベーションに使用さ
れています。最も多いプロジェクト
には、大規模小売店、学校や大学、
高級住宅などがあります。現在は景
気の影響で改築やリノベーションの
工事が増えています。最近の施工に
おける改築・リノベーションと新築
の割合は面積あたりでおそらく6対
4くらいでしょう」とバーンズは話
す。
この分野に参入する新しい事業者
は、研磨機材と消耗品の研磨ディス
クが必要である。さらに、適切な作
業を行うためのトレーニングや指導
も必要である。バーンズは、CPAAの
存在意義はそこにあるとしつつも、
工具の供給会社にも役割があるとい
う見方を示している。「供給会社は
自社製品の実演を積極的に行い、ど
のように製品を使用すれば望ましい
結果が得られるかを請負業者に示す
べきです。多くの請負業者はほぼ価
格に基づいて研磨工具を選んでいま
すが、性能差が価格差を正当化する
ことはよくあります」とバーンズは
話す。
Levanto社のパトリック・サンドマ
ンによると、プレキャストコンクリ
ートの部品の切断は、とりわけヨー
ロッパ、アジア、ロシアにおいても
う一つの成長分野である。中空コン
クリート板やその他のプレキャスト
材は、新しい住宅や商業プロジェク
トで採用されつつある。これらの建
材は一般に300~400メートルの長さ
の枠に入れて成形され、その後注文
に応じて大型の合成ダイヤモンド・
ソー・ブレードを使って切断され
る。
市場に切り込む
ケネス A. フッカー著
2011年11月
イヤモンド・ワイヤソーを購入して
いると言う。「現在弊社はスラブ切
断用に固定式のダイヤモンド・マル
チワイヤソーを使用しています。以
前はスチールショット・ガングソー
を使用していましたが、ブロックを
スラブに切断するのに72時間以上か
かっていました。合成ダイヤモンド
のワイヤソーは高速なだけではあり
ません。近年、スチールショットの
コストが上昇する一方で、ダイヤモ
ンド工具類のコストは低下していま
す」。
しかしながら、合成ダイヤモンド工
具に関して言えば、Cold Spring社の
加工工場や同社の工具の顧客にとっ
てコストは最大の関心事ではない。
「誰もがワーク材の硬度や摩耗性に
合わせて設計された工具を欲しがっ
ています。石材が厚いほど加工が難
しいので、顧客は高品質で長持ちす
る工具なら、高い金額を支払っても
よいと考えています」とライトマイ
ヤーは話す。
欧州市場ではすでにこれらが重要な
要素となっており、ブラジルやイン
ドのような市場でも今後5~10年で
非常に重視されるようになるでしょ
う」。
設部門の年間成長率は0~1%、石材
部門は2~3%というのが最も妥当な予
想だろう。これらの数値は、ヨーロ
ッパと米国の低成長がアジアと南米
の力強い成長によって補われること
を想定した世界的な平均値を表して
いる。一部の地域は現在軟調である
が、基本的にこれらの産業は堅調さ
を維持し、大暴落は起こらないと予
想されている。
Grupo Hedisa Cor.社(スペイン・レ
オン)で輸出マネージャを務めるロレ
ンゾ・カサスは、最近工具の性能が
大幅に向上したと感じている。「弊
社は研究開発を非常に重視し、様々
な方法でベストに機能す
これら予想では、他
るものを見つけようとし
建設部門の年間成長率は0 の素材に対する合成
ています。この2年間、主 ~1%、石材部門は2~3%が ダイヤモンドの普及
に機械のパワーアップと
率を横ばいと想定し
最も妥当な予想
コントローラの改良のお
ているため、予想値
かげで切削速度は2倍に
は控えめと言える。
なり、工具の寿命も20~30%伸びまし
合成ダイヤモンド業界と工具メーカ
た。新しいボンド材の採用も性能向
ーが市場の動向、および以下を含む
上に貢献しています」。
先に定義したユーザーのニーズに効
果的に対応すれば、成長率は大幅に
サイルストーンやカンブリアといっ
伸びる可能性がある。
た新しい人造石の使用が増え、これ
らに適した合成ダイヤモンド切削工
具の研究開発が進むと予想されてい
る。これらの合成石材は樹脂のベー
スに大理石や水晶のかけらが埋め込
まれており、工具はこの両方を切断
できなければならない。幅広い人造
石を切断・成形できる多様性を備え
た工具が求められている。
ヨーロッパの工具メーカーは、顧客
はコストに敏感だが、必ずしも価格
で決めるわけではないと考えてい
る。ADI Tools社(イタリア・ティエ
ーネ)の統括マネージャ兼共同CEOを
務めるディノ・ザンドネラ・ネッカ
西ヨーロッパの工具メーカー数社
工学博士は次のように話す。「いつ
は、自国の石材加工工場の成長はほ
も最初に価格を聞かれますが、これ
とんど期待できないと言う。不景気
は最も重要度の低い要素です。寿命
だけでなく、高い人件費や厳しい環
も重要ですが、私の意見では性能、
境保護規制にも対応せねばならず、
つまり切削速度と品質を考えずに寿
世界を舞台とする競争を困難にして
命を延ばすのは最善の
いる。Italdiamant社
幅広い人造石を切断・成 でマネージャを務める
策ではありません。顧
客サービス、とりわけ
形できる多様性を備えた アンドレア・メッジョ
品質を高めるためのサ
工具が求められている
リンは現状を典型的に
ービスも非常に重要で
示す意見を次のように
す。合成ダイヤモンド
述べている。「ヨーロッパでは今後3
工具のコストが全コストに与える影
~5年間不調が続くでしょう。市場が
響は平均1%なので、工具の価格が2
安定することを願っていますが、成
倍でも、2分の1でも、顧客はその差
長はほとんど期待できません。現在
にほとんど気づかないでしょう。た
生き残っている企業は主に米国や中
だし、工具は人件費やスクラップな
東に石材を輸出しています」。
ど、全体にもっと大きな影響を与え
しかしながら、石材産業は同時にイ
る要素に大きく作用します」。
ンド、ブラジル、トルコ、北アフリ
Dellas, S.p.A.の副社長であるダニ
カといった世界の他の地域では成長
エレ・フェラーリ博士は、加工業者
している。これらの国の採石場で
の全体的なコストに影響を与える別
は、輸出用と現地の建設向けの石材
の重要な要素について次のように
を生産している。2~3年前なら、石
言及している。「とりわけ求められ
材をイタリアに運んで加工すること
ているのは切削速度です。なぜなら
もあり得えただろう。現在では、生
切削工具自体のコストよりも電気代
産地に近い場所で、その加工工場が
の方が大きくなることもあるからで
次々と建設されている。これらの国
す。今後の流れとして、合成ダイ
は高品質の合成ダイヤモンド工具の
ヤモンド砥粒の研究開発が進むにつ
成長市場となると期待される。
れ、電力と人件費の高い従来の方法
に取って代わると思います。合成ダ
緩やかながら堅調な成長の
イヤモンドは切削速度を向上させる
見込み
ことができ、労働時間の短縮や電力
現在の不安定な経済状態の下で確度
の節約による利益をもたらします。
の高い予想をするのは困難だが、建
•切削速度アップによる生産性の向上
•性能を落とさないコスト削減
•複数のアプリケーションに対応し、
様々な素材を切断できるユーティリ
ティ向けのブレード
•ノイズ、粉塵、振動の制御力の向上
•湿式切断と乾式切断に適した工具
•床石研磨と人造石材の切断など、新
しいアプリケーションに適した工具
ダイヤモンドのように輝く未来
現在の経済問題にも関わらず、建
設・石材産業は一部の地域で成長を
続けており、米国とヨーロッパでは
景気が回復すれば堅調に成長するだ
ろう。その間、工具メーカーが成功
するためには、合成ダイヤモンド産
業からサポートを受け、新しいユー
ザーのニーズに応える新製品の開発
が必要になると思われる。
著者について
ケネス A. フッカー (Kenneth A.
Hooker):フリーランスのジャーナリス
ト。建築、工学、建設に関する技術的出
版物およびマーケティングパブリケーシ
ョンを30年以上にわたり制作。
『Public Works』、
『Concrete Construction』、
『Concrete International』、
『Masonry Construction』、
『The Construction Specifier』、
『EcoStructure』、
『Roads & Bridges』、
『The Concrete Producer』
などの主要誌に寄稿している。
市場に切り込む
ケネス A. フッカー著
2011年11月