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「ガラスの文明史」のご案内
10 数 年 前 に現 役 を退 いてから、中 世 の北 西 ヨーロッパでつくられたヴァルトグラスを中
心 にガラスの技 術 ・製 造 の歴 史 を調 べてきた。ガラスの歴 史 については、多 くの優 れた書
籍 があるが、それらは主 に工 芸 の立 場 から書 かれている。 製 造 ・技 術 の観 点 か 書 かれた
ガラスの歴 史 書 は国 内 には少 ないので、今 回 国 内 外 の書 籍 、文 献 をもとに纏 めた。
ガラスは今 から約 5000 年 前 人 類 が初 めてつくった物 質 で、その優 れた性 質 から現 在
までたえることなくつくり続 けられてきた。今 日 ではガラスなしでの生 活 は考 えることはでき
ない。住 宅 を風 雨 から守 り明 かりを入 れる窓 ガラス、夜 を明 るくする電 球 や蛍 光 灯 などの
照 明 ガラス、食 生 活 に潤 いをもたらすガラス食 器 、大 量 に使 われているビールやジュース
などの容 器 、 余 暇 を楽 しくさせてくれるテレビ・ビテオ・カメラ等 々かぞえあげればきりがな
いほどである。ガラスの約 80%は瓶 や板 ガラス等 を主 体 とする、古 代 からの伝 統 的 なソー
ダ石 灰 ガラスであるが、近 年 になり種 々な新 しい用 途 のガラスが開 発 されてきた。
わが国 でも電 子 用 ,繊 維 用 などの新 しいガラスが、ガラス総 生 産 の約 20%を占 めるように
なった。
クラフトメン
古 代 のガラス職 人 達 は現 代 のような技 術 もなしに、人 の心 をひきつける魅 力 的 なガラス
をつくっていた。5000 年 におよぶガラスの長 い歴 史 の中 には、 非 常 に盛 えた時 期 と、 停
滞 した時 期 が何 回 か繰 り返 された。
第 一 の盛 えた時 期 は、エジプト18王 朝 時 代 である。これ以 前 のガラスは、古 代 オリエン
トの人 々が好 んだ貴 石 のラピスラズリやトルコ石 の代 りとして、小 さなものしかつくられなか
った。しかし紀 元 前 1500 年 頃 、ガラスの第 一 の大 きな発 明 であるコア技 法 の発 明 により“
ガラス容 器 ”がつくられるようになった。素 晴 らしいデザインの種 々の形 状 のいわゆるコア
ガラス容 器 が、1500 年 以 上 の長 きにわたってつくりつづけられた。このコアガラスは、主 と
してエジプト、メソポタミア、シリアが生 産 の中 心 で、香 水 や香 油 入 れとして最 初 は小 さな
ものから、後 には大 きな容 器 までつくられた。
第 二 の盛 えた時 期 は、ローマ帝 政 時 代 である。紀 元 前 50 年 頃 、シリアで吹 きガラスの
技 法 が 発 明 された。 肉 薄 のガラスが吹 き竿 で吹 き成 形 できるようになり、 ローマ領 内 の主
に北 西 ヨーロッパで広 く 多 く つくられるようになった。いわゆるローマンガラスと云 われてい
る。この時 期 シリア、アレキサンドリアは親 工 場 として稼 動 し続 け、吹 きガラス製 品 が、大 量
に安 価 につくれるようになり、人 々に大 いに愛 用 された。コアガラスに比 べて吹 きガラスは、
自 由 にいろいろな形 に成 形 できるし薄 肉 で、透 明 性 があり、内 容 物 も分 かると云 う利 点 も
あった。ローマ領 域 内 はもとより、領 外 へも多 く輸 出 され、遠 く東 洋 へもその交 易 品 として
伝 来 された。またこの他 にガラスつくりのいろいろな技 法 が開 発 され、まさにガラスの黄 金
時 代 が築 き上 げられた。
第 三 の盛 えた時 期 は、イスラムガラスが盛 んにつくられたイスラム帝 国 全 盛 時 代 である。
ローマ帝 国 滅 亡 後 、その技 法 がササン朝 ペルシャに、さらに新 しく興 隆 したイスラム帝 国
へと伝 承 され、イスラム独 特 のエナメル彩 、金 彩 、ラスター彩 等 の技 法 による素 晴 らしいガ
ラスが 生 み出 された。イスラム 教 のモスクを彩 る モザイク 用 の種 々の色 ガ ラス(テッセラ)、
モスク内 を照 らすイスラムランプにその優 れた技 法 を見 ることができる。
第 四 の 盛 えた時 期 は、ヴェネツィアングラスを有 名 にし たヴェネツィア共 和 国 隆 盛 時 代
である。イスラムのガラス中 心 地 のシリアが、蒙 古 の侵 略 により消 滅 し、また東 ローマ帝 国
がトルコの侵 略 により滅 亡 したため、 多 くのガラス職 人 がヴェネツィアに逃 れ、その技 法 を
伝 えた。ヴェネツィアは、その以 前 からガラスを大 量 に生 産 していたが、これを契 機 に技 術
的 にも美 術 的 にも大 きく飛 躍 し、世 界 ガラスの一 大 生 産 地 になった。
第 五 の盛 えた時 期 は、近 世 ヨーロッパのガラスである。近 世 ヨーロッパ各 国 、主 としてイ
ギリス、フランス、ドイツの興 隆 とともにヴェネツィア共 和 国 は衰 退 に向 い遂 にはオーストリ
アに 併 合 された。ガラス産 業 も17世 紀 を境 に北 ヨーロッパへ完 全 に移 ったのである。 17
世 紀 後 半 には北 ヨーロッパ諸 国 で独 特 の技 術 が開 発 され、ガラス工 業 はこれら諸 国 が中
心 となり、近 世 から現 代 へと発 展 した。17世 紀 後 半 イギリスでは鉛 クリスタルが、ボヘミア
ではカリクリスタルが、フランスでは平 板 ガラスの大 量 生 産 ができるようになった。今 まで技
術 の 伝 承 をもとに発 展 してきたガラス工 業 は、 新 しい技 法 ・新 しいガラスの開 発 に向 けて
力 がそそがれるようになり、それにともなって大 きく発 展 しはじめた。
5000 年 におよぶガラスの長 い歴 史 を通 じて、ガラスの組 成 は使 用 した原 料 の違 いか ら、
つくられた場 所 や年 代 により変 わった。鉛 ガラス、カリガラスや混 合 アルカリガラスがごく一
部 に見 られるが、大 部 分 のガラスはソーダ石 灰 ガラスである。これは融 剤 としてエジプトの
天 然 ソーダ(ナトロン)か、地 中 海 沿 岸 や砂 漠 のソーダを含 んだ植 物 の灰 を使 用 したガラ
スである。 一 方 北 西 ヨーロッパ 内 陸 地 の植 物 には、 大 量 のカリとカルシウムが含 まれてい
るため、この灰 を融 剤 としてつくられたガラスはヴァルトグラスと呼 ばれる他 に例 のない高 ラ
イムのカリ石 灰 ガラスである。このガラスは、12世 紀 に出 現 したゴシック建 築 の大 聖 堂 を飾
るステンドグラスとして大 々的 に使 われはじめた。その後 北 西 ヨーロッパ 各 地 の大 聖 堂 の
ステンドグラスや窓 ガラスに大 量 に使 われ、また日 用 品 としても使 われその生 産 は 18,19
世 紀 頃 まで続 いた。
本 書 は前 半 に最 も栄 え たヴェネツ ィアンガラスに至 るまでのガラスの歴 史 について、そ
れぞれの時 代 の文 明 をとうして製 造 ・技 術 の観 点 から記 した。また各 時 代 のガラス組 成 を
記 し、その 面 からの特 徴 について触 れた。さらに歴 史 的 な背 景 を分 かりやすくするため、
それぞれ小 史 という形 でまとめた。
後 半 に 1000 年 の長 きにわたってつくられたヴァルトグラスについて、その背 景 、特 徴 、
製 品 、つくった職 人 等 を述 べ、森 林 との関 係 について明 らかにした。
最 後 に近 代 化 した 19、20 世 紀 のガラス工 業 発 展 の経 過 と今 後 の展 望 を記 した。
この書 が、ガラスに興 味 をお持 ちの方 々のご参 考 になれば幸 いである。
2009 年 2 月 5 日
黒川高明