日本女子大学大学院学生特別研究奨励金 成果報告書

日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014
期
間
2013年度
かもがわ
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
さとみ
鴨川
都美
倉田
宏子
4月
4日
283 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
年
日本文学専攻・
(学籍番号:
所属学科・職
文学研究科・
博士課程後期 3 年
11141001
)
日本文学科・教授
村山知義の変遷とその影響―プロレタリア演劇から戦後演劇へ―
1. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
村山知義研究において、プロレタリア演劇時代から戦後演劇までの変遷を扱った研究は皆無である。
特に、戦後の演劇活動についての研究は未開拓のままであるといえよう。しかしながら、戦後演劇に
おいて村山の功績を認めることは十分可能であり、戦後に活躍する劇作家たちに与えた影響について
も論じる必要があると考える。本研究では、村山知義の戦前の代表作である『暴力団記』
、
『志村夏江』
を中心としたプロレタリア戯曲について、他劇作家の戯曲との比較も含め、研究を進めていく。また、
所謂〈転向〉時代に発表された一連の転向小説(
『白夜』
『帰郷』等)の再評価を行い、村山の〈転向〉
について考察を深める。そして、戦後発表された「死んだ海」三部作の成立や『女だけの砦』等の戯
曲を検証し、木下順二や自立演劇作家の大橋喜一、宮本研等への影響関係を明らかにし、村山戯曲の
再評価を行う。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
① 申請当初の計画・目的の達成度
② 優れた成果があがった点
③ 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
【研究発表】6 月 15 日、日本社会文学会春季大会において、
「村山知義『暴力団記』の歴史的意
義」というテーマで発表をした。『暴力団記』は比較的論じられることの多い作品
ではあるが、同時代の評価、戦後演劇への影響等を考察することで、再評価を試み
た。
また、10 月 31 日には、後期課程成果発表として、
「村山知義『太陽のない街』脚
色―原作との差異を中心に」を発表し、徳永直原作との女性表象の差異を明らかに
した。
【研究論文】10 月、6 月の日本社会文学会春季大会での発表をまとめた「村山知義『暴力団記』
の歴史的意義―搾取の構造とプロレタリアートの形象―」を『社会文学』第 39 号
へ投稿し、採択され、2014 年 2 月に刊行された。
また、村山知義と社会主義リアリズムについて論考した「社会主義リアリズムの幻
影を追って―村山知義「死んだ海」三部作―」が、日本女子大学大学院の会『会誌』
第 32 号へ掲載予定(2014 年 4 月)である。
以上の通り、申請当初の計画に概ね即して研究を行うことができた。
②優れた成果があがった点
「村山知義『暴力団記』の歴史的意義―搾取の構造とプロレタリアートの形象―」
(『社会文
学』第 39 号、2014 年 2 月)では、
『暴力団記』(
『戦旗』1929・7)を取り上げた。この作品
は、プロレタリア演劇運動において、同時代の知識人から高く評価され、村山の戦前の代表作
となったが、現代に至るまで、戯曲の内容に踏み込んだ研究は殆どなされてこなかった。そこ
で、
『暴力団記』の成立背景を確認した上で、
「暴力団」の存在に注目して読み解き、さらには
プロレタリアートの形象について分析した。特に「暴力団」の存在については、舞台を中国に
移すことで検閲の網目を搔い潜り、
「暴力団」という本来は抑圧する側から描くことによって、
プロレタリアートの搾取される構造が、幾重にも重なり、その襞を辿っていった先端にある、
日本帝国主義という壁を剥き出しにする目的があったことを指摘した。
-1-
今年度の研究報告(つづき)
③今後の展望
今後、村山知義研究を進めていくにあたり、まずは以下の三課題について検証していく。
1.「
『女だけの砦』
『太陽のない街』
(脚色)―〈劇中劇〉と〈女性像〉
」
2.「島崎藤村作品と脚色」
3.「自立演劇への村山知義の影響」
以上についての検討を予定している。現時点では、①について検討中である。
1.『女だけの砦』
・
『太陽のない街』
(脚色)―〈劇中劇〉と〈女性像〉
『太陽のない街』初演(藤田満雄脚色、村山知義演出、東京左翼劇場公演、1930 年 2 月)を
踏まえた、村山知義脚色『太陽のない街』は、再演(1946 年 7 月)の台本は残っておらず、そ
の詳細は『民衆の友』
(1948・6、7、10)に連載された村山の「戯曲の誕生」からしか窺い知
ることができない。
『太陽のない街』(脚色)の加代には、高枝と比較すると原作同様に内気ではあるものの、
宮池の下で争議についての理解を深め、自ら学ぼうという意志が窺える。一方で、姉の高枝は、
争議団婦人部の中心的な役割を担っているという点では原作と同一であるが、原作から加代が
大きく書き換えられたことによって、その存在が希薄なものになっている。また、貞操観を中
心に見ていくと、売春を否定することはブルジョア的であるというだけの原作からは大きく前
進し、ブルジョア的結婚・恋愛観の陥穽や、売春そのものが資本主義制度下で成立しているこ
とを問題点として浮かび上がらせている。
また、1970 年は、拙稿(
「村山知義『志村夏江』成立―「新しい形式の創造」の可能性」
『国
文目白』第 52 号、2013・2)において、村山のプロレタリア演劇時代の集大成として成立した
と位置づけた『志村夏江』の改訂版の上演が 7 月に、9 月には『文化評論』に発表した、大阪
の北西部で起こった女性ばかりの労働争議団に取材した『女だけの砦』の上演、そして 11 月
には『太陽のない街』の新脚色・上演というように、戦後の「死んだ海」三部作以降、創作戯
曲に恵まれなかった村山にとって、労働争議に奮闘する〈女性像〉をたて続けに提示した年と
なった。
『女だけの砦』は、東京芸術座の初演から現在まで 43 年が経過しているものの、一度も再
演されていない。本作や「死んだ海」三部作のように、実際に起こった事件・出来事を同時期
に舞台化するということは、事件そのものが風化してから再演を試みることに想像以上の困難
があると推察できる。受け手(観客)との共有認識が少なくなれば成る程、作家は事の説明に
紙幅を割かなければならない。しかしながら、同時代であっても、多くの人の日常からは些か
離れた出来事を語るためには、受け手への配慮が必要になると考える。村山が取り入れた〈劇
中劇〉という手法は、この配慮に対して、効果的であったことが指摘できる。
『志村夏江』
、
『女だけの砦』
、
『太陽のない街』
(脚色)に共通するのは、
〈劇中劇〉と女性が
運動の担い手として中心に据えられているという点である。今後は、各作品に挿入された劇の
構造とその効果について分析を行う。
1970 年 10 月、
『朝日新聞』紙上で、日本のウーマンリブ運動が特集され、女性たちは自らが
男性の隷属物ではないことを声高に宣言した。このような時期に、運動における女性の役割を
大きく位置づけた作品を連続して発表したことは、村山知義の戯曲研究において看過できない
ことであり、村山の再評価へと繋げていく。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①雑誌論文、図書
●「村山知義『暴力団記』の歴史的意義―搾取の構造とプロレタリアートの形象―」
(『社会文学』第 39 号、2014 年 2 月)
●「社会主義リアリズムの幻影を追って―村山知義「死んだ海」三部作」
(『会誌』第 32 号、2014 年 4 月刊行予定)
②学会・シンポジウム等での発表
●日本社会文学会 2013 年度春季大会口頭発表「村山知義『暴力団記』の歴史的意義」
(日本女子大学、2013 年 6 月 15 日)
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
-2-
鴨川 都美
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
やすい
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
あやこ
安井
絢子
平舘
英子
2日
100 千円
配分額
文学研究科・
日本文学専攻・
1年
(学籍番号:11341003)
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
所属学科・職
4月
日本文学科・教授
伝説歌の研究
2. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
『萬葉集』の中に昭和初期以降伝説歌と呼ばれるようになった作品がある。代表的な作品として、
真間娘子を詠む歌(9・1807~1808)
、菟原処女を詠む歌(9・1809~1811)、浦島子を詠む歌(9・
1740~1741)などがある。伝説歌の形成についてはこれまでに伊藤博氏によって基本的な方向
が示されており、
「―を過ぎて―を見る歌」という羈旅信仰の呪歌を源流とするものであること
が指摘されている。しかし、伝説歌と呼ばれる作品はその内容が個々に論じられてきたに過ぎな
い。伝説歌は『萬葉集』の挽歌や雑歌という部立ての中に存在する。なぜ挽歌や雑歌の中なので
あろうか。挽歌や雑歌でありつつ伝説歌で有り得る表現がいかに形成されたのかは未だ明らかに
されていない。伝説歌の表現を歴史的背景や社会状況もふまえつつ、詳細に分析し、挽歌や雑歌
における伝説歌以外の作品の表現と比較することで、伝説歌の表現の形成を明らかにする。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
④ 申請当初の計画・目的の達成度
⑤ 優れた成果があがった点
⑥ 今後の展望
2013 年度は『萬葉集』の挽歌の部立に含まれ、伝説歌とも呼ばれる菟原処女を対象とした作
品群の研究、及び 2012 年度末に発表を行った「吉備津采女挽歌における伝説歌的要素」の内容
の執筆を行った。
『萬葉集』において菟原処女伝説は、高橋虫麻呂(9・1809~1811)
・田辺福麻
呂(9・1801~1803)
・大伴家持(19・4211~4212)によって詠まれている。大伴家持の作品は
挽歌の部立に含まれる作品ではないが、同じ菟原処女を詠む作品であることから考察の対象とし
た。
①申請当初の計画・目的の達成度
はじめに菟原処女を対象とした作品に関する先行研究を収集し、内容を精査して研究史の整理
を行った。菟原処女伝説の故地である神戸市や西求塚古墳・東求塚古墳・処女塚古墳について調
査を行い、実際に古墳や生田川を訪れた他、神戸市埋蔵文化センターで神戸市の古墳から出土し
た鏡や土器等を見学した。この現地踏査によって当時の古墳の様子を知り、伝説の背景を把握す
ることができた。
研究史及び伝説の背景を把握した上で、菟原処女を詠んだ作品群の表現について調査・分析を
行ってきた。しかしながら、高橋虫麻呂・田辺福麻呂・大伴家持による菟原処女を対象とした作
品は、いずれも長歌を含んでおり、一年間で全ての表現について詳細に調査することは困難であ
った。本年度は長歌末尾と短歌における感慨を中心に研究を行った。死者に縁の在る対象に触れ
て感慨を吐露する在り方は、伝説歌とも呼ばれる菟原処女を詠む作品群と他の挽歌において類似
する。そこで菟原処女を詠む作品における感慨の表現を詳細に調査して他の挽歌における感慨の
表現と比較することによって、いかに挽歌と異なる質を持ち、いかに伝説歌の表現であり得るの
か分析を行うことにしたのである。
表現の調査・分析の結果、高橋虫麻呂・田辺福麻呂・大伴家持の菟原処女を詠む作品における
感慨の表現は、挽歌と類似する表現を用いながらも、その表現の質を異にしていることが明らか
になってきている。
②優れた成果があがった点
特に成果が上がった点として、高橋虫麻呂の「菟原処女を詠む歌」(9・1809~1811)の長歌末
尾及び短歌二首の研究が挙げられる。
-3-
今年度の研究報告(つづき)
挽歌において死後の感慨が詠まれる場合、死者の生前につながる対象に託して、故人の不在へ
の嘆きや、故人が不在となったことによる変化を嘆く。一方、高橋虫麻呂の「菟原処女を詠む歌」
において、感慨を託す対象は墓の造営のいわれであり、感慨は「音泣く」と表現される。この表
現は他の挽歌にも「音のみ泣く」など類似の表現が見られる。挽歌と類似する表現を用いながら
も、
「菟原処女を詠む歌」においては、死者を思い浮かべることも故人の不在を実感することも
できない、するすべのなさを嘆く。生前に縁のあった人物を対象とした挽歌とは感慨を託す対象
が明らかに異なり、感慨の表現も挽歌に類似する表現を用いながら他の挽歌とは質を異にしてい
ることが明らかになった。挽歌から伝説歌へ、類似する表現を用いながらもその表現の内実が異
なってゆく伝説歌表現の形成過程を一つ捉えることができた。この内容については、「菟原処女
歌考」と題して 2013 年度日本女子大学国語国文学会秋季大会にて発表を行った。今後、感慨を
託す対象についての表現を更に調査し、考察を深めた上で論文を執筆する予定である。
③今後の展望
高橋虫麻呂・田辺福麻呂・大伴家持による菟原処女を対象とした作品について、本年度は感慨
の表現の考察に留まった。死者の生前の逸話や死をいかに表現するか、2014 年度も順次、菟原
処女を対象とする作品群の表現を詳細に調査・比較し、分析を進めて行きたい。
挽歌の部立に含まれ、伝説歌とも呼ばれる作品の対象となるのは菟原処女や真間娘子などいず
れも女性であり、第三者によって詠まれている。今後、女性の死を対象とする第三者によって詠
まれた挽歌の表現への理解を更に深める必要がある。こうした作品の中に、一般に「土形娘子挽
歌」
(3・428)
「出雲娘子挽歌」
(3・429~430)と呼ばれる作品がある。
「土形娘子挽歌」と「出
雲娘子挽歌」は柿本人麻呂による作品であり、『萬葉集』中において伝説歌とも呼ばれる作品よ
りも前に作歌されたと考えられる。土形娘子・出雲娘子は未詳の人物であり、人麻呂との関係も
不明であるが、作品中に生前の関係が詠まれることはなく、妻のように親密な関係性にはなかっ
たと推測される。こうした挽歌における表現を分析することは、伝説歌の表現形成を考える上で、
重要な課題であると思われる。2014 年度は、菟原処女を対象とする作品群とともに、この二つ
の作品を取り上げて研究を進めたいと考えている。この内容は 2014 年 9 月 13 日に学会発表(美
夫君志会)を予定している。
なお、2012 年度末に発表を行った「吉備津采女挽歌における伝説歌的要素」については、現
在、再投稿を目指して執筆中である。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①
なし
②「菟原処女歌考」
(日本女子大学国語国文学会秋季大会、平成 25 年 11 月 30 日、日本女子大学)
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
-4-
安井 絢子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
よみがな
氏
たにざき
たまき
谷崎
たまき
高野
晴代
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
所属学科・職
4月
3日
100千円
文学研究科・
日本文学専攻・
1年
(学籍番号:11341001)
日本文学科・教授
平安初期から『古今和歌集』成立までの和歌に関する研究
3. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
『古今和歌集』に収載される和歌は、漢語を和語に直した表現が用いられるなど、意識的に和
語を用いる傾向があるとされる一方で、『古今和歌集』収載歌に六朝詩や『白氏文集』の影響が
多く指摘されている。当時の男性官人たちは漢詩に精通していたと考えられ、褻の文学として詠
まれていた和歌にも漢詩の影響は及んでいたと考えられる。本研究は『古今和歌集』成立期にお
ける漢詩表現の摂取の実態を明らかにすることを目的とする。
報告者は、
『古今和歌集』収載歌の他、伊勢や素性といった『古今和歌集』成立期に活躍した
歌人の私家集も調査対象として、この時代の和歌に漢詩由来の表現がどのように取り入れられて
いるか、その摂取方法についての研究を進めている。また、『新撰万葉集』を通して、宇多朝に
おいて日本漢詩と和歌がどのように関係づけられていたのか、また、和歌における漢詩の受容と
和歌の独自性はどのような部分に見られるのかを考察していく。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
⑦ 申請当初の計画・目的の達成度
⑧ 優れた成果があがった点
⑨ 今後の展望
① 申請当初の計画・目的達成度
報告者は当初、2013 年度は『新撰万葉集』上巻春部を中心に和歌における漢詩文の影響につ
いて調査を進める計画であった。
『新撰万葉集』の和歌に付された漢詩を通して、当時その和歌
がどのように解釈されていたのかを検討し、和歌に漢籍や日本漢詩の影響を受けている要素が認
められるかどうかを明らかにすることを予定していた。
調査を進める中で、
『新撰万葉集』にも和歌が収載されており、
『古今和歌集』の代表的な女流
歌人としても知られる伊勢の和歌に漢詩由来の表現が多く用いられていることに着目すること
となった。よって、申請者は伊勢の私家集である『伊勢集』を主な調査対象として、伊勢の和歌
に詠まれる漢詩由来の表現について調査を進めてきた。伊勢の漢詩摂取について、和歌の個別の
解釈として漢詩の影響を指摘する先行研究はあるものの、伊勢がどのような漢詩をどのように和
歌に摂取しているのか、漢詩摂取の傾向や方法についてはまだ検討の余地があると考えられる。
また、予てから研究対象としている『古今和歌集』歌人の素性についても、『古今和歌集』恋
部に収載される和歌について調査を進めた。
2013 年度の主な調査が『新撰万葉集』から『伊勢集』に変更されたものの、伊勢や素性とい
った『古今和歌集』の重要な歌人の漢詩摂取について調査を進めることは、『古今和歌集』成立
期における漢詩表現の摂取の実態を明らかにするという本研究の目的を達成する上で必要不可
欠であったと考えられる。
② 優れた成果があがった点
申請者は、国際シンポジウム「東アジアの文学・言語・文化と女性」
(2013 年 9 月 14 日 和
洋女子大学)におけるポスター発表において『伊勢集』所収の「長恨歌」の屏風歌の中でも五三、
五四番歌の二首を対象とし、日本女子大学国語国文学会秋季大会(2013 年 11 月 30 日 日本女
子大学)においては『伊勢集』五二~六一番歌の「長恨歌」の屏風歌全首を対象として研究発表
を行った。
『伊勢集』所収の「長恨歌」の屏風歌は『白氏文集』所収の「長恨歌」の詩句を踏まえて詠ま
れている。しかし、伊勢の和歌には「長恨歌」には詠まれていない玄宗と楊貴妃の心情が和歌に
-5-
今年度の研究報告(つづき)
詠まれていたり、和歌では用いられにくい漢詩の表現が和歌に馴染んだ表現に置き換えられると
いった工夫が確認できる。これまで「長恨歌」の屏風歌は「長恨歌」との対応関係ばかりが注目
されてきたが、屏風歌には「長恨歌」だけではなく、「長恨歌」以外の『白氏文集』所収の漢詩
や仏典に由来する表現が随所に用いられていること、掛詞を用いることで和歌が本来持つ表現方
法による詠歌を貫きながらも「長恨歌」の複数の詩句の要素を巧みに取り入れていることを指摘
した。
伊勢は「長恨歌」の屏風に一連の歌をつけるにあたり、大部分を「長恨歌」に拠りつつも、表
現を置き換えることで和歌として無理のない表現を用い、「長恨歌」以外の漢詩表現の要素を取
り入れることで「長恨歌」をそのまま和歌にするのではなく、伊勢自身の創意によって作り出さ
れた一つの作品として成立させようと試みたものと考えられる。
また、『古今和歌集』恋部に収載される素性の和歌についても検討する中で、素性が女性の立
場で男の訪れを待つ女の心情を詠んだ和歌が恋部に多く収載されており、これが閨怨詩の影響を
受けていることを確認した。そして、このような歌は雲林院で共に文学活動を行っていた父・遍
照と常康親王にも見られることを「
『古今和歌集』恋部における素性歌」
(『国文目白』第 53 号 2014
年)で論じた。
③ 今後の展望
伊勢の和歌には「長恨歌」の屏風歌以外にも漢詩表現を用いた歌は多く見出すことが出来るが、
今年度の調査を通して、
『白氏文集』に収載される漢詩の表現が特に多く摂取されていることが
わかった。よって、伊勢の和歌に摂取される『白氏文集』の漢詩に何か傾向を見出すことができ
るか、また、その摂取の程度と方法について考察していきたい。
また、素性の漢詩摂取についても、父・遍照や雲林院で文学活動を共にした常康親王との関わ
りも視野に入れて検討していく。伊勢や素性といった『古今和歌集』の重要な歌人について引き
続き調査することで、
『古今和歌集』成立期における和歌の漢詩摂取の実態を明らかにしていく。
また、『新撰万葉集』の調査も進め、収載される和歌と漢詩の関係から、宇多朝において日本
漢詩と和歌がどのように関係づけられていたのかを検討する。和歌における漢詩摂取の実態を明
らかにするためには、日本漢詩と和歌との関係についても考えていかなければならないであろ
う。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① 誌論文、図書
谷崎たまき「『古今和歌集』恋部における素性歌」
(『国文目白』第 53 号 2014 年)
② 学会・シンポジウム等での発表
「古今集歌人伊勢の和歌表現」
(国際シンポジウム「東アジアの文学・言語・文化と女性」2013 年 9
月 14 日 於和洋女子大学)
「伊勢の和歌表現―「長恨歌」屏風歌を通して―」
(日本女子大学国語国文学会秋季大会 2013 年 11
月 30 日 於日本女子大学)
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
-6-
谷崎 たまき
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014
期
間
2013年度
あきたまりこ
よみがな
氏
名
秋田万里子
指導教員
研究課題名
※40 字以内
大場昌子
年
所属学科・職
15 日
200 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
4月
文学研究科・
英文学専攻・
3年
(学籍番号:11142001
)
英文学科
教授
Cynthia Ozick 作品における解釈と書き換え
4. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
ユダヤ系アメリカ人女性作家 Cynthia Ozick (1928- ) は、芸術的創作を偶像創造として禁止す
るユダヤ教の教義と、作家としての創作欲求との間で葛藤し続ける作家である。さらに Ozick は、
偉大な先行作家たちが語りつくした後で、自身は作家として何を生み出すことができるのかとい
う問題にも直面している。
本研究の目的は、Cynthia Ozick の作品において「創造」の問題がどのように展開されている
か明らかにすることである。今年度は主に、初期作品に見られる、ユダヤ人でありながら芸術と
いう偶像を生み出し続ける Ozick の自己矛盾と自己批判に焦点を当てた。また、偉大な先行作家
の影響を受けることに抵抗する登場人物を描くことで、ユダヤの神という偉大な創造者を信仰す
るユダヤ人が創造者になり得るのかというテーマについての考察も試みた。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
⑩ 申請当初の計画・目的の達成度
⑪ 優れた成果があがった点
⑫ 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
2013 年度は、前年度に引き続き、ユダヤ系アメリカ人女性作家 Cynthia Ozick 作品における
「創造」の問題の研究を進めた。申請当初の計画では、Ozick 自身が強く影響を受けたと公言す
る作家 Henry James の作品--主に後期長編 The Ambassadors (1903)--と Ozick の最新の長編
Foreign Bodies (2010)と比較し、Ozick が James の作品をどのように改変しているのか考察し
ていくことを予定していた。しかし今年度の論文では、二作品の比較は「James の 20 世紀初頭
のヨーロッパとアメリカの対比を,第二次世界大戦後のヨーロッパとアメリカの物語として書き
換えた」という Ozick 自身の発言に言及するにとどまり、実際には Foreign Bodies における「異
質 性」が社 会や芸 術創造 にもたら す影響 の考察 へと研究 対象を 変更し た。 Ozick が The
Ambassadors をどのように Foreign Bodies に作り替えているのかという問題については今後研
究を深めていく予定である。
二つ目の研究計画は、Ozick のエッセイに見られる「西洋文化 vs.ユダヤ文化」の問題について
考察することであった。実際には、Ozick の創造論という大きなテーマにより直結するとして、
1990 年に発表された短編 "Puttermesser Paired" における芸術創造と偶像創造の問題の考察へ
と研究対象を変更した。結果として、偶像創造の問題を Ozick の初期作品における主要なテーマ
として位置付けることができ、Ozick の創作活動の変遷を辿るうえで重要な結論を導き出すこと
ができた。
②優れた成果があがった点
まず、1990 年に発表され、これまで論じられることが少なかった短編 "Puttermesser Paired"
における芸術創造と偶像創造の問題を、イェール学派の批評家 Harold Bloom の「誤読理論」
(驚
異的な先行者の影響を克服することを目的とした後続作家による先行作家への意図的な誤解釈
行為)と関連づけて考察した。芸術創造における先行創造者への恐れを,人間の神への畏れと同
等のものとして考えるならば,先行者からの影響関係を断絶し,自分が最初のもの,オリジナル
であると主張する行為は,神の地位を奪い取り,神に成り代わろうとする行為と同じであると
Ozick は主張する。
したがって Ozick は Bloom の誤読理論を,
神に対抗し成り代わるためのもの、
-7-
今年度の研究報告(つづき)
つまり偶像を生み出すシステムであるとして批判している。この内容は、「偶像創造としての
Reënactment:
“Puttermesser Paired” における『誤読』の非ユダヤ性」というタイトルで、第
21 回多民族研究学会ワークショップにて発表し、テーマの斬新さや脱構築的なアプローチを高く
評価された。
次に、長編 Foreign Bodies における「異質性」が社会や芸術にもたらす影響について考察し
た。Ozick はこの作品において、様々な領域の周縁に追いやられた人物たちに焦点を当て、排除
され得る弱者としての「異物(部外者)」の存在を,その混入によって他者の人生を変え、主流
文化の排他的構造を破壊する強力な存在へと作り替えている。さらに彼女はこの作品において
も、偉大すぎる先行創造者と後続の創造者の問題を扱っている。この作品では、偉大な芸術家に
心酔し、それと一体化することで自ら創造者になるチャンスを放棄するのではなく、独立した存
在として外部から芸術家に働きかけ、間接的な創造者になる方法を提示している。この内容は、
「『使者』から『反逆者』へ:Cynthia Ozick の Foreign Bodies における媒体としての自己」と
いうタイトルで第 25 回日本ソール・ベロー協会大会で発表し、論文「反逆する『異物』:Cynthia
Ozick’s Foreign Bodies」として『多民族研究』第 7 号に掲載される予定である。
最後に、Ozick 作品との比較のために、Ozick と同時代のユダヤ系作家 Philip Roth (1933- ) の
The Human Stain (2000) における作家と創造の問題、主に伝記や自伝の役割について考察し
た。この作品における伝記・自伝とは、実在の人物を物語の登場人物のように自由に再創造する
ための手段として描かれている。その一方で Roth は、現実世界においては、他者に対し「全知
の語り手」になることや、自己を登場人物のように再構築することの限界を主張している。この
内容は、“The Human Stain of Ambiguity: The Limits of Biography as Self-realization in
Philip Roth’s The Human Stain” というタイトルで、『日本女子大学大学院文学研究科紀要』第
20 号に掲載された。このように同時代ユダヤ系作家の作品と比較することで、偶像創造や先駆者
からの影響の不安といった Ozick 作品の独自性を再認識することができた。
③今後の展望
今後の展望としては、1976 年に発表された短編 “Usurpation (Other People’s Stories)” にお
ける先行作品の盗作と独自性のテーマについて論じる予定である。さらに、2013 年度にやり残
した Foreign Bodies と The Ambassadors の比較も行う。最終的には、1969 年のデビューから
最新作までの Ozick の創造論の変遷をたどり、ユダヤ人作家としてどうあるべきか、何ができる
かというテーマを、Ozick がどのように結論づけるのか明らかにしていきたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① 雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
1. 「反逆する『異物』
:Cynthia Ozick’s Foreign Bodies」、
『多民族研究』、第 7 号、2014
年 6 月掲載予定。
2. “The Human Stain of Ambiguity: The Limits of Biography as Self-realization in
Philip Roth’s The Human Stain,” 『日本女子大学大学院文学研究科紀要』
、第 20 号、
2014 年 3 月、p. 13-18.
② 学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
1. 「
『使者』から『反逆者』へ:Cynthia Ozick の Foreign Bodies における媒体としての
自己」
,第 25 回日本ソール・ベロー協会大会,2013 年 10 月 11 日,青山学院大学・青
山キャンパス
2. 「偶像創造としての Reënactment:
“Puttermesser Paired” における『誤読』の非ユ
ダヤ性」
,第 21 回多民族研究学会ワークショップ,2013 年 12 月 15 日(日),茨城大学
水戸キャンパス
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
-8-
秋田万里子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年 4 月 1 日
期
間
はなずみ さとみ
よみがな
氏
配分額
283 千円
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
文学研究科・英文学専攻 3 年
(学籍番号:11142002)
所属学科・職
英文学科・教授
2013年度
名
花角 聡美
指導教員
川端 康雄
研究課題名
※40 字以内
19 世紀の環境思想:人間と自然界
5. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
この研究では、19 世紀の思想家ジョン・ラスキンの環境に対する考え方、著作に込められた主張、当
時の社会の反響を見出すことをポイントとしている。環境の変化や改善策を人間の精神から捉えてい
るということがこのテクストの特徴であり、これまでの研究であまり注目されてこなかった点でもあ
る。特に工業において急速に近代化するイギリスで、環境の変化や、それに対する社会の反応という
のは、環境問題に向き合う人間の原点とも言える。ラスキンの環境思想を研究することにより、人間
は自然をどのように捉え、どう向き合ってきたのかということを考察していく。また、19 世紀の社会
的な背景、他の思想家や著述家の思想と併せて、ラスキンの著作に見られる宗教や中世主義的な要素
をより深く追求することで、ラスキンの主張全体に通ずる思想、もしくは時期による思想の変化を探
っていきたい。現代まで続くような後世への影響を含め、環境思想とそれに付随する思想を捉えるこ
とを目指して進める。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
⑬ 申請当初の計画・目的の達成度
⑭ 優れた成果があがった点
⑮ 今後の展望
①論文執筆の点では、博士論文の土台ともなる「博士課程論文」・紀要の原稿を当初の計画通り
に提出した。ただし、文献を読み進める中で、ラスキンの思想の考察には自然環境やエコロジー
に留まらない、広範囲に渡る調査が必要であるということを強く感じ、設定していた「エコロジ
ー」という枠を外し、より広い領域からのアプローチをする方針に切り替えた。また、フィール
ドワークによる情報収集という点では、当初の計画では夏に湖水地方・ランカスターを訪れるは
ずだったが、時期を 3 月に変更したため、訪問先はロンドン中心となった。
②湖水地方とランカスターは目的地から外したが、ラスキンにとってゆかりの地であるシェフィ
ールドを訪れたことにより、直接土地の歴史に触れ、自分自身の眼で見て、そして空気を感じる
ことができた。自然環境や地理的現象は、文献を読んですべてを理解することが不可能であるた
め、フィールドワークにより自身の感覚で確かめるという貴重な体験ができた。また、調査の大
きなテーマとしての「エコロジー」という枠を外したことにより、ラスキンの主張に一貫したポ
イントを見出し、それに着目することとなった。ラスキンが生涯を通じて残した著作や講演は数
多く、そのテーマも特定のものに限定されているのではなく、美術批評、建築、経済や政治に至
るまで多岐に渡っている。しかし、そんな彼の主張の根底には、どの領域にも当てはまる「モラ
ル」という大きなテーマが存在しているということができる。そのためテーマを絞らずに著作に
目を通すことにより、メッセージにおける「モラル」の意味、さらにはラスキン自身が「モラル
の伝道者」であると自負するに至った経緯や思想をより掘り下げることができた。ラスキンは中
世の社会に対する憧れや尊敬の念を抱いており、それは近代化・工業化以前の社会に暮らす人々
の精神が優れているためであると考えている。機械や近代的な技術が発達し、それに頼ることを
おぼえた 19 世紀とは違い、すべてを動かすのは人間自身の手である。それゆえに、生産される
ものや、人間関係を含む社会全体に愛情や創造性が溢れている。「聖ジョージのギルド」では、
機械化により希薄化したモラルや愛情を取り戻し、豊かな自然と共に生きていくことを目指して
いる。そしてここに見られるラスキンの理念こそが、この計画に留まらず主張全体の根底に見ら
れるものである、ということを読み取ることができた。
③今後の研究の展望としては、社会批評家としてのラスキンの多岐にわたる著作や講演における
主張を通し、その根底に一貫する「モラル」や「コミュニティ」というものに重点を置き、19
-9-
今年度の研究報告(つづき)
世紀の社会や環境、思想の面での風潮を探求していくことを考えている。ラスキンは中世に対し
て尊敬の念を抱き、大いに賞賛し、そしてそれに比して 19 世紀の社会が退廃しているという論
を展開している。
「中世への憧れ」は単なる著作のテーマとなるだけではなく、敬意を表す時代
をモデルに、19 世紀の社会において「聖ジョージのギルド」という名のコミュニティの建設を試
みた。それは近代化が進む以前の社会であり、密接で家父長的な人間関係を基に成り立ち、近代
的な機会に依存するのではなく、人間の肉体を動力として動く社会である。コミュニティのリー
ダーが人々に接する感覚、それは父親が子供に接するように親密で愛情が込められたものであ
り、ラスキンは 19 世紀にはこれが失われてしまったと感じ、取り戻そうとしていた。またギル
ドを調べる中で、ラスキンが考えたコミュニティの概念というのは、現在の日本に当てはめて考
えることができるのではないか、という考えを抱くようになっている。2011 年に東日本大震災
が起こったことにより、被災者の中には、自分が生まれ育った故郷を離れ、知らない土地で暮ら
し始めた人が少なくない。それまで過した土地への愛着や、人とのつながりがどんなに強いもの
であろうと、それらを諦めなければならない現実がある。もちろん、ふるさとからの転出を強い
られた人だけではなく、そうした人を受け入れる側にとっても簡単な問題ではないと考えられ
る。
「聖ジョージのギルド」ように、自分の意志で新たなコミュニティに参加するわけではない
が、人間関係やローカルルールへの適応、それに加えて地域性に対する相互の尊重といったもの
は、ラスキンのギルドや、その理念を著した著作『フォルス・クラヴィゲラ』から学ぶことがあ
ってもいいように思われる。ラスキンによるこのギルドは実現することはなく、理念を掲げるに
とどまってしまったが、このギルド設立への構想には、19 世紀のイギリス社会の現実に対するラ
スキンの反感と、それに基づく理想とが詰まっていると考えられる。近代化というのは「モラル」
の面で人間を退廃させるものなのか、ラスキンが展開する社会批判やコミュニティに関する主張
から、現代と重ね合わせて考察を深めることに尽力したいと考えている。
今回のフィールドワークで得た情報や体験を活用し、上記のような考察を発展させ、今後は学会
における発表、論文の投稿、さらには博士論文の執筆を目指し、研究を続けていくことを予定し
ている。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①
・ジョン・ラスキンの環境批評―『19 世紀の嵐雲』についての一考察」
、
『日本女子大学大学院文学研究科紀要』
第 20 号、2014 年 3 月刊行
・‘John Ruskin’s Idealised Vision of the Goodness’、博士課程論文、2014 年 2 月
②なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 10 -
花角 聡美
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年 4 月 1 日
期
間
2013年度
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
ひろせ
えみ
廣瀬
絵美
川端康雄
100
配分額
千円
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
文学研究科・
英文学専攻・ 博士課程後期 1年
(学籍番号: 11342001
)
所属学科・職
英文学科
教授
イングランドにおけるフォークリヴァイヴァル運動における A. L. Lloyd の貢献
6. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
戦後のイングランドにおけるフォークリヴァイヴァル運動と呼ばれる文化運動とその指導者、A. L.
Lloyd の役割についての研究を行っている。A. L. Lloyd(1908-1982)は、フォークソングの学者、パフ
ォーマーであり、フォークソングを LP レコードやラジオ番組といったマスメディア、フォーククラ
ブといった場所をとおして音楽として改めて再現しようとした。この研究ではいかに Lloyd が自らの
文化的背景をもとに、フォークソングを捉え、改作しようとしたのか、Lloyd の扱った歌や本をもと
に調査している。A. L. Lloyd は、フォークソングやバラッドの復興において多大な貢献をしたのに関
わらず、フォークソングやバラッドをアレンジしたことに対し、民俗学者から厳しい非難を受けてい
た。
この研究では、
民謡歌の改作における authenticity と authorship の対立を念頭に置き、A. L. Lloyd
が扱った歌について、新たに分析し、再評価をしていこうとする目的がある。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
⑯ 申請当初の計画・目的の達成度
⑰ 優れた成果があがった点
⑱ 今後の展望
1)申請当初の計画・目的の達成度
申請当初の計画では、修士論文のテーマでもある、A. L. Lloyd がイングランドにおけるフォーク
リヴァイヴァル運動で果たした役割についての研究を継続することにあった。A. L. Lloyd はフォーク
ソングの学者であり、フォークシンガー、音楽プロデューサーである。数多くのフォークソングの LP
レコードを出し、積極的に執筆活動をし、多く論文を残しているにも関わらず、日本はもとよりイギ
リスでも知名度は低い。この研究は A. L.Lloyd の活動の再評価を目的とした。
2013 年度は、修士論文でも扱った A. L. Lloyd の 1964 年のアルバム First Person に収録してある
バラッド“Jack Orion”の歌詞分析・音楽分析を行った。これは、Francis James Child の The English
and Scottish Popular Ballads の 67 番に“Glasgerion”として残されている。これはハープ奏者が主
人公のバラッドなのだが、Lloyd のヴァージョンにはフィドル奏者に変わっている。まず、ハープ奏
者の文化的シンボルについて神話や聖書、さらには中世の物語詩をもとに紐解き、そこに見られる貴
族的なイメージを示した。また、“Glasgerion”は 18 世紀に Thomas Percy や Robert Jamieson によ
って収集されたのだが、その時代にハープがいかにノスタルジックなイメージを有していたのかにつ
いて、ナショナリズムとの関連で調査した。その上で、Lloyd がフィドルに変えることでいかにスト
リート的な要素を歌に求めたのか、彼のルーツである working class を基盤としたポリティカルな思
想を踏まえて、分析をおこなった。目的の達成度としては、Lloyd が選び、扱ったフォークソングや
バラッドから、彼がいかにフォークソングを労働者階級の文化的産物だと考え、そしてそれを現代に
活かしていったのかという改作の手法を理解できたと考える。
2)優れた成果があがった点
今回、奨励金を頂く機会に恵まれ、MP3に変換できるレコード機を購入し、A. L. Lloyd のレコー
ドをデジタル化することができた。また、1950 年代から 60 年代初頭のフォークソング雑誌やフェス
ティバルのカタログも購入し、どのようにフォークリヴァイヴァル運動が若者の間に普及されていっ
たのか知ることができた。新たに分かったこととしては、“Jack Orion”のメロディーは、Andy Stewart
の 1960 年のヒットソング“Donald, Where’s your Troosers?”を使っているのだが、音楽分析をした
- 11 -
今年度の研究報告(つづき)
ところ、伝統音楽によく使われる旋法だということがわかった。これらの調査は、今後、Lloyd のフ
ォークソングを見ていく上で参考になると思われる。
この研究の成果を 12 月の英専協、3月のバラッド協会での発表につなげた。特に3月のバラッド
協会では、
「“Jack Orion”にみる A. L. Lloyd のバラッド観〜第二次フォークリヴァイヴァル運動の行
方」というタイトルで対談発表をし、Lloyd のポリティカルな視点がいかに彼のバラッド改作に反映
されているのか述べた。また、バラッド協会の会員の一人から、Lloyd 以後の他のアーティストによ
る “Jack Orion”の 音源を集めて もらい、それらもと に authenticity を めぐる問題 と Lloyd の
authenticity における再定義について議論した。ここでは、Lloyd は学者とパフォーマーの葛藤を得
て、authenticity と authorship の間に妥協点を見いだし、それが、彼の改作部分の美的な表現の中に
見いだせるのではないかという結論に至った。だが Lloyd 作品における authenticity をめぐる定義
は、未だに明確に証明することはできておらず、今後の課題であると考える。この研究発表では、バ
ラッドやフォークソングを専門としている方々から、貴重なアドヴァイスを頂き、今後の研究の参考
になった。ロイドのバラッド観と改作の問題は、博士論文の重大なテーマになると思われるので、引
き続き研究を進めていきたい。
3)今後の展望
今後は、“Glasgerion”の詳細な歌詞分析はもちろん、他の Lloyd のバラッドも比較・検証し、より
多角的に見ていく必要があると考える。また、Lloyd は、バラッドだけではなく、Industrial folk song
とよばれる歌も扱っている。これは、産業革命以後に工場や石炭現場ではたらく労働者の歌であるが、
Lloyd は、これらの歌を LP レコード化し、または、その文化的意義を自身の著書、Folk Song in
England で述べるなどして、普及につとめた。この分野の Lloyd の活動を見ていくことで、フォーク
リヴァイヴァル運動の社会的・文化的役割を知る事につながるだろう。
現地調査として、A. L. Lloyd のアーカイブはロンドン大学ゴールドスミス校にあるので、フィール
ドワークも積極的に行っていきたい。また、English Folk Song and Dance Society にも訪れ、さまざ
まなフォークソングの資料に触れていきたい。今までの研究では、Lloyd が中心となったフォークソ
ングリヴァイヴァル運動を中心に見てきたフが、同時期に、スコットランドでは、詩人であり、School
of Scottish Studies の創設者でもあった Hamish Henderson が、スコットランドのバラッドの復興に
つとめていた。だが、Henderson は、口承のフォークソングに価値を置いており、Lloyd の活動には
批判的な所があったようだ。伝統を歌い継いでいる人が歌う歌にフォークソングに価値があるのか、
それともフォークソングは、Lloyd の活動のように、誰もが自らのルーツを歌から見いだし変容でき
うるものなのか、この二つの思想の対立が、50 年代・60 年代のフォークリヴァイヴァル運動の問題
点として存在していたことがわかる。今後は、Henderson の活動や思想も踏まえて、50 年代、60 年
代のフォークソングリヴァイヴァルを、さらに大きな枠組みで見ていくことが大切だと思われる。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
1)廣瀬絵美、Creativity and Empathy in Albert Lancaster Lloyd’s ballad “Jack Orion” : アルバー
ト・ランラスター・ロイドのバラッド “Jack Orion”から読み取る創造性と共感性、日本女子大学大学
院文学研究科紀要、20 号、2014 年、15−26。
2) ポピュラー音楽学会 第一回関東地区大会
英専協第 47 回
東洋大学
バラッド協会第6回会合
2013 年 3 月 23 日
2013 年 11 月 30 日
2014 年3月 22 日
武蔵大学
東洋大学白山キャンパス
大阪大学豊中キャンパス
※この報告書はホームページで公表されます。 採択者氏名
- 12 -
廣瀬
絵美
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014
期
間
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
2013年度
なかだ
あい
中田
愛
永村
眞
年
4 月
4 日
配分額
100千円
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
文学
研究科・
史学 専攻・ 博士課程後期 2
年
(学籍番号: 11243001
)
所属学科・職
史学科・教授
中世鑁阿寺と東国寺院
7. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
下野国足利庄の鑁阿寺は、本願を足利義兼、開山を理眞上人とする寺院であり、「鑁阿寺文書」
「郷々寺役記」をはじめとする豊富な中世史料が伝来する。しかしその大半が無年号であり、寺
内の様相を示す史料が限られていることから、これらの史料は関東公方をはじめとする、東国の
武家に関する研究に用いられてきた。
これと比して、寺院研究は立ち後れていると言わざるを得ないが、「鑁阿寺文書」全体の性格
付けを行うと共に、個々の無年号文書の年代を比定し、外部(武家や諸寺)との関わり示す史料
を活用することで、中世における鑁阿寺経営の一端を明らかにすることは可能であろう。
現在では東国寺院をネットワークとして捉えるべきとの指摘があり、その一端を担う鑁阿寺と
諸寺との交流を明らかにすることは、東国寺院社会を考える上でも重要であると考える。そこで
本研究では、寺内と外部との交流の双方の視点から検討を加えることで、東国社会における同寺
の位置づけを行うことを目的とする。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
⑲ 申請当初の計画・目的の達成度
⑳ 優れた成果があがった点
21 今後の展望
①本年度は、昨年度の日本女子大学史学研究会大会(第 51 回大会口頭試問発表、2012 年 11 月、
於日本女子大学)の報告を論文にした上で、鑁阿寺と雪下殿(鶴岡八幡宮寺別当)という視点か
ら検討を行い、東国寺院社会における鑁阿寺の位置を明らかにすることを目指した。
昨年度の報告は、「鑁阿寺樺崎縁起并仏事次第」
(以下「仏事次第」
)を通して、鑁阿寺と樺崎
寺の関係について検討したものであるが、この際諸分野(宗教史・美術史・文献史学)の方々よ
り種々のご意見を頂いた。本年度はこれを踏まえて、報告の要旨を『史艸』第 54 号(2013 年、
109 頁~112 頁)にまとめると共に、内容を大幅に加筆・修正して、「中世の鑁阿寺と樺崎寺-
「鑁阿寺樺崎縁起并仏事次第」を通して-」
(
『日本女子大学大学院文学研究科紀要』第 20 号、
2014 年、93 頁~111 頁)
(以下「中世の鑁阿寺と樺崎寺」)を執筆した。
その上で、南北朝期~室町期における鑁阿寺と雪下殿の関わりについて検討を行った。鎌倉後
期には、鑁阿寺の一切経会の際に鶴岡八幡宮寺の楽人・伶人が下向して法会を勤修したが、同法
会退転により両寺の交流は途絶えた。再び両寺が深く結びついたのは、南北朝以後に雪下殿が鑁
阿・樺崎両寺の寺務を兼帯して以降であり、本研究ではこれ以降の雪下殿の鑁阿寺支配に着目し
て検討を加えようと考えている。そのために、本年度は鑁阿寺や鶴岡八幡宮寺に伝来する史料を
もとに、大学院の授業内で個別報告を行った。この中で先生や先輩方より種々のご意見を頂いた
ので、来年度はこれを踏まえて、さらなる検討を加えたい。
②「中世の鑁阿寺と樺崎寺」では、鑁阿・樺崎両寺を語る上で、欠くことの出来ぬ史料として活
用されてきた「仏事次第」の成立背景について検討を加えた。本史料は成立背景や意図が明らか
にされぬままに活用されており、その性格づけを行った上で、中世を通した鑁阿寺と樺崎寺の関
係について検討を試みた。
本論では、関東公方の助力のもとに行われた鑁阿・樺崎両寺の修造料足が、応永~永享年間に
不足するに及び、納所を勤めた寺務代宥雅が関東公方の助力を得るべく、本史料の作成を始めた
ことを指摘した。両寺の修造が共に行われたのは、鎌倉期に鑁阿寺が管理した廟所樺崎が、南北
朝期に寺院として独立した後も、鑁阿寺の配下に置かれ続けたためであろう。その一方で永享の
- 13 -
今年度の研究報告(つづき)
乱後、関東公方家臣は御家再興のために結城合戦を起し、有力家臣野田氏の居城は落城した。そ
の後、同氏は足利庄や簗田御厨へ落ち延び、檀越関東公方不在期の鑁阿・樺崎両寺の経営を支え
たと推測される。この働きに敬意を示すために、「仏事次第」は野田氏の記事に筆を割いたので
あろう。それ故、本史料の作成は永享中後期~結城合戦直後であり、その進上は檀越に鑁阿・樺
崎両寺の重要性を再認識させる契機になったことを指摘した。本論を通して、当該期における鑁
阿・樺崎両寺と東国武士の関わりの一端を明らかに出来た。
次に鑁阿寺と雪下殿の関係について述べていきたい。南北朝期以降に雪下殿が鑁阿寺寺務を兼
帯した背景には、鑁阿寺領からの料足上納という経済的要因があったと思われる。しかし雪下殿
が鑁阿寺の支配を固めるのは容易ではなく、在地の有力者たる寺務代と結びつき、鑁阿寺から独
立した樺崎寺の供僧職を得るなど様々な策を講じる必要があった。そして永享の乱後に関東公方
が鎌倉に還御し、公方の弟が雪下殿に就任すると、鶴岡八幡宮寺や在地の奉公人を取り込むこと
で、鑁阿・樺崎両寺への影響力を強めようとしたと思われる。しかし享徳の乱により関東公方と
雪下殿が鎌倉を退去した後、上杉氏も別の雪下殿を擁立したことで、雪下殿と鑁阿寺の関係は新
たな局面を迎えたことが推測されるので、この点については今後の課題としたい。
③今後も寺内外の双方の視点から検討を行い、東国社会における鑁阿寺の位置を明らかにした
い。とりわけ伝来史料では寺内の様相を掴みにくい同寺においては、諸寺との交流が重要な視点
になるため、当面は東国諸寺との交流を通して検討を加える予定である。鑁阿寺には足利庄の樺
崎寺・鶏足寺・法楽寺、宇都宮氏を本願とする興善寺、鶴岡八幡宮寺をはじめとする、東国諸寺
との関わりを示唆する史料が伝来しており、これらの寺院との交流を明らかにすることが、東国
寺院ネットワークの実態を明らかにする上で重要であろう。
そのために来年度は、先述した雪下殿の鑁阿寺支配について、さらなる検討を加える予定であ
る。鶴岡八幡宮寺は中世東国社会において、重要な役割を果たした寺院であり、同寺との関係に
ついて検討することは、東国寺院ネットワークを理解する上で不可欠であると考える。
両寺の関係については、檀越関東公方が古河に下って以降の関東公方・鶴岡八幡宮寺・鑁阿寺
の三者関係に着目した検討がなされてきた。しかし寺院社会は世俗社会とは異なる論理で運営さ
れる社会であり、先行研究ではこの寺院社会の独自性という視点が欠けていたように思われる。
本研究ではこの点に留意し、雪下殿の鑁阿寺支配の変遷を追うことで、鶴岡八幡宮寺を頂点と
する東国寺院社会のあり方について検討を加えたいと考えている。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①報告要旨・雑誌論文
*報告要旨(2012 年 11 月、於日本女子大学史学研究会大会)
・中田愛、「中世の鑁阿寺と樺崎寺-「鑁阿寺樺崎縁起并仏事次第」を通して-」『史艸』、第
54 号、2013 年、109 頁~112 頁
*雑誌論文
・中田愛、「中世の鑁阿寺と樺崎寺-「鑁阿寺樺崎縁起并仏事次第」を通して-」、『日本女子
大学大学院文学研究科紀要』、第 20 号、2014 年、93 頁~111 頁
②学会・シンポジウム等での発表
なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 14 -
中田 愛
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
ふじもと
よみがな
氏
配分額
えか
藤本 絵香
名
佐藤 和人
指導教員
研究課題名
※40 字以内
283
2月
10 日
千円
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間生活学
研究科・
人間発達学 専攻・ 3年
(学籍番号:
11051002
)
所属学科・職
人間生活学研究科人間発達学専攻・教授
肥満およびアレルギー性疾患における熱ショックタンパク質の検討
8. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
肥満において、糖尿病、高血圧、脂質異常症、心血管疾患等の発症に加え、免疫機能の異常に
伴う癌や感染症、アレルギー等の発症が問題となっているが、肥満および合併症における免疫機
能および病態についてはいまだ不明な点が多い。熱ショックタンパク質(Heat Shock Protein;
HSP)は、細胞保護等の生命維持や免疫系において重要なタンパク質である。本研究では、肥満
とアレルギーとの関連について解明するため、HSP に着目し検討を行った。ヘルパーT 細胞(Th)
機能が Th1 型優位である C57BL/6 マウスおよび Th2 型優位である BALB/c マウスにおいて、肥
満およびアレルギー性鼻炎を誘導し、HSP 発現および免疫指標等を検討した。その結果、肥満に
よる胸腺中 HSP70 発現の有意な低下を認めた。本研究から、アレルギー等の肥満による免疫機
能の異常が、肥満による HSP 発現量の変化と関連する可能性が示唆された。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
22 申請当初の計画・目的の達成度
23 優れた成果があがった点
24 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
<申請当初の計画>
C57BL/6 マウス(Th1 型優位)および BALB/c マウス(Th2 型優位)を用いて、高脂肪食摂取
により食餌誘導性肥満を誘導した後、卵白アルブミン(OVA)投与によりアレルギー性鼻炎を誘
発する。その後、血糖値、インスリン濃度等の血液指標、脾臓リンパ球サイトカイン産生能等の
免疫機能、および胸腺、肺、気管、肝臓、腎臓等の各臓器における HSP 発現量について解析を行
うことにより、高脂肪食による食餌誘導性肥満がアレルギーの病態に及ぼす影響について、HSP
発現の観点から検討する。
<目的の達成度>
上記の計画に従って当該研究を行った。C57BL/6N 雄マウスおよび BALB/c 雄マウスを用い、8
週齢にて普通食群(CON 群)および高脂肪食群(HF 群)の 2 群に分けた。アレルギー性鼻炎の
誘導のため、10 週齢および 11 週齢で腹腔内に OVA 免疫を行い、12 週齢時に 6 日間 OVA 点鼻を
行った。13 週齢にて解剖を行い、血液指標、免疫指標および HSP 発現量を解析した(Fig.1)
。
C57BL/6N マウスの胸腺・肝臓・腎臓ならびに BALB/c マウスの気管・肺・空腸の各臓器にお
いて HSP70 発現量を測定し比較した結果、HF 群は CON 群と比較して胸腺中 HSP 発現量が有意
に低下することを見出した(Fig.2)
。他の臓器においては有意差を認めなかった。
7
8
10
11
12
13
OVA腹腔内
投与①
②
OVA点鼻
解剖
普通食
普
通
食
高脂肪食
(週齢)
OVA:卵白アルブミン
CON
HF
Fig.1 実験プロトコール
Fig.2 胸腺中 HSP70 発現量の比較
- 15 -
今年度の研究報告(つづき)
②優れた成果があがった点
肥満者では、免疫機能の異常に伴う癌や感染症、アレ
ルギー等の発症が問題となっているが、肥満および合併
症における免疫機能および病態についてはいまだ不明
な点が多い。本研究では、肥満とアレルギーとの関連に
ついて解明するため、細胞保護等の生命維持や免疫系に
おいて重要なタンパク質である HSP70 に着目し検討を
行った。
本研究において、食餌誘導性肥満マウスにおいて胸腺
HSP70 発現の低下が認められた。さらに、胸腺 HSP70
Fig.3 胸腺 HSP70 発現量と
発現量と T 細胞の表面タンパク質である CD4 および
CD4/CD8 比との相関
CD8 の比(CD4/CD8 比)との関連を検討したところ、
有意な正の相関を認めた(Fig.3)。胸腺は、造血組織か
らの未熟細胞から T 細胞への増殖・分化・成熟が行われる器官
であり、免疫機能に重要な役割を果たす。また、先行研究にお
いて、アレルギー性疾患と CD4/CD8 比の減少との関連が報告
されている。
以上のことから、本研究は、アレルギー等の肥満による免疫
機能の異常が、
肥満による HSP 発現量の変化と関連することを
示唆するものである。
③今後の展望
本研究により、肥満におけるアレルギー性疾患の増加に胸腺における HSP 発現の異常が関連す
る可能性が示されたことから、肥満における免疫組織および免疫担当細胞における HSP 発現と免
疫担当細胞の機能性変化との関連、ならびに肥満において胸腺中 HSP 発現が低下するメカニズム
についてさらに詳細な検討が必要である。また、肥満における HSP 発現の異常を改善することに
より病態を改善し得る新たな免疫栄養療法の可能性について検討していきたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 16 -
藤本 絵香
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
よみがな
氏
2013年度
ないとう
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
たかこ
内藤
貴子
川端
有子
4日
283 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
4月
人間生活学研究科・
人間発達学専攻・博士課程後期 3 年
(学籍番号: 11151001 )
所属学科・職
児童学科・教授
エコクリティシズムで再読するイギリス児童文学
9. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
本研究は,エコクリティシズムの批評理論に照らしてイギリス児童文学作品を再読し,児童文学に
おけるエコクリティシズムの有効性を探りながら,イギリスの子どもの本の作家たちが自然,環境,
土地,風土等と人間との関係性をどのように捉え描いてきたのかを明らかにすることを目的としてい
る。主に以下の作業を中心に,考察を進めている。
(1)児童文学研究における「自然と人間の関係性」
についての言及を調査・収集・解読のうえ,体系的に整理する。
(2)既設理論の枠組みでは捉えきれ
ていない「自然と人間の関係性」が,すでに研究されてきた児童文学作品から,エコクリティシズム
理論によって新たに読みとれるかどうかを試す。
(3)児童文学作品のなかで,顕著に「自然と人間の
関係性」を扱うが未だ言及されていないものを調査・解読・整理する。
(4)ポストコロニアル批評,
フェミニズム批評など,エコクリティシズムと隣接する批評分野にも留意しながら,イギリス児童文
学における「自然と人間の関係性」にかかわる物語・キャラクター表象を体系的に整理し直す。
(5)
環境文学における児童文学にどのような可能性があるのかを探る。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
25 申請当初の計画・目的の達成度
26 優れた成果があがった点
27 今後の展望
① 申請当初の計画・目的の達成度
研究 3 年目にあたる今年度の目標は,これまでに作成してきた研究ノートに基づいた各論
をなるべく多く論文の形で執筆し,総論的な結論を見出すための視座を獲得することであっ
た。作業の方向性としては計画の通り進めたが,これまで発見や入手ができずにいた文献資
料と,新しく発行された文献資料を多く手に入れることができたため,申請当初に予測して
いた作業時間を越えて文献資料解読に多く時間を割く結果となった。そのため,今年度中に
論文を学会誌等に投稿するところまでは至らなかったが,次年度に数点の論文を執筆・投稿
するための研究ノートが作成できた点と,多角的な視点をもって検証するための多様な視座
を獲得することができた点に収穫があった。総論的な結論それ自体に至るまでには,詳細な
検証を更に進めることが必要だが,総論的な結論を見出すための視座については,文献解読
を通じて複数獲得することができた。
② 優れた成果があがった点
最も大きな成果は,文献資料をひろく収集・解読できたことにより,総論的な結論を見出
すための視座を複数獲得できたことである。特に、文学環境学会院生組織での活動(エコク
リティシズム用語集の作成,批評文献の翻訳)に参加しながら,指導教員の助言を得ること
によって,これまで書けるところから散逸的に書き進めていた各論や研究ノートが、点が線
へと繋がっていくように,いくつかの軸となる視座のもとへと収斂していき,全体の論文の
構成が展望され始めたことが大きな成果だった。獲得できた複数の視座のうちいくつかは,
今年度中に見定めることを目標としていた,
「エコクリティシズム理論の児童文学への適用が
有効な項目」であり,学会における院生組織企画内口頭発表と研究発表を通じて研究成果を
発表することができた。
具体的には,ASLE-Japan/文学・環境学会第 18 回全国大会,院生組織企画「今つくりたい
環境文学作品のアンソロジー(2013)」口頭発表(2013 年 8 月 31 日)で,生態系を破壊し,
人間を含む生物の生存を脅かすほどの環境破壊を扱う文学作品(モーパーゴ『発電所のねむ
るまち』
,パウゼヴァング『みえない雲』
,川上弘美『神様 2011』ほか)について報告を行い,
「原発文学」
「震災文学」と並び,新たに「エコサイド文学」というキーワードを提示した。
- 17 -
今年度の研究報告(つづき)
このキーワードは,環境文学批評において現代性のある重要な語であるとして,
『Asle-J 文学
環境学会 20 周年記念論集(仮題)
』
(2014 年発行予定、編集中)への掲載がなされることと
なったうえ,本研究においても重要な視座のひとつとして認識されるに至った。
「エコロジカ
ル・アイデンティティ」については,もともと本研究の軸のひとつであり,
「児童文学と自然
環境:エコ・アイデンティティを獲得する少年たち」(『英語圏諸国の児童文学Ⅱ――テーマ
と課題――』ミネルヴァ書房刊,2011 年 3 月)や,口頭発表「エコロジカル・アイデンティ
ティを掴むキャラクターたち――ボストン、ピアスの児童文学に描かれた自然表象」
(日本児
童文学学会例会、2012 年 9 月 8 日)などを中心に,他の作品についても各論に繋がる研究ノ
ートを書き溜めてきたが,
『Asle-J 文学環境学会 20 周年記念論集(仮題)』
(2014 年発行予
定、編集中)の「キーワード集」に項目執筆を寄せるため,より綿密に多角的に調査を行っ
た結果,これまで学会誌に掲載してきた論文や学会発表で扱ってきた作品を繋ぎ,総論的な
結論を見出す視座のひとつとして,改めて認識された。
一方,口頭発表「シヴォーン・ダウド『ボグ・チャイルド』における場所性と湿地遺体の
ナラティヴィティ」
(ASLE-Japan/文学環境学会第 19 回全国大会,2013 年 9 月 1 日)では,
地形的,社会的,歴史的特徴をもつ場所が,主人公の主観的な感覚と彼をとりまく外的要因
から複合的に構築された環境として,物語中でいかに機能しているかを分析し,昨年度まで
探ってきた「土地の感覚」が人間の知覚,思考,行動にどのように影響を与えるかを考察し
た。なかでも湿地帯,共同体の犠牲,国土の風土と自然への愛着,国外移住(エグザイル)
といったモチーフが,1960 年代のアルスター・ルネッサンス以降の,北アイルランド文学伝
統に特有のモチーフと分かちがたく連なっていることを,シェイマス・ヒーニーの連作詩「ボ
グ・ポエムズ」にふれ示したうえで,湿地遺体メルの語りの狙いを分析し,フィードバック
を参考にして研究の精度を高めることができた。
国立国会図書館国際子ども図書館児童文学連続講座で行った講義「児童文学が描くイギリ
スの風土と子ども」
(2013 年 11 月 11 日)では,これまでの研究成果を児童図書に関わる司
書向けに紹介する視点から,本研究で扱うイギリス各地の風土と密接に結びついた作品・作
家について概観した。本講義を構築する作業を通じて,現在の実社会の要請と,本研究の実
践的役割を改めて認識するに至り,研究目的の射程をより絞ることができた。
③ 今後の展望
2013 年度に獲得した「総論的な結論を見出すための視座」を各論執筆時に適用する際の定
義・方法を確定することで,博士論文の章立てを念頭に,具体的な考察点の分類・確定作業
を進める。児童文学に描かれた自然・環境表象と,イギリスの実社会における環境意識の変
化を具体的に比較するため,年代別分布表を作成し整備する。既にまとめた各論と,これま
で調査・収集・解読してきたエコクリティシズム批評にかかわる文献,児童文学研究におけ
る「自然と人間の関係性」についての言及を年代別に体系的に整理したうえで,不足部分の
資料収集・研究・各論加筆を行い,博士論文の構成を整備する。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① 内藤貴子「エコロジカル・アイデンティティ」(項目執筆)『Asle-J 文学環境学会 20 周年記念論
集(仮題)』
(2014 年発行予定、編集中)
内藤貴子「エコサイド文学」(項目執筆)
『Asle-J 文学環境学会 20 周年記念論集(仮題)
』(2014
年発行予定、編集中)
内藤貴子「文学と環境――先住性」
(翻訳)
『Asle-J 文学環境学会 20 周年記念論集(仮題)』
(2014
年発行予定、編集中)
② 内藤貴子 ASLE-Japan/文学・環境学会第 18 回全国大会 院生組織企画「今つくりたい環境文学
作品のアンソロジー(2013)」口頭発表「
〈エコサイド文学〉の現在」2013 年 8 月 31 日、白百合
女子大学〈東京〉
内藤貴子 ASLE-Japan/文学・環境学会第 18 回全国大会 口頭発表「シヴォーン・ダウド『ボグ・
チャイルド』における場所性と湿地遺体のナラティヴィティ」2013 年 9 月 1 日、白百合女子大学
〈東京〉
内藤貴子 国立国会図書館国際子ども図書館児童文学連続講座「児童文学が描くイギリスの風土
と子ども」2013 年 11 月 11 日、国立国会図書館国際子ども図書館〈東京〉
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 18 -
内藤
貴子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014年4月4日
期
間
2013年度
よみがな
ながおちえ
氏
長尾
智絵
坪能
由紀子
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
100 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間生活学研究科・
人間発達学専攻・
2年
(学籍番号:
11251001)
所属学科・職
児童学科・教授
音楽教育における一宮道子の実践とその功績
10. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
一宮道子の名前はこれまで保育園や幼稚園で広く歌われている「おべんとう」
「おかえりのうた」の
作曲家として知られている程度である。しかし、彼女は戦前戦後を通して子どもの音楽教育に大きく
貢献した人物でもある。
彼女の音楽教育実践の基盤には昭和 10 年代に盛んになった「絶対音感教育」がある。一宮自身、
その教育法を初めて中学校で実験するなど、絶対音感教育の普及と発展に大きく貢献したことは、あ
まり知られていない。
「絶対音感教育」は戦後、プライベートレッスンや、音楽教室では普通に行われ
るようになっているが、戦争に加担したという面が強調され公教育から排除されることになった。し
かし、一宮は一貫して絶対音感教育を支持し、また独自に発展させていく。そして、それはもともと
「絶対音感教育」が目指した音楽を創ることへと繋がっている。このように、本研究は絶対音感教育
を軸に一宮の実践に注目し、一宮が絶対音感教育の普及にどのような功績を残したのか、その実態と、
作曲を中心として独自の幼児音楽教育を実践した音楽教育者であったことを明らかにする。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
28 申請当初の計画・目的の達成度
29 優れた成果があがった点
30 今後の展望
①今年度の予定は一宮道子が戦前に実践した絶対音感教育の実態と、その独自性について調査す
ることであった。
一宮は昭和 14 年 5 月より日本女子大学附属豊明幼稚園で絶対音感教育を開始した。その実践
の記録は当時の音楽雑誌『楽苑』に掲載された。また国民学校の芸能科音楽に音感教育が採用さ
れたことをうけて、一宮は豊明幼稚園での経験から自身の指導法について、昭和 17 年 9 月に雑
誌『音楽教育』に「音感教育の遊戯化」を寄稿している。それにより、まず一宮が「絶対音感教
育」を幼児教育に適用して行った教育法に注目した。その結果、一宮は音感教育を幼児教育に適
用するために「遊戯化」して実践していたこと、その方法は 1.歌唱化、2.ゲームにする、3.
身体反応の3つにまとめることができた。そして、このうち、特にゲームと体操による身体反応
は、同時代の他の実践者たちには見られない一宮独自の「遊戯化」であったことがわかった。こ
れについては、音楽教育史学会にて発表した。
次に、一宮が昭和 17 年より日本女子大学附属豊明小学校で実践を開始したという作曲指導法
について注目した。一宮の作曲指導については、「豊明の音楽」として『泉』に掲載された数頁
の資料しか遺されていなかったが、その記述より、彼女の作曲指導が絶対音感教育と関係してい
ることが予想された。そこで「絶対音感教育」における作曲指導がどのようなものであったか、
その体系を確立した笈田光吉の著作より照合した。それにより、一宮の作曲指導が「絶対音感教
育」の和声を基に作曲するという指導法を踏襲していることがわかった。また後年記したと思わ
れる一宮の資料より、
「絶対音感教育」の指導法に加えて、言葉の抑揚や長短に基づいて作曲す
るという方法を取入れていたことがわかった。これについては、日本音楽教育学会にて発表し、
それに基づいた論文は Journal of Creative Music Activity for Children Vol.2 に掲載された。
②一宮の音楽教育実践を考える上で、笈田光吉が体系を確立した「絶対音感教育」との関係を無
視することはできない。この教育法については、最相葉月著『絶対音感』がベストセラーになっ
たことにより、一般に知られるようになり、学術研究も盛んになった。しかし、その体系や成立
過程、国民学校期に導入された「聴覚訓練」との相違点については詳細に研究されてこなかった。
一宮の教育実践に注目してみると、彼女の教育に関する業績は「絶対音感教育」から始まって
おり、また晩年まで音感教育を中心とした音楽活動を実践していることがわかった。そのため「絶
- 19 -
今年度の研究報告(つづき)
対音感教育」がどのような教育法で何を目指していたのか、ということを明らかにする必要があ
る。そこで、まず笈田光吉が確立した「絶対音感教育」の体系や、その前史となる「絶対音早教
育」との関係を明らかにし、
「絶対音感教育」の教育法や、その目的について詳細に調べた。そ
の結果、本研究ではその教育法の最終目的が作曲できるようになること、ということを当事者た
ちの証言が記録された資料より明らかにした。これまでの研究では「絶対音感教育」と作曲指導
の密接な関係について、ほとんど述べられてこなかったが、それは、昭和 12〜13 年頃より、
「絶
対音感教育」を公立小学校での実験を開始し、推進者として注目された佐々木幸徳や酒田冨治の
実践記録からは、作曲指導を行った実績がなかったからであろう。また、国民学校期に音感教育
が導入されたものの、その教育は「和音をあてる」ことに集中していたためであろう。絶対音感
教育が作曲できることを目指していた、ということは一宮の実践に注目したことではじめて明ら
かにできたことである。それは同時に、一宮がいかに「絶対音感教育」の体系を忠実に実践した
かを表している。
③これまでの調査により、一宮の音楽教育実践が「絶対音感教育」を基盤としていることが明確
になった。
「絶対音感教育」は戦時中、軍事に利用されたという経緯から悪しき教育として、公
教育からは姿を消すことになった。しかし現在では音楽教室、プライベートレッスンでは広く普
及しているという事実もあり、
「絶対音感教育」は日本の音楽教育の基盤をなしているといえる。
一宮自身、昭和 12 年より高等女学校で初めて実験を開始し、その普及には大きく貢献している
が、その詳細については今後、明らかにする予定である。また、一宮は戦前戦後を通して、小学
校や幼稚園など集団教育のなかで継続して音感教育を実践し効果を上げてきたが、後年、一宮が
記した資料を概観すると「絶対音感教育」から出発した実践は、徐々に機能和声を中心とする「絶
対音感教育」から変化していることがわかる。戦前は楽音に偏っていた関心が、戦後は身の回り
の音へと広がり、純粋に音をきき、リズム感をつける「おとあそび」へと変化している。しかし、
そのような一宮の実践は、やはり「絶対音感教育」と同じように、音楽を創ることを目的として
いる。今後は、まず一宮の「おとあそび」について、その実践の内容を明らかにする予定である。
戦前戦後を通して、継続的に音感教育を集団教育のなかで行ってきたこと、さらに、「絶対音
感教育」から始まり、子どもたちと直接関わりながら、創造的な活動を独自に展開していったこ
とは注目に値する。「絶対音感教育」という一つのメソッドを軸に一宮の音楽教育実践を明らか
にすることで、音楽教育史の新たな一面を提示する。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①
長尾智絵「
「音の作文」と呼ばれた作曲指導法―絶対音感教育から出発した一宮道子の実践が示
すもの―」Journal of Creative Music Activity for Children, Vo.2, 2014.(論文・査読付)
長尾智絵・安田寛「絶対音早教育と絶対音感教育の関係の歴史的検証」
『音楽教育学』
(研究報告・
査読付として投稿中)
長尾智絵「作曲家・増本伎共子さんにきく―私が受けた一宮道子の音楽教育―」Journal of
Creative Music Activity for Children, Vo.2, 2014.(インタビューと報告)
②
長尾智絵「一宮道子による音感教育の遊戯化について―戦前の実践記録から―」音楽教育史学会
26 回大会, 2013 年 5 月 11 日, 日本女子大学(東京)
長尾智絵「一宮道子による「音の作文」―「音感教育」を基調とする作曲指導―」日本音楽教育
学会第 44 回大会, 2013 年 10 月 12 日, 弘前大学(青森)
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 20 -
長尾智絵
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
さわお
氏
沢尾
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
かい
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
啓
所属学科・職
絵
佐々井
2日
141 千円
配分額
よみがな
4月
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・博士課程後期 3 年
(学籍番号:10853701 )
被服学科・教授
三井文庫本『宗感覚帳』・『染代覚帳』の染織史的研究
―江戸前期天和年間を中心とする染織品の実態を読み解く―
11. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
実態が不明とされてきた江戸時代天和年間の染織品に関し、三井文庫所蔵の呉服関係史料『宗感覚
帳』
(天和 3 年~元禄 9 年)と『染代覚帳』(天和 3 年)を新たな研究資料として提示し、名称・技法・
価格などの面から上方の町人層の小袖染織について明らかにした。
まず、上記 2 資料の染織品に関する全記載内容を表にまとめ、中心資料とした。次に同時期の比較検
討資料として、井原西鶴 7 作品および小袖雛形本について、染織・服飾に関する全ての文字情報を表
にまとめた。これら基礎研究をもとに『宗感覚帳』の研究からは、毛類、繻子、絖、綸子、龍文、紗
綾、縮緬、羽二重、織物のビロードについて当時の特性と価格を明らかにした。また西鶴の染織品描
写は人物の立場や経済面に沿ったものであることがわかった。
『染代覚帳』の研究では、染価格につい
て当時の物価や西鶴作品中の金銭感覚との比較検討を行った結果、本史料が幅広い中間層を対象とし
た呉服関係の染色史料であることを導き出した。染色名称については当時の京周辺の町人層の小紋・
五所紋付の着用実態、
「染さらさ」の染色技法解明、系統色の傾向等、小袖服飾を巡る新知見を得た。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
31 申請当初の計画・目的の達成度
32 優れた成果があがった点
33 今後の展望
①申請当初の計画・目標達成
2013 年度の申請当初は、同 5 月 9 日の学位申請論文提出に向けて、2011 年度の研究成果(
「三井文
庫所蔵『染代覚帳』の考察(上)―江戸時代前期の染色価格について―」
「三井文庫所蔵『染代覚帳』
の考察(下)―染色および加工名称について―」
(東京国立博物館『MUSEUM』635 号 p.7-23, 2011.12.15
および同 636 号 p. 7-21, 2012.2.15)
、
「江戸時代前期の染色名称の考察―小袖雛形本と『染代覚帳』
を中心に―」(日本女子大学大学院紀要家政学研究科・人間生活学研究科 第 18 号 p.151-159,
2012.3.19)
)の論文 3 報と 2012 年度の研究成果として日本家政学会に投稿・修正中の「
『宗感覚帳』
にみる江戸時代前期の染織品の受容と価格―西鶴作品との比較検討を中心に―」
(日本家政学会誌、第
64 巻、第 12 号、p.1-20 掲載)を 2 本の柱として、学位請求論文を仕上げる計画を遂行中であった。
学位請求論文は 2013 年 5 月 9 日提出、6 月 15 日の論文審査会を経て受理され、2013 年 7 月 25 日に
人間生活学研究科学位申請論文口頭発表会(公聴会)を終えた。また、修正を行った日本家政学会投稿
論文は初回提出より 7 か月を経た 2013 年 7 月に受理、同 12 月には掲載の運びとなった。
②優れた成果が上がった点
本研究は、これまで年紀の明らかな資料が見当たらず実態が不明とされてきた江戸時代前期、天和
年間頃の染織品を具体的に捉えることを目的としたものである。研究に際し、三井文庫所蔵の呉服関
係史料『宗感覚帳』と『染代覚帳』を資料として提示した。そして未公開の史料発見にとどまらず、
その内容を精査し、当該期の織物・染物それぞれについて、当時実際に存在した染織品の種類・使用
者層・価格を具体的に示した研究は新たな試みであった。
本論文の第 1 章では、
『宗感覚帳』
・
『染代覚帳』について書誌学的考察を行った。染織史研究におけ
る新資料であることを提示した部分である。その上で、染織品に関する全記載内容を読み下し表にま
とめた。また当時の染織・服飾事情を総合的に捉えるために、井原西鶴の 7 作品および天和期前後の
小袖雛形本を挙げ、染織・服飾に関する全ての文字情報を作品ごとに表にまとめた。これらの基礎資
- 21 -
今年度の研究報告(つづき)
料は今後の天和期染織史研究の基礎となり得るものである。
第 2 章から第 4 章では上述①の投稿論文および紀要の内容を軸として、比較資料とともに検討する
ことにより、織物(毛類、繻子、絖、綸子、龍文、紗綾、縮緬、羽二重、織物のビロード)と染物(小
紋・五所紋付、染さらさ等)の特性・価格・受容の実態などを明らかにした。特に、研究対象とする
ことが困難な中流から下級の武士、町人、職人層および一般町人女性など幅広い中間層を対象とした
事項の新知見が得られたことが、本研究における特筆すべき成果と言える。また、当時の物価や西鶴
作品中の町人風俗・金銭感覚との網羅的な比較検討を行ったことで、井原西鶴が服飾・染織品の描写
を忠実に行っていたことも具体的に明らかとなった。
資料の発見から 4 年、投稿論文 3 本と紀要 1 本にて示してきた知見を、学位申請論文としてまとめ
たことにより、天和期の染織品の全体像を示すことができた点が最も大きな成果であった。本研究の
成果は、既存の染織史研究に新たな一石を投じる物であり、続く貞享・元禄期に花開く友禅染の直前
の要の時期の研究としても非常に重要といえる。
③今後の展望
在学期間中の投稿論文および学位申請論文で得た結論をもとに、今後は個々の染織品について、前
後の時代も含めてより詳細に研究していきたい。特に、幾種類かの染物名称は研究者の間でも注目さ
れているのにもかかわらず未だに全容が解明されていない中で、本研究は新しい一歩を踏み出したと
ころである。それらも含めて徐々に明らかにし、天和期の染織品のさらなる解明を目指したい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と記入し
てください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①
1、沢尾 絵「
『宗感覚帳』にみる江戸時代前期の染織品の受容と価格 ―西鶴作品との比較検討を中
心に―」
、日本家政学会誌、第 64 巻第 12 号、2013 年、pp.1-20
2、沢尾 絵「江戸前期天和年間における染織品の実態研究―三井文庫本『宗感覚帳』・
『染代覚帳』
の染織史的考察を基に―」日本女子大学大学院人間生活学研究科 博士学位申請論文、2013 年 5 月 9
日
②人間生活学研究科 学位請求論文 口頭発表会、2013 年 7 月 25 日、日本女子大学
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 22 -
沢尾 絵
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014
期
間
2013年度
ひらた
よみがな
氏
名
研究課題名
※40 字以内
4 月
4日
千円
みく
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間生活学 研究科・
生活環境学 専攻・ 3 年
(学籍番号:
10953004 )
佐々井啓
所属学科・職
被服学科・教授
平田 未来
指導教員
283
配分額
年
1880 年代から 1920 年代にかけてのイギリス女子高等教育機関における衣服
12. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
これまでイギリス 19 世紀ヴィクトリア朝時代における女子高等教育機関の服飾について研究を進
めてきた。特に、ヴィクトリア朝中期(1850 年代)から、1920 年代にかけての時期は、女子教育が発
展し、服飾にも変化があった。その変化とは、女性らしさを保ちつつも、新しい社会の風潮に対応し
た「新しい」服装であった。1880 年代頃から、女学校(女子中等教育にあたる)において体操の際の
服装に変化が見られた。チームで行うスポーツの導入により、色違いの帽子や紋章等を身につけは
じめ、相手と自分とを区別するカラーズが登場した。
女子カレッジにおいては女性らしさを保ったままであったが、学位取得の証であったアカデミック・
ドレスが世間の注目を浴びた。また、20 世紀に入るとこれらの学校を卒業したあとは、婦人参参政
権運動など、政治的な活動に参加するものも現れた。本研究では、こうした社会の変化について、
服飾を通じて、解明するものである。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
34 申請当初の計画・目的の達成度
35 優れた成果があがった点
36 今後の展望
① 申請当初の計画・目的
奨励費の当初の計画・目的はほぼ達成できた。
当初の計画は「1880 年代から 1920 年代にかけてのイギリス女子高等教育機関における服
装の役割」について調査をすることだった。調査方法は、イギリスにおける女子高等教育機
関に併設されているアーカイブ、大英図書館、などに保存されている第一資料をもとに考察
を進めることであった。この中には、博物館や資料館などに保存・展示されている現存する
衣服をはじめ、手紙、日記、自叙伝などの個人的な資料を使用する。他には、学校で発行さ
れた学内誌、日誌、学校史も検討していた。さらには女性・少女向け雑誌である The Queen,
The Girls’ Own Paper, The Girls’ Realm も使用した。
実施計画
計画の前半部分の実施計画(学会参加、論文の再投稿)は達成できた。後半部分に関して
は、2014 年度に繰り越した。具体的には、前半部分においては資料を読み直し、第一次資
料のリストを作成することえあった。制服に関する事項を当時の社会、一般の女性との比較
をし、服装や生活の比較や補足をする予定であった。後半部分は、博士論文の構成、執筆、
修正を予定していた。
研究に関しては、従来通りの方法で幅広い視野にたち、テーマを掘り下げることを進めら
れた。「従来通りの方法」とは、前述の通り、第一次資料を元に、1880 年代から 1920 年代
にかけての女子高等教育機関における服飾について考察することである。幅広い視野とは、
服飾の変化を追うばかりではなく、実際に当時の着用者(学校に通っていた女学生、女子カ
レッジの生徒)がどう感じていたのかを自伝などの記録を辿ることも含めている。女子高等
教育機関における服飾の変化に加えて、一般的な流れと比較検討することで、服飾の独自性
や共通点が見られると考える。それにより、社会の中での評価や他への影響も考察できると
考える。
- 23 -
今年度の研究報告(つづき)
テーマを掘り下げた理由としては、『20 世紀初頭のイギリス婦人参政権運動における衣服
の役割』の論文が採択されたことが挙げられる。これにより、ヴィクトリア朝中期(1850
年代中頃)から徐々に発展してきた女子高等教育を卒業した生徒たちが、その後社会に出て、
政治的な活動へ参加していったことが明らかとなった。その際の服装は、学位取得の象徴で
あったアカデミック・ドレスの場合もあったが、当時認められていたのはごく少数のカレッ
ジであったため、新聞で取り上げられることが多かった。大多数は、20 世紀の初頭に流行し
た白い衣服にWSPU(女性社会政治連合)のシンボル・カラーがついたバッジやたすきを身に
つけて参加した。服装には、従来からある女性らしさを保ちつつ、権利獲得のための思想や
大義が込められていたことが明らかとなった。
②優れた成果
服飾には、「個人や学校などの中でのコミュニティーやアイデンティティを形成する役割を持ってい
るのではないか」、という仮説を立てて調査をした結果、予想以上の「より広い社会や国家の中で統
一性や一体感を示すための機能を果たしていた」という傾向が分かった。上記の資料に加え、19 世
紀の公的文書School Inquiry Commission やRoyal Commissionを検討した。それによって、イ
ギリス女子中等教育に関する具体的な数値や当時の教育状況がより客観的に把握できた。例え
ば、1868 年の学校調査委員会での報告書からは、基金立学校が 14 校、共同出資学校が 37 校、
私営学校に至っては 3 万から 5 万存在したことが判明した。これによりミドル・クラスの少女たちの教
育は不十分であることが報告された。そのため、1872 年には全日制女子パブリック・スクールが設
立され、女学校の設立を会社組織によって行おうとする動きが見られた。この組織の模範となったの
が、論文の中でも取り上げたノース・ロンドン・カレッジエイト・スクールであった。この学校は教育思
想ばかりではなく、少女のための動きやすい服装を取り入れた点でも画期的であった。学校数に関
して言うと、その後、1895 年までに、基金立学校は 80 校にまで増加した。以上のような公的文書に
より、本論で取り上げた女学校が教育史においても先駆的な存在であったことが再確認できた。総
じて、現在、年表や地図に必要な大量の資料を整理・分類するため、時間を要しているが、研究発
表の場所を与えられることで、少しずつではあるが、成果となって出てきた。査読論文も修正に時間
がかかったが、2013 年度内に採択が決まったので、計画にほぼ沿って研究が進められた。
③今後の展望 今後は、2014 年度の博士論文の提出を目標にする。3〜4 月 19 世紀〜20 世紀
における関連分野に関する公的文書(School Inquiry Commission, Royal Commission など)の
収集 〜7月 中間発表(実施の場合は、準備) 秋以降〜書類作成など
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①国際服飾学会研究奨励賞
2013 年度は、第 32 回国際服飾学会より研究奨励賞を授与した。
② 雑誌論文
「20 世紀イギリス婦人参政権運動における衣服の役割—WSPU の機関誌 Votes for Women
を中心に」
、『日本家政学会』第 65 巻、第 3 号、11-21(118-128)ページ。
③ 学会発表
2013 年 6 月第 32 回 国際服飾学会(於・神戸ファッション美術館、兵庫県)
題目「20 世紀前半イギリス女子中等教育における制服の成立 ―女学校のアーカイブ資料を
中心に―」
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 24 -
平田未来
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013 年度
くりやま
よみがな
氏
名
栗山
指導教員
研究課題名
※40 字以内
植田
あかね
茜
敬子
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
所属学科・職
4 月 11 日
283 千円
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・3 年
(学籍番号:11053002)
家政経済学科
教授
若年単身世帯勤労者の食行動がもたらす生活満足度の調査
13. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
本研究は、時代とともに変化し続ける「食」を多面的にとらえ、豊かな食生活とはどのようなものか、そ
れを実現するためにはどのようなしくみや条件が必要か実証研究をもとに検討することを目的とする。我
が国は高度経済成長を経て女性の社会進出が進み、それに伴って家事労働の外部化が進展した。家事労働
においても衣分野のように早い段階で外部化が進んだものと比べ、食分野はその進み具合が緩やかではあ
ったものの、近年の外食・中食産業の成長は目を見張るものがある。安価な輸入食材が次々と市場へ参入
し、行き過ぎた価格競争を招いた一方で、国産有機農産物への関心度が高まりなどの動きもみられ、消費
者の食に関する選択肢の幅は拡充していった。このように、近年急速に変わりゆく食環境において、わた
したちは生活者、消費者として多くの選択肢から食行動を選択している。たとえば、JC 総研の「野菜・果
物の消費行動に関する調査」
(2013 年度調査)では、若年単身者の中食・外食利用が増え、野菜の摂取量は
減少していることが報告されており、食生活の乱れが指摘されている。そこで本研究は若年単身者の食行
動の実態を把握し食意識と照らし合わせることで、彼らの食生活の改善方法を模索することを目的とする。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
37 申請当初の計画・目的の達成度
38 優れた成果があがった点
39 今後の展望
① 申請当初の計画・目的の達成度
野菜摂取量の減少においてはこれまで家計調査等の統計データを用いた分析により要因の検討が進められ
てきた[1]。しかしながら、消費者のライフスタイルは多様化し食行動の選択肢も多様に存在する今日にお
いては、摂食までのプロセス(購買から調理まで)、さらにその行動の背景にある意識を含めた検討が必要で
ある[2][3]。食事の内容や食環境における実態や分析は主として栄養学分野で行われてきたが、購買行動か
ら摂食までのプロセスを「食行動記録データ」を用いて分析する研究が今日進められている[4][5]。これら
の研究で食行動の大部分が解明されつつあるが、行動の背景にある意識まで踏み込んで分析されていない。
申請当初、家庭の食事の管理の大部分を担う女性の野菜消費に着目し、そのライフステージ別にみた野菜消
費に関する食行動の解明と背景にある意識の変化を明らかにすることを計画していた。しかし、前述の調査
結果にもある通り、野菜消費が減少傾向にあるのはとりわけ単身世帯男女であることを鑑み、また、行動の
背景にある意識に踏み込んだ分析が必要であると考え、全体像を把握するための分析データ収集のため、以
下に示す調査を行った。
⑴調査方法
同じ被験者に対して3ステップで行った。1ステップでは被験者に一週間連続の食卓の様子を都度携帯電
話のカメラ機能にて撮影してもらい、「いつ」「どこで」
「だれと」摂食し、「どうして」それを作ったのか
(選んだのか)理由と、食べたあとの満足度(5段階評価)とどうしてそう思ったのか、栄養バランスの
自己評価(5点満点)とどうしてそう思ったのかを添えてメールを送信してもらう。2ステップでは、1
ステップが終わるタイミングで質問紙を送付(同時に同意書も送付する)し、回答を記入して返送しても
らう。3ステップでは、1ステップで得られた内容について被験者一人ひとりと面接調査を行う。面接調
査時間は概ね1時間とし、被験者に許可を取り会話を IC レコーダーで記録した。
⑵調査設計の根拠
本調査は勤労単身世帯男女の食生活の実態を明らかにするものである。実態においては購買行動から摂食
までのプロセスの中に意識が大きく影響されていることから、被験者の食に関する意識を一緒に問うたこ
とに特徴がある。写真調査は、食行動の環境要因(どこでだれと何を食べたか、食べた後の満足度は)を
明らかにするために補足説明の項目を設計した。家計調査では若年単身世帯のとりわけ男性において外
食・中食の利用が多くなっており、食生活の乱れが懸念されている。そこで本調査において外食・中食を
利用する実態と意識を明らかにし、また自分で食事の支度をしたときとの意識や満足度と比較することで、
彼らの食生活の改善方法を模索したい。また、食の満足度がどのように形成されるかを明らかにすること
も、彼らの食生活をとらえる重要な点と考えた。さらに「栄養バランスの自己評価」を問うことで、食の
- 25 -
今年度の研究報告(つづき)
知識や教育に関する経験や学習がどのように身についているのか、あるいは知識があっても実践しにくい
部分を明らかにする。
⑶面接調査の主な質問項目
・健康な/不健康な食生活のイメージ
・食の嗜好
・料理は好きか
・買い物の頻度/定番で購入する食材は
・中食・外食についてのイメージ
・野菜に対するイメージ
・望ましい食生活とは
⑷被験者 機縁法により得られた、首都圏及びその周辺に勤務する20歳代、30歳代の単身世帯者男性
16 名、女性 17 名、計 33 名。
⑸調査実施期間
1ステップ)食卓写真調査期間
2014 年 2 月 1~7 日、19~25 日、26~3 月 4 日の 3 パターン(構成比 1 名:30 名:2 名)
2ステップ)アンケート用紙回収期間 2014 年 3 月 5 日~12 日
3ステップ)面接調査期間 2014 年 3 月 8 日~27 日
⑹回収数
1ステップ)食卓写真資料…7 日間×33 名=231
2ステップ)アンケート用紙…33
3ステップ)面接調査データ…33
⑺結果
ただいま集計中。
② 優れた成果があがった点
食生活の多様化に伴う野菜摂取のかたちの多様化に着目すると、果して量的にも質的にも十分に野菜の摂
取ができているのだろうかという疑問が浮かび上がった。そこでまず、野菜が消費者の口に入るまでの実
態を、生産・流通・消費に分けて明らかにした。そして日本国民の健康的な食生活の実現のために抽出さ
れた問題の考察を行った。まず、野菜消費の実態をみる。家計調査や全国消費実態調査、食料需給表など
のマクロデータから把握し、野菜摂取の状況を年齢別、収入別、中食・外食利用時、世代別にしてまとめ
た。全体として野菜摂取量が減少していること、また野菜の栄養価の低下や嗜好の変化についても指摘し
ている。次に野菜の生産段階では、農薬や化学肥料の多投入による弊害が記された文献を参考にし、自然
環境や農業従事者の健康への配慮も含めて考えることの重要性を考察した。また、質のよい野菜の栽培に
は生産者のコスト負担が大きいことを明らかにした。そして、野菜の流通の実態を、生鮮野菜の購入先別
にみた。流通段階で発生する品質情報の不完全性を解消するために、消費者の生鮮野菜の購入先ではさま
ざまな取り組みが行われているが、消費者にはなかなか伝わらず選択の判断材料と知識が不十分であると
考えられる。消費者が量的にも質的にも十分な野菜摂取をするための野菜の流通は、国の安全対策の充実
と、消費者が安全な野菜を判断できる知識の習得により改善されるものであることを考察した。
③ 今後の展望
得られたでデータの集計を行い、傾向や特徴を把握するとともに、野菜消費増大に向けての具体的な改善
方法の模索に取りかかる。
参考文献
[1]石橋喜美子『家計における食料消費構造の解明―年齢階層別および世帯類型別アプローチによる』農林
統計協会、2006 年。
[2]永野光郎「消費者行動における状況要因」杉本徹雄編『消費者理解のための心理学』福村出版株式会社、
1997 年。
[3]岩村暢子『変わる家族 変わる食卓-真実に破壊されるマーケティング常識』中公文庫、2009 年。
[4]山本淳子・大浦裕二「子育て世代の野菜の購買・消費行動の特徴-食行動記録データを用いた分析」
『フ
ードシステム研究』16(3)、2009 年。
[5]伊藤雅之「食料消費における野菜の利用に関する一考察」
『農業経営研究』47(2)、2009 年。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① なし
② なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 26 -
栗山 茜
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
さとう
よみがな
氏
名
佐藤
指導教員
研究課題名
※40 字以内
配分額
きょうこ
恭子
佐々井
啓
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
所属学科・職
4月
1日
283千円
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・ 3 年
(学籍番号:
11053003)
被服学科・教授
20 世紀初頭現代ファッションへの転換期におけるフランスモード―異国趣味を中心に―
14. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
本研究では、20 世紀初頭のフランス、パリにおけるモードの転換期について、フランスの外から流
入された文化との関わりについて検討する。モードおよび婦人雑誌の記事や写真、イラストを、当時
の背景である万国博覧会の開催、またバレエ・リュスの公演やジャポニスム等、芸術のもたらした影
響をという視点で分析し、西洋固有の継承され続けた服飾と今日に続くモードの間にある転換期特有
の性質を明らかにする。
研究方法は、フランスの図書館および美術館へ赴き、写真および雑誌や文献を精読および分析する。
本年度は、特に異国趣味の中でも日本のキモノがもたらした影響を広い階級で見ていくこと、および
モードと芸術との関わりという点で、ファッションデザイナーであるクチュリエとイラストレーター
の関係性について研究を行った。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
40 申請当初の計画・目的の達成度
41 優れた成果があがった点
42 今後の展望
① 本年度の達成度
本年度は、申請時の計画に沿って以下のように研究を進めた。
まず、上流階級雑誌と中流階級雑誌の比較について、日本のキモノという観点から行った。上
流階級雑誌や、モード写真にある最新の流行にキモノの影響があったことは先行研究からすでに
明らかになっている。そこで同様の傾向が見られるか、中流階級雑誌で検証した。まず、模倣か
ら部分的影響など多岐にわたるキモノの影響が変化していく様子を図像資料で分析し、次にこれ
らの流行の様子が中流階級にも広がっているだけでなく、当時、おしゃれに関心を持ち始めて間
もない中流階級女性が、経済力にふさわしい独自の流行を生み出す中で、アレンジを加えていっ
た様子を明らかにした。
次に、上流階級の流行と芸術の関わりという点においては、2 月のフランス資料収集の際、フ
ァッションデザイナーとイラストレーターの活動の関係について探るべく、現地の文献調査を行
った。現在資料の分析を行っている。写真という媒体が雑誌に広がりまじめたこの時代にイラス
トがどのような役割をしたのか、またイラストレーターがファッションデザインにどのようにか
かわっていったのかについては、次回の研究課題とする。
また、バレエ・リュスとモードの関係という点において、その関係性はすでに先行研究で述べ
られているが、バレエ・リュスの舞台衣装および芸術担当を行った画家でありイラストレータお
でもあるバクストの果たした役割の重要性に着目し、バクストとモード界との関わりについて考
察を試みた。
② 本年度の成果
以下、これらの研究よってあがった成果を要約する。中流階級がモード界への進出したこの時
期、上流階級の流行が独自の解釈のもとで流行していくが、経済的に家庭裁縫を取り入れる中、
キモノは平面的な構成ということから製作という点で取り入れやすい要素を持っていた。中流階
級にも受け入れられた理由はここにある。またキモノの名前を用いてその影響を示しているもの
の中でも中国やその他の東洋的な要素が含まれたものも多く、一概にジャポニスムとは言えない
ものも多く見られた。
- 27 -
今年度の研究報告(つづき)
20 世紀初頭の現代ファッションへの転換期であるこの時代、衣服作りは、従来の高級感を残し
つつも女性の社会的、身体的解放に時期を重ね、新しいスタイルを模索するため、様々な異国文
化を取り入れていった様子がわかる。アイデアのソースはデザイナーだけではなくイラストレー
ターの参加を促し、多くのコラボレーションが生まれた。その一つがバレエ・リュスの芸術担当
バクストである。バレエ・リュスがフランス・モードに影響を与えたことは既に周知の事実であ
るが、本年度は舞台意匠担当であるバクストが社交界を通じてモード界に名を轟かせた様子、お
よびモード誌の中でどのように登場するかについて検証した。これらの研究は、次年度の成果発
表を予定している。
20 世紀初頭、写真がモードの世界にも大きな成果を残したが、2 月のフランス資料収集では、
流行をまとう女性の写真資料をはじめ、当時の写真資料にあたった。パリ市立図書館の数カ所に
は当時、雑誌の他に流行を広める為にもちいられていたであろうポストカードがみつかった。こ
れらのポストカードの分析を含め、当時の流行をひろめる手段であった写真雑誌の発達および、
モード誌の多様性等の流行の宣伝手法および伝達手段についての考察は引き続き行う予定であ
る。
③ 今後の課題
今後は、キモノの影響について「kimono」、
「japonaise」等の言葉がイメージ解説に付属され
たデザインについて更に分析を行い、言葉とイメージの間にどのような差異が存在するか明らか
にしたい。また当時の異国趣味は日本にとどまるものではないため、ペルシャ、インド、中国、
そし古代ギリシャの影響についても考察を深める必要がある。バレエ・リュスはペルシャやギリ
シャ風ファッションの流行に大きく貢献したことは今年度の研究によりあきらかになったが、今
後は、具体的に当時の女性ファッションの中にどのように利用されていったかを抽出し、さらに
検証していくことで、異国の要素を「パリ風」にアレンジした様子を明らかにしていきたい。
また、19 世紀半ば以降出現した異国を題材にしたオリエンタリストと呼ばれた芸術家が東洋
の様子や女性を描いている。一方当時の余暇の過ごし方とされた異国への旅行や異国への関心は
20 世紀に入るとますます市民へと浸透していくこととなる。20 世紀初頭の異国趣味の全貌を明
らかにするために、パリの人々が東洋をどうとらえていたのかを踏まえ、モードへの影響につい
て総合的に考察していく。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①
なし
②
1. “Influences of Japanese Kimonos on Western Dresses”(代表:佐々井啓他 6 名)17th ARAHE Biennial
International Congress(Asian Regional Association for Home Economics)、25.7.14-19、シンガポール
2. 「日本のきものが欧米の服飾に与えた影響—フランス、イギリス、アメリカの事例から 『フランスのキモノデザイ
ン』
」(代表:佐々井啓他 6 名)日本女子大学総合研究所研究発表会、25.12.7、東京
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 28 -
佐藤 恭子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
2013年度
あさみ みほ
浅見 美穂
定行 まり子
所属学科・職
5日
283 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
3月
人間生活学
研究科・
生活環境学専攻・博士課程後期 3 年
(学籍番号:11153001)
住居学科
・ 教授
人の暮らしからみる住まいのリフォームに関する研究
15. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
研究の目的は、今後の住まいの持続可能性向上に向けて、住まいのリフォームの法制度について提
案をすることである。木造戸建て住宅における家族の居住歴に着目し、暮らしの変化とリフォーム工
事の内容、住まいの耐震性能、リフォームにかかる費用、及びその作業に関わる専門家、関連法令な
どの社会制度など、現在のリフォームが抱える問題点を多角的に洗い出し、解決方法を探った。
その結果、住み手のライフステージ毎の住まいの変化の実態と経年的にかかる費用や、住み手
の考えで行われてきた中古住宅のリフォームにおける、耐震性などの品質・性能低下の実態を定
量的に明らかにした。さらにリフォームに関連する制度を、住み手の暮らしと住宅の性能との視
点から検証し、その運用のために専門家の関与が重要であることを明らかにした。その上で、住
み手へのガイドラインの提示や専門家による法令点検の義務付け、ライフステージに沿ったリフ
ォーム資金融資や補助制度の確立などを提言する。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
43 申請当初の計画・目的の達成度
44 優れた成果があがった点
45 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
昨年までの調査で、住み手の居住歴とリフォーム工事履歴から、居住者側、供給者側からの現
状と問題点はおおよそ把握することができた。今年度は最終段階として、リフォームを取り巻く
制度について調査し、住み手が望む暮らしの豊かさと安全・安心な住まいを実現するため、住ま
いの取得と維持に必要な費用やしくみのあるべき方向性を探った。住み手の立場から住まいの管
理(ホームファシリティマネジメント)手法を明らかにすることを目的として、以下の調査を計
画・実施した。
<2013 年度の調査>
調査 1. 個別事例ヒアリング調査・追跡再調査(期間;2013 年 4 月~9 月)
調査 2. 住まいに関わる諸制度・自治体へのヒアリング調査(期間;2013 年 4 月~2013 年 9 月)
調査 3. ホームファシリティマネジメントの考察 (期間;2013 年 5 月~2013 年 12 月)
調査 4. 博士論文の執筆 (期間;2013 年 4 月~2014 年 1 月)
昨年までの横浜市内在住の対象者に追跡調査をおこない、リフォーム費用の調達方法と利用し
た制度の有用性について深掘りした。また、住宅政策の社会的な背景や地域と暮らしの関係性な
どの要因整理をし、リフォームの法制度に求められるものを考察した。そこから人々のライフス
テージ毎に変化する住要求と、住み手の支援のための専門家の役割などの体系化を試みた。
上記の計画のうち、調査 1 の三事例の個別ヒアリングから、新築・リフォーム時のキャッシュ
フロー復元に発展したことでその分析に時間を要し、調査 2 では主に文献調査に依ったが、住宅
金融支援機構や横浜市などのヒアリング調査から、神奈川県内の自治体の現状をまとめることが
できた。調査 1,2 の内容は博士論文の第5章に、調査 3,4 の内容は博士論文の第6章に反映する
ことができた。さらに昨年までの調査・分析と合わせて、博士論文の3章4章の精度を上げるこ
とができ、博士論文を多角的な分析から結論へとまとめ上げることができた。したがって、当初
の計画と目的は概ね達成できたと考えられる。
- 29 -
今年度の研究報告(つづき)
②成果が上がった点
調査1では、三事例の追跡調査により、新築時や大規模リフォーム時のプロセスを、資金調達
の内容とともに詳細にヒアリングすることができた。特に登記簿謄本や資金調達のための住み手
のメモなどの保存図書から、ローン償還の期間や金額について復元できたことは、計画以上の成
果である。
調査 2 では、建築基準法、建築士法、建設業法などを、その成り立ちや歴史的背景から読み取
ることで、小規模な木造住宅に対する規制は緩やかで、中古住宅や住み手への支援が行き届いていな
い状況を把握した。またリフォームの対象となる中古住宅は、過去の法制度や社会背景の歴史を反映
したまま今日に至っており、耐震改修促進法、住宅品質確保法、長期優良住宅法などの近年の法制
度にも、未だ課題があることを確認した。
リフォームの過程で設計行為や専門家・社会的手続きを経ていない場合は、結果して住み手の不利
益となっている例や、どの住み手も住まいの入手やリフォーム時に資金繰りに苦慮する様子がうかが
え、特に新築時のローン償還期間と子育て費用が増大する時期とは重なっていることを明らかにする
ことができた。これらのことにより、住まいのリフォームにおける住み手支援のためには、住み手の
ライフステージにより改築・改装が必要な時期と住宅の物理的な劣化により修繕が必要な時期に合わ
せた資金調達支援と、住宅の性能を担保できる制度の整備が必要であることなどの知見を得た。
調査 3 では、家族情報と住宅履歴が一体となった地域防災サービスの確立に向けて、住み手へのガ
イドラインと住み手ができる「住まいの管理モデル」を作成した。これは住まいの新築または購入時
に、住み手自身が家族のライフステージとともに住まいの維持管理計画を立案する手助けをするもの
である。このモデルは、博士論文第6章の最終提案として記載することができた。
③今後の展望
国土交通省のガイドラインによると、リフォームの市場を今後もますます増大させる目標である。
都市部における地域防災問題も待ったなしの状況にあり、住み手の暮らしと中古住宅の耐震性などの
性能や品質を担保する仕組みに向けての法整備は喫緊の課題である。本研究で得られた知見と提言は
広く人々に伝え、「住まいの管理モデル」の計画表の利用を一般化できるよう、学術ジャーナルへの
投稿や、住み手を意識した啓蒙図書の出版刊行に向けての作業を進める意向である。
また今後も調査対象者に関わり、継続して居住歴、リフォーム履歴を追っていき、町内会単位での
住まいの維持管理、地域防災モデル作成のために精進していきたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①雑誌論文
浅見美穂,定行まり子:工事履歴からみる住まいのリフォームに関する研究―横浜市における木造戸
建て住宅 のケーススタディを通して その 2―, 日本建築学会計画系論文集 第 78 巻 第 687 号,
pp.1023-1030,2013 年 5 月
浅見美穂,定行まり子:木造戸建て住宅の事例からみる住まいのリフォーム,日本女子大学大学院家
政学研究科・人間生活学研究科紀要 第 19 号,pp.51~56,平成 25 年 3 月
②口頭発表
浅見美穂,定行まり子:リフォーム工事履歴からみる住まいの修繕に関する研究 横浜市の戸建て住宅
の事例から,日本建築学会 日本建築学会大会学術講演梗概集(北海道)F-1 分冊,pp.301~302,平
成 25 年 8 月 31 日,北海道大学
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 30 -
浅見美穂
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014
期
間
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
2013年度
ジョン ソユン
全
大塚
昭玧
美智子
4 月
9
日
283 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
年
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・3年
(学籍番号: 11053701
所属学科・職
)
被服学科・教授
高齢女性の QOL 向上をサポートする衣服設計システム開発
16. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
高齢化は全世界で急速に進んでいる。加齢とともに体形が変化する高齢者にとって、身体機能や運
動機能をサポートする衣服は重要である。そこで本研究は、高齢女性用衣服設計のための指標を明確
化することを目的とし、高齢女性の体型特徴を三次元スキャンデータより採取して多角的に分析した。
姿勢による体幹の寸法の変化から、高齢女性は立位姿勢時より座位姿勢時に、より前傾・前湾し、腹
部が大きくなる傾向が示された。座位姿勢における形状の主成分分析からは、高径項目の高低、脊椎
の湾曲度、脊椎の前後の傾斜、脊椎の傾斜の左右差、肥痩度、胴部前面の突出度の因子が抽出された。
本研究の高齢女性の平均形状のパターンは若年女性の平均形状のパターンに比べ、身頃の幅が大きく、
後ショルダダーツ量が多く、前後のウエストダーツ量が少ないなどの高齢者特有の特徴が示され、こ
れまでのサイズグレーディングの考え方では高齢者の衣服には対応できないことが明らかになった。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
46 申請当初の計画・目的の達成度
47 優れた成果があがった点
48 今後の展望
【申請当初の計画・目的の達成度】
本研究は、高齢者の快適で安全な衣生活を保障するための基礎研究となる、身体の寸法と身体形状
を把握し、衣服設計のための指標を明確化することを目的とした。日本はすでに超高齢社会を形成し
ており、高齢者の人口は増え続けている。日々の生活の中で、高齢者が快適で機能的な衣服を着用す
ることは、高齢者の生活の質の向上に繋がるものであり、衣服による生活支援は不可欠である。しか
し、これまで高齢者の衣服は市場性が低いと位置づけられていたため、体型変化や身体機能を考慮し
た衣服が少ないのが現状である。そこで 高齢女性の体型、姿勢、動作に適合した衣服と人台設計のた
め、日常生活の主な姿勢である立位姿勢と座位姿勢の三次元スキャンデータを採取し、両姿勢の比較
から高齢女性の座位姿勢における体幹体形の特徴を分析した。さらに、立位姿勢と座位姿勢における
平均形状を導出し、両姿勢の体幹形状の相違を明らかにした。結果、高齢女性の座位人台や衣服設計
において、頚部の前傾、脊椎の湾曲、腹部の増大は特に配慮すべき重要な要素であることが明らかに
なった。高齢女性の形状はさまざまであり、形状の特徴を人台やパターンの設計に反映させることで、
サイズや体型がカバーできる、より適合性の高い衣服設計ができると考えられる。
【優れた成果があがった点】
人は日常生活において、食事、デスクワーク、パソコン操作、読書、テレビ視聴など、座位姿勢を
とっている時間は長く、特に高齢者は座位姿勢を多くとっているにもかかわらず、座位姿勢に関する
研究はほとんど行われていない。本研究は、高齢女性の座位姿勢における体幹部形状の特徴を立位姿
勢と比較・分析した。三次元スキャンデータから、高齢女性は立位姿勢時より座位姿勢時に、より前
傾・前湾し、腹部が大きくなる傾向が示された。形状の主成分分析から、高齢女性の座位姿勢におけ
る体型特徴は、背面の前湾、腹部の前突、高径と周径・幅径のバランス、肥痩度によって 80%以上説
明できた。また、座位姿勢において腹部前突の特徴が第 2 主成分で抽出され、立位姿勢と座位姿勢で
腹部形状が大きく異なることが明らかになった。
- 31 -
今年度の研究報告(つづき)
近年人間工学、衣服設計分野における三次元計測器の活用の進展とともに、三次元デジタルファッ
ションが注目されている。しかし、三次元人体スキャンデータを分析し、三次元形状から衣服製作に
必要なパターンを得る試みは着手されたばかりである。本研究は、高齢女性と若年女性の立位姿勢に
おける平均形状を用い、バーチャル立体裁断を行い、これをもとに胴部スローパを作成し、その特徴
を分析し、有効性を検討した。本研究の高齢女性の平均形状をもとに作成したトワルの着装評価の結
果、高齢女性のトワルが高齢女性用人台に、ほぼフィットする形状であることが確認できた。
これらの点が本研究の独創的な部分であり、得られた結果は「Analysis of Standing Posture Shapes
of Elderly Women for Clothing Design」5th IASDR 2013 TOKYO 、「高齢女性の座位姿勢の体幹形状
の分析」 日本家政学会誌 へ投稿し、博士論文としてまとめた。
【今後の展望】
本研究では、一次元、二次元、三次元データを用いることで、これまで明らかにされてこなかった
高齢女性の立位姿勢と座位姿勢の体幹部形状の特徴を明らかにした。また、独自に導出した平均形状
を用い、バーチャル空間内で、立体裁断を行い、体型フィットパターンを作成することを試み、その
有効性について検討した。今後はこれらのデータをさらに構築してデータベース化し、パーソナル対
応の衣服設計や高齢者のQOL向上につながる衣服設計への応用をめざしたい。また、立位姿勢と座位
姿勢をはじめ、動作を加味した姿勢の三次元人体計測データを採取・分析し、さまざまな体型と身体
条件の人々にとって、よりフィットして満足できる服作りを目指したい。
【参考文献】
1)ISO 20685:2005 3D scanning methodologies for internationally compatible anthropometric databases
2)持丸正明、河内まき子:“人体形状計測”人体を測る‐寸法、形状、運動‐東京電機大学出版局、
2006、74‐80
3)大塚美智子、宮脇亜紀:高齢者の体型特徴に基づく JIS サイズへの提案、日本繊維製品消費科学
会、42 (10)、657‐668 (2001)
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
【論文】
・ 全昭玧、大塚美智子、武本歩未 「高齢女性の座位姿勢の体幹形状の分析」日本家政学会誌 Vol.64
No.10(2013) pp.655‐661
・ Soyoon Jun、 Michiko Ohtsuka「Analysis of Standing Posture Shapes of Elderly Women for Clothing
Design」5th IASDR 2013 TOKYO、 Consilience and Innovation in Design、 Proceedings and Program vol.2
pp.5236‐5244
【発表】
・ Soyoon Jun、 Michiko Ohtsuka「Analysis of Standing Posture Shapes of Elderly Women for Clothing
Design」5th IASDR 2013 TOKYO、2013.8.24~30、( 於:芝浦工業大学豊洲キャンペス)
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 32 -
全 昭玧
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
2013 年度
間
かわぐち
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
えりこ
川口 えり子
増子 富美
所属学科・職
5日
200 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
3月
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・3 年
(学籍番号:11153002)
被服学科・教授
開発途上国の伝統染織の役割と技術継承のための開発手法の検討-ラオス国の染織
を事例として-
17. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
途上国の手工業開発分野では、従来その土地で伝承されてきた染織技術や意匠を用いた製
品を開発して、現金収入を獲得しようとする経済活動が推進されている。この活動は、伝統
技術を継承させるという目的を持つと同時に、「地域住民の文化や伝統を尊重した経済開発
の遂行」という途上国のための開発理念に即した事業であると考えられている。しかし、経
済的利益の確保を最重要課題とする商業生産品が、伝統技術の継承に充分な役割を果たせて
いるのか、その実態を検証した報告や考察はいまだ認めらない。本研究では、伝統染織技術
を継承しながら経済開発の手段とする手法について検討することを目的に、開発途上国にお
いて伝統染織が商業化される仕組みとその技術の継承との関連について考察した。そのため
に、現在活発な商業生産が行われているラオス国の伝統染織を事例として取り上げて検討し
た。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
49 申請当初の計画・目的の達成度
50 優れた成果があがった点
51 今後の展望
1.
ラオス国家の経済開発の手段としての伝統染織について検討するために、国民国家
樹立以前のタイ系民族集団であるラーオ、タイ・プータイ、ルーの集団別染織意匠と技術の
特徴を、19 世紀末から 20 世紀初頭に同地を統治したフランス植民地政府の資料を検討する
ことで明らかにした。その結果と、2012 年 12 月にラオス国ヴィエンチャン市の市場で実施
した伝統染織品の流通調査結果を対比して、現代ラオス国の伝統染織とは、人口比約 7%の
タイ・プータイの染織技術と意匠を最大限活用することで成り立っていることを明らかにし
た。7%の人々の染織技術を国家の伝統に位置づけたことは、産業開発の手段として「伝統
染織」を形成して活用しようとする国家の意志の表れであると考えられる。伝統染織の開発
過程における国家の役割の考察(国際服飾学会学会誌 No.41,pp.17-29)と統合し、開発途上
国で既存の染織技術を用いた経済開発活動を立案する際、国家は明らかな意図により「伝統」
を形成し、国家戦略に明記することが重要であることを明らかにした。
2.
商業生産が進む染織品の技術継承の実態を、化学的分析法を基に認識するために、
既報(川口えり子「藍色染色布に使用された染料の識別方法‐タイ系民族染織の藍染‐」『日本女子
大学大学院紀要・家政学研究科・人間生活学研究科』第 19 号,pp.67-74(2012))にて検討した天然
藍の識別法を用いて、ラオス国内で 1998 年から 2012 年の間に収集した染織品から、藍色に
染められた綿糸と絹糸 43 点の色素を抽出し天然藍であるか否かの判別を行った。試料はすべ
て 1960 年代以降に制作されたもので、タイ系民族の従来の天然染料と織技法が用いられてい
るという説明を受けて購入したものである。
その結果、
天然藍により染色されている試料は 43 点のうち 35%にあたる 15 点で、残り 65%
の 28 点の試料は天然藍によるものではないことが判った。販売業者の 65%は、的確な商品
説明を怠ったと考えることができる。繊維別(図 1)でみると、絹糸を天然藍で染めること
は稀少であることが判る。1960 年代制作の絹糸からも天然藍は認められず、天然藍は従来、
絹よりも綿に用いられていたと考えられる。年代別(図 2)でみると、経済自由化以降の 1990
年代は天然藍の利用は認められないが、近年にむけて天然藍利用が増加している。これは、
生産地別(図 3)の結果に見られるように、サヴァナケットでの取り組みが、功を奏してい
- 33 -
今年度の研究報告(つづき)
ることによると考えられる。サヴァナ
ケットでは 2000 年以降、海外市場向け
天然染料による後染綿織物の開発が活
発化している。用途別でみて、後染綿
織物の天然藍比率が高いことにもその
影響が示されている(図 4)。
以上の結果から、1)販売業者は商品
内容を熟知しておらず的確な説明を怠
っている、2)絹を天然藍とする詐術的
行為が発生し易くなっている、3)国外
消費者を対象として開発された商業製
品は、藍染技術の継承を効果的に実践
している、以上が明らかとなった。よ
って、商業製品としての開発によって
技術の普及効果は認められても、生産
販売業者の生産体制のみに技術継承を
依存することは危険であるといえる。
技術の文化的背景を明らかにして、そ
の正確な使用方法を伝える非営利の活
動を同時に実施し、伝統技術を発信す
る団体と、製品を販売する生産業者の
役割が異なることを明確にする必要性
が認められた。
図 1 43 点試料天然藍識別:繊維別
図 2 43 点試料天然藍識別:年度別
図 3 43 点試料天然藍識別:生産地別
3.
今年度の研究成果を含めた学
位申請論文を 12 月に提出した。本論文
では、伝統染織技術を継承しながら経
図 4 43 点試料天然藍識別:用途別
済開発の手段とするためには、
「伝統染
織」を意図的に形成して国家戦略に位
置づける政府と、文化や技術面の情報
を発信する公的機関、そして技術の普及と商品開発を行う民間業者、それぞれの役割を差別
化し、それらの活動を同時に立ち上げることが有効であると提案した。
今後の課題として、染織品開発過程における生産と流通の役割について検討する。生産と
流通は、その現場が女性の労働力で成り立っていることから、女性や家族としての役割を考
察する研究手法を用いて、生産と流通に従事する人々の実態と染織品開発への影響を明らか
にし、伝統染織の開発過程を更に検討する所存である。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① (1)論文「ラオス国天然藍染の利用傾向に関する考察‐1960 年代以降生産の染織品の
分析‐」(日本女子大学日本女子大学大学院紀要 No.20,印刷中 pp.未定)
(2)学位論文「開発途上国における伝統染織の役割と技術継承のための開発手法の検
討-ラオス国の染織を事例として-」(2013 年 12 月提出)
② 口頭発表「A study of policymaking as a significant factor in income generati
on activity: Case study of Lao traditional silk textile」(アジア家政学会第17回
大会、2013年7月15日、シンガポール)
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 34 -
川口 えり子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年 4 月 4 日
期
間
2013年度
ごとう(いいじま)
よみがな
氏
名
後藤(飯島)
指導教員
研究課題名
※40 字以内
定行
れいこ
玲子
まり子
283 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間生活学研究科・
人間環境学専攻・博士課程3年
(学籍番号:11153003)
所属学科・職
住居学科・教授
保育所の配置・立地のあり方に関する研究
18. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
都市部では保育所の待機児童対策として保育所の整備は進んでいるものの、緊急的対応となり
がちであるため、保育所としての立地の適正や将来を見据えた計画性の点では問題が生じている
ことが予想される。
既往の研究では、多摩地域における認証保育所A型の地域危険度は各エリアの地域危険度平均
と比較してやや高いこと(※1)や、自治体においては認可保育所設置のため、保育所運営事業
者や周辺居住者などの関係者との連絡・調整、立地・配置の工夫(待機児童の多い地域への配置、
人口動態の勘案など)
、土地の確保の工夫(多様な施設跡地・民有地の活用など)が行われてい
ること(※2)が明らかとなった。
本研究では保育所の配置・立地のあり方を検討するため、以上の現状を踏まえ、自治体におけ
る保育所の耐震化や保育所防災マニュアルの整備状況、配置・立地に関するより詳細な工夫を把
握するため調査を行った。
※1
地震に関する地域危険度からみた保育所の立地性について,飯島玲子,定行まり子,日本女子大学大学院紀要
家政学研究科・人間生活学研究科
※2
第18号(2011)
保育所の立地および設置に関する考察~全国自治体アンケート調査より~,飯島玲子,定行まり子,日本女子
大学大学院紀要
家政学研究科・人間生活学研究科
第19号(2012)
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
52 申請当初の計画・目的の達成度
53 優れた成果があがった点
54 今後の展望
①
平成 24 年 6~7 月に全国自治体の保育施設担当者を対象に実施したアンケート調査
(野島、
鈴木、飯島)
(※3)の結果及び待機児童対策を積極的に推進している5箇所の自治体に対す
るヒアリング調査 (平成 25 年 6~7 月)をもとに分析を行った。
アンケート調査において、保育所の災害への取組みや立地上の工夫を全国自治体に尋ねた
ところ、災害を考慮した立地を行っているという回答は北海道 1 か所、関東 4 か所、東海 2
か所、九州・四国 2 か所、計 9 自治体にとどまった。うち 7 件は保育所の高台への移転を実
施または準備しているとしており、津波への対応であった。残りのうち 1 件は噴火災害に備
えた安全な場所への移転であり、震災時の火災や建物倒壊などの危険について考慮している
という回答は見られなかった。
この背景を探るため、東京都内及び近郊で、待機児童数が多い、あるいは近年、認可保育
所の受入児童数を大幅に増やした自治体のうち、5自治体を対象にヒアリング調査を行った。
その結果、いずれの自治体においても待機児童の解消が優先されており、震災時の周辺地域
の安全性までは考慮する余裕がないという状況が確認できた。
※3 平成 24 年 6~7 月に全国 1,733 自治体の保育施設担当者を対象に実施したアンケート調査(野島、鈴木、
飯島)
。東日本大震災による被害が大きかった福島県内の 9 町村(広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、
双葉町、浪江町、葛尾村、新地町、飯舘村)は調査対象外とした。回収数 655、回収率 37.8%、回答自治体の人
口規模別内訳は人口 5 万人未満 57.1%、人口 5~30 万人未満 32.9%、30 万人以上 9.8%であった。
- 35 -
今年度の研究報告(つづき)
さらに、前出のアンケート調査結果を用いて認可保育所の耐震化と保育所防災マニュアル
の作成について分析したところ、耐震化率が低いのは主に町・村など小規模な自治体である
こと、保育所防災マニュアルを作成している自治体は 35.1%にとどまることがわかった。
②
認可保育所の配置・立地に関して、防災上の配慮がされていなかったり、実質的に配慮で
きない状況があることがわかった。
こうした場合、避難等の保育所防災マニュアルの作成が期待されるものの、これを作成し
ている自治体は全国で 35.1%、東京都で 50.0%にとどまることがわかった。
保育所の耐震化率が 100%を達成しているのは全国自治体の約 3 割、東京都では約 1 割に
とどまることがわかった。さらに東京都について見ると、耐震化率が低いのは主に町・村な
ど財政規模の小さな自治体であることがわかった(図-1)
。
図-1 認可保育所の耐震化率(不明、無回答、非該当を除く)
③
自治体へのヒアリング調査により、待機児童対策が急務となっている自治体では、震災や
水害を考慮した立地を選ぶことが実質的に困難となっている様子がうかがえた。しかしなが
ら、保育所は多数の乳幼児が長時間を過ごす施設であること、災害時は地域住民の避難場所
ともなり得ることを鑑みると、防災の視点を含んだ計画的な配置、耐震性の強化、防災マニ
ュアルの整備が期待される。
近年、待機児童の多い自治体では「提案型」として、土地所有者(あるいは建設事業者)
と運営事業者がセットで認可保育所整備の提案を自治体に提出する形態が増えている。自治
体のみならず、このような民間の提案者においても、同様の配慮が期待される。
今後、自治体及び保育所運営事業者へのヒアリング調査等をさらに進め、保育所の配置・
立地及び防災対策の状況、課題をとりまとめ、提言につなげたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①
なし
②日本福祉のまちづくり学会第 16 回全国大会、平成 25 年 8 月 26 日、東北福祉大学ステーションキャンパス
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 36 -
後藤(飯島)玲子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014
期
間
2013年度
よみがな
みたらい
氏
御手洗
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
住澤
ゆか
由佳
博紀
283
配分額
3 月
30 日
千円
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・ 3 年
(学籍番号:11153004 )
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
所属学科・職
年
家政経済学科・教授
育児期の男女における育児・家事と就業との両立
19. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
本研究は、育児期の男女において、育児や家事と就業との両立は未だ大きな課題であり、この障壁
と解決するための方法を探ることを目的とした。特に、未就学児のいる夫婦において配偶者との家事・
育児分担は重要であるが、この割合は大きく変化がない。このため、まず、育児期の男女における家
事・育児における量的負担の実態を生活時間から把握し、女性の就業及び就業意欲との関連性、就業
上及び就業に向けた障壁を探った。また、育児資源として、育児支援機関の利用や育児支援の担い手
の存在の把握を行った。
この一環として、本年度は未就学児のいる男女を対象にアンケート調査を行った。具体的には、区
立保育園及び私立幼稚園へ調査を依頼し、承諾を受けた園から保護者に依頼した。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
55 申請当初の計画・目的の達成度
56 優れた成果があがった点
57 今後の展望
①
2013 年度当初の計画通り、2013 年度春に学会にて育児期のいる男女における家事・育児や就
業及びキャリアパターンについての発表を行った。この発表により、他の研究者からの様々な知
見が得られ、今後の学会誌論文及び博士論文の一助となり得る機会となった。
2013 年夏に予定していた育児期の男女に関する調査は「家庭生活と職業生活に関するアンケ
ート調査」として、大学のヒト対象倫理審査委員会からの承諾を経て、夏~秋に順次実施した。
これは、東京都内某区における区立保育園及び私立保育園の保護者を対象に実施したもので、6
園から承諾を受けて実施した。父母それぞれにアンケート調査を行った。ただし、区立保育園が
中心となり、私立幼稚園における協力は 1 園に限られたことから今後増やしていくことが課題で
ある。
2013 年秋以降に予定していた学会誌査読論文及び博士論文の執筆においては、発表には至っ
ていないが、現在執筆中である。
また、2013 年度当初計画にはなかったが、2013 年度冬には、2011 年の調査を再度分析し、未就
学児のいる男女の仕事と育児に関する論文の執筆を行った。
②
本年度における調査や以前の調査における再分析を通して
男性側も家事・育児に参加したいができないという葛藤(長時間労働など)があり、
女性側も仕事と家事・育児の両立における葛藤(特に子どもが病気の時の対応、保育者の担い手
の不足など)
が存在することが浮き彫りとなった。
特に、保育者の担い手不足は深刻であり、育児の孤立化が特に非就業女性の間で多く見られた。
これには、十分な育児支援機関や、信頼できる育児支援の担い手の存在が重要である。
- 37 -
今年度の研究報告(つづき)
典型的に見られたケース
夫の長時間労働
夫が家事・育児に十分に参加不可能
妻の家事・育児負担増加
育児支援の担い手不足
(保育園の不足、核家族
増加等による祖父母な
どからの支援の減少)
妻のワークライフコンフリクト増加
(仕事と育児の両立困難、就業困難)
③
今後の展望としては、まず、今回見られたような育児期男女(特に育児期女性)に迫る育児の
孤立化においてどのような資源が有効であるかを探り、核家族化の進展などにおいて祖父母とい
った親族支援を受けられない人々においても何が代替可能な措置となりうるのかを検討したい。
また、男女双方におけるワークライフコンフリクトを減少させ、就業と家事・育児の両立を実
現させることは急務であり、ワークライフコンフリクトを減少させる措置を企業の観点からも考
えていく必要がある。
特に、女性側のワークライフコンフリクトは現在有業の女性だけでなく、8 割以上が就業を望
むとされる非就業女性においても不可欠な課題であり、非就業女性をも支援対象として含めた有
効な支援策を検討したい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①
図書として、研究の一部を日本女子大学現代女性キャリア研究所編の中に出版する予定である。
日本女子大学現代女性キャリア研究所にて実施した 2011 年「女性とキャリアに関する調査」の結果を通しての考察。
②
第 65 回
日本家政学会大会にて発表(2013 年 5 月 18 日 昭和女子大学(東京))
「育児期の男女における家事・育児分担の比較分析―育児あるいは家事を全て担っている女性に着目して―」
第 29 回 生活経済学会大会にて発表(2013 年 6 月 22 日 北農健保会館(北海道))
「育児期の女性における家族生活と職業生活の分析」
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 38 -
御手洗 由佳
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年 4 月 4 日
期
間
2013年度
チョウ
よみがな
氏
名
リツナ
張立娜
指導教員
研究課題名
※40 字以内
配分額
大塚美智子
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
100千円
人間生活研究科・
生活環境専攻・3 年
(学籍番号:11253001)
所属学科・職
被服学科・教授
体型因子が型紙設計に及ぼす影響—屈身体と反身体
20. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
現在のファッション市場で販売されている衣服は、ほとんど標準体型を対象としたものである。しかし、人の
体型には肥満痩身、反身体、屈身体、いかり肩、なで肩など様々な個人差がある。標準とは異なる体型の人が、
標準的な服を着用した場合、フィットしない部位が生じ、不快感を引き起こす可能性がある。いうまでもなくア
パレル設計おいて最も重要なことは体型への適合性が良いことであるが、実際には様々な体型を配慮した既製服
はほとんど生産されていない。
本研究では反身体型と屈身体型に着目し、その体型差異を明らかにするために、各平均値の差の検定を行った。
さらに、各体型 30 人ずつの三次元計測データに基づき、各体型の三次元身体データの相同モデル化をしたうえで、
三次元形状の主成分分析を行い、体型別に平均形状を作成し、その差異を三次元的に検討した。最後に、展開さ
れた体型別平均形状のパターンにより多角的に体型分析を行うとともに、体型因子に起因する型紙設計上の問題
について検討する。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
58 申請当初の計画・目的の達成度
59 優れた成果があがった点
60 今後の展望
1 当初の計画・目的の達成度について
○
25 年度では、人体計測データ(マルチン計測データ、三次元計測データ)の分析により、標準体型、屈身体型、
反身体型の体型特徴を明らかにすることができた。また、三次元計測データを用い、各体型の平均形状を抽出し、
体型因子が原型に及ぼす影響について検討した。当初の計画通り、体型別平均形状から導出した原型の抽出、比
較まで、到達することができたが、さらに、26 年度では原型の比較より明らかとなった型紙設計上の問題につい
て具体的解決方法を検討する。
2 優れた成果があがった点について
○
1.各体型の体型分析
各体型の三次元相同モデル化後の側面図を図 1 に示す。反身体型は標準体型と屈身体型より背面の湾曲度が大
きく、体型差異が顕著である。図 2 のそれぞれの体型特徴を示す被験者の横断面重合図から見ると、屈身体型は
反身体型より背中の周径線の凹凸が少なく、バストラインの重合図により、屈身体型の背幅線は前方に傾きが大
きく、逆に反身体型の背中の周径線は後方に傾きが大きいことが示された。また屈身体型の腕付け根形状は、前
腋点および後腋点を基準として、肩先が前方寄りであり、後腕付け根長が長い傾向にあった。一方反身体の腕付
け根形状は、前腋点および後腋点を基準とし、肩先が後方寄りであり、腕付け根の前方部の寸法が長い傾向にあ
ることは明らかで、AH 設計に体型を考慮する必要性が示唆された。
反身体型 標準体型
屈身体型
図 1.各体型の相同モデル
反身体型
標準体型
屈身体型
図 2. 各体型の横断面重合図
2.姿勢補正有無による反身体型の第 1-2 主成分分析の結果の比較を行った。
第 1 主成分は姿勢補正をした場合も姿勢補正しない場合も体格の大小を表わす因子と解釈されましたが、第 2
主成分は姿勢補正をした場合+3.0SD は頭部が小さく、-3.0SD は頭部が大きく、また周径もそれに応じて変化し
ていることから、太り具合の因子であると解釈され、姿勢補正をしない場合は+3.0SD は体の上半身が後方に傾き、
-3.0SD は体の上半身が前方に傾きであることから、体幹部の前後の傾きの因子であると解釈した。
このように、姿勢補正の有無により、同じ三次元データに基く分析でも、同じ主成分の解釈は異なり、姿勢補
正しない分析結果の方が各体型の特徴を明確に抽出できるものと考えられた。
- 39 -
今年度の研究報告(つづき)
図 3 姿勢補正した主成分(左)と姿勢補正しない主成分(右)の比較
3.姿勢補正有無による各体型の平均形状のパターンの比較
各体型の平均形状のパターンの重合図を比較した。黒線:標準体型、赤線:反身体型、青線:屈身体型を示し
た。
姿勢補正しない場合、各種類の体型のパターンを比べると、後ろ身頃の差異が大きく、反身体型の後中心線で
は後方に傾き、屈身体型は前方に傾きまして、ウエストライン以上の中心線は反身体型と標準体型が重ねて大体
同じ線であり、前身頃では屈身体型と標準体型の前中心線、脇線を重ねて、反身体型の中心線と脇線は後身頃に
移動する。袖を見ると、標準体型は反身体型・屈身体型より袖山の長さが短く、三つの体型の前 AH の湾曲度が違
うことが分かった。
図 10 姿勢補正しない各体型の平均形状のパターンの重合図
3 今後の展望について
○
今後、中国の湾岸地域の高齢女性と若年女性について、各身体部位の平均値、BMI、身体バランス、主成分分
析など各方面から体型特徴を求め、詳細に比較したうえで、両グループの体型差異による衣服の適合性を高める
ために、衣服設計時の問題点を解決することを目指す。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① 雑誌論文、図書
・日本女子大学大学院紀要家政学研究科・人間生活学研究科第 19 号、
「国際視点からの既製衣料サイズの分析」
25 年度、p.57-65
② 学会・シンポジウム等での発表
・日本繊維製品消費科学会 2013 年度年次大会、口頭発表、25 年度 6 月 23 日(於:名古屋)
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 40 -
張立娜
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
よみがな
氏
みずぬま
名
水沼千枝
指導教員
研究課題名
※40 字以内
ちえ
多屋淑子
4月4日
100 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・ 2 年・
学籍番号:11253002
所属学科・職
被服学科・教授
重度の寝たきりの障害者と介護者の生活支援を目指した衣生活の検討
21. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
重度の寝たきりの障害者である重症心身障害児(者)
(以降、重症児(者)と記す)は、国内では 3.8 万人
の人口があり、病院等の施設や自宅で介護が行われている。所属研究室では、重症児(者)と介護者の毎日
の生活に安心・安全・快適性・楽しさを付与する生活支援研究を行っている。本研究では、重症児(者)が
既存の衣服着用時に多発する骨折事故や風邪等の健康障害に着目し、それを軽減することが患者と介護者の
生活の QOL 向上に寄与できると考え、障害者の身体サイズに適合し、衣服の着脱時に身体の負荷がなく、外
観も美しい衣服提供に必要な衣服着脱時に必要なゆとり量を高精度に部位別に計測する方法を考案した。そ
れにより、重症児(者)特有の麻痺や拘縮等の症状に応じ、身体に負荷の無い衣服設計のための基礎的なデ
ータを抽出した。これらの成果を用いて、身体を圧迫せず外観上も美しい重症児(者)用の衣服を作製し、
障害者と介護者の QOL 向上を確認した。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
61 申請当初の計画・目的の達成度
62 優れた成果があがった点
63 今後の展望
【①申請当初の計画・目的の達成度】
現在、障害者用の衣服は、一般の健常者用の衣服が用いられていることが多く、それに伴い、着脱中の骨
折事故や衣服が身体サイズに適合しないことが原因により風邪等を引き起こすことも多いようである。その
ため、障害者に適切な衣服の提供が必要であると考えている。衣服製作時に使用するパターンには、着用者
の胸囲、背丈、胴囲の採寸データをもとにゆとり量を加えて導き出されているが、身体に麻痺や拘縮等の障
害を持った着用者が対象の場合の衣服には、着脱の容易さ、着用中の身体への衣服の圧迫、美しい外観、健
常者の衣服と外観が同じであることを考慮する必要がある。一方、現在、一般に用いられている身体計測機
による計測方法では、衣服の着脱の動作は複雑であるために、動作の変化に伴う身体形状を定量化できない
状況である。以上のことから、本研究では、障害等による様々な身体形状を呈する場合においても計測が可
能であり、身体各部位の変化量を精度よく捉え、さらに衣服設計に発展できる計測方法を検討した。
介護者が重度の寝たきりの障害者の衣服を着脱する際に発生する衣服に必要なゆとり量を計測するため
に、その詳細な条件設定のための種々の検討を行った。介護者による衣服の着脱実験は健康な身体状況の被
験者を用いて行い、麻痺や拘縮を模擬した状況を設定し、介護者が衣服の着脱を行う時に発生する着脱に必
要なゆとり量を計測することのできる衣服(以降計測着とする)を考案した。
次に、この計測着を用いて、1)着脱に必要なゆとり量の計測方法を確立し、2)健常者と重度の寝たきり
の障害者の場合の着脱に必要なゆとり量の計測を行い、この計測方法で得られたデータをもとに 3)重度の
寝たきりの障害者の身体に負荷のない衣服パターンへの応用を試みた。
【②優れた成果があがった点】
1)着脱に必要なゆとり量の計測方法の確立
着脱に必要なゆとり量が精度よく得られるように、計測着の素材、仕様の改良および、環境条件を設定す
るための実験を行った。実験は、環境条件は 25℃50%RH に設定した恒温恒湿室内で行った。身体に麻痺のあ
る着用者の条件は、健康な身体状況の被験者を用いて麻痺や拘縮を模擬した状況を設定し、介護者を想定し
た人物(以降着用補助者とする)が行うこととした。
また、昨年度までの検討より、健常者の条件の場合、着脱の動作には個人差が見られたことから、健康な女
子大生 31 名を対象に、前開きの上衣を着脱する様子をビデオカメラを用いて撮影し、左右腕部の動作に着目
して、着衣、脱衣ごとに手順を経過時間と共に分類した。そしてこの分類から最も多く出現した手順を再現
し、健常者における着脱に必要なゆとり量を計測した。
- 41 -
今年度の研究報告(つづき)
2)健常者と重度の寝たきりの障害者の場合における着脱に必要なゆとり量の計測
前述の実験条件のもと、健康な女子大生 2 名を対象に、着脱に必要なゆとり量の計測を行った。なお、着
用補助者は同一人物が行い、実験条件は健常者と重度の寝たきりの障害者の場合を想定した計 4 条件、繰り
返し実験は 3 回とした。計測で得られたゆとり量を部位ごとに面積として算出し、部位間と繰り返し実験間
のばらつきについて一元配置の分散分析により検討した。その結果、全被験者、全条件のデータにおいて、
繰り返し実験間のばらつきは部位間のばらつきよりも有意水準 1%で有意差が無く、精度の良い実験データ
を得ることができることがわかった。考案した計測着を用いた計測方法の有効性が確認できた。
3)重度の寝たきりの障害者の身体に負荷のない衣服パターンへの応用
障害により身体が変形し拘縮が見られる重度の寝たきりの障害者にとって、望ましい衣服を提供するため
の衣服パターンについて検討した。障害者の衣服の現状は、一般に、健常者用の衣服を購入して着用してい
ることが多いことから、健常者用の衣服を用いることの適否について検討した。最初に、本研究で計測した
重度の寝たきりの障害者に必要な着脱に必要な最大伸び量のデータによるパターンと、健常者用の衣服製作
に用いられることの多い一般的な衣服パターンとの比較を行った。その結果、重度の寝たきりの障害者が衣
服を着脱する場合には、健常者用の衣服パターンにより作成した衣服では、身体を圧迫せずに着脱すること
は困難であり、着用中にも衣服が身体を圧迫していることが非常に大きいことが明らかとなった。また、健
常者の場合であっても、現行の衣服パターンには、着脱に必要なゆとり量が十分に反映されていないことも
分かった。
4)まとめ
本研究で考案した計測方法を用いれば衣服を着脱させた際に必要なゆとり量を健常者から身体に麻痺のあ
る重度の寝たきりの障害者まで詳細に定量化でき、障害者に、身体に負担なく着脱が可能で、外観も美しい
衣服を提供するための有用な情報を抽出することができることがわかった。さらに、障害者だけではなく健
常者用衣服にも有用なパターンと素材に求める伸縮性も明らかにすることができた。
考案した計測着を用いて、健康な女子大生 2 名を対象に、健常者と重度の寝たきりの障害者の場合におけ
る着脱に必要なゆとり量の計測を行い、衣服の着脱に必要なゆとり量を面積として算出した。この計測デー
タを日本で最も多く用いられている文化式新原型と比較したところ、重度の寝たきりの障害者だけでなく、
健常者の場合においても文化式新原型では着脱に必要なゆとり量が十分に得られないことが分かり、その部
位と面積が明らかになった。
本研究で考案した計測方法を用いることで、重症児(者)の身体に負荷の無い衣服を設計することでき、
また障害者だけでなく健常者にとっても着脱のしやすい衣服の提案が可能となることが示唆された。
以上の成果を用いて、身体を圧迫せず外観上も美しい重症児(者)用の衣服を作製し、障害者と介護者の
QOL向上を確認した1)。
【③ 今後の展望 】
実際に重症心身障害児(者)の介護者である看護師や施設職員や保護者による衣服の着脱時の着用状況の
把握を行いながら、重度の寝たきりの障害者の身体に負荷の少ない衣服や着せ方を検討する。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と記入してくださ
い。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
1)多屋淑子,成田千恵,水沼千枝:生活を支援する衣服-色と装いを楽しむ-,日本重症心身障害学会誌
第 39 巻 1 号,pp.59-63,2014 年
2)なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 42 -
水沼千枝
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014年4月4日
期
間
2013年度
おおや
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
ひでよ
配分額
大矢 英世
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
天野
所属学科・職
晴子
男子進学校における家庭科カリキュラム構想
100
千円
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・1 年
(学籍番号:11353001)
家政経済学科 教授
-ジェンダー学習プログラムの検討-
22. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
1994 年度から制度上は高校家庭科も男女必履修となったが、実際には男子進学校は家庭科の
導入には消極的で、現在でもまだ家庭科が定着し、安定した地位を確立できているとは言い難い。
そこで、修士論文で取り上げた男子進学校における家庭科定着のための課題と方策を整理し直
し、それと関連させて、学校組織の中で日々再生産される生徒のジェンダー観が、家庭科という
教科の学習を契機に変容していく可能性を探究することを研究目的とする。研究方法としては、
男子進学校の家庭科教員および男子進学校卒業生に実施した半構造化面接の質的分析をまとめ、
男子のみという学習環境ジェンダー教育プログラムを構想する。文献調査やこれまでの調査で明
らかとなった男子進学校の実態に合わせた教育内容の検討を行い、勤務校において授業実践を行
う。その際、事前事後のワークシートなどを用いた生徒のジェンダー観の変化を記録し、質的分
析により教育効果を検証する。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
64 申請当初の計画・目的の達成度
65 優れた成果があがった点
66 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
本年度は、先行研究の収集、男子進学校におけるジェンダー学習の実践、修士論文の追加分析
および学会誌への投稿に取り組み、博士論文作成のための基礎を固めることを計画していた。
この研究計画にそって、
「男子進学校における家庭科の定着をめざすプロセス」について論文を
作成し、学会誌に投稿した。また、日本家庭科教育学会において2件の報告を行った。1 件は、
「男子進学校出身者の家庭科観-KJ 法を用いた質的分析-」
(筆頭)、2 件目は「ESD としての
家庭科教育の可能性と役割」(共同)である。また、シンガポールで開催された ARAHE(アジ
ア地区家政学会)に参加した。
家庭科教育研究者連盟の夏季集会においては、男子進学校で実践した「原発災害と食の安全の授
業」について授業実践報告を行った。さらに、文献調査および男子進学校の実態に合わせたジェ
ンダー学習の検討を行い、勤務先の男子進学校で実践した。その実践の一部は、教育科学研究会
編集の「学力と学校を問い直す」に掲載された「生徒の現実に即した双方的な学びを」の論文で
言及した。
なお、当初の研究計画の中で、
「男子校・女子校の家庭科の現状」
「男子進学校出身者の家庭科
観」の論文作成については、テーマおよび内容の見直しを行い、学外の研究会で 2 回にわたり構
想の報告と検討を行ったところである。
②優れた成果の上がった点
・男子進学校の家庭科担当教員への半構造化面接データをもとに M-GTA 分析を行い、男子進学
校における家庭科の定着をめざすプロセスについて明らかにした。分析に用いた M-GTA は、質
的分析法として近年注目されている手法の1つであるが、福祉、看護、心理等の分野の導入に比
べると、家庭科教育分野においては、まだ先行研究は極めて少ない。その点で M-GTA を家庭科
教育分野の研究で活用したこと、および先行研究の少ない男子進学校に焦点をあてて「男子進学
校における家庭科の定着をめざすプロセス」を明らかにしたことは意義が大きいと考える。
さらに、日本家庭科教育学会において口頭発表を行った「男子進学校出身者の家庭科観」につい
ては、男子進学校の卒業生への半構造化面接データをもとに、川喜多二郎が考案したKJ法によ
- 43 -
今年度の研究報告(つづき)
る分析を行った。このKJ法は、それぞれのテーマに関する思考や事実をグループ化と抽象化を
繰り返して統合し、現状や課題の全体像をはっきりさせ、そこから解決策や新たな発想を見出す
質的分析法である。本分析テーマについて、川喜田研究所認定インストラクターから、手順およ
び元ラベルや表札の妥当性について個人指導を受けながら正確なKJ法にもとづくデータの統
合を行った。このことにより、信頼性の高い分析による研究発表を行うことができた。
・教育科学研究会による教育実践と教育学の再生講座シリーズの第 3 巻「学力と学校を問い直す」
に投稿した「生徒の現実に即した双方的な学びを」では、学校現場で実践している授業について
ふれながら、現行学習指導要領下における家庭科の問題点について言及した。査読後の編集者と
のやり取りの中で、「家庭科教育の抱える問題の縮図が、男子進学校の家庭科のなかに現れてい
る」という考察を導き出すことができた。
・
「子供が主人公の授業をめざして-困難さを抱える学校現場から考える」
(座談会・家庭科教育
者連盟)において、学校現場(私立進学校)における家庭科教育の難しさについて言及した。こ
の内容は、家庭科教育研究者連盟編集の家庭科研究第 316 号に特集記事として掲載された。
・家庭科教育分野において、原発災害と暮らしの問題に関する授業実践がほとんど着手されてい
なかったなかで、
「原発災害と食の安全」の授業に取り組み、研究会での実践報告および執筆本
の出版により、家庭科教育における他の原発災害と暮らしに関する授業実践を生み出す先駆的役
割を果たすことができた。
③今後の展望
これまでの質的分析を論文の形にまとめ、学会大会で口頭発表およびポスター発表を行い、学
会誌に投稿する。同時に、男子進学校における家庭科の教材研究と授業実践を行い、そこで得ら
れた生徒の学習記録を分析する。しかし、家庭科教育分野では、質的な授業分析の方法が十分に
確立できているとはいえず、開発途上である。したがって、質的授業分析法の検討が極めて重要
であると考える。質的分析方法の学びを深め、教科横断的に授業分析に関する先行研究を精査し、
本研究における分析手法の検討を慎重に行って、信頼性の高い方法を選択したい。
さらに、日本家庭科教育学会の課題研究で取り組んでいる「ESD としての家庭科の可能性と役
割」の視点からも、男子進学校での授業実践について検討していきたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①雑誌論文、図書
・大矢英世「原発災害と食の安全を考える授業-未来につながる学びをめざして」, 旬報社『原
発を授業する リスク社会における教育実践』,2013,12,10,p.129-140
・大矢英世 「生徒の現実に即した双方的な学びを」,かもがわ出版,教育科学研究会 講座 教
育実践と教育学の再生3 『学力と学校を問い直す』、2014,3 ,p.
・大矢英世「男子進学校における家庭科定着の課題」,家庭科教育研究者連盟,家庭科研究 2013 年
度研究年報,2013.8.1,p.6-11
・大矢英世,澤田悦子,菊野暁,野口裕子,加藤佳子,「子供が主人公の授業をめざして-困難さを抱え
る学校現場から考える」座談会 芽ばえ社 家庭科教育研究者連盟 家庭科研究 No.316,p.4-13
・大矢英世,大竹美登利,天野晴子,「男子進学校における家庭科の定着をめざすプロセス-家庭科
教員へのインタビューデータの M-GTA 分析を通して-」日本家庭科教育学会誌投稿中
②学会・シンポジウム等での発表
・大矢英世,大竹美登利、
「男子進学校出身者の家庭科観-KJ 法を用いた質的分析-」日本家庭科
教育学会 第 56 回大会口頭発表,2013.6.30,〈弘前大学〉
・妹尾理子,西原直枝,井元りえ,大矢英世他「ESD としての家庭科教育の可能性と役割」日本家庭
科教育学会課題研究グループ 日本家庭科教育学会第 56 回大会 中間報告, 2013.6.30,〈弘前
大学〉
・大矢英世,「原発災害と食の安全の授業」,家庭科教育者連盟第 48 回夏季研究集会 実践報
告,2013,7,28,〈埼玉 ヌエック〉
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 44 -
大矢 英世
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
よみがな
こが
氏
古賀
名
定行
指導教員
研究課題名
※40 字以内
まゆこ
配分額
繭子
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
まり子
所属学科・職
4月
2日
100千円
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・ 1年
(学籍番号: 11353002
)
住居学科・教授
戸山ハイツにおける居住環境からみたストック再生に関する研究
23. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
公営住宅は高齢化・世帯人数の縮小化が深刻な問題となっており、特にこれまで家庭でまかなえてき
た生活サポート機能が弱まり、更に地域社会におけるつながりも弱体化するなど、地域活力の弱体化
が課題となっている。そこで本研究では都営住宅団地戸山ハイツを対象とし、居住者の生活実態およ
び近隣との関係性に着目して課題を整理・検討し、今後の展開に向けたあり方について提案、その他
の公営住宅ストック再生に寄与することを目的として調査を行った。調査方法は関連資料の収集およ
び分析、居住者に対するヒアリング調査およびアンケート調査、自治会会長および町内会会長に対す
るヒアリング調査とした。建設から 65 年あまりの歴史を紐解き、居住者の生活実態および意識、そ
して戸山ハイツ内施設の利用実態および近隣との関係性から、都営戸山ハイツ居住者が安心して今後
も生活していくために必要となること、また戸山ハイツが地域にとってどのような存在価値があるか
について明らかにした。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
67 申請当初の計画・目的の達成度
68 優れた成果があがった点
69 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
調査名
A
B
C
方 法
申請当初の計画
内 容
目的の達成度
戸山ハイツの建設経緯の把握
戸山ハイツの現状把握
戸山ハイツの今後の展開に向けた
再生公営住宅事例の整理
関連研究・文献・資料の分析及び関
係各位のヒアリング調査
居住者、管理担当行政や自治組織
へのアンケート調査、ヒアリング調査
関連研究・文献・資料の分析及び関
係各位のヒアリング調査
戦後建設時及び建替え時の戸山ハ
イツの求められた役割、建替え前後
における居住者移動の工夫点・課
題、戸山ハイツ内公共施設の建設
経緯及び役割
居住実態(基本的属性、住まい方、
近所づきあい、外出状況、コミュニテ
ィー意識等)、管理実態、隣接地域
が戸山ハイツに期待する役割等
建替えが実施された公営住宅事例
を整理し、特徴のある事例を数事例
ピックアップし、戸山ハイツに応用可
能な具体策を整理
関連資料を収集し、戦後建設時及
び建替え時の住宅建設概要を把握
した。更に建替え前後における居住
者移動による近隣関係の変化と居住
地間距離の関係まで把握できた。住
宅だけではなく、戸山ハイツ内施設・
店舗の建設経緯も把握し、建替え後
の店舗については営業業種を追跡
し、居住者の生活サービスニーズを
考察した。
戸山ハイツの現状について、居住者
の外出状況、近隣関係、余暇活動、
自治会活動状況、住宅改修状況、
近隣町内会からみた戸山ハイツおよ
び戸山ハイツに求めるものを把握で
きた。
再生公営住宅事例の整理にあたり、
まず都営住宅の管理戸数、建設年
等の建設概要を整理し、更に居住
者人数、世帯構造を把握できた。建
設年から建替えの可能性を予測でき
たが、実際の建替え状況の把握に
は至らなかったため、建替え事例の
整理および戸山ハイツに応用可能
な具体策の整理は次年度の課題と
したい。
②優れた成果があがった点
都営戸山ハイツの歴史的経緯:戦前の戸山ハイツは木造平屋建て住宅で、居住者は住宅の内装仕
上げや増改築を行うなど、豊かな居住環境を自らでつくりあげ、また、浴場の誘致や生活共同組
合や個人による店舗営業等、居住者が地域の生活環境を形成していったことが明らかとなった。
1970 年前後の建替え期においても住民参加による計画策定が行われ、居住者は住宅地計画に深
- 45 -
今年度の研究報告(つづき)
くかかわってきたことが明らかとなった。
都営戸山ハイツ居住者の外出状況:戸山ハイツは高齢世帯率が 6 割強と高齢化が急速に進んでい
る。高齢者は歩行に不自由しない人が多いが、後期高齢者になると杖などを必要とし、通院や買
物においてバス利用者が増加することが明らかとなった。
住まい方:住まいの改修は浴室へのスノコ設置、襖の張替え、ウォシュレット設置が多いが、4
人に 1 人は相談もぜず、独自に工事まで実施しており、相談や工事に対するサポートが必要とい
える。東日本大震災時の住宅内の状況については、高層階になると家具の転倒、中層階以上は物
が落ちるが多く挙げられ、地震後の対策については高齢単身世帯の実施割合が低く、自身での対
応が難しくなる世帯へのサポートが必要といえる。
戸山ハイツの自治会活動および近隣交流の実態:戸山ハイツ自治会の加入率は 96.3%と非常に高
いが、日常的な活動の参加率は約 65%にとどまっている。自治会主催のイベントも多く、避難訓
練は戸山ハイツにある 4 つの自治会が合同して実施しており、また隣接する町内会の参加もあり、
地域と連携して行われている。また、戸山ハイツ内が会場となる地域スポーツイベントも開催さ
れ、戸山ハイツは近隣町内会の交流の場として位置づけられているといえる。戸山ハイツ居住者
の近隣交流については、高齢者は単身高齢世帯の 3 人に 1 人が緊急時に戸山ハイツの友人を頼っ
ており、このうち、同じ棟の友人が 3 割超と、近くに居住する友人が助けになっていることが明
らかとなった。
地域施設の利用実態、ハイツ活用実態:こども園や保育園などの子ども施設は戸山ハイツ周辺に
居住する園児が 8 割以上と地域の子どもが利用する施設となっている。各施設ではハイツ内の豊
かな自然環境の中で園内では経験できない体験が可能となっている。施設配置についても、車通
行の排除の他、戸山ハイツの住棟の 1 階にあるため居住者からの温かい見守りもあり、多くの人
が子どもを見守る環境にある。また近隣の高齢者施設の高齢者、小学生等、多角的に相互交流が
行われ、地域に開かれた施設となっている。また、戸山公園を利用する地域の子ども施設も多く、
戸山ハイツは地域にとって安全で貴重なエリアとなっていることが明らかとなった。
③今後の展望
・現住宅の住戸内の自主改修の実態を明らかにし、自主改修可能範囲の基準提案につなげる。
・平屋住宅の増改築事例、平屋住宅期の店舗配置および営業状況の情報を追加で収集し、裏づけ
データの補完を目指す。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①雑誌論文、図書
●古賀繭子・定行まり子「都営戸山ハイツにおける高齢者の住まい方からみた継続居住に関する研究」
都市住宅学会第 21 回学術講演会 研究発表論文集、第 83 号、2013 年、 p.73-78
●古賀繭子・定行まり子「1940 年代から 1970 年代における住宅及び団地内施設の実態-戸山ハイツにおける歴史的経緯
に関する研究 その1-」日本女子大学大学院 紀要 家政学研究科・人間生活学研究科、第 20 号、平成 26 年
●古賀繭子他「1970 年代の再生(建替え)後、約 40 年を経た都内の団地の原点ともいえる戸山ハイツの現状と
今後の展望に関する調査研究」公益財団法人アーバンハウジング 調査報告書、平成 26 年 4 月(予定)
②学会発表
都市住宅学会平成 25 年度大会・口頭発表「都営戸山ハイツにおける高齢者の住まい方からみた継続居住に関する研究」
、
2013 年 12 月 1 日、東北大学
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 46 -
古賀 繭子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
たかはし
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
あつこ
高橋 敦子
大越 ひろ
所属学科・職
29
日
100 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
3 月
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・ 1 年
(学籍番号: 13353003 )
食物学科・教授
雑穀を用いた膨化食品の創製と品質評価法の確立
24. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
本研究では、試料として発芽玄米、はと麦、大麦、アマランサスを選び、雑穀パフの吸湿の影
響による物性の変化を捉え、水分収着特性およびレオロジ―特性を明らかにすることを目的とし
た。4 種の雑穀パフを、保存温度を変化させ、相対湿度 6~94%の 8 段階に調湿した容器の中で、
試料の水分収着量がほぼ平衡状態になるまで保存した。調湿した雑穀パフについて水分含量を測
定し、BET 式を用いて、単分子吸着量を算出した。またレオロジー特性は一粒法を用い、破断特
性値を求めた。さらに示差走査熱量測定装置を用いて、雑穀パフのガラス転移温度を測定した。
これらの結果、水分収着特性は、いずれの雑穀パフも保存温度 15℃が最も含水率が高くなり、
アマランサスパフにおいては、保存温度が低くなるに従い含水率が高くなった。また平衡状態に
達した試料の破断特性については、雑穀パフの含水率が約 8%以上になるとガラスからラバーに
変化し、脆性破断から延性破断を示すようになることが明らかとなった。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
70 申請当初の計画・目的の達成度
71 優れた成果があがった点
72 今後の展望
16
12
Equilibrium water content [ % D.B.]
Equilibrium water content [ % D.B.]
①申請当初の計画・目的の達成度
雑穀パフを保存食として利用するためには、保存する温度・湿度が雑穀パフの物性に与える影
響を明らかにすることが重要となる。そこで保存する温度を変化させ、水分を収着させた雑穀パ
フの破断挙動、水分収着特性、ガラス転移点を調べることにより、雑穀パフの水分収着特性およ
びレオロジー特性を明らかにすることを目的とした。
具体的には、咀嚼した際の挙動を模擬的に調べるため、破断特性を測定した。食品の劣化や保
存性にかかわる現象や物性の挙動がガラス転移の概念により説明できるため、示差走査熱量測定
装置を用いて雑穀パフのガラス転移温度を測定し、ガラス-ラバー転移点の物質の変化を捉え
た。さらにパフの表面および内部組織構造を、電子顕微鏡を用いて観察し、破断特性との関連性
を検討した。また、どの水分含量の時にパフがガラスからラバーに変わっていくのか、水分収着
特性から得られた単分子収着量とあわせて検討した。
32
32
28
この一年間で、これらの研究内容をほぼ達成す
28
Brown
rice
Barley
24
24
ることが出来た。
20
20
16
12
Equilibrium water content [ % D.B.]
Equilibrium water content [ % D.B.]
8
8
②優れた成果があがった点
4
4
0
0.9MPa で膨化させた各種雑穀パフの温度の違い
0
0
20
40
60
80 100
0
20
40
60
80 100
R.H. [ % ]
R.H. [ % ]
における水分収着等温線より、いずれの雑穀パフも
相対湿度(R.H.)90%付近の 15℃の含水率が高くなっ
32
32
28
28
たが、中でも発芽玄米、大麦、はと麦は R.H.90%付
Adlay
Amaranth
24
24
近の 15℃の含水率が約 30%D.B.と顕著に高い値と
20
20
16
16
なった。発芽玄米、大麦、はと麦の R.H.90%付近の
12
12
8
8
25℃及び 35℃の含水率はほぼ等しい値となったが、
4
4
0
アマランサスは R.H.90%付近で 35℃、25℃、15℃
0
0
20
40
60
80 100
0
20
40
60
80 100
R.H. [ % ]
R.H. [ % ]
と、温度が低くなるに従って含水率は高くなった
Fig.1 Water sorption isotherm of each puffed cereals
(Fig.1)。
of 0.9MPa at the temperature of 15,25 and35℃
- 47 -
今年度の研究報告(つづき)
0.9MPa で膨化させた発芽玄米パフを 25℃の環境下で調湿した際の内部組織構造より、相対湿
度 6.7%で調湿した試料はセルを構成する細胞膜が非常に薄いが、相対湿度が高くなるに従い細胞
壁が厚くなっていくのが観察できた(Fig.2)。
Fig.2 Microstructures by electron microscope of brown rice
調湿した雑穀パフの物性は相対湿度の増加に伴い脆性破断から延性破断を示すようになり、そ
の境界を水分収着等温線で見てみると、0.7~1.1MPa の試料においては、いずれも含水率が約 8%
以上になると延性破断を示すようになることが明らかとなった。これは、食品の状態図で確認す
ると、ほぼガラス転移線に近いところであり、含水率が約 8%でガラスからラバーに変化すると
ころで物性挙動も脆性破断から延性破断に変化することが明らかとなった。
73 今後の展望
雑穀は食物繊維やミネラルを豊富に含み、栄養学的価値が見直されてきている。苦味の強い雑
穀をパフ化することで、香ばしく食感も良くなり、消費の拡大につながると思われる。そこで雑
穀パフの水分収着特性やガラス転移点をより詳細に検討することで、ヨーロッパなど海外に比べ
て湿気の多い日本でも保存・流通しやすい雑穀パフの開発ができるように、口どけが良くサクサ
クした食感の雑穀パフを用いた保存食・非常食の開発への応用が期待できる。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① なし
② 日本調理科学会平成 25 年度大会 口頭発表、2013.8.24、奈良女子大学
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 48 -
高橋 敦子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年 4 月 4 日
期
間
2013年度
ふるかわ
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
配分額
ようこ
古川
洋子
平田
京子
100
千円
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間生活学研究科・
生活環境学専攻・ 1 年
(学籍番号:
11353004
)
所属学科・職
住居学科・教授
きたる首都直下地震時の文京区における避難所の立ち上げと住民による自主運営の研究
25. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
首都直下地震の切迫性が指摘され、特に首都圏では甚大な被害と混乱が予想される。本研究で主に
対象とする文京区では、自宅での生活が困難になった被災者の一時的な生活確保のため、区立小・中学
校 32 か所の避難所を指定している。しかし、発災時には帰宅困難者も含めた被災者の溢れ出しが懸念
される。また発災直後の混乱期には、行政はライフラインの復旧や死傷者への対応に追われ、避難所
の開設と運営は避難者自身で行っていかなければならない状況が予想される。したがって、文京区で
は避難所の運営を避難者が自主的に行える準備体制を整えることが喫緊の課題である。しかしこの問
題への危機意識は避難所により温度差があり、対策も始まったばかりである。そこで、大地震発生時に
避難所の立ち上げを円滑に行うため、準備体制を整える実践的な方法を探ることを本研究の目的とす
る。本研究は、避難所運営を実際に行うことになる住民と共に実践的な方法に特化して、文京区とも
連動して問題解決を試みる研究である。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
74 申請当初の計画・目的の達成度
75 優れた成果があがった点
76 今後の展望
今年度
【目的】
今年度は、①首都直下地震における
①文京区の避難所に係る
②文京区における
環境整理
各避難所単位での被害状況を明らか
32避難所の立ち上げ・運営
東京都による地震被害想定に
に関する準備状況の把握
にし、②32 避難所側の住民による準備
基づく文京区の避難所
・全32避難所の準備段階とグルーピング
生活者数試算
の概要把握を目的とする。
(右図)
・進んでいる避難所の準備状況
③避難所運営計画の
・進みつつある避難所の準備状況
【方法】
先行事例研究
地震時に避難所へ避難してくる地
域住民、帰宅困難者の避難状況に関
④各段階の避難所における課題と対策案
し、文京区は区単位での被害想定と算
出方法を公表している。このベースと
⑤避難所を対象とする防災ワークショップなどの実施とその検証
なる東京都による被害想定に基づき、
東京都北部地震を想定した避難所単
⑥文京区避難所の自主運営の準備体制構築のための
準備段階に応じた対策の提案
位での避難所生活者人口を試算し、起
こり得る状況について定量的に考察
研究の概要
を行った。
一方、避難所地域の町会・自治会による避難所運営協議会による準備状況と被害認識、災害時
対応の状況を把握するため、協議会の会長などへのヒアリングを実施した。また訓練見学、訓練
資料で内容を補足した。
【主な結果と考察】
文京区避難所における地震発生初動期の避難状況
各避難所で建物被害(倒壊、焼失)とライフライン支障による避難者を受け入れた場合には、避
難所の収容率は 50%と余裕がある所から 230%まで大きな開きがある。また避難所となる小学校
の建物面積は中学校よりも狭いことから、小学校を避難所とする場合に溢れだしが問題となりや
すいことがわかった。
中高層の集合住宅ではエレベータ停止が避難の原因となるが、文京区では集合住宅の6階以上
次年度以降
- 49 -
(人)
に住む割合が 20%程度
2,500
ある。この居住者が自
2,000
宅滞在型の避難生活を
送れるかが避難所生活
1,500
者人口に影響する。ま 人
数
1,000
た、避難所へ避難する
要因の中では建物被害
500
による避難所生活者の
0
割合が最も高く、この
j α β
A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T a b c d e f g h i
避難者のみでも収容可
避難所 (大文字は小学校、小文字は中学校、αβは廃校となった学校施設)
ライフライン支障による避難者(人)
帰宅困難者(人)(13避難所受入)
エレベータ支障による避難者(人)
能人数を超える避難所
建物被害による避難者(人)
収容可能人数(人)
がでることがわかっ
避難所生活者累計
た。さらに、帰宅困難
者が加わると 1,000 人を上回る溢れだしが生じるケースもみられる(上図)
。こうした事態を勘
案し、避難所運営に伴う初動期立ち上げの事前準備を進める必要がある。
避難所運営協議会による避難所立ち上げの準備状況
協議会による準備が主体的に実施されているかという観点から、32 避難所が4段階に分けられ
る。①協議会が自立的に準備、②区と協議会が協働で推進、③区が準備を主導、④準備に未着手
の4段階である。このうち②の避難所について、以下の結果を得た。
避難所の開設・運営は、震度5強以上の場合には区職員、学校職員、運営協議会の3者が連携
して行うとされているが、誰が責任者か意識が統一されていない。これが一因で現在の活動を見
合わせている避難所もある。災害時の責任者の所在、3者の役割の明確化と認識がまずは必要と
なる。また、避難所の地理的条件、収容能力の問題、運営側の人手不足、日頃付き合いのある町
会や学区と避難所地域が異なる不都合が複数の避難所からあげられた。協議会側には活動が滞る
共通の要因があることが明らかとなった。
協議会が取り組むべき緊急課題として二次的避難先の必要性があげられ、町会単位で非公認の
避難所を準備しつつある。また避難者の収容をあきらめ、区の避難所を連絡・物資の拠点と考え、
避難所運営方法の捉え方が多様になっている。区と協議会とで、避難所の位置づけを明確にし、
避難所運営に関する認識をすり合わせる必要がある。帰宅困難者については、都と区が一次滞在
施設を確保しているが、受け入れか否かの方針や対処法はほとんど決めていない。帰宅困難者が
来た場合の避難所での具体的対応策を区が周知し、住民間でも対処法を話し合う必要がある。
【今後の予定】
現在引き続き協議会へのヒアリング調査を行っている。次年度には、32 避難所全体の準備状況
を把握した上で、各段階の避難所の具体的課題を明らかにし、効率的な準備を促進するための実
践的な対応策を探っていく。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
〈論文〉
1〉 古川洋子、平田京子、石川孝重:文京区避難所における地震発生初動期の避難状況の推定-東京都による地震被害想定に
基づく文京区の避難所生活者数の試算から-、日本女子大学大学院紀要 家政学研究科・人間生活学研究科 第 20 号、
pp.51~59、2014 年 3 月.
〈学会発表〉
1) 古川洋子、平田京子、石川孝重:文京区における住民による避難所立ち上げのための組織体制-市民の防災力向上に向けて
その 51-、日本建築学会大会学術講演梗概集(北海道)F-1 分冊、pp.1131~1132、2013 年 9 月.
2) 高橋伶奈、古川洋子、平田京子、石川孝重:東京都の被害想定手法に基づく被害状況試算-首都直下地震に対する文京区
での住民の地域防災力向上に関する研究 その1-、日本建築学会大会学術講演梗概集(近畿)、2014 年 9 月発表予定
3) 古川洋子、平田京子、石川孝重:避難所運営協議会へのヒアリングからみる住民による避難所立ち上げ準備状況-首都直
下地震に対する文京区での住民の地域防災力向上に関する研究 その2-、日本建築学会大会学術講演梗概集(近畿)、2014
年 9 月発表予定
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 50 -
古川 洋子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014
期
間
よみがな
氏
名
ヨンウォン
黄
英遠
指導教員
岩田正美
研究課題名
※40 字以内
韓国チョッパン居住層の生活と地域福祉
4 月
2
日
配分額
283 千円
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間社会研究科・
社会福祉学専攻・ 3 年
(学籍番号: 11082003 )
2013年度
ファン
年
所属学科・職
社会福祉学科・教授
-散在型チョッパンを中心に-
26. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
‘チョッパン(未認可宿泊所)に居住している’ことは、最低居住水準にも達していない劣悪な居住
環境でいつでも野宿者になれる状況にあること、つまり「不適切で不安定な居住状況」にあることを
意味している。そのため、チョッパンは都市再開発政策のなかで‘無くさなければいけないところ’
として扱われており、韓国政府も居住者たちを転居させる政策を主に実施している。しかし、チョッ
パンに持続居住を希望している割合も半数以上に達しており、居住期間も長期化している。どうして
そうなのか。本研究はこのような疑問に基づき、チョッパン居住者たちの生活及びコミュニティを明
らかにすることを目的とする。現在、チョッパン居住者たちの生活に関する質的研究はごく少なく、
その研究のほとんどがチョッパンが密集して形成されている集中型地域を中心に行われている。本研
究は今まで研究が進んでいない‘分散型地域’に着目し、その地域のチョッパン居住者たちはどのよ
うな生活を営んでいるのか、そのコミュニティはどう形成されているのかについて研究した。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
77 申請当初の計画・目的の達成度
78 優れた成果があがった点
79 今後の展望
1)申請当時の計画·目的の達成度
申請当時の研究課題は二つであった。
第一に、チョッパン居住者たちの日常生活を調査することであった(調査研究)。
チョッパンは、野宿、あるいは関連施設から脱却する場合の「踏み台」の役割や、居住水準の下向
移動を経験する低所得層が野宿という極端な居住貧困状態に陥らないようにする「安全網」の役割を
しているとの肯定的機能があると知られている。しかし、近年居住期間が長期化しており生活保護
利用者が多くなるなど、通計からみると踏み台の機能を十分しているのか疑問である。また「安
全網」という観点からみた場合も、居住条件の質の悪さが指摘されている。そこで、チョッパン
が肯定的に機能するための条件や問題を明らかにするために、チョッパン居住者自身の考えやニ
ーズ、また現場での支援の中心となっているチョッパン相談所等からチョッパン居住者の生活を
把握する必要があった。そのため、居住者、関連福祉施設のスタッフ、チョッパン運営者などへ
のインタビュー及び参与観察を通じて居住者たちの生活を調査した。
第二に、日韓における地域福祉に関する研究動向を把握することであった(文献研究)。
博論のメイン研究対象は「韓国のチョッパン・チョッパン居住層」であるが、基本的には「日
本のドヤ街」を参考しながら進めていくことが研究の重要な視点である。同時にチョッパンとい
う貧しい人々の居住地に関する研究―貧困地域や特殊地域の地域再生・まちづくりに関する研究
-に限らず、巨視的観点から地域福祉に関する概念及び研究動向を把握することを課題とした。
研究課題であった調査研究に関しては、2013 年 8 月に韓国のプサン地域のチョッパン居住者な
どを対象としてインタビュー及び参与観察を実施し、その結果を分析した。なお、文献研究は、
日韓の大学図書館、国会図書館などから①日本における地域福祉の概念②韓国の地域福祉概念の
導入③居住と地域福祉の関係について把握した。
2)研究成果
- 51 -
今年度の研究報告(つづき)
分散型地域におけるチョッパン居住者たちの生活を分析した主な結果は次のようである。
まず、研究参加者たちの‘日課’と‘生活圏’は無料で利用できる場所、特に保健·福祉サービ
ス利用機関を中心として形成されており、その範囲はいくつかの‘洞(日本の区よりは狭い単位)’
にわたり広く形成されている。やることのない'無為'な日常を時間をつぶすために広い範囲を歩
き回っているか、
‘生計’のため無料で得ることのできるのを探し回ったりしている。その‘移
動’において‘チョッパン地域’という概念はほとんど形成されていない。‘チョッパン地域内
部では心理的に安心するが、外部ではそうではない’との集中型地域を対象とした先行研究とは
異なる結果であるが、それは‘チョッパン地域、あるいはチョッパンのまち’という認識よりは
‘チョッパン’を居住している‘建物’として認識している傾向があると分析できる。そのため、
‘チョッパン地域’と‘外部の地域’の区分なく、無為または生計のための必要な施設·場所を
中心に適宜移動して生活していると分析できる。
なお、研究参加者たちは、同じ居住状況である‘チョッパン居住者たち’とは話もしていない
断絶された状態でおり、これからも‘親しくなりたくない人々’と表現している。‘チョッパン
居住者間の連帯感は高く、共同体を形成している’との先行研究とも異なる結果である。加えて、
他の人間関係において消極的・閉鎖的な傾向が見られる。最初は何らかの原因で断絶され、今は
断絶された関係を回復する意思もほとんどない。その理由の主な要素が'経済的貧困’である。つ
まり、関係を維持するための経済的負担が社会関係断絶も大きな要因になっている。このような
傾向はますます強まって、自ら排除させている傾向も見られる。
‘どうせ一人暮らしだから’と、
希望のない、貧しいの生活がこれからも続くと思っている。
そのほか、チョッパン居住者たちの福祉制度への依存·諦めのようなプロセスなど、チョッパ
ン居住者たちが言っている生活とともに、チョッパン運営者、施設のスタッフなどがみているチ
ョッパン居住者の生活を多角的に把握し分析した。
3)今後の展望
調査を通じて把握した分散型チョッパン居住者たちは集中型居住者たちよりはるかに孤立·排
除されている生活をしていると言える。これらが地域内で孤立・排除されず生活できる方案及び
地域福祉に向けた実践的提案が必要である。これを整理しながら博士論文をまとめていきたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①
②
雑誌論文、図書:無し
発表:仁済(インゼ)大学 社会福祉研究所 セミナ-/2014 年 3 月 27 日(木)/仁済大学(韓国)
「チョッパン居住者の生活に関する質的研究 -分散型チョッパン地域を中心に-」
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 52 -
黄 英遠
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
氏
名
駒崎
指導教員
研究課題名
※40 字以内
みち
岩田
道
正美
4日
283 千円
配分額
こまざき
よみがな
4月
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間社会研究科・
社会福祉学専攻・博士課程後期 3年
(学籍番号:11182003 )
所属学科・職
社会福祉学科・教授
「児童の総合立法」断念に至る厚生省の行政統合議論
27. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
被占領期の GHQ「児童福祉総合政策構想」(以下 GHQ 構想)が、児童福祉法制定及び改正をめぐり、
厚生省の司法省の一部を「一元的統合」しようとする議論の中で変容されていった。他方、GHQ 構
想に示された対象範囲は、
「児童福祉の全般的問題」であり、普通児童を含む児童福祉課題のある児童
を対象にしており、児童福祉法の「すべて児童」とは必ずしも一致しないことが明らかとなった。GHQ
構想また、被占領期のメインテーマであった浮浪児・不良児・戦災孤児の児童保護対策が議論される
中で、青少年不良化防止対策に関しては、厚生省の行政統合方針が関係省庁との「連携的統合」に転
換されていく点に着目した。これら被占領期の厚生省の不良児対策及び不良化防止対策に関する行政
統合議論の検討を中心に、児童保護から児童福祉への転換という定説に関する疑問及び矛盾点の一端
を明らかにした。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
80 申請当初の計画・目的の達成度
81 優れた成果があがった点
82 今後の展望
① 申請当初の計画・目的の達成度
「達成課題」
戦前、戦中における児童保護をめぐる行政間(司法省、文部省、内務省・厚生省)の議論の概要を踏
まえ、昨年度までに執筆した司法行政と厚生省との議論、及び文部省との議論を検討し、それら二つ
の行政間議論と厚生省の児童福祉政策方針の変遷との整合性を考察することによって「児童の総合立
法」が断念された過程を明らかにする。
【実施計画】
●「占領期政策」および行政研究についての先行研究を検討し、
「占領期」という特殊な
時期に立法された児童福祉法の制定経過とその後の変容過程を整理すること。
● 2013 年4月 児童福祉法研究会春の合宿に参加し、同研究会の歩みについても再確認する。
● 同7月の東京社会福祉史研究会投稿論文合評会で意見を聞く。
●これらの成果を、2013 年 4 月~12 月にかけて博士論文として執筆し、12 月ドラフトを専攻に提出
●2014 年 1 月末〜研究成果を博士論文として完成させる。
【達成度】
本研究において、文部省との「一般児童対策」をめぐる議論については次の課題として残し、厚生省
と司法省の議論に焦点化し文部省の議論は三省共通の青少年不良化防止対策に関する議論の検討に留
めて論述することとした。その理由として、児童福祉法における矛盾の解明の多くは、戦後の社会問
題であり、かつ歴史的課題であった非行少年対策と青少年不良化防止対策を中心とした児童保護所管
に関する厚生省と司法省の「一元的統合」議論に集約されていることが青少年問題対策協議会設置に
関する国会審議録等の検討からも明らかになったからである。また、戦後の早い時期に文部省は青少
年不良化防止対策に取り組むが、GHQ および教育刷新委員会における民主化政策・改革の圧力により、
厚生省・司法省と並び議論することは控えられおり、GHQ 構想の「連携的統合」に準じていたことが
明らかとなった。また厚生省が司法省との歴史課題を解決した後に、文部省との「一般児童対策」=
健全育成および児童文化の所管をめぐり議論が行われていくことがわかった。このようにそれぞれの
議論を検討する中で、厚生省と司法・文部省の議論の中心が異なり、研究の焦点化がむずかしいため、
文部省との「一般児童対策」の所管をめぐる議論及び「児童祉の総合立法」断念に至るまでの検討は、
- 53 -
今年度の研究報告(つづき)
次回の研究課題として残すことにした。
上記のような検討過程から、本研究を博士論文にまとめるにあたり全体構成の変更を行った。結果
として GHQ「児童福祉総合政策構想」を起点とした厚生省と司法省の非行少年の保護及び青少年不良
化防止対策の所管をめぐる議論検討に焦点化した。そのため研究課題名を、
「GHQ『児童福祉総合政策
構想』と児童福祉法~厚生省の『一元的統合』及び『連携的統合』の議論」へ変更することとなった。
博士論文ドラフトを提出後、主査及び副査からの指導に基づき本提出にむけて博士論文の修正を進め
ている。
②優れた成果があがった点
●博士論文の研究視角として、「占領改革」の「混合型」(GHQ の介入と官僚による戦前からの歴
史的課題解決の混合物)という見方を学び、また教育行政学等において、この混合型による「基本構
想・理念」と「現実に成立したもの」の「乖離」及び「変容」の理由を、第一に GHQ は、日本にお
いては間接統治という占領形態を選択したため、戦後改革の実施主体は戦後に生き残った官僚が担う、
二重構造が生じたこと、第二に、この二重構造の中で、官僚らは一方で GHQ の民主化改革を先取り
しつつ、他方で GHQ 改革とは異なる、戦前からの歴史的課題をその改革の中で実現させようとした
と結論づけていることから、これらの視角を児童福祉法の制定過程に援用することによって、論旨がよ
り明確になった。
●上記の視点を一貫させるため、一方では戦前・戦中の厚生省の児童政策を整理し、その対象を巡っ
て司法省、文部省とどのような確執があったかを確認することが出来た。その上で厚生省が「占領期」
において GHQ「児童福祉総合政策構想」を、どのように変容させながら児童福祉法制定およびその
改正を実施していったかを、一次史料を利用してたどり、まず ABC の3つの変容過程があったこと
を明らかにした。さらに児童福祉法第三次改正において、青少年不良化防止対策を厚生省に「一元的
統合」する方針が「連携的統合」へ転換し、厚生省と法務府の青少年不良化防止対策の役割分担が明
確になっていく過程を変容過程 D とし、その方針転換を裏付ける議論を、文部省の青少年不良化防止
対策における「青少年研究所」の所管議論と青少年問題協議会設置過程の議論から明らかにすること
ができた。
● 以上の ABCD の変容過程の検討によって、児童福祉法が、その法の精神=理念としての「すべて
児童」を掲げながら、内容は当時の非行少年やその他要保護児童対策に限定されたことの矛盾を合理
的に説明し、また特に非行問題を巡って、法務府・文部省と「一元的統合」か「連携的統合」かの議
論を繰り返したことを明確にすることができた。
83 今後の展望
博士論文の修正をなるべく早く進め、5 月に提出する予定である。また、残された課題である厚生省
と文部省の「一般児童対策」所管をめぐる議論を今後さらに検討し、論文にまとめる予定である。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① 2014 年 5 月「青少年不良化防止対策における厚生省の行政統合の議論―被占領期『児童福祉総合
計画』構想の変遷を通して―」
『東京社会福祉史研究』7 号掲載、71-101。
② なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 54 -
駒崎
道
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
まつざわ
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
けいこ
松沢
慶子
岩田
正美
10 日
100 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
4月
人間社会研究科・
社会福祉学専攻博士後期課程・2年
(学籍番号:11282002 )
所属学科・職
社会福祉学科・教授
2000 年代以降「若者問題」論の系譜と若年層における貧困・社会的排除の実態に関
する実証的研究
28. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
本研究は、若年層の貧困・社会的排除の実態を、制度利用を通した社会関係の視点から明らかにす
ることを目的としている。
2000 年代以降、若者を取り巻く社会環境の変化、すなわち、初期キャリアでの参入の躓き、雇用の
不安定化・非正規化、社会保障・社会保険からの排除などを背景として、概ね 35 歳未満とする「若
者問題」の危機意識の共有がなされ、地域若者サポートステーションやジョブカフェなどの施策が展
開された。2000 年代中盤には、住込み型派遣労働者としての雇用の不安定さが度々報道され、
「年越
し派遣村」は、雇用の調整弁であった彼らが失業後に何のセーフティーネットにも包摂されないこと
を、世に知らしめた。人口量、密度、異質性の高い東京は、住居を喪失した若者が過ごす都市的娯楽
施設、雑多な仕事に溢れている。この東京で展開される住居喪失者を対象に行われる制度、その利用
者のライフヒストリー、制度利用のプロセスを調査することで、本研究の目的を達成する。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
84 申請当初の計画・目的の達成度
85 優れた成果があがった点
86 今後の展望
① 申請当初の計画・目的
本年度の具体的な研究計画は、
(ア)前年度に収集した調査票データを調査報告書として作成し協力
者、協力関係機関に送付すること、
(イ)データの分析と解釈、(ウ)調査分析の結果を学会で報告す
る、(エ)本研究を基礎に博士論文のドラフト完成、
(オ)査読付論文投稿、の5つである。この研究
計画に照らして、今年度の達成度は以下の通りである。
(ア) 調査票のデータは、第一部図表作成者を申請者、執筆者を岩田正美教授とし、報告書(製
本済み。二部構成。)としてインタビュー協力者へ 2014 年 4 月に送付予定である(岩田正美研究室
『若年住居喪失不安定就労者とその支援利用に関する調査』2014 年2月)
。内容は②参照。
(イ)・(ウ) データの分析と解釈については、インタビューデータから職業歴(雇用形態)、居
住歴、社会保険の履歴のそれぞれを指標化し、ライフヒストリーの階層移動の図式化を試みた。し
かし、この指標の妥当性に課題が残った。この分析を日本社会福祉学会第 61 回秋季大会で報告し
た。参加した分科会では、議論として、データの分析法と社会階層分析の有効性や問題性が討論さ
れた。1980 年代以降、ポスト工業化やグローバル化が進行する社会経済環境の中で、階層を職業序
列で把握することの限界、雇用形態への配慮など、大変刺激的な議論であった。現在、階層指標と
は別に、生活構造、ソーシャルネットワークをキーコンセプトにし、分析枠組みを模索中である。
これらは次年度の課題としたい。
(エ) 博論のドラフトは、質的データの分析が未だ不十分のため、未完である。なお、社会福祉
学専攻での博士論文中間報告会(2013 年 12 月)で報告し、多様な意見を頂くと共に、専攻内の博
士論文ドラフト提出条件を整えることが出来た。
(オ)査読付き論文の投稿は、分析が未完成のため、次年度の課題へと持ち越すこととした。
② 成果があった点
(ア)に該当する調査報告書を作成するプロセスで、住居を喪失している 20~44 歳を対象にした
制度利用者の特徴として明らかになったことは、①住宅安定のニードが制度利用の目的として高いこ
と、②支援メニューの「介護職支援コース」は、介護分野での人材不足を背景に、制度利用当初無職
の人の利用が比較的多い、③初職が正社員であるのが約半数確認できる反面、非正規労働は残りの半
分であり、学校から職業への移行が困難な状況が顕著であった。社会保険の加入歴は、「わからない」
があるものの、全体に、加入経験が一度でもある割合が高い。④相談員に自分の希望を伝えられる、
- 55 -
今年度の研究報告(つづき)
また、制度への理解度の主観的評価は高いが、「介護職支援コース」利用者で「どちらともいえない」
が少数に見られる。⑤多くが、普段付き合っている・相談できる人がいると回答する一方、全くいな
いという人もいる。当支援の相談員に対する相談者としての期待は、35 歳以上の集団で高い結果が出
た(p.37)
。この結果を踏まえ、インタビューデータの分析・考察に活かしたい。
③ 今後の展望
・ 【制度利用者の社会的排除、降格理論とソーシャルネットワークの焦点化】
Paugam の社会的降格理論(social disqualification)を援用した制度利用者インタビューの分析を
社会関係へ焦点化して行いたい。社会的降格とは、Paugam による、フランスの RMI(参入最低限所得)
受給者を対象として、第一に 1986-1987 年にサン・ブリューにおいて、第二に 1990-1991 年に国レベ
ルで実施された調査の分析結果から抽出された、制度利用の類型仮説である(Paugam 2005)
。彼は、
初めの調査で得られた3類型を次の大規模調査の結果から、さらに練り上げ、ⅰ「脆弱さ」
(fragilité)、
ⅱ「依存」(dépendance)、ⅲ「社会的紐帯の解消」(rupture du lien social)という3つの異なるプ
ロセスの変遷を提示し、これらの段階的推移を「社会的降格」(La disqualification sociale)と名
付けた。雇用市場と社会的紐帯の関係から、ⅰの人々は、安定した雇用を探したりアクセスする望み
を失わず、職業紹介所などとの関係を維持していた。ⅱの局面では、自身の年齢や健康、職業経験な
どを考慮して、競争のある経済産業では安定した仕事を要求出来なかったが、社会や家族との関係は
維持していた。また雇用不安が長引くと、収入の減少と生活状況の悪化を導き、ソーシャルワーカー
への依存の局面を導く。ⅲは、職業に到達できないだけでなく、家族や社会とのつながりを全くなく
していた。
本研究のインタビュー対象者の利用制度は、3 か月余りで一定の支援を区切る設計となっているた
め、長期の依存は観察できない。そこで、ソーシャルワーカーをキーパーソン、かつ、資源の擬似的
な「管理者」
(資源を所有わけではないが、配分する裁量を持つ人)として捉えたい。行為主体(イン
...
フォーマント)は、資源の実質的な管理者であり、生活戦略を持つわけだが、住居喪失を共通項とし
て制度利用を経験し、ソーシャルワーカーと一定の相互行為をし、制度利用の諸局面を経験する。そ
の際ソーシャルワーカーは制度と利用者のインターフェースであり、制度が持つ資源(利用者が受け
...
る支援内容)の擬似的な管理者となり、利用者を制度のゴールへと導くよう努める。もちろんこのプ
ロセスの背景には、利用者の制度への考え方、利用の目的、個別のライフヒストリーが影響している
だろう。これらの背景を視野に入れつつ、戦略を持った主体が、支援者との相互行為の結果、どのよ
うに支援関係のプロセスを経験するのか、ということを考察し、博士論文にまとめたい。
・
【制度・政策的視点】
バブル経済が崩壊した 90 年代、大都市の中高年「ホームレス」が社会問題化され、
「ホームレスの
自立の支援等に関する特別措置法」
(2002 年)等、ホームレス施策が展開された。また、これと前後
して、「ホームレス」に対する生活保護の運用にも、明確化がなされた。
その後、2000 年代から若者の不安定化、
「社会的弱者」化に対する危機感と支援の必要性が共有さ
れ始めた。その問題構築が進む中、当初の「問題を抱えた若者」とは、不登校やひきこもりなど、メ
ンタルの側面が強調された。2000 年代中盤になると、住込み派遣労働者のドキュメンタリーや「年越
し派遣村」等のメディア報道によって、一気に若年の雇用問題・貧困問題への注目が加速した。これ
らは、既存の社会保障から排除される人々など制度の問題点をも露呈させた。この一連の問題を受け
て「生活困窮者自立支援法」が 2013 年 12 月に公布され、社会情勢に対応する形で、第二のセーフテ
ィーネットとして結実したように思われる。
「生活困窮者自立支援法」には、稼働労働者でありながら社会保障制度でも生活保護制度でもカバ
ーされない人を就労自立に導くよう、住宅支援や失業給付金を含む支援メニューが展開されるが、一
方で、他制度との棲み分けがますます曖昧になる。これら制度の変遷とその対象、それらが展開され
る社会環境をまとめることが、もうひとつの課題である。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① なし
② 学会発表
・ 松沢慶子「若年求職者の制度利用に関する実証的研究」日本社会福祉学会第 61 回秋季大会、2013 年 9 月 22 日、北星学園
大学
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 56 -
松沢 慶子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014年
期
間
2013年度
くぼ
よみがな
氏
久保 樹里
名
林
指導教員
研究課題名
※40 字以内
じゅり
浩康
4
月3日
配分額
100千円
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間社会研究科・
社会福祉学専攻・博士課程後期1年
(学籍番号:11382004)
所属学科・職
社会福祉学科 教授
社会的養護の元で育つ子どもたちに対する児童相談所の果たす役割について
29. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
施設や里親など社会的養護の元で暮らす子どもの数は増加し、入所期間は長期化している。ま
た虐待を受けて入所する児童の割合が増え続けている。そのような状況の中、施設内不適応事例
や施設で再被害を受ける事例も多く発生しており、社会的養護は難しい問題を抱えている。一方、
児童相談所は運営指針には、
「常に子どもの最善の利益を考慮し、援助活動を展開していくこと
が必要である」と書かれているように、社会的養護の子ども達に責任を持つ施設や里親への措
置・委託機関である。しかしながら、虐待が深刻な社会問題となる中、緊急的な虐待対応にエネ
ルギーを注がざるをえない状況が続いており、施設入所・里親委託中の子どもたちへの支援に力
が及ばない現状がある。その点を重く捉え、措置機関である児童相談所が社会的養護の子ども達
に対し、パーマネンシーの観点から、子どもたちの育ちを支え、自立していけるように果たすべ
き役割とその具体的な支援方法について検討を行ってきた。そのために過去に児童相談所が社会
的養護に果たしてきた役割と、現在の児童相談所の職員のあり方や体制をどのように構築してい
くかという土台の部分について整理を行った。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
87 申請当初の計画・目的の達成度
88 優れた成果があがった点
89 今後の展望
1.社会的養護の子ども達に対する児童相談所の支援のあり方についての文献研究
①【当初の計画】
・児童相談所の役割を文献・先行研究などから整理を行う。
・諸外国の社会的養護の元で育つ子どもたちに対する制度や実践についての文献研究を行う。
・社会的養護の元で育った子どもたちの手記やレポート・各種調査の結果から、子どもたちが自
立するために必要な事柄や支援内容、児童相談所との関係項目を抽出する。
【目的の達成度】
各種文献を抽出し、整理中である。特に児童相談所の設立から現在までの変遷を整理している。
また施設経験者の手記から、社会的養護の子どもにとって、自分の生い立ちや入所理由など自
分の情報を知ることの重要性が見えてきたため、英国の児童保護機関のソーシャルワーカーや
施設・里親が社会的養護の子ども達に実施している社会的養護の子どもへが生い立ちを知るこ
とを支援する「ライフストーリーワーク」について着目し、整理と実践を行った。
②【優れた成果】
ライフストーリーワークについて実践した経験や理論整理を行い、学会などで2回、発表を行
った。
③【今後の展望】
・今後も引き続き文献研究を行う予定である。
・児童相談所の役割の変遷を年表にまとめる予定である。
2.児童福祉分野にかかわる関係者へのインタビュー調査
①【当初の計画】
児童相談所職員・施設職員・里親・児童福祉分野での有識者に対して、構造的なインタビュー
- 57 -
今年度の研究報告(つづき)
調査を実施する。
【目的の達成度】
児童相談所のエキスパート職員及び児童福祉施設職員については、グループインタビューを試
行的に実施したが、構造性に欠けたものとなり、分析するまでにはいたらなかった。
②【優れた成果】
試行的調査にとどまりはしたが、児童相談所のエキスパート職員インタビューを通して、児童
相談所の変遷・変容を知るヒントを得ることができた。また児童福祉施設職員インタビューに
おいて、施設ケアの向上にアタッチメント(愛着)に対するケアワーカーの感受性を高めるこ
との重要性が見えてきた。そのため、施設のケアワーカーに対して、アタッチメントの感受性
を高めるプログラムである「安全の輪子育てプログラム」を実施し、その実施報告を文章にま
とめた。プログラムを修了した4か月後に再度、グループインタビューを行ない、現場におい
て効果が続いていることがわかった。また施設職員へのインタビュー結果から、ケースの見立
て力を上げることの重要性も見いだせたため、ケース会議の有効な進め方について施設職員対
象の研修会において、サインズ・オブ・セイフティというフレームワークについての研修を実
施し、ケース会議の実施方法を改善を図った。
③【今後の展望】
前回の試行的調査の実施結果を参考にして、調査項目を構造的に設定して、上記対象者に対し、
一定数のインタビューを実施し、分析を行う。そのインタビュー項目のなかにアタッチメント
やケースの見立て力の向上についても組み入れていきたいと考えている。
3.児童相談所に対する質問紙における調査
【当初の計画】
全国の児童相談所を対象とした調査の調査票作成の準備を行う。
【目的の達成度】
量的な調査を予定し、過去の調査報告などを集めていたが、研究を進めていくなかで、調査方
法を量的調査ではなく、質的調査を行う方向に変更したため、実施しないことに決定した。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①論文:
「アタッチメントに着目した児童の施設内不適応事例防止への試み―児童養護施設のケアワー
カーへの「安心感の輪子育てプログラム」の実践からー」
阿武山のあゆみ 第4号 平成26年2月 p77-p84
②学会発表など:
・日本児童虐待防止学会 信州大会
平成25年12月13日
信州大学
分科会 「介入と支援―児童相談所のこれからを考える」
・日本子ども家庭福祉学会 平成26年3月22日
日本女子大学
特別企画シンポジウム「社会的養護の子ども達が過去とつながる意義と課題」
・アタッチメント研究会
家族・子ども支援のために「アタッチメント理論を生かす」ことを学ぶ研修会
平成25年12月7日
大阪市弁天町市民学習センター
「生まれた家族から離れて育つ子どもたちのための ライフストーリー・ワーク」
・近畿情緒障害児短期治療施設職員研修会
平成25年12月8日 大阪府貝塚市
「効果的な支援のために役立つもの-サインズ・オブ・セイフティの活用」
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 58 -
久保 樹里
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
2013年度
さいとう
斎藤
まゆこ
真由子
尾中文哉
1日
283 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
所属学科・職
4月
人間社会 研究科・
現代社会論 専攻・ 3 年
(学籍番号: 10881001 )
現代社会学科
教授
シンガポールのネイション意識と多民族主義
30. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
本研究は、シンガポールをフィールドに共有可能な文化的基盤が欠如した社会においていかにして
シンガポール人という自己理解をするのか検討するものである。シンガポールに居住する人々は華人
系、マレー系、インド系、その他という 4 つの民族カテゴリー(race)のいずれかに属することが避
けられない。これら 4 つの民族カテゴリーは、文化的、宗教的にも全く別の系統に属しているため、
民族カテゴリー間の差異は非常に明白である。このような差異はネイションの分断要因とはなっても、
一つのコミュニティとしてまとめるには難しくなる要因として考えられている。では、シンガポール
では明白な民族間の差異をいかにとらえているのだろうか。本研究では、インタビューや参与観察に
よるデータから民族間の差異とネイションのあり方について考察した。
2.今年度の研究報告図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
90
91
92
申請当初の計画・目的の達成度
優れた成果があがった点
今後の展望
1. 申請当初の計画・目的の達成度
これまでの研究によって、シンガポールでは、多民族と交流している場合においても民族的差
異が常に認識されており、それは関係性が親密になっても常に認識していることがわかった。し
かし、民族間の差異を強調する取組については考察が及んでいなかった。そこで、本年度はこう
した民族的多様性が明白になるような政府側の取組と市民の側の取組にフォーカスするために、
各民族のヘリテージ・センター設立に着目した。民族毎のヘリテージ・センター設置は政府の政
策であるが、実際に建てる資金は民族内の募金による。こうした市民の資金によって建てられた
ヘリテージ・センターに自らが属する民族の文化遺産や文化、歴史を展示することによって、訪
れた人に展示している文化をわかりやすく紹介することができる。その一方でその民族の歴史や
文化の「モデル」ができることにより、民族内部の、出身地などによる地域的多様性が薄れてい
く。つまり、ヘリテージの設立には民族アイデンティティの形成と強化、そして民族の歴史や文
化遺産の理解などの画一化が進むのだ。つまり、民族内の差異を排除し、画一化することで、民
族間の差異の強化につながると考えることができる。
今年度は、マレー・ヘリテージ・センター設立に貢献したという女性とユーラシアン・ヘリテ
ージ・センター設立に貢献した女性に会い、インタビューによる聞き取り調査をした。そこでは、
数ある展示候補から実際に展示物を確定するまでの葛藤が語られている。しかし、まだ、チャイ
ニーズ・ヘリテージ・センターとチャイナタウン・ヘリテージ・センター設立に関わった人や現
在、設立途中というインディアン・ヘリテージ・センターの関係者へのインタビューが残ってい
る。また、プラナカンという集団の文化遺産を展示している博物館関係者への聞き取りも課題と
して残っている。プラナカンとは中国やインドからの移民男性が現地の女性と結婚し生まれた子
の子孫である。文化遺産の展示という目的は同じなのにも関わらず、プラナカンだけは、ヘリテ
ージ・センターではなく国の出資によって博物館が 2009 年に開館した。なぜプラナカンだけは
ヘリテージ・センターではなく博物館なのか。今後聞き取っていきたい。
2. 優れた成果があがった点
- 59 -
今年度の研究報告(つづき)
報告者のこれまでの調査では、一般市民の日常生活や年間行事を聞き取るもしくは観察するこ
とが多かった。しかし、今年度は、自らが属する民族をわかりやすく紹介しようと主体的に活動
している人にインタビューをすることができた。一見、この人たちは政府の意図を反映するため
に活動しているように見えるが実はそうではない。政府は民族間の差異を強調するために民族内
の差異を排除するよう取り組んでいるのだ。その具体的な政策が言語政策であり、これは一定の
成果が出ているといえる。というのも、学校教育で学ぶ言語である英語、華語、マレー語、タミ
ル語以外の言語は年々減少傾向にある。1965 年の独立直後は中国語方言が言語的マジョリティ
であり、華語や英語は言語的マイノリティであったが。現在では英語や華語が言語的マジョリテ
ィとなっており、中国語方言は華人系高齢者の使用言語となっている。すなわち、民族内で使用
する言語が均一化し、多様性が排除されているということがわかる。しかし、ヘリテージ・セン
ターでは、展示物をよく見るとマレーシアやインドネシアの各地域の民族衣装や居住建築の特徴
などが描かれており、民族内も決して一枚岩ではなく、差異があるということがわかるように展
示していることがわかった。ヘリテージ・センター設置は政策ではあるが、実際の展示に民族内
の多様性の存在が残っているということがわかったことが大きな収穫であった。
3. 今後の展望
前述したように、今年度はスケジュールの都合でチャイニーズ・ヘリテージ・センターとチャ
イナタウン・ヘリテージ・センター設立に関わった人や現在、設立途中というインディアン・ヘ
リテージ・センターの関係者、およびプラナカン博物館関係者へのインタビューが残っている。
特に、プラナカン博物館においても、カテゴリー内の多様性が確認された。展示している物その
ものはチャイニーズ・プラナカンのものが目立っていた。しかし、博物館入って最初のホールに
は現代に生きるプラナカンの人々のコメントが掲載されており、そこにはインドから移民してき
た人と現地の人の間の子どもの子孫であるチッティ・プラナカンのコメントが多数掲載されてい
た。しかし、具体的な展示品にチッティ・プラナカンの流れを汲むものはなく、チャイニーズ・
プラナカンのものでまとまっていた。この謎をインタビューで聞くことで多様性の排除と民族間
の差異の強調についてより深い分析が可能になると考えられる。
今後はこれらの人へのインタビューを遂行したうえで、博士論文にその考察をまとめたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① 雑誌論文
斎藤真由子「シンガポール人の自己理解と多民族主義―民族的差異と相互行為に着目して―」
『年報社会学論集 第 27 号』
(審
査中)
② 学会・研究会報告
斎藤真由子「シンガポール多民族主義とネイション意識」シンガポール研究会
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 60 -
於国際文化会館 2013 年 5 月 10 日
斎藤真由子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
よみがな
イワモト
氏
岩元
省子
成田
龍一
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
ショウコ
4日
283 千円
配分額
人間社会研究科・
現代社会論専攻・3年
(学籍番号:11181001)
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
所属学科・職
4月
現代社会学科・教授
「中間雑誌」が語りかける戦後日本社会―『小説新潮』
『オール読物』創刊号~1965 年を中心に―
31. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
本研究は、戦後日本社会をいわゆる「中間雑誌」と呼ばれる『小説新潮』
(新潮社)及び『オール讀
物』
(文藝春秋社)といった現在でも出版されている月刊雑誌を歴史史料としてとらえ省察する新たな
「戦後史」構築の試みである。
「中間雑誌」に掲載された作品の多くは中間小説として戦後広範にわた
り日本社会に普及し、その地位をゆるぎないものにしていった経緯がある。この中間小説は一説には
純文学作家による大衆向けに書かれた作品として分類されるが、これらを文学的作法ではなく歴史学
的作法により作品を主たる軸に考察する。分析対象期間を戦後すぐの創刊または復刊(1946~47 年)
から 1965 年までとし、さらに両誌が戦後日本社会において多くの読者を保有していた事実をふまえ、
戦後日本社会の大衆の「欲望」を多角的に抽出し分析するものである。また「中間雑誌」がこれまで
の歴史学において学術的研究の対象史料として扱われたことがない事実をふまえると本研究の主要目
的である新しい「戦後史」構築は独創性に富むものだと考える。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
93 申請当初の計画・目的の達成度
94 優れた成果があがった点
95 今後の展望
① 申請当初の計画は下記の通りである。
(1)
『小説新潮』における戦後日本社会の時期区分を作家、作品を絞り分析しその研究成果は、
今年度本研究科の紀要論文に提出。
(2)
『小説新潮』における読者層の分類を本年度中に整理し次回の論文の主要テーマとして分
析の開始。
(3)
『オール讀物』の内容細目一覧作成は、上記 2 点の分析作業後開始し、これにより考察で
きる戦後日本社会の諸相の分析への下準備。
(4)
『オール讀物』から戦後日本社会の時期区分が適した作家、作品を抽出し、
『小説新潮』と
同様の方法で、
『オール讀物』によって提示できる戦後日本社会の時期区分をあきらかにするた
めの資料の読解。
以上が本年度の申請計画である。目的の達成度として、
(1) 2014 年度人間社会研究科紀要 第 20 号掲載。
(2) 次回論文テーマを『小説新潮』における「読者層」の分析から、作品の「主題別分類」を
中心に考察することに変更し、戦後日本社会の時期区分を試みる分析作業中。
(3) 『オール讀物』の内容細目一覧作成は、分析対象期間の下準備完了。
(4) これに関しては(3)の作業が終了次第開始する予定。
②
優れた成果が上がった点とし三点に絞り挙げるとする。第一に紀要論文において『小説新
潮』におけるグラビアによる戦後日本社会の時期区分として四期にわけられることが明らか
になった。第 I 期(1947~49 年)
「作家中心主義」
、第 II 期(1950~54 年)
「女性中心主義」、
第Ⅲ期(1955~57 年 4 月)
「混在主義」、第Ⅳ期(1957 年 5 月~1965 年)
「多様化主義」と
区分しそれぞれの時期の特徴が提示できた。これらの時期区分に付したタイトルが示すよう
に、グラビアの主体が変容していく過程は戦後日本社会の変容と連動し、
『小説新潮』という
「中間雑誌」により提示できる戦後日本社会の歴史的変遷を叙述することが可能となった。
- 61 -
今年度の研究報告(つづき)
第二に「中間雑誌」の分類に属する『小説新潮』『オール讀物』が戦後日本社会において具体
的にどのような雑誌として位置づけができるか数字で表すことにより明白になった。下記図表が
示すように、毎日新聞社による 1949~1965 年にわたる「いつも読む月刊雑誌・年度別」調査で
は、
『小説新潮』が平均 10 位以内(1949 年のアイテム数では 2545 点、1965 年度では 2172 点)、
『オール讀物』では平均 20 以内と両誌がいかに多くの読者から支持され存在していたか、そし
てこれにより「中間雑誌」の戦後日本社会における戦後史の省察の適性が示されることが明らか
となった。
(出典:毎日新聞社 『読書世論調査 30 年 戦後日本人の心の軌跡』 毎日新聞社、1977 年、255~259 頁をもとに作成)
第三に、「グラビア」を中心に戦後日本社会を独自に時期区分できた結果、それらに付随する
作品の抽出分析が提示できたことであるが、次回の論文の問題意識として作品分類の素地が把握
できたことは、今後の研究における資料解析を促進させるものとなった。
③ 今後の展望としては、
『小説新潮』における作品を時期区分別に分類しその成果を来年度中に
論文として執筆する予定である。併せて『オール讀物』の考察も始めつつ両誌の比較検討に
むけて基礎的調査も同時進行ではじめる予定である。
成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①
論文
岩元省子「
「中間雑誌」が語る戦後日本社会―『小説新潮』創刊号~1965 年のグラビアを中心に―」
『日本女子大学大学院
人間社会研究科紀要』(第 20 号、2014 年)
②
学会・シンポジウム等発表
なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 62 -
岩元 省子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
よみがな
氏
2013年度
間
やまのじょう
山之城
名
ゆみ
有美
5日
283 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
4月
人間社会研究科・ 現代社会論
専攻・ 博士課後期 3 年次
(学籍番号: 11181002 )
(前期)金子マーティン
指導教員
所属学科・職
現代社会学科・教授
(後期)成田龍一
研究課題名
※40 字以内
戦後日本における“危機の時代”としての 1930 年代像
―特に 1950 年代を中心とした雑誌『思想』を素材として―
32. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
本研究は 1930 年代前後を「近代をめぐる諸問題が凝縮して噴出し、現実に対する認識のあり
方そのものが問われた時期」と捉えることで、戦後においても「1930 年代像」の多様な想起が
続いていると考える試みである。そして本研究では、様々な「1930 年代像」の論理の整合性を
分析しつつ戦後の時期区分を行うことで、戦後のどの時期にどの様な「知」の偏りがあるかを捉
えることを目標としている。
その際には、戦後日本において「主体性」を積極的に思索した人物として、特に橋川文三(1922
-83 年)と日高六郎(1917 年-)に注目することで、個人にとっての社会の見方・いわゆる現
実認識がどの様に投影されて「1930 年代像」が想起されてきたのかを考察する。また研究対象
とする時期としては、戦後間もなく東西の冷戦が本格化することでイデオロギーが自明なものと
されていった時期に当たる 1950~70 年代頃を中心に選んでいる。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
96 申請当初の計画・目的の達成度
97 優れた成果があがった点
98 今後の展望
申請当初の計画・目的の達成度
申請当初の計画・目的では、1952 年の『思想』
(岩波書店)のファシズム特集号と、天皇制特
集号に注目して分析する為の基礎知識を培うことを最終目標とし、まずは橋川文三と日高六郎の
「1930 年代像」の分析に着手することを考えていた。また、橋川および日高を考察するにあた
っては、思想家としての立ち位置を確認することも念頭においていた為、丸山真男、久野収、竹
内好などの他論者の「1930 年代像」も比較検討することも目標にしていた。
その為、橋川と日高の「1930 年代像」の論理の整合性を分析する際には、近代国家成立以降
に生じた個人と社会の矛盾した関係性を普遍的な問題としてどのように論じ、また、日本ファシ
ズムに至る過程をどのように描いているかなどに注目して考察することとした。その際には、①
どの時期にも社会状況などの影響を受けた「知」の偏りがあることを踏まえて、各時期の特徴の
抽出を試みる様にした。さらに、②橋川および日高が他論者をどのように引用して論じているの
かも検討することで、他論者との相対的なスタンスの違いも浮き彫りにするように心がけた。そ
して以上の手法を念頭に置く形で、
「1930 年代前後に内在した近代そのものに関わる「知」の諸
問題が、戦後を生きる橋川および日高の観点からどう見えていたのか」
、ということを現在の「知」
の観点から考察することで、各時代の相対的距離感を捉えることを試みた。
他論者とのスタンスの違いを学ぶことで橋川や日高のスタンスをより相対化させて理解する
という目標については、様々な論者の論文を精読することでより可能となった。しかしながら、
(a)橋川および日高の論理そのものに内在している構造を読解することや、(b)橋川および日高が
戦後の「知」の状況の下に語る「1930 年代像」を、現在(2014 年)の「知」の状況から解釈す
るということなどについては、質を上げていくことを今後の課題としていきたいと考えている。
- 63 -
今年度の研究報告(つづき)
優れた成果があがった点
―橋川文三の論考「日本浪曼派批判序説」(初出 1957-59 年)の読解を中心に―
・戦後(1957-59 年)における橋川の「1930 年代像」
(「知」の偏りという相対的スタンスより)
近代啓蒙主義やマルクス主義が主流となっていた 1957~59 年という時期には、「日本ロマン
派」は日本ファシズムを擁護した潮流であったとして社会的にタブー視されていた。しかし「日
本ロマン派」に原体験を持っていた橋川は、「戦中と断絶した形で戦後の主流となっていった近
代啓蒙主義やマルクス主義の方こそが状況主義的である」として、社会一般の価値観とは逆の立
場を取っていた。つまり橋川は「日本ロマン派(特に、保田与重郎)」について、戦中から戦後
にかけて一貫した態度を貫いている潮流であると認識しており、また、マルクス主義へのアンチ
テーゼとしての変革主体を持っていたとして評価している。以上より橋川は、「正しい科学」と
してのマルクス主義が主流となったこの時期の「知」の偏りの影響を受けていると考えられる。
・現在(2014 年)から解釈し得る橋川の「1930 年代像」(他論者との相対的スタンスより)
戦後(1957-59 年)における橋川は、吉本隆明の「転向論」の影響を受ける形で、日本ロマ
ン派に内在するマルクス主義の問題を近代そのものの矛盾と捉えている。さらに橋川は、中野重
治や竹内好などに全面的に依拠する一方で、丸山真男や藤田省三などには批判的立場と肯定的立
場とを共存させている。国民国家論を他者性の視座から捉える形の「知」への高まりがある現在
から、戦後の橋川の「
(他論者との相対的スタンスを通じた)1930 年代像」の整合性を見てみる
と、橋川には「近代そのものの矛盾が各地域や国の歴史的土壌によって異なって現れる」ことに
価値を置くことで、近代を経験した各地域の差異そのものを尊重しようとする視座があると解釈
出来る。
今後の展望
まず、橋川文三の 1960~70 年代(第2期としての時期区分を検討中)にかけての「1930 年代
像」の考察を、次の論文作成の目標に据えている。
さらに、橋川と類似するスタンスであることが分かってきた日高六郎の「1930 年代像」の研
究の方も、
「近代日本における人々の主体性や自発性の存在を認める歴史的観」を持つことや、
「戦
後日本の民主主義を形式的なものとして批判する視座」を持つことなどに注目する形で、引き続
き進める予定である。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
雑誌論文、図書
・山之城有美「戦後日本における橋川文三の「1930 年代像」 ―「日本浪曼派批判序説」を素
材として―」
『日本女子大学大学院
人間社会研究科 紀要 第 20 号』2014 年、81-95 頁
学会・シンポジウム等での発表
・なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 64 -
山之城 有美
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
よみがな
氏
名
まゆみ
井上
真由美
岩立 志津夫
指導教員
研究課題名
※40 字以内
いのうえ
4日
283 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
4月
(学籍番号:
所属学科・職
人間社会研究科・
心理学専攻・ 3 年
11184001
)
心理学科・教授
妊娠期から産後1年半までの縦断的な母親の養護性と育児不安の差
33. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
マタニティブルー・育児ストレスなど、育児、特に乳幼児と母親との関係に関する問題が昨今採り
上げられている。成田(2006)と堀口(2005)が乳児期の母子相互作用は、妊娠期から既に始まっている
と述べ、楜澤ら(2009)は「出産前の、一般的な子どもに対する養護性」から「自分の子どもに対する
養護性」への連続性について検討していく必要性があると指摘している。多々ある横断的な調査では、
実際の時間経過に伴う変化を調べていないので、得られた結果があくまで推測の域を超えられない。
したがって、母親の養護性について検討する場合、妊娠期から出産・育児までを含めた視点が必要と
され、縦断的調査を行った。妊娠・分娩を通して母親となっていく過程における、妊婦の妊娠期から
産後 1 年半にわたる縦断的な母性感情と育児不安・育児ストレス変化を明らかにすることを目的に設
定した。修士論文から今日まで、養護性(小嶋,1989)に焦点を当て、妊娠期における縦断的な質問紙調
査を行っている。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
99 申請当初の計画・目的の達成度
100 優れた成果があがった点
101 今後の展望
①
申請当初、博士課程前期の研究を引き続き行う予定であった。修士論文では妊娠期(妊娠初
期・中期・後期)のデータのみしか扱っていなかったが、2013 年度中に産後 1 週間、半年、1
年半の縦断的なデータもほぼそろい、残りは 2014 年 4 月に質問紙を郵送予定の 1 名のみと
なった。全員分がそろい次第、改めてこれらの分析を進めていく。
② 現時点では、最も人数が揃っている妊娠中期・妊娠後期・産後 1 週間・産後半年の 4 回分の
回答を得られた 92 名分の養護性尺度(共感性因子・技能因子・準備性因子・受容性因子)の分
析をした。
分析は出産経験(2)×流産経験(2)×時期(4)の 3 要因分散分析を行った。図 1 に共感性因子
の出産経験、流産経験、時期ごとの平均得点を示した。共感性因子では時期による主効果が
認められ(p<.01)、流産経験×時期、出産経験×時期でそれぞれ交互作用が認められた
(F(3,264)=3.60,p<.05、F(3,264)=4.37,p<.01)。交互作用が有意であったことから、Bonferroni
の多重比較を行った結果、流産経験有において時期の主効果が有意であり(F(3,264)=11.30,
p<.01)、出産半年後が妊娠中期・後期・産後 1 週間より有意に高かった(p<.05)。さらに、初
産婦において時期の主効果が有意であり(F(3,264)=12.23,p<.01)、出産半年後が妊娠後期・
産後 1 週間より有意に高かった(p<.05)。
図 2 に技能因子の出産経験、流産経験、時期ごとの平均得点を示した。技能因子では時期
による主効果(p<.01)、出産経験×時期、出産経験×流産経験×時期でそれぞれ交互作用が認
められた(F(3,264)=3.12,p<.05、F(3,264)=2.21,p<.10)。交互作用が有意であったことから、
Bonferroni の多重比較を行った結果、産後 1 週間において経産婦が初産婦より有意に高かっ
た(F(1,264)=6.32,p<.05)。
準備性因子では時期による主効果(p<.10)、出産経験×時期で交互作用が認められた
(F(3,264)=2.18, p<.10)。交互作用が有意であったことから、Bonferroni の多重比較を行っ
たが、有意な差は認められなかった。
受容性因子では有意な主効果も交互作用も認められなかった。
- 65 -
今年度の研究報告(つづき)
流産経験は妊婦にとって大変つらい経験である。胎動を感じるようになっても子どもを失
ってしまう不安は、出産するまで払拭しきれない。1 度も出産したことのない初産婦は経産
婦に比べて、再び子どもを失ってしまうかもしれないという不安から、養護性が低くなった
と考えられる。出産してからは、新生児に合わせた不規則な睡眠や意思疎通の難しさから、
育児経験のある経産婦の方が初産婦より養護性が高くなったと考えられる。
③
2014 年 4 月以降にすべての調査協力者から回答を得られた後、改めて妊娠初期から産後 1
年半までのデータで分析を行う。
また、現在の調査協力者の多くは助産院通院である。助産院出産をする妊婦は全体の 1%
程度にすぎない。そのため、この研究を一般化することは難しい。
「助産院出産をした妊婦は
妊娠・出産に対して積極的である」という報告がいくつかある。そこで、助産院出産者と病
院出産者との養護性、育児不安・ストレスの差を検討していく。また、流産経験があった場
合、特に初産婦では、様々な不安や医療面を考慮して、助産院より病院出産を選択すること
が多いと考えられる。したがって、流産経験の有無にも視点を当てて、様々な角度から比較
検討していく。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① 雑誌論文、図書
なし
日本心理学会への投稿に向け執筆、小児保健研究への投稿に向けて研究計画を試案中。
② 学会・シンポジウム等での発表
なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 66 -
井上 真由美
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014
期
間
2013年度
おがわ
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
ゆうき
小川
友季
鵜養
美昭
3 月
25
日
140 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
年
人間社会研究科・
心理学専攻・博士課程後期 3 年
(学籍番号:11184002)
所属学科・職
心理学科・教授
課題解決に必要なチーム力の育成について
34. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
近年、企業・組織内においてチーム力、組織統合力の重要性が再認識され、採用・人材育成の
プロセスにおいては「主体性」「実行力」とともに「チームで働く力」が求められるようになっ
ている。こうした背景から今後は、社会人としてチームの中で自分の役割を認識し、得意な部分
を発揮しながら結果的にチームに貢献できる力を持った個人の育成および、その力を最大限に生
かせるようなチーム作りが不可欠であると考えた。そこで本研究では、課題解決に当たり、グル
ープ及びグループメンバーにはどのような要素が必要であるかを検討することとした。
これまでの研究において、課題解決に最も適したグループメンバー構成、グループでの課題解
決にはグループメンバー間の役割認識の一致が重要であること、その役割については日常生活で
所属している集団でも担っている役割を自然と担うことが多いこと、さらに、その役割をグルー
プでの作業中にあえて意識しているグループメンバーは少ないことが明らかとなった。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
102 申請当初の計画・目的の達成度
103 優れた成果があがった点
104 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
これまでに課題解決に最も適したグループメンバーの構成を明らかにするために行った実験
調査では、同一グループの中に、問題解決を重視する課題達成志向のメンバーと、グループメン
バーとの関わりを重視する人間関係志向のメンバーが両方いるというグループ構成が、課題解決
を最も効率よく進めるとのいうことが分かった。さらに課題解決をより効率的に行うためには、
グループメンバー間で個々の役割認識が一致していることが重要であることが示唆された。
その後、役割認識の一致率の重要性を示すために行った実験調査では、役割認識の一致率が課
題解決の結果に有意に影響を及ぼしていることが示された。同時に、同じグループ内でも課題解
決の結果に対する満足度に差があることが示された。
さらに課題解決に必要な役割を洗い出すことを目的として行った実験調査では、課題解決場面
に直面したときに改めて新しい役割を担うのではなく、普段から友人グループでも担っているこ
との多い役割を、各々のグループメンバーが自然と選択することが明らかとなった。また、グル
ープメンバー同士の役割は作業中にほとんど意識されないことが分かった。
そこで今年度は、お互いの役割について「意識して作業する」グループと「特に意識しないで
作業する」グループの課題解決内容を比較し、その内容に有意に差が出るかどうかを検討した。
同時に、これまで行われてきたグループに関する研究や、現在国の指導で実施されている若者
を支援する政策の背景、また各企業で実際に行われている若者の早期離職を防ぐための取り組み
などを調査し、まとめた。
実験調査報告
方法
1. まずランダムに抽出した 10 人を 5 人ずつ、2 つのグループに分け、各グループに同じ課題
解決のグループワークを実施した。その際、一方のグループには、お互いに作業中の役割を
意識することを義務づける教示をし、もう一方のグループには何も教示をしなかった。両グ
ループともグループワーク実施後に振り返り面接、もしくは同じグループでの話し合いをし
てもらい、後でその内容を検討した。
- 67 -
今年度の研究報告(つづき)
2. グループに関する先行研究や、国や各企業で取り組まれている施策を調査し、まとめること
によって、今後大学や企業で新たに取り組むべき課題を模索した。
結果と考察
1. 上記で述べた、2 つのグループ間で、グループワークの結果に大きな差はなかった。作業中
に役割を意識するように教示したグループでは、共有された役割が「司会」
「書記」
「その他」
といったものにとどまり、この役割の付け方がグループワークを効率よく進める上でうまく
作用しなかったと考えられる。
2. グループ活動を通して個々人が得られるものは、そのグループ力動やグループとしての成果
といった、あくまでもグループに起因するものであり、多くの場合、自分自身がグループで
どのような役割をとることが最善で居心地がいいのか、ということまで検討するには至らな
い。役割についての意識を促すためには、グループ活動後に、その中での自身が果たした役
割について特化した振り返りをセットで行うことが重要であろう。
文献調査報告
大学での授業やゼミ、課題解決型学習などの各種プログラムを用い、学生の社会人基礎力を高
めるための取り組みについて調査が行われていたり、キャリア教育や人材育成プログラムなどに
力を入れたりしている大学も多くあることが分かった。また厚生労働省を始め、都道府県や市区
町村などの自治体レベルでも、若年層の雇用・就業対策を行っており、加えて企業側も早期離職
に歯止めをかけるための社内対策を行っているところが少なくないこと明らかとなった。
②優れた成果が上がった点
改めてこれまでの文献調査を行ったことで、今後取り組むべき課題について見当をつけること
ができた。
③今後の展望
グループ内での役割については、各グループメンバーの居心地の良さ、あるいはグループへ強
くコミットする感覚など、個人レベルに落としたところでさらに調査を進めていきたい。
上記文献調査報告については文書化していないので、調査結果のレビューを行いたい。さらに
そこから、実験調査報告とも合わせ、大学生あるいは就職して日の浅い若年層の就労者に対して、
大学や企業がどのような取り組みをしていくことが就労定着に効果的であるかについて考察し、
研究ノートの作成を試みたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①なし
②日本コミュニティ心理学会 ポスター発表
開催日:2013 年 7 月 13 日~14 日
開催地:慶応義塾大学大学院経営管理研究科
慶應義塾大学日吉キャンパス 協生館
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 68 -
小川 友季
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
たかい
よみがな
氏
名
高井
指導教員
研究課題名
※40 字以内
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
彩名
飯長
喜一郎
所属学科・職
4日
283 千円
配分額
あやな
4月
人間社会研究科・
心理学専攻・
3年
(学籍番号:11184004
)
心理学科・教授
「つきまとい」の心性について
35. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
近年ストーカーはメディアによってとりあげられることが多いように思える。しかし、影山(1997)
が指摘しているように、現在でもストーカー加害者に関する論文は数が少ない。その一方で警視庁
(2009)によると、ストーカー被害相談の取り扱いが年々増加している。学生相談の場においても、交
際相手や元交際相手からの「つきまとい」行動が問題となることは少なくない。
青年期における「つきまとい」行動の中には、メディアで取り上げられるような犯罪事例化するも
のもあるかもしれないが、新たな人間関係を持ち始める青年期においては、接近欲求や失恋に起因す
る、ある程度了解可能なストーキング行動もあるのではないかと考えた。だが青年期における、学生
生活を含む、日常場面におけるストーキング行動の心理的側面に着目した論文は数少ないのが現状で
あり、対策を講じる段階までは達していないと考えられる。そこで本研究では青年期におけるストー
キング行動に焦点を当て調査を行なっている。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
105 申請当初の計画・目的の達成度
106 優れた成果があがった点
107 今後の展望
① 申請当初の計画・目的の達成度
今までの研究においては、異性間の「つきまとい」行動に主に焦点を当てていた。先行研究や今ま
でに行った面接調査、および質問紙調査の結果から、異性間の「つきまとい」行動は pre-partner(行
為者が対象者とは交際関係になく、一方的に好意を抱いている場合)、ex-partner(行為者と対象者の
交際関係が破たんした場合)に分けて考える必要があることがわかっており、
「つきまとい」行動に関
係するだろう要因がいくつか明らかになっていた。
今年度当初は上記の「つきまとい」の見解に加え、新たな要因の存在を今後検討していく必要があ
ると考えていたため、まずは現場において構造化したインタビューをしていこうと考えていた。さら
に、今までのインタビューで得ていたエピソードや現場での関わりの中には、同性間での「つきまと
い」に関するエピソードも想定以上に存在することから、
「つきまとい」が pre-partner、ex-partner
という 2 分類だけでなく、より多くの分類を必要とすることを想定した上で、質問内容を吟味し、デ
ータを集めていく計画を立てていた。インタビュー調査は、現在も継続して行っている。今後、より
構造化されたインタビューをしていくため、さらなるデータが必要となったため、十分なインタビュ
ーが得られるまで続けて行く予定である。
インタビュー調査に並行して、今までに得ている「つきまとい」行動にいたるまでのプロセスを再
分析することを計画していた。プロセスに関しては再分析を終了し、論文にまとめた。
② 優れた成果があがった点
「つきまとい」行動にいたるまでのプロセスをまとめた論文は、学生相談研究に投稿しており、現
在審査中である。再分析した「つきまとい」行動にいたるまでのプロセスについては、Figure.1 を参
照されたい。
また、医療現場に従事している方や学生相談の現場に従事している方に話を聞くことができた。中
には構造化されていないインタビューもあったが、青年期の「つきまとい」の事例についても話を聞
く他、成年期以降のストーキング行動の事例についても聞くことができた。多くの事例を聞けたこと
は、青年期の「つきまとい」行動がストーキング行動とはどう違うのかを明らかにする、足掛かりと
なると考えられる。現段階では、成年期以降のストーカーには、何らかの心理的な問題を抱えている
人が多く、青年期の「つきまとい」行為者では、①相手への強い好意に基づくもの、②相手に自分の
- 69 -
今年度の研究報告(つづき)
ことを知ってほしい等、強い相手への思い(要求)に基づくもの、③持っていた好意が、何らかのき
っかけにより恨みなどのネガティブな気持ちに転じて、行動化したものがほとんどであると考察して
いる。これは、本研究の仮説と一致しているところである。
逸脱した感情
習慣化
好意
接近欲求
行動化
要求・期待
Figure 1
「つきまとい」行動にいたるまでのプロセス
③ 今後の展望
現在までの調査結果から、青年期の「つきまとい」行動と成年期以降のストーキング行動等、
この分野をより詳しく明らかにしていくためのデータは集まってきている。しかしながら、現段
階で成年期以降のストーキング行動の事例は不足している。青年期の「つきまとい」行動とストーキ
ング行動が同じものか否かを明らかにするには、さらなる調査が必要であると考えている。今後もさ
らなる調査により、この 2 つの違いや、また青年期の「つきまとい」行動の種類(pre-partner、
ex-partener を含む)についても明らかにしていきたいと考えている。
また、以前行った調査では、青年期の「つきまとい」行動は、見捨てられ不安等と関係があるとい
う結果が得られているが、その他にもいくつかの要因が関係していると考えている。まずは面接調査
を行なっていき、
「つきまとい」行動に関連していると思われる心理的要因を明らかにしていこうと考
えている。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① 高井彩名 「女子学生の考える「つきまとい」について」
② 学会・シンポジウム等での発表 なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 70 -
学生相談研究
高井 彩名
(投稿中)
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
まつもと
よみがな
氏
名
松本
指導教員
研究課題名
※40 字以内
飯長
みゆ
実祐
喜一郎
3月
28 日
配分額
283
千円
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間社会研究科・
心理学専攻・ 博士課程後期 3 年
(学籍番号: 11184005
)
所属学科・職
心理学科・教授
現代的性差観に関する量的研究
36. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
現代は、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法が改正され、ますます男女平等な社会が作ら
れている。そのため、伝統的に唱えられてきた「男性は仕事、女性は家庭」のような考え方は古
くなり、そのような考えを持つ者は、敬遠される世の中になりつつある。しかしながら一方で、
家事負担の大半は未だに女性が担っているなど、実質的には性別による差別的な状況が存在し続
けている。その結果、日本社会の傾向として、これまで否定されてきた差別的な性差観が再び肯
定されるようになってきた。つまり、現代社会の性差観は、矛盾した複雑性を持つと考えられる。
これまでアメリカでは、現代に特有な態度や信念が存在するとして、現代的セクシズム尺度が作
成されてきた。が、もともと性差には文化間での相違が指摘されているため、自国の価値観や概
念を用いる必要があると思われる。そこで、本研究では、日本における現代的な性差観について
いくつかの視点から追究していくこととした。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
108 申請当初の計画・目的の達成度
109 優れた成果があがった点
110 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
現代日本は、ますます男女平等な社会が標榜されている一方で、まだ多くの性差が見られ、現
代における性差観はより複雑なものになっている。現在、様々な側面から現代的な性差観につい
ての研究は進められている。アメリカの研究では Glick,P.&Fiske,S.(1996)が、現代に存在す
る性差観を測定するため、敵意的な性差観と好意的な性差観からなる Ambivalent Sexism
Inventory(ASI)を作成した。が、性差観には文化による違いが大きく影響することが考えられ、
日本特有の性差観を考える必要があると思われる。日本では、性差観を測定するものとして鈴木
(1987)による平等主義的性役割態度スケール(SESRA)などが作成されてきた。しかしながら、
これは、伝統的に容認されてきた性差に対しての賛否を求め、一次元的に性差観を捉えているも
のであり、現代的性差観の複雑性を捉えることは難しいと考えられる。そこで、本研究では現代
的性差観に特有な複雑性を明らかにするため、日本人大学生における現代的性差観尺度を作成す
ることにした。また、現代的な性差観の特性をより明らかにするため、性別による比較も行った。
その結果、現代的性差観尺度からは 4 因子が抽出され、これまで考えられてきた性差観とは異な
る現代に特有な価値観が示唆された。また、性別による比較からも現代に特有な性差観を証明す
る一根拠が示された。
現代的性差観尺度
第 1 因子 「日常行動の伝統的性差因子」(ex. 「男は男らしくあるべきだ」
)
第 2 因子 「諦念的性差因子」
(ex. 「企業における男女平等は表向きなものである」)
第 3 因子 「女性ポテンシャル決めつけ因子」
(ex.「女性が子どもを肩車するのはおかしい」)
第 4 因子 「強い男因子」
(ex. 「男のくせにという言葉を使ってしまう」
)
- 71 -
今年度の研究報告(つづき)
②優れた成果があがった点
現代的な性差観は、「男性が仕事をして、女性が家事をする」というような伝統的に考えられ
てきた価値観よりも複雑な様相を持つものであると考えられる。本研究で抽出された 4 因子の中
でも、特に第 2 因子の「諦念的性差因子」は、男女平等を標榜する現代社会においても、なお存
在する性差観項目が含まれていることから、現代における複雑な性差観がとても顕著に表れてい
る因子だと思われる。現在、日本の法制度は男女平等へと着々と整えられているが、女性の勤続
年数は徐々に長期化傾向にあるものの、管理職に占める女性の割合は依然として低いという。
つまり、現代日本は、建前では男女平等を唱えているが、表向きに無理矢理提唱していること
と社会の現状が解離した状態であり、本研究で見られた第 2 因子「諦念的性差因子」はそのよう
な現代日本の二面性が表れたものであると考えられる。また、性別による比較を行ったところ、
第 2 因子「諦念的性差因子」では有意差が見られなかった。これまでの研究では、女性の方が男
性よりも平等志向性が強いとされており、男性と女性の性別による違いが示されている。本研究
では、第 1 因子「日常行動の伝統的性差因子」、第 3 因子「女性ポテンシャル決めつけ因子」、第
4 因子「強い男因子」では有意差が見られ、先行研究と同じ傾向を示す結果となった。が一方で、
第 2 因子「諦念的性差因子」のみ性別による違いが見られず、男性と女性で同等の性差観を持っ
ていることが示された。これより、やはり本研究で示された第 2 因子「諦念的性差因子」は、こ
れまで考えられてきた性差観では見られない価値観であり、現代的な新しい性差観であることが
示唆された。
③今後の展望
本研究で得られた結果は、投稿論文としてまとめていくこととする。
今後の課題としては、第 1 に、現代的性差観の信頼性の限界があげられる。本尺度は、これま
で日本で多く用いられてきた尺度を参考に 4 つの因子を想定して作成された。その結果、第 3 因
子と第 4 因子の信頼性係数は他因子よりも低い結果となった。今後信頼性のさらなる検討を要す
る。また、第 2 の課題としては、サンプルの改善があげられる。本研究で用いた大学生だけでは
なく、職業人、主婦、そして主夫など、より範囲を広げて調査を行う必要があると考えられる。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 72 -
松本 実祐
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
よみがな
氏
2013年度
やまざき
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
配分額
ゆか
4月
4日
283千円
山﨑 悠加
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間社会研究科・
心理学専攻・
3年
(学籍番号:
11184006)
金沢
所属学科・職
人間社会学部・教授
創
2-3 歳児における物体の単一性の知覚について
37. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
成人は壊れていない物体と同様に、物理的に分離した物体を一つのまとまりとして捉えることが知
られている。幼児は物理的に分離した物体をどのように認識しているのか。それを調べるために、日
本の幼児(2-3 歳児)に分離物体(半分に折れたフォークなど)の数を数えさせる実験を行った。分
離物体を 1 と数える場合には、成人と同様に分離物体を一つのまとまりとして捉えていると考えられ
る。一方、2 と数える場合には、分離物体のパーツを別々の対象として捉えていると考えられる。実
験の結果、日本の 2-3 歳児は分離物体を 1 と数える割合が高いことが示された。この結果から日本の
幼児は成人と同じように分離物体を一つのまとまりとして捉えることが示唆される。このようなカウ
ンティング課題に加えて、Who Has More?課題と Touch-every-X 課題を実施して、日本の幼児の物体
の個別化(individuation)について検討した。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
111 申請当初の計画・目的の達成度
112 優れた成果があがった点
113 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
日本の 2-3 歳児の物体の個別化(individuation)を検討することが本研究の目的であった。こ
れまでの研究で用いたカウンティング課題に加えて、Brooks, Pogue, & Barner(2011)で用い
られた幼児の数量的な多さの理解を探る Who Has More?課題と、幼児の every の理解を探る
Touch-every-X 課題を取り入れて実験を実施する計画を立てた。実験刺激は生物(ウサギ・ヒヨ
コ)と無生物(フォーク・スプーン)を使用した。幼児の反応は、分離物体を一つのまとまりと
して捉える Count-Combined response と、分離物体のパーツを別々の対象として捉える
Count-All response のいずれかに分類した。実験では、以下 2 つの仮説を検証した。
1.Brooks ら(2011)と同様に、日本の 2-3 歳児も、Who Has More? 課題/Touch-every-X 課
題よりもカウンティング課題で Count-Combined Response の頻度が高くなる。
2.無生物よりも生物の刺激で Count-Combined Response の頻度が高くなる。
これら 3 つの課題の実施に加えて、幼児の数の knower level を決定するための Give-N 課題
(Wynn, 1990)を新たに追加した。Give-N 課題を実施することで、年齢だけでは測れない数の
理解力を測定することができる。
実験の結果、カウンティング課題、Who Has More? 課題、Touch-every-X 課題の課題間の差
はみられなかった。カウンティング課題と Touch-every-X 課題では、無生物よりも生物で
Count-Combined Response の頻度がやや高かったが、Who Has More? 課題では差がみられな
かった。よって、仮説1については立証できず、仮説2についてはカウンティング課題と
Touch-every-X 課題でのみ Count-Combined Response の頻度が高い傾向となった。すべての条
件で Count-Combined Response の頻度がチャンスレベルよりも有意に高いことから、
日本の 2-3
歳児は分離物体を一つのまとまりとして捉えることが示唆される。Give-N 課題の結果から、日
本の 2-3 歳児は non-knower~two-knower であることがわかった。これらの結果から、日本の
2-3 歳児は数の knower レベルが低くても分離物体を一つのまとまりとして捉えると考えられる。
当初の計画通り日本の 2-3 歳児の物体の個別化(individuation)を検討する実験を実施するこ
とができた。
- 73 -
今年度の研究報告(つづき)
②優れた成果があがった点
日本の 2-3 歳児の物体の個別化(individuation)についてカウンティング課題を用いて検討し
た研究を Perceptual & Motor Skills に投稿し、現在修正中である。本文中でも引用している
University of California, San Diego(UCSD)の Language and Development Lab の David
Barner 先生から以下のような査読のコメントをいただくことができた。一点目は、申請者の実
験で刺激をモニタに呈示したことについて指摘された。刺激をモニタに呈示するとアモーダル補
完が起こるため、結果として Count-Combined Response の頻度が高くなってしまう。この問題
を改善するため、Barner 先生の研究室で行っている実験と同様に、実物体を刺激として用いて
実験することを提案いただいた。二点目は、幼児の数の knower level を決定するための Give-N
課題(Wynn, 1990)を実施するよう提案いただいた。この指摘を受けて Give-N 課題を実施した
結果、日本の幼児は数の knower level が低いことがわかった。三点目は、専門用語の使い方につ
いて指摘された。もともと「物体の単一性の知覚(perception of object unity)」という専門用語
を使用していたが、
「物体の個別化(individuation)
」という用語を使うのが適切だと教えていた
だいた。四点目は、文化差の検討について指摘された。投稿時に、先行研究で示されている北米
の幼児の結果と本研究で示した日本の幼児の結果を比較し、北米と日本で文化差があることを強
調していた。しかし、北米と日本の文化差を記述するのであれば、実際に北米の幼児のデータも
取得しなくてはならないと指摘を受けた。論文投稿をしたことで、物体の個別化(individuation)
について第一線で研究されている先生からコメントをいただき、自身の研究で誤っている点や不
足している点を知ることができた。
③今後の展望
Perceptual & Motor Skills の論文を修正することを第一に行う。David Barner 先生からのコ
メント以外にも Discussion が不足している等の問題点もあるため、一つ一つしっかりと修正に
取り組む。また、査読者のコメントをもとに物体の個別化(individuation)の研究を行う上で重
要な点をまとめる。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①雑誌論文
Yamazaki, Y., Kanazawa, S., Yamaguchi, K. Y. (Perceptual & Motor Skills に投稿し、現在修正中). Two- to three-year-old
toddler’s perception of object unity: A comparison between animate and inanimate objects
②学会・シンポジウム等での発表
なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 74 -
山﨑 悠加
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
よみがな
氏
2013年度
うえだ
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
みちこ
上田
倫子
塩崎
尚美
4月
4日
100 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間社会研究科・
心理学専攻・2 年
(学籍番号:11284001)
所属学科・職
心理学科・准教授
子育ての悩みに関する被援助志向性の探索的検討
-子育て完全主義傾向に着目して-
38. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
先行研究の中には、子育てにおいて、周囲の人々から母親としての完全性を求められていると感じ
ると、
「もっと自分がしっかりしなくては」
「周囲に頼るわけにはいかない」という考えが生まれ、そ
れによって周囲から孤立してしまったように感じると考えるものもみられる。完全主義傾向から生じ
るこのような周囲へ頼ることの難しさは、母親の被援助志向性(個人が、情緒的、行動的問題およ
び現実生活における中心的な問題で、カウンセリングやメンタルヘルスサービスの専門家、教師
などの職業的な援助者および友人・家族などのインフォーマルな援助者に援助を求めるかどうか
についての認知的枠組み)にも関係し、その特徴にも違いをもたらすのではないだろうか。
しかし、保護者の被援助志向性を理解することの重要性は指摘されているものの、幼児をもつ母親
の子育ての悩みに関する被援助志向性の下位概念を検討した研究はまだ少ないのが実情である。
以上より、本研究では幼児の母親がもつ完全主義傾向の高低ごとに被援助志向性を探索的に検討す
ることを目的とする。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
114 申請当初の計画・目的の達成度
115 優れた成果があがった点
116 今後の展望
① 申請当初の計画・目的の達成度
申請当初の計画・目的は、次の二点であった。
まず一点目としては、子育て完全主義傾向や子育ての実態について更なる理解を深めることを
目的に、修士論文の内容をまとめ、論文を 1 本執筆し、雑誌等への投稿を目指すという計画であ
った。
この計画に基づき、修士論文の内容のうち、現代の子育ての実態と子育て不安に着目し、『幼
児をもつ母親の子育て状況と子育て不安との関連』としてまとめ、日本女子大学 人間社会研究
科紀要 第 20 号に投稿、掲載となった。
その他にもう 1 本、同じく修士論文の内容のうち、子育て完全主義傾向に着目し、『子育て完
全主義傾向が子育てにおける不安・抑うつ感へ及ぼす影響-インターネットによる情報収集行動
に着目して-』としてまとめた。こちらに関しては、投稿を目指して、現在修正を行っている段
階である。
二点目としては、研究で使用する質問紙を作成、予備調査を行い、それをもとに最終的な質問
紙を作成して、本調査を実施するという計画であった。
この計画のうち、2013 年度は予備調査前の質問紙作成までとなった。作成した質問紙につい
て、具体的には、まず、対象者や配偶者・家族状況についての複数の質問、次に、子育て完全主
義傾向尺度(三重野・濱口,2005)
、最後に、身近な他者と専門機関それぞれに対する被援助志向
性を自由記述方式で尋ねる、という構成とした。なお、被援助志向性を尋ねる質問については、
幼児をもつ母親の被援助志向性を探索的に検討した本田ら(2009)に倣う形とした。
2013 年度は一点目に挙げた論文執筆に特に比重を置き、執筆する本数を当初の予定より増や
すなどした。こちらについては、論文 1 本執筆して投稿するという計画を遂行できたと言える。
一方、論文執筆に時間を割いたこともあり、二点目について計画通りとはならなかったことが
反省すべき部分であると言える。
- 75 -
今年度の研究報告(つづき)
② 優れた成果があがった点
修士論文の内容のうち、現代の子育ての実態と子育て不安に焦点を当てて着目し、結果に対し
てより詳細な検討・考察を行い、
『幼児をもつ母親の子育て状況と子育て不安との関連』として
まとめた。
この論文を通して、子育て環境を見直す政策動向によって以前よりも働きながらの子育てが幾
分しやすくなっている可能性や、子育て情報収集の際にインターネット閲覧という方法をとるこ
とは子育て不安と相互に関連している可能性が明らかになった。本研究を進める上で理解が不可
欠な、現代の子育ての実態について、検討が進んだと言える。
さらに、対象者である母親の子育ての主な相談相手が誰であるかによって子育て不安の高さが
異なるかについても検討したが、子育ての相談相手が誰であるかという点は、子育て不安との関
連においてさほど重要ではない可能性が明らかとなった。この結果を通し、今後の課題として、
相談相手について単に「配偶者」
・
「親」といった客観的に見た関係から捉えるのではなく、対象
者の視点に立ち、相手についてどのように感じられる存在なのか、相談相手とのより具体的な関
係性に着目して考える必要性が挙げられた。今後進めていく本研究では、身近な他者と専門機関
に対する被援助志向性を自由記述方式で尋ね、被援助志向性を探索的に検討する予定であるが、
対象者の生の声に触れることができるそういった方法をとることの意義を、2013 年度にまとめ
た論文を通して改めて確認することができたと言える。
③ 今後の展望
今後、論文の執筆・投稿については、現在修正中である『子育て完全主義傾向が子育てにおけ
る不安・抑うつ感へ及ぼす影響-インターネットによる情報収集行動に着目して-』の論文を完
成させ、雑誌:家族心理学研究への投稿を目指すこととする。投稿できるレベルの論文として改
めてまとめることにより、本研究で扱う大きなテーマの一つである子育て完全主義傾向について
更なる理解を深めることを目的とする。
それと並行して、本研究そのものについても進める。2013 年度の反省を生かし、次年度は本
研究の調査・分析を行うことに重点を置くこととする。対象者は幼児をもつ母親のため、複数の
幼稚園または保育園の協力を得る必要がある。そのため、まずは協力を得られる幼稚園・保育園
を探す。次に、作成した質問紙を用いて予備調査を実施、結果をもとに調査内容の検討、最終的
な質問紙の作成を行う。そして、本調査を実施し、結果を分析、まとめていくこととする。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①
雑誌論文、図書
上田倫子・塩崎尚美. 幼児をもつ母親の子育て状況と子育て不安との関連.
日本女子大学 人間社会研究科紀要. 第 20 号. 2014. 143-160.
②
学会・シンポジウム等での発表
なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 76 -
上田 倫子
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
さくらい
よみがな
氏
名
櫻井
指導教員
研究課題名
※40 字以内
飯長
えみ
英未
喜一郎
4日
100 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
4月
人間社会研究科・
心理学専攻・博士課程後期 2 年
(学籍番号:11284002)
所属学科・職
心理学科・教授
自尊感情の揺れ動きに影響を与える要因の検討
39. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
近年、自尊感情を高(high)―低(low)の次元だけでなく、安定(stable)―不安定(unstable)の次元
を含めて検討することの重要性が議論されるようになってきている。その時々の状況や刺激によ
って自尊感情は揺れ動くものであると考える「自尊感情の変動性」という視点から見るとき、自
尊感情の揺れ幅が小さく、安定的であるということが精神的健康や適応の指標となると考えられ
ている。これまで自尊感情の変動性を扱った研究では、状態的な自尊感情がどの程度揺れ動くか
ということに焦点が置かれ、特性的な自尊感情の高さは考慮されていなかった。それを受け、本
研究では、日常生活の中で自尊感情が状態的に上がる、下がるといった揺れ動きのプロセスにつ
いて模索し、その状態的な自尊感情の揺れ動きに特性的な自尊感情のレベルがどのように寄与し
ているのか、さらに、状態的な自尊感情の揺れ動きのプロセスに影響を与えている要因にはどの
ようなものがあるのかを検討することを目的とし、研究を行ってきた。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
117 申請当初の計画・目的の達成度
118 優れた成果があがった点
119 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
本研究の目的は、状態的な自尊感情の揺れ動きのプロセスや、状態的な自尊感情の揺れ動きに
関わる要因について、特性的な自尊感情のレベルの影響についても考慮しながら検討していくと
いうことである。この研究課題については、まだ研究の初期段階であり、これまでに多くの研究
が積み重ねられているとは言えない状況である。したがって、量的研究法、質的研究法の両方の
研究手法を用い、多角的な視点からの検討を重ねていくことで、自尊感情の揺れ動きのプロセス
についての仮説生成に繋げていければと考えている。そこで、2013 年度は、博士課程前期にお
いて行った調査の中から、自尊感情の高さおよび変動性との関連が考えられる、自己受容、被受
容感、被拒絶感との関係について扱った部分について、量的研究法を用いて検討するというとこ
ろを研究課題として実施した。
②優れた成果があがった点
2013 年度の研究成果としては、前述した、自尊感情の高さおよび変動性と自己受容、被受容
感、被拒絶感の関係について検討を行い、論文にまとめたことが挙げられる(「自尊感情の高さ
および変動性に関する研究―自己受容、被受容感、被拒絶感との関係から―」 日本女子大学大
学院人間社会研究科紀要 20,129-142)
。本研究では、自尊感情の高さおよび変動性と自分自身を
受けいれることである自己受容、さらに他者から受けいれられているという感覚である被受容
感、他者から拒絶されているという感覚である被拒絶感の関係について検討を行った。調査の手
続きとしては、自尊感情尺度、自己受容尺度、被受容感・被拒絶感尺度からなる質問紙調査を実
施し、その後さらに自尊感情の変動性を測定するために、7 日間に渡って毎日、携帯電話のメー
ル機能を用いて自尊感情尺度の測定を行った。この7日間の自尊感情得点の標準偏差を算出し、
自尊感情の変動性得点とした。質問紙調査およびメール調査の全データが揃った 100 名を本研究
の対象とした。その結果、自尊感情の高さ(レベル)が高い者は自己受容および被受容感が高く、
被拒絶感が低いということが明らかになった。一方で、自尊感情の変動性の高・低では自己受容、
被受容感、被拒絶感の得点に有意な差が認められなかった。したがって、自己受容、被受容感、
被拒絶感の程度には、自尊感情の変動性ではなく、自尊感情の高さ(レベル)が関わっている可能
- 77 -
今年度の研究報告(つづき)
性が示唆された。
本研究の結果からは、短期的なタイムスパンでの自尊感情の揺れ動きの程度は自他からの受容
の程度とは直接的には関係していないことが考えられた。しかし、特性的な自尊感情のレベルと
短期的なタイムスパンでの自尊感情の変動性がどのように関係しあい、どのような位置づけのも
とに成り立っているのかという点については今回明らかになっていない。自他からの受容と直接
的な関係を持つ特性的な自尊感情の高さと、自尊感情の変動性がどのような関係性を持っている
のかという点については今後さらなる検討が必要であると考えられる。
そこで、論文にまとめた研究の結果を受けて、特性的な自尊感情のレベルと自尊感情の変動性
がどのような関係性を持っているのかということについて検討をおこなっていくためには、どの
ような方法が妥当であるのかということについて、改めて検討していく必要性が明らかとなり、
これについては、現在も引き続き検討を行っているところである。特性的な自尊感情のレベルと
自尊感情の変動性の関係については、これまでに研究の蓄積が少なく、丁寧に検討していくこと
が必要となるため、今後の課題として引き続き検討を重ねていくつもりである。
③今後の展望
今後の課題としては、前述した通り、特性的な自尊感情のレベルと自尊感情の変動性の関係に
ついてどのように扱っていくのがよいのかということを改めて検討していく必要があるという
ことが第一に挙げられる。この特性的な自尊感情のレベルと自尊感情の変動性の関係についての
検討を目下の研究課題として取り組んでいきたいと考えている。
日常生活の中で、自尊感情が上がる、下がるといった揺れ動きのプロセスについて、2013 年
度はまず量的研究法の研究手法を用いて検討するところから始めた。この研究によってさらなる
研究課題が明らかとなり、今後の課題として前述したところを取り組んでいく所存である。しか
し、さらに自尊感情の揺れ動くプロセスをより鮮明に描き出すためには、量的にデータとして扱
っていくことだけでは難しさがあるということも考えられる。そこで、自尊感情の揺れ動きの体
験を語ってもらい、それを質的に分析していくという質的研究法を用いた検討を行っていくこと
も必要であると考えている。今後は量的研究の再検討と併せて、質的研究法を用いた研究計画の
実施を実現していくことも考えていきたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①雑誌論文、図書
櫻井英未. (2013). 女子大学生の自己受容および他者受容と精神的健康の関係. 日本女子大学
大学院人間社会研究科紀要,19,125-142.
櫻井英未. (2014). 自尊感情の高さおよび変動性に関する研究―自己受容、被受容感、被拒絶感
との関係から―. 日本女子大学大学院人間社会研究科紀要,20,129-142.
②学会・シンポジウム等での発表
なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 78 -
櫻井 英未
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
期
間
2013年度
いなだ
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
配分額
ゆうな
稲田
祐奈
金沢
創
成果報告書
4月
100
千円
11 日
人間社会 研究科・
心理学 専攻・
1年
(学籍番号:11384001
)
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
所属学科・職
2014 年
心理学科
教授
幼児における嗅覚弁別能力の検討
40. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
修士課程から継続して行ってきた乳児を対象とした視覚と嗅覚の連合の形成に関する実験か
ら、匂いになじみがあるか否かが乳幼児の匂いの知覚に影響することが示唆された。そこで、な
じみがあると考えられる可食性のあるものの匂いに着目して、幼児を対象に実験を行いたいと考
えている。
可食性のあるものの匂いを用いて実験を行った De Wijk と Cain(1994)は、8-14 歳児が匂いの
可食性を正しく評価できることを示した。しかし、発達段階のいつ匂いの可食性がわかるように
なるかは明らかになっていない。そこで本研究では、可食性の有無の匂いの同定への影響を発達
的に検討することを目的として実験を行った。
2.2014 年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
120 申請当初の計画・目的の達成度
121 優れた成果があがった点
122 今後の展望
① 申請当初の計画・目的の達成度
当初の計画では、本研究を実施完了し、発表を重ね、論文化までを 2013 年度中の目標として
いたが、実験遂行中の刺激の変更等、修正箇所が多く出てきたため、2013 年度中の実験完了は
できなかった。しかし、学会等で発表し、多くの貴重な意見を得たため、それらを考慮し 2014
年度もこの研究を継続して行う予定である。2013 年度の成果を以下に記す。
本研究では、4-5 歳児の匂い同定における可食性の効果を検討した。匂い同定に対する年齢、
性差、可食性の効果を検討した研究では、成人、前期高齢者、後期高齢者の 3 群の被験者に対し、
32 種類の嗅覚刺激を 4 肢強制選択で同定させた(Fusari et al.,2008)。その結果、成人群で非可
食性の匂いよりも可食性の匂い同定の正答数が多かったことから、匂い同定に対する可食性の効
果が示された。本研究では、4-5 歳児においても匂い同定に対する可食性の効果が見られるかを
検討した。実験では、4-5 歳児に可食性の匂い 5 種類、非可食性の匂い 5 種類の計 10 種類の嗅
覚刺激をランダムな順番で呈示し、それぞれの匂いの対象が描かれた 10 枚のカードから嗅覚刺
激と一致するイラストを選択させた(表 1)。
表 1.実験で使用したイラストカード
可食性
非可食性
- 79 -
2014 年度の研究報告(つづき)
② 優れた成果があがった点
個人ごとに可食性の匂いと非可食性の匂い
(各 5 種類)の正答率を算出した(図 1)。全実験
参加者(n=5)の可食性の匂いの平均正答率と
非可食性の匂いの平均正答率をマン・ホイッ
トニーの U 検定により比較した結果、有意水
準 5%のもとで、両群の中央値には有意な差
が認められ(p=.038)、4-5 歳児においても匂い
同定に対する可食性の効果が示された。
図 1.可食性の匂いと非可食性の匂いの正答率の比較
③ 今後の展望
4-5 歳児は非可食性の匂いに比べ、可食性の匂い同定が容易であったが、匂いの対象(イチゴの
匂いであればイチゴそのもの)が理解できているかを確認したところ、4-5 歳児には理解できてい
ない非可食性の匂いの対象(石けん,クリーム)があった(図 2)。このため、今後非可食の匂いにつ
いて嗅覚刺激の種類を再検討する必要があると考えている。さらに、本研究は、4-5 歳児も非可
食性の匂いに比べ、可食性の匂い同定が容易で
あったことを示したが、同様の嗅覚刺激で成人
も同じ傾向が示されるかは確認していないた
め、成人を対象とした実験も行う必要があると
考えている。
その他、本実験から得られた結果を別の視点
から分析する必要があると考えている。課題の
結果 4-5 歳児がどのように同定に失敗したかを
見ることで、4-5 歳児がどの匂いを似ていると感
じるかについても明らかにできる可能性があ
図 2.匂いの対象を理解していた人数
る。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① なし
②
・稲田祐奈・作田由衣子・和田有史・國枝里美・金沢 創・山口真美 (2013 年 5 月 25 日‐26 日)
乳幼児における食物の視覚的選好. 日本赤ちゃん学会第 13 回学術集会(九州大学)(査読付)
・稲田祐奈・和田有史・楊 嘉楽・國枝里美・金沢 創・山口真美 (2013 年 9 月 15 日‐16 日). 幼
児の匂い同定における可食性の効果.日本赤ちゃん学会若手部会合宿(査読なし)
・稲田祐奈・和田有史・楊 嘉楽・國枝里美・金沢 創・山口真美 (2013 年 12 月 5 日‐6 日). 4-5
歳児の匂い同定における可食性の効果.日本赤ちゃん学会 12 回学術集会(玉川大学)(査読付)
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 80 -
稲田 祐奈
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
しみず りよ
よみがな
氏
清水 里容
名
鵜養 美昭
指導教員
研究課題名
※40 字以内
配分額
4月
3日
100千円
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間社会研究科・
心理学専攻・ 1年
(学籍番号:11384002)
所属学科・職
心理学科・教授
教師のメンタルヘルスケアについての検討
41. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
日々深刻化する教師の現状を受け、学校コミュニティにおける心理職は研修会や講演を通して、
教師同士の“支え合い”を促進するように働きかけることが必要となっている。教員集団に入っ
た心理職が教員相互の支え合いを活性化し、対人トラブルが起こる事を防ぐことで、学校機能は
うまく機能することとなり、これは学校臨床において非常に重要なことである。そこで本研究で
は教師を調査対象として、援助要請することや援助することへの意識を変革し、教師自身の対人
コミュニケーション力の養成、さらには“支え合う”ことのできるコミュニティの開発を目的と
したグループワークについての検討を行う。アイスブレイキングにより対人緊張を弱め、学年や
学校全体でのコミュニケーションを円滑にすることや、ロールプレイにより相手の立場を体験す
ることでどのような働きかけが効果的か検討することもできると考えられる。ただし、グループ
ワークを行うためにそのコミュニティにどのような力動が存在するのか、どの程度のワークを行
うことができるのかということについてはしっかりと専門家としてアセスメントすることが必要
になると考えられる。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
123 申請当初の計画・目的の達成度
124 優れた成果があがった点
125 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
本年は【学校コミュニティにおける心理職が教師に対して実際にどのようなアプローチを行っ
ているか】ということについての予備調査を行った。当初の計画では、教師自身が援助要請する
ことや援助することへの意識を変革し、教師自身の対人コミュニケーション力の養成、さらには
“支え合う”ことのできるコミュニティの開発を目的としたグループワークについての検討を行
う予定であった。しかし、まず実際に研修などを担うことになる学校コミュニティおける心理職
が、学校現場において実際にどのような働きかけを行っているのかということを把握し、検討す
ることが必要であると考えられた。
②優れた成果があがった点
【学校コミュニティにおいて教師と関わる心理職への予備調査】
・予備調査1:学校コミュニティで働く心理職への聞き取り
予備調査1では、
「小学校教師と関わる上で配慮している点について」というテーマで自由に話
をしてもらった。この結果が以下の表1である。
表1.予備調査の結果
対象者
職業
勤続
年数
A
教育相談員
1
B
スクール
カウンセラー
1
C
スクール
カウンセラー
1
D
教育相談員
1
回答
・まどろっこしく話さない(単刀直入
に言う)
・先生の心配事などをとりあえずその
先生が話したいだけ聞く
・お忙しい上に、先生方からは話かけ
にくいようなので、タイミングを見計
らって、こちらから話しかける
・端的にポイントを絞ってお伝えする
- 81 -
・心理職としての専門性を重視
する
・教師の専門性を尊重する
・先生と生徒の関係性をほめる
・具体的アドバイスを心が
ける
・学校行事や先生方との飲み会
などに積極的に参加する
・分かりやすいことばで見
立ての内容を伝える
・心理以外でもわかるように専
門用語などを避けて伝える
・教師の専門分野である指
導などについて教師の意
見を尊重する
この予備調査から学校コミュニティにおける心理職は、教師の専門性というものを考え、配慮
していることがわかった。さらに、教師の実態(多忙のため時間に余裕がない、教育に関する知
識はあるが心理的な問題に関しては特に学んできていない等)に即した関わりを行うことに配慮
していることがわかった。
・予備調査2:具体的な事例について
予備調査1で挙げられた特徴について、具体的なエピソードの含まれた事例を提示してもらった。
【事例 A】
知能検査などの心理検査の結果を教師に対して説明を行う際に、数値が示す子どもの特徴から、
心理職として具体的にその子が困るであろう場面についてポイントを絞って説明を行った。その
結果、教師の方でも実際の指導中に当てはまる場面があり、
「非常にわかる。その通りだと思う」
と検査結果に納得することが出来た。さらに、心理職から子どもの得意なこと、苦手なことにつ
いて整理してお伝えすると、得意なことを活かした具体的な指導案を教師の側から提示してくれ
た。
この事例においては、知能検査に関する知識という心理職の専門性と、指導を考えるという教
師の専門性がどちらも尊重され、非常に効果的な連携を行うことができたと考えられる。上記の
予備調査1で示された、教師の専門性への配慮が学校コミュニティへ働く心理職として重要であ
ることがこの事例から窺えた。
【事例 B】
不登校状態にある児童について、心理職という専門的な立場からの見立てをお伝えした。どう
して現在、学校を休んでいるのか、欠席することがその子どもにとってどのような意味があるの
かを説明した。その際に、専門用語を多用することなく、教師にもわかりやすい表現でお伝えす
るようにした。さらに、どのような働きかけが効果的かを伝え、教師が実際に行える働きかけを
一緒に検討した。その結果、学習面のサポートを教師が、心理面のサポートを心理職が、役割分
担して行っていくこととなった。
この事例においては、不登校状態に対する心理的な見立てを教師に伝えることで、子どもの状
態に対する心理的な理解を促すことにつながったと考えられる。心理的な問題については専門で
ないという教師の実態に配慮をし、わかりやすい表現で伝えることが重要であることがこの事例
から窺えた。
③今後の展望
今回の予備調査では「教師に対して学校コミュニティで働く心理職がどのようにアプローチす
ることが効果的か」ということに焦点化し、研究を深めてきた。実際の事例を検討すると、心理
職が専門的知識を伝えることで、<教師本来の業務>を支えることとなっており、教師のメンタ
ルヘルスに間接的なサポートとなっていることが考えられた。
そして、これまでの研究で得られた知見は学校コミュニティで活動する心理職にとっては非常
に重要なものである。そのため、今後は研修などを通して、これらの知見を学校コミュニティで
働く心理職に伝えていくことが必要であると考えられる。また、研修の効果測定を行うことで、
その研修のあり方についても検討していきたい。さらに、学校コミュニティ特有の効果的なアプ
ローチ方法の検討をすすめ、心理職と教師の協働の在り方についても考察していきたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と記
入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①なし
②学会・シンポジウム等での発表
・日本コミュニティ心理学会 第 16 回大会 自主シンポジウム
2013 年 8 月 10 日(土) 慶應義塾大学 日吉キャンパス
テーマ:
「コミュニティ心理学研究は人助けになるか?
―研究とコミュニティ介入の両立―」
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 82 -
清水 里容
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
よしもと
よみがな
氏
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
さなえ
吉本
早苗
竹内
龍人
所属学科・職
4日
100 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
4月
人間社会研究科・
心理学専攻・博士課程後期 1 年
(学籍番号: 11384003 )
人間社会学部心理学科・教授
薄明視下の視知覚変容に関する実験心理学的研究
42. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
私たちが日常で遭遇する環境の明るさは 1011という大きな範囲で変化している。視覚を担う個々の
視細胞のダイナミックレンジはせいぜい 102程度であるため、錐体系と桿体系という 2 つのシステム
が環境光の変化に対応している。環境光レベルに基づく視機能は、錐体のみが機能する明所視、錐体
と桿体が同時に機能する薄明視、そして桿体のみが機能する暗所視に分類される。薄明視下の視知覚
はダイナミックレンジや時空間特性が異なる錐体と桿体双方から出力された視覚情報の統合の結果も
たらされるという複雑性故に、視知覚に関する研究は極めて少なく、未解明な点が多い。当該研究で
は、環境光レベルに依存して大きく変容し得る運動知覚に着目し、薄明視下の視知覚がどのようにも
たらされるか実験心理学的に推定することを目的とした。薄明視における視知覚変容の実態に迫るこ
とで、錐体と桿体が同時に機能する時の視覚情報の時空間的な統合過程/仕組みの解明に繋がると期
待される。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
126 申請当初の計画・目的の達成度
127 優れた成果があがった点
128 今後の展望
①申請当初の計画・目的の達成度
申請当初の計画では、薄明視における視知覚変容を運動する視覚パターンを用いた心理物理実験に
より定量的に評価し、薄明視下の視覚情報の時空間的な統合過程を明らかにすることを目標とした。
多義運動パターンにおける見かけの運動方向判断から、錐体経路と桿体経路における情報伝達の速度
差が運動知覚をもたらす視覚情報の時空間的統合に影響することを示した。この点で、申請当初の目
的を達成していると思われる。さらに本年度は、当該研究目的を達成する上で必要であると判断し、
当初予定していなかった視覚情報の統合に関する座標系の問題を検討した。その結果、高次な視覚情
報の統合が生じる座標系が錐体と桿体の時空間特性の違いによる影響を受けることがわかった。得ら
れた研究成果の内、いくつかはすでに査読付論文として 2 報刊行され[2][3]、その他に現在投稿中の論
文が 1 報ある[5]。以上から、研究はおおむね順調に進展したものとみなすことができる。
②優れた成果があがった点
優れた成果として、本年度は以下の 2 点が挙げられる。
(1)視覚運動プライミングという現象を利用し、環境光の
変化に伴う運動知覚の変容過程を検討した。視覚運動プライ
ミングとは、先行刺激により後続の運動方向が曖昧な多義運
動テスト刺激の見かけの運動方向が一義に定まる現象であ
る。この現象は、局所的な運動情報の時空間的な統合により
生じる。そのため、様々な環境光下でプライミングの効果を
推定することにより、運動情報の統合過程を明らかにするこ
とが可能となる。明所視/暗所視下ではテスト刺激の運動方
向が先行刺激と逆方向のものとして知覚されるプライミン
グの効果がみられる一方で、薄明視下ではプライミングの効
果が消失することを見出した(右図)。この結果は、錐体と
桿体における時間応答の速度差が運動知覚をもたらす視覚
情報の時空間的統合に影響することを示している[3][9]。
- 83 -
今年度の研究報告(つづき)
(2)視覚運動プライミングにおいて、
テスト刺激の運動方向知覚が先行刺激
と逆方向の場合は低次運動検出機構が
関与し、同方向の場合は高次運動検出
機構が関与する。この性質を利用し、
運動検出機構が機能する座標系と環境
光レベルの関係を調べた。その結果、
明所視下では網膜上の位置関係に基づ
く網膜座標で逆方向のプライミング効
果がみられ、実世界を中心とした環境
座標で同方向のプライミング効果がみ
られた。この結果は、低次運動検出機
構は網膜座標系で機能し、高次運動検出機構は環境座標系で機能することを示している[2][4]。
本研究発表により日本視覚学会ベストプレゼンテーション賞[7]ならびに日本基礎心理学会優秀
発表賞を受賞した[8]。また、暗所視下では明所視下と同様の結果が得られたが、薄明視下では環
境座標においてプライミングの効果が消失した(上図)。この結果は、錐体と桿体の時空間特性
の違いにより環境座標系の構築が不完全になることを示している。
③今後の展望
当該研究によって得られた以上の研究成果に関しては、今春国際学会における発表が決定して
いる[6]。また、現在米国の学術雑誌へ投稿中のものを含め[5]、査読付論文(2 報)としてまとめ
ることを目標としている。
本年度は、視覚情報の統合過程として、時間的に前の情報が後に提示された視覚パターンの視
知覚変容をもたらすプライミングの効果を検討したが、時間的に後の情報が前に提示された視覚
パターンの視知覚変容をもたらす遡及的変容に関しては検討していない。薄明視下で桿体経路を
介する情報入力に遅延が生じるのであれば、それより後の視覚情報が遅延の生じない錐体経路を
介する場合、視知覚が遡及的に変容する可能性がある。この問題は博士論文の中核を担う重要な
側面の一つになり得るため、今後検討する。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①雑誌論文、図書
[1]
[2]
[3]
[4]
[5]
Yoshimoto, S., Imai, H., Kashino, M., & Takeuchi, T. Pupil response and the subliminal mere exposure
effect. PLoS ONE, 9(2): e90670, 2014, pp. 1–8(査読有)
Yoshimoto, S., Uchida-Ota, M., & Takeuchi, T. The reference frame of visual motion priming depends on
underlying motion mechanisms. Journal of Vision, 14(1): 10, 2014, pp. 1–19(査読有)
Yoshimoto, S., & Takeuchi, T. Visual motion priming reveals why motion perception deteriorates during
mesopic vision. Journal of Vision, 13(8): 8, 2013, pp. 1–21(査読有)
吉本早苗「運動検出機構の座標依存性」日本女子大学大学院人間社会研究科紀要, 20, 2014, pp. 173–187(査
読無)
Yoshimoto, S., Uchida-Ota, M., & Takeuchi, T. The reference frame of visual motion priming under low
light levels(under review)
②学会・シンポジウム等での発表
[6]
[7]
[8]
[9]
[10]
Yoshimoto, S., Uchida-Ota, M., Okajima, K., & Takeuchi, T. Deterioration of visual motion perception in
mesopic vision. Vision Sciences Society, May 17, 2014, St. Pete Beach, USA(accepted)
吉本早苗・内田(太田)真理子・竹内龍人「運動検出機構における網膜座標および環境座標依存性」日本視
覚学会 2014 年冬季大会, 2014 年 1 月 24 日, 工学院大学(口頭発表)ベストプレゼンテーション賞
吉本早苗・内田(太田)真理子・竹内龍人「運動検出メカニズムが機能する座標系の検討」日本基礎心理学
会第 32 回大会, 2013 年 12 月 8 日, 金沢市文化ホール(ポスター発表)優秀発表賞(内定通知)
吉本早苗・竹内龍人「薄明視における運動知覚―錐体・桿体の応答速度差が及ぼす影響―」日本心理学会第
77 回大会, 2013 年 9 月 21 日, 札幌コンベンションセンター(ポスター発表)
竹内龍人・吉本早苗「なぜ色残像は輝度輪郭により増強されるのか?」日本心理学会第 77 回大会, 2013 年
9 月 21 日, 札幌コンベンションセンター(ポスター発表)
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 84 -
吉本 早苗
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年 4 月 4 日
期
間
よみがな
氏
2013年度
もりした
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
森下
かな
佳菜
水野 僚子
283 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
人間社会研究科・
相関文化論専攻・3 年
(学籍番号: 11185002 )
所属学科・職
文化学科・准教授
十八世紀における禅宗寺院の復興運動と芸術活動に関する研究
―若冲初期作品を中心に―
43. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
本研究は、伊藤若冲(1716-1800)の初期作品研究を端緒とし、十八世紀の京都禅宗寺院および禅
僧の活動が与えた絵師や作品への影響について明らかにすることを目的とした。今年度の研究では、
伊藤若冲筆「髑髏図」
(臨江寺蔵)を中心に作品分析を行った。若冲の独創的な画風・様式が形成され
る過程において、禅僧・禅宗寺院がいかに関わり、作品に影響を与えていたのか考究し、さらに同時
期の絵師による同じモチーフが描かれた作例や、当時の文化史および宗教史的背景等にも広く目を向
け、十八世紀京都における禅宗寺院の動向がもたらした芸術への影響に関して解明を行った。
報告者はこれまで、伊藤若冲の画業前半期に注目し、中でも、鹿苑寺大書院障壁画の制作背景に関
しては、十八世紀京都の芸術文化を盛り上げた煎茶中興の祖・売茶翁を中心とする文人サークルとの
関係性があったこと、当時活発化した禅宗寺院の復興運動と連動していたこと等を示す具体的な根拠
を見出している。本研究では、このような成果を踏まえ、十八世紀京都画壇における制作環境の一端
を明らかにすべく、特に禅宗との関係が深い伊藤若冲に注目し、研究を行った。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
129 申請当初の計画・目的の達成度
130 優れた成果があがった点
131 今後の展望
①今年度の計画は、伊藤若冲筆「髑髏図」(臨江寺蔵)を中心とした作品分析を、当時の文化
的・宗教的状況にも注目しながら行い、禅僧が着賛した若冲絵画および禅宗寺院所蔵の若冲絵画
を抽出し、絵師と禅僧・禅宗寺院の相関関係について具体的に検証していくことを目的とした。
今年度の研究計画を遂行した中で特筆すべきは、臨江寺所蔵の「髑髏図」(以下、臨江寺本)
を実際に寺院において実見・調査する機会が得られたことである。それによって、臨江寺本の描
法や形式、保存状態といった、図版では読み取ることができない、画面上の詳細な情報を知るこ
とができ、作品分析を行う際の重要な基盤となり、作品研究が大きく進展した。
また、若冲の版画による「髑髏図」
(数点現存する)のうちの一点が展覧会で公開されたため、
大阪の和泉市久保惣記念美術館において熟覧することができた。その他にも、若冲と同時代の髑
髏図および骸骨図(円山応挙、長澤芦雪、原在中)を含め、京都を中心とした関西圏での資料収
集、史料調査を行った。これらは、臨江寺本との比較検討を行う際の重要資料として活用し、若
冲画における臨江寺本の特質や、十八世紀京都画壇における「髑髏図」の様相を明らかにするこ
とができた。
一方、禅僧着賛あるいは禅宗寺院所蔵の若冲絵画をデータベース化する作業においては、今年
度中に完了することができず、まだ作業途上である。そのため、来年度も引き続き行うこととし
たい。しかしながら禅僧着賛の若冲絵画については、作業を行う中で、若冲研究における新たな
問題点を見出した。それは、禅僧はじめとする賛者による詩歌が付された若冲絵画が多く現存す
るにもかかわらず、絵画と賛の相互関係が見過ごされている点である。従来の若冲研究では、若
冲の独創性あふれる画風・様式に目を奪われるあまり、着賛された画であるにも拘わらず、賛の
意味内容までそれほど関心が払われず、画面先行の研究が行われてきたといえる。だが、着賛画
の作例については、賛の内容と図像の両者が結びつくことによって初めて意味を帯びてくるので
ある。今後の課題として、いま一度、賛(テキスト)とイメージの関係性に重点を置き、再検討し
ていくべきと考える。
以上のように、データベース化は、今年度内において達成できなかったが、臨江寺本の作品分
析に関しては、その成果を学会等での口頭発表あるいは公刊論文等で発表する予定である。
- 85 -
今年度の研究報告(つづき)
②今年度の研究では、臨江寺における若冲の「髑髏図」の調査を実施できたことが最も大きな
成果として挙げられる。臨江寺本は、
『伊藤若冲大全』
(京都国立博物館編・狩野博幸解説、小学
館、2002 年)に近年新出の作例として掲載されながら、これまでの若冲研究において注目される
ことなく、また保存上の理由によって展覧会等で公開されることがなかった経緯もあり、いまだ
解明されていない状況だった。しかしながら、この作品は、髑髏二体のみが写実的に描かれてい
ること、天龍寺の僧・桂洲道倫の賛が書されていること、京都・大徳寺の末寺である臨江寺に伝
来していること、類似の作例として版画の「髑髏図」が数点現存していること等、非常に興味深
い点が多く注目すべき作品といえる。それにも拘わらず、従来詳しく論じられずにきたのである。
本研究の臨江寺本の調査では、画面の細部に至るまで詳細に熟覧できたため、本作品が若冲の
画業前半期に相当する比較的早い時期であることを確認した。賛についても、後から賛を付した
ものではなく、画と賛との相互性が高いことから、絵師と禅僧(画と賛)の共同制作を前提とし
て本作品が制作されたことがうかがえた。また、『伊藤若冲大全』において、臨江寺本の形状を
「絹本著色」と表記されているが、実際には「紙本著色」であることが本調査によって判明した。
以上のように、臨江寺本の実見調査を実施・遂行できたことによって、図版のみでは知り得な
かったことが明らかとなり、作品分析を行う重要な基盤となった。
③今後は、今年度内に達成できなかったデータベース化を完成させ、同時に①で前述したよう
に、新たに見出した課題にも併せて取り組み、新知見は学会等で報告したいと考える。画題や形
状などを分類・整理したうえで、とくに賛の内容の読み込みに力を入れ、画との相互関係を検討
していきたい。このような作業に基づきながら、禅僧・禅宗寺院との関係性や、それらが与えた
若冲絵画への影響を分析・考察していくこととしたい。また、同様の観点から十八世紀京都画壇
と禅僧・禅宗寺院の相関関係についても分析していく。その際にも、データベースを作成し、画
題の傾向や賛の内容をそれから読み取り、特質や若冲絵画との関連を見出すことを目指したい。
そして、先述の若冲研究での結果と照らし合わせ、寺院や絵師の動向を示す史料調査も行ったう
えで総合的に分析を行う。これらの分析を通して、十八世紀における詩と絵画の関係性や、賛者
(禅僧)と絵師の共同制作を行う意義、禅僧・禅宗寺院が芸術にもたらした影響を解明していきた
い。なお、本年度の成果は現在執筆中の博士論文の一部となるが、今後調査を進め、十八世紀の
絵師の活動を中心に芸術に関わる動向に広く目を向け、博士論文をまとめていきたいと考える。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と
記入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
①〈雑誌論文〉
・森下佳菜「十八世紀における禅宗寺院の復興運動と芸術活動に関する研究-若冲初期作品、とく
に「髑髏図」に注目して-」
(『鹿島美術研究』 31 号 2014 年刊行予定)
②現在検討中
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
- 86 -
森下 佳菜
日本女子大学大学院学生特別研究奨励金
成果報告書
2014 年
期
間
2013年度
よみがな
氏
やすみ
あきか
安見
明季香
名
指導教員
研究課題名
※40 字以内
(前期)馬渕
(後期)及川
明子
茂
14 日
100 千円
配分額
在籍研究科・
専攻・学年・
学籍番号
4月
人間社会研究科・
相関文化論専攻・博士課程後期1 年
(学籍番号:
11385001
)
所属学科・職
文化学科・教授
近代インド美術における日本画の受容
44. 研究の概要
当該研究の概要を 400 字程度で簡潔に記述してください。
(様式改変・追加不可。以下同様)
独立運動が激化した19世紀のインドでは、西洋、特に宗主国イギリスからもたらされたものを
拒否し、自分たちの文化や伝統を見直そうとする動きが国中に広がっていた。これはベンガル・
ルネサンスと呼ばれ、その分野は言語、歴史、宗教、伝統、産業など多岐にわたる。芸術も勿論
例外ではなかった。特に絵画においては、西洋風の遠近法を用いた写実的な表現を学び、それを
自らのスタイルとした画家達と、インド伝統の技法や様式を使って新しい、よりインドらしい表
現を求めた画家達との間で対立が起こった。
アバニンドラナート・タゴールもインド人としての独自の表現を探求した画家の一人であった。
彼は興味深い事に、近代日本画の技法を自らの作品に取り入れており、どのような点で、日本画
の表現が取り入れられる事になったのか、また、どのように受容されたのかについて、深く追求
して行く。
2.今年度の研究報告
図表も含めてよいので、以下の①~③についてわかりやすく記述してください。
132 申請当初の計画・目的の達成度
133 優れた成果があがった点
134 今後の展望
① 今年度は修士論文に引き続き、近代インド美術における民族主義的な表現について研究した。
修士論文の段階では、アバニンドラナートについて触れただけに留まったが、インド独自の様
式を追求したのは彼一人ではなく、ベンガル派と呼ばれるグループが存在した。当時は、個々
の芸術家が独自に活動しているに近い状態であり、アバニンドラナートも、自らをベンガル派
と位置付けた事は無かったが、後にこの時代に民族主義的な表現を追求した芸術家達はベンガ
ル派と呼ばれるようになった。
この研究を行う上では、ベンガル派としてまとめられている、何人かの画家達をそれぞれ作品
から比較する事が必要となる。しかし、日本でほとんど注目を集めていないこれらの画家達の
作品の画像や、資料を国内で収集するのは非常に難しかった。
そこで、本奨励金を申請し、渡航費とし、イギリスの大英図書館での資料収集を行った。
インドを植民地支配していたイギリスには、当時の貴重な記録が数多く残されており、ベンガ
ル派について扱った資料も数多く見ることが出来た。特に重要な資料は、ベンガル派のグルー
プにまとめられる画家達の作品を集めた画集である。モノクロ写真しか載っておらず、やや古
い資料ではあったが、このようにベンガル派の作品が一冊にまとめられている例は少ない。
②
インドにはイギリス政府の監視下にあったインド政府によって管理された数多くの美術学
校が存在し、そのほとんどで基本的には西洋式の美術教育が行われていた。
修士論文でも扱った E.B.ハヴェルはベンガル美術学校の校長であったが、彼はイギリス人で
ありながら、インドの伝統的な芸術様式に深い関心があり、生徒として教えるインド人の学
生達や、自分の門下生である若い芸術家達に、西洋式の技法や主題に囚われずに、インドの
伝統的な技法でより「インドらしい」ものを表現するべきだと訴えた。
博士論文の研究において、美術学校でどのような教育が行われたかについて知ることは不可
欠である。
今回大英図書館では、インド政府美術学校の年間記録(計6年分:原本)を見ることが出来た。
- 87 -
今年度の研究報告(つづき)
これらの記録を写真に納め、画像として保存した。
この記録には、生徒の男女比、年齢、宗教、人種、専攻などから、教師の専門に至るまで、様々
な細かい記録がある。
残念ながらこの資料はハヴェルが校長をしていたベンガル美術学校のものでは無かったが、当
時の美術学校がどのような教育体制だったのか、という問題の重要な手がかりとなった。
③
今後の展望としては、まず、ベンガル美術学校の記録を手に入れることが必要となる。
今回大英図書館ではベンガル美術学校の資料を見つけることが出来なかったが、ベンガル美
術学校を含めた、植民地時代のインドの美術学校はほぼ全てがイギリス政府によって運営さ
れていた。イギリスでの調査を繰り返すことで、これらの情報を手に入れられると考えてい
る。
そして、ハヴェルが具体的にどのような教育を生徒達に行っていたのかについての資料を収
集したい。
ハヴェルの革新的な教育方法は、当時の美術教育の分野で強く批判された。当時はインドの
伝統的な絵画や彫刻、建築は、芸術的価値など無い、単なる工芸品と見なされた。元々は、
イギリスのデザイン学校で教師をしていたハヴェルが、どのような考えでインドに渡り、イ
ンド、ネパールの工芸文化を研究するようになったのか、そして、どのような理念を持って、
インドで民族主義を表現するように教えることになったのかを、より深く追求していくつも
りである。
また、ハヴェルは近代日本画を発展させた、岡倉天心と手紙のやりとりを行っている。ハヴ
ェルと師弟関係にあったアバニンドラナートも同様に岡倉と手紙のやりとりを行っている。
これらの書簡を入手したい。
ハヴェル、アバニンドラナート、日本美術院の関係はこれまでにも研究してきたが、実際彼
らがどのようにコンタクトを取り合っていたのか、また、アバニンドラナートはどのような
日本画を見て、自分の作品を変化させていったのか、についてさらに研究していきたい。
大英図書館では閲覧室へ入るためのパスは必要になるが、今回の出張で、3年間有効のパス
を作ってもらえたので、今後もスムーズな資料収集が可能であると思われる。また、今後は、
ハヴェルの足跡をたどり、イギリスとインドでの現地調査を進めたい。
3.成果発表(投稿中も含む)
研究経過・研究によって得られた成果を発表した①~②について、該当するものを記入してください。ない場合は「なし」と記
入してください。
①雑誌論文、図書(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ)
②学会・シンポジウム等での発表(会名、開催日、開催場所)
① 人間社会研究科紀要への掲載
タイトル『近代インド美術における民族主義とアカデミズム』(第 20 号、頁 225~252)
② なし
※この報告書はホームページで公表されます。
採択者氏名
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安見 明季香