C-5 メコン南部回廊国境経済圏における日系製造業企業の経営戦略 廣畑伸雄(山口大学) Hirohata Nobuo (Yamaguchi University) 1.はじめに 日本の製造企業によるアジア展開についてみると,特に 2000 年代後半から為替レートが円高傾向 に推移したことなどを契機として,コスト削減を主目的とした工場建設の動きが加速化している。 また,近年においては,中国の生産拠点における人件費の上昇やビジネスリスクの回避のために, チャイナ・プラス 1 として,東南アジア諸国への展開が増加している。さらに,自動車や電子機器 製造などの日系企業が集積しているタイについてみると,2011 年における洪水被害,2012 年におけ る最低賃金引き上げ,2014 年における政変などによりビジネスリスクが顕在化したことから,タ イ・プラス 1 として,周辺諸国のカンボジア,ラオス,ミャンマーに工場が建設されており,日本 製造企業のアジア域内におけるリロケーションが進んできている。 本研究においては,日系企業のアジア展開の中で,特にカンボジアの国境経済圏への進出に焦点 を当てた分析を行う。日系企業の同国への進出は,2010 年以降,継続的に増加してきており,特に 同国の国境経済圏への日系製造企業の工場建設が続いている。 東アジアの国際分業体制について,木村 〔2003〕は,1)フラグメンテーション(もともと 1 ヵ所 で行われていた生産活動を複数の生産ブロックに分解し,それぞれの活動に適した立地条件のとこ ろに分散立地させること),2)アグロメレーション(経済活動の地理的な集中立地により効率性を 向上させること),3)企業特殊資産(自ら有している技術や経営ノウハウなどの企業特殊資産から のリターンを最大化するよう生産配置を決めること)という視点の重要性を指摘している。 本研究においては,これらの視点を踏まえながら,第一に,カンボジアの国境経済圏の状況につ いて整理する。第二に,日系製造企業による同国の国境経済圏への進出状況等について整理する。 第三に,日系製造企業のアジア域内におけるリロケーションの視点から実証分析を行う。 2.メコン南部回廊国境経済圏 メコン川流域においては,タイ,CLMV諸国,中国雲南省・広西チワン族自治区を抱合する大メ コン圏の視点から経済開発が進められ,南部経済回廊(ミャンマー,タイ中部,カンボジア,ベト ナム南部を結ぶ)のインフラ整備と国境地域における制度整備が進められている( 石田編〔2010〕)。 カンボジアは,北部でラオス,東部でベトナム,西部でタイとそれぞれ国境を接しており,公式 な国境ゲートの数は,ラオス国境 1 ヵ所,ベトナム国境 9 ヵ所,タイ国境 6 ヵ所の 16 ヵ所である。 特にカンボジアの国境地域の中でも,コッコン市,ポイペト市,バベット市においては,インフラ 整備と制度整備の進展に合わせて国境経済圏の形成が進み,また,税制上の優遇措置を受けられる 特別経済区が整備されていることから,日系製造企業の進出が続いている。 1 3.日系製造企業の経営戦略 カンボジアの国境経済圏 3 ヵ所における日系製造企業の進出動向についてみた結果,企業の経営 戦略は地域ごとに異なることが明らかになった。これについて,1)フラグメンテーション,2)ア グロメレーション,3)企業の特殊資産という視点から整理すれば以下のとおりである。 コッコン州のタイ国境地域においては,フラグメンテーションが行われている。もともとタイ工 場で行われていた生産活動のうち,労働集約的な手作業工程を切り出し,タイ・プラス 1 という形 で,人件費の安いカンボジア工場に工程移転している。工場新設コストに加え,材料と加工後の半 製品は両工場間を往復することから輸送費が必要になるなどのコスト増加要因があるが,それらの コストを上回る人件費削減効果が得られるという経営判断がなされている。 バンテアイミアンチェイ州のタイ国境地域においても,コッコン州のタイ国境地域と同様に,タ イ・プラス 1 という形でのフラグメンテーションが行われている。カンボジアの低廉な人件費のメ リットを享受するとともに輸送費を最小化するには,タイ中南部に立地している工場から最も近い ポイペト市に立地するのが合理的であるという経営判断がなされている。また,同地域においては, 他の国境地域とは異なる特徴的なこととして,自動車部品産業のアグロメレーションを創出しよう という試みがなされている。加えて,同地域においては,企業の内部化選択の結果として行われる EMS の受け皿を設ける試みがなされている。 スバイリエン州のベトナム国境地域においては,チャイナ・プラス 1 という形で工場を建設した 日系製造企業が多い。進出企業のほとんどにおいては,中国の自社工場での生産か,現地企業への 生産委託がなされている。ベトナムのホーチミン工場で検品・検査を行っているケースはあるが, フラグメンテーションの色彩は薄く,カンボジア工場で一貫生産がなされている。各社は,原材料 をホーチミン港から輸入してきており,生産品もホーチミン港から輸出されている。したがって, カンボジアへの往復の輸送費を勘案しても,人件費の安いカンボジアへの立地が選択されている。 これらの企業においては,カンボジアへの進出決定と同時に,輸出入拠点となるホーチミン港との 関係で,カンボジアの中でも輸送費を最小化できるバベット市に立地するのが合理的であるという 経営判断がなされている。また,カンボジアから日本へ皮革製品を輸出する場合には,非課税等の 優遇措置を受けられることから,数社がこのメリットを享受している。 4.おわりに 本研究において,日系製造企業は,フラグメンテーション,アグロメレーション,企業特殊資産 の視点から,自社の経営戦略に適した立地点を選択しており,同国 3 ヵ所の国境経済圏においては, 異なる集積が進んでいることが明らかにされた。今後においては大メコン経済圏の経済統合が進ん でいく予定であり,アジア域内におけるリロケーションの視点から,南部経済回廊を一層活用する 形での日系製造企業によるカンボジア国境経済圏への進出が増加していくことが期待される。 参考文献 石田正美編〔2010〕『メコン地域国境経済をみる』アジア経済研究所。 木村福成〔2003〕「国際貿易理論の新たな潮流と東アジア」『開発金融研究所報』第 14 号,国際協力銀行 2
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