メタル・ア・ラ・モード

J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
巻頭特集
GALLERY みずのそら www.mizunosora.com
メタル・ア・ラ・モード
(次回の展示は 2014 年 3 月予定)
ボウル/ LIVING MOTIF
―メタルのある美しい暮らし
(p.017)
写真=小林庸浩 スタイリング=横瀬多美保 文=編集部
森田さんが自分のルーツを探していた時期に、「見えないけれどそこに
p.014
今、金属が熱い。既存の美やデザインとはまったく違った感
あるものを」と作り始めた作品。根っこそのもののようでありながら、自
然現象の稲妻にも、体内の神経細胞のようにも見える。
Aalto ベース/LIVING MOTIF
覚をもつ金属が誕生し、我々の生活に入り込みつつある。再
生可能性というエコな側面も含め、金属はいま注目の的なの
だ。ぐにゃぐにゃ曲がる金属の籠や、虹色に輝くカトラリーな
ど。金属はいま、重く、固いベールを脱ぎ捨て、軽やかで繊
細な、うつくしい姿を見せようとしている。
1
テーブルウェアの新提案
p.022
メタルを使った食卓。固い、重い、錆びやすい、なんて未だ
「場を作りたいんです」
。そう語るのは今号の表紙を飾るアー
ティスト、森田節子さん。20 年ほど前からアルミ線を使って
アクセサリー作りを始めた。今は酸化させたさまざまな太さ
の銅線を用いて、植物や花、芽から根っこなどのオブジェを
作り出している。固い鉄の針金を使うこともあるが、メイン
はやはり柔軟性のある銅。硬質なイメージの金属という素
材は、森田さんによってほんのりと光を弾く、やわらかな存
に思っていませんか? 実はメタルはとても私達に親しみやす
い材料。熱伝導性の良い銅のコーヒーポット、軽くて錆びな
いチタンのカップ、陶器のような肌合いを持たせたアルミの皿。
それぞれの特性を活かした新しいテーブルウェアが、いま注目
を集めている。
(p.019)
左ページ:
(手前から) お重(三段/サクラ・ゴールド・マゼンタ)オー
在感のオブジェに生まれ変わる。例えば蓮の花。色がない。
プン価格/チタンカップ タイタネス TA-280(シルバー・ピンクシャン
面もない。単純化された線の集合が伝えてくるものは、華
パン・マゼンタ・アンティークゴールド)21,000 円(シルバーのみ
やかさとはまた違った、生の儚さである。対峙していると既
13,125 円)
/ワインカップ S-400(ミント・アクア・サクラ)31,500 円/
に何世紀も経過して繊維だけが残った生命を見るような、
チタンカップ S-180(サクラ・マゼンタ・ミント・アクア・ゴールド)
不思議な時間感覚に陥る。そんな「時間も、自分の存在さ
えも忘れられる一瞬を感じてほしい」。森田さんが言うよう
21,000 円/ボトルキーパー CLT-1600(ゴールド・ミント)52,500 円
カトラリー:(上から) デザートスプーン(ミント・抹茶・ベリー・キャ
に、無になれる「場」を作る装置として、作品は風を通し、
ラメル)
/ランチスプーン(ベリー・ミント・抹茶)
/スプーン(キャラメル・
空間を透かし、また光によってさまざまに動く影を作り出し
抹茶・ベリー・ミント)
/各 2,625 円/以上全て SUS gallery
ながら、場を作っている。
(p.020)
(p.015)
2013 年夏に発売されたばかりのチタンカップ「ユニバース」(手前より
蓮の葉と花(左ページ)・ツル状の葉と実(上部左側)・カサブランカ
ジュピター・ヴィーナス・マーキュリー)各 26,250 円/SUS gallery
の 花とつ ぼ み(上 部 右 側) / 全て森 田 節 子 [email protected]
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Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
1
(p.021)
がら縮め丸め、最終的に継ぎ目のない製品を仕上げる技術。
左手:チタンボウル「daydream」S-DD-1000-OW(ゴールド・アクア)
1980 年には国の無形文化財に指定された。生活工芸を超え、
37,800 円
美術工芸品とも言うべき品物の数々を生み出している。
下部:酒器にもなるチタンカップ(80ml)は表面加工にもバリエーショ
ンがある。クリスタル 9,975 円・ミラー 11,550 円・マット 13,650 円・
なかでもモダンなのがコーヒーシリーズ。現代生活にも合
う、黒味を帯びた深い青の色は、日々使いこみながら乾拭き
セピア 14,700 円/SUS gallery
を繰り返すうち、更に艶と深みを増していく。美しいだけでは
ない。熱伝導性と殺菌効果に優れた銅は水を清潔に保ち、ま
チタン・ステン・アルミ・銅
∼金属をつかった美味しい生活
た銅イオンの効用で水がまろやかになるという。
現代の鉄作家、田中潤さんの場合はまた一味違う。ずっと
p.021
金属のきらきらとした美しい光沢。虹色に輝く表面。しかも
実用性に優れている。保温性に優れ、結露もせず、手で持っ
ても熱くも冷たくもない。中を中空にした二重構造なのだと
いう。
それが今回誌面にも取り上げた SUS gallery のチタンカッ
プ。チタンなので軽くて錆びないのは当然。傷にも強く、金
属臭もない。しかし加工は容易ではない。
SUS gallery の製品は、新潟県の燕市と三条市で作られてい
る。この隣り合った地域では昔から金属加工が盛んに行われ
てきた。すこし前では Apple の iPod 裏の鏡面仕上げもこの
地域で行われていたほど。地域全体として、技術力には定評
日常で使える金属のテーブルウェアを探していた。銀器のよ
うな高級なものではない。もっと普段着で使える、ほっとでき
る感覚のメタルウェア。田中さんがオブジェを作り続けている
鉄では、錆などの問題がある。辿り着いたのがアルミの焼き
入れだった。鍛造したアルミを、半分熔けだすくらいまで熱
する。すると金属の結合していた粒子が流れ、熱で動き、見
たこともないような色や模様が引き出されてくる。とはいえこ
こですこしでも火を入れすぎると、いとも簡単に破綻し壊れる
という。
しかし陶器のような質感を出すためには必須の作業だ。
「自然の形態や、やわらかいものが好きなんです」と語る金
工作家のつくりだす自然の風景が、その皿の上にはある。
がある。「こんなに美しく磨ける地域は他にありませんよ。こ
の技術を活かしてもっともっと面白いものができるはずです」
SUS gallery ショールームにて接客中の鶴本さん
と話すのは SUS gallery でデザインディレクターを務める鶴本
東京都渋谷区神宮前 3-1-27 ファミールグラン神宮外苑前 1F
晶子さん。ステンレスから始まった会社だが、新しく加工技
Tel. 03-5786-3522
術を得たチタンという素材をどこまで活用できるのか、今回
メディア初登場のチタンのお重をはじめ、チタンの美しさを
塊として感じられる「お箸」を作るプロジェクトも進行中だ。
susgallery.jp/En
(p.022)
左:銅のコーヒーポット 1.4L
(黒色)115,500 円/コーヒーストッカー
更にはテーブルウェアに留まらず、建材などライフスタイル
100g(黒色)42,000 円/コーヒードリッパー 31,500 円/以上 玉川堂
ウェア全般への活用も考えているというからその幅広さには
www.gyokusendo.com
驚かされる。「日本のものづくりは、世界に誇れるプラット
フォーム技術です。私達はそれを活かしてどんどん新しい提
案をしていきたい」
。そう語る鶴本さんと SUS gallery の未来
中央:鉄の花器 84,000 円/田中潤
下:アルミのやかん 69,300 円/田中潤
s-a-h-i.com/01
には果てがない。
同じ新潟県燕市に、古くからの技術を今に伝え続ける工房
右ページ:上からアルミの丸皿 7,350 円/茶卓にもなる角皿(110mm)
。鎚起銅器という、一枚の銅の板を叩きな
がある。「玉川堂」
4,200 円/長方形のお皿 9,450 円/角皿
(八寸)16,800 円/全て田中潤
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
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磨きと鍛冶の町・燕三条潜入レポート
鍛冶屋・諏訪田の開かれた工場
p.025
写真=飯田安国 文=編集部
鍛える、というのは不思議な技術だ。見ただけではそれが鍛
p.024
えられた鉄なのか、ただの削りだされた鉄なのか全くわから
「今の仕事をやり始めて 66 年。15 の時から磨きをしてっけね。
ない。しかし長く使うと、その差は歴然。圧に耐えられる強さ
旦那も、
妹夫婦もずっとね」81 歳の皆川恵美子さんは新潟県、
を備える。三条市に工場を構える諏訪田製作所の爪切りも、
燕市で育つ。燕市は江戸時代から和釘作りの町として知られ、
まず材料となる鋼やステンレスの丸い棒を 1000 度まで熱し、
ヤスリを作り、キセルを作り、時代がくだった今では洋食器
400t もの力をかけて「鍛える」ことから始まる。
やステンレスの加工技術で一目置かれてきた。町には多くの
燕市と隣接する三条市は、古くから鍛冶屋が多く集まる町。
職人が住み、家内制手工業のように金属加工を行ってきた。
刀や農耕具など多くの品を鍛え、生み出してきた。材料が多
なかでも磨きはその花形。「磨きを 5 年もすれば家が建つ」
くとれたわけではない。刃物の鍛造で知られるドイツのゾー
と言われるほど仕事があった。機械任せの磨きのみに頼る業
リンゲン市と同じく山と海の中間にあるこの地域は、海から鉄
者が増えた今でも、やはり一本一本、モーターで回るバフ(繊
が運ばれ、山で炭焼きをしていた。良いものを長く使ってほ
維を重ねて束ねたもの)に当てながら手磨きすることでうま
しい、
という気持ちが当時からの精神として息づいている。
「壊
れるなめらかさやきめ細かさは、自動研磨機では真似ができ
れないので 2 個目を買ってもらえないのが悩みなんです」と
ないという。皆川さんが勤める荒澤製作所は、SUS gallery の
社長の小林知行さんは話す。68 年前に作られた前社長の私
カトラリーなども製作する社員 12 名の工場。このうち 5 名は
物の爪切りは、今も現役。そのため欧米を含め、最近ではア
手仕事で磨きにあたっているということからも、その大切さが
ジアへも積極的に販売ルートを増やし、本職のネイリスト達
うかがえる。特に SUS gallery のスプーンは磨きの後に別工場
を中心に評価されている。もちろんそれでも質の追求はやめ
で色をつける工程があるが、少しでも磨きが甘いと発色にム
ない。地道な改良を重ね、現在のモデルは 5 代目。綺麗に
ラが出たり、曇った色になるという。この技術、習得には「最
切れて、手に馴染む爪切りを模索し続けている。万一壊れた
低でも一工程に 2 ∼ 3 年。きちんと任せられるまでは十数年
際は修理も可能だ。
はかかりますね」と社長の荒澤康夫さん。全ての工程を完璧
2011 年には工場を改装。オープンファクトリーとして広く一
に任される職人になるには一生かかるとも言える。それでも
般に公開した。「鍛冶屋が減って、鍛冶仕事が以前より身近
皆川さんの娘さんなどは「まわりがきちんと磨かれてないと、
でなくなったこの地域の子ども達も、大喜びで工場内を走り
口を切りそうでイヤ」と、大量生産されたスプーンには見向
回るんですよ」と営業部の大島奈津子さん。職人の安全も配
きもしないらしい。荒澤さんも「生産能力は一時期の 1/5。
慮し、見学用通路と作業スペースをガラスで区切り、見学者
数は減らしても、良いものを作りたいんです」と量よりも質の
はガラスごしに作業を眺められるほか、「通路には iPad を設
追求に心血を注いでいる。
置して工場内のカメラを操作し、職人の手元も超拡大して観
察してもらえる」という。最初は職人達もガラスごしに見られ
創業 90 年になる荒澤製作所の、磨き職人さん達と社長の荒澤さん(奥
右手)。磨きの技術は 81 歳の皆川さん(手前左側)から、34 歳の鈴木
さん(奥左手)へと引き継がれつつある。仕事の質を上げるために敢え
ることへ緊張を隠せないでいたが、だんだんと注目される自
分たちの技術に自信と誇りを強めていった。今年の 10 月 2
てノルマなどは設けず、高齢者も働きやすい。
日から 6 日に行われる「燕三条 工場の祭典」にも参加企業
荒澤製作所(ALFACT):www.alfact.co.jp
として名乗りを上げた。この時期に新潟の工場を見学に行く
と、通常は入れないガラスの向こう側へも案内してもらえる。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
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「ここは職人のための会社で、職人が一番の花形です」と語
る大島さんの顔は誇らしげに輝いていた。
成されるこのグラスを作り上げるために、土台だけでも 5 つ
の金型を使用し、徐々にステンレスを延ばしている。7 つか
らなるパーツは溶接され、最終的に磨きあげることで継ぎ目
平均年齢 35 歳と、地域内でも若い職人の多い諏訪田製作所。80 歳を
超える職人の小林英夫さんもどこか若々しい。見学者に開かれたこの工
場は、見やすさへの配慮から機器や床面も、職人達の手で黒一色に塗
がまったくわからなくなる。提案されたデザインを実際に形
にするためには「かなり技術と精度が必要になりますよ」と
三宝産業の営業企画担当、丸山亘さんは胸をはる。
られている。
SUWADA つめ切り ミラー仕上げ 15,750 円
三条市のオークスは、地域の技術力を活かし、また違った
諏訪田製作所:www.suwada.co.jp
面からデザインを形にしている。人々が「欲しかったけれど
思いつかなかったもの」
、例えば手を汚さずに料理ができる
「ゆびさきトング」は、女性ばかりのデザインチームから生み
燕のカトラリー・そのデザイン
p.026
燕三条が「世界の燕三条」になるためには、「優れた品質、
そして目をひくデザインが必要です」と語るのは燕市のカトラ
リーメーカー、山崎金属工業の社長、山崎悦次さん。業界外
のデザイナーを数多く起用し、チャレンジを続けてきた。デ
ンマークの陶芸家に彫刻家、ユニセフのカードをデザインし
たイラストレーターに、ティファニーのジュエリーデザイナー
など、みな異業種のトップスターばかり。2013 年に世界的権
威のあるデザインコンテストのひとつ「レッドドット・デザイ
ンアワード」の「ベストオブザベスト」を受賞したカトラリー
「EDA」も、フェラーリのデザインで知られる奥山清行(Ken
Okuyama)さんの手によるもの。
「1980 年代にアメリカへ進出した時、カトラリーの世界はま
だシルバーが主流でした。我々はそこにステンレスで殴りこ
みをかけたようなものです。デザインが良くなければ、振り
向いてもらえなかった」と語る社長は、今も話題を提供し続
けている。1991 年にはノーベル賞 90 周年の晩餐会で使用さ
れるカトラリーの製作を任された。2013 年秋には、伊勢神宮
の遷宮にあわせ、奉納されるカトラリーの製作を担当。優れ
た彫金師や職人を抱え、デザインに応えられる技術も積み重
ねている。
出されたヒット商品。トングとしては高価格ながら、月に 2 万
個を売り上げる。リーダーの石綿紀子さんは「炊事の時に両
手仕様で使っています。女性の手のひらにフィットして、第二
の指のように使えるトングが欲しかったので、トングの柔らか
さには特にこだわりました」と語る。できあがったものは一
枚板からできたシンプルな曲線を描く美しいトング。良くある
二つの部品を繋ぎ合わせたトングではなく、ステンレスに特
殊な加工を施し、一枚の板ながらしっかりとしたバネ性をも
たせた。製作にあたったのは高級トング作りで知られる田辺
金具だ。
「販売の前に耐久試験を行いますが 10 万回のテスト
でも全くへたりませんでした。実際はもっともっとすごい実力
を持っていますよ」とは田辺金具の板谷一人さんの談。オー
クスも全幅の信頼を寄せる。商品企画課の深澤孝良さんは
「こ
うした地域の力を最大限に活かしたいので、できるだけステ
ンレスを使用した商品を考えます」と語る。
三宝産業の丸山さんも、「この町はすごく便利。材料問屋
でもプレス屋でも磨き屋でも、自転車でいける距離になんで
もある。町にいながらにして世界の情報も入ってくる。こんな
にいい町はないですね」
と微笑む。自転車で繋がるネットワー
クが、今日も世界を魅了するものを生み出している。
(p.026 上)
同じく奥 山 清 行さん が デ ザ イナーを つとめ た 燕 市 の
2013 年、伊勢神宮の遷宮にあわせ、10 月に奉納されるカトラリー。神
三宝産業が作ったワイングラス「Arc」も、レッドドット・デ
宮の宇治橋と、そこから眺める五十鈴川。そこに差し込む奇跡のような
ザインアワードを受賞し注目されている。微妙なカーブで構
朝の光をモチーフに、デザインされている。左からティースプーン・ケー
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
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キフォーク 各 2,940 円/ディナースプーン・ディナーフォーク 各 3,570
に深みを増し、匂いたつような輝きを放つ。大桃さんの作品は、それを
円/ディナーナイフ 5,250 円/山崎金属工業(Yamaco) 作る金槌やタガネまで本人の手作り。「ものを作るための道具が美しい
www.yamacoltd.jp
こと」、それが素晴らしい作品を生み出すと語る大桃さんの針刺しは、ま
た新たに誰かの素晴らしい道具となり、同時に小さな息吹を感じさせる
(下)
オブジェともなる。
レッドドット・デザインアワードにて、受賞を果たした三宝産業の作るワ
針刺し「種種」(14,700 ∼ 23,100 円)
イングラス「Arc」(左)と、山崎金属工業の「EDA」(右)
ぷっくりブローチ(5,200 ∼ 5,500 円)
ysomomo.jimdo.com
(p.027)
(上から)角度によってスープを切ったり、スープごと盛ったり「水切り
スプーン」1,050 円(オークス)、第二の指のようにものをつかめて手が
柔らかさを求めつづけた日本の金属史
汚れない「ゆびさきトング」1,365 円(オークス)、栗むきが劇的に楽
p.030
になる「栗くり坊主」2,625 円(諏訪田製作所)、使う分量だけおろして
金属、と聞いて何を思い浮かべるだろう。西洋の頑丈な鎧や
そのまま混ぜられる「おろしスプーン」1,575 円(オークス)
剣だろうか。切れ味鋭い日本刀? いや思い出してほしいのは
オークス(AUX):www.aux-ltd.co.jp/eng
金箔だ。強いもの、重いもの、固いものと対極にある金属の
かたちと質感。そこには日本文化の精神性が強く現れている。
右:ゆびさきトングを製作中の、田辺金具の職人さん
田辺金具:tonguya.jp
時は流れ行く。それを良しと思う
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よど
みに浮かぶ泡は、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる
1
ためし無し」
。これは随筆の古典、『方丈記』の書き出し。日
美しき金属の形
本人はこの「無常観」に強く支配され、物を見、物を作り、
日々
を営んできた。すべてのものは永遠ではないという意識だ。
写真=佐藤竜一郎
西洋では金属に永遠性と「硬く、強い」ことを求め、また命
文=森野由香(p.34-37)
、編集部(p.28-33)
p.028
生活に溶け込んだ金属の道具たち。そんな道具を集めてみた
ら、形の美しさに気がついた。実用品でありながら、そこにあ
るのは美そのもの。古くから使われ続けている鉄瓶、長く人々
の要求に応え続けた結果、機能美の極みに達した播州の刃物。
それらの根底には、手仕事の技術が息づいていた。
の守り手としての鉄を珍重した。しかし日本においては日本
刀以前、金属に求めたのはそれとは逆の「柔らかく、軽い」
ことであった。金属のなかでも「金」は、細く延びる「延性」
と薄く延びる「展性」に最も優れている。薄くすると 1 万分
の 1 ミリの薄さになり、金膜の向こうが透けて見えるほど。こ
の金が、ひいては金箔が、日本人の日常の実用と装飾芸術に
もっとも利用されてきた金属といっても過言ではない。
(p.029)
金箔芸術のひとつとして屛風が挙げられる。箔を貼り付け
エレガントで美しい。そして見飽きない楽しさがある。針刺しという実
られた屛風は時と共に色が変化し、今と 10 年後、100 年後
用品でありながら、同時に鑑賞物でもある。タイトルは「種種(しゅじゅ)」。
も黄金を留めながら、同時にその色はニュアンスを微妙に変
種= Seed であり、Species でもあるのだろうか。「植物の種や実に心惹
かれます」と語る大桃沙織さんが作る、命の元であり、力の凝縮された
形。金色のものは真鍮、黒いものは銅で作られ、どちらも使いこむうち
化させる。その様を楽しみ、流れゆく「今」を美しいと感じ
る装置、それも屛風の一面である。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
5
装飾美術史研究家で、多摩美術大学(東京)の鶴岡真弓
本は、外側からやってくるものを受け入れ、消化し、『他力』
教授はいう。
を尊重しながら、自庭に花を咲かせようとする文化です。は
「時間の推移が物に働くことを美とする。その一番代表的な例
じめ上代に、硬く強いものとして日本に入ってきた金属文化
が『摺箔(すりはく)
』です。摺箔というのは、布に糊で金箔
は、この国の中で柔らかく繊細で、そして美しいものへと変
を貼り付けて豪華さを出す技法で、能装束などに使用されて
容していったのです」
いるものです。布という柔らかい繊維に、しかも装束のよう
中国から渡来した漢字がいつしか平仮名と呼ばれる余白空
な動きの求められるものに、金を薄く薄く延ばしたものを置く。
間や、「くずし」の多い文字へと変化を遂げたように、金属と
それは舞台の上では僅かな光を反射して美しく見えます。し
の関わりも――――戦いのための剣や道具の包丁等は別とし
かし、そうして使い込まれていくうちに時を経ると、布から金
て――――厚さよりも薄さを、強さよりもやわらかさを、強固
箔が、僅かずつでもぽろぽろと剝がれゆき、これがまた儚げ
さよりも朽ちる脆さを愛でられ、摺箔の装束、金箔の屛風や、
で美しいのです」
金粉の蒔絵、ちらちらと揺れるかんざしや、金糸の織物など
桜の花を愛でるのと同じ、「儚さ」を尊ぶ精神。
へと変化してきたのである。硬質で実用的な金属の力よりも、
「金箔そのものは他の国にもあります。けれど箔をこれほど薄
永遠にそこはかとなく輝く金属の肌合いと風合いの美を求め
く仕上げ、何にでも、布や紙にさえその箔をまとわせるとい
てきた結果なのかもしれない。
うのは日本独特です。そもそも金は錆びもせずいつまでも輝
肌合いの美をもとめて
きを保つことから、多くの国で永遠性の象徴、もしくは太陽の
江戸時代に活躍した金色のお金、小判。これについて国立歴
ように扱われてきましたが、日本では対象に金をまとわせた
史民俗博物館教授の齋藤努さんが面白いことを教えてくれた。
あとの『変化』を容認するのです。今日、世界の人々が共通
「小判は金色に見えますが、金属成分としては『金』と『銀』
してもっている金属のイメージは、塊ですが、日本人にとっ
の合金です。同じ成分比率で現代に再現してみると、金色で
ては薄く、儚く、刻々と姿を変えうつろいゆくものなのです」
はなく白色に近い色になる。これが何故金色に見えるのかと
薄い膜から粉へ
いうと、わざわざ表面に特別の薬液を塗布して熱し、銀だけ
箔よりも更に儚い状態、金「粉」の芸術もある。
を溶かして金を表出させているからなんです。
これを
『色揚げ』
「日本の金属を語る上で忘れてはならないもう一つが、蒔絵
と呼びますが、このような手のかかる表面処理を、工芸品で
です。これは漆と金(や銀)の粉を使って絵や文様を描く技法。
もない実用的なはずの金銭に対して施しているのは日本だけ
なかでも一度金粉で絵を描いた上に更に漆をかけ、それをま
ですね」
。そこには「表面(地肌)への徹底的なこだわり」
た磨くことで絵をおぼろに浮かびあがらせる「研ぎ出し蒔絵」
があるという。
は、磨きだした部分から徐々に金が現れてきて、何とも幽玄
奈良県、薬師寺には、ラインの美しい聖観世音菩薩像とい
な世界です」
う有名な鋳造仏がある。
「この菩薩像は像の輪郭のラインもそ
これもまた「変化の世界。金銀の金属で『装飾 ornament』
うですが、表面の肌合いが実に美しい。実際にお堂に差し込
の種を『蒔』いて、そこから金の花を咲かせる」感覚。表面
む光の中で見ると、
その肌合いは蜂蜜のようにとろけるようで、
にほどこす金属は、決して単なる「コーティング」ではありえ
この像は、金属という物質が光に転じる境界のギリギリのラ
ない、金との美学的な付き合い方である。
インに顕現して輝いているような、じつに深い印象を与えて
「アジアにおいても、大陸に育った中心の文化は外敵から自
います」と鶴岡さんは話す。
分たちを守るために、自己を主張し、『自力』を尊重します。
「充満した光ではなく,希少でミニマルな光しか認めない美
だから金属は強くあるべきだった。それに比べ島国である日
学が日本にはあります。微と妙の世界と言いましょうか。少な
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
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いもの、小さいもの、繊細なものを尊ぶ感覚。箔もそうした
鋳心ノ工房
なかで透けるような薄さを求められ、そして粉や粒子は、均
www.chushin-kobo.jp(受注後 6 ヶ月待ち)
一に並ぶと妙なる艶を放つ。ナノテクの世界ですね。金属の
輝きは、押しつけがましく主張するようなギラギラとした輝き
B : 鉄瓶焼肌磨き卵型(大)147,000 円 D : 鉄瓶焼肌磨き平型(小)84,000 円 ではなく、極小の点の集合体として、儚く消え、けれどまた違
M : 鉄瓶焼肌磨き 卵型(中)63,000 円
うところに、ホタルの放つそこはかとないともし火のように、
空間鋳造
あるいはまた妙なる霊的な音楽のように、現れる美なのです」
Tel. 03-3479-3842(ギャラリー MITATE)
(受注後 3 ヶ月待ち)
(p.031 上 )
C・H : 湯のこもるカタチ 各 57,750 円(同容量)
左ページ:摺箔で仕上げられた能装束(大倉集古館・蔵)
坂井直樹
下:和紙の間にはさんだ金を叩いて金箔を作り出す(金沢・今西製箔)
[email protected](受注後 2 ヶ月待ち)
E : 筋文達磨形鉄瓶 (右)
K : 雲龍文丸型鉄瓶
丁寧に金箔を貼られた屏風(協力・瀧下嘉弘)
畠春斎 (価格はお問い合わせください)
[email protected](西村松寿堂)
(受注後 2 ヶ月待ち)
(下)
18 世紀初期に使用された正 徳小判は、金を 84%含有し、色揚げ処理
F : はじき膚鉄瓶 89,250 円
を施されている。(日本銀行金融研究所貨幣博物館・蔵)
J : 累座文鉄瓶 84,000 円
菊地保寿堂
www.wazuqu.jp(受注後 3 ヶ月待ち)
鉄瓶コレクション
p.032
本物の鉄瓶で沸かしたお湯は美味しい。表面は漆で錆止め
処理をされ、内側は焼き付けして酸化皮膜を施してある。こ
の皮膜の上に、だんだんと湯の中のミネラル分が付着してく
る。これが更に、鉄瓶で沸かした湯をまろやかにする。内側
G : 東屋線 26,250 円
I : 算玉あられ 25,200 円
N : 秋の実 大あられ 27,300 円
釜定
Tel.019-622-3911(受注後 5 ヶ月待ち)
が白っぽくなってきたら上手に鉄瓶が「成長」している証。
味だけでなく、沸かす過程もいい。茶の湯釜の湯が沸く時の
O : 果実型鉄瓶 189,000 円
チンチンという音を聞いたことのある読者の方もいるだろう。
鈴木盛久工房
あの感覚。名前もついており「松風(まつかぜ)
」という。
www.suzukimorihisa.com(受注後 2 ∼ 3 年待ち)
松林を風が通り抜けるような音。鉄瓶や火の温度によってそ
の音も違う。鉄瓶で沸かしたお湯は美味しい、そして、愉しい。
播州刃物の鋏匠たち
p.034
(p.033)
A : 鉄瓶挽目宝珠
L : 鉄瓶挽目丸
(共にステンレスハンドル) 36,750 円
兵庫県は小野市に根付いた、伝統的特産物の播州刃物。実
用的な生活刃物は、地元の職人によってつくられ、のどかな
土地に暮らす人々の生活の中に在り続けてきた。その刃物が
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 ]
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今秋、フランスはパリで開催される「メゾン・エ・オブジェ
の副業としてつくられ始め、恵まれた労働力によって発展し
2013 年 9 月展」に姿を見せる。
た。農具の鎌から、剃刀や剪定鋏にラシャ切鋏まで、様々な
用途に合わせて生み出されてきた刃物は、それぞれの対象
町のはずれの田舎道を行くと、小さな町工場に辿り着く。カ
に向けて研ぎ澄まされた形を究め、小野の鋏の特徴に位置
ンカンと、鋼を叩く音につられて顔を覗かせると、手際よく作
付けられている。
業を進めていた職人が手をとめた。「いらっしゃい」
。じっとし
たとえば、握りしめた時に伝わる刃のなめらかな切れ味と、
ていても汗が滲み出るような夏の暑い日でも、窓をあけて仕
布が切断される音の潔さで、その鋏の品質を感じることがで
事に励む職人は、タオルで額を拭いながら丁重に挨拶をする。
きるラシャ切鋏。「あまり儲けにはならないけれど、特別な注
播州刃物の原点ともいえる剃刀をつくる水池長弥さんは、日
文のものは自分にしかつくれないと思うと、手が動いてしまい
本刀の次につくられた最初の生活刃物である剃刀の刃のその
ます」と、照れ臭そうに話す広瀬道和さんは、一般的なもの
鋭さには似つかない柔らかい表情でこう話す。
だけではなく、左利きの使い手のために「総左」とよばれる、
「230 年もの歴史を有する播州の日本剃刀は、生活刃物の中
持つ部分と刃つけが左側の洋裁鋏をつくる。
で最も古い。今では随分と需要が少なくなりましたが、伝統
また、創業 120 年の河島製鋏所では、2 枚の刃をダブル
的な生活を続ける人々は大切に使ってくれています。例えば
ベアリングネジでかしめることで、摩擦抵抗の無い散髪鋏を
舞妓さん。仕事柄、襟足から背に至る白塗りをする前に、剃っ
開発し、時代の流れに沿った変化を遂げつつある。
て化粧のりをよくするのを日課にしていて、それも伝統的な
こうして職人たちが長い年月の中で使い手の要求に応えな
化粧の仕方のために、同じく当時から使われてきた剃刀を、
がら使いやすさと機能を追求し、改良を重ねてきた結果とし
今も必要としてくれている」
。刃の鋭利さは、髪にあてたとき
て、それらは究極の美しいフォルムと、最高の切れ味を備えた。
の感触でわかる。剃刀で髪をなぞると、目ではわからない、
田中義隆さん・康嗣さん兄弟は、一帯が鍛冶屋ばかりだった
毛一本の表面の傷に刃が引っかかるほどだ。
1950 年代に、多くの職人を育てあげたという父・義弘さんの
「今日では、この鋭さを扱うのを苦手とする人も多くなりまし
跡を継ぐ剪定鋏の職人だ。「刃が硬すぎると木の枝に負けて
た。日本剃刀をつくる職人も、もう自分しかいないのかもし
しまう。かといって柔らかすぎると切れない。樹木にとって鋭
れない。和鋏を使う人も同じように減ってきているようです」
い切れ味を出すために、鋼を焼き入れする温度にこだわり、
女性の手にすっぽりと収まるようにつくられた小さな和鋏
5 年かけて丁度良い数字をみつけました」とは義隆さん。互
は、織や着物の裁縫用として愛用されてきた。その歴史は日
いに別の作業をしていても、工場に響く鍛造の音でその工程
本剃刀に次いで古く、江戸時代後期(1807 年)に始業した
がうまくできたかどうかわかるという。長年の経験から、鋼の
とされる。
音を聞き分ける耳や手の感覚が洗練されていることは言うま
生花鋏をつくり続けて 60 年という井上昭児さんは、古い土
でもない。 壁が懐かしさを漂わせる作業場で、一人こつこつと鋼を研磨
一本の鋼が、播州職人の手によって道具に変わる。それも、
する。「こうしていると、どうしても全身が汚れるもので、い
鋼が本来持つ性能を生かしながら、機能美という言葉が相応
つも作業着は真っ黒になってしまう。使う人は女性が多いか
しい鋏へと仕上げられる。町の小さな工場では、今日も職人
らきれいにつくるのだけれど」と顔を綻ばせてそう言いなが
が乾いた音を響かせている。
ら、つくり上げた生花鋏をそっと握ってみせた。花をいけると
いう仕草にふさわしい曲線美が、使い手たちを魅了する。
小野市で生産されてきたこれらの家庭刃物は、はじめ農業
(p.034 上 )
外から流れ込む風が心地いい、水池長弥さんの工場。父の代から受け
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継がれてきた窓辺の仕事場で、今日も研磨作業に精をだす。需要が減
という。仕上がった道具は最後の磨きをかけられて並ぶ。
りつつある日本剃刀の製造風景は、今では特に貴重な場面だ。
上段右)祖父の代から使っているという、田中義弘製作所の工場に置か
(下)
手を握る力で、糸や布が裁断できる和鋏。播州刃物のその長い歴史の
れた機械。義隆さんと康嗣さん兄弟は、受け継いだ道具と技術を使い
播州刃物の存在を守り続けてきた。
中で、機能を追求した末に生まれた裁縫道具。縫い物のさいごの仕上
げなど、細かい作業ができると、日本では古くから多くの女性に愛用さ
中段左)水池長弥さんが作る、日本刀にみる鋭さと輝きを持った剃刀。
れてきた。
今では、消えゆくかもしれない稀有な刃物として扱われており、それを
作る職人もまた非常に貴重な存在になりつつある。
(p.035 上から時計回りに)
片手刈込鋏 片刃
中段中)一世代前から、同じ場所に座って作業を続けてきた職人が、
高所などでも片手で使用できるよう工夫された
使いやすいように整頓した田中義弘製作所の仕事場。洗練された機能
美を持つ鋏を作り出してきた、聖域のような場所。
剪定鋏
堅い樹木に対して柔らかい鋼を用いた繊細な道具
中段右)一枚の鋼材から、散髪鋏の部品を無駄なく切り取る河島製鋏所。
時代ごとに、必要とされる機能が変わる散髪鋏は、最先端の技術を駆使
生花鋏
してつくられ、製造過程から無駄のない美しさを残す。
華道や園芸の場面で活躍するフォルムの美しい一点
下段左)生花鋏一筋で鍛錬された職人、井上昭児さんの手。磨き油の
植木鋏(大久保鋏)
深い色に染められた温かい手の中で、なめらかな曲線が印象的な生花
庭木などの手入れに握りやすさと曲線美を備えた逸品
鋏がひかる。
和鋏
下段中)半世紀以上もの間、鋏のかしめをとめるのに使われてきた井
古くから使われ続けてきた和の裁縫道具
上昭児さんの金槌。渋い風合いを醸し出すすり減った柄の金槌は、作
業を続けてきた持ち主だけが扱える特別な仕事道具。
散髪鋏/カット鋏
播州刃物の切れ味と最先端の技術を併せ持つ
下段右)生花鋏に使われる硬質な鋼を扱う井上昭児さんは、研磨作業
で放たれる火花の中でも、正確かつ慎重に仕事をこなす。焼き入れの
散髪鋏/すき鋏
火で熱された工場に、職人の熱意がこもる。
幅広くカット率を調整できる刃の細かさ
(p.037)
ラシャ切鋏
播州刃物とは?
使い手に合わせて一本ずつ手作りされる洋裁鋏
兵庫県南西の地域を播州とした時代、その土地で生まれた産業のひとつを
播州小野金物と呼んだ。当時、生活の中心であった農業の更なる発展のた
(p.036)
めに、より優れた農具がつくりだされ、その技術を駆使して様々な道具が生
上段左)上刃と下刃にあけられる、鋏の重要な役割を果たすネジ穴。
産された。それらの生活刃物を、現在は播州刃物と位置づけしている。質
鋼材が道具に変わるまでの行程をすべて一人でこなす職人の広瀬道和
の良い小野の鋏や剃刀をつくる職人の数が減りつつある今日では、30 軒ほ
さんは、手作業で一本ずつ確実に仕事をこなす。
どの事業所が卓越した技の継承のために「播州刃物」ブランドを世界へと
上段中)切る樹木の種類によって鋼の硬さが違う剪定鋏。田中義弘製
発信し始めた。
作所が作り出す上質の鋏を求めるのは、こだわりを持つ植木職人が多い
kanamono.onocci.or.jp
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1
きっかけは武蔵野美術大学の 3 年時。鉄を扱う授業が一番
金属の表現者たち
しっくりときた。何より溶断・溶接の作業が楽しい。もちろん
他の素材もいろいろ試したが、たとえばアルミなどでは熱して
撮影=佐藤竜一郎(p.38-42)
、西山 航(p.43)
も赤くならずにただ崩れてしまう。
文=編集部
「鉄はすごく身近な存在です。身体の中にもあるし、宇宙から
p.039
芸術家たちが金属を愛してやまないのには理由がある。それ
ぞれの世界を表現するために、かれらは金属を熱し、繋げ、
加工を施す。それは工芸と同じ技法を使用しながらも、アート
という文脈をもち人々へ訴えかける。そんな表現者達へのイン
タビューから、日本の金属観をさぐってゆく。
も隕鉄が降ってくる。実は地球には水よりも鉄の方が多いん
ですよ」
。そんな鉄は、我々の文明社会にとってもなくてはな
らない素材。北方民族であるイヌイットの作品が、彼らにとっ
てプリミティブなセイウチの骨や、木、氷から形作られるよう
に、現代人にとってプリミティブな素材は鉄である、と青木さ
んは語る。
2011 年の東北地方太平洋沖地震を受けて、「死ぬ気で彫
刻を作ろうと思った」と語る青木さんの眼差しは内側にまば
青木野枝―Noe Aoki
p.039
ゆい光をたたえ、
やわらかに透明。今年も精力的に各地で「鉄
「私にとって鉄は骨であり、木であり、氷です。
」こう語るのは
を積み上げては置き、崩す」という彼女にとっての彫刻、ひ
鉄の彫刻作品で知られる、青木野枝さんだ。作品製作の工
いては「生きること」を実践し続けている。
程は、
いたってシンプル。板状の鉄をガスで熱して切断
(溶断)
する、切った鉄パーツを電気の熱で繋げる(溶接)
。ひとつ
ひとつの丸を、パーツを、積みあげてゆく。「工芸ではない
ので完成度は求めていません。かえって、藁を編むような、
誰でも出来る作業から生まれることが大切です」と語る青木
左ページ:青森県立美術館にて 9 月 1 日まで展示されていた作品「ふ
りそそぐものたち」(All that floats down)
。
彫刻家青木野枝と、青森県立美術館にて展示された作品「原形質」
(Genkeishitsu / protoplasm)
(上)。作品「立山」
(Tateyama)
(左下)
。
galleryhashimoto.jp/jp/artists/aoki
さんは、子どもたちと鉄の彫刻ワークショップを既に 20 回以
上開催している。
しかし、作業は重労働。熱に包まれながら無心になって鉄
を切る。この熱する工程が、青木さんにとってとても大切な
のだという。鉄は、熱を加えるとまず赤くなる。更に熱すると、
展示情報
・∼ 9 月 23 日 資生堂アートハウス『夏に探す 絵画の中に、彫刻の
中に』(静岡)
http://www.shiseido.co.jp/art-house/
・∼ 10 月 27 日 あいちトリエンナーレ 2013 今度は太陽のように白くまばゆい輝きを放ち始める。これが
http://aichitriennale.jp/
冷えてくると外側から輝きがおさまってくるが、内側は光を閉
・10 月 5 日∼ 11 月 4 日 瀬戸内国際芸術祭 2013
じ込めたまま、透明な、不思議な物体になる。「鉄は透明な
http://setouchi-artfest.jp/
金属なんです」と語る青木さんはこの存在に魅せられつづけ
ている。石や木のように、その形の背景に時間の流れがある
ものとは全く違う。工業製品として販売されている板状の鉄を
自分が溶断することで、「はじめて空気に触れる面があらわれ
て、生まれでてくる感覚がある」という。
畠山耕治―Koji Hatakeyama
p.040
金属がなければ、肉を切ることもできなければ、宇宙に飛び
出すこともできなかった。「金属を操る」ということが人類の
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10
歴史と文化の発展にいかに貢献してきたことか。だから、そ
たぶん続けられる。同じことばかりだったら 30 年もやってら
の技術はひたすら進化を続けてきたはずだ……と思っていた
れないですね」
が、そういうことでもないらしい。
こうした畠山さんの作品は海外では日本的だと言われるら
「中国の殷の時代の青銅器など、いまだにどうやってつくった
しい。
かわからないんです。つくれないんですよ。その薄さを見ると、
「僕は日本人としての意識が強いから、海外の人たちに日本
どうやってつくるの? って思うし、どのように鋳造したか誰に
人としての僕の感性をどこまで見てもらえるかというのが勝負
もわからない。今の技術では絶対につくれないんです。昔の
だと思っていますが、なぜ日本的と思われるかは、僕にはわ
技術のほうが 500 倍は優れている」と話す畠山耕治さんはメ
からないですね。たぶんアフリカの木彫りの人形を見て、見
タル・アーティストである。ブロンズ(青銅)の鋳金から仕
た瞬間にアフリカを感じても、なぜそう感じるのか答えられな
上げまですべての工程を自らこなし、海外の美術マーケット
いのと同じことでしょう。でもそれが重要なんです」
を舞台に多くのコレクターを有するアーティストだ。海外でも
金沢美術工芸大学の工芸デザイン科に在学中に、陶芸を
必ず博物館や美術館で古いものを目にするという畠山さんが
やるはずだったのが大学教授の制作のアルバイトで金属と出
古代の青銅器と出会う時、自分も間違いなくそこにいてつくっ
会って、金属の面白さに開眼。会社勤めをした後、プロの道
ていたことがわかるという。ただのブロンズの作り手ではな
に入る。銅器の街として知られる高岡に工房を構えるが、高
い。
岡の分業的な金工の産業界とは別の立ち位置にいる。常に
「永遠性に惹かれるわけではないけれど、凄いなと思う。銅
個 であること。これが世界のアート界で勝負することを志
に錫とかを混ぜて合金を作るということが何千年前にわかっ
した畠山さんが自分に課したことだ。最初から「一番高い山
ていたわけだから。純銅は鋳造できないんですよ。銅に必ず
を無酸素でソロで登る」ことを目指した。
何かを混ぜないとだめで、錫を混ぜることによって鋳造性を
「ブロンズにはまだまだ可能性が見えるし、社会におけるブロ
よくするとか、亜鉛を混ぜることで切削性をよくするとかいろ
ンズの存在というのをもっともっと追究したいですね。僕は生
いろあるんです。それが既に何千年前にわかっていて、それ
意気なようだけど素材と会話ができるんです。素材が僕を選
と同じことを僕は当たり前に扱っている。時間を超えた作り手
んだと感じる。本当にそう思う。4000 年前の作品を見ると、
との友情関係を感じます。そこが面白いのかな。そもそも何
4000 年でこんな肌合いになるのかって思います。ぼくの作品
千年前と同じことをやっているって現代でなかなかあり得な
は 4000 年経ったらどうなるんだろう? もたせなきゃなと思
い」
う。青銅はもつんです。ブロンズの錆は自分の腐食をくい止
複雑に色が絡み合うブロンズの表情の畠山作品は強い印
めるための錆で一度出るとそこで止まる。鉄剣は中までボロ
象をもたらす。暗黒宇宙に浮かぶ星雲のようでもあり、地中
ボロになって残らないけれど青銅の剣は残る」
深く埋もれていた岩石の断面のようにも見える。
4000 年後にこの宇宙のどこかで誰かが今ここにある畠山さ
「薬品だけじゃなくて酢だとか食塩を使うし、糠味噌をペース
んの作品を手にするかもしれない。もし手にした人間がブロ
ト状に貼り付けたりするんです。それで数時間とか丸一日と
ンズの作家であったら、この箱の錆びた美しい表情を見て、
か放置しておく。要するに腐食させていくわけです。夏と冬
まず作り手に思いを馳せ、次に自分の作品の 4000 年後の姿
では腐食の進行の仕方が違うし、かといって温度管理すれば
を想うだろう。膨大な時の流れの中で思いを伝達していく小
いいという単純なことではない。太陽も関係していると思うし、
箱の、一瞬の傍観者になれる幸運を私たちは今嚙み締めるこ
生き物のような感じで素材を扱っていますね。生き物ですよ、
とができる。
完全に。僕の意識が曖昧だと彼らも応えてくれない。だから
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写真の青銅の箱は掌サイズのものから。表面を腐食加工した後、薬品
われる。色合いや趣がそうらしいです」という。銅の経年変
処理してあるので腐食はこれ以上進行しない。
化の表情、微妙な曲線にはこだわる。銅の物語は細部のリア
写真上は高岡市の工房での畠山耕治さん。
リティが大事だ。
「オールハンドメイドで仕上げられたそのボディに、小型なが
展示情報
・9 月 14 日∼ 23 日 ぎゃらりぃ思文閣(京都)
ら強力な馬力を生み出すエンジンを搭載した Namazu Jr.。ジュ
・10 月 31 日∼ 11 月 3 日 SOFA CHICAGO 2013(米国・シカゴ)
ニアだからといって甘く見ているとあっという間に駆け抜けて
・3 月 19 日∼ 25 日 阪急うめだ本店 阪急うめだギャラリー(大阪)
いってしまうだろう」(作者自身による「Namazu Jr.」の解説
より)
coppers 早川―Coppers Hayakawa
銅の動物たちや乗り物の世界が日々増殖している。ここに紹介したのは
p.042
そのほんの一部だ。
ふと足が引き寄せられて立ち寄ってしまう。なんだこれ? 大
上:
『Kaijin 79』
、中左:
『ステラ』、中右:
『飛行艇アルバ号』、下右:
『サー
人も子供も、老いも若きも関係ない。個展会場はアートに関
カス団がやってきた!』、下左:『Namazu Jr.』
。
心のない人たちをも巻き込んでいく。
創作の設定は「宇宙の果てにある銅の星に住まうもの」
。
銅と真鍮の板・パイプ・線で作られている。「coppers 早川」
早川篤史さん(右)と父の克己さん(左)。
展示情報
・9 月 14 日∼ 23 日 三越ラシック 5 階クリエイトスペース(名古屋)
は早川篤史さんと父の克己さんの親子ユニットだ。2001 年に
・10 月 4 日∼ 6日 KOBE ART MARCHÈ 2013(神戸)
活動開始。2004 年、アニメ映画監督の押井守さんからの依
・11 月 27 日∼ 12 月 10 日 JR大阪三越伊勢丹 6 階アート解放区(大阪)
頼で「球体関節人形展」(東京都現代美術館)に作品を出品
して広く知られることになった。
親子の経歴はユニークだ。
井原宏蕗―Koro Ihara
p.043
父の克己さんはフリーの機械設計士で工場の専用機などを
手がけていた。「図面が 100 枚を超える時もある。その設計
のどこかがコンマ何ミリずれていたら人の命に関わる。図面
をわたして 1 ∼ 2 ヶ月は電話がなるだけでぞっとします。神
経が持たずもうやめようと」
。息子の篤史さんも設計の世界に
入ったものの、自分に合わないと感じ始めていた。そして二
人は設計の仕事をやめ、ある日銅板に取り組み始めた。金属
をいじるのはまったくの素人、美術を学んだわけでもない。
何か面白いものを作りたい。「最初に二人で決めたのは銅の
惑星という世界観だけでした」と篤史さんがいう。「設計図は
書きません。作りながら考える」
。
ジュール・ヴェルヌやバンド・デシネなどヨーロッパの影響
もありそうだが、「よくきかれるのですがまったくないし、よく
知らない。むしろ外国人のお客さんにはとても 和的 だと言
「多摩動物公園のチーキそっくり!」横浜市立金沢動物園の広
報担当、高橋麻耶さんは手を叩く。井原宏蕗さんが作った作
品「fading -increasing-」 は 絶 滅 危 惧 II 類(Vulnerable) に
分類されるアフリカゾウを、鉄と真鍮でかたどった彫刻。高
橋さんによれば、その体つきがチーキというメスゾウにそっく
りなのだという。その体は、小さな小さな鉄の薄いピースが
繋ぎ合わされることで出来ている。鉄の固体然とはしていな
い。どこかもっと繊細だ。ところどころ不思議な穴が開き、光
と空気と湿気を孕んで、森の中に立っている。それぞれピー
スの周囲はすこしばかりの錆を感じさせ、ゾウの足には森の
蔓が絡まり、長い鼻の裏には、セミが抜け殻を残している。
そんな森との一体感を醸し出す泰然とした作品が、若い彫刻
家の卒業制作だという。
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井原宏蕗さんは今年東京藝術大学大学院を卒業したばか
展示情報
り。にもかかわらず既に 20 回ものグループ展と 3 回の個展
・9 月 27 日∼ 10 月 5 日 ギャラリー広田美術(東京)(グループ展)
経験を持ち、銀座の画廊でも作品が扱われる。1988 年、大
www.hirota-b.co.jp
阪に生まれた。近県の奈良に住む祖母は、孫をたいそう可
愛がってくれたという。そんな土地柄もあり、小さい頃から仏
像などにも親しんで過ごした。5 年前、そのやさしい祖母が
なくなった時から、動物モチーフを作り始めた。
「彫刻というのは瞬間を捉えられる芸術です。僕はそれを使っ
て消えかけていく記憶をとどめたい」
。そう語る井原さんは、
他にも同じく絶滅危惧種である雪ヒョウや、ペット化され野性
が消えかけているウサギなどをモチーフに、実際の動物大の
姿に、さまざまな穴のあいた像を作り続けている。
空間を内包し、今にも消え行きそうな不安定な形をした作
品を作るため「金属でなければできない部分が大きいんです」
と語る井原さん。実は最初は金属を扱うことに怖さがあった。
相手はエネルギーを多分に秘めた塊である。扱う道具も危険
物が多く、万一事故があった場合の被害は計り知れない。授
業でも散々おどされたという。「爆発すると周辺 1 キロが焼け
野原になるよ」と言われながら挑んだ実習だったが、実際に
金属を触ってみてその魅力にとりつかれた。「エネルギーを
持った金属に対峙して、
こちらも覚悟をもって全力で火を使う。
その時のエネルギーのぶつかり合いが本当に綺麗なんです」
。
とはいえ、「恐怖心は今でもありますね」
。
更に鉄には特別な感慨があるという。「最初に扱ったのが鉄
だったんです。アルミや真鍮、銅、ステンレスなどいろいろ
な素材に挑戦していますが、最近はまた鉄に戻ろうかなと思っ
ています」
。鉄は錆びる、それがなんだか「元の鉄鉱石へ、
自然へ戻ろうとしているように見えるんです」
。
我々が真夏の動物園で出会った象も、そこに在りながら、
どこか地球へ還ろうとしているようだった。
左:アフリカゾウをモチーフにした作品「fading -increasing-」は、横
浜市立金沢動物園に寄贈され、今日も子どもたちを喜ばせている。
上:井原宏蕗さんと、東京藝術大学大学院の作業場。
www.koroihara.com
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