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J apanese tex t
2013年 秋/冬号 日本語編
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下絵に合わせて切り抜き、嵌め込んでいく色金重ね高肉象嵌
高岡─鋳物の街の物語
技法の第一人者。金や銀の配合を自ら行い、金属のみで構
成されているとは思えない多彩な色で表現する。御車山の車
撮影=佐藤竜一郎、沼知理枝子(p.49 左上)
輪の飾り金具の修復作業も手掛けている。2014 年には、御
文=直江磨美 コーディネート=政所利子(玄)
車山会館が開館する予定で、そこには「平成の御車山」と呼
p.062
富山県・高岡市は 400 年を超える鋳物産業の歴史をもつ銅
器の町だ。さまざまな鋳造技法を駆使してかつて銅器の黄金
時代を築いた高岡は、今また新しいデザインのウェーブを受
けて、新たな金属の街として歩み始めた。昔ながらの千本格
子が美しい町並みで金属を愛して止まない素敵な人々と出
会った。
ぶ、現代に蘇る山車を 1 基新調する。鳥田さんも自分の持つ
技術を結集して、新たな金具作りに弟子とともに取り組んで
いる。
高岡は富山湾に面した日本海側の中心都市であり、日本の
銅器生産のトップシェアを誇る巨大産地だ。江戸時代は、隣
の加賀藩の領地であり、藩の保護を受けながら金属産業が発
展し、それ以後も時代が求めた金属製品を作り続け、400 年
鋳造メーカー能作の、倉庫に 4,000 種類以上あるといわれる木型。色分
以上の「金属の町」としての歴史を持つ。
多くの生産地が藩制の解体とともに衰退していった中、藩
けは、ひと目でわかるように、木型職人によって異なる。
の保護を失った後も高岡は、近代化の波に乗りますます発展
(p.046)
していった。いち早く海外に目を向け、1873 年のウィーン万
溶解炉で熱せられた金属の合金は空気に触れた瞬間に大量の蒸気を巻
博や 1878 年のパリ万博など次々と海外の万国博覧会に出展
きあげる。
し、外貨獲得を目論む明治政府からの依頼もあって、高価な
右ページ左:溶けた金属を型に流し入れる瞬間。
右:型の表面には、白い粉の剝離剤をかけて、金属が型にくっつかない
作品を制作していたという。当時の作風は、過剰なまでの技
巧を凝らした装飾的な作品が多く、これらは今も世界各地の
ようにする。
下左:鋳型には、鋳物砂という砂と粘土鉱物が混在した砂を詰める。
美術館やコレクターが所蔵しているものも少なくない。次第
下右:型から外したばかりの金属。これから表面を磨く作業に入る。
に洗練されたデザインに移行し、下図のみを描く図案家も登
場。国からの指導も入りながら工芸デザインに対する認識も
高まっていった。また、工房で一品を作るという態勢では生
高岡は金属の町、今に伝える技と輝き
p.048
豪華絢爛な細工が施された巨大な山車の車輪が目の前を颯
爽と駆け抜けていく。町ごとに趣向を凝らした山車がズラリと
勢ぞろいする姿に息をのむ。毎年5月1日に開催される「高
産が追い付かなくなり、鋳造、彫金、着色、研磨など分業態
勢を取り、問屋がこれらを統括するというシステムが確立。
その後も、時代に即した金属を作り続け、製法と加工の技術
を発展させながら、今に至っている。
。金工、漆工、染色など高岡の優れた工芸技術
岡御車山祭」
の装飾が車輪や高欄、長押等に施され、高岡の伝統工芸の
(p.048)
意匠を今に伝える貴重な山車だ。現在の山車は、江戸時代
過去の意匠を基に、金具を製作する鳥田宗吾さん。パーツ一つ一つを
に製作されたもので、その技法は明治時代に途絶えてしまっ
たがねなどで打ち出して、立体的に造形していく。
たものも多い。象嵌師の鳥田宗吾さんは、金、銀、銅を溶か
してお湯の中に流し入れる湯床吹きで合金作りから手がけ、
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(p.049 左)
豊臣秀吉から拝領した山車を第 2 代藩主・前田利長が高岡の町民に与
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えたことが始まりとされている高岡御車山祭。7基の山車が町を巡行す
作品は、現代の生活空間にも合った洗練されたフォルムの茶
る。
釜。「ここ数年で、オリジナル作品を創作する楽しさがわかっ
てきました。従来の伝統的な茶釜だけでなく、現代的、アー
(右)
日本神話の「八岐大蛇」をモチーフにした二代横山彌左衛門作「武人
トのようなものにも挑戦していきたいです」と畠さんは話す。
文大香炉」
(高岡市美術館蔵)
。細密な描写がすべて鋳造によるものであ
茶道家の小泉昇さんも古い金屋町の町家造りの家に惚れ
ることに驚かされる。
込み、数年前にこの地に移り住んできた。倒壊寸前だった家
屋を一からリフォームして趣ある佇まいに戻し、茶道教室を
(下)
主宰している。小泉さん自身も学生時代は、金属美術工芸作
下図とは絵柄だけでなく、使う材質、色、技法など細かな指示がされた「設
」(高岡市
計図」のようなもの。「葛に女郎花文花瓶下図(金森家下図)
立博物館蔵)
品を製作し、高岡の金属工芸への造詣も深い。「この金屋町
の町並みや建物に魅せられました。夏は暑くて冬は寒いです
が、その季節感を感じる生活が贅沢ですね」
。
この町は、「町家のライフスタイル」と「現代の工芸」が
結びついた生活がよく似合う。生活を営む人々がその魅力に
金屋町で金属とともに暮らす
気付き、高岡のルーツともいえるこの金屋町で金属が身近に
p.050
「トントンカンカン」とどこからともなく金属音が身体に響いて
ある生活を伝えていくことが高岡銅器の未来を切り開くことに
なるのかもしれない。
くる。家屋の裏にあるキューポラ(溶解炉)からは煙がもくも
くと立ちのぼり、赤い炎を巻きあげながら金属が溶かされる。
仕上がった製品は、千保川の船に乗せられ、海を渡って日本
中に売りさばかれていく。金屋町の通りを歩きながらかつて
の風景に想いを馳せると、当時の熱が伝わってくるようだ。こ
(p.050 上)
水の波紋を題材にして作られた畠春斎さんの作品「波文平釜」
。鐶付は
水の滴をイメージ。
(下)
の町は熱を帯びていると思う。金属の熱さ、鋳物師の熱気な
生まれも育ちも金屋町の三代目畠春斎さん。「水の文様」をテーマに創
ど、この町が持っている「熱」は、今も町の片隅から放射さ
作を行い、展覧会にも出品する。写真中は鋳型に紋様を彫り込む製作風
れている。
景。右は、地金を溶かした旧南部鋳造所のキューポラ(溶解炉)
。2000
高岡の鋳物発祥の地・金屋町。千本格子の町家と銅片が
年まで使われていた。
敷き込まれた石畳が美しい町並みを持つ。現在、金属産業
に従事する人は、郊外の工業団地に移転してしまい、かつて
のような職人たちであふれる賑やかな町ではない。しかし、
(p.051)
町家で茶道教室を開催する小泉昇さん。茶道具では、自身で制作したも
のも使う。玄関には、銅版のつくばいを鉢に見立てて花活けするなど、
金屋町は、高岡のルーツ。その魅力に気付いた人々が、若
金属を上手く日常に取り入れている。
手金属工芸作家が集うギャラリーや高岡銅器の新ブランド
伝統的な町家造りらしく、細長い建物内には火事を防ぐために、中庭を
「KANAYA」を立ち上げるなど、この町の持つ歴史や雰囲気
に惹かれて再び人が集まってきている。
隔てて土蔵が建てられるなど鋳物を生業にしていた人たちの生活の知恵
も垣間見られる。
この町に代々住まう茶釜師の 3 代目畠 春斎さん。2 代目の
父親も高岡工芸界の発展に尽力した人物で、物心ついたとき
から、父の作業風景を見て自然と作り方を覚えていたという。
Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 巻頭特集 高岡 ]
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が詰まった製品ばかりだ。実際に使ってみると、錫は、抗菌
NEW DESIGN メタルに鋳物師たちの技が光る
p.052
作用が強く、またお酒の雑味が抜けて美味しくなる。料理も
ここ最近、高岡の金属製造会社から次々と発表される製品は、
鏡面のように映すことで、盛り付けの美しさを際立たせてくれ
金属の「重い、硬い」というような固定観念を覆すような軽
る。金属にはまだまだ多くの可能性が秘められている。
やかで滑らかな曲線を持つ製品が多くなったと感じる。その
代表ともいえるのが「能作」が発表した錫でできた「曲がる」
シリーズではないだろうか。金属を手で曲げられるということ
は、当初、一般ユーザーには信じられないことだったように
( 左下 )
能作の「曲がる」シリーズ。純度 100 パーセントの錫は柔らかく、手で
簡単に曲げることができ、中に入れる物に合わせて形状を変えることが
できる。
思う。
長い歴史を持つ高岡銅器も、人々のライフスタイルの変化
(右)
もあって、近年需要は変わってきている。大正5年の創業の
上段左 : 花びらを曲げて菓子器やコースターとして使用できる「フラワー
能作も、つい 10 年前までは、仏具、茶道具、花器を中心に
トレー」各 2,625 円。能作 www.nousaku.co.jp
製造し、問屋へ納める下請け会社だった。しかし、従来の製
品作りだけでは先細りすることが目に見えていたので、新し
い金属製品への転換をおこなったのが、現在の社長の能作
中:インテリアにもなるダンベル「アクアリウムダンベル」0.5㎏ 9,975 円、
1㎏ 16,800 円、2㎏ 26,250 円。竹中銅器 www.takenakadouki.co.jp
右:一輪挿しの「そろり」L 6,825 円、S 4,725 円、
「そろり銀」L 8,925 円、
S 6,825 円。マットな仕上がりの「小長皿布目」4410 円、
「中皿」9450
克治さん。「今までのようにエンドユーザーである消費者の顔
円、
「小皿」4,200 円、
「長皿」7,875 円。真鍮風鈴「ホルン」
、
「オニオン」
を見ることなく作っていたのでは、こちらの想いが伝わらない
各 4,515 円。酒器の「ちろり」S 9,450 円。七角形の小鉢「Kuzushi-Ori」
し、販路も拡大しない」と社長自らがデザインして風鈴を東
中 4,410 円。金属の自然な崩れた形の小鉢「Kuzushi-Yugami」中 4,410
京の展覧会に出品して好評を得たことをきっかけに、現代の
円。すべて能作。
生活にも合う商品作りをスタート。中でも錫の特性を活かし
た曲がる食器や雑貨、インテリア商品などの日常でも使える
中段左:真鍮無垢でどっしり重い「鋳肌テープカッター」12.600 円。
底面にはシリコンを埋め込み、接地面を傷めない「道具立て」小 9,975 円。
雑貨類を発表し、新スタイルの金属の魅力を生み出し続けて
漆をベースにした塗料で着色し、おはぐろを刷り込み表情をつけた「文
きた。東京にアンテナショップを設置し、ユーザーが実際に
具トレイ」大黒ムラ 5,250 円。二上 www.futagami-imono.co.jp
触ることができ、意見を直に聞くこともできる場をつくった。
機能美を求めたペーパーナイフ「ボーン」ブラックとミガキ各 7,140 円。
海外にも積極的に PR を行い、「メゾン・エ・オブジェ」やフ
ナガエ www.nagae.co.jp
ランクフルト、NY のギフトショーにも出展し、金属製品のト
レンドを発信し続けている。また、常駐デザイナーではなく、
中:アルミニウムの熱伝導率を利用して手の体温で、アイスクリームを
溶かしながら食べる。「15.0%アイスクリームストラップ」各 1,890 円。
タカタレムノス www.lemnos.jp
その都度新しい人を採用することで、そのデザインもマンネ
右:折り紙のように折ったり曲げたりできる錫の板で模様は 3 種類。「す
リ化することなく常に新鮮さを失わない。
ずがみ」各 2,100 円。シマタニ昇龍工房 www.syouryu.co.jp
これらの能作の活躍に触発されて、職人自らが作って販売
するという動きが活発になり、今では数多くの会社がオリジ
ナルブランドを立ち上げ、現代の生活に合った製品を作って
いる。金属の重さを活かした道具立て、シャープさを前面に
押し出した香炉、音の響きにこだわった卓上おりんなど、ど
下段左:香炉「オイスターインセンス」大 10,815 円、小 8,400 円。ナ
ガエ
中:洋梨の上部がりん棒となっている「pear」各 8190 円。季節の花や
植物をイメージした卓上りん「hananorin」各 6,930 円、
りん棒 2,100 円。
小泉製作所 www.super.co.jp
れも金属の特性を知り抜いている職人ならではのアイディア
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右:金沢金箔とのコラボ商品「片口」大金箔 10,815 円。錫は水を浄化
ルの高い若手が中心だ。これから 30 年かけて共に作ってい
しまろやかにするといわれている「ぐい呑」3,360 円。干支の動物をあし
ける時間を長く取りたいという想いもある。彼らは、必ずしも
らった「干支ぐい呑」各 3,500 円。すべて能作。
金属製造業に精通しているわけではなかったので、その発想
は金属の職人にとっては異例といえる注文も多かったが、「極
限まで薄くして欲しい」
という要望に職人も挑戦することによっ
海を越える KANAYA ブランド
p.055
て、レベル向上や意識改革にもつながった。また、欧米文化
「金属+異素材のコンビネーションで今までにない新しい価
に精通した人物の意見を取り入れるために、海外デザイナー
値を生み出したいと考えています。従来の硬く、重く、冷た
にもこの秋から参加してもらう。
いという金属のネガティブイメージを革、木、布、紙などの
「今は、高価格商品が中心ですが、1万円以内のお土産にも
別の素材と組み合わせて、使い手の現代のライフスタイルに
なる商品も開発中。高岡という町の強みは何といってもあら
合わせた商品を開発すれば、金属が生活の中で楽しい存在と
ゆる金属を取り扱い、磨きや着色などの加工技術も質が高い
なりうるのでは」とプロデューサーの桐山登士樹さんは語る。
こと。そして、すべての工程技術がこの一つの町に結集して
2011 年に高岡銅器協同組合の 13 社の有志によって生まれ
いることです。また大きなものから小さなものまで、数個で
た新ブランド
「KANAYA」
。JAPANブランドとしての認定を受け、
も大量オーダーにも対応できる柔軟さ。その特色を活かして、
400 年受け継がれてきた高岡銅器の蓄積を次の時代に繋ぐブ
インテリア・テーブルウェア・スーベニアなどテイストごとの
ランドとして世界を視野に入れた展開を目指している。ここ
ライン展開も考えています」
20 年間で、金属はプラスチックに市場を奪われてしまった。
今年の春には、ブランド名の由来となった金屋町に町家を改
しかし、経年変化によって逆に味わいが増し、その質感が美
装したショールームもオープンさせた。この町家も木造だが、
しいなどの良さが再認識されつつある。金属だけでなく日常
ふすまの金具がお洒落なアルミで作られていたりするなど、
生活を豊かにするモノ作りを評価する機運が海外でも高まっ
金属のエッセンスがちりばめられている。世界を舞台にした
てきており、そのため、世界でも生活を豊かに生き、良い物
高岡銅器のモノ作りが今、始まろうとしている。
を知っている人たちにターゲットを定めて、「KANAYA」では
商品開発を行う。これからは価格競争や国内販売だけでは継
(p.054)
真鍮製のスモールポット。透かし部分の研磨に高度な技術を要する。
続的な発展が難しく、海外シェア5割を目標に掲げてマーケッ
ト展開を行っている。
「アルミ」と「木」を組み合わせたテーブルは、パッと持ち上
(p.055)
左:斑紋ガス青銅色が施されたトレイテーブルの天板。
げてみると金属とはとても思えない軽さに驚き、また温もりも
中左:型から取り出されたばかりのアルミの靴べら(高田製作所)
。
感じさせてくれる。「モメンタムファクトリー・Orii」で着色さ
中右:革に真鍮フレームを組み合わせたマガジンラック。
れた天板なども、鮮やかな色彩ながらも経年変化をしたよう
な落ち着いた風合いがインテリアにしっくり馴染む。「メゾン・
エ・オブジェ」に出展した際も、これらの新しい金属スタイ
中下左:シャープなアルミの脚に花をモチーフにしたトレイを乗せるトレ
イテーブル。
中下右:硫酸銅などの薬品を化学反応させながら着色する折井宏司さん。
右:錆の色を活かした作りの合鉢。
ルの表現に世界のバイヤーから感嘆と好評価を得たという。
開発を手掛けるデザイナーは、ファッションから建築、プロ
www.kanaya-t.jp
ダクトデザイナーまで、国内外で活躍する 30 代のポテンシャ
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ポテンシャルの高い若手には、ぜひ希少技術を受け継ぎなが
新しい世代が技と心を引き継ぐ
p.056
金屋町の石畳通りの奥に立地する「金屋町金属工芸工房か
ら、新しい高岡銅器の世界を構築していってほしい」と語る。
今、高岡の各所で、未来を見据えた活動が始まっている。
んか」からは、連日、若手金属工芸作家たちの賑やかな声
が聞こえてくる。かんかは、2010 年に開所したギャラリーを
兼ね備えた工房で、若手がお互いの技術を高め合いながら
育っていく活動拠点となっている。メンバーの平戸香菜さん
は茨城県出身。石川県の金沢美術工芸大学で金工に出会い、
(p.056 上 )
「マネキン ∼ hiraku ∼」は、染織家の安井未星さん、尾崎 迅さんと(株)
「道具」のコラボレーションで制作された。奥にそびえ立つのは高岡銅
器の職人の技術の結晶と称される「高岡大仏」
。日本三大仏の一つとも
いわれる。
高岡に移住してきた。「高岡は、材料屋さんも豊富に揃い、
鋳込みを行う作業場も近くにあるので創作しやすい場です
ね」
。鋳造の立体造形物作品を主に手掛け、佐野ルネッサン
ス鋳金展でも大賞を受賞している。
同じくメンバーの尾崎 迅さんは、2012 年の高岡クラフトコ
ンペティションにチームで出品した「マネキン ∼ hiraku ∼」
がファクトリークラフト部門のグランプリを受賞した経歴の持
(下左)
銅器・漆器産業の若手従事者で運営する「高岡伝統産業青年会」にも
所属しながら活動する尾崎迅さん。
(下中)
工芸センターの作業場を工房として間借りしながら創作活動をしている大
江浩二さん(奥)と平戸さん(手前)
。
ち主。大阪府出身、金沢美術工芸大学で金工を学んだ後、
工芸以外の分野で働いていたが、かんか代表の槻間秀人さ
んに声をかけられて高岡にやって来た。当初は、分業制とい
う産地システムに疑問もあったそうだが、次代を見越しなが
ら奮闘する同世代の仲間や鋳造会社「道具」の社長との出会
(下右)
高岡市デザイン・工芸センターの高川昭良さん。行政ならではの立場で
普及活動、若手の育成などを行っている。
(p.057 上)
いもあってこの地に腰を落ち着かせることに。「道具」に勤務
鋳造の技法で制作された作品「森の外へ」
。平戸香菜さんは、かんかの
しながら、様々な分野のエキスパート職人に弟子入りして技
立ち上げから携わり、小学校講師をしながら創作に励んでいる。
術を学び、オリジナル作品も制作する。「今は、羽布研磨と
いう専門技術を習得しています。職人さんが、まるで息子の
ように扱ってくれて有り難く感じます。年配の熟練者と若手と
のパイプになりながら、高岡を盛り上げていきたい」と尾崎
さんは話す。
(下)
金屋町金属工芸工房かんかでは、一般の人が金属で作品を作るワーク
ショップも開催している。
kanaya-kanka.cocolog-nifty.com
彼らのような若手作家の支援を高岡市デザイン・工芸セン
ター所長の高川昭良さんらは行っている。センターの施設で
ある作業場の提供、技術指導、展示する場を提供するなど若
祈りを込めて
手作家が思いきり創作活動に取り組める環境が与えられる。
p.059
大江浩二さんも、象嵌師の鳥田宗吾さんに弟子入りしながら、
「ご∼∼∼ん」というお寺の鐘の音は、誰もが心休まり、心
この作業場で金具修理などの仕事を引き受けている。高川さ
に響く音ではないだろうか。時を告げ、一年の煩悩を清める
んは「高度な技術を身に付けても発揮する場がなければ、宝
「除夜の鐘」としても使われる。その梵鐘作りで日本一のシェ
の持ち腐れ。我々も市場開拓などビジネス部分を手伝うので、
アを誇るのが高岡の老子製作所。納入先には西本願寺や
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三十三間堂、成田山新勝寺、池上本門寺など名刹・古刹が
並び、広島市の「平和の鐘」も手がけている。世界各国から
も発注があり、台湾にある外口径 2.6 メートル・高さ 4.5 メー
トル・重量 25 トンの世界最大級の「法華鐘」も製作した。
梵鐘の製作工程は儀式的でもある。金属を鋳込む
「火入れ式」
(p.059 下左)
左ページ左:高岡市二上山に設置されている「平和の鐘」
。誰でもつけ
る梵鐘としては日本最大級の大きさ。右上:火入れ式のときには、梵鐘
に仏様を祀る。中:浮文字を型の胴体に埋め込む。下左:1,300 度の銅
合金を 1,090 度まで冷まし、湯口から一気に鋳型に注入する。下中:鋳
型は大変重いため、
クレーンで移動させる。下右:梵鐘を支える吊り金具。
当日は、お寺の僧侶や檀家などの関係者が工場に足を運び、
お経を唱える。金属に魂を吹き込むかのように梵鐘作りを祈
りながら見守る。日本の梵鐘は形、大きさより何よりも、余韻
のある音の響きやうねりに重点が置かれる。この音色にこだ
わりながら日々、製作されている。
この金属の音色を楽しむ文化というのは仏教圏の中でも日
本独特のもので、とくに磬子は、日本でしか見られない仏具
(右上)
老子製作所では、親鸞などのブロンズ像も数多く製作している。
www.toyama-smenet.or.jp/ oigo/
(右下)
朝一番の神経が研ぎ澄まされた時間帯に、調音作業を行う島谷好徳さん。
大小様々な磬子は、職人によって微妙に形の違いが出る。
といわれる。磬子とは、寺院に置かれる鉢形の銅器で読経の
前後などに、木の棒で打ち鳴らす鳴り物のこと。磬子を手が
けている「シマタニ昇龍工房」では、今でも伝統的な作業方
法で磬子製作を行っている。最も重要な工程は「調音」
。こ
れは、職人の勘だけで音を調節していく伝統技術で、一子相
伝で代々受け継がれていく。調音作業は、金槌で口径部分を
中と外から叩き、音を聞き分け、また叩いては音を聞くとい
う作業を繰り返しながら調整していく。「職人の言葉で『甲・
乙・聞』の3つの音が存在するといわれ、『甲』は、打った
瞬間に出るカ∼ンという音。『乙』はワ∼ン・ワ∼ンと鳴る中
音域。『聞』は最後まで残って鳴っている「モ∼∼ン・モ∼
∼ン」という音。この3つの音のうねりを調音して、完成しま
す。私も父親の調音作業をそばでひたすら聞きながら微妙な
違いを体得していきました」と四代目となる島谷好徳さんは
話す。
お寺の鐘や磬子から発せられる余韻に満ちた音色は、今も
昔も、人々に心の平穏をもたらしてくれる存在だ。音に願い
を託し、祈りを込めるという光景も日本の美しい風習といえる。
これらの銅器の音も、微妙なズレも聞き逃さない耳を持ち、
人間に安らぎを与える音を追求してきた高岡の職人技があっ
てこそ生み出される至高の音。あらゆる金属を育む町・高岡
には、今日も心地よい銅器の音色がどこからともなく聞こえて
くる。
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