独自の技術開発で、 世界の船舶CO2削減をリード

ステークホルダー・ダイアログ
独自の技術開発で、
世界の船舶 CO2 削減をリード
国際海運事業からは、世界の総排出量の約 2.7%を占めるCO2 が排出されています【P.17※ 1 参照】。
これらのCO2をいかに減らしていくか。その国際的な規制に絡む各国の動向や、
日本郵船の環境特命プロジェクト、技術開発などについて専門家を交え、意見を交換しました。
環境規制の先を見越すヨーロッパ
の加速です。2020 年にはヨー
司会 本日は、国際海運が環境に与える影響や、CO2 排出削
ロッパ域内の海上輸送を現在
減に向けた各種の取組みについて議論を深めたいと思
に比べて3 割増やそうとしてい
います。まず、華山さんから、現在の国際海運と環境規
ます。海・陸を含めた全体の輸
制論議の概要をご紹介いただけますか。
送量は1.5 倍になると予測され
華山 IMO(国際海事機関)では、
2009 年 12月のCOP15(国
ていますので、実質的に倍の量
連気候変動枠組条約第 15 回締約国会議)に向けて国
を海上で運ぶことになります。
末岡 英利氏
際海運部門からのCO2 削減目標を策定しようとしていま
華山 EUでは2010 年に舶用燃料の
すが、新興国の反発もあり、2009 年春時点では削減目
硫黄分規制が厳しくなり、陸上
標については一切話し合われていません。COP15まで
と海上の輸送コストが逆転することが懸念されています。
には目標値の取りまとめはできないと観測されています。
陸上輸送との競争を強く意識しながら、燃料削減のため
末岡 EUはすでに、先を見通した動きを見せています。つまり
マルコ・ポーロ・プロジェクト【P.17 ※ 2 参照】などに象徴さ
14
れるモーダルシフト【P.17※ 3 参照】
NYK Group CSR Report 2009
東京大学大学院
工学系研究科特任教授
のプロジェクトが盛んに行われています。
【P.15 図 1 参照】
左光 私たちアジアは、ヨーロッパの危機意識に追いつき、取
図 1:舶用燃料の硫黄分規制
2010 年 7月
指定海域※2
一般海域
2012 年
1.5%
2015 年
1.0%
4.5%
2020 年 or 2025 年 ※1
0.1%
0.5%
3.5%
※ 1 2018 年に規 制
時期を決定
※ 2 現時点ではバル
ト海および 北 海
を指す
組み内容を学ぼうとしている段階です。しかし、アジア
当初はプロペラを研磨したり、運航面ではウェザールー
諸国の足並みは揃っていません。日本は、京都議定書を
ティング【P.17 ※ 4 参照】を利用するなどといったものでした
まとめた国としてアジア各国を引っ張る役割を担ってい
が、その後、電子制御エンジンの導入など技術面とのつ
るのですが……。
ながりも出てきました。さらに環境特命プロジェクトの
田中 確かに温度差は、縮まってきているとはいえ依然として
発足により、お客さまの理解を得て、減速航海も進めて
大きいですね。例えば造船では、日本と韓国、中国の 3
きました。運航、技術、営業が一体になってこそ総合的
カ国で世界の8 割強を造っているのですが、環境に配慮
な対策として相乗効果が出ると考えています。
した技術ルールなどは造船大国である3カ国がもっと発
信していかなければなりません。
司会 韓国や中国でプレゼンをすると、
「なぜ日本郵船はそこま
で熱心なんだ」と聞かれるそうですね。
田中 一番最初に出る質問は決まって
「経済的に見合うのか?」
末岡 ビジネスモデルの変革をCO2 の削減にもつなげるとい
うことですね。その意味では、こういうアイデアもありま
す。現在、中近東から日本に運ばれる原油の成分の半
分は重油やアスファルトで、残り半分がナフサなどの上
質油です。しかし中東に石油精製プラントを造り、半製
です。最近、燃料油の価格は安くなっていますが、2000
品として輸入すればトン・マイルあたりの貨物の付加価
年当初と比べればまだ倍の水準です。そういうなかで、
値が上がる一方で、輸送量トータルは減るわけですか
「個々の機器を改善していくと、これだけ経済的なメリッ
トがあります」とデータを見せて説明すると「われわれも
何かをやらねばならない」
と考え方が変わります。
ら、CO2 の削減にも結びつけられます。このように物流
チェーン全体で見直す考え方もあります。
華山 CO2 の削減は、NOxやSOxの削減と異なり、民間企業
にとっても燃料コストの削減という直接的なメリットが
環境特命プロジェクトで
各種対策の相乗的な効果を狙う
華山 日本郵船自体の CO2 排出の現状はどうなっているので
すか。
左光 日本郵船の船から排出されるCO2 は約 1,700 万トンで、
そのうち半分強が三国間輸送によります。消費燃料を
あります。一方で、これまで海運業界が本気で CO2 削
減に向けて企業努力をしてきたかとなると疑わしい。同
時に、IMOの各国や民間企業へのCO2 削減の指導力は、
UNFCCC(気候変動に関する国際連合枠組条約)など
に比べると見劣りします。従っ
て、海運業界においては民間側
の取組みが重要になるでしょう。
減らすための改善運動を通じ、2008 年度は前年度に比
特に、スピードを競う運航形態
べて23 万トンの削減を達成する見込みです。
を取るコンテナ船からの排出量
華山 総排出量の1%強を1 年間で削減したことになりますね。
左光 ちなみに当社では、2008 年 4月に「環境特命プロジェ
クト」を立ち上げ、各部署での取組みを総合的に調整
し、相乗効果を高める努力を続けています(P.11,P.43
参照)
。例えば、当社の「Save Bunker キャンペーン」は、
削減は、今後の輸送量の大幅
増加を考えると大きな課題にな
るでしょう。
華山 伸一氏
海洋政策研究財団
主任研究員
NYK Group CSR Report 2009
15
ステークホルダー・ダイアログ
華山 トヨタのプリウスや日本の鉄製錬技術など、CO2 削減技
革新的な船舶 CO2 削減技術が
海運競争力を左右する
術はそれ自体が国際的な企業競争力に直結します。しか
し、造船・海運業界には現時点で目玉になるような技術
司会 当社の技術的な取組みを検証
が存在しません。EU 諸国はそのような技術を開発導入
してみようと思います。
することで、海運業界全体の主導権を握ることを目論み、
田中 2004 年に技術開発のシンクタ
大規模な技術開発を開始しています。
ンク機能を備えた(株)MTIを
末岡 重要なのは燃料電池です。燃料電池の船舶利用を考え
設立しました。当初は環境、新
ておかないと、ヨーロッパがずっと先へ進んでいる、とい
エネルギー、物流の3つを課題
う事態にもなりかねない。しかし、現在の燃料電池の開
として取組んできました。その
発は陸上用や産業用がメインで、船舶用には手がついて
なかで環境、省エネの課題の
田中 康夫
比重が大きくなってきたのです
経営委員
(技術グループ長)
が、技術テーマを整理していく
いません。燃料電池メーカーだけに任せていては始まら
ないと思います。二次電池についても同じことが言えます。
田中 同感です。例えば、大容量の二次電池が欲しくても、
メー
と、ハードのほかに制御やモニタリングなどのソフト面へ
カーさんは陸上用で手一杯で、とても船には手が回って
と広がってきています。
いません。いかに海運にメーカーさんや関係者の目を向
華山 モニタリングは非常に重要であり、CO2 削減の大前提と
けさせるかも重要です。
なるものです。
田中 さらに環境特命プロジェクトでは、技術の時間軸を明ら
船だけでなく周辺への取組みも
かにしようと、まず電気推進などの長期的な目標を掲げ、
そのうえで個別の目標を示しました。例えば、2010 年
末岡 コンテナ船の場合、船だけではなく、貨物を入れている
までにコンテナ船と自動車船のトン・マイルあたりのCO2
コンテナを利用してCO2 削減ができないかということも
排出量をコンテナ船で30%、自動車船で50%削減した
考えてみました。コンテナの底に二次電池を敷き詰めて
技術を実現するといったものです。これなどは総合的な
陸で充電しておき、その電力を推進に利用したらどうで
取組みで、ハードだけでなく荷役の効率や運航の効率な
しょう。空のコンテナだって仕事をしてくれます。
華山 長期的には加えて2つの点をお考えいただきたいと思い
ど、あらゆる面から検証しています。
左光 大切なのは時間軸をどうとらえるかだと思います。本来、
ます。1つ目は陸上では使用できないニッチな燃料、例
長い時間軸で経済効果を評価しなければいけない技術
えば低精錬のバイオディーゼル油などの使用を考慮す
開発を、間違って短期的な経済効果で評価しようとする
ること。2つ目は新技術の普及スピードを早めることです。
と技術開発は死んでしまいます。
良い技術は囲い込みをしないでどんどん使用してもらい、
モーター
図 2:Emission Zero への道
主機エンジン
2008
ディーゼル
発電機
燃料電池
バッテリー
2050 Emission Zero
2020
燃料油
水素など
水素など
推進動力
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船内電力、
冷凍コンテナなど
NYK Group CSR Report 2009
太陽、風力、
陸上電力など
太陽、風力、陸上電力など
図 3:UNFCCCとIMO の動き
UNFCCC
COP13
2007 年 12月
(インドネシア)
IMO
MEPC57
(2008 年 3月)
(気候変動に関する
国際連合枠組条約)
(国際海事機関)
COP14
2008 年 12月
(ポーランド)
COP15
2009 年 12月
(デンマーク)
第 1 回中間会合
MEPC58
第 2 回中間会合
(2008 年 6月) (2008 年10月) (2009 年 3月)
MEPC59
総会
(2009 年 7月) (2009 年11月)
達成可能な技術標準を更新していくことです。そのため
まり気にしていませんでしたが、
には、韓国と中国との造船技術の垣根を低くしていくこ
それが業界と世間のスタンダー
とも考慮するべきでしょう。
ドの違いに気が付かない一因で
司会 ターミナルや陸送などの陸上部門での技術開発につい
てはいかがでしょうか。
2013 年以降
ポスト京都議定書の
新たな枠組み
した。これからはきちんと配慮
しなければならないと思います。
末岡 1つは船と陸との結節点をいかに効率的かつスムーズに
華山 EEDI( 新造船エネルギー効率
するかです。船がCO2を減らす努力をしているのに、
ター
【下記※ 5 参照】の議論
設計指標)
ミナルでは荷を待つトラックの大渋滞が続き、アイドリ
が固まるにつれて、日欧だけで
左光 真啓
ングでどんどんCO2 を出していますが、これではいけま
なく、韓 国と中国の造 船メー
せん。
カーの目の色が変わってきまし
経営委員
(環境特命プロジェクト室長)
左光 欧米や、さらには中国も環境に優しい鉄道輸送との連携
に力を注いでいますね。
末岡 もう1つ注目したいのが、ターミナルで一番電力を消費
しているのはレフコン(冷凍コンテナ)だという事実です。
た。燃費を基準として造船技術
の向上と普及が今後さらに重要になります。そのために
は、メーカー側の技術開発だけでなく、海運業界の後押
しも必要でしょう。
LNG(液化天然ガス)の揚げ地を近場において、LNGを
末岡 役所任せでなく、民間側がどんどん推し進めるべきで
ガス化するときの冷熱を利用するといったアイデアもあ
しょうね。技術のロードマップを明らかにして、その先に
るでしょう。これはターミナル全体の設計段階から検討
どのような削減目標が設定できるかを示して世界をリー
すべきで、1 社では限界があります。
ドして欲しいと思います。
司会 皆さん、本日はありがとうございました。
民間がイニシアチブを取って環境対応を推進
司会 最後に、海運業界の取組みでお気付きの点があればご
紹介ください。
華山 一般の人たちからすれば、海運はまだ縁遠い業界です。
ですから、個別企業の削減努力も充分に周知されてい
※ 1 国際海運とCO2 排出量
2007 年の国際海運によるCO2 排出量は約 8.5 億トンで、これは世界全体のCO2 排出
量の約 2.7%に相当。国際海運は、国境にとらわれないビジネスのため、
「京都議定書」
に定められた各国別のCO2 排出量削減目標からは除外されている
※ 2 マルコ・ポーロ・プロジェクト
ません。本プロジェクトで御社の取組んだ内容とその
EU 域内において、輸送効率や環境問題で限界に近づいているトラック輸送などから、
海上輸送や鉄道輸送への転換を促すプロジェクト
成果については、もっと内外にアピールして良いと思い
※ 3 モーダルシフト
ます。
貨物の輸送手段の転換をはかること。具体的には、自動車や航空機による輸送を、より
環境負荷の低い鉄道や船舶による輸送で代替すること
末岡 技術開発では、その改善結果を「見える化」し、残された
課題も発信すれば、CO2 削減とリンクした海運の新たな
ビジネスモデルへの理解が深まるのではないでしょうか。
左光 船会社はちょっと地味で、内弁慶です。世間の評価もあ
※ 4 ウェザールーティング
最適航路選択、運航管理支援のための気象情報
※ 5 EEDI(新造船エネルギー効率設計指標)
船舶の設計・建造段階で仕様に基づく原単位(トン・マイル)あたりのCO2 排出量を事
前に評価するための指標
NYK Group CSR Report 2009
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