循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 失神の診断・治療ガイドライン (2012 年改訂版) Guidelines for Diagnosis and Management of Syncope(JCS 2012) 合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本救急医学会,日本小児循環器学会,日本心臓病学会,日本心電学会, 日本不整脈学会 班 長 井 上 博 班 員 安 部 治 富山大学大学院医学薬学研究部内科学第二 彦 産業医科大学不整脈先端治療学 協力員 河 野 律 子 産業医科大学第 2 内科 尾 辻 豊 産業医科大学第 2 内科 清 水 昭 彦 山口大学大学院医学系研究科保健学科 小 林 洋 一 鈴 木 昌 慶應義塾大学救急医学 住 友 直 方 日本大学小児科学系小児科学分野 住 吉 正 孝 順天堂大学医学部附属練馬病院循環器内科 髙 瀬 凡 平 濱 崎 秀 一 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 林 田 晃 寛 川崎医科大学循環器内科 牧 功 一 富山大学大学院医学薬学研究部内科学第二 昭和大学内科学講座循環器内科学部門 防衛医科大学校集中治療部 鄭 忠 和 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 循環器呼吸器代謝内科学 循環器呼吸器代謝内科学 中 里 祐 二 順天堂大学医学部附属浦安病院循環器内科 水 西 崎 光 弘 横浜南共済病院循環器内科 宮 武 諭 済生会宇都宮病院救急診療科 堀 進 悟 慶應義塾大学救急医学 渡 松 㟢 益 德 山口大学大学院医学系研究科器官病 山 田 典 一 三重大学大学院医学系研究科循環器内科学 態内科学 辺 則 和 昭和大学内科学講座循環器内科学部門 外部評価委員 奥 村 謙 弘前大学循環呼吸腎臓内科学 島 吉 田 清 川崎医科大学循環器内科 田 和 幸 自治医科大学循環器内科 山 口 徹 虎の門病院 山 科 章 東京医科大学第二内科 (構成員の所属は 2011 年 7 月現在) 目 次 改訂にあたって…………………………………………………… 2 Ⅰ.総 論………………………………………………………… 3 1.定義 ……………………………………………………… 3 2.原因と病態生理 ………………………………………… 3 3.疫学 ……………………………………………………… 4 4.診断へのアプローチ …………………………………… 7 Ⅱ.各 論………………………………………………………… 9 1.起立性低血圧 …………………………………………… 9 2.反射性失神 ……………………………………………… 10 3.体位性起立頻脈症候群 ………………………………… 21 4.不整脈 …………………………………………………… 23 5.虚血性心疾 ……………………………………………… 25 6.心筋症 …………………………………………………… 27 7.弁膜症 …………………………………………………… 29 8.先天性心疾患 …………………………………………… 30 9.その他の心疾患 ………………………………………… 31 10.大動脈疾患 …………………………………………… 32 11.肺塞栓症,肺高血圧症 ……………………………… 33 12.小児の失神 …………………………………………… 35 13.入浴と失神 …………………………………………… 37 14.採血と失神 …………………………………………… 39 Ⅲ.救急での対応…………………………………………………40 1.救急部門(ED)における一過性意識消失と失神…… 40 2.救急部門(ED)における失神患者へのアプローチ… 41 1 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 3.救急部門(ED)における失神患者のリスク層別化… 44 4.外傷予防�������������������44 5.救急部門(ED)における失神の診療アルゴリズム�44 Ⅳ.自動車運転…………………………………………………… 44 文 献……………………………………………………………… 47 (無断転載を禁ずる) 改訂にあたって 失神は日常診療の場でよく遭遇する病態であり,救急 レベルについての記載は省いた.診断・治療方法の推薦 来院例の 1 ~ 2%を占める 1)-3).Framingham 研究では 26 の度合いは以下のクラス分けに従った. 年間の追跡期間中に男性で 3 %,女性で 3.5 %が少なく ①クラスⅠ :有益であるという根拠があり,適応であ とも 1 回の失神を経験している .最近の米国での検討 4) ることが一般に同意されている. では,失神の罹病率は 0.8 ~ 0.93/1,000 人・年であった 5). ②クラスⅡ a:有益であるという意見が多い. 原因疾患によっては生命に影響しないが,失神時に軽微 ③クラスⅡ b:有益であるという意見が少ない. な外傷ばかりでなく骨折,硬膜下血腫,自動車事故等の ④クラスⅢ :有益でないかまたは有害であり,適応で 合併症を起こし得る.しばしば再発し,ときに精神的な 6) ないことが同意されている. 問題を生じることもある . 今回の改訂にあたっては,旧版 7)で統一されていなか 診断手技として,不整脈には電気生理検査,反射性(神 った用語を整理し,検査や治療に関する最新の情報を追 経調節性)失神にはチルト試験が広く行われ,さらには 加し,我が国の日常診療の現場で失神の診療にあたる医 植込み型のループレコーダーが導入され,失神の原因と 療従事者に,現時点での標準的な診療指針を提供するよ なる病態生理の理解が進み,不整脈に対する非薬物治療 う心掛けた.本ガイドラインは唯一絶対の診療方針を提 の進歩とあいまって,適切な診療が可能になってきた. 示するものではなく,診療方針は個々の患者の状況に応 本ガイドラインは可能な限り我が国の研究成果を取り入 じて適宜取捨選択されるべきものである. れた.無作為比較試験が少ないことから,エビデンスレ なお,治療法として推奨された薬剤には保険適応外の ベルが必ずしも高くない研究成績も採用し,エビデンス ものも含まれており,使用にあたっては注意のこと. 【略 語】 ACC/AHA/ESC : American College of Cardiology/ American Heart Association /European Society of Cardiology 米国心臓病学会 / 米国心臓協会 / 欧州心臓 病学会 ARVC:arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy 不整脈原性右室心筋症 ASD:atrial septal defect 心房中隔欠損[症] NET:norepinephrine transporter ノルエピネフリント ランスポーター PCI:percutaneous coronary intervention 経皮的冠[状] 動脈インターベンション PCPS:percutaneous cardiopulmonary support 経皮的心 肺補助[法,装置] CSM:carotid sinus massage 頸動脈洞マッサージ PDA:patent ductus arteriosus 動脈管開存[症] dDAVP:1-Deamino-8-D-arginine Vasopressin デスモプ PDE:phosphodiesterase ホスホジエステラーゼ レシン ECD:endocardial cushion defect 心内膜床欠損[症] ED:emergency department 救急部門 ESC:European Society of Cardiology 欧州心臓病学会 2 細動器 POTS:postural (orthostatic) tachycardia syndrome 体位 性(起立)頻脈症候群 SNRI:serotonin noradrenaline reuptake inhibitor セ ロ トニン・ノルエピネフリン再吸収阻害薬 HCM:hypertrophic cardiomyopathy 肥大型心筋症 SNRT:sinus node recovery time 洞結節回復時間 ICD:implantable cardioverter defibrillator 植込み型除 SSRI:selective serotonin reuptake inhibitor 選択的セロ 失神の診断・治療ガイドライン トニン再吸収阻害薬 TCPC:Total cavopulmonary connection 上下大静脈肺 動脈吻合 Ⅰ 1 VSD:ventricular septal defect 心室中隔欠損[症] VVR:vasovagal reaction 血管迷走神経反応 総 論 定義 失神を表す英語 syncope の語源はギリシャ語の“syn” ( 英 語 で は with,together) と“koptein”( 英 語 で は cut off,strike)に由来する(英語の faint は syncope と同義). 失神は「一過性の意識消失の結果,姿勢が保持できなく なり,かつ自然に,また完全に意識の回復が見られるこ と」と定義される.「意識障害」を来たす病態のなかでも, 速やかな発症,一過性,速やかかつ自然の回復という特 徴を持つ 1 つの症候群である . 前駆症状(浮動感,悪心, 発汗,視力障害等)を伴うこともあれば伴わないことも ある.失神からの回復後に逆行性健忘をみることがあり, 特に高齢者に多い. 失神前状態 near-syncope,pre-syncope は,失神に至る 寸前の状況を指す表現として使用されるが,真の失神の 前駆状態であることもあれば非特異的な「めまい感」を このように表現することもある. 2 TOF:tetralogy of Fallot Fallot 四徴[症] 原因と病態生理 8),9) 失神を来たす病態は様々であるが,共通する病態生理 は「脳全体の一過性低灌流」である.表 1 に失神の原因 表 1 失神の分類 (文献 8 より改変引用) 1.起立性低血圧による失神 ①原発性自律神経障害 純型自律神経失調症,多系統萎縮,自律神経障害を伴 う Parkinson 病,レビー小体型認知症 ②続発性自律神経障害 糖尿病,アミロイドーシス,尿毒症,脊髄損傷 ③薬剤性 アルコール,血管拡張薬,利尿薬,フェノチアジン, 抗うつ薬 ④循環血液量減少 出血,下痢,嘔吐等 2.反射性(神経調節性)失神 ①血管迷走神経性失神 (1)感情ストレス(恐怖,疼痛,侵襲的器具の使用,採 血等) (2)起立負荷 ②状況失神 (1)咳嗽,くしゃみ (2)消化器系(嚥下,排便,内臓痛) (3)排尿(排尿後) (4)運動後 (5)食後 (6)その他(笑う,金管楽器吹奏,重量挙げ) ③頸動脈洞症候群 ④非定型(明瞭な誘因がない/発症が非定型) 3.心原性(心血管性)失神 ①不整脈(一次的要因として) ,房 (1)徐脈性:洞機能不全(徐脈頻脈症候群を含む) 室伝導系障害,ペースメーカ機能不全 (2)頻脈性:上室性,心室性(特発性,器質的心疾患や チャネル病に続発) (3)薬剤誘発性の徐脈,頻脈 ②器質的疾患 (1)心疾患:弁膜症,急性心筋梗塞/虚血,肥大型心筋症, 心臓腫瘤(心房粘液腫,腫瘍等) ,心膜疾患(タン ポナーデ) ,先天的冠動脈異常,人工弁機能不全 (2)その他:肺塞栓症,急性大動脈解離,肺高血圧 となる疾患をまとめた 8).表 2 には,意識障害を来たす 病態で,失神との鑑別を要するものをまとめた 1),8).表 2 のものを失神に含める立場もある 9)が,本ガイドライ 1 脳血管の自動調節機構 ンは欧州心臓病学会(European Society of Cardiology: 血圧が変動しても脳への血流量を維持する機構で,生 ESC)のガイドライン 8)に倣い,脳全体の一過性低灌流 理的状態では,収縮期血圧が 70 ~ 150mmHg の範囲内で によるものを失神として扱うこととする. は脳血流量は一定に保たれる. 脳循環が 6 ~ 8 秒間中断されれば完全な意識消失に至 り,収縮期血圧が 60mmHg まで低下すると失神に至る 10). 2 脳血管局所の代謝性・化学性調節機構 また脳への酸素供給が 20 %減少しただけでも,意識消 PO2 が低下した場合や PCO2 が上昇した場合に脳血管 失を来たす 11).適切な脳循環を維持するために生体には の拡張を促す. 以下の機構が備わっている. 3 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 表2 失神と鑑別を要する意識障害の原因 (文献1, 8より引用) 1.意識消失(完全~不完全)を来すが,脳全体の低灌流を 伴わないもの ①てんかん ②代謝性疾患(低血糖,低酸素血症,低二酸化炭素血症を 伴う過呼吸) ③中毒 ④椎骨脳底動脈系の一過性脳虚血発作 3 疫学 1 失神の発生率・頻度 ①一般人口における失神の発生率 (population-based study) 2.意識消失を伴わないもの ①脱力発作(cataplexy) ②転倒発作(drop attacks) ③転倒 ④機能性(心因性) ⑤頸動脈起源の一過性脳虚血発作 一 般 人 口 に お け る 失 神 の 発 生 率 に つ い て, Framingham 研 究 の 1985 年 の 報 告 で は, 男 性 の 3.0 %, 女性の 3.5%が少なくとも 1 回の失神を経験していた 4). 2002 年の報告では,失神の発生率は 6.2/1,000 人・年, 3 圧受容器反射機構 積算発生率は 10 年間で 6%であった.発生率は年齢とと もに上昇し,70 歳以上で著明な増加を認め,性差はな かった(表 3)12).一方,質問票を用いた横断研究では, 動脈圧が低下した際に,交感神経緊張が反射性に亢進 し心拍数を増加,心収縮性を増加,末梢血管抵抗を増加 失神の発生率(1 回は失神を経験していた割合)は 19 ~ させて,動脈圧を維持する. 39%であり,有意差をもって女性の発生率が高かった. 4 失神の初発年齢の中央値は 14 ~ 25 歳で,若年に発生の 循環血液量調節機構 ピークを認めた(表 4)13)-16).これらを総合すると,失 腎臓,ホルモン等により循環血液量を維持する機構で 神の発生率は若年者と高齢者にピークを有する二峰性の あり,瞬時に動員されるものではないが,この機構が不 分布となる 8). 十分であると失神を生じやすくなる. 我が国には失神に関する population-based study が存在 これらの代償機転にもかかわらず,脳循環の自動調節 しないため,一般人口における失神の発生率は不明であ 機構の範囲を超えて血圧が低下し,しかもある一定以上 る. 背 景 と な る 人 種, 人 口 構 成 が 異 な る が, の時間持続した場合に意識消失が生じる. Framingham 研究の結果から単純に計算すると年間約 79 万 人( 平 成 22 年 度 の 日 本 の 総 人 口 1 億 2,800 万 人 × 6.2/1,000 人・年)が失神しており,横断研究の報告を 考慮すると発生数はこれより多いと推測される. 表 3 コホート研究における失神の発生率,原因別頻度と予後 著者名 報告年 国 追跡 患者数 平均 年齢 追跡 期間 失神 患者数 失神患者 平均年齢 性別 (男性) Soteriades12) 2002 米国 7,814 51 歳 平均 17.0 年 822 65.8 歳 42% Savage4) 1985 米国 5,209 46 歳 26 年 172 男 52 歳, 女 50 歳* 2 41% 心原性 10% 原因 血管迷走 起立性低血圧 神経性失神 21% 9% 84% が isolated syncope * 3 不明 37% 6.2/1,000 人年 積算発生率 (10 年) 6.0% 積算発生率 男 3.0%,女 3.5% 予後 血管迷走神経性失神 心原性 不明 とその他 死亡ハザード比* 1[95%CI] 2.01 1.08 1.32 [1.48 ~ 2.73] [0.88 ~ 1.34] [1.09 ~ 1.60] isolated syncope は,失神のない群と比較して死亡リスクの上昇なし * 1 失神のない群との比較で多変量補正後 95% Cl:95%信頼区間 * 2 初回失神の平均年齢 * 3 isolated syncope は疾患の病歴がない失神と定義 4 失神の発生率 失神の診断・治療ガイドライン 表 4 横断研究(質問票)における失神の発生率,初発年齢と複数回の失神を経験した割合 失神の初発年齢 年齢 (歳) 発生率(1 回は失神を経験 複数回の失神を した割合) ,% (中央値) ,歳 報告年 国 調査数 平均 or 経験した割合,% 中央値 全体 男性 女性 全体 男性 女性 著者名 Ganzeboom13) 2003 オランダ 2006 オランダ 549 48 Chen15) 2006 米国 1,925 Serletis16) 2006 カナダ 290 14) Ganzeboom 394 24 47 * 15 15 15 62 35 28 41 * 18 20 17 64 62 19 15 22 * 25 33 22 47 39 32 25 40 * 14 21 39 *女性>男性 有意差あり 米の hospital-based study の報告は,主に ED を受診した ②病院受診者における失神の頻度 (hospital-based study) 失神疑いの一過性意識障害患者を対象としており,原因 欧米の報告では,救急部門(emergency department: 失神が 35 ~ 65 %,起立性低血圧が 3 ~ 24 %,原因不明 ED)受診者における失神疑いの一過性意識障害患者の頻 が 5 ~ 41%であった.また,この中には,3 ~ 20%の割 17) -23) 度は 0.9 ~ 1.7%で,入院率は 36 ~ 68%であった(表 5) . 合で非失神の病態による一過性意識障害が含まれていた 別頻度は心原性失神が 5 ~ 37%,反射性(神経調節性) Framingham 研究では,失神を経験した人のうち医療機 (表 5)17)-23),27).以上をまとめると,研究間の差が大き 関を受診したものは 56 %であった 12).オランダの研究 いが,反射性(神経調節性)失神の頻度が最も高く,心 では,一般人口の失神の発生率 18.1 ~ 39.7/1,000 人・年 原性失神がそれに次ぐ.原因不明が占める割合も少なく に対して,一般診療の受診が 9.3/1,000 人・年,ED 受診 なく,失神の原因を確定することの限界が示唆される. は 0.7/1,000 人・年と報告されており,ED を受診する失 年齢別に原因別頻度を検討した報告 28)-31)を表 6 に示 神患者は,一般人口における失神を経験した人の選択さ す.若年者では反射性(神経調節性)失神の頻度が高く, れた集団といえる 23) 高齢者では心原性失神,起立性低血圧の頻度が高くなる . 我が国の医療統計である厚生労働省「患者調査」では, 傾向を認める.また,高齢者では失神の原因が複数存在 疾患分類に失神の診断名は存在せず,全国規模での失神 する割合も高くなる 15). 患者の統計は存在しない.東京都内の大学病院における 我が国の報告をみると,ED に救急搬送された患者を 救急車搬送患者の主訴を検討した報告では,急病患者の 対象とした研究 26),神経内科を紹介受診した患者を対象 うち一過性意識障害を主訴とする患者は 13 %で,一過 とした研究 31)では,原因別頻度は欧米の報告とほぼ同様 性意識障害の 79 %が失神であった .同一施設からの であった.一方,循環器病棟の入院患者を対象とした研 報告であるが,外因を含めたすべての救急車搬送患者の 究では心原性失神が最多であったが 32),これは診療部門 24) うち,3.5%が失神患者であった 25),26).平成 21 年度の東 京消防庁の救急出場件数は約 65.6 万件あり,概算する と東京都(人口約 1,300 万人)で年間約 2.3 万人が失神 のため救急搬送されていると推測される.したがって, 我が国の ED においても失神は頻度の高い症候である. 2 失神の原因別頻度 の特性(患者の選択バイアス)によるものと考えられる (表 5). 3 失神の予後 ①失神発症後の死亡および有害事象のリスク Framingham 研究からの報告では,心原性失神を起こ 失神の原因は多岐にわたり,その分類方法は報告によ した人は,失神を経験しなかった人と比較して死亡のハ り幅があるが,予後の比較という観点からは,心原性, ザード比が 2 倍となり,心血管系イベントのハザード比 非心原性〔主に反射性(神経調節性)失神,起立性低血 は 2 倍以上であった.一方,血管迷走神経性失神を起こ 圧 〕, 原 因 不 明 の 分 類 が 用 い ら れ る こ と が 多 い. した人は,死亡,心血管系イベントのハザード比ともに Framingham 研究における失神の原因別頻度は,心原性 が 10 %,非心原性のうち血管迷走神経性が 21 %,起立 12) 性低血圧が 9%,原因不明が 37%であった(表 3) .欧 失神を経験しなかった人と同等であり予後良好であった (表 3)12). 欧米の hospital-based study でも,心原性失神患者の累 5 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 表 5 Hospital-based study における失神疑いの一過性意識障害患者の ED 受診者に占める割合,入院率と原因別頻度 著者名 報告年 年齢(歳) 性別 患者数 平均 or (男性),% 中央値 国 原因,% ED 受診 反射性 者に占 入院率, 心原性 (神経調 起立性 非失神 める割 % 失神 節性) 低血圧 の病態 合,% 失神 診療 部門 不明 欧米の報告 Ammirati17) 2000 イタリア 195 63 44 ED 68 650 60 48 ED 1.1 21 35 6 20 18 11 38 24 8 14 Sarasin18) 2001 Crane19) 2002 イギリス 210 55 39 ED 1.7 36 7 38 3 11 41 20) 2002 フランス 454 57 43 ED 1.2 63 10 48 4 12 24 2003 イタリア 980 60 47 ED 1 46 11 45 6 16 19 2005 フランス 524 58 41 ED 1.3 47 7 46 12 5 28 Brignole22) 2006 イタリア 745 66 50 ED 0.9 39 13 65 10 6 5 Olde Nordkamp23) 2009 オランダ 672 46 49 ED+ 循環器科 0.9 5 39 5 17 33 987 58 56 循環器科 37 56 6 3 20 5 ~ 37 35 ~ 65 10 37 21 15 22 7 52 17 Blanc Disertori21) 1) Blanc Chen27) 2003 スイス 米国 0.9 ~ 1.7 欧米の報告の頻度の幅 36 ~ 68 3 ~ 24 3 ~ 20 5 ~ 41 日本の報告 Suzuki26) 2004 日本 715 58 55 藤沼 31) 2009 日本 103 53 55 Tanimoto32) 2004 日本 118 66 64 ED 3.5 神経内科 (外来) 循環器科 (入院) 32 14 43 25 ED:救急部門 表 6 各年齢群における失神の原因別頻度 著者名 Romme28) 2008 国 診療部門 オランダ ED + 循環器科, 神経 内科, 内科 Del Rosso29) 2005 イタリア Ungar30) 2006 イタリア 藤沼 31) 2009 日本 ED:救急部門 6 報告年 循環器科 老年科 神経内科 年齢群 (歳) 原因,% 性別 反射性 (神 患者数 (男性) , 心原性 起立性 非失神 経調節性) % 低血圧 の病態 失神 失神 不明 < 40 158 39 1 73 3 11 12 40 ~ 59 175 66 6 63 7 11 13 ≧ 60 170 61 20 45 17 6 12 < 65 224 50 12 69 1 20 ≧ 65 261 58 34 52 3 11 65 ~ 74 71 42 11 62 4 14 ≧ 75 160 43 16 36 31 9 < 60 55 45 9 31 0 22 38 ≧ 60 48 67 21 12 15 4 48 失神の診断・治療ガイドライン 積死亡率および突然死の発生率は,非心原性失神や原因 不明の失神患者と比較して高く,心原性失神は予後不良 であることが示されている 18),33)-35).我が国の救急車搬 送患者を対象とした研究でも,心原性失神の患者は非心 原性失神の患者と比較して死亡率が有意に高く,欧米の 報告と同様の結果であった 26).一方,進行した心不全患 者においては,失神はその原因によらず突然死と関連の あることが報告されている 36).したがって,失神後に発 生する死亡や有害事象の多くは,失神の背景にある疾患 の重症度と関連していると推測される 8). ②失神の再発リスク Framingham 研究では,失神の再発率は 22 ~ 28%であ った 4),12).また,質問票による横断研究では複数回の失 神を経験している割合は 47 ~ 64%と高値であった(表 4)13)-15).失神の再発を予測する最も強い因子はこれま でに経験した失神の回数であり,経験した失神の回数が 多いほど再発のリスクが高くなる37).失神の再発自体は, 必ずしも死亡や突然死との関連を認めていないが,繰り 返す失神は他の慢性疾患と同様に生活の質を低下させ日 常生活に深刻な影響を及ぼす 38),39). ③失神による外傷合併のリスク 失神では立位保持ができなくなった際に,受け身をと 表 7 診断へのアプローチ 1.基本的検査 1)病歴 2)身体所見 3)起立時の血圧測定 4)心電図 5)胸部 X 線写真 2.特定の疾患が疑われた場合 1)反射性(神経調節性)失神および類縁疾患 ①チルト試験 ②頸動脈洞マッサージ ③長時間心電図(ホルター心電図,体外式イベントレコ ーダー,植込み型ループレコーダー) 2)心疾患 ①心エコー図 ②長時間心電図(反射性失神に準じる) ③運動負荷試験 ④電気生理検査 ⑤心臓カテーテル検査,冠動脈造影 3)大血管疾患(肺血管を含む) ① MRI ②造影 CT ③肺血流スキャン ④血管造影 4)神経系疾患 ①神経内科,脳外科へのコンサルテーション ②頭部画像検査:CT,MRI 等 3. 失神以外の意識障害が疑われた場合 1)血液検査:血糖値,動脈血ガス分析,薬物血中濃度等 2)頭部 CT,MRI,MRA 等 3)頸動脈エコー 4)脳波 5)精神・心理的アプローチ 6)その他,病態に応じた検査 れずに転倒することが多く,外傷合併のリスクがある. 我が国の報告では,救急搬送された失神患者の 17 %が 25) 徴的な所見,外傷の有無等に注意する. .ED 受診者を対象とした欧米の 病歴聴取・身体所見(血圧測定も含む)・心電図検査 報告では,外傷の合併率は 26 ~ 31%,うち骨折等の重 による初期評価に加え,状況に応じて頸動脈洞マッサー 症外傷が 5 ~ 10 %,打撲や血腫等の軽症外傷が 21 ~ 25 ジ,心エコーを行う.不整脈性失神が疑われる場合には 外傷を合併していた %であった 21),22),40) .失神の原因と外傷の合併率には明 らかな関連性は認められなかった 40). 4 診断へのアプローチ 心電図モニターを,反射性(神経調節性)失神や起立性 失神では臥位・立位の血圧測定あるいはチルト試験を, 非失神性の一過性意識消失発作が疑われれば神経学的検 査や血液検査を施行する.これらの初期評価では,失神 であるか否かをまず確定すること,その時点で失神の原 失神患者を診る場合の基本的な診断方法を表 7 および 因診断がつけば,必要に応じて治療を開始する.初期評 診断フローチャートにまとめた(図 1).初期評価とし 価後も失神の原因診断が不明な場合には,まずリスクの て主に病歴聴取・身体所見・心電図検査が含まれるが, 階層化を行い(表 8),ハイリスク所見の有無をチェッ 何よりも病歴聴取が重要で,それぞれの病態に特徴的な クする.ハイリスク所見を有すれば基礎心疾患や心機能 前駆症状,随伴症状の有無を確認する.例えば,長時間 等を考慮しながら運動負荷心電図,ホルター心電図,さ の立位時に悪心・嘔吐を伴う場合は反射性(神経調節性) らには必要に応じて心臓電気生理検査,心臓カテーテル 失神が疑われる.一方,運動時に動悸あるいは胸痛が先 検査,冠動脈造影等を包括的に行った上で早期に原因診 行すれば器質的心疾患に伴う不整脈が疑われる.降圧薬 断を確定する必要がある.失神の頻度にもよるが,週に 服用の有無,突然死の家族歴の有無等も診断の参考にな 1 回以上の頻度で失神あるいは失神前駆症状があればホ る.身体所見では,器質的心疾患を示唆する所見,血管 ルター心電図が有用である.失神の発生間隔が 4 週間以 雑音,血圧の左右差,自律神経失調を伴う神経疾患に特 内に繰り返している場合には,体外式イベントレコーダ 7 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 図1 診断のフローチャート 一過性意識消失(失神の疑い) 初期評価 非失神 失 神 確定診断 診断未確定 リスク階層化 治 療 高リスク 低リスク 再発性失神 早期評価, 治 療 低リスク 1回 or まれ 特定の検査, 専門医の診断による確定 適宜,循環器系や 反射性失神の検査 心電図記録に基づいて 遅れて開始される治療 治 療 評価終了 表 8 失神患者の高リスク基準 1.重度の器質的心疾患あるいは冠動脈疾患:心不全,左室 駆出分画低下,心筋梗塞歴 かも評価の初期段階での使用が勧められる 41).ただしハ 2.臨床上あるいは心電図の特徴から不整脈性失神が示唆さ れるもの ①労作中あるいは仰臥時の失神 ②失神時の動悸 ③心臓突然死の家族歴 ④非持続性心室頻拍 ⑤二束ブロック(左脚ブロック,右脚ブロック+左脚前枝 or 左脚後枝ブロック) ,QRS ≧ 120ms のその他の心室内 伝導異常 ⑥陰性変時性作用薬や身体トレーニングのない不適切な洞 徐脈(< 50/ 分),洞房ブロック ⑦早期興奮症候群 ⑧ QT 延長 or 短縮 ⑨ Brugada パターン ⑩不整脈原性右室心筋症を示唆する右前胸部誘導の陰性 T 波,イプシロン波,心室遅延電位 外の原因が否定的な場合に評価の初期段階ではじめて考 唆される病態に応じて選択する. 3.その他:重度の貧血,電解質異常等 植込み型ループレコーダーの適応 イリスク所見がない再発性失神患者には,最初から植込 み型ループレコーダーを考慮すべきではなく,心原性以 慮すべきものである.ハイリスク所見もなく,失神発作 が初回かあるいはまれな場合には,さらなる精査は必要 なく評価をこの時点で終了する.失神と鑑別を要する非 失神性意識障害の鑑別を要する場合には,脳波,頭部の 画像検査(CT,MRI),頸動脈エコー,血液検査が必要 になる.患者の訴えによっては精神・心理的アプローチ が必要な例もあるが,生命に関わる器質的疾患がないこ とを確認しておく. 表 7 の検査をすべて行う必要があるわけではなく,示 クラスⅠ ーも有用と考えられる.また,植込み型心電計(植込み型 的で,デバイスの電池寿命内に再発が予想される原 発生頻度が少ないかあるいは不定期に繰り返す場合には 因不明の再発性失神患者の初期段階での評価 考慮される.リスクの階層化において,ハイリスク所見 2.ハイリスク所見を有するが包括的な評価でも失神原 はないが短期間に繰り返す再発性失神の場合,反射性(神 因を特定できず,あるいは特定の治療法を決定でき 経調節性)失神が疑われればチルト試験等を行い,必要 8 1.ハイリスク所見はないが,心原性以外の原因が否定 ループレコーダー:implantable loop recorder)の使用は, なかった場合 に応じて心原性失神も考慮の上精査を行う.この際,植 クラスⅡ a 込み型ループレコーダーの使用は非常に有益であり,し 1.頻回に再発あるいは外傷を伴う失神歴がある反射性 失神の診断・治療ガイドライン (神経調節性)失神の疑いを含む患者で,徐脈に対す るペースメーカ治療が考慮される場合 し,体血圧は低下する.この循環動態の変化に対し,生 体は圧受容器反射系の賦活により対処する.圧受容器反 射系は,(1)頸動脈・大動脈弓部・心肺・大静脈に存在 我が国では平成 21 年 10 月より保険償還されている. する圧受容器(伸展受容器),(2)迷走神経(求心路), 本機器は皮下に植込む心電計で,約 3 年間の電池寿命を 延髄にある血管運動中枢(延髄孤束核,頭側延髄腹外側 有し,失神症状出現時の心電図所見をとらえることがで 野),交感神経(遠心路)および(3)末梢血管・心臓(効 きるため失神の原因診断に極めて有用な手段である.症 果器)からなる.圧受容器反射系の賦活の結果,心拍数 状出現時に患者自身あるいは他者によりイベント記録を 増加,心収縮力増加,末梢血管抵抗増加,末梢静脈の収 行うことにより,数分前にさかのぼって心電図が保存さ 縮を生じる.健常者では,この圧受容器反射系が適切に れる.また,あらかじめ設定された心拍異常(徐脈,心 機能して血圧の過剰な低下を抑制しているが,圧受容器 停止,頻脈等)が発生した場合には心電図が自動的に保 反射系のいずれかの部分に異常を来たすか循環血液量が 存される.種々の検査を施行した後でも失神の原因が同 異常に低下した状態では,起立時に高度の血圧低下を来 定されなかった患者 506 名に対して植込み型ループレコ たす 42). ーダーを用いて調べた結果,失神時の心電図が得られた 患者は 176 名(35%)にのぼった 37).その内訳は,56% 2 診断と原因疾患 に心停止,11 %に頻脈が記録され,残り 33 %には不整 これまでの本学会の失神ガイドライン 7)では,起立性 脈は認めなかった.つまり,あらゆる検査を施行しても 低血圧については,主にいわゆる古典的起立性低血圧 原因不明の失神患者の約 2/3 は植込み型ループレコーダ (classical orthostatic hypotension)の診断・原因疾患を ーによりさらに診断可能となったことになる.一方これ 述べてきた.しかし,臨床的には起立性低血圧による失 までの研究で,失神前駆症状と不整脈との関連性は比較 神は,起立不耐症(Ⅱ─ 3. 体位性起立頻脈症候群の項参 的薄いことが示されているため,失神前駆症状のみの患 照)を伴う反射性(神経調節性)失神とその症状・病態 者に植込み型ループレコーダーを用いることは現時点で が共通することが多い.このことは表 9 のごとく,ESC は推奨されていない 8). 2009 のガイドライン 8)で強調されている.古典的起立性 植込み型ループレコーダーの有用性に関しては,(1) 低血圧は,仰臥位または坐位から立位への体位変換に伴 抗てんかん薬治療抵抗性のてんかん疑い患者,(2)治療 い,起立 3 分以内に収縮期血圧が 20mmHg 以上低下する 後にも自然発作を繰り返す再発性血管迷走神経性失神が か,または収縮期血圧の絶対値が 90mmHg 未満に低下, 疑われる患者,(3)心臓電気生理検査で陰性であるにも あるいは拡張期血圧の 10mmHg 以上の低下が認められ かかわらず発作性房室ブロックが疑われる脚ブロック患 た際に診断される 43).失神の原因疾患としての起立性低 者,(4)心臓電気生理検査で陰性であるが,失神の原因 血 圧 に は, 初 期 起 立 性 低 血 圧(Initial orthostatic として心室頻拍が疑われる基礎心疾患を有する非持続性 hypotension)44),遅延性(進行性)起立性低血圧[delayed 心室頻拍患者,(5)原因不明の転倒を繰り返す患者,等 (progressive)orthostatic hypotension]45)-47), 体 位 性 起 で検討が進められており,今後の結果が待たれる. 立 頻 脈 症 候 群[postural(orthostatic)tachycardia syndrome:POTS]48)も含まれている(表 9). Ⅱ 各 論 一般に,起立性低血圧の診断には能動的立位 5 分間が 推奨されているが 49),約 3 分間の起立で起立性低血圧の 約 90%が診断可能である 50). 起立性低血圧に伴う失神の症状は,朝起床時,食後, 1 起立性低血圧 運動後にしばしば悪化する.食後に惹起される失神は殊 に高齢者に多く,食後の腸管への血流再分布が原因とさ れる. 1 病態生理 51) 起立性低血圧の原因疾患(表 10) の中で,体液量減 少や血管拡張作用を有する薬剤に起因するものが最も多 人が仰臥位から立位になると,約 500 ~ 800mL の血 い52).特に高齢者では圧受容器反射機能低下等のために, 液が胸腔内から下肢や腹部内臓系へ移動し,心臓への還 薬剤による血圧低下作用が生じやすい 53).自律神経障害 流血液量が約 30 %減少する.このため心拍出量は減少 の重症のものに起立性低血圧が高頻度に合併する 54). 9 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 表 9.失神を惹起する可能性のある起立不耐症症候群(文献 8 より) 立位 - 症状 分類 診断試験 病態生理 最も頻度の高い症状 臨床像 発現時間 立位試験時の 立位直後の頭重感,め 若 年 虚 弱 体 質, 老 年, 初期起立性 心拍出量と末梢血管抵 心拍毎の収縮期 0 ~ 30 秒 まい,視力障害(失神 薬剤(血管拡張薬),頸 低血圧 抗の不一致 血圧測定 はまれ) 動脈洞症候群 自律神経活動不全によ めまい,失神前駆症状, 古典的起立性 立位試験または 老年者,薬剤(血管作 30 秒~ 3 分 る末梢血管抵抗増加不 倦 怠, 動 悸, 視 力・ 聴 低血圧 チルト試験 動性および利尿薬) 全または代償反射不全 力障害(失神はまれ) 遷延する前駆症状(め 心拍出量低下,末梢血 まい,倦怠,動悸,視力・ 老年者,自律神経不全, 遅延性 (進行性) 立位試験または 管抵抗増加不全に起因 3 ~ 10 分 聴力障害,多汗,背部・ 薬剤(血管作動性及び 起立性低血圧 チルト試験 する進行性の下肢静脈 頸部・胸部痛)後の突 利尿薬) ,他の合併症 還流・前負荷低下 然の失神 遷延する前駆症状(め 迷走神経活動に起因す まい,倦怠,動悸,視力・ 老年者,自律神経不全, 遅延性(進行性) チルト試験 3 ~ 45 分 る進行性の下肢静脈貯 聴力障害,多汗,背部・ 薬剤(血管作動性およ 起立性低血圧と 留 頸部・胸部痛)後の突 び利尿薬) ,他の合併症 反射性失神の合併 然の失神 初期代償性反射に続く 立位誘発性 反射性失神に典型的前 チルト試験 3 ~ 45 分 急 激 な 静 脈 還 流 低 下・ 若年健常者, 女性に多い 反射性失神 駆症状・誘因後の失神 迷走神経活動増加 静脈還流の不適切な不 有症候性洞性頻脈およ 体位性起立頻脈 症例により チルト試験 全状態および過剰な末 び不安定血圧(失神は 若年女性 症候群(POTS) 異なる 梢静脈血液貯留 まれ) POTS;Postural tachycardia syndrome,立位試験(Active standing) 3 治療 4 予後 クラスⅠ 起立性低血圧の予後は,心疾患等の基礎疾患の有無に 1.急激な起立の回避 依存する.特発性自律神経障害症例の予後は必ずしも悪 2.誘因の回避:脱水,過食,飲酒等 くないが,その他の自律神経障害症例の予後は良好とは 3.誘因となる薬剤の中止・減量:降圧薬,前立腺疾患 いえない.加齢とともに低血圧に伴う虚血性臓器障害が 治療薬としてのα遮断薬,硝酸薬,利尿薬等 4.適切な水分・塩分摂取(高血圧症がなければ,水分 2 ~ 3L/ 日および塩分 10g/ 日) クラスⅡ a 1.循環血漿量の増加:食塩補給,鉱質コルチコイド(フ 出現しやすくなり,起立性低血圧症例では死亡率が増加 する 64).脳卒中発症率の増加や虚血性心疾患発症率の増 加 65)も報告されている. 2 反射性失神 ルドロコルチゾン 0.02 ~ 0.1mg/ 日 分 2 ~ 3),エ リスロポエチン 本改訂版では,失神の発生に自律神経反射が密接に関 2.腹帯・弾性ストッキング 係している血管迷走神経性失神(vasovagal syncope), 3.上半身を高くした睡眠(10 度の頭部挙上) 頸動脈洞症候群,状況失神(situational syncope)を反 4.α刺激薬:塩酸ミドドリン 4mg/ 日 分 2 射性失神(神経調節性失神)と総称する 66). 塩酸エチレフリン 15 ~ 30mg/ 日 分 3 起立性低血圧自体が危険であることはまれであるが, 血圧低下に伴う脳虚血等の危険な合併症が問題である. 失神を含む症状の重症度も考慮した治療が必要である 55)-63) (表 11) . 1 血管迷走神経性失神 ①概念 血管迷走神経性失神は,様々な要因により交感神経抑 制による血管拡張と迷走神経緊張による徐脈が,様々な バランスをもって生じる結果,失神に至る. 10 失神の診断・治療ガイドライン 表 10 起立性低血圧の原因(文献 8,42,51 〜 53 より改変) (1)特発性自律神経障害 ①純粋自律神経失調(Bradbury-Eggleston 症候群) ②多系統萎縮(Shy-Drager 症候群) ③自律神経障害を伴う Parkinson 病 (2)二次性自律神経障害 ①加齢 ②自己免疫疾患 Guillain-Barre 症候群,混合性結合組織病,関節リウマ チ,Eaton-Lambert 症候群,全身性エリテマトーデス ③腫瘍性自律神経ニューロパチー ④中枢神経系疾患 多発性硬化症,Wernicke 脳症,視床下部や中脳の血管 病変,腫瘍 ⑤ Dopamine beta-hydroxylase 欠乏症 ⑥家族性高ブラジキニン症 ⑦全身性疾患 糖尿病,アミロイドーシス,アルコール中毒,腎不全 ⑧遺伝性感覚性ニューロパチー ⑨神経系感染症 HIV 感染症,Chagas 病,ボツリヌス中毒,梅毒 ⑩代謝性疾患 ビ タ ミ ン B12 欠 乏 症, ポ ル フ ィ リ ン 症,Fabry 病, Tangier 病 ⑪脊髄病変 (3)薬剤性および脱水症性 ①利尿薬 ②α遮断薬 ③中枢性α 2 受容体刺激薬 ④ ACE 阻害薬 ⑤抗うつ薬:三環系抗うつ薬,セロトニン阻害薬 ⑥アルコール ⑦節遮断薬 ⑧精神神経作用薬:ハロペリドール,レボメプラマジン, クロルプロマジン等 ⑨硝酸薬 ⑩β遮断薬 ⑪ Ca 拮抗薬 ⑫その他(パパベリン等) ②臨床的特徴 血管迷走神経性失神は,(1)一過性徐脈により失神発 作に至る心抑制型(cardioinhibitory type),(2)徐脈を 伴わず,一過性の血圧低下のみにより失神発作に至る血 管抑制型(vasodepressor type),(3)徐脈と血圧低下の 両者を伴う混合型(mixed type)に分類される.患者の 多くは,程度の差はあれ発作直前に前駆症状として頭重 感や頭痛・複視,嘔気・嘔吐,腹痛,眼前暗黒感等の何 らかの前兆を自覚している.失神の原因となる徐脈には 洞徐脈や洞停止が多いが,房室ブロックもまれではない. 我が国では血管抑制型や混合型による発作頻度が比較的 高いが,欧米ではむしろ心抑制型の発生頻度が高い. 血管迷走神経性失神は,長時間の立位あるいは坐位姿 勢,痛み刺激,不眠・疲労・恐怖等の精神的・肉体的ス トレス,さらには人混みの中や閉鎖空間等の環境要因が 誘因となって発症し,自律神経調節の関与が発症に関わ っている 67),68).血管迷走神経性失神は体動時に発生す ることは少なく,立位あるいは坐位で同一姿勢を維持し ているときに発生しやすい.失神発作は,日中,特に午 前中に発生することが多く 69),失神の持続時間は比較的 短く(1 分以内),転倒による外傷以外には特に後遺症 を残さず,生命予後は良好である 12). ③病態生理 立位により末梢静脈のうっ帯が起こり,心臓への静脈 還流量が減少するため心拍出量が低下し,これによる動 脈圧低下に対して,頸動脈洞や大動脈での高圧系圧受容 表 11 起立性低血圧の治療(文献 55 〜 63 より改変) 1.原因,誘因の除去 ①活動時の降圧薬中止 ②利尿薬中止 ③α遮断薬(前立腺肥大治療)中止 ④過食予防 2.非薬物療法 ①水分補給,塩分摂取増加 ②腹帯・弾性ストッキング装着 ③上半身を高くしたセミファウラー位での睡眠 ④前駆症状出現時の回避法(足くみ , 蹲踞姿勢等) ⑤急な起立の回避 ⑥昼間の臥位を避ける 3.体液量の増加 ①貧血の治療(エリスロポエチン) ②フルドロコルチゾン 4.短時間作用型昇圧薬 ミドドリン,エチレフリン 5.その他 オクトレオチド 器反射により交感神経系緊張と迷走神経系抑制が生じ る.そのため心拍数,心収縮力,末梢血管抵抗が増加し, 立位時の血圧低下を代償する.さらに立位姿勢を継続す ることにより,容積の減少した左室の収縮力増強は左室 の機械受容器を刺激し,C 線維を介して脳幹部(延髄孤 束核)に至り,ここからの線維により血管運動中枢を抑 制,迷走神経心臓抑制中枢を興奮させ,それぞれ遠心性 線維を介して血管拡張と心拍数減少を来たすと考えられ ている(図 2)70),71). 上述の機序のみでは説明困難な場合が存在し,他に, (1)脳循環,(2)心肺圧受容器反射,(3)心理的要因等 も血管迷走神経性失神の発症に関与している. 1)脳循環の関与 失神発症時の中大脳動脈血流速度をドップラーエコー で観察した研究では,失神が起こっているにもかかわら ず中大脳動脈の平均血流速度は低下し,脳血管抵抗が上 11 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 図2 チルト試験で誘発される反射性失神の機序 心臓中枢 心拍数↓ 血圧↓ 延髄 抑制 血管運動中枢 孤束核 チルト試験 静脈還流↓ 求心性迷走神経枝 (無髄性C線維) 左室容量↓ 左室機械受容器 中心静脈圧 (右房圧) ↓ 心拍出量↓ 血圧↓ 低圧系圧受容器 (右房,上大静脈) 高圧系圧受容器 (頸動脈洞,大動脈弓) 左室収縮性↑ 心拍数 ↑ 延髄 (心臓血管中枢) 交感神経活動↑ 迷走神経活動↓ 昇していた 72)-74).意識消失発作は一過性徐脈や血圧低 細動脈収縮 保たれているとの報告もある 82). 下の発生する前に既に出現している場合がある.さらに, 前兆出現時に既に左右差を認める可逆性の脳波異常を認 めている 75) 2)心肺圧受容器反射の関与 .以上から,本症の失神発作では,むしろ脳 血管迷走神経性失神患者では,立位負荷時の過剰な心 血管抵抗上昇の存在下に一過性徐脈や一過性血圧低下が 肺圧受容器反応がみられる 83),84).さらに,立位負荷時 加味されて急激な脳血流低下を来たしている可能性もあ の中心静脈圧の低下が著しく,そのため心肺圧受容器反 .このことは,心臓ペーシング(60 ~ 70/ 分)を行 射の亢進により過度の交感神経機能亢進を認め,これが る 76) っても血管迷走神経性失神発作が予防できないことから 迷走神経の過度の亢進をもたらす 83). も明らかである 77),78). 血管迷走神経性失神の前兆は偏頭痛の前兆とも非常に 3)心理的要因の関与 よく似ている.血管迷走神経性失神の自然発作時やチル 血管迷走神経性失神患者のチルト試験陽性群は陰性群 ト試験時の心電図からも明らかなように,患者が前兆を に比べ,明らかにうつの程度が高く,特に比較的若年者 自覚する最中には,一過性の心拍数増加や血圧上昇を来 と女性においてその傾向が大きい 85).失神の再発も精神 たしている.一方で,偏頭痛患者も同様に症状出現時に 的異常を有する患者群において高い傾向がある 86). 著明な徐脈を呈することがある.このことは,脳循環異 常によっても二次的に徐脈や血圧低下を引き起こすこと があることの証明でもあり,血管迷走神経性失神患者の チルト試験(head-up tilt test)の適応 病態生理が単純に上述の反射経路(図 2)のみではない クラスⅠ 可能性を示唆する. 1.ハイリスク例(例えば外傷の危険性が高い,職業上 血管迷走神経性失神の発症機序には心臓と脳幹部の反 問題がある場合)の単回の失神と,器質的心疾患を 射経路以外に,脳循環異常の存在の関与も疑われてい 有しないかもしくは器質的心疾患を有していても, る 12 ④診断 72)-76),79)-81) が,脳の自動調節機構は健常者と同様に 諸検査で他の失神の原因が除外された場合の再発性 失神の診断・治療ガイドライン る 93)-95).イソプロテレノールは,心収縮力の増強(β 失神に対するチルト試験 2.血管迷走神経性失神の起こしやすさを明らかにする 1 刺激)との血管拡張(β 2 刺激)による静脈還流量の 減少が反射性失神を誘発しやすくする 10),71),90),95),96).イ ことが臨床的に有用である場合のチルト試験 クラスⅡ a ソプロテレノール負荷を併用した場合に陽性率が 60 ~ 1.血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別 87 %と高くなるが,偽陽性率も高くなり特異度は 45 ~ 2.明らかな原因(心停止,房室ブロック)等が同定さ 100%とばらつきが大きい 71),90),95).ニトログリセリン負 れているが,血管迷走神経性失神も起こしやすく治 荷チルト試験の感度は 49 ~ 70%,特異度は 90 ~ 96%で 療方針への影響が考えられる例 ある 91),92),94).その他には硫酸イソソルビド 97),98),エド 3.運動誘発性あるいは運動に関係する失神の評価 ロフォニウム 99),アデノシン 100),101)が用いられる. クラスⅡ b 具体的方法は表 128)を参考にする. 1.てんかん発作と痙攣を伴う失神の鑑別 ②評価(チルト試験に対する反応様式) 2.再発性の原因不明の意識消失の評価 チルト試験の判定は,血管迷走神経神経反射による悪 3.精神疾患を有する頻回の失神発作例の評価 心,嘔吐,眼前暗黒感,めまい等の失神の前駆症状や失 神を伴う血圧低下と徐脈を認めた場合に陽性とする.陽 血管迷走神経性失神を疑う臨床的に有用な所見には, (1)前兆としての腹部不快感,(2)失神の初発から最後 の発作の期間が 4 年以上, (3)意識回復後の悪心や発汗, (4)顔面蒼白,(5)前失神状態の既往がある 性基準としては収縮期血圧 60 ~ 80mmHg 未満や収縮期 血圧あるいは平均血圧の低下が 20 ~ 30mmHg 以上とし ているが,一定の基準はない. .この ESC ガイドライン 20098)では,器質的心疾患を有しな ような失神発作時の状況から血管迷走神経性失神を疑う い例において,反射性の低血圧・徐脈が誘発され失神が ことができるが,この失神の診断と治療効果の判定には 再現される場合に血管迷走神経性失神と診断し(クラス チルト試験が有力である. Ⅰ),器質的心疾患を有する例においても反射性の低血 87),88) 圧・徐脈が誘発され失神が再現される場合は血管迷走神 1)チルト試験(head-up tilt test) 経性失神と診断する(クラスⅡ a).ただし器質的心疾 ①方法と感度・特異度 患を有する例においては,チルト試験の陽性所見により チルト試験の方法は施設により相違がみられ,統一さ 診断する前に不整脈や他の心血管系失神の原因の除外が れたプロトコールはない.検査結果を左右する因子とし 必要である(クラスⅡ a).低血圧や徐脈を伴わない意 て,(1)傾斜角度,(2)負荷時間,(3)薬物負荷の有無 識消失が誘発された場合は,精神疾患による“偽失神” と薬物の種類,(4)判定基準の差が挙げられる.チルト の診断を考慮する(クラスⅡ a)ことが推奨されている 8). 試験は傾斜角度が急峻なほど,負荷時間が長いほど静脈 チルト試験で誘発される血管迷走神経性失神は心拍数 還流量が減少し失神の誘発率(感度)が高くなるが,特 102) と血圧の反応から 3 つの病型に分類される(表 13) . 異度は低下する.原因不明の失神例に施行されたチルト ③再現性 試験の陽性率は,60 ~ 80 度の傾斜でチルト単独負荷で チルト試験は日内の再現性は良好であるが 103),日差 は 時 間 が 10 ~ 20 分 間 で 6 ~ 42 % と 低 く 変動がある 104),105).しかしチルト試験陽性例が無治療で 10),71),89)-92) , 負荷時間を 30 ~ 60 分と延長しても 24 ~ 75 %にとどま の経過観察中に,再検査での陽性率は低下する 106),107). 表 12 チルト試験の方法についての勧告(ESC ガイドライン 2009)(文献 8 より改変引用) チルト試験の方法 クラス エビデンスレベル ・チルト開始前の安静臥床は静脈カニュレーションがなければ最低 Ⅰ C 5 分間,静脈カニュレーションがなされていれば最低 20 分間必要 ・チルトの角度:60 ~ 70 度を推奨 Ⅰ B ・薬物負荷のないチルト試験は最短 20 分,最長 45 分間施行 Ⅰ B ・ニトログリセリン負荷はチルトを継続したまま 300 ~ 400μg の Ⅰ B ニトログリセリンを舌下投与する* ・イソプロテレノール負荷は,負荷前より約 20 ~ 25% の平均心拍 数の増加を目標に,1μg/ 分より 3μg/ 分まで徐々に負荷量を増 Ⅰ B 加させる *我が国ではニトログリセリン錠剤 0.3mg の舌下投与またはスプレー噴霧 0.3mg を使用する. 13 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 表 13 チルト試験で誘発される血管迷走神経性失神の病型 Type 1: 混合型(mixed type) ・心拍数は増加した後減少するが 40/ 分以下にはならない か,40/ 分以下でも 10 秒未満あるいは心停止 3 秒未満 ・血圧は上昇した後,心拍数が減少する前に低下 Type 2 : 心抑制型(cardioinhibitory type) ・心拍数は増加した後減少し,40/ 分以下が 10 秒以上ある いは心停止 3 秒以上 ・2A:血圧は上昇した後,心拍が低下する前に低下 ・2B :血圧は心停止時あるいは直後に80mmHg 以下に低下 Type 3 : 血管抑制型(vasodepressor type) ・心拍は増加した後不変のまま血圧低下 ・心拍は低下しても 10% 未満 ⑤治療 クラスⅠ 1.病態の説明 2.誘因を避ける:脱水,長時間の立位,飲酒,塩分制 限等 3.誘因となる薬剤の中止・減量:α遮断薬,硝酸薬, 利尿薬等 4.前駆症状出現時の失神回避法 クラスⅡ a 1.循環血漿量の増加:食塩補給,鉱質コルチコイド(フ したがって,血管迷走神経性失神の治療薬の効果判定に ルドロコルチゾン 0.02 ~ 0.1mg/ 日,分 2 ~ 3) チルト試験を用いる場合には,日差変動が問題となる. 2.弾性ストッキング ④適応 3.起立調節訓練法(チルト訓練) ESC の「失神の診断と診療のガイドライン 2009」 の 4.上半身を高くしたセミファウラー位での睡眠 勧告によるチルト試験の適応は冒頭に挙げたとおりであ 5.α刺激薬(ミドドリン 4mg/ 日 分 2) る. 6.心抑制型の自然発作が心電図で確認された,治療抵 8) 血管迷走神経性失神のみならず,様々な原因による起 立性低血圧,体位性起立頻脈症候群 108) 等起立不耐症 (orthostatic intolerance)を伴う自律神経機能異常 109) に チルト試験の適応がある.一方,外傷を伴わず,その他 抗性の再発性失神患者(40 歳以上)に対するペース メーカ(DDD,DDI)* 1 クラスⅡ b 1.β遮断薬* 2 のリスクが高くない単回の失神発作で,血管迷走神経性 プロプラノロール 30 ~ 60mg/ 日 分 3 失神の特徴が明らかなもの,他の特別な失神の原因が明 メトプロロール 60 ~ 120mg/ 日 分 3 等 らかで血管迷走神経性失神の起こしやすさが治療方針に 2.ジソピラミド 200 ~ 300mg/ 日 分 2 ~ 3 影響しないものには適応となり難い.ESC ガイドライ 3.チルト試験で心抑制型が誘発された,治療抵抗性の ン 2009 では,血管迷走神経性失神の治療効果の評価に 再発性失神患者(40 歳以上)に対するペースメーカ 8) チルト試験は推奨されていない(クラスⅢ) . (DDD,DDI)* 1 ⑤合併症 失神発作の頻度,重症度等に応じて,生活指導,増悪 チルト試験の安全性は高く合併症は非常に少ない.チ 因子の是正,薬物治療,非薬物治療を適宜組み合わせる. ルト試験で長い心停止を伴う心抑制型反応が誘発される 患者にこの疾患の病態を理解させ,増悪因子(脱水,長 ことがある 110),111)が,これは合併症ではない.速やかに 時間の立位,アルコール多飲等)をなるべく避けるよう 臥位に戻すことにより心停止や失神は遷延せず,短時間 にし,めまい,悪心,眼前暗黒感等の失神前駆症状が出 でも蘇生術を施行することは少ない.虚血性心疾患や洞 現したら速やかに臥位をとるように指導する.チルト試 不全症候群の症例にイソプロテレノール負荷を施行して 重篤な不整脈が誘発されることがある 112),113)が,ニトロ グリセリン負荷では合併症の報告はない.ESC ガイド ライン 2009 では,イソプロテレノール負荷チルト試験 は虚血性疾患症例には禁忌(クラスⅢ)とされ,コント ロールされていない高血圧例や左室流出路狭窄例,有意 な大動脈弁狭窄例へのイソプロテレノール負荷も禁忌で ある 8).血管迷走神経反射に伴い心房細動が誘発される ことがあるが,通常自然に停止する 114). 14 β遮断薬,ジソピラミドは,本病態への保険適応は承認されて いない. * 1 ペースメーカの推奨度は,本学会の「不整脈に対する非 」とは異なっている. 薬物治療ガイドライン(2011 年改訂版) 非薬物治療ガイドラインではそれぞれ 1 ランク上の推奨度と なっている.しかし,ペースメーカの有効性に関する前向き 比較試験の結果は必ずしも一致してはいないため(本文参 照),クラス分けの基準に従い,本ガイドラインではそれぞ れⅡ a とⅡ b に分類した. * 2 β遮断薬は心抑制型失神では症状を増悪させる.このた め ESC のガイドライン 8)ではβ遮断薬をクラスⅢに分類して いる. 失神の診断・治療ガイドライン 験により血管迷走神経性失神と診断され病態についての 制したという報告 121)もあり,β遮断薬が使用できない 理解が深まると,患者の精神的ストレスが減少し,失神 例では検討する余地がある. を回避する行動をとることが可能となる.これにより無 なお,心抑制型の例ではβ遮断薬は症状を増悪させ得 投薬でも失神の再発を減らすことができる.起立時の血 る. 圧低下の原因となる硝酸薬,利尿薬,α遮断薬,Ca 拮 ②ジソピラミド 抗薬は失神発作を助長するため可能な限り減量,中止す 陰性変力作用と抗コリン作用による血管収縮作用・抗 る. 徐脈作用により失神予防に効果を発揮する(保険適応 これらの患者指導,増悪因子の除去によっても失神発 外).ジソピラミドは,チルト試験時に失神が生じるま 作を繰り返す例や,心抑制型や高齢者等前駆症状が乏し での時間を延長し,少数例の検討では失神の再発を抑制 く突然失神し外傷の危険性が高い例には,まず薬物治療 した 122),123).しかし相反する報告もあり,cross over 試 を考慮する. 験によるジソピラミド静注後の誘発率はプラセボと差は なく,また経口投与においても失神の再発率はプラセボ 1)薬物療法 と差がなかった 124).ジソピラミド有効例は,仰臥位で 生活指導および増悪因子を除去した後にも頻回の発作 薬物投与後に末梢血管抵抗と拡張期血圧が上昇したとす を起こす症例や,外傷の危険が高い高齢者に対しては薬 る報告 120)があり,薬効を予測するのに有効かもしれない. 物治療が必要である.徐脈,血圧低下を予防するために ピルメノールはジソピラミドと同様に発作予防に効果 陰性変力作用,血管収縮作用,循環血液量増加作用,徐 が期待される(保険適応外)125),126). 脈予防作用のある薬剤が使用される.以下に述べる薬物 ③抗コリン薬 は決定的な薬効は証明されていない.これは,各々の症 血管収縮作用・徐脈予防にアトロピン等の抗コリン薬 例で原因因子の関与の度合いが異なるためと考えられ が有効と考えられるが,実際に有効性を支持する報告は る.各々の症例の主となる原因を同定し,それに合った みられない. 治療法を選択する必要がある. ④交感神経刺激薬(α刺激薬) ①β遮断薬 末梢血管を収縮させ静脈還流減少を予防し,反射性血 チルト試験で血管迷走神経性失神が誘発される時に 管拡張に拮抗して血圧低下を予防する.ミドドリンが有 は,エピネフリン血中濃度の著明な増加がみられること, 効とする報告が多い.血管迷走神経性失神 12 例に対し 増加の少ない症例では誘発にイソプロテレノール負荷が プラセボとミドドリン 5mg を内服させた cross over 試 必要であること等,血管迷走神経性失神にはカテコラミ 験 127)では,チルト試験による失神誘発率はプラセボ群 .そのため発作の 12 例中 8 例(67 %)に比べミドドリン群では 12 例中 2 予防にβ遮断薬が用いられている.チルト試験で誘発さ 例(17 %)と低率であった.この報告では,ミドドリ ンの増加が誘因として考えられる 115) れた失神発作の予防にメトプロロール静注はプラセボに ンの単回経口投与後 1 時間で有意に失神が減少してお 比べ有効である 116).プロプラノロール静注が有効であ り,pill-in-the pocket の有用性も期待できる. った症例では,β遮断薬経口投与は 94 %の例で失神の チルト試験陽性の血管迷走神経性失神 41 例に対しミ 発生を抑制できた 117).しかしβ遮断薬治療群と無治療 ドドリン 2.5 ~ 5.0mg を内服させた報告では,39 例(95%) 群で失神の再発率に有意な差を認めなかったという報 でチルト試験は陰性となった 128).その後ミドドリン経 告 118)や二重盲検試験でアテノロール群とプラセボ群で 口投与により平均 19 か月の経過観察期間中 97%が無症 失神の再発率に有意差を認めなかったという報告 119)も 状であった. ある.このようにβ遮断薬の薬効に関して成績は一致し ⑤鉱質コルチコイド(フルドロコルチゾン) ていないが,プロプラノロール静注の効果をチルト試験 循環血液量を増加させ静脈還流の減少を予防する他, で検討した報告では,β遮断薬の有効例は,投与前の立 α受容体の感受性を高める 129). 位 15 秒で血圧や末梢血管抵抗が上昇し,心拍数の過度 ⑥セロトニン再吸収阻害薬(パロキセチン,ミルナシプ の上昇はみられなかった.一方,無効例では,血圧上昇 ラン) や末梢血管抵抗上昇が不良であった 120).この結果から セロトニンは血圧を調節するための重要な伝達物質で は,起立性低血圧傾向のある対象には効果がないと考え ある.チルト試験陽性が陰性となった症例はプラセボの られ,薬物導入時には考慮する必要がある.ACE 阻害 38.2%に比べ,セロトニン再吸収阻害薬では 61.8%と有 薬の長期間の投与で交感神経系を抑制し失神の発生を抑 意に多かった 130).他剤が無効の血管迷走神経性失神に 15 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 対しセロトニン再吸収阻害薬を使用し 53 %に有効であ ったとの報告 131) があるが,セロトニン再吸収阻害薬は 圧受容器反射を抑制できないとの報告 132) もある.保険 きである. ii)起立調節訓練法(チルト訓練) Ector が初めて本治療法の有効性を報告し,チルト訓 練と命名した 140).チルト台を使用せず自宅等の壁を利 適応はない. 用して自分で起立訓練を行う起立調節訓練法としても報 2)非薬物治療 告されている 141).本治療法は薬物治療の必要性がなく, ①失神回避方法 また自宅や職場でも自分で安全にいつでも行うことがで 反射性(神経調節性)失神の前兆を自覚した場合には, きる 68).現在まで,本治療法の有効性に関するコントロ その場でしゃがみ込んだり横になったりすることが最も ール試験 142),薬物治療との比較試験 143),悪性血管迷走 効果的である.それ以外に, (1)立ったまま足を動かす, 神経性失神に対する本治療法の効果 144),長期フォロー (2)足を交差させて組ませる,(3)お腹を曲げてしゃが アップ成績 145),薬物抵抗性あるいは難治性血管迷走神 み込ませる,(4)両腕を組み引っぱり合う,等の体位あ 経性失神患者に対する有効性 146),147)が報告されており, るいは等尺性運動によって数秒から 1 分以内に血圧を上 本治療法は従来の薬物治療に比べ優れた成績をおさめて 昇させ,失神発作を回避あるいは遅らせ,転倒による事 いる. 故や外傷を予防することができる 起立調節訓練法は,両足を壁の前方 15 ~ 20cm に出し, 133) . ②失神の予防治療 臀部,背中,頭部で後ろの壁に寄りかかる姿勢を 30 分 i)ペースメーカ治療 継続するものである.これを 1 日に 1 ~ 2 回,毎日繰り 心抑制型に対するペーシングの効果については 1990 年代初頭から検討されているが 77),78) ,生理的ペースメ 寄りかかる姿勢で 30 分間起立することはできないが, ーカによる通常の設定レート(60 ~ 70ppm)では血圧 毎日これを繰り返すことにより起立持続時間は徐々に延 低下を予防できない.1990 年代後半になって,心抑制 長し,トレーニング開始後 2 ~ 3 週間で 30 分間立てるよ 型の再発性血管迷走神経性失神に対して比較的速いペー うになる 141).起立調節訓練中は下半身を決して動かし シングレート(> 100bpm)でペーシング治療を行うと, てはいけないことを患者に伝えておく.筋肉収縮が働き 失神発作が予防されることが明らかになった 134)-137) . 静脈還流が増加するからである.いったん 30 分間の立 徐脈発生時に比較的速いレートのペーシングを行うペー 位維持姿勢が可能となると,その後は 1 日 1 回 30 分間の ス メ ー カ 機 能(Rate Drop Response 機 能,Search 起立調節訓練を毎日継続させることで失神発作の再発は Hysteresis 機 能,Sudden Bradycardia Response 機 能 等 ) 長期にわたって予防される.1 日 1 回のトレーニングが の治療効果については,非植込み患者群との比較試験 有効性と継続性の面から血管迷走神経性失神の治療手段 が多施設共同でなされている135)-137).これらの結果では, としてふさわしい 148).この治療法が有効であるのは, ペースメーカ治療群はペースメーカ以外の治療群より再 立位負荷直後の交感神経機能の亢進がトレーニングによ 発予防は明らかに優れていた 135)-137).しかしペースメ って有意に抑制されるためと考えられる 149).一方で, ーカ植込み治療そのものによるプラセボ効果の影響を除 トレーニング効果が見出せなかったとする報告もある 150). 外し得ない.最近,血管迷走神経性失神患者 100 例にペ 本治療法は,継続性等患者のコンプライアンスが低いこ ースメーカ植込み手術を行い,半数ずつペーシング機能 とが問題である. を ON にした群と OFF にした群での治療効果が検討さ れ,ペーシング治療 ON 群と OFF 群で失神再発予防効果 16 返す.多くの失神患者は,トレーニング開始直後は壁に ⑥予後 に差を認めなかった 138).現時点では,ペースメーカ治 1)生命予後 療による失神の再発予防効果は,ペースメーカ植込みに 器質的心疾患が否定された血管迷走神経性失神の予後 よるプラセボ効果と考えられる 138),139).ただし,心抑制 は比較的良好で 151),平均 30 か月の経過観察で 1 例も死 型の例には効果が期待されることもあること,植込み型 亡例を認めなかった 152).Framingham 研究においても 26 年 ループレコーダーにより自然発作時の長い心停止を来た の経過観察で孤立性失神は死亡率に影響しなかった 4). す心電図記録がとらえられる機会が増加していることか チルト試験で失神が誘発されても,その後失神の再発が ら,治療抵抗性で 40 歳以上の再発性失神患者ではペー なく,再度のチルト試験において失神が誘発されなくな スメーカ治療も考慮され得る 8).起立調節訓練法等によ る自然治癒例も多い 106),107). っても十分な効果が得られなかった例に対して考慮すべ しかし,血管迷走神経性失神は直接死亡原因にならな 失神の診断・治療ガイドライン いが,交通事故や外傷等重大な事故の原因になる可能性 がある 38) .また,長い心停止のため痙攣が生じた症例は, 重篤であり突然死の可能性があるためペースメーカ植込 咳嗽(cough),息こらえ(Valsalva 手技),嘔吐(vomiting) 等に起因する失神発作が含まれる.図 3 に想定される神 経反射経路を示す. みによる心停止予防が必要とする報告もある 153). 1)排尿失神 2)再発率 立位で排尿する男性に多く発症し中高年に比較的多い 一度チルト試験で失神が誘発されても,その後失神発 が,20 ~ 30 代の若年者にも発症する 158)-161).長時間の 作が出現せず,再試験を行っても失神が誘発されなくな 臥床後や夜間就寝後の排尿中から直後に起こり 159),160), る例も多い.約 3 年の経過観察中,チルト試験で陽性と 飲酒 160)や利尿薬の服用が誘因となる.特に飲酒との関 診断された 54 例のうち 28%で再発したとする報告 154)が 係が深く,過半数が飲酒後に発症し 160),162),若年から中 ある.その他,7 % /1 年~ 15 % /21 か月 年の男性でその傾向が強い 161).発症はほとんどが夜間 ,33 % /23 か 106) 月 155),30.2 % /30.4 か月 152),35 % /3 年 156)という再発率 比較的若年者(55 歳未満)では夕方から夜中の飲酒中 が報告されている. 2 162) から明け方である(91%が午後 6 時~午前 6 時に発症) . や飲酒直後の発症が多く,中高齢者(55 歳以上)では 状況失神 夜中から明け方・早朝の発症が多い 161). 排尿による迷走神経刺激が静脈還流の減少(排尿時の ①病態生理 いきみ,立位による)に加わって血圧低下や徐脈・心停 状況失神(situational syncope)はある特定の状況ま たは日常動作で誘発される失神で 157) ,反射性失神に含 まれる病態である 66).急激な迷走神経活動の亢進,交感 止を来たすとされるが,就寝中の末梢血管抵抗減少,飲 酒,利尿薬・血管拡張薬服用の影響により低血圧が助長 される 158). 神経活動の低下および心臓の前負荷減少により,徐脈・ 心停止もしくは血圧低下を来たし失神する 157).排尿 (micturition), 排 便(defecation), 嚥 下(swallowing), 2)排便失神 排 便 失 神 は 比 較 的 高 齢( 50 ~ 70 代 ) の 女 性 に 多 図3 状況失神の神経反射経路 (文献 158より引用) 血管迷走神経性失神 Postural / Gravitational syncope (長時間の立位・坐位,Head-up tilt など) Post-exertional syncope (運動直後の失神) 頸動脈洞失神 Carotid sinus syncope (頸動脈洞失神) 徐脈・心停止 大脳皮質 Emotional syncope (情動失神) 左室の 機械受容器 心臓(抑制) 迷走神経刺激 延髄 頸動脈洞受容器 迷走神経核 孤束核 状況失神 Cough syncope (咳嗽失神) 胸腔内圧上昇 Swallowing syncope (嚥下性失神) 気道の受容器 脳脊髄圧上昇 脳血流低下 静脈還流減少 心拍出量低下 食道の受容器 Defecation syncope (排便失神) 腸管の機械受容器 Micturition syncope (排尿失神) 膀胱の機械受容器 血管運動中枢 交感神経抑制 末梢血管(拡張) 血圧低下 17 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) く 158),163)-165),切迫した排便や腹痛等消化管症状を伴う 158),163),165) らかでない場合,誘発試験を行うが,状況失神では同じ .排尿失神と異なり飲酒の関与は ような状況で誘発を試みても失神発作が再現されること .失神前は睡眠中もしくは臥位で休息中の例 は少ない.しかし,嚥下性失神では,誘因となる物質(固 が多く,発症は夜間から明け方に多いとの報告 163)もあ 形物等)の嚥下や食道バルーンの拡張により,再現性を 場合が多い 少ない 165) 161) もって徐脈性不整脈が誘発されることが多い 158).また, 排便失神は,臥位による末梢血管抵抗減少があり,排 バルサルバ試験も嚥下性失神や咳嗽失神患者において, 便時のいきみによる静脈還流の減少,腸管の機械受容器 ごく一部の症例で血圧低下や心停止を伴い失神発作が再 を介した迷走神経反射が加わって血圧低下や徐脈・心停 現できる場合がある 158).咳嗽失神等では頸動脈洞過敏 るが,好発時間帯は排尿失神のように明らかではない . .排便失神では高齢者で循環器系等に 症を合併している場合もあるため,50 歳以上の患者で 基礎疾患を有しているためか,他の原因による失神の再 は頸動脈洞マッサージを施行してみる 171).頸動脈洞マ 止を来たす 158),163) 発や死亡が多い ッサージは仰臥位で陰性であっても,60 ~ 70 度のチル 163) . トを併用することにより陽性反応が得られやすくなる 172). 3)嚥下性失神 一方,チルト試験は,状況失神において有用性は高くな 嚥下性失神は比較的まれであるが,これまでに 60 例 い 173),174).しかし,血管迷走神経性失神を合併している 以上の症例報告がある 158).平均年齢は 57 歳(15 ~ 85 歳) 例もあり,他に適当な検査もないことからチルト試験を で 40 ~ 70 代の中高年に多く,男性が 67%と多い.誘因 施行しているのが現状である. は固形物が最も多く,炭酸飲料,温水,冷水でも誘発さ れる.食道バルーンによっても徐脈性不整脈が誘発され 3 治療 る 158).食道疾患の合併が 42%に認められ,食道ヘルニア, クラスⅠ 食道スパスム,憩室,癌,アカラジア等が報告されてい 1.病態の説明 る 158),166) .基礎心疾患としては心筋梗塞後が最も多く, 特に下壁梗塞後に嚥下性房室ブロックの発症が多い 167) . 2.生活指導 3.前駆症状出現時の失神回避法 食道圧受容器の感受性亢進による迷走神経反射が原因 クラスⅡ a で 166),硫酸アトロピンの投与により発作は抑制される. 1.重症例や心抑制型の例に対するペースメーカ* 嘔吐失神(vomiting syncope)も数例の報告があるが, 嚥下性失神と同様,食道拡張に対する圧受容器の感受性 亢進に起因する 168) 確立されている治療はなく,個々の病態に応じて治療 方針を立てる. . 4)咳嗽失神 1)生活指導 咳嗽失神は中年(30 ~ 50 代)の男性に多く,肥満ま 状況失神では一般的に発作頻度が少なく,生活指導で たは頑強で胸郭が大きい患者に多い 169).これは咳によ 十分な場合も多い.いずれの状況失神でも発作の直前に り胸腔内圧が上昇しやすいためである.また大量の喫煙 前兆(気分不快,血の気が引くような感じ等)があった 者で飲酒例が多く,慢性閉塞性肺疾患の合併も多い 169). 場合,しゃがみ込んで転倒に備える等の回避法を指導す 咳嗽失神は,胸腔内圧上昇に起因する場合と迷走神経 る. 反射に起因する場合とがある.前者では胸腔内圧の上昇 ①排尿失神 により静脈還流量が減少し,心拍出量低下によって脳血 過度の飲酒や血管拡張薬の服用を避ける.特に感冒時 流量が低下する.胸腔内圧上昇は脳脊髄圧を上昇させ, や疲労時はアルコールを控える.飲酒時には男性でも坐 脳動脈を圧迫することによっても脳血流を低下させる. 位での排尿を指導する. 後者には気道における圧受容器の過敏に起因するもの 170) ②排便失神 や頸動脈洞過敏によるもの 171) が含まれる. 誘因となる腹痛や下痢を予防し,夜間の排便を避ける. ②診断 詳細な病歴聴取により失神時の状況を把握すること, 失神の原因となる他の基礎疾患(循環器疾患,神経疾患, 代謝性疾患等)を否定することが重要である.診断が明 18 * ペースメーカ治療の有効性を支持する成績は多くはない が,本失神では他に有効な治療法が少ないためⅡ a とした. 失神の診断・治療ガイドライン ③嚥下性失神 に伴う動脈硬化との関係が指摘されており,また加齢に 誘因(固形物,温湯,冷水,炭酸飲料等)を避け,固 基づく胸鎖乳突筋の慢性除神経との関係が注目されてい 形物は十分に咀嚼して小さくしてから飲み込む. る 66),182),183).中枢神経におけるシナプス後α 2 受容体の ④咳嗽失神 抑制,セロトニン再摂取増強との関係も挙げられてい 咳の予防として禁煙,肥満の改善(減量)を指導し, る 66),184). 基礎に肺疾患がある場合はその治療を行う. 頸動脈洞症候群は,反射性失神を示す例の約 13 %に 認められ,さらに原因不明の失神患者における検討では, 2)薬物療法 頸動脈洞マッサージ(carotid sinus massage:CSM)に 有効性が確立されたものはない.嚥下性失神で徐脈・ より診断される頸動脈洞症候群は全体の 25 %以上に認 心停止を伴うものでは硫酸アトロピンが有効との報 められる 178),185). 告 166) もあるが,口渇等の副作用も強く,一般的に長期 間の服用は困難である.咳嗽失神では肺疾患の治療が咳 の予防に重要であり,必要に応じて鎮咳薬を投与する. ②診断 1)臨床症状 失神発作の頻度は様々であるが,頸動脈洞過敏の病態 3)ペースメーカ治療 は数年に及ぶ慢性期においても持続することが多い 181). 生活指導により失神が予防できず,発作時に徐脈や心 脳虚血症状(めまい,ふらつき感,失神)は立位や坐位, 停止が確認されている場合はペースメーカ治療の適応で 歩行時で生じやすく,着替えや運転,荷物の上げ下ろし ある.特に嚥下性失神では著しい徐脈・心停止を認める 等の頸部の回旋や伸展およびネクタイ締め等の頸部への ことが多く,ペースメーカ治療が有効である. 圧迫が誘因となる.また,頸動脈洞を圧排するような頸 部腫瘍(甲状腺腫瘍等)や頸部リンパ節腫大等によって ④予後 認められることもある. 一般的には合併する基礎疾患(特に心疾患)による. 頸動脈洞症候群の診断には血管迷走神経性失神との鑑 特に高齢者では心血管系の異常を伴うことが多く,重大 別が重要であり,両者の臨床的特徴を把握することが必 な基礎疾患を見落とさないことが重要である.失神の再 要である(表 14)185).頸動脈洞症候群は男性に好発し, 発については血管迷走神経性失神とほぼ同様である 4 174) . 頸動脈洞症候群 しばしば,冠動脈疾患や高血圧等を合併する 66),175). 2)頸動脈洞マッサージによる診断および病型分類 頸動脈洞症候群は中高年齢層の原因不明の失神患者に ホルター心電図やモニター心電図記録上,一過性の洞 8),66), 175) -178) 停止や房室ブロックが認められ,その原因精査において おいてしばしば認められ,重要な疾患である . ①病態生理と発症頻度 電気生理検査上異常なく,頸動脈洞マッサージにより初 めて診断される例もある 186),187). 頸動脈洞の圧受容器は,血管内圧の上昇や外部からの 頸動脈洞症候群は心電図および動脈血圧モニター記録 頸動脈洞圧迫により血管壁の伸展が生じると刺激され 下に,CSM で病歴と一致した意識消失発作が誘発され る.頸動脈洞内の圧受容器からの求心性神経線維は舌因 た場合,血圧および心拍数の反応から病型分類され 神経を通り,延髄中の弧束核そして迷走神経背側核,疑 核および延髄・橋網様体に至る.遠心性神経線維は,洞 結節や房室結節に分布する迷走神経心臓枝と心室筋や全 身血管に多く分布する交感神経に分かれる.頸動脈洞圧 迫により前者が刺激されると洞機能や房室伝導能に抑制 的に働き,洞停止や房室ブロックが生じ心停止に至る 179). しかし,頸動脈洞過敏現象が,反射弓における求心性・ 遠心性神経線維または脳幹,さらには洞結節等心臓自体 のどの部位の過剰反応に起因するものか明らかではな い.頸動脈洞症候群が洞機能不全症候群の一症状である ことは考えにくい 180),181).頸動脈洞症候群の病態と加齢 表 14 頸動脈洞症候群と血管迷走神経性失神の比較 頸動脈洞症候群 血管迷走神経性失神 発症頻度 低い 高い 発症年齢 中高年(> 50 歳) 若年~中高年 性差 男性に多い 女性にやや多い 前駆症状 ほとんどなし 高率 家族歴 ほとんどなし しばしばあり 心疾患合併 しばしばあり 少ない 発作時活動状態 頸部廻旋に関係 立位,坐位,排尿時 診断法 頸動脈洞マッサージ チルト試験 血管抑制型,混合型 病型分類 心抑制型が多い が多い 19 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) る 179)-181),188).5 秒間の圧迫で陰性を示し,10 秒間の圧 クラスⅢ 迫で症状が出現し,初めて陽性と判定される場合もある. 1.頸動脈洞刺激によって心抑制型の過敏反応を示すが, 臥位と比較すると,チルト下の立位における CSM のほ 症状がないか漠然としている例に対するペースメー うが頸動脈洞過敏の程度が増強され,診断率が高ま カ る 172),178),189) .特に,血管抑制反応が主体であるものは 臥位では見過ごされやすく,立位による圧迫で診断され る頻度が高い 172),189) 度および病型により治療方針を決める 8),178),191),192). . CSM によって生じる合併症は神経症状であるが,発 症状が失神に至らず,めまい感やふらつき感にとどま 症率は約 0.1 ~ 0.45 %と極めて低い 178),190).神経症状が っている場合は,頸動脈洞圧迫につながる急激な頸部回 発症しても多くは 24 時間以内に回復する.しかし,過 旋,伸展等の行動は避けるように生活指導する.ネクタ 去 3 か月以内に脳梗塞や一過性脳虚血の既往を認める例 イ締め,着替え,運転,荷物の上げ下ろし等の行動に伴 や頸動脈に血管雑音を有する例では,合併症のリスクが って症状が出現しやすいため,注意が必要である.失神 8) 高まるため CSM は避けるべきである . に至る例では,心臓ペーシング等の適切な治療を積極的 ①心抑制型(Cardioinhibitory type) に行わないと症状再発の危険性が高い 181),191)-196).特に, CSM により少なくとも 3 秒以上の心停止を伴う頸動 反復する失神を来たす例や失神発作時に長い心停止時間 脈洞過敏を示し,意識消失発作が誘発され,収縮期血圧 や頭部外傷を認める例ではペースメーカ治療の絶対適応 の低下は 50mmHg 以内にとどまる.心停止は,洞停止 となる 192).頸動脈洞を圧排する頸部腫瘤等による二次 あるいは洞房ブロックばかりでなく完全房室ブロックに 性の頸動脈洞症候群では,臥位,坐位でも症状は出現し よっても生じ, しばしば心電図上 non-conducted PAC(心 やすく摘出術等の根治治療が必要となる.心抑制型に対 室伝導を認めない心房期外収縮)が記録される.AH ブ する抗コリン薬等の内服治療は再発率も高く無効であ ロックによる房室ブロックが潜在している可能性があ る. り,心抑制型において電気生理検査を行うことは,伝導 頸動脈洞症候群に対するペースメーカ治療の適応は本 抑制部位の病態の解明ばかりでなく,ペーシングモード 項の冒頭に示したとおりである 8),192).つまり,反復す 選択や治療判定にも有用である 181). る失神が認められ,かつ頸動脈洞刺激により心抑制型の ②血管抑制型(Vasodepressor type) 頸動脈洞過敏が証明される場合にはペースメーカ治療が CSM により 3 秒以上の心停止は示さないが,50mmHg 推奨される.一方,頸動脈洞刺激によって心抑制型の過 以上の収縮期血圧低下を認め意識消失発作が誘発され 敏反応を示すが,症状がないか漠然としている例では, る. ペースメーカ治療の適応とはされない 192). ③混合型(Mixed type) 心抑制型ではしばしば房室ブロックによる心停止を伴 混合型は心抑制型と血管抑制型の両者の頸動脈洞過敏 うため,AAI 型ペースメーカでは失神を予防することが を認める. できず禁忌である.VVI 型では,ペースメーカ症候群や ③治療 血管抑制反応の増強により,心拍数は維持されるが血圧 低下が認められ,必ずしも症状の改善は認められない場 クラスⅠ 合がある.DDD,DDI 型の心房心室同期ペーシングが 1.病態の説明 本疾患に最適な治療法である 192).混合型でも心抑制反 2.生活指導:急激な頸部の回旋・伸展,きつい襟,き 応が強い例はペーシング治療が有効であるが,血管抑制 ついネクタイ等の誘因を避ける が強い場合は血管抑制型と同様にペーシング治療による 3.頸部腫瘍の摘除 心停止の予防だけでは症状の改善は認められない.Rate 4.反復する心抑制型失神に対するペースメーカ(DDD, drop response(RDR)機能を持つ生理的ペースメーカが, DDI) 20 薬物療法の有効性の報告は少なく,症状の頻度,重症 頸動脈洞症候群における心臓抑制反応の強い例で有効と クラスⅡ a されている 194),197). 1.失神発作があるが,頸動脈洞刺激で心抑制型の過敏 血管抑制型に対しては,確立された治療法は得られて 反応を示すものの失神には至らない例に対するペー いない.エフェドリンやプロプラノロール,セロトニン スメーカ 再吸収阻害薬が有効であった報告もみられる 181),198). 失神の診断・治療ガイドライン 不安神経症状を呈する 205).皮膚への血流低下により, ④予後と社会生活 四肢特に下肢のチアノーゼがみられることが多く,下肢 失神を示さず,めまい感やふらつき感等にとどまる場 合は,頸動脈洞圧迫につながる急激な頸部回旋,伸展等 の行動は避けるように生活指導することで,失神を予防 できる.血管抑制反応が強い頸動脈洞過敏を呈する例で は,ペースメーカ治療が無効であり,また有効な薬剤が ないため日常生活における生活指導を常に念頭におく必 に広汎に広がりまだら模様を呈する 205),207). 3 原因と病態生理(図 4)207) ①下肢限局型の自律神経性ニューロパチー (Neuropathic POTS) 要がある.特に,再発性の失神を有する例では運転中の POTS の発症に先行してウイルス感染がみられ 200),ノ 失神はしばしば事故につながるため,運転制限および禁 ルアドレナリンに対する血管収縮反応の検討で下肢の静 止が必要となる. 3 脈に脱神経過敏が認められる.交感神経皮膚反応や定量 的軸索反射性発汗試験,ノルアドレナリンの spillover の検 体位性起立頻脈症候群 討から下肢のみで交感神経機能異常が認められる 208),209). また,下肢への極度の重力依存性血液貯留が認められ 本症候群は失神を来たすことは一般的にはないが,病 る 210).これらの結果から POTS の機序の 1 つに,下肢に 態生理は血管迷走神経性失神に類似しているため,本ガ 限局した部分的自律神経障害(partial dysautonomia)が イドラインで取り上げて解説する. 想定されている. 1 概念 ②β受容体感受性亢進(Hyperadrenergic POTS) 1982 年 Rosen らが起立時に疲労,運動不耐症,心悸 起立時に血漿ノルエピネフリン濃度の過剰な増加と血 亢進等を伴う患者群を“体位性頻脈症候群(postural 圧の上昇を来たす例があり,β受容体感受性亢進の存在 .1993 年 が考えられている.臥位でのイソプロテレノ―ル負荷に Schondorf ら は こ の 病 態 を 体 位 性 起 立 頻 脈 症 候 群 よる心拍数増加の程度も大きく,β遮断薬の有効性が期 tachycardia syndrome)” と 報 告 し た 199) (POTS:postural orthostatic tachycardia syndrome)と命名 した 200).チルト試験で異常な心拍数の増加を示し,多 くの場合起立 2 分以内に心拍数が 120 ~ 170/ 分まで増加 する. 2 臨床的特徴 POTS と ほ ぼ 同 義 語 と さ れ る 特 発 性 起 立 不 耐 症 (idiopathic orthostatic intolerance)の有病率は少なくと も 1/500 以上にのぼり,全米で 50 万人以上の患者がいる とされる 108).患者の大半は 15 ~ 50 歳,平均年齢は 30 代前半であり,男女比は 1:4 ~ 5 で若年女性に好発す る 201).女性に多い理由は明らかではないが,女性ホル モンや性周期との関連が示唆されている 202).成人の慢 図4 POTSの体位性頻脈と起立不耐症を来たす原因として 想定される機序(文献207より改変引用) 静脈運動調節障害 起立時の静脈 プーリングの増加 中心血液量の減少 動脈脈圧の減少 性疲労症候群例の 25 ~ 50%に POTS が認められる 203). 症状は立位に伴う動悸,ふらつき,疲労感,全身倦怠 感が主体であるが,多彩な症状を認める 204).これらの 心肺圧受容体の減負荷 交感神経による増大 末梢血管抵抗 脳血管抵抗 頻脈 症状は脳血流低下に基づくものであり,正確な機序は不 明である.静脈還流量の減少,過換気やそれに伴う低 CO2 血症による脳循環調節の異常,脳動脈収縮が,めま いや眼前暗黒感,頭痛等の症状の原因となる 205),206).発 汗や顔面紅潮等の交感神経刺激症状,悪心等の迷走神経 刺激症状もみられ,さらに振戦やパニック障害のような 動脈圧の維持 脳血流量と脳血流速度の低下 脳動脈収縮 起立不耐症 21 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 待される 211). 5 ③循環血液量の減少 POTS では循環血液量の減少がみられるにもかかわら ず,血漿レニン活性やアルドステロン濃度は低値である という報告があるが,一定した成績はない.循環血液量 の減少は POTS の機序の一部か増悪因子として関与す る 212),213). 治療(表 16) ①生活指導,増悪因子の除去 起立性低血圧の場合と共通する内容が多い. ②薬物療法 臨床的な有効性が無作為二重盲検試験で確認された薬 剤はいまだになく,症例ごとに薬剤の効果を検討する. ④脳循環調節の障害 治療の目的は,以下で述べるように 1)循環血液量の増 POTS 例ではチルト負荷中に中大脳動脈血流速度の低 加,2)過剰な交感神経活動の抑制,3)末梢血管(動脈, 下が観察され,起立中の交感神経活動の過度の亢進や過 静脈)の収縮,4)β受容体感受性亢進の減弱にある. 呼吸により脳動脈収縮が生じ,起立不耐症の症状の一因 をなす 209),214). 1)循環血液量の増加 急性の治療としては生理食塩水の点滴静注を行う.内 ⑤骨格筋ポンプの障害 服薬としてはフルドロコルチゾン(0.02 ~ 0.1mg/ 日, 一部の POTS 例では運動機能とは関係なく骨格筋ポン 分 2 ~ 3)の有効性が認められている 220).ただしその効 プが障害されている 215). 果は塩分の摂取量に依存するため,患者には十分な塩分 摂取をあわせて指導する.夜間多尿の症例に対してデス ⑥遺伝的要因 ノルエピネフリントランスポーター(NET)遺伝子異 常を認めた家系が報告され 216) ,実験モデル 217) で検討さ れたが,大多数の POTS 患者の遺伝的要因は明らかでな い. ⑦ヒスタミン 顔面紅潮と尿中ヒスタミン代謝産物の排泄増加を認 め,肥満細胞の活性化によるヒスタミン分泌増加が POTS の病態に関与する可能性が示唆されている 218). ⑧ High-flow,low-flow and normal-flow POTS POTS の病態は単一ではなく安静臥床時の末梢血管抵 抗 と 心 拍 出 量 に よ り“high-flow POTS”,“low-flow POTS”,“normal-flow POTS”の 3 つに分類されること がある 207),219). 4 診断 表 15 に診断基準 108)を示す.起立もしくはチルト 5 分 以内に臥位に比べ心拍数が 30/ 分以上増加するが,起立 性低血圧を認めない.この際に臨床経過と同様なめまい, 立ちくらみ,視野異常,動悸,振戦,脱力感等多彩な起 立不耐症の症状がみられる.貧血や脱水,体重減少を来 たす消耗性疾患が基礎にないことが必要であり,起立不 耐症を助長し得る薬剤の投与がなされていないかの確認 も重要である. 22 表 15 Low らによる POTS の診断基準 (文献 108 より引用) (1)起立またはチルト 5 分以内に心拍数増加≧ 30/ 分 (2)起立またはチルト 5 分以内に心拍数≧ 120/ 分 (3)起立不耐症の症状が持続する 【注】上記すべてを満たすものは重症 POTS, (2)を満たさない ものは軽症 POTS. 表 16 POTS の治療 1.患者指導,増悪因子の除去 ①体重減少,脱水,貧血の是正 ②原因薬剤の中止 ③慢性消耗性疾患,長期臥床,運動不足の是正 2.薬物療法 ①循環血液量の増加 (a) 生理食塩水点滴静注(1L/1 時間) (b) フルドロコルチゾン (c) デスモプレッシン(dDAVP) (d) エリスロポエチン ②過剰な交感神経活動の抑制 中枢性α 2 受容体刺激薬:クロニジン,メチルドパ,フ ェノバルビタール ③末梢血管(動脈,静脈)の収縮 α 1 受容体刺激薬:ミドドリン,フェニレフリン ④受容体感受性亢進の減弱 β受容体遮断薬:プロプラノロール等 ⑤その他:ピリドスチグミン,オクトレオチド,SSRI, SNRI 3.非薬物療法 ①塩分摂取 ②下肢筋肉トレーニング ③弾性ストッキング,腹帯 ④セミファウラー位での睡眠 【注】β 遮断薬のみ洞頻脈に保険適応があり,他の薬剤は POTS に対する保険適応は承認されていない. 失神の診断・治療ガイドライン モプレシン(dDAVP,経口バゾプレシンアナログ製剤) が有効である 221).治療抵抗性の患者には,赤血球増加 1 徐脈性不整脈 作用と血管収縮作用を有するエリスロポエチンの有効性 失神の原因となる徐脈性不整脈には洞不全症候群,房 ) が報告されている 222(保険適応外) . 室ブロックが挙げられる.これらの診断には失神発作の 状況,年齢,既往歴,家族歴,基礎疾患の検索と心電図,必 要に応じて電気生理検査等の検査が有用である 156),229). 2)中枢性交感神経抑制 過剰な交感神経活動の亢進を認める患者には中枢性交 感神経抑制薬が有効である.交感神経抑制薬に対する感 受性が高いため少量より投与を開始する.クロニジン (0.225 ~ 0.45mg/ 日 分 3)単独あるいはフルドロコルチ 219) ①洞不全症候群 1)定義・病態生理 洞不全症候群は洞自動能低下もしくは洞房伝導能の一 .メチルドパやフェノバルビタ 過性または持続性低下により徐脈を来たすもので,前者 ールも同様の効果が報告されている 219),223)が,長期投与 に よ り 洞 停 止, 持 続 性 洞 徐 脈, 心 拍 応 答 性 の 低 下 等不明の点が多く治療抵抗性の患者へ慎重に投与する必 (chronotropic incompetence),後者により洞房ブロック ゾンとの併用を行う 要がある. が出現する.大部分は洞結節細胞もしくは周囲心房筋の 加齢に伴う変性,線維化等による特発性と呼ばれるもの 3)末梢血管(動脈,静脈)収縮 である.二次性のものとして虚血性心疾患,心筋症,弁 α 1 受容体刺激薬(静注:フェニレフリン,経口:ミ 膜症,炎症,高血圧,膠原病,心アミロイドーシス等に ドドリン 4mg/ 日 分 2)が用いられる 伴うものがある.多くは 50 歳以上に発症するが,まれに若 が,α 1 受容体 219) 刺激薬の長期投与による効果はいまだ明らかではない. 年者にもみられ,先天的な刺激伝導異常も疑われる 230). 自律神経,特に迷走神経の関与が大きく,徐脈は夜間に 4)交感神経β受容体の感受性亢進の減弱 β遮断薬が非常に有効とされる 211) が,これまでに無 著明である.Brugada 症候群との合併も報告され注意が 必要である 231),232). 作為試験によるβ受容体遮断薬の効果の検討はなされて 2)分類 おらず,長期効果も明らかではない. Rubenstein の分類が使用される 233). 5)その他 Ⅰ群:原因不明の著しい持続性洞徐脈(心拍数< 50/ 分) ピリドスチグミン(アセチルコリンエステラーゼ拮抗 Ⅱ群:洞停止あるいは洞房ブロック 224) 225) 薬) オクトレオチド(選択的腹部内臓血管収縮薬) , Ⅲ群:徐脈頻脈症候群 226) 選択的セロトニン再吸収阻害薬(SSRI) ,選択的ノル エピネフリン再吸収阻害薬(SNRI)227)の有効性が報告 3)診断 されている(いずれも保険適応外). 12 誘導心電図,モニター心電図,ホルター心電図に 6 より診断されるが,迷走神経の影響を除外するため運動 予後と社会生活 負荷心電図や硫酸アトロピンに対する反応を確認する. POTS の生命予後は一般に良好であり 1 ~数年以内に 本症候群が疑われるが上記検査によっても確定診断に至 自然に軽快する例が多いが,予後を系統的に検討した報 らない場合は,電気生理検査の適応である 234).電気生 告はなく不明の点が多い.POTS のタイプによっても予 理検査では,(1)洞結節オーバードライブ抑制試験によ 後が異なる可能性が考えられ 205) ,また起立時の頻回に る洞結節回復時間(sinus node recovery time:SNRT), 認められる症状のため QOL や日常生活動作が著しく制 さらに基本刺激周期長により補正した修正(corrected) 限される場合がある 228). SNRT の 計 測 235),(2)洞 房 伝 導 時 間 測 定(Strauss 法, 4 不整脈 Narula 法)236),237),(3)洞結節電位直接記録 238)により洞 機 能 の 評 価 を 行 う. 一 般 に SNRT は 1400ms 未 満, CSNRT は 525ms 未満を正常範囲とする. 徐脈ばかりではなく,心拍数が著しく多い頻脈でも心 拍出量量が維持できずに失神を来たすことがある. 4)治療 原則としてペースメーカが選択される.それまでのつ 23 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) なぎとして,もしくは患者がペースメーカ治療を希望し 不整脈薬によりブロックが誘発されれば診断意義は大き ない場合等にはシロスタゾール(200mg/ 日 分 2,保険 い.このために使用される薬剤はシベンゾリン(1.4mg/ 適応外)等の薬物療法が選択される.ただし,これら薬 kg),ジソピラミド(1.0mg/kg),プロカインアミド(10mg/ 物療法の効果は不確実であることを念頭に置く.ペース kg)等である. メーカ植込みの適応は不整脈の非薬物治療ガイドライ 右脚あるいは左脚ブロックに 1 度ブロックの合併を認 ン 239)に従う. めた場合は,ブロック部位診断のため電気生理検査が不 可欠である 244),245).また,2 度 Wenckebach 型ブロック 5)予後 の大多数は,迷走神経の緊張に伴う機能的(可逆的)ブ ペースメーカ植込み後の予後は基礎疾患による. ロックで,ブロック部位は His 束上である 246),247).His 束内,His 束遠位でみられることは比較的まれな現象で ②房室ブロック あり 248),何らかの器質的障害の存在が示唆される.運 1)定義・病態生理 動負荷等心房拍数の増加に伴い房室伝導の増悪を認める 房室ブロックは心房から心室へ刺激が伝達される際 ことが多く 249),250),ほとんどの例でさらに高度房室ブロ に,刺激伝導系のいずれかの部位において,伝導遅延ま ックへ進展する.2 度 Mobitz Ⅱ型ブロックは His 束以下 たは途絶が認められるものである. の器質的伝導障害が原因とされ,運動負荷や硫酸アトロ 先天性と後天性に大別されるが,前者は修正大血管転 ピンによる反応は,伝導の不変もしくは悪化となって現 位や心室中隔欠損を伴う心奇形等によく認められる.後 れる.より高度の房室ブロックへの進展が認められるこ 天性では伝導系を含む心筋の虚血,炎症,変性,外傷等 とが多い.2 枝ブロックが存在する例で,進行性に 1 度 が原因となる.後天性房室ブロックは,一般に加齢に伴 もしくは 2 度のブロックを合併した場合は間欠的 3 枝ブ う変性,線維化等の原因の明らかでないものが多い.そ ロックの出現が考えられ注意が必要である.この場合は, の他,二次的なものとしては,虚血性心疾患,心筋症, 電気生理検査が必須であり,HV 時間が 100msec 以上に 心筋炎,薬剤性,膠原病,サルコイドーシスに伴うもの 延長している例,毎分 150 以下の心房刺激で HV ブロッ 等がある 240). クが出現する例,心房期外刺激法による His-Purkinje 系 2)診断 ックへの進展する可能性が高く失神の原因となり得る 234). 12 誘導心電図,モニター心電図,ホルター心電図に 徐脈性心房細動では,臨床症状と徐脈との関連が明ら より診断されるが,迷走神経の影響を除外するため運動 かでない場合には,ホルター心電図を繰り返し記録し, 負荷心電図や硫酸アトロピンに対する反応を確認する. 徐脈の程度(覚醒時の心室拍数< 40/ 分)や心室停止の 器質的房室伝導障害を有する例では,これらの負荷によ 長さ(> 3 秒以上)等の所見を参考とする 234).また近 り房室伝導の増悪を示すことが多い.房室伝導障害が疑 年では植込み型ループレコーダーも診断に有用であるこ われるが,上記検査によっても確定診断に至らない場合 とが報告されており,原因不明の場合には植込み適応を の有効不応期が 450msec 以上に延長する例等は 3 枝ブロ は電気生理検査の適応である 234) .本法ではブロック部 位の診断をはじめ,不応期測定,下位中枢の安定性評価 および潜在性ブロックの誘発を行う 考慮する(Ⅰ- 4.診断ヘのアプローチ,植込み型ループ レコーダーの項参照). .すなわち,(1) 241) His 束以下の伝導遅延の有無,(2)漸増性心房ペーシン 3)治療 グ 法 に よ る AH Wenckebach 型 ブ ロ ッ ク お よ び His- 臨床症状を有する例ではペースメーカ植込みが原則で Purkinje 系における 2 度以上のブロック出現心拍数 242) , 243) ある 239).それまでのつなぎもしくはペースメーカ治療 (3)心房期外刺激法による心房,房室結節,His-Purkinje を拒否する例では,硫酸アトロピンやイソプロテレノー 系の相対・有効不応期の測定を行う.これらによっても ル(0.01 ~ 0.1 μ g/kg/ 分)等を使用するが,効果は不確 ブロックがみられない時には,(4)心室オーバードライ 実である.植込みの適応は不整脈の非薬物治療ガイドラ ブ抑制試験や(5)Ia 群抗不整脈薬負荷等による房室ブ イン 239)に従う. , ロックの誘発を行う.これにより HV 時間が 2 倍以上に 延長する場合,HV 時間が 100ms 以上に延長する場合, 4)予後 さらには 2 度以上の房室ブロックが出現した場合は His- ペースメーカ植込み後の予後は基礎疾患に依存する. Purkinje 系の器質的伝導障害が示唆される.低用量の抗 24 失神の診断・治療ガイドライン 表 17 失神を来たす頻脈性不整脈 A.上室性 ①発作性上室頻拍 ②心房粗動 ③心房細動 B.心室性 ①単形性心室頻拍 ②多形性心室頻拍,torsade de pointes ③心室細動 5)電気生理検査 プログラム刺激によって頻脈の誘発を試みる.WPW 症候群,発作性上室頻拍や心房粗動では誘発率は高く診 断的価値も高い 261). 基礎心疾患を有し単形性の持続性心室頻拍が確認され ている例では,心室頻拍の誘発率は高い 262).持続性心 室頻拍や心室細動の誘発例では,失神や突然死の危険が 高い 263),264).Brugada 症候群では多形性心室頻拍や心室 細動が誘発されるが 265),その意義については議論があ 頻脈性不整脈 2 る.失神例の電気生理検査の適応は本学会ガイドライ ン 266)に従う. ①病態生理 頻脈(表 17)により心拍出量が低下ないし消失する ③治療 ことが原因である.頻脈が数秒で停止すればめまいや動 失神が発作性上室頻拍,WPW 症候群,心房粗動,特 悸で終わることがあるし,持続すれば突然死に結びつ 発性心室頻拍による場合はカテーテルアブレーションに く 33),251) より根治できる 267),268).心室頻拍や心室細動による場合 . は,植込み型除細動器(ICD)が最も確実な手段となる 269). ②診断 心筋梗塞後の心機能低下例で,電気生理検査で持続性心 失神の原因として一過性の頻脈を疑うことが重要であ 室頻拍・心室細動が誘発される場合は ICD で予後は改 る. 善する 270),271). 個々の頻脈についての治療のガイドライン 272)は既に 1)病歴 あるので,これに従う.持続性心室頻拍・心室細動例に 失神に先行する動悸 252),運動や精神的ストレスの関 対するアミオダロンの有効性には論議がある 273),274). 与 253),突然死の家族歴,心疾患の既往,心電図異常の QT 延長症候群やカテコラミン誘発性多形性心室頻拍の 既往,服薬状況を把握する. 失神および突然死の予防には,β遮断薬と運動制限が原 則となる.症状や突然死の家族歴の有無等を参考に ICD を考慮する 269),272). 2)身体所見 器質的心疾患の有無,心拡大や心不全徴候の有無を確 認する.病歴や身体所見は心臓由来の失神かどうかの推 定に役立つ 87).心エコー検査も有用である 254). ④予後 心原性失神の 1 年目の死亡率は 24 %と高い 33),156).我 が国の ICD 治療群では,1 ~ 3 年の観察で 40 ~ 50%に適 切作動が認められている 275).QT 延長症候群,Brugada 3)心電図 WPW(Wolff-Parkinson-White) 症 候 群,Brugada 症 候群 255) ,QT 延長症候群 256) に注意する.不整脈原性右 室心筋症(ARVC)では,T 波の異常やイプシロン波等 がみられる 257).異常 Q 波,肥大所見,ST‐T の異常, 症候群,カテコラミン誘発性多形性心室頻拍等を対象に 治療効果を比較した大規模試験はまだない. 5 虚血性心疾 1 病態生理 QRS 幅の延長等は心疾患を示す. 4)ホルター心電図 頻脈発作がホルター心電図でとらえられる可能性は低 い 258)-260) .失神を来たす頻脈が考えられる場合は,入 院してモニターを行い,適時電気生理検査に移行するの が安全である. 虚血性心疾患による失神の機序には,心筋ポンプ失調 あるいは不整脈による心原性のものと Bezold-Jarisch 反 射等の神経反射によるものがある. ①急性冠症候群 14 か国 20,881 人の急性冠症候群の検討では,8.4%の 25 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) ラスⅠ).冠動脈造影が正常の場合には冠攣縮性心筋虚 図5 無痛性の急性冠症候群における症状の頻度 (文献276より引用) 合計が100%を超すのは1つ以上の症状があるため 血を疑い,エルゴノビン負荷 296)あるいはアセチルコリ ン負荷 297)を行う.まれにイソプロテレノール負荷によ 49.3 って誘発される場合もある 298). 症状発現者率︵%︶ 50 運動負荷試験は,運動中あるいは運動直後に起こる失 n=20,881 40 30 神発作の診断には重要である.運動中に起こる失神発作 26.2 24.3 の多くは心原性であり,徐脈を伴わない著明な低血圧に 19.1 20 よって引き起こされることが多く,無痛性虚血性心疾患, 虚血による心室性不整脈・房室ブロックが原因となる. 10 一方,運動負荷直後に起こる失神発作の多くの原因は自 0 発汗 呼吸困難 吐気・嘔吐 律神経調節障害と考えられている. 失神 虚血性心疾患の中でも心筋梗塞既往例における失神発 299) 作の診断には,電気生理検査が有用である(クラスⅠ) . 症例で胸痛を認めず,23.8%の症例が初期には急性冠症 E S V E M ( E l e c t r o p h y s i o l o g i c S t u d y Ve r s u s ,その中の約 20%の症例が失神発 Electrocardiographic Monitoring)試験 263)でも電気生理 作やその前兆を訴えて受診した(図 5).したがって失 検査で心室頻拍が誘発された失神既往例では,自然発作 神発作で受診してきた症例においては,常に虚血性心疾 の心室頻拍が記録された症例と同程度にハイリスクであ 候群と診断されず 276) 患の可能性を考慮する必要がある 276)-278) ることが示された.冠動脈疾患症例に起こった原因不明 . の失神患者で,電気生理検査により心室頻拍 ・ 細動が誘 ②狭心症 発され ICD が植込まれた 178 例では,2 年間で 55%の症 1)冠攣縮性狭心症 例で心室頻拍 ・ 細動が再発し,失神発作と心室性不整脈 失神も 1 つの病態であり頻度は 4 ~ 33% 279)-282) とされ る.機序として虚血による心筋ポンプ失調 283),房室ブ ロック 284) ,洞徐脈,心室性頻脈性不整脈等が考えられ て い る. 一 般 的 に は, 右 冠 動 脈 の 近 位 部 285),QT dispersion が増大している症例 作時に不整脈,特に心室頻拍 286) ,多枝病変 287),288) や発 289),290) ,心室細動,完全房 との関連が強かった 264). 遅延電位,T波交互脈(保険適応未承認)等は,器質 的心疾患を有する症例の失神発作・突然死に対する補助 的な診断として用いられる. 3 治療 室ブロック 291)を呈する例に多い.非発作時には異常が 虚血性心疾患による失神発作がすべて心筋虚血による 認められないことから,原因不明の失神の中にはこの病 心筋ポンプ失調のみが原因と確定できないし,神経反 態による失神発作が多く含まれている可能性がある 292) . 射 300)や原発性不整脈(心室細動)の関与もある.急性 心筋梗塞後にはチルト試験の陽性率も 33%と対照の 3 倍 2)労作狭心症 くらい高く,1 年間の経過観察で 25%の症例に失神ある 心筋ポンプ失調や虚血に伴う頻脈性不整脈,房室ブロ いは失神前症状が発生する 300). ック等により失神・前失神発作を起こす.動脈硬化性病 虚血発作が頻脈性心室性不整脈の発生に関係している 変のみでなく先天性冠動脈疾患 293) や川崎病 294) 等も原因 2 冠攣縮例の失神発作は突然死につながる可能性もある 診断 が 301),突然死とは無関係とする報告もある 279).一般的 患者が失神前後で胸痛を自覚すれば,運動負荷テスト, には,Ca 拮抗薬が第一選択である(クラスⅠ)301).し 心エコー,心電図モニター等が第一段階として推奨され かし,薬剤による効果が不十分あるいは不確実と考えら 156) る(クラスⅠ) .ホルター心電図が最初に勧められる れる場合,ICD 植込みを行う(クラスⅡ b). が,発作時の記録が困難な場合にはイベントレコーダー 陳旧性心筋梗塞例で失神の原因が心室細動や持続性心 や植込み型ループレコーダーが推奨される 26 例では,虚血発作に対する治療を優先する.適応のある 場合には冠動脈形成術や外科的治療を行う(クラスⅠ). となる. 295) . 室頻拍であることが確認されている場合は ICD の適応 失神の原因として心筋虚血が疑われる場合,冠動脈造 である(クラスⅠ).原因不明の失神発作があり,持続 影が診断と適切な治療方法選択のために推奨される(ク 心室頻拍や心室細動が電気生理検査で誘発され,有効な 失神の診断・治療ガイドライン 薬剤がない場合は ICD の植込みを行う(クラスⅠ)269). 血管拡張反応を示す例がある 312),313).したがって HCM 頻拍発作の予防にアミオダロンやβ遮断薬の併用投与も では左室内圧の上昇がなくても圧受容器自身の異常また 有効である(クラスⅡ a)が,その効果は ICD に劣る. は心筋錯綜配列等による心筋壁張力の変化により交感神 不整脈の非薬物治療ガイドライン等 239),272)が公表されて 経抑制と迷走神経刺激を来たし,失神が誘発される可能 性がある.また HCM では約 30%の症例が運動負荷試験 いるので,治療方針はこれらに準じて立てる. 4 中に血圧上昇反応の異常を示し,これは突然死の危険因 予後 子として知られているが 309),314)-316),この機序としても 原因となる冠動脈の重症度と左室機能の障害程度に依 存する 288),301),302). 6 心肺圧受容器異常の関与が考えられている. ②診断 心筋症 HCM の失神の機序は多様であり,個々の症例におい てどの機序で失神を来たしているかを判断することが重 1 要である.病歴では突然死のリスクと関係する失神の回 肥大型心筋症 数,運動との関係,近親者の突然死の有無を聴取するが, 頻回に失神発作を繰り返す例は我が国では比較的少な ①病態生理 い.ホルター心電図は頻脈性,徐脈性不整脈の検出に必 肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy:HCM) 須の検査である.非持続性心室頻拍例における ICD の における失神は,本症の死因の過半数を占める突然死の 適応決定のための電気生理検査の有用性は確立されてい 危険因子として重要である 303),304) .特に若年者の失神, ない.失神の原因精査のための電気生理検査は,クラス 運動中に発生する失神,繰り返し発生する失神は突然死 Ⅱ b に分類されている 8).心肺圧受容器反射の異常の検 の危険が高いことを示唆する.HCM の失神の頻度は欧 討にはチルト試験や下半身陰圧負荷試験が有用である 米では 16 ~ 19% 305)-307) ,我が国の特発性心筋症調査研 が,日常臨床ではまだ一般的でない.むしろ運動負荷試 究班の報告 308)では 16.8 %,久留米大学の報告 309)では 験での血圧反応が突然死のリスク評価の面から有用であ 8.9%である.一般に非閉塞性例より閉塞性例で高率に る.失神を伴う HCM における突然死の予防に対しては, みられる. ESC の失神の診断と治療ガイドラインでは,ICD の適応 HCM で失神を来たす機序としては以下のものが挙げ られている .(1)心室性・上室性頻脈性不整脈,(2) 310) 徐脈性不整脈,(3)高度な左室流出路狭窄,(4)自律神 経異常(心肺圧受容器反射の異常),(5)心筋虚血と拡 となるハイリスク所見がない場合には,植込み型ループ レコーダーによる原因精査が推奨されている 8). ③治療 張障害の相互作用である.頻脈性不整脈では心室頻拍が HCM の突然死は運動中や直後に発生することが知ら 突然死の危険因子として重要で,失神を伴う心室頻拍は れており,一般に過激な労作,競技スポーツ等の制限が ICD を考慮する必要がある 239),272),303),304).頻脈性心房細 必要である 272),303),304).特に運動中に失神を来たす例や 動も HCM の失神の機序とされるが比較的まれである. 運動負荷試験中の血圧上昇反応不良例では厳しい運動制 むしろ HCM では Ca 拮抗薬,β遮断薬,抗不整脈薬が 限が必要である(クラスⅠ).HCM の薬物治療に用いら 使用されることもあり,失神の原因としては徐脈性不整 れるβ遮断薬,Ca 拮抗薬,抗不整脈薬の失神に対する 脈が多い. 効果は不明である.また流出路狭窄に対する中隔枝塞栓 一方 HCM ではこれらの不整脈がなくても失神を来た 術,DDD ペースメーカの失神に対する治療効果も不明 すが,その機序として心肺圧受容器反射の異常が指摘さ である.失神を伴う徐脈性不整脈はペースメーカの適応 れている.特に閉塞性例では左室流出路狭窄により有効 239) である(クラスⅠ) .この場合には心房機能を温存で 心拍出量が低下し,反射性の交感神経緊張状態が発生し きる DDD ペーシングを選択する. やすい.このため左室流出路狭窄がさらに増強され,左 失神を伴う HCM における突然死の予防のためには 室壁内の圧受容器を刺激して,交感神経抑制,迷走神経 ICD が最も有効で,その適応は不整脈の非薬物治療ガイ 1) 緊張を来たし失神を誘発する .しかし失神は流出路狭 窄のない非閉塞性例でも発生し,チルト試験陽性 311) や, 下半身陰圧負荷試験で血管収縮反応の低下あるいは逆に ドライン 239),272)に準じて決定する.しかし HCM におけ る電気生理検査の有用性は必ずしも確立されておらず, 米国心臓病学会 / 米国心臓協会 / 欧州心臓病学会(ACC/ 27 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) AHA/ESC)のガイドラインでは,(1)原因不明の失神, (2)突 然 死 の 家 族 歴,(3)高 度 な 左 室 壁 肥 厚( ≧ 30mm), (4)運動中の血圧上昇反応不良(< 20mmHg), 誘発された場合とほぼ同等の頻度で突然死や ICD の作 動がみられることが明らかとなりつつある.ESC の失 (5)自然発作の心室頻拍,(6)心停止もしくは心室細動 神治療ガイドライン 8)では DCM(虚血性,非虚血性を のいずれか 1 つ以上が認められれば,ICD の適応を考慮 問わず)における電気生理検査の有用性は低い(クラス すべきとしている(クラスⅡ a)317). Ⅲ)とされており,近い将来我が国のガイドラインの再 2 評価が必要であろう. 拡張型心筋症 一方房室ブロック,洞不全症候群等の徐脈性不整脈が 失神の原因である場合にはペースメーカの適応となる ①病態生理 (クラスⅠ).この場合心房機能を温存できる DDD ペー 拡張型心筋症(DCM)で失神を合併する例では突然 シングを選択するとともに左室機能の改善が期待できる 死が高率に発生し,失神は予後不良であることを示す症 両室ペーシングの併用が望ましい. 状である 36) .DCM における失神の頻度は特発性心筋症 調査研究班の集計 308)では 17.6%である. DCM の失神の機序としても心室頻拍等の心室性不整 脈,徐脈性不整脈,心房細動等の上室性不整脈による心 原性失神の他,心肺圧受容器反射の異常による神経反射 性失神が挙げられている 36),318) .このうち心室頻拍によ 3 不整脈原性右室心筋症 ①病態生理 不整脈原性右室心筋症(ARVC)の約 3 分の 1 に失神 が生じると報告されている 8).ARVC は若年男性に多く, る失神が大多数を占め,原因不明の失神も大半は心室性 頻度は 1 人 /5,000 人とされる.ARVC は,右室の脂肪浸 不整脈によるものと推測されている. 潤と右室起源の心室頻拍を来たす原因不明の疾患で,脂 肪浸潤はしばしば左室に及ぶ.我が国では持続性心室頻 ②診断 拍の原疾患全体の約 10 %を占める.持続性心室頻拍の 失神の原因が致死性不整脈の可能性が高い場合には入 8) 院による心電図モニターが必要である(クラスⅠ) . ホルター心電図は,失神や失神前駆症状が頻回にみられ 発症年齢は 40 ~ 50 歳で,病変は徐々に進行する 272). ②診断 る場合はクラスⅠ適応である.体外式のイベントレコー 失神の原因として,心室性不整脈が主な原因と推測さ ダーは 4 週間以内に失神症状がある場合は適応である れている.広範な右室壁運動の異常例では,心停止や持 (クラスⅡ a)8). 続性心室頻拍再発の危険が高いが,電気生理検査で心室 電気生理検査による持続性心室頻拍・心室細動の誘発 頻拍が誘発される例,病変が左室に及ぶ例等で不整脈事 は冠動脈疾患等では突然死のリスク評価に有用とされて 故が多いと報告されている 321).しかしながら,ARVC に いる.しかし,DCM では両者の関連は必ずしもみられ おける電気生理検査の有用性は確立されてはおらず 317), ず,持続性心室頻拍・心室細動の誘発がみられない例で 失神の原因精査のために行う電気生理検査はクラスⅡ b も突然死の発生や ICD の作動がみられ,電気生理検査 とされている 8). の有用性は確立されていない 8),319),320). ③治療 ③治療 失神を伴う ARVC に対する治療については,ESC の DCM 等の左心機能低下例で有効性が認められている 失神治療ガイドラインでは,若年者や広範囲の右室機能 抗不整脈薬はアミオダロンとソタロールである.しかし, 障害,左室への浸潤,多形性心室頻拍,遅延電位,イプ 突然死の危険性が高い失神を伴う DCM では,突然死の シロン波,突然死の家族歴等突然死の危険因子を有する 予防に優れる ICD が第一選択で,適応は不整脈の非薬 場合,ICD 治療はクラスⅡ a とされている 8).上記所見 物療法ガイドライン等 28 り,持続性心室頻拍・心室細動が誘発されない場合にも 239),272) に従う.なお同ガイドライ がない失神を伴う ARVC では,植込み型ループレコー ン 239)では,ICD の適応として持続性心室頻拍,心室細 ダーによる診断が推奨されている.また,ACC/AHA/ 動以外の場合には電気生理検査による持続性心室頻拍・ ESC のガイドラインでは,突然死予防の観点から原因 心室細動の誘発が条件とされている.しかし,DCM に 不明の失神を伴う ARVC への ICD 治療はクラスⅡ a とさ 伴う原因不明の失神はそれ自体が突然死の高リスクであ れている 317). 失神の診断・治療ガイドライン 7 より失神が出現することがある.左房内血栓による塞栓 弁膜症 の部分症状としても出現する.合併する頻脈性心房細動 により心拍出量の低下が生じ,失神に至ることもある. 心臓弁膜症による失神は,他の原因が除外された時に 診断されることが多く,確定診断に至ることは困難であ ②診断 る.主に, (1)大動脈弁狭窄症, (2)僧帽弁狭窄症, (3) 僧帽弁狭窄症と左房内のボール状血栓の存在を明らか 僧帽弁閉鎖不全症,(4)感染性心内膜炎により失神が生 にする.身体所見,心電図,胸部 X 線に加え,心エコー じる. 法や心臓カテーテル法により僧帽弁狭窄症の有無,僧帽 1 弁口面積,僧帽弁圧較差等の評価を行う.僧帽弁口面積 大動脈弁狭窄症 1.5cm2 以下を中等度有意狭窄とし,1cm2 以下は重症僧 帽弁狭窄症とする 325).左房内血栓の評価も行い,緊急 ①病態生理 手術の適応を判断する 326). 主に運動中に末梢血管抵抗が下がり,大動脈弁狭窄症 があるために心拍出量は増えず,血圧が下がり失神が生 ③治療 じる 322).頸動脈洞や左室の圧受容器に機能障害を生じ, 外科的に左房内のボール状血栓の摘出を行う(クラス 低血圧が引き起こされる場合もある.一過性の心房細動, Ⅰ) .僧帽弁狭窄が重症な場合は弁置換術もあわせて行う. 房室ブロックが失神を起こすこともある. ④予後 ②診断 塞栓症状はしばしば非可逆的である.十分な抗凝固療 失神と重症大動脈弁狭窄症があり,他の失神を来たす 法を行うことにより血栓の予防は可能であるが,形成さ 疾患がないときに,大動脈弁狭窄症に伴う失神と診断さ れた心房内血栓に対し,抗凝固療法を行うことにより可 れる.身体所見,心電図(左室肥大)や胸部 X 線写真(左 動性を持つことがあるため,厳重な監視が必要である. 室拡大,大動脈弁の石灰化や上行大動脈の拡大)でまず 疑う.心エコー図や心臓カテーテル法により大動脈弁狭 窄症の有無,重症度を決定する.大動脈弁口面積 1cm 2 以下あるいは連続波ドプラ法による圧較差が 64mmHg 3 僧帽弁閉鎖不全症 ①病態生理 以上の時は重症大動脈弁狭窄症とする 323).発作が危険 僧帽弁閉鎖不全に伴う失神あるいは突然死(重症逆流 であるために,運動負荷等での失神誘発は通常行わない. 例で年間 1.0 ~ 7.8 %)327)の病態生理は不明なところが 大動脈弁狭窄症に合併する不整脈により失神が出現する 多く,確立されていない.僧帽弁閉鎖不全による左室容 こともあるので,ホルター心電図による不整脈の評価は 量負荷が不整脈を起こすという考えや,弁尖逸脱時に乳 重要である. 頭筋が機械的刺激を受けて心室性不整脈を起こし失神や 突然死の原因となるという考えもある. ③治療 内科的には安静を保つ.外科的に大動脈弁置換術(ク ②診断 ラスⅠ)を行うか,やむを得ない場合は経皮経管的大動 失神と僧帽弁閉鎖不全症があり,他の失神を来たす疾 脈弁交連形成術(クラスⅡ b)を行う. 患がないときに,僧帽弁閉鎖不全症に伴う失神と診断さ れる.身体所見,心電図,胸部 X 線写真に加え,心エコ ④予後 ー法や心臓カテーテル法により僧帽弁閉鎖不全症の有 大動脈弁狭窄症で失神が出現した場合の予後は悪く, 無,原因,重症度の評価を行う.失神の出現は必ずしも 約 3 年で多数例が死亡する 324). 僧帽弁逆流の重症度と相関しないため,失神の予測は困 2 僧帽弁狭窄症 ①病態生理 難であるが,失神を起こす原因は主に不整脈と考えられ るため,ホルター心電図による不整脈の評価は重要であ る. 左房内に生じたボール状血栓が僧帽弁口を塞ぐことに 29 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 室性頻拍,39%に洞機能低下,17%に伝導障害を認め, ③治療 4%の症例で房室ブロックのためペースメーカ植込みが 僧帽弁置換術・形成術の適応は一般に心不全症状や左 室機能により決定され,失神の有無だけからは決定でき ない.本学会の弁膜症の非薬物治療に関するガイドライ ②心室中隔欠損症(VSD) ン(2007 年改訂版)328)にあるように複数の因子を検討し 無手術の VSD 患者は両心不全による心室性不整脈や て適応を決定する. 突然死を引き起こす可能性が高い 334).25 年以上の自然 歴研究では,多くの患者が失神や重篤な不整脈を経験し, ④予後 失神の既往と生命予後は強く関連していた.心室頻拍は 一般に心不全症状のない,左室機能の良好な重症僧帽 Eisenmenger 症候群の 18 %,修復術後患者の 5 %,薬物 弁閉鎖不全症は予後良好とされてきた.しかし,無症状 治 療 を 受 け て い る 患 者 の 3 % に 認 め ら れ た 334). であっても突然死が多いという報告が最近あり,今後十 Eisenmenger 化は失神の重大なリスクとなる. 分な検討が必要である 4 327) . 感染性心内膜炎 感染性心内膜炎に伴う疣贅が塞栓を起こし,脳虚血症 状として意識障害を起こし失神との鑑別が必要となる. 感染性心内膜炎症例の 10 %が塞栓による脳虚血症状を 8 手術成功例でも数十年後には不整脈が出現する可能性 があり,心筋切開線が心室性不整脈の原因となる.通常, 房室ブロックは手術中に起こるが,術後多年月を経て進 行する場合もある 335). ③動脈管開存症(PDA) PDA の死亡率は生後数か月以内が高く,1 歳までで 30 起こす 329). 先天性心疾患 ここでは成人に到達した一般的な先天性心疾患の異 %,20 ~ 30 歳以上では 1 %となる 336).左室肥大や肺高 血圧症に伴う Eisenmenger 化が失神と関係する. ④心内膜床欠損症(ECD) 常 330)やその姑息あるいは根治手術と失神発作との関連 術前あるいは術後を問わず徐脈性不整脈(洞不全症候 を中心にまとめる.器質的心疾患のない症例に起こる失 群や房室ブロック)への進行が多く,これによる失神発 神発作と異なり,突然死の危険信号と考えられる. 作が起こりやすい 337). 1 病態生理 ⑤大動脈狭窄 先天性心疾患の症例が失神発作を呈した場合には不整 大動脈狭窄・大動脈弁狭窄・大動脈弁上狭窄は同じ血 脈によるものをまず考える.先天性心疾患の修復術は伝 行動態的な異常から失神を来たす.左心系閉塞性疾患は 導障害や徐脈を起こし,心房や心室頻拍の基質を形成す 経時的に閉塞の程度が進行し,重症度が増して心拍出量 る.短絡疾患の Eisenmenger 化は肺血管抵抗の上昇を来 が低下する.特に,失神は心拍出量の必要性が増大した たして低血圧を招く. 時に起こる.左心系閉塞性疾患は左室肥大となり,これ ①心房中隔欠損症(ASD) 心事故は 40 歳台で起こり始め,60 歳までに約 40%に は心室性不整脈による突然死の危険因子である 338). ⑥ Ebstein 奇形 生じる.心房性不整脈のみで失神は起こりにくく,肺血 心房性不整脈から失神を起こす.Ebstein 奇形の 50 % 管病変との合併により低血圧や失神発作を引き起こす. の患者が副伝導路や WPW 症候群を合併しており,短い 一方,手術後の ASD 患者は手術結果にかかわらず,心 不応期の副伝導路に心房細動を合併すれば失神や突然死 房粗・細動を起こす 331) . 術前あるいは術後の心房細動は手術の時期が遅ければ より発生しやすく,術前に心房細動や粗動であった 68 30 必要であった 333). を引き起こす 339). ⑦ Fallot 四徴症(TOF) %は手術後も洞調律に復すことはない 332).修復術を施 失 神 の 既 往 の あ る 成 人 TOF の 患 者 の ほ と ん ど が, 行された 0 ~ 14 歳の患者の長期間の追跡では,67 %の VSD のパッチ閉鎖術,肺動脈弁下狭窄切除術あるいは 患者が 24 時間心電図で異常調律を指摘され,45 %に上 右室流出路のパッチ閉鎖術による完全修復術を受けてい 失神の診断・治療ガイドライン る.失神や突然死のリスクは心室性不整脈と関連し 339),340), きない場合には,イベントレコーダーや植込み型ループ .失神の既往のある成人 レコーダーを利用する 353).心エコー検査は非侵襲的な TOF の精査には,心室性不整脈に対する電気生理検査 病態確認に,心臓カテーテル検査・造影検査は血行動態 が必須である. 把握,先天性冠動脈異常 293),354)や血管走行異常 355)によ 手術術式と強い関連がある 341) る失神発作の診断に有用である. ⑧大血管転移症 完全大血管転移症で手術を受け生存しているのは心房 3 治療・予後 内血流転換術(atrial switch operation)または大動脈血 失神は突然死とも関連する場合が多いので,原因を探 流 転 換 術 を 受 け た 患 者 で あ る. 心 房 内 血 流 転 換 術 求して,それに対する治療を行う.修復術が不完全であ (Mustard や Senning 手術)後に失神を起こす機序には, った場合には,その修復目的に再手術が行われる.徐脈 不整脈と心拍出量減少の 2 つがある.患者はしばしば運 性不整脈にはペースメーカ,頻脈性不整脈にはカテーテ 動と関連した失神を起こす.さらに低心拍出量の上に, ルアブレーション,ICD 植込みを行う 356),357). 徐脈や頻脈が合併し失神や突然死のリスクを増加させ る. Mustard 手術後の 6% に失神発作があり,79% 342) 9 その他の心疾患 1 心臓粘液腫 343) に 不整脈が発生する.洞機能障害が術後 10 年の累積で 35 %にまで達し,電気生理検査が原因精査に有効である. ペースメーカ植込みによっても突然死は抑制されない 342). 術後に起こる心房粗動や心房内リエントリー性頻拍は生 ①概念と病態生理 存者の 4 ~ 16%に認められるが 342),344),これは心臓手術 原発性の良性心臓腫瘍(心臓腫瘍全体の 75 %)のう に伴う瘢痕組織による伝導障害が心房内リエントリー性 ちの約 50 %を心臓粘液腫が占める.あらゆる年齢層に 頻拍の基質となるためである 345) .心房性不整脈は失神 みられ 358),左房(75%),右房(18%)の順に多く,心 症状と強く関連しているが,ブロックや心室性不整脈も 室での発生は少ない(左室 4%,右室 4%)359). 失神や突然死の危険因子となる. 腫瘍の脳塞栓により意識障害を引き起こしたり,腫瘍 大動脈血流転換術(Jatene 手術)が行われた患者では が弁口を閉塞し一過性に心拍出量が低下し失神を生じた 不整脈の報告はなく,電気生理検査にもわずかな異常が りすることがある.左房粘液腫は僧帽弁狭窄症に,右房 みられる程度である 344) .この手術の合併症は,左室流 出路より右室流出路の閉塞が多い 346).術後 1 年目の死 亡原因は主に先天的な冠動脈異常に関連している 347). 粘液腫は三尖弁狭窄症に類似の血行動態を示す. ②症状 多彩な臨床症状が特徴的である.全身症状の他,塞栓 ⑨修正大血管転移 症状,心腔閉塞症状等がみられる.粘液腫で産生される 修正大血管転移では失神に関する十分な数の報告はな IL-6(インターロイキン 6)自体の作用あるいは過剰産 い.しかし,完全房室ブロックの合併が手術の有無にか 生に対する反応である種々の全身症状(発熱・易疲労感・ かわらず 29 ~ 31 %にみられる 348),349).さらに,心房細 体重減少・貧血・関節痛・発疹等)が出現する 360).塞 動や粗動も 36 %にみられ 350),死亡した患者の 4 人のう 栓症は心臓粘液腫の約 45%で発生し 361),脳・腎・四肢 ち 2 人に心房細動の病歴があった.心房内血流転換術を で起こりやすい.左房粘液腫の塞栓症の約 50 %は一過 受けた患者と同様に右室機能不全を認め 351) ,どのよう な頻脈性不整脈でも失神や失神前症状を起こす可能性が ある. 2 性脳虚血発作・てんかん・偏頭痛・脳梗塞等の中枢神経 症状として発現する. ③検査 診断 身体所見では,I 音亢進(僧帽弁閉鎖の遅延による) 先天性心疾患がどのような手術(特に切開や縫合の部 と I 音分裂(僧帽弁口からの腫瘍の突出による)が聞か 位)を施行されたかについて詳細な情報が重要である. れることがある.全収縮期雑音と拡張期ランブルを聴取 先天性房室ブロックも他の先天性心疾患を伴わないも するが,体位によって心雑音が大きく変化する点が特徴 のがある 352) .通常の心電図,ホルター心電図で診断で である.左房粘液腫が左室内に陥頓し,心内膜にあたる 31 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 際に発生する叩打音(tumor plop)が拡張早期に聴取さ れる. 経胸壁心エコーや経食道心エコーにより腫瘍の大き 房虚脱が発生する. ⑤治療と予後 さ,付着部位,性状,可動性について詳細な観察が可能 確定診断後に心膜穿刺をただちに行い心嚢液をドレナ である.造影 CT や MRI からも有用な情報を得ることが ージする(クラスⅠ).穿刺はエコーガイド下に行うこ できる.腫瘍が存在する心腔内へのカテーテル挿入は腫 とが望ましい.出血による急性心タンポナーデの場合に 瘍塞栓の危険性もあり,カテーテル検査と造影検査の意 は緊急開胸を行い外科的なドレナージを要する場合もあ 義は合併する心疾患の検索に限定される. る.急性心タンポナーデの短期予後は早期診断と早期治 療で決定され,長期予後については心タンポナーデの原 ④治療と予後 因疾患に依存する. 良性腫瘍であるが,弁口陥入,血行動態の悪化,塞栓 症あるいは不整脈により死に至ることもあり,診断がつ 10 大動脈疾患 き次第速やかに外科的に摘出を行う(クラスⅠ). 2 失神を起こす大動脈疾患で最も重要なものは大動脈解 心タンポナーデ 離である.その他,動脈硬化や大動脈炎症候群に伴って 大動脈弓から脳へ灌流する動脈が狭窄や閉塞を起こし, ①概念と病態生理 失神する場合があるが 364),大動脈炎症候群に伴う失神 心嚢液貯留により心膜腔圧の上昇を来たし,静脈還流 はまれである(数%の頻度).したがって,本改訂版で 障害と心室充満障害が発生する.その結果,心拍出量が は大動脈炎症候群には触れないこととした. 低下した状態を指す.急速に貯留した場合には急激な心 拍出量の低下によりショック,失神の原因となり得る. 大動脈解離 1 ②原因疾患 ①病態 悪性腫瘍,特発性,尿毒症が主要な原因とされるが, 大動脈解離による失神は以下の原因で起こる 365). 心外傷後,開心術後の心タンポナーデに加え,インター (1)心原性 心タンポナーデ,重症大動脈弁逆流,冠 ベンション治療時の心タンポナーデが増加している 362) , 363) . ③症状 動脈閉塞 (2)血管性 分枝閉塞・狭窄による脳血流低下.大動 脈圧受容器反射 心タンポナーデが急激に発生した場合にはショックと (3)神経原性 痛みによる迷走神経反射 なり,意識消失を来たすことがある.緩徐に生じた場合 (4)出血性 胸腔内出血 には心不全の症状に類似し,呼吸困難・起坐呼吸・全身 倦怠感の左心不全症状や,頸静脈怒張・肝うっ血等の右 ②診断 心不全症状を伴う. 1)症状 他覚所見としては,急性発症の心タンポナーデの時に 突然発症の激烈な胸背部痛が典型的症状である.その みられる収縮期血圧低下・静脈圧上昇・心音微弱(Beck 他の症状として,失神(意識障害),心窩部痛,胸膜刺 の三徴)がよく知られている.頻脈・呼吸数増加・奇脈 激症状,片麻痺,腰痛,下肢痛等がある. 等も認められる. 急性大動脈解離で失神を来たす頻度は約 9 ~ 13% 366)-368) ④検査 と報告されているが,意識障害を含めるとさらに高率で ある 369).失神があると死亡率が増加する.失神の約 92 心電図では洞頻脈・低電位・電気的交互脈等がみられ %が Stanford A 型である 366).胸背部痛を示さず非典型 るが,特異的ではない.胸部 X 線写真では心タンポナー 的症状で発症した場合,診断が遅れ死亡率の増加につな デによるショックの際には,心不全と異なり肺野は正常 がる 368). であることが多い.心エコー検査では,吸気時の右室径 32 拡大と左室径の減少,収縮早期の右房虚脱および拡張早 2)身体所見と検査 期の右室虚脱が出現し,さらに進行すると収縮早期の左 高血圧が病態の基本であり,来院時の血圧は高値であ 失神の診断・治療ガイドライン ることが多いが 367),ショックを呈することもあり一様 ではない 369) .血圧は解離の進展部位に応じて上下左右 差が出るため,必ず両側上下肢で測定する. 胸部 X 線写真では上縦隔陰影の拡大,下行大動脈陰影 能性や,血管迷走神経反射(Bezold-Jarisch 反射)によ る血圧低下の可能性が想定されている 375),376). ②診断 の左方への偏位,胸水,心拡大等に注意する.心電図は 失神とともに呼吸困難,胸痛といった症状の有無や, 異常所見を示さないことも多いが,以前の心電図と比較 低血圧,頻脈,頻呼吸,頸静脈怒張,Ⅱ音肺動脈成分の できる場合,Stanford A 型では心嚢液貯留,冠動脈への 亢進といった所見の有無,危険因子の有無を確認する. 病変進展等による変化が半数で観察される 370) . 急性肺血栓塞栓症では安静臥床後の初めての起立, 歩行, 断層心エコー図検査による内膜フラップの検出は解離 トイレでの発症が多い 377).心電図,胸部 X 線,動脈血 の存在を示唆するが,アーチファクトとの鑑別に注意を ガス,D ダイマー測定,心エコー図,下肢静脈エコー等 要する 365) .傍胸骨左縁から上行大動脈をみるだけでな を行う.心エコー図における右室拡張,右室壁運動低下, く,胸骨上アプローチによる大動脈弓部の観察,腹部ア 三尖弁逆流速度から推定される肺動脈圧上昇等の右心負 プローチによる腹部大動脈の観察も同時に行う.心嚢液 荷の存在や,下肢静脈エコーでの静脈血栓の存在は肺血 の有無を確認し,壁運動の異常があれば冠動脈への解離 栓塞栓症の可能性を高める. 進展を疑う.カラードプラでは大動脈弁閉鎖不全の合併 確定診断は造影 CT,肺血流シンチグラフィー,肺動 の有無を調べる. 脈 MRA,肺動脈造影による.CT は肺動脈内血栓のみな CT は確定診断に最も有用であり,緊急時に短時間で らず下肢,骨盤,腹部を同時にスライスすることで,塞 検査可能である.単純 CT,造影 CT 早期相および後期 栓源の検索にも有用である. 相を撮ることを基本とする. ③治療 ③治療 主な治療は,肺動脈内血栓の溶解・除去,再発防止, 外科治療,降圧治療を含めた初期治療を行う(クラス 呼吸循環管理である 378). Ⅰ)371). 1)薬物治療 11 肺塞栓症,肺高血圧症 抗凝固療法は予後改善効果や再発率低下効果が明らか であり,禁忌でない限り全例に対して行う(クラスⅠ). 急性期の抗凝固薬としては,従来から用いられてきた即 肺塞栓症 1 効性のある未分画ヘパリンの静脈内投与あるいは皮下投 塞栓子が何であれ肺塞栓症においては失神を来たし得 与に加えて,最近,フォンダパリヌクスの 1 日 1 回皮下 るが,最も遭遇する機会の多い肺血栓塞栓症による失神 投与による治療が我が国でも承認された 379).同時にワ について記述する. ルファリン経口投与を併用し,ワルファリンが治療域に コントロールされたことを確認後にへパリンあるいはフ ①病態生理 失神を呈したものの割合は 14 ~ 27% ォンダパリヌクスを中止する.慢性期のワルファリン継 372),373) とされる. 続期間は肺血栓塞栓症を生じた危険因子の種類によって 肺血栓塞栓症での失神は,特に広汎型肺血栓塞栓症にお 決定する. いて血栓による肺動脈の閉塞が原因で急性右心不全,心 血栓溶解療法(我が国ではモンテプラーゼのみ保険承 拍出量の急激な低下,体血圧の低下から脳血流の低下を 認あり)は,ヘパリンによる抗凝固療法単独治療に比べ, 来たすことで生じる.意識レベルの低下を来たすような より早期に肺動脈内血栓の溶解が得られる.血栓溶解療 広汎型肺血栓塞栓症例のなかにはそのまま心停止に進展 法の適応は,急性肺血栓塞栓症の急性期で,ショックや するものもあるが,失神のみで生存するものは,肺動脈 低血圧が遷延する血行動態が不安定な例である(クラス 内で血栓が移動あるいは破砕溶解することで肺動脈の閉 Ⅰ).血行動態が安定している症例でも,心エコー上, 塞が不完全となり血流が再開し脳血流が回復することに 右室拡張や壁運動低下といった右心負荷所見を認める場 よる 374) . 合には血栓溶解療法で治療する(クラスⅡ a). その他,急激な肺動脈への血栓閉塞による心筋への伸 展刺激から頻脈性不整脈や徐脈性不整脈が誘発される可 33 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 2)カテーテル治療(クラスⅡ b) 血栓を破砕吸引して血流を再開させるカテーテル的血 ②診断 栓破砕吸引療法が積極的に試みられる.しかし治療中に 安静臥位での平均肺動脈圧が 25mmHg を超える場合 血栓が血管遠位部や別の血管を閉塞することで血行動態 を肺高血圧とする 384). が増悪することもある. 失神以外に労作時息切れや呼吸困難,易疲労感,動悸, 胸痛,咳嗽を生じる.低酸素血症に伴うチアノーゼ,頸 3)呼吸循環管理 静脈怒張,Ⅱ音肺動脈成分の亢進,心雑音(三尖弁閉鎖 低酸素血症に対しては酸素投与を行い,経皮的酸素飽 不全や肺動脈弁閉鎖不全)等の肺高血圧に伴ってみられ 和度を 90%以上に維持する(クラスⅠ).必要に応じて る身体所見の有無を確認する. 気管内挿管を施し人工呼吸器管理を行う(クラスⅠ). 心電図では右室肥大の変化が現れる.心エコーでは右 ショック,低血圧に対しては昇圧薬や経皮的心肺補助装 室・右房の拡張と,肺高血圧が高度の場合には心室中隔 置(PCPS)を用いる. の左室側への偏位,三尖弁逆流速度の増加が認められる. 肺高血圧症が疑われた症例に対しては,胸部造影 CT, 4)下大静脈フィルター MRI,肺換気血流シンチグラフィー,右心カテーテル検 下大静脈フィルターは下肢あるいは骨盤内の静脈血栓 査,肺動脈造影(高度肺高血圧では急性増悪の危険あり) が遊離して肺動脈に流入するのを防ぐ.永久留置型と非 等の精密検査により重症度の判定や原因疾患の同定を行 永久留置型(一時留置型と回収可能型)に分けられる. う. 絶対的適応は,急性肺血栓塞栓症や深部静脈血栓症を有 する症例のうち(1)抗凝固療法禁忌例(クラスⅠ), (2) 十分な抗凝固療法下に再発する例(クラスⅠ)である. ③治療 ここでは肺動脈性肺高血圧症の治療を中心に述べ る 385). 5)外科的治療 適応例では人工心肺を用いた体外循環下に肺動脈を切 1)在宅酸素療法(クラスⅠ) 開して直視下に肺動脈内の血栓摘除を行う(推奨度は重 長期使用に伴う予後改善効果については明らかでない 症度によって異なる). が,低酸素血症を認める症例では低酸素性肺血管攣縮と それに伴う肺血管リモデリングの進行防止を期待して用 ④予後 いられる. 失神を呈した肺血栓塞栓症例は重症例が多く,失神な し群と比べ肺動脈造影で 50 %以上の閉塞を認めた割合 2)抗凝固療法(クラスⅡ a) は 82 %対 28 %(p < 0.001),低血圧を認めた割合は 76 禁忌でない限り原則として抗凝固療法を全例に対して %対 12%(p < 0.001),心停止を来たした割合は 24%対 行う.エポプロステノール持続静注療法下では喀血とい 1%(p < 0.001)と有意に失神あり群で高率であった った出血性合併症の問題が指摘されており,減量もしく 380) . 肺血栓塞栓症における失神は 30 日死亡率の独立した予 後規定因子である 2 は中止する. 381) . 3)血管拡張療法 肺高血圧症 ① Ca 拮抗薬(クラスⅡ a) 欧米の研究で,急性負荷試験での反応群(約 25 %) ①病態生理 においてのみ Ca 拮抗薬の大量投与が予後を改善するこ 肺高血圧症では運動時に肺動脈圧が上昇しやすいた とが示されている 386). め,一回駆出量は増加せず,主として心拍数を増加させ ②エポプロステノール持続静注療法(クラスⅠ) ることで心拍出量を維持している.肺高血圧症に伴う失 エポプロステノールは強力な血管拡張作用と血小板凝 神発作は運動誘発性右心不全によって生じる 382).その 集抑制作用を有し,中心静脈カテーテルと注入用ポンプ 他,頻脈性不整脈や徐脈性不整脈,血管迷走神経反射に を用い持続静脈内投与される 387).投与量は 1 ~ 2ng/kg/ よっても失神を来たす 383) . 分の微量より開始し,状態をみながら漸増する.エポプ ロステノール持続静注療法は特発性肺動脈性肺高血圧症 34 失神の診断・治療ガイドライン の予後を大幅に改善した 388).ただし,右心不全の急性 存率は約 30 ~ 40%と極めて不良とされたが 393),最近の 増悪期の使用は病態悪化の危険性があるため原則禁忌で 治療薬の開発導入に伴って予後の改善傾向が報告されて あり,カテコラミン等を用いた右心不全の治療を優先す おり,エポプロステノールの導入後,3 年生存率は 43% る. から 63%へと向上し 394),さらに改善しつつある. ③プロスタサイクリンアナログ(ベラプロストナトリウ ム:クラスⅡ b) 12 小児の失神 経口で投与可能な長時間作用型のプロスタサイクリン アナログが使用される.60 μ g/ 日 分 3 から開始し,状 小児においても失神の原因が成人と大きく異なること 態に応じて最大 180 μ g/ 日まで漸増する.徐放性製剤で はない.小児特有の失神としては,以下の項目が挙げら は 120 μ g/ 日 分 2 から開始し,状態に応じて最大 360 μ れる. g/ 日 分 2 まで漸増可能である. ④エンドセリン受容体拮抗薬(ボセンタン,アンブリセ ンタン:クラスⅠ) 1 反射性失神,自律神経失調症,起 立性低血圧 エンドセリン受容体拮抗薬は肺動脈収縮抑制のみなら 小児,特に思春期の失神の原因として最も多い.反射 ず,血管平滑筋増殖および線維化抑制作用も期待されて 性失神の項を参照のこと. いる.経口薬ボセンタンは ETA と ETB 両受容体の拮抗 薬であり,62.5 ~ 125mg/ 日 分 2 から開始し,状態に応 2 モヤモヤ病 じて最大 250mg/ 日まで増量する.アンブリセンタンは 内頸動脈終末部,脳底動脈が進行性に狭窄,閉塞を来 選択的 ETA 受容体拮抗薬であり,5mg/ 日 分 1 を経口投 たす疾患で 395),脳虚血に伴う失神を来たす.外科的に 与する.10mg/ 日まで増量可能である. ) 直接・間接血行再建術 396(クラスⅠ)を行う.生命予後 ⑤ホスホジエステラーゼ(PDE)V 阻害薬(シルデナフ は良好であるが,てんかん,高血圧等の合併症が起こり 得る. ィル:クラス I,タダラフィル:クラスⅡ a) PDE V 阻害薬は肺高血圧症患者における強力な肺動 脈拡張作用を有する.シルデナフィルは,60mg/ 日 分 3, タダラフィルは 40mg/ 日 分 1 を経口投与する 389),390) . 3 先天性房室ブロック 先天性房室ブロックでは徐脈,ひいては心停止により 失神を起こす可能性がある.発症機序の実験モデルによ 4)肺移植(クラスⅠ) る検討 397)では,Ca2+ 電流の抑制が直接的もしくは間接 内科的治療に抵抗し進行する症例では移植を考慮せざ 的に房室ブロックを起こすことが考えられる 398).治療 るを得ない.生体部分肺移植が成人例に対しても試みら は房室ブロックの項を参照のこと. れ,成功例が報告されている 391) . 4 家族性洞不全症候群 5)心房中隔裂開術(クラスⅡ b) 家族性のものは小児期,若年から症状が出現すること 心房内での右左シャントを形成することで右室圧を低 が多い 399).洞不全症候群の項目参照のこと.ペースメ 下させ,左室前負荷を増やして心拍出量を増加させるこ ーカを植込めば予後は良好である(クラス I). とが望める反面,右左シャントにより動脈酸素分圧は低 下する 392).根本的な治療法とはなり得ず,あくまで移 植までの橋渡し的治療である. ④予後 5 心房頻拍,心房粗動,発作性上室頻拍 小児では房室伝導が良好で,心房頻拍,心房粗動の 1: 1 伝導を起こし,失神することがある.また発作性上室 頻拍も頻拍レートが速いものでは,失神の可能性がある. 肺高血圧症は実に様々な原因によって生じ,予後も原 抗不整脈薬の投与,もしくはカテーテルアブレーション 因によって大きく異なる.肺動脈性肺高血圧症の基礎疾 を行う.詳細は頻脈性不整脈の項を参照のこと. 患の中では HIV 感染症が最も予後不良であり,特発性 肺動脈性肺高血圧症,膠原病が続き,Eisenmenger 症候 群は予後が良いとされる.特発性肺動脈性肺高血圧症の 予後は,確定診断からの平均生存期間が約 3 年,5 年生 6 QT 延長症候群,QT 短縮症候群,カ テコラミン誘発性多形性心室頻拍 こ れ ら の 疾 患 は, 心 室 頻 拍, 心 室 細 動,torsade de 35 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) pointes 等の心室性不整脈により失神を起こす可能性が ある.詳細は頻脈性不整脈の項を参照のこと. 7 先天性心疾患術後不整脈 8 冠動脈奇形 ① Bland-White-Garland 病,冠動静脈瘻 先天性心疾患術後には洞機能不全,房室ブロック,心 Bland-White-Garland 病は左冠動脈が肺動脈から起始 房粗動,心室頻拍等種々の不整脈が起こることがある. するもので,失神で発見されるものは多くはない.冠動 術後症例では心機能が低下していることがあり,心不全, 静脈瘻も失神を起こすものは少ない. 失神,突然死等を起こしやすい.それぞれの不整脈は心 電図,ホルター心電図で診断できる. ②冠動脈起始異常 冠動脈が大動脈と肺動脈の間を走行することにより, ① Senning 術,Mustard 術後 運動中に突然心筋虚血を起こす.冠動脈奇形は若年者運 Mustard 術後には 10 年後には接合部調律,促進性心室 動中の突然死の症例に高率に認められ,45 %の症例で 調律等が 60 %を占める .Senning 術後でもほぼ同等 胸痛,失神等の症状が認められる 409).心電図,運動負 と報告され,123 例の Mustard または Senning 術後の患 荷テスト,心エコーで左心機能評価等を行っても異常を 者で心房頻拍の合併がある例では洞徐脈は重症で,12 認めることはない.心エコー図で冠動脈起始を注意深く 400) %が死亡し,ペースメーカが 15%に必要であった 401) . 観察するか,造影 CT 検査を行い診断する.外科的治療 を行う(クラス I). ② Fontan 術後 Fontan 術 後 や 上 下 大 静 脈 肺 動 脈 吻 合(Total 9 心筋炎 cavopulmonary connection:TCPC)術後では洞機能不全 心筋の急性炎症による急性循環障害,房室ブロック, の可能性が高いが,心外導管を用いた TCPC では洞機能 心室頻拍,心室細動等の不整脈により失神を起こす.突 が比較的温存される 然死した若年者剖検心の 273 例中 27 例(10 %)が心筋 402),403) . 炎で,このうち 2 例は失神が主症状であった 410). ③ Fallot 四徴症術後 治療法は成人の心筋炎と同様である. Fallot 四徴症術後例では右室切開の影響で心室性不整 クラスⅠ 脈の発生が多い.三枝ブロック,心室期外収縮,右室血 1.劇症型に対する心肺補助循環 411),大動脈内バルーン 行動態悪化(右室圧≧ 60mmHg)等が遠隔期突然死の パンピング 危険因子となる 404).これ以外にも,手術時年齢,手術 2.房室ブロックに対する一時ペーシング が行われた年代,血行動態,心拡大の有無,心機能,伝 3.低心拍出量に対するカテコラミン,ホスホジエステ 導障害の有無,心室性不整脈の有無等が心室頻拍の発生 に関与する.突然死が約 5%にみられる 405). 1.心室頻拍,心室細動に対する抗不整脈薬 ④その他の先天性心疾患術後の予後 心室中隔欠損術後は 2% 335) ラーゼ阻害薬 クラスⅡ a 2.抗ウイルス薬 ,両大血管右室起始症術後 406) や,単一肺動脈を合併する総動脈管症術後では 18% 407) 3.γグロブリン大量療法 クラスⅡ b に遠隔期突然死が起こるとの報告もあり,このうちのか 1.ステロイドパルス療法 なりの例が心室頻拍によるものであると推測されてい クラスⅢ る. 1.非ステロイド系抗炎症薬 先天性心疾患術後症例では遠隔期に完全房室ブロック となり,失神・突然死を来たすことがある 408).術後一 小児心筋炎の 24 %が死亡もしくは心移植が必要であ 過性に完全房室ブロックとなった症例,完全右脚ブロッ ったとの報告があり,予後は不良である 412). クに左軸偏位を合併する症例は注意が必要である. 10 川崎病 川崎病の急性期に失神を起こすことはなく,遠隔期に も失神を主症状とすることは少ない.多くは遠隔期に起 36 失神の診断・治療ガイドライン こる虚血性心疾患後の心室性不整脈 294)によるものであ 集団入浴(銭湯)も我が国独自の文化である.日本人の る.冠動脈造影で冠動脈瘤,冠動脈瘤石灰化,広範囲な 入浴時間(脱衣,洗体を含む)は平均 20 分,入浴頻度 segmental stenosis を伴う場合には川崎病冠動脈瘤の後遺 は週に平均 5 回である 417).若年男性では,入浴後 0.3 か 症を考える. ら 0.5℃の体温上昇で満足感が得られ,体温上昇の効果 川崎病遠隔期の冠動脈狭窄に対しては内胸動脈を用い は 2 時間持続する 418).日本人の入浴習慣が頻回になっ た冠動脈バイパス術,PCI,ロータブレータ,ステント たのは第二次世界大戦後であり,経済成長(各家庭に浴 留置等が行われる(クラスⅡ a).死亡率は極端に減少し, 室が普及)や燃料の変化(薪から石炭,石油,ガスに, 遠隔期の予後は比較的良好である 11 413) . さらに自動化)が主な理由である.核家族化によって, 家庭内で不定期な時間にも 1 人で入浴する例が多くなり その他 つつある. 以下のものは本ガイドラインでいう失神には該当しな 一方,我が国には入浴に伴う死亡事故が多く,従来は いが,小児の失神の鑑別上重要なので概説する. 心疾患や脳血管障害等が死因と考えられてきた.近年, 高 温 浴 に よ る 体 温 上 昇 が, 失 神( 熱 失 神:heat 414) ①てんかん(欠神発作) syncope),ショックや意識障害(熱射病:heat stroke) 小児の失神類似の症状を来たす病態では 1 ~ 8%と比 較的多く,脳波で典型欠神発作の発作時に 3c/s の棘除波 律動を認める.エトサクシミド,バルプロ酸等の抗てん かん薬を用いる(クラスⅠ) .生命予後は良好である. ②ケトン性低血糖 をもたらし,入浴中の死亡事故の原因となる可能性が推 測されている.この立場によれば,入浴事故は熱中症 (heat illness)の範疇に含まれる. 2 入浴中の急死 図 6 に厚生労働省人口動態調査による「家庭内溺死」 空腹,飢餓等に伴い低血糖となり,意識障害,痙攣等 の経年変化を示した.溺死者の大部分が高齢であること を起こす.2 ~ 5 歳の,低出生体重児,痩せた児に発症 から,発生場所のほとんどは浴室と推測される.年間 することが多い.血中のアラニン濃度が低く,アラニン 3,000 人以上の家庭内溺死は死亡診断書に死因が「溺水」 を投与すると血糖が上昇することより,糖新生系の異常 と記載された例に限られ,死因が心疾患や脳血管障害と ではなく,糖新生のための基質(グリコーゲン等)が不 記載された場合を含めると,入浴中急死の実数はこの数 足していることが原因とされる 415) . 倍にのぼるものと推測された.2005 年に大阪府で行わ 発症時の血糖が低く,ケトン体が増加しており,血中 れた病院外心肺停止直前の活動調査では,入浴中の心肺 のインスリン低値,成長ホルモンやグルカゴン,コルチ 停止が 54.5 人 ( / 10 万人×時間)と睡眠(6.2 人),労働(1.1 ゾール,遊離脂肪酸の高値を示す. 人),運動(10.1 人)と比較して最も高く,その発生は 発症時にはグルコースの点滴を行い(クラスⅠ),予 気温低下と相関していた 419).なお,WHO の世界統計 防法として高炭水化物,高蛋白食,飢餓時間を少なくす (World Statistics)に掲載された各国の溺死者数を比較 る.大多数は 8 ~ 9 歳に自然治癒する. 13 入浴と失神 すると,我が国は有数の溺死国である.他国では小児や 若年者の溺死が多いことと比べ 420),高齢者が溺死のほ とんどを占めている(図 7).世界統計に示された我が 国の高齢者の溺死は,入浴中の溺死を意味し,我が国に 1 はじめに 特有な現象である.なお,北欧の高温浴であるサウナ浴 中の急死はまれである 421).フィンランドの年間急死 入浴は,身体の清潔保持のため,古くから世界中で行 6,175 人の中で,102 人(1.7 %)のみがサウナ入浴から われてきた生活習慣である.我が国はアジア北東部に位 24 時間以内の死亡であったが 422),我が国の入浴中急死 置し,住民は冬季に寒冷に暴露されるため,入浴は身体 は病院外心肺停止の 10 %以上を占めている.サウナ浴 の清潔保持のみならず身体を温める効用を兼ねていた. が死亡事故につながらない理由は,溺水が発生しないこ したがって,欧米では入浴温度は 40℃以下であるが 416), とによるものと考えられる. 我が国では冬季には 43 ℃,夏季には 41 ℃と高温であ 入浴中急死は我が国の法医学専門医にはよく知られた る 416),417).また,入浴は楽しみを伴う習慣であり(例: 現象で,高齢者を中心に冬季に多く発生し,死因は心臓 温泉旅行),代替医療の要素をも兼ねていた(例:湯治). 病,脳血管障害,溺水と考えられてきた 423).1982 ~ 37 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 図6 家庭内溺死年次別・年齢別推移(人口動態統計より) (人) 5000 4500 4000 3500 65∼ 45∼64 15∼44 5∼14 0∼4 総数 3000 2500 2000 1500 1000 500 (年) 19 5 19 6 5 19 8 6 19 0 6 19 2 6 19 4 6 19 6 6 19 8 7 19 0 7 19 2 7 19 4 7 19 6 7 19 8 8 19 0 8 19 2 8 19 4 8 19 6 8 19 8 9 19 0 9 19 2 9 19 4 9 19 6 9 20 8 0 20 0 0 20 2 0 20 4 0 20 6 0 20 8 10 0 図7 各国の年齢別の溺死率 (人口10万人あたりの溺死数、WHO統計2004年より引用) (人) 5000 4500 4000 3500 3000 2500 2000 1500 1000 500 0 疾患が 6 割,脳疾患が 2 割,溺死が 1 割)と内因死が多 いことが報告された. 一方,法医学的な死因判定の正確性に疑問を呈する報 告も認められる.検案では内因死(特に虚血性心疾患) と判定される例が多いが,剖検では外因死(特に溺死) 0∼14歳 15∼59歳 60歳以上 ア ツ リス メリカ ラリ ランス イ ド スト ア イギ フ ー オ 本 日 が多い傾向があること,内因と外因の判定に評価者の個 人差が大きく,検案時に 70 %の例を虚血性心疾患と診 断する法医学専門医がいる一方で,約半数を溺死と診断 する専門医も認められた 428).すなわち,入浴中急死の 法医学的な死因判定には問題が含まれている. 3 救急医療からの観察:失神から心肺 停止への連続性 1986 年の大阪府の剖検例 1,230 人の 17%は入浴中の急死 東京都では入浴中の市民の救急要請(急病)が 1995 .秋田県では病院外心肺停止の 8 ~ 10 %が 年には年間に約 2,500 件あり,心肺停止はそのうち 25% 入浴中に発生している 425),426).1987 ~ 1988 年の東京都 であった.心肺停止とその他の急病を比較すると,とも 監察医務院の調査では,検案事例 14,366 例中の 764 例(5.3 に高齢者に多いこと,冬季に多いこと,等の共通する特 %)が入浴中の死亡であり,このうち 88 %が病死,12 徴を認めた 429).また入浴場所を検討すると,公衆浴場 %が外因死と判定された.病死扱いで剖検を行った 143 では自宅浴室に比較して心肺停止の発生頻度が少なかっ 例中 83 例(58 %)は虚血性心疾患,外因死扱いの剖検 た.また急病の多くは一過性意識障害が主訴であっ 70 例中 53 例(75.7%)が溺死と判定された 427).1995 ~ た 430),431).救急隊長へのアンケート調査から,心肺停止 1998 年の調査では,死亡の発生場所は浴槽内が 90 %で には至らないが入浴中に自力で浴槽から脱出できずに救 であった 38 あること,内因死は 85.5%,外因死は 13.1%(心血管系 424) 失神の診断・治療ガイドライン 助を要した傷病者(要救助)が多数存在することが明ら 人に立ちくらみを伴う起立性低血圧を認めたとの報告が かとなり,これらの傷病者は救助により心肺停止から免 ある 440). れたものと考えられた .東京都で 2000 年に実施 431),432) された大規模前向き調査では,入浴中の救急要請の約半 5 危険因子と対策 数が心肺停止,約 25 %が要救助の傷病者であり,後者 入浴による失神や心肺停止が,熱中症による意識障害 の主訴の 90 %は意識障害であった.病院に搬送された と溺水が関与して発生するとの仮説は,従来の心疾患, 要救助の傷病者では,心電図の虚血性変化や頭部 CT の 脳血管障害を死因とする説に対置するものであるが,冬 明らかな異常が検出されることはまれであり,約半数の 季の日本人の平均的入浴温度が 43 ℃であること,入浴 患者が診療の後に帰宅を許可されていた 433).以上から, 中の体温は全身浴 1 時間で水温と同等となること,体温 入浴中に発生した一過性の意識障害が本病態の特徴であ の生存限界は 42 ℃であること等を考えると,検討に値 り,救助により体温が低下すると意識障害が改善するこ する.高齢者が入浴事故に遭遇しやすいことは,高齢者 とから,高温入浴による熱失神(環境温度上昇による血 と小児が熱中症に脆弱であることからも説明可能であ 管拡張の結果生じる失神)が病態の本質であり,救助が る. 遅れると体温がさらに上昇して熱射病となり,血圧低下 入浴中の事故の危険因子には,入浴者側の要因として や溺没により, 心肺停止に至るものと推測された.なお, 高齢や循環器疾患(大多数は高血圧),入浴方法の要因 この調査の一環として,検案の体制が最も充実している として高温入浴,長時間入浴,自宅入浴(発見が遅れる) 東京都 23 区(東京都監察医務院)の入浴中急死発生数 等がある.入浴中の事故の予防には,入浴による体温上 から全国の入浴中急死数を推定する作業が行われ,2000 昇を軽度にする方法(低温浴,半身浴,短時間入浴,浴 年には 14,000 人の入浴中急死が発生している状況が推 室暖房,シャワー等)や声かけ入浴(入浴時に家族が声 定された. をかける)がある. 浴槽内に溺没あるいは声をかけても反応が低下してい 入浴と失神 4 る状態で発見した場合には,ただちに浴槽から救出する 入浴は温熱負荷と水浸負荷(水圧,浮力)の影響を生 か,傷病者の顎を風呂の蓋に乗せて溺没を防ぐ.浴槽か 態に及ぼす.前者は水温により高温浴(42℃以上),温 ら救出できない場合には浴槽の栓を抜く.これらと並行 浴(39 ~ 41℃),微温浴(37 ~ 38℃),不感温浴(34 ~ して救急要請,さらに一次救命処置を施す. 37℃)に区分され 434) ,水温が体温より高ければ熱失神 を誘発する因子となるが,さらに自律神経系の反応,水 圧による体表静脈の圧迫 14 採血と失神 435) ,年齢等の因子により,入 浴時の血行動態は修飾を受ける.水温 40 ℃(10 分)か 採血時(献血を含む)の合併症の中で失神発作は最も ら 47℃(3 分)の入浴負荷時の血行動態の報告では,水 頻度の高い合併症であり,血管迷走神経反応(vasovagal 温が高いほど,被験者が高齢であるほど,心拍数増加と reaction:VVR)によって発生すると考えられている. 血圧上昇が認められたが,総じて生理的に危険な血行動 態変化は認められなかった 416),436),437).実際,水温 41 ℃ 10 分間の入浴は慢性心不全の治療にも用いられてい 発生頻度と原因 VVR は軽症と重症に分けられるが(表 18),一般献 .これらの研究は安全性を配慮した条件で行われ 血者を対象とした日本赤十字社の統計 441)によると,献 ているため,生理的に危険な血行動態が認められなかっ 血時に発生した軽症 VVR の発生頻度は 0.76 %(男性 たことは当然ともいえる.また我が国の一部の高齢者は, 0.605 %,女性 1.012 %),重症 VVR の発生頻度は 0.027 る 438) 1 さらに過酷な条件での入浴を習慣としている可能性があ %(男性 0.021%,女性 0.036%)である. る.42 ℃ 5 分間の入浴で,血圧が 89mmHg 低下した 81 VVR の発生は採血開始 5 分以内に発生することが最 歳男性の例が報告されている 434).入浴事故に遭遇して も多いが,採血中または採血前にも発生する.心理的不 救助された 2 例では,立位耐性の低下(血管迷走神経性 安,緊張もしくは採血に伴う神経生理学的反応によって 失神)が認められ,これらの患者では高温負荷により血 発生する場合が多い.症状には個人差があるが,軽症か 圧低下を来たしやすい可能性がある 439) .浴槽内での失 神とは異なるが,洗い場での失神を説明する機序として, ら放置により重症に進行し,気分不良,顔面蒼白,痙攣, 尿・便失禁に至る. 健常男性の 41℃ 10 分間の入浴を行ったところ,9 人中 4 39 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 分類 軽症 重症 2 表 18 血管迷走神経反応の重症度分類(文献 441 より改変引用) 収縮期血圧(mmHg) 脈拍数(/ 分) 症 状 採血前→測定最低値 採血前→測定最低値 気分不良,顔面蒼白,あくび,冷汗,悪 120 以上→ 80 以上 60 以上→ 40 以上 心,嘔吐,意識消失,四肢皮膚の冷感 119 以下→ 70 以上 59 以下→ 30 以上 軽症の症状に加え,けいれん,尿失禁, 120 以上→ 79 以下 60 以上→ 39 以下 脱糞 119 以下→ 69 以下 59 以下→ 29 以下 危険因子 呼吸数 (/ 分) 10 以上 9 以下 (8)舌根沈下の恐れがある場合は,気道の確保を計る (9)血圧低下が続く場合,医師の指示により適宜補液等 を行う VVR におけるハイリスクと考えられる献血者には下 記のような特徴がある.ハイリスクに該当する場合には (10)回復後は水分補給を行い,十分休養させる あらかじめ十分な注意が必要である.反射性(神経調節 (11)医師の判断により帰宅させる.状況に応じてタク 性)失神患者には,病歴で採血時失神の既往のある患者 が比較的多い. シーを利用するか,付き添って送り届ける (12)症状によっては医療機関を受診させる (1)初回輸血 (2)前回献血から間隔のあいた場合 (3)若年 (4)失神の既往(強い立ちくらみや反射性(神経調節性) Ⅲ 救急での対応 失神の既往,過換気症候群を含む) (5)献血に対する強い不安感や緊張感(採血時の合併症 経験) (6)強い空腹,食べ過ぎ,強い疲労感,睡眠不足 (7)体重・血圧等が採血基準の最低値・最高値 (特に女性) (8)献血後,身体に負荷のかかる予定(急ぎの移動,重 労働,激しいスポーツ等) (9)衣類等により体を強く締め付けた状態 (10)水分摂取不足 3 予防と処置・対応 loss of consciousness)を主訴として,あるいは転倒に伴 う外傷を主訴として救急部門(ED)を受診する. 1 救急部門(ED)における一過 性意識消失と失神 一過性意識消失は ED において頻度の高い症候であ る 8),23),24),442),443).来院時に意識消失を認める場合は意 識消失が遷延していると認識されるので,一過性意識消 採血の方法,採血室の温度,環境,献血者の緊張度や 失ではない.一過性意識消失は受診時に意識清明である 体調が影響する.定期的に採血施行者の教育訓練を実施 ことを原則とする.東京都内の救急搬送患者を対象とし し,専門的知識を備え,応急処置について熟知し,迅速 た後ろ向き研究では,急病患者の 13 %が一過性意識消 な対応を計ることが重要である.合併症を起こした献血 失であった 24).さらに ED を受診する一過性意識消失の 者に対しては,その場で症状が回復しても注意を怠らず, 半数以上は失神と報告されており,ED では一過性意識 電話等によりその後の状況を把握する. 消失の鑑別を重視しなければならない 23),24).失神を疑 処置および対応は,以下のように行う. う患者でも失神以外の病態と診断された患者の頻度は 6 (1)医師の診察を受けさせる 17)-19),24),26),33),444)-454) ~ 20 %であり(表 19) ,この中で (2)献血者に安心させるように声をかけると同時に仰臥 主な鑑別診断はてんかん発作と精神疾患である 8).しか 位にして頭部低位にする (3)症状の改善がなければ採血を中止する 40 失神患者は突然発生する一過性意識消失(transient し,くも膜下出血や消化管出血のような重篤な疾患を見 逃してはならない. (4)衣服を緩め,足元を保温する 一過性意識消失では転倒によって外傷を受傷すること (5)脈拍を測定し,適宜血圧を測定する が少なくない 4),12),455),456).原因の明らかでない転倒患者 (6)悪心がある場合はゆっくりと深呼吸させ,嘔吐に備 では一過性意識消失を疑わなければならない 457).患者 えて顔を横に向け容器等の準備を行う はしばしば一過性意識消失を「貧血」や「めまい」と表 (7)失神した場合は,名前を呼ぶ等声をかける 現する.これらの患者にも一過性意識消失を疑わなくて 失神の診断・治療ガイドライン 表 19 救急部門における失神患者 著者名 報告年 患者数 非失神患者* % 外傷の合併 % 坐位失神 % 心電図に よる診断 % Day446) 失神の原因 , % 血管迷走 起立性 心原性 神経性 低血圧 不明 1982 198 31.2 - - 3.1 9.1 43.0 - 13.4 33),449) 1983/1986 204 3.4 35.8 - 5.9 26.0 4.9 6.9 47.5 450) Kapoor 1984 170 11.2 - - 1.9 4.1 37.1 7.7 37.6 454) 1999 100 18.0 - - 24.0 16.0 31.0 - 29.0 Ammirati17) 2000 195 20.0 26.2 - - 21.0 29.7 6.2 17.4 Martin Thakore 18) 2001 650 6.3 - - - 10.6 37.2 24.3 14.2 19) 2003 189 6.9 - - 12.4 7.4 40.7 3.7 - 448) Farwell 2004 421 17.6 - - - 17.1 45.6 - 22.1 Quinn451) 2004 684 0.9 6.7 - - 8.2 - - - 2004 263 7.2 33.0 49.5 - 28.9 34.2 - 58.2 2004 1778 - - - - 10.0 - - - 2004/2007 715 21.2 - - - 9.9 30.6 21.4 32.2 Bartoletti444) 2006 1124 10.0 - - - 5.7 - - - 445) 2006 541 8.1 25.5 32.9 7.3 13.7 35.1 6.7 - 2005 200 2.5 32.5 42.5 - 12.0 41.5 17.5 19.5 37(19 ~ 55) 8(4 ~ 13) Sarasin Crane 452) Shen 453) Sun 24) , 26) , 465) Suzuki Bringnole 447) Elesber 加重平均(95% 信頼区間) - 13(6 ~ 20) 23(6 ~ 39) 11(8 35(30 15(7 35(30 ~ 14) ~ 40) ~ 23) ~ 40) *失神を主訴に来院した患者のうち失神類似の病態と診断された患者 はならない. 2 ら先行する症状のない失神はリスクが高いとされる.一 救急部門(ED)における失神 患者へのアプローチ 方,悪心や体が熱くなるような感覚あるいは発汗は,血 管迷走神経性失神で起こることが多い 470),471). 失神は必ずしも立位で発生するとは限らない.19 ~ 55 %は坐位で発生しており,坐位での失神は血管迷走 ED で失神の原因診断は容易でない.このため,原因 神経性失神や起立性低血圧を否定する根拠とはならない が明らかでない失神患者ではリスクを層別化する必要が (表 19).仰臥位での失神は心原性失神が示唆され 8),18), ある 8),252),451),458)-469) .失神におけるリスク層別化では, 心臓性突然死の予兆とされる心原性失神の可能性のみな らず,重大な合併症や早期の治療を要するような病態, 例えば,くも膜下出血,消化管出血に伴うプレショック うっ血性心不全や心室性不整脈をはじめとした心疾患の 既往や突然死の家族歴もリスクが高い 8),252),451),458)-464). 2 バイタルサイン 状態,あるいは敗血症に伴うショック等を鑑別しなけれ 頻呼吸,頻脈や徐脈,あるいは低血圧の持続は器質的 ばならない.すなわち,ED では心疾患をはじめとする 原因を疑う根拠となる 451),461),462),464). 器質的疾患を原因とする失神のリスクを評価する必要が ある(表 20,21). 1 病 歴 3 身体所見 う っ 血 性 心 不 全 は 予 後 不 良 を 強 く 示 唆 す る( 表 21)8),252),451),458)-464).うっ血性心不全の症候を見逃して 詳細な病歴聴取は一過性意識消失や失神の原因診断に はならない. 役立つ(表 21,22)8),26),252),447),451),458)-464),466)-469).運動 ED を受診する失神患者の 6 ~ 39%は転倒に伴って頭 中の失神,胸痛や呼吸困難を合併した失神,あるいは何 頸部に受傷しており,外傷を主訴に来院することが少な 41 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 高齢者 男 性 心疾患の病歴や所見 (器質的疾患,不整脈,虚血, 病 歴 うっ血性心不全を含む) 年 齢 性 別 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 突然死の家族歴 ○ ○ バイタルサインの異常 ○ ○ ○ ○ 8) 45 C ol iv ic ch i 2) 46 Re ed 4) 46 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 貧血,循環血液量不足, 便潜血陽性 心筋トロポニン逸脱, BNP 上昇 ○ ○ ○ ○ 失神に合併する外傷 ○ ○ くない(表 19).転倒患者では失神の有無を病歴から明 は施行目的を明らかにして,選択的に施行すべきである. 6 12 誘導心電図 断層心エコー図検査 断層心エコー図検査は心原性失神のみならず,心疾患 心電図は失神患者の診療において必須の検査である. の既往や心電図異常が認められた失神患者においてルー 診断への寄与は 4 ~ 13%であるが(表 19) ,異常を認め チンに施行すべき検査である 452),481),482). れば心事故の発生が懸念されるので,すべての患者に施 行すべきである.心電図で異常所見(表 22)を認めず, 7 頭部 CT・脳波検査 その他の予後不良を示唆する因子がなければ心原性失神 脳神経系の異常を示唆する病歴や身体所見を認めない の可能性は否定的である 450),472). 患者に対して頭部 CT 検査や脳波検査を施行する必要は 5 ない.ただし,神経学的異常所見を認める患者やくも膜 血液検査 下出血を示唆する頭痛を訴える患者,てんかん発作との 一般的な血液検査は必須とは考えられていない 8),156), 鑑別を要する患者,あるいは頭頸部に外傷を合併してい .しかし,ヘマトクリット< 30 %は 1 週間以 る患者では,施行目的を明らかにし患者を選択して施行 178),473)-475) 内のイベント発生の予測因子である 461),476) .失神患者に おいて心筋特異的トロポニンをはじめとした心筋マーカ ーや肺塞栓症鑑別のための D ダイマー検査をルーチン に行う根拠は明確ではない 477)-479) すべきである 8),156),178),474),475),483). 8 立位負荷 .近年,心不全の診 失神患者の仰臥位でのバイタルサインは正常であるこ 断に BNP が使用されており,失神においても BNP 高値 とが原則である.バイタルサインの測定は仰臥位のみな はリスクの高い失神を示唆するとされる 32),462) .また, 失神自体が BNP を上昇させるとの報告もあるが,詳細 な検討が行われていない 42 ○ 神経学的巣症状 らかにする必要がある 4),12),455),456). 4 ○ ○ 失神に合併する呼吸困難 心電図異常 その他 ○ ○ 失神に合併する胸痛 所 見 ○ ○ ○ 失神に先行する症状なし 自覚症状 Su n 46 G ro ss m an 45 nn Q ui 1) 9) 45 Co ns tan tin o 1) 2) 25 n ar ti M Sa ra sin G eo rg es on リスク因子 46 46 3) 0) 表 20 救急部門における失神患者のリスク因子 心疾患のリスク 非心疾患を含めたリスク 480) .このため,これらの検査 らず立位でも必要である.原因不明の失神患者において 起立性低血圧はまれではない(表 19).立位負荷によっ て起立性低血圧の有無を判定すべきである(起立性低血 失神の診断・治療ガイドライン 表 21 病歴チェックリスト 心原性失神を示唆 反射性失神を示唆 失神発生時 体 位 活 動 □仰臥位 □運動中 □立位または座位 □首の回旋や圧迫 □運動直後 □排尿中または直後 □排便中または直後 □咳嗽中,嚥下直後 □医療処置中 □精神的緊張 □痛み □混雑した環境 □長時間の立位 □暑苦しい環境 □胸痛・背部痛 □動悸 □呼吸困難 □前駆症状なし □体の暑くなる感じ □発汗 □悪心 □腹痛 環 境 その他 失神前後の症状 □頭痛 既往歴 □うっ血性心不全 □心室性不整脈 □虚血性心疾患 □その他の心疾患 □抗不整脈薬内服 □糖尿病 □神経疾患 □てんかん □精神疾患 家族歴 □心臓突然死 □遺伝的不整脈疾患 表 22 心原性失神を示唆する心電図異常 虚 血 • 急性の虚血を示唆する心電図所見が失神に合併 不整脈による失神 • 陰性変時作用のある薬剤を使用せずに洞徐脈(< 40/分) ,反復する洞房ブロックまたは洞停止(> 3 秒) •Mobitz II 型 または 3 度の房室ブロック • 上室または心室頻拍 • 心停止を来たすペースメーカ不全 不整脈による失神の可能性 • 2 束ブロック • 心室内伝導遅延(QRS 幅≧ 0.12 秒) • 2 度房室ブロック(Wenckebach 型) • 陰性変時作用のある薬剤を使用せずに無症候性洞徐脈(< 50/分) ,洞房ブロック または洞停止(< 3 秒) • 期外収縮 •QT 延長 •V1 ~ V3 の ST 上昇を伴う右脚ブロック(Brugada 症候群) • 心筋梗塞を示唆する Q 波 文献 8 から邦訳改変 43 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 圧の項参照)8).消化管出血や中等症以上の脱水症では, 立位負荷により頻脈と血圧低下を来たす.立位負荷によ って起立性低血圧 484)が認められたとしても,その起立 ク評価を行うべきである 486). 1 高リスク患者 性低血圧が無症候性であれば必ずしも失神の原因とは判 高リスクを示唆する因子①~⑧を示す(表 23).因子 断できない.他の原因や起立性低血圧を呈する器質的疾 が多いほどリスクが高いと判断すべきである.高リスク 患や投薬の影響を疑う必要がある 8),485).一部の血管迷 患者では,失神直後から 1 か月以内に治療を要するよう 走神経性失神患者では,能動的立位によっても血管迷走 な何らかの合併症が発生するリスクが高いので,入院や 神経反射が誘発される. 十分な経過観察,あるいは速やかな失神専門医へのコン 3 救急部門(ED)における失神 患者のリスク層別化 サルテーションが行われなければならない 487)-490). 2 低リスク患者 高リスクを示唆するような因子のない失神患者,例え ED では失神の原因診断が容易ではないため,原因不 ば若年者で心疾患の合併のない反射性失神は低リスクで 明の失神患者では,リスクを判断する必要がある(表 あり,帰宅が可能である.失神の再発頻度が高い患者や 20,21,23).ED で行うリスク層別化の検討では(表 外傷を合併した患者はチルト試験の適応である.このよ 20,21)概ね共通したリスク因子を抽出している(表 うな患者では,後日,失神専門医にコンサルテーション 23)ものの,広く認められている臨床判断ルールはま を行う必要がある. だ存在していない 8),252),451),458)-465) .また,このようなリ スク因子に加えて,臨床医の総合的判断も加えて,リス 表 23 リスク層別化のためのリスク因子 ①年齢 65 歳以上 ②既往歴(表 21 参照) 心疾患 うっ血性心不全 心室性不整脈 虚血性心疾患 中等症以上の弁膜疾患 ③家族歴(表 21 参照) 心臓突然死または遺伝性不整脈疾患 ④症状(表 21 参照) 胸痛・背部痛 突発する頭痛 呼吸困難 失神の前駆症状なし ⑤バイタルサインと身体診察 15 分以上持続するバイタルサインの異常 呼吸数> 24/分 心拍数> 100/分,または< 50/分 収縮期血圧< 90 mmHg,または> 160 mmHg SpO2 < 90 % 異常心音や肺野のラ音 神経学的異常 治療を要する外傷 ⑥ 12 誘導心電図 異常(表 22 参照) ⑦その他の検査(検査の必要性を判断して施行する) 血液検査 ヘマトクリット< 30 % BNP > 300 pg/mL 心筋特異的トロポニン陽性 D- ダイマー陽性 便潜血陽性 ⑧臨床医の印象 重症感 44 4 外傷予防 失神に伴って致死的頭部外傷を受傷することがある. 大都市圏においては失神が原因で鉄道のホームから線路 内に転落する事故や自動車運転中の失神によって交通事 故が起こる 491)-494). 5 救急部門(ED)における失神 の診療アルゴリズム 以上の推奨事項を踏まえ,ED における失神の診療指 針を図 8 に示す.患者の病態にあわせて検査や処置を追 加する. Ⅳ 自動車運転 平成 13 年から施行された改正道路交通法では,自動 車運転免許取得あるいは免許更新に際しては,失神発作 を有する者は自己申告が必要であり,その場合には医師 の診断書が必要とされている.我が国においては,日本 不整脈学会がペースメーカ・ICD 患者の自動車運転につ いての指針 495)を公表しているが,それ以外の指針はな く,各主治医の判断に委ねられていたのが現状であった. 失神患者の自動車運転における失神発生頻度について の報告は少ないが,米国における 3,877 人の失神患者の 失神の診断・治療ガイドライン 図8 救急部門における失神患者診療のフローチャート 主訴が以下の患者 1)意識消失 2) 頭頸部外傷 3)転倒 4) 「めまい」 5) 「貧血」 等 ① 一過性意識消失 か否か? 一過性意識消失 他の症候 ② 失神か否か? 失 神 他の診断 ③ バイタルサイン(表23) 病歴聴取(表21, 23) 12誘導心電図(表22) 必要に応じて血液検査 身体所見 原因の明らかでない失神 症候性の起立性低血圧あり 有意な心拍・血圧変動あり ④ チルト試験 有意な心拍・血圧変動 なし 原因の明らかな失神 ⑤ リスク層別化 (表23) 原因に対する対処 高リスク 低リスク 入院またはコンサルテーション 帰 宅 調査では,381 人(9.8%)の患者が自動車運転中に失神 月以上たって再発していた 496),497).しかし自動車運転中 発作を来たしていた 496).自動車運転中に失神発作を来 に失神発作を経験した患者の運転中の再発率は性・年齢 たした患者は,失神の既往があっても自動車運転中の失 をマッチングさせたミネソタ州の一般人口での発生率と 神発作の経験のない患者に比べ,比較的若年で男性に多 ほぼ同じであった(0.8 % / 年).欧米においては各疾患 く,心血管疾患の既往のある患者に多かった.また,自 におけるガイドラインが制定されており,その基準はヨ 動車運転中の失神発作を来たした患者の原因疾患として ーロッパ諸国のみならず米国においてもほぼ同じ内容と は,反射性(神経調節性)失神が最多(37.3%)で,次 なっている.ここでは 2009 年に公表された ESC のガイ いで心原性(不整脈性)失神(11.8%)が多かった.自 ドライン 8)を表 24 に示す.我が国においてもこれに準 動車運転中に失神を経験した患者では運転中の失神の再 じた指導を行う. 発が約 19%にみられ,その約半数は医療機関受診後 6 か 45 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告) 表 24 失神患者の自動車運転に関する指針(ESC ガイドライン 20098)より引用) 診 断 ●不整脈 自家用運転手 職業運転手 治 療 の 有 効 性 が 確 認 さ 治療の有効性が確認され 薬物治療 れるまで禁止 るまで禁止 ペースメーカの適切な作 ペースメーカ植込み 1 週間は禁止 動が確認されるまで禁止 治 療 の 有 効 性 が 確 認 さ 長期間の有効性が確認さ カテーテルアブレーション れるまで禁止 れるまで禁止 一次予防で 1 か月,二次 植込み型除細動器 永久的禁止 予防で 6 か月間禁止 ●反射性(神経調節性)失神 自家用運転手 職業運転手 危険(高速運転等)を伴 単発,軽症 制限なし わない場合は制限なし 症 状 が コ ン ト ロ ー ル さ 治療の有効性が確認され 再発性,重症 れるまで禁止 なければ禁止 自家用運転手 職業運転手 重症の器質的心疾患や運 診断と適切な治療の有効 ●原因不明の失神 転中の失神がなく,安定 性が確認されるまで禁止 した前駆症状がある場合 には制限なし 46 失神の診断・治療ガイドライン 文 献 1. 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