ディビジョン番号 6 ディビジョン名 有機化学 大項目 14. 有機化学反応機構 中項目 14-1. 反応機構解析法 小項目 14-1-1. 分子軌道法 概要(200字以内) 分子軌道や密度汎関数法は発達し、反応機構の O28 H27 解析に有力な手段となっている。特に、反応経路 Cl16 2.036 C2 H65 C1 1.965 H8 C42 H9 H13 H66 C3 H68 C43 C5 1.692 H70 H1 H31 H4 H17 H45 C4 O32 H15 より計算された反応経路に関する結果は信頼性 と合理性を持つ。従来の実験結果の説明・解釈に H H67 H59 H60 精密化に伴う新しい概念構築の困難さである。こ の課題はあるが、扱う反応系の妥当なモデル化に H10 C40 H61 69 も得られてきた。最近の得られた成果とともに、 付随する課題を述べる。それは、方法の大規模化、 O26 C6 のシミュレーションで、遷移状態の構造の決定上 の困難が少なくなり、この結果、より新しい知見 H25 O7 H55 1.055 H14 171.8˚ H19 O20 C36 O18 H44 C35 とどまらず、予測や設計のレベルにまで分子軌道 法は有用性を高めている。 Favorskii 転位の遷移状態 (長さ, Å 単位) 現状と最前線 計算化学の適用範囲の拡大と精度の向上により、有機反応論における分子軌道法及び及び密 度汎関数法は今や確固たる解析方法になりつつある。特に、反応経路のシミュレーションのた めのポテンシャル面の追跡が計算機能力の向上と優秀なソフトウエアの整備で容易になりつ つある。反応機構の解明は、化学結合論に帰着点がある。分子軌道が扱う分子や分子集団の電 子状態が、反応に伴う化学結合の変化を合理的に表現してくれる。この意味で、分子軌道法は 得られた実験結果よりの反応機構解析から一歩進んで反応の予測・設計のツールとなりつつあ る。同時に、分子軌道法は反応機構に対する新しい考え方を提供してくれる。 例えば、有名なネオペンチル転位では、従来カルボニウムイオンの介在が考えられてきた。 超共役で安定化した第 3 級炭素の陽イオンは多くの反応での中間体として表現されている。 ところが、プロトン性溶媒、特に水中ではこの陽イオンの反応が困難となる。振り返ってみ れば、融点 801℃の食塩のイオン結晶が室温で簡単に破壊されてしまう(電離する) 。水分子同 士は気相では 4 kcal/mol 程度の小さな結合エネルギーを持つだけであるが、集団(クラスタ ー)を形成すると、上記の破壊力を持つ。クラスター形成で、両末端のそれぞれの水分子に高 い求核性と求電子性が備わる。分子軌道そのものは系全体に非局在化する性格があるにもかか わらず、驚くべき両末端への反応中心の局在と、クラスターサイズ大での反応性の増大がある。 第 3 級炭素の安定化された陽イオンであって H51 も、高い求核性を持つ酸素が C-O 共有結合形成 O52 を指向する。 H53 別の例として、ケテンとジエンの反応機構の H44 O46 問題があった。1920 年に Staudinger が開発し、 O43 H42 H45 H48 O49 C2 H35 H41 H17 H31 H37 O36 H38 O33 H34 あることが予測された。この予測に従い、100 1.742Å O27 1.657Å された。この予測では、計算化学での経路のシ ミュレーションの前に分子軌道のひろがり方 1.857Å H12 C1 C7 C8 H4 H16 2.931Å H13 H14 O18 H19 1.932Å O21 TS of the neopentyl shift H23 H Ph H Ph H O C C O + Ph H20 O24 H22 が吟味された。 Ph H26 H25 1.843Å 2.462Å H28 H29 年間近く見落とされていた中間体が検出単離 O39 H40 O30 H32 H10 H3 H5 この反応は、10 年前に全く新規な 2 段階反応で + C6 H50 H47 機構に関して Woodward と Hoffmann を苦しめた O C C H11 1.834ÅH9 Cl15 Ph O O Ph Ph Ph Ph H Ph 中間体 分子軌道を用いた研究では、この前半で述べたように大規模な数値計算でのシミュレーショ ンが主流となりつつある。しかし、R. S. Mullikens が 1965 年に述べたように、 ”追跡方法が 高度化・大規模化すればするほど、概念は消失していく”との傾向も現在見られる。従来、 ” 実験をしない化学者”には市民権が無かったが、計算化学シミュレーションと概念の再構築ひ いては反応の設計の役割は、有機反応論では今後主要な役割を担っていくと考えられる。 将来予測と方向性 ・5年後までに解決・実現が望まれる課題 若手育成の教育プログラムの開発。従来、日本ではいわゆる実験家と理論家の接点が弱く、有 機反応の機構の解明に向かう体制が十分ではなかった。理論家も自分の分野の専門用語のみ で、実験家との会話を阻んでいた側面がある。広く言えば、新しい有機物理化学の教育プログ ラムで、そこでは計算化学の方法やフロンティア軌道論の考え方が盛り込まれる。 ・10年後までに解決・実現が望まれる課題 外国と比べて、分子軌道や計算化学の専門家が日本には少なすぎる。この分野の人材養成とと もに、アカデミックのポストを用意する必要がある。 キーワード 分子軌道、反応経路、ポテンシャルエネルギー、遷移状態、フロンティア軌道論 (執筆者:山邊 信一 )
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