一様定常乱流の統計性における高分子の影響

平 成 23 年 度 創 成 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 工 学 専 攻 修 士 論 文 梗 概 集
計算応用科学分野
一様定常乱流の統計性における高分子の影響
学 籍 番 号 22413546 氏 名 杉 本 大 輝
指導教員 渡邊威准教授
1
乱流中に高分子を加える事で,乱流と固体面と
の摩擦が減少する摩擦低減効果はよく知られてお
り,乱流中の乱れを抑える作用がある.この効果
は,流体中の物体輸送や,配管内の流体輸送の効
率向上のために実用化されている.高分子を添加
する事で,乱流の特性にどのような影響を及ぼす
かを十分に理解する事ができれば,それらの効果
をより有効に活用できる事に繋がる.そこで,本
研究は,壁から十分に離れた空間内で高分子モデ
ルが,乱流の基本統計量及びラグランジュ統計量
に及ぼす影響を理解する事を目的とする.
解析方法は,高分子モデルが流れ場に影響を及
ぼさない場合 (1-way) と及ぶ場合 (2-way) の二通り
の 結 果 を 比 較 す る 事 で ,高 分 子 か ら の 影 響 を 考
察 す る .高 分 子 モ デ ル は ,2 つ の ブ ラ ウ ン 粒 子
が有限伸長性を持つ非線形弾性バネで繋がれた
FENE(Finitely Extensible Nonlinear Elastic) ダンベル
モデルを扱う.計算手法は,乱流場の直接数値計
算 及 び ,大 多 数 の 高 分 子 モ デ ル の ブ ラ ウ ン 動 力
学 計 算 を 結 合 し た 計 算 を 行 う .ま た ,乱 流 と 高
分 子 モ デ ル 集 団 の 運 動 を ,MPI(Massage Passing
Interface) 通信を用いた並列計算で計算し,その並
列化効率についても議論する.
2
2.1
fs (z) = (1 − z2 )−1 .
はじめに
数値解析法
一様定常乱流の数値計算
扱う乱流場は,一様等方性を持つ定常な乱流で
ある.一辺が 2π の立方体中で周期的に広がる空間
において,一様等方性を持つ初期速度場を作り,ポ
リマーストレステンソルによる項を加えた Navierstokes 方程式 (1) を,非圧縮条件と共に解いていく.
空間微分はスペクトル法で計算し,時間微分に関し
ては2次の Runge-Kutta 法を用いる.外力は統計的
に定常な流れをつくるため,エネルギー注入率 εin が
一定となるように a(t) を設定し,式 (2) で求める.
∇ · u = 0,
1
1
∂u
+ u · ∇u = − ∇p + ν∇2 u +
f + ∇ · T P . (1)
∂t
ρf
ρf
{
a(t)u(x,t) for kl ≤ |k| < kh ,
f (x,t) =
(2)
0
otherwise.


( (n) )
Nt  (n) (n)
3
∑

 Ri R j
νη Lbox
|R |
p
 2
T i j (x,t) =
fs
− δi j  δ(x − r(n)
g ),
τs Nt n=1
req
Lmax
(3)
(
)2
ここで,η = ΦV 3req /4a ,ΦV = 2Nt (4π/3)(a/Lbox )3 , req =
1
(kB T/k) 2 で あ る .ま た ,rg は ダ ン ベ ル モ デ ル の 重
心 ベ ク ト ル , R(n) は 末 端 間 ベ ク ト ル で あ る .
2.2 FENE ダ ン ベ ル モ デ ル
図1
高分子鎖のモデル(ダンベルモデル).高分子鎖の末端間
の弾性力をバネの弾性力で表現する.2 つのブラウン粒子は独立
してブラウン運動する.
FENE ダンベルモデルの2つの球の運動はラン
)
(
(n)
(n)
ジュバン方程式で表され, r(n)
g = x1 (t) + x2 (t) /2 と
(n)
(n)
R(n) (t) ≡ x1 (t) − x2 (t) を用いて,以下の運動方程式に
従う.
))
(
)
dr(n)
req ( (n)
1 ( ( (n) )
g
u x1 , t + u x(n)
=
W 1 + W (n)
2 ,t + √
2 (, 4)
dt
2
8τs
( (n) )
(n)
(
)
(
)
dR
1
|R | (n)
(n)
= u x(n)
f
R
1 , t − u x2 , t −
dt
2τs
Lmax
)
req ( (n)
+√
W 1 − W (n)
. (5)
2
2τs
⟩
⟨ (n) ⟩
⟨
(n)
(s)
= δmn δαβ δi j δ(t − s),
W i (t) = 0, Wα(m)
(t)W
β, j
,i
(
)
α, β = 1, 2, i, j = 1, 2, 3, n, m = 1, 2 · · · Nt .
ここで,球の質量が十分に小さいとして慣性項を
0 と近似している.また,希薄な高分子溶液を想
定しているために高分子間の相互作用を無視し,
内部間の衝突は無いものとする.球の位置での流
(n)
体場の速度 u(xi (t),t) は,球の周りの格子点から
3 次精度の TS(Taylor Series)13 スキーム (3) を用いて
補間して求める.時間発展は上記の式 (4),(5) を 2
次精度の Adams-Bashforth 法を用いて解いていく.
このとき,数値積分においてバネの最大伸び長さ
Lmax を超えるのを防ぐため,|R(n) | > Lmax /2 の場合,
1 − |R(n) |/Lmax に つ い て 陰 解 法 解 き ,e(n) = R(n) /|R(n) |
は陽解法で解く.また,|R(n) | > 0.9Lmax の場合には,
ダンベルの時間刻み幅 ∆t p = ∆t/10 として,より精
度を高くする.
平 成 23 年 度 創 成 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 工 学 専 攻 修 士 論 文 梗 概 集
計算応用科学分野
0.6
計算条件
0.5
表 1 流体場及び高分子ダンベルモデルの計算条件
0.4
_
ε(t)
ダンベルモデルの各パラメータはポリアクリ
ル ア ミ ド を 想 定 し ,慣 性 半 径 Rg = 0.5µm,バ ネ の
最 大 伸 び 長 さ Lmax = 77µm を 用 い た .高 分 子 モ デ
ル の 重 要 な 無 次 元 パ ラ メ ー タ で あ る Weissenberg
数 Wi = τs /τK は ,1-way で Wi = 5.0 程 度 と な る よ う
に バ ネ の 緩 和 時 間 τs を 定 め た .そ し て ,高 分 子
と 流 体 場 の 体 積 比 ΦV = 2Nt (4π/3)(a/Lbox )3 を 設 定 す
る た め ,実 際 に 数 値 計 算 で 解 く ダ ン ベ ル モ デ ル
の 数 Ñt を b 倍 し た 数 Nt = bÑt を 本 計 算 で 扱 う 高 分
子 の 総 数 と み な す .ま た ,ダ ン ベ ル モ デ ル の 計
算 は ,乱 流 が 統 計 的 に 定 常 な 状 態 と な っ た 時 刻
において計算領域に分散させ開始する.
ダ ン ベ ル モ デ ル の パ ラ メ ー タ 及 び ,流 体 場 の
計 算 条 件 を ,表 1 に 示 す .本 計 算 で は ,体 積 比
ΦV = 5ppm(×10−6 ),25ppm,50ppm の三通りの計算
を行った.
0.3
0.2
1-way
0.1
動粘性: ν f
1.0 × 10−2
エネルギー散逸率: εin
エネルギー注入範囲
1 ≤ |k| < 2
Weissenberg 数: Wi
5.0
ダンベルモデルの数:Ñt
108
体積分率: ΦV
4
0.5
5ppm,25ppm,50ppm
計算結果
表 1 の計算条件において,乱流場のエネルギー
散 逸 率 ε̄(t) = 2ν⟨(∇u)2 ⟩ 及 び 運 動 エ ネ ル ギ ー ス ペ ク
ト ル E(k) を 1-way と 2-way で 比 較 し た 結 果 を ,図
1,図 2 に 示 す .図 1 よ り ,エ ネ ル ギ ー 散 逸 率 の 低
減 が 見 ら れ る .こ れ は ,流 体 場 の 粘 性 に よ り 散
逸 す る 運 動 エ ネ ル ギ ー の 一 部 が ,流 れ に よ り 引
き延ばされたダンベルの弾性エネルギーとなる
か ら で あ る .ま た ,図 2 よ り ,ス ペ ク ト ル の 低 波
数 に お い て ,1-way と 比 較 し て 2-way の 場 合 は 値
が 低 く な り ,高 波 数 に お い て 値 が 高 く な っ て い
る .従 っ て ,乱 流 に 注 入 さ れ た エ ネ ル ギ ー は 高
分 子 に よ り 輸 送 す る た め ,高 分 子 添 加 に よ り 低
波 数 領 域 で の エ ネ ル ギ ー が 減 少 し ,高 波 数 領 域
でのエネルギーが増加される事が分かる.
120
130
t
140
150
160
170
180
102
101
100
10-1
10-2
10-3
10-5
128
4.0 × 10−3
110
103
3
時間刻み幅: ∆t
100
図 1 エネルギー散逸率 ε̄(t) = 2ν f ⟨(∇u)2 ⟩ の時間推移.t =
100 で Ñt = 108 個の FENE ダンベルモデルを計算領域に一様に
分散させ,ΦV =5ppm,25ppm,50ppm と変化させた時の様子.
10
格子点数: N
2-way(ΦV=25ppm)
2-way(ΦV=50ppm)
-4
3
2-way(ΦV= 5ppm)
0
90
____ _
ln (E(k,t)t ε-2/3 lK-5/3)
3
1-way
2-way(ΦV= 5ppm)
2-way(ΦV=25ppm)
2-way(ΦV=50ppm)
0.1
ln (k lK)
1
図 2 エ ネ ル ギ ー ス ペ ク ト ル E(k, t) の 時 間 平 均 値( 縦 軸:
t
t
t
(ε̄(t) )2/3 (lK (t) )5/3 ,横軸:lK (t) で無次元化).高波数側は,エ
√
イリアシング誤差除去のため,2 2N/3kmax ≤ k で E(k, t) = 0 で
ある.
5 まとめ
本 計 算 に よ り ,一 様 定 常 乱 流 中 に 高 分 子 モ デ
ル を 加 え る 事 で ,乱 流 の エ ネ ル ギ ー 散 逸 低 減 効
果や加速度のラグランジュ時間相関が減少する
事 を 確 認 し た .ま た ,実 験 結 果 と 比 較 す る 事 で
結 果 の 妥 当 性 を 示 し ,本 計 算 に 用 い た プ ロ グ ラ
ム の 並 列 計 算 の 効 率 を 検 討 す る 事 が で き た .今
後 は ,計 算 す る 高 分 子 モ デ ル の 数 の 増 加 や ダ ン
ベルモデルを鎖モデルに拡張するなど物理的効
果が本研究結果にどのような影響を及ぼすか検
討 し て い く.
参考文献
1) T. Watanabe and T. Gotoh, Phys. Rev. E 81,
066301(2010)
2) A. M. Crawford, N. Mordant, H. Xu and E. Bodenschatz,New J. Phys. 10,123015(2008)
3) P. K. Yeung and S. B. Pope, J. Comp. Phys. 79,373-
416(1988)
4) T. Watanabe and T. Gotoh, preprint(2012)