インクジェットプリントの 上手な保管方法

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日本写真学会誌 2004 年 67 巻 5 号:495–497
インクジェットプリントの
上手な保管方法
Desirable Methods for Preserving Ink-jet Prints
宮
澤
一
宏*
Kazuhiro MIYAZAWA*
インクジェット
プリント
保管
画像保存
画像滲み
ink-jet
print
storage
image stability
image bleeding
インクジェットプリントの保存時に生じる様々な劣化現象とその要因について整理した.日本市場で最も一般的な,染料
インクと空隙型メディアの組合せにおいては,色あせ,ステイン,画像滲みの 3 つが生じやすい.画像滲みについては,
それを抑制するために,プリントに吸湿用紙を重ねて保湿剤を除去する方法が有用である.
Various degradation phenomena of ink-jet prints during storage and causes for them were summarized. For prints made from
various combinations of dye-ink and micro-porous type media, which are most popular in Japanese market, color fading, stain
generation and image bleeding are easy to occur. For the purpose of prevention of image bleeding, placing a plain paper on the
print with a light weight is very effective to remove moisture-keeping chemicals from ink-jet prints.
1.
まえがき
デジタル技術の進歩は,様々な面で写真の世界を広げており,
2.
インクジェットプリントの種類とその特徴
プリント保存性のはなしの前に,プリントの種類を簡単に整理
例えばデジタルカメラで撮影した画像をその場で見たり,パソコ
しておく.インクジェットプリントは,画像を形成するインク
ンやテレビに映して鑑賞するなど,新しい楽しみ方が登場した.
と,それを保持するメディア(用紙)から構成されるが,このイ
しかし,思い出に残るシーンはプリントで残したいというニーズ
ンクとメディアはそれぞれ大きく分けて 2 種類あり,プリントの
も依然根強いものがある.プリント作成方法について見れば,ミ
保存性はインクとメディアの組合せに大きく依存する.
ニラボショップなどでのデジタルプリントサービスや,家電量販
まずインクについては,染料インクと顔料インクの 2 種類に分
店などを中心に設置されつつあるセルフオペレート型プリン
けられる.一般にプリントの階調再現性や色再現性の観点では染
ターなど,デジタルカメラでの撮影画像をプリントするための
料インクが優れているが,保存性という観点からは顔料インクの
様々な出力インフラが普及しつつある一方で,自宅のインク
方が有利である.その理由は,顔料と染料の大きさの差にある.
ジェットプリンターでプリントを作成する,いわゆるホームプリ
ホーム用インクジェットプリンターに使われる染料は一般に水
ントも急激に増加している.また写真のデジタル化は,プリント
溶性であり,分子レベルでインク中に溶解しているのに対し,顔
材料の面でも選択肢を広げており,従来の銀塩印画紙に加えて昇
料は多くの分子が凝集した形態を持っており水に難溶で,その粒
華型感熱転写やインクジェットなど,様々なプリント材料が使わ
子サイズは染料分子の十万~百万倍程度大きい.そのため,染料
れるようになった.このようにプリント作成方法やプリント材料
分子はメディア内部に浸透していくのに対し,顔料粒子はメディ
は多様化しつつあるが,いずれの方式を用いても,大切なプリン
アの表面に固着する(Fig. 1).
トをいつまでもきれいに保存しておきたいという願いは変わら
顔料粒子はこのようにサイズが大きいために,染料分子が消色
ない.今回は,急激に普及しつつあるホームプリントの主流であ
してしまうほどの強い光を受けても,顔料粒子表面がダメージを
るインクジェットプリント(以下単にプリントと記す)を取り上
受けるのみで,その内側はダメージを受けず,光に対して比較的
げ,プリント保存時に生じる様々な劣化現象とその要因を整理
安定である.また,粒子サイズが大きく水溶性に乏しいというこ
し,それらをふまえてプリントを上手に保存するための方法につ
とは,拡散による色材の移動が生じにくいということであり,画
いて紹介する.
像の滲み現象も生じにくい.顔料インクを用いたプリントの保存
性は,一般に銀塩写真と同等あるいはそれ以上のレベルにある
平成 16 年 9 月 27 日受付・受理
Received and accepted 27th, September 2004
フォトビジネス事業部 〒 191-8511 東京都日野市さくら町 1 番地
KONICA MINOLTA PHOTO IMAGING, INC., Photo Business Headquarters, No.1 Sakura-machi, Hino-shi Tokyo 191-8511, Japan
* コニカミノルタフォトイメージング株式会社
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日本写真学会誌 67 巻 5 号(2004 年,平 16)
光については,特に紫外線を多く含む光が画像色素の分解を早
める.これは銀塩写真でも同じであり,太陽光に代表される紫外
線成分を多く含む光の当たるところへの掲示は,保存の観点から
は望ましくない.一方,インクジェットプリントの画像色素は,
熱に対しては比較的強く,通常の環境下においては殆ど気にする
Fig. 1
空隙型メディアにおけるインク定着の模式図
必要はない.たとえばアルバムに保管する場合には銀塩写真以上
の耐久性を持っていると考えられる.
酸化性ガスについては,例えば空気中に僅かに存在するオゾン
ガスなどが,画像色素を分解しやすい.一般に,屋外のオゾン濃
度は屋内より高いため,屋外からの空気循環が頻繁な玄関や窓の
近くへの掲示は,色あせや変色を早める場合がある.酸化性ガス
による色あせや変色を防止するには,アルバムに入れたり,ある
いはガラス付の額縁に入れるなどして,プリントを外気から遮断
Fig. 2
空隙型メディアと膨潤型メディアの模式図
することが好ましい.また,ラミネート加工も有効である.但し
その場合には,後述する「滲み・変色」に対する注意が必要となる.
が,染料インクを用いたプリントの保存性については,まだ改善
3.2 ステイン
すべき点が多い.
プリントの保存中に,白プが徐々に保ばんでいく現象が々こる
次にメディアであるが,現在市販されている写真用高画質イン
場合がある.この保ばみはステインと呼ばれ,その原因には,空
クジェットメディアには,大きく分けて膨潤型メディアと空隙型
気中の着色成分の吸着,及びインクジェット用紙自体の変色,の
メディアの 2 種類がある(Fig. 2).膨潤型メディアは,支持体上
大きく 2 つが考えられる.
にポリビニルアルコールなどのバインダーからなるインク受容
空隙型インクジェットメディアの微細空隙は,インク吸収速度
層を有し,一般にインク吸収量が多く,染料プリントの保存性も
向上に極めて有効だが,その一方では空気中の汚染物質を吸着し
高い反面,バインダーの膨潤によりインクを吸収するため,イン
やすいという側面も持っている.そのため,空気が汚れやすい場
ク吸収速度が遅いという欠点を持つ.一方の空隙型メディアは,
所(例えばたばこの煙があたる場所など)での掲示,保管は望ま
支持体上にシリカやアルミナなどの無機微粒子からなるインク
しくない.インクジェット用紙自体の変色は,プリント品質向上
受容層を有している.このインク受容層には平均径が 20 nm 前後
のためにインク受容層に添加されている様々な化合物が光・熱,
の無数の微細空隙が存在し,毛細管現象によりインク吸収速度を
あるいは湿気などによって変質することに々因する場合が多い.
速め,プリント時にインクが溢れたり滲んだりする現象を防止し
また,極めて希なケースではあるが,プリントをポケット型アル
ている.近年のホーム用インクジェットプリンターの高速化に対
バムやクリアファイルなどに入れて保管した場合,ファイルの材
応するため,現在日本で市販されている写真用高画質インク
質によっては,その中に含まれる可塑剤等の影響によりステイン
ジェットメディアのほとんどは,空隙型メディアである.
が生じる事例も報告されている.保存時のステインの発生を防ぐ
次項では,現在日本市場で最も一般的と思われる,染料インク
と空隙型メディアの組合せでつくられるプリントを取り上げ,そ
の保存性と注意すべき点について述べることにする.
には,汚れた空気があたりにくい暗所で,かつ乾燥した場所で保
管することが望ましい.
3.3
画像滲み・変色
インクとメディアの組合せによっては,プリント保存時に画像
3.
インクジェットプリントを劣化させる要因と
その防止方法
滲みが生じ,細かい文字やパターンが判別しにくくなったり,画
像の輪郭がぼやけたりする場合がある.これは,インク受容層中
の画像色素が拡散することに々因する.画像色素の拡散は,この
保存によるプリントの劣化には様々な現象があり,またその原
ような解像力や鮮鋭感の低下だけでなく,プリントの変色となっ
因も一つではない.実際には様々な因子が複雑に絡み合ってプリ
て現れる場合もある.プリントを拡大してみると,画像は無数の
ントを劣化させていくと考えられるが,ここでは代表的な劣化現
小さなドットから形成されていることがわかるが,滲み現象に
象とその原因について整理してみた.
3.1
色あせ・変色
インクジェットプリントは,イエロー・マゼンタ・シアンの 3
色,あるいはこれにブラックを加えた 4 色の色素で画像を形成す
る方法が主流である.プリントが徐々に色あせたり変色したりす
よって,ドット径が増加したり,あるいは画像色素がインク受容
層の下方へ沈んだりするとプリント濃度が変化し,イエロー,マ
ゼンタ,シアンの各色で濃度変化の度合いが異なった場合には,
これが変色として認知される.
Fig. 3 はインクジェットプリントの拡大写真である.高温高湿
る現象は,インク受容層中の画像色素が何らかの原因で分解する
条件下で強条的に滲ませる加速ませによって,ドットが広がるト
ことで生じる場合が多い.各色素が比較的バランス良く分解して
況を再現している.この数年間でインクジェットプリントの滲み
いく場合は色あせ現象として認知され,各色素の分解速度のバラ
は,インク,メディアの両面から大幅に改善された.しかしプリ
ンスが大きく乖離している場合には,変色現象として認知されや
ントの置かれたト況によっては時として滲みが生じる場合もあ
すい.画像色素が分解する原因には,大きく分けて,光,熱,酸
り,長期保存をするためには注意が必要である.
化性ガスの 3 つが考えられる.プリントの色あせや変色を防ぐに
インク受容層中で画像色素の拡散を引き々こす最大の原因は,
は,これらの原因を遮断することが基本であり,また最も有効で
プリント後にインク受容層内部に残存する保湿剤と考えられる.
ある.
インクジェットプリンターのインクには,画像形成用色素と水以
宮澤一宏
Fig. 3
インクジェットプリントの上手な保管方法
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強制滲み試験によるドット広がりの拡大写真
(本誌 p. 502 カラー参照)
外に,様々な化合物が調整剤として添加されている.保湿剤はイ
ンクヘッドが乾燥して目詰まりすることを防止するための保湿
機能のほかに,インクを精度良く射出するために粘度や表張など
を調節するための物性調整機能などを有し,代表的な化合物とし
てジエチレングリコールやグリセリンなどが知られている.保湿
剤がインク中で占める比率は決して小さくはなく,多いものでは
30 重量%を超える保湿剤が用いられている.また保湿剤は蒸気
圧が比較的小さく,通常の環境下では容易に蒸発しない.従っ
Fig. 4
て,完全に乾燥したように思われるプリントでも,実際にはプリ
保管方法違いにおけるプリント重量の経時変化
ント内部にかなりの保湿剤が残存している場合がある.通常の取
り扱いでこれらの存在を感じないのは,インク受容層中の空隙が
で入手できるコピー用紙などが使いやすい.但し間紙処理を行う
保湿剤を保持してプリント表面に逃がさないからである.保湿剤
場合,吸湿性の用紙とプリント表面の間に隙間が生じると,接触
は一般に吸湿性のものが多く,これがインク受容層に残存してい
部と非接触部で濃度差が発生し画像ムラとなる場合があるので,
ると層中の水分を増加させて画像滲みを加速させる場合がある.
雑誌やカタログなどを載せたり,あるいは間に挟むなどして軽く
現在市販されている写真画質の空隙型メディアの殆どには,プ
荷重をかけ,プリントと吸湿性用紙の密着を心がけたい.また,
リント後のメディアの取り扱いに関する説明書が同封されてお
プリント直後に乾燥不十分なままで吸湿性用紙を重ねると,プリ
り,滲み・変色を抑条するために,「プリント後 10 ~ 15 分程度
ント表面を傷めたり,濃度ムラを生じる場合があるので,プリン
は重ねずにそのまま放置し,その後,吸湿性のある紙をプリント
ト後 10 ~ 15 分くらいは自然乾燥させ,プリント表面が十分乾い
面側に挟んで重ねて 24 ~ 48 時間程度乾燥することが望ましい」
たことを確かめてから間紙処理を行った方が良い.
という内容が記載されているものが多い.これは,吸湿性のある
紙を間に挟むこと(以下,間紙処理と記す)が,インク受容層中
4.
まとめ
の保湿剤を除去するために有効だからである.
Fig. 4 は,プリントしてから 10 分間自然乾燥した後に,3 種類
のト態で保管(a:継続して自然乾燥保管,b:クリアファイルに
染料インクによるインクジェットプリントを上手に保存する
ためには,
入れて保管,c:間紙処理したト態で保管)したときの経時重量
1)プリント後 10 ~ 15 分は自然乾燥させる
変化の例を示したものである.縦軸はプリント前のメディアに対
2)その後プリント面に,平滑で吸湿性のある用紙(コピー用
する,プリント後の重量増分を表しており,プリント後 1 分経過
時の重量増分を 100%として計算した.プリントからインク成分
紙など)
を挟み,軽く荷重をかけたまま 24 時間以上乾燥する
3)最終的には,高温多湿を避けてアルバムなどに保管する
が完全に抜けた場合,この数値は 0%となる.インク受容層中に
のが望ましい.また,プリントを展示する場合には外気が直接触
存在していた水の蒸発は比較的速やかに進み,周囲の環境にもよ
れないように,ガラス付の額縁に入れたりするのが好ましい.
るが,通常印字後 10 分~ 15 分の自然乾燥で重量増分は約 50%
上記のような注意をすれば,染料プリントでも実用レベルの保
まで下がる.その後,間紙処理したプリントは徐々に重量が減っ
存性を得ることができる.もちろん顔料プリントであれば,保存
ていく.これは,吸い取り紙の原理で,インク受容層中に残留し
性の問題ははるかに小さい.インクジェットプリントは現在もイ
ている保湿剤が除去されるからである.一方,クリアファイルに
ンク,メディアの両面から保存性の改良に対するまみが盛んに行
入れて保管した場合には,重量が殆ど変化していない.これはプ
われており,近い将来には銀塩写真と同じ取り扱いができるレベ
リント表面がフィルムで覆われているために,乾燥が殆ど進まな
ルに達すると信じている.最後に,今回ご紹介した方法が,皆さ
いことを示している.また,継続して自然乾燥した場合には,重
んの大切な写真をきれいに保管するために少しでもお役にたて
量の減少が非常にゆっくりであり,かつ途中で増減の変動が現れ
ば幸いである.
た.この増減変動は,部屋の湿度変化に追随しているようで,プ
リント内部の保湿剤が吸湿したためと考えられる.このようにプ
リントの乾燥においては,間紙処理が有効である.たとえ保湿剤
が完全に除去できなくても,一般に間紙処理を一昼夜ほど施すこ
とで,プリントの滲み発生は大きく軽減される.間紙処理に使う
用紙としては,平滑で吸湿性に富むものが好ましく,文具店など