2.母斑性基底細胞癌症候群

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日皮会誌:120(9)
,1869―1874,2010(平22)
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2.母斑性基底細胞癌症候群
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錦織千佳子(神戸大学大学院)
要
約
原因遺伝子の機能が腫瘍抑制遺伝子であることが指摘
されていた3).1996 年,ポジショナルクローニングの手
母斑性基底細胞癌症候群は PTCH1 遺伝子の異常に
法により,その原因遺伝子がクローニングされ,その
より,基底細胞癌,顎骨囊胞,骨格異常など,外胚葉,
坐位は 9q22.3 である事が明らかとなった4)5).
この遺伝
中胚葉に腫瘍ならびに奇形が多発性に生じる常染色体
子はショウジョウバエの分節の極性や境界を決める遺
優性遺伝性疾患.
PTCH1 は 9q22.3 に坐乗し,
hedgehog
伝子群の一つである segment polarity 遺伝子 ptc 遺伝
シグナル pathway に関与し,がん抑制遺伝子としての
子と高い相同性を有し,PTCH1 遺伝子と呼ばれてい
性格を有している.患者の 40% は家族内発症はなく,
る.23 エクソン,34kb,1447 アミノ酸をコートする.
de novo 変異として起こっている.合併する基底細胞
12 回膜貫通型蛋白で hedgehog pathway のシグナル
癌,髄芽細胞腫の治療が適切に行われていれば,生命
伝達の制御に関与すると考えられている6)7)
(図 1)
.同
予後は健常人と比べて大きな差はないとされる.本症
一家系の本症候群の患者では PTCH1 遺伝子の同じ箇
候群における基底細胞癌では,紫外線と放射線がリス
所に変異があり,非罹患家族には変異がないことより,
ク因子と考えられている.放射線治療には特に慎重な
PTCH1 遺伝子が本症候群の原因遺伝子であると考え
対応が望まれる.
られている.変異の種類は点突然変異よりも欠失・挿
1.定義・疾患概念
母斑性基底細胞癌症候群は PTCH1 遺伝子の異常に
入が多く見られ,既報告の 80% 以上で欠失・挿入によ
りフレームシフトを生じ,PTCH1 蛋白の Premature
truncation を起こす変異であったと報告されている8).
より,基底細胞癌
(Basal Cell Carcinoma:BCC),顎骨
一塩基置換は少数例での報告が有るが,その全てで,
囊胞,骨格異常など,外胚葉,中胚葉に腫瘍ならびに
膜貫通領域にあり,種を超えて保存されているアミノ
奇形が多発性に生じる常染色体優性遺伝性疾患.MIM
酸の変異である8).
変異は遺伝子の広い領域で見つかっ
109400
ており,ホットスポット,創始者変異は見つかってい
同義語:Gorlin 症候群,基底細胞母斑症候群(Basal
Cell Naevus Syndrome;BCNS),Gorlin-Golz 症候群,
第 5 母斑症
NBCCS は,1984 年,Jarisch1)が知能障害と scolosis
ない
(図 2)
.患者の 40% は家族内発症はなく,新しい
変異として起こっているという.
3.病
態
を合併する基底細胞癌の多発例として最初に報告して
本症候群患者に生じた BCC,顎のう胞,髄芽細胞腫
いるが,1 つの clinical entity として認められるように
では,PTCH1 遺伝子のヘテロ接合性の喪失が知られて
なったのは,1960 年に Gorlin-Goltz2)が顎囊胞,多発す
お り,Knudson の two hit theory を あ て は め る と,
る基底細胞癌および骨系統病変を合併する家族性の疾
患を報告してからである.
2.原因遺伝子
germ line の PTCH1 遺伝子にあらかじめ,変異があり
(1 ヒット)
,そこに新たな変異あるいは欠失が生じて
(2 ヒット)BCC が発症すると考える事ができる4).し
かし,同一家族内でも症状の程度,重症度に差があり,
母斑性基底細胞癌症候群(NBCCS)の原因遺伝子の
変異の種類と臨床症状との関連性はない8).
標的臓器の
検索は本疾患の大家系を用いた連鎖解析により精力的
微少環境がどのように症状発現に関与しているかなど
に行われ,NBCCS 原因遺伝子の坐位が染色体 9 番長
については不明である.
腕の 9q22.3―q31 に位置すること3),本症候群患者の基
NBCCS ではない個体に,sporadic に発生する BCC,
底細胞癌において高頻度に同部位のヘテロ接合性の喪
髄芽腫においても 30% 前後に PTCH1 遺伝子の両方
失が見られる事から,9q223―q31 に存在する本疾患の
のアリルに変異があることが報告されている9).
1870
皮膚科セミナリウム
第 63 回
高発癌性皮膚疾患(遺伝と皮膚癌)
図 1 NBCCSの原因遺伝子(PTCH1)の HedgehogSi
gnal
i
ngpat
hwayにおけ
る役割
PTCHに He
dge
ho
gが結合すると,PTCHSmo複合体の立体構造が不安定となり,
Smoが活性化し,その下流のシグナルが活性化される.
図 2 NBCCS患者において検出された PTCH1遺伝子のナンセンス変異及びスプラ
イス変異
変異は広い範囲に拡がり,ho
t
s
po
t
,創始者変異は見つかっていない.
▲ナンセンス変異,●スプライス変異
2.母斑性基底細胞癌症候群
1871
hedgehog pathway は PTCH タ ン パ ク と smoothened(SMO)タンパクの拮抗作用により制御されてい
る.
PTCH1 は 分 泌 型 シ グ ナ ル タ ン パ ク で あ る sonic
hedgehog(Shh)の受容体と考えられており,Shh と
結合 し て い な い 状 態 で は 7 回 膜 貫 通 型 蛋 白 で あ る
SMO と結合し,
細胞内伝達経路に関わる遺伝子群や転
写因子などのシグナル伝達を抑制している.一方,Shh
の PTCH1 への結合が起こると,PTCH1 による SMO
の抑制が解除され,Gli ファミリーの核内移行が起こ
り,下流の遺伝子群が活性化される.
PTCH1 蛋白が機能しないと Smo の活性を抑制する
ことができない.NBCCS 患者では遺伝的に片方の
PTCH1 遺伝子に異常があるためにもう片方の PTCH1
遺伝子に障害が起こると Smo の活性を完全に抑制で
きなくなり BCC を生じるようになると考えられてい
6)7)
る(図 1)
.
ptc 遺伝子の一方のアリルを欠損する NBCCS モデ
ルマウスでは紫外線照射により,野生型に比して有意
図 3 母斑性基底細胞癌症候群患者における基底細胞
癌の発症部位
多発する BCE,若年発症の BCE,特に四肢など通常
の BCEの好発部位ではない部位に発症している場
合には NBCCSを念頭におく.
に基底細胞癌を多発する10).このことは健常人におけ
ると同様 NBCCS 患者においても紫外線が BCC の誘
配列に縁取られた腫瘍巣が見られ通常の BCC と変わ
因となっている事を示している.NBCCS 患者におけ
らない.
る BCC の分布は顔面以外の広い範囲に及ぶことが知
掌蹠小陥凹:手掌,足蹠に点状の小陥凹(図 4)がみ
られており,特に紫外線の間歇的大量照射をうけやす
られる.組織学的には陥凹に一致した明確な角質欠損
い,大腿,背,胸などに生じやすいとされている(図
と granular layer,horney layer の菲薄化,rete ridge
11)12)
3)
.私 達 は 以 前 NBCCS 患 者 由 来 細 胞 が,UVC
に相当する部分には好塩基性細胞の増生がみられ,
に対する紫外線致死感受性は正常であるが,UVB に対
BCC に類似する
(図 5)
.掌蹠の小陥凹は Bazex 症候群
して軽度ではあるが感受性が高いこと,NBCCS 患者
など他の疾患でも見られるので NBCCS に特異的とい
由来の細胞では,UVB 照射によって生 じ る 酸 化 的
うわけではないが,多くの症例において幼少時期より
DNA 損傷の指標となる 8OHdG の除去が正常細胞と
本人,母親共に気づかれており,1mm 以下の小さいも
13)
比べて低いことを示した .放射線に感受性が高いと
いう報告などを考えあわせると,本症において,活性
酸素に対する防御機構に障害があるのかもしれない.
4.皮膚所見
のにも注意すれば診断に有用である.
表皮囊腫・黒子も多発する.
5.皮膚以外の症状
顎骨囊胞:10 代から発症することが多く,BCC よ
BCC が多発し,しかも通常の発生年齢よりも若年で
り発症年齢は若い.日本人では BCC よりも頻度が高
発症する.色調が正常皮膚色,淡紅色,褐色のことも
く 85% に生じる.多発性,再発性で,上顎骨,下顎骨
多 い.Evans ら は BCC の 発 症 頻 度 は 20 歳 以 下 で
のどちらにも生じるが,下顎骨に好発.無症候性に偶
73%,40 歳以上に限れば 90% と報告しているが14),日
然指摘される場合もあるし,二次感染により腫脹,疼
本での BCC の発症頻度は 44%.通常の BCC の 9 割が
痛を生じて気づかれることもある(図 6)
.組織学的に
顔面に生じるのに対し,本邦例においても海外例にお
は odontogenic keratocyst である.
いても,本症に伴う BCC では,顔面以外の部位,肩,
胸,背,四肢など紫外線の間歇的大量曝露部位にも発
生しやすいことが報告されている.組織学的には柵状
異所性石灰化:大脳鎌,小脳テント,トルコ鞍の石
灰化,卵巣の石灰化が見られることもある(図 7)
.
顔貌は両眼離離,前頭部突出が比較的特徴的とされ
1872
皮膚科セミナリウム
第 63 回
高発癌性皮膚疾患(遺伝と皮膚癌)
図 6 顎嚢胞
図 4 掌蹠の小陥凹は幼少時より現れることが多く,
診断に有用.
図 5 図 4の組織像
図 7 大脳鎌石灰化
るが,出現率はさほど高いわけではなく,20% 以下と
際に用いた診断基準(表 1)が完成度も高く,多く用い
の報告もある.
骨格の奇形:二分肋骨,肋骨の癒合,潜在性二分脊
椎,脊柱側湾,中手骨の短縮(特に第 4 指)などが見
られることがある.
口唇,口蓋裂(5%)
,脳梁欠損,卵巣線維腫(両側
られている14).
7.治
療
転移はまれであるものの,局所浸潤性,局所破壊性
性であることが多い)
,心線維腫
(3%)
,髄芽腫
(5%)
,
は大きいので,生じた基底細胞癌は 5mm マージンを
眼病変として斜視,白内障,結膜石灰化,網膜白斑な
取って切除.小さい BCC が多発する場合は 5 フルオ
どの合併が報告されている.
ロウラシル(5Fu)軟膏の単純塗布あるいは ODT,液
6.検査と診断
BCC は組織生検にて基底細胞癌が生じているかど
体窒素療法と 5FU の ODT の併用,CO2 レーザー療法
などを行ってもよい.ただし,外科的に切除した場合
以外は,再発に対して特に注意深い follow up が必要.
うかを確認する.胸部単純レントゲン写真にて肋骨・
本患者では髄芽腫に対して通常の治療線量で放射線治
脊椎の異常,大脳鎌の石灰化を調べる.頬,顎部の腫
療を行ってから比較的早期に照射部皮膚に基底細胞癌
脹がある場合はレントゲン写真において多発性顎囊胞
が発症した報告など,放射線高感受性を示唆する報告
の存在を確認する.1993 年に Evans がイギリスの北
もあることから,放射線治療は他の治療法を選択でき
西部の居住者を対象とした大規模な疫学調査を行った
ない場合に留めるべきである.掌蹠の点状陥凹につい
2.母斑性基底細胞癌症候群
1873
表 1 Evansによる NBCCSの診断基準
大基準
1)多発性 BCC,または 1個でも 30歳以下
2)odont
ogeni
cker
at
oc
ys
t
(組織学的に)
/
または多骨性骨嚢胞
3)3個以上の掌蹠 pi
t
s
4)大脳鎌の異所性石灰化または 20歳以下での石灰化
5)NBCCSの家族歴
小基準
1)先天性骨奇形:肋骨の二分岐ゆ合・開大・欠損または脊椎骨の二分・ゆ合
2)前頭突出を伴う
3)心線維腫(c
ar
di
acf
i
br
o
ma
),または卵巣線維腫
4)髄芽腫
5
)腸管膜嚢胞(l
ymphome
s
ent
er
i
cc
ys
t
)
6)先天奇形:口唇・口蓋裂/
多指(趾)症/
先天性白内障
大基準は 2項目,又は大基準 1項目+小基準 2項目みたせば本症と確定する.
ては,組織学的に基底細胞癌に酷似した細胞巣が見ら
8.予後・患者説明
れるものの,進行性に増大したという報告はなく,顎
のう胞,他の部に生じる基底細胞癌においては PTCH
長い年月をかけて症状が完成し,家族間でも症状に
1 遺伝子の変異が両方のアリルで見られるのに対し,
ばらつきがあることから,定期的な経過観察が必要で
掌せき陥凹では,見られないことから,現状では特に
はあるが,通常の日常生活を送るのには大きな支障は
増大しない限り経過観察とする.
なく,過度に悲観する必要はない事を説明.生命予後
を大きく左右するのは髄芽腫の発症の有無である.
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