(14)自動車メーカーとサプライヤーの 取引構造におけるネットワーク密度

【経営学論集第 83 集】自由論題
(14)自動車メーカーとサプライヤーの
取引構造におけるネットワーク密度
京都橘大学
岡 本 哲 弥
【キーワード】自動車(automobile)、メーカー(manufacturer)
、サプライヤー(supplier)、
ネットワーク分析(network analysis)、密度(density)
【要約】本稿では、自動車部品 200 品目のサプライヤーとメーカーの取引データを用いて、
200 部品のサプライヤー間ネットワークとメーカー間ネットワーク行列を求め、それぞれの
密度を算出した。その結果、ネットワーク密度は、サプライヤー数とは負の相関、上位 3 社
集中度やハーフィンダル指数とは正の相関があり、寡占度を示す指標であること、サプライ
ヤーとメーカーの双方のネットワーク密度間に高い正の相関があり、双方のネットワーク密
度に対称性があることを明らかにした。
1.序論
自動車産業に対しては、自動車メーカーと部品サプライヤーとのダイアドの企業間関係
に焦点を当てた研究が多く存在する(T. Fujimoto & L.K. Clark、1991;浅沼、1997;
藤本、1997;藤本・西口・伊藤編、1998;武石、2003 など)。しかし、サプライヤーと
メーカーの企業間関係は、主にダイアドの取引に還元され、そのダイアド関係に限定した
実証研究が多い。実際には、自動車メーカーは複数のサプライヤーから部品を納入する場
合が多く、またサプライヤーも複数メーカーに納入することが一般的である。近年、自動
車メーカーまたはサプライヤーを焦点企業としたエゴセントリック・ネットワークへと分
析視角は広がってはいるものの、実証分析にあたっての要素還元的な限界を脱し切れてい
ないというのが基本的な問題意識である。
本研究は、複数メーカーと複数サプライヤーの多対多の取引関係をネットワークとして
捉え、部品市場ごとに、メーカー間ネットワークとサプライヤー間ネットワークを抽出す
る。その上で、取引ネットワークの複雑性を示すネットワーク密度を部品市場の取引の分
析に適用し、ネットワーク密度の特徴および部品市場の取引構造について考察することを
目的とする。
2.ネットワーク分析と分析枠組み
(14)-1
本節では、岡本(2011)で示した複数メーカーと複数サプライヤーの多対多の取引関係
を分析するための枠組みを確認する。
2-1.ネットワーク分析
ネットワーク分析は、社会学、とりわけ家族・コミュニティ分野を地盤として発展して
おり、応用分野は非常に広い範囲に及んでいる(金光、2003、273-288 頁)。ネットワー
ク分析では、要素間の関係を節点(node)と辺(edge)の連結のパターンに縮約し、そ
の構造を分析するグラフ理論を応用することによって、要素間の関係の特徴を数学的にと
らえる(安田、2001b、203-204 頁)。グラフは、ネットワーク構造を、複数の節点とそ
れを結ぶ辺で表現される。ネットワークが比較的小さい場合には、ネットワークをグラフ
で表現することは有効であるが、ネットワークが複雑でグラフ化が難しいときには、行列
表現することが有効になる。
2-2.分析の枠組み
2-2-1.接続行列と二部グラフ
節点とその節点の属性の関係を表わした行列を接続行列(incidence matrix)という。
一般的に、属性数を m、節点の数を n とすると、接続行列 A は、次の左式のように表現
できる。ここで、aij は節点 i の属性 j を表わしており、対応関係がある場合は 1、対応関
係がない場合は 0 の値を取る。また、行列の行成分と列成分を入れ替える操作(転置)を
施した行列は転置行列と呼ばれ、行列 A の転置行列は tA のように表現され、上の右式に
なる。
⎛ a11
⎜
⎜ a21
⎜ M
A=⎜
⎜ ai1
⎜ M
⎜
⎜a
⎝ n1
a12 L a1 j L a1m ⎞
⎛ a11
⎟
⎜
a22 L a2 j L a2 m ⎟
⎜ a12
⎟
⎜ M
M O M
M
⎟ ⇐ transpose⇒ t A = ⎜
ai 2 L aij L aim ⎟
⎜ a1 j
⎟
⎜
M
M O M ⎟
⎜ M
⎜a
⎟
an 2 L anj L anm ⎠
⎝ 1m
a21
a22
M
a2 j
M
a2 m
図 1 サプライヤーとメーカーの二部グラフ
(14)-2
L ai1
L ai 2
O M
L aij
M
L aim
L an1 ⎞
⎟
L an 2 ⎟
M ⎟
⎟
L anj ⎟
O M ⎟⎟
L anm ⎟⎠
接続行列の図示には、二部グラフ(bipartite graph)が用いられる。節点を左側に、属
性を右側におき、それぞれの対応関係に従って両者を連結させる(安田、2001a、49 頁)。
例えば、S1、S2、S3、S4 のサプライヤー4 社と M1、M2、M3 のメーカー3 社の取引
の有無の関係について、サプライヤーを節点、メーカーとの取引関係を属性として捉える
と、図 1 のように二部グラフで表現できる。さらに、接続行列として表現すれば次のよう
になる。また、その A の転置行列 tA は次のようになる。
⎛1
⎜
⎜1
A=⎜
1
⎜
⎜0
⎝
1 0⎞
⎟
⎛1 1 1 0⎞
⎜
⎟
1 0⎟
t
⇐ transpose⇒ A = ⎜ 1 1 0 0 ⎟
⎟
0 1
⎜0 0 1 1⎟
⎟
⎝
⎠
0 1 ⎟⎠
2-2-2.節点間および属性間ネットワーク
行列 A(節点×属性)に右から転置行列 tA(属性×節点)を掛けると、ネットワークの節
点同士の関係構造を示す「節点×節点」の行列ができる。逆に、転置行列 tA(属性×節点)
に右から行列 A(節点×属性)を掛けると、属性同士の関係を示す「属性×属性」の行列が
できる。図 1 のサプライヤーとメーカー取引関係の例について計算すると次のようになる。
⎛1
⎜
⎜1
t
AA=⎜
1
⎜
⎜0
⎝
1 0⎞
⎛2
⎟⎛ 1 1 1 0 ⎞ ⎜
⎟ ⎜2
1 0 ⎟⎜
⎜1 1 0 0⎟ = ⎜
⎟
0 1 ⎜
1
⎟⎝ 0 0 1 1 ⎟⎠ ⎜
⎟
⎜
0 1⎠
⎝0
⎛1 1 0⎞
⎟ ⎛3
⎛ 1 1 1 0 ⎞⎜
⎜
⎟⎜ 1 1 0 ⎟ ⎜
t
AA = ⎜ 1 1 0 0 ⎟⎜
⎟ = ⎜2
⎜ 0 0 1 1 ⎟⎜ 1 0 1 ⎟ ⎜ 1
⎝
⎠⎜ 0 0 1 ⎟ ⎝
⎝
⎠
2 1 0⎞
⎟
2 1 0⎟
1 2 1⎟
⎟
0 1 1 ⎟⎠
2 1⎞
⎟
2 0⎟
0 2 ⎟⎠
求められた行列の対角要素は、各メーカー(またはサプライヤー)と取引のあるサプライ
ヤー(またはメーカー)総数を示している。その他の要素は、メーカー(またはサプライ
ヤー)同士で共通に取引のあるサプライヤー(またはメーカー)数を示している。
(14)-3
図 2 サプライヤー間ネットワークとメーカー間ネットワーク
上記の計算結果から、図 2 のように、企業間関係を重み付き無向グラフとして表現でき
る。図 2 の左側のグラフでは、サプライヤー間で共通して取引のあるメーカーがあれば辺
が引かれ、辺の上の数字は共通して取引のあるメーカー数を表わしている。右側のグラフ
では、メーカー間で共通して取引のあるサプライヤーがあれば辺が引かれ、その辺の上に
はそのサプライヤー数が示されている。
2-2-3.ネットワーク密度
メーカー数を m、サプライヤー数を n とすると、サプライヤー間のネットワークの密度
(重み無し)は、分子を辺の総数、分母を nC2 とする分数で表現できる。メーカー間のネ
ットワーク密度(重み無し)は、分子を辺の総数、分母を mC2 とした分数で表現できる。
また、サプライヤー間のネットワーク密度(重み有り)は、分子を辺上の重みの合計、分
母を nC2×m とする分数で表現できる。同様に、メーカー間のネットワーク密度(重み有
り)は、分子を辺上の重みの合計、分母を mC2×n とする分数で表現できる。
3.分析のデータと結果
3-1.分析データ
(株)IRC の「自動車部品 200 品目の生産流通調査 2010 年版」に掲載された取引デー
タを分析対象とする。本データは、200 品目の部品について、トヨタ自動車、日産自動車、
ホンダ、三菱自動車、マツダ、スズキ、ダイハツ、富士重工、いすゞ自動車、日野自動車、
UD トラックスの自動車メーカー12 社と部品サプライヤーとの取引量を示したものであ
る。例えば、ピストン市場は、図 3 のような二部グラフで表現されている。
(14)-4
図 3 ピストン市場におけるサプライヤーとメーカーの二部グラフ
アイシン精機
トヨタ自動車
日産自動車
アート金属
三菱自動車
日立オートティブシ
ステムズ
ホンダ
ホンダ金属技術
マツダ
コルベンシュミット
スズキ
遠州精工
ダイハツ
富士重工
マーレエンジンコン
ポーネンツジャパ ン
いすゞ自動車
日野自動車
UDトラック
1
三菱ふそう
出所:㈱アイアールシー(2010)
また、ピストン市場の取引状況は、表 1 の通りである。
表 1 ピストン市場におけるサプライヤーとメーカーの取引状況
カーメーカー
トヨタ自動車
日産自動車
三菱自動車
ホンダ
マツダ
スズキ
ダイハツ
富士重工
いすゞ自動車
日野自動車
UDトラック
三菱ふそう
(単位:調達量千台分/月,シェア%)
調達量
調達先
調達量 シェア
206.5 アイシン精機
123.9
60.0
アート金属工業
82.6
40.0
88.3 日立オートモーティブシステムズ
88.3
100.0
41.8 日立オートモーティブシステムズ
21.7
51.9
アート金属工業
10.5
23.0
マーレエンジンコンポーネンツジャパン
9.6
23.0
77.4 本田金属技術
77.0
99.5
マーレエンジンコンポーネンツジャパン
0.4
0.5
71.1 コンベンシュミット
67.5
94.9
マーレエンジンコンポーネンツジャパン
3.6
5.1
76.6 遠州精工
62.8
82.0
アート金属工業
13.8
18.0
111.1 アート金属工業
111.1
100.0
40.3 日立オートモーティブシステムズ
20.2
50.1
コンベンシュミット
18.1
5.0
マーレエンジンコンポーネンツジャパン
2.0
5.0
13.0 マーレエンジンコンポーネンツジャパン
10.4
80.0
アート金属工業
2.6
20.0
7.3 マーレエンジンコンポーネンツジャパン
5.1
69.9
コンベンシュミット
2.2
30.1
3.4 マーレエンジンコンポーネンツジャパン
3.4
100.0
5.5 マーレエンジンコンポーネンツジャパン
3.3
60.0
アート金属工業
2.2
40.0
出所:㈱アイアールシー(2010)
さらに、表 1 を接続行列に変換すると表 2 のようになる。
(14)-5
表 2 ピストン市場におけるサプライヤーとメーカーの接続行列
アート金属工業
日立オートモーティブシステムズ
アイシン精機
コンベンシュミット
本田金属技術
遠州精工
マーレエンジンコンポーネンツジャパン
トヨタ
1
0
1
0
0
0
0
日産
0
1
0
0
0
0
0
三菱
1
1
0
0
0
0
1
ホンダ
0
0
0
0
1
0
1
マツダ
0
0
0
1
0
0
1
スズキ ダイハツ 富士重工 いすゞ
1
1
0
1
0
0
1
0
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
1
1
日野
0
0
0
1
0
0
1
UD
0
0
0
0
0
0
1
ふそう
1
0
0
0
0
0
1
3-2.基本統計量
表 3 はネットワーク密度などの各指標の基本統計量を示している。
表 3 各指標の基本統計量
指標
サプライヤー数
上位3社集中度
ハーフィンダル指数
SUPネットワーク密度(重み無し)
MAKネットワーク密度(重み無し)
SUPネットワーク密度(重み有り)
MAKネットワーク密度(重み有り)
度数
200
200
200
199
200
199
200
最小値
1.000
0.429
0.056
0.000
0.000
0.000
0.000
最大値
30.00
1.00
1.00
1.00
1.00
0.78
0.79
平均値 標準偏差
9.420
5.456
0.783
0.169
0.308
0.160
0.438
0.282
0.517
0.322
0.089
0.119
0.122
0.139
3-3.各指標間の相関係数
表 4 はネットワーク密度などの各指標間の相関係数を示している。
表 4 各指標間の相関係数
指標
(1) サプライヤー数
(2) 上位3社集中度
(3)ハーフィンダル指数
(4) SUPネットワーク密度
(重み無し)
(5) MAKネットワーク密度
(重み無し)
(6) SUPネットワーク密度
(重み有り)
(7) MAKネットワーク密度
(重み有り)
*** p<.01
相関係数
N
相関係数
N
相関係数
N
相関係数
N
相関係数
N
相関係数
N
相関係数
N
(1)
1.00
200
-0.84
200
-0.67
200
-0.68
199
-0.37
200
-0.50
199
-0.52
200
***
***
***
***
***
***
(2)
-0.84
200
1.00
200
0.82
200
0.61
199
0.35
200
0.47
199
0.50
200
***
***
***
***
***
***
(3)
-0.67
200
0.82
200
1.00
200
0.44
199
0.12
200
0.28
199
0.25
200
***
***
***
***
***
(4)
-0.68
199
0.61
199
0.44
199
1.00
199
0.65
199
0.78
199
0.78
199
***
***
***
***
***
***
(5)
-0.37
200
0.35
200
0.12
200
0.65
199
1.00
200
0.55
199
0.74
200
***
***
***
***
***
(6)
-0.50
199
0.47
199
0.28
199
0.78
199
0.55
199
1.00
199
0.95
199
***
***
***
***
***
***
(7)
-0.52
200
0.50
200
0.25
200
0.78
199
0.74
200
0.95
199
1.00
200
***
***
***
***
***
***
図 4 の A は、重み無しの自動車メーカーとサプライヤーのネットワーク密度の散布図を、
B は、重み有りのそれを表している。
(14)-6
図 4 ネットワーク密度の散布図
A
重み無しの密度の場合
B 重み有りの密度の場合
4.結論
ネットワーク密度は、サプライヤー数とは負の相関があり、ハーフィンダル指数や上位
3 社集中度とは負の相関があることから、寡占度を示す指標であると考えられる。また、
サプライヤーとメーカーの双方のネットワーク密度間に高い正の相関が確認され、双方の
ネットワーク密度に対称性が確認された。そのため、取引量に関する情報がなくとも、取
引の有無の情報だけから、その市場の競争状況を示すことが可能になる。さらに、ネット
ワーク密度(重み無し)では、サプライヤーとメーカーの密度に一定のばらつきが生じる
ため、当該の市場がサプライヤーとメーカーが対等な関係にあるのか、それともどちらか
(14)-7
に有利な状況にあるのかを判断することが可能になる。
また、自動車の部品市場の取引構造として、ホイール・タイヤの部門の密度が高く、寡
占の傾向が強いのに対し、エンジン本体部品の密度は低く、競争が激しいことが指摘でき
る。
以上の通り、ネットワーク密度は、多対多の企業間関係の分析に応用可能であり、川上
企業と川下企業の双方向性、そこでの多対多の取引関係を捨象することなく、分析の射程
に収めることができるのである。
参考文献
Clark, K.B., Fujimoto,T(1991)Product Development Performance: Strategy, Organization, and Management
in the World Auto Industry.(田村明比古訳(1993)
『実証研究 製品開発力―日日米欧自動車メーカー20 社の詳
細調査』ダイヤモンド社。
)
株式会社アイアールシー(2010)「自動車部品 200 品目の生産流通調査 2010 年版」
。
浅沼万里・菊谷達弥(1997)『日本の企業組織 革新的適応のメカニズム―長期取引関係の構造と機能』東洋経済新報
社。
岡本哲弥(2011)「自動車メーカーとサプライヤーの取引構造-ネットワーク分析の視点から-」
『商品開発・管理学
会 第 17 回全国大会 講演・論文集』pp.84-89。
金光淳(2003)『社会ネットワーク分析の基礎―社会的関係資本論にむけて』勁草書房。
藤本隆宏・伊藤秀史・西口敏宏編著(1997)『サプライヤー・システム―新しい企業間関係を創る』有斐閣。
藤本隆宏(1997)『生産システムの進化論―トヨタ自動車にみる組織能力と創発プロセス』有斐閣。
武石彰(2003)『分業と競争―競争優位のアウトソーシング』有斐閣。
安田雪(1997)『ネットワーク分析
何が行為を決定するのか』新曜社。
安田雪(2001a)『実践ネットワーク分析
関係を解く理論と技法』新曜社。
安田雪(2001b)「マネージャーのネットワーク分析」(田尾雅夫・若林直樹(2001)『組織調査ガイドブック』有斐
閣、pp.201-211。)
(14)-8