既存超高層 RC 造建築物の保有耐震性能評価法

卒業研究発表梗概 2014.02.07
既存超高層 RC 造建築物の保有耐震性能評価法に関する研究
-使用限界指標値-
指導教員
07T0207C
岩田
望
和泉信之
秋田知芳
2.超高層 RC 造建築物の耐震性能評価
1.はじめに
2.1 評価法の概要と評価の流れ
日本国内において,超高層鉄筋コンクリート造(以
下,RC 造)建築物は現在までに 500 棟以上が建設さ
本論では,耐震性能評価指針を参考に超高層 RC 造
れている。社会資本の長寿命化が求められる省資源型
建築物の耐震性能評価を行う。図-1 に耐震性能評価
社会において既存超高層 RC 造建築物の長期活用を図
の流れを示す。なお,梁降伏型の崩壊形を示す超高層
るためには,制振補強等により,その耐震安全性を向
RC 造建築物を対象とするため,部材の損傷度の評価は
上することが有効であるが,そのためにはまず既存超
梁部材を対象に行う。
高層 RC 建築物の保有耐震性能の実態を把握しておく
2.2 部材の限界状態と損傷度
部材の曲げ復元力特性と各限界状態に相当する部
必要がある。
RC 造建築物の耐震性能を評価する手法として,
「鉄
材変形の関係を図-2 に示す。部材の曲げに対する復
筋コンクリート造建物の耐震性能評価指針(案)
・同解
元力特性はひび割れ点及び降伏点を有するトリリニ
説」1)(以下,耐震性能評価指針)において,RC 造建
ア型にモデル化する。部材の限界状態は曲げ降伏点
築物全体の耐震性能を指標化して示す方法が提案され
を基準とした塑性率(以下,DF)で定義し,それを
ている。しかし,同指針では高さ 60m以下の建築物を
基に部材の損傷度を 5 段階で評価する。
対象としているため,超高層 RC 造建築物については
2.3 層の使用限界状態
各層において,いずれか 1 つの梁の塑性率が初め
その保有耐震性能評価方法の検討が必要である。
2)
では,耐震性能評価指針に基づいて超
て 1 に達する時を,各層の使用限界状態と定義し,
高層 RC 造建築物の保有耐震性能を評価する方法を提
使用限界状態に相当する層間変形角を限界層間変形
示し,既存超高層 RC 造建築物の修復限界指標値およ
角として算定する。なお,本論では,限界変形角は,
び安全限界指標値を算出し,その分布を考察したが,
静的非線形荷重増分解析により求める。
使用限界指標値については未検討であった。そこで本
2.4 限界地震動の算定
既往の研究
論では,超高層 RC 造建築物の使用限界状態を評価す
限界地震動の算定には,最大法による判定方法を
る方法を示して,既存超高層 RC 造建築物の使用限界
用いる。図-3 に最大法の模式図を示す。最大法は,
指標値を算出し,その特性を考察する。また,基準地
ある層の最大応答層間変形角が,その層の限界変形
震動が異なる場合について使用限界指標値を算出し,
角に達した時の地震動を限界地震動として判定する
考察する。
方法であり,特定の層の損傷によって建築物全体の
目標性能の設定
限界層間変形角
曲げモーメント(kN・m)
基準地震動の算定
部材の復元力特性の設定
使用限界 修復Ⅰ
安全
(終局)
My
階
最大応答
層間変形角
静的非線形解析
限界層間変形角の評価
修復Ⅱ
損傷度
Mc
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
(Ⅴ)
応答解析⇒限界地震動の強さ
保有耐震性能指標値の算出
図-1 耐震性能評価の流れ
DF=1
(Ry)
DF=2
DF=3
DF=4
部材変形角(rad.)
図-2 部材の復元力特性と限界状態
層間変形角
図-3 限界地震動の判定方法
表-1 骨組モデル(基本モデル)の諸元
設計年代
モデル名
方向
建築物高さ(m)
階数
基準階階高(m)
2
柱芯面積(m )
2
柱支配面積( m )
m
スパン長( )
スパン数
塔状比
2
1
1G20
X
Y
60.75
20
2.95
675
22.5
第1年代
1G25
X
Y
75.5
25
2.95
787.5
22.5
1G30
X
Y
90.25
30
2.95
945
22.5
第2年代
2G30
2G20
X
Y
61.7
20
3
600
30.0
X
Y
91.7
30
3
900
30.0
2G40
X
Y
121.7
40
3
1050
30.0
第3年代
3G30
3G20
X
Y
X
63.6
20
3.1
585
39.0
Y
94.6
30
3.1
936
39.0
3G40
X
Y
125.6
40
3.1
1170
39.0
4.5
5
4.5
5
4.5
5
5
6
5
6
5
6
6
6.5
6
6.5
6
6.5
6
5
7
5
7
6
5
4
6
5
7
5
5
3
6
4
6
5
2.25 2.43 2.40 3.02 2.87 3.01 2.47 2.57 3.06 3.06 3.48 4.06 2.12 3.26 2.63 3.64 3.49 3.86
48
60
36
36
42
36
42
54
70
390
490
490
490
490
490
390
390
390
14.5[11.2] 14.3[11.3] 14.8[11.9] 15.5[11.8] 14.9[11.9] 14.4[11.7] 15.4[11.6] 14.3[11.4] 13.4[10.9]
Fc(N/mm ) ※
2
2
主筋強度 (N/mm ) ※
2 ※3
平均重量(kN/m )
弾性1次固有周期T1(sec) 1.11 1.12 1.36 1.36 1.65 1.66 1.17 1.17 1.71 1.73 2.31 2.38 1.27 1.28 1.79 1.92 2.40 2.45
0.163
0.130
0.113
0.145
0.105
0.074
0.134
0.090
0.068
設計用ベースシア係数CB
※ 1:使用コンクリートの中での設計基準強度 Fcの最大値
※ 2:使用主筋の中での最大値
※3:基準階重量を柱芯面積(バルコニー含まず)で除した値([ ]内はバルコニーを含んだ面積で除した値)
表-2 基準地震動
損傷を評価するものである。
波形名称
2.5 保有耐震性能指標値の算出
使用限界状態の限界地震動強さを算定し,基準地
BCJ-L2
最大速度
(cm/s)
57
最大加速度
(cm/s 2 )
356
継続時間
(s)
120
震動の最大速度に対する限界地震動の最大速度の倍
重増分解析では,外力分布を Ai 分布に基づき設定す
率を使用限界指標値として算出する。
る。また時刻歴地震応答解析では,復元力特性には
TAKEDA モデルを使用し,除荷時剛性低下指数は梁
3.既存超高層 RC 造建築物の保有耐震性能評価
で 0.50,柱で 0.40 とする。減衰は内部粘性型(瞬間
3.1 対象建築物
剛性比例)とし,1 次の減衰定数を 3%とする。基準
評価対象には,既往の研究
3)
において作成した既
地震動には,レベル 2 相当の模擬地震動 BCJ-L2(表
存超高層 RC 造建築物の骨組モデルを用いる。骨組モ
-2)を使用する。
デルは,3 つの設計年代(第 1 年代:1971 年~1989
3.3 保有耐震性能指標値の分布
年,第 2 年代:1990 年~1999 年,第 3 年代:2000 年
使用限界指標の算出結果の一覧を表-3 に,骨組モデ
~)の既存超高層 RC 造建築物の構造特性を模擬する
ルの構造特性および地震応答値と使用限界指標値との
ように作成されている。骨組モデルの諸元を表-1 に
関係を図-4 に示す。図-4(a)から使用限界指標値は
示す。9 棟の基本モデルに加え,保有水平耐力を変え
ほとんどが 0.5~0.8 の範囲にあり,設計年代による大
た強弱モデルと,剛性の大きさ(固有周期)を変え
きな違いはないが,設計年代が進むに伴い,やや低減
た剛柔モデルがあり,計 45 棟の骨組モデルを対象に
する傾向が見られる。基本モデルと比較すると,強弱
保有耐震性能評価を行う。なお,本論では X 方向に
モデルはそれぞれ 15%程度増減しているが,剛柔モデ
ついてのみ検討する。
ルにおいてはそのような一定の傾向は見られない。図
3.2 解析概要
-4(b)より建物高さと使用限界指標値に弱い負の相関
静的非線形荷重増分解析により限界層間変形角を
が見られる。図-4(c)および図-4(d)より CB×T1 と使
評価した後,時刻歴地震応答解析を行い,限界地震
用限界指標値の関係については弱い正の相関が見られ,
動強さを算定する。解析には,柱・梁部材の弾塑性
CU×Te と使用限界指標値の関係については強い正の相
特性を考慮した立体フレームモデルに置換して,剛
関が見られる。CU×Te が大きい程,使用限界指標値が
床仮定により水平変位を等値したモデルを用いる。
大きくなる傾向がある。なお CB は設計用ベースシア
柱および梁の部材モデルは材端ばねモデルとし,曲
係数,T1 は弾性 1 次固有周期であり,CU は使用限界状
げに対するスケルトンカーブは曲げひび割れ,曲げ
態時のベースシア係数,Te は骨組の CB-RT 曲線におけ
降伏を考慮するトリリニア型とする。静的非線形荷
る使用限界状態時の変形点に対する割線剛性から算出
した等価周期である。RT とは,静的非線形荷重増分解
を示している。
図-4(h)には中程度の負の相関があり,
析の外力分布の重心位置における変形角で,重心位置
基準地震動入力時の梁の DF が小さいものほど使用限
の水平変位を重心高さで除したものである。図-4(e)
界指標値は大きくなる。また図-4(i)から使用限界変
は,時刻歴応答解析によるレベル 2 相当の模擬地震動
形時の梁の動的な DF は,0.9~1.4 程度である。
BCJ-L2(1.0 倍)入力時の最大応答層間変形角(R2)
3.4 使用限界状態の評価方法の考察
と使用限界指標値との関係を表したものである。図-
本評価法では静的非線形増分解析により層の使用限
4(e)から, R2 と使用限界指標値の関係には弱い負の
界状態を評価するが,時刻歴地震応答解析から梁の最
相関が見られる。
一般的に最大応答変形角が小さい程,
大塑性率が1となる限界地震動強さを算定し使用限界
建築物の保有する耐震性能は高いと推測されるため,
状態を評価することも可能である。骨組モデル 3G30X
指標値が大きくなると考えられる。図-4(f)は,使用
基本モデルにおける両算出法による使用限界指標値は,
限界状態となる地震動を入力した時の全体変形角(RT)
前者で 0.56,後者で 0.55 となり,差があまり見られな
と使用限界指標値との関係を示している。RT と使用限
かった。これは図-5 に示すように,Ai 分布に基づく
界指標値の関係には,中程度の正の相関が見られる。
静的非線形荷重増分解析のせん断力分布と時刻歴地震
図-4(g)は,使用限界変形時の地震動を入力した時の
応答解析の最大応答せん断力分布がほぼ一致している
最大応答変形角(RL)の RT に対する比(RL/RT)を示
表-3 使用限界指標値一覧
す。RL/RT が大きい程,特定層に変形が集中している
年代
ことを表している。RL/RT と使用限界指標値の関係に
第1年代
は,ほとんど相関がない。図-4(h)および図-4(i)は
第2年代
基準地震動入力時および使用限界変形時の地震動入力
モデル名 基本モデル
1G20X
0.78
1G25X
0.56
1G30X
0.70
2G20X
0.59
2G30X
0.70
2G40X
0.63
3G20X
0.62
3G30X
0.56
3G40X
0.61
第3年代
時の梁の最大塑性率(DF)と使用限界指標値との関係
1
1
0.9
0.9
第一年代
(使用限界)
0.6
第三年代
(使用限界)
0.5
0.7
0.6
0.5
第2年代
0.8
0.7
0.6
0.4
第3年代
0
20
40
60
80
100
120
140
160
0
0.05
0.1
H[m]
(a)設計年代
0.60 0.70 0.60 0.50 0.40 0.40 0.150 0.250 0.350 0.01
0.015
0.02
0
0.025
【相関係数】
使用 : -0.19
0.60 【相関係数】
使用 : -0.41
0.90 0.80 0.70 0.60 0.50 0.50 2
3
RL/RT BCJ-L2(使用限界変形時)
(g) RL/RT(BCJ-L2 使用限界変形時)
0.80 0.70 0.60 0.50 0.40 0.40 0.006
(f) RT(BCJ-L2 使用限界変形時)
耐震性能指標値
0.70 0.004
1.00 0.90 0.80 0.002
RT[rad.] BCJ-L2(使用限界変形時)
1.00 耐震性能指標値
耐震性能指標値
0.005
(e) R2(BCJ-L2 入力倍率 1.0 倍)
(d)CU×Te
1
0.60 R2[rad.] BCJ-L2(1.0倍)
1.00 0
0.70 0.40 Cu × Te
0.90 0.80 0.50 0
0.450 0.3
【相関係数】
使用 : 0.52
0.90 0.80 0.50 0.050 【相関係数】
使用 : -0.28
耐震性能指標値
耐震性能指標値
耐震性能指標値
0.70 0.25
1.00 0.90 0.80 0.2
(c) CB×T1
(b)建物高さ
【相関係数】
使用 : 0.75
0.90 0.15
CB × T 1
1.00 1.00 柔モデル
0.61
0.59
0.71
0.66
0.70
0.60
0.74
0.61
0.55
0.5
0.4
第1年代
剛モデル
0.93
0.71
0.67
0.80
0.66
0.61
0.78
0.75
0.63
【相関係数】
使用 : 0.38
0.9
0.8
0.4
弱モデル
0.65
0.45
0.57
0.55
0.58
0.55
0.51
0.50
0.53
1
【相関係数】
使用 : -0.26
耐震性能指標値
第二年代
(使用限界)
0.7
耐震性能指標値
耐震性能指標値
0.8
強モデル
0.83
0.71
0.80
0.66
0.79
0.78
0.70
0.67
0.68
0.40 0
2
4
6
8
0
DF BCJ-L2(1.0倍)
(h) 梁の DF
(BCJ-L2 入力倍率 1.0 倍)
1
2
3
4
DF BCJ-L2(使用限界変形時)
(i)梁の DF(BCJ-L2 使用限界変形時)
図-4 骨組モデルの構造特性および地震応答値と使用限界指標値
階 30
表-4 検討用地震動
静的非線形荷重増分解析
25
波形名称
最大加速度(cm/s2)
継続時間(s)
BCJ-L2
COOD-BCJ-L2 (地表)
COOD-BCJ-L2 (基盤)
ELC-NS_50kine
HACH-NS_50kine
TAFT-EW_50kine
356
330
343
509
503
332
120
120
120
54
51
54
時刻歴地震応答解析
20
15
10
5
0
0
10000
20000
30000
40000
50000
表-5 検討用地震動による使用限界指標値
60000
層せん断力(KN)
図-5 層せん断力の比較(3G30X)
ためと考えられる。
3.5 基準地震動による指標値への影響
基準地震動
BCJ-L2
COOD-BCJ-L2 (地表)
COOD-BCJ-L2 (基盤)
ELC-NS_50kine
HACH-NS_50kine
TAFT-EW_50kine
本評価法では,基準地震動としてレベル 2 相当の模
擬地震動 BCJ-L2 を使用した。基準地震動を他の地震
動に変更した場合の指標値への影響を見るため,
表-4
の検討用地震動を用いて骨組モデル 3G20X,3G30X,
3G40X における使用限界指標値を算出した(表-5)
。
3G30X
0.56
0.66
0.76
0.62
0.56
0.96
3G40X
0.61
0.64
0.75
0.76
0.84
0.93
表-6 使用限界状態時の等価周期
基準地震動
BCJ-L2
ELC-NS_50kine
HACH-NS_50kine
TAFT-EW_50kine
3G20X
1.88
1.96
1.95
1.98
3G30X
2.66
2.79
2.79
2.79
3G40X
3.53
3.47
3.45
3.45
SV(cm/s)
1000
ELC‐NS_50kine
COOD-BCJ-L2(地表)
,COOD-BCJ-L2(基盤)を
用いた使用限界指標値は,どのモデルも BCJ-L2 を用
3G20X
0.62
0.67
0.92
0.94
1.04
0.77
HACH‐NS_50kine
100
TAFT‐EW_50kine
いた使用限界指標値に比べ大きな値になった。既往波
3 波を用いた使用限界指標値の大小関係は,使用限界
状態での等価周期(表-6)における既往波 3 波の擬似
10
3G20X
3G30X
速度応答値の大小関係(図-6)に概ね対応しているこ
3G40X
とがわかる。
T(s)
1
0.1
4.まとめ
1
1.95
2.79
3.45
図-6 既往波 3 波の擬似速度応答スペクトル
本論では,超高層 RC 造建築物の使用限界指標値の
4) 本評価法に基づく使用限界指標値は,時刻歴地震
算出方法を示すと共に,既存超高層 RC 造建築物の使
応答解析から得られる使用限界指標値と比較的
用限界指標値の分布を検討した。また,静的非線形解
近い値となる。
析に基づく限界変形角から算出した使用限界指標値と
5) 異なる地震動による使用限界指標値は,等価周期
時刻歴地震応答解析から得られる使用限界指標値との
における地震動の擬似速度応答値に概ね対応して
比較,基準地震動を変更した場合の使用限界指標値に
いる傾向がある。
ついて考察した。以下に本論で得られた知見を示す。
<参考文献>
1) 既存超高層 RC 造建築物の使用限界指標値は,模
1)日本建築学会:鉄筋コンクリート造建築物の耐震性能評価指針
擬地震動 BCJ-L2 を基準地震動とした場合,概ね
0.5~0.8 の範囲にある。
2) 既存超高層 RC 造建築物の使用限界指標値は,設
計年代による大きな違いはないが,設計年代が進
むに伴い,やや低減する傾向が見られる。
3) 使用限界変形時のベースシア係数 CU と等価周 Te
の積が大きい程,使用限界指標値が大きくなる傾
向がある。
(案)
・同解説,400pp,2004.1
2) 秋田知芳,栗本耕太郎,石塚圭介,和泉信之:既存超高層 RC
造建築物の保有耐震性能評価に関する基礎的検討,コンクリー
ト工学年次論文集,Vol.34,No.2,pp.853-858,2012.7
3) 藤原実咲ほか:既存超高層鉄筋コンクリート造建築物の保有耐
震性能評価に関する研究(その 3 耐震性能指標値の分布)
,日
本建築学会大会学術講演梗概集,p599-600,2013.8