ドイツにおける学校とスポーツクラブの現状(PDF:444KB)

研究レポート
ドイツにおける学校とスポーツクラブの現状
袋井市都市建設部都市計画課
係長
伊 藤 秀 志
(元静岡総合研究機構主任研究員)
これまでの日本の青少年スポーツは、 学校の部活動を中心に行われてきたが、 生徒数の減少
や教員の平均年齢の上昇などによる部活動種目の減少などの課題に直面している。 一方、 地域
スポーツクラブが発達しているドイツでは、 学校の全日制への移行にあわせ、 地域と学校が連
携して青少年スポーツの振興を図っている。 本稿では、 ドイツにおけるスポーツエリート学校
の取組や青少年スポーツと学校との関係などを踏まえて、 日本の青少年スポーツの課題とその
あり方について考案した。
はじめに
1
日独両国の青少年指導者が相互に交流し、
ドイツの国・地方行政区分
ドイツ連邦共和国は、 16州 (Land) で構
両国の理解と交流を深め、 青少年指導者の資
成される議会制民主主義の連邦国家である。
質向上と、 両国間における青少年交流の発展
ドイツにおける国家とは連邦 (Bund) と地
を図ることを目的とし、 「地域と学校の連携
方自治権を持つ16州を指す。 州は連邦と同様
による青少年スポーツの振興」 をテーマに行
に1つの国家であり、 ドイツ連邦共和国基本
われた2008年日独青少年指導者セミナー (文
法に基づき、 国家的機能 (立法、 行政、 司法)
部科学省委託事業:財団法人日本体育協会主
を有している。 (16州のうち、 ベルリン、 ブ
催) に参加した。
レーメン、 ハンブルクの3都市は都市州
セミナーでは、 ヘッセン州のフランクフル
(Stadtstaat) となっている。)
ト・アム・マイン郡独立市・ギーセン行政管
ドイツの自治体構成は、 日本とは異なる。
区のヴェッツラー市、 バイエルン州シュヴァー
歴史的に地方分権型の国家であり、 独立した
ベン行政管区 (アルゴイ地方) のドゥアラッ
地方の集合体が国家を形成している。 連邦の
ハ市・ケンプテン郡独立市・オーバーストド
中に州があり、 州の中に行政管区 (Regie-
ルフ市、 ベルリン都市州などを訪問し、 ドイ
rungsbezirk)、 その中に郡 (Landkreis)、
ツスポーツユーゲント (dsj:Deusche Sport-
そして市町村単位の基礎自治体 (Gemeinde)
jugend) や市の基本レクチャーを受けたり、
がある。 また、 群と並列に郡独立都市
学校やスポーツクラブの視察を行ったり、 ホー
(Kreisfreie Stadt) と 呼 ば れ る 市 が あ る
ムスティを体験した。
(図表1)。
セミナーを通して学んだ日本とは根本的に
異なるドイツの都市構造、 学校制度、 スポー
ツクラブの状況、 その背景などについて紹介
する。
− 65 −
図表1
ドイツの国・地方行政区分
ドイツの子供は通常6歳で4年制の 「基礎
学校」 に入学する。 基礎学校修了後は、 「基
ㅪ㇌
幹学校」、 「実科学校」、 「ギムナジウム」 といっ
た3つのタイプの学校から1つを選ぶことに
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なる。
基幹学校では5年生 (10歳) から9年生
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(15歳) まで学び、 「基幹学校卒業資格」 を取
㇭
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得できる。 実科学校では5年生 (10歳) から
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10年生 (16歳) まで学び、 「中級卒業資格
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(MittlereReife)」 を取得できる。 この資格
により職業専門学校やギムナジウム高学年課
程に進学することが可能となる。 ギムナジウ
ドイツには、 1万2,000を超える基礎自治
体がある。 人口が概ね200人から2,000人の小
ムでの教育は、 「アビトゥーア (Abitur)」
規模な自治体が約6割で、 1万人以下の自治
つ ま り 「 一 般 大 学 入 学 資 格 (Allgemeine
体が9割弱を占めている。 こうした基礎自治
Hochschulreife)」 の取得を目的としている。
体が独自性を発揮しながら、 教育、 スポーツ、
アビトゥーアは、 州によって異なるが、 12年
文化、 産業など、 様々な施策を展開している。
生 (18歳) 又は13年生 (19歳) の高学年課程
それを郡、 行政管区、 州が効果的な支援を行っ
修了時点で試験を受け、 合格することで取得
ているところに、 日本と異なる都市の活力や
できる。
力強さがある。 小規模な都市を含めて、 それ
「総合学校 (Gesamtschule)」 は、 各種の
ぞれが個性ある独立した都市であり続けるこ
学校を統合した学校で、 生徒は成績によって
とで、 連邦制国家が維持されている。
分けられ、 10年生 (16歳) 修了時点で試験に
合格すれば、 基幹学校卒業資格又は中級卒業
2
ドイツにおける学校制度
資格を得ることができる。 さらに、 後者のう
ち成績が一定基準に達した者は、 ギムナジウ
ドイツでは、 6歳から15歳までの子供に9
年間の就学義務がある。 公立学校の授業料は
ムの高学年課程に進学することができる。
無料で、 自己負担は本や教材に要する費用だ
(図表2)
けとなっている。 学校に関する権限は、 それ
また、 ドイツでは、 0歳から3歳未満が通
ぞれの州にある。 ドイツにおける義務教育課
う保育園 (Kinderkrippe) と、 満3歳から
程は、 次の3段階に分かれている。
小学校入学年齢までが通う幼稚園 (Kinder-
① 初 等 教 育 (Primarstufe) : 基 礎 学 校
garten) がある。 地域によっては、 保育園・
(Grundschule)
幼稚園・学童保育所をひとつにした乳幼児・
:
児童保育センター (Kindertages-statte) が
②前期中等教育 (SekundarstufeⅠ) :基幹
学 校 (Hauptschule) 、 実 科 学 校 (Real-
ある。
schule)、 ギムナジウム (Gymnasium)
と総合学校 (Gesamtschule) の10年生ま
で
③後期中等教育 (SekundarstufeⅡ) :ギム
ナジウム高学年課程と職業学校 (Berufschule)
− 66 −
図表2
ドイツの学校制度
Universität
✚วᄢቇ
ᐕ㦂
19
18
̪
Fachhochschule
න⑼ᄢቇ
⡯ᬺ
⢒ᚑቇᩞ
17
16
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BOS FOS
ડᬺ
⡯ᬺቇᩞ
⡯ᬺ
ኾ㐷ቇᩞ
⹜㛎Ḱ஻
㧔1㨪2 ᐕ㧕
Fachoberschule(FOS)
㜞╬ኾ㐷ቇᩞ
15
14
13
Hauptsschule
ၮᐙቇᩞ
Gymnasium
Realschule
ታ⑼ቇᩞ
໡⑼ቇᩞ
Gesamtschule
✚วቇᩞ
ࠡࡓ࠽ࠫ࠙ࡓ
12
11
10
Steiner-schule
9
8
ࠪࡘ࠲ࠗ࠽࡯ቇᩞ
Grundschule
ၮ␆ቇᩞ
7
6
̪BOS㧦Berufsoberschule㧔⡯ᬺ㜞╬ኾ㐷ቇᩞ㧕
3
全日制学校への移行
れ、 全日制の導入が求められるようになった。
2003年には、 連邦政府と州政府との間で、
ドイツの学校教育は、 歴史的に半日制が主
流で、 授業は午前中に終了し、 午後は家庭や
全日制学校に関する協定が締結された。 連邦
地域の様々なクラブで過ごすことが多かった。
政府は全日制の導入を推進するため、 2003年
しかし、 現在は全日制へ移行する過渡期にあ
から2007年までに約40億ユーロの助成を行っ
る。
た。 約6,000の学校がこの助成を活用して全
全日制への移行の背景には、 大きく2つの
日制を導入あるいは拡充した。
理由が挙げられている。 1つは、 家庭環境の
連邦政府が学校の全日制を掲げて推進した
変化である。 ドイツにおいても共稼ぎや、 離
事業 「全日制学校−投資プログラム“将来の
婚などによる片親家庭が増加し、 子供の居場
教 育 と 保 育 ” 」 (Ganztagsschulen - das
所・子育て支援の場所を学校に求めるように
Investitionsprogramm “ Zukunft Bildung
なった。 もう1つは、 OECDに加盟する32か
und Betreuung”:IZBB) の主な内容は、
国において15歳の生徒を対象に2000年に実施
次のとおりである。
し た 「 PISA (Programme for Interna-
①期間は、 2003年∼2007年。
tional Student Assessment) 調査:生徒の
②2000年のOECD 「生徒の学習到達度調査
学習到達度調査」 の結果が挙げられる。 ドイ
(PISA)」 の結果が不振であったことを機
ツは 「読解」 (総合能力) 21位、 「数学」 と
に、 それまで一般的であった 「半日制」 の
「科学」 20位と、 世界平均を大きく下回り、
基礎学校等において、 生徒の在校時間を延
学力の低下が顕著となった。 このため、 学力
長して補習や課外活動などを実施するもの
向上の方策として、 学校制度の見直しが叫ば
で、 増設に当たり連邦政府が各州に助成を
− 67 −
実施。
③ 「全日制学校」 の1万校増設を目標に、 総
額40億ユーロの連邦特別予算を編成
④ドイツの学校は、 伝統的に昼過ぎで授業が
4
特徴のある学校運営等の状況
ドゥアラッハ国民学校
ア
学校の概要
終了する 「半日制」 で、 一般的な在校時間
ドイツの学校には、 基礎学校、 基幹学校、
は基礎学校で7時30分∼11時30分、 前期中
実科学校、 ギムナジウムなどがあるが、 ドゥ
等教育段階で8時30分∼13時30分とされる
アラッハ国民学校は、 基礎学校、 基幹学校、
(ただし、 ギムナジウム上級段階では選択
実科学校を同じ敷地内に設置しているため、
制がとられているため、 終了は遅い)。 「全
昔ながらの呼び方で国民学校 (Volksschule)
日制学校」 は既に一部で導入されているが、
という名称を使っている。
州ごとの導入姿勢に違いがあるため、 普及
全校生徒は750人、 教員は70人で、 バイエ
状況は大きく異なる。
ルン州の国民学校の中で3番目に大きい学校
⑤各州文部大臣会議は 「全日制学校」 を、
である。 幼稚園 (Kindergarten) も併設さ
「1日当たり7時間以上の在校時間の日が
れている。
週に3日以上」 と定義。
1年生 (6歳) から4年生 (9歳) までの
⑥各州の申請をもとに連邦教育研究省が助成
基礎学校を卒業した後に、 5年生 (10歳) か
を実施。
ら10年生 (15歳) までの実科学校 (mit M-
ドイツ全土において全日制学校への移行は
Zweig) を選択するケースと、 5年生 (6歳)
着実に進んでいる。 しかし、 その内容や運営
から9年生 (14歳) までの基幹学校 (Haupt-
は、 州や学校によってそれぞれの特色を生か
schule) を選択するケースがある。 7年生
した独自の取組が行われている。 全日制学校
(8歳) から実科学校を選択するケースや、
には、 義務の全日制学校、 一部義務の全日制
基幹学校を卒業した後に実科学校の10年生
学校、 開放された (選択制の) 全日制学校と
(15歳) となり、 実科学校の修了書を得るこ
いう3種類がある。
ともできる。 ただし、 基幹学校卒業後に実科
今回訪問したバイエルン州のドゥアラッハ
学校に移るためには、 7年生 (8歳) から9
国民学校、 オーバーストドルフのギムナジウ
年生 (14歳) までの間の数学・英語・ドイツ
ムや実科学校、 ヘッセン州のカール・フォン・
語の3教科の成績が優秀であることが条件と
ヴァインベアク学校においても、 日本のよう
なる。
に全生徒が必ず授業を受けるといった方式の
イ
全日制学校ではなく、 午後は、 授業を選択し
職業教育
たり、 宿題をしたり、 スポーツや芸術などの
ドゥアラッハ国民学校は、 卒業後の就職率
アクティブな時間に当てたりといった状況で
が高いことを大きな特徴としている。 バイエ
あった。 アクティブな時間にスポーツ活動を
ルン州では、 基幹学校卒業後に就職する生徒
行う生徒に対しては、 学校施設又は学校に隣
の割合は、 50∼60%となっている。 ドゥアラッ
接するスポーツ施設で、 地域のスポーツクラ
ハ市に隣接するケンプテン市は30%という状
ブがプログラムを提供するという協力体制が
況である。
構築されていた。
こうした中、 ドゥアラッハ国民学校は、 職
業教育に力を入れることで、 非常に良い成績
を残している。
その取組のひとつとして13∼14人を上限と
− 68 −
した実習クラスを設置している。 実習クラス
の就労対策として有効な事業であると認め、
は、 通常のクラスでは卒業が困難な生徒を集
経費を支援することとした。 現在では、 バイ
め、 5教科の授業と職業学習 (実習) を行っ
エルン州のモデル事業として認められ、 州か
ている。 こうした取組により、 実習クラスの
らの支援で経費が賄われている。
生徒の70%が卒業後に就職することができて
ウ
いる。 もし、 就職ができなかった場合には、
全日制への移行状況
ドゥアラッハ国民学校では、 全日制への移
もう1年間学校に残ることもできる。
もうひとつは、 2007年7月から開始した
行が行われており、 午後1時30分から午後4
「星をつかむプロジェクト (Sterneprojekt:
時45分までが、 勉強、 スポーツ・工作・音楽
Wir greifen nach den Sternen)」 がある。
などを行うアクティブな時間となっている。
1年生 (6歳) から4年生 (9歳) までの
このプロジェクトでは、 生徒たちは自由時間
を利用して28種目の職業体験ができる。 月曜
生徒は、 隣接する幼稚園 (Kindergarten)
日から金曜日までの放課後又は土曜日に生徒
を活用した放課後児童クラブ的な授業や活動
が企業に行き、 職業体験をさせてもらう方法
を選択することができる。 午前中で帰宅する
をとっている。 そして職業体験の5日目に試
生徒は、 昼食後の午後1時に下校となる。
験が行われる。 試験に合格した際には、 星の
5年生 (10歳) からは、 週1回午後に授業
マークが入った証書が交付される。 このステッ
が行われる。 7年生 (12歳) からは週2回午
プを繰り返し、 1つ星、 2つ星、 3つ星 (最
後の授業が行われる。 午後の授業は、 午後3
終目標) の順番で証書を得るための職業体験
時15分までとなっている。
を積み重ねていく。 この証書には、 どのよう
午後の授業を担当する教員は、 学校の教員
なことができるといった内容が記されている
ではなく、 その時間のために採用されている
ため、 この証書を見せることで、 職業体験を
特別な教員で、 その経費は保護者が20%、 市
行った業種の企業における採用率が高まるこ
が40%、 州 (地区) が40%を負担している。
とになる。
ドゥアラッハ国民学校、 隣接する幼稚園
(Kindergarten)、 午後の授業やアクティブ
図表3 星をつかむプロジェクトにおける証書
な時間を担当する教員は、 互いに連絡を密に
して、 全日制に対応している。
エ
地域スポーツクラブとの関係
この地域には、 50のスポーツクラブが存在
する。 最も大きなドゥアラッハスポーツクラ
ブは、 ドゥアラッハ国民学校の校長が会長を
務めており、 約2,000人の会員がいる。 地域
スポーツクラブは、 学校体育施設を利用して
活動することが多い。 学校の校長がスポーツ
クラブの会長を兼務することは理想的な体制
このプロジェクトには、 企業においても多
と思われる。
くの経費が必要となるため、 ドゥアラッハ国
ドゥアラッハ国民学校の生徒の約50%は、
民学校では市長に事業の趣旨への理解と経費
いずれかのスポーツクラブに参加している。
の支援を求めた。 市は、 学校卒業後の青少年
ドゥアラッハ国民学校の教員も、 一般人より
− 69 −
高い割合で、 スポーツクラブの指導に参画し
育成するスポーツエリート学校である。 この
ている。
ようなスポーツエリート学校は、 ドイツ全土
に35校ある。
ドゥアラッハ国民学校は、 授業の中でスポー
ツクラブのPR等を受け入れている。 それは、
この学校の教員数は約100人で、 約1,200名
生徒たちにとっては学校で教えないスポーツ
の生徒が在籍する。 そのうち270名がスポー
を経験でき、 スポーツクラブにとっては新し
ツエリートの生徒である。
い会員の獲得につながる機会になるといった
「スポーツクラス」 は、 5年生 (10歳) か
双方にメリットがあるためである。
ら10年生 (15歳) までの学年にある。 トレー
ドゥアラッハスポーツクラブには、 陸上競
ニング (専門種目) の時間は、 5・6年生
技、 卓球、 テニス、 サッカー、 スキー、 体操、
(10・11歳) では週1回、 7年生 (12歳) か
自転車の7種目がある。 ドイツではサッカー
らは週3回となる。 ここでは個人の能力・技
の人気が高く、 企業からの寄付もサッカーに
術・パフォーマンス向上を図る。 トレーニン
集中することから、 スポーツクラブの税金対
グの会場は公共交通機関を使用して1時間以
策として、 サッカーをスポーツクラブの会計
内の範囲のスポーツ施設を利用している。 ト
から切り離して独自会計としている。
レーング終了後は、 学校所有のバスで生徒を
また、 スポーツクラブが利用する学校体育
学校まで送迎している。
施設の改修の経費は、 設置者の市が60%、 降
学校には、 3人のスポーツコーディネーター
雪地帯対策としてバイエルン州が40%を負担
が置かれている。 スポーツコーディネーター
している。
は、 学校成績と専門スポーツの時間的かつ資
質的バランス、 生徒のメンタル面のサポート
カール・フォン・ヴァインバアク学校
等、 生徒のあらゆる面を手助けしている。 試
ア
学校の概要
合や遠征があれば、 授業を休ませ、 休暇中の
フランクフルト近郊にあるカール・フォン・
補習や特別授業の実施を教員と調整し、 他の
ヴァインバアク学校 (Carl-von-Weinberg-
生徒との差がでないような工夫がなされてい
Schule) は、 5年生 (10歳) から13年生 (18
る。
歳) までの生徒が通学している総合学校 (基
カール・フォン・ヴァインバアク学校は、
幹学校、 実科学校、 ギムナジウム) で、 2005
スポーツエリートの生徒のスカウトを行って
年の夏から全日制に対応している。 総合学校
いる。 バレーボールはドイツ全土から勧誘し
は、 基幹学校・実科学校・ギムナジウムのそ
ている。 それ以外の種目は、 ヘッセン州内の
れぞれの特性を保持し、 個人の能力や希望に
スポーツクラブや学校へ出向き、 スカウト活
応じた学習プログラムを作成し、 クラスを編
動を行っている。 時にはドイツ国外からの生
成している。 生徒は選択により、 基幹学校の
徒も受け入れている。
セレクションの視点や学校案内も情報とし
修了証、 実科学校の修了証、 ギムナジウムで
て発信している。 セレクションの基準として
のアビトゥーアの取得が可能となる。
は、 「学習能力」 「社会性」 「スポーツ能力」
イ
スポーツエリート学校としての特徴
の3つの要素を勘案している。 この中でも
カール・フォン・ヴァインバアク学校は、
「社会性」 を見極めることが最も困難である
ヘッセン州オリンピック拠点センター、 スポー
ため、 数日間授業に参加させて、 素行やクラ
ツ選手の家 (学生寮) と連携を図ることで、
スの仲間との関わり方、 協調性などを見てい
スポーツ能力の高い生徒を選手として強化・
る。
− 70 −
体育授業・専門種目の指導は、 5・6年生
ベルの選手も育成している。 学校とパートナー
(10・11歳) の時は、 週1回の体育授業で
関係にある団体は、 スポーツ選手の家、 ヘッ
「陸上・体操・水泳・遊び」 を必須とし、 そ
セン州スポーツシューレ、 ヘッセン州各種専
の他に専門種目のトレーニングを週2回行う。
門競技団体 (バドミントン、 バスケットボー
7年生 (12歳) からは専門種目に分かれてト
ル、 サッカー、 ハンドボール、 陸上競技、 水
レーニングを週3回行う。
泳、 卓球)、 フランクフルト・アイントラハ
ドイツではスポーツクラブ対抗の大会や試
ト (スポーツクラブ)、 ドイツバレーボール
合が一般的で、 学校対抗はスポーツエリート
連盟となっている。 体操競技は、 体操協会の
学校の対抗のみが、 オリンピック選手育成の
コーチが指導に当たっている。
スポーツエリートの生徒は、 体育の授業で
一環として開催されている。
カール・フォン・ヴァインバアク学校では、
単一種目を選択し、 スポーツクラブでのトレー
バレーボール、 体操、 サッカー、 バドミント
ニングのほか、 学校の体育授業でも、 専任コー
ンの順で良い競技成績を挙げており、 国際レ
チ (教員) から専門的な指導を受け、 競技力
図表4
STUNDENPLAN DER 9GA
9年生 (14歳) の時間割
Mo
Di
Mi
Do
Fr
Franzosisch
:
Sport/
Religion/
Training
Chemie
2
Geschichte
Sport/
Religion/
Training
Physik
3
Deutsch
Biologie
Mathematik
Musik
Franzosisch
4
Deutsch
Franzosisch
:
Sozialkunde
Deutsch
Mathematik
5
Mathematik
Musik
Deutsch
Physik
Englisch
6
Englisch
Mathematik
Chemie
Geschichte
Biologie
7
Mittagspause
Mittagspause
Mittagspause
Mittagspause
8
Sozialkunde
Hausaufgaben
Hausaufgaben
Franzosisch
9
Hausaufgaben
Hausaufgaben
Hausaufgaben
Englisch
10
Hausaufgaben
図表5
:
※
:
1
網掛け部分がスポーツエリートのトレーニング時間となる。
STUNDENPLAN DER KLASSE 5
5年生 (10歳) の時間割
Mo
Di
Mi
Do
Fr
1
Englisch
Nawi
Mathematik
Musik
Englisch
2
Englisch
Nawi
Mathematik
Musik
Englisch
3
Deutsch
Deutsch
Englisch
GL
Mathe
4
Deutsch
Deutsch
GL
GL
Mathe
5
Kunst
Training
Sport
Training
Deutsch
6
Kunst
Training
Sport
Training
Klassenstunde
7
Mittagspause
Mittagspause
Mittagspause
Mittagspause
8
Lernzei
Lernzei
9
Lernzei
Lernzei
※
網掛け部分が体育及びスポーツエリートのトレーニング時間となる。
− 71 −
ツは、 スキージャンプ、 ノルディク複合、 ク
の向上を図っている。
卓球やバドミントンなどの対人種目は少人
ロスカントリースキー、 バイアスロン、 スノー
数でトレーニングを行い、 生徒や教員のほか
ボード、 スキークロス、 アルペンスキー、 ア
に、 大人の練習パートナーが付くことで効果
イスホッケー、 フィギュアスケート、 ショー
を上げている。 団体 (チーム) 種目について
トトラックスケートなどがある。
は、 地域のクラブチームで試合に出ることが
寮と学校は連携して、 生徒たちが競技スポー
多いため、 戦術的な指導は行わず、 体力の向
ツと学業を両立できるようサポートしている。
上や技術の習得に力点を置いた指導をしてい
5年生 (10歳) ∼8年生 (13歳) では、 スポー
る。 また、 スポーツエリートの効果的な育成・
ツクラスを組織している。 また、 試合や練習
強化を図るため、 学校の指導者とスポーツク
のため、 遠くに遠征 (木曜日の夜に出発して
ラブや競技団体の指導者は、 常に連絡を密に
日曜日の夜に戻ってくる) し、 授業に出席で
することを心掛けている。
きない生徒を対象に補習クラスを組織したり
している。
オーバーストドルフの全寮制施設
ア
施設の概要
競技スポーツと学業との両立は難しいが、
少しでもその負担を軽くするため、 ギムナジ
オーバーストドルフ市の国立アイススケー
ウムでは金曜日と月曜日に筆記試験を行わな
ト場に設置されている全寮制施設は、 寮生の
いという工夫をしている。 また、 競技選手は、
個室、 ミーティングルーム、 インターネット
試合や練習等により週末に勉強ができないた
ルーム、 競技用具の保管室などが、 競技選手
め、 月曜日に口頭試験を行わないような配慮
用スケートリンク、 カーリング場、 ビストロ
もされている。
(食堂)、 世界でも稀なトレーニング機器を備
ドイツでは、 生徒が授業を欠席する行為は、
えたウエイトトレーニング施設とともに整備
通常親の権限とされている。 オーバーストド
されており、 勉学と競技スポーツの両立を可
ルフの学校では、 練習や試合によりやむを得
能とするための環境が整えられている。 加え
ず学校を休む生徒は、 学校の権限で欠席を認
て、 一般市民にも開放されるスケートリンク
めている。 高学年で、 競技レベルの高い選手
が併設されており、 寮生だけでなく市民の憩
は、 年間50∼60日程度学校を欠席することが
いの場としての要素も兼ね備えている。
ある。 C級レベルの育成選手となっている生
徒は、 スキージャンプで年間55日程度、 アル
寮に入るために個人 (保護者) が負担する
経費は、 約250ユーロ/月で、 それ以外は、
ペンスキーで年間65日程度、 ノルディック複
市・郡・州が経費を負担している。
合で年間48日程度、 学校を欠席 (公欠として
認められている。) している。
イ
競技スポーツと勉学の両立に向けて
また、 この期間に試験がある場合には、 後
この全寮制施設は、 ウインタースポーツの
日追試を行うなどの措置を講じて、 生徒をサ
国際的な選手の養成を目的に設置された。 寮
ポートしている。 ただし、 得点に関する優遇
では学校生活を送りながら競技スポーツに専
措置はない。
念できるように寮生をサポートしており、 オー
生徒同士でも、 授業に出られないときは、
バーストドルフのギムナジウム、 基幹学校、
クラスメイトに授業の内容をファックスや電
ゾントホーフェンの実科学校の3校と連携し
子メールで送ってもらうことで、 欠席のマイ
ている。
ナス面を最小限にする努力をしている。
この地域で行われている冬季の競技スポー
− 72 −
ウ
寮や学校の教員の役割
図表6
全寮制施設の生徒数と学年
寮には寮生の指導にあたる2人の教員が、
学年 (年齢)
生徒数
学校の教員と試験の期日を調整したり、 寮内
5年生 (10歳)
21人
のトレーナーと連携して、 学校とトレーニン
6年生 (11歳)
15人
低学年
グの日程を調整したりして、 寮生をサポート
7年生 (12歳)
17人
58人の競技選手
している。 クリスマスやイースター (復活祭)
8年生 (13歳)
5人
の休暇を活用して、 授業の欠席を補うための
9年生 (14歳)
6人
補習授業を行ってくれるよう、 学校の教員と
10年生 (15歳)
5人
調整を図ることも寮の教員の仕事となる。
11年生 (16歳)
8人
競技スポーツを行っている生徒は、 練習や
12年生 (17歳)
4人
試合により公欠が多くなるため、 教員はそれ
13年生 (18歳)
5人
を許可するための手続きや、 授業のプリント
合計
86人
備
考
高学年
28人の競技選手
を生徒に送付する業務など、 事務量が増える
といった課題がある。 さらには、 補習や追試
5年生 (10歳) ∼8年生 (13歳) で競技ス
のため、 授業や試験を複数回行わなければな
ポーツを行っている生徒は、 オーバーストド
らないといった業務量の増加による肉体的な
ルフから概ね30km以内の近郊の出身で、 地
負担、 一般生徒と競技スポーツを行う生徒を
域のスポーツクラブに所属している選手であ
公平に扱わなければならないといった精神的
る。 10年生 (15歳) くらいになると、 近郊の
な負担も増加する。 ウインタースポーツには、
選手だけではなく、 州の代表選手又はドイツ
様々な競技種目があるため、 試合の期日も、
における同年齢のトップクラスの選手が生徒
トレーニングの日程も異なる。 そのため、 補
としてやってくる。 11年生 (16歳) ∼13年生
習や追試を行う際にも、 教師は一人ずつに対
(18歳) になると、 ヨーロッパ選手権やヨー
応しなければならず、 益々負担は大きくなっ
ロッパカップに出場したり、 世界ジュニア選
ている。 こうした競技スポーツを行う生徒を
手権に出場したりするレベルの選手が生徒と
サポートするための仕事は、 特別な手当が出
なる。 こうした生徒はスポーツでは良い成績
る訳ではなく、 教員の善意により支えられて
を残す半面、 授業に出席することが難しい。
いる。
競技スポーツを行っている生徒たちは、 学校
や教員の協力により様々なサポートを受けて
エ
競技スポーツを行っている生徒の状況
いるものの、 他の生徒が休暇をとっていると
全寮制施設に入り、 競技スポーツを行って
きに補習授業を受けたり、 試験を受けたりし
いる生徒数は、 上級生になるに従って減って
なければならず、 生徒たちにとって負担となっ
いる (図表6)。 特に7年生 (12歳) と8年
ている。
生 (13歳) の間で大きく差が生じている。 そ
13年生 (18歳) になると、 ギムナジウムで
の理由は、 ウインタースポーツでは、 13∼14
アビトゥーア (高校卒業資格) を取得する試
歳で将来性を判断することが多いためである。
験が、 4∼5月に実施されるため、 冬期は生
全寮制施設に入り、 競技スポーツを行う生徒
徒が試験勉強を行う時期となるが、 ウインター
は学校が決めるのではなく、 競技団体が決定
スポーツを行っている生徒たちは、 勉強に専
している。
念する時間が取れないといった問題も生じて
いる。
− 73 −
オ
スポーツエリートの課題
という意識が高い。
全寮制施設に寄宿する生徒が通う学校では、
ドイツにおける勉強は、 子供が立派な社会
スポーツエリートの生徒が卒業した後の進路
人になるためにしなくてはならないものとさ
を課題として挙げていた。
れ、 勉強の目的は 「一人前の人間になること」
競技をリタイヤした場合や進路先で継続し
であり、 受験一辺倒の日本とは大きく異なる。
て競技する場合など、 身の振り方を寮生自身
また、 ドイツでは、 授業中に自分の意見を
に決めさせるのは当然であるが、 寮生に対し
はっきり述べることを大切にしている。 授業
ても通常の生徒同様に試験・レポートなどを
には必ず討論形式が取り入れられ、 通常の試
課し、 決して学業面で優遇されることはない。
験や卒業試験においても、 筆記試験だけでは
日本では、 遠征や試合で授業を欠席する際に、
なく、 口頭試験が行われる。
公欠扱いになることはあっても、 そのために
ドイツの学校では、 入学試験はないが、 学
補習授業を休暇中に実施することなどは、 基
校の定めたカリキュラムに沿って勉強ができ
本的に行われていない。
ない生徒に対しては、 厳しい措置がとられる。
日本の学校制度では、 入学試験に合格すれ
基礎学校以上で、 授業について行けない生徒
ば、 余程のことがない限り進級や卒業ができ
は、 容赦なく留年させられたり、 転校させら
ないことはない。 一方、 ドイツでは、 学校へ
れたりする。 ドイツでは学校ごとに授業の内
の入学は比較的楽だが、 進級や卒業に苦労す
容や難易度が異なる。 授業について行けない
る。 しかし、 こうしたドイツの制度により、
生徒は、 易しい内容を教える学校に転校せざ
社会に出たときに 「生活していける力」 を身
るを得なくなる。 逆に優れた成績の生徒は、
に付けることができ、 将来社会に順応してい
飛び級で上位の学年に進むことが可能とされ
くための教育がなされている。
ている。
現在、 ドイツの学校は全日制への移行段階
ギムナジウムでは、 毎年5∼10%の生徒が
にあるが、 これまでのドイツでは余暇時間を
留年し、 9年間を留年しないで卒業する生徒
生徒に与えることを美徳とする考えが根強い
の割合は70%程度と言われている。 無事に進
こともあり、 寮生が競技スポーツと学業とを
級できても、 ギムナジウムの課程を修了した
両立するための負担を大きな課題としてとら
後に、 アビトゥーアという厳しい卒業試験を
えていた。
受けなければ大学入学資格は得られない。 こ
れはドイツ独特の制度で、 アビトゥーアは一
また、 日本おける競技スポーツを行う青少
生のうち2回しか受験することができない。
年 (中高生や大学生) の状況、 卒業後の進学
ドイツでは、 アビトゥーアを取得し、 すぐ
や就職状況についても大きな関心を寄せてい
に大学に進学する人や、 しばらく働いたり、
た。
旅行をしたり、 兵役やボランティアの義務を
5
ドイツの学校教育と職業観
ドイツにおける学校教育
果たした後に、 大学に入学する人などがいる。
なお、 近年では法学や医学などの人気のあ
ドイツでは、 幼稚園から大学に至るまで、
る学部や、 施設の面などでどうしても人数制
受験がない。 原則的には、 進学の希望はほと
限をしなければならない大学などでは、 アビ
んどかなえられ、 自分が選択した学校に入学
トゥーアの得点により入学できないケースや
することができる。 勉強は受験のためにする
1∼2学期待たされた後に入学が認められる
ものではなく、 自分の好きなもの、 興味のあ
ケースもある。
また、 ドイツの教育の特徴的なものとして、
るもの、 将来なりたい職業に就くためのもの
− 74 −
宗教教育 (道徳教育) と体験学習がある。 宗
負担する。 理論と実践を組み合わせて学ぶた
教教育 (道徳教育) を通じて、 人間の根幹に
め、 手工業者や専門技能労働者の技術は高い。
なくてはならないモラル、 他人への排他性や
この職業教育を活用することで、 職業訓練を
非寛容性を排除することを学ぶ。 体験学習で
修了した後、 より専門的な知識や技術を身に
は、 自分はどのような人間になりたいのか、
付け、 最終的にはマイスターの資格を取得す
どうすれば社会に役立つ人間になれるのかを
ることも可能となる。
考えて、 才能を磨き、 個性を伸ばすことを学
ぶ。 ドイツでは、 頭と心と体を使って考え、
6 ドイツにおける生涯スポーツの振興
体験し、 しっかりと身に付けることが真の勉
ドイツは、 生涯スポーツの先進国として、
強であると解釈されている。
日本でも生涯スポーツ振興のための政策モデ
ルが広く紹介されている。 特に、 1960年代に
ドイツにおける職業教育
地域におけるスポーツ施設の建設を推進した
ドイツでは、 就職に際して 「何ができるの
「ゴールデンプラン (Golder Plan)」、 誰も
か、 どんな資格を持っているのか」 というこ
が行える国民スポーツの振興を目指した 「第
とが重要となる。 卒業した学校の区分で採用
二の道 (Zweiter Weg des sports)」、 1970
するのではなく、 どのような仕事ができるの
年代から推進された 「トリム運動 (Trimm
か、 どのような職業教育を受け、 どのような
Aktion)」 などが有名である。
資格を持っているのかによって採用が決定す
ゴールデンプランでは、 1960年から1975年
る。
までの15年間に約63億マルク (約6,000億円)
そのため、 ドイツでは伝統的にマイスター
が投入され、 800㎡の児童遊戯場が31,000件、
(熟練職人) を尊敬する風土があり、 マイス
体育館が10,400件、 8,500㎡の運動場 (天然
ターの社会的地位も高い。 マイスターには誰
芝) が14,700件、 屋内プールが185件、 屋外
にも負けない技術を持っているという自負が
プールが2,420件建設された。
感じられる。
また、 第二の道では、 エリートスポーツに
:
ア ル ゴ イ (Allga u) 地 方 で チ ー ズ 工 場
加え、 生涯スポーツを 「第二の道」 と位置付
:
け、 その振興が図られた。
(Alpe Oberberg) や ビ ー ル 工 場 (Zo tler
さらに、 ドイツスポーツ連盟 (Deutscher
Bier) を視察した際にも、 それぞれのマイス
ターが誇らしげに紹介された。
Sportbund) が1970年に開始したトリム運動
ドイツの職業教育の特徴的なものとして、
では、 ドイツの一流企業120社、 マスコミ、
二元制システム (dual system) がある。 青
連邦政府、 州、 市町村が一体となり、 「心身
少年の約60%は学校卒業後、 国が認定する
のバランスをとるためにスポーツで健康・体
350種の訓練職種の1つを二元制システムで
力づくりをしよう!」 という国民スポーツキャ
習得する。 二元制システムの職業教育を経て
ンペーンが推進された。
その背景としては、 旧西ドイツでは、 1950
職業人となる制度は、 学校でのみ職業教育を
年代の中頃から生活面や労働面での機械化が
施す制度とは大きく異なる。
実践の部分は週に3∼4日企業で学び、 並
進み、 日常的な運動不足が顕著化した。 また、
行して週に1∼2日は職業学校で授業を受け
都市化の進展による連帯性の低下、 労働管理
て専門的な理論を学ぶ。 教育期間は2年から
の強化による人間疎外などが指摘された。 こ
3年半で、 職業教育の費用は、 職業訓練生に
れらの課題に対処して、 健康・体力の増進、
支払う報酬を企業が、 職業学校の費用を州が
人間疎外・連帯性の回復を図るため、 国家的
− 75 −
政策に基づき、 生涯スポーツを振興する様々
Sportjugend) は、 スポーツクラブの会員の
な運動が繰り広げられた。
うち27歳以下の青少年を対象に組織され、 約
1950年に発足したドイツスポーツ連盟は、
950万人が所属している。 ドイツスポーツユー
ドイツのスポーツ振興に多大な役割を果たし
ゲントは、 スポーツ活動のみならず、 青少年
ている。 1990年の東西ドイツの統一後も、 ド
国際交流、 文化芸術活動、 社会活動、 社会参
イツにおける全てのスポーツ団体を統轄した
加活動など、 様々な活動を展開し、 青少年の
ドイツ最大のスポーツ団体として機能してい
健全育成に貢献しているドイツ最大の青少年
る。 東西統一後のスポーツ振興策は、 旧東西
団体である。
ドイツ間の地域格差の是正に向けられ、 1992
ドイツにおけるスポーツクラブの歴史は古
年にはスポーツ施設の格差を埋めるため 「東
く、 100年以上の伝統を持つクラブも少なく
部ゴールデンプラン (Golder Plan Ost)」
ない。 クラブの会員数には差があり、 50人程
が策定され、 生涯スポーツのための施設整備
度の小さなクラブから、 バイエルン・ミュン
が行われた。 旧東ドイツにおけるスポーツ環
ヘンのように約1万4,000人余が会員となっ
境は、 エリートスポーツ偏重であったため、
ている大きなクラブまである。
生涯スポーツの振興に向けては、 施設整備に
スポーツクラブは、 複数のスポーツ種目を
合わせて、 指導者の確保、 スポーツに対する
提供する複合型のスポーツクラブと単一種目
意識改革などを行うことが急務とされた。
のスポーツクラブがあり、 幼児から高齢者ま
近年のドイツでは、 「みんなのスポーツ
で同じスポーツクラブに所属して、 スポーツ
:
(Sport fu r alle)」 から 「楽しいスポーツ
を生活の一部として楽しんでいる。
(Sport Fun)」 や 「スポーツはドイツを良く
ドイツでは、 「フェライン (Verein)」 と
する (Sport tut Deutschland gut)」 とい
いう 「組織」 を表す言葉がある。 中世の時代
う具体的な標語を掲げ、 より一層の生涯スポー
は、 職業や教会が人々をつなぐ中心的な役割
ツの振興を図っている。
を担っていたが、 近代以降はクラブ、 社団、
協会などのフェラインが大きな役割を果たし
7
ドイツにおけるスポーツクラブの
状況
ている。 地域のスポーツクラブも 「スポーツ
ドイツにおけるスポーツ活動の基盤は、 ス
られ、 地域住民のコミュニケーションや社交
フェライン (Sportverein)」 として位置づけ
の場となっている。
ポーツクラブにある。 スポーツクラブはドイ
(dosb:
ドイツのスポーツクラブの多くは、 単なる
Deusche Olympischer SportBund、 2006年
愛好者の任意団体ではなく、 役員や事務局を
5月にドイツスポーツ連盟は、 ドイツオリン
設置し、 定款を設けて、 非営利法人として裁
ピックスポーツ委員会と合併し、 ドイツオリ
判所に登録をしている。 これによりスポーツ
ンピックスポーツ連盟と改称。) の基本単位
クラブは、 財産を保有したり、 様々な契約を
となっている。 スポーツクラブは、 地域のス
締結したりすることができ、 クラブの運営も
ポーツクラブから州オリンピックスポーツ連
行政からの資金に頼るのではなく、 会員の創
盟、 ドイツオリンピックスポーツ連盟に至る
意工夫で行うことができる。 大規模なスポー
まで組織化されている。 ドイツ国内には約
ツクラブでは、 自らの施設を保有している場
90,000のスポーツクラブがあり、 約3,300万
合もある。 また、 日本の指定管理者制度のよ
人がその会員となっている。
うに、 スポーツクラブが公共スポーツ施設の
ツオリンピックスポーツ連盟
管理運営を行うことで、 その会員がスポーツ
ドイツスポーツユーゲント (dsj:Deusche
− 76 −
施設を無料又は低料金で利用するケースもあ
るスポーツ活動は、 青少年の体力・運動能力
る。
の向上を促進するとともに、 社会性の基本と
また、 ドイツのスポーツクラブを支えてい
もなるルールや規則を尊重する精神、 他者と
るものとして、 「エーレンアムト (Ehren-
の協調、 思いやりなどを育む重要な機会にも
amt)」 や 「フラィヴィリゲ・ミットアルバ
なり、 より良い大人になるための手段とも言
イト (Freiwillige Mitarbeit)」 と呼ばれる
える。
ボランティアの存在がある。 余暇時間を利用
これまで日本の青少年スポーツは、 学校を
してクラブの運営や指導にあたるスタッフの
中心に発展してきた。 特に、 中学校や高等学
ことで、 こうした人々の存在がスポーツクラ
校における部活動は、 スポーツの普及や振興
ブの継続した運営を可能としている。 ドイツ
という面と同時に、 教育的効果の面、 更には
のスポーツでは、 職業としてクラブの運営や
トップレベルの選手の育成といった面におい
指導にあたるスタッフの割合は約5%で、 95
ても大きな役割を果たしてきている。
しかしながら、 部活動は教育課程外の活動
%はボランティアによるとのことであった。
フランクフルトで訪問したTGS ヴァルド
であること、 少子化の進行による生徒数の減
ル フ ・ ス ポ ー ツ ク ラ ブ (Turngesellschaft
少、 教員採用減の長期化傾向に伴う教員の平
Walldorf 1896 e.V.) では、 施設の屋上に
均年齢の上昇、 教員の部活に対する価値観の
太陽光発電の装置を取り付け、 発電した電気
変化等により、 部活のスポーツ種目が減少す
を10年間にわたり電気会社に販売することで、
るなど、 生徒の多様な部活要望に学校が応え
安定的な収入を得ることを議題に理事会が開
ることは難しい。 また、 一部の教員を除いて
催されていた。 100年以上の歴史を持つスポー
専門的な指導を期待することができない現実
ツクラブで、 鉄筋コンクリートのスポーツ施
がある。
設には、 数多くの増改築の跡があった。 夜の
一方、 最近のドイツでは、 全日制学校が増
時間であったが、 体育館では子供から高齢者
加傾向にあり、 午後の学校活動として、 通常
までが一緒にバドミントンを楽しんでいた。
の授業だけでなく、 スポーツ・音楽・美術な
また、 別の部屋 (会場) では柔道、 スカッシュ、
どが選択制で実施されるようになってきてい
高齢者を中心にバランスボールを活用した健
る。 こうした学校全日制に伴うスポーツ活動
康体操なども行われていた。 最新の施設とし
では、 特に指導者の確保の面で、 学校とスポー
て、 トレーニングジムも整備され、 若者で賑
ツクラブとが連携し円滑な運営が図られてい
わっていた。
る。 学校の教員も、 担当する授業の時間以外
トレーニングの後は、 クラブのビストロに
は学校に拘束されないため、 ボランティアと
集まり、 ビールやジュースを飲みながら、 バ
して地域のスポーツクラブの指導や運営に積
ザーの収益の報告、 翌週のイベント協力者の
極的に参画する状況もうかがえた。 エリート
出席者確認など、 本当に楽しそうに歓談する
スポーツだけでなく、 生涯スポーツの振興も、
姿は、 スポーツクラブがコミュニティや社交
こうした取組の中で自然に推進されている。
の場となっていることを実感させられた。
地域と学校の連携による青少年スポーツの振
興は、 地域の力を学校のスポーツ活動に発揮
8
まとめとして
する面と、 教員の専門的な知識を地域におけ
る青少年スポーツを通した教育活動 (青少年
青少年が、 スポーツや運動で体を積極的に
健全育成) に生かすといった両面がある。
動かすことは、 心身の発育・発達にとって大
ドイツのスポーツクラブは、 地元企業の地
変重要な意義を持っている。 青少年期におけ
− 77 −
謝辞
域貢献、 住民の郷土愛やボランティア精神に
本稿の執筆にあたっては、 下記の方々の丁
よって支えられている。 会員の減少や運営資
金の困窮など様々な課題は指摘されているが、
寧かつ熱心なレクチャーを参考としました。
人々の連帯意識を醸成し、 地域コミュニティ
ここに感謝の意を表します。
の形成や地域の活力を生み出している。
日本における都市化は地域の人間関係の希
Gunther Kuhn
薄化を招き、 地域コミュニティの崩壊を発生
ドイツスポーツユーゲン
ト国際交流課長
させている。 また、 生活様式の変化に伴い、
Kaori Miyashita
ドイツスポーツユーゲン
自らの健康の維持・増進とともに、 生活習慣
ト国際交流担当
病の予防や治療のためにスポーツを生活の中
Kerstin Dudichum
に取り入れたいと考える人々の増加が指摘さ
ント学校教育担当
れている。 こうした状況にあって、 地域スポー
Richard Wucherer
ツ活動の果たす役割は、 益々重要なものとなっ
ドイツスポーツユーゲ
ドゥアラッハ国民学校
校長
ている。
Sonja Beck
ドゥアラッハ国民学校教諭
ドイツでは、 人々の生活の中にスポーツが
Andrea Holzmann ガートルード・フォン・
溶け込んでおり、 子供から高齢者まで、 ライ
ルフォー学校 (オーバーストドルフ) 教諭
フステージに合わせたスポーツを楽しんでい
Jonannes Herrmann カール・フォン・ヴァ
る。 その基礎を築くのは、 青少年期における
インべアク学校教諭
スポーツ体験である。
ドイツでは全日制学校への移行を契機とし
て、 日本では部活動の見返しを契機として、
地域と学校の連携による青少年スポーツのあ
り方を模索している。 それぞれ一長一短はあ
るが、 これからの青少年スポーツ活動や地域
コミュニティ活動などのあり方を考える上で、
互いに学ぶべき点は多い。
(いとう
しゅうじ)
− 78 −