三菱電線工業時報 第 107 号 2010 年 10 月 CAE 技術を用いた自動車用ワイヤーハーネスの屈曲 耐久性評価手法の開発 Development of Flexural Durability Evaluation Method for Automobile Wire Harness by using Computer Aided Engineering (CAE) Techniques 機器部品事業部 技術開発部 技術開発本部 総合研究所 電装・光部品事業部 電装品質保証部 中村 智一 田窪 毅 平澤 慶二郎 ■ T. Nakamura ■ T. Takubo ■ K. Hirasawa 自動車のドアのような可動部に配置されるワイヤーハーネスには,高い屈曲耐久性が要求される。これまで耐久性評 価には実車を模擬した屈曲試験を実施していたが,莫大な時間とコストを要するため,CAE を用いた評価方法の開発が 望まれていた。 ワイヤーハーネスはさまざまな線径の電線の集合体であるため,一般的な手法で CAE モデル化を行うと要素数が膨 大となり,解析を行うことは困難である。そこで当社は,複数本ある電線それぞれをモデル化しながらも,現実的な時間 で解析が可能なモデル構築法を確立し,それを用いてハーネスの屈曲耐久性を評価できる構造解析手法を開発した。こ れにより,実験で要していた時間やコストを大幅に減らすことが可能となった。 〔キーワード〕コンピュータ支援工学,ワイヤーハーネス,非線形有限要素解析,屈曲耐久性,Palmgren-Miner 則 An automobile wire harness consists of electric wires with various diameters. The wire harness, which is arranged at the movable parts such as doors and trunk lids of an automobile, is required to have high flexural durability and reliability. The experimental evaluation of their flexural durability and reliability takes a lot of time and cost. Therefore, the developments of a method by using the CAE techniques for evaluating the flexural durability have been required. It is difficult to build the CAE model of a wire harness analyzable within permissible computing time, because the number of finite elements for electric wires is huge. We therefore have established the structural analysis method, available for evaluation of the flexural durability of wire harnesses actually, with the independent multiple wire models as same as actual products. The method has brought us massive retrenchments for the developments of the wire harness. 〔Key words〕 Computer Aided Engineering (CAE), Wire Harness, Nonlinear Finite Element Analysis, Flexural Durability, Palmgren-Miner Rule 自動車 本報では,これまで屈曲試験に要していた時間やコス 1 まえがき トの大幅削減を可能にした本手法の内容と,その導入効 自動車用ワイヤーハーネスとは,車体内に血管のよう 果について述べる 。 に張り巡らされたさまざまな線径の電線の集合体であ り,その中でも特に,ドアなどの可動部に配置されるド アハーネス(図 1)には高い屈曲耐久性が要求される。 この耐久性を評価するためには,実車を模擬した屈曲 試験を実施する必要があるが,この試験は多大な時間と ドアハ ドアハーネス アハーネス ネス コストを要することから,自動車業界における迅速な製 品開発ニーズへの対応が難しいなどの問題があり,CAE を用いた屈曲耐久性評価手法を開発・確立することが求 められていた。 そこで当社は,ハーネスを構成する電線の一本一本を モデル化して非常に複雑なドアハーネスの挙動を解析 し,得られた解析結果と実験によって得られた電線の疲 労特性とを照合することで,ドアハーネスの耐久性を高 ドア 図1 自動車に設置されたドアハーネス Door harness arranged in automobile い精度で予測する手法を確立した。 − 21 − Computer Aided Engineering (CAE) Technology, ワイヤーハーネス , 非線形有限要素解析 , 屈曲耐久性 Wire Harness, Nonlinear Finite Element Analysis, Flexural Durability 車体 CAE 技術を用いた自動車用ワイヤーハーネスの屈曲耐久性評価手法の開発 構築した。 2 電線の機械的特性 表 1 から電線には,引張弾性率が曲げ弾性率の数十倍 ドアハーネスの動きを CAE で解析するためには,それ という強い異方性が存在することがわかる。ハーネスの を構成する電線やグロメットをモデル化し,それぞれの 曲げ挙動を正確に解析するためには,電線モデルの特性 機械特性をソフトウェアに入力する必要がある。そこで にこの異方性を定義する必要がある。 ハーネスに用いられる電線の引張試験および曲げ試験を 実施し,引張弾性率および曲げ弾性率を把握した。また, 2 .2 電線の疲労寿命特性 ハーネスの屈曲耐久性を評価するためには,ハーネスに 電線の疲労特性は図 3 に示すような疲労試験装置を 用いられるすべての種類の電線の疲労特性を把握してお 用い,電線をマンドレルに巻きつけた状態と直線状態を く必要があるため,それらの疲労試験を実施した。 繰り返したときの,破断するまでの繰り返し回数で評価 した。またこの試験は自動車の使用が想定される温度帯 2 .1 電線の引張および曲げ弾性率 (− 40℃∼ 80℃)におけるさまざまな温度において実 引張弾性率は一般的な引張試験により得られた荷重と 施し,疲労特性に及ぼす温度の影響も把握した。図 4 に 伸びの関係より算出した。しかし電線の場合,曲げ弾性 本試験によって得られた電線の疲労特性の一例を示す。 率は引張弾性率とは異なり非常に小さく,その測定が困 難であるため,図 2 に示すようなマイクロメータステー 繰り返し ジと微小荷重用ロードセルを組み合わせた測定装置を開 発し,これより得られた電線の曲げ変形量と荷重との関 係から曲げ弾性率を算出した。 表 1 に各試験から求めた電線の弾性率の一例を示す。 マンドレル 錘 電線 図3 電線の疲労試験の概略図 Schematic diagram of fatigue test on electric wire −40℃ 微小荷重用 ロードセル 25℃ 曲げ弾性率測定装置の概略図 Schematic diagram of measurement equipment for flexural modulus 表1 80℃ ひずみ振幅 図2 −30℃ 電線の引張および曲げ弾性率 Tensile and flexural modulus of electric wires 電線種 A B C D 引張弾性率 曲げ弾性率 (MPa) 37000 29000 33000 27000 (MPa) 580 620 390 470 破断までの繰り返し回数(回) 図4 さまざまな温度における電線の疲労特性 Fatigue characteristics of electric wire at various temperatures 電線はその断面積などにより素線の撚り本数や絶縁体 本疲労試験における電線の破断形態を調査した結果か 厚さが異なるため,電線種毎に機械的特性が異なる。そ ら,氷点下では先に絶縁体に,室温以上では先に導体に のためハーネスに用いられるすべての種類の電線に対し 亀裂が発生することがわかった。また,試験から得られ て引張試験および曲げ試験を行い,特性データベースを た電線表面のひずみ振幅と破断までの繰り返し回数の関 − 22 − 三菱電線工業時報 第 107 号 2010 年 10 月 係は,図 4 中に示した近似曲線のように氷点下では式 で, 室温以上では式 で近似するとよい相関が得られた。 N = 10 㧘 α = α εA −b a logε A − b N = 10 㧘 β = a β メット内で電線がどのような配置で束ねられているのか を把握することは困難である。これを予測するため当社 は,図 6 に示す電線束ねシミュレータを開発した。この シミュレータはハーネスを構成する電線の種類と本数を ・・・ 入力すると,それらを所定の外径に束ねた場合の配置を 推測し,それぞれの電線の中心座標を CAE プリプロセッ ・・・ サに出力する機能を有するため,電線束モデルの作製を ここで,ε A:ひずみ振幅,N:破断までの繰り返し回数, a ,b:定数である。 ほぼ自動化できる。図 7 にこのシミュレータを利用して 作製された電線束モデルと,それをグロメットに収めた ドアハーネスモデルを示す。 3 ハーネス屈曲解析 3 .1 ドアハーネスモデル ドアハーネスは線径の異なるさまざまな電線を束ねた 電線束と,グロメットと呼ばれる電線を保護する蛇腹形 のゴム管で構成され,そのグロメットの両端がドアや車 体に固定されている。このような複雑な構造を,一般的な 手法を用いて CAEモデル化するとその要素数は膨大とな り,実用可能な時間内で解析することが難しくなる。 当社はこの問題を,曲げ剛性を担う要素と引張剛性を 担う要素のハイブリッド型とした電線モデルを構築する 図6 ことで解決した。すなわち,導体と絶縁体を一体としたソ 電線束ねシミュレータ Simulator for bundling electric wires リッド要素に曲げ剛性を定義した上で,その中心軸に節 点を共有する形でトラス要素を配置し,これに引張剛性 を定義するものである。この方法によって,少ない要素数 でも電線特有の強い機械的異方性を再現できるモデルを 作製することが可能となった(図 5) 。 ソリッド要素 図7 束ねられた電線とドアハーネスモデル Bundled electric wires and door harness model 3 .2 屈曲解析 実際のドアハーネスは図 7 に示したような直線状態で 作製され,ドアや車体の形状に合わせて曲げやねじりを 加えて設置される。そこでまず,直線状のドアハーネスを トラス要素 車体に取り付ける解析を行い,その結果を初期位置とし てドア開閉動作を解析することで,ドア開閉に伴うハー 図5 解析用電線モデル ネスの挙動を再現した。解析は有限要素法により実施し Electric wire model for CAE analysis たが,陰解法では複数本ある電線に生じる複雑な接触を 考慮することが非常に困難であったため,陽解法を採用 これらの電線モデルを,グロメットモデル内に束ねて 収めることでハーネスモデルが完成するが,実際のグロ している。図 8 にドア開閉に伴うドアハーネスの形状変 化を示す。 − 23 − CAE 技術を用いた自動車用ワイヤーハーネスの屈曲耐久性評価手法の開発 スを構成するすべての電線モデルについて実施し,各電 線におけるドア開閉中の最大ひずみ振幅を得る。 連続する三節点 曲げ半径 電線 図9 曲げ半径算出方法の概念図 曲げ半径変化 Conceptual diagram on calculation method for bending radius 図8 非線形有限要素解析を用いたドア開閉に伴うドアハーネスの動き 解析結果(上:開状態,下:閉状態) Analysis result on movement of harness upon opening/closing automobile door by using nonlinear finite element analysis (upper: 閉 open state; lower: closed state) 開 閉 開 図 10 ドア開閉に伴う電線の曲げ半径変動 Variations in bending radius of electric wire during door’s open- 4 屈曲耐久性の評価 close movement 3 章で述べた解析はドア開閉に伴うハーネスの挙動を 4 .2 ハーネスの屈曲耐久性の予測 2 .2 節で得られた電線の疲労特性回帰式 および シミュレートするのみで,直接ドアハーネスの屈曲耐久 性を導出するものではない。当社は先の式 ,に示 に,前節式 で算出した電線のひずみ振幅 ε A を代入する 労寿命に相関性があることに着目し,解析結果から電線 とができる。 したように,繰返し曲げ時の電線表面のひずみ振幅と疲 ことによって,各温度における電線の寿命を予測するこ 表面のひずみ振幅を算出することで,ドアハーネスの屈 曲耐久性を評価する方法を開発した。 4 .1 解析結果からのひずみ振幅の算出 図 9 に示すように,電線モデルの中心軸上で連続する 2000回@−40℃ 3000回@−30℃ 10000回@25℃ 3000回@80℃ 三節点すべてを通る円弧の曲げ半径を計算し,これをそ の中央の節点における曲げ半径とする。そして図 10 に示 Yes 不合格 すようなドア開閉に伴う曲げ半径変動を求め,最大値お No よび最小値を抽出する。 抽出した節点の最大・最小曲げ半径を式 に代入し, 合格 図 11 ハーネスの屈曲耐久試験条件の例 ひずみ振幅 ε A を算出する。 1⎧ r r ⎧ − εA = ⎪ ⎪ 2 ⎩ Rmin Rmax ⎩ 断線? Example of conditions for flexural durability test of wire harness しかし,実際のドアハーネスに課される屈曲耐久試験 ・・・ は,同一のハーネスに温度条件を変えながら連続して規定 ここで,ε A:ひずみ振幅,r:電線の半径,Rmin:最小曲 げ半径,Rmax:最大曲げ半径である。この計算を,ハーネ 回数の屈曲を与え,すべての温度で屈曲が終了した時点で 断線していなければ合格,となるものである(図 11) 。 − 24 − 三菱電線工業時報 第 107 号 2010 年 10 月 よって,それぞれの温度での電線の疲労寿命がその温 を開発・確立した。 度での規定屈曲回数を上回っていたとしても,耐久試験 このことによって従来実験からしか予測できなかっ に合格するとは言い切れない。疲労というのはその名の たハーネスの疲労寿命を,CAE により迅速に予測する 通り, 「蓄積」されていく性質があるためである。 ことが可能となり,実験に要していた時間やコストを大 この「蓄積」を加味した耐久性評価を行うため,変動 幅に削減することが可能となった。また本手法を設計の 応力下での金属材料の寿命予測手法として実績のある線 妥当性検証にも活用し,製品開発リードタイムの短縮効 形累積疲労損傷則(Palmgren-Miner 則) を応用した手 果も得られている。 法を導入した。これは,同一のハーネスに複数の温度条 当社では,今回紹介した自動車用ワイヤーハーネス以 件で屈曲が行われる耐久試験において,i 番目の温度に 外にもさまざまな製品に CAE 技術の積極的な適応が図 おける規定屈曲回数を ni ,その温度での電線の寿命を Ni られ,パラメータの最適化,スクリーニング,問題解決 とした場合に,ni /Ni をその温度での電線の累積損傷と定 ”ものづ など多岐にわたる目的で使用されており , , 義し,これらの総和である累積疲労損傷値 D が 1 を超え くりにおいて必要不可欠なツール”という地位を築いて ると断線する,と考えるものである(式 ) 。 いる。 D=∑ i ni 㧘 D > 1 で断線 Ni ・・・ 参考文献 加えて 2 .2 節で述べたように,電線は温度によって 中村ほか.自動車用ワイヤーハーネスの屈曲耐久性 評価手法の開発.2010 MSC. Software Users Day 事 例論文集. 疲労破壊が発生する部位が異なるため,絶縁体と導体で 別々に累積疲労損傷値を算出して予測精度を上げている (図 12 に屈曲耐久試験進行中の絶縁体,導体の累積疲労 損傷値の増加例を示した) 。ハーネスを構成する電線一 本一本についてこれらの損傷値 D が算出され,一本でも 1 を超える電線があれば,ハーネスの耐久性が NG と判 西谷弘信編.疲労強度学.オーム社.1985, p. 231. 田窪ほか.自動車関連製品におけるCAE技術の活 用.三菱電線工業時報. (102), 2005, p. 25-28. 田窪ほか.CAE技術を用いた高周波同軸ケーブルの 曲げ耐久性評価.三菱電線工業時報. (105), 2008, p. 38-41. 定される。 図 12 屈曲耐久試験進行中の絶縁体および導体の累積疲労損傷値の変化 の概念図 Conceptual graph of variations of cumulative fatigue damages of insulator and conductor under flexural durability test 以上のような手法を取り入れることで,電線一本一本 をモデル化して得られた精緻な CAE 解析の結果をフル に活用した,非常に高精度な耐久性評価を行うことが可 能となっている。 5 むすび CAE 技術を用いてさまざまな線径の電線の集合体で あるドアハーネスについて,電線一本一本をモデル化し ながらも,現実的な期間で屈曲耐久性を評価できる手法 − 25 −
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