「十二音技法」のモデルとダイアグラムについて/ヨーゼフ・マティアス

神 戸 芸 術 工 科 大 学 紀 要「 芸 術 工 学 2 0 1 0 」 ( 論 文 )
)
「十二音技法」のモデルとダイアグラムについて
ヨーゼフ・マティアス・ハウアーとヨハネス・イッテン
A STUDY ON MODELS AND DIAGRAMS OF ‘TWELVE-TONE TECHNIQUE’
Josef Matthias Hauer and Johaness Itten
…………………………………………………………………………………………………………………………………….
尹 智博 デザイン教育研究センター 助手
Jibak YOON
Center for Design Studies, Assistant
…………………………………………………………………………………………………………………………………….
要旨
Summary
本論は、近代ウィーンの作曲家ヨーゼフ・マティアス・ハウア
This paper is intended to interpret the relations between
ーとアーノルド・シェーンベルクらによって生み出された「十
Modern Art and Music of ‘Twelve-tone Technique’ by Josef
二音技法」の音楽と造形芸術との関係性についての研究を試
Matthias Hauer and Arnold Schoenberg composers in
みる。
modern Wien.
色彩と音楽の関係については、古代から様々な関心が持たれ
The Relationship between color and music has attracted
ていたが、ここでは特に近代の、ハウアー、シェーンベルク
concerns since ancient times. This paper is intended to
によって各々の「十二音技法」に関するモデルやダイアグラ
clarify the role of the models and diagrams in ‘Twelve-tone
ムの役割を明らかにし、また、ハウアーの「十二音技法」で
Technique’ by Hauer and Schoenberg. The author also
もあるトロープスのパターン・ダイアグラムとヨハネス・イッ
deals
テンの色彩関係を示した「12 色環」ダイアグラムとの間に図
pattern-diagram of ‘Tropes’ of Hauer’s ‘Twelve-tone
像的観点からの類似点についての研究を行う。
Technique’ and Johannes Itten’s ‘Twelve-color Scale’
with
the
similarity
shown
between
diagram showing color relations.
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the
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ロース と共 に行 った オース トリア 政府 芸術 局創 設の指
1.は じめ に
本研究 は、 造形 と音 楽とい う異な る領 域の 芸術 活動
針草案 作成 など 、公 私に渡 った造 形芸 術家 達と の関り
の間に 、思 考方 法や それぞ れの芸 術領 域の あり かたに
が見ら れる 。一 方ハ ウアー も、イ ッテ ンと の関 係を持
対する 意識 の共 通性 、技術 的な方 法に 関す る共 通性を
ちなが ら色 彩と 音楽 の研究 などを 続け てお り、 両者共
見出す こと を試 みる 研究で ある。 1 )
に作曲 家と して の活 動だけ に留ま らず に様 々な 造形芸
造形と 音楽 は、 古代 におい てはピ ュタ ゴラ ス音 律に
術への 関心 を示 して いる。 また、 彼等 自身 の作 曲技法
おける 振動 数の 簡単 な整数 比には じま り、 中世 やルネ
である 「十 二音 技法 」を表 現する 上に おい て、 モデル
サンス にお いて は建 築空間 に関係 させ よう とし たいわ
やダイ アグ ラム とい った図 形を用 いて 表現 する 事など 、
ゆる比例論的なものや、近代においてはフリードリ
音楽の 可視 化と いう 事に関 心を持 って いる 事に も共通
ヒ・シ ュレー ゲル の「建 築 は凍れ る 音 楽 で あ る 」、ル ・
点が見 られ る。
コルビ ュジ エの 「音 楽は動 く建築 」と いう 表現 、ウォ
本論で は、 ハウ アー 、シェ ーンベ ルク によ って 考え
ルター ・ペ イタ ーの 「すべ ての芸 術は 絶え ず音 楽の状
出され た「 十二 音技 法」に 関する モデ ルや ダイ アグラ
態に憧 れる 」と いう 捉え方 など、 建築 と音 楽、 また大
ムの役 割を 明ら かに し、ハ ウアー の「 十二 音技 法」の
きくは 造形 と音 楽が お互い に惹か れあ いな がら 様々な
ダイア グラ ムと 、イ ッテ ン の「 12 色 環」ダイ アグ ラム
比喩表 現に よる 関係 性によ って語 られ るこ とが 多く見
との関 係性 につ いて 考察す る。色 彩と 音楽 の関 係につ
られる 。色 彩の 世界 におい ても、 ルネ サン ス以 降にお
いては 、古 代か ら様 々な関 心が持 たれ てい たが 、近代
いては 、音 律と色 彩体 系を 結びつ けた アグ イロ ニウス 、
におい て、 ハウ アー とイッ テンが どの 様に これ らを捉
ピュタ ゴラ ス音 階を 用いて 色の分 割を 行っ たア イザッ
えてい たの か、 ハウ アーの 「十二 音技 法」 のダ イアグ
ク・ニュ ート ン、色 彩を音 階 の類比 で捉 えた ジョ ージ・
ラムを 通し て考 察を 試みる 。
フィー ルド など の他 に、バ ウハウ スの 基礎 造形 課程の
教授で あっ たヨ ハネ ス・イ ッテン と、 アー ノル ト・シ
ェーン ベル クよ りも 先に「 十二音 技法 」を 生み 出した
ヨーゼ フ・ マテ ィア ス・ハ ウアー など の様 に、 お互い
の領域 を超 えて 相互 に影響 を与え なが ら色 彩と 音楽の
研究を して いた 人物 達の様 に、古 代か ら音 楽領 域への
関心を 様々 な芸 術領 域が持 ってい た事 が見 られ る。
ここでは、近代ウィーンにおいて、作曲家ヨーゼ
【 図 1】ア イ ザ ッ ク・ニ ュ ー ト ン:『 光 学 』命 題 VI 問 題 II、
円周が7つの音階で分割される事を説明する図
フ・マ ティ アス ・ハ ウアー 、アー ノル ト・ シェ ーンベ
ルクら によ って 生み 出され た「十 二音 技法 」の 音楽と
同時代 の造 形芸 術と の関り につい ての 研究 を行 う。
「十二 音技 法」 の音 楽は、 近代以 降の 音楽 に大 きな
影響を 与え たも ので あると 同時に 、同 時代 の造 形芸術
家達に も影 響を 与え ている 。それ はハ ウア ー、 シェー
ンベル クと 造形 芸術 家達と の間に 、思 想面 を含 め様々
な交流 関係 が結 ばれ ていた 事から も読 み解 く事 が出来
る。シ ェー ンベ ルク は、画 家ワシ リー ・カ ンデ ィンス
【 図 2】 ジ ョ ー ジ ・ フ ィ ー ル ド : 色 と 音 の 類 比 ス ケ ー ル
キーを 介し て「青騎 士 」へ の関与 や 、建 築家ア ドル フ ・
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2.「 十二音 技法 」の 音楽
「十 二音技 法」の音 楽とは 、1 オ クタ ーヴ 内に おける
半音階 上の 12 個の 音を、1 つの音 が用 いら れた 後に残
ある 。そ もそ も、ハウ アー とシェ ーン ベル クの「十二 音
技法」はそれ ぞれ 特徴 が異 なるも ので あり、ここ では 両
者の「十二音 技法 」の 違いを 述べる 。
りの 11 個 の音 すべ てが用 いられ るま での 間に その音
まず始 めに 、ハ ウア ーにお ける「十二音 技法 」は 、原
を使用 して はい けな いとい う規則 に従 った 音列 を用い
音列と な る 479,001,600 通 りあ る 12 音 音列 の中 から、
て作曲 され た音 楽の 事であ る。つ まり これ は、 1曲の
「トロ ーペ 」 2 ) と呼 ばれ る 44 種類 のパタ ーン に分 類
中にお いて 12 個全 ての音 が同じ 回数 登場 する 事にな
するこ とか ら生 成さ れるも のであ る。
る。こ の「 十二 音技 法」が 生み出 され る要 因と なった
その分 類方 法と は、 12 音 音 列で並 んで いる 12 個 の
ものに は、 長調 や短 調とい った「 調性 」と いう 音の関
音を前 半と 後半の 6 音ず つ のグル ープ に分 け、そ の前
係を結 び付 ける 絶対 的な概 念から の解 放と いう ものが
半、後半 グル ープ の中 に、増 4 度音程(音楽 で内 包す
ある。
「調 性」とは 、音楽に 用いら れて いる 旋律 や和声
る半音が 6 つで ある 音程 関 係)が それ ぞれの 中に 何個
がひと つの 音( 主音 )を中 心とし てこ れに 従属 的にか
ず つ 含 ま れ て い る か に よ っ て 、 12 音 音 列 を 大 き く 4
かわっ てい る場 合、 この音 楽を「 調性 」の ある 音楽と
カテゴ リー に分 ける 事によ って生 成さ れる。その 4 カ
定義づ け、 主音 によ って秩 序づけ られ 統一 され た諸音
テゴリ ーと それ に対 応する 「トロ ーペ 」に は、 前後半
の体験 的現 象の こと を示す もので ある 。つまり「 調性」
に 3 個ずつ の増 4 度 音程が 含まれ てい る第 1 カ テゴリ
からの 解放 とは 、ひ とつの 音を中 心と して これ に従属
ーの「 トロ ーペ」が 3 種類 、前後 半に 2 個 ずつ増 4 度
的にか かわ って いる という 状態か らの 解放 を示 すもの
音程が 含ま れて いる第 2 カ テゴリ ーの「ト ローペ 」が
であり 、1 オ クター ヴ内の 12 個全て の音 を平 均化 する
15 種類、前後 半に 1 個 ずつ 増 4 度音程 が含 まれ てい る
事によ って 、ひ とつ の音を 中心と する 秩序 を消 失させ
第 3 カテゴ リー の「ト ロー ペ」が 20 種 類、前 後半に 1
るとい う事 でも ある 。そし て、こ の 12 個 全て の音の
つも増 4 度 音程 が含 まれ て いない「ト ローペ 」が 6 種
平均化 の方 法と して ハウア ーやシ ェー ンベ ルク によっ
類に分 類す る事 が出 来る。 ハウア ーの 「十 二音 技法」
て、1 曲 の中 におけ る 12 個 全ての 音の 登場 回数 を同じ
は、そ れら 合計 44 種類に 分類さ れた 内の ひと つの種
回数に する 事に よっ て、あ るひと つの 音だ けに 比重を
類の「 トロ ーペ 」の 中から 原音列 を生 成し 、そ の音列
持たせ ない 作曲 技法 が考案 される 事と なる ので ある。
の派生 形と して 、音 の高さ 関係を 反転 させ た反 行形、
旋律を 作る 上に おい て、1 オクタ ーヴ 内に おけ る半音
原音列 とは 逆の 進行 方法で 音列が 進む 逆行 形、 音列の
階上の 12 個 の音 全て を用 いて、 12 個の音 によ る音 の
スター トす る音 をロ ーテー ション させ ると いっ た移高
集合に よる 作曲 を試 みた人 物には 、ヴ ォル フガ ング・
形など の方 法を 用い ること によっ て旋 律を 生成 し、こ
アマデ ウス ・モ ーツ ァルト や、ア レク サン ドル ・スク
れを用 いて 作曲 を行 うもの である 。
リャー ビン など を挙 げる事 が出来 るが 、こ の 12 個の
ハウア ーの「十 二音 技法 」は、12 音 の全 ての配 列方
音によ る音 の集 合を 作曲技 法とし て体 系化 した 人物と
法を分 類、 体系 化す る事を 目的と して いる 部分 が強く
しては 、ハ ウア ーと シェー ンベル クが 近代 に最 初の作
見られ るも ので あり 、そこ に神秘 主義 者で もあ ったハ
曲家と して 位置 づけ られる 。
ウアー の音 楽に 対し ての数 の神秘 への 欲求 、ま た世界
12 音 全ての 音 を 1 回ず つ配列 する 全配 列方 法には 、
の秩序 付け を行 おう として いた事 が理 解さ れる 。
理論的 には 12!= 479,001,600 通り の配 列方 法が 考え
これ に対 して 、シ ェーン ベルク の「十二音 技法 」は、
られる 。ハ ウア ーと シェー ンベル クは 各々 これ らを体
1 オクタ ーヴ 内に おける 12 個の音 を、その基 本と なる
系化し よう と試 みた が、両 者の「 十二 音技 法」 の違い
音列中 の連 続した 3 個な い し 4 個の音 にお いて、長三
とは、 この 12 音の 配列方 法の違 いに 現さ れる もので
和音や 短三 和音 のよ うな調 性的な 和音 形成 を避 けるよ
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うに配 列す るこ とに よって 、音そ のも のの 相互 関係に
よって のみ 原音 列を 生成す るとい うも ので ある 。
ハウア ーが この 様に 12 個 の音を 神秘 的に 組み 合わ
せる事 を主 とし た事 に対し て、シ ェー ンベル クは 「不協
この原 音列 は、 反行 形、逆 行形、 反行 逆行 形と いっ
和 音 の 解 放 」と い う 信 念 に 基 づ き 音 列 技 法 の 構 成 を 行
た対位 法に 基づ く変 形によ って展 開さ れ、 これ らの 4
ってい る。それ は 、著書『 HARMONIELEHRE』の 中
種類の 方法 で展 開さ れた音 列は、それ ぞれ 1 オ クター
にも 、「遠 く隔 たっ てい る所 の協和 音(そ れを今 日で は
ヴ内に おけ る半 音階 の中で の移高 によ って さら にそれ
不協和 音と 呼ぶ)」 6 )と、
「 不 協和音 」の 存在に つい て、
ぞれ 12 個 の移 高形 が生成 される 。こ うし て、 ひとつ
それま で「 不協 和音 」とし て使用 する こと が禁 止され
の音列 から 全部 で 48 種類 の音列 を作 り出 すこ とがで
ていた 様々 な種 類の 和音を あえて 用い る事 によ って、
き、こ れら が旋律 、和 声に適 応され て作 曲さ れる ので、
全ての 和音 を等 価・ 等距離 に置き 換え ると いう 事が記
ひとつ の原 音列 から 様々な 組み合 わせ を行 う事 が可能
されて おり 、こ れを シェー ンベル クは 彼自 身の 「十二
になる 。 3 )
音技法 」の 制作 にお いて試 みてい るの であ る。
ハウ アー とシ ェー ンベル クの「十二音 技法 」は 、12 個
「 十二音 技法 」が「 調性 」か らの解 放と して 、12 個
からな る基 本音 列を 反行形 や逆行 形な どに よっ て展開
全ての 音の 平均 化を 行う為 に音の 登場 回数 を全 て同じ
させる とい う手 法が 似通っ ている が、 これ はハ ウアー
にする もの であ ると ここで は述べ てき たが 、ひ とつの
が 1912 年 から 1919 年の間 におい てこ の音 楽体 系を作
音に中 心が ある とい う事に はまた 「協 和音 」と いう和
り上げ 、こ の 12 個 の音を 用いた 配列 法が 後に シェー
音の存 在が ある 。シ ェー ン ベルク など の「十二 音技 法」
ンベル クに よる「十二 音技 法」に 影響 を与え てい たと さ
を批判 して いた 同時 代の作 曲家パ ウル ・ヒ ンデ ミット
れるこ とに よる もの である 。それ は、 ハウ アー が自身
は、
「音楽 は常 に 、こ のあら ゆる響 きの 中で 最も 純粋で
の作品 をシ ェー ンベ ルクに 見せた 時に 、そ の場 に居合
しかも 自然 な三 和音 から出 発しこ れに 融け 込ま なけれ
わせた 作曲 家の エゴ ン・ヴ ェレス によ って 、「シェ ーン
ばなる まい 。音 楽家 がこれ と切っ ても 切れ ない 関係に
ベルク がハ ウア ーの 作品を 見た 1916 年に おい て、シ
あるの は、 画家 が三 原色に 於ける 如く 、建 築家 が縦横
ェーン ベル クも とき おり音 列技法 を用 いた 作曲 はおこ
高さ の 三 次元 に 於 ける 如 く であ る 」 7 ) と 述 べ、 色 や造
なって いた もの の、12 の音 からな るひ とつ の音 列を作
形の存 在領 域で ある ものを 、音楽 にお いて は三 和音と
曲の新 しい 原理 とし ようと いう着 想は ハウ アー に負っ
捉えて いる 。こ のシ ェーン ベルク らを 批判 した ヒンデ
たもの だ」と 証言 され てい ること から も、シ ェー ンベ ル
ミット が音 楽の 中心 と捉え ていた 三和 音こ そが 、先に
クがハ ウア ーの「十二 音技 法」の 影響 を受け てい たこ と
述べた シェ ーン ベル クの「 十二音 技法 」に おい て使用
が理解 される
。1923 年 に、シ ェー ンベ ル ク が 「十 二
しては なら ない とさ れてい た和音 のひ とつ でも あり、
音技法 」を 公に発 表し たこ とや、 同年 に「ハ ウア ーの 理
彼の「 十二 音技 法」 におい ては、 この 協和 する 和音形
論 」と 題 し た 覚 書 の 中 で ハ ウ ア ー の 音 楽 理 論 に 対 す る
成を放 棄す る事 によ って、 ひとつ の音 が中 心を 持つと
疑問に つい て記 述し たこと によっ て、 ハウ アー との確
いう事 が無 い様 な音 列の生 成を試 みて いる 。
4)
執が生 まれ たと され ており 、そ こに は 、「ハ ウア ーが自
ハウ アー とシ ェー ンベル クの「 十二 音技 法」 の違い
明のこ との よう に展 開して いる規 則は すべ て誤 ってい
は、お 互い に各 音の 出現確 率が同 じで ある とい った共
る。ハ ウア ーは 、こ れらの 規則を 論理 の及 ばな い神秘
通点が ある 中で 、ハ ウアー におい ては 、シ ェー ンベル
の中に 置き 、そ の背 後には 宇宙を 司る 原理 とか 、隠秘
クが「ハウ アーの 理論 」にお いて述 べて いる よう に、作
な一致 とい った もの が隠さ れてい ると 主張 しよ うとす
曲家の 自由 意志 や感 情とは 無縁な 規則 の支 配す る音楽
る。
(中略 )そん なも のが存 在する かし ない かは どうで
的宇宙 を完 成さ せる という ことを 「十 二音技 法」によっ
もいい こと なの に」 5 ) と 記 されて いる 。
て導き だそ うと し、 その為 に 12 音の 全体 性を 追求し
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ようと して いた こと に対し て、シ ェー ンベ ルク は、隣
このモ デル は 、上下 にあ る 帯に 1~ 12 ま での 数字 が
合うひ とつ ひと つの 音の繋 がりに おい ても 調性 的観念
記入さ れて おり 、そ れによ って原 形、 反行 形が 理解さ
を排除 する 事、 つま り音の 中心を 強く 発す る和 音形成
れ、中 央に ある 帯部 分に音 列の原 形と 逆行 形が 記入さ
を避け る様 な曲 に構 成する という 違い に表 れる もので
れてお り、 その 帯を 左右に スライ ドす る事 によ って移
あり、 一方 は 12 音 の全体 性への 追求 をお こな い、一
高形が 容易 に把 握出 来るも のとな って いる 。
方は 12 音 の等 価な 関係の 可能性 を追 い求 めて いたと
いう事 こそ が両 者の「十二 音技法 」の 大きな 相違 点で も
ある。
3.「 十二音 技法 」の モデ ル ・ダイ アグ ラム につ いて
3-1.ア ーノ ルト・ シェ ー ンベル ク
これま で、 ハウ アー とシェ ーンベ ルク の「 十二 音技
法」の 違い につ いて 述べて きたが 、彼 らは 、お 互いに
各々の 「十 二音 技法 」の音 楽に対 して モデ ルや ダイア
グラム を制 作す る事 によっ てその 音楽 概念 を説 明しよ
うと試 みて おり 、そ こでは 多種多 様な もの が提 示され
【 図 5】 「 管 楽 五 重 奏 曲 」 (op.26)の 「 十 二 音 技 法 」 モ デ ル
ている 。
またこ の図 5 の モデ ルは、音列の 原形、反行 形、逆
行形、 反行 逆行 形を 簡易に 制作す る為 のガ イド として
用いら れる もの であ る。こ れは、 円形 で循 環し ている
大小の 五線 譜が 重な り合っ ている もの であ り、 それが
中心か ら扇 形に 12 等分 さ れ、1 つの 枠の 中に 1 音 ずつ
入る事 によ って 半音 階が形 成され てい る。 半径 の大き
【 図 3】 シ ェ ー ン ベ ル ク の 「 十 二 音 技 法 」 の ダ イ ア グ ラ ム
い方の 円形 の五 線譜 が右回 りに下 降す る半 音階 であれ
ば、半 径が 小さ い方 の円形 の五線 譜が 右回 りに 上昇す
まず初 めに シェ ーン ベルク は、こ の「 十二 音技 法」
る半音 階と なり 、こ れによ って音 列の 原型 と反 行形が
の基本 音列 であ る原 形から 派生形 の音 列( 反行 形、逆
表現さ れる 。ま た、 この大 小の円 形の 五線 譜の 間の隙
行形、 反行 逆行 形) を生成 する道 具と して 、い くつか
間に 1~ 12 の 数字 が記 入さ れてい るが 、これを 小さ い
のモデ ルを 制作 する 事によ って作 曲の ガイ ドを 用いる
数字か ら順 に配 列す る事に よって「 十二 音技 法」の 12
事を試 みて いる 。こ こで は、
「十 二音 技法 」の 初期 の作
音階の 配列 にお ける スター トの音 が決 定す る様 になっ
品であ る「 管弦 五重 奏曲」 のモデ ルを 取り 上げ る。
ている 。こ の数 字を 大きい 数字か ら小 さい 数字 へと読
み替え る事 によ って 、逆行 形、反 行逆 行形 を示 す事が
出来る もの であ り、この 2 つの大 小の 円形 の五 線譜に
よって 、
「十 二音 技法」の原 形、反 行形、逆行 形、反 行
逆行形 が理 解さ れる ものと なって いる 。シ ェー ンベル
クが初 めて「十二 音技 法」を 用いて 作曲 を試 みた のは、
【 図 4】 「 管 楽 五 重 奏 曲 」 (op.26)の 「 十 二 音 技 法 」 モ デ ル
「ピ アノ 組曲 」( op.25)で あり 、こ のモ デ ルが 使用 さ
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れてい る「管弦 六重 奏」
(op.26)は、
「十 二音技 法 」を
しては 、乗 り換 えを 行った 時に何 曜日 の何 時と いった
用いた 初期 の作 品の ひとつ である 。実 際に これ らのモ
情報に 対応 して いる 枠内に パンチ で穴 を空 ける といっ
デルが 作曲 を容 易に する為 に準備 され たも のと いうよ
たもの であ るが 、乗 換切符 である にも 関わ らず 何線へ
りは、 作曲 を行 う上 におい てひと つの 「十 二音 技法」
の乗り 換え など の情 報があ るわけ では なく 、時 間だけ
の原音 列の ガイ ドと してモ デルが 制作 され てい るもの
を問題 とし てい る所 が不可 解であ ると 同時 に、 それ故
である 。
に音楽 的で ある と捉 える事 も出来 る。
「十 二音 技法 」の
また 、シ ェー ンベ ルクは 音楽以 外に も絵 画の 制作も
モデル との 間に 、円 を扇形 に 12 分割 する とい う共通
行って おり 、友 人の ワシリ ー・カ ンデ ィン スキ ーに誘
点は見 られ るが 、こ れは音 階と時 間が 12 分割 を前提
われ「青 騎士 」展 に自 画像 を展示 する など 、様 々な 造
にして いる とい う事 であり 、特に これ らの 共通 点があ
形作品 を生 み出 して いる。 そこに は、 トラ ンプ の図柄
る訳で はな いが 、こ の独創 的な提 案に どこ か「 十二音
や戦車 ゲー ムを 製作 すると いった もの から 、当 時のウ
技法」 との 関係 を暗 示させ るもの とな って いる 。
ィーン の社 会に 対し ての交 通提案 を行 うな どそ の活動
は多岐 に渡 るも ので ある。 その中 のひ とつ に、 円を扇
形に 12 等 分し たダ イアグ ラムの 提案 に「 ベル リン地
下鉄の 乗換 切符 」と いうも のがあ る。
3-2.ヨ ーゼ フ・マ ティ ア ス・ハ ウア ー
ハウ アー は 、彼の「 十二 音技法 」、つま り「ト ローペ 」
に対し ての ダイ アグ ラムを 制作す る事 によ って 、この
全 44 種類 の「 トロ ーペ」 のパタ ーン によ る可 視化を
試みて いる 。先 のハ ウアー の「十 二音 技法 」の 説明で
も述べたとおり、ハウアーの「十二音技法」とは、
479,001,600 通り あ る 12 音 音列の 中か らま ず 44 種類
の「トロ ーペ」に分 類し、それを 原音 列の 中に増 4 度
音程の 含ま れて いる 数を対 象に 4 つの カテ ゴリ ーに分
類する もの であ る。
ハウア ーは、「ト ロー ペ」を 発表し た後 にその 44 種
類の全 ての ダイ アグ ラムを 制作し てお り、 視覚 的にも
その 12 の 音の 全体 性を 追 及して いる 。
【 図 6】 シ ェ ー ン ベ ル ク : 「 ベ ル リ ン の 地 下 鉄 の 乗 換 切 符 」
この 切符 は、1927 年 に発 表され たも ので あり 、シ ェ
ーンベ ルク が「 十二 音技法 」を用 いて 初め て作 曲を試
みたの が 1921 年で もある のでそ れ以 降の モデ ルでは
ある。 それ は、 円を 扇形に 12 等 分した もの に 1 か ら
12 の数 字が 記載 され ており 、これ は時 計と 同じ 時間を
表し、内円 から外 円に 向か って 7 分割 され てい る所 は
曜日に 対応 して いる 。また 内の方 の円 から 、月 曜、火
曜、水 曜、 木曜 、金 曜、土 曜、日 曜と 曜日 が変 更し、
【 図 7】 ハ ウ ア ー に よ る 44 種 類 の ト ロ ー ペ ・ ダ イ ア グ ラ ム
この切 符で は時 間と 曜日が 軸とし てあ る。 使用 方法と
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このハ ウア ーに よる 「トロ ーペ」 の全 ての ダイ アグ
ラムの 発表 後、 弟子 のソコ ロフス キー によ って それら
のダイ アグ ラム に対 するシ ンメト リー の手 法の 特徴か
ら、音 楽的 にでは なく 図像 的観点 から 4 種 類の 分類 が
行われ てお り、 それ らは、 Polysymmetrical tropes、
Monosymmetrical tropes、Endosymmetrical tropes、
Exosymmetrical tropes の 4 種類が ある 。
以下は その 図版 であ り、ソ コロフ スキ ーに よる ハウ
アーの 「ト ロー ペ」 のダイ アグラ ムを シン メト リーの
手法の 特徴 から の分 類であ ると同 時に 、シ ンメ トリー
の手法 が分 かり 易い 様に 2 色に分 けた 独自 の「ト ロー
【 図 10】 ソ コ ロ フ ス キ ー に よ る 、 ハ ウ ア ー の ト ロ ー ペ ・ ダ
ペ」の ダイ アグ ラム も作成 してい る。
イ ア グ ラ ム : Endosymmetrical tropes
【 図 8】ソ コ ロ フ ス キ ー に よ る 、ハ ウ ア ー の ト ロ ー ぺ・ダ イ
【 図 11】 ソ コ ロ フ ス キ ー に よ る 、 ハ ウ ア ー の ト ロ ー ペ ・ ダ
ア グ ラ ム : Polysymmetrical tropes
イ ア グ ラ ム : Exosymmetrical tropes
このひ とつ の円 は、円 が扇 形に 12 分割 され てお り、
これも ひと つず つの 区切り が 12 音階 に対応 して いる。
円の中 では 様々 に線 が結ば れてい るが 、全 ての 円にお
いて共 通し てい る事に 1 つ の基準 点から 5 つの 点に対
して線 で結 び、六 角形が 2 つ組み 合わ さっ てい るとい
う事が ある 。こ れは ハウア ーの「 十二 音技 法」 である
「トロ ーペ」の分 割方法 に おいて、12 音 の配 列を その
前半 6 つと 後半 6 つ に分割 した事 から する とい った事
に対応 して おり 、こ れら の 44 個の トロ ープ スが示 し
ている 図は、
「 十二 音技 法」の組み 合わ せ方 法を 可視化
【 図 9】ソ コ ロ フ ス キ ー に よ る 、ハ ウ ア ー の ト ロ ー ペ・ダ イ
してい るの であ る。また 12 音を円 形に 結ん だ時 に「 ト
ア グ ラ ム : Monosymmetrical tropes
ローペ」の分 割の 基と なっ た増 4 度音 程の 2 つ の音 を
「十二音技法」のモデルとダイアグラムについて/ヨーゼフ・マティアス・ハウアーとヨハネス・イッテン
神 戸 芸 術 工 科 大 学 紀 要「 芸 術 工 学 2 0 1 0 」 ( 論 文 )
線で結 ぶと その 直径 にもな る。
るなど 、ハ ウア ーを 慕って おり、 彼の もと を尋 ねた時
ハウ アー は著 書『 音楽に おける 本質 的な もの 』の中
に、彼 自身 の絵 画と ハウア ーの音 楽作 品に 通じ るもの
におい て自 分の 求め ている 音楽を 、「〈 全体 性〉 に由来
がある とし た感 想を 伝える など音 楽と 色彩 の間 に何ら
する無 調音 楽で あり 、もっ ぱら音 程だ けが 役割 を演じ
かの論 理的 な繋 がり を見出 そうと して いた 事が 見られ
る。こ の無 調の 音楽 では、 音楽的 性格 はも はや 長調と
る。そ れは 、イ ッテ ンの著 書『色 彩の 芸術 』の 序文に
か短調 とい った「調 性 」や 性格的 な楽 器( つま り音 色)
おいて も、 色彩 の客 観的な 原理を 学ぶ 事に つい て、音
によっ てで はな くて 、まさ に音程 と音 色の 全体 性によ
楽領域 の話 を用 いて 「色の 本質は 、変 幻き わま りない
って表 現さ れる 」と 定義し ており 、ハ ウア ーは 計算上
共鳴音 であ り、 光は 音楽を 奏でる 。思 想と か観 念とか
479,001,600 通 りあ る 12 音の音 列の 組み 合わ せ方法
公式な どが 色に 触れ た瞬間 、色の 魔力 は失 われ 、われ
を大き な形 式に まと め、「 12 音の 全体 性」を 作曲 理論
われの 掌中 には その 形骸だ けが残 る」8 ) な ど の 様 に 述
だけで なく 、図 像的 にも追 求しよ うと した と言 える事
べられ てい る事 から も理解 される 。
が出来 る。
また 同時 代に 、こ うした ハウア ーの 考え 方に 惹かれ
た人物 達も おり 、文 学者ヘ ルマン ・ヘ ッセ の著 作『ガ
ラス玉 遊戯 』や トー マス・ マンの 『フ ァウ スト 博士』、
フラン ツ・ ヴェ ルフ ェルの 『鏡人 』な どに おい て、ハ
ウアー の思 想に 着目 しそれ を作品 の中 に取 り込 むなど
してい た事 から も、 こうし た発想 が音 楽の 領域 にとど
まらな い、 広い 芸術 領域に 影響を 与え た考 え方 である
事が理 解さ れる 。
【 図 12】 ヨ ハ ネ ス ・ イ ッ テ ン : 12 色 環 ・ ダ イ グ ラ ム
4.ヨ ーゼ フ・ マテ ィアス ・ハウア ーの 「十 二音 技法」
とヨハ ネス ・イ ッテ ンの「 12 色環 」
4-1.ヨ ハネ ス・イ ッテ ン の「12 色環 」
この図 は、イ エロ ー、レ ッ ド、ブル ーの 3 原 色を も
とにし て「12 色環 」を 作ろ うとい うも ので ある 。イ ッ
ヨハ ネス ・イ ッテ ンは、 ワイマ ール ・バ ウハ ウスの
テンは 色彩 の客 観的 な原理 を学ぶ ため には 、彼 の著書
基礎教 育課 程の 最初 の教授 であり 、今 日に 至る までの
の中の 挿図 を繰 り返 し参照 し練習 する 様に 述べ ている
デザイ ン教 育に 大き な影響 を与え てい る人 物で ある。
中で、 手始 めと して この図 を挙げ てい る。 これ は、ま
イッ テン は、 バウ ハウス の校長 ヴァ ルタ ー・ グロピ
ず初め にイ エロ ーを 頂点と して、 右下 にレ ッド 、左下
ウス夫 人の アル マ・マ ーラ ー(生 涯に 3 度 結婚 して お
にブル ーを 配置 した 正三角 形の各 頂点 を通 る円 を描き 、
り、初 めに 作曲 家の グスタ フ・マ ーラ ー、 次に グロピ
その円 に内 接す る正 六角形 を描い てい る。 そこ で生成
ウス 、そ して 最後に 文学 者 のフラ ンツ・ヴェル フェ ル)
された 二等 辺三 角形 に接す る二色 を原 色で 塗る 事によ
との交 友を 介し てシ ェーン ベルク やそ の弟 子の アルバ
ってオ レン ジ、グリー ン、ヴァイ オレ ットの 3 つの 二
ン・ベ ルク 、ア ント ン・ヴ ェーベ ルン とい った 「十二
次色が 生成 され る。 次に、 最初の 円の 外側 に適 当な半
音技法 」の 音楽 家達 との交 流を深 める など 、音 楽家と
径を持 つ同 心円 を描 き、そ れを 12 の 扇形 に等 分し、
の関わ りも 深い 人物 である 。後に ハウ アー に出 会い、
それに 対応 する 原色 と二次 色を混 ぜ合 わせ る事 によっ
色彩と 音楽 の類 似に ついて の研究 を共 に始 める 事にな
て、イ エロ ーオ レン ジ、レ ッドオ レン ジ、 レッ ドヴァ
る。イ ッテ ンは 、ハ ウアー を題材 とし た絵 画を 制作す
イレッ ト、 ブル ーヴ ァイオ レット 、ブ ルー グリ ーン、
「十二音技法」のモデルとダイアグラムについて/ヨーゼフ・マティアス・ハウアーとヨハネス・イッテン
神 戸 芸 術 工 科 大 学 紀 要「 芸 術 工 学 2 0 1 0 」 ( 論 文 )
イエロ ーグ リー ンの 三次色 を生成 する 事に よっ て「12
/ Triadic Cords・ 3 和 音 ( 左 上 9 、 Quadratic Cords・ 4 和
色環」 を生 成す る事 が出来 るとし たも ので ある 。
音 ( 右 上 ) 、 Five-Tone Cords・ 5 和 音 ( 左 下 ) 、 Six-Tone
イッ テン は、
「24 色環 」や「 100 色環 」ではな くて 、
「12 色環 」を生 成す る事 に対し 、「わ れわ れの 色彩 の
Cords・ 6 和 音 ( 右 下 ) と 色 彩 の 配 色 方 法 に 対 し て 、 和 音 の
名称が付けられている。
名称が 正確 な色 彩観 念と一 致しな い限 り、 色彩 につい
て有益 な論 議を する ことは 不可能 であ る。わ れわ れは、
これら のダ イア グラ ムは、 12 色 の中 からの 3 色 、4
音楽家 が半 音階 の 12 音を 聞きわ ける よう に、 12 色 の
色、5 色、 6 色 の配 合にお いて、 イッ テン 自身 がそれ
色調 を 正 確に 見 分 けね ば な らな い で あろ う 」 9 ) と 述べ
ぞれ調 和の とれ た配 色関係 として 提示 した ダイ アグラ
ており 、
「 12 色 環」を作 る事 の意義 を音 楽の 12 音階 に
ムであ る。 これ らの 配色関 係の全 配色 方法 には 膨大な
求め、 色彩 を正 確に 把握す る為に は 12 色 に分 割する
ものが ある が、 イッ テン自 身が、 それ ら全 てを 説明す
事が必 要と して いる 。
る事が 大変 であ ると 著作の 中にも 記述 して おり 、その
また 、
「 色彩 調和 とは 、色 彩構成 の土 台と して 役立ち
得る体 系的 な色 彩関 係から 主題を 発展 させ る技 術を意
為、こ れら のダ イア グラム は調和 のと れた 配色 関係に
ついて のみ 述べ られ るもの となっ たの であ る。
味する 。こ こで は、 あらゆ る配色 を分 類し 、紹 介する
ことは 不可 能な ので 、とり あえず 調和 のと れた 色彩関
4- 2. ヨ ー ゼ フ ・ マ テ ィ ア ス ・ハ ウ ア ー の 「 十 二 音 技
係の一 部を 展開 する にとど める 」10 ) と この 色彩 関係に
法」と ヨハ ネス ・イ ッテン の「12 色環 」
ついて 述べ 、12 色の 配色 方法の 中から 3 色、4 色、 5
イッ テン が、 12 色の 中か ら 3 色、 4 色、 5 色 、6 色
色、6 色 と 4 種 類の 調和の とれた 色彩 関係 を示 してお
を選び 出し 調和 のと れた色 彩関係 につ いて ダイ アグラ
り、「 色彩の 和音 は 2、3、 4 もし くは それ 以上の 色彩
ムを用 いて 説明 をし ていた が、先 にも 述べ た様 にこれ
によっ て構 成で きる」11 ) と 、色彩配 色の 関係 性 を 音 楽
は、全 ての 配色 を分 類、紹 介する 事が 膨大 な量 に膨れ
におけ る和 音と して 捉えて いた事 が理 解さ れる 。この
上がり 難し いと 判断 した為 に、調 和の とれ た配 色関係
様にし てイ ッテ ンは 、配 色 の基準 とな る「12 色 環 」を
だけに つい ての み述 べてい たもの であ る。
生み出 し、 これ を基 本にし て配色 につ いて の研 究を進
一方 で、 ハウ アー の「十 二音技 法」 であ る「 トロー
め、調 和の とれ た色 彩関係 として 次の 図の 様な ある関
ペ」をダ イア グラ ムで表 現 したも のは、12 音 階の 全て
係性を 提示 して いる 。
の音に 対し ての 12 音全て の組み 合わ せ方 法を 示した
もので ある が、 実際 にはハ ウアー の「 トロ ーペ 」の基
本概念 が、前後半 に 6 つず つの音 に分 割し た後 にこの
12 音 を 組 み 合 わ せ る と い っ た も の で も あ り 、 こ れ は
12 音 の中 から の 6 音の関 係を上 下や 左右 対称 に重ね
合わす 事な どに よっ て、12 音の組 み合 わせ を生 成する
といっ たも ので もあ る。つ まり、 ハウ アー が示 してい
る 44 種類 全て の「 トロー ペ」の ダイ アグ ラム とは、
12 音 の中 から 6 つ の音を 選びだ しそ れを ひと つのグ
ループとして線で囲ったものでもある。イッテンの
「12 色 環 」に おける 6 色配 合のパ ター ンも 、ハ ウア ー
の「 トロ ーペ」
・ダイ アグラ ムと同 じ抽 出方 法を 共有し
【 図 13】 ヨ ハ ネ ス ・ イ ッ テ ン : 調 和 の と れ た 色 彩 関 係 表
ており 、こ のハ ウア ーの 44 種類 の「 トロ ーペ 」のダ
「十二音技法」のモデルとダイアグラムについて/ヨーゼフ・マティアス・ハウアーとヨハネス・イッテン
神 戸 芸 術 工 科 大 学 紀 要「 芸 術 工 学 2 0 1 0 」 ( 論 文 )
イアグ ラム は、イッテ ンの「12 色 環」の 6 色配 合の 全
数学的 神秘 によ って 全体を 体系化 する 事を 目的 として
配合表 と対 応し てい るもの と捉え る事 が出 来る 。
おり、円環 の対角 線上 の関 係にあ たる増 4 度音 程を 基
本とし た分 割を 行っ た 44 種類の 「ト ロー ペ」 を導い
た後に 12 音に よる 音列の 生成を 行っ たが 、も うひと
つの「 十二 音技 法」 を生み 出した シェ ーン ベル クは、
何より も「不 協和 音の 解放 」を掲げ、連続 する 3 つ な
いし 4 つの 音に おい て「 協 和音」が成 立し ない事 を前
提とした 12 音 の音 列の 生 成を行 って いた 。
音楽と 色彩 の関 係に て、シ ェーン ベル クの 「遠 く隔
【 図 14】 ハ ウ ア ー に よ る 44 番 目 に 分 類 さ れ た 「 ト ロ ー ぺ 」
たって いる 所の 協和 音(そ れを今 日で は不 協和 音と呼
( 左 図 ) 、 イ ッ テ ン の 「 12 色 環 」 に お け る 6 色 配 合 の 調 和
ぶ)」と 述べ たよ うに、全て の和音 は「協 和音」であ る
のとれた配色関係(右図)
といっ た認 識に 対し て、絵 画領域 にお いて カン ディン
/ 右 図 の 6 色 の 配 色 関 係 は 、イ ッ テ ン が 全 て の 配 色 関 係 の ダ
スキー と共 に「 青騎 士」の 主催を して いた 画家 フラン
イ ア グ ラ ム を 提 示 す る 事 が 膨 大 な 量 に な る 為 に 、調 和 の と れ
ツ・マル クは、
「 補色 関係に ある色 をプ リズ ムの ように
た ダ イ ア グ ラ ム ひ と つ だ け を 提 示 し た が 、そ れ が 左 図 の ハ ウ
並べて 塗る ので は、 それは まった く誉 めら れた もので
ア ー の 44 番 目 の 「 ト ロ ー ペ 」 と 相 似 す る も の で も あ り 、 そ
はあり ませ ん。 そう ではな く、< 遠く 隔た った >補色
の ダ イ ア グ ラ ム の 制 作 手 法 も 似 通 っ て い る 。こ の 事 か ら ハ ウ
を い く ら で も 並 べ る こ と が 許 さ れ て い る の で す 」 12 )
ア ー の 44 種 類 の「 ト ロ ー ペ 」が 、イ ッ テ ン の「 12 色 環 」に
と補色 の使 い方 に関 して、 このシ ェー ンベ ルク の「不
おける 6 色配合の全配合表を表現している事が理解される。
協和音 」の 考え 方を 参考に してい た。
イッテ ンは、「12 色 環」の 配色関 係に 対し て「 調和
のとれ た配 色関 係」 につい てのみ ダイ アグ ラム の制作
5.ま とめ
本研究 は、 造形 と音 楽とい う異な る領 域の 芸術 活動
を試み たが 、そ のダ イアグ ラムの 類似 性が 見ら れるハ
の間に 、思 考方 法や それぞ れの芸 術領 域の あり かたに
ウアー とは 別の 、も うひと つの「 十二 音技 法」 を作成
対する 意識 の共 通性 、技術 的な方 法に 関す る共 通性を
したシ ェー ンベ ルク やその 考え方 を参 考に した マルク
見出す こと を試 みる 一連の 研究で あり 、そ の中 で近代
の考え を用 いる ので あれば 、イッ テン が「 調和 のとれ
ウィー ンに おい て、ヨー ゼ フ・マテ ィア ス・ハ ウア ーと
た配色 関係 」とし て提 示し た以外 のあ らゆる 6 色の 配
ア ー ノ ル ト ・シ ェ ー ン ベ ル ク ら に よ っ て 生 み 出 さ れ た
色関係 も「 遠く 隔た った調 和」が 取れ てい る配 色関係
「十二 音技 法」 の音 楽と造 形芸術 との 関り につ いての
であり 、ハ ウアー が示 して いる 44 種 類の「ト ローペ 」
考察を 試み た。 特に 本論で は、ハ ウア ーと シェ ーンベ
全ては 、
「 調和 のと れた 配色 関係 」と して 表現し てい る
ルクが「調性 の放 棄」を 追 求し、各々の「十二 音技 法」
ものと 捉え る事 も出 来る。
を生み 出し 、そ れに 対する モデル やダ イア グラ ムの制
ハウア ーも イッ テン も、1920 年代前 半に お互 いの 理
作を試 みて いた こと 、そ し てハウ アー の「十二 音技 法」
論を発 表し てい るが 、1919 年以降 、共に影 響を 与え 続
である 「ト ロー ペ」 のダイ アグラ ムと 、ヨ ハネ ス・イ
けなが ら色 彩と 音楽 の研究 を行っ ていた 2 人が 、お互
ッテン の「12 色環 」に おけ る 6 色の配 合関 係の ダイ ア
いにそ れぞ れの 理論 を展開 するに あた り、12 分 割した
グラム との 間に 図像 的観点 からの 類似 性に 関す る考察
円を内 部で 関係 線を 結ぶと いった 同様 のダ イア グラム
を行っ た。
を発表 し、 イッ テン が全て を提示 する 事を 諦め た配合
すなわ ち、ハ ウア ーの「 十 二音技 法」は 、12 の音を
関係に つい て、 ハウ アーの 「トロ ーペ 」ダ イア グラム
「十二音技法」のモデルとダイアグラムについて/ヨーゼフ・マティアス・ハウアーとヨハネス・イッテン
神 戸 芸 術 工 科 大 学 紀 要「 芸 術 工 学 2 0 1 0 」 ( 論 文 )
がそれ を表 現し てい るとい う事は 興味 深い 事で あり、
「十二 音技 法」 の音 楽にお ける造 形性 につ いて 、色彩
領域と の関 わり にも 影響を 与えて いる 事が 、こ れらの
9) ibid., p.34
10) ibid., p.118
11) ibid.
12) ibid.3)、 p.101
事から 読み 解く こと 出来る 。
図版出 典
1) 『科 学 の 名 著- 6 . ニ ュ ート ン 』、渡 辺 正 雄 責 任 編
註釈
集、朝 日出 版社 、1981 年 、p.94
1) 尹智 博 ・ 小 山明 :「 アー ノ ルト ・ シ ェ ー ンベ ル クの
2) 北畠 耀:
『色 彩学 貴重書 図説- ニュ ート ン・ゲー テ・
音楽と デ・ ステ イル の造形 におけ る共 通性」、『 日本建
シ ュ ヴ ル ー ル ・ マ ン セ ル を 中 心 に - 』、 雄 松 堂 出 版 、
築学会 大会 学術 講演 梗概集 』、2008 年 9 月 、日 本建築
2006 年、 p.55
学 会 、 pp.619-620/ 尹 智 博 ・ 小 山 明 :「 パ ウ ル ・ ヒ ン
3) アー ノル ト・シ ェー ンベ ルク:
『音楽 の様 式と 思想』、
デミッ トに よる 音楽 におけ る「調 性」と「 重力」」、
『日
上田昭 訳、 三一 書房 、1973 年、 p.2
本建築 学会 大会 学術 講演梗 概集』、 2009 年 8 月 、日本
4) Nuria Nono–Schoenberg : ”Arnold Schoenberg
建築学 会、pp.117-118/尹 智博:
「 ダニ エル・リベス キ
1874-1951 – Lebensgeschichte in Begegnungen”,
ンドと トー タル ・セ リエリ ズム- ユダ ヤ博 物館 におけ
Ritter Klagenfurt, Wien, 1992, p.238
る音楽 的思 考-」、『 芸術工 学会秋 季大 会学 術講 演梗概
5) ibid.
集』、芸 術工 学会 、2009 年 11 月、pp.32-33/ 尹 智 博 :
6) ibid., p.261
「ダニ エル ・リ ベス キンド による 設計 手法 に関 する考
7) Josef Matthias Hauer : “Schriften, Manifeste,
察-ト ータ ル・ セリ エリズ ムにつ いて -」、『神 戸芸術
dokumente”, Verlag Lafite, Wien, 2007, p.448
工科大 学紀要 2009( 論文 )』、神戸 芸術 工科 大学、2010
8) ibid., p.449
年 3 月、 http://kiyou.kobe-du.ac.jp/09、(Web 最 終確
9) ibid.
認 2010 年 8 月 30 日)/尹 智博・小 山明:
「『 De Stijl』
10) ibid.
誌にお ける 音楽 の論 文とア ーノル ト・ シェ ーン ベルク
11) ibid.
との関 係」、
『日 本建 築学会 大会学 術講 演梗 概集』、2010
12) ヨ ハネ ス・イッ テン:
『 色彩の 芸術 -色 彩の 主観的
年 9 月、日 本建 築学 会、 pp.215-216
経験と 客観 的原 理-』、大 智 浩・手塚 又四郎 共訳 、美術
2 )「 ト ロ ー ペ 」 と は 、 ハ ウ ア ー に よ る 造 語 で あ
出版、 1964 年 、p.35
る。’Trope’( 独 語)と 表記 し、複数 の場 合に は ’Tropen’
13) Johannes Itten : ”The Color Star”, English
( ト ロ ー ペ ン ) と 呼 ば れ る 。 英 語 で は ’Trope’ ( 単
translatioj by Van Norstrand Reinhold Company,
数)、’Tropes’( 複 数)と表 記 され、グ レゴ リオ 聖歌 の、
New York, 1986, pp.4-5
「トロ ープ ス」と誤 解さ れ る為 、こ こでは「 トロ ーペ」
14 左 ) ibid.8)
と表記 する 。
14 右 ) ibid.13)
3) ヴァ ルタ ー・ギ ーゼ ラー:
『20 世 紀の 作曲 ‐現代 音
楽の理 論的 展望 ‐』、佐 野光 司訳、音 楽之 友社、1988、
pp.77-81
4) エー ベル ハル ト・フ ライ ターク:
『シ ェー ンベ ルク』、
宮川尚 理訳 、音 楽之 友社、 1998、 p.162
5) Arnold Schönberg: 'Hauer ’s Theories’, ”Style and
Idea”, tlanslations by Leo Black, University of
California Press, London, 1975, pp.209-213
6) Arnold Schönberg: ”HARMONIELEHRE”, Wien,
1922, p.19(『和 声 学 第一 巻』、 山 根銀 二訳 、「 読者 の
為の出 版」 社、 1929、 p.36)
7) Paul Hindemith : “Craft of Musical Composition”,
translations by Arthur Mendel, London, p.22( パウ
ル ・ ヒ ン デ ミ ッ ト :『 作 曲 の 手 引 』、 下 総 皓 一 訳 、 音 楽
之友社 、1953、 p.29)
8) ヨハ ネ ス ・ イッ テ ン :『 色 彩の 芸 術 - 色 彩の 主 観的
経験と 客観 的原 理-』、大 智 浩・手塚 又四郎 共訳 、美術
出版、 1964 年 、p.13
「十二音技法」のモデルとダイアグラムについて/ヨーゼフ・マティアス・ハウアーとヨハネス・イッテン