日本金属学会誌 第 70 巻 第 8 号(2006)634637
マグネシウム単結晶における疲労き裂進展の
結晶方位依存性
安 藤 新 二1
池 尻 幸 繁2,1
飯 田 直 美1,2
津志田雅之3
頓 田 英 機1
1熊本大学大学院自然科学研究科マテリアル工学専攻
2熊本大学大学院自然科学研究科材料システム専攻
3熊本大学工学部
J. Japan Inst. Metals, Vol. 70, No. 8 (2006), pp. 634
637
2006 The Japan Institute of Metals
Orientation Dependence of Fatigue Crack Propagation in Magnesium Single Crystals
1, Naomi Iida1,
2, Masayuki Tsushida3 and Hideki Tonda1
Shinji Ando1, Yukishige Ikejiri2,
1Department
of Materials Science and Engineering,Graduate School of Science and Technology, Kumamoto Univerisity,
Kumamoto 8608555
2Department
3Faculty
of Materials Science, Graduate School of Science and Technology, Kumamoto Univerisity, Kumamoto 8608555
of Engineering, Kumamoto University, Kumamoto 8608555
The fatigue crack propagation behavior of pure magnesium single crystals has been investigated in laboratory air at room
temperature. Two types of CT specimens with different notch orientations were prepared from the magnesium single crystal
made by the Bridgeman technique. Fatigue crack propagation behaviors of each specimen were different related to notch orientation. In the case of Cspecimen with (101̃0)[0001] notch, a crack was inclined to (0001) gradually at low DK. To investigate
crack propagation behavior along [0001], a tricrystal specimen in which has (101̃0)[0001] notch was prepared. A crack propagated to [0001] in this specimen and the fatigue surface shows striationlike pattern. In the case of Especimen with (0001)
[101̃0] notch, a crack propagates parallel to basal plane. {101̃2} twin occurred in front the crack at higher DK level. A fatigue surface of the Especimen was changed by {101̃2} twin formation.
(Received May 1, 2006; Accepted June 28, 2006)
Keywords: magnesium, single crystal, fatigue crack, twin, basal slip, stress intensity factor
場合,いずれも 2 次錐面すべりを伴って( 12̃10)[ 101̃0 ]にそ
1.
緒
言
っ て き 裂 が 進 展 し た . ま た ( 0001 ) [ 112̃0 ] 切 欠 の 場 合 ,
{ 101̃2 }双晶を伴ってき裂が進展し,これらの疲労き裂進展
金属の疲労破壊は,主としてき裂発生とき裂進展の 2 つ
速度 da / dN は方位毎に大きく異なることが分かった.本研
の過程によるものである.疲労損傷許容設計の観点では,き
究では上記以外の切欠き方位における試験片を作成し,疲労
裂進展過程が重要とされている1).このき裂進展過程につい
き裂進展挙動の結晶方位依存性を調査した.
て, fcc や bcc 金属では多くの研究がなされているが,マグ
ネシウムのような hcp 金属における研究は少なく,その機
2.
実
験
方
法
構についてほとんど知られていない.一般に疲労き裂進展で
は,き裂先端に生じる塑性変形機構が大きく影響するといえ
純度 99.9 の純マグネシウムから改良型ブリッジマン法
る.hcp 構造は結晶対称性が低いことから応力の負荷方向に
により単結晶を育成し,約 20 mm×20 mm×6 mm の CT 試
より活動するすべり系や双晶系が異なることを考えると,
験片を作製した.試験片には切欠き長さ a と試験片幅 w の
hcp 金属の疲労き裂進展機構はき裂進展方位に大きく影響さ
比 a/w が 0.3 となるように厚さ 0.3 mm のダイヤモンドカッ
れると予想される.そのような観点から筆者らは純マグネシ
ターで切欠きを導入した.作製した 2 つの試験片の切欠き
ウムにおける疲労き裂進展機構を調査してきた2,3) .単結晶
方位は Fig. 1 に示すように,( 101̃0 )[ 0001 ]および( 0001 )
CT 試験片を用いて疲労き裂進展試験を行った結果,切欠面
[ 101̃0 ]であり,前報3) の試験片と区別するためそれぞれ C
および方向がそれぞれ(12̃10)[101̃0]および(11̃00)[112̃0]の
試験片および E 試験片と称する.試験片は加工後,温度範
囲 673 ~ 523 K , 1 サイクル 21.6 ks の熱サイクル焼鈍を 8
株 東海理化( Graduate Student,
1 熊本大学大学院生,現在
Kumamoto University, Present address: TOKAI RIKA Co.,
Ltd.)
2 熊本大学大学院生(Graduate Student, Kumamoto University)
サイクル施した.これらを電気油圧式サーボ試験機を用い
て,室温大気中,応力比 0.1,荷重繰り返し周波数 10 Hz で
疲労き裂進展試験を行った.疲労き裂の長さは試験片表面を
第
8
号
マグネシウム単結晶における疲労き裂進展の結晶方位依存性
635
Fig. 1 Crystallographic orientation of initial notch in Cand
Especimens.
顕微鏡により観察して測定し,その値から da/ dN および応
力拡大係数範囲 DK を評価した.
3.
結
果
Fig. 2 に C 試験片の疲労き裂の様子を示す.最初 DK =
1.3 MPam1/2 で切欠き先端から[0001]方向に 500 mm 程度疲
労き裂が発生した.その際に切欠き前方に切欠き面に対し垂
直なすべり線が多数発生した.このすべり線は( 0001 )底面
に平行な方向であることから底面すべりによるものである.
その後,疲労き裂は徐々に偏向し,底面に平行な方向に進展
した.またこの試験片方位では切欠き先端で底面すべりが容
易に起こるため,試験片が大きく変形してしまい,試験を行
うことが困難になった.そこでこの底面すべりを抑制するこ
とで[ 0001 ]方向へのき裂進展が観察されるのではないかと
Fig. 2
Crack profile of Cspecimen at DK=1.3 MPam1/2.
考え, Fig. 3 ( a )に示すように, C 試験片と同じ方位の結晶
の上下に,切欠き方向に対し底面が平行となるような結晶
(前報の A 試験片の方位に対応する)からなる試験片(以後
ACA 試験片と称する)をブリッジマン法により作製し,試験
を行った.なお中央の結晶の高さは約 15 mm 程度であっ
た.この試験片におけるき裂進展の様子を Fig. 3 ( b )に示
す.最初,底面すべりの活動と共に切欠き先端から約 45°
に
き裂が生じたが,徐々にき裂は[ 0001 ]方向に進展した.予
き裂を導入した後,一旦下限界応力拡大係数範囲 DKth 付近
まで荷重を減少させ,その後疲労き裂を徐々に進展させた結
果,き裂はほぼ切欠き面に平行に[ 0001 ]方向に進展した.
その疲労破面を Fig. 4 に示す.破面にはき裂進展方向に対
し垂直な規則的なストライエーション状のすじ模様が観察さ
れた.このすじ模様には 5~10 mm 程度の間隔で,底面に平
行に割れが生じていた. Fig. 4 の破面は DK = 1.5 MPam1/2
における試験片中央部のものであるが,このような破面は,
試験片ほぼ全体で観察された.
次に E 試験片におけるき裂進展経路を Fig. 5 に示す.こ
の 方 位 で は , DK が 1 MPam1/2 で は , Fig. 5 ( a )の よ う に
(0001)面に沿って疲労き裂が進展したが,DK が少し増加す
ると, Fig. 5( b )に示すように,き裂進展に伴ってき裂前方
に双晶が発生した.この双晶トレースは,試験片側面
Fig. 3 (a) Crystallographic orientation of ACAspecimen.
(b) Crack profile of ACA
specimen at DK=2.0 MPam1/2.
(12̃10)において底面に対し約 40°
の角度をなすことから,マ
グネシウムの[ 0001]引張で容易に発生する{ 101̃2}双晶であ
場合の疲労破面をそれぞれ Fig. 6(a)および 6(b)に示す.双
ると判断できる.き裂進展に伴い DK が高くなると,多数
晶が生じていない段階の破面は,数 mm 程度の小さな破面単
の双晶を伴いながら(0001)面に平行にき裂が進展した.DK
位が集まった形態である.その破面単位は三角形状のものが
が低い場合の双晶を伴わない疲労破面および,双晶を伴った
多く,その辺はほぼ〈112̃0〉に平行である.しかし Fig. 6(b)
636
第
日 本 金 属 学 会 誌(2006)
Fig. 4 Fatigue
MPam1/2.
surface
of
ACA specimen
at
70
巻
DK=1.5
Fig. 6 Fatigue surface of Especimen at (a) DK=0.96
MPam1/2 and (b) DK=1.2 MPam1/2.
Fig. 5 Crack profiles of Especimen at (a) DK=0.96
MPam1/2 and (b) DK=1.4 MPam1/2.
のように,双晶を伴う場合の破面は全く異なり,き裂進展方
向に対し垂直なすじ模様が観察された.この破面は,Fig. 4
に示した破面とよく似たものである.
Fig. 7 に今回測定した試験片における DK と da / dN の関
Fig. 7
係をを示す. C 試験片の値は,疲労き裂を導入する段階で
Relationship between DK and da/dN.
[ 0001 ] に き 裂 が 進 展 し た 段 階 の 値 で あ る . DK が 約 1.1
MPam1/2 でき裂が生じ, da / dN が急激に増加した . しかし
定し,m を求めると ACA および E 試験片では,それぞれ 4
矢印を付した値以上では,き裂が 90 °
偏向して進展したた
および 2 となり, E 試験片では DK の増加に対する da / dN
め,これ以降は不明である. ACA 試験片の DKth は約 1.2
の増加が小さいことが分かる.
MPam1/2
であり,da/dN の値は C 試験片と比較する低いこ
とから,結晶粒界の存在により底面すべりが抑制されると,
4.
考
察
da/dN は遅くなると考えられる.E 試験片については,3 つ
の試験片の結果を示した. DKth は約 1 MPam1/2 であり,
DK が 1.1
MPam1/2
まず,き裂が底面に垂直方向に進展した ACA 試験片のき
になると da / dN は急激に上昇するが,
裂進展機構について考えてみる.Fig. 4 に示すように,破面
それ以降の値は ACA 試験片より低い値である.いずれの試
には底面に平行なすじ模様が形成されているが,試験片表面
験片のプロットにもかなりのばらつきがあるが, DKth より
には多数の底面に平行なすべり線が観察されたことから,こ
高い領域では DK の増加に伴い da /dN が直線的に増加して
のすじ模様は底面すべりの活動により生じたものであると考
おり,この領域で Paris 則
えられる.そこで,Fig. 8 に示すようなき裂進展機構を考え
da / dN = CDK m
が成り立つと仮
第
8
号
マグネシウム単結晶における疲労き裂進展の結晶方位依存性
637
た. Fig. 8 ( a )に示すよう試験片に荷重が作用すると,き裂
の先端でマグネシウムの容易すべり系である底面すべりが活
動し,き裂が開口する.この底面すべりによる転位が結晶粒
界に堆積すると,その面におけるすべりを続けることが出来
なくなり,き裂先端では応力集中により高い応力が生じるこ
とになる.弾性破壊力学によると,一般にき裂先端におけ
る,き裂面に垂直方向の応力 sy は Fig. 8(b)のような分布と
なる.ここで, sy がマグネシウムの底面に平行な引張にお
ける破断応力 sB を越えた領域は破断し,その結果,その距
離だけき裂が進展することになる.この破断により生じたき
裂先端で,再び底面すべりが生じき裂が開口する.またこの
底面すべりにより破面に大きな段差が生じることになる.こ
の過程を繰り返すことによりき裂が進展した結果,Fig. 4 の
ようなすじ模様が形成されたと考えられる.ここで Fig. 4
は DK = 1.5 MPam1/2 の領域であるが,このときの K の最
大値は約 1.7 MPam1/2 である.き裂先端からの距離を r と
すると,一般に sy = K / 2pr と表せる4) .マグネシウム単結
晶の底面に平行な方向の破断応力 sB はおよそ 220 MPa5) で
あり,sB=sy となる r を見積もると約 9.5 mm となる.この
Fig. 8
Crack propagation mechanism in ACAspecimen.
値は Fig. 4 のすじ模様の間隔が 5~10 mm であることとほぼ
一致しており,Fig. 8 の機構が妥当であるといえる.
次に E 試験片におけるき裂進展について考える.この場
合 DK に よ り 2 つ の 異 な る 破 面 形 態 が 観 察 さ れ た . Fig.
6(a)に示すように,DK が低い場合,各辺が〈112̃0〉に沿った
小さな破面単位が破面全体に観察された.これは( 0001 )面
において今回の進展方向とは 90 度異なる[112̃0]方向にき裂
を進展させた場合の破面と同様である3).この場合,破面の
一部に{ 101̃2 }双晶バンドが観察され, Fig. 6( a )はそのマト
リックスの破面と同じ形態である.この破面単位の各辺が特
Fig. 9
定の方向に沿っていることから,いずれかのすべり面あるい
Crack propagation mechanism in Especimen.
は双晶面との関連性が考えられるが,この破面の形成機構は
現時点では不明である.これに対し,DK が高い場合の破面
(Fig. 6(b))は,ACA 試験片の破面と同じ形態を示している.
切欠面および方向がそれぞれ( 101̃0 )および[ 0001 ]の
Fig. 5 ( b )から分かるように,この領域では多数の双晶が発
場合,き裂は切欠きに対し 90°
偏向して進展する.その上下
生し,その領域をき裂が進展している事から,この双晶発生
を異なる方位の結晶で挟んだ試験片では,き裂は底面すべり
がき裂進展機構に影響していると考えられる.そこで破面形
を伴って[0001]にそって進展する.
態の変化を Fig. 9 のように考えた.き裂先端で,[ 0001 ]引
切欠面および方向がそれぞれ( 0001 )および[ 101̃0 ]の
張 応 力 が 作 用す る と , Mg で は { 101̃2 }双 晶 が 容易 に 生 じ
場合,疲労き裂は( 0001 )に平行に進展した.また DK が 1
る6).{101̃2}双晶内では結晶方位が回転し,マトリックスに
MPam1/2 以上では,き裂は{ 101̃2 }双晶を伴いながら進展
対して約 87 度回転することになる.そこでこの双晶内をき
し,双晶の発生により破面形態が変化した.
裂が進展する時は,き裂に対し( 0001 )面がほぼ垂直とな
り,すなわちこれは ACA 試験片と同じ方位関係となる.し
き裂進展速度 da/dN は,(0001)に垂直なき裂と平行
なき裂では,後者の方が遅い.
たがって,ACA 試験片と同じ破面形態となったと考えられ
る.この Fig. 6(b)の破面の破面は DK が 1 MPam1/2 以上の
文
献
領域ではほぼ全面に観察されたことから,き裂近傍ではほぼ
全体に渡って双晶が生じているといえる.
5.
結
言
Mg 単結晶の CT 試験片を作製し,疲労き裂進展過程を調
査した結果,以下のように結晶方位によりその挙動が異なる
ことが分かった.
1) P. J. E. Forsyth: Acta Metall. 11(1963) 703715.
2) S. Ando, N. Iwamoto, T. Hori and H. Tonda: J. Japan Inst.
Metals 65(2001) 187190.
3) S. Ando, K. Saruwatari, T. Hori and H. Tonda: J. Japan Inst.
Metals 67(2003) 247251.
4) Y. Hagiwara and H. Suzuki: Yokuwakaru Hakairikigaku, (Ohmsha, Tokyo, 2000) p. 37.
5) S. Ando, M. Tanaka and H. Tonda: Mater. Sci. Forum 419
422(2003) 8792.
6) P. G. Partridge: Metall. Reviews 12(1967) 169194.
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