化学熱力学の基礎

化学熱力学の基礎
前稿では話が熱の方へ行ってしまった。
蒸気機関や内燃機関に代表されるように、熱と仕事は切り離せない。
余談だが、ピストン型の蒸気機関は今でこそ廃れてしまったが、18 世紀から 19 世紀にかけて産業革命
の動力源としての花形であった。今でも大きな発電システムでは、ピストン型から蒸気タービン型として形
は変えたものの蒸気の力は使い続けられている。
また、蒸気機関車は 20 世紀前半まで長距離輸送の主役であったし、今でさえ一部の地域では走ってい
る。水と薪(または石炭)は地域によっては手軽に入手できるからである。
熱と仕事を取り扱う学問を熱力学という。
化学反応を含む場合には化学熱力学(または熱化学)という。
そもそも筆者は熱力学が不得意である。
熱力学は力ずくで数学を振りかざし、理論体系を積み上げていくからである。
事実、多くの数学者兼物理学者が熱力学の進歩に貢献している。
しかも難しい試験問題を作るには絶好の材料である。
しかしながら難問は別として、例題を解きながら習得するのも本質を知る上で大事なことである。しかしそ
れは他の成書に任せるものとしよう。筆者にそこまでの力は無い。
筆者の頭は、常に具象を追い求めるから、数学の世界に入ってしまう学問には向かない。
しかし化学を学ぶものにとってどうしてもこの熱力学は避けて通れない。
化学反応と熱と仕事は切っても切り離せないのである。
なぜなら、熱も仕事も化学反応も原子・分子の力学的運動のなせる業だからである。
不得意と分かっていながら、この熱力学なるものに想いを馳せてみよう。
数学は最低限使うが、理屈をとことん突き詰めていくことにする。
【内部エネルギーと熱力学第一法則】
少し教科書的な表現となるが、ご容赦願いたい。
ある量の物質を含む空間を系という。またこの系の外側の空間を外界という。
系と外界の間に物質やエネルギーの移動が可能な場合これを開いた系(開放系)という。
系と外界と物質の移動が無くエネルギーの移動だけが可能な場合これを閉じた系(閉鎖系)という。
系と外界に物質もエネルギーの移動が無い場合これを孤立系という。
開いた系と外界との間に見かけ上(巨視的に)物質やエネルギーの移動の無い状態を熱力学的平衡とい
う。
つまり系は見かけ上静止しているから、状態量である温度 T、圧力 P、体積 V を測ることができる。
では、例えば理想気体が状態 A にあるときの状態を PAVA=nRTA としよう。
この気体を温度が TA 以上の熱源に接触させると、当然温度が上がり PV もそれに比例して増加する。そ
して気体が外界に仕事をして状態 B になり、PBVB=nRTB に変化したとしよう。
このとき、理想気体はどれだけの熱量 Q を外界から吸収して、どれだけの仕事 W を外界にするかについて
はこの状態方程式はなにも教えてくれない。
極端な話、外界の圧力がゼロであれば仕事は全くしないので W はゼロである。また、系と外界が断熱状
態ならば Q はゼロである。
つまり外界とのかかわり方によって Q も W も変わってくる。
熱力学の目的は状態量からこの Q と W を知ることにある。
なぜなら、Q から W を取り出すことこそ現代文明の基礎だからである。
なにも教えてくれないとは言ったが、閉じた (物質移動の無い) 系がもつ内部エネルギーを記号 U で表
すとすれば、熱量もエネルギー保存則から、
ΔU=Q -W
となる。このエネルギー保存則を熱力学第一法則という。しかし Q と W の量はこの時点でまだ不明であ
る。
U は系の状態で決まる状態量である。従って U が増えるときのΔU は正で、減るときのΔU は負である。
上に示したように、内部エネルギーは、熱量と仕事の差であるが、では内部エネルギーが変化するとき内
部で何が起きているのだろうか。
一つは、比熱にかかわる変化である。比熱とは、化学反応が無い場合に、外界の熱源によって系の温度
が一度上がるとき、外界の熱源の原子・分子が系の原子・分子に運動エネルギーを与える分だけ、外界
から系が吸収する熱エネルギーである。これをΔUT としよう。温度に変化が無ければ、この部分は変わらな
いので、ΔUT=0 である。
もう一つは相変化がある場合の内部エネルギー変化である。これをΔUp としよう。温度一定で起こる相変
化による潜熱がこれにあたる。相変化が無ければΔUP=0 である。
さらにもう一つが化学反応にかかわる変化である。外界からの熱吸収が無くとも化学反応が起これば、発
熱するかもしれないし、逆に吸熱するかもしれない。これをΔUC としよう。化学反応が起きていなければこ
の部分は変わらないのでΔUC=0 である。
従ってこれらを合わせて、
ΔU=ΔUT+ΔUp+ΔUC
となる。
次に仕事 W であるが。これは力学的仕事と電気エネルギーに分けられる。
熱力学では熱エネルギーから変換される力学的仕事のみを考える。これは外圧 Pex に対して体積 V が
膨張して外界に行う仕事で、Pex と体積 V 変化の積で表されるから PV 仕事とも言われる。しかし仕事
はあくまでも外圧 Pex に対するものだから注意しなくてはならない。
化学熱力学では電気エネルギーが取り出される場合があり、内部エネルギーの化学的変化ΔUC が熱エ
ネルギーの代わりに電気エネルギーに変換されたものである。
さてここで、状態量である温度 T、圧力 P、体積 V が、外界とのかかわり方で決まる熱量 Q と仕事 W と
どのような関係にあるかを、考えていくことにしよう。
ここで注意したいことは、外界から熱量を吸収する時 Q は正であり、外界に熱量を失う時負である。W は
外界に仕事をしたときに正であり、外界からされたとき負となり、Q と W では移動の報告が逆であるから注
意する。
なお、仕事の W 種類には力学的仕事つまり PV 仕事のほかに電気エネルギーがあるが、何も断り無けれ
ば PV 仕事を意味するものとしよう。
まず状態量変数のうち V 、P、 T、Q のどれか一つを固定して、話を簡単にしてみよう。
【定容過程】
一番簡単なのは、定容(体積 V 一定)にして温度 T と圧力 P を変えることである。
この場合、体積一定であるので外界に仕事をしない。
「仕事 W=系の圧力 P×体積変化ΔV (=0)」だからである。
温度が TA から TB まで上がったときに系が貯め込む熱量ΔU と系が外界から吸収する総熱量 QV は等し
い。化学変化が無い場合、ΔU は定容モル比熱 CV に nΔT をかけて求められ、ΔU =nCVΔT となる。さ
らに温度変化が無ければΔU =nCVΔT =0 である。
まとめると、定容では、
① 内部エネルギー変化:ΔU (化学変化が無ければ=nCVΔT)
② 系が外界にする仕事:W=0
③ 系が吸収する総熱量:QV=ΔU
なお、系が断熱(Q=0)でかつ定容(W=PexΔV=0)ならば、化学反応があって温度が変わってもΔU=
0 である。なぜなら化学反応でΔUc だけ減れば、その分温度が上って比熱でΔUT だけ増えるのでプラスマ
イナスゼロだからである。
【等圧過程とエンタルピー】
次は等圧と考える。つまり、気体の圧力 P が外圧 Pex と常に同じでかつ一定と考える。
この場合温度 T と体積 V が変化する。
P=Pex であるから、膨張するとき外界にする仕事は当然 P (VB-VA)である。このとき系の定圧で温度
が TA から TB まで上がったときエネルギー保存則(熱力学第一法則)から、系が吸収する総熱量 QP =
ΔU+P (VB-VA)となる。
従って QP も状態量の変化である。そこで VB-VA=ΔV、QP =ΔH と置き直せば、
ΔH=ΔU+PΔV・・・・(1)
となる。あるいは微分形で表すなら、
dH=dU+P dV・・・・(2)
となる。
このように、内部エネルギー変化ΔU に仕事 PΔV を加えた量 H(すなわち系が吸収した熱量 Qp)をエンタ
ルピーと呼ぶ。これらの絶対量はわからないが、理想気体の状態方程式と同じように互いに関係を持ち、
H=U+PV・・・・(3)
である。等圧とすることによって初めて状態量が Q と W について教えてくれることになった。
化学変化が無い場合、ΔU は定容モル比熱 CV に nΔT をかけて求められ、
ΔU =nCVΔT・・・・(4)
である。また化学変化が無い場合、ΔH は定圧モル比熱に nΔT をかけて求められ、
ΔH =nCPΔT・・・・(5)
である。
また理想気体では PV=nRT であるから、
PΔV= nRΔT・・・・(5)
である。そこで、式(1)から、
nCPΔT=nCVΔT+nRΔT・・・・(6)
となって、整理すると、
CP=CV+R・・・・(7)
である。これをマイヤーの関係式という。
これらをまとめると、等圧の変化ならば、
① 内部エネルギー変化:ΔU (化学変化が無ければ=nCPΔT)
② 系が外界にする仕事:W=PΔV
③ 系が吸収する総熱量:QP=ΔH=ΔU+PΔV
となる。
H は状態量であるから、等圧変化でなくても H=U+PV は成り立っている(と考える)が、吸熱量 Q と外
部仕事 W と間に上のような関係は成り立たない。
前にも述べたように、内部エネルギーU は必ずしも熱エネルギーでなくともよく、化学エネルギーであってもよ
い。化学エネルギーとは原子・分子の反応によって生み出されるものである。
化学反応は一般に大気解放(1 気圧の等圧)で行われるから、生ずる反応熱で化学反応のΔH を知る
ことができる。
つまり、ある化学変化 A→B が起こったとき、化学反応で温度変化を伴った場合、それをもとに温度に戻
したとき系を出入りする熱量をその化学反応エンタルピーΔH という。すなわち、化学反応が起こるとき、等
圧で等温ならば、
① 系内部が化学反応で失う(外に出す)熱量:ΔU=QC
② 系が外界にする仕事:W=PΔV
③ 系が失う(外に出す)総熱量:QP=ΔH=ΔU+PΔV
となる。
繰り返しになるが、温度変化があると QP=QT+QC であるから、ΔU は化学変化による熱量と比熱によ
る熱量との混合になってしまうから注意する。
また、発熱では、系の状態量としてのΔH はマイナスの数値になるので注意する。
【等温可逆過程】
次は理想気体の等温可逆過程を考える。この場合 T が一定で P と V が変化する。
可逆過程とは圧力 P が外界の Pex との差を無限小にしながら無限時間かかって膨張や圧縮を行うこと
で、常にもとに戻すことが可能な過程である。
これは実現不可能であるが、一つの極致と考える。
従ってこのとき外界にする仕事を求めるにはどうしても微積分を使う必要がある。
一定温度 T で、系の圧力 P をごくわずかに外界の圧力 Pex より大きくして V1 から V2 まで膨張する時、
系が外界にする仕事 Wrev は、
Wrev 
V2

V1
PdV 
V2

V1
nRT
dV  nRT
V
V2

V1
V
1
dV  nRT log 2
V
V1

P 
  nRT log 1 
P2 

この Wrev の値は、上図の abV1V2c の線でかこまれた面積である。
非可逆の場合、例えば外圧が初めから低く、Pex=P2 であるときの仕事 Wirrev は長方形 cbV2V1 の面
積で、P2 (V2-V1 )であるから、
Wrev≧Wirrev
である。
等温では、化学反応が起きない限り、内部に保留したり内部から吐き出したりする熱量はゼロなのでΔU
=0 である。そこで、この仕事をするための熱量を全て外界から吸収しなければならない。
逆に言えば外界から吸収した熱をすべて仕事にすることができる。
従って、
Qrev≧Qirrev
でもあるわけだ。
まとめると、等温可逆変化では、
① 内部エネルギー変化:ΔU (化学変化が無ければ=0)
② 系が外界にする仕事:Wrev=nRT log(V2/V1)
③ 系が吸収する熱総熱量:Qrev=Wrev
④ Wrev≧Wirrev かつ Qrev≧Qirrev
なお、前に述べた定容および等圧変化では、可逆でも非可逆でも系が吸熱する熱量はそれぞれΔU とΔ
H に等しく同じであり、外部にする仕事もゼロと PexΔV と変わらない。
【断熱可逆過程】
次は断熱可逆過程を考える。系に出入りする熱量 Q はゼロである。
このときは T も P も V も変わる。
エネルギー保存則から系が外界にする仕事 W は、内部エネルギーの変化ΔU にマイナスをつけた-ΔU に
等しい。
可逆過程なので、P は Pex よりごくわずか大きいだけで、dWrev=PdV=d (nRT /V )dV から、
Wrev 
V2

V1
PdV 
V2

V1
nRT
dV (8)
V
であるが、V も T も変化するので V で積分はできない。
ただし dWrev =-dU=-nCvdT、であるので、
nRT
dV  nCV dT (9)
V
だから、変形して、
C
R
dV   V dT (10)
V
T
積分して、
V2

V1
T2 C
R
V
dV  
dT (11)
T1 T
V

R log
V2
T
 CV log 2 (12)
V1
T1
変形して
log
V2
C
T
  V log 2
V1
R
T1
T 
  log 2 
 T1 
T 
 log 1 
 T2 
CV R
CV R
(13 )
対数を戻して、
V2  T1 
 
V1  T2 
CV R
(14 )
ここで、T1=P1V1/nR、T2=P2V2/nR を代入すると、
V2  P1V1

V1  P2V2



 V2 
 
 V1 
1CV R
 V2 
 
 V1 
( R CV ) R
 V2 
 
 V1 
R CV
 V2

 V1
CP
CV R
P 
  1 
 P2 
CV R
P 
  1 
 P2 
P 
  1 
 P2 
CV R
CV
 (15 )
ここで、CP-CV=R を代入して



P
  1
 P2



CV
(16)
従って、
 V2

 V1



CP CV

P1
(17)
P2
ここで CP /CV=γとおけば、

 V2 
P
   1 (18 )
P2
 V1 
最終的に、
P1V1  P2V2  constant (19)
V=nRT/P から、

 nRT1 
 nRT2
  P2 
P1 
 P1 
 P2


 (20)

なので、
P11 T1  P21 T2  constant (21)
という関係が成り立ち、これらをポアソンの関係式という。
以上まとめると、断熱可逆過程では、
① 内部エネルギー変化:ΔU (化学変化が無ければ=nCVΔT )
② 系が外界にする仕事:Wrev =ΔU (化学変化が無ければ=nCVΔT )
③ 系が吸収する総熱量:Q=0
④ Wrev≧Wirrev
γ
γ
⑤ P1V1 =P2V2 =constant または P1
1-γ
γ
T1 =P2
1-γ
γ
T2 =constant
これまで述べてきたように、状態量 V、P、T の一つを一定にしたり断熱にしたりすることによって、状態量と
仕事と熱の関係が分かってくる。
特に等温可逆過程では、吸収した熱を全て仕事にできる。しかし体積は無限に大きくできないから、続け
て仕事をさせるために体積を元に戻すことが必要になる。もちろん A→B と同じ道を可逆で帰れば、同じ
仕事を系に返さなければならないので、熱から仕事を得ることにはならない。従って、同じ仕事を返さなくて
もよい別な道をたどって A に戻らなければならない。
熱機関はこのサイクルをうまく使って熱から仕事を得続けるものである。
ただ問題は熱効率である。
最高の効率をもとめるならば、熱を全て仕事に変えたいものである。
しかしそれが不可能であることを示したのがこれから述べるカルノーサイクルである。
【カルノーサイクル】
カルノーサイクルは 19 世紀初頭のフランスの天才物理学者カルノーが考え出した可逆過程だけで出来た
熱機関である。なぜ可逆過程かというと最大の仕事を得るためである。
カルノーはフランス 7 月革命の直後 1832 年にコレラで 35 歳の若さでこの世を去っていて、カルノーサイク
ルがいつ考え出されたものかは、正確には分からない。以下に述べることは、後年に整理・体系化されたも
のである。
カルノーサイクルは、下図に示すように 4 つの可逆過程からなる。
(1) 等温可逆膨張過程:前に述べたように温度 T1 での等温可逆過程で体積 V1 から V2 への膨張過
程で、吸収される熱量 Q1 が外界にした仕事 W1 と同じなので、
Q1  W1  nRT1 log
V2
(22)
V1
(2) 断熱可逆膨張過程:上に述べたように、体積 V2 から V3 への膨張過程で、熱として出入りする熱
量はゼロである。ただし外界にした仕事 W2 の分の熱量が奪われるので、温度は T1 から T2 へ下が
る。
W2=CV(T1-T2)……(23)
(3) 等温圧縮過程:(1)の過程の逆であるが、温度はより低い温度 T2 での等温可逆過程で体積 V3
から V4 への圧縮過程で、排出される熱量-Q2 は外界がした-W3 仕事と同じなので、
 W3  Q2  nRT2 log
V4
V
 nRT2 log 4 (24)
V3
V3
(4) 断熱圧縮過程:(2)の逆の断熱圧縮工程で、体積 V2 から V3 への圧縮過程で、排出される熱量
はゼロだが、系にした仕事-W4 の分だけ低い温度 T2 から温度 T1 に戻り、
-W4=CV(T2-T1) =-W2……(25)
熱力学第一の法則から、
Wtotal (=W1+W2-W3-W4)= Q1-Q2……(26)
従って、
熱効率 
W totol Q1  Q2

Q1
Q1
V2
V
V
V
 nRT2 log 4
nRT1 log 2  nRT 2 log 3
V1
V3
V1
V4

 (27 )
V2
V2
nRT1 log
nRT1 log
V1
V1
nRT1 log

となる。ここで前述した断熱圧縮でのポアソンの関係と理想気体の状態方程式 PV = nRT を思い出そ
う。つまり、
γ
γ
γ-1
γ
γ
γ-1
P2V2 =P3V3 から nRT1V2
P4V4 =P1V1 から nRT2V4
=nRT2V3
=nRT1V1
γ-1
……(28)
γ-1
……(29)
だから、
V2 V3
 (30)
V1 V4
となる。そこで最終的に、
熱効率 
Q1  Q2 T1  T2

 1(31)
Q1
T1
となって、熱効率は温度差だけで決まってしまう。
また熱と温度の関係は、
Q1  Q2 T1  T2

(32)
Q1
T1
であるから、
1
Q2
T
 1 2
Q1
T1
Q2 T2

Q1 T1
Q1 Q2

T1 T2
Q1 Q2

 0  (33 )
T1 T2
となる。
そこで、結論として
(1) 熱機関は、高温(T1 )と低温(T2)の熱源を必要とし、高温で Q1 を得て、低温で Q2 を捨てなけれ
ばならず、得られる最大仕事は Q1-Q2 である。
(2) 熱機関の最大効率は熱源の温度差で決まり、η=(Q1-Q2)/ Q1 =(T1 -T2)/ T1≦1 である。
最大効率にするためには T2 をゼロ度(絶対ゼロ度)にしなければならないが、これは断熱膨張を無限
大まで行わなければならないので不可能である。
(3) 系に吸収された熱量を温度で割った値 Q1/T1 と系に返還された熱量を温度で割った値 Q2/T2 は
等しい。
【エントロピー】
問題は Q1/T1-Q2/T2=0 ということである。
Q1-Q2 だけ外界に仕事をして同じ状態に戻ってきても変わらない状態量があることを示唆している。これ
をエントロピー(記号 S )と名付けたのが、19 世紀前半のドイツの物理学者でカルノーサイクルを研究した
クラウジウスである。すなわち、可逆過程では、
ΔStotal = Q1/T1-Q2/T2=ΔS1-ΔS2=0 ……(34)
さらに、負荷逆過程では、
ΔStotal > ……(35)
これらのことは熱力学の第二法則と言われる。
また、上の下線部分を取り出して、熱力学の第三法則(ネルンストの定理)と呼ぶ。
エントロピーというのは、各過程を見れば増えたり減ったりする。
しかし、もとに戻ったら常にゼロになる。
つまり可逆過程なら、どんな過程を経ても、元に戻ればエントロピー増減を足し合わせて常にゼロになるの
である。
過程によらずに状態のみで決まるので、クラウジウスはエントロピーを状態量と考えたのだ。
しかし、状態量ではない熱量 Q を温度 T で割っただけでなぜ状態量となるのだろうか。
これは、熱と温度をそうなるように人間が認識するからである。
エントロピーは確率と深い関係があり、ランダムさ(でたらめさ)の尺度であることを、オーストリアの物理学者
であるボルツマンが統計力学で明らかにしている。
つまり、人は分子の熱運動の巨視的平均値を状態量としてとらえているのである。
さらに数学的に言うならば、等温可逆膨張または圧縮では仕事=熱量を積分して求めても T は定数と
して変わらないから、温度で割ると温度項が消えてしまうのである。
すなわち、エントロピーは温度や熱量とは切り離された新たな状態量なのである。
それを以下に説明しよう。
まず、温度の高い T1 での等温可逆膨張では、系は膨張して体積が増え、その分でたらめさが増えるので
エントロピーQ1/T1 が増える。
逆に外界にとっては、熱量 Q1 が吸収されて仕事 W1 になるので、エントロピーは同じだけ減少する。この
等温段階で生ずる系のエントロピー変化ΔS1 は、上記(1)から、
S1 
Q1
V
 nR log 2 (36)
T1
V1
となって、温度の項が消え、体積比だけで決まってしまう。
一方、例えば外界の圧力が、系の圧力 P1 より低い P2 で一定であるとすると、系の圧力の方が大きいわ
けだから膨張は自発的に起こるが、非可逆となり、系によって外界にされる仕事も小さいので、吸収される
熱量 Q1’も小さいから、外界のエントロピーはあまり減少しない。
すなわち非可逆過程での外界のエントロピー減少ΔS1'は、熱の伝わり方は可逆的として、
S1 ' 
 Q1 ' P2 (V1  V2 )

(37)
T1
T1
である。
ここで合計をとると、系のエントロピー変化の増加ΔS1 の方が、外界のエントロピー減少ΔS1'を上回り、Δ
Stotal=ΔS1+ΔS1'>0 である。
次に可逆断熱膨張であるが、このとき吸収熱はゼロであるから、エントロピー変化はゼロである。つまり、系
も外界もエントロピー変化はゼロである。
ただし、外界のエントロピー変化がゼロであっても、必ずしも系のエントロピー変化がゼロになるとは限らない。
そこで断熱膨張のエントロピーを計算してエントロピーがゼロであれば可逆ということになる。
断熱膨張では温度も圧力も体積も変化するから、等温可逆膨張(T1、V2→V3)と定容変化(T1→T2、
V3)とに分けて計算する。等温変化については上に示した通りで、
ST 
V
Q
 nR log 3 (38)
T1
V2
となる。ここで熱 Q の吸収が必要であるが、以下に示すような同時に起こる定容過程で出る熱で相殺さ
れる。
すなわち定容過程では可逆でも非可逆でも出る熱は nCV(T1-T2)であり、エントロピー変化は、
SV 
T2

T1
dQ

T
T2

T1
nCV dT
 nCV
T
T2

T1
T
1
dT  nCV log 2 (39)
T
T1
である。ここでは熱が上の仕事にとられるから温度は下がる。
そこで断熱膨張のエントロピー変化ΔSi は、
Si  ST  SV  nR log
V3
T
 nCV log 2 ( 40)
V2
T1
となる。
もし理想気体の可逆過程ならば、前に述べたポアソンの関係式(29)から nRT1V2
あるから、
V 
T2  T1  2 
 V3 
となって、式(40)に代入すると、
 1
( 41)
γ-1
=nRT2V3
γ-1
で
 1
V 
V
S i  nR log 3  nCV log 2 
V2
 V3 
V
V
 nR log 3  nCV (  1) log 3
V2
V2
C
 V
V3
 nCV  P  1 log 3
V2
 CV
 V2
V
V
 nR log 3  n(C p  CV ) log 3
V2
V2
 nR log
 nR log
V3
V
 nR log 3  0
V2
V2
( 42)
なので、この断熱過程は可逆になる。ここでもやはり、エントロピー変化は温度項が消えて体積比の項だ
けになり、それが等しいからエントロピー変化はゼロなのである。
ではどういう過程が非可逆となるかというと、相変化(凝縮)が起こったり、あるいは何らかの化学変化が起
こって内部でエントロピーが増大したりする場合である。
次は等温可逆圧縮過程である。これは、上に述べた等温可逆膨張の逆であるので、
S2  
V
Q2
V
 nR log 4  nR log 3 ( 43)
T2
V3
V4
だけエントロピーが減る。前の繰り返しになるが、等温可逆圧縮のエントロピーの減少は、温度の項が消え、
体積比で決まってしまう。
ここでポアソンの関係式から導かれた式(30)から、
V2 V3
 (30)
V1 V4
であるので、
S2  nR log
V3
V
 nRog 2 ( 44)
V4
V1
であり、結局、等温可逆膨張と圧縮のエントロピーの合計は、
ΔS1+ΔS2=0……(45)
となる。
このように、高温 T1 で熱 Q1 を吸収して、低温 T2 で熱 Q2 を捨てるとエントロピーが相殺されるのは、実
は変化の体積比が同じということだったのである。体積比が同じだから、ランダムさの変化量が同じでその
向き(正負の符号)が逆ということなのである。
ちなみに、この圧縮過程が可逆でなく、外界の圧力系の圧力より高く初めから P4 とすれば自発的に変化
は起きるがその外界のエントロピー増大はΔS2=Q2’/ T2P4(V3-V4)/ T2 となり、外界になされる仕事
は可逆より大きく、その分発熱する Q2’も大きいことから外界のエントロピー増大が大きく、やはりΔStotal>
0 である。
最後は可逆断熱圧縮であるが、ここでも同じく外界のエントロピー変化はゼロであるが、系の変化が可逆
であるかはエントロピー変化を計算しないと分からない。
前述のエントロピーのことについて総合すると、自発的(非可逆的)に反応が起こるには、
ΔStotal=ΔS 系-ΔS 外界>0……(46)
ということになる。
さて、化学変化のことに話を移そう。
化学変化が自発的に起こるか否かの判定として上の式を使うために、外界のエントロピー変化を測定した
り計算したりすることも容易なことではない。
そこでまず等温という縛りをかけ、式(46)の両辺に温度 T を掛けると、
TΔStotal T=TΔS 系-TΔS 外界>0……(47)
となる。
さらに等温に加えて等圧という縛りをする。
すると前に述べたように TΔS
外界とは可逆でも非可逆でも系が外界から吸収あるいは外界に失う総熱量
のことで、これは等圧ではΔH に等しいから、
TΔStotal T,P=TΔS 系-ΔH>0……(48)
となる。
こうなれば TΔStotal T,P は系の状態量で決まるのでΔS 系の添え字は必要なくなった。
さて、ここで ΔH=ΔU+PΔV であることを考えると、一つ疑問が生ずる。
温度 T も圧力 P も一定では圧力 V=nRT /P と決まってしまうので体積変化ΔV はゼロではないかとい
うことである。
相変化や化学反応の無い理想気体の場合はまさにその通りであるが、相変化や化学変化があると、変
化前後のモル数が同じとは限らない。
つまりΔV=(Δn)RT /P ということがあり得るのだ。
それともう一つ。
等温反応ならばΔU=0 ではないかということである。
相変化や化学変化をしない理想気体ならばその通りであるが、実際には相変化や化学反応によって等
温でも内部エネルギーが変化することがあるため、ΔU=0 とは限らないし、そうでない方が多いのだ。
そこで TΔStotal T,P の意味を考えよう。
前に述べたように、TΔS は、系が等温可逆過程をすれば吸収する最大熱量でもあり同時に外界にする
最大仕事でもある。
そして、ΔH というのは可逆であろうが非可逆であろうが等圧で外界から吸収する総熱量であり、同時に
外界が吸収される熱量である。
等温・等圧の可逆過程であればこのΔH (=ΔU-PΔV )は TΔS に等しくなり TΔStotal はゼロになり、
TΔStotal T,P =TΔS-ΔH (=TΔS-ΔU-PΔV )=0……(49)
である。ところが非可逆反応では、仕事が最大より小さく、ΔH も小さいから、
TΔStotal T,P=TΔS-ΔH>0……(50)
すなわち、TΔStotal
T,P
というのは、正ならば系の変化の過程は非可逆であり、その大きさは等温・等圧
可逆過程での最大の仕事量 TΔStotal
T,P
から外界から実際に吸収される総熱量ΔH (ΔU+PΔV )を
差し引いた値である。
言い換えるならば、系の非可逆変化で PΔV 仕事以外の仕事にできるかもしれない最大のエネルギーで
ある。
ただし、PΔV 仕事のみならば、すべてを放棄することになる。
つまり等温・等圧で可逆過程をとるならばできるはずの仕事の可能性を放棄して、自発的に化学変化が
起こることになる。
ここで注意してほしいのはΔU である。式(49)から内部にエネルギーを貯め込むならばΔU はプラスで TΔS
から差し引かれて仕事にはなる可能性の無い分となり、化学反応が起こってマイナスならばΔU は TΔS に
加えられ仕事になる可能性がある分となる。等温・等圧での化学反応では、普通ΔU は負である。
では、どうやって非可逆となるかといえば、P≠Pex であってもよいし、圧変化、温度変化であっても良い。
【自由エネルギー】
こうして等温・等圧では、TΔStotal T,P が系の状態量で決まるからやはり状態量となるが、系が仕事になる
可能性を放棄するエネルギーだからマイナスをつけて、
ΔG=-TΔStotal T,P=ΔH-TΔS (=ΔU+PΔV-TΔS )<0 ……(51)
とする。
従って、あらためて、等圧・等温可逆変化においてΔG は PΔV 仕事以外の仕事になる可能性を放棄す
るエネルギーである。
ここで G は状態量関数として、
G=H-TS (=U+PV-TS ) ……(52)
と定義される。
これをアメリカの物理学者ギブスが提唱したため、ギブスの自由エネルギーと呼ぶ。
従って、化学反応は自由エネルギーが最小になる、つまりその変化が負に大きくなる方向に自発的に進む
ことになる。
ここで、系のエントロピーが増大するほどかつΔH が負であるほど(つまり発熱であるほど)化学反応は進むと
いうことになる。
ただし、あくまでも等温・等圧という条件のもとである。
一方、ΔH=ΔU+PΔV だから、等圧を定容に変えると PΔV=0 となり、上の式は、
ΔF=-TΔStotal=ΔU-TΔS<0 ……(53)
となり、これをドイツの物理学者ヘルムホルツが提唱したのでヘルムホルツの自由エネルギーと呼ぶ。
また F は状態量関数として、
F=U-TS ……(54)
と定義される。
従って、定容・等温可逆変化においてΔF は PΔV 仕事も含めて仕事になる可能性を放棄するエネルギー
ということになる。
そこで負号をつけた-ΔF は定容・等温可逆変化ならば可能な最大仕事 Wmax そのものであることにな
るのだ。
ΔG はそのうち PΔV になる分を差し引いたわけだから、
ΔG=ΔF-PΔV=ΔF-PΔnRT /P=ΔF-ΔnRT ……(55)
となる。
以上の理由から、一般に、「自由エネルギーは取り出し可能な仕事量」として教えられるのでしばし誤解を
招く。
確かにその通りなのだが、実際の非可逆変化ではその可能性の一部から全てを放棄するから反応が自
発的に起こるのである。そこで総エントロピー(孤立系のエントロピー)が増大する。
このところをよく理解していただきたい。
ただし、その一部(全てではない)を何らかの形で仕事にしても変化の起こる方向は変わらない。
ここでギブスの自由エネルギーの中味を詳しく考えてみよう。
G=H-TS ……(56)
であったから、これに H=U+PV を代入すれば、
G=U+PV-TS ……(57)
これを全微分すると、
dG=dU+PdV+VdP-TdS-SdT ……(58)
ところで、PV 仕事だけの可逆変化(P=Pex)では、TdS は系が吸収する熱量 Q でありかつ、エネルギー
保存則より dU=Q-W すなわち Q =dU+W であるから、
TdS=dU+PdV ……(59)
であるから、上式に代入して、
dG=VdP-SdT ……(60)
さらに、等圧・等温では、
VdP=0、SdT=0 ……(61)
なので、
dG=0……(62)
である。つまり式(62)は前述したように、等温・等圧の可逆変化で PV 仕事のみならば自由エネルギーの
変化はゼロであり、すなわち総エントロピー変化もゼロであることを表している。
では、自由エネルギー変化がゼロで無い場合とはどういう場合であろうか。
そこで等圧という縛りを外す。そうすると等温非可逆変化となり、
dG=VdP ……(63)
である。従って、非可逆な等温で P1 から P2 の変化で生ずるΔG は、理想気体として PV=nRT を考慮
すると、
G 

P2
P1
Vdp 

P2
P1
nRT
dP  nRT
P

P2
P1
P
1
dP  nRT log 2 (64)
P
P1
となる。つまり等温過程の自由エネルギー変化は圧力変化で表せることになる。
ここで上式(64)の不定積分を考える。すなわち、
G
 Vdp 
nRT
dP  nRT
P

1
dP  nRT log P  const (65)
P
もちろんこの const が分からない限りこの値は分からない。
0
そこで 1 気圧、273°K での標準状態 G を基準として、
G  G 0  nRT log P (66)
0
と表す。G は標準自由エネルギーと呼ばれる。
さらに 1 モルについて、
0
G  G  RT log P (67)
とする。これは化学ポテンシャルと呼ばれる。
気体の圧力と溶液中のモル濃度の相関関係から、上式はモル濃度 X にある溶液中の任意の物質にも
当てはめることができて、溶液では化学ポテンシャルを記号 G の代わりにμを用いて表し、
μ=μ0+RTlogX ……(68)
である。μ0 は標準化学ポテンシャルと呼ばれる。
従って、モル濃度 X1 から X2 まで変化した場合の自由エネルギー変化ΔG は、
G  RT log
X2
(69)
X1
となる。
さて一般に等温、等圧で起こる化学変化、
aA+bB+… → cC+dD+…
において大文字は物質名、小文字はモル数とする。また[A]、[B]、[C]、[D]はそれぞれのモル濃度とす
る。ここで反応物質の化学ポテンシャルμr は、
a
b
μr=aRTlog[A]+bRTlog[B]+… = RTlog[A] +RTlog[B ]+… ……(70)
次に生成物の化学ポテンシャルμp は、
c
d
μP=cRTlog[C]+dRTlog[D]+… = RTlog[C] +RTlog[D] +… ……(71)
従って、この反応の自由エネルギー変化ΔG は、
G   p   r  RT log
C c Db 
Aa Bb
(72)
となる。このモル濃度で熱力学的平衡(化学平衡)にあるとすると、K を平衡定数として、
c
b

C  D
K

Aa Bb
(73)
だから、
ΔG=RTlogK ……(74)
となる。
従って平衡定数を知ればその反応の自由エネルギー変化を知ることができる。
逆に自由エネルギーを別の方法で知ることができるならば、その反応が起きるか否かの指標となり、その平
衡定数を知ることができるのである。
ここで勘違いし易いのが、平衡だからΔG=0 ではないかということである。
しかしこの場合のΔG は、ある平衡にある場合の反応系と生成系の二つの系の化学ポテンシャルの差だか
ら、ゼロである必要は無いし、正でも負でも良い。
反応が起こった上でそのモル濃度で静止しているように見えるだけである。
ではここから何が分かるかというと、ある平衡状態から、温度が変わったり、モル濃度が変わったりする状態
への変化が起こるかどうかということである。だから何か基準となるΔG が無ければならない。
そこで 1atm、298°K(標準状態)においての自由エネルギー変化を標準自由エネルギー変化と言って、
マイナスをつけて、
0
0
ΔG =-RTlogK ……(75)
で表す。マイナスをつけるのはこれを基準とするという意味である。
0
従ってΔG を基準にした任意の変化の総自由エネルギー変化ΔGtotal は、
Gtotal  G 0  RT log
C c Db 
Aa Bb
(76)
となる。これが負ならばモル濃度が変化してΔGtotal がゼロになるような新たな平衡に達する。
 例えば、系が標準状態と全く同じならΔGtotal=0 となって、それ以上何も起こらない。
 もし生成物 C を系外に除いてしかも温度が一定ならば、ΔGtotal がゼロになるように分母が減らなけ
ればならないから、平衡は生成物側にずれることになる。
 逆に生成物 C を系に加えれば平衡は反応物側にずれる。
標準自由エネルギーを求めるのによく知られているのが電気による反応である。
1atm、298°K において可逆的に起電力 E (ボルト)かけて電流を流して化学反応を起こさせ、電気的
な n 等量の反応が起こったとする。1 等量に必要な電気量(1 モルの電子の電気量)は 96,700 (クーロ
ン)であるから、ここで系にした仕事量は、-96,700nE (ジュール)となる。
0
ΔG =-96,700nE=-RTlogK ……(77)
故に、
log K 
96,700nE
(78)
RT
である。これは電気化学という分野になるので、また別なところで触れることになるかもしれない。
繰り返しになるのだが、ダメ押しで注意して置きたいことがある。
上で述べた化学ポテンシャルにしても、自由エネルギー変化にしてもそうであるが、標準の値に補足分を加
えていくという概念を持つと混乱する。
確かに数式上はそうなってはいる。しかしこれらの値は積分から求めていることを忘れてはならない。
不定積分では積分定数が定まらないので、ある標準状態からの差を求めて定数を消去するのである。
従って化学ポテンシャルとは標準状態からの差なのである。だから、標準状態からの差がなくなったとき、化
学ポテンシャルはゼロとなり、
0=μ0+RTlogX0 ……(79)
すなわち、
μ0=-RTlogX0 ……(80)
となる。
化学平衡の自由エネルギー変化も反応系と生成系の化学ポテンシャルの差だから全く同様に考える。
0
0=ΔG0+RTlogK ……(81)
だから、
0
ΔG0=-RTlogK ……(82)
である。
0
0
ただし違うところがある。化学ポテンシャルは、logX が負である場合、logX が logX の絶対値より正に
0
大きければ正であり、logX が正であっても logX 絶対値よりも小さければ負になる。この正負の意味は、
標準状態からどれだけ高いか低いかの差であるという意味しかない。
ところが、化学平衡の場合可逆的(生成物側にも反応物側にも進むめる意味での)化学反応が起こって
いるのが前提である。場合によっては、生成物側にずっと偏っていて、ΔG=RTlogK が正であるということ
が十分にありうる。
ではΔG が正なのになぜ化学反応が起こるのだろうか。ここに一つの錯覚がある。
気体の膨張の場合、内圧 P が外圧 Pex よりも大きくなければ自発的に変化は起こらない。同じならば平
衡にある。しかし膨張の方向へ変化しないだけであって、もし内圧 P が外圧 Pex よりも小さくなれば、今度
は圧縮が起こる。
つまり平衡というのはどちらにでも進むのだ。しかもこれは人間の意志によって操作できる。進む方向は、人
間が温度を上げるか下げるかで決まるからである。
しかし化学反応はそのように単純ではない。
化学熱力学で取り扱う化学反応は、平衡にある状態ものだけである。もちろん温度を上げたり触媒を使
わなければ起こらない反応もあろうが、どんな過程でもとにかく起こった後、定温・定圧で平衡にある状態
のものである。
つまり圧力に相当する反応物や生成物の濃度は多かれ少なかれはじめから存在していることを前提とす
る。
反応が起こるか起こらないは、平衡になる前の起こる過程の話なので、化学熱力学では取り扱えない。
それを取り扱うには化学反応速度論によらなければならないのだが、それを議論するのはまた別の機会に
しよう。
繰り返しになるが、熱力学は変化が起こる方向すなわち平衡がずれる方向が自発的かどうかしか判定で
きないのである。
くどいようだが、化学反応の起こる起こらないと、熱力学の自発的に起こる起こらないとは違うのである。

反応が起こる起こらないかは、まだ平衡になる前の過程の話である。

自発的に起こるか起こらないかは平衡がずれるかずれないかの話である。
ではもう一度前に戻って、化学平衡において、なぜ生成物側にずっと偏っていて、ΔG=RTlogK が正であ
るということがあるのだろう。
それは標準状態での自由エネルギー変化が負になるからなのだ。
0
上の式(82)を見ていただきたい。logK が正であるほど標準自由エネルギー変化ΔG0 は負になるのであ
る。このことは化学ポテンシャルでも同じだがそれは標準状態からの差をとるという意味に過ぎない。
0
しかし logK が正であるということは、logK が正(つまり生成物側に平衡が偏る)であっても化学反応が起
きるということなのである。
それは化学反応が持つ自由エネルギーが負であるためにそのようなことが可能になる。
等温・等圧で化学反応が起きない理想気体であれば、PV 仕事以外の自由エネルギーはゼロなので、そ
のようなことは不可能である。
0
0
つまり標準での logK が正になるということは、それだけ化学反応のΔG0=-RTlogK は負となって、ΔG
=RTlogK が正である分を打ち消すのだということになる。
そして例え式(76)のΔGtotal が正となっても、平衡が反応物側に戻っていくだけで、反応が起こらないとい
うことではない。あくまでもΔG0 を基準とした場合に、自発的に標準状態からどちらの方向に平衡がずれる
かということなのである。
あまり、あまり化学熱力学に深入りしないうちに、この稿を終わらせようと思うが、最後に平衡定数の温度
による変化を考えてみよう。
まず、式(82)から、
ΔG0=-RTlogK0 ……(82)
であった。これを変形して、
logK0=ーΔG0/RT……(83)
ここで、
ΔG0=ΔH0-TΔS0……(84)
を代入すると、
logK0=ーΔH0/RT+ΔS0/R……(85)
もしエントロピーΔS0 が温度によって変化しないとして、温度で微分すると、
d (log K ) H 0

(86)
dt
RT 2
となる。これをファントホッフの式という。
ちなみにオランダの有機化学者ファントホッフが提唱したためにこの名がある。
この式(86)から

エンタルピーが正(吸熱反応)であると傾きも正である。従って、温度が上がった方が K は大きくなる。

エンタルピーが負(発熱反応)であると傾きも正である。従って、温度が下がった方が K は大きくなる。
となる。
上に述べた自由エネルギーと化学反応の関係をまとめて言い表すと、
「平衡状態にある反応系において、状態変数(温度、圧(濃度))を変化させると、その変化を相殺す
る方向へ平衡は移動する。」
となる。このことはフランスの化学者ル・シャトリエが唱えたので、ルシャトリエの法則と呼ぶ。
はなはだ、教科書的なエンディングになってしまって恐縮だが、このへんでこの稿を終わる。