地域金融におけるフィンテックの重要性

REPORT
地域金融におけるフィンテックの重要性
山口 伸治・中川 敬基
貸出金利についても長期間、低下傾向にあり、2016
はじめに
年2月に日本銀行がマイナス金利政策を導入してから
地域経済の縮小や人口減少、少子高齢化などを背
は、さらにその傾向に拍車が掛かっている。また、人
景に、地方の地域金融機関(以降、地域金融機関)
口減少に伴う預金量の減少が経営に影響を及ぼす可
を取り巻く経営環境は、今後ますます厳しくなることが
能性が指摘されており、事業の基盤である預金量を
予想される。地域金融機関の融資対象企業は、大企
維持できなければ、地元経済の成長を支える資金が
業よりも中小企業が多く、優良な貸出先が少ないこと
供給できなくなるため、預金量をいかに確保するかも
や、長引く不況の中で大規模な設備投資による資金
重要な課題と言える。
需要が減少しているため、預貸率は年々低下してい
る。
海外にも収益源をもつメガバンクとは異なり、国内で
の運用にほぼ頼らざるを得ない地域金融機関にとって、
低下する地域金融機関の収益力
地域金融機関の収益力は2000年代以降、低下基調にある。その要因として、首都圏においても共通しているが、預貸率と貸出金
利が年々下がっていることが挙げられる。預貸率は、貸出残高を預金残高で除した比率を表したもので、金融機関は集めた預金を貸出
することで収益を得ており、資金需要が停滞すると、運用難により預貸率が低下し、収益を圧迫する。貸出金利の低下についても歯止
めは掛かっておらず、これまで利鞘の縮小に対して貸出量の拡大で補ってきたが、2016年2月に日本銀行がマイナス金利政策を導入し
てから、低金利での貸出競争はさらに激化している。
図1は全国と九州8県の国内銀行の預貸率推移、図2は全国と九州8県の国内銀行貸出約定平均金利の推移を見たものである。
まず預貸率であるが、九州では、個人向けローンや中小企業向け融資残高が増加したことが寄与し、直近の数値は改善しているが、全
国的に見ると低下基調にある。貸出金利も、九州及び全国においてほぼ一貫して低下していることが確認できる。今般の経済情勢や金
利情勢を鑑みても、これらの数値が短期間で上昇することは考えにくく、金融機関の収益力の一層の低下が懸念されている。
図2 国内銀行の貸出約定平均金利の推移
図1 国内銀行の預貸率推移
(%)
100.0
95.9
(%)
2.3
95.0
2.1
90.0
1.9
85.0
80.0
77.8
1.7
83.6
75.0
74.5
74.4
70.0
71.6
65.0
71.8
69.7
69.7
67.7
60.0
九州8県
55.0
50.0
2000年度末 03年度末
06年度末
09年度末
九州経済調査月報 2016年12月
66.2
15年度末
1.825
1.795
1.795
1.583
1.267
1.526
1.070
0.9
0.5
1.077
1.316
1.1
0.7
12年度末
1.833
1.3
全国
資料)日本銀行 「預金・貸出関連統計」より九経調作成
8
73.1
1.5
2.070
九州8県
2000年度末 03年度末
06年度末
0.845
全国
09年度末
資料)日本銀行 「預金・貸出関連統計」より九経調作成
12年度末
15年度末
地域金融におけるフィンテックの重要性
預貸率の低下、利鞘や預金量の縮小は、とくに影響が
議論がなされ、メガバンクや一部の地域金融機関は
大きく、金融サービスの付加価値と効率性を高め、収
フィンテックに注力し始めている。金融業界は、これま
益源の拡大・多様化を図ることが不可欠となっている。
でもITを使ったサービスと無縁ではなく、オンラインバ
このような状況下で、今注目を集めているのが「フィ
ンキングなど、ネットを経由した多様なサービスを提供
ンテック(FinTech)」である。本稿では、フィンテッ
してきた。しかし、我が国の金融規制の厳しい状況下
クが地域金融機関にもたらす影響や可能性を、国内に
では、必ずしもユーザーのニーズに応えきれていない
おけるフィンテックの先行事例を取り上げながら検証し、
部分があり、フィンテックは、ユーザーの細かなニーズ
探っていくこととする。
に対応するサービスの実現や、モバイル機器での金融
取引を主流にしている点で、従来の金融機関が提供
1 フィンテック(FinTech)の取組
1)金融 × IT
するサービスとは異なっている。
2)フィンテックの領域
我が国の金融業界を取り巻く経営環境が厳しさを増
フィンテックのサービス分野の主な代表例として、
す中、フィンテックに活路を見い出す動きが活発化して
「決済サービス」「暗号通貨」「投資・資産運用」
いる。フィンテックとは、ファイナンスとテクノロジーを
「寄付・融資」などが挙げられる(表1)
。「決済サー
合わせた造語で、ITを活用した金融サービスである。
ビス」 は、スマートフォンやタブレット端末をクレジット
リーマンショック後、アメリカのベンチャー企業を中心
カードの決済端末として活用する「グーグルウォレット」
に、決済業務や融資業務といった金融機関の事業領
「アップルペイ」などがある。「暗号通貨」 は、国や
域でフィンテックが拡大しており、従来の金融機関が
中央銀行が管理する通貨ではなく、オンラインサービ
提供してこなかった多種多様なサービスを提供してい
ス上で貨 幣 価 値を持つ電 子 通 貨サービスである。
る。フィンテックの台頭は地域金融機関にとって脅威と
「ビットコイン」 が代表例であり、ネット上の取引所で
なる可能性があるが、フィンテックの本格的な導入は、
自国の通貨と交換・購入し、データでお金をやりとりす
今後の地域金融の課題を解決する手段の1つとして
るため、国際送金時などの手数料を軽減できる。「投
避けては通れないテーマとなっている。
資・資産運用」 では、銀行やカード会社、証券会社
フィンテックが持つ潜在的な効果については既に多く
がネット上で連携し、資産を管理するサービスがあり、
表1 フィンテックの代表的なサービス
サービス名
サービス内容
国内のフィンテックベンチャー企業
決済サービス
フィンテックによるサービスは 「決済」 が約半分を占める。 代表例が米国
「PayPal(ペイパル)」 であり、 PayPal 口座間やクレジットカードでの送金
や入金を行う。
ウェブペイ(株)、コイニー(株)
暗号通貨
「ビットコイン」 が代表例。 国や中央銀行が管理する通貨ではなく、オンライ
ンサービス上で貨幣価値を持つ電子通貨サービスであり、 国際送金時などの
手数料が安い。
(株)bitFlyer、ビットバンク(株)
投資・資産運用
個人向け、 又は中小企業向けのサービス。市場動向やユーザーの投資性向に
基づき最適なポートフォリオ運用をアドバイスする。ロボアドバイザーとも呼ば
れる。
(株)お金のデザイン、ウェルスナビ(株)
寄付・融資
担保や事業計画ではなく、ECショップにおける販売・決済データなどを基に融
資を実行する。「クラウドファンディング」 や 「ソーシャルレンディング」 はネッ
トを通じて資金提供者を募るサービスである。
maneoマーケット(株)、クラウドクレジット(株)
個人財務管理
個人の銀行口座、クレジットカード、 ポイントなどを一括で管理。 銀行などの
金融機関に代わって個人のポートフォリオを作成する。
(株)マネーフォワード、(株)Zaim
会計・業務支援
会計関係のサービスが中心。システムをクラウド上に設置し、 同時にクラウド
ソーシングを組み合わせた例が多い。
freee(株)、(株)スマイルワークス
資料) 九経調作成
九州経済調査月報 2016年12月
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REPORT
ライフプランに合わせた資産のシミュレーションができる
3)最も注目を集めるブロックチェーン
サービスもある。「寄付・融資」には、金融機関を介
国内だけではなく、世界中から最も注目を浴びている
さずに、ネット上で不特定多数の人から資金を集める
技術の1つとして、ブロックチェーンがある。ブロック
「クラウドファンディング」 や、お金を借りたい人や企
チェーンとは、政府や金融機関などが中央集権的に
業と貸したい人や企業を結び付ける「ソーシャルレン
データを管理するのではなく、世界中に点在するコン
ディング」などがある。
ピューターにデータを分散させることで、破壊・改ざん
国内のフィンテックにおいては、海外と同様にそれぞ
が困難なネットワークを作る技術である。相互に信頼関
れのサービス分野でベンチャー企業が先行しているが、
係の無い不特定多数の参加者間で、権利の移転を実
海外との差を埋めるため、金融当局、金融機関、ベ
現することに適している。ビットコインに代表される暗号
ンチャー企業が協業してフィンテックを押し進める機運
通貨の基盤技術として用いられており、ビットコインの
が高まっている。
取引履歴を指してブロックチェーンと呼ぶこともある。
ブロックチェーンのネットワークに参加する全てのノー
ド(通信の主体となる個々の機器)に取引が通知さ
地域金融機関の事業拡大と規模拡大
地域金融機関が収益源を確保する施策の1つとして、事業領域の拡充や新たな金融ニーズの掘り起こしがある。具体的な取組とし
て、競争の激しい住宅ローンよりも相対的に収益性が高い消費者ローン、グローバル経済の成長を取り込める海外業務や外貨建て融
資、借入手法の多様化に繋がる電子記録債権や動産担保融資(ABL)の活用、個人を対象とした投資信託・保険などの資産運用商
品の販売が挙げられる。また、子会社や関連会社を通じて、証券や資産運用、リース、カードなどの関連業務の強化に力を入れている
地方銀行もある。
また、メガバンクに続いて、地域金融機関においても、合併・経営統合が見られるようになった。収益の減少が見込まれる中、まず
費用を抑制するのが常套手段であり、さらに規模拡大によって地域の価格支配力を高めることで、収益性も高めることが期待できる。表
2は、2010年以降に行われた地域金融機関の主な合併・経営統合の事例をまとめたものである。
表2 2010年以降の地域金融機関の主な合併・経営統合
【合併】
新銀行名
合併銀行名
2010年 3月
年月
筑波銀行
関東つくば銀行、 茨城銀行
2010年 5月
池田泉州銀行
池田銀行、 泉州銀行
2012年 9月
十六銀行
十六銀行、 岐阜銀行
きらぼし銀行
東京都民銀行、 八千代銀行、 新銀行東京
2018年 5月(予定)
【経営統合】
年月
2010年 4月
新銀行名
合併銀行名
トモニホールディングス
徳島銀行、 香川銀行
2012年10月
じもとホールディングス
きらやか銀行、 仙台銀行
2014年10月
東京 TYフィナンシャルグループ
東京都民銀行、 八千代銀行
2015年10月
九州フィナンシャルグループ
肥後銀行、 鹿児島銀行
2016年 4月
東京 TYフィナンシャルグループ
東京都民銀行、 八千代銀行、 新銀行東京(傘下入り)
2016年 4月
コンコルディア・フィナンシャルグループ
横浜銀行、 東日本銀行
2016年 4月
トモニホールディングス
徳島銀行、 香川銀行、 大正銀行(傘下入り)
2016年10月
2017年 4月(予定)
めぶきフィナンシャルグループ
足利銀行、 常陽銀行
ふくおかフィナンシャルグループ1)
福岡銀行、 熊本銀行、 親和銀行、 十八銀行(傘下入り)
1)2007年4月、福岡銀行と熊本ファミリー銀行(現熊本銀行)が経営統合し、設立。2007年10月、ふくおかフィナンシャルグループに親和銀行が傘下入り
資料)九経調作成
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九州経済調査月報 2016年12月
地域金融におけるフィンテックの重要性
れ、誰もがその取引の内容を知ることができ、定めら
界であるにも関わらず、顧客への付加価値の高いサー
れたルール(コンセンサス[合意]するための手順)
ビスの提供、業務効率化を目的として、マイクロソフト
に従うことで、特定のノードが、取引のまとまりである
のオフィスクラウドサービスである「OFFICE 365 」
ブロックを分散共有された台帳に登録できる。ここでい
を導入することを決定した。
う台帳とは、取引のまとまりであるブロックを時間軸に
一部の地域金融機関においても、フィンテックの取
沿ってチェーンのように繋いだものであり、これがブロッ
組は進んでいる。石川県の第一地銀である(株)北
クチェーンと呼ばれる所以となっている。この台帳に取
國銀行(金沢市)は、ソフトウェアベンダーである
引記録が追加されると、これに参加する全てのノード
freee(株)(東京都品川区)と提携し、取引先に対
で新しいブロックチェーンが共有される。この一連の仕
して同社のクラウド会計ソフト「freee」 の導入に力を
組みにより、取引の存在と正当性が特定の第三者に頼
入れている。「freee」は、銀行口座やレジなどから自
らなくても担保され、また改ざんしようとしても、分散
動で会計情報を取得し、会計事務の手間を削減してく
共有された膨大な数のブロックチェーンの特定のブロッ
れると同時に、許諾を得たユーザーの財務データを銀
クをほぼ同時に改ざんしなければならず、結果として改
行と共有する機能がある。これにより、(株)北國銀
ざんが不可能になっている。
行は取引先の業況や財務状況をリアルタイムで掴むこ
ブロックチェーンは、改ざんを困難にする仕組みや、
低性能なシステムを分散ノードとして使用し、停止する
とができ、取引先の資金需要時にタイムリーな融資提
案が可能となった。
ことなく運用できることから、ビットコインに代表される
また、
(株)福岡銀行などを傘下に置く、
(株)ふく
パブリックな取引への適用ばかりではなく、銀行取引や
おかフィナンシャルグループ(福岡市、以降 FFG)は、
契約の中核となる元帳管理などのプライベートなシス
今年4月に地域金融機関として初となるフィンテック向
テムでの適用においても注目されており、その市場性
けの投資会社、(株)ふくおかテクノロジーパートナーズ
は広範に及ぶと予測される。例えば、銀行の預金や
(福岡市)を設立した。FFGは、同社を通じてiBank
為替、決済などの勘定系業務、証券取引、不動産
マーケティング(株)(福岡市)に出資し、スマート
登記、契約管理などへの適用についての検討や研究
フォンアプリを使った新サービス「iBank(アイ・バン
が進められている。
ク)」を開始した。当アプリは、利用目的に応じて複
数口座に分散貯蓄が可能であり、リアルタイムで口座
4)国内金融機関の取組
情報が確認できるサービスを提供している。さらに目
国内金融機関においても、フィンテックの研究が進
的別に貯蓄した預金に連動して、割引クーポンを配
められており、とくにメガバンクが注力している。(株)
信・付与することにより、若い世代を顧客として取り込
三菱東京 UFJ 銀行(東京都千代田区)と(株)三
み、預金や将来発生するであろうローンの需要を獲得
井住友銀行(同)は、フィンテックのアイディアコンテ
することを狙っている。
ストを開催し、ベンチャー企業と協業することで、オー
このように、フィンテックは、地域の借り手や預金者
プンイノベーションによる新しいサービスや価値を生み
を獲得するという側面においても活用されており、さら
出そうとしている。(株)三井住友銀行や(株)みず
には新たな資金循環、ビジネスモデルを作り出す可能
ほ銀行(同)は、コールセンターに米 IBM 社の人工
性も持っている。その先行事例として、医療機関を対
知能型コンピューター「ワトソン」を活用し、顧客対
象に業務を行っている(株)エーエヌディー(福岡
応をより正確にスピーディにすることに取り組んでいる。
市)の取組を紹介したい。
また、(株)三井住友銀行は、セキュリティの厳しい業
九州経済調査月報 2016年12月
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REPORT
にいち早く気づいた同社は、自社が提供するシステム
2 医療 and IT and 金融
に金融サービスを付加することで、新たな価値を提供
1)医療機関の真のニーズ「資金管理」を提供
するようになったのである(図3)。
(株)エーエヌディーは、2013年に医療機関向けの
システムメーカーとして創業した。同社は、医療機関の
2)売掛債権の流動化スキームの確立
購買や在庫、受発注、消費をサポートする物流管理シ
同社のビジネスモデルは、さらに変革している。前
ステムを、月額固定のクラウド型ネットワークシステムと
述の事業で培ったノウハウを生かし、金融機関と連携
して提供している。このシステムにより、医療機関は、
して特定目的会社(SPC)を設立し、これまで医療業
診療報酬の過少請求を防止すると同時に、適切に診療
界において、取扱点数の多さや管理の煩雑さから困
報酬の請求ができるようになり、業務負担を軽減しなが
難とされてきた売掛債権の流動化スキームを確立し
ら品質向上にも寄与するサービスが提供された。
た。この流動化スキームは、2つのサービスで構成さ
さらに同社は、クラウドシステムに金融サービスを付
れている。まず、医療資材(医薬品、医療材料)を
加することで事業を拡大させた。医療機関は、各保険
対象とする購買代行サービス「スマイル20 」 では、
組合などに対して診療報酬を請求するが、例えば、過
(株)西日本シティ銀行(福岡市)との契約に基づき、
少請求や各種業務の質の低下が多発するなどして収益
ストラクチャードファイナンス2)により資金を調達した。
が減少すると、最終的に資金繰りに苦慮するようにな
2016 年1月にサービスを開 始した 「 第1号 法 人
る。このような場合、医療機関は、複数の購入先に
(SPC)」 は、まず5つの医療機関を対象にスタートし
対して支払日の再調整をしなければならない。同社は、
た。また、2016年9月には(株)十八銀行(長崎
パートナーである県内の医療機関からヒントを得て、こ
市)をレンダーとする「第2号法人(SPC)」を立上
の非効率性に着目し、医療機関側からみた「買掛債
げ、そちらでは売掛債権の回収延滞や医療機関の倒
務」と納入業者からみた「売掛債権」 の取引とを仲
産といったリスクをカバーする取引信用保険を国内損
介することで、それぞれの支払いサイト(期間)を延
害保険会社が引受けている。
伸もしくは短縮するサービスを開始した。同社のクラウ
さらに、医療機器(設備投資)を対象とする購買
ドシステムは、当初、物流管理を容易にすることで価
代行サービス「トラストME」 では、金融機関に加え
値を提案していた。しかし、医療機関の真のニーズ
て、リース会社と協調している。本サービスは、支払
は、物流管理ではなく、その先の資金管理であること
いサイトの見直しにより、医療機関が慢性的に抱える
図3 (株)エーエヌディーの購買代行事業モデル
特 徴
納入業者
メリット
ー
[巡回仕入れ]
配送・移送業務
配送コスト削減
受発注業務の低減
90日
ー
60日
価格開示
支払いサイト調整
(購買手数料のみ)
ー
30日
〈納入業者の支払いサイト短縮〉
支払基準日
医療機関
メリット
+
30日
+
60日
支払・契約一本化
預託在庫・定数管理品消化払い
初期費用、月額使用料なし
+
90日
〈医療機関の支払いサイト延伸〉
資料)(株)エーエヌディーウェブサイトより九経調作成
2)株式や債券などの伝統的な資金調達手段にとどまらず、取引上の仕組み(Structure)を工夫することで、組成される新たな金融商品によって、資金調達者と投資家とを仲介する金
融技術
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九州経済調査月報 2016年12月
地域金融におけるフィンテックの重要性
▲先端医療デザインセンター風景(九経調撮影)
▲同社の最先端ソリューション(次世代 SPD-RFID)
(九経調撮影)
キャッシュフローの問題を改善させることができる。支
確にした。今後、同社は、医療機器認定の必要のな
払いサイトのコントロールによって生まれる資金余力によ
い消耗品のプライベートブランド事業を立ち上げるとと
り、優秀な人材の獲得や効果的な設備投資を実施す
もに、医療機器・資材業界の再編に合わせて、同社
ることができるようになり、医療機関は業務改善と質
のフィンテックサービスを全国各地でフランチャイズ化
の高い医療サービスを提供できるようになる。
することで、将来的に売上1 , 000億円以上の企業へ
また2016年10月には、同社の本社が入居するビル
と成長することを目指している。
のフロアにおいて、最先端の医療・介護機器やサービ
こうした新たなビジネスモデルが医療以外の業界へ
ス、同社のソリューションなどを展示する「先端医療
も広がれば、一般企業においても、資金の貸し手が金
デザインセンター」を開設した。このセンターは、医
融機関からフィンテック企業に取って代わるケースが多
療や介護に関わる人材や企業との接点を生み出すこと
く見られるようになるものと思われる。一般企業にとっ
を目的としており、同社のフィンテック事業を始めとした
ては、売掛金回収サイトの短縮、融資申込みなど事
ビジネス機会の創出の場として期待されている。
務手続きの省略化により、効率的な資金運用が可能
となる。 金融機関にとっては、資金の借り手がフィン
3)新たな資金の借り手となるフィンテック企業
テック企業となることで、フィンテック企業が多数の一
同社の新規性と独自性は、医療機関に対して、IT
般企業の与信判断を行うため、業務効率化を図るこ
システムと金融を融合させたフィンテックにある。そし
とができる。このように、フィンテック企業が、金融機
て同社は、既存取引に存在するリスクや業務非効率に
関と地域の貸出先である企業との間にシステムを繋ぐ
積極的に介在し、「リスクテーカー」となることで、医
ことで、資金循環の形態も変わってくることが予想され
療保険や診療報酬制度における自社のポジションを明
る(図4)。
図4 フィンテック企業が介在した資金循環の形態
融資
金融機関
融資・投資
一般企業
フィンテック
企業3)
投資機関・
金融機関等
返済
資料) 九経調作成
バランスシート・レンダー
融資
フィンテック
企業
返済・受益
一般企業
返済
マーケットプレイス・レンダー
3)既存の金融機関と同様に一般企業に融資を行うフィンテック企業を、バランスシート・レンダーと呼ぶ
九州経済調査月報 2016年12月
13
REPORT
4)鍵を握る与信基準
融資元にもなるフィンテック企業は、既存の金融機
おわりに
関と区別する意味で、「オルタナティブ・レンダー(従
フィンテックサービスが進展していく中、借り手との
来とは異なる貸し手の意)」と呼ばれる。オルタナティ
接点が金融機関からフィンテック企業に置き換わる領
ブ・レンダーには、図4左のように、従来の金融機関
域も出てくるだろう。しかし、地域金融機関は、大都
と同じようなスタイルで、自社のバランスシートを使って
市圏と比較して中小企業の経営者や地域との結びつ
融資を実行する「バランスシート・レンダー」と呼ば
きが強いため、すぐにフィンテック企業が入り込むこと
れる業態と、図4右のように、フィンテック企業が金融
は容易ではない。むしろ、地域金融機関は、地元企
機関や投資機関から融資や投資を受け、一般企業に
業とフィンテック企業の橋渡しをして、総合的なサービ
融資などを実行していく「マーケットプレイス・レン
スを提供する必要がある。
ダー」と呼ばれる業態とが存在する。マーケットプレイ
また、これまで銀行がIT 企業へ出資する場合、銀
ス・レンダーは、資金の借り手と資金の出し手を繋ぐ
行は5%、銀行持ち株会社は15%までの出資制限が
プラットフォームを提供し、システム運用や融資・投資
あったが、2016年5月に「改正銀行法」 が成立した
利鞘によって収入を得ている。
ことで、今後は条件付きではあるものの、銀行からIT
とくに地元金融機関との連携を考慮すると、重要な
企業へ制限を超えた出資ができるようになった。従来
業態は、マーケットプレイス・レンダーになるだろう。
であれば IT 企業しか提供できなかった誰もが簡単に利
ただし、その連携の鍵を握るのは、与信基準にある。
用できるフィンテックサービスを、既存の銀行も自らの
今回事例として紹介した(株)エーエヌディーの成功
ブランドですばやく提供することが可能となる。フィン
ポイントの1つは、同社自身もノウハウとして、財務分
テックのシステムを導入することにより、貸出の容易性
析や支払能力評価だけではなく、病院機能分析など
を向上させ資金循環を高めることで、預貸率と貸出金
業界特性に合わせた独自の与信判断基準を持ってい
利の低下に歯止めがかかることも期待される。
ることが挙げられる。
地域によって特性が大きく異なる地域金融において
地域の経済活力の維持・向上には、収益力を備え
た活力のある地域金融機関が不可欠である。収益力
は、与信基準も異なってくるだろう。そのため、フィン
向上に地域金融機関がどうフィンテックを活用するか、
テック企業の持つ与信判断基準と、地域金融機関の
引き続き今後の動向に注目していきたい。
与信判断基準とが合致できるかどうかが、今後の融
資面での地域金融機関の鍵を握ると言えるだろう。
山口 伸治(調査研究部 調査役)
中川 敬基(調査研究部 研究主査)
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九州経済調査月報 2016年12月