138. CRP は心血管疾患の引き金となるか

 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009)
138. CRP は心血管疾患の引き金となるか?-世界初の遺伝子改変ウサギによる
解析
小池 智也
Key words:C 反応性蛋白(CRP),心血管疾患,動脈硬
化,トランスジェニックウサギ
山梨大学 大学院医学工学総合研究部
分子病理学講座
緒 言
C 反応性蛋白(CRP)は,炎症刺激により血中濃度が急激に増加するため,急性炎症マーカーとして古くから測定されてきた
が,近年,炎症を伴わない低値の範囲内での増加が,心血管疾患リスクの増加につながることが明らかにされた 1).それ以
来,CRP は心血管疾患のリスクマーカーにすぎないのか,それとも,疾患発症に関わる直接作用があるのかという点に世界的
な注目が集まり,多くの実験が行われた.細胞実験では,CRP がマクロファージなどに対して直接的な炎症惹起作用を示すこ
とが報告され 2),また大規模臨床試験では,従来の危険因子がなく,CRP だけが高い患者にスタチンを投与して CRP を低下
させると,心血管疾患の発症率が有意に低下した (JUPITER trial)3).その一方で,CRP と動脈硬化との直接的な因果関係
を科学的に証明できる,遺伝子操作マウスの研究では,一致した結果が得られていない 4-6).その理由に,マウスは炎症状態
でも CRP が増加せず,ヒト CRP を導入しても生理作用がないことが挙げられる 5,7).そこで我々は,CRP 研究に適した動物モ
デルとしてウサギに着目した.ウサギではヒトと同様に,炎症により CRP が増加することが知られ 8),また,ヒト CRP がウサギに
対して生理活性を持つ(ウサギの補体を活性化する)ことも独自に突き止めた(未発表データ,2009).そこで,ウサギにヒト
CRP 遺伝子を導入し,CRP の動脈硬化に対する直接作用を明らかにすべく検討を行った.
方 法
ヒト CRP cDNA を肝臓特異的に発現させるため,肝臓発現エレメント(LE6)を含むアポ E プロモーターを用い,さらに,導
入遺伝子を安定して発現させるため 4 コピーのインスレーター配列(INS)を両端に挿入し,Tg コンストラクトを作製した(図1).
図 1. トランスジェニックコンストラクトの構造.
肝臓特異的にヒト CRP 遺伝子を発現させるため,肝臓特異的発現エレメント(LE6)を含むアポ E プロモーターを用い
た.また,両端にインスレーター配列(INS)を挿入することで,染色体上の位置に関わらず安定した発現が得られる.
これを用いて,我々が確立したウサギへのマイクロインジェクションを行った 9).生まれた子ウサギから耳組織を採取してゲノ
ム DNA を抽出し,サザンブロットにより遺伝子の導入をチェックした.また,遺伝子導入が確認された個体より各組織を採取
し,ノザンブロットによりヒト CRP mRNA 発現を解析した.さらに Tg ウサギの血中よりヒト CRP を単離精製し,CRP の基本的
な生理作用を補体活性化実験により検証した.
2 種類のヒト CRP ウサギと同腹の non-Tg ウサギを用いて動脈硬化実験を行った.それぞれにコレステロールを添加した特
別食を 16 週間与えた後,大動脈ならびに心臓を採取した.大動脈の動脈硬化病変サイズを計測するため,SudanIV による
脂肪染色を行い,染色部分を画像解析ソフトにより定量した 10).心臓の冠状動脈病変を解析するため,我々が確立した方法
によりウサギの心臓を切り出し 10),冠状動脈の断面を顕微鏡下で撮影し,狭窄率を測定した.動脈硬化病変の細胞構成を比
1
較するため,マクロファージおよび血管平滑筋細胞の特異抗体を用いて免疫染色を行い,染色部位を定量した 10).また,ヒト
CRP の病変部位への沈着を,ヒト CRP 特異抗体による免疫染色により検討した 11).
結 果
肝臓特異的にヒト CRP を発現する 2 種類のヒト CRP Tg ウサギの作製に成功した(図 2A,B).それぞれのウサギの血中ヒト
CRP 濃度は,50mg/L,0.8mg/L であった.この Tg ウサギよりヒト CRP を精製し,CRP の生理機能である補体活性化能
を,ウサギおよびヒトの血清由来の CRP と比較検討した結果,両者と同様の補体活性化能を有することが明らかになった(図
2C).
図 2. ヒト CRP トランスジェニック(Tg)ウサギの作製と表現型解析.
A.サザンブロットによる遺伝子導入解析.マイクロインジェクションにより,ヒト CRP 遺伝子コンストラクトが組み込まれた
2 種類の Tg ウサギの作製に成功した.
B.ノザンブロットによるヒト CRP 遺伝子発現解析.ヒト CRP Tg ウサギから各種臓器を採取し,mRNA を抽出してノ
ザンブロットを行った.肝臓のみで強い mRNA 発現が認められた.
C.Tg ウサギで発現するヒト CRP の補体活性化能の検証.ヒト CRP Tg ウサギより単離精製したヒト CRP に正常な生
理機能があるかどうかを,補体活性化実験により検証した.対照として,ウサギおよびヒトの血清より採取された CRP を
用いた.Tg ウサギの産生するヒト CRP が,他の CRP と同様に補体を活性化できることが示された.
この 2 種類の Tg ウサギと同腹の non-Tg ウサギに,コレステロール添加食を 16 週間与えて,高コレステロール血症を惹起
させた.その際,血中の総コレステロール(TC)濃度が Tg ウサギと対照ウサギで一致するよう,隔週で TC 濃度を測定して適宜
コレステロール投与量を調整した.その結果,全ての群で,同程度の高コレステロール血症を惹起させ実験期間中維持させる
ことに成功した(図 3A).
2
16 週の投与期間終了後,大動脈ならびに冠状動脈の動脈硬化病変を画像解析ソフトを用いて定量した.その結果,ヒト
CRP Tg ウサギと non-Tg ウサギとの間で,大動脈の病変サイズと冠状動脈の狭窄率のいずれにおいても,統計的に有意な違
いは認められなかった(図 3B, C).病変内のマクロファージ,平滑筋細胞の占める割合についても,Tg 群と non-Tg 群とで大
差なかった.一方,ヒト CRP の特異抗体による免疫染色の結果,Tg ウサギの病変内でヒト CRP が著明に沈着していることが
明らかとなった(図 3D).
図 3. CRP Tg ウサギを用いた動脈硬化実験.
A.コレステロール投与期間における血中 TC および HDL-C の推移.non-Tg ウサギと 2 種類のヒト CRP(hCRP) Tg
ウサギ(低発現 L,高発現 H)で,同程度の高コレステロール血症が誘導された.
B.ヒト CRP Tg ウサギの大動脈硬化病変.病変部を脂肪染色(赤色)した大動脈の写真(左)と,病変面積を定
量した結果(右).Tg ウサギと non-Tg ウサギとの間に有意な差は認められなかった.
C.ヒト CRP Tg ウサギの冠状動脈硬化病変.左冠状動脈(LCA)起始部の病変のヘマトキシリン&エオジン(H&E)染色
写真(左)と,LCA 並びに右冠状動脈(RCA)の狭窄率の計測結果(右).両群に有意な差は認められなかった.
D.大動脈並びに冠状動脈病変のヒト CRP 染色.ヒト CRP 特異抗体による免疫染色を行った.Tg ウサギの病変内に
ヒト CRP が著明に沈着している.使用した抗体はウサギ CRP との交差性がわずかにあり,non-Tg ウサギの大動脈病
変でも薄く染色された.
考 察
本研究により,世界で初めて,ヒト CRP を過剰発現する Tg ウサギの開発に成功した.このウサギが発現したヒト CRP は,
ウサギの補体を活性化する能力があることが確認され,正常な生理作用を持つ CRP が産生されていることが明らかとなった.
また,Tg ウサギのヒト CRP 濃度は,発現の高い系統で 50mg/L を示し,この濃度は臨床研究において示された心血管疾患
の高リスク患者の濃度(3 ~ 10mg/L)を上回るものであった 12).そのため,このウサギモデルは,質-量共に充分な CRP を有し
3
ており,CRP の動脈硬化への作用を検討する際の適切なモデルであると言える.このモデルに動脈硬化を惹起させ,動脈硬
化の発生と進展に対する CRP の直接作用を検討した結果,大動脈並びに冠状動脈病変のいずれにおいても,CRP Tg ウサ
ギと同腹の対照ウサギの間で明らかな違いは認められなかった.一方で,免疫染色の結果,CRP Tg ウサギの病変内には大
量のヒト CRPが沈着していた.したがって,本研究により,CRP は動脈硬化に対する直接作用はなく,心血管疾患リスクを反
映する単なるマーカーに過ぎないことが明らかになった.この結果は,遺伝的に CRP が高いヒトで心血管疾患の発症リスクが高
くなかったという最近の報告とも一致するものであった 13).
本研究の共同研究者は,山梨大学分子病理学講座の Yu Ying,範 江林,佐賀大学総合分析実験センターの北嶋修
司,西島和俊,アメリカ University of Michigan Department of Internal Medicine の Jifeng Zhang,Eugene
Chen,山梨大学臨床検査医学講座の尾崎由基男,熊本保健科学大学リハビリテーション学科の森本正敏,福岡和白病院の
渡辺照男,ドイツ Instutute of Medical microbiology and Hygiene の Sucharit Bhakdi,宮崎大学病理学講座の浅田
祐士郎である.
文 献
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