フォトニック結晶ファイバ(1)−光学特性−

フォトニック結晶ファイバ(1)−光学特性−
フォトニック結晶ファイバ(1)−光学特性−
Photonic Crystal Fibers(1) − Optical Properties −
藤
田
盛
行
*
人
*
田
M.Fujita
鈴
木
聡
中
*
正
俊
山
M.Tanaka
A.Suzuki
小
柳
樹
S.Koyanagi
要
真
*
也
S.Yamadori
*
繁
取
山
本
哲
*
也
T.Yamamoto
約
フォトニック結晶ファイバのクラッドは,シリカガラス中に光の波長と同程度の周期で規則的に配列したエア
ホールから構成される。シリカと空気からなる結晶構造のクラッドが,通常の光ファイバと著しく異なった特性を作
り出す。本報では,フォトニック結晶ファイバの構造と作製方法の概要を紹介した後,主要な光学特性について,通
常のステップインデックスシングルモードファイバと比較して解説する。
キーワード: 光ファイバ,フォトニック結晶ファイバ,シングルモードファイバ,ファイバ特性
Summary
The cladding of Photonic Crystal Fiber (PCF) is constituted of air holes arranged as periodically as the wavelength
of light in the silica glass. The cladding having a structure made up of silica glass and air holes enables characteristics
that are quite different from those of conventional fibers. In this paper, we introduce the outline of fabrication and
structure of PCF and explain dominant optical properties of PCF compared with those of conventional step index
fibers.
Key words:Optical fiber, Photonic crystal fiber, Single-mode fiber, Fiber characterization
1.まえがき
ニックバンド結晶と名付けられた。
フォトニック結晶ファイバ(PCF : Photonic Crystal Fiber)
光ファイバや光導波路は,コアとクラッドとのわずかの
の研究開発のきっかけは,2次元のフォトニックバンド構造を
屈折率差を利用して光をコアの中に閉じ込めて導波させ
実現することであった。1995年,ラッセル(Russel)らは,シ
る。光を閉じ込める原理は,全反射(TIR:Total Internal
リカガラス中にエアホールを六方配列させた構造で,フォト
R e f l e c t i o n )である。最近になり,フォトニックバンド
ニックバンドが存在することを理論的に示した。1996年,同
ギャップ(PBG:Photonic Band Gap)という新たな原理
グループは初めてシリカと空気からなる周期構造を持った
によって,光を閉じ込めて制御することが提案された 。こ
光ファイバを発表した 。この光ファイバは,コアがシリカ
の原理は光の波長と同程度の周期で比較的大きな屈折率
であり,通常の光ファイバと同じく全反射で光が導波して
変化がある媒質(通常は人工的媒質)中へは,特定の大き
いた。PBG は見出されなかったが,シングルモードの導波
さのエネルギを持つ光子(すなわち,特定の波長の光)は
モードがコアを伝搬することが示され,しかもフォトニッ
浸入できずに跳ね返されるが,異なるエネルギを持つ光子
ク結晶クラッドの実効屈折率が波長によって大きく変化す
(異なる波長の光)はこの媒質中を通過できることを利用
るという 奇妙 な特性を示すことが明らかにされた。その
する。ちょうど,半導体において規則的に並んだ原子が周
後現在までは,PBG 構造ファイバの実現もさることながら,
期的ポテンシャル場を形成し,電子が存在できるバンドと
全反射を原理とする P C F について,
「フォトニック結晶ク
存在できないバンドが生まれて,いわゆるエネルギバンド
ラッドが示すさまざまな特性を明らかにして,その応用を
ギャップを作ることに類似している。そこで,光の波長と
追求する」ことに研究開発の重点が置かれてきた。この間,
同程度の周期構造をもち,光子の浸入を禁止できる人工的
PBG構造ファイバは,1997年に,ハニカム格子(Honeycomb
媒質は,フォトニックバンドギャップ構造あるいはフォト
Lattice)構造 で比較的容易に PBG 伝搬が可能であること,
*
情報通信事業本部
フォトニクス研究所
−1−
三
第99号
菱
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時
2002年7月
報
1998 年に,三角格子(Triangular Lattice)構造 で実際に
PBG伝搬が観測されたことが報告されている。しかし,PCF
における PBG の存在が証明された段階であり,実用レベル
の特性が得られるまでには,乗り越えるべき課題が数多く
残されている。
今後三回に分けて,PCF の概説を行う予定である。今回
は,PCF の作製方法について簡単に紹介した後,屈折率導
波型 PCF(後に定義を述べる)のいくつかの光学特性につ
いて概説することにする。
(a)
(b)
(c)
(d)
2.フォトニック結晶ファイバとは
フォトニック結晶ファイバ(PCF)という用語の定義を明
らかにしないまま使用してきたが,その意味する範囲は曖昧
なところがある。本来,PCFはPBGを発現する光ファイバを
指していたのであるが,現在は,Fig. 1 に示すような多数の
エアホールが規則正しく配列した構造のクラッドを持つ光
ファイバはすべてPCFと呼ばれているようである。我々もこ
のような意味で PCF という呼び方を使う。
Fig. 2
Examples of photonic crystal fibers
(a)Index guiding PCF
(c)Hole-assisted fiber
(b)Air-clad fiber
(d)PBF
フォトニック結晶ファイバの分類
(a)屈折率導波型PCF (b)エア−クラッドファイバ
(c)空孔付加型ファイバ (d)PBF
また,光の閉じ込めは通常の光ファイバと同じく Ge など
をドープしたコアで実現したうえで,コアの周りにエア
ホールをいくつか設けたタイプ(Fig. 2(c)参照)も提案さ
れており,これらのタイプも Holey Fiber に含めて扱われて
いる。この光ファイバは,エアホールへの導波光の浸み出し
が小さいため低損失化が比較的容易に図れる利点がある
Fig. 1
SEM photograph of PCF
が,周期的クラッドによって発現される特性は当然ながら
PCF の電子顕微鏡写真
持つことはできない。このタイプの光ファイバはエアホー
ルによって分散特性などを変化させることができるため,
また,微細なエアホールが多数並んでいるという特徴を
捉えて,孔のある光ファイバ(HF : Holey Fiber) とか,
ホールに手助けされた(Hole-assisted)ファイバと名付けら
れたりしている 。
微細構造ファイバ(Micro-Structured Fiber) とも呼ばれ
3.フォトニック結晶ファイバの構造
ている。
PCF を導波原理で分類すると,二つに分類できる。Fig. 2
に分類を模式的に示す。一つは,PBGによって光を閉じ込め
構造上は,PCF も通常の光ファイバと同じようにコアと
るフォトニックバンドギャップ型PCF(PBFあるいはPBGF,
クラッドに分けられる。その特性は,クラッドのエアホー
Fig. 2(d)参照)であり,構造に厳しい周期性とエアホール
ルの配列,エアホールの数(層数)
,クラッド部面積全体の
サイズの均一性を要求する。もう一つは,全反射により光を
中でエアホールが占める割合(これを空隙率という)
,コア
閉じ込める,屈折率導波型 PCF(Index Guiding PCF)であ
径およびコアの材質で基本的には決まる。
り,必ずしも厳しい周期性を必要としない。さらに,屈折率
コア部の構成およびクラッド部の構成によって Table 1
導波型 PCF には,比較的エアホール径の小さい多数のエア
のような種類がある。クラッドの代表的な構成は三角
ホールからなるクラッドを持つタイプ(Fig. 2(a)参照)と
(Triangular)配列と蜂巣(Honeycomb)配列である。これ
大きなエアホール径で少数のエアホールからなるタイプ(エ
らの構造を Fig. 3(a)と(b)にそれぞれ示す 。
アクラッド型と呼ばれることがある,Fig. 2(b)参照)に分
けることができる 。
現在最も作製例が多く報告されている構造は,コア部が
高屈折率の単一欠陥(Single Defect)で,クラッド部が三
−2−
フォトニック結晶ファイバ(1)−光学特性−
Table 1
Structure of PCF
4.フォトニック結晶ファイバの作製方法
PCF の構造
構造
クラッド部
周期構造
単一欠陥
コア部
P C F の作製方法として二つの方法が用いられている。一
構成材料
三角(Triangular)構造
蜂巣(Honeycomb)構造
石英(高屈折率)欠陥
つは,キャピラリを多数積み重ね(Stack)てプリフォーム
石英/中空の複合が一般的
とし,これを線引(Draw)する方法である 。この方法は,
石英が一般的であるが,非線形
積み重ね(Stack)&線引(Draw)法と呼ばれている。我々
媒質,ドープファイバなども可
は,中空のパイプでエアホールクラッドの出発材を組み立
中空(低屈折率)欠陥 中空が一般的
複合欠陥 高・低屈折率欠陥の複合 石英/中空の複合が一般的
てることから,キャピラリ法と呼んでいる。作製プロセスを
Fig. 4 に示す。エアホール数の多い PCFも比較的容易に作製
できるためより汎用性のある方法である。
Fig. 3
Cross-sectional view of photonic crystal fibers
(a)Triangular structure(b)Honeycomb structure
フォトニック結晶ファイバの断面図
(a)三角構造 (b)蜂巣構造
Fig. 4
Fabrication process of PCF
PCF の作製過程
角配列構造を持ったものである。ここで,欠陥(Defect)と
は,結晶工学の用語であり,周期構造の規則性が破れた部分
を指す言葉である。中心コア部がエアホールではなくシリ
もう一つの方法は,円筒ガラスロッドに穴を空けてプリ
カであるためにこのように呼ばれる。この構造は比較的作
フォームとし,これを線引する方法である。この方法は多数
製が容易であり,屈折率導波型 PCF の標準的な構成になっ
のエアホールを空けることが難しいため,比較的エアホー
ている。
ル数の少ない PCF の作製に適している。
Fig. 3(a)に示す最も基本となる単一欠陥コア・三角配列
クラッドを例に取り,PCFでよく使用される構造パラメータ
5.フォトニック結晶ファイバの光学特性
を以下に示す。
格子間隔(ピッチとも呼ばれる)Λ:エアホールの中心間
屈折率導波型 PCF は,導波原理が全反射である点は通常
隔。エアホール径d:クラッドのエアホールの径。コア径2a:
の光ファイバと同じである。両者の特性の違いを生んでい
中心欠陥の高屈折率部の最小径で第一層エアホールと外
るのは,一つは,PCF のクラッド部の実効屈折率が波長に
接する円の径。比エアホール径 d/Λ:dと Λ の比。この値は
より大きく変化する点である。このことによって,波長が
クラッドの実効的な屈折率と関係することから,構造の規
いくら短くてもシングルモード動作することや,コア面積
格化パラメータとしてしばしば使われる。空隙率(A i r
がどんなに大きくてもシングルモード動作するという特
Filling Fraction)F:高屈折率媒質に対するエアの割合を示
性(果てしないシングルモード ESM:Endlessly-Single
す。規格化周波数Λ/λ:波長に対するエアホール中心間隔の
Mode)が生まれる。
相対的な大きさを示す。導波特性の記述には Λ そのものよ
り規格化周波数を用いた方が一般性がある。
これらのパラメータのいくつかの関係を以下に示す。
コア径
空隙率
2a = 2Λ −d
もう一つの大きな特徴は,コアとクラッドの屈折率差を
通常の光ファイバよりもはるかに大きくできるという点
である。この特徴から,導波路分散を広い範囲に亘って変
・・・ えることが可能となり,短波長にゼロ分散を持つ光ファイ
・・・ ど,さまざまな分散特性を持った光ファイバを実現でき
バや広い波長帯に亘って分散がフラットな光ファイバな
る。さらには,クラッドのエアホール径を xy 方向で異なら
せて構造異方性を持たせたり,コア径を非円とすることに
より大きな偏波保持性が比較的容易に生まれ,偏波保持
−3−
三
第99号
菱
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線
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業
2002年7月
報
値はほとんど波長に対し一定となる。その結果,V値は波長
ファイバを実現できる。
以下では,通常のステップインデックスシングルモード
ファイバと比較をしながら,屈折率導波型 PCF の光学特性
λ に反比例して変化することになり,波長が短くなるとシ
ングルモード条件である V < 2.4 が成り立たなくなる。
これを PCF に拡張すると 式のようになる 。
を示すことにする。また,これ以降,屈折率導波型 PCF の
ことを,誤解のない範囲で単に PCF と呼ぶことにする。
5.1
時
・・・ Λ:格子間隔,no:シリカの屈折率,neff:クラッドの実効
伝搬特性
ESM のメカニズムをまず説明する 。ESM は,結晶構
屈折率
形は 式に似ているが,√の中の neff の値が先に示した
造をしたクラッドの実効屈折率が波長により大きく変化
することで生まれる。クラッドの実効屈折率は,無限に拡
Fig. 5 のような波長依存性を示すことにより,Veff 値は通常
がった三角格子構造中を伝搬する電磁波モードの伝搬定
の光ファイバとは異なった波長変化をする。Fig. 6 に,Veff
数b を平面波展開法などの数値解析手法により求め,空間
と規格化周波数 Λ/λ の関係を計算した結果を示す。
の波数 k = 2p/l で除して実効屈折率 neff=b/k として得ら
れる。d/L=0.6 で neff を計算した結果を Fig. 5 に示す 。図
5
中には,コアの屈折率,伝搬モード(基本モードと二次の
4
モード)のモード屈折率も合わせて示されている。横軸
は,規格化周波数であるが,クラッドの実効屈折率が波長
3
Veff
l に対し大きく変化している。通常の光ファイバではこの
ようなことはなく,波長に対しクラッドの実効屈折率は
シングルモード
d/Λ=0.45
d/Λ=0.30
d/Λ=0.15
d/Λ=0.05
2
ほとんど変化しない。この例(d/L=0.6)では,L/l が約
1.5 以上から二次のモードが立っている。d/L がさらに小
1
さくなる(d/L < 0.4 前後)とクラッドの実効屈折率が大
0
0.1
きくなり二次のモードが存在できず,ESM 条件が成立す
1
る。また,この図には,基本モードと二次のモードのモー
Fig. 6
ド屈折率差が大きいことも示されており,モード間の干
100
Veff versus Λ/λ
Veff と Λ/λ
渉が起こりにくいこともわかる。
モードインデックス β/k
10
規格化周波数 Λ/λ
1.46
Fig. 5 に示すように,波長が短くなるとコアとクラッド
1.44
の実効屈折率の差が小さくなり, 式中の l と√の値が共
1.42
に小さくなりそれぞれ相殺し合う。通常の光ファイバのよ
1.40
うに l に反比例して変化するのではなく,波長による変化
1.38
が小さくなり,波長が短くなるにしたがい変化が鈍くなり
1.36
コア
基本モード
二次モード
クラッド
1.34
1.32
一定の値(最大値)に近づく。d/L が小さい場合,Veff 値の
最大値はより小さな値に収束する。V eff 値は PCF の場合に
は 4.1 以下でシングルモード動作することが示されており
1.30
1.28
0
Fig. 5
1
2
5
3
4
規格化周波数 Λ/λ
6
7
,この条件を満たす d/L 値は先に述べたように約 0.4 以下
になる。
8
以上の説明は,Fig. 7 のモードプロファイルを観察する
Effective cladding index and modal index
と理解できる。この図の PCF は d/L=0.45 である。短波長
クラッド実効屈折率とモード屈折率(d/Λ=0.6)
さらに,ESMはV値というパラメータからも説明される。
通常の光ファイバの導波モードの数は 式の V値で与えら
れ,V 値が 2.4 以下でシングルモード動作する。
・・・ a:コア半径,λ:波長,nco:コアの屈折率,ncl:クラッド
a)λ=1550nm
(b)λ=532nm
の屈折率
通常のシングルモードファイバでは,nco とncl が材料分散
により波長とともに同等に変化するため, 式の√の中の
−4−
Fig.7
Near field pattern of PCF
PCFの近視野像(d/Λ = 0.45)
フォトニック結晶ファイバ(1)−光学特性−
Table 2
の532nmでは,モードフィールドがエアホールを避けるよ
うにして六角形状を取るのに対し,長波長の 1550nm では
モードフィールド径(d/Λ=0.6)
モードフィールドはエアホール中へも浸入して円形に近
波長
くなる。短波長ではフィールドはシリカ領域に集中し,ク
ラッドの実効屈折率はシリカのそれに近づき,コアとク
ラッドの屈折率差は小さくなる。一方,長波長では,クラッ
ドの実効屈折率はエアホールとシリカの面積で決まる平
Mode field diameter
PCF
SMF
長軸
短軸
0.85
9.59
8.44
MM
1.31
9.76
8.94
9.21
1.55
9.57
9.02
10.23
単位は µm,SMF はシングルモードファイバ,MM はマルチモード
均的な屈折率に近くなり,コアとクラッドの屈折率差は大
きくなる。Fig. 8 は同じ PCF で,波長 532nm での遠視野像
通常の光ファイバでは,コアとクラッドの屈折率差Δ n
を撮影したものであり,基本モードのフーリエ変換像が明
は,波長によりほとんど変化しないため,NA も波長による
瞭に観察できる。
変化はほとんどない。PCF では neff が短波長になるほど nco
に近づくため,顕著な波長依存性を示し,短波長になるほ
ど NA は小さくなる。
Fig. 9 は,マルチモード PCF に白色光を入射し,その出
射光をスクリーン上に投影した写真であり,赤い光ほど
ビームが拡がっており,N A の顕著な波長依存性が観測で
きる。
Fig. 8
Far field pattern at λ=532nm
波長532nmでの遠視野像(d/Λ=0.45)
屈折率導波型 PCF では,以上のようにクラッド実効屈折
率が波長により大きく変化するため,モードフィールドお
よび NA は通常の光ファイバとは異なった特性を示す。
まず,モードフィールドについて述べる。通常の光ファ
Fig. 9
source
イバの V 値と基本モードのモードフィールド半径 w との関
白色光源を入射したときの遠視野像
係は,近似的に次式で与えられる 。
... a : コア半径
Far field pattern when illuminated with a white-light
5.2
伝送損失特性
通常の光ファイバの損失要因は,ガラス中の不純物吸収
この式と 式から,波長が長くなると V 値が小さくなり,
(特に OH 吸収),構造不整およびレーリ散乱である。PCF
逆にモードフィールドが大きくなることがわかる。P C F で
も同様の損失要因に支配される。したがって,全損失を要
は,V値の波長変化が小さく,従って波長によるモードフィー
因別に分解して表すと,通常の光ファイバと同様に,
ルドの変化も通常の光ファイバよりも小さい。d/Λ=0.6 の光
・・・
ファイバのモードフィールド径の実測結果を Table 2 に示
と表すことができる。
PCF の損失特性の一例を以下に示す。Fig.10 は損失の波
す。わずかしか波長変化しないことがわかる。表中には,
1 . 3 µ m 帯シングルモードファイバのモードフィールド特性
長特性,Fig.11 はこれを 1/λ4 プロットしたものを示す。こ
も合わせて示す。
の光ファイバの構造パラメータは Λ = 7.3µm,d = 4.2µm
次に,NA について述べる。周知のとおり,NA は次式で
であるが,損失は,0.47dB/[email protected]µm と 0.5dB/km 以下
を達成している。また,レーリ散乱係数 A=1.02,構造不整
与えられる。
・・・
損失 B=0.25 と,通常の光ファイバの値にかなり近い。
レーリ散乱係数Aにはシリカガラスの密度揺らぎのほか,
エアホール表面の微細な凹凸も影響していると推定してい
−5−
三
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20
時
2002年7月
報
104
18
14
12
10
8
6
4
2
0
800
900
1000
1100
1200 1300 1400
波長(nm)
1500
d/Λ=0.2
103
Confinement Loss(dB/m)
損失(dB/km)
16
0.25
0.3
102
0.35
0.4
101
0.45
0.5
100
1600 1700
Fig. 10 Loss spectrum
10-1
損失波長特性(Λ=7.3µm,d=4.2µm)
0.6
5.0
0.8
1.2
λ
(μm)
1.4
1.6
Fig. 12 Confinement loss as a function of wavelength
4.5
閉じ込め損失(Λ = 2.3µm, エアホール層数 3)
4.0
損失(dB/km)
1
3.5
イバに曲げを加えない場合にも現れることで区別できる。
3.0
2.5
5.3
2.0
1.5
げ損失が現れることがある。長波長側の損失は通常の光
1.0
ファイバと同じようにフィールドが拡がることが原因で
0.5
0
曲げ損失特性
PCF では,波長が長い場合だけでなく,短い場合にも曲
あるが,短波長側の損失は PCF 特有のものであり,短波長
0
1190
1000
900
波長(nm)
840
側でコアの屈折率とクラッドの実効屈折率が接近し,屈折
率差が小さくなることが原因である。Fig.13 に曲げ損失を
Fig. 11 1/λ4 plot
計算した結果を示す
1/λ4 プロット
。この結果は実効屈折率モデルによ
り計算されたものであり,d/ Λ が大きくなると誤差が出る
る。構造不整損失Bは,エアホールの寸法変動やエアホール
が,図に示されているような d/Λ が小さい場合には,実測
表面の微細な凹凸が原因であると考えられる。OH吸収損失
値とよく一致する。
はコアおよびエアホール表面に残留している水分が原因と
10000
あろう。いずれにしろ,エアホール表面の影響が大きく,こ
1000
の影響をいかにして小さくするかが PCF の低損失化の課題
である。
以上の損失要因のほか,PCF特有の損失として,閉じ込め損
失(Confinement Loss)という損失要因が加わる 。コアがシ
リカのみからなる PCF は,シリカコア,エアホールクラッド,
シリカパイプの三層構造をしており,シリカコアとシリカパ
Bending loss(dB/km)
考えられる。また,エアホール中に存在する水分子の影響も
イプの間に何層かで構成されたエアホールクラッドが挟まれ
d/Λ=0.25
Standard
100
10
0.35
1
0.1
0.01
0.30
0.40
0.001
た構造をしている。エアホール層の厚さとエアホール径が大
0.0001
0
きくない場合は,フィールドがクラッド部をトンネリングし,
500
1000
1500
2000
2500
3000
Wavelength(nm)
フィールドのエネルギはシリカパイプへ漏れ出す。W型ファイ
Fig. 13 Bending loss properties
バが長波長側で基本モードカットオフとなるのと同様のメカ
曲げ損失特性(Λ=2.3µm)
ニズムと考えられる。特に,d/Λ が小さい場合,閉じ込め損失
を小さくするには,ある程度のエアホール層数が必要になる。
Λ=2.3µm で三層エアホール構造での閉じ込め損失の波長特性
Fig.13 は Λ=2.3µm の場合の計算結果であるが,この場
の計算結果を Fig.12 に示す 。d/Λ が小さいほど,波長が長く
合,d/Λ が 0.35 以上になると光通信の利用帯域では曲げ損
なると閉じ込め損失は大きくなる。PCFの場合,長波長で損失
失が極めて小さいことがわかる。PCF では構造パラメータ
が大きくなる場合は閉じ込め損失であると判断できる。曲げ
を選ぶことにより,曲げ損失が実用上全くない光ファイバ
損失も長波長で現れることがあるが,閉じ込め損失は光ファ
が実現できる。Table 3 は Λ = 2.1µm,d = 1.1µm,d/Λ =
−6−
フォトニック結晶ファイバ(1)−光学特性−
0.52 の PCF の曲げ損失を通常の光ファイバと比較した結
ある。例えば,Λ=2.3µm とし,d/Λ が小さい範囲で変えた
果である。
場合の波長分散特性の計算例を Fig.14 に示す 。d/Λのわず
かの違いで波長分散が大きく変わることが判る。d/ Λ が小
Table 3
Bending loss
さい場合には,シリカの材料分散に近いこともこの図に示
曲げ損失(Λ=2.1µm,d/Λ=0.5)
波長
〔mm〕
〔µm〕
SMF
損失増加〔dB/m〕
DCF
DSF
1.31
0.12
0.04
20 φ
10 φ
5φ
3φ
されている。
PCF
0
-
1.55
6.69
0.2
0
1.62
18.23
0.81
0.04
-
1.31
-
7.37
0
0
1.55
-
測定不能
1.18
0
1.62
-
測定不能
22.04
0
1.31
-
-
0.21
0
1.55
-
-
測定不能
0
1.62
-
-
測定不能
0
1.31
-
-
-
0
1.55
-
-
-
0
1.62
-
-
-
0
100
50
分散(ps/km/nm)
曲げ直径
0
d/Λ=0.45
d/Λ=0.3
d/Λ=0.2
d/Λ=0.1
材料分散
-50
-100
注)「−」は未測定,
「測定不能」は損失増加が過大のため測定値が得られ
0.8
ていない。
1.0
1.2
1.4
1.6
1.8
2.0
2.2
2.4
波長(μm)
Fig.13 に見られるとおり,曲げ損失が極小を示す波長域
Fig. 14 Group velocity dispersion (GVD)
と構造パラメータd,Λとは密接な関係が見出せる。一般に,
群速度分散(Λ = 2.3µm)
エアホール径 d が大きくなるほど曲げ損失の小さい波長域
は広くなる。また,エアホール間隔 Λ は,曲げ損失の小さ
PCF では,ゼロ分散波長を,通常の光ファイバでは不可能
い波長域の中心位置を決める。すなわち,最低損失を示す
な1.27µm以下にシフトすることができる(Fig.14のd/Λ=0.45
およその中心波長は Λ/2 で与えられる 。
を参照)
。その結果,光通信波長帯で広い異常分散領域を持ち,
通常の光ファイバに見られるマイクロベンド損失につ
しかもこの波長領域でシングルモード動作させることが可
いても検討されており,PCF には実用的にマイクロベンド
能である。この特性を利用し,短波長帯でのスーパーコン
ティニューム光発生 やソリトン発生,そして 0.8µm 帯シン
損失はないと報告されている 。
グルモード伝送 などへの応用が考えられている。
5.4
PCF のコア径を 1µm程度に小さくすると,導波路分散は
分散特性
通常の光ファイバの波長分散は,材料分散と導波路分散
正常分散側へ大きく変化し,大きな正常分散を持つ光ファ
の和で与えられ,材料分散が使用材料により決まり,導波
イバとなる。この光ファイバは,分散補償ファイバへの応
路分散が光ファイバの構造により決まることは周知であ
用が考えられている。
る。光ファイバの使用材料は,シリカまたは Ge などをわず
また,シリカの材料分散の分散スロープとほぼ逆の導波
かにシリカにドープしたものであり,この場合,材料分散
路分散スロープを持つよう設計することも可能で,広い波
のゼロ分散波長は 1.27µm 前後となる。したがって,波長
長範囲で分散フラットな光ファイバが実現できる(21)。特に,
分散の設計自由度は,導波路分散をファイバ構造設計によ
分散スロープと絶対値が同時に反転した導波路分散を持
り変えることにある。しかし,通常の光ファイバでは,導
つよう設計することもできるので,ゼロ分散かつ分散フ
波路分散の値は材料分散のゼロ分散波長である 1.27µm 以
ラットな光ファイバも可能である。
上の波長では,正常分散の範囲でしか変化させることがで
きず,しかもその変化できる範囲も実際上は大きくない。
5.5
偏波特性
PCF でも,使用材料はシリカまたは Ge などをわずかに
PANDA(Polarization-maintaining AND Absorption-
ドープしたものであり,材料分散のゼロ分散波長が約
reducing)型ファイバなどは,コアの近傍に応力付与部を
1.27µm であることは同じである。しかし,導波路分散は,
形成し,コアに強い応力を加えることにより偏波保持性を
通常の光ファイバと異なり,正常分散側にも異常分散側に
得ている。PCF では,コアとクラッドとの屈折率差を大き
も変化させることが可能であり,その変化できる範囲も極
くできるため,コアの非対称性やクラッドのエアホール径
めて大きい。
の異方性によって容易に高い偏波保持性をつくり出すこ
PCF でこのようなことが可能となるのは,クラッドのエ
とができる(22) 。
アホールおよびコアの径を選ぶことにより,コアとクラッ
Fig.15 の PCF は,コアに隣接する二つのエアホールの径
ドの間の屈折率差を広範囲に変えることができるからで
を他のエアホールよりも大きくした構造をしている。作製
−7−
三
第99号
菱
電
線
工
業
時
2002年7月
報
法は,二本のキャピラリの内径を異ならせているだけであ
の基本的な光学特性と考えられる,伝搬特性,伝送損失特
り,その他の点は全く通常の PCF と同じである。Fig.15 の
性,曲げ損失特性,分散特性,偏波特性につき,理論検討
偏波保持 PCF のモード複屈折の測定結果を Fig.16 に示す
および試作・評価の結果を解説した。
(23)
今回はほとんど触れることがなかったが,PCF の高非線
。シミュレーションの結果も合わせて示しており,比較的
よく両者は一致している。波長 1.55µm で 1.4 × 10
−3
とい
形性などのさまざまな可能性についても報告されている
(24)
。次回は,今回論説していないその他の光学特性と屈折率
う大きなモード複屈折率が得られている。
逆に,PCF では,わずかな構造の対称性の乱れで大きな
導波型 PCF の応用について紹介する予定にしている。
偏波特性が出る。偏波モード分散が問題となる応用では欠
謝
点にもなることに注意しなければならない。
辞
日頃ご指導いただいております N T T 未来ねっと研究所
の河内正夫所長殿,佐藤健一部長殿,並びに川西悟基リー
ダ殿をはじめ同所の研究員の皆様に深謝いたします。
参考文献
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率が波長により大きく変化をすること,もう一つには,コ
アとクラッドの屈折率差が通常の光ファイバよりもはる
かに大きくできること,という二つの特徴から,通常の光
ファイバと著しく異なる光学特性を持つ。ここでは,PCF
−8−
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藤田 盛行(ふじた もりゆき)
情報通信事業本部
フォトニクス研究所(現在,光・
電子技術部)
光ファイバならびに光ファイバデバイスの研究・開発
に従事
電子情報通信学会会員
DOPS-NYT 2-2000.
T. A. Birks, D. Moglevtsev, J. C. Knight, P. St. J. Russell,
J. Broeng, P. J. Roberts, J. A. West, D. C. Allen, J. C.
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田中 正俊(たなか
情報通信事業本部
まさとし)
フォトニクス研究所
光ファイバ
グループ(現在,PCF事業開発部)
光ファイバの研究・開発に従事
電子情報通信学会会員
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T. P. White, R. C. McPhedran, C. M. de Sterke, L. C.
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山取 真也(やまどり しんや)
情報通信事業本部 フォトニクス研究所 光ファイバ
グループ(現在,PCF事業開発部)
光ファイバの研究・開発に従事
電子情報通信学会会員
T. Sørensen, J. Broeng, A. Bjarklev, E. Knudsen, S. E.
Barkou, “Macro-bending loss properties of photonic
鈴木 聡人(すずき
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A. Bjarklev, T. P. Hansen, K. Hougaard, S. E. Barkou,
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crystal fibres - An ultimate loss limit? ”, ECOC2001
情報通信事業本部
あきひと)
フォトニクス研究所
光ファイバ
グループ(現在,光・電子技術部)
光ファイバの研究・開発に従事
電子情報通信学会会員
We.L.2.4.
J. K. Ranka, R. S. Windeler, A. J. Stentz,“Visible
continuum generation in air-silica microstructure
小柳 繁樹(こやなぎ しげき)
optical fibers with anomalous dispersion at 800nm”,
情報通信事業本部 フォトニクス研究所 光ファイバ
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グループ(現在,光・電子技術部)
光ファイバの研究・開発に従事
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電子情報通信学会会員
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crystal fiber with zero GVD in the near IR suitable for
picosecond pulse propagation at 800nm band”,
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山本 哲也(やまもと てつや)
情報通信事業本部
フォトニクス研究所
グループ(現在,光・電子技術部)
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−9−
光ファイバの研究・開発に従事
光ファイバ