空洞化の懸念について (はじめに) 景気は、円高や株安、自粛や部品不足や電力不足といった逆風に耐え、緩や かながら回復を続けているようです。そうした中で、企業の日本からの脱出を 懸念する声が聞かれるようになってきました。そこで今回は、空洞化について 考えてみましょう。 (海外生産の要因) 企業は何故、海外で生産するのでしょうか。従来から挙げられていた理由は、 貿易摩擦回避のためと、円高による内外コスト差回避のためです。昨今では、 新興国の需要増大に対応するため、といった理由も増えて来ました。 ①かつて、日本の輸出企業は、激しい貿易摩擦に晒されていました。日本製 品の輸出が米国のライバル企業を脅かしたため、米国政府が日本政府に様々な 圧力をかけてきたのです。こうした圧力をかわすため、日本企業は相次いで米 国に子会社を設立し、そこで生産するようになりました。子会社は米国企業で すし、米国人を雇っているわけですから、米国政府が文句を言う事が出来ない、 というわけです。しかし、最近では貿易摩擦がすっかり下火になり、貿易摩擦 を回避するために海外に工場を移転する企業はほとんど見られなくなりました。 ②海外生産の今ひとつの要因は、円高により、海外で生産した方が安く作れ るようになった事でした。アジア諸国の安い労働力を使って労働集約的な製品 を作り、これを欧米に輸出したり、日本に逆輸入したりしたわけです。 こうした動きは、円相場が上下すると増減しますので、最近の円高によって 再び加速するものと見られています。 ③最近になり、増えて来たのが、新興諸国の発展に伴なって、現地市場で販 売するものを現地で作ろうという動きです。新興諸国では安いものが大量に売 れますから、日本製の高価な高級品を輸出するのではなく、現地で低コストで 作ったものを現地で販売しよう、というわけです。 ④日本は法人税が高いから海外に移転する、という論者もいます。 ⑤その他、今回の部品不足や電力不足などを受けて、リスク回避のために生 産拠点を分散しよう、という動きも出ているようです。 (空洞化懸念) 昨年度までの動きを見ると、③が比較的多かったようです。これは、国内産 業の空洞化には繋がりません。現地の需要が増えた分を現地の工場で供給する のであれば、国内工場が出て行くわけではないからです。加えて、現地生産の ための主要な部品は日本から輸出されることになります。日本の経常収支とい う観点からすれば、日本製品を作る際には海外子会社から日本企業に特許料な どがはいりますし、海外子会社が利益を挙げて親会社に送金すれば、これも投 資収益収支のプラスになります。したがって、③に関しては、今後も増加が見 込まれますが、懸念する必要はないでしょう。 ⑤に関しては、国内の原子力発電所が今後どの程度稼動されるかによります が、北海道電力の泊原発3号機の運転が再開された事などを考えると、極度な 電力不足が数年間にわたって続く、といった最悪の事態は回避できる模様です。 そうであれば、電力不足を理由とした海外移転は、それほど大規模なものと はならないでしょう。部品不足リスクについても、それを理由として海外に工 場を移そうという動きは限定的でしょう。 ④については、直感的な印象ほどは影響していないと思われます。税率より コストの方が重要だからです。たとえば 90 円で作って 100 円で売る企業にとっ て、法人税率が 50%なら最終的な利益は 5 円です。法人税の無い国に子会社を 作れば、子会社の利益は 10 円になります。しかし、海外の生産コストが1割上 昇すれば、海外子会社の利益は 1 円になってしまいます。つまり、為替レート 変動などによる生産コスト比率が変動する事の方が遥かに重要なのです。 ②については、今次円高を受けて、再び増加していく事が見込まれます。そ の影響としては、 「国内に失業者が大勢いる時に、労働集約型の生産ラインが流 出するのは痛手だ」というマイナスの評価をすべきです。 「労働集約的な製品の ラインが海外に移転し、国内の工場は技術集約的な製品の生産に特化すること になるので、日本産業の高度化につながる」というプラスの評価も可能ですが、 日本経済が元気が良かった時代ならばともかく、長期不況に喘いでいる昨今の 状況を考えれば、マイナス評価をせざるを得ないでしょう。 なお、企業が海外に工場を移したら、浮いた人員を他の産業が活用すればよ い(活用できるように規制緩和などを進める必要がある)、といった論者もいま すが、これは見当違いです。 「空洞化以前から失業者が大勢いたので、これを規 制緩和などで活用できるようにすべきだった」という事は言えても、それが出 来なかったという現実を踏まえれば、「空洞化で更に失業者が増えても心配な い」とは言えないはずだからです。 ②について、今ひとつ懸念されるのは、進出先との技術格差の縮小です。た とえば中国経済は驚異的な発展を遂げつつありますが、その過程で技術が急速 に進歩しており、「中国製品」の品質は短時間で大きく向上しています。 この結果、従来であれば、 「中国に生産を移した方がコストは安いのだが、製 品の品質が大幅に低下するので、国内で生産するしかない」と考えていた国内 企業が、安心して中国に生産を移転する事が出来るようになりつつあるのです。 尐し長い期間のグラフを描いて円と人民元の交換レートを比較すれば、それ ほど円高になっているわけではありません。加えて、中国がインフレ気味で日 本がデフレ気味で推移している事を考えれば、為替レート的にはむしろ数年前 に比べて日本が中国より有利になっているほどです。 (筆者が輸出困難度指数と 呼んでいる実質実効為替レート指数を比べると、現在の指数はリーマン・ショ ック前と概ね等しく、それ以前と比べれば日本に有利となっています)。 こうした事から、現在の円相場はそれほど懸念すべき水準には無い、という 論者もいるわけですが、実質実効為替レート指数は、技術進歩について考慮し ていないため、これを用いて日本と中国の競争力や海外現地生産化の影響など を論じる際には充分な注意が必要なのです。 (断固とした為替介入が必要) こうした事を考えると、断固とした為替の介入により、円安水準に押し戻す 事が空洞化を防ぐための(唯一ではないが)最大の手段だということになりま す。 為替を円安に誘導すると、競争力の無い企業が国内に留まってしまう、とい う論者もいます。しかし、為替を尐し円安にすれば海外移転を思いとどまるよ うな企業は、比較的競争力のある企業です。こうした企業が国内に残って雇用 を守る方が、円高を放置して失業対策として公共投資を増額するよりも遥かに 日本経済全体としての生産性は上がるでしょう。 為替の円高水準が続けば続くほど、企業は円高を前提とした事業計画を立て ることになっていきます。その意味では、円高の水準も重要ですが、現在の水 準が何年間も持続するといった予想を企業が持つことのないように、当局の迅 速かつ腰の据わった円高対策が求められるところです。 (過度な懸念は不要) 救いが無いわけではありません。今年1月に内閣府経済社会総合研究所が行 なった「平成22年度企業行動に関するアンケート調査」では、海外現地生産 高に占める日本向け輸出比率(逆輸入比率)は、過去数年間で若干低下してお り、5年後の見通しでも、更に若干の低下が見込まれています(平成27年度 見通しは 20.6%)。 現地生産が増加しても、上記③であれば心配はありませんし、②であっても、 従来の輸出が現地生産に振り替わるだけで逆輸入が増えないのであれば、不幸 中の幸いとも言えるでしょう。 海外現地生産自体は比較的順調な増加が見込まれていますから、逆輸入比率 が一定という事は、逆輸入自体は相当なスピードで増加していくのでしょうが、 逆輸入比率が 2 割程度であれば、残り 8 割に関して部品輸出などが増加する効 果も考えれば、それほど心配する事はないでしょう。 今ひとつ、注意をしたいのは、日本人は対外直接投資を嫌うと同時に対内直 接投資も嫌う傾向にあることです。日本企業が海外に工場を作ると「日本経済 が空洞化する」と心配しますが、外国企業が日本に工場を作ると「日本経済が 外資に支配される」と心配します。どちらも、それなりの理由はあるのでしょ うが、マイナス面ばかりに着目すべきではないでしょう。対外投資に際しては 「日本企業が世界市場を確保しに出て行った」とも言えますし、対内投資に際 しては「外国企業が日本国内に雇用を作ってくれた」とも言えるわけです。 そう考えると、 「対外投資が空洞化をもたらす」という心配は当然ですが、過 度な懸念にはならないように、バランス感覚が必要だと言えそうです。 今回は以上です。
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