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沖縄の「苦難の歴史」をめぐる - 慶應義塾大学メディア・コミュニケーション

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慶應義塾大学
メディア・コミュニケーション研究所紀要
沖縄の「苦難の歴史」をめぐる
テレビニュースの言説分析
:沖縄「慰霊の日」報道を事例として
山腰修三
1 問題の所在
(1)
本論は,沖縄「慰霊の日」に関するテレビニュースの言説分析を通じて本土社会 にお
ける「沖縄問題」の捉え方の特徴を明らかにすることを目的とする。
沖縄における米軍基地の集中に起因する諸問題の総称である沖縄問題は,戦後日本にお
ける主要な社会問題のひとつとして位置づけられてきた。周知の通り,沖縄は戦後,日本
から分断された。そしてアメリカの施政下で土地の強制接収が行われ,広大な基地が建設
された。その後,1972 年に日本への復帰を果たすものの,基地の負担は軽減されていな
い。こうした状況の中で,本土社会では,沖縄問題を「われわれの問題」として捉えるこ
(2)
との必要性が繰り返し指摘されてきた(山腰 2012)。2009 年の政権交代後,米軍普天間
飛行場移設問題が全国的な争点となることでこの沖縄問題が再び全国メディアにおいて積
極的に取り上げられ,語られるようになった。そしてその中でも従来と同様に沖縄問題を
「日本国民全体の課題」として捉えることの重要性が主張されてきたのである(『朝日新聞』
2010 年 9 月 5 日社説)。
それにもかかわらず,沖縄社会のローカルメディアや世論によって繰り返し指摘されて
きたことは,本土社会の沖縄問題に対する理解や関心の低さである。例えば沖縄県紙のひ
(3)
とつである『琉球新報』は,1995 年の反基地運動 が高揚する中で,沖縄問題に対する本
土社会の関心の低さを次のように批判した。
沖縄県民の心を理解し,その痛みを共有しようという国民も,そう多くはなかったろう(『琉球新報』1995
年 10 月 22 日)。
このような沖縄のメディアの論調は普天間飛行場移設問題を経て一層厳しさを増してい
る。そこでは本土社会による「沖縄差別」が告発され,あるいは全国紙が名指しで批判さ
(4)
れている 。
脚 注
1.「本土社会」とは沖縄を除く日本社会のことを指す。
2.例えば比較的早い時期から沖縄問題に関心を寄せてきた中野好
夫は「『沖縄』はなぜわたしたちの問題であらねばならないか」
と論じている(中野 1968)。
3.沖縄社会では,1995 年,米兵による少女暴行事件に端を発し
て反基地感情が噴出した。そしてそれは当時の県知事の米軍用
地の強制使用に関する「代理署名拒否」,県民総決起大会,基
地の整理縮小と地位協定の見直しを問う県民投票の実施など,
大規模な反基地運動へと展開した。その際の沖縄のメディアと
世論の動態については山腰(2011)を参照。
4.『沖縄タイムス』2010 年 5 月 29 日,7 月 31 日社説や『琉球新報』
2010 年 5 月 24 日,27 日社説を参照のこと。
149
メディア・コミュニケーション No.62 2012
また,NHK 放送文化研究所の沖縄県民意識調査によると,本土社会が沖縄社会を「理
解している」と答えた割合は 1987 年の 45%から現時点での最新調査である 2002 年の
35%へと低下し,「理解していない」とする割合が 48%から 57%へと増加している(謝名
元 1987; 1992; 河野 2002)。このように,沖縄のメディアと世論の間では本土社会が沖縄
問題を十分に理解していないという不満が存在しており,その傾向が次第に強まっている
ことが分かる。
以上にみられる認識ギャップの問題に取り組む上で,本土社会の沖縄問題に対する「理
解」,換言すると沖縄問題の捉え方の特徴を明らかにすることが重要である。それは沖縄
社会における捉え方とどのように異なり,沖縄のメディアと世論は本土社会における捉え
方のどこに不満を抱いているのであろうか。また,それは近年,とくに普天間飛行場移設
問題が全国的な争点となって以降,どのように変化しているのだろうか。本論では,社会
の価値観を凝集し表象する機能を果たすメディア・テクストの分析を通じて本土社会にお
ける沖縄問題の捉え方の言説的特徴を明らかにする。
分析を進めるに当たり,沖縄社会において,沖縄問題が歴史的文脈の中で,あるいはそ
れと関連する形で理解されてきた点に注目することが有用である。それは沖縄問題を「苦
難の歴史」として捉える視点である。1995 年の反基地運動の高揚期において沖縄県は自
らの歴史を「苦難の現代史」と位置づけ,日本社会に対して沖縄の置かれた歴史的状況を
(5)
告発した(沖縄県編 1996)。この告発は,沖縄戦と戦後の米軍基地問題を連続線上に捉え,
そうした歴史のなかで,沖縄社会が本土社会の「犠牲者」となってきたと指摘するもので
ある。このように,「苦難の歴史」との関連から沖縄問題を争点化するパターンが沖縄社
会に存在することが了解される。
そして沖縄社会の中でこの「苦難の歴史」との関連から沖縄問題が語られるイベントし
て位置づけられるのが 6 月 23 日の沖縄「慰霊の日」である。「慰霊の日」は沖縄戦の組織
的戦闘の終結にちなみ,琉球政府が 1961 年に制定した。そして 1965 年に 6 月 23 日を記
念日とすることが正式に決定された。「慰霊の日」には沖縄各地での慰霊祭のほか,糸満
市摩文仁の平和祈念公園において沖縄戦没者追悼式が開催され,内閣総理大臣が式典に出
(6)
席する 。また,沖縄のローカルメディアによって大々的に報じられるメディア・イベン
(7)
トとしての側面を持つ。このように「慰霊の日」は,沖縄社会の集合的記憶 が想起され
る代表的なイベントして位置づけることができる。ここで重要な点は,「慰霊の日」に関
するメディア報道を通じて沖縄社会の中で過去の沖縄戦と現在の基地問題とを連関させる
形で集合的記憶が再生産される点である。例えば沖縄県紙の『沖縄タイムス』と『琉球新報』
は「慰霊の日」当日に号外を出し,式典を大きく報道する一方で,6 月 23 日以前から「慰
霊の日」に向けた特集を連載する。そこでは基地問題と関連づけられながら沖縄戦が語ら
れる。
両紙ともむろん現在進行形の問題として基地問題を捉え,それに関する報道を通じて沖縄の戦争の記憶を更
新,ないしは再生産してきた。すなわち,第二次世界大戦,あるいは沖縄戦に関する「記憶の網」の中の中
心に基地問題を位置づけ,その中で基地問題の深刻さを論じてきたのである。そして,そうした「記憶の網」
が毎年鮮明に浮かび上がるのが,6 月 23 日の「沖縄戦慰霊の日」である(大石 2008: 60)。
脚 注
5.この主張は,米軍用地の強制使用をめぐる政府と沖縄県との裁
判(代理署名拒否訴訟)の過程で県が作成した準備書面の中で
展開された。
6.歴代総理としては海部俊樹首相が初めて式典に出席した。
7.「集合的記憶」は「複数の個人に集合的に持たれている記憶」
150
と定義される(石田 2000: 246)。すなわち,記憶や想起が個人
的現象として生じるのではなく,集団的な現象として(ある集
団が有する「記憶の枠組み」を通じて)生じることを強調する
概念である(アルヴァックス 1989: 19 参照)。
沖縄の
「苦難の歴史」
をめぐる
テレビニュースの言説分析
このように,沖縄のメディアと世論において,「慰霊の日」は沖縄問題を「苦難の歴史」
として周期的かつ継続的に再確認するメディア・イベントであると理解することができる。
それでは本土社会のメディアにおいて,沖縄問題を「苦難の歴史」の文脈から意味づけ
る語りや表象はみられるのだろうか。本論では,テレビニュースにおける「慰霊の日」報
道を分析対象とする。テレビニュースに注目する理由は,テレビが過去についてのさまざ
まな語りとイメージを大規模に,かつ日常生活に密着した形で流通させるメディアであり,
オーディエンスに対して集合的記憶を想起するための枠組みを提供するからである(伊藤
2005: 77)
。また,本論では「慰霊の日」報道の言説分析に際し,次の点に注目する。第一に,
沖縄のローカルニュースと全国放送のニュース(以下「全国ニュース」)との比較である。
第二に,普天間飛行場移設問題が顕在化して以降の全国ニュースにおける「慰霊の日」報
道の変化である。以上の分析を通じて,全国ニュースにおいて,沖縄のローカルメディア
や世論と同様に過去の沖縄戦と現在の基地問題との意味連関が存在するか否か,それは普
天間飛行場移設問題の展開を通じてどのように変化したのかを明らかにする。そして一連
の知見を踏まえながら全国ニュースにおける「沖縄問題」報道の特徴とその問題点につい
て考察を加えることにしたい。
2 全国ニュースとローカルニュースにおける
2008 年「慰霊の日」報道の比較
(1)報道量の比較
まずは普天間飛行場移設問題が全国レベルで争点化する前の全国ニュースとローカル
ニュースにおける「慰霊の日」報道を比較する。在京キー局(日本テレビ,TBS,フジテレビ,
テレビ朝日,テレビ東京),NHK(全国/沖縄),沖縄ローカル局(RBC,OTV,琉球朝日)
における 2008 年 6 月 23 日の夕方・夜のニュース番組の比較分析を行った。分析対象とし
た番組は表 1,2 の通りである。
1)ローカルニュースの報道量
沖縄県で 2008 年 6 月 23 日に放送された夕方のニュースの中で,「慰霊の日」はトップ
項目として大きく扱われた。NHK 沖縄の「ハイサイ!ニュース 610」では 50 分の放送時
間のうち,36 分,RBC「RBC the News」では 30 分の放送時間のうち,13 分,OTV「OTV
スーパーニュース」では 33 分の県内ニュース放送時間のうち,15 分,琉球朝日「station
Q」では 24 分の放送時間のうち,8 分が「慰霊の日」関連ニュースであった。このように,
沖縄県ローカル局のニュース番組において,「慰霊の日」は大きな出来事として扱われて
いることが分かる。
2)全国ニュースの報道量
NHK では「ニュース 7」,
「ニュースウォッチ 9」ともに「慰霊の日」を報じた。「ニュー
ス 7」
では 2 分 1 秒,6 番目の項目,
「ニュースウォッチ 9」では 33 秒,8 番目の項目であった。
また,在京キー局の全国ニュース(以下「民放の全国ニュース」と表記)については次の
通りであった。夕方の番組で「News リアルタイム」
(日本テレビ),
「イブニングファイブ」
(TBS)
,
「速ホウ!」(テレビ東京)が,夜の番組では「NEWS23」(TBS)のみが報じた。
夕方の 3 番組ではいずれもトップ項目ではなく,放送時間も 1 分前後であった。
このように,2008 年の全国ニュースにおいて,「慰霊の日」は総じて大きな関心が持た
れていないことが分かる。ただし,例外は「NEWS23」である。2008 年 6 月 23 日の同番
組は「沖縄特集」として沖縄・平和祈念公園からの中継で番組を進行させた。そして大田
151
メディア・コミュニケーション No.62 2012
●表 1 2008 年ローカルニュース番組リスト
番組名
放送時間帯
「慰霊の日」関連報道
NHK 沖縄
放送局
ハイサイ!ニュース 610
18:10 ~ 18:59
36 分 20 秒
琉球放送(RBC)
RBC The News
18:16 ~ 18:47
13 分 2 秒
沖縄テレビ(OTV) OTV スーパーニュース
18:22 ~ 18:55
14 分 30 秒
琉球朝日放送
18:28 ~ 19:00
8 分 28 秒
放送時間帯
「慰霊の日」関連報道
ステーションQ
●表 2 2008 年全国ニュース番組リスト
放送局
FT
iigguurree
&
&
aabbllee
番組名
NHK
NHK ニュース 7
19:00 ~ 19:30
2分1秒
ニュースウォッチ 9
21:00 ~ 22:00
33 秒
日本テレビ
NNN News リアルタイム
16:53 ~ 19:00
1分7秒
NEWS ZERO
22:54 ~ 23:58
なし
TBS
イブニングファイブ
16:52 ~ 18:55
1 分 34 秒
NEWS23
22:54 ~ 24:25
50 分 40 秒
フジテレビ
スーパーニュース
16:53 ~ 19:00
なし
LIVE2008 ニュース JAPAN
23:30 ~ 23:55
なし
テレビ朝日
スーパー J チャンネル
16:53 ~ 19:00
なし
報道ステーション
21:54 ~ 23:10
なし
テレビ東京
速ホウ!
16:54 ~ 17:20
49 秒
ワールドビジネスサテライト
23:00 ~ 23:58
なし
昌秀元県知事をゲストに迎え,2 本の特集を交えつつ,番組全体で 87 分の放送時間のうち,
50 分を沖縄関連報道に割り当てたのである。
(2)「苦難の歴史」の語られ方の違い
2008 年の報道においては,ローカルニュースと全国ニュースとの間で「慰霊の日」と
いう出来事の語られ方にも大きな違いが見られた。
第一に,ローカルニュースにおける「島ぐるみ」の強調である。全国ニュースが専ら糸
満市の平和祈念公園における式典のみを報じていたのに対し,ローカルニュースは県内各
地で行われた追悼式を網羅的に報じた。例えば「RBC the News」では,
「各地で平和の祈り」
という項目の中で,下記のイベントが連鎖的に紹介された。
平和の礎(糸満市・摩文仁)→魂魄の塔→平和祈念慰霊大行進→浦添市民球場(黙祷)→
世界平和の鐘・鐘打式(石垣市)→戦争マラリア追悼式(石垣市)→平良地域戦没者追悼
式典(宮古島市)→追悼式典会場(糸満市・摩文仁)→戦時遭難船舶慰霊祭(那覇市)→
(嘉手納基地の様子)→ひめゆりの塔慰霊祭(糸満市)→平和の礎
同様に,NHK 沖縄「ハイサイ!ニュース 610」でも,宮古・八重山地方をはじめ各地
の追悼式や慰霊祭を詳細に報じた。このように,全国ニュースが平和祈念公園の追悼式に
よって「慰霊の日」を語っているのに対し,ローカルニュースは「沖縄全地域=島ぐるみ」
の出来事として「慰霊の日」のニュースストーリーを構成していることがわかる。
第二に,同じ沖縄戦没者追悼式の出来事の報道においても注目される人物や出来事に違
いが見られる。全国ニュースの中でも民放の番組(ただし「NEWS23」を除く)では,
「慰
霊の日」報道で言及される主たる対象は福田首相であった。それは例えばテレビ東京「速
ホウ!」の項目見出しが「総理が沖縄戦没者を追悼」であることからも明らかである。そ
152
沖縄の
「苦難の歴史」
をめぐる
テレビニュースの言説分析
れらの番組では福田首相が沖縄県で開催された追悼式に出席したという側面を中心に組み
立てられている。追悼式で献花を行い,「沖縄の方々は苦難の歴史を過ごされた。そのこ
とは私たち全ての日本人は忘れてはいけない」と語る福田首相は「本土」=「われわれ」
を代表=表象する主体として描かれている。
一方で,ローカルニュースでは,仲井真知事の主張がクローズアップされている。例えば,
仲井真知事の「平和宣言」のシーンで「仲井真知事はこのように述べるとともに,日本国
内のアメリカ軍基地が沖縄に集中していることに関連して基地の整理・縮小や事件・事故
の防止などを日米両政府に訴えました」というナレーションを付している。このように,追
悼式という出来事の編集の仕方においても全国ニュースとローカルニュースとの間に違い
を見ることができる。
第三に,
「慰霊の日」における「過去の沖縄戦」と「今日の基地問題」という二つの
問題の意味連関の有無という点についても違いが見られた。全国ニュースにおいては,
「過去の沖縄戦」が前景化される一方で,基地問題についてはほとんど触れられなかっ
た。NHK「ニュース 7」
「ニュースウォッチ 9」はともに仲井真知事の「戦争の記憶を正
しく伝えること,この信条こそが沖縄の原点です」という平和宣言を報じている。また,
「NEWS23」では二つの特集を放送した。一つは語り部による沖縄戦の回顧,もう一つは
日本軍によって隠蔽された沖縄軽便鉄道爆発事故に関するものである。その一方で,基地
問題は NHK の二つの番組では言及されず,「NEWS23」でも,50 分の沖縄関連報道にも
関わらず,県民インタビューやキャスターの発言において基地問題が若干言及されるにと
どまった。
基地問題はローカルニュースでより明確に言及されていた。OTV『スーパーニュース』
では,
「普天間基地移設問題,福田首相『地元納得する方向で』」という独立した項目で伝
え,福田首相のコメントを紹介した。先述の通り仲井真知事の基地負担の縮小の訴えは
各番組で言及された。NHK 沖縄『ハイサイ!ニュース 610』では福田首相の発言のうち,
「米軍施設の集中はいまなお県民の大きな負担となっております。県民のご負担の軽減に
向け,地元の切実な声によく耳を傾けながら全力を挙げ取り組んで参ります」という全国
ニュースでは取り上げなかった箇所を報じた。RBC『The News』では,追悼式典で仲井
真知事が基地の縮小を訴えたことに触れ,「戦後 63 年が経過したにも関わらず,広大なア
メリカ軍基地を抱える変わらない沖縄の姿に仲井真知事は問題解決へ向け強い姿勢を見せ
ました」と報じた。
また,ローカルニュースの興味深い特徴は,「慰霊」の様子を伝えるニュースの中に米
軍基地(普天間飛行場や嘉手納基地)の短いショットが挿入されるという映像表現が全て
の番組に存在していた点である。例えば琉球朝日『station Q』では,約 40 秒の黙祷のシー
ンの中で,基地のショット(3 つのショット)が 15 秒間挿入されている。ナレーション
はなく,
「戦後変わらぬ―」というテロップが表示されている。このように,ローカルニュー
スでは,基地問題の進展について関心を喚起させつつも,同時に基地問題が所与の前提と
して(あえて言明しなくても了解される事柄として)表象されていることが分かる。そし
て黙祷のシーンに組み込まれた米軍基地のショットは沖縄社会の集合的記憶において,沖
縄戦(過去)と基地問題(現在)が連動して(「変わらない苦難の歴史」として)想起さ
れていることを示している。
以上のように,2008 年の「慰霊の日」をめぐる全国ニュースとローカルニュースにお
いてはその報道に大きな違いを認めることができた。他方で,「NEWS23」のように,全
国ニュースの中でも「慰霊の日」を重視し,大きく取り上げる番組が存在していたことも
確認された。
153
メディア・コミュニケーション No.62 2012
●表3 6 月 23 日の全国ニュースにおける沖縄関連報道の報道量の比較
放送局
放送時間帯
2008 年
(8)
2010 年
2011 年
5 分 40 秒
4 分 17 秒
NHK
夕方(ニュース 7)
2分
夜(ニュースウォッチ 9) 0 分 33 秒
13 分 10 秒 7 分 43 秒
日本テレビ
夕方
1分7秒
20 分 35 秒 1 分 16 秒
夜
なし
19 分 40 秒 11 分 34 秒
3分
TBS 夕方
1 分 34 秒
夜
50 分 40 秒 20 分 46 秒 0 分 47 秒
2 分 30 秒
夕方
なし
6 分 20 秒
なし
夜
なし
5 分 20 秒
なし
フジテレビ
テレビ朝日 FT
iigguurree
&
&
aabbllee
夕方
なし
9分
3 分 12 秒
夜
なし
5分
11 分
テレビ東京
夕方
0 分 49 秒
6 分 43 秒
0 分 35 秒
夜
なし
0 分 47 秒
なし
3 2010 年以降の全国ニュースにおける「慰霊の日」報道
(1)報道量の増加
2009 年 8 月の衆院選を経た政権交代を契機として普天間飛行場の移設問題が全国的な
争点となった。沖縄問題への関心の高まりは全国ニュースの「慰霊の日」報道にいかなる
変化をもたらしたのであろうか。以下では 2010 年および 2011 年の全国放送の夕方と夜の
ニュース番組を対象にその特徴を分析する。
普天間飛行場の移設問題は,表 3 に示す通り全国ニュースの「慰霊の日」報道の量的
な増大をもたらした。政権交代後初となる 2010 年 6 月 23 日の「慰霊の日」は NHK およ
び在京キー局の全ての夕方および夜のニュースで報じられた。放送時間も TBS の夕方の
ニュースおよびテレビ東京の夜のニュースを除いて 5 分以上となり,日本テレビの夕方と
夜のニュース,TBS の夜のニュースでは約 20 分の放送となった。
2011 年は 2010 年と比較すると放送時間,放送番組ともに減少するものの,NHK「ニュー
スウォッチ 9」,日本テレビ「NEWS ZERO」,テレビ朝日「報道ステーション」でそれぞ
れ特集を組むなど,「慰霊の日」および沖縄問題に対する一定の関心が持続していること
がうかがえる。
脚 注
8.民放各局の番組名は次の通りである。
日本テレビ:夕方のニュース「リアルタイム」(2008)「news
every.」(2010,2011)/夜のニュース「NEWS ZERO」
TBS:夕方のニュース「イブニング 5」
(2008)
「N スタ」
(2010,
2011)/夜のニュース「NEWS23」(2008)「NEWS23 クロス」
(2010,2011)
フ ジ テ レ ビ: 夕 方 の ニ ュ ー ス「 ス ー パ ー ニ ュ ー ス 」(2008,
2010,2011)/ 夜 の ニ ュ ー ス:「 ニ ュ ー ス JAPAN」(2008,
154
2010,2011)
テレビ朝日:夕方のニュース「スーパー J チャンネル」(2008,
2010,2011)/ 夜 の ニ ュ ー ス:「 報 道 ス テ ー シ ョ ン 」(2008,
2010,2011)
テ レ ビ 東 京: 夕 方 の ニ ュ ー ス:「 速 ホ ウ!」(2008)「News
fine」(2010,2011)/夜のニュース:「ワールドビジネスサテラ
イト」(2008,2010,2011)
沖縄の
「苦難の歴史」
をめぐる
テレビニュースの言説分析
(2)
「沖縄戦」と「基地問題」との争点連関
2010 年・2011 年の全国ニュースの特徴として,普天間飛行場移設問題の進展という観
点を前景化させた報道姿勢を挙げることができる。例えば 2010 年の「ニュース 7」は「慰
霊の日」を次のような構成で報じている。
① 平和祈念公園・平和の礎の様子
② 遺族へのインタビュー
③ 沖縄戦の解説
④ 普天間飛行場の様子
⑤ 基地近くで働く女性へのインタビュー
⑥ 菅首相戦没者追悼式に出席,黙祷のシーン
⑦
⑧
⑨
⑩
仲井真知事の平和宣言
菅首相の挨拶
菅首相・仲井真知事の会談
両氏のコメント
また同番組では,戦没者追悼式における「(普天間飛行場移設問題は:引用者)沖縄だけ
の問題ではなく,国民全体が等しく取り組むべき課題である」とする仲井真知事の発言と
「
(米軍基地の:引用者)負担をかけてきたことに対し,全国民を代表しておわび申し上げ
る」との菅首相の発言を取り上げていた。このように,「65 年前の沖縄戦」と「現在の基
地問題」とを結びつける形で構成されていることが分かる。
以上のような「過去の沖縄戦」と「現在の基地問題」との連関は他の番組でも確認された。
それはとくに,ニュース項目の前後のスタジオトークやニュース項目の中のナレーション
で明示される。例えば 2010 年の NHK「ニュースウォッチ 9」では,メインキャスターが「先
の大戦とその後の占領の陰を色濃く映す沖縄,この 1 年間,基地問題をめぐる政治の混乱
で大きく翻弄されてきました」と冒頭に述べている。同年の日本テレビ「news every.」では,
「
『戦争』と『基地』を結ぶ沖縄の思い」という特集を組んでいる(後述)。また,2011 年
のテレビ朝日「報道ステーション」では特集後のスタジオトークでコメンテーターが「戦
争と現在とを貫く本土と沖縄の二重構造」を指摘した。
さらに 2008 年の沖縄ローカルニュースと同様に,映像による暗示的な過去と現在との
意味連関も各番組で確認された。上記のように,2010 年「ニュース 7」では,「慰霊の日」
の普天間飛行場の様子を伝えている。また,同番組ではニュース項目の冒頭で普天間飛行
場を背景に「慰霊の日」というテロップを重ねる演出を行った。2011 年の「報道ステーショ
ン」では,特集の中で米軍機の離着陸のショットを繰り返し報じた。
(3)特集の構成と内容
1)特集の概要
2010 年および 2011 年の全国ニュースのもう一つの特徴として,特集が大きく増加した
ことが挙げられる。各番組の特集の構成や内容には一定の共通点を見いだすことができる。
そこで以下では特集を詳細に分析し,争点連関および沖縄像の表象を明らかにすることに
したい。各番組の特集の見出しと要約は次の通りである。
【2010 年 ニュースウォッチ 9(NHK: 21:00-22:00)】
タイトル:沖縄戦から 65 年 慰霊の日
概要:現在の普天間飛行場敷地内にかつて住んでいた沖縄戦経験者を取材したもの。沖縄
155
メディア・コミュニケーション No.62 2012
戦の際に捕虜となり,解放されるとすでに土地は接収されていた。戦後,タクシー運転手
となり,基地近くに家を構えた。政権交代で一度は抱いた期待も現在では失望に変わって
いる。
【2010 年 news every.(日本テレビ : 16:53-19:00)】
タイトル:「戦争」と「基地」を結ぶ沖縄の想い
概要:沖縄戦から復帰運動,現在に至る沖縄の歴史をたどりながら戦争経験者,基地を日
常として受け入れながら生活してきた世代,戦争も復帰運動も知らない世代のそれぞれの
基地問題に対する意識を取材したもの。
【2010 年 NEWS ZERO(日本テレビ : 23:09-24:13)】
タイトル:読み書きが出来ない…沖縄戦が奪った “ 学び ”
概要:11 歳のときに沖縄戦を経験し,肉親を失ったためその後学校に通うことができな
かった男性を取材したもの。現在戦争で失ったものを取り戻すために NPO が運営する夜
間学校で学んでいる。
【2010 年 NEWS23 クロス(TBS: 22:54-23:45)】
タイトル:与党候補なしの沖縄 “ 幻の候補者 ” がいた!
概要:2010 年参議院選挙で民主党候補と目されていた県議会議員を取材したもの。普天
間飛行場の県外移設を主張していたため,結局民主党は沖縄に独自候補を擁立することを
断念した。県議会議員,沖縄県連幹事長,連合沖縄会長へのインタビューを通じて沖縄と
本土の意識差を明らかにする。
タイトル:沖縄を考える 綾瀬はるか「ひめゆりの戦争」を聞く
概要:ひめゆり学徒隊の生存者に対するインタビュー。沖縄戦の解説を交えつつ,当時の
状況の証言を取材した。
【2011 年 ニュースウォッチ 9(NHK: 21:00-22:00)】
タイトル:沖縄慰霊の日,66 年後のいまも…
概要:自らも沖縄戦を経験し,戦後普天間飛行場近くの学校で教師をしていた男性を取材
したもの。沖縄国際大学での米軍ヘリコプター墜落事件や現在の普天間飛行場の辺野古へ
の移設交渉などに対して憤りをおぼえている。
【2011 年 NEWS ZERO(日本テレビ : 22:54-23:58)】
タイトル:66 年目沖縄慰霊の日 “ 巨大滑走路 ” が基地に?
概要:宮古市下地島の空港を自衛隊の災害救援の活動拠点として利用しようとする動きに
対する地元民の反応を取材したもの。地域振興の起爆剤として地元の期待を集める一方
で,軍事利用への懸念も指摘されていると紹介した。そして沖縄戦から 66 年経ってなお,
沖縄はさまざまな軍事的な負担に揺れていると指摘した。
【2011 年 報道ステーション(テレビ朝日 : 21:54-23:10)】
タイトル:沖縄「慰霊の日」,改めて考える “ 基地問題 ”
概要:現在の普天間飛行場敷地内にかつて住んでいた沖縄戦経験者,2004 年に米軍ヘリ
が墜落した沖縄国際大学に当時勤めていた職員,第三次嘉手納爆音訴訟原告の三人に対す
るインタビュー。
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沖縄の
「苦難の歴史」
をめぐる
テレビニュースの言説分析
2)特集における沖縄戦と基地問題の連関
各番組の特集には,いくつかの共通点を見いだすことができる。2011 年の「NEWS
ZERO」を除く各番組には沖縄戦経験者が登場し,自らの体験を語る,という形式が見ら
れた。この様式は 2008 年の TBS「NEWS23」および沖縄ローカルテレビの各番組の特集
と同様である。2010 年・2011 年の番組が 2008 年のものと大きく異なる点は,そうした沖
縄戦経験者の体験が戦後の基地問題との関連から語られる点である。
例えば 2010 年の「ニュースウォッチ 9」と 2011 年の「報道ステーション」ではともに
普天間飛行場敷地内にあった村に住んでいて,戦後米軍によって土地を強制接収された人
物の証言を取り上げている。「報道ステーション」では,「戦争の爪あとがそのまま続いて
いる感じだ」という発言を,
「ニュースウォッチ 9」では「永遠にアメリカの土地になる
のではないか」という発言をそれぞれ紹介している。そして「ニュースウォッチ 9」では「あ
の日から 65 年,
ふるさとは今もフェンスの向こうです」というナレーションを付している。
翌 2011 年の「ニュースウォッチ 9」では戦後,普天間飛行場近くの小学校で教師を勤め
た人物の証言を扱っている。そこでは生徒の一家が米軍によって立ち退きを迫られたエピ
ソードが紹介され,「ふるさとの土地,次々基地に」とテロップが付されている。一連の
ナラティヴは,沖縄戦の過去と現在の基地問題とを結びつける効果を有する。
同様に,日本テレビ「news every.」では,「『戦争』と『基地』を結ぶ沖縄の想い」と
題する特集を組んでいる。この番組では,戦争経験者である 70 歳の男性,基地と隣り合
わせに生活する 45 歳の女性,基地問題に向かい合い始めた沖縄国際大学の学生それぞれ
の基地問題観を紹介している。その中で男性の語りを「基地と戦争は切り離せない」と要
約している。また,異なる三世代の基地問題観に関する語りを取り上げることを通じて「沖
縄戦」と「基地問題」との連続性を強調していることが分かる。
もう一つ,複数の番組で言及されていたのが 2004 年の沖縄国際大学における米軍ヘリ
墜落事件である。この事件については,2010 年の「news every.」,2011 年の「ニュースウォッ
チ 9」
,
「報道ステーション」で取り上げられていた。「報道ステーション」は,沖縄国際
大学の元職員による「真黒い煙が上がっていて『本当に戦場だな』とその時思った」とい
う発言を紹介している。「news every.」は沖縄国際大学の学生の取り組みに注目し,基地
が当たり前のものになり,多くの人々が疑問を抱かない中で,基地問題に関心を抱くよう
になった経緯を描き出している。このように,米軍ヘリ墜落事件は今日の基地問題の象徴
として表象されていることが分かる。また,この米軍ヘリ墜落事件も含めた「基地問題」
はかつての
「戦争」を想起させるものとして表象される。たとえば 2011 年「ニュースウォッ
チ 9」では冒頭に「平和を祈り続けた遺族の思いをよそに戦いの記憶を呼び起こす基地の
負担は一向に軽減されていません」と述べている。
3)
「告発者」としての沖縄像
一連の特集の中で,さまざまな「沖縄の声」が表象されている。その特徴としては,沖
縄戦の歴史と現在の基地問題とを結びつけながら「苦難の歴史」を告発するものであり,
怒りや不満の表明が主たるものである。例えば 2011 年「ニュースウォッチ 9」では,「戦
争が残した基地が依然重い負担になっていることに納得できない」という声を紹介してい
る。沖縄戦を経験し,普天間飛行場近くの学校で教師を勤めたこの証言者は 2004 年の沖
縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件について,「恐怖もあるし怒りを覚えた」と振り返って
いる。そして 2011 年 6 月に日米安全保障協議委員会が普天間飛行場の名護市辺野古への
移設を正式合意したという報道に対しては,慰霊の日の直前にそのような決定が行われた
ことに対する憤りをおぼえる姿が描かれていた。
こうした怒りや不満は「基地の撤去」という要求として表象される。2011 年の「報道
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メディア・コミュニケーション No.62 2012
ステーション」では基地の早期撤去を訴える戦争体験者の声を紹介している。また,同番
組では,第 3 次嘉手納爆音訴訟の原告による普天間飛行場と嘉手納基地との統合案は認め
られないとする主張も紹介した。
さらに,沖縄社会の怒りや不満は本土社会に対する負担の分かち合いの要求としても表
象されている。2010 年「news every.」では,戦争経験者による「(基地は:引用者)平
等に負担してほしい」という主張を紹介している。また,2010 年「NEWS23 クロス」は,
参議院選挙に独自候補者を擁立できなかった民主党沖縄県連幹事長が県外移設の主張を排
除する本土社会に対して抱く不信感を描写している。
4)「犠牲者」としての沖縄像
2010 年のいくつかの番組では過去と現在との連続線上に「犠牲者としての沖縄」像を
表象している。
「NEWS23 クロス」では特集後に「変わらぬ犠牲」というタイトルでスタ
ジオトークを行った。同年の「NEWS ZERO」ではメインキャスターが「沖縄には終わ
らない戦後がある」と述べている。同様に「news every.」では,「私たちの平和な日常が
沖縄を犠牲にするものであってはならない」と述べている。
こうした「犠牲者」として沖縄を描き出した上で,沖縄問題を「われわれの問題」とし
て捉えることの必要性が主張される。上記の「news every.」では「沖縄の問題を日本全
体の問題として捉えなければならない」とも論じられている。また,「NEWS23 クロス」
では特集の最後に「基地問題は沖縄だけの問題ではなく,われわれ日本人全員が向き合う
問題であることを今日この日にもう一度胸に刻みたいと思います」という言葉で締めくく
られていた。
各番組では沖縄問題を「われわれの問題」として捉える上で,沖縄問題を忘れないこと,
そして沖縄に寄り添うことの重要性が指摘された。2011 年「ニュースウォッチ 9」は「沖
縄の苦悩に寄り添う気持ちを絶対に忘れてはならない」と論じ,同年の「報道ステーショ
ン」でもスタジオトークで「沖縄を思う,記憶するという作業をわれわれは努力しなけれ
ばならない」と論じている。このように,2010 年,2011 年の全国ニュースの「慰霊の日」
特集において,沖縄問題を「われわれの問題」として捉えることの必要性がオーディエン
スに対して繰り返し訴えられたのである。
4 全国ニュースの「慰霊の日」報道における
「他者」
としての沖縄像
全国ニュースの「慰霊の日」報道の分析を通じて「沖縄問題」の意味づけの特徴と変化
が明らかになった。2008 年の「慰霊の日」報道では沖縄のローカルニュースと比較して
全国ニュースの関心は低く,また 「沖縄戦」 と「基地問題」との意味連関は顕在化してい
なかった。それに対して普天間飛行場の移設問題が大きく争点化されて以降,全国ニュー
スにおける「慰霊の日」そのものの関心が高まり,さまざまな特集が編成された。また,
沖縄における戦争の記憶と現在の基地問題との明確な連関性が析出された。そこでは沖縄
の戦後も変わらぬ苦難の歴史が語られ,沖縄問題を「われわれの問題」として捉えること
の重要性が主張された。この点において,かつての沖縄県による「苦難の歴史」の告発は,
普天間飛行場移設問題を経て全国メディアの間で受容されてきたとみなすこともできる。
しかしながら,その一方において,沖縄社会における本土社会に対する不信と本土社会
における沖縄問題をめぐる関心の低下という状況が存在する。本論で分析してきたように,
本土社会のメディア言説において,沖縄の「苦難の歴史」に理解を示し,沖縄問題を「わ
れわれの問題」として捉えなければならないという主張が繰り返される一方で,それが本
土社会の世論を十分に喚起するに至っていないのはなぜだろうか。
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「苦難の歴史」
をめぐる
テレビニュースの言説分析
無論のこと,
その要因は多岐にわたる。本論ではとくに,上記の主張を掲げる全国ニュー
スのテクストそのものの中に内在する問題を指摘することにしたい。すなわち,それは沖
縄社会を他者化する視点の問題である。
本論で明らかにしてきたように,全国ニュースの「慰霊の日」報道においては,「沖縄
問題をわれわれの問題として捉えなければならない」という言明が繰り返された。しかし
ながら,ニュースのナラティヴの中に沖縄社会を「彼ら」,すなわち「われわれ」とは異
なる他者として表象するいくつかの傾向を見いだすことができる。
典型的には,キャスターやコメンテーターが沖縄を訪問し,沖縄問題を「(再)発見」
するという構成である。今回分析を行った全国ニュースでは,2008 年の「NEWS23」,
2010 年の「ニュースウォッチ 9」,「news every.」,「NEWS ZERO」,「NEWS23 クロス」,
2011 年の「ニュースウォッチ 9」,
「報道ステーション」においてこうした構成が存在した。
2011 年「報道ステーション」では,コメンテーターが沖縄で取材を行い,基地周辺での
騒音の大きさに驚くシーンが挿入されている。同様に 2010 年「news every.」では,女性キャ
スターが沖縄を訪問し,基地の現状に驚くシーンが挿入され,
「基地の現実」というテロッ
プが提示される。
沖縄を訪れ,沖縄問題を「(再)発見」するニュースの構成は沖縄社会を「他者」とし
て表象する効果を有する。こうした表象は,本土社会における「慰霊の日」について「わ
れわれ」の記憶として想起することを困難にする。そしてたとえ「沖縄戦」と「基地問題」
を意味連関させるメディア言説を編制しえたとしても,沖縄社会を「他者」とする定形的
な語りを毎年繰り返すことは沖縄社会と本土社会,双方のオーディエンスの認識ギャップ
を維持,ないしは強化する可能性を有する。
したがって,沖縄問題をめぐる本土社会におけるテレビ・ジャーナリズムの課題のひと
つは,沖縄社会における「苦難の歴史」をどのようにして「われわれの集合的記憶」とし
て編制し,継続的に想起しうるか,ということである。むろんのことそれは沖縄問題をい
かに「われわれ」の問題として争点化しうるか,ということにほかならない。この課題に
取り組む上で第一に,沖縄社会における「苦難」をどのように描き出すかが問われること
(9)
になる 。そのためには,沖縄社会における「苦難の歴史」を他者化することなく,本土
社会における戦争の記憶や基地問題と連関させながら新たな集合的記憶を編制していくこ
とが肝要である。第二に,本土社会と沖縄社会における認識ギャップの現状を認めたうえ
で新たな「われわれ」意識を報道を通じてどのように構築することができるか,という点
である。そのためには本土社会における沖縄問題に対する意識の在り方をテレビ・ジャー
ナリズムにおいても深く掘り下げることが要請される。そうした報道によって,本土社会
において(そして沖縄社会においても)定形化された「苦難の歴史」とは異なる新たな集
合的記憶の枠組みの構築が可能になる。そして「慰霊の日」報道は,沖縄問題に関する集
合的記憶を再生産し,同時に新たな集合的記憶の構築に開かれた重要なメディア・イベン
トとして位置づけられるのである。
●引 用 文 献
アルヴァックス , M.(1950 = 1989)小関藤一郎訳『集合的記憶』行路社。
石田雄(2000)『記憶と忘却の政治学:同化政策・戦争責任・集合的記憶』明石書店。
伊藤守(2005)『記憶・暴力・システム:メディア文化の政治学』法政大学出版局。
大石裕(2008)「沖縄地方紙と沖縄の記憶:慰霊の日(6 月 23 日)と米軍基地問題を中心に」慶應義塾大学法学部編
『慶應の政治学:政治・社会』慶應義塾大学法学部:49-173。
9.この点の考察を深める上で,他者の「苦難(suffering)」の表
象に対するメディアとオーディエンスの果たすべき役割につい
脚 注
て論じた Chouliaraki の議論が参考になる(Chouliaraki 2006)
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沖縄県編(1996)『沖縄苦難の現代史:代理署名拒否訴訟準備書面より』岩波書店。
河野啓(2002)「戦後 30 年 変わる意識・変わらぬ意識:沖縄県民意識調査から」『放送研究と調査』2002 年 7 月号 :
36-53。
謝名元慶福(1987)「本土復帰 15 年の沖縄」『放送研究と調査』1987 年 6 月号:14-19。
――――(1992)「本土復帰 20 年の沖縄」『放送研究と調査』1992 年 6 月号:48-59。
中野好夫(1968)
「沖縄はなぜわたしたちの問題であらねばならないか」中野好夫編『沖縄問題を考える』太平選書 :
7-14。
山腰修三(2011)
「沖縄社会における反基地感情のメディア表象 : 沖縄地方紙の言説分析(1995 年 9 月-11 月)を中心に」
『メディア・コミュニケーション』No.61: 149-160。
――――(2012)「沖縄問題と『市民意識』」大石裕編著『戦後日本のメディアと市民意識』ミネルヴァ書房。
Chouliaraki, L.(2006)The Spectatorship of Suffering, Sage.
山腰修三(慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所専任講師)
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