双極性障害に対するバルプロ酸の有効性および 用法・用量に関する検討 分担研究者:岡本泰昌 1) 共同研究者:山脇成人 1)、鈴木克治 2)、田中輝明 2)、井上猛 2)、小山司 2)、 泉谷悟 3) 、木村康浩 3)、日域広昭 4)、和田健 4)、波田紫 4)、 佐々木高伸 4)、吉村玲児 5)、中村純 5)、住谷さつき 6)、大森哲郎 6) 1)広島大学大学院精神神経医科学、2)北海道大学大学院精神医学、 3)広島大学病院薬剤部、4)社会保険広島市民病院精神科、 5)産業医科大学精神医学教室、6)徳島大学大学院情報統合医学 要約 本邦では、平成 15 年にバルプロ酸の躁状態への適応拡大がようやくなされ、双極性障害に対する バルプロ酸の治療効果についてまとまった報告はほとんどないのが現状である。よって治療ガイド ラインにおけるバルプロ酸の有効性、実際の使用上の工夫、至適用量(血中濃度)などについて明 らかにしていくことは極めて重要と考えられるため、いくつかの検討を行った。その結果、バルプ ロ酸の抗躁薬としての有効性およびその際の投与法の工夫として oral loading 法の有用性が示唆 された。維持療法の効果については再発までの時期を評価とした場合十分な効果を示さなかった。 血中濃度に関して、 急性効果は 50・g/ml を超えて出現し 80・g/ml 以上が必要であると考えられた。 これに対して維持療法期は、概ね 50・g/ml 前後が適切なレベルとなる可能性が推定された。 態に対するバルプロ酸の使用法(Oral loading 緒言 法)の検討、3)バルプロ酸治療を受けている双 近年、急性躁病を中心に、双極性障害に対する 極性障害の長期経過(縦断的検討)4)バルプ バルプロ酸の治療効果が報告されている。さら ロ酸維持療法中の双極性障害の血中濃度につ に米国エキスパートコンセンサスガイドライ いて検討を行ったので、その主要な結果につい ンにおいては、バルプロ酸はリチウムと同等の て報告する。 扱いを受けている。これに対して本邦では、平 成 15 年にバルプロ酸の躁状態への適応拡大が 検討-1 双極性障害の急性期治療に対するバル ようやくなされたところで、また双極性障害に プロ酸の有効性に関する調査 対するバルプロ酸の治療効果についてまとま 本邦では、平成 15 年にバルプロ酸の躁状態へ った報告はほとんどないのが現状である。よっ の適応拡大がようやくなされたところで、双極 て治療ガイドラインにおけるバルプロ酸の位 性障害に対するバルプロ酸の治療効果につい 置づけを考える上で、有効性、実際の使用上の てまとまった報告はほとんどないのが現状で 工夫、至適用量(血中濃度)などについて明ら ある。そこで、本邦の双極性障害の急性期治療 かにしていくことは極めて重要と考えられる。 に対するバルプロ酸治療の有効性について 2 施 そこで今回、われわれは、双極性障害に対する 設共同で、レトロスペクティブに調査を行った。 バルプロ酸の有効性・用法を明らかにするため 方法は鈴木ら 1)の調査方法に従い、年齢、性、 に、1)本邦の双極性障害の急性期治療に対する 家族歴、病型、急速交代化の有無、混合病像の バルプロ酸の有効性に関する調査、2)急性躁状 有無、バルプロ酸の投与量、投与期間、血中濃 度、併用薬、過去に無効であった気分安定薬、 始する治療法で、早期の効果発現と副作用の少 有効性(CGI)などについて調査した。 なさが明らかになっている。しかしながら、日 対象 2 施設においてバルプロ酸の投与を受けて 本人において有効性および安全性、さらに至適 いる双極性障害は 100 例(北海道大学 61 例、 用量は確認されておらず、検討していく必要が 広島大学 39 例)であった。バルプロ酸のみの ある。 投与を受けていたものは 16%で、他の気分安定 広島大学病院受診中の双極性障害患者の内、急 薬の併用投与を受けていたものは 59%であった。 性躁状態患者を対象に oral loading 法(バル 各病相に対するバルプロ酸の効果の有効率は、 プロ酸 20mg/kg/day 以上を初回投与より行う) 躁/軽躁病相 77.3%、うつ病相 35.6%、混合病 にて投与を行い、躁状態の重症度 (YMS)、血中 相 57.5%であった(表 1)。 濃度、副作用・有害事象などについて経時的な 評価を行った。本研究は倫理委員会の承認を受 表1 けたプロトコールに従い、被験者より同意を得 各病相に対するバルプロ酸の効果 て行った。 効果判定 躁 軽躁 うつ 混合 寛解 著効 有効 やや有効 不変 悪化 判定不能 22 13 40 20 3 0 3 9 1 21 33 23 0 13 8 3 8 6 9 0 67 有効率 寛解率 77.3% 22.6% 35.6% 10.3% 57.5% 24.2% 急性躁状態の患者 10 例に oral loading 法でバ ルプロ酸投与を行った。血中濃度が 50・g/ml をこえるあたりより、有意な臨床効果が発現し、 効果発現までの期間は 1 週間以内であった。最 も効果の出現する濃度は 80・g/ml であった。4 週間の評価期間中に臨床的に問題となる副作 用・有害事象は認めなかった(表 2)。 多くの症例でバルプロ酸投与量は 400-1600mg の間にあり、血中濃度は 30-90・g /ml の間に あったが、対象の間で、また同一用量において も血中濃度のバラツキを認めた(図 1)。 120 100 80 表2 バルプロ酸oral loading法による治療12週後の経過・副作用 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 副作用 経過 眠気、肥満 (-) (-) 眠気 眠気 眠気、ふらつき 眠気 眠気 眠気、うつ転 眠気、食思不振、嘔気 減量 現量維持 通院中断 減量 減量 減量 減量 減量 減量 減量 60 40 Oral loading 法にてバルプロ酸投与後の 12 週 20 間の経過について調査した。その結果、投与開 0 0 400 800 1200 1600 2000 2400 始後 12 週以内に 10 例中 8 例に眠気を認めなど 後方視研究という限界はあるものの、バルプロ の副作用を認めたためバルプロ酸の減量が必 酸の躁/軽躁病相に対する有効性を支持する結 要となっていた(図 2)。 果と考えられた。 これらの結果から、急性躁状態に対するバルプ ロ酸の投与法の工夫として oral loading 法の 検討-2 急性期躁状態に対するバルプロ酸の使 有用性が本邦においても推定された。またバル 用法(Oral loading法)の検討 プロ酸の急性期の抗躁効果発現には血中濃度 急性躁状態患者を対象にバルプロ酸の投与工 が 50・g/ml を超える必要があるものと考えら 夫として急性躁状態に対する oral loading 法 れた。さらに、躁状態時には副作用の発現はな が推奨されている。Oral loading 法(急速大量 いが、寛解状態になると 20mg/kg/day 以上の投 療法)は McElroy et al2,3)によって提唱され、 与量では眠気などの副作用を認め、躁状態改善 バルプロ酸 20mg/kg/day 以上を初回投与より開 後には投与量の減量が必要と考えられた。 図2 C ase 1 バ ル プ ロ 酸 o r a l lo a d in g 法 の 有 効 性 と 血 中 濃 度 C ase 4 C ase 3 C ase 2 S eru m le v e l C ase 5 YM S 100 30 80 60 20 40 10 20 0 V PA 1800m g 0 1 C ase 6 2 3 4 w eek 0 1 C ase 7 2 3 V PA 1400m g V PA 800m g V PA 800m g 4 w ee k 1 0 C ase 8 2 3 4 w ee k 1 0 C ase 9 2 0 V PA 1400m g 3 4 w ee k 0 1 2 3 C ase 10, YM S 30 4 w eek S e ru m le v e l 100 80 60 20 40 10 20 0 V PA 1400m g V PA 1200m g 0 1 2 3 4 w eek 0 1 2 3 V PA 1400m g 4 w ee k 0 1 2 3 V PA 2200m g V PA 1200m g 4 w eek 1 0 2 3 4 w ee k 0 1 2 3 0 4 w eek 左 側 に Y M S ( Y o u n g M a n ia R a tin g S c a l e ) 、 右 側 に バ ル プ ロ 酸 の S e r u m l e v e lを 示 す 検討-3 バルプロ酸治療を受けている双極性障 存分析)を行った。 害の長期経過(縦断的検討) その結果、ある時点でバルプロ酸を投与されて これまで、双極性障害の急性期治療においてバ いる双極性障害患者が 1 年後に全ての病相の再 ルプロ酸の有効性については明らかになって 発を認めない割合は 50%であり、2 年後には 20% いるが、維持療法期のバルプロ酸の有効性につ であった(図 3)。 いては十分な検証はなされていない。Bowden et al4)の372例の双極性障害を対象としたバルプ 図3 バルプロ酸治療中の双極性障害の長期転帰(N=41) ロ酸の維持療法の有効性を検証した研究にお 群間の比較試験で、再発率に差がないことが明 ) らかになっている。そこで、われわれは、双極 累積残存率︵% いても、バルプロ酸、リチウム、プラセボの3 全ての病相再発 1 .8 .6 .4 .2 性障害に対するバルプロ酸の維持療法の有効 0 性について明らかにするために、バルプロ酸治 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 (Months) 療を受けている双極性障害の症例の2年間の長 期経過について検討した。 対象は、検討-1の調査で、気分安定薬としてバ ルプロ酸治療を受けているが、リチウムやカル バマゼピンといった他の気分安定薬を併用し ていない(抗うつ薬、抗精神病薬、補充療法、 クロナゼパムの併用例は含む)症例41例(北海 道大学22例、広島大学19例)である。 調査項目は、調査期間 2 年間の通院の継続、バ ルプロ酸使用の継続、バルプロ酸投与量調節、 病相の再発、新たな追加併用薬などの有無とそ の時期、副作用/有害事象、観察開始時と終了 少数例の検討であること、追跡開始までの 治療が統制されていないといった問題はあ る も の の 、 12 ヶ 月 時 点 ま で の 結 果 は 、 Bowden et al4)の結果と近似しており、妥当 な結果と考えられる。さらに 24 ヶ月後の全 ての病相の再発に関してその転帰が明らか になったことは臨床的な意義は高い。今後、 今回のデータを用いてバルプロ酸の維持療 法薬としての可能性について更なる検証を 行っていく予定である。 時の疾患の重症度と変化(CGI-BP)などについ て調査した。今回の検討では、Bowden et al4) 検討-4 バルプロ酸維持療法中の双極性障害の に従い、躁、軽躁、うつ、混合エピソードの全 血中濃度 ての病相の再発に関して解析(Kaplan-Meier 生 双極性障害の急性期治療においてバルプロ酸 の血中濃度と治療効果の発現は相関すること 中濃度は概ね45-60・g/ml前後であることが推 が明らかになっているが、維持療法期のバルプ 定された。このレベルの血中濃度が果たして病 ロ酸の至適血中濃度については検討されてお 相予防に有効であるか否かを最終的に判断す らす、てんかん患者の結果を流用している5)。 るには、血中濃度を変えた治療群を設定し、そ しかしながら検討-2の結果でも明らかなよう の有効性を長期にわたって前向きに検討する に、急性期(躁病相期)の効果発現濃度では、 必要があると思われるが、今回得られた結果は 躁症状改善後には維持が困難と考えられる。そ その予備的な所見として有用なものと考えら こでわれわれは、維持療法中のバルプロ酸の至 れた。 適血中濃度を明らかにするために、多施設共同 で調査を行った。 結論 対象は、調査時点で受診が確認されるバルプロ 以上の検討結果から、バルプロ酸の抗躁薬とし 酸服用中の双極性障害の内、12ヶ月以上のバル ての有効性およびその際の投与法の工夫とし プロ酸治療を受け(服薬も規則的)ている、 て oral loading 法の有用性が示唆された。維 CGI-BPにてバルプロ酸の有効性が確認できて 持療法の効果については再発までの時期を評 いる、バルプロ酸の急性期治療中や治療終結へ 価とした場合十分な効果を示さなかった。血中 向けて漸減中でない、リチウムやカルバマゼピ 濃度に関して、急性効果は 50・g/ml を超えて ンといった他の気分安定薬を併用していない 出現し 80・g/ml 以上が必要であると考えられ 双極性障害の症例42例である(北海道大学12例、 た 。 こ れ に 対 し て 維 持 療 法 期 は 、 概 ね 広島市民病院9例、広島大学9例、徳島大学6例、 45-60・g/ml が適切なレベルとなる可能性が推 産業医科大学6例) 。 定された。 バルプロ酸の血中濃度と投与量は、調査時より 一番最近のものを調査対象とし、採血時間が任 参考文献 意のため bayesian 法により日内濃度の変動を 1)鈴木克治、田中輝明、井上猛他:双極性感情 推定した。そのため、身長、体重、剤型、投与 障害に対するバルプロ酸の有効性と血中濃度 量、投与法、最終服薬時間、採血時間、服薬状 について.精神科治療学 16;1077-1084,2001 況なども併せて調査した。 2) McElroy SL, Keck PE Jr, Tugrul KC et al: そ の 結 果 、 バ ル プ ロ 酸 の 投 与 量 は Valproate as a loading treatment in acute 724+304mg/day(Mean+SD)で、体重あたりの換算 mania. Neuropsychobiology 27 :146-9,1993 では12.4+4.8mg/kg/dayであった。バルプロ酸 3) McElroy SL, Keck PE, Stanton SP et al: A の血中濃度の実測値は51.8+21.0・g/mlであっ randomized comparison of divalproex oral た。さらにbayesian法により求めた理論上の最 loading versus haloperidol in the initial 低推定値と最高推定値の平均は、それぞれ treatment of acute psychotic mania. J Clin 46.0+20.2・g/ml 、 61.3+26.2・g/ml で あ っ た Psychiatry. 57:142-6, 1996 (表3) 。 4) Bowden CL, Calabrese JR, McElroy SL et al: A randomized, placebo-controlled 12-month 表3 バルプロ酸維持療法中の双極性障害の投与量・血中濃度 trial of divalproex and lithium in treatment of outpatients with bipolar I disorder. 投与量 一日量 体重換算 724+304 mg/day 12.4+4.8 mg/kg/day 血中濃度 実測値 推定最低値 推定最高値 51.8+21.0 µg/ml 46.0+20.2 µg/ml 61.3+26.2 µg/ml 全ての値はMean+SDで示す Divalproex Maintenance Study Group. Arch Gen Psychiatry 57:481-9, 2000 5)岡本泰昌:気分障害治療薬の用法・用量と相 互作用.気分障害の薬物治療アルゴリズム、精 神科薬物療法研究会編、pp133-139、じほう、 今回の結果からバルプロ酸維持療法中の双極 性障害の一日投与量は概ね10-15mg/kg/day、血 東京、2003
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