北海道における子どもの権利と教育について

北海道における子どもの権利と教育について
松 倉 聡 史
塚 本 智 宏
名寄市立大学
家 村 昭 矩
加 藤 千恵子
道北地域研究所
「地 域 と 住 民」 第29号 抜 刷
2011年 3 月
名寄市立大学
道北地域研究所 年報 第29号(2011)
北海道における子どもの権利と教育について
研究報告
北海道における子どもの権利と教育について
松倉聡史 家村昭矩 塚本智宏 加藤千恵子
Ⅰ
はじめに
近年、北海道において多くの市町村が子どもの権利条例を制定する動向にあり、また子どもの権利を尊重
するユニークな教育の実践を行っている。北海道の子どもの権利条例には全国の子どもの権利条例と比較し
て、どのような特徴があるのだろうか。また、北海道の地方自治体は子どもの権利条例を制定することによ
って、どのようなことを期待しているのであろうか。
2009年10月に全国自治体シンポジウムが北海道札幌市において開催され、子どもの権利を推進する全国自
治体の職員が交流し、子どもの権利施策・事業の意義や課題等を互いに発表し合う機会となった。そこでは
「子どもの権利条約の20年と子どもにやさしいまちづくり」と題するユニセフ・イノチェンティ研究センタ
ーのトロント・ヴォーゲ氏の記念講演を提言として、札幌市長の上田文雄氏と石狩市長の田岡克彦氏、滝川
市長の田村弘氏、芽室町長の宮西義憲氏による「子ども支援・子育て支援の総合化と子どもにやさしいまち
づくり」と題するシンポジウムが開催された。これらの市町村では子どもの権利条例を制定し、積極的に子
育て支援や子どもにやさしいまちづくりを推進しており、自治体の首長がそのまちの特徴をふまえたイニシ
アティブを発揮しており、わがまちの子ども施策の意見交換がなされた。
1989年に国連総会において子どもの権利条約が採択されて20年を経て、わが国も同条約に批准してから15
年を経過し、子どもの権利条約は世界の共通基準となり、いわば世界の共通言語となった。本論文は、北海
道の自治体が子どもの権利条約を地域の特徴に照らし合わせて、どのように子どもの権利条例を制定して、
どのようなまちづくりを推進し、どのような教育に活かし、子どもと共にどのような将来をつくろうとして
いるのかを探ろうとすることにある。
子どもの権利条約は第28条で教育への権利(right to education)が定められ、さらに第29条でも教育の目
的の規定を置いているが、子どもの権利の総合的保障の国際的人権規定として機能しており、いわば国際的
教育法の重要な教育関係条約として、国内における日本国憲法・教育基本法を補完する役割を担っている。
子どもは生まれてくる地域や環境を選ぶことができないのであるから、どこに生まれても、どこで生活して
いても一定水準の教育への権利を保障されるべきであるとするのが国際的保障の基本的な考え方である。教
育への権利の特徴は「教育はそれ自体で人権であるとともに、他の人権を実現する不可欠な手段」
(社会権
規約委員会一般的意見13号1)とされ、子ども自身が自己を守り、その他すべての権利を実現し、自由と平
等が保障された平和な社会を実現するための基盤となる権利であり、不可欠な権利としての性質をもってい
る。しかるに世界の人口の50%以上が都市に住むようになったと報告され(人口調査局の2009年度報告)
、
先進国では75%以上の人が都市で暮らしているとされ、子どもや若者の多くも都会に向かっている。こうし
た現状において北海道も地域的な偏在のみならず、経済的な格差・貧困などが問題とされており、生活保護
率の高さが全国最高水準にあり、全国学力・学習状況調査においても全国都道府県中でも下位に低迷してい
るといわれている。しかしながら、子どもの権利条約の日本政府の実施状況の報告を受けて、国連子どもの
権利委員会による第2回所見によれば、
「高校を卒業したすべての生徒が高等教育に平等にアクセスできる
よう、高い水準の教育の質を維持しつつも学校制度の競争的性質を緩和する目的で、生徒、親および関連の
非政府組織の意見を考慮に入れながらカリキュラムを見直すこと(50)
」との指摘を受けている。学習指導
キーワード:子どもの権利条約 北海道の子どもの権利条例
子どもの権利条約を活かした教育
子どもにやさしいまちづくり
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要領の改正の動向や全国学力・学習状況調査の実施状況からも、わが国では学校制度の競争的性質を緩和す
るどころか、競争主義的な傾向はいっそう強まっている感がある。
本論文では北海道の教育が子どもの権利条約を活かしつつ、子ども参加のもとに子どもとともに創りつづ
けた実践例をも検討、考察することとしたい。
Ⅱ
子どもにやさしいまちづくりの構想と戦略
「子どもにやさしいまち」とは大人による、大人のための都市づくりに代わる選択肢を創りだすものであ
る。1992年に子どもの権利の実施に自治体当局を巻き込むものとして、ダカール(セネガル)で「子どもを
守る市長」というイニシアティブが開始されたのが発端とされる。1996年にはイスタンブールで開催された
国連人権居住会議(ハビタットⅡ)で、子どもにやさしいまちはあらゆる年齢層にとってもよりよいまちで
あることが強調された(1)。
「子どもにやさしいまち」という概念はこの会議で生まれたのであり、子どもの
幸せは健全な社会の究極の指標であり、子どもの権利を充実させるための都市運営システムを指している。
2000年9月、ユニセフはフィレンツェのイノチェンティ研究センターに「子どもにやさしい都市事務局」
(C
FC事務局)を設置し、そのパートナーとしてイタリアのユニセフ国内委員会、国連ハビタット、イタリア
政府があり、
「子どもにやさしいまちづくり」構想を開始した。
「子どもにやさしいまち」という考え方は、規模の大小を問わず、また都市であるか農村であるかに関わ
らず、子どもが存在するあらゆるコミュニティの運営に同じように適用される。
子どもにやさしいまちづくりのプロセスは、地方自治の場では子どもの権利条約の実施と同義とされ、9
つの要素からなるといわれる。第一が、積極的な子ども参加を促進することである。第二が、子どもが保護
される必要があるときに、そういった保護を提供できる子どもにやさしい法的な枠組みを持つことである。
第三が、子どもの権利条約に基づく、自治体としての子どもに対する戦略を持つことである。第四が、行政
府の中に、あるいは地方議会の両方に、子どもの権利のための調整機関、システム、メカニズムを設置する
こと。第五が、各自治体でとられている子ども施策が子どもにとって本当に役立っているのかどうかを評価
するシステムを設けることである。第六が、子どもたちのために使われる予算である。第七が、地方自治体
自身が子どもの状況に関する定期的な報告書を作成することである。第八が、子どもの権利を地域のすべて
の人々に知ってもらうための広報活動である。第九が、子どものためにさまざまな政策を提案し、関係機関
の調整を行う制度、いわゆる子どもの権利オンブズパーソンという制度が必要だと考えている(2)。
トロント・ヴォーゲ氏によると世界中の若者(15~24歳)の総人口が約12億人であり、そのうちの90%が
発展途上国に住んでおり、その多くが都会に向かっているとされる。もし、都市が教育や保健、衛生などの
若者が必要としているものを提供できなかった場合には、若者たちが一種の反乱というか、騒乱を引き起こ
す可能性があるとする。農村地域においても農業開発支援、起業家としての訓練機会を提供するということ
が重要である。各国政府および地方自治体においても青少年が直面する問題を解決し、成長を持続させるた
めにも革新的な方法を考えなければならないとする(3)。
さらにヴォーゲ氏は、子どもにやさしいまちづくりが成功するもうひとつの重要な要素が教育のシステム
であり、子どもにやさしい学校をつくることが大切であると指摘する。子どもにやさしい学校とは、具体的
には子ども参加を促進し、子どもたち自身が自分の意見をいうことができるような学校とすることであると
する。子どもにやさしい学校をつくるためには四つのステップを必要とする。第一が、現役の教員および職
員が子どもたちを導き、コーチできるようなリーダーシップを発揮できることである。第二が、あらゆる国
の機関が取り組まなければならないものとして、教員や教育機関を指導するための、子どもの権利を反映さ
せた具体的かつ明確な指針の作成であるとする。第三が、最も重要と思われるが、人権と民主主義という価
値を身近になるようにきちんと教えることであるとする。子どもたちの人格形成期において、人権や民主主
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義という重要な意義を、子どもの権利、寛容、尊重、平等、そして多様性などの価値を教えることによって、
学校はやさしく、模範的に人権を共有できるものへとなっていくとしている(4)。
Ⅲ
北海道における地方自治体の子どもの権利条例の制定過程
1
奈井江町子どもの権利条例
(1)奈井江子どもの権利条例の制定経過
北海道で最も早くに子ども権利条例の制定に着手したのは、平成22年度の人口統計によると6,300人ほど
の町である奈井江町であった。奈井江町は北海道における第一の都市である札幌市と第二の旭川市のほぼ中
間に位置し、北は砂川市と南は美唄市に接する町でかつては炭鉱によって栄えたが、現在の基幹産業は農業
で、
「健康と福祉」の町をめざしている。奈井江町は、
「町で暮らす人が豊かに安心して暮らせる地域社会」
をまちづくりの基本方針として、福祉政策を重点的に進め、全国初の広域介護保険制度を採用したことでも
知られている。奈井江町では福祉の町としての高齢者対策を進めてきたが、
「子どもに目がいっていないの
では」という声が出ていた。
そこで、奈井江町では北良治町長がリーダーシップを取って、平成13年に「子どもの権利検討連絡会議」
が立ち上げられた。これは、行政が一体となって全町体制で取り組むため、奈井江町行政連絡協議会(課長
職)での連携や多くの町民の意見を取り入れるために、従来から実施していた「町民に手紙を出す運動」
、
主たる公共施設に条例制定に向けたさまざまな意見を寄せてもらうための「意見箱」を設置し、各種会合等
においての呼びかけなど、全町的な取り組みを展開していった。福祉先進国であるフィンランドのハウスヤ
ルビ町との交流を通じて、北町長は福祉の基本・根底にあるものは「一人ひとりの尊厳を大切にすること」
、
つまりヒアリングを重視することを学んだとされる。
北町長はお母さんたちとの対話の中で、手押し信号機が小さい子どもには届かないという話を聞き、さっ
そく視察して改善させたというエピソードがある。北町長自身が「本当に子どもの目線に立って行政をして
いたのかを反省させられた」と述べておられる。このことをきっかけに、北町長は子どもをまちづくりのパ
ートナーとして位置づけ、職員との相談のうえで「子どもの権利条例」を制定するという方針を固めたと言
われる。
「子どもの権利条例」制定に関わって、2000年3月に町長部局から提案され、
「青少年育成の町宣言」が議
会によって制定されたことの影響がある。この宣言の背景には、登校拒否や携帯電話による被害、体罰・虐
待といったさまざまな子どもをめぐる問題に対して町全体で考えていかなければならないということで作成
された。北町長は「青少年健全育成の町宣言」は大人の願いであり、
「子どもの権利条例」は子どもの目線
で、子どもを主体に考えるということで取り組んでいったことに大きな違いがあると強調している。この宣
言までにみられた子どもたちを「保護・育成」の対象と捉えてきた子ども観から、
「子どもの権利条例」の
制定では子どもを「権利の行使主体」と捉える子ども観へと転換しているといえる。
子どもの権利条例制定の基本方針として、①親や子どもに読んでもらえるような簡潔にして、わかりやす
い条文にということが心がけられている。これは制定の意義が「子どもをまちづくりのパートナー」にとい
う町長の思いが町民に理解してもらうためである。②条例の内容については「子どもの権利条約」と「青少
年健全育成の町宣言」を基本としながら、町民の意見を組み入れ、さらにアンケート調査や「町長と語る会」
の実施による子どもの意見を取り入れる住民参加による条例づくりが行われている。
条例制定の中心となる組織は「子どもの権利条例検討連絡会議」であり、その構成は学識経験者として教
育委員会委員長、教育相談室相談員、地元厚生施設園長の3名、学校関係者としての奈井江町校長会会長、
道立奈井江商業高校校長、奈井江小学校教諭の3名、子どもたちに関わる団体の代表として民生主任児童委
員、PTA連絡会代表、幼稚園父母の会副会長、保育所保護者会代表、女性団体連絡協議会会長、子ども会連
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絡協議会会長、
「KID'S NET ないえ」
(子育て支援団体)の代表者8名、さらに公募の一般町民代表1名を加
えた15名の委員からなっている。この連絡会議は委員の「子どもの権利条例」の必要性に関する認識を共通
なものとするために子どもの権利についての学習、アンケートによる子どもの意見調査、
「町長と語る会」
での子どもの意見聴取、起草委員会による条文案の作成、子ども小委員会を通しての子どもたちの意見、要
望を反映しての条文案の修正、条例解説と子どもバージョンの作成が行われ、最終的に2002年3月の議会に
かけられ可決、制定された。連絡会議は行政に対する自主性をもっており、簡潔な条文で短期間につくりあ
げるという制約がかかっていたとはいえ、アンケートでの子どもの見解や「町長とかたる会」での子ども参
加がなされていたといえよう。
(2)奈井江町「子どもの権利条例」の内容と特徴
奈井江町「子どもの権利条例」は総合条例であることが特徴である。総合条例とは、
「地域における子ど
もの権利の総合的な保障をめざした条例」であり、子どもの権利についての理念、家庭、学校・施設・地域
などでの子どもの生活の場での権利保障、子どもの参加や救済のしくみ、子どもの施策の推進や検証のあり
方などを規定しており、子どもの権利を総合的に保障し、補完しあう内容を持っている。
「川崎市子どもの
権利に関する条例」に代表される総合条例と同様に位置づけられ、
「富山市小杉町子どもの権利に関する条
例」
、
「岐阜県多治見市子どもの権利に関する条例」も総合条例とされており、奈井江町も子どもの権利保障
についての理念、参加・救済のしくみ、施策推進と検証などを総合的に規定した総合条例に分類されてい
る(5)。
奈井江町「子どもの権利条例」は、総合条例ではあっても川崎市の条例と比較して、条文数や規定内容が
簡潔であり、これも特徴といえる。この条文数および規定内容からも、この条例は理念条例としての性格が
強いものといえる。川崎市の条例では前文と8章と41条の条文から構成されているが、奈井江町「子ども
の権利条例」には章はなく、他の総合条例と比較しても最も条文数が少ないのも特徴である。また、奈井江
町「子どもの権利条例」には子どもの権利侵害に対して「救済委員会」が置かれているが、川崎市には「人
権オンブズパーソン」
(第35条)が権利侵害に対して救済・相談を行うこととされ、2001年6月には「川崎オ
ンブズパーソン条例」が制定されている。子ども関連施策の推進状況を検証する独立した組織としては、川
崎市、小杉町、多治見市のいずれも独立機関である「子どもの権利委員会」が設置されているが、奈井江町
の条例にはそのような規定がなされていない。また、
「子どもの権利に関する行動計画」を策定することが
川崎市子どもの権利条例には規定されており、小杉町と多治見市においても「推進計画」の策定が規定され
ているが、奈井江町には子ども関連施策の検証に関する規定がなく、簡潔で理念的条例的な性格が強いとい
う特徴を持っているといえる。
奈井江町「子どもの権利条例」は「生きる権利」
(第6条)
、
「育つ権利」
(第7条)
、
「守られる権利」
(第
8条)
、
「参加する権利」
(第9条)を保障するという総合的保障をめざしているが、川崎「子どもの権利条
例」を参考に継承している感がある。奈井江町「子どもの権利条例」は子どもと大人が社会を構成するパー
トナーであるとすることも川崎市「子どもの権利条例」と同じである。しかしながら、奈井江町の条例には
「公徳心」や「社会規範」
(前文)を守ることが強調され、子どもに大人と同様に「役割と責任」の「自覚」
を強調し、子どもが権利主体であることを強調しつつ、子どもの権利に「社会的役割」を組み合わせている
ことが特徴である。
また、奈井江町「子どもの権利条例」における際だった特徴として、町と町民が「子育てに夢を持ち、子
どもが幸福に暮らせる町づくり」を進めることにこそあるといえる。町づくりの一環として、この条例が生
まれてきたのであり、
「子どもの社会参加」を子どもの視点から進めていこうとするものであり、子どもを
未来の町の担い手として、どのような将来の町をつくりたいかを子どもに聞き、子どもを将来の町民として
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の自覚と責任をもって参加してもらいたいという期待が込められている。
(3)奈井江町「子どもの権利条例」制定後における取り組み
市町村合併問題の住民投票で、奈井江町「子どもの権利条例」が具体的に生かされる画期的な取組として、
「子ども投票」があげられる。奈井江町をめぐる周辺7市町との合併を問う住民投票は2003年10月26日に行
われたが、小学校5年生以上の各小中学校では10月22日に、高校生は一般投票と同じ日程、場所で実施され
た。投票結果については一般投票については「尊重」するものとし、子ども投票については「参考」にする
ものとされた。
「子ども投票」は選挙権のない未成年者に住民投票としての選挙権を与え、子どもも大人と
ともにまちづくりのパートナーとすることを実質的に保障したものとして画期的なものといえる。子ども投
票の投票率は87.21%であり、大人の一般投票の投票率は73.01%であり、子どもの方が高い投票率を示して
おり、大人の投票率にも良い影響を及ぼしたことがうかがえる。
「一般投票」によると有効投票4426票のう
ち賛成1168票、反対3258票(賛成26.19%、反対73.05%、無効0.76%)
、
「子ども投票」では有効投票数449
票のうち賛成71票、反対378票(賛成15.78%、反対84.00%、無効0.22%)であり、子どもが大人以上に合併に
反対という強い意見を示し、奈井江町の独自のまちづくりへの強い意志を強めることになったといえよう。
「子どものいる家庭では選挙のことが話題となり、子どもが熱心に合併問題を考え、親子で語り合い、親に
も良い刺激を与えた」と町長も語っているように町民全体に良い影響を与えたといえる。
「子ども投票」は
奈井江町「子どもの権利条例」の「子どもの参加する権利」
(第9条)
、
「子どもの社会参加する権利」
(第13
条)を具体化することに生かされ、子ども自身が奈井江町の未来を考え、将来の住民としての責任を考える
良い機会となったといえる。
2
芽室町子どもの権利条例
(1) 芽室町の概要と子育て支援のまちづくり
芽室町は十勝管内最大の都市である帯広市に隣接し、宅地開発が進められ、現在人口1万9千人を超え、
周辺市町村と異なって、人口増加傾向にある。芽室町はゲートボール発祥の地としても有名であり、老人福
祉施設も充実している。子どもの権利条例を制定した際には町教育委員会教育長だった宮西義憲西は、町長
選挙のマニフェストに「子育てがしやすいまち」
、
「加齢の歓びを実感できるまち」などを掲げて当選した。
特に「子育てがしやすいまち」については町役場に横断的なプロジェクトとして「子育ての木委員会」が設
置され、
「赤ちゃんとお母さんの成長にあわせながら、統合的・系統的に多くの手をさしのべるまち」を目
指すことが掲げられている。このプロジェクトの中心として、活動しているのが、新設された子育て支援課
とみられている。
(2)芽室町子どもの権利条例の制定過程
全国では、2000年の12月の川崎市、2002年3月の北海道奈井江町、2008年11月の札幌市など「子どもの権
利条約」の理念を条例によって具体的な市町村の状況に合わせて、自治体が制定していく傾向にある。
「子
育てをしやすいまち」をめざす芽室町がどのように子どもの権利条例を制定していったかは注目されるとこ
ろである。
子どもの権利条例の発案については、前芽室町長である常山誠氏であるといえよう。それは、平成16年2
月に芽室町は当面合併をしないで、
「自主・自立のまちづくり」をすすめていくことを決め、町民会議で「自
主・自立推進構想」の検討を始めたことに端を発する。芽室町自主・自立推進プラン(平成17年4月)の「次
世代が夢と希望を持てるまちづくり」には「次世代育成支援行動計画など・・・町では①芽室のすべての子
どもたちが健やかに育つように応援します。②芽室のすべての親がゆとりを持って子育てができるように応
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援します。③芽室の町民(地域)が子育てや子どもを暖かく見守り応援します」という基本的な考えをもと
に「芽室町次世代育成支援行動計画」を策定し、今後取り組むべき子育て支援策の方向性や目標を定めてい
ます。
」とあり、続いて「次世代を担う子どもたちを育成するため『
(仮称)こどもの権利に関する条例』を
制定します」と記載されている。こうした「まちづくり」の議論を通じて、常山町長の発案による「子ども
の権利に関する条例」制定の意向が示されている。この時期には、国の「次世代育成支援行動計画」が策定
され、少子化のもとで子どもの成育環境をどう整備するかが求められるとともに、子どもの権利を大人がど
う認識するかが問われ、子どもの権利条例が策定される契機となっていると思われる。
平成16年3月に制定された「まちづくり参加条例」によると町民が等しくまちづくりに参加することが積
極的に進められており、子ども参加の視点からも「子どもの権利に関する条例」の制定が求められてきた。
宮西義憲現町長のもとで「自治基本条例」が制定され、第7条1項には「町民は、まちづくりの主役として
町政に参加する権利があります」とあり、2項で「町民は、前項の権利の行使に際し、性別、年齢、信条、
国籍等によるいかなる差別も受けません」とあり、子どもの意見表明権や子ども参加の根拠となっている。
したがって、
芽室町の子育てのまちづくりは常山前町長から宮西現町長への一貫した大きな流れのもとに
「子
どもの権利条例」が制定されていったといえる。
(3)子どもの権利条例の作成の経緯
子どもの権利条約の作成にあたっては、子育てに関係する団体からの代表者(市街地町内会連合会、校長
会、社会福祉協議会、児童委員、青少年健全育成協議会、PTA連合会、幼稚園、保育協会、保育保護者会か
らそれぞれ1名)
、一般公募による教員と主婦の2名からなる権利条例検討委員会が設置された。検討委員
会議長の竹内光男氏(校長会会長)が中心となり、子どもの権利条約についての理解を深め、川崎市と奈井
江町の権利条例を研究し、
「松山市子ども育成条例」
、
「金沢市子どもの幸せと健やかな成長を図るための社
会の役割に関する条例」を参考に芽室町独自の条例制定をめざした。
検討委員会は奈井江町が町の規模やその置かれている状況が似ていて、互いの交流も密であること、他の
条例制定都市との比較によっても奈井江町の条例が最も参考になるとして、内容ごとに分けて、たたき台を
原原案として作成した。
検討委員会は奈井江町を土台にするものの芽室町の町民憲章や教育目標に含まれる「たくましい心身」
「豊
、
かな心情」
、
「高い知性」などの言葉を入れて、独自の権利条例を作成していった。原原案については前文か
ら第10条までは奈井江町の条例に文言の違いや文の増減はあるが、ほとんど同じ内容である。第12条以降は
本条例に関する芽室町の基本理念としての「心身ともに健やかに育むためには家庭・地域・学校・企業・行
政等がそれぞれの役割を担い」という部分が盛り込まれ、
「育ち学ぶ施設」としての家庭、学校・幼稚園・
保育所についての内容が記載され、
「地域」と「企業」についても条文化された。第7回の検討委員会から原
原案から原案とされ、芽室町独自の前文の骨組みから、自然保護、平和への願いが組み入れられ、学校・地
域の役割の内容が補足され、
「虐待の禁止」条項が「虐待・体罰の禁止」に改められ、
「子どもの社会参加」
の条文を奈井江町と同じく子ども会議を定める内容に変更された。第8回の検討委員会後に原案がパブリッ
クコメントの際に提示されたが、
「奈井江町とあまりに似すぎている」との意見もあったようである(6)。
3
幕別町の子どもの権利条例
(1)幕別町の概要
幕別町は十勝総合振興局のほぼ中央部に位置し、十勝川流域の平野と丘陵地帯からなっている。幕別町の
人口は27,000人(2010年12月)を超えている。東側の幕別本町に役場があり、古くからの中心地となってい
る。西側の札内地区は帯広市に隣接し、昭和50年ころからベッドタウンとして住宅地が急増し、現在では札
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内地区の人口が多くなっている。
町の人口の大部分は北端部の幕別本町と札内地区と忠類地区中心部に集中しており、それ以外の地域は森
林か牧場、畑になっていて過疎化も進んでいる。幕別町の人口は年々増加傾向にあったが、近年は横ばいの
状況である。
年齢階層別に見ると、15歳未満の人口の割合は減少傾向にある反面、65歳以上の人口の割合は増加傾向に
あり、少子高齢化が進んでいる。
(2)幕別町の子どもの権利条例の制定経過
幕別町は「子どもの権利条例」を制定する意義をどのようにとらえているのであろうか。幕別町の「子ど
もの権利条例」資料によると、幕別町民憲章の1項目に「未来をつくる子どものしあわせなまちにいたしま
しょう」とあり、こうしたまちづくりに関する憲章を具現化するものと考えられている。
全国的にも児童虐待・いじめ・体罰・不登校など、子どもたちが加害者となるよりも被害者となって苦し
んでいるケースのほうが圧倒的に多い。幕別町でも児童虐待などの事例があり、子どもたちが安心して自信
をもって生きていける環境をつくることが必要であるとしている。
子どもの権利条例を制定する意義については、条約の前文に「子どもが、人格の全面的かつ調和のとれた
発達のために」
、家庭環境や地域社会の中で個人としての尊厳が保障されるべきであり、子どもが権利の
主体であることを認め、保護や管理の対象とされないところにある。したがって、日本国憲法、子どもの権
利条約などの上位法の理念にもとづき、幕別町の実情に合わせて、明文化したものである。こうした条例制
定そのものが地方分権、地方自治の考え方にかなうものとして、以下の点を掲げている。
① 国でも児童福祉法、児童虐待の防止等に関する法律、子どもの権利条約など、子どもの存在を一個の
人格をもつ権利主体として認める仕組みを進めてきたが、十分に成果をあげていない。これはこのよ
うな法律のみならず、
「子どもの権利条約」の内容が子どもや大人にも十分に周知されていないこと
があげられる。
② 町として、子どもを取り巻く環境を踏まえ、子どもが一人の人間として成長し、自立していく上で必
要な権利を保障するとともに、すべての町民が子どもの権利を正しく理解するために広く普及・啓発
を図る必要があること。
③ 行政だけが取り組むことで、すべての子どもの権利が保障されるだけでなく、町民が一体となって取
り組むことが不可欠であり、町民の総意の決まりごととする必要があること。
④ 幕別町憲章の1項目「未来をつくる子どものしあわせなまちにいたしましょう」とあるように、子ど
もたちに未来を託し、将来の町民としてのまちづくりの視点を重視することにある。
こうした条例制定の意義にしたがい、幕別町ではなぜ、
「子どもの権利条例が必要なのか」について、以
下の4つの視点から具体的な必要性を提唱している。
①「子ども」の視点から~子育ち環境を改善する必要性
国連子どもの権利委員会が日本の学校における過度な競争的体質やいじめを含む暴力の問題
を指摘している。幕別町においても不登校、いじめの問題は例外ではなく、子どもの育ちを取
り巻く環境の整備や地域特性をふまえながら、早急かつ総合的に子どもの権利を十全に保障す
る必要がある。
②「親」の視点から~子育てを社会化する必要性
子育ての第一義的責任は「親」や「家庭」にあり、親が子育てに不安を感じている場合も少
なくない。子育て家庭に最も近い公共団体である町が、法的拘束力のある「子どもの権利条例」
の制定を通じて、こうした体制づくりを積極的に推進する意義がある。
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③「町民・地域社会」の視点から~子どもの権利に対する社会的認識を促進する必要性
社会の構成員である町民が社会的弱者である子どもの権利を、大人としてその重要性を認識
し保障に努めることを必要としており、地域社会で共有していくためにも条例の役割が重要で
ある。
④「行政・政策立案」の視点から~法的拘束力を持つことにより子ども施策の計画・実施・検証を総合
化する必要性
「子どもの権利条例」を制定すると幕別町で法的拘束力を持つことになり、行政が策定する
計画や制作については「子どもの権利条例」の規定に照らして妥当性がチェックされ、
「子ども
の視点」から、施策や事業の内容に反映される。
幕別町子どもの権利条例の制定に関して、効果的で実情に根ざした条例の枠組みを定める必要があるため
に子どもの意見を聞き、さらに町民の声を聞きながら条例の策定に取り組んでいる。平成21月4月から6月ま
でに、小学校5年から高校3年生の年代までの「子ども」に400件と、高校生をのぞく18歳以上の「大人」
に600件を対象とした意識調査を実施している。この調査結果として、
「町では、子どもたちを守り育ててい
くために、子どもの権利に関する条例をつくる検討をすすめていますが、どう思いますか」という問いに対
し、子どもの82.7%、大人の86.6%が「良いことだと思う」又は「どちらかというと良いことだと思う」と回
答している。
幕別町「子どもの権利条例」の作成にあたっては子どもと大人への意識調査や「子どもの権利に関する意
見交換会」の意見や考えを基礎資料に、町民で組織する幕別町次世代育成支援対策地域協議会(委員10名)
によって、次世代育成支援行動計画の審議とともに幕別町「子どもの権利条例」が審議され、提案された。
(3)幕別町「子どもの権利条例」の特徴
幕別町次世代育成支援行動計画の基本理念に「すべての町民が支えあい子どもの豊かな心と生きる力を育
む町」としており、この趣旨が「子どもの権利条例」にも反映されている。
幕別町「子ども権利条例」の基本的な考え方は、A子どもの視点、B保護者の視点、C町民・地域社会の
視点から、以下の趣旨で制定されたといえる。
A いじめや児童虐待をはじめとした子どもたちの人権を無視する問題が多く、幕別町においても例外と
はいえない状況にあること。
B 子育ての第一次的責任は保護者にあるが、保護者が子育てに不安や負担を感じている場合もあり、少
子化や核家族化、地域住民の交流の希薄化のもと、育児に関する知識不足などにより、子育てに過剰な不安
感を抱いてしまうことも少なくないこと。また、氾濫する育児情報や相次ぐ少年犯罪により、子育て責任が
過度に要求・追求される社会状況が強まる傾向にあり、保護者が孤立し、精神的に追い詰められていくこと
が懸念されること。
C 子どもの権利保障を含めて子どもの育ちを取り巻く環境の整備を総合的に進めるほか、
「子育ての社
会化」を推進することを目指していること。
幕別町子どもの権利条例は、総合条例として全体で21条から構成されている。
幕別町子どもの権利条例の特徴は、子どもの権利を保障する本質を子どもの意見を聞いて、それを誠実に
対応することだとしていることである。第1条の目的にもあるように、子どもが健やかに成長し、のびのび
と生きていくためには、子どもの周囲にいるすべての人が、子どもにとって最も良いことは何か(子どもの
最善の利益)を常に考えることが大切としている。このためには、子どもや大人が子どもの権利についての
理解と認識を深め、町の社会全体が子どもの視点に立って責務を果たすことにより、子どもの心身の健やか
な育ちを支援する町の実現を目指すことを目的としている。
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北海道における子どもの権利と教育について
幕別町子どもの権利条例の内容の特徴として、以下のことがいえよう。
① 子どもにとって大切な権利として、安心して生きる権利(第5条)
、自分らしく生きる権利(第6条)
、
豊かに育つ権利(第7条)
、主体的に参加し、意見を表明する権利(第8条)を定め、子どもが健やかに育つ
権利を保障する。
② 子どもの権利の濫用を助長するものではなく、仮に権利の濫用が生じた時には、子どもの最善の視点
から、適切な指導と助言を行う。
③ 子どもの権利を保障するために大人の責務として、保護者と育ち・学ぶ施設(学校など)や地域住民
等や事業者、町の責務が定められ、互いに連携し、協力して、子どもの育ちを支えることが求められている。
子どもの心身の成長のためには、子どもの権利の保障とともに大人がそれぞれの立場で連携し、協力する
ことが強調されていることが特徴といえる。
4
札幌市「子どもの最善の利益を実現するための権利条例(子どもの権利条例)」
(1)札幌市の概要
日本の最北の政令指定都市であり、全国の市で4番目の人口を有する北海道における政治・経済の中心都
市である。北海道庁の所在地でもあり、周辺の江別市、北広島市、石狩市などのベッドタウンを擁し、札幌
都市圏を形成し、近郊の都市からも人が集まる経済圏(道央圏)を形成している。
札幌市の人口は1,914,000人(2010年)を超え、男女比は女性10.0に対し、男性9.0である。10代までは男性
が多く、20代以降は女性が多くなっている。
(2)札幌市「子どもの最善の利益を実現するための権利条例(子どもの権利条例)」の制定経過
札幌市では平成21年11月に札幌市子どもの権利委員会を発足させた。委員長は北海学園大学法学部教授の
千葉卓氏であり、他に学識経験者、弁護士、小・中学校校長会関係者、児童擁護施設協議会会長、地区民生
委員、公募委員が6名であり、高校生を含む14名から構成されている。答申作成までに10回の委員会を開催
している。
平成22年3月には子どもに関する実態・意識調査を実施した。これは、札幌市における子どもの実態や、
子どもを含む市民の意識を把握するため、大人・子ども各5,000人を対象にして調査を行ったものである。
平成22年7月から8月にかけて、子どもとの意見交換会を実施している。小・中学校や高等学校などを訪問
し、外国籍の子どもや子ども議員などと子どもの権利に関することや学校・地域での活動などのテーマにつ
いて、意見交換を行った。
平成22年10月に答申を提出した。この答申にもとづき、計画素案を作成して、市民からの意見を反映させ
て、
「札幌市子どもの最善の利益を実現するための権利条例(子どもの権利条例)
」は平成20年11月7日に制
定し、平成21年4月1日から施行となった。
(3)札幌市「子どもの最善の利益を実現するための権利条例」の特徴
札幌市の条例の制定は札幌市の実態に即した総合的な条例として、子どもの権利条約の理念をもとに、将
来にわたり、市民と市が一体となって子どもの権利を大切にするという姿勢を自治体の法として明らかにす
べきであるとしている。子どもの権利条約は普遍性をもっているが、札幌の特性を踏まえて、自分たちのま
ちに何が必要なのかをより具体的に定めることが重要としている。
札幌市の条例が目指すことは、条例の第1条の目的にもあるように札幌市の現状に基づき、子どもにと
って大切な権利を明らかにするとともに、家庭や学校・施設、地域等、子どもが生活するあらゆる場面にお
ける子どもの権利を進めるための基本的な仕組みを定めることにある。
具体的には次の視点を重視している。
① 自立した社会性のある大人への成長
子どもは子どもの権利を学ぶことで、自分の権利だけでなく、他人にも権利があることを学び、自分
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道北地域研究所
年報
第29号(2011)
で考えて判断し、自分の行動に責任を持ち、自立した社会性のある大人へと成長していく。
② 子どもの視点に立ったまちづくり
行政や学校・施設、地域などのあらゆる場面で、子どもが参加する機会を充実させ、子どもに住み良
いまちづくりを実践していく。
③ 権利侵害からの救済
子どもにはいじめや虐待から守られる権利があり、権利侵害が起きない社会を目指す。条例にもとづ
く救済機関の設置や、既存の相談機関との効果的な連携により、権利を侵害され、悩み苦しむ子ども
に対して、迅速かつ適切な救済を図っていく。
札幌市「子どもの最善の利益を実現するための権利条例」の基本的な特徴を以下のようにまとめることが
できるであろう。
基本理念として「子どもの権利を尊重し、安心できる環境の中で、自立性と社会性をはぐくむ町の実現」
を掲げている。子どもは大人とのよりよい関係の中で安心して過ごし、豊かな学びや体験、社会とのさまざ
まな関わりを経験する中で自立性と社会性を身につけ、大人へと成長していくことになる。豊かな子ども時
代を過ごすことができるよう、大人一人ひとりが子どもの権利の大切さを理解し、子どもの育ちを社会全体
で支えていく、子どもにやさしいまちづくりを目指す。
この基本理念を実現するために、4つの基本目標と具体的な取り組みを盛り込もうとしている。
基本目標1
子どもの意見表明・参加の促進
子どもが意見を表明し、参加する機会を充実する必要があり、子ども自らが行う主体的な学びの支援や、
体験機会の充実を図ることが重要である。
基本施策①として子どもが意見表明しやすい雰囲気づくりを、基本施策②として子ども参加の機会の充実
の支援、基本施策③として子どもの豊かな学びと多様な体験活動に対する支援を必要としている。
基本目標2
子どもを受け止め、はぐくむ環境づくり
子どもが安心して人間関係を築き、日々の生活を過ごすことのできる居場所づくりやさまざまな活動を通
して自分自身を確立していく環境づくりを進めていくことが重要である。
基本施策①として子どもが安心して過ごすための居場所づくりを、基本施策②として活動を通して人間関
係をつくりあえる環境づくりを必要としている。
基本目標3
子どもの権利の侵害からの救済
権利侵害に対し迅速かつ適切に救済を図るための救済体制の整備・充実はもちろん、権利侵害についての
正しい理解を進め、これを起こさない環境の実現を図っていくことが重要である。
基本施策①として子どもの権利侵害からの救済体制の整備・充実を、基本施策②として権利侵害を起こさ
ない環境づくりを必要としている。
基本目標4
子どもの権利を大切にする意識の向上
市民一人ひとりが子どもの権利に関心を持ち行動できるよう、さまざまな機会を通して理解を進めていく
ことが重要である。
基本施策①として子どもの権利に関する広報普及を、基本施策②として子どもの権利に関する学びの支援
を必要としている。
Ⅳ
北海道の子どもの権利条例の比較検討
最後に、北海道の各市町の子どもの権利条例の特徴を概括的に比較検討してみたい。
●北海道の子どもの権利条例はすべて総合型となっており、権利救済を重視する川西市子どもの権利オ
ンブズパーソン条例などの個別条例とは異なっている。北海道の子どもの権利条例は子どもの権利の推
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北海道における子どもの権利と教育について
進とともに総合的な子どもの権利保障を目指し、子どもと大人とのパートナーシップの関係を重視して
いる。
●札幌市「子どもの最善の利益を実現するための権利条例」は都市型ではあるが、他の町の「子どもの
権利条例」は地方型(地方再生型)であり、将来の子どもたちに託す「子どもにやさしいまちづくり」
の視点が強調されている。
●奈井江町は地方の町が合併せずに自立していくための福祉のまちづくりのみならず、
「子どもの権利
条例」の制定によって子どもにやさしいまちづくりを推進する先駆的な役割を果たした。
●芽室町の子どもの権利条例は奈井江町と置かれている状況、人口規模などから、奈井江町の子どもの
権利条例とよく似ている子どもの権利条例となっている。
しかしながら、子育てのまちとしての意識が高く、他の市町村の権利救済制度を研究しており、計画
中である。
●札幌市などは権利救済に関する制度を整備しているが、他の町の権利救済制度については権利侵害が
あった場合に迅速・適切な組織的な権利回復のための救済委員会を設置するなどの対応にとどまってい
る。札幌市のような大都市と他の町では規模も異なり、自治体に見合った組織体制が組まれることにな
っている。
●札幌市は条例の実施状況を監視する機関が設置されているが、他の町の子どもの権利条例は実施状況
を監視する委員会などの機関整備が希薄である。
●奈井江町、芽室町において短期間での条例制定の要請であったこともあり、町長のトップダウン型の
傾向が強い。
一方で幕別町は子どもや大人の意識調査をもとに民主的な積み上げによるボトム・アップ型の子ども
の権利条例の制定であったといえる。
●幕別町、芽室町は同じ十勝地方にあり、いい意味での競い合う関係にあり、子どもの権利を重視する
十勝地方のユニークな教育環境が広がりを見せている。
幕別町は「子ども議会」などの民主的な機関が発達し、札内北小学校などでユニークな子どもによる
運動会、行事運営、授業展開が行われている。
芽室町は子育てのまちとして、保育所などの充実に力を入れている。
引用文献
注(1)エリアナ・リッジオ・チョードリ(訳
平野裕二)、「子どもが市民になるとき-子どもに優しい都市イニシア
ティブ-」 子どもの権利研究 第4号 2,004年2月、日本評論社、p4.
(2)トロント・ヴォーゲ「子どもの権利条約の20年と子どもにやさしいまちづくり」子どもの権利研究第16号
2010年2月、日本評論社、p104.
(3)前掲注(2)p110.
(4)前掲注(2)p112.
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名寄市立大学
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年報
第29号(2011)
(5)奈井江町「子どもの権利条例」の分析について、以下の論文を参考にさせていただいた。
・横井敏郎;辻村貴洋;安宅仁人;中野恵;伊藤健治;篠原岳司;藤田春香;橋場典子、黛幸治、「奈井江町『子
どもの権利条約』の成果と課題、公教育システム4:19~60
(6)これに関して、竹内氏は「奈井江町がベースになっているので全くその通りです、全く問題にしていませんね。
結局奈井江町の条例については一定の評価があると考えていますし、素晴らしいという評価もありますから、素
晴らしいものは真似してもよいと思っています」と答えている。横井敏郎;辻村貴洋他、「現代自治体子育て・教
育行政の調査研究(2)
:北海道芽室町の子育て・教育行政と子どもの権利条例、p16.
なお、芽室町子どもの権利条例の分析については注(6)の文献を参考にさせていただいた。
以下、子どもの権利条例を制定している芽室町および幕別町を含む十勝地方の教育が全国的にもユニーク
であり、子どもの権利条約を活かした学校教育について現場の先生からの寄稿文を紹介する。
十勝地方の子どもの権利条約を活かした教育(北海道足寄郡足寄町足寄小学校 伊藤義明)
十勝の中学校で始まった「子どもの権利を尊重した学校づくり」のとりくみが、歳月を経て、一つの
小学校でのとりくみをきっかけに、いくつもの学校へと広がりを見せている。ここでは、いくつかの学
校で行われたとりくみの一端を紹介していく。
1.とりくみのいろいろ
①学校のシステムそのものの変化を求めたとりくみ
子どもたちが生き生きと通い、楽しく学び、活動し、自分たちの思いを表現できる学校にする
ため、教職員の意識を変え、子どもの意識を変え、学校のシステムを変え子どもたちが決定に係
わり、決定したことを形にしていくとりくみを進めた学校がある。児童会を軸とし、子どもに関
わる活動はすべて子どもの考えを聞き、子どもとともに決定しつくり上げることを優先させると
りくみである。運動会では、企画・準備・運営・後片付けをすべて子どもの手にゆだねて行った。
学習発表会も同様である。このような大きな行事は、最終決定の場を児童総会とし、総会の決定
を子どもの総意として最優先させてとりくんだ。こうして、今までの学校観、子ども観を覆し、
本来学校は子どものものであるという理念のもととりくみを進めていった。
また、子どもの意見表明権を意見を言うだけでなく、意見表明権は決定権だ(決定の場に子ど
もがいる)とし、決定にたずさわることで、自らの意見が生かされ、活動への意欲、次への意欲
につながると考え、子どもの権利を最大限に尊重する学校づくりを行った。
こうしたとりくみも課題は次から次へと生まれてくる。その度に教職員が思いを一つにし、子
どもにとって(子どもの権利の尊重)を第一に考え解決の道を探りとりくみを進めた。
その中でも大きな課題の一つは、子どもと大人がともに活動する上で、学校が持つ既存の校務
分掌・システムが壁になったことである。子どもによる多くの活動に対する教職員の担当・動き
が煩雑となり、子どもと教職員がともに活動するための動線が複雑になってきたのである。そこ
で、校務分掌の組織を変え、学校のシステムそのものを子どもの動きに合わせるといった大きな
変化をさせることで、学校づくりを更に進めていった。
その後、児童会を軸に行事から変えたとりくみを校内生活場面、学習場面にまで広げ、真に子
どもが尊重される学校づくりをめざした。大変なこともあったが、自ら考え、動きだし、コミュ
ニケーションをとる子どもたち、楽しく自分の学校を語る子どもたちを見て、間違いないとりく
みである自信を深めていった。
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北海道における子どもの権利と教育について
②行事を子どもたちの手づくりとするとりくみ
実行委員会という形をとり、行事そのものを子どもたちの手による運営にゆだねるとりくみも
行われている。学校により、実行委員会の形も内容も様々である。共通していることは、大人の
指示のもと動く子どもたちではなく、自ら考え、自らの意志を持ち動く子どもたちであり、行事
の中で、子どもたちの動き、活躍が見えるものとなっていることである。
実行委員会の主要なものとしては、運動会・学習発表会など学校行事で行っているが、子ども
たちの意見を聞き、子どもたちの思いと活動が生きるとりくみを行うという意味からも、他に遠
足、集会、お楽しみ会など学校全体というだけではなく、学年・学級のとりくみにおいても行わ
れている。
また、実行委員会という形をとらなくとも子どもたちの声を聞き、意見を尊重し、子どもたち
の手作りの活動を優先させるとりくみがある。修学旅行などはその良い例である。行き先、日程、
自主研修の内容、ルール、過ごし方など旅行に関することすべてで子どもたちの意見を尊重し、
形にしていくとりくみがいくつもの学校で行われている。
このように学校全体とまで言わなくともできるところから子どもたちの手による行事に取り組
んでいる学校は少なくない。
③権利を伝えるとりくみ
子どもの権利の日(5月22日)を設定し、学校で子どもたちへ「子どもの権利」を伝えると
いう教職員の意識づけを行うとりくみもある。少しずつではあるが、伝えるとりくみが蓄積され
てきているのも事実である。
そうした中、数時間ずつ2年間の中で、権利について考えた授業を行ったとりくみもある。自
らの持つ権利のイメージから権利を考え、差別・いじめの問題にも触れ、子どもの権利条約を伝
え、考えてもらう授業である。自らの経験や知り得た権利から幸せについて考える、ひいては生
き方・人権の尊重につながる授業であった。
また、違う学校では子どもの権利条約を伝えると同時に、自分たちの今の活動や学びが権利を
尊重されていることになっているか検証しながら、自らの活動と権利条約を結びつける学習を行
ったところもあった。違う学校では、子どもの権利条約をわかりやすく伝えるため、わかりづら
い権利については世界の子どもたちの例を挙げてわかりやすく伝えるとりくみも行われている。
子ども自身が権利主体として尊重されている自信を持って生きていくためには、権利を伝える
ことはその第一歩となり得る。そうしたことから、ここであげた伝えるとりくみは大きな意味を
持つとりくみであると言える。
2.点から線へ、線から面へ
仲間が広げる
いくつかの学校で、形は違えど行われている十勝のとりくみも、大人(教職員)主導で進めら
れている。そのため、数年毎の異動にともなって、学校の雰囲気もとりくみ方も変化していく。
進んでいたものが後退していくことも少なくない。
しかし、異動により前任校のとりくみをもとにがんばる人、異動先がとりくんでいることを目
の当たりにして意識を変えていく人等、とりくみに係わる人の動きが、このとりくみを進めよう
とする仲間を広げることにつながっている面もある。
こうしたことから、本来無条件に尊重されなければならないはずの子どもの権利も大人(教職
員)の意識のちがいで、大きく左右されてしまうという矛盾があるのが現状である。どんな学校
でも、どんな教職員のもとでも子どもの権利が尊重され、子どもが生き生きと、楽しく、自分た
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年報
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ちの思いを表現できるようにするためには、法的な整備、教育委員会をはじめとする関係機関の
協力など、大人としてできる環境整備も条件の一つとなる。
私たちは、今まで記してきた学校のとりくみに勇気と知恵をもらい、更に深めること、広げる
ことを止めてはならない。目の前にいる子どもたちの声を聞き、子どもたちにとって、子どもの
権利に照らしてどうなのかを考えることが大切である。そして、とりくみの点を増やし、線を結
び面としての広がりを信じて、前へ進むことが必要である。
十勝における子どもの権利条約と学校(幕別町立忠類中学校 和田真也)
子どもの権利条約が学校教育に大きな影響を与えたとは言い難い。批准・発効から17年がたとうとする
今日においても、具現化どころか、教職員の間で話題にのぼることすら珍しいのが実際のところである。
このような現状の中、十勝(※)が他の地域に比べれば実践が進んでいる地域であることは間違いない。
これは(あくまで「他の地域よりは」だが)子どもの権利条約を基盤とした教育を行おうと意識する教職員
の数の多さによるものである。もちろん、そのような教職員が学校の多数派となっているとは限らないため、
制約や障壁により、実践が「学級の中」
「授業の中」
「学年の中」
「ある行事のみ」のように限定されている
場合も少なくない。けれども、一定の条件が整った学校では大きな変化が起きてきたし、何よりそれがどの
ような単位であれ、実践し障壁に挑む教職員が増え続けていることの意味は大きい。
具体的な実践のイメージは別の方の稿に譲り、十勝における経過と現状をおおまかに述べていきたい。
※この文で十勝と使われる場合、帯広市は含まれていない。
◇実践の発端と経過
1980年代、中学校を中心に子どもの「荒れ」が噴出し学校は揺らいでいた。ほとんどの学校では管理
強化が図られ、強い指導ができる教職員がもてはやされていた時期である。規則の細分化と違反に対する(体
罰も含めた)厳罰化、一方それに対する抜け道探しや公然たる反抗という悪循環が続いていた。
そのような中、十勝には「子どもの力を学校へ」を指向し、実践を開始したへそ曲がり教員が現れていた。
ただ彼らはごく少数であり、互いのつながりもなかったが、90年代はじめ、人事異動による偶然で「へそ
曲がり教員」が同一校に複数いる状態が生まれた。ここから、実践は大きな変化を遂げる。それまでの孤立
無援の実践から、初めて仲間と論議が行ないつつ進める共同の実践になっていくのである。
その中学校での実践は、
「学校における子ども参加・参画はどこまで進むことができるか」
「教職員が自ら
の権力を捨て、子どもたちに決定権を手渡すと教育・学校はどう変わるのか」の模索であったと言える。詳
細は省かざるを得ないが、子ども(生徒)たちは、学校行事(卒・入学式、体育祭・文化祭)において学校
と共に主催者となり、決定権を持ち、実質的に企画・運営の多くを担った。遠足や修学旅行など旅行的行事
の行き先・内容・組織を決め、さらには学級のような日常生活上の規則から校則(生徒心得)までの改変権
を持つに至った。今日においても生徒が校則の改変権を手にした学校はおよそ聞いたことがない。
子どもたちの変容は劇的であった。実践開始後それまでの問題行動・人権侵害は激減し、まもなく消失し
ていった。時折起こる問題も、子どもたち自身が当たり前のように解決していく(この学校のようすはマス
コミによって全国に紹介され大きな反響を呼ぶ。また、ここでは述べないが、この学校の教職員はすさまじ
い逆風にさらされることになる)
。
その後、人事異動によりこの実践を担った教職員は別の学校に散らばり、再び個的な(あるいは孤立した)
実践が続く。だが、まもなくある小学校において、学校総体としての本格的なとりくみが始まる。この内容
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北海道における子どもの権利と教育について
も省略せざるを得ないが、明らかになったのは、子ども参加・参画のとりくみは、小学校低学年においても
可能であり、有効であり、求められているものであったことである。
このことは重要である。かつては「中学生だから可能なこと」とされていたが、そうではなかった。子ど
もの権利条約がすべての年齢の子どもに必要であるように、子どもたちを学校の主体者として捉え、考え、
話し合い、決め、実行していく環境を保障していくことは、低年齢の子どもたちにも必要であり、かつ実行
することが可能だということがはっきりとわかっている。
◇子どもの権利条約と十勝の実践
子どもの権利条約についての教職員の緊急の役割は、主に次の3つであると考えている。
(1)権利の主体者である子どもに、権利を伝える(手渡す)こと
(2)条約をもとに、学校の全教育活動を検証すること
(3)子どもたちに主体者としての活動を保障すること
十勝の実践は、子どもの権利条約の批准に先行して「子どもの力を学校に」の願いのもと「子ども参加・
参画」から開始した。ゆえに、当初は、子どもの権利条約は、
(3)の実践の理念的支えとして捉えられた。
新しい実践には立ちはだかる壁も高く、教育課程(時数)との問題も出てくる。また、
「一部教員による思
いつきの取り組み」という見方もされる。これらをはねのけるものとして、大きな力となるだろうと実践者
たちは期待した。残念ながらそうはならなかったが、条約の理念は実践者たちを勇気づけたことは確かであ
る。
やがて、小学校の取り組みにおいて(2)が開始する。
「子ども参加・参画型」を全校的に行うにあたり、
学校の校務分掌とよばれる学校の内部組織を大きく変更したのである。名称は多少の違いはあるが、多くの
学校では「教務(学習)
」
「生活(生徒指導)
」などを置き、規模に応じて、
「研修」
「保体」などを組み入れ
たり、独立させるなどしている。そして行事なども、卒・入学式は「総務(教頭)
」か「教務」
、運動会(体
育祭)は「生活」
「保体」
、学習発表会(文化祭)などのように分けられている。だが、同様の組織を持って
いたその小学校は、子どもの動きから改変していく。子どもたちが中心となって動く教育活動については「児
童活動部」に一本化し、子どもの主体的活動を保障するのである。これは単なる教員組織の変更ではない。
教職員と子どもの関係の変化であり、学校における子どもの位置の変化である。子どもの活動保障のために
学校組織を変更するなどということは、およそ聞いたことがない。
この小学校の動きを軸に、他校でも(1)権利の主体者である子どもに、権利を伝える(手渡す)取り組
みが開始する。小学校の取り組みが圧倒的に多いが、低学年から高学年までさまざま実践が行われている。
◇教職員組合の関わり
十勝における実践者の広がりには、教職員組合が(補助的ではあるものの)大きな役割をはたしてきた。
北海道教職員組合十勝支部は、実践の始まりから一貫してこの取り組みを評価し、その内容を組合員に周知
する活動に力を入れてきた。発端となった中学校の実践は、
(組合の研修会である)町村の研究会、そして
十勝全体での研究会に報告書として提出され、やがて、北海道、全国へと進む中で日本各地へ伝わっていっ
た。ただ、
「子ども参加・参画型」
「子どもの権利条約の基づく教育」が当時の組合で認知されているとは言
えなかったし、その状況はかなり長い期間続いた。北海道における(そして組合の)人権教育は、アイヌ民
族・女性差別など個別課題として語られる場合が多く、個別的ではない子どもの権利をどう扱って良いのか
混乱していたと言えるだろう。その中にあっても、十勝支部は独自に「子どもの権利条約を学校へ」を主目
的とした人権教育推進委員会を立ち上げた。委員会は、新しい実践を探し、紹介し、つないだ。
教職員組合が指示指令を出して「このような実践をせよ」と叫んでも、学校は変わらない。そのような方
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年報
第29号(2011)
法で成功した例はない。そうではなく、実践と人とをつなぎ、人と人をつなぐ地道な取り組みは有効であっ
た。
このようなシステムを担うのが組合でなければならない理由はない。ただ、
「子どもの権利条約を学校へ、
子どもへ」というスタンスに立ち、教職員が自分の教室で行う試みに注目し、応援し、そしてそれを他の教
職員へ伝えていこうとする組織・団体が、少なくとも十勝には他にないだけである。
◇ぶつかる意識の壁
子どもの権利条約の理念で教職員に最も理解されにくいのは、
「子どもは現在の主体者である」という捉
えである(言うまでもなくこの捉えは、条約の根幹をなすものである)
。教職員は子どもを育てよう、高め
ようとすることに真面目である。それは、
「未熟な存在である現在」と「成長した存在である未来」が明確
に分れていることを前提に、そのステップをのぼらせるのは教育者である自分の情熱と力量にかかっている
という意識である。これは根本的な誤りとも言えないが、
「大人が指導しなければ成長しない存在」という
子ども観から離れることができない弱点をもつ。この意識は極めて強固なものであり、
「未来の主権者」に
賛同する者も、
「現在の主体者」を受け入れることはしない。
これを教育現場でのようすで示すと、教職員の敷いたレールの上ならば「自ら進む」ことに拍手を贈るが、
子どもたちがレールを敷くことは許さないということであり、子どもは大人の示した選択肢から選ぶことを
しても良いが、子どもが選択肢を創ったり、決定してはならない、ということでもある。約20年実践を積
み重ねてきた十勝においても、このような意識の教職員がほとんどの学校で多数を占めている。そしてその
多くが「子どもの権利」を嫌い、避ける。
小学校・中学校を問わず、子どもの変容に立ち会った教職員の多くは、子ども観・教育観・学校観を変え
る。そして次の勤務校でその実現を模索する。だが、そしてその前に立ちはだかるのは、学校外からの圧力
と学校内の意識の壁である。楽観はできない。けれども新たな子ども観をもった教職員が増え続けているこ
とを考えれば悲観する理由はない。
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