「多摩美術大学修了論文作品集」の抜粋で

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多摩美術大学大学院
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デザイン専攻 / 環境デザイン領域
中国の伝統的住居
四合院の研究
The reserch of Chinese traditional residence
るための城門、町や村落を守るための守更楼門、家の大門
など、これらの門はいずれも厚く、重い木板製の板戸であ
る。更に板戸の表面に鉄板張りの堅固な門もあった。中国
チョウ エン
ZHAO, Yan
2. 21 世紀の中国における新しい四合院の提案
(1) 研究の目的
現代中国の大都市では、西洋風の建築が間断なく中国に
人にとって門は開閉可能な城壁か家の壁の一部のようなも
上陸し、多くの四合院は破壊され、徐々に「家」という親
のである。四合院の大門は外部から住宅内に入る唯一の入
しみが失われている。
口であり、
風水の考えによって東南の隅に設けられている。
しかし、文化とはその場所の自然、人文、社会条件のも
とに生まれるものであり、建築もまたその地域の文化を反
映しなければならない。
日本の家は屋内と戸外の空間が流動的であるが、中国の
よって、今日の中国の都市と建築は中国人自身の文化、
家は壁が四方を仕切り、外界と厳密に遮断された空間に人
自己の生活の中にある中国的美を持つべきであり、それに
間だけの域を作ろうとする。すなわち座敷を核に、座敷 −
よって新しい四合院住居を創造しなければならない。
1. 四合院住居の研究
(2) 中心対称
縁 − 濡れ縁 − 庭と内から外へ拡散してゆく空間が、
静(内)
古来中国の場合、大きなものでは城郭・宮殿・寺院・廟、
から動 ( 外 ) へと波動するのが日本の空間である。これに
四合院は、中国伝統的な住居として、今まで中国人の主
小さなものでは住居・家具小物まで全て、できるだけ対称
対し、厚い煉瓦で囲まれた空間の内側に部屋が並び、その
な住居形式として存在してきた。四合院は防御的な環境を
的な造形で作られている。その理由と時代背景は「中国文
中心に位置する内庭が、外界と接するために僅かに開かれ
2) インターネットで北京四合院の最新情報を検索。
作り出し、安心感と静謐感をもたらしている。四合院住居
化の中心」となる漢民族の文化が、黄河流域の中原という
ているのが中国の空間である。
3) 実地見学及び考察:
は、独立した横長方形住居の四棟が中庭である院子を囲む
厳しい自然環境の中で、人間自身の努力によって築かれた
ことからこのように呼ばれる。院子正面の南面する主屋を
ものだからである。古代の中国では神の代わりに聖人を崇
正房とし、東南両面に廂房、正房の対面に倒座と称する副
拝する。彼らは人間であり、常に荒れ狂う黄河の水害を人
房を置く。
間の力によって防ぐことに成功した人たちである。
(1) 四合院住居の概説
四合院の各室は全て「院子」に向けて開口部を持ち、使
この人間の力に寄せる信仰が人間至上主義を生んだ。こ
用目的によって区分される。正房は祖堂とも言われ、常に
こから自然と対抗する人間の力を賛美する、対称的な形式
家の中心にあって冠婚葬祭の場となり、家長の座である。
が生まれた。ちなみに人間の体が左右対称であることも無
「院子」の周囲には回廊をめぐらし、四棟間を連絡している。
関係とは言えないであろう。
ずと感じられる。
庭ではなく、屋外の一室として様々な生活に使われている。
「院子」はそれ自体としては単純な方形を示すものである
が、堂屋を挟んで次々と「院子」が連なり、堂が現れると
きの空間の変化は四合院住居の最も興味深い展開である。
2004 年 3 月
c 中国北京市 ( 明清紫禁城、清代恭王府、名人故居、
民居 − 菊児胡同 )
2004 年 8 月
fig. 3 四合院と日本民家の比較
帰属意識、安全感なども考えなければならない。今の中国
4) 新しい四合院の提案
21 世紀の中国人にとって住みやすい住居を作る。
3. 研究の結果 ̶ 新しい現代の四合院の提案
現在、中国の都市部に住む人々は生活水準の上昇ととも
は核家族化しつつあるが、一人っ子政策と高齢化社会の影
に、より優れた生活を欲している。仕事の後でリラックス
fig. 2 中心対称ー四合院と紫禁城の比較
響で、将来は再び大家族に戻るかもしれない。四合院住居
するための快適な環境が必要である。家庭の中で、自然と
は、高齢者や子供にも良い住まいである。
の交流や対話などは重要なことである。
一番重要なことは、
(3) 南面の原因
2) 文化価値
民族伝統住居の精粋の上で、現代中国人のライフスタイル
紫禁城は広大な四合院で、北京城自体も巨大な四合院で
に合う住居が望まれている。
する。これは人間も作物も日照を享受している図である。
ある。これらの伝統的な四合院の構成、空間形式、院楽の
古い四合院は家長を頂点とする家族制度を表していて家
南面は暖気をもたらすので歓迎されるが、北風は寒気なの
特徴、風水理念などは中華文明の精粋として古くから存在
長の室が正面の中心に位置していた。それに対し、私の今
で防がねばならず、農作物にも人間にも北を背にする姿勢
し、多くの建築家や設計家がインスピレーションを受けて
回提案する新しい四合院は、現代の家族像、つまり家族全
は自然と発生するだろう。皇帝も南を向く理由は、北は災
いる。
員が大切な存在であることが実感できるプランニングであ
厄がやってくるといわれる方向だからだ。
3) 使用価値
る。家族全員が集い、リラックスし、楽しみ、また家族同
現在、北京に残っている半分以上の四合院は老朽化して
士の絆を強固にするような空間、すなわち居間を正面に、
いるが、今でも重要な住居形式として使用され、今後も北
かつ中心に配置し、さらに屋外の自然を取り込んで、かつ
京市民の主な住居形式であり続けるであろう。同時に、昔
ての閉鎖的な空間を開放的で自然に囲まれる部屋へと生ま
(4) 門
の名宅は ( 魯迅故居、郭沫若故居、恭王府等 )、博物館や文
れ変わらせる。
中国の伝統的理念からすると、門はある領域に出入りす
化展覧館、有名な観光地として、国家の保護のもとで使用
こうして 21 世紀の中国人のライフスタイルに適合した
る場として厳重に遮蔽することができる。例えば都市を守
されている。
新しい四合院の形態 ( 姿 ) が誕生する。
四合院
紫禁城三大殿
南を向いて建つ家の前に稲田が広がっている風景を想像
南面しているのは、中国の家において家庭精神の中心に
あたる正房 ( 家長室 ) や祖堂である。
fig. 1 四合院
2003 年 2 月、2004 年 3 月
良い社会環境は、物質的なもの以外に人間の交流要求や
「院子」は各屋と有機的に結ばれ、単に囲まれて眺める内
1) 四合院に関する資料を収集し、閲読。
b 中国山西省平遥城 ( 明清古城遺跡 )
1) 社会価値
接しながら、日差しを与える方位から堂屋の序列性もおの
(2) 研究方法
a 中国遼寧省瀋陽市 ( 清代最初の宮殿、民家 )
(6) 四合院の存在価値
各室に「院子」を共有して適度な開放感と閉鎖感を持って
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(5) 四合院と日本民家の比較
多摩美術大学大学院修了論文作品集 2005
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デザイン専攻 / 環境デザイン領域
提案する 新しい現代の四合院
子供室
主人室
トイレ
FRONT
RIGHT
BACK
LEFT
居間
トイレ
トイレ
fig. 6
老人室
ダイニング
ルーム
台所
トイレ
車庫
客室
玄関
応接室
家事室
fig. 7 CAMERA
fig. 8 PERSPECTIVE
fig. 4 PLAN
fig. 9 展示風景
fig. 5 伝統的四合院
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多摩美術大学大学院修了論文作品集 2005
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