馬の真菌性胎盤炎による流産の発生状況とその対策

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15.馬の真菌性胎盤炎による流産の発生状況と要因調査
日高家畜保健衛生所
○佐藤研志
山田裕也
干葉裕代
加藤昌克
石山敏郎
はじめに
軽種馬の死流産は、生産率低下の主要因となっており、その原因を究明することは、生産率向上を図る上で重要である。我々は、
平成4年度第40回家畜保健衛生業績発表会において、昭和62年度から平成3年度までの日高支庁管内における馬死流産原因につ
いて報告した1)。
その後も死流産の原因を検索する中、平成5年度において真菌性胎盤炎による流産の増加がみられたことから、今回、その発生
要困を調査したので概要を報告する。
I 馬死流産の発生状況(図1)
昭和62年度から平成5年度までに病性鑑定を実施した死流産について、その原因を病原学的及び病理学的に分類した。
年度別に感染性死流産の発生率をみると、馬ヘルペスウイルス(以ド「EHV」)感染による死流産は、平成元年度の8.9%以降減少し
ており、細菌性死流産は、昭和62,63年度は14.0%前後であったが、その後減少傾向を示して8.0%前後で推移している。一方、真菌
性胎盤炎による流産は、例年1.O%前後の発生率であったが、平成5年度は8.1%と急増し、感染性死流産の中で最も向い発生率を示
した。
II 材料及び方法
1 材料
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(1)平成5年度に、真菌性胎盤炎による流産と診断された胎児20検体、胎盤20検体の計40検体。
(2)真菌性胎盤炎の発生した5牧場及び対照として死流産非発生の5牧場において採取した敷料及び乾草20検体、馬房内空気8検体
の計28検体。
(3)繁殖期に、子宮内膜炎症状を呈する繁殖雌馬から採取した生殖器スワブ50検体。
2 方法
(1)病性鑑定
ア 病理学的検査
剖検後、20%中性緩衝ホルマリン液で固定し、常法に従いパラフィン切片作成後、ヘマトキシリン・エオジン染色、P A S染色
及びグロコット染色を施し鏡検した。
イ 細菌学的検査
主要臓器、胃内容物及び胎盤について、5%羊血液加寒天培地及びDH L寒天培地を用いて48時間好気培養、サブロー寒天培地
を用いて2週間好気培養、10%馬血液加ユーゴンチョコレート寒天培地を用いて6日間10%炭酸ガス培養を実施した。
ウ ウイルス学的検査
主要臓器について、EHV抗原検出を、蛍光抗体法及び補体結合反応法により実施した。
(2)真菌性胎盤炎による流産馬の疫学的調査
流産馬の臨床症状、治療歴、産歴等について聞き取り調査を実施した。
(3)環境調査
敷料及び乾草については、検体1gを細切し、10m1のP B Sを加えホモジナイスした後、上清を希釈し、そのO.1m1をクロラム
フェニコール加サブロー寒天培地に塗布し、2週間好気培養を実施した。馬房内空気については、空中浮遊菌サンプラーセット(A
B BサンプラーSIBATA)を用いて採取後、酵母・真菌用培地を用い、2週間好気培養を実施した。
(4〕平成5年度の気象と牧草生育状況調査
気象については、日高支庁管内の気温、日照時間、降水量等について調査した。牧草の生育状況については、日高支庁管内の牧草
丈を調査し、発生牧場では、聞き取り調査を実施するとともに、給与乾草及び敷料の性状について肉眼的観察を実施し、乾草緑価
についてはマセル標準色調板で評価した。
(5)子宮内膜炎馬からの真菌分離
材料について、クロラムフェニコール加サブロー寒天培地を用いて2週間好気培養を実施した。
III 成績
1 病性鑑定成績(表1)
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病理解剖学的検査で、真菌性胎盤炎による流産の特徴的病変は胎盤にみられ、脈絡膜尿膜の浮腫性肥厚と脈絡膜絨毛の肥厚、壊
死が全例に認められた。一方、胎児の壊死性病変は必発ではなく、20例中6例の肺及び1例の体表に壊死性白色結節が認められた
に過ぎなかった。また、体表の乾燥感が3例、体格矮小及び削痩が12例にみられた。
病理組織学的検査では、検索した18例すべてに胎盤脈絡膜絨毛の壊死と好中球を主体とする炎症性細胞の著しい浸潤を示す壊
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死性化膿性胎盤炎が認められた。また、6例の胎児の肺に認められた白色結節には、多核巨細胞の出現を伴う肉芽腫形成が認めら
れた。P,AS及びグロコット染色では、18例の脈絡膜絨毛壊死部及び6例の胎児肺肉芽腫病巣すべてに、隔壁とY字状分岐を示す
Aspergi11us様真菌が認められた。
細菌学的検査では、検索した16例中、病理組織学的検査未実施の2例を含む8例の胎盤からAspergi11us fumigatus (以下「A.
fumigatus」)が分離された。また、A.fumigatusのほかにAbsidia ramosa(以下「A.ramosa」)が分離されたものが1例、細菌性流産の
起因細菌であるStreptococcus zooepidemicusが分離されたものが1例認められた。また、胎児の肺に肉芽腫形成が認められた6
例中3例において、病変部からA.fumigatusが分離された。
ウイルス学的検査で、EHV抗原検出は、全例陰性であった。
2 真菌性胎盤炎による流産馬の疫学的調査成績
流産馬の品種はサラブレッド種16頭、アングロアラブ種4頭であった。14頭に、流産1ヵ月前からの悪露排出、後肢の腫脹、腹部
の異常膨隆、乳房腫脹等の臨床病状がみられた。過去に子宮内膜炎に罹患し、抗生物質による治療を受けていたものは2頭であっ
た。また、同一牧場での複数発生はみられなかった。
産歴で、過去に流産歴を有するものは5頭で、その内2頭は真菌性胎盤炎による流産を経験していた。平成6年度の受胎状況につ
いては、7頭が不受胎であった。
流産時期、胎齢及び年齢については図2に示すとおりで、流産時期は、2月の発生が8頭と最も多かった。胎齢は、6ヵ月齢から
10ヵ月齢で、9ヵ月齢が最も多かった。年齢は、10歳以下及び20歳前後の馬に多い傾向がみられた。
3 環境調査成績(表2)
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馬房内空気の浮遊真菌は、発生牧場と非発生牧場の間で分離菌一種に差はみられず、C1adosporium属真菌が最も多く分離され
た。また、A.fumigatusはいずれの馬房内空気からも分離されなかった。
乾草では、発生及び非発生牧場ともにEurotium属及びPenid11ium属真菌が多量に分雛される傾向がみられたが、A.fumigatus
は、発生2牧場から分離された。
敷料からの分離菌種は、乾草とほぼ同様の傾向を示したが、A.fumigatusは、乾草から分離されていた発生2牧場及び非発生1牧
場で分離された。また、馬房内空気及び乾草からは分離されていないAspergi11us terreus (以下「A.terreus」)及びCandida真菌
が、発生1牧場及び非発生3牧場で分離された。
4 平成5年度の気象と牧草生育状況調査
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平成5年度の管内の平均気温、日照時間、降水量について調査したところ、平均気温は例年に比べ低く推移し、特に1番草収穫時
期の7月及び2番草の生育時期にあたる8月が極めて低く、
8月上旬では平年に比べ最大5℃の低下がみられた。日照時間は、7月上旬が良好であったほかは日照不足が続いていた。降水量
は、6月下旬から8月上旬において平年を下回っており、その他の期間では逆に平年を上回っていた。
管内全般としての牧草生育状況は、天候不良を反映し、1番草双び2番草ともに、例年に比べ悪く、特に2番草は、草丈にして5cm
程短かった。真菌性胎盤炎発生牧場における聞き取り調査では、例年と比較し、1番草の乾燥不足が20牧場中6牧場、2番草の収穫
量減少が20牧場中8牧場で確認された。また、環境調査時に、乾草緑価をマセル標準色調板で評価したところ、発生3牧場及び非発
生1牧場で緑価不足が確認された。
5 子宮内膜炎馬からの真菌分離成績(表3)
検索した50検体中16検体から真菌が分離され、最も多く分離された菌種は、A.ramosaで6検体から分離された。A.fumigatusに
ついては、全検体において分離されなかった。
・対策
発生牧場において、カビの生えた乾草の給与中止、敷料の早期交換、妊娠馬を優先させた良質乾草双び敷料の給与、並びに廐舎
内及び貯蔵施設の換気改善等の対策を指導した。
V 考察及びまとめ
日高管内における馬の真菌性流産については、過去に、A.fumigatus,A.terreus及びCandidaa1bicansによる流産が報告されてい
るが2)、今回我々が検索した症列は、病理組織学的検査において、18例の胎盤病変部にAspergi11us様真菌が確認され、細菌学的
検査において、病理組織学的検査未実施の2例を含む8例の胎盤及び3例の肺よりA.fumigatusが分離されたことから、全例
Aspergillus属真菌に起因する流産と診断され、特にA.fumigatusの関与が強く疑われた。
今回の症例は、20例全例の胎盤に壊死性病変を認めたが、胎児の病変は、体表または肺の白色結節が6例にみられたに過ぎず、真
菌性流産の多くは、細菌性死流産とは異なり、病変が胎盤に限局すると考えられた。また、12例の胎児にみられた体格矮小及び削
痩は、胎盤炎による胎児の発育阻害に起因していると思われ、このことは、胎盤病変と胎児体重との関係について述べている及川
らの報告3)と同様であり、胎盤異常に起因する流産の所見として重要であると思われた。
環境調査において、今回の真菌性胎盤炎の原因真菌と考えられるA.fumigatusが、発生2牧場の乾草及び敷料、非発生1牧場の敷
料から分離された。また、過去に流産報告のあるA.terreus及びCandida属真菌も発生及び非発生牧場の敷料から分離され、流産原
因真菌が、飼養環境内に常在していることが判明した。子宮内膜炎馬の真菌検索において、A.fumigatusは分離されず、牛の真菌性
流産の原因とされているA.ramosa j〕が多く分離され、子宮内の真菌と流産との関係及び薗交代症については、さらに検討が必
要であると思われた。
牛の真菌性流産の感染経路は、経口又は経気道感染で、母牛体内で増殖した真菌が血流により胎盤に運ばれ、胎盤炎を起こすと
されている5)。馬における感染経路は明らかではないが、乾草及び敷料から真菌が分離されたことから、経口あるいは経気道感
染の可能性は十分考えられ、飼養環境内真菌汚染は、潜在的要因として重要であると思われた。
牛の真菌性流産において、乾草調整不順の年は発生率が増加するという報告があることから5)、平成5年度における日高支庁
管内の天候及び牧草生育状況について調査したところ、例年と比較し、天候不順及び牧草の生育不良がみられ、発生牧場での聞き
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取り調査においても、1番草の乾燥不足が6牧場、2番草の生育不良が8牧場でみられた。飼養環境の分離真菌種については、発生牧
場から、A.fumigatusが多く分離されており、乾草調整不順等により、例年と比較して真菌の汚染が多かったことが伺われた。今後、
飼養環境内真菌の菌種及び蔵量の変動について経時的に調査し、基準値を知る必要があると思われた。 流産馬の疫学的調査を
実施したところ、年齢は、若齢馬及び高齢馬に片寄る傾向がみられ、妊娠期及び加齢に伴う免疫力低下の関与が疑われた。また、産
歴において、2頭に真菌性胎盤炎による流産の既応歴があり、他の2頭に子宮内膜炎による治療歴があったことから、子宮内におけ
る不顕性感染、易感染素因又は菌交代症の存在が考えられた。
真菌性胎盤炎による流産は、原因真菌が飼養環境に常在し、日和見感染であることから、根本的な予防は難しいが、不良乾草及
び敷料の廃棄、厩舎内及び貯蔵施設の換気の改善等によって環壊における真菌を減少させることが必要であると思われる。また、
妊娠馬の管理については健康維持に努め、良質乾草及び敷料を優先的に使用することも重要であると思われる。
参考■文献
1)加藤昌克ら1第40回家畜保健衛生業績発表集録、133∼139、北海道(ユ992)
2)山口俊昭ら:北獣会誌、36,52∼56(ユ992)
3)及川正明ら:馬の科学、VoL25,144∼ユ61(1988)
4)D,W.BrunerクJ,H.Gi11espie:家畜感染症、535、医歯薬出版(1976)
5)S,J,Roberts1獣医産科・繁殖学一その診断と治療一、100∼101、学窓会(ユ980)
6)石谷類造ら:家畜伝染病の診断、685∼688、文永社(1967)
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