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新しい広場を作る ―文化による街作り

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市町村長「行財政特別セミナー」
・地域経営塾 ❶
新しい広場を作る
― 文化による街作り―
劇作家/演出家、劇団「青年団」主宰
東京藝術大学・社会連携センター特任教授 平田 オリザ
文化政策の大切さについては、ある程度、ご理解
1つは芸術そのものの役割です。心が慰められたり、
いただいていると思いますが、具体的に、何をどのよ
励まされたり、勇気づけられたりする。例えば現代の
うに税金を使って行うかとなると、漠然としているので
音楽にせよ、クラシックという音楽ジャンルの長い音
はないでしょうか。そこで少しでも文化政策の重要性
楽文化の蓄積があって、今日が成り立っています。私
をご理解いただきたいという思いで、今日は演壇に
たちアーチストの創造活動は、未来の被災者に向けた
立っています。
ものになるのかもしれません。ただ問題は、道路やダ
まず紹介したいのは、宮沢賢治の『農民芸術概論
ムと異なり、芸術の持つ役割が目に見える形で伝わり
綱要』という作品です。彼は、羅須地人協会という協
にくいことです。しかし、シェークスピアのお芝居を見
同組合のような私塾を作りました。農民に、なぜ芸術
て感動したり、ドストエフスキーの小説を読んで人生
を楽しむかを説明するための教本が本書です。
について考えさせられたりするように、芸術の範疇、
可能性はものすごく広くて高いのです。したがって芸
「職業芸術家は一度亡びねばならぬ
誰人もみな芸術家たる感受をなせ
術は「究極の公共事業」であると思っています。
役割の2番目は、コミュニティーの形成・維持のた
個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
めの役割です。古来から人類の営みには芸能が存在
然もめいめいそのときどきの芸術家である」
していました。未開の集落に行っても、必ず芸能・お
祭りがあって、ダンス、演劇、音楽などが付随してい
これからは農民1人ひとりが芸術家のように生きなく
ます。要するに、共同体を維持するためには芸術は必
てはならないのだと、彼は説いているのです。なぜそ
要不可欠なのです。高台移転の合意形成が進まな
う言ったのでしょう。
かった宮城県女川町では、長年続いた獅子舞いの伝
身近な例を出します。東日本大震災の被災地には、
今後、莫大な公費が投じられます。一方では、巨額
な財政支出、公費投入が地域の自立性を失わせて、
統が復活した途端、合意形成ができたそうです。まさ
に文化の力にほかならないと思います。
3番目に注目したいのは、教育・観光・経済・福
自己判断能力を失わせるという指摘もあります。では、
祉・医療といった分野における、直接目に見える付帯
復興しながら、地域の持続可能な自立再生を遂げるに
的な役割です。あらゆる分野で政策決定がなされます
は何が必要なのでしょうか。すでに賢治が指し示して
が、文化的要素を織り込んでいかないと、なかなか住
いるのですが、以下、今日的問題をからめて、考えて
民に対する説得力が高まりません。バランスをとって
いきたいと思います。
文化政策を盛り込んでいくべきです。この点に関して
は、観光と芸術のコラボレーションの具体例を後半で
社会における芸術の役割
社会における芸術の役割は、おおむね3つに大別で
きると思います。
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vol.110
お話させていただきます。
平田 オリザ(ひらた おりざ)
略歴
国際基督教大学教養学部人文科学科卒業。大学在学中に劇団「青年団」を結成。後年、
こまばアゴラ劇場に活動の拠点を移す。1995年、
『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞を受
賞。
「現代口語演劇理論」を確立し、90年代以降の日本の演劇界に多大な影響をあたえる。
1998年、京都滞在制作作品『月の岬』で、第5回読売演劇大賞最優秀作品賞・優秀演出家
賞を受賞。2002年、
『上野動物園再々々襲撃』で第9回読売演劇大賞優秀作品賞受賞。三省
堂国語教科書(中学2年生)に対話劇ワークショップの方法論が採用され、多くの子ども達が
教室で演劇を創作するようになる。02年、ワールドカップサッカー大会日本組織委員会理事。
03年、日韓国民交流記念事業『その河をこえて、五月』で第2回朝日舞台芸術賞グランプリを
受賞。06年、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授に就任。演劇を通しての
様々な教育活動が認められ、モンブラン国際文化賞受賞。11年、フランス国文化省より芸術文
化勲章シュヴァリエの叙勲を受ける。14年、東京藝術大学・社会連携センター特任教授就任。
主な著書
『演劇入門』
『演技と演出』
『わかりあえないことから』
(講談社新書)
、
『芸術立国論』
(AICT /
国際批評家協会演劇評論家賞、集英社新書)
、
『対話のレッスン』
(小学館)
、
『話し言葉の日本
語』
(共著、小学館)
、
『地図を創る旅』
(白水社)
、
『世界とわたりあうために』
(徳間書店)
、
『演
劇のことば』
『新しい広場をつくる』
(岩波書店)
、
『ニッポンには対話がない』
(共著、三省堂)
、
『コミュケーション力を引き出す』
(共著、PHP出版)
地方が直面する
地域社会崩壊の危機
さて、私が各地を回って感じるのは、地方都市の風
しい」というようなことをこっそりと教えてくれたもので
す。
むかしの床屋さんでは、子どもが漫画を読んで、そ
の横で、おじさんたちが将棋を指したりしていました。
景が非常に画一化したことです。バイパスが整備され
おじさんは、子どもたちの監視係であり、教育係の役
沿道に大規模ショッピングセンターがあり、中心市街
割を果たしていた。あるいは、駄菓子屋さんのおばさ
地はどんどん寂れています。
んも、ふだんと違う雰囲気の子どもがいると、注意を
1970年後半のアメリカの風景とよく似ているという印
喚起してくれたものです。こうした関係性を、私は
象があります。当時のアメリカはベトナム戦争の影を引
「無意識のセーフティーネット」と言ってきました。現
きずって、社会は経済的にも精神的にも最も落ち込ん
在、その機能は相当弱くなってしまっている。要する
でいた時代です。中心市街地はスラム化して昼間でも
に、経済合理性を追求するあまり、社会の力が弱く
人が寄りつけない。完全にコミュニティーが寸断され
なっているのだと思うのです。
ているような状態でした。日本はまだそこまでひどくは
ないですが、まちはスラム化寸前まできている気がす
るのです。
最低限の生活が脅かされる
辺境域
この状況というのは、消費経済と金融経済が、一挙
同時に、ぜひ記憶にとどめていただきたいのは、市
に地方に拡散したことが1つの要因でしょう。ショッピ
場原理、マーケットの原理というのは、地方や辺境ほ
ングセンターで安くていい製品を買えるし利便性も良く
ど荒々しく働くということです。
なったものの、失ってきたものもある。例えば『となり
20年ほど前、私は与那国島に1か月ほど滞在して作
のトトロ』に出てくるような鎮守の森という空間とか、
品を作ったことがあります。島には本屋さんがありませ
神話や伝統芸能やお祭りを継承していく時間を失って
ん。欲しい本を買おうと思うと、40分間飛行機に乗っ
きてしまったのではないでしょうか。
て石垣島まで行かなくてはなりません。それでも本が
商店街が寂れていくと、まずなくなるのがまちのコ
なければ、あと1時間飛行機に乗って那覇まで行く。
ミュニティースペースである床屋と銭湯です。私は東
日本は全国に3千数百の公立図書館をつくってきまし
京・渋谷に近い駒場の小さな商店街で育ちました。2
た。憲法で保障されている、健康で文化的な最低限
軒隣が床屋さんで、ご主人家族と毎日会うから、そこ
度の生活のためです。もし「最低限」を行政が保障し
でしか髪を切れないというような、ある種の面倒くささ
なければ、辺境ほど売れる商品しか置かなくなってし
も感じるのですが、助かっているのです。出張で早め
まいます。財政的にも厳しい辺境ほど文化がないがし
に家を出たいとき、朝9時半開店を承知で、
「8時半に
ろにされてしまいます。
開けてよ」と頼むと「しょうがねえなあ」で済む。そこ
全国展開しているような大規模書店は、POSシステ
で、ご主人が「あそこの夫婦はちょっと危ないらしい
ムの導入などにより経営の効率化が図られ全店舗が標
よ」とか、
「あそこの家は相続税が厳しくて引っ越すら
準化されています。一方、むかしのまちの本屋さんは、
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経営こそ非効率ですが、それぞれ個性的な品揃えで
1つは若者の居場所が閉塞化し固定化していること。
商売していました。今はネットでもコンビニでも欲しい
かつては喫茶店などで、進学校のちょっと不良っぽい
本が買えます。まちの本屋さんの商売は厳しくなる一
生徒が、授業をサボってたばこを吸っていたりしたも
方です。要するに、地方ほど無駄が許容できない状
のです。見て見ぬふりで許容されていたのですが、若
況なのです。私たちは、発想を変えていかなければな
者たちの居場所がなくなってしまいました。今はもうカ
らないと思います。
ラオケボックスとゲームセンターぐらいしかありません。
人をつなぎとめる
“おもしろさ”はあるか
どうやら私たちには「田舎はいい」
「人情が厚くて
カラオケボックスは、遮音・防音がしっかりしていて、
外から全く見えない。むかしの銭湯のような学年を越
えた交流もないのです。
また地方ほど成功観が画一的で、その成功観に縛
暮らしやすい」といった幻想がありそうです。実際は、
られてドロップアウトした人間は、なかなか元に戻れな
地方は市場原理の狙い撃ちに遭い、幻想だったことを
い。東京や大阪なら、多少不登校になってもフリース
痛感します。
クールがありますから、親が覚悟さえ決めれば、そん
文化行政を研究している者の間では、全国展開し
なに深刻な問題にならない。引きこもり・不登校の問
ているある総合スーパーを「無邪気に出店し無邪気に
題も、地方のほうが深刻なのです。地方の若者は、生
退店する」と評しています。当該スーパーは、人口動
き方の多様性が失われてしまっているように感じます。
態を調査して出店、地元商店街は崩壊、やがて地域
人口の減少により撤退していきます。スーパーとすれ
ば、悪気はないし責任もない。市場原理は非常に冷
酷に地方の社会を潰していきます。
地方出身者の
カルチャーショック
地方のエリート層にも苦悩があると感じます。今、
では地域社会はそれにどう対抗していくのか。少々
東京の中高一貫校は「アクティブラーニング」と言わ
話を本屋さんに戻します。私は古本屋さんのような本
れる、演劇などを取り入れた、ディスカッション型、
屋さんが、地域の文学少年や文学青年を育んできたと
ワークショップ型の授業に取り組んでいます。今どき
思っています。ふだん無口な店主が「おまえもそろそ
「東大に何人入った」なんて競っていません。それより
ろいい年なんだから、ツルゲーネフでも読めよ」と声
も、学びのモチベーションを持続するような授業を売り
をかける。本屋さんに限らず、ジャズ喫茶、画廊、写
物にします。例えば、中学3年生に永山則夫死刑囚が
真館といった、そういう立ち寄れるところが、若者や
書いた小説を3冊読ませて、後期半年かけて永山則
地域の文化を支えてきたのだと思います。しかし、も
夫の評伝劇をつくらせる。全く教科書を使わない授業
はや地方都市では“本屋の商売”を成立させることが
をやっている。そういう授業を受けてきた生徒と、受
非常に厳しくなっている。その結果、若者たちの居場
験対策にあくせくしてきた地方の進学校出身者が大学
所がなくなってしまいました。若者たちにとって地方
で机を並べる。地方出身者はカルチャーショックを受
都市は、つまらないものになってしまいました。地方都
けて、不登校になってしまうという例が、毎年発生し
市がおもしろければ若者たちは残ります、帰ってもきま
ています。地方出身の女子学生に話を聞くと、
「東京
す。若者を残すポイントは、このおもしろさの有無に
の中高一貫校出身の学生は宇宙人が話しているみた
あると私は思っています。そのおもしろさは民間が支
いだった」と語っていました。
えていましたが、もはや民間では支えきれない現実が
あります。
社会学の世界では、文化資本について3つの分類
がなされています。
1つが、後天的に身につけられる文化資本です。学
若者の居場所はあるか
歴や資格です。
2つが、経済的に身につけられるもの。書画・骨董
10年ほど前、ある雑誌が「なぜ地方都市に凶悪犯
罪が増えているか」という特集を組みました。地方で、
いきなり大都会でしか起こらなかったような事件など
が急に発生します。その要因は何かを探った特集でし
た。
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や書籍の取得状態。
3つが、身体的な文化資本で、20歳くらいまでにど
れくらい優れた文化・芸術に触れたかなどです。
日本はこれまで、140年をかけて、教育の地域間格
差の少ない国家をつくってきましたが、今再び具体的
な文化資本の差によって、地域間格差が生まれている
と実感しています。
都市にみる青少年犯罪
新しい「広場」を作ろう
考えなければならないのは、経済原理ともまあまあ
折り合いのつく、現代社会に合った、新しい広場づく
ただし、青少年犯罪の問題は地域だけの問題では
ありません。
私の地元・駒場は渋谷から歩いて10分ほどで、中
りであると私は思っています。それが劇場や音楽ホー
ルや美術館であり、フットサルのコート、ミニバスケッ
トのコート、図書館かもしれません。
高生だった私の遊び場はもっぱら渋谷でした。渋谷と
なかでも図書館という空間は、これから非常に重要
いうまちは、2大資本の力で経済的に発展しました。
な役割を果たしていくと思います。なぜなら、引きこも
かつては「チーマー」と呼ばれる不良少年たちがいて
りの人の一定数が「図書館とコンビニなら行ける」と
迷惑がられていたのですが、彼らを見て思ったのは
いうのです。今までのように学びの場としてだけでは
「この子たちに責任はない」という思いでした。渋谷と
なく、遮音・防音をして談話室のようなものを作って、
いうまちは、資本の論理だけでまちを開発したために、
話をしてもいい場所にして、ボランティアの方やカウン
噴水や広場や公園がない。唯一宮下公園があるので
セラーを配置する。当人が話せるようになってきたら、
すが、ホームレスのたまり場になりました。渋谷では
今度は絵本を渡して、子どもに読み聞かせでもやって
富に引きつけられた社会的弱者がまちを右往左往して
みないか、という方向に誘っていく。これが「居場所
いる。ちなみに、渋谷区は行政代執行を行って、宮下
と出番」という考え方です。大事なのは、たくさんの
公園からホームレスを排除しました。結果、ホームレ
メニューを用意することです。価値観が多様化してい
スが拡散して、渋谷はたいへん汚いまちになってし
ますから、何に若者たちが反応するかはわからない。
まった。また「チーマー」たちは「半グレ」と呼ばれ
行政に限界があるなら、NPOなどの力も借りればいい
る集団をつくり、六本木で複数の暴力事件をおこして
のです。
います。私は、経済的な繁栄だけを追求した社会づく
そもそも若者たちは、季節行事などに半強制的に参
りが、凶暴な反社会的集団まで生み出してしまったの
加を迫られる、強固な共同体にはもううんざりしている。
ではないかと感じています。
つまらないのです。おもしろければ近寄ってきます。し
都市に社会的弱者の居場所は
あるか
たがって多様なメニューが必要なのです。メニューの
編み目に、演劇や音楽や美術やコーラスや農作業体
験や環境保護運動を入れ込む。
「あいつは気難しそう
10年ほど前、東京近郊で中学生がホームレスを撲
に見えるけど、ボランティアをやらせたらきめ細かいん
殺した事件がありました。寒冬期、図書館で騒いでい
だよ」
「あのブラジル人は恐そうに見えるけど、サッ
た中学生をたしなめたホームレスが逆恨みされて撲殺
カーを教えるのはすごくうまいんだよ」というふうに、
されたのです。事件の背景には、社会的弱者の居場
誰かのことを必ず誰かが知っているような社会を作り
所を作らなかった、無策もあると思います。
たいです。
学校しか居場所のない生徒は、いじめによって、不
登校、引きこもり、自殺に走ってしまったりする。いじ
緩やかなネットワーク社会を
め問題を短絡的に考えるのはよくないのですが、私が
言いたいのは、重層性のない社会への問題提起です。
阪神・淡路大震災時、被災者に避難所から仮設住
大人世界では経済原理があまりに強過ぎる、子どもの
宅、仮設住宅から復興住宅へと移ってもらう際、お年
世界では学校の原理があまりに強過ぎるのです。単独
寄りや障害を持った人を優先しました。当時の判断と
の集団に所属していると、人間はどうしてもある種の
しては間違ってはいなかったと思います。しかし、結
過剰感を抱えて息苦しくなってしまいます。そこで、
果としてコミュニティーが寸断され、おそらく実態とし
いくつか複数の集団に所属させるような社会づくりを
ては1,000人以上の孤独死、孤立死を招いてしまったと
考えてみようよという問題提起です。
思います。その体験から中越地震の際には、コミュニ
ティーごとに仮設住宅に入るということが行われました。
しかし、今回の東日本大震災はあまりに広範囲で、
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復旧・復興を一律に進められない状況下です。もちろ
政策」を述べます。ディズニーランドの集客力が高い
ん市町村それぞれのやり方があっていいと思います。
のはなぜか。観光学には「同心円状の集客」という言
そのうえで願わくば、被災地に少しずつ外の人も入っ
葉があります。どういうことかを説明します。
てきやすいようなまちづくり、
「緩やかなネットワーク社
ディズニーランドの年間パスポートを所有している
会」というものを形成してもらいたいのです。そうしな
トップは地元・浦安市の市民です。市民にとってディ
いと、次に大きな災害がきたときに、まちとしても崩壊
ズニーランドは誇りで、友達や親戚が来るとディズ
してしまうのではないかと思います。
ニーランドに招待する。しかし西日本のあるテーマ
出会いの機会を創出する
文化行政
芸術・文化の役割は大きいと訴えている私は、決し
て夢物語を言っているのではありません。
1980年代以降、欧米の多くの都市は、文化による都
いないと、来てもらうために斬新なアトラクションを
次々に投入します。しかしブランドイメージが下がっ
てしまった。要するに地域住民に愛されない施設は、
よそからも人が来てくれないのです。これが「同心円
状の集客」の核心部分です。
市の再生に取り組みました。社会的弱者が参加しやす
しかし大阪には成功例もあります。寄席の天満天神
い場を作ったのです。演劇を通じてホームレスと学生
繁昌亭です。天神橋筋商店街が天満宮の境内駐車場
が出会う、音楽を通じてシングルマザーと障害者が出
に、60年ぶりに寄席を復活させました。年間10数万人
会う、美術を通じて外国人労働者と高齢者が出会う、
を収容しています。波及効果で、天神橋筋商店街は
そんな場所に公共文化施設を作り替えていく、という
年間1,000万人を集めています。それも広告代理店を
ように出会いの機能・役割を与えたのです。
通さずに商店街の旦那衆が仕切っている。繁昌亭の
最も象徴的な例は、ヨーロッパの多くの美術館や劇
寄席がはねた後に、若手のはなし家さんたちと旦那衆
場で行われている「ホームレスプロジェクト」です。
が飲んで、ばか話をそのままイベント化するのです。
音楽とか美術展とかにホームレスを招待し、シャワー
ひとつの文化施設が持つポテンシャルだと思います。
を浴びてもらい、バザーで集めた服に着がえてもらっ
たうえで、芸術に触れてもらう。なんらかの刺激で生
きる気力、労働意欲を取り戻してもらえば、ものすごく
「21世紀美術館」「はっち」
はなぜ成功したか
安上がりなホームレス対策になります。精神の問題に
市民に愛される、市民参加型であるということは、
は、精神の問題で対抗するしかないのです。ここにも
もちろんアートイベントにおいても重要な要素です。固
文化政策の1つの役割があります。
定ファン獲得でいちばん成功したのは、金沢の「21紀
私が運営している劇場では、失業者に大幅な料金
美術館」でしょう。兼六園に足を運ぶ10人のうち8人
割引をしています。ヨーロッパの劇場ならどこでも普
ぐらいは21世紀美術館にも行くという調査結果もありま
通に行っている施策ですが、日本の公共施設では、普
す。
及していません。
かつて金沢は兼六園という1アイテムに頼っていた。
おそらく、日本社会が抱える最大の問題は先が見え
NHK大河ドラマ『利家とまつ』の効果で、平成14年
ないということでしょう。失職した方は精神的にも落ち
だけは観光客が増えたのですが、減少傾向は長く続き
込んでくる。今、日本社会が抱える最大の問題の1つ
ました。ところが平成16年からV字回復しました。
「21
が中高年の引きこもり、孤独死・孤立死です。リスク
世紀美術館効果」だと言われています。兼六園は17
もコストも大きい。大人を社会的に孤立させない政策
時閉園ですが、美術館の交流スペースは22時まで入
が必要になってきます。これを「文化による社会包摂
れます。また、注目しておきたいのは、金沢市は観賞
(social inclusion)
」と言います。その一環として、私
教育に力を入れていて、小学校4年生が遠足で21世
は失業者に費用負担を少なくして、劇場に入っても
紀美術館に行きます。美術館に行くと「もう一回券」
らっています。
というのがもらえます。子どもたちは家族を誘う。美術
ひとつの芸術振興が
地域を元気にする
冒頭でふれた文化の役割の一例として、
「文化観光
6
パークにはそんな動きは作れなかった。リピーターが
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館の真ん中は有料ゾーン、外側が無料ゾーンで、家
族それぞれ自由な使い方ができる。先ほどのディズ
ニーランドの話と同じで、リピーターが来やすい。21
世紀美術館は「奇跡の美術館」とも評されています。
もう一例、青森県八戸にある「はっち(八戸ポータ
私は、縁あって富良野には10数年来、毎年呼ばれ
ルミュージアム)
」を紹介しましょう。市内中心市街地
て、小中学校の授業を催しています。中学校には全
の疲弊は非常に深刻で、20年間で通行量が3分の1に
校15人ぐらいの分校もあるのですが、授業をすると見
なっていました。どうにかしなければということで、
学者が30人ぐらい来るのです。多くは能動的な農家で、
ミュージアム施設をつくりました。5階建ての建物で、
消費者のニーズをくみ取る柔軟性や、販売コミュニ
「はっち広場」という、大きなオープンスペースがあり
ケーション能力を高めたいと思っている。
「富良野かぼ
ますが、大規模集客施設ではありません。しかし、年
ちゃ」
「富良野メロン」のような、富良野ブランドも確
間400回くらいのワークショップ型のアクティビティーが
立させています。そうした活動が現在の富良野の生命
用意されています。NPO主催で行政が支援するワー
線です。
クショップもあります。例えばキッチン付きのワーク
富良野高校は昨年、道内初の演劇コースをつくりま
ショップスペースがあり、ご当地B級グルメの「せんべ
した。農業と観光の富良野を支える、発想豊かなクリ
い汁」を作って味わうこともできます。NPOが運営し
エイティビティーのある子どもたちを育てたいという思
ている売店もあるので、来館者はお土産も買えます。
いがコース設立の根底にあります。
加えて、子育て支援施設もあるという多機能型です。
ある自治体が集客を狙って大規模な建造物を作りま
八戸の中心市街地には高校が複数あります。寒い
した。しかし1人も立ち寄りません。私が思うに、自分
地域ですから、冬は郊外に住む親が車で子どもを迎え
たちの強みは何で、自分たちの愛するものは何か、ど
に来ます。迎えが来るまで市街繁華街の危ない場所
んな付加価値を加えれば、地元の人にも外の人にも来
で時間をつぶしていた子どもたちは、金もかからない
てもらえる愛されるまちになるのか、まったく認識でき
はっち広場に集うようになり、親の迎えの車も広場に向
ていないのです。だから大資本に、あっけなく飲み込
かいます。市は子どもたちの居場所も作ったのです。
まれてしまうという事態が起こるのです。自分たちの
ちなみに「はっち」の波及効果は大きく、ミュージアム
強みは何で、愛するものは何かを認識し、どう生かそ
表通りの通行量は約倍増、中心市街地全体でも通行
うとするか。私はその能力を「文化の自己決定能力」
量が30%増しです。
と言い続けています。その能力がないと、地域は衰退
以上から、成功のポイントは、大規模集客に頼らず、
小さいものを地道に積み重ねていく。そして複合施設
であること。子育てや介護や観光、いろんな機能を集
めて、何となくでも「そこに行けば、何かおもしろいも
のがある」そういう施設をつくったことだと思います。
地域資源を生かす真の道
「文化の自己決定能力」
していきます。
文化の自己決定能力を
伸ばすには
では、
「文化の自己決定能力」はどこで生まれるか
です。要は、子どものうちから優れた文化・芸術に触
れて、一人ひとりが文化資本を蓄積していく以外に道
はないようです。そうであるとしたら、地方都市は圧
最後に地域の生命線は何かという話をします。
倒的に不利です。現状では、文化格差によって地域
ドラマ『北の国から』の舞台になった北海道富良野
格差が広がっているのです。
の観光アイテムは、現在、スキーとラベンダー畑です。
宮沢賢治はこう言っています。
「かつて我らの師父
観光アイテムになったきっかけは、ラベンダー畑が、
たちは、貧しいながらかなり楽しく生きていた。そこに
旧国鉄のディスカバージャパンのキャンペーンのポス
は芸術も宗教もあった。今や我らにはただ労働や生存
ターになったことです。ラベンダーが一躍全国区にな
があるばかりである。宗教は疲れて近代科学に置換さ
り、富良野プリンスホテルが開業し、スキー場が整備
れ、しかも科学は冷たく暗い」
。
され、
『北の国から』の放送が始まって、富良野ブー
ムが起こりました。
地域のことを自分たちで決定できる文化資本を持っ
た子どもたち、若者たちを育成し、そのうちの何割か
ただこれだけならば、一過性のブームで終わってい
が帰ってきたくなるようなまちづくりをする以外に、長
たかもしれません。一過性で終わらなかったのは、富
期的な意味で皆さんのまちが生きる道はないかもしれ
良野が、ラベンダー摘み体験や香水工場の見学や、
ません。もしそうであるとするならば、芸術・文化の
参加体験型のさまざまな施設をつくるなど、観光地と
役割は非常に大きいのではないかということが、私が
しての多様性を生む努力をしてきたからです。
申し上げたいことです。
vol.110
7
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