真の成長のための - Strategy

Management Journal
ブーズ・アンド・カンパニー
マネジメント・ジャーナル
2009 Autumn : vol.
11
特集
真の成長のための
中国戦略の再設計
この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
最先端の中国動向から改めて戦略を考える 松田 千恵子
中国 ̶ 経済危機下のオアシス 謝 祖墀(エドワード・ツェ) [福島 毅・監訳]
「山寨」̶ 中国ビジネスの申し子 謝 祖墀(エドワード・ツェ)、黄 昱(ユウ・ファン) [福島 毅・監訳]
日本企業における従来型中国戦略からの脱却 松田 千恵子、張 曉力(ジェシカ・ジャン)
グローバル・タレント・イノベーション̶ 将来を切り拓くための人材戦略
巻頭言
ブーズ・アンド・カンパニー グローバル・タレント・イノベーション・チーム[松田 千恵子・監訳]
インタラクティブ・マーケティング戦略
第三回 広告メディア業界の統合と進化
岸本 義之
11
vol.
2009
AU T U M N
Contents
Booz & Company
Management
Journal
特集
真の成長のための
中国戦略の再設計
巻頭言
最先端の中国動向から改めて戦略を考える
3
松田 千恵子
中国−経済危機下のオアシス
4
謝 祖墀(エドワード・ツェ) [福島 毅・監訳]
「山寨」−中国ビジネスの申し子
12
謝 祖墀(エドワード・ツェ)、黄 昱(ユウ・ファン) [福島 毅・監訳]
日本企業における従来型中国戦略からの脱却
20
松田 千恵子、張 曉力(ジェシカ・ジャン)
グローバル・タレント・イノベーション
−将来を切り拓くための人材戦略
29
ブーズ・アンド・カンパニー グローバル・タレント・イノベーション・チーム
[松田 千恵子・監訳]
インタラクティブ・マーケティング戦略
34
第三回 広告メディア業界の統合と進化
岸本 義之
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 1
2009 Autumn
1
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
松田 千恵子(まつだ ちえこ)
([email protected])
この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ブーズ・アンド・カンパ ニー東 京 オフィスの
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ヴァイス・プレジデント。資本市場の評価に
耐 えうる 経 営・財 務 戦 略 構 築 を 広く展 開、
推 進 して い る。グ ロ ー バ ル 展 開 も 含 め た
M&A 、事 業 ポートフォリオ マネジメント支
巻頭言
援や 経営 管理 及び組 織 人事体制 構築、また
ダイバーシティマネジメント の 推 進 などに
最先端の中国動向から
改めて戦略を考える
も積極的に関わっている。
松田 千恵子
近時、企業と接していて「グローバ ル 化」の話題が出ない日
る。’
90 年代初頭には生産拠点として扱われていた中国を、販
は無い。金融 危 機を経て、どこの 企 業も改めて原 点に立ち返
売、流 通、そしてグローバ ルな 輸 出 展 開 のハブとして機 能 さ
り、自らの成長戦略を見直す必要に迫られている。日本企業は
せ、更にはR&D や製 品 開 発 の 拠 点としてバリューチェーンに
これまで、相応の規模を持つ安定した国内市場の存在に大き
統合させていくことが、いまや戦略的に重要な行動となりつ
く依存していたが、人口の減少に伴い、同市場だけに頼った成
つある。
長戦略はもはや描きにくい状況にある。他方、それとは対照的
次に、
「 山寨−中国ビジネスの申し子」では、一転して中国国
に、今後も急速な成長を続けると見込まれる巨大市場がすぐ
内の企業を扱っている。中国の国内企業は、日本企業が見落と
隣に存在する。この「中国」という市場を理解し、そこでの事業
しがちな、しかしいまや手ごわい競争相手である。山寨という
展開のための戦略を再設計することは、日本企業にとって喫
のは中国における海賊品メーカーであるが、こうした企業が
緊の課題である。
市場で暴れまわるうちに、実は事業機会を捉えて成功を収め、
然るに、その試みは意外に遅々としているようにも見える。
主要なメーカーとして転身を遂げる例が増えている。勿論、非
中国における何らかの取組自体は、多くの日本企業にとってさ
合法な面もありその点は解決を要する問題ではあるが、一方
ほど目新しいことではない。それゆえか、そこで得た従来なが
では、中国市場における成功について、幾つもの示唆に富んだ
らの中国事業への認識が、ともすればポスト金融危機におけ
事 実を展開して見せてくれる存 在でもある。変化し続ける市
る成長戦略の重要な一環として中国での事業展開を考える際
場においては、変化が起こってからそれに対応するのでは間に
の足かせになっていることも見受けられる。中国が単にコスト
合わない。常に変化を主導し、先取りしていく中国企業の事例
効率のよい生産拠点であったのは遠い昔であり、
( 本稿でもや
から得られるものは少なくないだろう。
むをえず使っているが)中国を単一の市場と見た「中国戦略」
これらを受けて、改めて日本企業の動き方を考えてみよう
などというものにはもはや意味が無い。中国において戦う相
というのが、
「 日本企業における従 来型中国戦略からの脱却」
手は欧米のグローバ ル大 企業だけではなくなっており、過去
である。最近、東京オフィスから北京オフィスへと移ったばかり
に成功体験とされた事例は現在では通用しないものも多い。
の弊社プリンシパ ル、ジェシカ・ジャンが、両国の現状を俯瞰
この“近隣 の大市場”の 持つ意味 が日本企 業 の成長にとって
し、双方の企業に直接インタビューを重ねた中から、日本企業
益々重要になってきているのと反比例するかのように、多くの
への提言を引き出している。中国をもはやホームマーケットと
日本企業は、中国の様々な市場で起こっている急激な変化に
して捉え、一方でその特性や多様性を的確に理解した戦略構
取り残されかねない状況に直面しているともいえよう。
築が必要であること、その実行のためには従来型の組織や人
かかる問題 意 識から、本 稿では主として下記の三つの切り
事体制が弊 害になりえること、新しい中国戦略への取組には
口で、改めて中国における成長機会とその市場の状況を考察
トップマネジメントによる主導が成功の鍵となること、等を事
した。まず、
「 中国−経 済危機下のオアシス」において、今回の
例も交え解説している。また、特に課題になりがちな人的資源
経済危機を経てなお、高い成長を維持し続けるであろう中国
の確保については、中国だけには限らないが「グローバル・タ
に対して、グローバル企業が重視の姿勢を崩していないこと
レント・イノベーションTM」といったブーズ・アンド・カンパニー
を明らかにし、さらに中国事業をグローバル・バリューチェーン
の取 組についても、一 部ではあるが別途 紹 介しているので、
のハブへ と転 換さ せる動 きを 見せてい ることを 解 説してい
ご興味のある向きは参考にされたい。
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この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
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中国
̶ 経済危機下
のオアシス
著者:謝 祖墀(エドワード・ツェ)
監訳:福島 毅
エグゼクティブ・サマリー
中国が直面している課題
米連邦準備制度理事会( FRB)前議長のアラン・グリーンス
今 回 の 経 済危 機 は 世界 的 なものであり、中 国も 様 々な 課
パン氏は、2008 年に発生した世界的な経済危機を「 100 年に
題に否応なくさらされている。特に中国では、輸出に関する課
1度 の 信 用 収 縮 の 津 波」と表 現した。実 際に今 回の「津 波」の
題 が最も顕著に現れている。2008 年12 月後半に、ブーズ・ア
世界的な波 及は、規模の面でもスピードの面でも前例のない
ンド・カンパニーは在 上 海米国商工 会 議 所と共同で「中国に
も のとなった。2008 年 第 4 四 半 期 の 米 国、欧 州、日 本 の 国 内
お ける 製 造 業 の 競 争 力 に 関 する 調 査 2008−2009 」と 題
(域内)総生産( GDP)は、それぞれ年率 6.3 %、5.9 %、12.7 %と
し、中国で事業展開する多くの多国籍製造業に対する調査を
いう驚くべき減少率を記録し、MSCI 世界 指 数は 2008 年下半
行った。回答企業の 50 %近くで、2008 年第 4 四半期の輸出額
期だけで40 %近く急落した。現段階では、経済がいつどのよう
が 前年同期 比で 10 % 以 上 減 少していた。そのうち10 % 強の
にして成長軌道に戻るのかを誰も断言できないが、世界の大
企業では、輸出額が 50 %近くも減少していた。よりマクロ的な
半を景気後退に引きずり込んだ今回の危機が経済のファンダ
観 点 から見ると、2009 年 2 月の 中 国 の 総 輸 出 額は前 年 同月
メンタルズの多くを変化させることは確実である。新たな世界
比で 26 %減少した。先進国市場の需要が早期に回復する可能
秩序と事業環境が形作られる中で、この変化を正確に認識し
性 が 低く、かつ輸 出が 中 国 の GDP の 約 3 分 の 1を占めること
効果的に行動できる企業だけが今回の「津波」を乗り切って成
を踏まえると、先 進 国 市 場 の 持 続 的な低 迷は中 国 経 済に悪
功を収める可能性が高い。中国は依然として堅調な成長を見
影響を与えることが想定される。
せる数 少ない国の一つであり、世界中の企業にとっての中国
の重要性はより一層高まっている。ある意味、中国は経済危機
危機が発生した当初、中国政府は断固たる姿勢を示し、景気
のただ中にあるオアシスであり、企業はそこに戦略的な意味
減速を緩和するため 5,900 億ドル( 4 兆元)規模の景気刺激策
を見出していかねばならない。
を実 施 すると発 表した。この施 策にはインフラ投 資、農 村部
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2009 Autumn
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
謝 祖墀(エドワード・ツェ)
([email protected])
福島 毅(ふくしま たけし)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパ ニー グレ ー ター
ブーズ・アンド・カンパニー東 京オフィス
チャイナ の マ ネ ージ ング・パートナー。
のプリンシパル。金融サービス業、ITサー
中 国 内 外 の 数 百 の 企 業 に 対し、中 国 に
ビ ス 産 業 を 中 心 に、10 年 以 上 に わたり
関するビジネス・プロジェクトに 20 年以
国 内 外 の 大 手 企 業 とのプ ロジェクトを
上にわたって取り組 んでいる。全社戦 略
手がけている。日本のみならずアジア、欧
の策定・実行、組織効率化、組織変革など
米 の 主 要 各 国 で の 事 業 戦 略 の立 案、な
を専 門とし、世 界 銀 行、アジア 開 発 銀 行
らびに 組 織・制 度・業 務プ ロセスの設 計
や 中 国 政 府 な ど 公 的 機 関 のコン サル
に 顧 客 企 業とともに実 践 的 に 取り組 ん
ティングも手がけている。
でいる。
の開発、再生可能エネルギー、医療、教育などの分野における
ある。過去数年にわたり大幅な経済成長を遂げてきたブラジ
支援策が盛り込まれた。その後4カ月のうちに、新たに自動車、
ルとロシア、さらには 韓 国やタイなどのアジア諸国でもマイ
鉄鋼、造船、繊維、機械製造、エレクトロニクス・情報、軽工業、
ナス成長が予想される。このような世界的な景気後退にもか
石油化学、非鉄金属、物流の 10 業種を対象とする追加の景気
かわらず、中 国 の 2009 年 GDP 成 長 率 は依 然 5 ∼ 8 %( EIU の
刺激計画も策定された。対策案は、特に圧力にさらされている
予 測は 6 %、世界 銀 行の 予 測は 7.1%)であることが予 測され
産業の活性化を目指し、技術革新、インフラ改善、低効率な生
ており、大 半 の主 要 国を 大きく上回ってい る。中国に肉迫す
産 拠 点の閉鎖、M&A、税還付および助成金に焦点が当てられ
る市場はインドのみである(図表1参照)。実際に中国の 2009
た。さらに、地方政府も総額 2 兆 6,000 億ドルを超える投資計
年 第1四 半 期 GDP 成 長 率は 6.1%であり、世界 の 大 半 の国 々
画および優遇策を発表した。最近、中国政府は、他の多くの分
が同期間中に被った深刻な景気後退に比べて際立っている。
野、特に学 校、病院、外来 患者向け医療サービス、低価格住宅
の 供給、環境保護などへの投資拡大計画について言及してい
一方、中 国 の政 府及び 金 融 機 関 の財政 状 況は比 較 的 健 全
る。その中でも社会保障への投資は、17.6 %増の 430 億ドルに
である。米国や欧 州を襲った信 用収 縮や 金融 市場 の 極 端な
拡大することが予想される。しかし、政府のこうした積極的な
変動を中国が経験するリスクは低いため、当局は地方経済の
取り組みにもかかわらず、これらの政策がどの程度、どのくら
活性化に向けて金融システムを最善の方法で活用することが
いのスピードで国内需要を刺激し、輸出の落ち込みを抑制す
可能になる。中国政 府の 2009 年度の財政赤字は過去最高の
ることとなるかは、依然不透明である。従来、中国の経済成長
1,400 億ドル に 達 する見 込 み な がら も、GDP 比 で は わず か
では輸出が重要な役割を果たしてきたため、ある程度は外部
3 % 程 度と、世界銀 行が「管 理可能」とみなす水準に収まって
市場の成長に依存する構造があった。個人および企業の消費
い る。ま た、中 国 の 外 貨 準 備 高 は1兆 9,000 億ドル を 上 回 る
パターンや 習慣 が根本 的に転 換しない 限り国内消費の回復
が、これは世界最 大であり、世界 第 2 位にランクする日本の 2
が期待できないことを考えると、短期間で以前の成長率に戻
倍以 上もある。この莫 大な外貨 準 備 高は、中国が金融システ
ることを想定するのは難しいであろう。
ムと通 貨の 安定を維 持する上で極めて重 要である。加えて、
主 要 銀 行 の 不良債 権は引き続き安 全な 水準にある。中国 銀
中国が依然として注目を浴びる理由
行 業 監 督 管 理 委 員 会( CBRC )の 劉 明 康 委 員 長は 2009 年博
鰲(ボアオ)アジア・フォーラムで「 2009 年には株 価と不良債
このような 課 題 は あ るも の の、多くの グ ロ ーバ ル 企 業 に
権 比 率が 共に下がると予 想している」と発言した。比 較 的 緩
とって、中国は依 然として世界で唯一とは言わないまでも数
和された金融政策に支えられ、銀行の貸出額は過去数カ月で
少ない明るいスポットとなっている。先 進国市場はどこも今
急 速に 増 加してい る。月次の 新 規 貸 出 額 は、2009 年 の 最 初
回の危機でひどい痛手を被っている。エコノミスト・インテリ
の 2 カ月間 で 24 % 増 の 1,900 億ドルに達し、GDP の 4 % を 超
ジェンス・ユニット( EIU )の 推 定では、米国、日本、ドイツ、フ
えた。特に新規融 資の多くは、非常に低利の短 期手形の形を
ラン ス、英 国 な ど 先 進 国 の 2009 年 GDP 成 長 率 は マイナス
とっている。これらの融 資は短 期資 金へのアクセスを必要と
2.5 %∼ 5.9 %と予 想される。大 半 の 新 興 国も厳しい 状 況に
する企業にとって極めて有用とみられる。中国の金融機関や
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公的機関が持つこうした利点や官民の緊密な関係により、中国
自信を持っており、積極的に投資拡大に取り組んでいる。
は世界的な危 機からの回復を加速する上で他国と比べ有利
ある多国籍消費 財メーカーの場合、2008 年に中国事 業は
な立場にあるものと考えられる。
世界全体の成長の 25 %を占めた。同社はこの比率が 2009 年
には約 60 %になると予想している。また、インテルは中国で
のコスト上昇圧 力に直面していたが、最近沿岸部の上海工場
グローバル企業の中国重視の姿勢
を内 陸 の成 都に移転することを 決 めた。実 際、沿岸 部におけ
世界的な景気減速の最中にあっても、企業経営者は事業の
るコスト上昇を受けて、多くの多国籍企業は製造拠点やサプ
継続的な成長を目指さなければならない。中国市場で得られ
ライチェーンのハブをコストの安い内陸部に移転することを
る事業 機会は、この目標に向けて企業が必要とする成長モメ
検 討している。こうした傾向は、スポーツウェア・メーカー の
ンタムを提 供している。実際、世界のリーダー企業の多くは、
李 寧( L i Ning )な ど 地 元 中 国 企 業 に も 見ら れる。李 寧 は、
経 済危 機 の中で中国の重 要性 がさらに高まっていることを
製造の一部を内陸中央部または西部に移転する計画である。
認識している。また、これらの企業は、他の市場の成長が短期
湖 北 省の 新たな 製 造 拠 点は同 社の 生 産 能 力の 40 ∼ 50 % を
間で回復する可能性は低いと考えている。このため、中国市場
占めることになると報じられており、10 ∼15 %のコスト削減
は、唯一とまでは言わないまでも、最も重要な成長 源の 一つ
が期待されている。
になっている。企業の多くは、中国の長期的な潜在性について
図表1 : 中国と主要国の実質GDP 予測(%)
実質GDP成長率
14%
12%
10%
中国
インド
8%
6%
4%
欧州
2%
米国
英国
日本
0%
-2%
-4%
2003
2004
2005
2006
2007
2008E
2009F
2010F
2011F
2012F
(Eは概算、
Fはエコノミスト・インテリジェンス・ユニットによる予測)
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
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特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
こうした製造拠点の内陸部への移転は、企業が中国のプレ
する計 画 だ が、そ の 大 部分が 中 国 に 投じられる可能 性 が 高
ゼンスを低下させていることを意味するものではない。実際
い。米オーディオ機器メーカーのハーマン・インターナショナ
に、インテルはマレーシアとフィリピンの工場を閉鎖して、生産
ルは、中国の従業員を 3 倍にすると同時に、今後 5 年間で中国
能 力を成都の新たなハブに集 約する計画である。また、上 海
の売 上高を 3 倍に拡 大することを目指し、必 要な資 金を投じ
の R&D センターを 維 持し、技 術革 新と中 国 国 内で の市 場 参
ることを表明している。大手玩 具メーカーのマテルの傘下に
入の強化に向けて、杭州を拠点とするエンジョイヤー・テクノ
ある「バービー」ブランドは、中国で新たな経営モデルを模 索
ロジー・グループへ投 資し、中国での登録 資本金を 1億 1,000
するべく、上 海に世界 初の旗 艦 店をオープンした。バイエル・
万ドル増強すると発表した。
シエーリング・ファーマは、グローバルな研究開発力の増強を
インテルは、中国事業の強化を計画する多くの多国籍企業
億 3,900万ドルを投じると発 表した。ディズニーは、アメリカ
の 一 社 に す ぎ な い。例 え ば、コ カ・コ ー ラ・カ ンパ ニ ー は、
国外で最大となる新テーマパークを上海に建設することを検
2009 年 3月に、向こう3 年間で 20 億ドルを中国に投 資すると
討している。ナイキは、約 1億ドルを投じて中国東岸部の江蘇
発表した。この投資計画の規模は、同社が1979 年に中国に再
省にアジア最 大の 物流センターを建 設している。ヒューレッ
進出して以 来、過去 30 年間に行った投 資総額を上回る。投 資
ト・パッカードは、重慶市に第 2 のパソコン生産拠点を開発す
は工場用地、生 産 施 設、販 路、製 品 開 発、マー ケティングなど
る計画である。マイクロソフトは、モバイルやインターネット
多方 面にわたり、地 理 的 範 囲 は 新 疆 など中 国 西 部にまで及
のプラットフォームを含む 様々な事業ユニットのための研究
ぶ。これに先立つ 2009 年初頭には、同社最大のライバルであ
開発 力を強化するため、今 後 3 年間で 10 億ドルを投じる計画
るペプシコも、中国の内陸 部 および 西 部各 省での 生 産 能 力
である。
目的とし、今 後 5 年 間で 北 京のグローバ ル R&D センターに1
増強を目指し、向こう4 年間で 10 億ドルを投 資する計画を 発
表した。世界有数のエレクトロニクス企業であるサムスンは、
ブーズ・アンド・カンパニーが 2008 年後半に実施した「中国
中 国でより広い市 場をカバーするため、低・中 価 格 帯 製 品 の
における製造業の競争力に関する調査」では、回答企業(すべ
開 発 増 強に向けて、2009 年に10 億ドルを投じることを 決 定
て多国籍企業)の 50 %近くが今後1 ∼ 2 年間に中国での生産
した。シーメンスは、2006 年に発 表した14 億ドルの中国投 資
能力の増強を計画していると答えた一方で、40 %近くの企業
に加 えて、代 替エネル ギ ーを 中 心とする2 億 800万ドル の 新
が同期間中に中国において新加工 技 術に投 資する意向であ
規投資を行うことになっている。糖尿病分野の大手製薬企業
ることを 示した。全 体として、中国 以 外で 新たな 製 造 拠 点の
であるノボ・ノルディスクは、4 億ドルを投じてアジ ア太平洋
設 立を計 画してい る企 業 の比 率は低下した( 2007 年 の 17 %
事業の新生産ハブとして天津にインシュリンの新工場を立ち
に対して、2008 年 は 10 %)。経 済危 機 後 の 競 争力について、
上げる計画である。米小売企業のベスト・バイは、世界的に困
悲観的な見方をする企業はわずか17 %だった。実際、2008 年
難な状況に直面する中、中国の家電小売販売第 3 位の五星電
の中国への外国直接投資実績は、前年から12 %増の 924 億ド
器(ファイブ・スター・アプライアンス)の買収を計画通り完了
ルに達し、前 年に続き 過 去 最 高を記 録した(図 表 2 参 照)。投
した。同 社は、今 後 2 年間に世界全 体 で 1億 6,000万ドル 投 資
資 実 績は過 去 数 カ月で 幾 分 減 少してい るもの の、減 少 率は
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大 幅に改 善してい る( 2009 年1月は 前 年 同 月比 33 %減、2 月
同月比 34 %減の約 17万3,000 台となったのに対し、中国では
は同16 %減)。
25%増の15万1,084台と過去最高を記録した。
このような 有 力 な 多国 籍 企 業 の 中 国 重 視 の 姿 勢 は、彼ら
米給湯器メーカーの A.O. スミスは、米国住宅市場のバブル
の 中 国 市 場 に 対 する自 信 を 示して い る。最 近 の「ニ ューズ
崩 壊により、2008 年 第 4 四半 期の世界全 体 の売 上高が 前年
ウィーク」誌によれば、ナイキの 2008 年売上高は米国が 4%増、
同期比で 9 %減となったが、中国の売上高は 11%の伸びを記
世界全 体が 9 % 増となったのに対し、中国は 50 % 増となった
録した。この結果からも、多国籍企業が世界的な事 業 拠 点を
(為替変動の影 響を除く)。シティグループの場合、2008 年は
築く上での 中 国 の 戦 略 的 優 位 性 が示 唆 される。同 社の 社 長
世界全 体で 277億ドルの 損 失が生じたにもかかわらず、中国
兼 CEO のポール・W・ジョーンズ氏は最 近 行なわれた取材の
事業の純利益は 95 %増の約 1億 9,000万ドルという高い伸び
中で、同 社 が 2009 年 の中国 市場 の成 長 率を 依 然 6 %と予 想
率を見せた。ケンタッキー・フライド・チキンの米国の店舗数
しており、この成長が米国不動産市場の継続的な下落から生
は、過去 4 年間に毎年減少し、2004 年の 5,525 店舗から2008
じる問題を軽減する見込みだと述べている。同社では中国へ
年には 5,253店舗となったのに対し、中国では既存の 2,980 店
の 新 規 投 資を 中止する計 画 は なく、2009 年 末 までに 第 3 次
舗に加えて、ほぼ毎日、新店舗の開店が続いている。深 刻 な 問
生 産能力増強計画を完了させる予定である。2008 年の実 施
題を抱えるゼネラル・モーターズの場合、2008 年自動車販売
分 に加 え、今 回 の 増 強で 中 国 で の 生 産 能 力は倍 増 すること
台 数は中国で 6 % 増となったのに対して、他の地 域では13 %
になる。
減少した。同社の 2009 年 4月自動車販 売台 数は、米国が 前年
図表 2 : 中国への外国直接投資は堅調
中国国内で行われた外国直接投資額
(億米ドル)
1,000
924
900
827
800
+11%
695
700
600
469
500
400
527
535
2002
2003
606
603
2004
2005
407
300
200
100
0
2000
2001
2006
2007
2008
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
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Booz & Company
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2009 Autumn
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
経 済危 機 の 中、大 半 の 企 業は財政 的に厳しい制 約を 強 い
を低コストの製 造拠 点または低 基 準 製品の販 売 市場としか
られてい る。このような 時 期に中 国 投 資を 決 断することは、
みなしていない企業よりも、中国の潜在的可能性を活用でき
企 業 の 行 動をより価 値 があり戦 略 的に重 要なものとすると
る可能性が 高い。A.O. スミスは、過去10 年間にわたり中国の
同時に、グローバル事業における中国の役割を強化すること
経営陣の現地化を積極的に推し進め、中国全土にわたる販売
にもつながる。中国市場への投資ならびに中国市場への関心
網を構築した。この間に同社は、中国市場での経 験と生 産 能
は、短期的な経済危機対策というよりも長期的な経営戦略の
力を活用して他の海 外市場を開拓することにも着手した。例
方向であると捉えるべきであろう。
えば、中国の給湯器の設計の中には、米国市場にはないもの
が ある。これらの「新製 品」を 中 国から輸 出することにより、
中国のグローバル・バリューチェーンへの組み込み
米国の市場セグメントの一部で競争力を強化したのである。
中国の 生 産 能 力の一 部はインドへ の輸出向けにも活用され
中国を戦略的に重視する動きの高まりと共に、中国事業を
ている。こうした中国の「二元 性」を活用した行動は、同 社の
グローバ ル・バリューチェーンのハブへと転 換させる多国 籍
中国事業の大きな成功につながった。2007 年売上高は 2001
企 業 が増えてい る。この 事 象は、
( 1 )企 業 が 中 国 の「二元 性」
年 の 6 倍に達し、年間平均成 長 率は 33 % を上回った。同 社の
(中国を主 要な販 売 市場として捉 えるだけではなく、世界に
市場シェアは中国で事業展開するすべての外国企業を凌ぎ、
製品を輸出するためのハブとして位置づける)を 全面的に活
地元大手家電メーカーである海爾(ハイアール)に次ぐ第 2 位
用していること、および( 2 )企業が R&D や製品開発といった
の座を占めている。
バリューチェーンの川上を中国により多く組み込 んでいるこ
と、という二つの側面から捉えるべきである。
世界 有 数のタイヤメーカーであるグッドイヤーも、中国の
「二元 性」を 効 果 的に活用している。同社は 1994 年に中国で
1 .中国の「二元性」
初めて工場を立ち上げた際、中国を主に製造コストの安い国
中国市場の発展に伴い、中国事業を拡大して収益の増加に
として位 置 づ け、中 国 の市 場 規 模 を 全 面 的 に活 用しな かっ
つなげるだけでなく、生 産と調 達 面でのスケールメリットを
た。しかし、2002 年以降、中国戦略を修正し、売上拡大のため
活かして輸出コストを大幅に改善している多国籍企業が増え
の重要な源であると同時にグローバル・バリューチェーン上の
てい る。また、中 国 で の 輸 出 事 業 の 発 展に伴い、世界 中 の輸
供 給 拠 点 とした。そ の 後、同 社 は 販 売 網 を 急 速 に 拡 大 し、
出先における優れた製品のデザイン・基準や最新トレンドを
2005 年 には10 カ月間 に中 国 の 様 々 な 地 域 で 300 の 新 店 舗
中 国 市 場 に 持 ち込むことで、中 国 で の 競 争力を高 めてい る
を設 立した。また、大 連 工場には世界 有 数の加工 技 術を導入
ケースもある。販売市場および輸出ハブとしての中国の「二元
した。調達と人材に関する中国のコスト優位性を活用するこ
性」を活かすことで、販売と輸出を相互に強化することが可能
とにより、価格競争力があり優れた品質を備えた製品を世界
になるのである。実際に、
「 中国における製造業の競争力に関
中 の市 場 向けに 製 造し、輸 出できるようになったのである。
する調 査」では、中国に製 造 拠 点を設 置する第一 の動 機とし
2006 年以降、同社は中国での原材料、機械類、完成品の調達
て、現地の販売市場とコスト削減の両方を挙げる企業が増加
に取り組むことにより、世界全 体で年間 3,500 億ドルの経 費
した(昨年:47 %、今 年:57 %)。一方、主要な動機として、人件
節減を 達 成している。2002 年から2006 年までに、同社の世
費 や原 材 料 費 の 削 減 の み を 挙 げる企 業 の比 率 は 22 % から
界全 体 の売 上高は年 率で 10 % 拡 大した。戦 略的な移 行を実
「 二元
11% へと半 減してい る。また、より重 要な示 唆として、
施する以前( 1995 年∼ 2002 年)の売上成長率は1%を下回っ
性」の原則を適用している企業の EBIT(利払い前・税引前・償
ていたことを踏まえると、
「 二元性」が企業の中国事業を最大
却前利益)の水準は、単一の動機を挙げた企業よりも平均で
化する上で重要な手段であると言える。
8 %高いという点がある。現 地での販 売と世界への輸出とい
う「二元 性」が、企業の収 益 性にとってプラスとなっている可
2 .R&D および製品開発の中国でのバリューチェーン統合
能性が高いと考えられる。
1990 年代初め、中 国は多くの 多国 籍 企 業 の目には低コス
この 中 国 の「二元 性」を 全 面 的 に 活 用 する企 業 のことを、
人件費を活用することによって急速に拡大した。しかし、現在
ブーズ・アンド・カンパ ニーではグローバ ル・サプライチェー
ではより多くの多国籍企業がバリューチェーンの範囲を川上
ン・インテグレ ー ター( GSCI )と呼んで い る。GSCI は、中 国
と川下に拡 張してい る。これには、上 述した 企 業 活 動(調 達、
トの加工工場と映っていた。労働集約型の製造は、中国の安い
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輸 出、現 地 販 売 など)だけでなく、R&D や製 品 開 発も含まれ
合、アジアの新興諸国で製品を知ってもらうための良い見 本
る(図表 3 参照)。中国市場重視の姿勢が強まるにつれて、こう
となる。実 際に、有力 企 業 の中国 R&D センターは、中 国 向け
したトレンドは一段と顕著になるものと考えられる。
製品を開発するだけではなく、アジア太平洋地域や世界の他
市場の設計や開発ニーズに対応していることが多い。
中国市場は、様々な階層の多様な消費者ニーズを内包して
いる。中国の消費 者行動は、多国籍企業がこれまでに対応し
電 力・オートメーション 技 術における世界 有 数のメーカー
てきた市場の消費 者行動とは大きく異なる。従 来、多国籍企
であるABB は、1979 年に北 京 で 最初の 事務所を設 立して以
業は、主に先進国市場との違いがそれほど顕著でない中国の
来、中国で大きな成長を遂げた。現在では中国国内に 27の現
富裕層顧客や大 都市圏に照準を定めていた。しかし、中産階
地法人、60 の主要都市に営業・サービス拠点を擁する他、送電
級や 低 所 得 者層の顧客、中規模都市圏あるいは農 村 市場 の
や自動制御システムなどの生産拠点を持っている。同社は、競
潜 在 的な可能 性を 開 拓し始めるのに伴い、現 地での R&D を
争の激しい中国市場で成功を収めるためには、
「 メイド・イン・
通じて製 品を 現 地 のニーズに合わせる能 力が 極めて重 要に
チャイナ」だけでは十分ではなく、
「デザインド・イン・チャイナ」
なっている。コカ・コーラや P&G など、中国に早期参入して大
であることが戦略的に重要であると考えている。
きな成 功を収めている多国籍企業は、現地市場をターゲット
とするR&D 活動に意識的に取り組んでいる。これらの企業の
「メイド・イン・チャイナ」から「デザインド・イン・チャイナ」
現地製品(例:オレンジの果肉入りミニッツメイド)の多くは、
へのパラダイムシフトを実現する手段として、2005 年に ABB
現地の消費者ニーズとグローバルなブランドを効果的に組み
のグローバル本部はグローバルR&Dチームの中核として北京
合わせている。また、アジアの多くの国々は、中国と同様の発
と上 海に中国 研究センターを設 立すると決 定した。同時に、
展段階にある。中国市場向けに設 計された製品は、多くの場
同社は現地での人材育成にも取り組んだ。中国での技術革新
図表 3 : 中国とグローバル・バリューチェーンの統合
第1ステージ 1990年代初−中
R&D
製品開発
調達
製造
マーケティング
販売・流通
サービス
− 数カ所で個別の生産拠点をスタート
第2ステージ 1990年代中−後
R&D
製品開発
調達
− 中国を調達源として
利用することに着手
第3ステージ 2000年代初
R&D
製品開発
R&D
製品開発
− R&Dおよび製品開発センターを
中国に設立
マーケティング
− 中国国内での
生産拠点の統合に着手
調達
− 中国をグローバル
サプライチェーンに統合
第4ステージ 現在−今後5-10年
製造
製造
− 中国をグローバル
サプライチェーンに統合
調達
製造
販売・流通
− 現地市場向けブランドおよび
現地での販売・流通を構築
マーケティング
販売・流通
サービス
− グローバルでのベストプラクティスを
中国に移転
マーケティング
販売・流通
− 中国をグローバル・バリューチェーンに統合
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
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サービス
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サービス
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
能力の増強を目的とする体系的な研修を受けるため、中国か
国、ドイツ、インドの 3 拠点のみである。また、中国での研究分
ら 多 くの R&Dス タッフ がド イツ、スウェー デ ン な ど に あ る
野は、先 端 材 料、ナノテクノロジー、代 替エネル ギ ー、電 気化
ABB の R&D センターに送り込まれ た。この取り組みは ABB
学、レーザー加工、デジタル製 造など同社の世界的な事 業 拡
中国の急 成 長を支 えており、中国における同社の 2007 年売
大にお いて根 幹となる最 先 端 技 術 の 領 域 を 網 羅してい る。
上高は 34 億ドルに達し、すべての販売地域の中で首位に立っ
これらの 企 業 事例を踏まえると、R&D と製 品 開 発を中 国に
た。さらに、中国の R&Dスタッフは、他国市場からの任務にも
おいてバリューチェーンに 統 合することは、中 国および 世界
深く関わっており、中国発の設計は、米国、ドイツ、スウェーデ
での企業 競 争力を高める上で決 定的に重要な 戦略であると
ン などの国々の顧客に受け入れられている。ABB の「デザイ
考えられる。
ンド・イン・チャイナ」モデル の 影 響は、同社の世界 中の 事 業
に及んでいる。
経済危機下での中国戦略の成功の鍵
ノキアは、中 国 で の R&D 投 資 に 取り組む もう一つ のリー
このように中国は、他国市場よりも遥かに多くの事業 機会
ダー 企 業 で あ る。同 社 は 1998 年 に 中 国 に 最 初 の R&D セ ン
と 成 長 余 力を持ってい る。特に、消 費 財、自動 車、生 産 財、医
ターを設立して以来、R&D 業務を北京、杭州、成都にある 6 拠
薬品など比較的「開かれた」業 種には、最も大きなチャンスを
点へと拡大させ、製品、インフラ、テクノロジー、ソリューショ
もたらすだろう。その一方で、知的財産権の保護、労働生産性
ンなど広 範 な事 業 活動をカバーしている。ノキアの 会 長は、
の改善、政 府機関の政 策調整、税制改革など中国政 府がさら
中国を同社のグローバ ルな R&D ネットワークの主 要 拠 点と
にやるべきことも多くある。加えて、コスト上昇(原材料、人件
して位置づけていると述べている。中国は同社にとって最 大
費、物流費などを含む)対 策、為替変動への対応、人材保持な
の市場であり、同国への R&D 投 資は、中国の消費者ニーズへ
ど、企業が直面している課題もある。
の 迅 速 な 対応に向けたノキア製品の現 地化を大きく促 進す
るも のである。一方 で、中 国 で 開 発・設 計され た 製 品は 世界
中国市場は、経済危機の中で企業にとって真のオアシスと
中の市場で採用されており、同社が世界中で販売する端末の
なり得 る。しかしながら、グローバ ル 経 済 の 不安定さの 影 響
うち、40 % 以 上のモデルが 中 国で設 計または開 発されてい
もあり、従来のように過去のデータや確率を基に可能性の高
るものと推定される。
いシナリオを見極めるという手法で中国市場 の成長を 予 測
実際、中国におけるグローバルな研究開発力の強化という
することは難しい。不確実な状況下において継続的に戦略を
トレンドは、より高い 技 術障壁を必要とする業 種を始めとし
立 案・実 行・修正していくことこそが、中国戦 略を成 功させる
て様々な業 種で見 受けられる。例えば、製 薬 業 界 のリーダー
ための鍵となっている。
企業であるサノフィ・アベンティスは、2008 年に中国の R&D
業務を拡 大する計画を発 表した。この計画には、上海の R&D
施 設の 拡 張、北 京 での 最 先 端 バイオメトリクス・センター の
China - An Oasis amid the Global Economic Crisis
新 設、中 国 科 学 院( Chinese Academy of Sciences )との
関係 強化などが 盛り込まれた。これにより、新薬開発から後
期 臨 床 試 験に至るプログラムに関する同社の能 力強 化と効
率 改 善 が 期 待 さ れて い る。世 界トップクラスの 計 測 器 メー
カーであるアジレントは、成 都に R&D センターを設 置し、製
品開発の現 地化を通じて、2 年足らずのうちに計 測器を現 地
で完 全に設 計、開 発、製 造するようになった。現 在、同社は無
線 周波 数 測 定 製 品の 4つのモデルを中国市場と国 際 市場に
投入することに成 功している。研究開発力と先進技術で知ら
れるゼネラル・エレクトリックは、2000 年に中国で 最初の 技
術センターを上 海に設 立した。現在、同センターは 28 の 研究
所を抱えており、同社の R&D に対する取り組みの中核的存在
となっている。同センターに匹 敵 する同 社の 技 術拠 点は、米
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この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
「山寨」
̶中国ビジネス
の申し子
著者:謝 祖墀(エドワード・ツェ)、黄 昱(ユウ・ファン)
監訳:福島 毅
エグゼクティブ・サマリー
「山寨」とは何か
「山寨(Shan Zhai)」という概 念は、中国ビジネスを推 進す
北京で働くヤンさんは、同僚に新しい携帯電話を見せびら
る上で重要な意味を持つものとなっている。
「 山寨」は、元 来、
か して い る。そ の 携 帯 電 話 は、タッ チス クリ ーン、カ メラ、
政府の統制外にある山賊の砦を指すものであったが、現在で
MP3 、ビデオプレイヤーなど典 型的な機能を備えている。さ
は模 造品や海賊品を指す言葉となっている。このような製品
らに、携帯電話を振ると壁 紙が自動的に変わる、着 信時には
を取り扱う「山寨」企業は、中国市場において大きな撹乱要因
サイドの光が点滅すると同時に大 人 気の着メロが流れる、と
となっているが、中にはリーダー企業にまで成長するケースも
いった 新しい 機 能も装 備している。しかし、その 携 帯 電 話は
出始めている。中国文化の革新性や中国市場の成長性は、
「山
ノキア製でも、モトローラ製でもサムスン製でもない。ブラン
寨」企業にとって多くの事業機会を産み出すのである。有力な
ド名は全くついておらず、値段はわずか 480 元( 70 米ドル)と
「山寨」企業は、行動が迅速で柔軟性に富み、積極的にリスクを
類似のブランド製品の約 5 分の1にすぎない。これが、中国で
取るという革新性を有している。事 業が一定の規模に達する
「山寨」モデルと呼ばれているものである。
と、迅速にバリューチェーンの川上に移動することで競争優位
なコア・コンピテンシーを確立してしまうのである。
「 山寨」企
「山寨」という言葉は中国で広く浸透している。携帯電話や
業に関する論争は、単に模造品の製造・販売の是非を問うもの
デジタルカメラ、ワインや医薬品、新年パーティや映画に至る
としてではなく、ある種の中国企業が社会通念に従うことなく
まで、中 国 の 消 費 者 は日常 生 活 の ほとんどあらゆる場 面で
成功を収め、革新を通じて競争力を高めている事象が何を示
「山 寨」に 遭 遇 する。
「 Nokir 」
「 Samsing Anycat 」の 携 帯 電
唆しているのかという問題として捉えるべきである。
話、
「 Pahetohic 」のテレビ、
「 Wetherm 」のスキンクリームな
どはほんの数例にすぎない。こうした「山寨」について、2009
年 3月に北 京 で開かれた 全国 人 民 代 表 大 会で激しい議 論 が
巻き起こった。膨大な「山寨」製品を低品質の偽造品として蔑
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2009 Autumn
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
謝 祖墀(エドワード・ツェ)
([email protected])
黄 昱(ユウ・ファン)
([email protected])
福島 毅(ふくしま たけし)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパ ニー・グレー ター
ブーズ・アンド・カンパニー北 京オフィス
ブーズ・アンド・カンパニー東 京オフィス
チャイナ の マ ネ ージ ング・パートナー。
の シニア・ア ソシエイト。金 融 サー ビ ス
のプリンシパル。金融サービス業、ITサー
中国内外の数百の企業に対し、中国に関
業、ハイテク産 業 を 中 心に、10 年以 上の
ビ ス 産 業 を 中 心 に、10 年 以 上 に わたり
するビジネス・プロジェクトに 20 年以 上
コンサルティング経 験を有 する。全社戦
国 内 外 の 大 手 企 業 とのプ ロジェクトを
にわたって取り組 んでいる。全社戦 略 の
略 の立 案や 大 規模プロジェクト・マネジ
手がけている。日本のみならずアジア、欧
策 定・実 行、組 織 効 率 化、組 織 変 革 な ど
メントなどに注力している。
米 の 主 要 各 国 で の 事 業 戦 略 の立 案、な
を専 門とし、世 界 銀 行、アジア 開 発 銀 行
らびに 組 織・制 度・業 務プ ロセスの設 計
や 中 国 政 府 な ど 公 的 機 関 のコン サル
に 顧 客 企 業とともに実 践 的 に 取り組 ん
ティングも手がけている。
でいる。
む主張もあれば、
「 山寨」が中国社会に与える利益を考慮して
コーラ)は、中国の炭酸入りソフトドリンク市場ではペプシに
もっと許容するべきだという主張もあった。
次ぐ 第 3 の 規 模 の 企 業 に 成 長してい る。また、当 初 は ICQ の
「山寨」版だった QQ は、現在は中国で最 大かつ最も成 功して
この 論 争 の 最も重 要な側 面 は、成 功を収める「山 寨」企 業
い るオン ライン・インスタントメッセンジャーとなり、アク
が増 加してい ることである。
「 山 寨」事 業は、多くの 場 合 ゼロ
ティブユーザー は 3 億 8,000万人 弱、市 場シェアは 80 % を 超
からスタートして驚くべきスピードで進化し、成熟した業界で
える。これらの企業はすべて中国の「山寨」経済の一角を形成
主要企業に挑 戦する存 在となる。中国に参入しようとする企
している。
業の経営者にとって、
「 山寨」企業がどのように機能している
かを理解することは重要である。第一に、今日細々と営業して
これら「山寨」企業は共通の特性を持っている。
いる「山寨」企業が明日には巨 大 企業を打ち負かす可能性が
あり、常に脅威 な 存 在になり得 る可能 性 があることである。
• (少なくとも当初は)国内市場に焦点を絞る
第二に、
「 山寨」事業の成否は、現地市場に対応した独 創的で
• 主に大衆消費者をターゲットとする
新しい 戦 略によって既存 の市場 体 制を撹 乱する能 力のみに
• 製品導入に関して、極めて短いサイクルタイムを追求する
かかっていることである。こうした点には、中国におけるビジ
• コストを重視する(品質も劣ることが多い)
ネルモデル の 進化を模 索 する外国 企 業 の 経営 者にとって参
• 製品の特性や機能を現地のニーズへの対応に特化した
考になる要素があるものと考えられる。
例えば、携帯電話メーカーの北 京 天宇朗通は、流行を追い
ものにする
成功を収めている「山寨」企業には、偽造品や海賊版のメー
つつも価 格に敏 感 な購買 層をター ゲットとする携 帯 電 話の
カーとしてスタートし、独自の知的財産( IP )ポートフォリオを
模 造品を製 造している。同社は無名企業からスタートして中
有する企業へと進化するケースが多い。
国の主要企業にのし上がった。僅か 2 年で国内第1位のレノボ
を 追い越したばかりでなく、現 在 ではノキア、サムスン、モト
「山寨」が問題となる理由
ローラなど超大手外国企業との差を縮めながら、積極果敢に
海外市場に進出している。他に、電池・自動車の現地メーカー
「山寨」企業の支持者は、
「 山寨」企業が社会的・経済的な利
である比亜迪( BYD )の例もある。同社は最も売れ筋のトヨタ
益をもたらしていると考えている。実際に、消費者にとっては
車の半分の価格のコピー自動車を製造するところからスター
入手可能な製品の範囲が拡がっている。
「 山寨」企業が消費者
トして、中国で最も成 功している自動車メーカーの一社に成
により多くの選択 肢を低価格で提 供していることは、中国社
長し、今日では自動車向け電池技 術とデュアルモード動力シ
会 全体にとって大きなメリットとなっている。さらに、
「 山寨」
ステムの 分 野 で 世界 有 数の 企 業として位置 づけられるまで
製 品は高価 格 製 品メーカーによる独占の 打破に一 役 買うと
になっている。かつてはコカ・コーラの安物コピー商品を作る
同 時に、国 内 の 草 の 根 的 な 革 新を 促してい るという主 張 も
企業というレッテルを張られていた非常可楽(フューチャー・
あ る。一方 で、反 対 派は、
「 山 寨」企 業 が 他 社の 知 的所有 権を
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公然と無視し、低水準の製品を大量に産み出していると指摘
砦である。
してい る。また、
「 山 寨」文化 が 怠 惰 や 無 知 を助 長し、創 造 性
このメンタリティは、
「 石を探りながら河を 渡る(実 践 的に
や競争力を損なっているという主張もある。
試 行錯 誤しながら前に進む)」という中国の 格言にも反 映さ
れており、最 近では中国の実 業 界だけでなく、重要な政 策 決
いずれにしても「山寨」がどのように機能しているかを理解
定の 過程にさえ急 速に取り入れられるようになっている。例
することは、中国で事業展開をしようとする企業、特に外国企
えば、30 年ほど前に経済改革が中国本土で始まった頃、大半
業にとっては重要である。
の現 地企業は世界の主要企業に比べると遥かに劣る経 験と
資 源しかないという極めて低い 水準からスタートした。特に
• どのような環境が「山寨」企業の出現を促すのか
民間セクターの多くは、国有企業が享受していた組織的な支
• 持続可能な事業を武器に市場の撹乱要因として台頭して
援もなく、大手外国企業が持つスケールメリットもなかった。
くる「山寨」企業は、消え去って行く多くの企業と比べて、
このような生き残ることさえ困難な中で、これらの企業は創
どこに強みを有するのか
造 的かつ実 利 的な解決 策を実 践することを 余 儀 なくされた
• 「山寨」企業と競合する企業、特に外国企業に与える影響
はどのようなものか
が、その際に往々にして採られたのは外国企業の戦略を模倣
するという方法であった。
「 山寨」は現状打開策の一つだった
のである。
「山寨」はどのようにして出現したか?
実 際、
「 山 寨」の 実 践 者を含めた 現 代 の 中 国 の 起 業 家に見
「山寨」現 象は、自然 発 生的に発 展したのではなく、中国の
られる顕著な特性は、模倣 主義ではなくチャンスを手にし経
文化、歴 史、政 策 決 定、規制といった「ソフト要因」と、市場に
験から学ぼうとする意欲である。まずは「やってみよう」と彼
おける需 要と供 給という「ハード 要 因」の 両 方により生じた
らは行動し、アイデ アが 実 を結ば ない 場 合には、それを断 念
ものとして捉えるべきである(図表 1参照)。
して 別 なことを 試してみ る。ここで 決 定 的 に 重 要 な の はス
ピードである。実 験し、成 功を複製し、急 速に学習するという
ソフト要因:文化、歴史、規制
能 力を武 器にした中 国 企 業は、行 動 の 遅い 一 部 の 外 国 企 業
中国には歴 史的に「恐れ知らず の実 験者」という文化が根
よりも競 争 優位な状 況にある(エドワード・ツェ著『 China ’s
付いている。中国の古代文 明 期に遡ると、何世 紀にもわたり
Five Surprise 』strategy+business 2005 年 冬 号 で は「恐
中国の人々に影 響 を与えてきた『西 遊 記』や『水 滸 伝』などの
れ知らずの実験者」について詳述(英文))。
古典 文学に「山寨」の 痕 跡を見て取ることが できる。例えば、
『西 遊 記』の主 人 公である孫 悟 空は、正 義 のために強 力 な伝
政策に関して、中国政府は業界に対する規制を長い時間を
統 的 権 力と闘う中で困難に直面した場 合 や悪と闘う場合に
かけて段階的に緩和してきた。例えば自動車産 業では、当局
大 胆不敵さと創造性を発揮する。また、
『 水滸伝』の主 人公ら
が 中 国 第 一汽 車 集 団( FAW )や上 海 汽 車 工 業(集 団)総 公司
の拠点は梁山泊と呼ばれるが、これは文字通り「山寨」つまり
( SAIC )などの大手国有企業の成長を支援する間に、BYD や
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2009 Autumn
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
奇瑞汽車といった迅速に行動する企業が急成長を遂げた。携
ハード要因:需給ダイナミクス
帯電話に関しては、中国情報産業省(MII)が長年にわたり端末
「山寨」現象は、中国市場の需給面での特性という「ハード」
製造企業に対して認可要件を課していたことで競争は抑えら
要因によっても牽引されてきたとも言える。
れていたが、2007 年10 月に認可障壁が撤 廃されたことで、新
たに合 法となった「山 寨」企 業 が 業 界に新たな活 力をもたら
急速に進化しつつも依然として未成熟な状態にあるという
した。
中国の市場特性が、顧客セグメント、チャネル、地理といった観
点から需要を創出し、結果的に「山寨」企業に大きな事業機会
もちろん、知的所有権保護 法に違 反、あるいはその境界線
を提 供している。
「山寨」企業は、大 都市圏以 外 の 都市や地方
上で事業を行っている「山寨」企業も多数存在しており、外国
の開発の遅れた市場をターゲットとすることが多い。中国の人
企業からは中国の 知的所有 権の 保護が 不十 分なことに対す
口13 億人の 60 %以上が地方に住んでいることを考えると、こ
る不満が続出している。中国の司法制度が、複雑な技 術問題
れは当然の選択とも言える。開発の遅れたこれらの市場の個
に十 分に対処できていない(少 数の注目すべき例 外はある)
人所得は低いが、それでも消費者の総購買力は大きい。特に、
ことや特許法が未整備であることは、依然として重要な懸 念
地方の若い世代の消費者は、大都市圏の消費トレンドに追従
事 項となっている。また、法制 度の 侵 害に対 する厳 罰が ない
する傾向がある。同様に、比 較的開発の進 んだ 市場において
ため、偽造を抑止する効果がほとんど見られないという問題
も、多数の低所得なマス層の消費者が製品やサービスに対す
もある。知的所有権保護 法が効果を発揮するためには、特許
る莫大な総購買力を産み出している。
保護制度がより充実することが必要である。
図表1 : 中国の「山寨」現象の主要な要因
﹁ソフト﹂要因
「恐れ知らずの実験者」という思考態度が
中国人の中に深く根を下ろしている
政策決定が不透明で、一貫性に欠ける側面がある
− これまでの自動車業界に対する政策
− 中国企業は、多くの場合、
模倣から始めるしかなかった
文化
−「実験主義」のメンタリティは
実業界では極めて一般的で、
重要な政策決定においてさえ見られる
− 知的財産保護の諸規制の欠如など
政策
中国市場は、急速に進化しつつも
結果的にこれらのことはすべて、
「山寨」企業に成長の余地を与えてきた
既存の大手企業には市場への対応力が不足している
依然として未成熟な状態にある
﹁ハード﹂要因
− 市場の変化に対する反応が遅い
− 市場のダイナミクスに対する理解が
− 曖昧かつ複雑なセグメント
需要
− 多様な販売チャネル
− 地理的分散
地方市場や規模が極めて大きな低・中流層は、
「山寨」企業に豊富な機会を提供
不十分(特に多国籍企業)
供給
「山寨」企業には、迅速に行動できる事業環境が整っている
− 過剰な生産力を備えた企業生態系を
効果的に活用する
− 大きな総購買力
− 価格に敏感
− 流行を追う
− 柔軟な製造プロセスを活かして迅速に
製品を供給する
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 1
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天宇が「山寨」携帯電話で躍進を遂げたのは、その好例であ
車 の 開 発 に 重 点 を 置 き始 めた 頃 に、同 社 は 独 自にテクノロ
る。同社のビジネスは、これまで見過ごされていた中国の地方
ジーを開発することを選択し、自動車向け電池の設計で大き
小都市の低価格携帯電話ユーザーに照準を合わせることから
な 躍 進 を 遂 げ、そ の 新 技 術を 中 国 最 初 の 電 気 ハイブリッド
始 まり、消 費 者に 最も近 い立場からの 販 売に主 眼を 置 いた
カーに組み入れたのである。現在、同社は 1回の充電で 300 キ
チャネル 戦 略を積 極 的に展 開した。主に小売りチェーン店 や
ロの走行が可能と言われる完 全 電 気自動車の投 入に取り組
スーパー のエレクトロニクス・カウンターで 商 品 を提 供し、
んでいる。
小売販売店には十分な手数料を直接支払うという戦略を実践
したのである。これはモトローラやノキアなどの主 要企 業が
供給サイドのもう一つの重要な論点は、急速に拡大する中国
見過ごしていたものである。加えて、重要な転機となったのは、
の 生 産 能 力である。例えば、大 半 の「山 寨」携 帯 電 話は、発 達
携帯電話向けチップ・ソリューション企業である台湾のメディ
した 企 業 生 態 系 が ある深 圳で 開 発されてい る。深 圳 の
アテックが新型半導体チップ・ソリューションを発売した時で
北 路 の 2 ∼3 キロ以内には 27 以 上の大 型市場がひしめき、基
あった。天 宇 は、メディアテックの 単 純 で 統 合さ れ たマ ザー
本部品から完 成品に至るあらゆる種 類の電子製品が販 売さ
ボードと簡単に変更可能なユーザー・インターフェースを利用
れ て い る。実 際、深 圳 で は 3 万 を 超 す 企 業 が、設 計・製 品 ソ
して、人 気の機能を開発・追加することに注力し、地元の消費
リューション、調 達、組 立・生 産、検 査、梱 包、販 売、ア フター
者ニーズに対する理解をさらに深め、消費者に効果的にリーチ
サービスなど携帯電話製造のバリューチェーン全体にわたり
する能力を高めた。
連携し合っており、過去数年間に事業規模はクリティカル・マ
スを 越 え、1つの 企 業 生 態 系へと変 貌を 遂げ ている。実 質的
供給に関しては、既存の大手企業の市場の変化への対応が
には、1社あるいは数社(メディアテックなど)がチップセット・
往々にして遅く、時として無関心であることが、行動が迅速な
レベ ルで の R&D の 大 半 を 手 掛 け、そ のコストを多 数のメー
地元の「山寨」企業に事業機会をもたらしている。
カーで 分担しているという構図である。ノキアやモトローラ
一例として挙げられるのが、レンタカー業界である。レンタ
などの企業は、各事 業において自らが R&D 費を支払い、その
カー世界最 大手のハーツは 2002 年に中国に早期参入を果た
コストを大 量 販 売によって回収しなければならない。これに
した。しかし、先行 者の 利 点や 長年にわたる業 界経 験 があっ
対して、
「 山 寨」携 帯 電 話チップの R&Dコストは、この 企 業 生
たにもかかわらず、ハーツの中国事業は、世界第 2 位のブラン
態 系を活用することで従 来 型 携帯電話チップよりも通常 8 ∼
ド であるエイビスと同 様に、拡 大の ペースが 遅 かった。そ の
10ドル 安くなっている。ノキアやモトローラが 損 益 分岐 点に
原因の一つとして、両社とも米国での事業モデルを中国に当て
達するためには 100万台近くを販売しなければならないのに
はめようとしたことがある。この戦略は国内企業の
対して、
「 山寨」企業はわずか1万台の販 売で損 益 分岐 点に達
( eHi カー・レンタル)に門戸を開く結果となり、同社は地元に
することが可能なのである。
対応した独自のビジネスモデルを開発した。eHi は、ハーツや
エイビスが採用した「自分で運転する」というアプローチが多
「山寨」企業の勝者の特徴
忙でストレスの多い地元ユーザーのニーズに合 致せず、また
中国の 交 通 渋 滞や急 速に発 展する道 路システムの中ではう
多くの「山寨」企業が短命で終わるのに対して、大きな成功
まく機能しないことを察知し、運 転手付きサービスを提 供し
を収める企業は似通った特性を持っている(図表 2 参照)。
たのである。このやり方は、中国において利 益を産むと同時
に持 続可能であることが 判 明し、結果としてeHi は中国で 利
①迅速な地位の確立
益を上げ ている唯一 の大手レンタカー会 社へと急 速に成長
「山寨」企業の行動は、地元の市場(多くの場合、中規模都市
した。
あるいは地方)に対する深い理 解を基に、既存の企業が見落
としていたり、あるいは対応が 不十 分なニーズを捉 えること
BYD が、かつては大手国有企業に支配されていた中国の自
から始まる。ひとたび事業機会を見出すと、製品の製造・販売
動車業界において、大手メーカーへと飛躍的な成長を遂げた
に向けて素早く行動しながら、対応力と耐久 力に優れたビジ
ことも、
「 山 寨」企 業 の 発 展を 示す好 例である。同社はトヨタ
ネスモデルを構築する。具体的には、最新のトレンドを反映し
のコピー車を製造することから事業を始めた。その後、多くの
た 新 製 品や サービ スを 頻 繁 に 製 造し、ター ゲット顧 客 をカ
地元自動車メーカーが景気悪化に対応してコスト削減や小型
バーする販売網を活かしながら、段階的に製品の質を高めて
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特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
いくことになる。まさに「走りながら考える」ことで、市場への
製品・サービスを独自に開発し始めるのである。これにより、
適 応 力を高めていき、結 果 的には特 定 の市 場にお いて一定
自らの存 在価値を製品のバリューチェーンの川上にシフトさ
のシェアを確保することに成 功するのである。同 時に、中 国
せ、
「 山寨」企業というブランド・イメージから脱 却し、業 界に
国内の提携先との関係を活かした形で柔軟なサプライチェー
おけるトレンドセッターとして台頭することを目指 すことに
ンを 維 持することで、コスト競 争力を高めていき、競 合 企 業
なる。中には、次世代の技 術・製品の開発をリードするところ
にとっての参入障壁を構築してしまうのである。
まで成長するケースもある。
②中核能力の向上
③将来への投資
一定の地位を占めることに成 功した「山寨」企業は、より競
特 定 の市 場 にお けるリー ダーに 成 長した「山 寨」企 業 は、
争力を磐 石なものとするために製品開発・R&D を強化する。
さらなる成 長機 会を求めて膨 大な中国 市場における活動を
この段 階では、
「 山 寨」企 業には、これまでの 模倣 企 業として
拡大していく。特に、参入障壁が低くなっている成熟期にある
の 経 験を 通じて先 端 企 業 の 製 品設 計に関するノウハウが十
市場をターゲットとし、格安でニーズに見合った先 進的な商
分に蓄積されている。これを活かす形でより付加価値の高い
品・サービスを武 器にしながら市場 の 撹 乱 要 因となり、既存
図表 2 : 成功している「山寨」企業の成長パターン
−「模倣者」
から「革新者」
へ
目標
−「撹乱要因」
としての企業から
「持続可能」
な企業へ
−「傍流」
から「主流」
へ
1
2
3
「山寨」手法による躍進
事業機会の特定
天宇
比亜迪
(BYD)
対応力と耐久力のある
ビジネスモデルの開発
中核能力の向上
規模の拡大
参入障壁の構築
製品設計/
R&Dの強化
将来への投資
バリューチェーンの
川上への移動
次の成長機会
を模索
− 価格に敏感だが
流行を追う消費者を
ターゲットとする
− 年間に100種類を
超える多様な
新型モデル
− 中国第1位の
携帯電話機メーカーに
急成長
− 製品設計と
R&Dに投資
− ブランド構築に着手
− マーケティング投資
を拡大
− 3G製品に投資
− F3はトヨタのカローラ
を模倣しているが、
価格は半分
− 合理化された
現地対応型の
生産ライン
− ゼロからスタートして
2008年には販売台数
20万台を突破
− R&Dに積極投資
− 5,000人強のスタッフを
抱える研究開発チーム
− バフェット氏の投資
により、BYDは第一線で
活躍する「本物の」企業
に近づく
− プラグイン
新エネルギー自動車「F6 」
完全電気自動車「E6」
− 巨大な販売網
− 現地に合わせた
マーケティング
− 中国の炭酸入り
ソフトドリンク市場で
第3位に急成長
− 製品/ブランド・イメージ
を向上
− 大都市圏市場への
進出を開始
− ビタミンCドリンク、
スポーツドリンクの
市場に参入
非常可楽 − コカ・コーラの
パッケージ・デザイン
(フューチャー
をコピー
・コーラ)
− 農村市場を
ターゲットとする
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
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* ハーバード・ビジネス・スクールのクレイ
トン・クリステン セン 教 授 が、著 書『イノ
ベーションのジレン マ』で提 起したコン
セ プト。業 界トップ の 優 良 企 業 が「破 壊
的 イノベ ーション」の 前 でトップの 地 位
を失うジレンマをいう。
企 業 のビジネスを攻撃 するのである。また、同時並 行で次の
採用している。このやり方は「恐れ知らず の実 験者」としての
製品開発の取り組みを強化し、継続的な成長を実現していく
思考 形 態 によって強 化 され、元々 行 動 の 迅 速 な「山 寨」企 業
こと目指すのである。
は、市場の変化により速く適応することになる。
天宇の場合、同社が最初に取った行動は、メディアテックの
BYD は、同 様 の 移 行パターンの 後に変 革 を 遂 げ た「山 寨」
技術基盤を活かすことによって低所得顧客層をターゲットに
企 業 である。同社は元々トヨタのコピー車を製 造することで
据え、実 用的かつトレンドセッター的な特性を持つ携帯電話
知られていた。特に F3 モデルはトヨタ・カローラの半 分 の 価
を競 争力のある価 格で提 供することだった。さらに、同社は
格 のコピー車 で、発 売 後わずか 3 カ月で 利 益を上げるように
1年足らずの間に100 を超えるカスタムモデルを発売し、チャ
なった。同 社はコストを 最小 限に抑えるため、低 額の設備 投
ネル・パートナーや顧客に対して幅広い製品の選択 肢を提供
資ならびに中国の安 価な人材を活用した労働集 約的作 業を
するという素早い対応を取った。適切な利益共 有スキームに
特徴とする半自動型製造システムを展開した。さらに、同社は
よって販 売網を動機づけし、効果的にコスト管 理を行ったと
生 産ラインの 合 理 化とコストの高い主 要部 品(シャシー、エ
いう点も重要である。結果としてもたらされた高水準の販売
アコン、エンジンなど)の自社開発を通じて、独自の後方垂直
量は市場シェアの急速な拡大につながり、同社は短期間のう
統 合 モデルを構 築した。同 社 の 2006 年 の 販 売 台 数は、前 年
ちに国内第1位の携帯電話メーカーとなった。現在、同社の売
の わず か1万1,000 台 か ら 増 加 して 約 6 万 台 に 達 した。マー
上高はノキア、サムスン、モトローラなどのリーダー企業に肉
ケットリーチを拡 大しコスト削減のためにスケールメリット
迫している。しかも、天宇はそれだけに留まらず、中国の通信
を利用し続けることによって販売台数はさらに急増し、2008
業 界の次の発達段階をターゲットとした 3G 製品の開発に着
年には 20万台という驚くべき 数値を 達 成し、2009 年には最
手している。最 近、CDMAワイヤレス技 術の 有力開発 企 業で
初の 2 カ月間で販売台数は前年比 140 %増となった。現在、同
あるクアルコムと契 約を締結したことで、間もなく同社は次
社は 2009 年の販売台数を前年比 2 倍の 40万台に伸ばすこと
世 代 3G ネット ワ ー ク に 対 応 し た 人 気 の 携 帯 電 話「天 語
を目標としている。
( K-Touch )」シリーズの開発、製造、販売が可能になる。現在、
印象深いのは、これが「 BYDドリーム」のスタートに過ぎな
天宇は R&D やブランド構築に対する取り組みの強化により、
いということである。同社は 5 年ほど 前に自動車 製 造を開始
当初「山 寨」企 業 だったことがほとんど認 識できないような
して以 来、技 術と経 験を迅 速に現 実に転 換しながら、重 層的
主要企業となっている。
かつ統合的な R&D 組 織の構築に投 資をしてきた。また、人材
育成にも巨額の投資を行ってきた。同社が成し遂げた最も重
このような「山寨」企業のサクセス・ストーリーといわゆる
*
要なことの一つは、自動車向け電池とデュアルモード動力シ
「イノベーションのジレンマ 」には、少なからず共通点がある。
ステムにおける中核技術と製造ノウハウを獲得したことであ
天宇 などの 新 規 参入 企 業 は、縄 張りの 保 持に注 力してい る
る。この取り組みが成 功すると、同 社は 新エネルギ ー自動 車
既存の業 界リーダーに攻勢を仕掛け、それを打倒するために
市場に立ち向かうための重要なプラットフォームを構築する
撹乱要因(天宇の場合はメディアテック社のチップの活用)を
ことができるようになる。ウォーレン・バフェット氏の同社に
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特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
対 する投 資 提 案(中国 政 府 の 承 認 待ち)は、同 社の 潜 在 的な
洞察を提供することがある。これは、中国の特異な事業環境に
可能性を示すものでもある。現在、BYD は中国の自動車市場
馴染みが少ない外国企業にとって、示唆に富むことが多い。
の第一線で活躍する革新企業への道を順調に進んでいる。
これまで見てきたとおり、適切なビジネスモデルと戦 略に
より、一部の「山寨」企業は第一線で活躍する企業へ変貌して
他には、非 常可楽(フュー チャー・コーラ)も成 功してい る
「山寨」企業として捉えることができる。同社は、コカ・コーラ
いる。外国 企 業は、低コストな競 合 企 業 を 過 小 評 価すること
は危険を伴うことを認識しなければならない。
のパッケージ・デザインを模倣しながら、中国人の味覚に合わ
また、
「 山 寨」企 業 は建 設 的 な「撹 乱 要 因」であ ると同 時に
せ た 商 品 を 発 売 することで 細 々と事 業 を スタートさ せ た。
市場 のゲームのル ールを変える存 在でもある。外国企業は、
しかし、主 要 都 市 をター ゲットとして 事 業 を 開 始したコカ・
変化に振り回されるのではなく、常に変化を主導することを
コーラとは異なり、同社は見過ごされていた農村部の消費者を
目指さなければならない。コンフォートゾーンから抜け出し、
発掘した。同社は最新設備を輸入し、生 産施設を迅 速に現 地
自らが「恐れ知らずの実 験者」となることで、これまでは見出
向けに調整 することで、大 幅に安い 価 格で商品を提 供した。
せなかった事業機会を獲得できるのである。
また、親会社の娃哈哈(ワハハ)集団の資源を活用することな
どにより、農村部で巨大な販売・流通網を構築した。さらに重要
中国で成功を収めるためには、中国の複雑な市場を明確に
な点は、
「 中国人自身のコーラ」としてのブランド・イメージを
理 解し、現 地の顧客基盤 の多様 性を正当に認識し、不十 分な
構築するため、積極的かつ焦点を絞り込んだマーケティング・
知的所有権保護の実態を受け入れなければならない。
「 山寨」
キャンペーンを展開したことである。2006 年までに同社は中国
の発想を持つことで、中国の多層的な顧客セグメントの機 微
の炭酸入りソフトドリンク市場で第 3 位の企業に成長し、特に
を認 識し、中国 人の嗜 好や好みを理 解し、現 地のニーズに合
農村部で強力な地盤を築いている。現在は、市場シェアをさら
う、他とは一線を画した製品を作り上げることができ、中国の
に拡大することを目指し、コカ・コーラやペプシと直接競合する
新興消費者層を顧客化できるのである。また、
「 山寨」企業は恐
大都市圏の市場への進出を計画している。
るべき競 合相手となり得る一方で、潜在的な事業パートナー
あるいは買収先候補にもなり得る。いずれにしても成 功の鍵
「山寨」企業の理解の重要性
は、柔軟な対応力を持ち、状況に応じて迅速に自らが変化して
いくことである。
このように「山 寨」企 業 は、既 存 のビジネスモ デルを 注 意
Shan Zhai - A Chinese Phenomenon
深く研究し、その中に上手く勝機を見出していくという行動
をとる。
「 山寨」企業は、知的所有権を侵害している・いないに
関わらず、既存企業が 有する優れた手法を自らのものにして
いくという特 性を持つ のである。従って「山 寨」企 業は、現 地
市 場 が どの ように 機 能して い るか、さらには 中 国 に お いて
どのような適 応 方 法 が あ るの かという点につ いて、有 益 な
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この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
日本企業における
従来型中国戦略
からの
脱却
著者:松田 千恵子
張 曉力(ジェシカ・ジャン)
金融危機を経て、
中国市場はますます世界各国の企業から注目を浴びるようになっている。
中国における今年のGDP成長率は8%を上回ることが確実であり、
こうした市場で成長を捉えて事業を成功させることの重要性は日増しに高まっている。
特に、
多くの日本企業にとっては、
これまで依拠してきた国内市場が伸び悩み、
欧米等先進国市場の回復に時間がかかるといった状況の中で、
近隣アジアの新興諸国、
なかでも中国市場を改めて考えることは喫緊の課題となっている。
「中国で成功した企業」の幻想
れば、それを取り巻く事業環境や競合状況の変化は、日本で報
道されているよりもはるかにダイナミックであり、しかも非常
中国市場における日本企業の成功や失敗については、日本
にスピードの速いものであることがわかる。長らくステレオタ
においてもよく語られるところである。
「 中国において成 功し
イプ化された「成功企業」は既に幻想に近い。
た」というストーリーが幾つかの企業についてメディアなどで
一般的に、日本企業は中国市場における業界のリーダー的
語られることも多い。しかし、本当にそうなのだろうか? 現
な地位を勝ち取ることは出来ていない。成 功していると言わ
地に行くとこうした疑問が浮かんでくる。中国市場をじかにみ
れる企業を見ても、それは単に日本国内の競合他社と比べた
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特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
松田 千恵子(まつだ ちえこ)
([email protected])
張 曉力(ジェシカ・ジャン)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパニー東 京オフィス
ブーズ・アンド・カンパニー北 京オフィス
のヴァイス・プレ ジ デ ント。資 本 市 場 の
のプリンシパ ル。アジアにお いてエネル
評価に耐えうる経営・財務戦 略構築を広
ギー、化学、自動車、機械、小売、消費財と
く展 開、推 進してい る。グロ ーバ ル展 開
いった多 分 野 に 対し10 年以 上のコン サ
も含めた M&A 、事 業ポートフォリオマネ
ルティング経 験を有 する。外資 系、日系、
ジメント支 援 や 経 営 管 理 及び 組 織 人事
中 国 系 の 企 業に対 する全社 及び 事 業 戦
体 制 構 築、またダイバーシティマネジメ
略立 案、業 績 改 善 提 案、アジア成 長 戦 略
ント の 推 進 などにも 積 極 的 に関 わって
構 築、組 織再 編デザインといったテーマ
いる。
に 取り組 んで い る。日 本 滞 在 年 数 は14
年に及ぶ。
場合であることが多く、同じ業界におけるグローバル・コンペ
る事業環境を十分に把握し、その変化に柔軟に対応できるよ
ティター、或いは中国国内企業と比較した場合に、競争優位に
う準備しておくのが鉄則である。日本企業に於いては、こうし
立っているとは言えないケースのほうがはるかに多い。率直に
た準 備 が 貧弱であった ため、結 果として、中 国 市 場における
言って、日本企業は中国市場において出遅れている、といえる
急速な変化に対応することができず、戦略的な経営判断を下
だろう。だが、成熟した国内市場に成長の源泉を見つけにくい
したり、必 要なときに必 要な資 源を投 入したりすることもで
日本企業にとって、大きな成長可能性と厳しい競争環境を持
きなかった。それが、ビジネスチャンスを 逃したり、事 業を厳
つ隣国の大規模市場において「出遅れている」ということは死
しい局面に陥れたりすることにつながっている。
活問題である。
これと対照 的なのは 韓 国 の 企 業 である。韓 国 企 業 の 中 国
進出は、1992 年の中韓国交正常化以降から活発になったが、
従来型「中国戦略」の課題
これは日本企業の中国進出よりもかなり出遅れていたといっ
てよい。例えば、電機業界におけるサムソンやLGの中国進出
なぜ、このような状況に陥っているのだろうか。中国に進出
は、ソニーや松下より10 年以 上も遅れた。だが、今やサムソン
している日本企業の事例を分析すると、日本企業における従
の中国における売上が 445 億ドル( 2008 年度 実績)であるの
来型の「中国戦略」には、幾つかの共通した課題が存在するこ
に対して、ソニーの中国市場での同年の売上は目標ベースで
とがわかる。まとめてみると、以下の 5 点に集約されよう。
80 億ドルに過ぎない。この違いは、高いレベルの戦略目標を
明確に打ち出し、長期にわたるコミットメントをもってそれを
① 中国市場に対する中長期的な方向性の欠如
実現させようとしていたかどうかによるところが大きい。少なく
②「中国市場」の位置づけ自体の間違い
とも’
90 年代初頭においては、サムソンは日本企業と同様、中国
③ トップマネジメントの関与不足
を ロ ーコスト の 生 産 基 地 とする目 的 で 進 出 を 行って い た。
④ 現地を含めた組織体制の問題
だが、’
90 年代半ば以降、同社は中国市場の位置づけを見直し
⑤ 人的資源の不足とその対処の遅れ
た。即ち、経 済 の 高 度 成 長とともに、中 国 は 世界でも 有 数の
大 消費市場となってきており、そこに目を付け 始めたグロー
まず、中長 期的な方向性の 欠 如に関して見てみたい。自社
バル企業と伍していくためには、相当の強い製品や技術が必要
にとって中国市場とは何なのか、中国市場を中長 期的にどう
であると強く認識し、対応を改めたのである。これにはまた、
見 る べ き か、中 国 市 場 に お いて何 を 成し 遂 げ た い の か、と
中国の地 場産 業 がかなり力をつけてきていたという事情も
いった問いに対して答えを持たないまま、中国への進出を決
あった。サムソンは、急ぎ事業の選択と集中を行い、高付加価値
めた日本企業は多い。だが、企業に於いてその 使命や 価値観
を提 供で きる事 業 分 野、或 いは先 進 技 術を 活 用で きる事 業
がはっきりせず、それらに裏打ちされたビジョンや戦略も欠
分野を強化するとともに、中国がサムソンにとって重要な戦略
如したまま事 業プロセスを回すことは不可能であり、それは
的市場であることを明確に位置づけた。
中国での事 業に限ったとしても全く同じことである。中長 期
的な方向性を確立する際には、当然のことだがその前提とな
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金 融 危 機 以 降 の 景 気 減 速 の 影 響 を 懸 念 する向 きも あ る
成長市場をどう位置づけるか
が、先述の通り、今年成長率 8% を確保することはほぼ間違い
今や、中国を単なる生産基地とのみ位置づけている日本企
なく、今後も同程 度 若しくはそれ 以 上の成長を実現していく
業は少ない。だが、そのように位置づけてきたメンタリティから
ことが見込まれている。
「 仮に成長率が 8% を下回っても先進
脱出することができず、世界有数の消費市場となった中国に
国より高成長。投 資リスクより投 資しないリスクの方が大き
どのように対応していくのか、中長 期的な方向性を構築する
い」といった 声 も 依 然 として強 い。特 に、日 本 企 業 に お いて
ことに後れを取っている企業は多いと思われる。改めて消費
は、その見方に首肯せざるを得ない点も大きいのではないだ
市場としての中国を見てみよう。中国には大きな成長の可能
ろうか。日本の将 来的な成長率は 2% 未満、総 人口は減少し、
性 がある。13 億 人の人口を抱 えていることは、消費市場とし
消費 支出がそれほど大きくない高齢 者層が増えることはほ
ては大きな武器である。しかも、急 激な経 済成長や都市化に
ぼ確 実である。同様の成長率に留まる米国でも、人口そのも
伴って、中産階 級や 低 所 得階層の収 入も増えつつあり、購買
のは 増えていくことが予 想されており、日本 市 場 の成 熟、よ
力が急 速に増えている。更にこの 傾向は、今後も中長 期的に
り率 直に言えば「縮 小」は世界 的に見ても顕 著なものという
続くと見られている(図表1参照)。
ことができる(図表 3 参照)。
以前から指 摘されていた沿岸 部と内陸 部の所得 格 差にし
これまで、日本 市場が相応の 規模を持っており、その市場
ても、少数民族問題などはあるにせよ、以前よりはるかにその
を中心に事 業を展 開できたことはある意味日本企 業におけ
幅は縮まってきている。例えば、四 川省の成 都におけるモー
る強みであった。だが、当該 市 場 の 縮 小が 明らかになってき
ターショーは 2009 年に国内 4大モーターショーの1つに指定
た今、その市場 へ の 過 度 な依 存はその 企 業 の成 長 阻害 要 因
され、北 京、上 海、広州の 3 大モーターショーと並ぶ影 響力を
となりかね ない。日本 市場だけを見てそれにフィットさせす
認められた。既に、自動車だけでなく携帯電話やビールなどの
ぎた 余り「ガラパゴス化」といわれる現 象まで招いた 携 帯 電
業 界 に於 いても、中 国 市 場 は 世 界最 大 の 消 費市 場となって
話の 例をみても明らかだろう。また、統 合 の 検 討を 進めてい
おり、その傾向は一層強まっていく見通しである(図表 2 参照)。
るキリンとサントリーにしても、国内での主戦場となるビール
図表1 : 中国所得分布
人口に占める割合(%)
45
4,000米ドル相当
1900
2000
2010(予測)
2020(予測)
40
35
30
25
20
15
10
5
0
5
10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65
家計所得(千元)
注 : 1米ドル=6.8元
出所 : Asian Demographics, Study commissioned by Beijing Young Post, China Statistical Yearbook, ブーズ・アンド・カンパニー分析
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2009 Autumn
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
図表 2 : 中国市場予測
2008
携帯電話利用者
インターネット利用者
自動車販売
ビール販売
電力生産
GDP
2020(予測)
■
6.9億人
■
10億人
■
世界第一位
■
世界第一位
■
1.8億人
■
5億人
■
世界第一位
■
世界第一位
■
940万台
■
2,000万台
■
世界第一位
■
世界第一位
■
生産量410億リットル
■
1,300億リットル
■
世界第一位
■
世界第一位
■
7.9億KW
■
11.9億KW
■
世界第二位
■
世界第一位
■
3.1兆ドル
■
5.1兆ドル
■
世界第三位
■
世界第二位
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
図表 3 : 日米中3カ国の成長率と人口予測
成長率(%)
総人口(百万人)
(予測)
(予測)
2010
2014
2030
2010
2014
2030
日本
1.3
0.9
1.5
126.8
125.22
113.52
米国
1.9
2.3
2.5
309.55
320.85
363.83
中国
8.6
8.2
4.0
1339.24
1365.22
1436.57
出所 : エコノミスト・インテリジェンス・ユニット、ブーズ・アンド・カンパニー分析
市場は既に飽 和 状 態 であり、戦 略 的レベル の 選 択の 余 地は
や戦略立案、その前提となる事業環境や競争状況、内部資源
少なく、競争状況は戦術レベル、日々のマーケティングプラン
等 の 分析、評価、判断などが、海 外市場であるというだけで、
レベルにまで落ちていたといえる。
底の浅いもの、或いは視野の狭いものになっていることはな
隣国に成長する大きな消費市場があるにも拘わらず、縮小
いだろうか。これには、中国戦 略が中国部門にのみ任されが
する国内市場だけに拘っているのは得策ではない。これは別
ちであり全社 的なアジェンダとなりにくい、という要 因も影
に目新しい話ではなく、多くの 企 業、特に消費 財系 の 企 業に
響してい るだろう。この点については 後 述 する。日本 企 業に
おいては既に論じられてい ることである。だが、どれだけの
とって重要なのは、まず、中国市場は今や「単なる海外市場の
企業が、本当に中国市場について徹 底して考えているだろう
ひとつ」では なく、
「 第 二のホームマー ケット」である、という
か。国内市場であれば全社挙げ て行うであろうビジョン策定
認識をしっかり持つことである。マクロ的な経 済成長や人口
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2009 Autumn
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図表4 : 中国市場の急激な変化の例
携帯電話の契約台数
(1993-2005)
百万台
450
住宅ローン
(1993-2004)
10億米ドル
250
400
350
■
独立系の携帯電話
会社が既存企業か
ら形成された
■
携帯電話端末の製
造ライセンス発行
の自由化
300
250
200
200
■
SCDR:個人住宅
改革
(商業化、
価格
引き下げなど)
■
PBOC:住宅ローン
支払者に対する税
優遇
150
100
セダンの販売
(1995-2004)
百万台
2.5
■
SCDR:減税(販売、
保有など)
■
WTO:輸入自動車や
自動車部品に対する
関税引き下げ
■
PBOC:自動車ローン
の開始
2
1.5
1
150
100
50
0.5
50
0
0
1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005
1993
1998
2000
2002
2004
0
1995
1997
1999
2001
2003
出所 :ブーズ・アンド・カンパニー分析
動態の動向を頭では分かっていながら、ホームマーケットとし
ければならない。もうひとつは、成 長 の 幅が大きい故に変 化
て正 面から捉 えることをしない企 業は未だ多い。だが、全社
が激しく、しかも非連 続 的な変 化が 起こり得 る市場である、
挙げ てその市場 へ の中 長 期 的な 取り組みをしっかり考えな
ということだ(図表 4 参照)。
ければ、そうした取り組みで既に先行しているグローバ ル 企
従って、そこにはグリーンフィールドを獲得して成長する余地
業に伍することはできないし、中国市場における急 激な変化
もまた起こり得る。成熟市場である日本の場合、連続的な変化
についていくこともできない。逆に言えば、消費市場としての
や限られたパイの奪い合いなどの戦術的な要素が競争の中心
中国に対して本腰を入れて取り組んでいる企業、
「(中国市場
となりがちであるが、中国に於いてはより広い視野で戦略レベ
は)既に内需である」といった見方をしている企業は、我々の
ルの対応が必要となる理由もここにある。先行者利益を獲得
経験に於いても比較的成功を収めている企業が多い。
できる余地も大きく、また、早期にいったんブランドを確立し
た場合のパワーは非常に大きなものになり得る。その代わり、
中国市場とはどういった市場なのか
こうした果実を享受するためには、常に変化とその先にあるも
のを把握し、何かが起こる場合に迅速に意思決定できる能力
ホームマーケットとして中国市場に取り組むという認識がで
が不可欠となる。日本企業に於いて、多く苦手とされる領域で
きれば、次は「ではその市場はどういう市場なのか」を徹底的に
もあると言える。
考える、ということになる。大きな成長市場であることは先に
見たが、それ以外にも中国市場には幾つかの大きな特徴があ
「中国市場」という市場は存在しない
る。ひとつは、非常に競争の激しい市場であるということであ
る。全世界から主だった企業がこの広大な市場に参戦してきて
ここまで、中国市場という言葉を用いてきたが、この市場の
おり、しかもその多くの企業が中国市場を最重要な市場の一
特徴として、
「実は中国市場という単一の市場は存在しない」と
つと位置づけて経営資源をふんだんに注ぎ込んでいる。また、
いうことも押さえておくべき重要な特徴である。
「中国市場」と
こうしたグローバルプレイヤーの活躍ばかりが取り沙汰されが
いうのは、多くのマイクロマーケットの複合体である、という認
ちであるが、実は中国の地場企業も急速に勢いを付けてきて
識が正しいだろう。北 京、上 海、広 州、といった“Big Three”の
おり、競合として十分に認識する必要がある。その中で、自社が
マー ケット自体それぞ れ独 立したものであるし、そ の下には
どういうポジショニングを取るべきか、何を競 争 優 位として
Tier 2(2010 年までにBig Threeに追いつくとされてい る約
維 持していくことが できるのか、に対 する答えを持っていな
10 都市。合計で人口約 5,600万人)から、Tier 5(経済的な後進
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特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
地 域。人口約 1億 4,500万人)まで、様々な階層の市場が 存 在
て中国市場やそこにいる消費者の行動を想定し、商品戦略や
する(図表 5 参照)。
チャネル戦略を決めてしまう例はしばしば見られる。広大な、
従って、例えば上 海であるビジネスモデルが成 功したから
競争と変化の激しい、そして多様化された各市場において、そ
といって、それがそのまま中国全土に展開できるとは限らな
こにいる消費者はどういうニーズを持ち、どういう消費パター
い。小売チャネルにしろ、Tier 1とTier 4 の都市ではその構成
ンを見せているのか、そしてそれはなぜなのか、という背景に
も全く異 なり、それぞ れにあ わせ た 流 通 戦 略が 必 要となる
至るまでを現地調査を踏まえ、また競合他社動向も見ながら
(図表 6 参照)。
十分に分析する必要がある。様々な発展段階を持ち、そのいず
れもが成長している市場だからこそ、マーケットの発展段階に
あわせた商品戦略やブランド戦略、マーケティング戦略は非常
日本の考え方を安易に適用しない
に重要なのだが、中国から見ると、中国における日系企業がこ
このような市場の特徴をしっかり押さえた上で、中国市場に
うした形で徹底的に中国市場への理解を図っているとはとて
進出する、というのは何か当たり前のようにも聞こえるかもし
も言い難い。日本市場の考え方や日本流のやり方、日本人の好
れないが、実はきちんとできている企業は少ない。事業を進め
む商品を単に現地に持ってきているだけとさえ映ることもしば
るにあたっても、日本市場における経験や方法論にのみ基づい
しばである。
図表 5 : 中国市場の階層と規模
Tier 1 ビッグスリー
■
■
中国における3大小売り市場
人口:3,000万人
Tier 2 成長都市(10都市)
■
■
2010年までに ビッグスリー に追いつくと想定
人口:5,600万人
Tier 2 ニッチ (8都市)
■
■
Tier 3 主要都市(13都市)
裕福な消費者は存在するが、
市場規模は小さい
人口:2,000万人
■
■
小売市場として規模は大きいが、
2010年までに
ビッグスリー レベルへの到達は難しい見込み
人口:3,300万人
▶……
Tier 3(135 都市)
■
■
2010年までに 主要都市 水準になる
可能性を保有
人口:2,200万人
▶……
Tier 4(271 都市)
■
■
無極
長
主要都市 レベル到達まで
5年以上を要する見込み
人口:2億200万人
▶……
広陵
Tier 5 町村
■
■
経済的な後進地域
人口:10億4,500万人
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
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2009 Autumn
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図表 6 : 小売チャネルの地域別シェア(2006)
5%
0%
0%
1%
6%
8%
ハイパーマーケット
30%
スーパーマーケット
19%
25%
27%
0%
15%
5%
1%
3%
12%
15%
コンビニエンスストア
10%
デパート
24%
専門店
25%
パパママショップ
17%
65%
50%
37%
Tier 4以下都市
Tier 3都市
Tier 2都市
Tier 1都市
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
一般に、日本企業は「モノづくり」を重視し、非常に高いレベ
できるようにすること。様々なセグメントが存 在する中では、
ルでそれを実現することが多いが、一方でマーケティング戦略
きめ細かい対応が必要になる。また、上記いずれの商品に関
やブランド戦略に弱いことがままある。また、日本の消費者は
しても、販売チャネルをきちんとターゲットセグメントにあわ
世界中でもっとも厳しい消費者である、といったことも日本で
せることは重要である。日本企 業は、多くの場合 大 規模 流 通
はよく言われる。こうしたことから、日本企業は、中国における
業 者に依 存しが ちである。だが、例 えば Tier 4 の 都 市におけ
マーケティング戦略やブランド戦略について真剣に考えず、商
るハイパーマーケット、スーパーマーケットの割合は先に見た
品については日本の消費者に対する商品よりも性能の低いも
とおり僅か 5%でしかない。
のを持ってきてもよしとする風潮が未だに見られる。だが、これ
幾つか事例を見てみよう。先述のサムソンは、中国市場に於
は大きな間違いである。中国の消費者は、確かにまだ日本の消
いて高付加価値製品を提供し、ブランド価値を高めていく戦略
費者ほど成熟していないかもしれないが、場合によっては、質
をとった。高付加価値の携帯電話“Anycall”が、その成功を物
の高い、ブランド力の商品に対する需要は驚くほど大きい。特
語っている。中国市場では、Anycall 発売当時の価格はマーケッ
にここ数年の急速な経済成長と都市化に伴って増えつつある
トリーダーであるNOKIAの製品よりも高く設定されていた。サ
中産階級は消費の牽引力になっている。中国における商品戦
ムソンは最新の携帯モデルを提供し、その高価格を高付加価
略、マーケティング戦略、ブランド戦略を考えるにあたっては、
値によって正当化した。結果として、Anycallは特に中国の若い
以下の三つの視点から中国市場にあわせた展開を行うことが
消費者に受け入れられ、ある種の若者のステータスシンボルの
不可欠 であろう。ひとつには、中 国では日本と同じような 新
ような地位を得た。サムソンは、その後矢継ぎ早に新しい機能
商品や先進技術を搭載する製品を投入しなくてもよい、という
やデザインを持つ新製品を市場へ投入、高付加価値の商品を
発想は間違いであると認識すること。特にブランドイメージの
提供するメーカーとしての地位を確立している。ちなみに、同
確立には、高品質、高付加価値の商品を持つことは非常に重要
時期に日本企業は中国の携帯電話市場にごく限定的な製品し
である。ふたつめには、顧客セグメントのニーズに合わせて、
か提供することをせず、次第に競争から脱落していった。結果
品 質、機 能、価 格をbest value for money の 形で 商品 提 案 を
として、現在6億超の携帯ユーザーを有し、2008 年の新規販売
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特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
台 数1億 8,000万 台(data source: Gartenr)と い う 巨 大 市 場
が十把一絡げに扱われがち)といった事象はよく見られるもの
に、日本企業が有するシェアは殆ど無い。
だ。だが、先に見たとおり、中国市場に取り組むにあたって今ま
一方、成都ではイトーヨーカ堂は大成功を収めているといわ
さに重要なのは、全社レベルでの方向性の確立であり、多様性
れている。成都二号店の双楠店は、今期では日本国内も含めた
に富む市場へのきめ細かな事業戦略である。また、この市場に
イトーヨーカ堂全店中で売上も利益もトップとなるという快挙
おいて勝ち抜いていくためには、意思決定の早さがものを言う
を実現できる見込みだ。だが、成都のイトーヨーカ堂内に入る
状況にもある。トップマネジメントが明確な理解と意思を持た
と、日本の店のイメージとはかなり違うことに気づくだろう。一
なければ、太刀打ちできる市場では無くなりつつある。
階は化粧品やアクセサリー、女性靴、バッグなどを扱い、地下に
ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井社長は、
食品売り場があるなど、日本の百貨店のイメージに近い。衣料
「中国市場で売上1兆円を目指す」としている。同社の中国進出
品などの 価 格 帯は日本国内の店舗よりはるかに上の設 定に
は、当初あまり順調とは言えなかった。2002 年に上海、その後
なっている。生鮮食品は日本よりは安いが、周辺の市場や小売
北京にも出店したが、その際には単品をマス市場に売るような
店と比べると2-3倍はする。成都には既に日本の百貨店が進出
方法をとったためうまくいかず、いったん閉店している。その
しており、また地場のスーパーなどが低価格品の市場を押さえ
後、トップの陣頭指揮の下に市場を分析し直し、日本と同じ商
ている。このような中で、富裕層向けの贅沢品ではなく低価格
品を日本と同じ価格 ( 実際には日本より高い)で販売する形に
品でもない、従来の内陸都市では実現できていなかった価格、
変えた。これが、折からの中産階 級の成長に歩調を 合わせて
品質、サービスの微妙なバランスを取ることに成功したのが成
爆発的にヒットした。ユニクロのブランド力も高まり、好調を
都イトーヨーカ堂の強みである。成長著しい現地の市場を十分
実感できたところで北京に大型店を再出店している。柳井社
に分析し、現地の消費者をよく理解し、お客様の立場に立った
長は、今後「特に中国では、将 来は本 社機能の3分の1を持っ
流通サービスの創造に成功の鍵があったといえるだろう。
ていくくらいのつもりでやる」と明言している。
トップマネジメントのリーダーシップとコミットメント
現地に対するエンパワーメント
こうした市場に対して、例え方向性を明確に打ち出し、市場
本社のトップが現地で陣頭指揮を執ればそれに越したこと
を理解して事業戦略を的確に立てたとしても、課題はまだ残
はないかもしれないが、通常は、本社トップのリーダーシップと
る。それらに対して、トップマネジメントが明確にコミットし、力
コミットメントのもと、現地にも優秀な人材を置くことが重要
強いリーダーシップを発揮できるか、という点である。これには
となる。先述の理由から、従来型の中国部門には必ずしもその
二種類の意味がある。ひとつは、グループ全体を統括するトップ
企業の花形がいるとは限らず、どちらかといえば「中国語が話
マネジメントが、中国市場への対応についてしっかりとしたビ
せること」のみを重視した人事配置となっていることも稀では
ジョンと戦略を持ち、それにコミットして自ら推進を図ること。
ない。だが、世界中で最も競争が激しい市場で勝ち抜くために
もうひとつは、現地におけるトップマネジメントについて、リー
は、企業の中でも特に優秀な人材、強いリーダーシップを持つ
ダーシップとコミットメントまた、中国事業のマネジメントにつ
人材を現地に送らなければ、中国事業を成功に導くことはでき
いて、強いリーダーシップを持った優秀な人材に事にあたらせ
ない。また、この人材は国際的な思考や事業推進にも長けてい
ること、である。
る必要がある。
前者については、どこの企業も聞かれれば中国市場の重要
先述の通り、中国市場においては早い意思決定が求められ
性についてトップ自ら発言することは多い。だが、日本の企業に
ることが多い。従って、現地にいる中国事業のトップに対して
於 いては歴 史 的に、中 国 事 業 を担う人材 は「中 国 畑」などと
は、本社からのエンパワーメントが不可欠である。日本企業の
され、専門家的な位置づけがなされるポジションにいることが
場合、一般的には実務の遂行は現地の仕事、そのための意思決
多かったと言える。こうした位置づけで済むような中国市場で
定は日本の本社で行われていることが多く、スピードが非常に
はなくなったことは既に述べたが、日本企業の組織内に於いて
遅い。例えば中国市場で広告を打とうと思っても、その申請か
は、まだその残滓がかいま見えることが多い。例えば、グループ
ら許可まで1-2 ヶ月もかかっているのが実状である。これでは、
のトップはあまり中国の諸都市に行ったことがない( 数少ない
マーケットの変化に迅速に対応していくことはできない。また、
都市への数少ない出張を以て理解したつもりになりがち)、或
意思決定と業務遂行が本社と現地に分かれているのは、特に
いは中国戦略は「中国部門」に任せきり(そもそも“中国戦略”
アジアや中国地域を担当する部門に於いて顕著である。早く
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2009 Autumn
27
から取り組みが始まり、市場としても確立した地位を保持して
企業からの人材需要が高いこと、2)中国の地場企業において
いた米国や欧州などの担当部門に於いては、既に現地に置か
も急 速な発展によって高レベルの人材の需要が増しており、
れている米州部門や欧州部門自体が相当の意思決定権限を持
高給を払ってそうした人材を獲得することが一 般化してきて
ち、ある程度本社から自立して業務を行っていることが多い。
いること、3 )供 給 サイドにおいてはマネジメント能 力のある
それに比べて、中国部門の権限の少なさは目立つ。また、役員
人材は限られていること、などが挙げられる。多くのグローバル
レベル の 現 地 派 遣も 少ないため、一層 意 思 決 定に時 間がか
企業に於いても、人材確保は最 大のチャレンジであると位置
かる一因となっている。日本企業は概して事業環境変化に伴い
づけられている。こうした中で、明らかに人材を惹きつける魅力
迅速に組織を変化させていくことが苦手だが、この点は急ぎ
に欠けた日本企業が、このままの状態で人材獲得競争に打ち
再考されるべきであろう。
勝っていくのは極めて困難な状況になりつつあると言えよう。
この状況を打開するのには暫くかかると思われる。しかし、
人的資源の確保は大きな課題
中国市場で成長を実現させるために、それを担う人材の確保は
当然 ながら不可欠であり、
「 喫 緊の課 題として」
「 長 期的視 野
現地におけるトップマネジメントも含めて、中国戦略を担う
から」取り組むべきである。解決が難しいといって何もしない
人的資源の確保は、どこの企業でも大きな課題となっている。
企業や、とりあえず近視眼的な施策のみに頼る企業も多いが、
意思決 定の早さが求められること、現地の市場における多様
いずれも何の解決にもならない。人材の確保は、こと中国事業、
性や変化の度合いが大きくそれを的確にキャッチアップする必
中 国 部 門 だけの問 題では ない。中 国に於 いて顕 著に表れて
要性があること、更には現地における政府等との強固な関係
い る日本 企 業 の 硬 直 的 な人事 制 度 の 弊 害は、流 動 化しつつ
構築が必要なこと、などから、欧米企業においては、現地法人
ある日本国内における人材市場に於いても目に見えるものと
のトップは中国人や華僑になっているケースが多い。一方、日本
なりつつある。高度 成長 期には上手く働いた日本型経営シス
企業の中国法人のトップは多く日本人であり、日本語を使い日
テム、そ の 象 徴としての 終 身雇 用 制 度 や 年 功 序 列 につ いて
本人間のコミュニケーションによってのみ意思決定がなされる
も、それが 悪いものというわけでは全くないが、グローバ ル
ことが普通である。また、日本の人事体制をそのまま中国に適
に事業を展開し、次世代の自社の成長を確保していくために
用することが殆どであり、現地職員の昇進や幹部への登用は
は、一度 見直しを図る必要があるのではないだろうか。日本
欧米企業と比べて遅い。
企 業 の人事制 度の問題は、その 多くが マインドセットに関す
従って、ある意味当然ながら、中国の人材市場では、日系企業
るものである。自社がこれから挑むマーケットを十 分に理解
の人気はあまり高くない。日系企業は、キャリアデベロップメン
し、そこにおける多様な人材の重要性を認識し、トップが強い
トにとって有利ではないと思われており、米国のように転職に
リーダーシップ を以て事にあたることで、変 革を可能にする
よってキャリアを 積み、早 期にマネジメント階 層に足を踏み
のではなかろうか。
入れたい 若い世代においては、特にその 傾向は顕著である。
一方、中国の人材市場における競 争は激しい。理由としては、
1)世界中の企業が中国市場に集まってきているため、そうした
28
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2009 Autumn
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
グローバル・
タレント・
イノベーション
̶将来を切り拓くための人材戦略
著者:ブーズ・アンド・カンパニー
グローバル・タレント・イノベーション・チーム
監訳:松田 千恵子
喫緊の経営課題としての人材マネジメント
こそ、人材マネジメントの必要性は本来 一層際 立つのである
が、多くの 企 業は逆に、人材へ の 投 資 削 減を 余 儀 なくされて
今日の流動的、かつフラット化する社会においては、適切な
いる。大規模な人員削減やその他の即効性のある経費節減策
人材を適切な場所に(また適切なタイミングと費用で)配置す
に加え、企業はいまや不況を生き延びようと、インセンティブ
ることが、企業の命運を分けるといっても過言ではない。我々
制度からキャリア開発プログラムに至るまで、あらゆるもの
が生き、働いているのは知識をベースとした経済社会であり、
を見直そうとしている。経費削減は重要である。だが、不況は
そこでは人材の質が競争優位を決定づける。然るに、余りにも
同時に、高いスキルを持った将来性ある人材を雇用市場に新た
多くの 組 織が、そこで 働く人々がもう見向きもしないような
に大量流入させることによって、企業に対して、自社における
20 世紀のパラダイムに未だとらわれており、人材マネジメント
人材 マネジメントの必 要 性とそ の 長 期 的な 戦 略を再 考する
を効果的に成し得ていない(図表1参照)。
機 会ももたらす。今こそ、人材モデルを刷新し、世代や文化の
多様化が進むグローバルな人材を引き付けられるような、より
金融危機のさなか、従業員の忠誠心、信頼感は 2008 年に於
革新的な価値提供を創出することにより、将来の強みを獲得
いて約 50%も低下し、現在も下がり続けている。不況時だから
する時である。
この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
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2009 Autumn
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松田 千恵子(まつだ ちえこ)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパニー東 京オフィス
のヴァイス・プレ ジ デ ント。資 本 市 場 の
評価に耐えうる経営・財務戦 略構築を広
く展 開、推 進してい る。グロ ーバ ル展 開
も含めた M&A 、事 業ポートフォリオマネ
ジメント支 援 や 経 営 管 理 及び 組 織 人事
体 制 構 築、またダイバーシティマネジメ
ント の 推 進 などにも 積 極 的 に関 わって
いる。
図表1 : 20 世紀型モデルから21世紀型モデルへの転換
20世紀型モデル
21世紀型モデル
北米/西欧人、男性優位
グローバル、多様、男女均等
長期雇用、年功序列型昇進コース
非連続的な昇進コース
直線的で周囲と隔絶された垂直的な昇進コース
非直線的(水平的)なキャリアパス
会社とは、適切な時と場所において活用すべき能力の集合である
職能上の専門性を深めることが評価される
多面的な技能が評価される
専門性とリーダーとしてのスキルの双方が重視される
フルタイム雇用モデル
柔軟な雇用モデル―パートタイム、
勤務時間は変えずに勤務日数を減らす、夏季休暇
対面型業務
バーチャルな職場および対面業務
出世のチャンスは(30代の)一度しかなく、二度目のチャンスはないという認識
パフォーマンスが維持される限り、いつでもよい
仕事、家族、コミュニティの隔絶
家族、コミュニティ、仕事が相互に結び付いている
金銭的報酬がモチベーションの源泉
金銭的および非金銭的報酬
非金銭的報酬のほうがより大きな価値を持つこともある
− 安定的で予測可能な環境
− 動的で予測不可能な環境
− ゆるやかな段階的変化
− 飛躍的な変化
− 硬直した序列構造
− 柔軟な職場
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
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2009 Autumn
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
地域の人口動態や世代毎の期待は劇的に変わってきており、
景 気 の 低 迷ともあいまって、グローバ ルなタレント・マネジ
基づいて業務が構築されている。
• 研修が、様々な人材の持つ能力を企業の戦略目標に
メントに衝撃をもたらしている。世界経済と労働市場の地殻
一致させることを視野に入れておらず、スキルの構築を
変動によって、それまで支配的だった人材モデルの根幹をな
目的とした狭い範囲のものに限られている。
していた前 提は覆された。トップ マネジメントや人事 責任者
• よりフラットで柔軟性の高い組織構造を踏まえて
は、かつてないほど喫 緊の 経営課 題に直面している。例えば
昇進の機会を再定義する必要性が、キャリア開発に
次のような問題に心当たりがないだろうか。
反映されていない。
• 会社が、自社に雇い入れ、留めたい人材の心にはもはや
• 組織の規模を“適正化”したのはいいが、
残った人材をどのように再びやる気にさせ、
生産性を強化することができるのか?
• 新たな戦略的方向性の下で競争優位を獲得するため
には、どのようなスキルや能力、行動が必要なのか?
• 必要な人材と現有の人材との間に著しいギャップが
あるのではないか?
響かないような価値提供に固執している。
• リーダーシップ育成によって、企業が切に必要と
している、決断力があり、経験豊富で、グローバル志向
の、ビジョンを示せる人材が組織にもたらされていない。
• 報酬体系がパフォーマンスと適切に結び付けられて
おらず、管理職による人材育成の責任に適正に報いる
ものとなっていない。
• 中枢となる社員に向けた価値提供は、最高の人材を
惹き付け、留めておく上で有効なものとなっているか?
画期的なパフォーマンスの実現
• 戦略を実行するために、我が社のリーダーに必要と
されるものは何なのか?
効 果 的 なグローバ ル・タレント・マネジメント・モデルは、
また、我が社ではそうしたリーダーに必要な能力を
ビジネスのニーズと個 人のニーズのバランスを取り、これら
継続的、効果的に育成できているのか?
を 統 合することによって、革 新と成 長、画 期 的 な パフォーマ
• 報酬制度や業績評価、研修などの人材制度は、
必要な効果や実績を挙げているのか?
• 我が社の人材を、グローバル化の中で
より良く活用するのにはどうしたらよいのか?
• 我が社のキャリア・モデルは、人材の持つ可能性や
成功を最大化できているのか?
ンスを 促 進 する。従 業 員と雇 用 主の 利 害を 注 意 深く一 致 さ
せることで、経 営 上 層 部 は 人 件 費を 最 適 化し、従 業 員 の 生
産 性と パ フォーマ ンスを 最 大 化し、競 争 優 位 を 獲 得するこ
とが できる。
高 業 績 の 企 業 は、ずっと 以 前 から、強 力 なタレント・マネ
ジメントの 実 施と財務成 績の向 上との間のつながりを認 識
していた。さらに、人材 だ け が イノベーション を 起こせる資
人材モデルを刷新する
産であり、イノベーションだけが画 期 的なパフォーマンスを
維 持 するため の 唯 一 の 道 で あ ることも、こうした 企 業 は 理
20 世 紀 型 の 古 い モ デル はもはや 役 に 立 たな い。それ は、
解して い る。で は、企 業 はどうやってイノベーションの 原 動
ハイパフォーマーと呼ばれる人材に対しても、女 性や様々な
力に 革 新をもたらし、継 続 的 な パ フォーマ ンス 向 上を 推 進
異なる文化的背景を持った社員、即ちグローバル化の中で多
することが できるのだろうか?
数を占める社員に対しても同様である。21世紀流の仕事のや
『フォー チュン 50 0 』企 業 との 幅 広 い 業 務 経 験 に 基づ き、
り方にそぐわない人事制度に固執するのは、企業にとって、経
我々はグローバル・タレント・イノベーションTMをもたらすため
営資源(人材および資 金の両方)の無駄でしかない。インセン
の、事 業 の 実 状に 即した 統 合 的な 方法 論を 考 案した。まず、
ティブ制度や福利厚生、幹部育成計画、キャリア・モデル等を
必 要とする人材と現 有の人材の 基 礎 分析を行う。次に、そ の
アップデートしていかなければ、今日のグローバルな人材プー
ギャップ を 埋 め るため の 戦 略をクライアントとともに考 案
ルからのコミットメントを得てそのパフォーマンスを最適化す
し、そ れ と 同 時 に、能 力 の 差 別 化、パ フォーマ ンスの 向 上、
ることはできまい。例えば、以下のような事例はないだろうか。
リーダーシップの育成、人材の風 土という 4 つ の 基 本要 素を
柱とした、恒 久 的 なグ ローバ ル・タレント・マネジメント・プ
• 殆どの社員にとって適切でないのにも拘わらず、
ラットフォームを構築する、といった流れである。
相変わらず月∼金の 9 時∼ 5 時という週労働時間に
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2009 Autumn
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図表 2 : グローバル・タレント・イノベーションTMの 4つの基本要素
能力の差別化
パフォーマンスの向上
内容:
内容:
競争優位に必要なスキル、能力、専門的知識の集合と、
それらを提供する能力。
パフォーマンス管理に適用されているプロセス、言動、厳格さ、
およびそれが報酬、能力開発、昇進に関する決定に影響する度合。
主目標: 事業戦略の実行に必要な独自の能力と、
それらを活用する能力を確実に備える。
主目標: 社員のパフォーマンスを強化し、能力主義的な意思決定を可能に
するようなプロセスとプログラムを通じて結果を後押しする。
リーダーシップの育成
人材の風土
内容:
内容:
リーダーの力量や手腕と、未来のリーダーを識別し、
育成する方法の有効性。
主目標: 事業面やタレント面で不可欠な要素に合わせた
リーダーシップ・モデルと育成アプローチを開発する。
多様な社員の貢献を最大限に引き出すために必要な価値観、
理念、言動、環境。
主目標: ビジネス・ニーズと個人のニーズのバランスを取り、
持続可能な高パフォーマンスを実現するための企業風土、
組織設計、業務設計を考案する。
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
図表 3 : 人材をめぐる課題の例
誘因
代表的な疑問
不況時のリストラ:
− 誰を残し、誰を解雇するべきかの決定/見極めをどのように行うか
− 従業員の交代、再配置/または獲得をどのように実施するか
− 組織規模を適正化した今、生産性や献身度を維持・向上させるには、現存の人材基盤をどのように管理するか
− 先行きが不透明な時期にどうすれば中核的人材を引き留められるか
業務運営モデルの再定義:
− 新たなビジネスモデルに合った人事戦略をどのように策定するか
− アウトソーシング/オフショアリングを通じたコスト削減/合理化の後、どのように適切なスキルセットを確保するか
− 新たな事業部門を率いる強力なリーダーをどのようにして育成するか
− 人材関連の実務が事業パフォーマンスに及ぼす効果をどのようにして最大化するか
M&Aによる統合の推進:
− ターゲット企業の人材面での適合性の良し悪しを判断するために、どのようなデュー・ディリジェンスを実施すべきか
− 移行の最中および移行後、有能な一流の人材を確実に残留させるために、どのような措置を講じるべきか
− 企業間の機動性とベスト・プラクティスの移転をどうすれば確保できるか
− どうすれば合併による所期のシナジーを確実に実現させることができるか
多様性の積極活用:
− 事業戦略全体に役立ち、所期のROIを達成できるような多様性戦略をどうすれば策定できるか
− どうすれば女性を戦力として留まらせることができるか
− どうすれば、自社を多様な文化的背景を持つ個人にとって最良の職場に変えることができるか
− 自社の雇用主としてのブランドをどのようにして強化するか
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
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2009 Autumn
特集◎真の成長のための中国戦略の再設計
グローバル・タレント・イノベーションTMの基本要素
ブーズ・アンド・カンパニー の 提 唱するグローバ ル・タレン
ト・イノベーションTMモデルは、次の 4つの基本要素に基づいて
いる(図表 2 参照)。
• 能力の差別化―競争優位に必要とされるスキル、知識、
能力が自社にあるか?
• パフォーマンスの向上―自社の人事制度やプログラム
は、社員のパフォーマンスを向上させ、能力主義に
基づいた意思決定を後押ししているか?
• リーダーシップの育成―自社には適切なリーダーが
おり、リーダーシップ能力を効果的に育成しているか?
• 人材の風土―自社の企業風土や職場環境は、
多様な社員による貢献を最大限に引き出しているか。
グローバ ル・タレント・イノベーションTM モデルは、企 業に
とって、単なるベストプラクティスや標準的なツールキットの
提供といった意味を超え、ビジネスリーダーとしてグローバル
化する社会における「人材」という課題を理解し、対応するため
のロードマップを提供するものである(図表3 参照)。
こうしたプラットフォームの構築を基にして、人事部門は、
自社 の人材に対 するアプ ロー チを刷 新する上で必 要な 思い
切った変革を主導する必要がある。そのためには、必要な能力
や 組 織内での影 響力を持たなければならない。多くの場合、
変 革を成し遂げる最 善 の方法は、経営トップ自らが人材マネ
ジメントを優 先課題に掲げ、人事部とともに変革を主導する
ことである。
人材マネジメントは、いまやトップマネジメントにおける最
も責任の重い仕事になっている。それに割く彼らの時間は全
体 の 20% 以 上であ る。だ が、これも当 然 であ る。世界 を 舞 台
に競争力のある企業を目指すのであれば、今日のグローバル
な人材市場の複雑性と多様 性への深い理 解に根ざした人材
マネジメントへの戦略的アプローチを行っていかなければな
らない。トップ マネジメントがこの現 実を 進 んで受け容れな
ければ、社 員が秘めている大きな潜在的生 産性を開花させ、
自社の革 新や成 功の能 力を飛 躍的に向上させることはでき
ないだろう。
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2009 Autumn
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インタラクティブ・
マーケティング戦略
この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
[ 第三回 ]
広告メディア業界の
統合と進化
著者:岸本 義之
インタラクティブ・マーケティング戦略に関して、
2009年冬号では広告を取り巻く環境変化について論じ、
2009年夏号では、
企業のマーケティング部門がなすべきことについて論じた。
本稿では、
メディア業界と広告業界が直面する変化について考察してみたい。
1. 広告媒体業界の将来
「マス広告の内容を覚えておく」のではなく「買いたいときに
ネットで情報を探す」ようになっていることである。
広告媒体と情報媒体
ここで改めて認識をしておかなければいけないのは、マス
グーグルをはじめとするネット広告媒体が企業の広告予算
メディアというのは「広告媒体(メディア)」として収 入を得 る
に占める比重が上がってきているなか、既存の広告媒体業 界
ことがビジネスであって、
「 情 報 媒体(メディア)」としての 活
としてはどのような対策を講じるべきなのだろうか。まず重要
動はそのための 手段ということである。メディア業 界で 働く
なのは、消費者のマス広告媒体離れが起きているということ
人の 大 半 は、
「 情 報 媒 体」としての 活 動、す な わちジャーナリ
を認識することである。メディア企業の中にはいまだに「従来
ズムやコンテンツ制作に魅 力を感じて就 職したはずであり、
型メディアの地位は不変であり、ネットはしょせん周辺でおき
その情 報内容にプライドを持ち、その分野においてはネット
ている小さな変化」としか認めていない人もいるようである。
に負けないという気概を持っているであろう。それはそれで、
しかし、消費者のメディア接触時間の配分は、とくに若年層
もちろん構わない。しかし、どこから収入を得ているのかとい
を中心に変化しており、実際に雑誌などでは販売部数が如実
う点を考えると、
( 購読料、視 聴料、販 売 収 入 だけで成り立つ
に減少している。テレビの視聴時間が同じであったとしても、
事業でない限り)広告収 入の分野でネットの脅威にさらされ
「ながら視聴」でパソコンやケータイをいじりながら見ている
ているのが現状である。ネット広告によってマス広告が 直接
人 が増えていたり、ハードディスク・レコーダーなどで「とば
代 替されているだけではなく、ネット上に氾 濫する大 量の無
し視聴」している人が増えていたりする。いま起きている本質
料情報によってもマス広告が間接的に代替されてしまってい
的 な 変 化 とは、消 費 者 の 情 報 収 集 の 方 法 が 変 化して おり、
るのである。
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Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 1 1
2009 Autumn
岸本 義之(きしもと よしゆき)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィス
のディレクター・オブ・ストラテジー。20
年近くにわたり、金融機関を含む幅広い
ク ラ イア ント と 共 に、全 社 戦 略、営 業
マー ケ ティング 戦 略、グロ ーバ ル 戦 略、
組 織 改 革 な どのプ ロジェクト を 行 って
きた。
消 費 者 のメディア接 触 行 動がシフトすれば、もちろん広告
対象の広告ということで矛盾を生じてこなかったわけである
主の行動もシフトする。消費者のマス広告接触の量(時間)が
が、ターゲット・メディアに転換しようとなると、コンテンツ制
減 少しているだけでなく、質(購買情 報の収 集に利 用してい
作のコンセプトにまで立ち返って見直さないといけなくなる。
るか)も低下しているとなれば、マス広告支出を抑制する方向
もしターゲット・メディアを目指すとしたら、
「 誰をターゲッ
にならざるを得ない。そもそもマス広告は費 用が 高い 割に、
トにすれば広告収 入を得やすいか」を 先に発 想し、そのあと
実際の売上に結びつくかどうかの効果の測定が難しいという
で「そのター ゲット消 費 者をひきつけるにはどういうコンテ
受け止められ 方をされている。さらには、製 品 差 別 化を 進め
ンツを 制 作 すればよいか」を考えることになる。既存 の 媒体
て顧客ター ゲットを絞っている企 業にとって、マス広告では
をマスからターゲットに方向転換するのは困難かもしれない
ターゲット以 外の多数の視 聴者にも広告を見せざるを得ず、
が、新たな媒体を作る際にはターゲット・メディア化を目指せ
ターゲット一人 当たりに見せるコストが 高く感じられてしま
る可能性はある。
う。これまでは他に代替手段がなかったが、これからはネット
さらに進めて考えると「ターゲット消費者を確実に引き込む
という安い代替手段も出てきている。
にはどの媒体を組み合わせて使えばよいか」という発想にも
マス広告媒体が高い対価を取れていた理由は、多数の広告
つながっていく。これまではテレビ局はテレビ、新聞社は新聞、
主と多数の 消 費 者を結ぶ 広告 媒体スペースが 相対 的に希少
というように単品で広告収入を得ることが当然であったが、他
であったためである。しかし、ネットの登場とともに情報媒体
の媒体との組み合わせのキャンペーンとして販売するというこ
としての希少 性が崩れ、広告媒体としての希少 性も崩れてし
とも考えられるはずである。ターゲットが重なる媒体同士であ
まった。何しろ企 業自らの サイト上でも、ブランデッド・エン
れば連携することで相乗効果が生まれるかもしれない。
ターテイメントなどを展開すれば、広告媒体として使えるよう
特に、既存媒体とネット媒体をどう連動させるかという観点
になってきたのである。
においては、まだ創意工夫の余地が大きく残されている。これ
まではどちらかというと、既存媒体はネット媒体と連携しない
マス単品というビジネスモデルを超える
方が得策という考えが主流派だったかもしれない。しかし、マ
マス広告媒体が希少性を失いつつあるなか、相対的に価値
ス単品販売というビジネスモデルを超えなければ活路が見出
が 高まりつつあるのが、ターゲット顧客層を押さえるという
せないという状 況にまで追い込まれつつある中では、ネット
ことである。どの広告主にとっても、自社のターゲットとする
との連携のあり方をより真剣に検討すべきであろう。
顧客層(だけ)にどうリーチするのかが重要になってきており、
実際、各媒体とも大なり小なりネットとの 連 携を試 行しは
そのためにターゲット・メディアというものの価値が高まって
じめている。但し、広告を得るビジネスモデルという観点から
きている。ニッチ向けの媒体の方が、むしろ対価を得るという
の試 行というよりは、情 報 媒体としてのコンテンツ補 完とし
上では有利になるのである。
ての 意 味 合 いがまだ中心 のようである。今 後は、ジャーナリ
つまり、マスメディアからターゲット・メディアへと転換でき
ズムとしてのあるべきネット戦 略という側 面からではなく、
るかどうか(したいかどうか)が、ビジネス上の意 思 決 定とし
て重要になってくる。ジャーナリズムやコンテンツ制作という
「広告ビジネスモデル」としての 観 点から、ネット媒体との 連
動を追求する必要がある。
観点から見ると、マスを相手にすることの方が意義が大きい
ということに なるが、広告 収 入という観 点 からすると、ター
ネットメディアの将来
ゲットを絞った 方 が 対価を得やすいという二律 背反状 況に
一方、ネット の広告 媒 体 の 側 はどう進 化 するのだろうか。
なってしまう。これまではマス対 象のコンテンツ制 作とマス
ネット広告媒体としてのビジネスモデルは一言では表しにくい
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図表1 : 従来型媒体とネット媒体の役割
従来型マス媒体
ネット媒体
目標
読者・視聴者
目標
読者・視聴者
視聴
視聴
情報コンテンツ媒体
広告
情報コンテンツ群
関連性が重要
広告
広告主サイト
クリエイティブ
が重要
購買
選好
購買?
広告主
送客
認知形成
認知形成
クリエイティブ
が重要
広告主
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
が、
「 ネットを通じて無料で提 供される情報を視 聴・閲覧する
ブランドが形成されてきた。一方、ネットにおいてはコンテン
利用者に対して、その情報に関連付ける形で広告を表示して
ツ制作者が無数に存 在しているため、情報媒体としての寡占
収入を得て、さらに利用者の反応を計測して広告主に還元する」
が生じず、情 報コンテンツ制作者のブランドはあまり高まら
というようなものとなる。
ない。むしろ大手ポータルや検索エンジンなどのサービス会
このビジネスの特徴としては、単なるバナー広告から、検索
社がブランドを形成し、広告を販売している。つまり、従 来 型
連 動型などの形で情 報収 集 活動に関連付ける広告へと進化
メディアのような意味でのコンテンツ制作者主導の情報媒体
してきた 点があげられる。バナー広告は、いわば紙 媒体 の広
ブランドは(少なくとも今 のところは)ネット上に存 在してい
告をネット上に再現したもので、一方 向 的に情 報を露 出する
ない。むしろ、他のコンテンツ制 作者が 提 供する情 報に広告
ものであるが、それをクリックしてもらえれば、広告主のサイ
を付与するというように、情 報 媒体と共 生する広告媒体とし
トに誘導できるという効果も持つものであった。これが検索
て収入を得ていると言える。
連 動型などに進化すると、ユーザーが知りたがっているキー
では、ネット広告媒体と広告主との関 係はどうなのだろう
ワードに関連付けて広告が表示されるため、より誘導効果が
か。認 知 を 形 成 することで 役 割 を 終える 従 来 型 マス 媒 体 と
高まる。
違って、ネット広告は広告主のサイトに顧客を送客するところ
もう一つの大きな特 徴は、テレビのチャンネル寡占のよう
まで行える。一方 で、ネット上の広告媒体(バナーやテキスト
なことが起こりえず、無 数のサイトが林立し、広告スペースも
の表示)は画面スペースの制約もあり、あまりクリエイティブ
無限に広がっているという点がある。有限な広告スペースゆ
の工 夫 の余 地が大きくない。ネットの 情 報 媒体サイトによる
えに単価が高いという構造ではなく、消費者の購買行動に関
コンテンツがメインの舞台であり、ネット広告媒体はいわば
連 付けられてい るために単価が 相 対 的に高くなるという性
通 路 のようなものとなり、送客先である広告主の自社サイト
質になっている。
がもう一つ のメイン 舞 台ということになる。広告 のクリエイ
従 来 型のメディアにおいては、コンテンツ制 作者(新聞・雑
ティブという意味では、通 路としての広告媒体上ではなく、広
誌 社、放 送 局)が情 報 媒体としてのブランドを自ら形成し、広
告主の自社サイト上のコンテンツが最も創造性の発揮のしが
告スペースを販 売 するというビジネスになっている。そ の 過
いがある場所ということである。従来のマスメディアが、広告
程で 情 報 媒体としての 寡占が生じ、ジャーナリズムとしての
媒体上でのクリエイティブを競ってきたことと比べると、様相
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が異なっていることがわかる(図表1参照)。
2.マーケティング・エージェンシーの将来
このように考えると、無数の情報コンテンツサイトと、多数
総合広告代理店の意義と限界
の広告主と自社サイトをうまくつなぐ通 路的存 在がネットメ
広告 媒 体 によるメディア連 動 の 動 きが 本 格 化 するとなる
ディアということになる。ヤフーはポータルという形で通路を
と、メディア企業と広告主が 直 接的に協働する機 会が増える
形成し、グーグルは検索連動型などの形で通路を形成した。
ことになる。そうなった場合に広告 代 理 店としてはどう対処
もちろん、通路型以外のネットメディアという形態もありう
すべきだろうか。
る。従 来 型マス媒体の会社(新聞社やテレビ局など)が、その
日本の大手広告代理店のこれまでの成功モデルとは、マス
ブランド力とコンテンツ制 作 力を持って、ネット上で 情 報 媒
媒体 の広告枠(ラジオやテレビの広告時間、新聞や 雑 誌の広
体と広告媒体を一 体化したビジネスを展開する、もしくは従
告スペース)を引き受け、それを広告主に売るというものであ
来 型マス媒体との連 動を図ってネット上の 情 報・広告媒体ビ
り、有限な広告枠を寡占的に押さえて高値で販売するところ
ジネスを行うという形で本 格 参入すれば、影 響力のあるネッ
に強みがあった。特に高度 成長 期以降は、広告主の需要が比
トメディアになれるチャンスは今からでもあるはずである。こ
較的強い状態が続き、それに対して広告枠はあまり増えない
れまでのように、情 報コンテンツを有料で配信することにこ
という構 造にあった ため、広告単価を高く維 持できてきた。
だわったり、本業コンテンツの紹介・補完程度に利用したりす
広告 代 理 店はコミッションとして広告枠販売料金の 15-20%
るだけではなく、広告媒体ビジネスとしての本 格 参入を行う
を得るという体系をとっており、広告 料金を高止まりさせれ
かどうかが判断の分かれ目である。
ば自社も儲かるという構造にあった。
一方、モバイルになると、PC インターネットとは 異 なる競
広告 代 理 店の収 支構造がこのようになっていたことも、テ
争環境になるため、一握りの会社が寡占を形成する可能性が
レビ広告が広告営業の主 流であったことの背景にあった。テ
ある。PC インターネットは、ブラウザという標準 技 術が 存 在
レビ 広告 は 単 価 が 高 い 割に手 間 がかからない のであ る。逆
したために、誰でも手軽に情 報サービス提 供に参入すること
に、パーチェス・ファネル の中下流を改善するためのプロモー
ができ、多数の業者による競 争になりやすい。一方、モバイル
ション活動は、手間の 割に儲からず、販促 効 果を検 証されや
では使い勝手の点で制約があるために、一旦流行したサービ
すいという特 徴を持っており、広告 代 理 店としては積極的に
スから他にスイッチしにくく、後発参入組にとって不利になり
勧めたいものではなかった。
やすい。米国での携帯端末であるブラックベリーや iPhone 、
日本でテレビ広告料金が高止まりしてきた背景には、地上
日本のモバイルサービスであるモバオク、モバゲーなど、比較
波民放テレビの寡占体制があった。米国はケーブルテレビ、欧
的 少 数のものに人 気が集 中しやすい。例えば iPhone 上での
州は衛星によって多チャンネル 化が定 着したが、日本では多
産 経ネットビュー のように、既存 マス媒体 のブランドのもと
チャンネル化はあまり進展しなかった。BS デジタルの導入時
で、操作 性に優れたサービスが 提 供できれば、モバイル広告
にも、日本では「高画質化」を目的とすることになり、BS デジ
のビジネスを既存 マス媒体 が取り込むという可能 性もない
タル の チャンネル 数 は 絞り込 まれ、地 上 波キ ー局 の 系 列 が
わけではない。
チャンネルのほとんどを押さえることに成 功した。地上波 民
従来型媒体からの参入であれ、ネット専業媒体であれ、ネッ
放 系の BS デジタル放 送は多くの視 聴者を集めることができ
トメディアとしてのこれからの大きな課題は、送客先である広
ておらず、単体 で見 れば経営が 苦しいはずであるが、逆にテ
告主の自社サイト(モバイルサイトも含む)の魅力度を上げる
レビ視 聴者の 多くが地 上 波にとどまってくれているため、有
という点にどこまでアプローチできるかどうかであろう。通
限な広告枠の中で広告媒体料金を決めることができ、地上波
路としての 送客力がどんなに良くても、肝心の自社サイトの
とBS のトータルでは収支が成り立った。
つくりが悪いのでは最終的な効果が出ない。メディア企業が
広告代理店は、こうして媒体料金を維持し、そこからコミッ
ネット連 動型サービスを目指すのであれば、その目的地であ
ションを得ているのであるが、このコミッションの中から広
る自社サイトの側にも踏み込んでクリエイティブ提 案ができ
告制作費用を出したり、マーケティング・リサーチなどの費用
るようになっていることが必 要であり、広告主の CMO(チー
を出したりするという構造(グロス制)が日本では一般化して
フ・マーケティング・オフィサー)が 抱える悩み(マーケティン
いる。結果的に、高い広告枠を売って儲ける代わりに、その他
グ ROI の向上)にいかに答えられるかが重要となる。
のサービスはタダ で行うという風 潮にもつながっている。広
告 主 が 広告 費 用 の 削 減 を 進 めようとして い る中 で、コミッ
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ション率は徐々に低下してきており、さらに広告媒体費も低下
図表 2 : 広告業界の日米比較
するということになれば、その中で収 支を成り立 たせること
は徐々に困難になってきている。
日本の場合
米国の広告業界 構造
米国の広告業 界では、コミッション制からフィー制へ の移
広告主
総合広告代理店
媒体
行が進んできた。フィー制というのは、広告媒体を買い付ける
− 歴史的には媒体の代理が発祥
費用を分離し、広告代理店の行う作業に対する対価を別途請
− 媒体売上の一定%をコミッションで受け取る
求するという制度である。作 業ごとに対価を設 定して請求す
− メディア・プランニング、クリエイティブ、
メディア・バイイングなどを総合的に提供
る方 式と、代 理 店 社 員が何人・何時間働いたことの対価を請
求する方 式とがあり、さらにこれに成果報酬を組み合わせる
米国の場合
などのバリエーションがある。
米国でも1980 年代初頭にはコミッション制が 8 割を占めて
いたが、1990 年代後半にフィー制がコミッション制を上回る
ようになり、2000 年時点でコミッション制は 2 割、フィー制が
7 割になったという。このような構造に移行できた背景には、
広告代理店が広告主の代理としてのポジショニングを明確に
とり、媒体の代理とは一線を画すことができたという業 界 構
メディア・プランニング
広告主
媒体
クリエイティブ
メディア・バイイング
メディア
レップ
− 媒体の代理と広告主の代理が並存
− メディア・プランニング、クリエイティブ、
メディア・バイイングなどが分業化
− コミッションの比重が低下しフィー制が普及
− 結果として、テレビ以外の提案も多くなる
造の特 徴があった。マーケティング戦略の立 案から広告制作
にいたる業務は広告代理店が広告主の代理として行い、広告
媒体スペースの販 売は、メディア・レップと呼ばれる広告主側
出所 : ブーズ・アンド・カンパニー分析
の 代 理 店が 行うのである。米国では広告 代 理 店が 一業 種一
社制をとることが多く、広告主側に明確に立つことが求めら
らメディアに接 触して価格 交 渉を行えばよく、双 方が代 理を
れてきた。
立てる必要性は薄くなる(図表 2 参照)。
さらに米国では、広告主側に立つサービスの内容が作業別
米国流の手法は、広告主側に全体管理の手間がかかるとい
に分化し、メディア・プランニング(どのような媒体に出稿する
う点 で 課 題 は あ るも の の、広告主の 代 理としての 代 理 店 が
かの計画作成)、クリエイティブ(広告 制作)、メディア・バイイ
マーケティング ROI の 最 大化というミッションに沿って動い
ング(広告媒体 枠 の購入)に特 化した代 理 店サービスも登場
てくれるため、トータルでかかるコストは低下するという利点
した。この 中 でメディア・プ ランニングとクリエイティブ はメ
がある。また、広告 代 理 店 の 活 動がブラックボックス化しな
ディア購入とは切り離された業務になるため、出稿料に連 動
いため、取引慣行が透明化しやすいという利点もある。
したコミッション制とならず、フィー制になる。メディア・バイ
だからといって、日本の広告業 界が急に米国流に変わるか
イング・サービスは、広告枠をいかに安く買うかが提供価値で
というと、そうは行きそうもない。一業 種一社という概 念 が
あり、基 本 的にはコミッション(媒体ごとに出 稿 料 の 一定 率
ない中で規 模 のメリットが 優 先されて大手 総合 代 理 店に取
を受け取る)ではあるが、前年もしくは目標よりも媒体 購入
引が集約されてきたという経緯もあり、今から広告代理店の
費 用を引き下げるという成果をあげれば、それに応じて報酬
数が増えていくとは考えにくいからである。媒体の 代 理なの
の一部が増加するという方式などがとられる。
か広告主の 代 理なのか 分からない 状 態 で、大 手広告 代 理 店
一方、メディア側 の 代 理 を 行うメディア・レップ は、主 に メ
が今 後とも強い影 響 力を広告業 界に及ぼし続けることにな
ディア(新 聞 社 や放 送 局)が地 域ごとに分 散してい ることか
ると考えられる。しかしながら、今 後 の 環 境 変 化に応じて媒
ら、地元以外の広告主に広告を営業する業務を代理店に委託
体 料金が低下し、コミッション率も低下していくとなると、コ
したことに起 源を有している。広告主の 代 理とメディア側の
ミッションの 中から諸 活 動 の 費 用をまかなうという従 来 の
代理が双方各々に発展してきたが、徐々に広告主の代理を行
「ドンブリ勘定」では広告 代 理 店の収 益 性 がままならなくな
う側が主流となってきた。特にメディア・バイイング・エージェ
ることが予想され、何らかの形で広告業界の構造にも変化が
ンシーが広告主の 代 理として機能するようになれば、そこか
起こるという可能性もある。
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2009 Autumn
インターネット広告業界
生態系変化と広告代理店
日本でも、インターネット広告業界においては、米国的に近
大手広告 代 理 店も、いよいよ大 企業 広告主のニーズのシフ
い構図が見られる。インターネットの場合は媒体側も零細な
トに対応して、ネット連動型のマーケティング・キャンペーンを
サイトが多いため、もしくはコンテンツ作成・収 集とユーザー
企画提案することが求められるようになってきた。これまでの
数 拡 大に注 力するため、広告 営 業 の 機 能を 外 出しし、メディ
ように、テレビ広告を売りたがるというだけの代理店では、広
ア・レップというメディア側を代 理する会社が、いわば卸売業
告主から相談を持ちかけてもらえなくなってしまう。また、メ
的な存在として介在している。
ディア企業がクロスメディアの提 案を自ら直接広告主に対し
メディア・レップとは別に、インターネット広告代理店という
て行うということが、日本においても起こる可能性がある。
業 態 もある。広告主 がロングテールであることから、卸売 業
現 在のところは、日本のメディア企 業はそれほど強 力な広
の代理として小売業的に中小企業顧客を開拓してきたという
告営業 力を有しておらず、クロスメディア・キャンペーンを直
のがこのビジネスの 発 達してきた 経 緯である。なので、純 粋
接 提 案 するほどの 実 力 は 持って い な い と考 えら れる。しか
に広告主の代理の立場をとっているとは、やや言いがたい。
し、広告主と直 接協働することでノウハウを身につけはじめ
ネット広告の主体がバナー広告だった時代には、サイト運営
ると、
「 広告代理店はずし」という現象が現実のものとなる。
企業がメディア・レップに広告スペースを卸売りし、それを広告
マーケティング生 態 系 の変化は、消費 者のメディア接 触行
代 理 店に小売し、広告 代理 店がロングテールのクライアント
動の変化によって引き起こされ、広告主企業のマーケターの
に営業をかけるという流れがあった。それが検索連動型広告
行 動 変 化やメディア企 業 の 行 動 変 化を引き 起こすものであ
になると、どのキーワードをどう競り落とすかということが重
る。その中で、大手広告代理店は従来型の生態系に最も適 応
要になり、そのアドバイスを行うことがネット広告代理店の価
した進化をしてきた種であり、新たな生態 系に移 行すること
値になってきた。また広告主自身のサイトへのアクセスを増や
が最も困難な種ということになる。できれば、生 態 系 の 変 化
すためにいかに検索エンジンに有利に引っかかるか(サーチ・
を遅らせたいはずであり、旧生態系を維持したままで新生態
エンジン・オプティマイゼーション)のアドバイスが求められる
系と並存させたいと考えるはずである。
ようになり、これも広告代理店のサービスの一つとなっていっ
しかしながら、生 態 系 の 変 化は既に始まっている。この 変
た。実際、従来のバナー広告よりも、検索連動型広告の伸び率
化 の 中で鍵となるのは、広告 代 理 店は「広告主の 代 理」を貫
の方が高くなっており、広告 代理 店のサービスも徐々に検 索
徹できるのかという点である。日本の広告 代 理 店は、媒体を
連動型の比重が高まっていくものと考えられる。
販売する側から創業した会社が多く、コミッション制(媒体を
もう一つ、アフィリエイトという分野は、ウェブやメルマガな
高く多く売った方が自社も儲かる)によって繁栄してきた。し
どを発行し、そこで商品の推薦や紹介をしている企業や個人
かしな がら、新 生 態 系 に お いては 広告 主 にとってのマー ケ
が、その結果として広告主のサイトへのクリック、または商品購
ティング ROI を高める提 案をしなければならず、そのために
買(資料請求)などのアクションがおきれば報酬を得るという
はメディア・ニュートラルな 提 案 が 求められる。もちろん、最
手法で、これを仲介する業者が広告ビジネスと販売代理ビジネ
新のネット技 術を活用した提 案を行うことも必要になる。こ
スの中間のような形態で介在する。この場合、ウェブやメルマ
うした提案をするスキルが不十分な営業マンが大多数を占め
ガを運営する主体が多数の小規模業者・個人になるので、シス
てい るという点も問 題であるが、会 社 全 体として「広告主の
テム上の仕組みそのものを代理店が用意することになる。
代理」に立てるのかどうかが最も大きな問題となる。
ネット広告の 初期は、どちらかというと中小広告主を開拓
大手広告 代 理 店もこうした 変 化は当然 見 越しているはず
することが中心であり、大手広告 代 理 店の手がけるマス広告
であり、むしろこうした変化をうまく機 会として利用して、新
とは別の世界を形成していたが、近 年には大 企業もネット広
たなビジネス拡大につなげようとしているはずである。
告に関 心を 示すようになってきており、マスとネットの 世界
が近接しはじめている。大手広告代理店がネット系の代理店
を傘下におさめるようになっていることは、その証 左とも言
える。大手代 理 店とネット系 専 業代 理 店との棲み分けという
構図は大きく変 化しており、特にネット 系 専 業代 理 店は、競
本稿は、 岸本 義之 著
「メディア・マーケティング進化論」
( PHP 研究所)
の第4章からの抜粋である。
争激化による価格競争に巻き込まれる可能性があり、新たな
ビジネスモデルを模索することが必要になる。
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Media Highlights
今後の出版予定
「グローバル製造業の未来」 訳者:ブーズ・アンド・カンパニー 発行:日本経済新聞出版社(12月出版予定)
新刊書籍のご案内
「メディア・マーケティング進化論 マーケティングROIを向上させるために」
著者:岸本 義之 発行:PHP研究所
「エネルギーの未来」
訳者:ブーズ・アンド・カンパニー 発行:日本経済新聞出版社 Contact Information
マネジメント・ジャーナルは、経営コンサルティング会社ブーズ・アンド・カンパニーが、経営戦略についてのさまざまな
課題をテーマに、経営の基幹を担われている皆様に向けて発行する季刊誌です。今回、
「 真の成長のための中国戦略
の再設計」をテーマに、ブーズ・アンド・カンパニー中国オフィスからの記事と東京オフィスのオリジナル記事をご紹介
いたしました。ご意見・ご感想等ございましたら下記までお寄せください。
ブーズ・アンド・カンパニーについて
ブーズ・アンド・カンパニーは、グローバル経営コンサルティング会社として、世界のトップ企業、政府および諸機関に支援を提供しています。
創立者であるエドウィン・ブーズは、1914年に専門職としてのコンサルタントの役割を定義し、世界初の経営コンサルティング会社を設立
しました。
現在、全世界59オフィスに3,300人以上のスタッフを擁するブーズ・アンド・カンパニーは、独自の先見性と知識、深い機能別専門性と実践的
アプローチを用いて、新たな能力の構築と実質的なインパクトの提供を行っています。クライアントとの密接な協働を通じて、本質的な
競争優位を創出しています。
経営課題に関するご相談は、
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ファクシミリ: 03- 6757-8667
マーケティング担当 : 須田
電話
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w w w. b o o z . c o. j p
この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。