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“冬”に躍進する戦略
危機後の成長への布石
2009 年 8 月
ボストン コンサルティング グループ
Martin Reeves, Michael S. Deimler
目 次
頁
生き残り: 必須だがそれだけでは不十分
2
持続可能な競争優位性:景気後退期に次の成長への布石を打つ
4
行動戦略
5
社会性戦略
6
繁殖戦略
7
進化戦略
8
回復力: 適応する生き方
©ボストン コンサルティング グループ
9
1
“冬”に躍進する戦略
危機後の成長への布石
1930 年代以来最悪の不況の中で、多くの企業はまるで冬の熊のように冬眠している。生産能力を削減し、
労働力を減らし、自由裁量のコストを削り、キャッシュを温存する。経済が再び上向く(はずの)時まで。
これは過去何度も行われてきた戦略である。景気後退が短く、春が来れば外の世界が元通りになるのな
ら、そして競争相手も同じように冬眠しているのなら、これでなんとかやりすごすことができる。だが、この前
提は日に日に危うくなってきている。世界は終わりの見えない長い冬に突入し、たとえ回復の兆しが見えた
としても、今回の危機が終わった後の事業環境は従来とはかなり異質なものとなるだろう、との認識が、エコ
ノミスト、企業経営者、政府高官などの間で高まっている。
企業は(もしまだそうしていなければ)、「新たな現実」と折り合いをつけなければならない。 1 今日の景気
後退は非効率なビジネスモデルの破綻を早め、産業全体の再構築に拍車をかけている。同世代のすべて
の消費者や投資家の行動が一変するだろう。前回の好況の原動力となった、歴史的高水準にある家計負
債と金融機関の負債によるレバレッジがよみがえることは二度とない。政府は、かつてない規模の財政出
動、新しい規制の導入、形をかえた巧妙な保護主義政策を通じて、産業界への影響力を強める。
このような環境下、何のアクションも取らないことは許されない。よって問題は、どのようにアクションをとる
のがもっとも理に適っているかだ。 まずやらねばならないのが、当面破綻をきたさないように手を打つこと
であるのは明白だ。しかし冬眠で経済の冬をやり過ごすことは、守りでしかない。ただ生き残るだけでなく、
成長するために、経営幹部はほかに 2 つの取り組みを検討する必要がある。まず、成長を導き、この景気
後退を抜け出したときに、競争優位性を高めていられるよう、不況期に的を絞った短・中期戦略を策定する
こと。次に、景気回復後も不安定な戦略環境が続くと思われることから、この時期に学んだことを「仕組み」
として取り入れ、上昇局面に入ったとき、すばやく強く立ち直れるようにすることだ。
生き残り: 必須だが、それだけでは不十分
この深刻な景気後退局面において、事業を守ることが経営幹部にとって死活問題であることには疑念の
余地はない。成長のために何がしかの経営資源を割く体力のある企業でなければ、単に生き残るだけでな
1
「コラテラル・ダメージ」シリーズ Vol.5 「危機下の『新たな現実』に向き合う」をご参照ください
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く、さらなる繁栄を目指すことはできない。したがって、効率性を上げるため、コスト削減、キャッシュや運転
資金の管理、組織再構築、そして業務プロセスの改善などを、考え抜いたうえできちんと行わなければなら
ない。そして、顧客基盤を維持するための投資、債権管理、慎重な設備投資の検討、見直し、非中核事業
資産の売却、貸付枠の確保や増資等により、リスクを抑える必要もある。
生き残り策策定の失敗によるリスクははっきりしている。「フォーチュン 500」から脱落した企業の数が、不
況期には増加する、という歴史的事実がそれを物語っている。1965 年以降の 5 つの景気の谷はフォーチュ
ンのランキングから脱落した企業数の「山」と符合する。(図表 1 参照)
図表1: 「フォーチュン500」から脱落した企業の数
ランキングから脱落した企業の数
300
40
20
NA1
0
66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 951 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08
1996–1982 弱気市場
11995年にランキングの基準が変更されたため、この年のデータは除外した
2the
脱落企業数の「山」
景気後退期2
National Bureau of Economic Researchの定義による
出所: フォーチュン 500 ランキング、 National Bureau of Economic Research、BCG分析
しかも、たとえ生き残れて時間稼ぎができたとしても、持続的競争優位を保証するものではない。コスト優
位はもちろん重要だが、不況期にコスト削減だけに重点的に取り組んでも、優れた長期パフォーマンスを
上げられるわけではないことは、これも歴史が証明している。
1966 年から 82 年までの長い弱気市場のなかで、TSR(トータルシェア・ホルダー・リターン、総株主利益
率)で競合他社をしのいだ企業のデータを分析してみると、その多くは EBIT(金利・税引き前利益)や配当
ではなく、売上成長率が競合他社に勝っていることがわかる(図表 2 参照)。しかも、売上成長と相対 TSR
における優位性の関連は、景気サイクル全体にわたって見られるだけでなく、景気の下落局面や「底」にあ
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たる時期だけで分析しても同様に観察できた。
図表2: 弱気市場(1966年~82年)のアウトパフォーマーの強み
TSRの優れた企業は、どの指標で最も高い成長率をあげたか?
(%) 100
50
0
売上げ成長
EBIT成長
配当成長
注: このグラフは、業界平均以上のTSRをあげた企業が、売上げ・EBIT・配当のどの指標で最も高い成長率をあげたかを、企業の割合で示したもの。
Compustatのデータを用い、 1965年時点での売上げが5億ドル以上で、 1966年~82年の期間に業界平均を上回るTSRをあげた企業を65社
特定し、それぞれの企業の同期間の売上げ・EBIT,配当の 平均成長率(CAGR)から最も大きな成長率をあげた指標を特定した。
3つの指標それぞれで最も高い成長率をあげた企業を全体のサンプル社数(65社)で除し、その割合とした。
出所:BCG分析
生き残るための「守り」を固めたら、次は将来を見据え、景気が回復してきたときに成長するための「攻め」
の準備を整えなければならない。
持続可能な競争優位性:景気後退期に次の成長への布石を打つ
熊の冬眠は、厳しく変化の大きい環境への適応反応のひとつの例を示しているが、自然界には他にも経
営トップのヒントになりうる、多くの適応反応がある。おりしも 2009 年はチャールズ・ダーウィン生誕 200 周年
にあたり、説得力にとみ、網羅的でしかも興味深い生物学的メタファーは、景気後退期の企業の戦略オプ
ションを語るのにまさに好適と思われる。
自然界には、一種の代謝戦略である冬眠のほかに大まかに 4 つの選択肢がある。 行動戦略、社会性戦
略、繁殖戦略、進化戦略である。
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行動戦略
動物はしばしば、自らの行動や習性を変えることで環境変化に適応する。重要な食物が不足したり減少
すれば、彼らは食習慣を変えたり、狩の範囲をひろげたり、戦術を変えたりする。ビジネスにおいてもまた、
多様な行動戦略が活用できるはずだ。
顧客へのサービス内容を最適化する これは、要は「何を狩るか」、を変えることだ。たとえば、予算に限り
のある顧客のハードルを下げるためのローンのような、新しいサービスはないか。また、不況にあってよりお
得感のある新たなパッケージ・サイズを導入してはどうだろう。あるいは、商品の基本パッケージの機能を減
らして、魅力的なオプションを付けるのもいいだろう。
1989~92 年の景気後退期、北米でトラックレンタル業を営む U-Haul は、激化する価格競争に直面して
いた。消費者は極度にコスト意識を強め、サービスや設備の改良で差別化をはかる余地はほとんどなかっ
た。U-Haul はレンタル料を下げて競争に対応したが、加えて、儲かる隣接マーケットを見出した。高利益
率の関連商品(ダンボール箱や、テープ、紐、その他の包装用品)の販売ビジネスである。こうして、ビジネ
スの幅を広げることで同社は業界平均の 3%を 10 ポイント上回る営業利益をあげ、利益での業界トップとな
った。
1990 年代、英国に拠点を置く空港管理会社である BAA は自国市場の景気後退に見舞われ、同時に、
重大な戦略上の課題にも直面していた。というのは、EU 内での関税障壁廃止が間近にせまり、BAA がヒー
スロー空港などで展開していた利潤の高い免税店ビジネスが立ち行かなくなる恐れがあったのだ。だが、
BAA はこのビジネスへの支出を削減するかわりに、店舗スペースを 50%拡大し、商品ミックスを移行させて
高級ブランド品ブティックに転換した。この取り組みは功を奏した。顧客基盤にさほど変わりがなかったにも
関わらず、小売収入は 98 年から 99 年までの 1 年に約 18 パーセント伸び、BAA を堅調な成長軌道に乗せ
た。
新しいプライシング・モデルを検討する プライシング(価格設定)と契約形態の変更は、事業のやり方を
変える有力なやり方だ。ここでも生物学的メタファーを使えば、「どう狩をするか」に関わる話である。長期契
約でお互いの不確定要素を減らせないか。成果ベースの価格体系で顧客のリスクを抑えられないか。
1980 年代、ロールスロイスが、そしてしばらくしてゼネラル・エレクトリック(GE)も、航空機エンジンの販売方
法を抜本的に改革した。両社はエンジンに関わる商品・サービスをひとくくりにして、つまりエンジンそのも
のと、ファイナンスと、メンテナンスとスペア部品をバンドルして「時間売り」を始めたのだ。顧客の航空各社
は費用を前払いする必要がなく、航空機の使用実績に応じて支払いをすればよい。ロールスロイスとGEは
エンジン市場でシェアを上げたのみならず、(機器とファイナンスとサービスをまとめて引き受けることで)顧
客当たり収入も増加させ、同時に高い利益率というおまけまで引き出した。
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新規市場に参入し、時代遅れの市場から撤退する これはさしずめ、「どこで狩をするか」を決めることだ。
さまざまな潜在市場があるなかで、どこに成長余地があるのか。需要の変化にあわせ、業務をどう変えてい
くのがもっとも適切なのか。1990 年代初めの景気後退は、高級車メーカーを手酷く痛めつけた。1996 年、
成長軌道に戻る方法を探っていたポルシェはボクスターシリーズを発表した。ポルシェを代表する 911 シリ
ーズの約3分の 2 の価格の(だが部品の 40%は共通の)ボクスターシリーズは活路をひらき、96 年から 97
年までの 46%の売上成長の達成に大きく貢献した。
機を見て動き、競争優位性を高める これは、牙をとぎ、狩のスキルを磨く話だ。主要顧客を競合他社か
ら奪えるか。また、その他の希少な経営資源(たとえば、優秀な人材、知的資産、ブランドなど)を他社から
手に入れられるか。景気後退で痛めつけられた競合他社を(友好的であれ敵対的であれ)買収するチャン
スはあるか。アロー・エレクトロニクスは米国を拠点に電子部品販売や、受託電子機器製造を営む企業だ
が、1980 年代後半の数年にわたる電子部品ビジネス業界の不振を見るや、主導権を握るチャンスだと考え
た。業界 2 位ではあったものの、トップ企業の半分のサイズだったアローは 1988 年、下位の競合の買収や
統合に着手した。そして業界全体が回復したとき、同社は最大手となっていた。1991 年から 1994 年の間、
アローの営業利益は(64.5%の売上成長を上回る)年間 96%の伸びを記録した。これには、スケールの拡
大とサプライヤーとしての影響力の増大が効いている。
社会性戦略
動物は時に協調関係や共生関係を築くことにより、困難な環境でもともに繁栄する道を選ぶ。企業も同
様に、社会性戦略をとることが可能だ。
‹
納入業者や顧客と提携する。お互いに利のあるやり方で、直接経費、在庫コスト、取引コスト
を抑える取り組みはできないか。
‹
競合他社と提携する。景気後退を機に、競合他社と一致団結するチャンスはないか。サービス
や組織能力、資産を共有できる分野はないか。オープン・イノベーション・モデルを活用して、コ
ストを下げ、成長を加速できないか。
‹
環境そのものを再構築する。規制・制度を有利に変更するよう働きかけることはできるか。単独で
も、競合他社と歩調をあわせてもよい。
以下に、社会性戦略の有効性を示す事例を 2 つ紹介したい。
インターネット予約サイトの脅威に対応した航空各社
1990 年代後半、トラベロシティやエクスペディア
などの旅行予約サイトの台頭が、航空各社の収益性に大きな影響を与えかねない新たな脅威となってい
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た。航空会社は、この少し前にやっと旅行会社の手数料へのコントロールを強めることに成功したところだ
ったが、気付けば旅行会社よりはるかに集客能力の高いチャネルと対峙することを余儀なくされていた。彼
らは、検索結果のなかで目立つ位置に表示させるために、法外な料金を要求してくる可能性すらあった。
この脅威に駆り立てられ、業界大手各社は団結して対抗した。米国の5大航空会社、アメリカン航空、コン
チネンタル航空、デルタ航空、ノースウエスト航空とユナイテッド航空が提携し、オービッツを立ち上げたの
だ。オービッツのウェブサイトは、わかりやすく操作しやすいインターフェースで、画期的な検索技術を用い
て業界最低運賃を容易に検索できるようにデザインされていた。2001 年 6 月に公開されたこのサービスは
大ヒットし、航空各社にとっては 2 つの点で理想的な展開となった。まず、「most favored nation」(最恵国待
遇)の低料金をオービッツに提供するかわりに、最も安い航空券を一度に検索したい、という利用者の声に
こたえ、さらに、インターネット予約により、流通コストを低く抑えられたこと。次に、約 2 億 1,500 万ドルの投
資に対し、高いリターンを得られたことである。これは 2003 年の株式公開、および翌 2004 年のセンダント
(米国で旅行関連に主に投資している持株会社)による、12 億 5000 万ドルでのオービッツ買収により実現し
た。
コンピューター関連企業の企業向けリナックスにおける連携
1990 年代には、ハードウエアメーカーもソ
フトウェアメーカーも、企業向け製品の動作テストや認証に莫大な費用をかけていた。どの企業も、他社の
UNIX OS をデファクトスタンダードとさせまいと意地を張り合っていたため、UNIX OS に変形版が多数存在
していたからだ。レッドハットは大手各社を説得してまわり、デル、ヒューレットパッカード、IBM、オラクルそ
してベリタスの連携が実現した。レッドハット版のリナックスがビジネス向けのスタンダードモデルとなったの
だ。これは皆にとって有益だった。コストは低下し、ビジネス向けリナックスの市場も大きく拡大した。
繁殖戦略
自然界には、2 種類の根本的に異なる繁殖戦略が存在する。卵や子の数を増やす量的アプローチと、
少ない数を確実に育てる質的アプローチだ。ビジネスにおいては多くの企業が、フランチャイズや大規模
商業施設内の店舗などを活用して急速に拡大し(量的アプローチ)、景気後退期にも財務面のリスクを最
小限におさえつつ成長スピードを緩めない工夫をしている。だが、これとは反対に、質的アプローチで成功
した企業もある。英国の小売業ボディショップは、1998 年から 2000 年にかけての国内の景気後退期にフラ
ンチャイズを買い戻し、店舗の改装と新商品への投資をおこない、消費者のブランドイメージを引き上げる
ことに力を入れた。これらの投資は同社が二桁の成長軌道に戻る助けとなった。
ビジネス界での繁殖戦略をうまく進めるには「ビジネスの実験」をいくつも走らせ、実験全体のポートフォリ
オを注意深くマネジメントすることが必要となってくる。たとえば以下のようなアプローチが考えられる。
‹
迅速なプロトタイピング 迅速にモックアップ(実物大模型)化し、実際の顧客を相手に試すこと
のできるビジネスモデルはあるか。
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7
‹
インキュベーション 大きな投資が必要な取組みのなかには将来の競争力の源泉となるものもあ
りうる。全体の投資を縮小しなくてはならない時期、どうしたらこういったプロジェクトを守り、卵が
孵るまでの間うまく育てることができるか。
英国に本拠を置くコングロマリット、ヴァージンは、そのブランドを 360 の異なるベンチャー企業の立ち上
げに活用して、様々な業界のリーダーとなっている。たとえば、ヴァージン・アトランティックは英国で第2位
の航空会社であり、ヴァージン・ダイレクト(現ヴァージン・マネー)は 1995 年の開業から 3 ヶ月の間に 16 億
ポンドに上る預金と 27 万 5 千人の顧客を集めた金融ベンチャー企業である。ヴァージン・グループは、イノ
ベーションと、リスクを恐れないベンチャーキャピタルに似た強い成長意欲を柱として経営されている。同社
は継続的にさまざまなビジネスの事業化を検討し、新規事業に参入し(同様に撤退し)ている。傘下のベン
チャー企業はすべて強力なヴァージン・ブランドを活用している。そしてさらに重要なのは、市場参入のス
ピードを上げ、投資の規模をおさえるため、パートナー企業の組織能力を活用していることだ。ヴァージン
はいわば、世界中の様々な規模の事業機会に、小さな賭けを数多く重ねるというやりかたをとっている。大
きな成功を手中に収めることを追い求め、卵のいくつかを失うことを恐れてはいないのだ。
進化戦略
時に環境は大きく変わり、適応するためには自らの形を変えるしかないこともある。ガラパゴス諸島に生息
する小鳥、ダーウィンフィンチは「適応放散」として知られるプロセスを通じ、共通の祖先から、ガラパゴス諸
島のそれぞれの島の自然環境に合った 13 の違った種に進化した。
ビジネスにおいては、進化戦略はビジネスモデルのイノベーションを軸に展開することが多い。成功する
ビジネスモデルは、その時々の事業環境にうまく適合している。ビジネスモデルの揺籃期には多様なモデ
ルが並存し、新興企業や既存企業が覇を競うが、最後には最も適応力の高かったものだけが生き残り、他
のモデルは消えていく。環境が変わると、また新しい戦いが始まる。
進化戦略は、既存の企業にとってはもっとも難易度が高い。だが、決して不可能というわけではない。イ
ンテルが汎用 DRAM メモリーチップのメーカーからブランド力の高いマイクロプロセッサーメーカーに変容
したことを思い起こしてみよう。また、IBM が機器メーカーからサービス業に転換し、ノキアが製紙業から携
帯電話のトップメーカーにその姿を変えたことも。
自然界では、進化戦略は個々の生命体ではなく、「種」のみが取れるものである。すべてのフィンチが新
しい島で生き残るのに必要な形質を備えて生まれてくるわけではない。それを備えた個体がごく一部出現
し、そのいわば特異な個体を橋渡しとしてフィンチという種全体が進化を遂げ、変化に適応して生き残る。
これになぞらえると、企業はさまざまなビジネスモデルの実験を続けるなかで、そのポートフォリオに意図的
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にある程度「余計なもの」が混じるよう考慮しなければならない。こういったアプローチが必要なのは、現在
では異形と思われる形質に隠された価値がある可能性があるからだ。それは、思いがけない環境変化に
「前適応」しているのかもしれない。
このため、たとえば景気後退下のコスト削減や効率性向上のような、短期的な生き残り戦略には、注意深
く取り組まなければならない。「前適応」で時代を先取りしているビジネスモデルや組織能力を駆逐してしま
う危険性があるからだ。何が戦略的で何が無用なものなのか、見極めることが肝心だ。もちろん、まずは生
き残れなければ持続的な競争力を築くことはできない。しかし多様性や試行錯誤、そしてある程度の「余計
なもの」も許容できなければ、変化に直面したときに回復力を発揮することはできない。
回復力: 適応する生き方
経済が最終的に回復した後も、不確実性やボラティリティが高い水準が続き、これが事業環境の定常的
な特性となる可能性が高い。よって、重大な戦略的転換もありえるという心構えを常に持ち、それがいつ来
てもきちんと適応できる能力が、将来の競争優位確立のますます重要なドライバーになると思われる。その
力を、ここでは「回復力」とよぶ。経営幹部がここ数年で直面してきた課題をいくつか挙げてみよう。
‹
中国、インドなど、新興国の台頭
‹
グローバリゼーションの進化 (はじめは海外からの原材料・部品の調達や海外への生産移管と
いう次元のテーマだったが、新興国発のグローバル・チャレンジャーの出現とともに、競争戦略
に関わる課題となっている)
‹
ITの幾何級数的発展 (帯域幅の拡大やユビキタス、およびインターネット関連のイノベーション
を含む)
‹
地球温暖化やサステナビリティに関する懸念
‹
地政学的リスクや緊張の高まり
まだある。ひとつには、競争優位性を得るための伝統的な方法のなかに、その威力を失いつつあるもの
が出てきたことだ。たとえば、規模の経済がそうだ。1950 年、マーケットシェア上位 5 社と、利益率上位 5 社
が同じメンバーである可能性は 71%であった。だが、2007 年にはその可能性は 31%まで低下している。
(図表 3)
さらに、企業はもはやマーケットシェアが高ければ将来の収益性も守られるはずだ、とあてにすることもで
きない。業界首位の企業ですら、かつてほど長くはその地位に留まっていられなくなっているのだ。図表 4
は 69 業種の株式公開企業における、1 年あたりの順位の変化の平均を示している。売上、利益そして時価
総額のどの軸で見ても、過去数十年で順位の入れ替わりが激しくなっていることがわかる。
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図表3: マーケットシェア上位企業が、利益率でも業界上位である割合
0.75
0.70
0.65
0.60
0.55
0.50
0.45
0.40
0.35
0.30
0.25
0.20
0.15
0.10
0.05
0.00
1950
上位2社
上位3社
上位5社
1955
1960
1965
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2005
2010
注: 売上げ と営業利益率の順位を比較
出所: BCG分析
図表4: 企業ランキングの変動幅は年々拡大
各指標における順位変動幅 1
10
売上げ
利益
時価総額
8
6
4
2
0
1950
1955
1960
1965
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2005
2010
年
1: 69業種のすべての株式公開企業における、それぞれの指標での単純平均順位変動幅
出所: BCG 分析
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回復力があれば、上に挙げた課題を含む難しい問題をうまく切り抜けることができる。回復力に富む企業
はチャンスとリスクをよりはっきり認識し、素早くかつ効果的に対応する。このような組織にはいくつかの特質
がある。
先見の明 これはビジネスチャンスやリスクにつながるメガトレンドや出来事を積極的に読み取る力である。
経営幹部が最も重要なトレンドに対する見方を組織内で共有し、こんな出来事が起きたらアクションを起こ
す、という「トリガー・イベント」(きっかけとなる出来事)を定める。そして、それぞれのトリガー・イベントに対し
て、リスクを抑え新しいチャンスを生かすためにどのような戦略的行動をとるかという脚本を用意するのであ
る。ビジネスと社会とのつながりが濃くなっているなか、自社の属する業界を超えた、あるいは産業界をすら
超えた俯瞰的な目で自社にとって重大な意味を持つトレンドを見極める必要がある。
2002 年、米国の輸送物流企業ユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)は初めて、本格的な長期のシナ
リオ・プランニングに基づく事業計画策定を行った。以来、同社はこの試みを繰り返し続け、戦略的ビジョン
に変更を加える余地がないかを探っている。同社はまた、計画の前提と異なる動向を暗示するかすかな兆
しや、計画を揺るがしかねない新しいトレンドを見守る仕組みを確立した。このプロセスを導入して以来、U
PSは業界再編やインターネットの発展を予見し、うまくその波に乗って成功してきた。
俊敏さ 企業は破壊的な出来事を予測し対応するための前向きな姿勢や、準備し、迅速に適応する能
力を養わなくてはならない。場合によっては、確実に素早い対応ができるよう、特定のトリガー・イベントが
生じたときにどう動くか、あらかじめ合意しておくとよい。
柔軟性 企業にとってはまた、予測できない変化が起こっても生き抜くため、さらに予想外のチャンスが
到来したときにうまくそれを活用するための持久力、および人材や資金を確保しておくことが決定的に重要
だ。いかに先見の明を持ち、いかに俊敏に動こうと、外的・内的異変は不意を襲う。組織がショックを吸収し、
決断力を持って対処することを可能にする柔軟性は、戦略上の回復力の重要な要素である。
起業家精神 企業は、安定した時期には、既存のビジネスモデルを最適化し、規模を拡大することで成
長する。変化の時期には、新しいビジネスモデルを探し、設計し、規模を大きくすることで成長する。この種
のイノベーションには、安定した市場での商品開発とは全く異なる能力とプロセスが必要だ。また、明日の
市場に「前適応」しているかもしれないビジネスモデルや組織能力のポートフォリオを育成するために、戦
略的に「余計なもの」を保持し、生き残りに必要な分以上にイノベーションに投資することも必要だ。
豪州のカンタス航空は、自国国内線市場で、英国ヴァージン・グループに属する格安航空会社、ヴァー
ジン・ブルーの攻撃を受ける羽目に陥った。ヴァージン・ブルーは 2000 年の後半に参入し、低料金と「ヴァ
ージン・エクスペリエンス」 と称するサービスのよさで、間もなくフライト数が多く利益率の高い路線でのシェ
アをカンタスから奪った。カンタスはコスト構造から考え、ヴァージン・ブルーと長く直接のしのぎあいを続け
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ることはできないと悟り、低コストの新しいビジネスモデルを立ち上げた。その時カンタスは、ただヴァージ
ン・ブルーのモデルをまねるのではなく、「超」低コストに設計したビジネスモデル、ジェットスターを生み出
し、ヴァージン・ブルーを超えることを選んだ。ジェットスターは 2004 年上半期に立ち上げられ、新しい機体
と最低価格の航空運賃を提供した。同社はまた業界でもっとも低いコスト構造を持ち、以後さらにコストを引
き下げた。ジェットスターのビジネスモデル変革はその後も続き、2006 年には国際線のサービスを始め、長
距離便で世界初の格安航空会社になった。顧客が自分で食事、毛布や歯ブラシなどのアメニティ類、エン
ターテインメントを選択して、機内サービスをカスタマイズできる、画期的なアラカルト課金方式を始めたの
もジェットスターである。カンタスがいくつかのレジャー路線にジェットスターを飛ばすようになってから、ヴァ
ージン・ブルーの拡大ペースは目に見えて落ちてきた。ヴァージン・ブルーはレジャー路線でもビジネス路
線でも、カンタスとの競争で自社のポジションが圧迫されていることを認識し、2007 年、ついにディスカウン
トモデルをあきらめて、ビジネス路線を柱とすることを決めた。
多様性 企業が予測できない将来に適応するための創造性は、さまざまな切り口の意見や展望を組織
が内包することで醸成され、これは従業員や背負っている文化の多様性によって決まる。景気後退に直面
しても、企業がどれほどその多様性をはぐくみ、維持することができるかが、将来の回復力を決める大きな
要素である。
競争環境を方向付ける力 回復力をそなえた企業は、規制や業界標準、さらには業界構造さえも再構
築しようとすることで、不安定さや不透明さを乗り越える。2001 年の 9.11 テロ事件の後、米国の航空会社は
この悲劇の航空業界への衝撃をやわらげるため、即時の現金救済と債務保証を政府から引き出すことに
成功し、また業界再編と減税政策につき、規制当局との長期的な対話の糸口をひらいた。
景気後退期に生き残り、成長できる企業は将来の優位性を重視する。様々な大きさ、形でやってくる成
長のチャンスを受けとめ、戦略的洞察から実際の行動まで切れ目なく迅速に推進する力が、景気後退期
および回復後の勝者と敗者を分けることになる。経営者の方々には、本レポートで取り上げた 3 つのテーマ
「生き残り、優位性、回復力」にバランスよく目をくばり、自然界からの教訓を生かしていただきたいと願って
いる。
もちろん、言うは易く行うは難し、である。回復力を培うためのもっとも大きな課題は、おそらく分析力では
なく、ヒトや組織の問題だろう。回復力を身に付けるために、企業風土の変革、スキルの構築、リーダーシッ
プを必要とする企業も多い。 ただ、今回の経済の“冬”の急激さ、深刻さは変化のきっかけになりうる。多く
の従業員が「通常通りの業務」は通常ではない今の世の中では、通用しないと本能的に理解しているから
だ。危機をみすみす無駄にしてはいけない。
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Martine Reeves
BCG ニューヨーク事務所 シニア・パートナー&マネージング・ディレクター
BCG Strategy Institute のディレクター
Michal S. Deimler
BCG アトランタ事務所 パートナー&マネージング・ディレクター
BCG Strategy Practice Area のグローバルリーダー
©ボストン コンサルティング グループ
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