動向レポートNo.7: 第3回世界水フォーラムの成果

2003 年 4 月 10 日
FASID 国際開発研究センター主任
大原 淳子
最新開発援助動向レポート No.7
第 3 回世界水フォーラムの成果
我が国の京都において、3 月 16 日から 23 日の 8 日間、第 3 回世界水フォーラムが開催
された。世界水フォーラムは、世界銀行、国連開発計画、国連教育科学文化機関などの国
際機関や、国際水資源学会、国際水学会などの国際学会等をメンバーとする 1996 年設立の
シンクタンク「世界水会議(World Water Council: WWC)
」によって、3 年に 1 度、3 月
22 日の「世界水の日」を含んだ時期に開催されている。第 1 回は 1997 年にモロッコのマ
ラケッシュ(63 カ国から約 500 人が出席)で、第 2 回は 2000 年にオランダのハーグ(156
カ国から約 5,700 人が出席)で開催された。第 2 回世界水フォーラムでは「世界水ビジョ
ン1」が発表され、途上国政府や国際機関の水インフラへの投資資金不足を補うべく、水事
業への民間部門の参入が奨励された。
今回の第 3 回世界水フォーラムは、第 2 回世界水フォーラムの成果である「世界水ビジ
ョン」の実現や、2000 年 9 月の国連ミレニアム・サミットで採択された「ミレニアム開発
目標(Millennium Development Goals: MDGs)2」のなかの「2015 年までに安全な飲料
水を利用できない人々の割合を半減する」という目標、及び、昨年 9 月の「持続可能な開
発に関する世界首脳会議3」で採択された「ヨハネスブルグ実施文書」のなかの「2015 年ま
でに基本的な衛生施設を利用できない人々の割合を半減する」という目標の達成に向けて、
具体的な施策が策定されることが期待されていた。第 3 回世界水フォーラムでは、閣僚会
議のほか、
「水供給、衛生及び水質汚染」、
「水とガバナンス」、
「水と食料、環境」、
「水と貧
困」
、
「官民の連携」、
「ダムと持続可能な開発」等をテーマに約 350 の分科会が開かれ、182
1
「世界水ビジョン」では統合的水資源管理の重要性が強調されており、統合的水資源管理の主な目的と
して次の 3 つを掲げている。
(1)女性、男性、コミュニティに対して、安全な水や衛生施設へのアクセス度、及び、水を利用してどのよ
うな経済活動を行うかを決定する権限を与える。(2)水一滴あたりの穀物生産量、仕事の生産性を増加させ
る。(3)淡水や陸上生態系を保全するため、水利用を管理する。
また、上記の 3 つの目的を達成するため、次の 5 つの行動を策定している。(1)すべての利害関係者が統
合的水資源管理に関与する。(2)すべての給水に対して全費用負担方式(フルコスト・プライシング)によ
る価格設定を導入する。(3)研究と革新に対する公的資金を増加させる。(4)国際河川流域での協力を強化す
る。(5)水への投資を大幅に増加させる。
(World Water Council(2000)World Water Vision 参照)
2 ミレニアム開発目標(MDGs)とは、2015 年に向けた貧困、教育、保険、環境に関する世界規模の目標
である。MDGs には次の 7 つの目標がある。(1)極度の貧困と飢餓の撲滅、(2)初等教育の完全普及、(3)ジ
ェンダーの平等、女性のエンパワーメントの達成、(4)子供の死亡率削減、(5)妊産婦の健康の改善、(6)HIV/
エイズ、マラリアなどの疾病の蔓延防止、(7)持続可能な環境作り(世界銀行東京事務所「ミレニアム開発
目標について」参照)
3 FASID「最新開発援助動向レポート No.5 持続可能な開発に関する世界首脳会議の成果」参照
1
の国・地域から、政府、国際機関、企業、研究機関、NGO の代表者約 24,000 人が参加し
た。今回の世界水フォーラムは、NGO などの一般参加が認められた点において、過去 2 回
の世界水フォーラムとは大きく異なっている。過去 2 回の世界水フォーラムは、参加者を
政府、国際機関、企業、研究機関の代表者に限定しており、特に WWC を支援している水
関連の多国籍企業が水の民営化に対するコンセンサスを得る場として利用されていた。
3 月 22 日の閣僚級会議では、世界各国や国際機関が水問題解決のために公約として取り
組む「水行動集(Portfolio of Water Actions)
」が発表され、最終日の 23 日には「閣僚宣言」
が採択された。それぞれの内容の要点は以下の通りである。
1.閣僚宣言
閣僚級会議は、
「水に関するガバナンスと自助努力の強化(Encouraging Governance and
Ownership of Water Management)
」、及び、
「自助努力を支援する水パートナーシップの
醸成(Fostering Partnerships to Support Ownership)
」を基本概念として開催された。持
続可能な開発の実現に向けて、自助努力とパートナーシップによる水問題の解決を目指し
た閣僚宣言のポイントは以下の通りである4。
(1)全般的政策
○ 水は、持続可能な開発のための原動力であり、人間の健康と福祉にとって必要不可欠で
ある。水問題を優先課題として取り上げることは、世界的に緊急の必要事項である。各
国は行動を起こすことに対して基本的な責任を持つ。また、国際社会はこうした行動を
支援すべきである。政府は、貧しい人々やジェンダーの問題に十分に配慮しながら、地
方自治体やコミュニティの権限強化を促進すべきである。
○ 水資源開発や水資源管理に関する努力を継続・強化するためには、良い統治、能力構築、
資金調達が最も重要である。この観点から、我々は統合的水資源管理を促進する。
○ 水管理に関して、我々は、便益の配分における衡平の確立に取り組むことによって、家
庭や近隣コミュニティに重点を置いたアプローチをより一層重視し、良い統治を確保す
べきである。我々は、すべての利害関係者の参加をさらに促進させるとともに、すべて
の行動において透明性と説明責任を確保すべきである。
○ 人や組織の能力を強化させるためには、とりわけ成果を測定・監視する能力、及び、地
域の条件に即した革新的なアプローチや最善の実施事例、情報、知識、経験を共有する
能力の構築が重要である。
○ 資金的ニーズに取り組むことは我々すべてに託された課題である。我々は、投資を促進
する環境づくりために行動しなければならない。我々は、水問題における優先課題を特
定し、それらを貧困削減戦略ペーパー(PRSP)などの国家開発計画や持続可能な開発
4 第 3 回世界水フォーラム・ホームページ「閣僚宣言原文(英語)
」参照
http://www.world.water-forum3.com/jp/
2
のための戦略に反映させるべきである。また、資金調達は、地域の風土、環境、社会的
条件に適した利益者負担による費用回収や、汚染者負担の原則を採用することによって
行われるべきである。官民及び内外のすべての資金源は、最も効率的かつ効果的な方法
で動員され活用されなければならない。
○ 我々は、民間セクターの参加を含むすべての資金調達の手段を探求すべきである。我々
は、さまざまな主体が関与する官民パートナーシップの新たなメカニズムを開発すると
ともに、公益を保護するために必要となる公的管理や法的枠組みを確保する。
○ 我々は、国連が、「持続可能な開発に関する委員会」を通じて、水問題解決に向けての
主導的役割を果たすこと、また、水分野に関与する他の機関と協力していくことを要請
する。
(2)水資源管理と便益の共有
○ 我々は、2005 年までに統合的水資源管理、及び、水効率化計画を策定することを目標
としている。その目標達成のためには、開発途上国に対して、さらなる手段や支援を提
供しなければならない。この点において、地域開発銀行が促進役を果たすことを奨励す
る。
○ 我々は、地球規模の水循環を予測・測定するためのさらなる科学的研究を奨励し、水循
環に関する貴重なデータを世界中で共有できる情報システムを開発する。
○ 我々は、費用効果的な方法で水に対する需要を満たすために、水配給システムにおける
無駄を削減するなどの水需要管理措置を促進する。
○ 我々は、海水の淡水化や水のリサイクル、天水農業などの革新的で環境にやさしい技術
の開発を促進することにより、新たな水資源の開発に向けて努力する。
○ 水力発電は、再生可能で安全なエネルギー源の一つである。水力発電の建設は、環境的
に持続可能で社会的に衡平な方法で実現されなければならない。
(3)安全な飲料水と衛生
○ ミレニアム開発目標における「2015 年までに安全な飲料水を利用できない人々の割合
を半減させる」という目標と、
「持続可能な開発に関する世界首脳会議」で採択された
「ヨハネスブルグ実施文書」における「2015 年までに基本的な衛生施設を利用できな
い人々の割合を半減させる」という目標を達成するためには、水供給と衛生施設に対す
る莫大な投資が必要である。我々は、公的部門、民間部門の両部門において、財政的・
技術的資源を動員するための集団的取り組みを強化する。
○ 我々は、各地域の状況や管理能力に適した方法で、飲料水の供給や衛生施設の早急な改
善と、費用効果の高いインフラ投資や健全な管理・維持の長期的な実現に取り組む。そ
うした取り組みのなかで、我々は、安全な飲料水、及び、衛生施設への貧しい人々のア
クセスを改善する。
3
○ 家庭レベルでの手洗いに始まる基礎的な衛生習慣を奨励すべきである。また、安全な飲
料水や基本的な衛生施設の供給において、日常生活に適した効率的で低コストな技術の
開発やその実用化を促進すべきである。我々は、革新的技術を各地域に根付かせるため
の研究を奨励する。
(4)食料と農村開発のための水
○ 水は、食糧安全保障を向上させ貧困を撲滅するための農業生産や農村開発にとって必要
不可欠である。我々は、限られた淡水資源や環境への圧力が増大していることを懸念す
るとともに、持続的でない水管理や農業用水利用の効率を改善するためのあらゆる努力
を行うべきである。
○ 我々は、効果的かつ衡平な水利用や管理、灌漑が必要な地域における灌漑施設の拡大を
通じて、近隣コミュニティに重点を置いた開発を促進する。これは結果として、農村地
域における新たな所得機会を創出し、貧困撲滅に貢献する。
(5)水質汚濁防止と生態系保全
○ 我々は、水質汚濁や水資源の持続的でない利用を避けるため、伝統的な水に関する知識
を認識するとともに、広報や教育を通じて、流域での人間活動が水循環全体に与える正
と負の影響に対する人々の認識を高める。
○ 我々は、各国に対して、水資源の保護や持続可能な利用、水質汚濁防止のための適切な
法的枠組みについて検討し、必要な場合には法的枠組みを確立するよう要求する。
○ 我々は、流域や森林の劣化が急速に進んでいる現状を踏まえ、緑化や持続可能な森林経
営、荒廃した土地や湿地の再生、生物多様性の保全を促進するためのプログラムを通じ
て、森林減少や砂漠化、土壌劣化に対する取り組みを強化する。
(6)災害軽減と危機管理
○ 洪水と旱魃による影響度が増大しているが、それに適応するためには、包括的なアプロ
ーチが必要である。包括的なアプローチには、貯水池や堤防などの建設や、土地利用に
対する規制・指導、災害予警報システム、国家危機管理システムによる対策等が含まれ
る。
○ 我々は、データ、情報、知識、経験の共有や交換を国際的なレベルで強化することによ
って、災害による被害を最小限にするために協力する。我々は、脆弱性を削減するため
に、また、水管理者に対して最善の予測や予報手段を提供するために、科学者や水管理
者、利害関係者の間での協力が継続されることを奨励する。
2.水行動集(Portfolio of Water Actions)
「水行動集」とは、36 カ国、16 の国際機関から提出された合計 422 件の水問題解決に向
4
けての自発的な行動計画をとりまとめたものである。「水行動集」として公表することによ
り、それらの行動計画の実施を促し、さらには MDGs や「持続可能な開発に関する世界首
脳会議」で設定された目標の達成に貢献することを目的としている。なお、
「水行動集」は
法的拘束力を持たないため、行動計画の実施の進捗を定期的に測定・監視するなどして、
行動計画の実効性を高める努力が必要であるといえる。
「水行動集」に記載されている行動計画を、
「閣僚宣言」の 5 つのテーマである「水資源
管理と便益の共有」、「安全な飲料水と衛生」、「水質汚濁防止と生態系保全」
、「食料と農村
開発のための水」、
「災害軽減と危機管理」によって分類すると、順に、167 件、102 件、60
件、54 件、39 件となり、
「水資源の管理と便益の共有」に関する行動計画が一番多くなっ
ている5(図 1 参照)
。我が国は、全 422 件の行動計画のうち、91 件の行動計画を提出して
いる(全体の約 22%)
。全体結果と同様、「水資源の管理と便益の共有」に関する行動計画
が一番多くなっているが(26 件)
、それとわずかの差で、「食料と農村開発のための水」に
関する行動計画が多くなっている(23 件)ことが特徴である。これは、我が国が農耕社会
として発展してきた歴史のなかで培った農業技術を途上国の農業開発に役立てようとする
姿勢の現れであるといえる。
図1.行動計画のテーマ別件数
全体(422)
167
日本(91)
26
0%
102
13
16
60
54 39
23
13
50%
水資源の管理と便益の
共有
安全な飲料水と衛生
水質汚濁防止と生態系
保全
食料と農村開発のため
の水
災害軽減と危機管理
100%
我が国の「水資源の管理と便益の共有」に関する行動計画の内訳は、
「水資源開発管理計
画の策定、実施機関の能力向上」「水源の涵養を目的とした砂漠化防止等による流域管理」
「東南アジアにおける省エネルギー型汚泥減容化技術の適用可能性に関する調査」
「アジア
5 第 3 回世界水フォーラム・ホームページ
閣僚級国際会議(2003 年 3 月 22 日)
「
『水行動集』の概要に
ついて」参照 http://www.world.water-forum3.com/jp/
5
河川流域組織ネットワーク」など統合的水資源管理に関するものが 13 件、水の有効利用に
関するものが 1 件、「広域水循環予測及び対策技術の高度化」「オーマン王国における海水
淡水化研究協力事業」「中東諸国におけるハイブリッド方式海水淡水化研究協力事業」など
非在来型の水資源開発が 6 件、
「地球規模水循環変動研究イニシアティブ」
「総合地球観測
戦略パートナーシップ」
「地球地図」など地球規模水循環変動と水管理に関するものが 6 件
となっている。
また、「食料と農村開発のための水」に関する行動計画の内訳は、
「水の生産性向上のた
めの途上国政府の政策・技術の強化」「灌漑施設の整備、技術の改善による農作物の増産」
「住民参加に配慮した灌漑施設の整備、地域農民の組織強化」「アフリカにおけるネリカ米
の開発・普及の促進」
「インドシナ天水農業地帯における水資源の効率的利用と収益性の向
上」
「西アフリカの気象変動予測の高度化による穀物生産のリスク軽減技術の開発」など生
命(食料安全保障と貧困削減)に関するものが 12 件、
「地球規模水循環変動が食糧生産に
及ぼす影響の評価と対策シナリオの策定」「農業、灌漑に関わる水利用モデルの開発(アジ
ア地域)
」など循環的水利用に関するものが 7 件、
「参加型灌漑管理普及のための国際協力」
「国際河川メコン川の水利用・管理システム」など共生(パートナーシップ)に関するも
のが 4 件となっている。
3.総評
石油や領土をめぐる争いが絶えなかった 20 世紀に対して、21 世紀は水をめぐる争いが深
刻化する「水危機の世紀」になるだろうと予測されている。現在、世界では、安全な飲料
水にアクセスできない人口が約 12 億人(世界の 5 人に 1 人)、基本的な衛生施設にアクセ
スできない人口が約 24 億人(世界の 5 人に 2 人)存在し、毎日約 6,000 人(年間約 200 万
人)の子供が水関連の病気で死亡している。我が国には国際河川がないため、水を巡って
他国と争う必要はなく、また、日本人が使う水はすべて雨や雪によってもたらされている
ことから、日本人の水問題に対する関心は薄い。しかし、食糧輸入大国である我が国が、
他国において大量の水が使われて生産された食糧を輸入することによって、間接的に大量
の水を輸入(「仮想水」と呼ばれる)しているという事実を知れば、水問題の解決が我が国
にとっても急務であることが理解できる。なお、日本が輸入している「仮想水」は、年間
約 744 億立方メートルにもなると算出されている6。
第 2 回世界水フォーラムで発表された「世界水ビジョン」によると、2025 年までに地球
規模の統合的水資源管理を実現するためには、年間 1,800 億ドルの投資が必要であるとさ
れている7。その内訳は、農業に対する投資が 300 億ドル、環境や産業に対する投資が 750
億ドル、水供給や衛生に対する投資が 750 億ドルとなっている。2000 年における途上国及
び市場経済移行国の水関連施設への投資額は 700〜800 億ドル(農業について 300〜350 億
6
7
高橋裕(2003)
『地球の水が危ない』p.108
World Water Council(2000)World Water Vision p.xxv
6
ドル、環境や産業について 100〜150 億ドル、水供給や衛生について約 300 億ドル)であ
り、そのうちの約 500 億ドルは政府からの支出、約 190 億ドルは内外民間部門からの支出、
約 90 億ドルは開発援助機関からの支出とされている。途上国及び市場経済移行国の水関連
施設への投資を年間 1,800 億ドルにまで増加させるには、政府の財政能力や ODA 資金には
限りがあることを考えると、民間部門からの投資をさらに呼び込むほかは手立てがないの
が実情である。
こうした背景を受けて、第 3 回世界水フォーラムでは、水問題解決のために不足してい
る資金をどのように調達するかについて、議論が繰り広げられた。途上国の水関連施設の
整備に対する民間部門からの投資を増加させることを目的として、水関連事業の民営化が
検討された。水の民営化をめぐる議論は、第 3 回世界水フォーラムの最大の焦点となり、
そうしたなかで最も注目を集めたのは、WWC と NGO・カナダ人協議会の共催による「官
民の連携」をテーマとした分科会での激しい意見のぶつかり合いであった。この分科会で
は、水関連施設への民間資金導入を支持する WWC と、それに反対する NGO・カナダ人協
議会が真っ向から対立し、声明文を作成するうえで何一つ合意に達することはなかった。
水関連施設への民間資金導入を支持する意見には、次のようなものがあった。
z
途上国の水関連施設の整備に要する資金の不足を補うためには、民間資金の導入が必
要不可欠である。
z
途上国において水供給施設を整備・運営するためには、公的部門、民間部門が連携す
ることが重要である。
z
水関連事業への民間部門の参入は、技術開発の促進やそれに伴うコスト削減等におい
てメリットがある。
z
水の民営化に賛成か反対かが重要ではなく、貧困層に安全な飲料水が提供できるかど
うかが問題である。
z
水関連施設への民間資金の導入に反対するだけで、他の解決策を提示しないのは無責
任である。
z
途上国政府に水供給施設を整備する能力がない場合、水供給事業への民間部門の参入
が検討されるべきである。問題はどの主体が貧困層に安全な水を提供できるかである。
また、水関連施設への民間資金導入に反対する意見には、次のようなものがあった。
z
水は人間の生存にとって不可欠であるため、水道事業は政府によって管理・運営され
なければならない。
z
水道が民営化された途上国の多くでは、水関連企業間での競争が生まれず、逆に一企
業による水道事業の独占が進み、水道料金が著しく上昇した結果、貧困層にさらなる
負担を与えている。
7
z
水の民営化、水の商品化は、水を、水にアクセスできるだけの財力を持った人のもの
とし、貧困層の水へのアクセスをさらに悪化させている。
z
水は、
「経済財」ではなく「公共財」であり、市場の原理に組み込むべきではない。
z
世界的に安全な水が減少傾向にあるため、水の保存と平等な分配が最も重要である。
z
世界銀行やアジア開発銀行などの国際金融機関は、途上国の水供給施設に対する民間
資金の導入なしには水問題は解決されないとして、水の民営化を前提とした融資を行
っているが、それ以前に途上国の債務を帳消しにして途上国の財政的負担を軽減すべ
きである。
以上の水の民営化をめぐる賛否両論を踏まえ、理想的な官民の連携のあり方について考
察してみると、まず言えることは、貧困層を含むすべての人々への水の供給を図るには、
特に途上国においては水供給に対する責任(決定権)は政府に置かれるべきだということ
である。水に関連する諸問題への対応策はまず政府が決定し、それを実施する段階におい
て、政府と民間が協力することが望ましい。途上国及び市場経済移行国の水関連施設の整
備には、前述のように今後 20 年以上にわたり年間 1,800 億ドル必要であると見積もられて
おり、今後、どのようにして資金を調達するか、いかにして水資源を効率的に利用するか
が課題となってくる。水関連施設の整備に要する多額の資金を政府資金と ODA 資金のみで
まかなうことは不可能であり、水関連施設への民間資金の導入、水資源の効率的利用にお
ける技術面での民間部門の貢献は極めて重要であるといえる。政府は、水道事業への民間
資金の導入によって、水道料金が大幅に値上がりして貧困層の水へのアクセスが妨げられ
ることなどないよう、貧困層の水へのアクセスを保障する制度を構築すべきである。途上
国の水問題解決のためには、何よりも途上国政府の水資源に対する管理能力を高めること
が重要であるといえる。ちなみに、国連教育科学文化機関、国連開発計画、国連環境計画
などの国連 23 機関が、第 3 回世界水フォーラムの場で発表した『世界水発展報告書』では、
水の民営化の問題について次のような見解が示されている8。
上下水道設備に対する水部門の投資需要および資金調達要求は、200 億〜600 億米ドルと
推定されたが、これは現在の調達可能な金額を大きく上回っている。水資源管理に民間
部門が関与することは不可欠と考えられるものの、これは事業開発の必須条件としては
それほど重視せず、財政的な触媒(a financial catalyst)としての役割と考えるべきであ
る。水の評価には社会的・環境的な優先順位とともに費用回収も含まれるため、資産管
理の権限は政府および利用者に残されるべきである。
第 3 回世界水フォーラムは、これまでに開催された水をテーマとした国際会議のなかで、
8
世界水アセスメント計画『国連 世界水発展報告書:人類のための水、生命のための水』p.27-28 より引
用。
8
最大規模の会議となった。同フォーラムは、当初、過去の国際会議で採択された「2015 年
までに安全な飲料水を利用できない人々の割合を半減する」という目標、及び、
「2015 年ま
でに基本的な衛生施設を利用できない人々の割合を半減する」という目標の達成を含む、
水問題の解決に向けての具体的な計画が策定されることが期待されていたが、会合最終日
に採択された「閣僚宣言」は、具体的な達成年限や数値目標が設定されていない実効性に
欠ける内容となっており、また、新たな資金供与が公約されることもなかったことから、
今回のフォーラムは失敗に終わったという声も聞こえている。フォーラムでは、政府、国
際機関、企業、研究機関、NGO からの約 24,000 人の参加の下で、約 350 もの分科会が開
催され、100 以上の新たなコミットメントが得られたとされているものの、基本的にはどの
分科会においても出席者間の意見が対立し、声明文を作成するうえですべての出席者の合
意を得ることは非常に困難な作業に見えた。そうしたなかで、各分科会が提出した声明文
は、どれも理念の主張に終始した抽象的な内容となっている。今回のフォーラムや昨年 9
月の「持続可能な開発に関する世界首脳会議」の例を見ても明らかなように、参加者が多
数で多くのテーマを掲げた大規模な国際会議において、具体的な行動計画に合意すること
は、余程周到な事前の根回しがない限りほとんど不可能である。会議での議論に具体性を
持たせ、それを行動に反映させるためには、大規模な会議を開催するよりも、議論のテー
マを絞り込んだ小規模な会議を開催すべきであろう。
なお、今回の世界水フォーラムでの議論を受けて、今年 6 月にフランスのエビアンで開
催される G8 サミット(エビアン・サミット)や、今年 10 月に我が国の東京で開催される
第 3 回 ア フ リ カ 開 発会議 ( TICADⅢ : Tokyo International Conference on African
Development Ⅲ)では、アフリカの開発にとって不可欠である水に関する問題がテーマと
なる予定である。
9