コリオリの力(1) 図1.で、Aの気圧がその北にあるBの気圧より高く、空 気の一つの塊がAからBに向かって流れ出すとすれば、 地球表面は自転しているので、空気はBの方向に真っ直 ぐ進まないで、次第にB’に達します。 これを地球表面と一緒に回転している観測者から見れ ば、地球表面は動かないのに、空気が右へ右へとそれて いくように見えます。この運動を説明するために、1828 年 フランスの物理学者コリオリは、「このように向きが次第に 変わるのは、空気の運動に対して直角に働く力が起こる ためである」と考えたわけです。この力をコリオリの力、あ るいは転向力といいます。かっての、中学校の教科書の 参考書にはこんなことが書かれていました。 図1.コリオリの力 少し前までは、中学1年生で習う理科の第2分野でも、話題の豊富な、気のきいた 先生に習った幸運な生徒達は、コリオリの力を耳にしたことがあったはずです。もっと も、最近の教科書では、コラムの欄にまで新指導要領の「べからず集」の魔の手が伸 びて来て、「月の表面の模様がウサギに見えたり、カニに見えたりする」という息抜き のような短いコラムさえ、「指導要領では求めていない」と削除されています。天気図 を作るなどは、夢のまた夢になってしまいました。 上の説明で何か分かったでしょうか。地球のように回転しているものの上にある動 いている物体に見られる特徴について話をしなければなりません。 私たちは、動いているはずの地球に乗っかっているのに、地球が動いているという 実感がありません。これは日常生活でもしかりで、地球が自転しているという証拠な どはなかなかお目にかかれません。 それもそのはず、赤道 半径は 6400km です から、地球を一周すれ ば約 40,000km、したが って赤道上であれば時 速約 1,700km (40,000/24=1,667km/h) のスピードで地球と共に 回転していることになり ます。時速 1,700kmとい えば、ジェット機の2倍 のスピードで、音速さえ 超えています。これを 我々は感じないわけで すから、地球と一緒に回 転しているということを 意識するには無理があ ります。朝、太陽が昇る のは地球が動いている 図2.緯度 φ における地面の回転方向 からだとは頭で理解して いても、日常生活では、無意識のうちに地球が回っていることを忘れています。 さて、コリオリの力を説明するために少し準備をしておきましょう。図2.を見てくださ い。北半球と南半球におけるある緯度のある地点の地平面の回転の様子 です。 速度や力などは合成や分解が出来るのはご存知ですね。じつは、回転ついても、全 く同じ合成や分解が可能です。 図2.のように、地球自転の角速度を ω とすれば、ベクトルは向きと大きささえ判れ ばどこに持ってきてもいいわけですから、緯度 φ の地点での地平面方向の回転と地 平面と直角方向の成分は図のように分解されます。このうち、地平面と直角方向の回 転成分は ωsinφ で表され、これが、その緯度における上空から見た地球の回転を表 します。 これによれば、北極で最大で ω、途中は ωsinφ で変化し、赤道で は0(ゼロ)となります。したがって、北半球であれば、どの地点でも 左回りに回転しているわけです。 地表面の回転方向 次に、南半球ではどうでしょうか。図2.によれば、右回りの回転と なります。つまり、南半球ではどの地点でも地面は上空から見て右回りであるというこ とが判ります。 これより、 1.北半球では、場所を問わず地面は上空から見て左回りに回転しており、その速さ は北極で最大で、赤道では0(ゼロ)である。緯度による速さの変化は ωsinφ で表さ れる。 2.南半球では、場所を問わず地面は上空から見て右回りに回転しており、その速さ は南極で最大で、赤道では0(ゼロ)である。緯度による速さの変化は ωsinφ で表さ れる。 これだけ準備して、次に進みましょう。 判りやすいフーコーの振り子を取り上げて、コリ オリの力を考えてみましょう。 フランスの物理学者のフーコーは、1851 年にパ リのパンテオン寺院で長さ 67mの鋼鉄線に直径 30cm の鉄球をつけた振り子を振らせる実験をし て、振り子の振動する方向が1日に約 270°の割 合で時計の針の進む向きに回ることを確かめ、地 球が自転していることを証明しました。 長い吊材に重りをつけた振り子は、重力の作用 だけで振動するので、外部から力を加えない限り、 摩擦を無視できれば何時までも同じ振動面の中で 図3.蟹から見た振り子 振れ続ける性質があります。 図3.は北半球の適当な緯度での振り子の振動の様子をポンチ絵にしたものです。 北半球であれば、どこへ行っても地面は左回りですからどこで議論しても良いわけで す。 まず、地球の外から見てみましょう。地球の外から見れば、振り子の振動面は変わ らないで、その下の地球が左回りに回転しているだけという現象が見られます。すな わち、図3.では、蟹Aが蟹Bの位置まで移動したように見えます。 ところが、地球上でこれを見ると、蟹は自分が動いていることは判りませんから、初 め蟹Aが見ていた振動面が、時間が経つにつれて蟹Bが見ているように、何時の間 にか振動面が変わり右回転を始めます。つまり、北半球では、振り子の振動面は右 に回転します。当然、同じ理由から、南半球では左回転になります。フーコーはこれ が地球が回転している証拠であるといったわけです。 北極では振り子は右回転で、1 日の回転角はほぼ 360°です。東京は大体北緯 35 ですから、sin35°≒0.57 より、1日に 202°(360×0.57)程の回転になります。先ほど の、フーコーの実験は、パリで行われましたが、パリはほぼ北緯 48°ですから、 360×sin(48°)=268°となり、実験結果とほぼ一致します ね。 次に、コリオリの力がどのくらいの大きさなのか、近似的に求 めてみることにしましょう。 まず、地球の回転角速度を ω(rad/sec)とし、北緯 φ°のA 地点から質量mの大砲の弾が速度V(m/sec)である方向に、 等速運動をしながら飛んでいるものとします。t 秒後の位置は、 地点Aから Vt の距離にあります。コリオリの力は進行方向に 対して直角に働き、右図では、地点Aの地面の回転速度は ω ではなく、ωsinφ(rad/sec)ですから、、t秒後には ωsinφ・t だけ回転します。したがって、弧の長さ(コリオリの力による移 動量)はほぼVt・ωsinφ・t になります。 図4.移動距離 次に、力という場合、物体が等速運動をしていても、円運動 をしている場合は必ず加速度が伴います。そのことを頭に入れて、コリオリの力によ る加速度 α を求めておきましょう。 加速度 α(m/sec2)で t 秒間進んだとすれば、その移動距離は 1/2×αt2。したが って、近似的に 1/2×αt2=Vt・ωsinφ・t として良いでしょう。 これより、コリオリの力が働く際の加速度は α=2Vωsinφ となり、コリオリの力は F=mα=2mVωsinφ となります。 さて、「コリオリの力って実態は何だろう」と不思議に思っている人は多いはずです。 実はコリオリの力というのは本物の力ではありません。つまり、「重力」とか、「電磁気 力」などは実体のある力ですが、コリオリの力は、その力を生み出す実体が無い力で す。つまり、「見かけ上の力」なのです。丁度「遠心力」と同じ扱いが出来るのです。 つまり、「コリオリの力」も「遠心力」も、地球のような回転している物体の上で起きる 物体の動きを、あたかも静止した物体の上で起きた現象だと考えるときに付け加える べき「見かけ上の力」というわけです。 この両者の違いは、遠心力は動いているかどうかに関係なく物体に働く力ですが、 コリオリの力は動いている物体にだけ働き、静止している物体には働かないというこ とです。 いずれにしても、これらの力を考えることによって、地球が動いていることを忘れるこ とが出来るというわけです。コリオリの力に関係する諸問題は、また項を改めて取り 扱ってみようと思っています。 2004.3.7 コリオリの力(2) 図1(a)等速円運動でも加速度は生じる 図1.は物体Pが短い時間⊿t の間に⊿θ だけ回転すると、速度の方も⊿θ だけ回転し ます。このとき、速度がVは変わりませんが、 図1(b)のように、1点にV,Vを平行移動すれ ば、速度の変化は図のように⊿V=V⊿θ で 表されます。すなわち、⊿Vは円の中心に向 きます。したがって、加速度 α=⊿V/⊿tも円 の中心へ向くわけです。 物体Pの角速度を ω とすれば、 図1(b)微小量の取り扱い方 α=⊿V/⊿t =Vω⊿t/⊿t =Vω すなわち、 α=Vω=rω2=V2/r となります。 ここで、「コリオリの力」のところで導いた、式を当てはめてみましょう。 まず、緯度 φ における加速度は α=2Vωsinφ でしたから、 2Vωsinφ=V2/r となります。したがって r=V/(2ωsinφ) が導かれます。すなわち、緯度 φ における物体の速度がわかれば、コリオリの力と いう向心力を受ける物体の回転半径を求める式を導くことが出来たわけです。 これを使って少し考えて見ましょう。 地球の自転の角速度は、1 日に 2π ラジアン回転しますから、2πrad/ (60sec/min×60m/h×24h)=7.27×10-5(rad/sec)です。したがって r=6.88×103V/sinφ・・・(1) 1.黒潮 式(1)を用いて、日本近海を流れる黒潮について、その半径を計算してみましょう。 黒潮の速度は、V=3 から 6km/h といわれており、黒潮の流れる緯度はほぼ 30° ですから、MKS単位で計算すれば、次のようになります。 r=6.88×103×0.833~1.667/sin30° =1.146×104~2.294×104km これより、半径は 104km のオーダーになります。オーダーでいえば、このくらいのも のでしょうか。 2.風呂の排水口の渦 さて、よく話題に上る風呂の水を排水したときの渦はどちら回りか?などというクイ ズがありますが、はたして、クイズそのものが成り立つのでしょうか。このことの可能 性について検討してみましょう。場所は東京とします。北半球では左回り、南半球では 右回りといわれていますが、本当でしょうか。 風呂の栓に吸いこまれる水の速さを 20cm/sec としてみましょう。V=0.2m/sec です から、 r=6.88×103×0.2/sin35° =2.41×103 m となります。渦の半径が 2km とはスケールが違いますね。これでは風呂に発生する 渦はコリオリの力とは関係がないようです。この場合は、排水口の栓を抜くときに、最 初に水に与えた動きや、湯船や排水口の形などの影響のほうがずっと大きいようで す。 つまり、最初に右回りの力が加われば、右回りの渦が、左回りの力が加われば、左 回りの渦ができるというわけです。しかも、渦ができたほうが渦ができないよりも流れ がスムーズになるのです。というのも、排水時に出口の先にある空気の逃げ場がなく なるため、水の流れに渦ができて中心部から空気が自由に出入りできるほうが、スム ーズに水が流れ出るからだと考えられます。 3.歩いている人に働くコリオリの力 では、私たちが歩いている場合にコリオリの力は働くのでしょうか。場所は東京。人 の歩く速さを 5km/h (5000m/3600sec=1.389m/sec)としましょう。この速さで歩く人の 体重を 60kg として、働くコリオリの力を求めてみましょう。 F=2mVωsinφ =2×60×1.389×7.27×10-5×0.57 =6.9×10-3kg =6.9g これは、100 円玉(5g)1 個と 1 円玉(1g)2 個を足した重さに当たります。約体重の 1/10,000 の力を進行方向と直角右方向に受けます。普通の人にはとても感知できな い力ですね。 4.豪速球投手 今度は西武の松坂投手が甲子園で 150km/h の剛速球を投げる場合を想定しまし ょう。甲子園はほぼ北緯 35°。ピッチャーからホームベースまでは 18.44m。地球の角 速度を 7.27×10-5rad/sec として、コリオリの力によって松阪投手の剛速球はどのくら いホームベースから逸れるかを計算してみましょう。 逸れる量は(コリオリの力(1)参照)、 Vt・ωsinφ・t =Vt2・ωsinφ =150×103/3.6×103×[(18.44/(150×1000/3600)]2×7.27×10-5×sin(35°) =3.34×10-4m =0.334mm すなわち、甲子園球場で松坂投手が投げた時速 150km の速球は、ホームベース上 ではわずか 0.3mm しか逸れないということになります。つまり、直球を投げて、コリオ リの力の助けを借りて、シュートボールを投げようなんて考えても無駄であることが判 ります。 コリオリの力が自然界においては非常に重要な力であることがわかりましたが、そ れはスケールが大きく、動きがゆったりしている場合に限られ、風呂の排水、野球の 速球、鳴門の渦潮(これはカルマン渦です)など動きのスケールの小さいものには適 用できないということが判りましたね。 2004.3.13 コリオリの力(3) コリオリの力(1)で、「地球の表面は、赤道を除いて回転している」という話を回転ベ クトルを使って説明しましたが、「どうも信じられない」という人は多いと思います。これ は、地球が自転しているから、出てくる結果なのですが、本当に回転しているのです。 このことを、違った角度から考えてみましょう。 図1.は地球を縦割りにしたものです。緯度 φ の地 球表面の点をP’、緯度 φ+⊿φ の点をQ’とし、P’、 Q’から水平に線を引き、ON(地軸)との交点をP、Q とします。ただし、Δφ は十分小さい角度とします。 そうすると、P’はRcosφ を半径とする円に沿って1 日に1回回転しています。その速度は 図1. 緯度 φ の地点 ただし、Tは地球自転の周期で、実際には 86,164 秒ですが、簡単のために、太陽に 対して1回まわる 24×60×60=86,400 秒を用いることにします。 さて、P’から Δφ だけ離れた点Q’を考え、P’とQ’の運動の半径の差を求めてみ ましょう。 PP’-QQ’=Rcosφ-Rcos(φ+⊿φ) =Rcosφ-R(cosφ・cosΔφ-sinφ・sinΔφ) ≒Rsinφ・⊿φ (∵sin⊿φ≒⊿φ、cos⊿φ≒1) のように、簡単な式になりますが、これが運動の半径の差です。したがって、P’とQ’ との速さの差は となります。次に、P’Q’の長さを求めて見ましょう。三平方の定理から (P’Q’)2=(Q’Q”)2+(Q”P’)2 =R2{sin(φ+⊿φ)-sinφ}2+R2{cosφ-cos(φ+⊿φ)}2 =R2(cosφ・⊿φ)2+R2(sinφ・⊿φ)2 =R2⊿φ2 ∴ P’Q’=R・⊿φ となります。Q’の速さは、P’の速さより小さいので、Q’は相対的にP’を中心にして、 P’Q’を半径として左回りに円を描いていることになります。そして、それが一回りする のに要する時間は、その円周の長さ2π(P’Q’)を速さの差(v-v’)で割った値にな ります。すなわち、 という、きれいな形になります。この式が示すように、一回りの時間は、T/sinφ です。 sinφ=1(φ=90°) 、すなわち北極では、T=86、400 秒となります。 sinφ=0(φ=0°) 、すなわち赤道では、分母がゼロですから、一回りする時間は無限大、 言い換えれば、回っていないということになります。 日本は北緯35°付近ですから、sinφ はほぼ 0.6、 したがって、 =144,000 秒 =16時間/日 荒っぽく考えると、日本は1日と16時間で1回まわっているということになります。 これは、地球が球形であることから来ていますが、地球が円筒であれば、こういう回転運 動は起こりません。 2004.4.11
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