d イエス様は、失われた人を探して救うために来られた

12 月 11 日 2011 年
日曜礼拝
イエス様のようになる#14
人々を訪問されたイエス様
 イエス様は、失われた人を探して救うために来られた
[ルカ 19:1~10] 取税人(罪人)ザアカイの家
19:1 それからイエスは、エリコにはいって、町をお通りになった。:2 ここには、ザアカイという人がいたが、彼は取税人
のかしらで、金持ちであった。3 彼は、イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低かったので、群衆のために見ること
ができなかった。4 それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじく桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通
り過ぎようとしておられたからである:5 イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急
いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。:6 ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜
びでイエスを迎えた。:7 これを見て、みなは、「あの方は罪人のところに行って客となられた。」と言ってつぶやいた。:8
ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれ
からでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。:9 イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来まし
た。この人もアブラハムの子なのですから。:10 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」
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失われたもののたとえ[ 羊、銀貨、息子] ルカ 15 章
15:4 「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残し
て、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。
15:8 また、女の人が銀貨を十枚持っていて、もしその一枚をなくしたら、あかりをつけ、家を掃いて、見つけるまで念入
りに捜さないでしょうか。
15:24 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた。
[失われた羊、
、銀貨はもとは所有者の物だったのです。息子も父親の元にいたのです。しかし所有者の元
を離れてしまったのです。失ったものを所有者(イエス様)は必死に探されました。人間は神様によって
造られました。しかし罪によって、創造主から失われてしまったのです。罪によって、人間は様々な罪を
重ねてしまいます。お金を心の頼りにして、人に嫌われても道徳的に罪を犯しても平気だったザアカイ、
病気のペテロの母、道徳的に罪を犯していた、異邦人のサマリヤの女、長年病気で希望もなかった人、
死んでしまった娘、イエス様はこのような失われた人々を探して、救うために来られたのです。
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イエス様は人々を訪問された
[ルカ 4:38~44] ペテロの家 熱でうなされていたペテロの家を訪れ、熱の母を癒された
4:38 イエスは立ち上がって会堂を出て、シモンの家にはいられた。すると、シモンのしゅうとめが、ひどい熱で苦しんでい
た。人々は彼女のためにイエスにお願いした。:39 イエスがその枕もとに来て、熱をしかりつけられると、熱がひき、彼女
はすぐに立ち上がって彼らをもてなし始めた。40 日が暮れると、いろいろな病気で弱っている者をかかえた人たちがみ
な、その病人をみもとに連れて来た。イエスは、ひとりひとりに手を置いて、いやされた。41 また、悪霊どもも、「あなたこ
そ神の子です。」と大声で叫びながら、多くの人から出て行った。イエスは、悪霊どもをしかって、ものを言うのをお許しに
ならなかった。彼らはイエスがキリストであることを知っていたからである。:42 朝になって、イエスは寂しい所に出て行か
れた。群衆は、イエスを捜し回って、みもとに来ると、イエスが自分たちから離れて行かないよう引き止めておこうとした。
43 しかしイエスは、彼らにこう言われた。「ほかの町々にも、どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。わ
たしは、そのために遣わされたのですから。」:44 そしてユダヤの諸会堂で、福音を告げ知らせておられた。
[ヨハネ 4:3~7] サマリヤの女をわざわざ訪ねて、救われた [異邦人、罪深い女]
4:3 主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。:4 しかし、サマリヤを通って行かなければならなかった。5 そ
れで主は、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルというサマリヤの町に来られた。:6 そこにはヤコブの
井戸があった。イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。時は六時ごろであった:7 ひとりの
サマリヤの女が水をくみに来た。イエスは「わたしに水を飲ませてください。」と言われた。
[ヨハネ 5:1~6] ベテスダの池に寝ている病人を訪ねて、癒された。[病の人]
5:1 その後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた。:2 さて、エルサレムには、羊の門の近く
に、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があって、五つの回廊がついていた。:3 その中に大ぜいの病人、盲人、足な
え、やせ衰えた者が伏せっていた:4 [本節欠如]:5 そこに、三十八年もの間、病気にかかっている人がいた。:6 イ
エスは彼が伏せっているのを見、それがもう長い間のことなのを知って、彼に言われた。「よくなりたいか。」
[ルカ8:49~52] 会堂管理者の死んだ娘の所へ訪問された [死んでしまった娘]
8:49 イエスがまだ話しておられるときに、会堂管理者の家から人が来て言った。「あなたのお嬢さんはなくなり
ました。もう、先生を煩わすことはありません。50 これを聞いて、イエスは答えられた。「恐れないで、ただ信じな
さい。そうすれば、娘は直ります。:51 イエスは家にはいられたが、ペテロとヨハネとヤコブ、それに子どもの父
と母のほかは、だれもいっしょにはいることをお許しにならなかった。52 人々はみな、娘のために泣き悲しんで
いた。しかし、イエスは言われた。「泣かなくてもよい。死んだのではない。眠っているのです。」
 人々は、娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑っていた。
イエス様は 70 人弟子を、御自分が行く前に先に遣わされた
8:53
[ルカ 10:1~9]
10:1 その後、主は、別に七十人を定め、ご自分が行くつもりのすべての町や村へ、ふたりずつ先にお遣わしになっ
た。:2
そして、彼らに言われた。「実りは多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送
8:54 しかしイエスは、娘の手を取って、叫んで言われた。「子どもよ。起きなさい。」
ってくださるように祈りなさい。3 さあ、行きなさい。いいですか。わたしがあなたがたを遣わすのは、狼の中に小羊
を送り出すようなものです。:4 財布も旅行袋も持たず、くつもはかずに行きなさい。だれにも、道であいさつしてはい
けません5
8:55 すると、娘の霊が戻って、娘はただちに起き上がった。それでイエスは、娘に食事をさせるように言いつけられた。
どんな家にはいっても、まず、『この家に平安があるように。』と言いなさい6 もしそこに平安の子がいた
ら、あなたがたの祈った平安は、その人の上にとどまります。だが、もしいないなら、その平安はあなたがたに返って
来ます。:7 その家に泊まっていて、出してくれる物を飲み食いしなさい。働く者が報酬を受けるのは、当然だからで
す。家から家へと渡り歩いてはいけません。8 どの町にはいっても、あなたがたを受け入れてくれたら、出される物
を食べなさい。9 そして、その町の病人を直し、彼らに、『神の国が、あなたがたに近づいた。』と言いなさい。
イエス様は、弟子達を御自分が行くつもりのすべての町や村へ、先に御遣わしになりました。弟子たちがイ
エス様の福音の準備をする為にです。[神の国が近づいた]と言いなさいというメッセージを持って。また、
病の癒し、悪霊からの解放を行いました。希望の無い、失われていた世の中に遣わされたのは、人々が神の
御国、神のご支配がやってくる、永遠の救いと解放と希望が与えられる事を伝える為に遣わされたのです。
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この世の中の人々は、神様から離れて、
「失われた者」状態である事を知りましょう。愛の神様を知
らない状態。偶像 (彼らが信頼しているもの:お金、仕事、人間関係) によって裏切られ、傷つけ
られ、平安が無い状態。
私達は、イエス様がそのような失われた人を探し出して、救う為に来られたことを知りましょう。
私達は、イエス様の前を行き、主の福音の準備をする者である事を知りましょう。遣わされた弟子達
に悪霊を追い出す権利が与えられ、病を癒す権威が与えられたように、私達にも与えられています。
世の中の人々の為に祈りましょう。人々がイエス様を体験できるように、イエス様の救いがもうすぐ
貴方の人生にやってきますよ。と私達の存在により現わすことができますように。
12 月のすべてのイベントはこのような理由から行っています。同じ一致した思いを持って下さい。
ゴスペル、ミュージカルを通して、童謡、英会話、子供、失われた人々が救われる為に。
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[応用]
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失われた人は貴方の周りにおられますか?考えてみましょう。とりなしの祈りをしましょう。
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たとえクリスチャンであっても、全能者に心が行かず、神様の御言葉、神様の御計画、神様の命令よりも、
自分の力、自分の意思、自分の思い(神以外の理由)を通す状態は、失われている状態と同じです。主の元
に戻りましょう。放蕩息子が父の元にいることの祝福に気がついて戻って関係が修復され、和解して、祝福
されたように。もう一度主を慕い求めましょう。